錦之助ざんまい

時代劇のスーパースター中村錦之助(萬屋錦之介)の出演した映画について、感想や監督・共演者のことなどを書いていきます。

『続 花と龍 洞海湾の決斗』(その1)

2006-12-21 04:50:30 | 花と龍

 錦之助がずたずたに斬られる映画といえば、『任侠清水港』の森の石松がすぐに頭に浮ぶ。『仇討』のラストも凄かった。『幕末』の竜馬が暗殺される場面も壮絶だった。これらの作品では主役の錦之助が斬られて殺されてしまうのだが、悪役があっさり殺されるのとはわけが違う。殺され方が異様に長く、すさまじいのだから、たまったもんではない。ファンとしてはこうした斬殺シーンはまともに見ていられない。目をそむけたくなる。無論私もそうだ。なぜこんな役どころを、あの錦之助が何も好んで必死に演じなくてはならないのか、疑問に感じる人も少なくないだろう。襲いかかる敵をバッタバッタと斬り倒すカッコいい役を錦之助にはやってもらいたい。そう願う人が多いにちがいない。私もそう願う。
 しかし、錦之助という役者は、本気になると、斬られようが殺されようがおかまいなしで、最高の演技をぶつけてくる。過激なのである。もちろん、ストーリーに必然性があり、ヒーローが殺されなければならないから、それを演じるのだが、役に打ち込んだ時の錦之助は、無残な姿も平気で見せる。これも彼一流の役者根性だったのだろう。錦之助は若い頃、あのジェームス・ギャグニーのギャング映画をたくさん観て、死に方を研究したのだと言う。藤沢で淡路恵子と暮らしていた頃は、子供たちと決闘ごっこをやり、迫真の演技で死んで見せ、子供を驚かせたとか。確か、義理の息子の島英津夫の本にそんなことが書いてあった。それは、ともかく……。

 『続 花と龍 洞海湾の決斗』を観て、また同じことを感じた。玉井金五郎が雨の中、数人の暴漢(平尾角助ら)に襲われ、ずたずた斬られるシーンがある。そこがまた実にすさまじかった。時間を計ったわけではないが、5分以上あったと思う。この5分がとても長く感じた。金五郎は初め、さしていた傘で防戦するのだが、すぐに捨て、素手で立ち向かう。ほとんどやられっぱなしで、斬られたり、刺されたり、無残なことこの上ない。何回、斬られて刺されたかを数えてはいないが、五回以上はやられたのではないだろうか。この頃の映画は、擬音も派手なのだが、ここでは雨の中での格闘ということもあって少し押さえ気味にしていた。しかし、刺されるとズブッという音がする。そのたびに、まるで自分が刺されたような思いになった。もちろん私は、映画を観る前に原作を読んでいて、このシーンも原作にあるのを知っていたし、また金五郎が死なないことを知っていたので、安心(?)して見ていられたが、話を知らない人が見たら、錦之助ファンならずとも、失神しかねないすさまじさだった。金五郎は病院に運ばれ、一命を取り止めるのだが、医者は二十四箇所の傷があると言っていた。普通なら、一、二箇所刺されただけでも出血多量で死んでしまうことだろう。そこは映画だから許そう。
 ご承知のように、玉井金五郎という人物は、やくざではない。また、やくざのようにドスを振り回して、相手がやくざでも人を殺傷することなど決してしない。いわば暴力否定主義者である。刀剣を集めてはいるものの、これは鑑賞用で、普段はドスなど身に携えていなし、このシーンでも最後に相手のドスを奪い取ったが、返り討ちにすることはしなかった。その結果が、二十四箇所の傷を負って、瀕死の重態ということになった。ここで、このシーンのことばかり書くのはあまり良くないかもしれない。また、映画全体の内容とはあまり関係ないと言われるかもしれない。が、あれだけ、やられっぱなしで凄い演技を見せた錦之助は、ちゃんと計算していたと思うのだ。原作を十分理解し、その解釈の上に立って、演じてみせたことは明らかである。つまり、金五郎はやくざではない、暴力によって強引に何かを決めようとする態度には絶対に反対の立場を貫く。それが、立派な男の生き方であると信じて疑わない。だから、敵にあえて歯向かわなかった。
 この映画の主題は、すべてそこに集約されていた。暴力否定、やくざ否定である。江崎満吉の一家が果たし状を突きつけ、夜中に金五郎の家に殴りこみに来ようとするシーンがその前にあるが、ここも同じ考え方に貫かれていた。金五郎は、一家の男たちを二階に押し込め、喧嘩に加われないように、梯子をはずしてしまう。マンだけが、階下の炊事場で、大きな釜で糊みたいなものを煮立てている。亭主に斬りつけた奴らに煮えた糊をぶっかけてやるのだと言う。金五郎は玄関の前にいくつもの提灯をぶらさげ、明るくしたなかで、玄関のたたきの前に、一人で座り、たらいに張った水で刀を洗う。この時の錦之助の着流し姿がカッコ良く、気迫に満ちた演技も素晴らしかった。片肌脱いで、刺青を見せ、ラムネのビンをずらっと横に置いて、ラッパ飲みしている。外から玄関の様子を見た江崎一家は、恐れをなして、退散し、結局出入りにならずに終わるのだ。金五郎は、もし彼らが殴りこんできたら、やられる覚悟だったと思うのだが、いわゆるおどけ芝居を打ったというか、デモンストレーションをやってみたのだった。(つづく)




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