錦之助ざんまい

時代劇のスーパースター中村錦之助(萬屋錦之介)の出演した映画について、感想や監督・共演者のことなどを書いていきます。

中村錦之助伝~『花吹雪御存じ七人男』(その1)

2012-12-02 05:54:49 | 【錦之助伝】~『笛吹童子』前後
 錦之助は、ラリルレロの発音がうまく言えないことが気になり、『ひよどり草紙』が終って正月東京に帰ると、池袋の病院で診てもらった。人より舌が長いということだった。医者に舌の奥にある筋を少し切れば直せると言われ、すぐに手術した。これで、「赤いトリ」が「赤いトディ」になったりすることはなくなった。

 『ひよどり草紙』につぐ錦之助の第二作は、同じく新芸プロ製作、配給は松竹ではなく新東宝による『花吹雪御存じ七人男』であった。新東宝の観客層である一般庶民階級の幅広い年齢層を狙った作品で、企画原案は旗一兵、脚本も旗が書き、八住利雄が手を加えた。監督は斎藤寅次郎。奇想天外な発想とギャグで知られる喜劇映画の巨匠である。
 歌舞伎仕立てで七人男が活躍する長屋物の時代劇だったが、内容は戦後日本の世相を反映させ、江戸時代も現代もごちゃまぜで、社会諷刺をふんだんに盛り込み、観客を笑い転げさせようというドタバタ喜劇だった。斎藤寅次郎はひばりのデビュー映画『のど自慢狂時代』から『憧れのハワイ航路』『東京キッド』ほか何本もひばりの作品を手がけており、当時新芸プロの顧問でもあった。が、今度の『花吹雪御存じ七人男』は美空ひばりの出ない作品だった。
 配役は、花菱アチャコの蝙蝠安、伴淳三郎の法界坊、益田喜頓の女形役者岩井寿美之丞、川田晴久の鋳かけ松、堺駿二の髪結新三、田端義夫の小猿七之助。この六人の強烈なメンバーに七人目として中村錦之助が与三郎役で特別出演するというのだから、デビューしたばかりの錦之助にとっては猛者(もさ)に囲まれ、目が眩みそうな仕事であった。岩井寿美之丞以外は歌舞伎に登場する御存じの人物たちだが、いずれも名ばかりで、キャラクターはまったく違っていた。錦之助の恋人役のお富に嵯峨美智子、ほかに香川良介、月丘千秋、子役の本松一成。悪役の側はボスの仁王の兵蔵に山茶花究、その子分が星十郎、用心棒に堀正夫。『ひよどり草紙』とはまったく趣向の違った映画であったが、すでに共演した役者たちがいるのが錦之助には心強かった。それに製作現場も同じ京都の下加茂撮影所である。



 ただ、美空ひばりがいないのが錦之助にはさびしく感じられた。ひばりは、松竹大船で石浜朗との共演で『伊豆の踊子』の撮影に入るという。石浜朗は暁星中学では錦之助の三年後輩だったが、十六歳の時に木下恵介監督の『少年期』で華々しくデビューし、美少年スターの道を歩んでいた。錦之助は置いてけぼりを食ったように思った。が、自分は『伊豆の踊子』の相手役をできるわけもなく、仕方がない。そんなことより、与えられた役に一生懸命打ち込もうと気持ちを切り替えた。

 『花吹雪御存じ七人男』のクランクインは昭和二十九年一月下旬だった。撮影に入る前に錦之助は斎藤監督から「口もとにクセがあるから直してくれ」と言われた。口の結び方、話す時の口の開き方は言われた通りに直すよう練習した。が、錦之助が気になったのは、怒った時に目が小さくなることだった。『ひよどり草紙』の時にもいろいろ世話になった俳優の保瀬英二郎に相談すると、メーキャップでそれは直せると言われ、目張りの仕方を教えてくれた。
 『花吹雪御存じ七人男』は、冒頭、乞食坊主の法界坊(伴淳)が張りボテの釣鐘を引きずって主題歌「ナムアミマンボ」を歌いながら登場し、パチンコ屋に入って床に落ちている玉を集めて、景品交換所へ行くと、やくざの子分におどされる、といった調子で始まる。パチンコ屋には湯女のようなホステスがいて、売春専用の個室があったり、近くの「経済安全会」と称するインチキ信用金庫では貧乏人の金を巻き上げている。歓楽街を牛耳っているやくざのボス仁王の兵蔵(山茶花究)は、浮世絵師に裸体画を描かせて売りさばいたり、長崎の造船奉行の奥方をたらしこんで大儲けしようと画策しているが、そのうち長屋一帯を地上げして赤線地区を作ろうともくろみ、長屋の住人を追い出しにかかる。そうした非道に対し、居酒屋に集った七人男が立ち上がって、悪徳やくざに闘いを挑むといったストーリーである。




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