ライトノベルベスト・エタニティー症候群・6
[もうこのへんで……]
秋分の日を前に、今年は10月下旬の涼しさになっている。
それを承知で、神野は特盛のアイスクリームを2つ持ち、一つを麗に渡した。
「立花さんの脳みそと心は原子炉並だ。少し冷やした方がいい」
「そうかもね……」
二人は、並の人ならアイスクリーム頭痛をおこしながら10分はかかるであろう、新宿GURAMのジャンボアイスを1分余りで食べつくした。
「神野さんも、相当熱い」
「いや、冷たいことに慣れすぎているのかもしれない……」
東京の都心まで出てきたデートの最後の会話がこれだった。
麗の人気は、ちょっとしたアイドル並になってしまった。それほど文化祭の成功は大きかった。野外ステージの反響も大きくYouTubeでのアクセスも、スポンサーが付くほどの数になった。また、校長先生と回ったご近所へのお詫びも大変好評で、これはSNSで、みんなが取り上げ、礼節、貞淑などとカビの生えたような賞賛まで飛び交った。麗は世代を超えて地域的な有名人になってしまった。
で、神野とのデートも、わざわざ県外の東京にまで出てきたのだが、新宿GURAMの前で、テレビ局に掴まってしまった。
麗自身はブログなどやっていなかったが、学校の生徒が、自分のブログに麗のことを載せ、そのアクセスがはねあがるという状態であった。
そんな中、演劇部の『すみれの花さくころ』は予選を無事に最優秀で飾ったが、連盟が熱心に情宣をやらないので、会場は、なんとか万席程度で済ませることができた。
問題は、県の中央大会(本選)であった。会場の県民文化ホールは、キャパが1200あまりしかない。そこに1万人を超える麗のファンが押し寄せた。連盟の実行委員の先生たちは頭を悩ませたが、地元の新聞社が救いの手を差し伸べた。
「本選終了後、私どものホールを提供いたします。2日にわたる無料公演を行いますので、整理券を……」
そうネットで流した10分後には、ネットでの入場整理券は配布終了となり、その5分後に整理券は法外なプレミアが付いて、最高で1万円の値がついた。
本番は、麗の学校の一つ前の御手毬高校の上演中から、観客席は麗目当ての一般観客が押し寄せ、御手毬高校は手前の審査員席でさえ台詞が聞こえない状態になった。
「ほんとうにごめんなさい」
麗は心から御手毬高校に誤ったが、女子高生のツンツンは一度へそが曲がると容易には戻らない。そこには嫉妬の二文字がくっきり浮かんでいた。「感じわる~!」部長の宮里はむくれたが、麗はただ頭を下げるのみであった。
演奏やダンスは、文化祭後仲良くなった茶道部・ダンス部・軽音楽部が参加してくれて、本編は、ほとんど宮里と麗の二人だった芝居が歌とダンスのシーンになると、まるでAKBの武道館のコンサートのようになり、緩急と迫力のある舞台になった。
だが、審査結果は意外にも選外であった……。
一見すごくて安心して観ていられるが、作品に血が通っていない。思考回路、行動原理が高校生のそれではない。それに数と技巧に頼りすぎている。
観客席は一般客の大ブーイングになった。宮里も山崎も、美奈穂も悔し泣きに泣いたが、麗は氷のように冷静。マイクを借りて、こう言った。
「言語明瞭意味不明な審査ですが、甘んじてお受けいたします。もうS会館で、あたしたちの芝居を待ってくれている人たちが1万人待ってくださっています。それでは会場のみなさん、S会館の前でお待ちのみなさん、40分後に再演いたします。どうぞ、そちらにお移りください」
そう言って、麗たちが、席を立つと一般客も雪崩を打ったように会場を出てしまい、後の講評と審査はお通夜のようなってしまった。
麗たちは、都合二日にわたり、4ステージをこなした。ネットでもライブで流された。麗は期せずして、どこのプロダクションにも所属しない日本一のアイドルになってしまった。
「ちょっと風にあたってきます」
麗は、そう言って楽屋を出でバルコニーに出た。常夜灯がほんのり点いたバルコニーに人影……予想はしていたが神野が立っていた。
「ちょっと、やりすぎてしまったね」
神野は優しく寂しそうに言った。
「そうね、この一か月で十年分……いえ、それ以上に走っちゃった。楽しかったわ」
「じゃ、少し早いけど、次に行こうか……」
麗としては全てが理解できたわけではなかったが、麗の中のべつのものが納得していた。
「じゃ、いくよ」
「ええ、いつでも」
神野が指を鳴らすと、麗の姿はゆっくりと夕闇の中で、その実体を失っていった。宮里が探しに来た時は気の早い木枯らしが吹いているだけだった。
※ エタニティー症候群:肉体は滅んでも、ごくまれに脳神経活動だけが残り、様々な姿に実体化して生き続けること。その実体は超常的な力を持つが、歳をとることができないため、おおよそ十年で全ての人間関係を捨て別人として生きていかなければならない。この症候群の歳古びた者を、人は時に「神」と呼ぶ。
