松田監督のオーケーが出て、テストは芝居の後半に移った。三五郎が「あのー、石さん、そのおしののことですが……」と言ってからのやり取りである。
石松「えっ、そのおしののことで何だい?」
三五郎「どうか祝ってやっておくんなさい。あっしとおしのは夫婦(めおと)約束をいたしました」
石松「えっ、なんだって!」
三五郎「石さんに相談してからと思ったんですがね、おしのがせつくもんですから」
石松、三五郎ににじり寄って、
石松「するとなにかい、おめえ達ァ前々から出来ていたのか」
三五郎「ちがいますよ。おしのが心中を打明けたのは、石さんが甲州へ出かけた後なんで」
このあとの石松の演技が難しく、見せどころでもあった。三五郎からおしの伝言を聞いて一人悦に入っていた石松が、急転直下、三五郎の告白で失恋の底に突き落とされる。観客は、石松がどういう反応をするか、関心を持って見守るところだ。
三五郎の台詞のあとの脚本は、ただこう書いてあるだけだった。
石松はだしぬけに明るく、
「ハハハハハ」
三五郎、びっくりしたように見る。
石松はその肩をポンとたたいて、
「俺ァお人よし……おめえは果報者だぜ」
失恋したことに気づいた石松は、三五郎に出し抜かれた悔しさも、二人の仲を知らなかった自分の馬鹿さ加減も笑い飛ばし、三五郎を祝福するわけである。
「笑い出す前に石松が気持ちをぐーっと堪えるとこやけど、この間(ま)をどうするかが問題やな」
と、松田監督が錦之助に水を向けた。
「そうですね。まず、女と三五郎が仲よくしている姿が頭に浮かびますよね。で、失恋したことに気づいて、悲しくなるんだけど……、でも石松っていうのは惚れっぽくて振られなれてると思うんですよ。女の相手が親友で男前の三五郎じゃ、仕方がねえやって気になって。ああ、また振られちゃった、おれって馬鹿だなあって気持ちで、ここは晴れやかに笑いましょう」
錦之助が前もって考えてきた演技プランに松田監督もさすがだと感心した。
「じゃあ錦ちゃん、そこんとこ、長回しのアップで撮るから、ええようにやってや」
そばで聞きながら橋蔵は、思っていることを率直に言って監督に信用されている錦之助を羨望の目で見ていた。
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