大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル『ステルスドラゴンとグリムの森』

2012-03-14 09:15:43 | 戯曲

ステルスドラゴンとグリムの森

大橋むつお






時   ある日ある時
所   グリムの森とお城
人物  赤ずきん
白雪姫
王子(アニマ・モラトリアム・フォン・ゲッチンゲン)
家来(ヨンチョ・パンサ)


幕開くと、夜の森のバス停。表示板と街灯が、腰の高さほどの藪を背景に立っている。街灯の周囲だけがなつかし色にうかびあがり、その奥の森の木々は闇の中に静もっている。時おり虫の声。ややあって、赤ずきんが携帯でしゃべりながら花道(客席通路)を小走りでやってくる。

赤ずきん ……うん、わかってる。でも朝が早いから、うんやっぱり帰る……ありがとう。婆ちゃんも、近ごろ森もぶっそうだから、オオカミさんにも言ってあるけど、戸締まりとかしっかりね……変なドラゴンが出るから、戸を開けちゃだめよ……え、ああ夜泣き女。それは 大丈夫、人間相手だったら赤ずきん怖くない……もう、そうやって人を怖がらせるんだから……じゃあ、またね、バイバイ(切る)……もうお婆ちゃんたら長話なんだから……最終バス……(時時刻表を見る)わ、出ちゃったかな……わたしの時計も正確じゃないから……排気ガスの臭いも残っていないし、バスはよく遅れるもんだし……大丈夫よね……なんとかドラゴンに、夜泣き女……オオカミさんも婆ちゃん守らなきゃとかなんとか言って、レディを送ることもしないで……本当は自分がビビってるんじゃん……でも、わたしは強い子良い子の赤ずきん、怖くなんか……

