大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校演劇の基礎4 創作劇の書き方

2011-07-15 09:28:03 | 高校演劇基礎練習
高校演劇の基礎4 創作劇の書き方

 正直、創作劇を書くのは難しいのですが。世の中にはアイデアで、けっこうイタシテしまう人もいますので、『創作劇の書き方』を、お話します。

【弱い人ほど良く書ける】戯曲を始め、書き物というのは、「弱い人ほど良く書ける」と思っています。弱い人間というのは、感じやすい人です。感じやすい人は、強い人なら何にも感じないことに、ひっかかるものです。そのひっかかるものに、表現意欲と、表現力がつけば、そこに作品が生まれます。

【恋いの三段跳び】という詩をつくった子がいました。今から40年ほど昔の女子高生です。こっそりわたしに見せてくれました。

ホップ、あなたに恋いをして。  ステップ、あなたに近づいて。  ジャンプ……しても、とどかなかった。

 良い詩だと思いませんか。失恋した自分の心を癒すために書いた詩です。傷ついてはいますが、そういう自分を、カラッと、可愛く突き放して書いています。本人の名誉のために言っておきますが、とても可愛い子でした。松田聖子によく似ていて……彼は、松田聖子が好きではなかったようです。 

【わたしは、とんでもないフラレ男でした】50回は失恋しています。だから、モテル人よりも、モテナイ人の心情がよく分かります。その心で、『ロミオにふられた、ロザライン』を書きました。モテル人が、『ロミジュリ』を読むと、ロミオとジュリエットに心が傾斜していって」しまいます。わたしのようにフラレっぱなしの男が『ロミジュリ』を読むと、あることに気づきます。 ロミオはジュリエットと知り合うまでに、ロザラインという彼女がいたのです。飲み屋の娘で、ロミオもかなり熱を上げていたことが分かります。登場はしません。ロミオと彼の友人の会話の中に2度ほど出てくるだけですが、ストーリーの結果から、ロザラインはフラレたことには間違いありません。そのロザラインの心情に立って、ジュリエットの亡霊とお話させてみました。放っておくと、原稿用紙の中で大げんかを始めました。公平、公正を旨とするわたしは、ジュリエットを太陽の光で消滅させ、ロザラインは毒薬で、ロミオの頭蓋骨を抱きながら死なせました。ただ、その頭蓋骨は、墓から取り出すときに失敗して、ジュリエットの頭蓋骨ではありましたが……天王寺区にある女子校が一度演ってくれましたが、シェ-クスピアの文体模写をやったので、苦労されたようです。

【白雪姫に王子さまがキスをしなっかったら】白雪姫は、毒リンゴを食べたあと仮死状態になり、白馬の王子さまがキスをして生き返り、めでたくハッピーエンドになります。そこで、王子さまがキスをしなければ……と、ふられ男のわたしは考えました。王子さまがキスをするのは求婚の象徴です。結婚というのは、人にもよりますが、かなりの決心がいります。わたしも長い人生の中で、女の子のほうから告白されたことがあります。わたしも憎からず思っていたのですが、いざというと躊躇する自分がいました。結婚とは、互いが、互いの人生に責任をもつことです。で、考えてしまうのです。当時のわたしはフリーター同然の非常勤講師でした。大学も当時世間では三流大学と言われた桃山学院を出たところで、赴任先の校長に、こう言われました「大橋君(先生ともよんでもらえませんでした)桃山出て、高校の採用試験通ったやつ、おらへんで、悪いこと言わへん、進路変更しぃ」ただでも自信の無かったわたしはオチコミました。しかし桃山学院の名誉のために申しあげておきますが、教師になってから分かりました。二人、わたしより先に採用試験に通り、高校の先生をしている先輩がいました(校長は偏見と予断で、わたしに言ったのです) 非常勤だけでは食えないので、テレビのエキストラもやっていました。ちょい役でしたが、台本に役名が載り、大女優さんと同じフレームに収まっていたりしました。しかし、実態はフリーター同然でした。彼女が告るのには、相当な勇気と、わたしへの信頼があったのでしょう。でも、そのときのわたしには主に経済的な見通しから、彼女を幸せにする自信がありませんでした。だから、刹那(一瞬)躊躇してしまったのです。時間にして十秒ほどの間が空きました。その十秒で、彼女は話題を変えてしまいました。今と違い、女の子のほうから告るのはとても勇気のいる時代でした『時をかける少女』の実写版で主人公のアカリが1974年にタイムリープして、こんな台詞がありました「この時代のオトコってめんどくさいね」 まさにそうでした。で、そのころに『白雪姫』を読み直してみたのです。「王子さまて、勇気あるなあ」と、感じました。白雪姫と結婚するということは、彼女にまつわる問題を背負い込まなくちゃならないのです。悪い妃によって荒れ果てた領地の回復、離れてしまった民心を取り戻すこと(今の日本の首相を見ていても民心が、離れ、国難にあった政治家はむつかしいということが分かると思います) 白雪の領地を自分の領地に併合することで、まわりの国から見られる疑心暗鬼は、王子の国の外交をひどく難しいものにしてしまいます。だから「オレが王子さまやったら、きっとためらうなあ……」 ここから生殺しのような状態におかれた白雪の悲劇が始まる……『ステルスドラゴンとグリムの森』という作品になりました。

