反駁 ・西園寺公望襲撃 (中止) 鈴木五郎 井上辰雄 塩田淑夫

第一回公判狀況
二 ・二六事件公判狀況に關スル件 ( 第一公判廷 )
七月六日午前十時三十分
被告歩兵第六聯隊附 一等主計 鈴木五郎、
豊橋教導學校 歩兵中尉 井上辰雄、
獨立歩一 歩兵中尉 塩田淑夫、
出廷、
午前十時四十分 石本裁判長 開廷ヲ宣シ、呼名點呼ヲ爲シタル後、
檢察官ヲ促シテ公訴事実實ノ陳述ヲ為爲サシメタリ、
其ノ要旨 次ノ如し
・
公訴事實
被告鈴木五郎ハ夙ニ磯部淺一、村中孝次、栗原安秀 等ト交リ、國家革新運動ニ關心ヲ有シアリタルガ、
磯部淺一、村中孝次 等 免官にナルニ及ビ、
愈々 軍上層部 竝ニ 一部財閥、重臣ノ所謂特權階級ガ自己ノ地位ニ執着シテ國政ヲ輕じ、
國體ノ尊嚴ヲ冒瀆シツツアルヲ信念的ニ感ズルニ至リ、
之ヲ是正シ、眞ノ日本國ノ眞姿ヲ顯現スル爲ニハ
直接行動モ亦場合ニハ客観的ニ許サルルモノナルヲ自覺スルニ至レリ。
其ノ後 相澤事件ノ公判ノ進展ニ伴ヒ 磯部等ト緊密ナル氣脈ヲ通ケ居タルガ、
本年二月二十日 同志對馬勝雄ヨリ來名シ
近ク昭和維新ニ嚮ツテ邁進スベク東京ニ於テ蹶起スル旨ヲ告ゲラレ、
其ノ際 同人ヨリ萬一吾々モ蹶起セントスル時ハ
相當ノ金品ヲ必要トスル故ニ 應分ノ援助ヲ願ヒ度シト依頼サレタルニ對シ、
自ラ乃ニ參加スル意志のナキガ、友情 竝ニ 其ノ主旨行動ニ賛意ヲ表スル形式トシテ
金三百圓ヲ都合スル旨ヲ快諾セリ。
越テ　二十三日午後四時 金三百圓ヲ豊橋市ニ赴キ前記 對馬勝雄ニ手公シ、
東京ヨリ來訪セル栗原安秀ヤ同市在住ノ竹嶌継雄 等ト共ニ輸送自動貨車ノ件ニ就キ打合セヲ爲シ、
決行ニ使用スル目的を既得シ乍ラ其ノ準備ヲ承諾セリ。
二十五日午後五時頃 豊橋市ニ赴キ、自ラ驛前合同運送店ニ對シ演習使用ト詐稱シテ
貨車七台ヲ驛前ニ午後八時迄ニ準備シ、八時三十分 高師ケ原附近 「 藤竝 」 ニ集結セシムルコトヲ口約セリ。
猶 其際、自發的ニ夜間行軍ノ苦痛ヲ察し、酒 「 尊王 」 一斗、ガソリン十四鑵かんヲ買受ケ、
發覺ヲ虞レテガソリン店員ヲ使用シテ高師ケ原ニ運搬セシメタリ。
準備完了後 午後七時頃 投宿先ヘ歸ヘリタル処、
對馬ノ手紙ニ依リ 或者反對ニ依リ貨車ノ準備ハ中止トナリタルヲ知リタルモノナリ。
・
被告井上辰雄、塩田淑夫 ハ
夙ニ栗原安秀、對馬勝雄、竹嶌継雄 等ト振興リ、
國家革新運動ニ對シテハ啓蒙セラレ、其ノ後 各種ノ直接行動アリテ 愈々刺戟ヲ深メ、
相澤事件ノ公判ニ依リ同志相計リテ 昭和維新ニ嚮ツテ邁進セザルベカラザルコトヲ確信スルニ至レリ。
本年二月中旬頃同志等ニヨリ 同月下旬 若ハ 三月上旬頃 一齊ニ蹶起スル旨ヲ告ゲラレ、
二月十九日、二十日、二十三日ノ三日間中、磯部、栗原等來訪シ、
兵力使用、彈薬、金品ノ授受ヲ爲シ、對馬、竹嶌ト共ニ興津滞在中ノ西園寺公望ヲ襲撃スベキコトニ賛意ヲ表シ、
其ノ準備ニ着手シタルモ、反對者出デ、兵力使用不能ニ終リタル爲メ斷念シ、
襲撃計圖ヲ隠蔽スル爲、竹嶌ノ下宿先ニアリタル彈薬ヲ敎導學校ニ運搬シ隠蔽シタルモノナリ。
以上ノ要旨ヲ陳述爲サシメタル後、
石本裁判長ハ爾後ノ事實取調津村法務官ヲシテ行フ旨ヲ述ベテ法務官ヲ促シタリ。
依リテ法務官ハ型ノ如ク訊問ヲ爲シタル後、

