大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・ショートファンタジーⅣ『ハッピーウォッチ』

2011-11-22 19:52:25 | 小説
ショートファンタジーⅣ『ハッピーウォッチ』

スマホのコマーシャルで、渡辺謙や桑田佳祐が人格化したスマホになって持ち主と会話するというのがある。
アイデアのいいコマーシャルで、続編がいろいろ作られている。
センスとアイデアのいいコマーシャルと思っている人が多いと思う。

でも、あれは事実なんだ……と、言ったら驚くだろうか。

ボクが使っている腕時計は二代目である。
初代はSEIKO5という自動巻で、高校入学の時に叔父からもらったもので、32歳のときまで健在だった……
と、書き出したら、本箱の隅に置いていたSEIKO5が、こう言った。
「まだ現役だわよ」
「ちょっと待ってね」と、ボクは本棚に目をやる。
名前の通りSEIKO5は女の子である。読めば分かると思うがSEIKO=セイコである。
自意識の強い子で、動いている間はチ、チ、チ……と、絶えずボクの行動に舌打ちしている。
セイコは本体は健在なのだけど、ステンレスのベルトが16年間の使用でだめになった。
ベルトを交換しようと思って時計屋さんのウィンドウを覗くと、3600円と正札が掛かっていた。
当時のボクの給料は16万円。小遣いは3万円だった。

で、考えた。

セイコというのは几帳面な子なんだけど、絶えず腕にはめて構ってやらないとスネて、すぐに止まってしまう。
ひらめいて、家電の量販店に行った。
ショーケースに並んでいるのはどれも電池式多機能のデジタル時計ばかりだった。
「浮気するの?」
セイコが口をとがらせた。
「ちがうよ、スペアの時計にするんだ。セイコのボーイフレンドになるようなさ」
「え、ホント!?」
セイコがときめいた。
セイコといっしょにショーケースを覗いた。
「女の子はだめよ。かっこいい男の子にしてね」
セイコのきびしい面接に合格したのはカシオ君という多機能時計だった。時間はもちろん、ストップウォッチ、万歩計、消費カロリーまで計算してくれる。
しかし、こういう機能の操作は苦手なので、時計としての機能しか使っていない。
「フフ、使いこなせないんじゃない」
セイコはボクのことをよく知っている。なんせ高校一年からの付き合いである。

カシオ君はセイコのように舌打ちすることもなく、ボクの腕で時を刻んでいた。
冠婚葬祭の時はセイコにした。カシオ君のボディーはブラックだけれど、ついている四つのボタンは鮮やかなオレンジ色で、式服を着ると、いささか目立ってしまう。
で、この二つの時計は平和に共存していた。

このカシオ君は優れもので、25年間も電池を交換せずにすんだ。ちょっと信じがたいことだけど、ある日液晶の文字盤が息絶えそうに薄くなったとき「えーと……」と考えると25年であった。考えているうちに、文字盤が消えてしまった。
「ほんと、あなたって無神経なんだから」
セイコの蔑む声がした。付け替えたベルトが黒の合皮の安物なので、機嫌が悪い。
「ごめんね」
一言応えてやると、シルバーのミニのワンピースに黒のベルトをルーズに締めていた彼女は、ボクの腕に絡みついてきた。

時計屋さんに行った。すぐに見つかるだろうと思ったら、なかなか見つからない。やっと、商店街の外れに見つけた。
「すみません、電池の交換してもらえますか……」
「これは……年代物ですなあ」
時計屋さんは、そうつぶやいてカシオ君の裏蓋を外そうとした。
「なかなか外れませんなあ……」
思いのほか、時計屋さんは難渋した。
そこに電話がかかってきた。
「お父さん、電話」
「すんません、ちょっと家内にやらせますわ」
奥さんが代わって、裏蓋を外す……四つのネジの二つまで外したとき、セイコが舌打ちしながら言った。
「恥ずかしいのよ、ちょっと横向いていてやって」
わたしは、店の奥の棚に並んだ時計たちに目をやった。左手に絡みついたセイコは、いたわるように中身をむき出しにして、電池を交換されているカシオ君を見つめていた。
「はい、直りましたよ。元気な娘(こ)だけど、大事にしてあげてくださいね」
奥さんは自然にそう言って、クリーニングスプレーをかけた。
「え、これって、女の子なんですか……?」
「ですよ、セイコとペアのカシオでしょ」
「え、まあ……」
「カシオのペアだから、カシオペア。ギリシア神話に出てくるエチオピアのお妃さま。で、娘だからアンドロメダ。ギリシア神話の中でも、トップクラスの可愛い娘さんですよ」
「はあ、……」
ハンチクな返事をしていると、奥から、ご主人の声。
「おーい、電話かわってくれって」
「え、クロノスさんじゃなかったの?」
「アルテミスさんにかわっちゃった」
「やれやれ、あの娘、長話だから……」
一瞬目が回った。
気づくと、そこは、商店街のはずれの空き地だった……

