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ブログ 「ごまめの歯軋り」

読書子のための、政治・経済・社会・文化・科学・生命の議論の場

読書ノート 坂井豊貴著 「多数決を疑う―社会的選択理論とは何か」 (岩波新書 2015年4月)

2016年06月15日 | 書評
選挙による議会制度は民意を反映しているのか、民主主義の根幹を問う 第4回

2)  代替案の考案の歴史ーコンドルセのパラドックス

1789年のフランス革命後ロベスピエールの恐怖政治によってギロチンの露に消えた「啓蒙主義的知識人」に、ボルダ―と同じパリ王立科学アカデミー書記のコンドルセ(1743-1794)がいた。彼が反革命であった証拠はないが、政敵であったから抹殺されたのだろうか。コンドルセはボルダの論文を高く評価したが、1785年「多数決による決定の蓋然性への解析の応用」を公刊して、独自の集約ルールを発表した。ボルダルールはペア敗者を阻止するためにあるが、コンドルセはボルダールールもスコアリングルールも不十分であると批判したうえで、「ペア勝者」を選ぶべきだと主張した。他のどの選択肢に対しても、多数決で勝つ選択肢を「多数側の意志」を反映した選択肢であると考えた。これを「ペア勝者基準」を満たすという。多数派の判断を尊重し、それを体現するペア勝者基準を集約ルールの中心に据えたことがコンドルセの目的であった。ただ多数決を使うと「票の割れ」に弱くなり、多数側の判断を尊重できないという趣旨ではボルダ―もコンドルセも同じ見解である。当然のことであるが、多数決がダメになるのは選択肢が3つ以上の時であり、選択肢が二つなら票は割れることはない。いわゆる「ガチンコ勝負」であるからだ。そこでコンドルセは選択肢が3つ以上の時には、2つづつ取り出してペアごとの勝負を決め、その結果によって全体の順位を決めようとした。例えば選択肢がX,Y,Zの3つで、投票者は3位までの順位を示してもらうと、第1位の結果がX>Y>Zであるにもかかわらず、ペア勝者解析でZがXに勝つという場合が生じる。いわゆる3つ巴のサイクル循環が発生する。これを「コンドルセのパラドックス」という。コンドルセはこの可能性は低いといって棄却する。これを「コンドルセの方法」という。ところが選択肢が4つ、5つとなると棄却する数は2つ、3つとなり、集約ルールは機能しない。これを決定不能問題という。コンドルセの死後集約ルール研究は途絶えた。1958年になってイギリスのダンカン・ブラックはコンドルセの方法に注目した。1988年米国ミシガン大学のベイトン・ヤングは数理統計手法による「コンドルセの投票理論」という論文を書いた。ヤングは、コンドルセは言葉にしてはいないが、最尤法という統計的手法から選択肢全体への順序を導こうとしたと論じた。最尤法という統計的手法は1910年フィッシャーが考案した手法である。最尤法による決め方は、選択肢の2つのペアごとの多数決からデータを集め、サイクルがなければ整合性があるとする「ペア勝者基準」を満たす。サイクルがある場合、それは不整合であるが、真のデータとのずれを最小とする方法が一番真実である可能性が高い順序を決めるのである。誰が勝者かは分らないが、勝者を暫定的に決めて逆算しデータのずれが一番小さいケース場合それを真実と認定するのである。このやり方を「コンドルセ・ヤングの最尤法」という。そしてそれは同時にペア勝者基準をきちんと満たすことを証明した。様々な集約ルールの結果が異なることを5つのルールについて示した「マルケヴィッチの反例」がある。有権者は55名で選択肢は5つで、①多数決(通常選挙)、②ボルダールール、③コンドルセ・ヤング最尤法、④決戦投票付き多数決(自民党党首選)、⑤繰り返し最下位消去ルール(オリンピック候補地選挙)の5つの方法で、結果はさまざまに見事に違う。民意という言葉はよく使われるが、この反例を見ると、どこに民意があるのか判断に苦しむ。選挙で勝った政治家は自分は民意を代表するかのようにふるまい、自分の政策がすべて信任されたと考えるのは、全く異様なことである。民意を具現する選挙法を探索することではなく、集約ルールが充たす基準を吟味することが大切である。ペア敗者基準やペア勝者基準は、票の割れからくる歪に対する耐性の基準である。ペア敗者基準を満たすのは、決選投票付き多数決、繰り返し最下位消去ルール、コンドルセ・ヤングの最尤法、ボルダールールである。こうしてみるとペア敗者基準は比較的満たしやすい。一方ペア勝者基準はコンドルセ・ヤングの最尤法しか満たさない。そもそもボルダのスコアリング加点方式は選択肢の全体の中の位置を重視する方針であるから。ペアでの勝負を考慮していないから当然であると言える。ペア勝者基準を緩めて、勝者が最下位にならなければいいに改めると(これを「ペア勝者弱基準」と呼ぶ)ボルダルールはこの「ペア勝者弱基準」を満たす。するとボルダルールとコンドルセ・ヤングの最尤法が極めて有力である。棄権する人がいても結果に影響しない方法を棄権防止性基準という。ボルダルールは危険防止性を持つ。ということで筆者はボルダールールが総合的に一番望ましいと評価した。FIFAワールドカップサッカーの予選トーナメントは勝利3点、引き分け1点、負けは0点と加点するスコアリング方式である。

(つづく)


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