【走れメロス】をご存じですよね、友人セリヌンティウスを救うため、メロスは、自分に打ち勝ち、友人を助けるという太宰治の名作です。あれは、太宰の体験が基になっています。 友人たちと箱根かどこかの旅館にとまり大騒ぎ、ところが、だれもお金を持っていません。そこで太宰は、「知り合いの偉い人から借りてくる」と言って一人東京にもどります。しかし、太宰は戻ってはきませんでした。後日、それを「よく、そんなことができたな!」と詰め寄られると、太宰はこう言いました「君たちは分からないだろう、待つ者の苦悩より、待たせる者の苦悩の方が、何倍も強く、苦しいのを」 実に勝手な言い分ですが、ここから、「待たせる者の苦悩」を描いた名作『走れメロス』は生まれたのです。

【少し畑はちがいますが】小説の作方で、お話したいと思います。一昨年のことになりますが、出版社 から、「高校演劇の基礎練習について書いて欲しい」と言われました。売れない本書きなので、断ったら、あとの仕事がありません。「喜んで!」と、返事はしましたが、鉛を飲んだように、気が重かったです。この手の入門書、めったに売れません。演劇の基礎練習など、口で説明するのも難しいのに、文章では……

【もう一つ、エライことを引き受けました】ある、大阪市立の演劇部が、わたしの作品を演るというので見に行ってしまったのです。そしてシマッタのです! 一年間、その演劇部のコーチをやるハメになりました。現場で指導されている先生なら、よくお分かりだと思うのですが、クラブというのは思ったようにはいきません、進路やバイト、ほかの部活との兼業、演劇部に独特な人間関係の難しさ(ガラスと、鉄が入り交じったような心をした子が多く、ひどく傷つきやすく、反面傷つけやすい子が多いです。まあ、こういう感受性をしていないと、感受性そのものである芝居など出来ませんが)

【そこで閃きました!】この感受性の相克そのものを書いてみれば、技術面だけでなく、メンタルな面も含めて、高校演劇全体のマネジメントを表現できるのではないかと……演劇部の生徒は部活を通して、技術的に成長するだけでなく、人間的にも成長(少なくとも変化)していきます。本が全国紙であるため、大阪弁だけで書くことはできません。そこで、東京から、親の離婚がもとで大阪のY高校に転校してきた坂東はるかという少女を主人公にしました。顧問の強引さから、演劇部に入れられ、そこで、たった二人の先輩部員と、コーチに出会います。大阪と東京の文化の違いにとまどう主人公。大阪での親友に由香という子を、高校を少し斜めに見ている生徒会長吉川を配置しました。吉川は中学のときに横浜から大阪に来た子で、大阪と、高校の部活に斜めの思いがあります。サックスが上手く前の学校では軽音に入っていましたが、あまりの技術の差から、トラブルを起こし、過年度生として、このY高校に入ってきています。彼は部活を「遊び」だと定義づけます。だから、しだいに演劇部にのめり込んでいく、はるかを見る目は複雑です。最初は同じ演劇部員だった親友の由香は、家庭事情で、演劇部を離れていきます。はるかは、両親の仲をもとにもどそうとひそかにタクラミも持っています。吉川 と、はるかの連絡役をやっていた、由香はいつのまにか吉川に心が惹かれ、はるかとの友情の板挟みに悩みます(由香は、はるかと吉川は、いい仲だと思って います) 三回の公演とコンクールと、はるかの、坂東家復活のタクラミが並行して進んでいきます。その中で、仲間の退部、それに伴う人間関係のこじれ、役者としての頭打ち。吉川との人間関係の変化(吉川は、最初は同じ関東人としての親近感から、はるかに関心を持ち始め、恋心に変化し、やがては、ジャンルこそ違い、同じ「物事に打ち込む者」同志として、はるかを陰日向に応援します。結果的に、はるかの坂東家復活も、コンクールでの最優秀受賞も果たせませんが、演劇人として、高校生として大きく成長していきます。はるかの成長と共に、演劇部のあり方、練習の仕方、マネジメントの仕方がわかるように書けました。 