間、静寂、虫の声も止む。

赤ずきん ……怖くなんか……

静寂な中から、女のすすり泣く声が聞こえる

赤ずきん ……なに、今の……

森の闇と藪の間に、幽霊のように、顔を手で被って泣いている、立姿の女の影が浮かび上がる

赤ずきん 出たあ!……(舞台の端まで逃げて、ふと思いつく)……って、ひょっとして、そのコスチューム……ひょっとして、もしかして……
あなた白雪姫……?
白雪 (泣いたままコックリする)
赤ずきん あ、あなたって呼び方むつかしいのよね。思わず白雪姫って、呼びすてにしちゃったけど、どうお呼びすればいいのかしら? ユアハイネス? 殿下? 白雪姫様? プリンセス・スノーホワイト、それともシュネー・ビットヒェン?
白雪 ……雪でいいわ。
赤ずきん 雪だなんて、まるでそっ気ない冬の天気予報みたい……
白雪 なら、雪ちゃん。日本で最初の翻訳では雪ちゃんだった。
赤ずきん 雪ちゃん……?
白雪 白雪でもいいわ、同じグリム童話の仲間としては。でも、わたしとしては、より親しみの感じられる雪ちゃんの方が嬉しいんだけど……
赤ずきん ん……でも、それだと対等にわたしのことを呼んでもらった場合、赤ちゃんになっちっちゃうでしょ。年上でもあるし……白雪さんてことで……
白雪 ありがとう、敬意をはらってくれたのね、赤ずきんちゃん。
赤ずきん どういたしまして……でも、その白雪さんが、どうしてこんなところで泣いているの? ひょっとして近ごろ評判の夜泣き女って……
白雪 多分、わたし。このごろ夜になると、こうして泣きながら森をさまよっているから……
赤ずきん 白雪さんて、ゲームで言えばミッションコンプリートの一歩手前、九十九パーセントクリアの状態でしょ?
白雪 はい……
赤ずきん 無事に毒リンゴ食って仮死状態になり、小人さんたちにガラスの棺に入れられて。花屋一件借り切ったぐらいの花に囲まれて、あとはいよいよ待つだけでしょ……その、王子さまがあらわれて……その、いいことすんのが……
白雪 そんな、いいことだなんて……
赤ずきん わたしなんか、せいぜい、おばあちゃんがホッペにキスしてくれるぐらいのもんだからね、子供ってつまんない。
白雪 ……
赤ずきん どうしたの、クリア寸前に邪魔が入ったの?
白雪 いいえ。ちゃんとガラスの棺に納まって、小人さんたちが心の底から嘆き悲しんでくれました。そして小人さんたちがその場を離れたその後に定石通り、白馬に乗った王子さまがあらわれたのです。アニマ・フォン・モラトリアム・ゲッチンゲン王子が……
赤ずきん やったじゃん!
白雪 そして、棺の蓋を開け、熱い眼差しでカップメン一杯できるほどの時間、わたしの顔をご覧になり……そして……口づけをなさろうと……なさろうと……一センチのところまで唇を寄せてこられて……
赤ずきん 寄せてこられて……ゴクン(生つばをのむ)
白雪 そして、溜息をつき、せつなそうに首を左右に振られては帰ってしまわれるの、毎日毎日……だからわたしは生き返ることができず、日が落ちてから、夜ごと幽霊のように森の中をさまよっているの……日が昇れば、またコウモリのように洞窟ならぬ、ガラスの褥(しとね)にもどらねばならない。こんなことが夏まで続けば、わたしミイラになってしまうわ。
赤ずきん どうして……
白雪 どうしてだかわからない。毎朝きまった時間に、あの方の馬の蹄の音が聞こえる……今日こそはと胸ときめかせ、棺の蓋が開けられ、あの方の体温を一センチの近さで感じて、悶え、あがいて……でも、わたしは指一本、髪の毛一筋動かすこともできない。この生殺しのような苦しみを一筋の涙を流して知らせることもできない。七人の小人さんたちも、木陰や藪に隠れて、その様子を見てくやしがり、せつながってくれている。でも体が自由になる夜、小屋にもどるわけにはいかない。小人さんたちにわたしの苦しみを悟られるわけにはいかない。でも、じっとしていては気が狂いそう。いえ、もう狂っているかも知れない。夜な夜な森の中をほっつき歩くようじゃね……いっそ、月明かりをたよりにわたしの方から王子さまのもとへ……もう、はしたない……
赤ずきん はしたない?
白雪 なんて言ってる場合じゃない。はしたないだけなら、とうにこの森を抜け出し、王子さまのお城にむかっているわ。こう見えても、水泳やロッククライミングは一流の腕よ。王子さまの部屋なんかヒョイヒョイっと……でも、何の因縁か、夜、体は自由になっても、この森のいましめから外へ出ることができない、きっとリンゴの毒気が、悪魔と呼応し、この森に、わたしだけをいましめる結界を張ったのよ。
赤ずきん 神さまかも知れないよ。
白雪 神さま、神さまがどうしてこんな意地悪を?
赤ずきん 悲しみとせつなさと……それに育ち始めた憎しみで、ひどい顔になってるよ。神さまでなくとも、そんな白雪さんを人目にはさらしたくなくなるよ……今はお后の魔法の鏡も、気楽に真実が言えると思うよ。
白雪 (コンパクトで自分の顔を見て)ほんと、ひどい顔……
赤ずきん 悲しみとせつなさはともかく、その胸にともりはじめた憎しみを育ててはいけない……憎しみは人を化物にするわ。
白雪 うん……自信はないけど。
赤ずきん 同じグリムの仲間だ、一肌脱いであげる。夜は最終のバスが来るまで話し相手になってあげる。そしてできたら王子さまに会って話もしてくるよ。
白雪 ほんと?
赤ずきん うん、王子さまにも何か事情があるのかもしれないからね……あ、バスが来る(遠くから狸バスの気配)じゃ、それから、変なドラゴンが森に住みつきはじめたから気をつけてね。
 
バスの停車音。ライトを絞り、バス停のかなり手前で停車する。

赤ずきん 何よ、バス停はここよ! ライトまで絞っちゃって!
狸バス (声、狸語でなにやら語る)
白雪 なんて言ってるの?
赤ずきん ドラゴンを避けるためだって……早く乗れって。じゃ、白雪さんも気をつけて!(下手に去る。バスの発車音)
白雪 お願い! がんばってね!
赤ずきん (遠ざかる声で)まかしといて……

いつまでも手を振る白雪。暗転。鳥の声がして朝になる。アニマ王子の洗面所。起きぬけらしく、ガウンの下はトランクスとシャツ姿で洗面台にあらわれる。ジャブジャブと顔を洗った後、家来?が差し出したタオルで顔を拭く。

王子 ありがとう……ん、おまえ!?
赤ずきん シー、お騒ぎになるとためになりません。
王子 なんだおまえ?
赤ずきん 赤ずきんと申します。近ごろ森の中での殿下のおふるまい、ぜーんぶ知ってます。
王子 え……?
赤ずきん 毎朝毎朝、未練たらしく白雪姫のもとに通い、唇一センチのところまで顔を寄せながら、首を横に振るだけで、なーんにもしないで帰ってくること。
王子 おまえ……
赤ずきん はい、今一度申し上げます。グリムの赤ずきんでございます。アニマ・モラトリアム・フォン・ゲッチンゲン王子さま……!

