錦之助ざんまい

時代劇のスーパースター中村錦之助(萬屋錦之介)の出演した映画について、感想や監督・共演者のことなどを書いていきます。

『任侠清水港』

2007-02-22 00:30:55 | 任侠清水港


 錦之助の石松は、底抜けに明るく威勢が良い、江戸っ子的な石松である。片目はつぶれているが、イイ男でもある。女にぞっこん惚れられても無理はない可愛い石松なのだ。森繁の石松は、ちょっと陰気で、見るからに女にもてそうにない。また、心の内に劣等感を持っていて、そこがまた悲哀を感じさせて味わい深いのだろうが、錦之助の石松にはそうした翳はない。「五月の鯉の吹流し」でハラワタがなく、さっぱりとしている。私はこの二人の石松にはまったく違う印象を持つ。
 錦之助は映画で三度石松を演じているが、それぞれ微妙に役作りを変えていたと思う。『任侠清水港』(1957年正月公開、松田定次監督)の石松は、やんちゃ坊主で、へらず口を叩き、親父のような千恵蔵の次郎長に叱られては「へえ」と謝るものの、後ろで舌を出しているような石松である。『遠州森の石松』の石松は、女にはからっきしウブで純情なのだが、なかなか気が利き、察しも早い。また、情に厚く、素直な石松。『森の石松鬼より恐い』の石松は、がらっぱちで、喜怒哀楽が激しく、好き嫌いがはっきりしている。侠気があって、いちばん男っぽい石松だろう。
 ところで、私は子供の頃東映のオールスター映画『任侠清水港』を観て、錦之助の石松に鮮烈な印象を持った覚えがある。だから、石松と言えば、この映画の錦之助でイメージが出来上がってしまったのかもしれない。石松は錦之助という先入観が今でも抜けない。
 『任侠清水港』で初めて石松を演じた錦之助は、荒削りだが、若さと気迫がみなぎり、二枚目半というかむしろ三枚目的な性格もうまく出していた。こうした役柄は、それまでの錦之助にはなかったと思う。錦之助は、従来の美男役から抜け出し、歴代の石松役者に自らの名を連ねるべく意欲的に挑戦したのだ。
 この映画はオールスター映画と言っても錦之助が主役に近い重要な役で、この石松は一際目立っていたと言える。この時錦之助は24歳だった。ちなみに森繁が石松を演じたときはすでに40歳を過ぎていた。錦之助が石松を演じる前に東宝の『次郎長三国志』九部作を観たかどうかは知らないが、たとえ観たとしても、森繁の石松は参考にならなかったと思う。全然タイプが違うからである。それに、『任侠清水港』は、村上元三の『次郎長三国志』を下敷きにした映画ではなく、脚本家の比佐芳武が古くからある講談・浪曲の「次郎長伝」をもとにオーソドックスな次郎長物を目指してシナリオを書いた作品なので、趣がマキノ監督の東宝映画『次郎長三国志』とはまったく違っていた。
 『任侠清水港』は、千恵蔵の次郎長と錦之助の石松の親子のような愛情の交流をしっかり描いていたし、石松の仇討ちをクライマックスに持ってきたので、騙し討ちにあって殺された石松が憐れで、とくに心に残る構成になっていた。私は、東映のオールスター映画の「次郎長物」の中では、この『任侠清水港』がいちばん好きである。
 石松がめった斬りされる場面はリアルで凄惨だった。『遠州森の石松』と『森の石松鬼より恐い』よりもずっとすさまじかった。あとの二作品は石松が死ぬところまで撮っていなかったし、また、小松村の七五郎夫婦の扱い方も常道ではなかった。普通は、石松が都鳥兄弟(または都田兄弟)の騙し討ちにあい傷を負ってから小松村の七五郎の家へ逃げ込む。七五郎夫婦に手当てをしてもらった後、石松は迷惑がかかるのを気にして、無理を押して彼らに別れを告げる。そして、石松は、閻魔堂で休んでいる時に、都鳥の子分たちが話している悪口を立ち聞きし、いたたまれなくなって外に飛び出し、めった斬りにされる。『任侠清水港』は、その辺を忠実に描いていた。七五郎は東千代之介、その女房は千原しのぶだった。私はこの場面を観るといつも、七五郎がなぜもっと強く石松を引き止めなかったのか悔やまれてならない。石松が殺されてから、七五郎はそのことを次郎長のもとへ知らせに行く。石松の死を知らせるこの場面の千代之介の演技は素晴らしい。悔しさと無念さと切なさが顔の表情だけでなく体いっぱいに表れていたと思う。(2019年2月8日一部改稿)




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2 コメント

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任侠清水港 (大野順一)
2009-10-26 05:18:34
いつも、参考にさせていただいています。キネマ旬報まで、映画のデータベースが徳大寺君代「伸」となっている時代に本当に時代劇についての知識が豊富になります.
昨夜も参考にさせていただきました。「任侠清水港」をTubeにUpしてみました。意見など、聞かせてください。
では、本日はこの辺で.
錦ちゃんの石松 (背寒)
2009-11-04 21:48:55
「任侠清水港」はニュープリントになって蘇ります。11日に上映です。
 やんちゃで愛嬌たっぷりの錦ちゃんの石松が私は大好きです。ずたずたに斬られて、やられてしまいますが、(ビデオでも)いつも胸を痛めて見ています。スクリーンで見たら、目をふさぐかも…。

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