エタニティー症候群 完
[もうこのへんで……]
秋分の日を前に、今年は10月下旬の涼しさになっている。
それを承知で、神野は特盛のアイスクリームを2つ持ち、一つを麗に渡した。
「立花さんの脳みそと心は原子炉並だ。少し冷やした方がいい」
「そうかもね……」
二人は、並の人ならアイスクリーム頭痛をおこしながら10分はかかるであろう、新宿GURAMのジャンボアイスを1分余りで食べつくした。
「神野さんも、相当熱い」
「いや、冷たいことに慣れすぎているのかもしれない……」
東京の都心まで出てきたデートの最後の会話がこれだった。
麗の人気は、ちょっとしたアイドル並になってしまった。それほど文化祭の成功は大きかった。野外ステージの反響も大きくYouTubeでのアクセスも、スポンサーが付くほどの数になった。また、校長先生と回ったご近所へのお詫びも大変好評で、これはSNSで、みんなが取り上げ、礼節、貞淑などとカビの生えたような賞賛まで飛び交った。麗は世代を超えて地域的な有名人になってしまった。
で、神野とのデートも、わざわざ県外の東京にまで出てきたのだが、新宿GURAMの前で、テレビ局に掴まってしまった。
麗自身はブログなどやっていなかったが、学校の生徒が、自分のブログに麗のことを載せ、そのアクセスがはねあがるという状態であった。
そんな中、演劇部の『すみれの花さくころ』は予選を無事に最優秀で飾ったが、連盟が熱心に情宣をやらないので、会場は、なんとか万席程度で済ませることができた。
問題は、県の中央大会(本選)であった。会場の県民文化ホールは、キャパが1200あまりしかない。そこに1万人を超える麗のファンが押し寄せた。連盟の実行委員の先生たちは頭を悩ませたが、地元の新聞社が救いの手を差し伸べた。
「本選終了後、私どものホールを提供いたします。2日にわたる無料公演を行いますので、整理券を……」
そうネットで流した10分後には、ネットでの入場整理券は配布終了となり、その5分後に整理券は法外なプレミアが付いて、最高で1万円の値がついた。
本番は、麗の学校の一つ前の御手毬高校の上演中から、観客席は麗目当ての一般観客が押し寄せ、御手毬高校は手前の審査員席でさえ台詞が聞こえない状態になった。
「ほんとうにごめんなさい」
麗は心から御手毬高校に誤ったが、女子高生のツンツンは一度へそが曲がると容易には戻らない。そこには嫉妬の二文字がくっきり浮かんでいた。「感じわる~!」部長の宮里はむくれたが、麗はただ頭を下げるのみであった。
演奏やダンスは、文化祭後仲良くなった茶道部・ダンス部・軽音楽部が参加してくれて、本編は、ほとんど宮里と麗の二人だった芝居が歌とダンスのシーンになると、まるでAKBの武道館のコンサートのようになり、緩急と迫力のある舞台になった。
だが、審査結果は意外にも選外であった……。
一見すごくて安心して観ていられるが、作品に血が通っていない。思考回路、行動原理が高校生のそれではない。それに数と技巧に頼りすぎている。
観客席は一般客の大ブーイングになった。宮里も山崎も、美奈穂も悔し泣きに泣いたが、麗は氷のように冷静。マイクを借りて、こう言った。
「言語明瞭意味不明な審査ですが、甘んじてお受けいたします。もうS会館で、あたしたちの芝居を待ってくれている人たちが1万人待ってくださっています。それでは会場のみなさん、S会館の前でお待ちのみなさん、40分後に再演いたします。どうぞ、そちらにお移りください」
そう言って、麗たちが、席を立つと一般客も雪崩を打ったように会場を出てしまい、後の講評と審査はお通夜のようなってしまった。
麗たちは、都合二日にわたり、4ステージをこなした。ネットでもライブで流された。麗は期せずして、どこのプロダクションにも所属しない日本一のアイドルになってしまった。
「ちょっと風にあたってきます」
麗は、そう言って楽屋を出でバルコニーに出た。常夜灯がほんのり点いたバルコニーに人影……予想はしていたが神野が立っていた。
「ちょっと、やりすぎてしまったね」
神野は優しく寂しそうに言った。
「そうね、この一か月で十年分……いえ、それ以上に走っちゃった。楽しかったわ」
「じゃ、少し早いけど、次に行こうか……」
麗としては全てが理解できたわけではなかったが、麗の中のべつのものが納得していた。
「じゃ、いくよ」
「ええ、いつでも」
神野が指を鳴らすと、麗の姿はゆっくりと夕闇の中で、その実体を失っていった。宮里が探しに来た時は気の早い木枯らしが吹いているだけだった。
※ エタニティー症候群:肉体は滅んでも、ごくまれに脳神経活動だけが残り、様々な姿に実体化して生き続けること。その実体は超常的な力を持つが、歳をとることができないため、おおよそ十年で全ての人間関係を捨て別人として生きていかなければならない。この症候群の歳古びた者を、人は時に「神」と呼ぶ。
エタニティー症候群 完