そこへ家来のヨンチョが、タオルを持ってあらわれる

ヨンチョ 申しわけありません、不寝番のルドルフが居眠っておりましたので、たたき起こそうとしたのですが、いっかな、こいつ起きません。こりゃあきっとゆうべ一晩宿直の者同志でオイチョカブでもしておったのではないかと、叱りつけておりまして……あ、御洗顔は。
王子 ああ、もう済んだ。タオルはこの者から……
ヨンチョ おお、赤ずくめの怪しき奴! 賊か!? 郵便ポストの化け物か!? サンタクロースの孫か!? それとも 王子様のお命をねらう赤き暗殺者か!? いずれにしても生かしてはおけぬ。それへ直れ、十重二十重にいましめて、そっこく……(刀の柄に手をかける)
王子 まてまて、この者は今日よりわたしの近習をつとめる、赤ずきんだ。
ヨンチョ あ、さようで……
赤ずきん よろしく赤ずきんよ。あなたは?
ヨンチョ 近習頭のヨンチョ・パンサである。
王子 着替えがしたい。
ヨンチョ はい、ただちにお召しものを!
王子 ゆっくりでよい。しばらくここで小鳥のさえずりなど聞いていたいのでな、ゆるりと、よいな。
ヨンチョ ゆるりと、アイアイサー!(退場)
王子 ……これでいいか?
赤ずきん さーすが。
王子 赤ずきん、どうしておまえは……
赤ずきん それはね……
王子 わたしは、これでも一国の王子、死んだ兄にはかなわねまでも、武芸一般人より優れておるつもりだ。白雪姫に会う時には特に気を配り、家来共も遠ざけておる。あたりには七人の小人達の忍んだ気配、それ以外に人の気配を感じたことはないぞ。ましておまえのような赤ずくめで隙だらけ、郵便ポストのように気配だらけの者など……
赤ずきん フフフ……顔を洗う時気づかなかったよ。
王子 あれは、いつもそこのヨンチョが……
赤ずきん わたしとヨンチョさん、ずいぶん気配が違うよ。
王子 ……まだ起きぬけなんだヨ!
赤ずきん 言葉が過ぎたら許してね。わたし……生きて泣いている白雪さんに会ったの。
王子 なに……白雪姫が生き返ったと言うのか!?(あまりの驚きに、赤ずきんを部屋の隅まで追いつめる)いつ!? どこで!? どんなふうに!? どうしていらっしゃる、あの姫は!?
赤ずきん 夜の間だけ。知らなかったでしょ……日が昇る頃には、あのガラスの棺にもどって、また夕暮れまで死んでいるの。そして、話を聞いたんです。毎朝のあなたの思わせぶりな訪れを……一センチにまで唇を寄せて……そして溜息をつき、せつなそうに首を振り、帰ってしまわれる。この仕打ちのため、白雪さんの心は悲しみとせつなさに加え、ゆうべは憎しみの芽さえ宿していたわ。
王子 仕打ちとは心外!
赤ずきん 心外はこっちよ、あのまま放っておいたら、いずれ人喰いの化物にでもなってしまうわ。
王子 わたしにも人に言えぬ葛藤があるのだ。しかし、今夜にでも森に出向き、生きているあの人に話をしよう、このまま放っておくわけにもいくまい。
赤ずきん それはやめてください!
王子 どうしてだ!? 夜とは申せ、愛している者が生きているというのに。それに、わたしに会えぬ苦しみゆえに悶え、憎しみの芽さえ育てはじめているというではないか!
赤ずきん だめなんです! 夜の白雪さんは昼間の白雪さんではありません。彼女の暗い内面が彼女の姿をも支配し、神もそれを憐れんでか、森に結界を張り、白雪さんが森から出られぬようにしておられます。おそらく王子さまが入ろうとしても、その結界が遮るはずです。
王子 しかし、おまえは……
赤ずきん わたしは赤ずきん、もとから、あの森とは縁のあるグリムのオリジナルキャラクターです。
王子 ……そうか、オリジナルでないわたしには、その結界が越せぬか……
