池田俊彦少尉
憲兵調書
« 國家革新運動ニ從事スルニ至リタル原因動機 »
學問的、歴史的、社會的方面、皇軍將校トシテノ立場ノ順序ニ就イテ申述ベマス。
(1) 學問的方面
陸軍士官学校豫科二學年ノ頃ヨリ漢丈ニ興味ヲ持チ、始メハ朱子學ヲ考究シ、漸次 陽明學ニ傾キ來リ。
就中、安岡正篤ノ 「 王陽明ノ研究 」 ハ 特ニ感激ヲ深クシマシタ。
又、日本精神ニ關スル種々ノ書物ヲ讀ミ、佛敎ノ方面モ稍やや研究シ、
東洋思想ノ内観的価値重大ニシテ深遠ナルヲ感ジマシタ。
西洋學問ノ概念的普遍的ナルニ對シ、東洋倫理ノ玄(東洋學ノ意) ニシテ 幽遠ナルヲ銘記シタノデアリマス。
陸軍士官學校本科ノ中頃ヨリ、日本精神ノ總ベテヲ超越シテ尊キモノナルコトヲ更ニ感ジ、
而シテ之レハ日本國民ノ理念ト至情ナルコトヲ痛感致シマシタ。
(2) 歴史的方面
日本精神 即チ 皇道ハ、天御中主神ヲ中心トシテ中心分派シ、
遠心求心兼備セル世界大道宇宙(自己及天體) ノ眞理デアッテ、
恰モ太陽ガ萬物ヲ生成育化スル如キモノデアリ、
大御心ガ世界ヲ隈ナク照ラスモノナルコトヲ確信シマシテ、
而シテ 此 精神ノ日本ニ於テ最モ發揚セラレタル時代ハ、
大化ノ改新、建武ノ中興、明治ノ維新ニアルコトハ疑ナキ事實デアリマス。
日本ノ 「 神ナガラノ道 」 ガ 歪メラルレバ、ソレニ對シテ常ニ天誅ノ刃ハ下サレタノデアリマス。
人間界ガ動物界ト異ナル點ハ 甲ガ或ル処カラ或ル処マデヤレバ、
次ノ時代ノ乙ハ又 或ル処カラ始メルト言フガ如キ 人間ノ意志及事業ノ繼續デアリ、
而シテ ソレハ純ニシテ眞直ナルモノデアリマス。
日本家族主義ガ一貫シ、孝ナル事 即チ 忠ナル君民一體ノ國家ノ永續デアリマス。
往昔、仁徳天皇ガ民ノ心ヲ心トナサレ給ヒシ如キ國家ノ永昌ニアルコトヲ確信スルモノデアリマス。
蘇我入鹿ガ天皇ノ命ヲ勝手ニ作リ、天子ノ威ヲ着テ私腹ヲ肥シ、
大逆ヲ敢テナシタルニ對シ、中大兄皇子ハ破邪顯正ノ剱ヲ取ッテ、
宮中ニテ剱ヲ抜クノ法度ヲ破リテモ大極殿ニ於テ 天誅ノ刃ヲ下サレマシタ。
而シテ 「 神ナガラノ道 」 ニ復シ奉リ、大化ノ新政ヲ現出シ奉ッタノデアリマス。
又、建武ノ中興ニ於テモ 御宇多天皇ノ御意志ニ基キ、
後醍醐天皇ノ御代ニ高時ヲ破リテ中興ノ大業ヲ成就シマシタ。
是レ即チ 高時ノ勅を奉ゼザルヲ打破シテ大業ヲ翼賛シ奉ル
楠公以下忠臣ノ業ニ依ルモノガ大ナノデアリマス。
明治維新亦然リデアリ、昭和維新モ亦然ル可キモノト考エルノデアリマス。
(3) 社會的方面
現今ノ情勢を見マスルト、天日照々トシテ輝ク眞ノ國體ヲ現出セント云フ可キカ。
何人モコレヲ打破セントスル希望に燃ヘツツアルト思ヒマス。
但シ 現今、
自己ノ地位ヲ確立シアルモノハ私慾ノ爲ニ汲々トシテ現狀ヲ維持スルニ急ナノデアリマス。
米ガ餘ル程出來テ 食フコトノ出來ヌモノガアル一方ニ於テ、
生産過剰ニ苦シム者アリテ一方ニ物資ヲ持タヌ者ガアル。
コレガ現今ノ矛盾ノ一ツデアリマス。
何処カニ ヤリクリノ惡イ所ガアルヤウニ思ヒマス。
農民ハ貧苦ノドン底ニアルモ 之レニ對スル処置ハ僅少デアリマス。
帝都ノ大震災、金融界ノ動揺ニ對スル救濟ハ大々的ニナサレマシタガ、
下層民ノ窮境ニハ極メテ冷淡デアリマス。
天皇陛下ニ對シ奉リ、機關ナリトスル天皇機關説論者ヲ保護セントスルガ如キ政府ノ聲明、
