錦之助ざんまい

時代劇のスーパースター中村錦之助(萬屋錦之介)の出演した映画について、感想や監督・共演者のことなどを書いていきます。

中村錦之助伝~『笛吹童子』(パート2)(その2)

2013-01-21 21:24:59 | 【錦之助伝】~『笛吹童子』前後
 マキノの話を聞いて、東映京都撮影所のスタッフはその熱気に当てられたかのようになって『笛吹童子』三部作の準備を始めた。3月下旬のことだった。
 まず、監督の萩原遼と美術デザイナーの鈴木孝俊の打ち合わせがあってセットの数が決まった。三部作のセットは、オープンセット(野外に組むセット)も含め、最低15は必要だった。これは普通の映画に比べ、多いほうだった。『笛吹童子』は時代活劇で、ストーリーの展開が速い上に見せ場も多く、シーン数が多くなるのはやむを得なかった。
 キャメラは特撮にも慣れているベテランの三木滋人が担当することになり、萩原監督と撮影プランを練った。当時、東映京都撮影所には特撮用のステージもなく、いわゆるスクリーンプロセスの映写機もなかった頃である。『笛吹童子』の数々の特撮シーン(第一部が多い)は、仕掛けを工夫し大変な労力を要することは明らかだった。
 製作部ではスケジュールの作成に追われた。ステージの確保(当時京都撮影所には古くて小さなステージが四つしかなかった)、セットの設計、ロケ地の選択、出演者の日程調整など。衣裳部、技髪部(カツラ、結髪)、小道具部、大道具部のスタッフもそれぞれ動き出した。
 
 錦之助が俳優部屋で東千代之介に会い、カツラ合せに技髪部を訪れたのはちょうどこの頃だった。
 床山の部屋に入ると、月形龍之介が鏡の前に坐ってカツラ合せをしていた。錦之助は月形の後ろに歩み寄って、自己紹介した。
「おはようございます。お初にお目にかかりますが、中村錦之助です」と言って、深々と頭を下げた。
 月形はゆっくり振り向いて、錦之助を見上げると、
「ヨオッ」と一声。それだけだった。
 床山のチーフの林政信が「あっ、ちょっと待ってください」と言った。
 錦之助は月形龍之介という役者のことをずいぶん無愛想な人だなと思った。錦之助が姿勢を崩さずにそばに立って見ていても、月形は何も言わない。口をヘの字に曲げて、苦みばしった顔をしている。錦之助はムッとした気分になった。
 月形はカツラ合せを終えると、「じゃ」と軽く会釈して部屋を出て行った。
 そのあと、錦之助が鏡の前に坐って、林政信とカツラのクリを作っていると、いつの間にか月形が戻って来て、後ろに立っている。錦之助の頭は後頭部が出っ張っていて、カツラの台金が合せにくい。それで、いろいろやっていると、月形が言った。
「政ちゃん、どんなヅラなんだ」
「前髪です」
 前髪若衆のカツラのことである。
「そうか。ちょっとぼくがやってみよう」と言うと、月形はそばにあった紙と鉛筆を取り上げ、錦之助の頭に手を当てながら、カツラのクリを作り始めた。
 錦之助はびっくりした。名優で大先輩の月形龍之介が新入りの自分の頭の寸法を取っている。錦之助は先ほど月形のことを無愛想だと思って腹を立てた自分が恥ずかしくなった。月形は「ふん、ふん」と言いながら、黙々とカツラのクリを作っている。
 錦之助は、月形の思いがけない親切に触れ、感激した。じーんと涙が滲んできて、鏡の中がぼやけて見えなくなった。
 月形は、泣いている錦之助を見て知らん振りをしながら、なかなかいい青年だなと思った。
 これが錦之助と月形の初出会いであった。
 後年、錦之助は尊敬する俳優を訊かれると真っ先に月形龍之介を挙げ、月形は錦之助のことを「ちゃんと礼儀作法もわきまえた近代青年で、飾り気もテライもなく底抜けに開けっ放しな人柄のうえ、生一本で芸熱心、カンも良い」と評した。




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