赤ずきん 元気を出してください。日があるうちは、森の出入は自由です。どうか日のあるうちに……そして白雪さんに口づけを……
王子 それができないのだ!
赤ずきん どうして!? あなたの口づけ一つで、白雪姫の物語は、ミッションコンプリート。最後のピースの一コマが埋められ大団円を迎えられるのに!
王子 わたしにその資格はないのだ。物語をゲームとこころえる者には、それでミッションコンプリートの大団円なのだろうが……それから先、わたしはあの人を妃とし、この王国を、この手で治めていかねばならないのだ。
赤ずきん あなたは、白雪さんが嫌いなの?
王子 愛している、心から。熱い口づけを交わし、あの人をしっかりとこの胸に抱きしめたい。あの人を生き返らせたい。その思いで、この胸は一杯だ。もし切り開いて見せられるものなら、この胸たち割って、この真心を、あの人にもお前にも見せてやりたいぐらいだ!
赤ずきん それならどうして!
王子 わたしには無理なのだ、あの人を生き返らせることはできても……幸福にしてあげることができない……!
赤ずきん どうしてよ!
王子 わたしには兄がいた……アニムス・ウィリアム・フォン・ゲッチンゲン。本当はこの兄が姫と結ばれるはずだった、いわばグリムのオリジナル……兄は幼いころから王たるべく育てられ、また、その素質も十分であった。その兄が昨年、病であっけなく死んだ、グリム兄弟も予想もしていなかっただろう。そして、このわたしに、一生気楽な部屋住の次男坊と決めこんでいたわたしに王位継承権がまわってきた……幸い母は元気だ、当分わたしに王位がまわってくることはあるまい。遠いその日まで、少しずつがんばれば……わたしにも王の真似事ぐらいはできるだろう。だが今はそれに加えて、あんな素敵な人を妃にしたら、わたしには荷が重い……あの人を不幸にする!
赤ずきん 要は自信がない、それだけのこと。
王子 そう簡単に言うな! わたしはチョー理性的に言っているのだ。毎日王子としての公務、加えて帝王学に始まる十を超える学習。あの兄が二十数年かけて身につけたものを、わたしはこの数年で身につけなければならない。本番直前に成りあがった、無名の代役のようなものだ。あの人を生き返らせ妃とすることはたやすい。しかし、あの人にかまっている時間がわたしにはない。毎日あの人の眠る森にたちよるために、わたしは毎日三十分、睡眠時間を犠牲にしている。それでも女王である母は良い顔をせぬ。妻にすれば公務のために何日も、何週間何ヶ月も、言葉一つかけてやれない生活が簡単に想像できる。単に自分の醜い独占欲を満足させるだけだ。そんな人形のような扱いをあの人に強いることは、わたしにはできない。
赤ずきん やっぱり、要は自信のなさ、それだけのことよ。
王子 何度も言うな! あの人を籠の鳥にして、それでいいと言うのか!?
赤ずきん ハー(溜息)見かけはいい男なのにねえ……
王子 兄とは製造元がいっしょだからな。兄は車で言えばレーシング仕様の特別製、それにひきかえ、この僕は、ボディこそ似ているものの全てがノーマル仕様の大衆車、それも型落ちのアウトレット。とても勝負にはならない。
赤ずきん そんなことないわよ。たとえ大衆車でレースに向かなくとも、家族を乗せるファミリーカー、シートが倒せたり、クッションやインテリアがよかったり、そういう人を和ませるスペックは、レーシングカー以上よ。
王子 でも、今はその大衆車がカーレースに出ろといわれてるいるんだ! 華奢なエンジンを無理矢理強化し、軽量化のために内装は剥がされ、ロールバーのパイプが張りめぐらされて、とても人を、それも愛する人を乗せる余裕なんてない。
赤ずきん 何よ、弱虫! やってみもしないで結果なんてわかりはしないわ!