【本題】に戻ります。本の書き方は多様ですが、本の中で、同調者と対立者を設定しておくことと、主人公に行動の目的を持たせること。そして、その問題解決のための反対行動(事件や人間)を設定しておき、そこで葛藤がおこり、人間関係に化学変化が起こる(前述の由香や、吉川) そして、結末は書かない方がいいでしょう。ほのめかすだけでいいと思います。本の書き方には、大きく二種類あります。一つは「落語形」 最初にオチ(結末)が決まっていて、そこに向けて本を書いていきます。話としては安定感がありますが、話がパターン化し、わるくすると最初から結末が分かってしまう欠点があります。テレビの『水戸黄門』などは、その典型です。 もうひとつは赤塚不仁夫形、話の最初だけ考えておき、あとは、気の向くままというか、登場人物におまかせ。なんせ、書き始めた時には、作者にも結論が分かっていないですのですから、話の展開が面白くなります。ただ欠点としては、話が破綻(メチャクチャ)しやすいことです。赤塚さんのように「これでいいのだ!」と、言い切るのには、相当の努力と才能が必要です。 実際の劇作家は、この両方を混ぜて使っています。故井上ひさしさんなどは、その典型であったと思っています。

【どちらにせよ】「書きたい」という気持ちだけでは本は書けません。物事へのこだわりと、努力、時間が必要です。ジブリの作品に「耳をすませば」というのがあります。本が大好きな雫(しずく)という中三の少女が、聖司君というバイオリン作りの職人を目指す彼ができ、いい意味で対抗するために本を書きはじめます。苦悩につぐ苦悩、夏の終わり頃に「書こう!」と決心し、書き上がったのは初冬。期間にして三ヶ月ほどです。わたしも、一本の本が書き上がるのにそれくらいかかります。前述した『ホンワカ女子高生HBが本格的に演劇部にとりくむまで』略称『女子高生HB』を書き上げるのにも、それくらいかかりました。コンクール、文化祭に向けては、すこし厳しい時間にきています。他のブログでも述べましたが、先輩たちが残した創作劇に手を加えてみるのもいいと思います。 以上、参考になれば幸いです。         大橋 むつお 

『ノラ バーチャルからの旅立ち』ノラ バーチャルからの旅立ちクララ ハイジを待ちながら星に願いをすみれの花さくころの4編入り(税込1080円) 『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』     (税込み799円=本体740円+税)  東京から転校してきた坂東はるかが苦難を乗り越えていっぱしの演劇部員になるまでをドラマにしました。店頭では売切れはじめています。ネット通販で少し残っています。タイトルをコピーして検索してください。また、星雲書房に直接注文していただくのが確実かと思います。 『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』          青雲書房より発売中。大橋むつおの最新小説と戯曲集!  △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼  ラノベとして読んでアハハと笑い、ホロリと泣いて、気が付けば演劇部のマネジメントが身に付く! 著者、大橋むつおの高校演劇45年の経験からうまれた、分類不可能な新型高校演劇入門ノベルシリーズと戯曲!  ネット通販ではアマゾンや楽天があります。青雲書房に直接ご注文頂ければ下記の定価でお求めいただけます。  青雲書房直接お申し込みは、下記のお電話かウェブでどうぞ。送料無料。送金は着荷後、同封の〒振替え用紙をご利用ください。 お申込の際は住所・お名前・電話番号をお忘れなく。 青雲書房。 mail:seiun39@k5.dion.ne.jp ℡:03-6677-4351
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

部室の台本を読んでみよう

2011-07-12 09:51:28 | 評論

 文化祭や、コンクール、まだ遠い先だとは思っていませんか?

