『隠密七生記』には見どころがたくさんある。感情を押し殺した錦之助の演技が見事だったことは言うまでもないが、作品的にも素晴らしい出来だったと思う。印象に残ったシーンを挙げてみよう。
この映画ではやはり、千代之介と錦之助の二人の場面に惹きつけられる。とくに私みたいな幼い頃からの錦・千代ファンにはたまらない。二人の場面は三回あったが、どれも心躍る思いで観てしまう。
最初は、天守閣の屋根の上で(このセットが異様!)、鯱の警護をしているシーン。源太郎(千代之介)がいなくなった隙に三平(錦之助)は遺言状を盗むのだが、その直後、源太郎が戻って来てからの二人のやり取りがたいへん良い。三平は気づかれることを恐れ、びくびくしている。源太郎の何気ない言葉にもぎくっとする。源太郎は妹に対する三平の気持ちを知りたかったのだ。何だか煮え切らない三平に「妹をもてあそんだのか」と強く迫り、とうとう三平が妹を好きなことを確かめる。源太郎は大喜びする。そして、妹を貴様の嫁にしてくれと懇願する。三平は迷いながらも将来きっと嫁にもらうと約束する。この場面などは、源太郎の妹への愛情と三平の複雑な心理とが絡み合い、深みのある描写になっていた。観客は、三平の正体を知っているので、三平とともに心理的なサスペンスを覚える。と同時に、源太郎の問いかけに対し、三平がどう反応するか、興味津々となるわけである。
二度目に二人が登場するのは、夜の山中での決闘シーン。三平にやっと追いついた源太郎が、刀にかけても遺言状を取り戻すと言って、戦いを挑む。三平は、心の悩みを正直に打ち明ける。お互い納得して、刀を抜き合い、いざ勝負となる。樹木が林立した山の頂みたいな所で、果たし合いをするのだが、急に嵐がやってきて、草木が強風になびく。この場面は二人がいったいどうなるのだろうかとハラハラドキドキした。その時、そばにある木に雷が落ちる。源太郎は気を失う。
三度目はラストの大涌谷のシーン。三平は信乃の悲劇を源太郎に打ち明ける。そのあとの源太郎が潔かった。尾張方・幕府方の助勢が集まって、一触即発、血みどろの戦いが始まろうとするそのとき、源太郎が演説をぶつ。「すべて遺言状が悪いのだ、このために大勢の人々が争い、血を流すのだ!」そして、遺言状を地獄谷に投げ捨てる。ここは、千代之介が大熱演。彼の見せ場だった。
三平と信乃(桜町弘子)の二人のシーンも良かった。これも確か三度あった。最初の場面はこの映画のファーストシーンだった。祭りの日に二人で神社の前で願をかけ、夜店で三平が信乃にかんざしを買ってやり、髪にさしてやる場面である。錦之助が明るい顔をして笑うのはここだけである。二度目は、追いかけてきた信乃が宿場町で偶然三平に出会う場面。三平に抱き寄せられて、信乃が「兄を捨てます!」と宣言するところがいじらしかった。
最後が、この映画の中では哀切きわまりない名場面で、三平の寝所に忍び込んで遺言状を奪おうとした信乃を、三平が誤って斬ってしまう。三平に抱きかかえられて、喜んで息を引き取る信乃。ここは、桜町弘子の一世一代の名演技だった。信乃があわれで、私は不覚にも涙を流してしまった。私の知る限り、桜町弘子と錦之助のラブシーンのベスト・ワンかもしれない。
他の共演者たちについて一言。美空ひばりが源太郎の許婚役で出ていたが、違和感があった。私はひばりのお姫様役(この映画では家老の娘)が好きになれない。また、ミュージカル映画でもなく、ひばり主演の映画でもないのに、2曲も歌うのはどうかなあと思う。ひばりの歌だけは、米山正夫が作詞作曲していたが、こうした真面目な映画の中で歌謡曲まがいの歌など、どうして歌わなければならないのか。一曲目は踊りまで付けている。やり過ぎだと思った。ちなみにこの映画で錦之助とひばりが一緒に登場する場面はない。
尾張家の家老が大河内伝次郎で、出番も多く、いい味を出していた。大河内は度胸の据わったこうした人物が適役。風格とユーモアが混在している不思議な名優である。ほかに長谷川裕見子、柳谷寛、堺駿二などが目立っていた。
最後に吉川英治の原作のことについて少しだけ触れておこう。私はこの映画に触発されて、先日、『隠密七生記』読んでみた。初めの30ページくらいが抜群に面白いのだが、途中からだらだらしていて、230ページ程度のこの小説を読み終えるのにずいぶん日数を要した。吉川英治の小説としては詰まらない作品だと思った。映画の方がずっと面白かったと言える。映画は、原作に比べ、ストーリーや登場人物の関係などずいぶん変更し、また簡略化していた。驚いたのは、源太郎の妹信乃の扱いであった。三平との関係の結末は映画の描き方も素晴らしかったが、原作は度肝を抜くほどすさまじかった。初めの30ページが面白いと思ったのは、信乃に関する描写がすごかったからだ。また、原作では、道中師のお駒が重要な役割で、最後には源太郎と結ばれる。映画では家老の娘の墨江(美空ひばり)が源太郎とハッピー・エンドとなるが、これはひばりを立てて、ストーリーを変えたとしか思えない。相楽三平は、原作では映画以上に悪者だった。これも錦之助を立ててのことで、三平を悪者にはできなかったに違いないが、こちらは許せると思う。三平は、映画の方がずっと彫りの深い人物像に描かれていたからである。もちろん、錦之助が演じたからなのだが、私がそう思うのもファンのひいき目というものか…。(2019年2月9日一部改稿)