この時、ヨンチョが衣裳を持ってあらわれる

ヨンチョ 御衣裳をお持ちいたしました。
王子 ごくろう。

以下着替えをしながら、ヨンチョが慣れた手つきで介添えする。

赤ずきん 愛しているならやってごらんなさいよ!
王子 シー、話はそこまでだ。
ヨンチョ わたしのことならお気づかいなく。小鳥のさえずりは聞こえても、殿下の大事なお話は耳に入らなくなっております。それが近習と申すもの。でも、いざという時はお役に立ちますぞ。申すではありませんか。遠くの親類よりも、近習の他人とか、ウフフ……
二人 ズコ(ずっこける)
王子 ギャグは言う前に申告するように。おまえのダジャレは心の準備がいる。
ヨンチョ ……
赤ずきん そんなに落ち込まなくても……
ヨンチョ 深刻になっております……わかります? 申告と、深刻……アハハ(二人、よろめく)
王子 いいかげんにしろ(着けかけた剣で、ポコンとする)
ヨンチョ 僭越ながら、森へのお通いは、殿下にとって大事大切な御日課と存じます。殿下が森におられる間、森の入口で邪魔の入らぬよう、しっかと目を配っております。心おきなく御考案の上、そろそろ御決断を……
赤ずきん 王子さま……
王子 うん?
赤ずきん 王子さまは、自分でやらなきゃならないことばかり気にかけているわ。
王子 どういうことだ?
赤ずきん 愛しあっているならフィフティーフィフティー、白雪さんにも、変化と努力を求めなければ。そう、王子さまが懸命の努力をなさっているなら、きっと喜んで、我慢もし、努力もするはずよ。夫婦というものはいつもそう、病める時も貧しき時も互いに助けあい……結婚式で神父さまもそうおっしゃるじゃない。彼女は、その苦労をきっと進んで受け入れると思うわ。
王子 ……そうだろうか?
赤ずきん そうよ。王子さまが期せずして、ファミリーカーからレースカーへの変貌をとげざるを得ないのなら、チャンピオンにおなりなさい! キング・オブ・ザ・レーサーに! そして白雪さんは……
ヨンチョ レースクイーンに! よろしゅうございますぞ。ハイレグのコマネチルックに網タイツ、大きなパラソルを疲れたレーサーにそっと差しかけて、ひとときのくつろぎを与える……
王子 レースクイーンか……
赤ずきん もう! 変な方向に期待を膨らませないでください! ヨンチョさんも! 白雪さんは、見かけ華やかなレースクイーンよりも、ピットクルーのチーフをこそ望むでしょう。レース途中で疲れはててピットインした王子さまを、他のクルー達を指揮し、みずからも油まみれになり、限られた時間の中で、タイヤやオイルを交換し、ガソリンを注入し、チューニングをして、再びレースに復帰させる。白雪さんは、その立場をこそ望み、見事にこなしていくと信じます。美しい人形のような妃としてではなく、油まみれの仲間として彼女を愛してやってください……王子さま。
王子 仲間としてか……ありがとう赤ずきん、迷った山道で道しるべを見つけたように気持ちが軽くなった。よし! このこと、この喜びを決心とともに母上に申し上げ、その足で森へ急ぐぞ。二人とも、それまでに馬の用意を……!
ヨンチョ 馬は何頭用意すればよろしゅうございますか?
王子 おまえの名前ほどに……(いったん去る)
ヨンチョ 俺の名前ほどに……どういう意味だ?
赤ずきん ばかだね。ヨンチョだから四丁、つまり四頭という意味でしょ。王子さまとヨンチョさんとわたしの分……そして白雪さんの分!
ヨンチョ なるほど、おめえ頭いいな。
赤ずきん グリムの童話で主役を張ろうってお嬢ちゃんよ、頭の回転がちがうわよ。

王子が再びもどってくる。

王子 すまん、馬の数は、おまえの兄の名前の数ほどに修正だ!
ヨンチョ と、申しますと
王子 わたしは姫と同じ馬に乗る。鞍もそのように工夫しておけ、では……(緊張して額の汗をぬぐう)まず母上から口説かねば……(去る)
ヨンチョ 女王さまは難物だからな……しかし同じ馬に肌ふれあい互いのぬくもりを感じあいながら……これはやっぱりレースクイーンだべ。

王子再々度もどってくる。

王子 バカ、変な想像をするな(ゴツン)
ヨンチョ あいた!
王子 今度こそ行くぞ、母上のもとへ……!

