錦之助ざんまい

時代劇のスーパースター中村錦之助(萬屋錦之介)の出演した映画について、感想や監督・共演者のことなどを書いていきます。

『隠密七生記』(その1)

2006-08-08 22:03:27 | 隠密七生記


 『隠密七生記』は、錦之助ファンなら知る人ぞ知る隠れた名作である。東千代之介が主演の映画だということもあり、見逃している方が多いのかもしれない。それにビデオがいつの間にか絶版になってしまい、手に入りにくくなっている。
 原作は吉川英治の同名小説、それを結束信二が脚色、松田定次が監督し、撮影は川崎新太郎、音楽は深井史郎が担当している。これは、東映オールスター映画の製作布陣に近い。出演者は、千代之介、錦之助のほかに、美空ひばりが加わり、三大スター揃い踏みの映画である。昭和33年10月の封切り作品で、総天然色のシネマスコープ。昭和33年という年は、東映黄金期でも観客動員数がピークを迎えた年で、錦之助の絶頂期でもあった。錦之助はまさに人気、実力ともに兼ね備え、東映の金看板になっていた。この年の錦之助の映画には優れた作品がずらっと並んでいるが、『隠密七生記』もその一つである。
 
 この映画は、東千代之介が主役とはいえ、錦之助も千代之介に劣らぬ重要な役を演じている。二人が火花を散らして対決する代表作の一本でもある。千代之介も好演しているが、錦之助は抜群の演技力を発揮し、主役を凌ぐ熱演をしている。
 錦之助の役は、相楽(さがら)三平という幕府の隠密である。錦之助という俳優は、竹を割ったような明るくストレートな役柄も得意だが、苦悩や悲哀を内に秘めた、いわば翳のある役柄も非常にうまい。この相楽三平は、若い頃の錦之助が演じた役の中で、後者の典型である。これほど苦渋に満ち陰影の濃い役柄はほかになかったのではあるまいか。
 相楽三平はいわばアンチヒーローである。こうした役は、錦之助にとって異色で珍しいものだった。一種の敵役、裏切り者の役だからである。いや、敵役とか裏切り者とか言っては語弊がある。隠密の役目によって仕方なく敵になり裏切り者になってしまう役なのだ。相楽三平は、御三家の尾張家に隠密として潜入し、前将軍(家継)の遺言状を奪い取らなければならない。それは、将軍家の跡継ぎに関わる重大な役目である。そのため三平は身を偽って尾張家に出仕し、番士(警護役)に成りすましている。
 同僚の番士が千代之介の演じる椿源太郎である。源太郎は酒好きのお人よしで、三平を親友と思い、心から信頼している。それだけではない。源太郎には信乃(しの)という可愛い妹(桜町弘子)がいる。信乃は三平をこよなく愛している。それを知っている源太郎は、三平が信乃を嫁にもらってくれることを願っている。一方、当の三平は、源太郎の友情に感謝し、信乃を愛してさえいる…。しかし、隠密の身の上を彼らに打ち明けることはできない。これで錦之助の三平がいかに苦しくてつらい立場にあるかがお分かりになろう。
 祭りの日の夜、三平と源太郎が当番で天守閣の金の鯱(しゃちほこ)を警護することになる。三平は源太郎を出し抜き、鯱の目玉に隠してあった遺言状を盗み取り、逐電してしまう。源太郎の友情を裏切り、信乃の気持ちを踏みにじってしまうのだ。遺言状を持って江戸まで逃れようとする三平。それを奪い返そうと必死で三平を追いかける源太郎。三平のことをどうしても忘れられない信乃もあとを追う。それに道中師のお駒(長谷川裕見子)と辰蔵(柳谷寛)も源太郎の手助けに加わり、さらに追っ手の尾張侍と囮の隠密たちが入り乱れ、ストーリーが展開していく。(2019年2月9日一部改稿)




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