会社の帰り、最新の設備が整っているというバッティング・センターに寄ってみた。
最近どうもろくなことがないので、とにかく憂さ晴らしをしたかったのだ。
今朝も一雨来そうだからと傘を持って家を出れば途端に空はからりと晴れるし、通勤電車の中では女子高生から痴漢に間違われるし、仕事の方はといえばあと少しで正式な発注という段階になって大口注文のキャンセルを喰らうし、細かいことを上げれば切りがないが一事が万事その調子で何もかもが上手くいってなかった。
「最新の設備って今までのとはどう違うの?」
受付にいた女性の従業員に聞いてみる。
「えぇ、お客様、当センターの自慢は何といってもバーチャルな点です」
「バーチャル?ってことはプロ野球の投手が投げているような映像が映し出されたりするってこと? そんなの、よく聞く話じゃないか」
「いえいえ、当センターではすべてがバーチャルなのでございます。ボールまでも」
その従業員はにっこりと営業スマイルを浮かべて言った。
すべてがバーチャル?ボールまでも?
しかしボールが立体映像だったら打つ時の手応えはどうなるのだ?
そんなので本当に憂さ晴らしになるのだろうか?
いくつも疑問は湧いたが、とにかく一度お試しください、という彼女の言葉に従い、渡されたバットを手にしてゲージの中に入った。
するとどこからともなく、ボールをお選びください、という無機質な声が聞こえた。
ボールを選べってどういう意味だ?
私の戸惑いも無視してその声は続けてこう言った。
「男性にしますか?女性にしますか?」
意味不明の質問だったが、とりあえず「女性」と答える。
さらに髪の長さは?目鼻立ちは?などといった質問が続き、私も馬鹿正直にそれにつきあった。
ようやくすべての質問が終わると、スクリーンに出来損ないのモンタージュみたいな女性の顔が映し出された。
それは私が心の中に思い描いた顔とは違ったが、それでもどこか特徴を捉えていた。
「それでは第一球です」
え?と思う間もなく、スクリーンの女性の顔がぎゅ~んと縮まり、生首のようにばっと私に向かって飛び出してきた。
思わず私は持っていたバットをぶん!と大きく振り回す。
だがまるで手応えがなく、どうやら空振りをしたと判定されたようだ。
ストラ~イク!!という声とともに、キャハハハ…という女の奇声がゲージの中に響いた。
「第二球です」
今度は私もバットを短く持って慎重に構え、バッターボックスに立つ。
喰らえ!渾身の力を込めてバットを振った。
カキーン!という快音と確かな手応えを残し、ひぇ~という叫び声をあげて、生首は遥か場外へと消えていった。
ホ~ムラン!!
どうだ、思い知ったか!私は内心ガッツポーズを取った。
私はそれから小一時間そのバッティングセンターで汗を流し続けた。
うん、バーチャルもなかなか悪くないじゃないか、と思いながら最後の一球をセンター前にはじき返す。
額の汗をハンカチで拭いながらゲージの出口をくぐった私は丁度隣りのゲージから出てきた女性と鉢合わせになった。
その女性は髪は振り乱し、化粧は汗で流れ落ち、眼はやたらとギラギラと光らせ、どうやら私以上に熱心にバットを振り回してきたようだった。
他でもない、それは妻だった。
二人は無言のまましばらくの間向き合った。
「こんなところで何してる?」
ようやく私がそう問うと、
「ここでバットを振る事以外に何かすることあるの?」
そう妻は険のある言い方で答えた。
やっぱりバーチャルじゃダメだな、バットのグリップを強く握り締めながら、私はそう思った。
最近どうもろくなことがないので、とにかく憂さ晴らしをしたかったのだ。
今朝も一雨来そうだからと傘を持って家を出れば途端に空はからりと晴れるし、通勤電車の中では女子高生から痴漢に間違われるし、仕事の方はといえばあと少しで正式な発注という段階になって大口注文のキャンセルを喰らうし、細かいことを上げれば切りがないが一事が万事その調子で何もかもが上手くいってなかった。
「最新の設備って今までのとはどう違うの?」
受付にいた女性の従業員に聞いてみる。
「えぇ、お客様、当センターの自慢は何といってもバーチャルな点です」
「バーチャル?ってことはプロ野球の投手が投げているような映像が映し出されたりするってこと? そんなの、よく聞く話じゃないか」
「いえいえ、当センターではすべてがバーチャルなのでございます。ボールまでも」
その従業員はにっこりと営業スマイルを浮かべて言った。
すべてがバーチャル?ボールまでも?
しかしボールが立体映像だったら打つ時の手応えはどうなるのだ?
そんなので本当に憂さ晴らしになるのだろうか?
いくつも疑問は湧いたが、とにかく一度お試しください、という彼女の言葉に従い、渡されたバットを手にしてゲージの中に入った。
するとどこからともなく、ボールをお選びください、という無機質な声が聞こえた。
ボールを選べってどういう意味だ?
私の戸惑いも無視してその声は続けてこう言った。
「男性にしますか?女性にしますか?」
意味不明の質問だったが、とりあえず「女性」と答える。
さらに髪の長さは?目鼻立ちは?などといった質問が続き、私も馬鹿正直にそれにつきあった。
ようやくすべての質問が終わると、スクリーンに出来損ないのモンタージュみたいな女性の顔が映し出された。
それは私が心の中に思い描いた顔とは違ったが、それでもどこか特徴を捉えていた。
「それでは第一球です」
え?と思う間もなく、スクリーンの女性の顔がぎゅ~んと縮まり、生首のようにばっと私に向かって飛び出してきた。
思わず私は持っていたバットをぶん!と大きく振り回す。
だがまるで手応えがなく、どうやら空振りをしたと判定されたようだ。
ストラ~イク!!という声とともに、キャハハハ…という女の奇声がゲージの中に響いた。
「第二球です」
今度は私もバットを短く持って慎重に構え、バッターボックスに立つ。
喰らえ!渾身の力を込めてバットを振った。
カキーン!という快音と確かな手応えを残し、ひぇ~という叫び声をあげて、生首は遥か場外へと消えていった。
ホ~ムラン!!
どうだ、思い知ったか!私は内心ガッツポーズを取った。
私はそれから小一時間そのバッティングセンターで汗を流し続けた。
うん、バーチャルもなかなか悪くないじゃないか、と思いながら最後の一球をセンター前にはじき返す。
額の汗をハンカチで拭いながらゲージの出口をくぐった私は丁度隣りのゲージから出てきた女性と鉢合わせになった。
その女性は髪は振り乱し、化粧は汗で流れ落ち、眼はやたらとギラギラと光らせ、どうやら私以上に熱心にバットを振り回してきたようだった。
他でもない、それは妻だった。
二人は無言のまましばらくの間向き合った。
「こんなところで何してる?」
ようやく私がそう問うと、
「ここでバットを振る事以外に何かすることあるの?」
そう妻は険のある言い方で答えた。
やっぱりバーチャルじゃダメだな、バットのグリップを強く握り締めながら、私はそう思った。
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