【もう三ヶ月を割っている!】標準的な文化祭は十月前後。コンクールの予選は十一月の初旬から、中旬にかけて。逆算すれば、もう三ヶ月を切り始めています。正直、創作劇を書いて上演するのは、時期的に遅いです。

【卒業生に聞きました】昨日、昨年コーチをやっていた学校の卒業生に会いました。三年間、連盟で生徒の実行委員をやっていた、いわば高校演劇OBのベテランです。「創作劇て、みんないつごろから書きはじめてんのん?」

【九月に入ってからです】と、彼は答えました。わたしも、だいたいそのくらいだと思っていました。何度かこのブログで言ってきましたが、本を書くのには、標準で三ヶ月かかります。戯曲というのはやっかいなもので、役者の体と声を使って肉体化しないと完成しません。

【例えば】友だちが家にやってきて「どうぞ、あがって」という台詞があったとします。本は、そのあとリビングの場面になり、新しい会話が始まります。小説なら、それでいいんですが、芝居は、靴を脱いで、リビングまで行くという生活(行動)が必要なのです。気を遣うかもしれません、何気ない世間話や、挨拶があるかもしれません。それを表現しなければなりません。芝居のテンポを考えると、場合によっては、暗転にして、リビングで座っているシーンに飛躍させ「うそ、ほんと!?」などと言わせ、それから起こる展開を強調しなければならないかもしれません。

【稽古をしないと分からない】ものなんです。で、稽古の過程で本は書き換えられていきます。そういうことを考えると、三ヶ月はかかります。大阪の創作劇が痩せている(と、思っています)のは、この過程をとばして、生のまま、舞台に乗せるからです。だから、もう創作劇を書くのはいささか遅きに失します。前述の卒業生は、こうも言っていました。私学のA高校は、コンクールが終わったら、すぐに来年の文化祭、コンクールに向けての台本を書き始めるのだそうです。実に一年をかけて芝居を創っています。先輩や顧問の先生の指導が、いつの間にか伝統になったのでしょう。わたしは、これを評価します。

【一般的には】やはり、九月前後になってから、本を書く学校が多いと思います。なんせ大阪は九十%を超える創作率です。くり返します。九月……いいえ、今でも、すでに遅いのです。

【そこで提案です】部室や、ロッカーに眠っている、先輩たちが演った本を読み返しましょう(できたら演出が使っていた台本) 一度上演された本は、一度稽古を通して肉体化され、観客の目に晒され、コンクールでは、審査員や、観客の講評、や評判を受けています。新作を書くよりも、効率が良いと思います。その台本の書き込みや、書き換えを味わいましょう。きっと何か光を放っています。上演されたということは、それだけの価値と重みがあります。

【創作劇】を大切にするということは、そういうことだと思うのです。本は使い捨てではないんです。例えば野球選手を考えてください。一シーズン不調だった選手は、シーズンオフに調整をやります。そして来期を目指します。戯曲にも調整の期間があっていい……あるべきだと思います。わたしは生業が本書きなので、上演される度に、できるだけ上演資料や、審査員、観客の評を集めます。そうやって、多い本だと十回近く書き換えています。そうやって戯曲というのは進化していくものなんです。

【書く手間がはぶける】わけですから(むろん、今に適うように書き換えはしなければなりませんが) その間、他の本を読んだりDVDを観たりして、本を読む目、ドラマを観る目を養ってください。こないだ「時をかける少女」を観ました。仲里依紗主演の最新作です。この「時をかける少女」は筒井康隆が1967年に発表した小説で、その後、テレビや映画でリメイクされてきました。わたしは中学生のときに小説から入りました。その後映像化されたものは全て観ました。去年作られた最新作の出来が一番だと思いました。主演の仲里依紗は、その前のアニメ版の主役である真琴の声をやっていて、いわば同じ役を、アニメと実写で演ったわけで、役の形象としては進歩していたと思いました。このように、本も役者も成長するものなのです。

