錦之助ざんまい

時代劇のスーパースター中村錦之助(萬屋錦之介)の出演した映画について、感想や監督・共演者のことなどを書いていきます。

『任俠清水港』(その2)

2016-04-13 22:49:57 | 森の石松・若き日の次郎長
『任侠清水港』がクランクインしたのは、10月半ばであった。
 錦之助が撮影に加わるのは20日過ぎからであったが、ちょうど同時期、『新諸国物語 七つの誓い』三部作もクランクしたので、二本掛け持ちで、すさまじいスケジュールだった。千代之介や橋蔵も同じだったが、錦之助は『七つの誓い』では主役の五郎、『任侠清水港』でも千恵蔵の次郎長についで石松の出場(でば)が多かったので、約50日間、早朝から夜遅くまで撮影に明け暮れる毎日になった。
『任侠清水港』は、侠客物の時代劇では邦画初のカラー映画で、フィルムは当時、映画各社が好んで使ったイーストマンカラー(アメリカのイーストマン・コダック社製)であった。一方、『七つの誓い』は、子ども向けの娯楽版中篇では初めてのカラー映画であるが、こちらはアグファカラー(ドイツのアグファ社製)で、東映が初めて使うカラーフィルムであった。
 東映のカラー映画はこの年にはイストマンカラーで5本(錦之助主演作は『怪談千鳥ヶ淵』と『曽我兄弟 富士の夜襲』)製作されたが、東映の年間製作本数約100本のうちのごく限られた大作にすぎなかった。この頃のカラーフィルムは感光度が低かったため照明が大がかりになり、撮影前の準備にも時間を食った。また、セットや衣裳の配色にも気を遣ったが、最も注意を払ったのは俳優の肌の色であった。とくに時代劇の場合、メーキャップの仕方を工夫する必要があった。
『任侠清水港』はイーストマンカラーで、錦之助もこれが3本目なので、メークには慣れていたが、『七つの誓い』のアグファカラーは発色が違うため、メークの仕方を変えなければならなかった。アグファカラーの場合、顔に塗るドーランを青味がかった色にすると、ちょうど良い肌色になった。

 10月の下旬から11月の初めにかけて、錦之助は『七つの誓い 第一部』の撮影をメインにこなしていったが、午前中は『七つの誓い』のロケ、午後は『任侠清水港』のセット撮影といった日も数日あった。そういう日は、ロケ地から撮影所に帰ると、美青年・五郎のメークをすっかり落とし、一から石松のメークにこしらえ直した。最後に片目をつぶし、石松が出来上がるまでに、たっぷり1時間はかかった。が、それも楽しい作業で、錦之助は石松を演じることに、なにか素(す)のままの自分に戻れたような爽快さを感じていた。