＜ 法務官--鈴木 ＞
被告ノ國家革新ニ對スル意識ノ程 竝ニ其ノ思想ノ經緯ヲ述ベヨ
國家革新ニ對シテハ勿論 具體的ナル案ヲ有スルモノニアラズ、
磯部淺一ガ常ニ言ツテ居ル如ク、其ノ人個人ノ信念ノ程度ニ依ルモノデアッテ、
自分トシテハ抽象的ニ 國家ノ上層部ノ政治、經濟ノ支配階級ガ
日本本來ノ眞精神ニカヘリテ諸政務ヲ實行セラレンコトヲ希望スル程度ノモノニシテ、破壊モ建設モナイ。
思想ノ變遷ニ就イテハ士官學校ヲ卒業後 野砲兵第一聯隊附トナリ、
初年兵係ノ敎官トシテ兵ノ身上調査ヲ爲スニアタリ、
全ク黙視スルコトヲ得ザル境遇ニ於カレタル家庭ノ多數アルニ刺戟セラレ、
猶、自分ノ家庭モ精神的ニハ裕福ナリト雖 物質的ニハ恵マレザルニ想ヲ致シ、種々 社會問題ヲ研究スルニ至レリ。
之ノ時ハ丁度、五 ・一五、血盟團事件等右翼運動ノ全盛時代ナルヲ以テ、
一般靑年將校ト共ニ交際ヲ密ニシテ、一部急進將校ト目サレルル人物トモ意見ノ交換ヲ爲スニ至リタルガ、
自己ノ性格 竝ニ身體ノ弱キモ考慮シ、猶、經濟界ノ研究モ必要トシテ主計ニ轉科スルニ至レリ。
其ノ後 昭和八年 歩兵第六聯隊附ニナルニ及ビテ、磯部淺一モ亦同期生ニシテ早クヨリ交際ヲ爲シアリタルガ、
社會問題ニ就イテ意見ノ交換ヲ爲ス機會 少ナカリシニ依リ、經理學校卒業祝ヲ兼ネテ上京シタル時、
投宿先ニ於テ 栗原、安藤、村中 其他將校ヲ知ルニ及ビ、其際 西田税宅ヲ訪問シ 「 國家改造法案大綱 」 ヲ貰ヒ受ケタリ。
其後 磯部ノ紹介ニテ對馬、竹嶌ヲ知リ 益々國家革新運動ニ對スル信念ヲ深メツツアリタルガ、
磯部ガ言ヒタルガ如ク、信念ノ程度低キモノガ直接行動ヲヤルコトハ日本躍進ヲ阻害スルモノデアル、
猶、革新ノ時期ト云ふモノハ期日ノ定マツテ居ルモノデハナイ、
國民ノ信念ノ團結シタル時デアル　ト云フ風ニ考ヘル様ニナッタノデス。
然シ 自分ハ國家ノ改造要項ハ、譬ヘテ言ヘバ、
草木ガ自然ニ花ガ咲キ實ヲ結ベバ音モナク花弁ハ散ツテ行キ、種子ガ實レバ破レテ種子ガ飛ビ出ス、
此ノ自然科學ガ國家ニモアリ得ルモノナルニモ拘ラズ、
暗雲ニヨリテ其ノ自然ヲ阻害シテ居ルト云フ信念ヲ抱キ、
之ヲ除ク爲ニハ直接行動モ亦 已ムヲ得ナイト言フ思想ヲ抱クニ至リマシタ。
其ノ時分カラ 「 皇魂 」 其他ノ雑誌、新聽ヲ讀ミ、軍上層部ニ對シ靑年將校ノ氣持チヲ知ツテ貰フ爲
二回程上申書ヲ出シタコトガアリマス。