【新しいものに飛びつかず】先輩が残したものを、もう一度見つめ直してください。それが既成本であれ、創作であれ。そこから、大阪の高校演劇の明日が開けてくると思います。

      劇作家  大橋 むつお

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『歳月』2

2011-07-08 22:28:31 | 小説

『第一章・出会い』

【AKB43】 嗚呼(ああ)ここまで、無事に……でAKBで、ある。 43は、15の歳で、高校演劇を始めて43年……で、AKB43 もう5年たてばAKB48である。 御本家は無事に5年をすごされるのだろうが、おやじギャグの48は、いささか心許ないものである。

【出来心の演劇部】わたしが、演劇部に入ったのは、偶然と、ちょっとした出来心であった。 中学のころは吹奏楽で、トロンボーンやドラムをやっていた。高校でも、当然の如く吹奏楽に入部するつもりでしたが、旭高校吹奏楽部は、その前年に潰れていた。 背が高かったので、バスケなどから、声をかけられたが、キャッチボールや、トスバレーも満足に出来ない運動オンチ。縁がなかった。で、特技の絵の腕を生かして、美術部に入ろうかなあ……と、思っていると……

【オードリー・ヘプバーン】に、声をかけられた。入学して、一ヶ月あまり知らなかったのだが、小学校の5年、6年と同じクラスに、中学では同じクラスになったことはなかったがが、千尋というスコブル美人の子が、同じ旭高校に入学していたことに気づいた。淀川長治さんの日曜洋画劇場で『ローマの休日』を見て「あ、似てる!」と、思った。もちろんグレゴリーペックではない。 主語が抜けている。 わたしはグレゴリーペックのようなイケメンではなかった。つまり似ていたのは、千尋という名前の彼女である。連休明けの昼下がり、テニスコート脇の50メートルほどの小道を、あろうことかコッチからはわたしだけ。ムコウからは、和製オードリーの千尋だけが、歩いてきたのである。正直ビックリした。千尋が同じ旭高校に入学していたことを知らなかったのだから……で、すれ違いざまに「……オ」とだけ、声をかけた。十五六の男の子というのは、一般に無愛想なもので、わたしの「……オ」というのは、ごく標準的な反応であった。そのあとは、なぜだか、空の雲を見ていた記憶がある……すると、和製オードリーが、わたしの「……オ」を拾うようにして「オオハシくん……」と、声をつないだ。「え、ああ……」という感嘆詞とも間投詞ともつかない、間の抜けた声を出していた。刹那(せつな、一瞬てな意味)うつむき加減になった千尋は、八十センチくらいの距離で……距離には人間関係がある。八十センチという距離は、ちょっとした知り合いのそれを五十センチは超えている。

【演劇部入れへん?】これが、雲の観察をしそこねた、わたしへの千尋の言葉であった。その時のわたしのイデタチは、制服屋が、今後の成長をみこんでワンサイズ大きめに仕立てた、ダブっとした学生服。千尋は、当時間服(あいふく)とよんでいた一見ジャンパースカート(ベストとスカートが、見えないボタンで連結できるようになっていて、見かけにはジャンパースカート)に、純白のブラウス、胸元にはキチンと濃紺のボータイ。髪は、小学生のころから変わらないポニーテール。シュシュなどというカワユゲな名称など無くて、あのころはただリボンとよんでいた。それが制服と同色の濃紺。府立高校としては例外的にあか抜けて、ミッションスクールの清楚さを感じさせるもので。その、あか抜けのミッションスクールの千尋が、ちょっとした知り合いの持つべき距離を五十センチも超えて、声をかけてきた。 意表をつかれたわたしは、間の抜けたまま「え……ああ」 千尋は、そ の「ああ」の部分だけを急いで拾うように「ほんなら、放課後、三年二組の教室来てね!」と、オードリー似の笑顔で言うと、本館の方に歩いていった。後には、そのころ流行りだしていた、なんとかいうメーカーのリンスの残り香が、目に見えない瑞雲のように残っていた……こういう、文学的表現の分からない人には、彼女のカワユゲさにころっといってしまい、うかつな返事をしたということで、ご理解いただきたい。

