魔法少女マヂカ・234
高坂薫子ということにした。
震災前の25日に飛ぶのだから本名の霧子でも構わない。まだ学校は夏休み中だしな。
でも、あとあと調べられては面倒だ。
じっさい霧子には夭折した薫子という姉がいた。
ノンコは栗子。
――もし、妹ができたらどんな名前にするつもりだったの?――
父の高坂侯爵に聞いた事があるそうだ。
父は間を置かず「栗子」と応えた。
「え……薫子 霧子 栗子……お父様、それって『あいうえお順』じゃなくて?」
「憶えやすいだろ」
「まあ」
呆れたが、あとで考えると、いずれも響きがよく、個性が立ち上がってくる名前だ。
夭折した姉と、生まれてこなかった妹への想いがあったのか、単なる思い付きなのか。
ブリンダは、そのまんま。元々が、でっちあげの大使令嬢だしな。
で、わたしはメイドだ。
べ、べつにメイド趣味というわけじゃないぞ。
華族令嬢がお供も連れずに旅行しているのは不自然だからな。それに、低い身分で走り回れる者が一人ぐらいいた方がいいしな。
大和ホテルのフロント。
「では、高坂薫子さまと栗子様は、一等のツイン。ミス・ブリンダ様には一等のシングル、真智香さんには三等のシングルをご用意させていただきます」
恭しくカギを揃えるフロントのおっさん。
「真智香はメイドだけれども、旧家老の娘なので二等を用意していただけるかしら」
霧子がフォローすると、おっさんは「かしこまりました」と二等の鍵を出した。
「なにか、損した気分だ」
お嬢様方の荷物を整理するという名目で霧子とノンコの部屋に。
入ったとたんに、我ながら愚痴になる。
「いいじゃないか、なんだったら、メイド服用意してやるぞ」
お邪魔虫のブリンダが面白がる。
「試合までには五日もあるから、観光とかできそうやね(^^♪」
「そうね、わたしは明日が試合でも十分優勝できるわよ」
確かに、霧子は武道に長けている。剣道や長刀が一流なのは、高坂家にやってきた日に思い知ったからな
「さて、試合の申し込みに行くか」
「締め切りにも間があるでえ」
確かに受付は30日までだ。
「要項とか申込用紙もらわなきゃだめだろ。ま、これはメイドの仕事だな」
「うう、やむを得ない……」
「腐るな、オレもついて行ってやる」
「わたしも付いて行きたいなあ」
「いまのノンコは栗子だ。栗子は公爵令嬢だぞ!」
「そんな怒らんでもぉ」
「申し込みの時は、自分で行くから」
「そうだな、じゃ、ブリンダ」
「おう」
日米二人の腐れ縁で大連の街に出る。
大和ホテル前の大通りを東に進むと、学校の敷地ほどの大きなロータリーになっていて、そのロータリーの中央が公園になっている。
中国と満州の入り口である大連港を抱える港町なので、その造りは、ヨーロッパの中堅国の首都並みの規模と質がある。
「ここが、試合会場になるのだな」
公園の隅には、試合会場の資材が運び込まれて、公園の入り口には試合を予告する広告が出ている。
「マヂカ、早々と参加者の名前が出ているぞ」
試合の雰囲気を盛り上げるためだろう、今日現在のエントリーメンバーが張り出されている。
なんちゃら勇士 怪力なんとか 無双闘士なになに 剛力なにがし なんとか烈女 ブゥオイナ~(ロシア語で~戦士) デストロイヤーなんとか
まことに国際色豊かだが、ほとんどの出場者が偽名というかリングネームだ。
「なんだか、安物の無双ゲームのキャラみたいだなあ」
ヤアー トーー トリャー
エントリー表を見ていると、公園の奥の方から練習だかデモンストレーションだかをやっている声や歓声が聞こえてくる。
「ちょっと覗いてみるか」
「ああ」
ちょっと楽しくなってきた。
※ 主な登場人物
- 渡辺真智香(マヂカ) 魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 要海友里(ユリ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 藤本清美(キヨミ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 野々村典子(ノンコ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 安倍晴美 日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
- 来栖種次 陸上自衛隊特務師団司令
- 渡辺綾香(ケルベロス) 魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
- ブリンダ・マクギャバン 魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
- ガーゴイル ブリンダの使い魔
※ この章の登場人物
- 高坂霧子 原宿にある高坂侯爵家の娘
- 春日 高坂家のメイド長
- 田中 高坂家の執事長
- 虎沢クマ 霧子お付きのメイド
- 松本 高坂家の運転手
- 新畑 インバネスの男
- 箕作健人 請願巡査