二月二十日對馬ヨリ金品ノ依頼ヲ受ケタル時ノ狀況如何
自分ハ其時 蹶起ノ話ヲ聞カサレ、自分トシテハ蹶起スル迄ノ信念ガ養成サレテ居ナイノデ、
其ノ申譯ト 是ハ身ヲ捨テルト言フ忠誠心ニ感服シテ、私財ヲ提供スルコトニ致シマシタ。

二十三日ニ對馬ニ 三百圓ヲ渡シ、貨車ノ準備ヲ爲シタルカ
金三百圓ヲ渡シ、貨車ノ準備ニ窮シテ居リ相談ヲ受ケマシタノデ、
自分ハ主計デ克ク借上ゲ等モ知ツテ居ルノデ、快諾シタ。

二十五日以後ノ情況如何
二十五日午後五時頃ヨリノ行動ハ概ネ公訴事實ト同ジデアリマス。
只、私ハ其ノ行動ニ參加スル意思ハ全然ナキコト、
自動貨車ノ借上ゲヲ相談シタル以外ニハ、絶對ニ謀議ニ參与シタルコトハアリマセン。

現在ノ心境ハ如何
殉國捨身ノ氣ヲ持ツテ爲シタル同志ノ行動ハ今猶 正シキコトト信ジテ居リマス。
然シ乍ラ、不結果ニ終リタルコトヲ見テ、
信念ノ程度ガ今猶 低キコトト認識ノ相異スル點を明瞭ニ知リマシタ。

・
第二回公判状況
二 ・二六事件公判狀況ニ關スル件報告 ( 第一公判廷 )
七月七日午前九時 被告鈴木五郎、井上辰雄、塩田淑夫 出廷シ、
午前九時十五分 石本裁判長 開廷ヲ宣シ、
被告井上辰雄ノ事實審理ヲ行フ旨ヲ述ベテ、法務官ヲ促セバ、型ノ如キ訊問ヲ爲シタル後、
昭和維新運動ノ經緯ニ關シ、

＜ 法務官-- 井上 ＞
國家革新トハ如何ナル事カ
國家革新ハ臣下ニ於テ行フモノニアラズ。
至尊ニ於カセラルルモノナリ。
我々國民ハ眞ノ日本精神ニ立返リテ其司々ヲ革正スルコト
即チ 國家革新ノ一部門ヲ爲スモノデアルト信ジマス。
故ニ、吾々將校ハ先ヅ 皇軍將校ノ職業的意識ヲ捨テ、武士道的精神ニカヘラナケレバナラナイト思ヒマス。

被告ハ在職中辭職ヲ洩ラシタルガ、其ノ當時ノ心境如何
本年一月下旬頃デリマシタ。
國軍將校中ニハ多クノ責任回避者ガ多數アルヲ憤激シタカラデアリマス。
自分ノ體驗シタ丈デモ數件アツテ、コンナ不愉快ナ所デハ餘リ長ク御奉公ハ出來得ナイコトヲ痛感致シマシタ。
信賞必罰ノ適正ヲ欠キ、
上司ハ各々其立場ヲ擁護スル爲ニハ部下ノ如何ナル犠牲モ敢テ辭セザルト云フ有様デアリマス。
茲ガ眞ノ革新ヲ要シ、所謂昭和維新ノ一助トナルモノト考ヘラレマス。