今は、座卓の上に二つの腕時計は仲良く並んでいる。
油断すると直ぐに人の姿になり、妹の栞(しおり)と、お喋りなんかしている。
女という字を三つ重ねると、どうしてもそうなってしまう。
ファンタジーの世界も例外ではないようだ……



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ほんとうの創作劇のありかた

2011-11-21 16:51:42 | 評論
ほんとうの創作劇のありかた
高校演劇の芝居を半世紀近く観てきました。むろん全てではありません。まあ、ざっと400~500本くらいでしょうか。わたしが、この半生で観た芝居の約半分近くが、大阪の高校演劇でした。

これだけの数を観ていながら、頭に残っている作品はほんの数本です。日比野諦観先生の『海の見える離れ』佐藤良和先生の『喪服』都島工業の『天国どろぼう』ぐらいのものでしょうか。
わたしが観ていない作品で、佐藤良和先生の『さざんがきゅう』という三人三役の名作がありますが見落としています。校名は失念しましたが井上ひさし作『父と暮らせば』がありますが、これも観ておりません。
それ以外の作品は、キレイサッパリ記憶に残っておりません(自分の学校の作品は除いております)
いわゆる、常連校さんの作品は、ほんの僅か断片的な印象としてしか残っていません。

K高校のいつも、凝った道具、照明、張ることしかしない台詞、痩せた台本。特に気になったのは女の子の描き方です。
こんなシーンがありました。女の子が数名、無対象のトイレに入るシーンがありました。まさか、そこまではしないだろうと見ていたのですが、トイレの中でやることを無対象ではありますが、キチント演っていました。笑っている観客もいましたが、わたしは笑えませんでした。十七八の女の子にやらせるものではないと思いました。とにかく、このK高校の女の子の描きようは、わたしの趣味に合いません。汚い演技というのは、歳がいけばいくらもできます。十七八というのは、その年齢でしか出せないミズミズシサや、まぶしい若さがあります。歳をとって、そういう演技を演ることは、よほどの名優さんでなければできません。
また、そういう汚さに必然性があれば、まだ納得がいくのですが。ただグロテスクで、声を張るだけで何も記憶には残っていません。

O高校は、ひところ舞台を八百屋さんになさって、十名近い役者がシャウトしていたことが印象として残っています。なにか日の丸に関する芝居をやっておられたように思うのですが、これも記憶が定かではありません。ある国の国旗だとしておきましょう。その旗が決められた時間に掲揚され、それに敬礼しないと監視カメラがあって、エライさんから叱責されるという、現代の監視社会を予見させるような芝居でしたが、設定に対する浅さと、人物の描き方が類型的であった不満が残ったことを記憶しております。

以上は、批評であります。否定ではありませんので、おことわりしておきます。

合評会のありかた
こういう批評をおこなうのが合評会であります。12月の中旬に本選の合評会が開かれるとおもいますが、昨年のようなホメコトバしか出ないような合評会にならないことを祈ります。ホメコトバは、その場は暖かくしますが、『王様の耳はロバの耳』の王様になってしまいます。分からないところ、これは違うと思ったところなど、素直に出しましょう。合評会は基本的には言いっぱなし、言われっぱなしでいいのです。合評会は、何事かを決める場所ではないのです。「何事かについて批評しあう場」でしかありません。言い心地、聞き心地の良い言葉ばかりでは、無意識の「誉め殺し」にしかなりません。太宰治(ぐらい知ってますよね?)が、「青年とは、否定をいたく好むもの」と言っています。これは青年期の特権です。大いに批評しあってください。

もう一度、創作劇のあり方
本題に戻ります。そういう創作劇を一回ポッキリの演りっぱなしにしないで、いただいた批評や、自分たちの感じたこと(芝居とは、身内で見ている稽古と本番でのそれとは大きく違います)を元にして、改稿再演していただければと思います。
歌や絵などは、発表後に手を加えられることが多くあります。例えばAKB48の曲など、ヒットチャートにのっている期間が長いので、その期間で微妙に変わっています。
天王寺商業が演った『I WANT YOU』は四半世紀前にやった『欲しいものは』の何回目かの改作であります。四半世紀の間に五団体、二十回ほどの上演がありました、その度に手を加え、上演時間だけでも三十五分から五十三分まで伸びています。途中オトナの劇団でも上演されましたので、いささか高校生諸君にはムツカシイものになったかもしれません。

どうか、創作劇を使い捨てにしないで手を加えてください。使い捨てていては、「大阪は創作劇を大事にするところ」だとはいえません。
くどいようですが「使い捨て」「大事にしている」並立する言葉ではありません。
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