王子上手袖へ、ヨンチョがそれに続くとファンファーレの吹奏、ドアの開く音。

ヨンチョ 皇太子殿下が朝の御あいさつにまいられました!
女王 (声のみ、ドスがきいている)おはいり……モラトリアム……
王子 (うわずった声で)お、お早うございます母上……

ヨンチョをともない上手袖へ、ドアの閉じる音。

赤ずきん 王子さま、がんばって……!(手にした王子のガウンを抱きしめている)

暗転、フクロウの声などして、夜の森のバス停が浮かび上がる。花道を、携帯でしゃべりながら赤ずきんがやってくる。

赤ずきん ごめん、今日はそういうわけで遅くなる、行けないかもしれない。どうしてもつきとめておきたいの、だから婆ちゃんごめんね(切る) 何よ、てっきり白雪さんを連れてもどってくると思ったのに、もどってきたのは、いつもどおり王子一匹! 白雪さんはどうしたの? あの眉間によせたシワはなんなのよ!? 聞いてもちっとも教えてくんないし、ヨンチョのおっさんもあてになんないし……白雪さーん……白雪さーん……と、ここにも姿が見えない。棺は空だったし、きっと森の中にいるはず、小人さんたちのところにいるはずもないし心配だなあ……白雪さーん!

花道に、腕をつり、杖をつきながら、傷だらけの白雪があらわれる

白雪 赤ずきんちゃーん……
赤ずきん あ、白雪さん……どうしたのその怪我は!?(白雪をたすけ、舞台へもどる)何があったの、誰に何をされたの!?
白雪 (泣くばかり)
赤ずきん 泣いてちゃわからないよ。とにかく大丈夫だからね、わたしがついているから。携帯もあるし、いざとなったらお婆ちゃんもオオカミさんもいるからね。ね、どうしたの?
白雪 あの、あのね、ドラゴンがあらわれてね……まだ夕陽が沈みきっていないのにあらわれて、ようやく動けるようになり始めたわたしを襲ったの。今日は側にあった棒きれで追い払ったけれど……明日は殺されてしまうわ……(泣く)
赤ずきん 大丈夫、わたしがついているから、ドラゴンだろうが何だろうが、指一本触れさせやしないんだから……
白雪 ありがとう……今はあなただけが頼り……小人さんたちにもあんな姿は見せられない。心配して、怒ってドラゴンに立ち向かうでしょうけど、とても小人さんたちの手に負えるしろものじゃない。逆に返り討ちにあって全滅させられてしまうわ。
赤ずきん 大丈夫、今夜はおばあちゃんの家に匿ってもらうわ……今朝、お城に忍び込んで、王子さまと話をしたのよ。
白雪 え、お城まで行ってくれたの?
赤ずきん 言ったじゃないか、まかしといてって。水泳とロッククライミングは、白雪さんだけの専売特許じゃないのよ。
白雪 赤ずきんちゃんもやるんだ……
赤ずきん あたりまえよ、友だちじゃないか! 王子さまは真面目な人だったよ。ただ真面目すぎて……
白雪 真面目すぎて……?
赤ずきん 口づけをして救けてあげることはやさしいけども、その後、白雪さんを幸福にできないって。
白雪 どういうこと、他に好きな人でも……
赤ずきん そんなのいないよ。あの人も白雪さんのことが大好きだって!
白雪 だったら
赤ずきん 王子さまは、去年お兄さんを亡くしたの。それで王位第一承継者の皇太子になってしまって、今そのための勉強と訓練が大変なんだって……
白雪 それはわかるわ、わたしも違う王家とはいえ王族の一人。皇太子とそれ以下の並の王子とは、その自由さが天と地ほどに違う……だけど、それを考えても、この仕打ちと言ってもいいおふるまいは理解できない。たとえ王子さまがどんなにお忙しく、お辛くても、それを分かち合ってこその夫婦……いえ、まだ口づけも誓言も交わしあっていないから夫婦とは言えないけども。将来を許しあった恋人としては当然の覚悟、そうでしょ。
赤ずきん そうだよ、それを、朝の一番鶏が時を告げる前からお城に忍び込み,宿直の二人を薬で眠らせて、王子さまが目覚めると同時に説得したわ。病めるときも貧しきときにも互いに助けあい、王子さまが帝王学を学ばれ、懸命の努力をなさっている間、きっと喜んで我慢も努力もされるはず。たとえ何日も顔を会わせなくても、たとえ夜遅く帰ってベットにバタンキューでも、きっと白雪さんは耐えて王子さまを支えてくれるはず。そう懸命にお伝えしたら、そこは賢明な王子さま、女王さまに朝の御あいさつに行かれるころには、ジュピターのように雄々しく……とまではいかないけども……ちゃんと白雪さん救出を神聖な使命とお考えになるようになったわ。わたしを近習の一人として森の入口まで、他の御家来習といっしょの供をするようにお命じになったくらいよ。
白雪 信じられないわ……今朝の王子さまは、いつにも増して、険しい御表情でひざまづいて、わたしの顔をいとおしそうにご覧になって、何やらつぶやかれるばかり。棺の蓋を開けようともなさらずに立ち去ってしまわれた。ごめんなさい……一瞬ではあるけれども、あなたの約束を疑りもした。でも、やはり一日や二日の説得ではあの方の心を動かすことはできないのだと、あきらめ……いえ、気長に待つことにしたの……でも、あのドラゴンののさばりよう……気長に待つうちに、日干しのミイラになる前に骨にされてしまいそう……
赤ずきん しっ! 伏せて、何か邪悪なものが……