維新運動トハ如何ナルモノカ。同志トノ運動經過ヲ述ベヨ
私ハ維新運動ト諸稱スル程具體的ノ經歴ヲ有シテ居リマセン。
満洲ヨリ凱戰後豊橋ノ敎導學校配属トナリテヨリ、對馬中尉ト同中隊ノ關係デ屡々維新運動ノ話ヲ聞イタリ、
怪文書、皇魂、大眼目 等ヲ見セテ貰ヒマシタ。
私トシテハ之ハ單ナル今迄軍内ニ起レル未發事件ト同ジモノニナル虞アリ、
眞ノ維新運動ハ國民ノ自覺ニ依リ、即チ敎化運動ヨリ他ナシト考ヘテ居リマシタノデ、
軍人ハ軍内ノ革正、國民ハ其司々ヲ革正シテ眞ノ日本主義思想ニ立返ヘル様ニスル以外何物モナシト考ヘテ居リマシタガ、
其後 怪文書ヤ對馬中尉ノ話ガアナガチ風説ヤ他ヲ中傷セントスル方法タルニ止マラズ、
或程度ノ事實ヲ報道シテ居ルコトヲ認識スルニ至リマシタ。
即チ、社會情勢ヲ視テ居ルト、天皇御親政ニアラザル批政ガ行ハレテ居ルコトヲ知ルニ及ビ、
之ハ國民全體ノ責任デモアルガ、君側ノ重臣ヤ財閥モ亦 場合ニハ聖明ヲ覆ヒ奉ルガ如キコトアルヲ察知スルニ及ビ、
萬一同志ガ言フガ如ク道鏡ヤ井伊大老ノ如キ絶對的ナル場合ニハ、
實力行動ニヨリ之ヲ誅スルモ敢テ大綱ノ順逆ヲ誤リタルモノニアラザル程度ノ認識ヲ深メタルガ、
兵力使用ニ關シテハ猶 相當ノ研究ヲ要スルモノト思ヒマシタ。
次ニ私ノ天皇観ヲ申上ゲマス。
天皇ハ現人神ニ存シマシテ、天皇ハ即チ天照大神デアル。
天照大神ハ即チ萬物悉ク之ヲ慈シミ給ヘルコトハ史實ニ依リ明ナル処デアリマス。
之ヲ御威光ト稱シ奉ルノデアリマス。
御威光ノ輝ク処、國民全部幸福デアリ、平和デアルノデアリマスガ、史實ニアルガ如ク、
時ニ之ノ聖明ヲ覆フモノナキニアラザルヤハ明ナル処デアリマス。
之ヲ一君萬民ノ眞ノ御代ト申上ゲルノデアリマスガ、現世ノ天皇ハ覆ヒ奉リアルモノト考ヘラレマス。

重臣、財閥ニ於テ其事實アリヤ
其ハ漠然トシテ居リマスシ、
明治維新ノ時ハ徳川幕府ト云フ事實ガアツタカラ明ニ誰ニモ認識出來マスガ、
所謂昭和維新ハ内面的、精神的ナル故、
各人認識ノ程度ニ依ルコトハ史實ニ依リ明ナル処デアリマスガ、
然シ私ハ誅スル程度ノ世相デハナイト思ツテオリマス。

然ラバ何故參加スルニ至リタルヤ
認識ノ程度低ク、同志ニ反對スル丈ノ理由ナク、武士道的情誼ニヨリ參加スルニ至リマシタ。
ト、二月二十一日 對馬中尉ヨリ 近ク蹶起スル旨ヲ打明ケラレ去就ニ迷ヒ、
二十二、三日モ對馬、竹嶌當リ其決心ヲ促サレ、遂ニ情誼的ニ之ニ參加スルコトヲ決意シテ、
二十四日午後七時半 對馬宅ニ於テ興津迄の部隊の輸送計画
竝ニ 西園寺邸襲撃ノ際ハ第三小隊長トシテ活躍スルコトニ決意シタルガ、
勿論自ラ進ンデ兵力使用ヲ受諾シタルモノニアラズ、
反對スル認識ヲ有セザルヲ以テ其精神ニ於テ盡忠報國ノ純情ナルニ同意シテ、
翌二十五日 遺書ヲ認メテ拳銃、軍刀ヲ所持シ 登校シタルガ、
板垣ノ反對ト自己ノ認識ヤ竹嶌ノ心境ニ動揺ヲ來タシタルヲ以テ 中止スルニ至レルガ、
友情ニヨリ之を暴露シタリ、發覺ヲ防止セザル儘 之ヲ放置スルガ如キコトヲ爲シ得ズ、
其時 竹嶌ガ軍刀拳銃ヲ所持セザルモノト思料シテ自分ノモノヲ贈呈シタリ、彈薬ヲ隠匿スルニ至レリ、
ト　陳述シテ、
兵力使用ノ認識ニ就イテ石本裁判長ト二、三 應酬シタルガ、結局
絶對的ナル場合ハ 已ムヲ得ズトシ、
對馬ニ對シテノ友情ハ大綱ヲ誤ラザル其精神ニ感服シテ賛成シタルモ、
後ニ至リ 兵力使用ヲ板垣ニ中止セラルルニ及ビテヨリハ、
友情ヲ一歩超越シテ身ヲ以テ對馬 其ノ人ニ對シテ反對スルニ至ラザル
旨ノ武士道的見地ヲ陳述スレバ、
裁判長其精神ヲ喜ビ、現在ノ心境ニ就イテ、訊セバ、
一百姓ノ伜トシテ生レ、
武人最高ノ名誉タル金鵄勲章 ( 功五級 ) ヲ戴キ、
爾後人一倍忠勤ヲ励ム覺悟ナリシガ、
認識ノ不確定ヨリ
上聖上陛下ノ御宸襟ヲ悩シ奉リ、
下老先キ短キ父母ニ心配ヲカケタルハ 誠ニ申譯アリマセン。
ト 陳ブレバ、裁判長ヨリ井上ニ對スル審理ハ之ヲ以テ終了シ、
次回ハ明八日午前九時開廷スル旨ヲ告ゲ、午後五時十五分 閉廷ヲ宣セリ
・
第三回公判廷
二 ・二六事件公判狀況ニ關スル件 ( 第一公判廷 )
七月八日午前九時 被告鈴木五郎、井上辰雄、塩田淑夫 等出廷シ、
仝九時十分石本裁判長 開廷ヲ宣シ、法務官ヲ促セバ、法務官ヨリ　塩田 ニ對シ事實審理ヲ爲ス旨ヲ告ゲ、
型ノ如キ訊問ヲ行ヒタル後、