 

『第二章 オトコが来てる!』

【当時は、ガスタンクがあった】旭高校の向かいには、国民学校……いや、尋常小学校のころからそうであったであろう高殿小学校の木造二階建て校舎が建っている。ほんの四年前まで、わたしは六年間そこに通う、少し小生意気な子供であった。旭高校に行こうと思ったのは、小学校三年のときの岩佐先生が、この旭高校の出身だったからであった。岩佐先生は、今から思うと常勤講師で、たった一年間だけ高殿小学校に赴任され、わたしたちのクラスの担任をなさっていた。オッサン、オバハンの先生が多い中、大学を出たばかりの岩佐先生の姿は、子供心にもマブシかった。新学年最初の始業式で、棒鱈のような校長先生が、最後に紹介した新任のオンナ先生が、岩佐先生であった。当時千二百人もいたこどもたちから「オオー」と「ワー」のどよめきが起こった。その千二百のどよめきに気圧され、先生は、頬を赤く染めてなにやらアイサツをされた。中身は覚えていない。

 ただ見とれていた。まだ十歳にもならないガキであったが、生意気にも「かわいい……」と思ってしまった。少し本間千代子(当時のアイドル)に似ていた。国鉄の快速急行の先頭車両の正面を思わせる顔をした教頭先生が、新学年の担任を発表していった……なんと、岩佐先生が、担任だった!

 岩佐先生が、旭高校の出身であることは、一学期の早い時期に分かった。岩佐先生は給食を食べなかった。給食の時間、こどもたちが無事に「いただきます」というのを確認すると、教室を出てしまい、向かいの旭高校の食堂に向かっていった。最初は「なんでやろ?」と思っていたが、クラスで情通の宮本という子が「岩佐先生、旭の卒業生やねんぞ。ほんで、今でも旭の食堂の定食食べにいくねんぞ。旭の定食むちゃくちゃウマイねんて」宮本は、先生の可愛さよりも、定食のウマサに関心があったようだ。たしかにあの頃の給食はひどかった。とくに脱脂粉乳のミルクは鼻をつままなければ飲めたシロモノではなかった。

 そうして、わたしは旭高校を意識しはじめた。意識して旭の女生徒のオネエサンたちを見ていると(なんせ、わたしの教室は、旭高校の正門の筋向かいに面していた)清楚なベッピンさんが多かった。で、自分の成績などまったく考えずに「旭高校に行くんや!」と決めていた。

 そう思い定めた、小学校の校舎を「今は、旭高校の窓から見る側になった」と感慨にふけっていた。小学校の校舎のそのむこうにガスタンクが見えた。円筒形の巨大な檻のような鉄骨の内側に、上が灰色、下が黒に塗装された、タンクがガスをいっぱい溜めて檻の高さいっぱいまで膨らんでいた。幼稚園のころから見慣れた、このガスタンクは大阪城の天守閣からも見えるランドマークであるとともに、その膨らみ具合が、なんだか少年時代夢と希望の象徴のようにも感じていた。時はまだ昭和の四十年代、大ざっぱに言って、まだこどもたちの心には夢があった。

 わたしは、勉強はカラッキシであったが、時間には正確で、たいてい約束の五分前には、指定された場所に行く。だから以上の感慨にふけっていたのは、約束の時間になるまでの五分間のことであった。そして五分後……

 「オトコが来てる!」の複数の感嘆詞を背中で受けることになった。

    つづく    大橋 むつお

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

高校演劇の基礎3ー道具・照明

2011-07-01 17:54:00 | 高校演劇基礎練習
高校演劇の基礎3 道具・照明

【基本原則】演劇の三要素は、観客・戯曲・役者の三つでしかありません。道具・照明は脇役にすぎません。これ最重要点です。

【道具・照明の基本】つまらない芝居で、道具・照明が立派なのは、つまらなさを強調するだけで惨めなものです。野球で言えば、走・攻・守なにをとっても満足にできない野球選手が、ルックスとユニホームだけがかっこいいのに似ています。こんな選手、グラウンドに出ただけでブーイングでしょう。道具は無いのが理想です。ギリシャの悲喜劇、能や狂言、ほとんど道具はありません。照明もただ明るいだけです。イッセー・オガタという一人芝居を演る役者さんがいます。彼の芝居もほとんど道具がありません。つかこうへいさんの芝居も道具の無い芝居が多くありました。くり返します。道具・照明は要りません。