この映画ではやはり、千代之介と錦之助の二人の場面に惹きつけられる。とくに私みたいな幼い頃からの錦・千代ファンにはたまらない。二人の場面は三回あったが、どれも心躍る思いで観てしまう。
最初は、天守閣の屋根の上で(このセットが異様!)、鯱の警護をしているシーン。源太郎(千代之介)がいなくなった隙に三平(錦之助)は遺言状を盗むのだが、その直後、源太郎が戻って来てからの二人のやり取りがたいへん良い。三平は気づかれることを恐れ、びくびくしている。源太郎の何気ない言葉にもぎくっとする。源太郎は妹に対する三平の気持ちを知りたかったのだ。何だか煮え切らない三平に「妹をもてあそんだのか」と強く迫り、とうとう三平が妹を好きなことを確かめる。源太郎は大喜びする。そして、妹を貴様の嫁にしてくれと懇願する。三平は迷いながらも将来きっと嫁にもらうと約束する。この場面などは、源太郎の妹への愛情と三平の複雑な心理とが絡み合い、深みのある描写になっていた。観客は、三平の正体を知っているので、三平とともに心理的なサスペンスを覚える。と同時に、源太郎の問いかけに対し、三平がどう反応するか、興味津々となるわけである。
二度目に二人が登場するのは、夜の山中での決闘シーン。三平にやっと追いついた源太郎が、刀にかけても遺言状を取り戻すと言って、戦いを挑む。三平は、心の悩みを正直に打ち明ける。お互い納得して、刀を抜き合い、いざ勝負となる。樹木が林立した山の頂みたいな所で、果たし合いをするのだが、急に嵐がやってきて、草木が強風になびく。この場面は二人がいったいどうなるのだろうかとハラハラドキドキした。その時、そばにある木に雷が落ちる。源太郎は気を失う。
三度目はラストの大涌谷のシーン。三平は信乃の悲劇を源太郎に打ち明ける。そのあとの源太郎が潔かった。尾張方・幕府方の助勢が集まって、一触即発、血みどろの戦いが始まろうとするそのとき、源太郎が演説をぶつ。「すべて遺言状が悪いのだ、このために大勢の人々が争い、血を流すのだ!」そして、遺言状を地獄谷に投げ捨てる。ここは、千代之介が大熱演。彼の見せ場だった。
三平と信乃(桜町弘子)の二人のシーンも良かった。これも確か三度あった。最初の場面はこの映画のファーストシーンだった。祭りの日に二人で神社の前で願をかけ、夜店で三平が信乃にかんざしを買ってやり、髪にさしてやる場面である。錦之助が明るい顔をして笑うのはここだけである。二度目は、追いかけてきた信乃が宿場町で偶然三平に出会う場面。三平に抱き寄せられて、信乃が「兄を捨てます!」と宣言するところがいじらしかった。
最後が、この映画の中では哀切きわまりない名場面で、三平の寝所に忍び込んで遺言状を奪おうとした信乃を、三平が誤って斬ってしまう。三平に抱きかかえられて、喜んで息を引き取る信乃。ここは、桜町弘子の一世一代の名演技だった。信乃があわれで、私は不覚にも涙を流してしまった。私の知る限り、桜町弘子と錦之助のラブシーンのベスト・ワンかもしれない。
他の共演者たちについて一言。美空ひばりが源太郎の許婚役で出ていたが、違和感があった。私はひばりのお姫様役(この映画では家老の娘)が好きになれない。また、ミュージカル映画でもなく、ひばり主演の映画でもないのに、2曲も歌うのはどうかなあと思う。ひばりの歌だけは、米山正夫が作詞作曲していたが、こうした真面目な映画の中で歌謡曲まがいの歌など、どうして歌わなければならないのか。一曲目は踊りまで付けている。やり過ぎだと思った。ちなみにこの映画で錦之助とひばりが一緒に登場する場面はない。
尾張家の家老が大河内伝次郎で、出番も多く、いい味を出していた。大河内は度胸の据わったこうした人物が適役。風格とユーモアが混在している不思議な名優である。ほかに長谷川裕見子、柳谷寛、堺駿二などが目立っていた。
最後に吉川英治の原作のことについて少しだけ触れておこう。私はこの映画に触発されて、先日、『隠密七生記』読んでみた。初めの30ページくらいが抜群に面白いのだが、途中からだらだらしていて、230ページ程度のこの小説を読み終えるのにずいぶん日数を要した。吉川英治の小説としては詰まらない作品だと思った。映画の方がずっと面白かったと言える。映画は、原作に比べ、ストーリーや登場人物の関係などずいぶん変更し、また簡略化していた。驚いたのは、源太郎の妹信乃の扱いであった。三平との関係の結末は映画の描き方も素晴らしかったが、原作は度肝を抜くほどすさまじかった。初めの30ページが面白いと思ったのは、信乃に関する描写がすごかったからだ。また、原作では、道中師のお駒が重要な役割で、最後には源太郎と結ばれる。映画では家老の娘の墨江(美空ひばり)が源太郎とハッピー・エンドとなるが、これはひばりを立てて、ストーリーを変えたとしか思えない。相楽三平は、原作では映画以上に悪者だった。これも錦之助を立ててのことで、三平を悪者にはできなかったに違いないが、こちらは許せると思う。三平は、映画の方がずっと彫りの深い人物像に描かれていたからである。もちろん、錦之助が演じたからなのだが、私がそう思うのもファンのひいき目というものか…。(2019年2月9日一部改稿)
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