二人身をひそめる。バサバサと音をたてて、ドラゴンが梢の高さほどのところを通り過ぎる気配がする(音と光で表現)

白雪 ……今の見えた?
赤ずきん ううん、気配だけ。多分ドラゴン。
白雪 そう、ドラゴンよ。夕方わたしを襲った時も、半分体が透けていたけど、とうとう……
赤ずきん ステルスになっちまいやがった。よほど気をつけないと、不意打ちをくらってしまう。この分では狸バスも……
白雪 どうしよう……
赤ずきん 仕方ない、今夜はわたしも婆ちゃんちに……

携帯を出そうとすると、下手よりかすかなパッシングと間の抜けたクラクション。

赤ずきん 狸バス、あんなところに隠れていたんだ……(狸語が返ってくる)え、今日は特別に婆ちゃんちまで送ってくれる? じゃ、白雪さんを送ってもらって、それから、ちょこっとだけ婆ちゃんと話して、それからお城まで……オッケー?(狸語)え、そのかわりしばらく休業? 仕方ないわねえ、あんなぶっそうなドラゴンがいたんじゃねえ……(白雪に)婆ちゃんに薬をもらおう、よく効くの持ってるから。じゃタヌちゃん、お願いね!(狸エンジンの始動音)

二人、下手の狸バスに行くところで暗転、小鳥たちの朝を告げる声で明るくなる。花道を、王子を先頭に、ヨンチョが続き、赤ずきん遅れて駆けてくる。

王子 だから何度も言ったろう、その場で気持ちが変わったのではない。姫の女性としての尊厳を守るために、わたしはあえて我慢をして……
赤ずきん なにが尊厳を守るよ、白雪さんの気持ちはズタズタよ。
王子 それを乗り越えて自分で行動を起こさねば、一生わたし、つまり男性に従属せねばならなくなる。男の口づけを待って生命をとりもどすなど、女性を男の玩具とし、その尊厳を汚すものだ。わたしに出来ることは、男とか女とかを越えた人間としての地平から「がんばれ、めざめられよ!」と叫び続けることだ。
ヨンチョ 王子は叫ばれた!
王子 「がんばれ、めざめられよ!」
ヨンチョ 「がんばれ、めざめられよ!」
赤ずきん ……それが何やらつぶやかれるってやつね。それ、自分の考えじゃないよね。
王子 わたしのの考えだ!
ヨンチョ 王子さまのお考えである!
赤ずきん 影響されたわね……女王さまに? 朝の御あいさつに行ってから変だもん。
王子 ……参考にはした。しかし自分の考えではある。
ヨンチョ 御自分の考えではある! とおおせられた。
赤ずきん うるせえ!
ヨンチョ おっかねえ……
赤ずきん 家来にバックコーラスしてもらわないと自分の考えも言えないの!? 女王にちょこっと言われただけでコロッと考え変わっちゃうの!?
王子 ……
赤ずきん わたし、昨日は自分の説得力に自信持ったけど、とんだピエロだったようね。さようなら、時間かかるけど別の王子さま探すわ。そして白雪さんの怪我はわたしが治して見せる!
王子 待て! 姫は怪我をしているのか……!?
赤ずきん ええ、森のドラゴンが成長し、夜と昼のわずかな境にも居座るようになり、ガラスの棺からよみがえろうとして、まだ低血圧のところを襲われた。心配はいらない、全治一ヶ月程度の怪我よ。それにこれからは、わたしたちグリムの仲間で白雪さんを守るから……じゃ、さよなら!
王子 待て、待て、行くな……行くなと申しておるのだぞ!(ヨンチョに)赤ずきんをつかまえろ!
ヨンチョ アイアイ(サー……と動きかける)
赤ずきん (花道の途中で立ち止まり)バカヤロー! そんなことも家来に言わなきゃできないのかよ!
王子 ……すまん、わたしの悪い癖だ……頼む、もう一度もどってきてはくれないか?