＜ 法務官--塩田 ＞
被告ノ思想傾嚮ヲ述ベヨ
私ハ幼少ノ頃ヨリ尊皇愛國心ヲ植ヘ附ケラレ、
士官學校豫科時代 明治維新ノ志士、志士ノ墓參ヲ爲ス趣味ヲ有シ、
小塚原ニ行キ、有村治左衛門以下ガ明治ノ後年ニ至リ 從五位下ニ叙セラレアルヲ見テ、
日本人ハ其ノ行動ヲ責ムベキニアラズシテ 其ノ精神ヲ生カスモノナルヲ知リマシタ。
其ノ考 任官シテ以來、益々國體観念ニ就イテハ下士官、兵ニ接シ、
或ハ質問ヲ受ケルニ及ビ國體ノ研究ヲ必要トシ、里見岸雄、田中智學 等ノ書籍ヲ讀ミ、
一方、栗原中尉ト親交シテ信念ヲ深ムルニ至リマシタ。

國體観念ヲ述ベヨ
國ト云フ字ニハ、国、囗、國 ノ三字ルモ、
眞ノ國、即チ王ヲ基トシタ國ヲ使ヒ得ルハ日本ノミナリ、
日本ハ天皇ヲ主體トシタル國デアル故ニ、天皇絶對崇拝スベキ信仰的ノ國デナケレバナラナイ。
ト　國體思想ノ字義ヲ陳述シ、
續イテ史實ヲ一々指摘シテ約一時間ニ亘リテ我國體尊嚴ナル所以ヲ陳ベ、
其ノ認識ノ程度ヲ答ヘタリ
續イテ、
＜ 法務官--塩田 ＞
維新運動ノ可否 竝ニ其ノ運動ニ參加ノ有無
現役軍人ノ維新運動即チ横斷的聯絡ノ不可ナルヲ認識シ居タルヲ以テ、
栗原中尉ヨリ相當其ノ運動ニ關シ敎育サレ、
或ハ 昨年ノ満州國皇帝御來朝ノ砌事ヲ擧グル話アリタルモ、
之ニ不參加ノ意ヲ表シマシタシ、且、私ハ此種ノ運動ヲ他人ニ働キカケルガ如キハアリマセン。
但シ 聞キニ來タ人ニハ敎ヘタコトハ有リマシタ。
猶、栗原中尉ニ關シテハ、一抹ノ疑心ヲ持ツテ居リマス。
即チ、栗原ハ常ニ裏面ニ廻ツテ畫策シテ他人ヲ躍ラセルコトハアツテモ、
自分カラ進ンデヤル様ナ人物デハナイ様ナ氣ガシテ居リマシタ關係カラ、
餘り直接行動ニハ關心ヲ持チマセンデシタ。
元來、私ハ皇軍ノ力ハ、
第一、抜カザル劍ノ威力ヲ以テ政党其他ニ對シ軍部即チ國家ノ眞意ノ發動ヲ爲スヲ最モ可トナシ、
第二 ニ無於テハ 敎化運動ニ依リ革正セシムルニアリ、
敎育ニヨリテ國民ノ無自覺ヲ是正シ、警鐘ヲ亂打スルコトデアル、
敎育ニハ家庭、學校、社會、軍隊ノ四敎育アリ、
然シ乍ラ 眞ノ日本國民ノ革正ノ原動力ハ
吾々靑年將校ガ立派ナル荘丁ヲ一人前ノ日本人トシテ社會ニ送リ出シ、
郷党ヲ以テ役立ツ人間トスル重大敎育任務ヲ有スルヲ以テ、
靑年將校自ラ大イニ自究自鑚ノ必要アルヲ知ツテ居リマス。
第三ハ絶對的ナル場合ハ實行モ亦 已ムヲ得ナイト考ヘテ居リマス。
即チ、井上ノ陳述ト同様ニ道鏡ヤ其他ノ大逆不逞奸ノ現ワレタル場合ヲ言フノデアリマス。
猶、行動參加ノ有無デアリマスガ、
是ハ栗原ガ常ニ言ツテ居ツタ如ク、參加スルトシナイハ各々認識ノ相異ニ依ルモノデ、
致方ノナイモノデアル。
運動ニ趣味ヲ有スレバ必ズ實行スルモノデハナイト信ジテ居リマス。
私トシテハ運動ニ參加シタル程度デハアリマセンガ、
栗原ト共ニ磯部 其他 一部靑年將校ト千駄ヶ谷某所ニ會合シ ( 後デ磯部宅ト判明 )、
西田ヨリ 「 國家改造法案 」 ノ説明ヲ一回聽キタル他、栗原トハ再三文通シマシタガ、
餘リ關心ヲ持ツテ居ナイノデ、思イ詰メタ考ヘハアリマセンデシタシ、
中橋トハ 二、三回會ヒマシタガ、大シタコトハアリマセンデシタ。

興津襲撃計画を打明ケラレテヨリ、之を中止シタル間ノ経緯如何
二十一日午後七時半頃 對馬宅ニ於テ決行ヲ聽カサレタルガ、
今迄ニ栗原ヨリ同様ノ話ヲ聽キタルコトガ以前ニアツタガ、何レモ表面ニ現レズニ終ツテ居ルノデ、
今度ノモソノ程度ト思ツテ大シテ氣ニ止メズ曖昧ナル返事ヲシテ歸ヘリマシタ。
然シ 之ハ 「 デマ 」 ダト思ヒ、且、自分トシテハ最初カラ直接行動ヲ否認シテ居ツタノデ、
何トカ不參加スル方法ハナイカト考ヘテ、二十二、三日ハ實家ヘ歸リマシタガ、
二十四日會フ約束ニナッテ居タノデ、友情トシテ表面カラ反對スルコトモ出來ズ、
或ル程度身ノ危險モ感ジマシタノデ、對馬、竹嶌、井上ト共ニ共同シテ相談スルノ形式ヲ執リマシタガ、
茲デ反對スレバ暴露スル虞モアルシ、表面的ニ反對シナクトモ他ニ不參加ノ方法アルコトヲ知リ、
色々技術的ノ策動ヲシテ、賛成シタルガ如キ態度ヲトリマシタ。
之ノ件ニツキ相談ニ應ジマシタノハ、兵力輸送ニ關シ時速ト休憩個所ノミデアリマスガ、
其後デ對馬ヨリ私ニ先行シテ到着地ヲ選定シテクレト頼マレマシタノデ、
茲デウマクヤツテ逃ゲヤウト思ヒ、草薙駅ガヨイト思フト言ツテ別レ、
翌日ニナッテ不參加ノ目的ヲ以テ二十五、六日ノ二日間 病氣引籠リヲ願ヒ出テ自宅ニ於テ靜養シテ居リマシタ。
二十六日朝副官ガ來宅シテ大體ノ狀況ヲ知リマシタガ、其ノ後 特異ノコトハアリマセンデシタ。

現在ノ心境如何
上司竝ニ同僚ノ忠告モ聽カズ維新運動ニ關心ヲ有シ、
本事件ニ關係シタルヲ遺憾ニ思ツテ居リマスガ、尊皇愛國ノ精神ニ變リハアリマセン。
ト　述ベ、
裁判長ガ本審理ハ之ヲ以テ終了スル旨ヲ告ゲ、
次回日時未決定ノ儘 午後一時三十分閉廷セリ