【これでは身も蓋もない】ので、今一歩踏み込んでお話したいと思います。芝居の出来がいいときに道具が無いと、芝居が痩せて見えることがあります。そういうときには、適度な道具は必要です。道具には大きく二つの考え方があります。

【一杯もの】と、わたしは習いました。例えば室内の芝居であったとしましょう。三方を壁で囲み、ドアや窓を付け、テーブル、ソファー、書架、その他の什器(もろもろの、置き道具)で、リアルに舞台を飾るやり方です。場合によっては、下手に庭、前栽の切り出し、張りぼての庭石、遠見の遠景……などなど、やりだしたらキリがない道具立てです。チェーホフのように情感を大事にする芝居や、豪華さが前提の商業演劇では必要です。わたしも若い頃は、道具に凝りました。町井陽子さんの『山の動く日』をやったときなど、舞台に家一軒建てたものです。道具の製作に一ヶ月、立て込み撤収の練習にまる一週間使いました。最初40分かかった立て込みも、練習の成果があって7分にまで縮めることができました。あのころは、部員が15人ほどいて、専門の道具係などが置けたのでできたことです。部員が5人を割り込むような演劇部には無理です。それに4トントラック一杯分の道具は場所ふさぎで、道具や進行担当の先生や、実行委員の生徒諸君には迷惑をかけました。道具というのは専門にやりだすと面白いもので、つい全体のスケジュールや、演出の意図を超えてやりすぎてしまうものです。わたしも家を建てただけでなく、実物大の戦車や幌馬車、飛行機一機まるまる作ったこともあります。今から思うと邪道でした。クラブに余裕があり、独立した公演ができるようなところは、このやり方でがんばってください。豪華な道具は芝居がいいと、芝居そのものを大きく引き立ててくれます。こういう事が出来る学校は、もうノウハウをご存じなので、お教えすることはあまりありません。ただ一つ。目立ちすぎる道具はいけません。歌舞伎などの道具は原色を使いません。役者より目立つ道具は、歌舞伎ではタブーです。だから遠見と言われる背景幕などは、どれも霞がかかったように淡い色彩になっています。コンクールではこういう道具は迷惑です。10校以上の学校が出場するんです。本選など大きな場所ふさぎになり、最初に搬入した学校など、ちょっとした道具の出し入れも出来なくて、一部の衣装道具など駅のコインロッカーを使わざるを得ない悲喜劇でした。また、リハも道具の立て込み、照明のチェックだけで時間いっぱいになってしまい、それでも時間がおして、他の出場校に影響が出てしまいました。

【中心もの】と、わたしはよんでいます。例えば室内の芝居であったとしましょう。一杯ものと違って、椅子と机だけで済ませます。それだけあれば、だれでも、そこが屋内であると理解してくれます。つまり、舞台の中心に、その芝居の状況を感じさせる一つか二つの道具で、中心から外の世界を感じさせます。役者の演技で、舞台空間は無限の広がりを見せてくれます。ですから、同じ芝居をやっても一杯ものだとトラックで2台ぐらいかかったものが、赤帽さんの軽トラだけで済みます。小規模演劇部だけでなく、コンクールなどにはお勧めの道具です。別役実さんの芝居などには、こういう設定が多くあります。

【抽象もの】小規模演劇部にお勧めの道具です。劇場が持っている、平台や、箱馬をうまく使うやり方です。平台は、長さ八尺(2・4M)と、六尺(1・8M)の二種類が基本で、幅は共に三尺(0・9M) 高さは四寸(12センチ)  箱馬は45センチ、30センチ、15センチのもので、平台共々単体でも組み合わせても使える便利なもので、椅子になったり切り株になったり、ベンチに、土手に、墓石などにばけることもできます。これなら劇場にあるものなので、持ち込む道具は無しで済みます。ただし本番の日に「使わせてくれ」というのはいけません。リハ前の打ち合わせで言っておくのがルールです。