黨利ノミヲ第一トスル政黨政治ノ堕落ヲ見ル時、
何ントカセント忠臣ハ努力シツツアルガ總テ法規ニ依ッテ阻止サレテ居ルノガ現狀デアリマス。
陛下ニ對シ奉リ、植物學ノ御研究ヲオ薦メシ、
天皇ノ大權ノ御發動ヲ御裁下ノミヲ縮小シ奉リ、
自己等ノ地位權勢ヲ以テ國家ヲ動カサントスル元老、重臣ノ横暴、
而シテ仁徳天皇ノ如ク、明治天皇ノ如ク、
民の心ヲ十分ニ大御心ヲ以テ滋育シ給ヒタルガ如キコトヲセズ、
極端ニ言ヘバ 陛下ニ蓋ヲシ奉リ 自己ノ地位ヲ保護セントスルガ如キ 實ニ慨嘆ニ堪ヘマセン。
我等ハ斷固 妖雲ヲ一掃シテ、
天皇御親政ノ眞ノ國體ヲ顯現センコトヲ期スノデアリマス。
我等ハ過去ニ於テ如何ニ善人タリトモ、如何ニ國家ニ功勞ガアルモ、
現在國家ノ發展ヲ阻止セントスルガ如キハ逆賊ト言ハザルヲ得ナイモノデアリマス。
(4) 皇軍ノ將校トシテノ立場
軍ハ天皇親率ノ下ニ皇基ヲ恢弘かいこうし、國威ヲ宣揚スルヲ本義トセラレテ居リマス。
而シテ 對外的、對内的 何レニ對シテモ國家ノ奸タル者ハ討伐ヲセナケレバナリマセン。
平戰兩時ヲ問ハズニ軍ノ行動ヲ妨害スノモノハ、外人タルト日本人タルトヲ問ハズ、
正義ノ劍ヲ振ッテ打倒スベキデアリマス。
軍ハ細民ノ爲メノ軍ニ非ズ。
政黨、財閥、元老、重臣ノ軍ニモ非ズ。
一ニ、天皇陛下ノ皇軍ニアリマス。
軍ハ一元的中心ノ下ニ製正敏活一致シテ行動シ得ルヲ以テ本質トスルノデアリマス。
即チ統帥ノ一貫デアリマス。
コレガ歪メラレレバ軍ノ絶滅デアリマス。
而ルニ數年來、屡々、統帥權干犯問題ヲ惹起シ、軍ヲシテ私兵化セントセル傾向ガアリマス。
今回、相澤中佐殿ノ立タレタル最大ノ原因又ココニアリト信ズルノデアリマス。
軍ガ資本家ト供託シテ殖民地ヲ作リ、 「 ダンピング 」 ヲ以テ市場ヲ獲得シ、
民ノ利害ヲ顧ズ、威力ヲ發展セシムルガ如キハ、
所謂覇道ノ軍デアッテ 決シテ皇軍デハナイノデアリマス。
皇軍ハ萬民ヲ生成育化スル皇道精神ノ具現ニアルノデアリマス。
・
以上ノ様ナ心境ニアリマシタノデ、士官學校卒業以來、
歩兵第一聯隊中隊長山口一太郎殿、機關銃隊附中尉栗原安秀殿、同少尉林八郎氏と語る機會が多く、
益々改造運動ニ努力致シ度ク思ッテ居リマシタガ、
特ニ初年兵敎育ヲ担任シテ身上調査ヲシテミテ 深刻ニ國家組織ノ欠陥ヲ認識シマシタガ、
更ニ 現ニ行ハレツツアル相澤中佐殿ノ公判狀況ヲ元歩兵大尉村中孝次氏ヨリ聽クニ及ビ、
憤慨ノ至リニ堪ヘズ、
ドウシテモ軍ノ力ニ依リテ國家ヲ改造シナケレバナラナイト思フ様ニナッタノデアリマス。
・
« 此ノ事件誰ガ計畫シタカ »
誰ガ計畫シタノカ存ジマセンガ、臆測デ
歩兵中尉 栗原安秀
元歩兵大尉 村中孝次
元一等主計 磯部淺一
歩兵大尉 山口一太郎
ノ 四人デアラウト思ヒマス。
二月二十三日 午前十時頃、林少尉ガ私ノ部屋ニ來リ 決行の日ハ示サナイガ、
近クヤルト云フコトヲ言ヒマスノデ、
私ハ五・一五事件ノ如キ火花線香式ノ如キモノハヤラナイト申シマシタ。
スルト林ハ
今度ハ、
歩兵第一聯隊七中隊、第一中隊、及 機関銃隊
近衛歩兵第三聯隊 一箇中隊
歩兵第三聯隊 八箇中隊
豊橋 若干
野重 同右
出動シ、帝都ノ實力ヲ握リ、戒嚴令ヲ戴キ、維新ヲ斷行スルト申シテ居マシタノデ、
是ナラ出來ルト思ヒ、私モ參加スルト申シマシタ。
然シ私ノ中隊ハ機関銃隊ミタイナ下士官兵ニ御維新ニ參加スル丈ノ敎育ガ出來テイナイコトト、
又 中隊長ガコノ運動ヲシナイ人デスカラ 迷惑を掛ケテハナラナイト思ヒ、
更ニ不成功トナッタ時、多數ノ兵員ヲ犠牲ニスルト思ッテ 聯レテ行カズ、
私一人參加シマシタ。
ソシテ爾後二日間ハ演習ニ忙シク、全然同志ト會合セズ、
二十五日演習ヨリ歸リ、
午後六時半頃、私ノ部屋デ林ヨリ「 今晩ヤルゾ 」ト 聽カサレマシタ。
ソコデ私ハ 午後十時頃機關銃隊將校室ヘ行キマスト、
栗原中尉 ( 歩一 ) 中島少尉 ( 鐡道第二聯隊 現在砲工學校在學中 ) ガ居リマシテ、
私ハ栗原中尉ヨリ計畫ヲ聽キマシタ。
・・略・・
右ノ計畫ヲ聽イテカラ 暫ラク沈黙ノ狀態ガ續キマシタ処ヘ、
山口大尉ハ當時週番司令デアリマシタガ、私等ガ居リマス処ヘ來、
「 本庄閣下ノ親戚デアル私ハ 一個ノ山口と二ツノ肩書ヲ持チタイ 」
ト 申サレマシタ。
此意味ハ 皆ト一緒に第一線ニ立ツテ行キタイガ、
他ニ任務ガアルカラ一緒ニ行ケナイト云フコトデ、
他ノ仕事ハ外交面担任スルト云フ事デアリマス。
・・略・・
午前五時頃、
栗原中尉ハ第一敎練班及機關銃ノ主力ヲ率ヒ、表門ヨリ突入シ、
次デ林少尉ノ部下ノ大部分侵入シ、
私ノ敎練班竝林少尉及林ノ部下一部ハ裏門カラ突入シマシタ。
ソシテ林少尉ハ中ニ入リ、私ハ機關銃二銃ヲ持ッテ裏門ノ警戒ニ當タリマシタガ、
栗原部隊ガ首相ヲ中庭デヤッツケタノデ兵ヲ表門ニ集結シ、萬歳ヲ三唱シマシタ。
當時大蔵大臣担任ノ近歩三中橋基明中尉及中島少尉ノ指揮スル一隊モ、
首相官邸ニ到着シテ居リマシタ。
又、田中中尉ハ自動車一台、トラック二台 ( 共ニ軍用 ) ヲ持來テ居リマシタ。
・・略・・
二月二十七日夕、
陸相官邸ニ於テ 栗原中尉ノ除ク外ノ全將校ト軍事參議官ト會見シ、
野中大尉ガ一同ヲ代表シテ次ノ事ヲお願ヒシマシタ。
「 事態ノ収拾ニ附テハ眞崎閣下ニ御一任シタイト思ヒマス。宜シクオ願ヒシマス。
軍事參議官閣下ハ眞崎閣下ヲ中心トシテヤラレル事ヲオ願ヒ致シマス 」
ソレ對シ阿部閣下ハ、誰ヲ中心トスルト言フノデハナク、
軍事參議官ガ一體トナッテ努力スルトイワレマシタ。
眞崎閣下ハ、
「 諸氏ノ尊イ立派ナル行動ヲ生カサントシテ努力シテ居ル。
軍事參議官ハ何等ノ職權モナイ。
只、陸軍ノ長老トシテ道義上、顔モ廣イカラ色々奔走シテ居ル。
陛下ニ於カサレテハ 不眠不休ニテ、御政務ヲ總攬アラセラレ給ヒ、眞ニ恐懼ノ至リデアル。
オ前達ガ此処迄立派ナ行動ヲヤッテ來テ、陛下ノ御命令ニ從ハヌトナルト大問題デアル。
ソノ時ハ俺モ陣頭ニ立ッテ君等ヲ討伐スル。
ヨク考ヘテ聯隊長ノ命令ニ從ッテクレ 」ト 言ハレマシタ。
ソコデ私等ハ退場シ、聯隊長トハ誰カ、元ノ聯隊長カ今ノ小藤大佐カト色々話合ヒマシタガ、
ソコヘ山口大尉ガ來ラレ、眞崎大將ニ對シ、
「 奉勅命令ノ内容ハ我々ヲ不利ニ導キ、御維新ヲ瓦解セシムルモノナルヤ 」
ト 問ヒタル処、「 決シテ然ラズ 」ト 答ヘラレマシタ。
山口大尉ハ更ニ、「 聯隊長トハ誰カ 」ト 問ヒタルニ、
「 小藤大佐ナリ 」ト 答ヘラレマシタ。
ソコデ吾等ハ、一ニ大御心ニマカセ、聯隊長ノ命令ニ從フコトヲ誓ヒマシタ。
二・二六事件秘録 (二) から