錦之助ざんまい

時代劇のスーパースター中村錦之助(萬屋錦之介)の出演した映画について、感想や監督・共演者のことなどを書いていきます。

『任俠清水港』(その14)

2016-07-08 21:55:32 | 森の石松・若き日の次郎長
 12月3日、錦之助は『任侠清水港』で残っていたシーンを撮り終え、石松役はお役御免となった。そして、8日には『七つの誓い』3部作の撮影も終了し、これで今年の映画の仕事をすべて済ませた。朝早くから夜遅くまで撮影漬けの長くて大変な一ヶ月半であった。10月末に風邪を引いて声がかれた。11月末には『七つの誓い 第三部』の初めのシーン(橋蔵の夕月丸との立ち回り)の撮影中、足を負傷した。こうした不測の事態もあったが、なんとか役者としての大役を果たすことができた。あとは、映画の完成と、年の暮れから正月第2週にかけて封切られたとき、その評判が良いことを願うばかりであった。
 15日に夕方から東映京都撮影所で『任侠清水港』の完成試写会が開かれることになった。
 錦之助はこの一週間、雑誌の仕事をするだけで比較的ひまな毎日を送りながら、早く完成した映画が見たくて、首を長くして待っていた。クランク中は忙しくてラッシュも見られなかった。石松の出来栄えはどうなのだろう。これまでの役とはまったく違う役を演じただけに、人の評価も気になってならなかった。
 
 試写会には『任侠清水港』の製作スタッフ、出演者をはじめ、東映社員、マスコミ関係者などが大勢詰めかけ、約200名入る映写室は補助イスを出すほどの超満員であった。専務のマキノ光雄も東京から来ていた。錦之助はマキノに会釈すると、用意された席についた。
 映画が始まった。深井史郎の音楽が流れる。明るく心躍る晴れやかなお祭り調で、郷愁を感じさせるような旋律である。富士山を望む清水港の絵をバックに「任侠清水港」の文字が映り、クレジットタイトルにずらっと東映スタッフの名前が並ぶ。
 配役のトップは大前田英五郎役の市川右太衛門の一枚看板。前年のオールスター映画『赤穂浪士』では主役の大石内蔵助を演じた右太衛門がトリに回り、トップ(普通、映画の配役では主役の名前が最初に出る)を立花左近役の千恵蔵に譲ったが、今年はその逆を行き、主役の次郎長の千恵蔵がトリに回ったわけで、御大二人を立てる東映の内部事情によるものだ。次に、中村錦之助、伏見扇太郎、大川橋蔵の三人。錦之助は若手ナンバーワンの位置である。続いて、女優四人。高千穂ひづる、千原しのぶ、植木千恵、長谷川裕見子。そのあと、五人、六人、七人と次から次に俳優が並び、花柳小菊、進藤英太郎、三浦光子の三人が出て、男優三人、大友柳太朗、東千代之介、月形龍之介、トリに一枚看板で片岡千恵蔵。最後に監督松田定次の名前である。
 富士山の実写からファーストシーンが始まると、テンポよく話が進んでいった。観客がみな画面に引きつけられている様子がありありと窺えた。途中でどよめきや歓声が起こり、映画の三分の二の60分があっと言う間に過ぎた。いよいよ石松が金毘羅参りの帰途、遠州の町の祭礼で都鳥の吉兵衛に出会い、悲劇の結末へとなだれ込んでいく圧巻の15分が始まった。錦之助は思わず身を乗り出した。
 今わの際に「お、親分!」と言う石松の顔のアップが映り終わると、あちこちで深いため息が聞こえた。息を呑み食い入るように画面を見ていた観客の反応だった。
 錦之助は、まず、映画の出来栄えが素晴らしいことに感心し、何よりも嬉しく思った。自分の演じた石松については、前半の二枚目半ないし三枚目の演技に物足りなさを感じた。笑いがあまり取れなかったのは今一歩突っ込みが足りなかったからだろう。しかし、後半の石松は自分なりによく出来たと思い、満足した。
 100分の映画が終わって、大きな拍手が巻き起こった。
 
 試写のあと、食堂で立食のパーティが開かれた。あちこちに輪ができ、会話がはずんでいた。
 千恵蔵のそばに、花柳小菊、進藤英太郎、玉木潤一郎らがいた。麻雀仲間たちでもあった。
 錦之助はまっ先に千恵蔵のところへ行き、挨拶した。
「先生、ありがとうございました。いろいろ勉強になりました」
 千恵蔵は目を細めて、
「よく頑張ったよ。これで役の幅が広がったし、良かったじゃないか」と言った。
 すると、マキノ光雄が向こうからやって来て、大声で言った。
「錦ちゃんの石松、良かったで!」
「ほんとですか?」と錦之助は驚いた。マキノは、こと映画の話になると、歯に衣を着せずにズバズバ本音を言い、めったに褒めないことで知られていた。
「あの立ち回り、今までんなかで一番やった。見てて、おまえほんまに死んじゃうんやないか、そんな気ィしたわ」
 錦之助はマキノにそう言われて、歓喜のあまり目頭が熱くなった。




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