【道具の材料】ベニヤに寸角(すんかく)が、道具の材料としては一般的ですが、これで道具を作ると、案外重たいものです。また、今の子……と言っては失礼ですが、大工道具には慣れていません。また、芝居が終わった後の保管も大変です。湿気の多いところでは、すぐに虫がつきます。道具もすぐにユガミやヒズミが出てしまいます。重量のかからない道具ならボール紙がいいと思います。大型のペーパークラフトだと考えればいいと思います。色は塗らないで、安い生地を買ってきて、ガムテで貼り付けます。観客に見えるところだけきれいに見えていればいいんです。安い!早い!上手い!出来になります。わたしはこのやり方で、大木やら、飛行機(後ろ半分だけですが)を作りました。この道具の良いところは軽さと、後始末のやりやすさです。生地をはがして小さく破ってしまえば、そのまま燃えるゴミに出せます。

【照明】一言で言って「明るければいい」です。特にコンクールなどでは、道具同様凝ったものは好ましくありません。昨年も調光卓を原寸大に描いたもので、コンクール会場のロビーで必死の形相で、照明のオペの練習をしている学校がありました。ところがプリセットがリハの時と違ったものにされていて、パニックになっていました。わたしがコーチをしていた学校でも、ピンスポの灯体が違い、担当の子が慌てていました。今の本選会場は、その位置が北に偏りすぎている点、会場の対応などを考えると、替えたほうがいいと思うのですが、本題から外れますので、言及しません。明るいというのは地明かりのことです。サスの上からの明かり、フロントサイドからのスポットが上下(かみしも)6発ほど、あとはシーリングライトがあれば十分です。ただ上からの明かりにボーダーを使うことは感心しません。光が拡散して、芝居の空間にならないのです。色は赤、青、生が基本になっていますので、ミックスして点ければいいでしょう。ホリゾントは、わたしは基本的には使いません。大黒にしておきます。ホリゾントを使うと空間が具体性を持ってしまうのです。無難に青く染めてしまうと、夕方や夜の場面になったとき変化をつけなくなくなってしまい、それに従ってほかの照明もアンバーにしたり、複雑になってしまいます。大黒の地明かりだからこその自由さがあります。役者が「暗くなってきたなあ」と言えば夜になります。ここで変に凝った照明をすると肝心の役者の表情が見えなくなります。また、地明かりに抽象ものの道具にしておくと、リハで芝居が一本通せます。前述しましたが、芝居の基本は、観客・戯曲・役者なのです。それ以外は脇役、引き立て役だと思いましょう。 それから暗転はなるべく避けたほうがいいと思います。観客の集中が途切れてしまいます。50分の芝居なら、暗転は2回が限度かと思います。

【次回予告】わたしの専門でもありますが、劇作について完結に述べたいと思います。この夏期講習は高校演劇の基礎練習の総まとめでもあります。

    大橋 むつお    劇作家   劇団大阪小劇場代表

『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』          青雲書房より発売中。大橋むつおの最新小説!  お申込は、最寄書店などでお取り寄せいただくか、下記の出版社に直接ご連絡いただくのが、一番早いようです。ネット通販ではアマゾンや楽天があります。青雲に直接ご注文頂ければ下記の定価でお求めいただけます。 青雲書房直接お申し込みは、定価本体1200円+税=1260円。送料無料。 送金は着荷後、同封の〒振替え用紙をご利用ください。 大橋むつお戯曲集『わたし 今日から魔女!?』  高校演劇に適した少人数戯曲集です。神奈川など関東の高校で人気があります。  60分劇5編入り 定価1365円(本体1300円+税)送料無料。 お申込の際は住所・お名前・電話番号をお忘れなく。 青雲書房。 mail:seiun39@k5.dion.ne.jp ℡:03-6677-4351 大橋むつお戯曲集『自由の翼』戯曲5本入り 1050円(税込み)  門土社 横浜市南区宮元町3-44 ℡045-714-1471   
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする