あを雲の涯

「 二、二六事件て何や 」
親友・長野が問う
「 世直しや 」
私はそう答えた

朝日新聞社襲撃 『 国賊 朝日新聞を叩き壊すのだ 』

2019年09月15日 10時13分33秒 | 栗原部隊

有楽町日劇に隣接する朝日新聞本社ビル。
真偽とりまぜた情報は刻々と入ってくる。
岡田首相、高橋蔵相、渡辺教育総監、牧野前内大臣、
鈴木侍従長、斎藤内大臣をはじめ西園寺公、若槻男も危い
新聞社は深刻な表情につつまれ、デスクの前の記者たちは青白く緊張していた。
「 アッ、また雪がふってきた 」
一人の年若い給仕が窓から首を突き出して、
ふり出してきた牡丹雪を眺めていたが、
「 おやッ、兵隊がトラックで通りますよ 」 という。
「 何処かに警戒に行くのだろう 」
と 誰かが答えた。
「 オヤ! 社の前で止まった、社の前で 」
さきの給仕が頓狂な声をあげながら走り出した。
----社の玄関前に機関銃を据えている。
日劇や数寄屋橋の方向に銃口を向けている。
----将校が日劇の前にいる人をピストルを向けて追っ払っている。
----将校が社の玄関に来て朝日の代表に会いたいというので、今 緒方さんが下におりた。
『 いよいよ来たな 』
と 記者たちは、さっと心にさすものを感じて慄然とした。


この朝九時すぎ
朝日新聞社を襲ったのは首相官邸を襲撃した栗原中尉の一隊だった。
栗原中尉、中橋中尉、中島、池田の両少尉らに指揮された下士官兵五十名は、
乗用車一、トラック二台に分乗して朝日新聞社にのりつけた。
げしゃすると同時に機関銃を配置して外部の警戒にあたった。
まず 社の代表に面会を求めた。
この代表者として中橋に応対したのが緒方竹虎主筆だった。
この間の事情について緒方氏は次のように手記している。
「 ---編集局長室に入って編集幹部と話をしていると、
そこへ何か兵隊が外で非常な大声でガタガタやっているいうので、
ベランダに出て見ると日劇の前で円陣を作って日比谷の方に銃を向けて伏射の姿勢をしている。
これは何か市街戦が始まって朝日新聞を守ってくれるのじゃないかという気がした。
すると社の守衛の一人が飛んで来て、
今、下に反乱軍の将校がやって来て代表とここで会見したいといっている、
どうしましょうかという。
僕が代表だから会おうというので、エレベーターを下りていった。
エレベーターを出た直ぐ前の一段低くなったところに、一人の青年将校が立っている。
目が血走って疲れたような恰好、右手にピストルを持ち左手に紙を持っている。
----ピストルが危ないから
なるべく身体を近接させた方が無事だと思って 殆ど顔がつく位に立って名刺を出して
僕が代表者のこういうものだといった。
すると、その若い将校は ひょっと目をそらしてしまって物をいわないのだ。
----その間に非常に長い沈黙が続いたような気がするが 恐らく十秒か二十秒だったろう。
すると、急にピストルを上に向けて
『 国賊 朝日新聞を叩き壊すのだ 』 と叫んだ。
それで射ったのかと思ったが弾が出ない。
そこで ちょっと待ってくれ、中には女も子供もいる、そういうものを一応出すから待ってくれといって三階に上がった。
----皆をニューグランドに退避させることにした。
僕の部屋は四階にあったが一番後から僕が下りようとすると兵隊が上がってきた。
その間を抜けて面に出たが 暫くすると三々五々兵隊が社内から外に出て来る。
彼等はトラックに乗って行ってしまった。
それから早速僕は社の階段を駈け上って見ると電話の机の上には決起趣意書が貼りつけてあった 」
( 文春 特ダネ読本 )
こんな情景で朝日新聞社の襲撃といってもたいしたことはなかったが、
社員の総退出のあと、どっと闖入 ちんにゅう した兵隊たちは印刷局におどりこんで
活字ケースを片端しから ひっくりかえし 一時間ばかりで引きあげた。
これがため朝日新聞は一時その発行を不能にされた。

朝日新聞社を襲った彼らは 更に東京日日新聞、時事、国民、報知の各社、
電報通信社を回って蹶起趣意書の掲載を要求して引きあげた。
ここで注意すべきことは、なぜ朝日新聞社だけがこんな被害をうけたかということである。
それは当時の朝日新聞が最も自由主義的色彩がつよく、
反軍的でつねに陸軍の政治態度、革新態度に批判的であったから、
青年将校の憤激を買っていたからである。

大谷啓二郎著 二・二六事件  から