階段(花道のかかり)まで進み、手をさしのべる

赤ずきん その手は、白雪さんのためにとっておいてあげて(舞台へもどる)
王子 わたしは何をすれば……
赤ずきん 自分で決めて!
王子 何をすればいいか、今言おうとしたんだ!
赤ずきん そう……ごめん……
王子 わたしはドラゴンを倒す! で……どうしたらいい?
赤ずきん そうでしょ、けっきょく人に聞かなきゃ何もできない……
王子 すまん……
赤ずきん やっかいな相手です、成長してステルス化したため、ほとんど姿が見えません。それに、ほとんど夜にしか現れませんから、戦いは困難が予想されます。とどめには、銀の鉄砲に銀の弾……それも正面から急所を狙うか、戦いで弱ったところをしとめるしかありません。
王子 やろう! 銀の鉄砲なら母上のものがある。弾は鉛しかないから、急いで造らせよう。
赤ずきん 待って。並の銀の弾では効果は半分以下。製造から三十年以上たったもので、できたら神の祝福の籠った弾が望ましいんです。昔わたしを救けてくれた狩人のおじさんがそう言ってました。
王子 それはちょっとむつかしいぞ……
ヨンチョ なら、これを……兄のサンチョがお守りがわりにくれた銀の弾です。サンチョの御主人様が神の祝福をうけられたもので、四百年はたっていますで……
赤ずきん ありがとうヨンチョのおじさん。
王子 すまん、この礼はいずれ……
ヨンチョ いずれと言わずに今すぐに。
王子 なに? 抜け目のない奴だ、いくら欲しい?
ヨンチョ なあに、わたしもいっしょに戦わせて下さい。これが条件でさ。
王子 こいつ、わたしに仕えて初めて気の利いた台詞を吐いたな!
赤ずきん もともとはわたしのアイデアなんだからね!
王子 赤ずきん!
ヨンチョ 決まった! 
王子 三人寄れば文殊の知恵も団体割引!
赤ずきん 成功疑いなし!
ヨンチョ 合点!
王子 それじゃあ、実行は今夜、月のアルテミスが、太陽のアポロンと睨みあうころに。
二人 おお!
王子 では、作戦の成功を祈って!(剣を抜く)……一眠りしておこうか、(二人ズッコケる)おまえたちも、夜の戦いにそなえて眠っておけ(去る)
ヨンチョ アイアイサー
赤ずきん ヨンチョさん、もう少し打ち合わせをしておこう、仮眠はそれから。
ヨンチョ 合点だ、今眠らなくても、今夜が永遠の眠りの始まりになるかもしれないからな……

二人、王子とは反対側に退場。暗転。虫たちの集く声して、なつかし色に明るくなる。例の森のバス停前をめざして、主従あらわれる。バス停には「運休」と書いた紙が貼ってある。

王子 あのバス停だな、赤ずきんとの待ち合わせは?
ヨンチョ ちょいと早く来すぎたようで……
王子 気の早いアルテミスが山の上で頬杖ついて、この勝負を見物しているぞ。
ヨンチョ アポロンが西の山から片目だけ出して見物してござる。さても物見高い兄妹どもじゃ。
王子 お、あの赤いフードは?
赤ずきん ごめん、遅くなっちゃった。
ヨンチョ 大丈夫、まだ数分は昼の世界。しかしひやひやさせた分、何か土産があるんだろうな?
赤ずきん するどいねヨンチョのおじさん。
王子 なんだそれは?
赤ずきん 狼のマックスからもらってきたんだ。飲むと感覚が狼と同じくらいに鋭くなるんだよ。
ヨンチョ なんだかハナクソのような……
赤ずきん そんなもんじゃないよ、ちょっとくせがあるけどね(苦しそうに飲む)
王子 なあにハナクソでさえなければ……(飲む。とりつくろってはいるが気持ち悪そう)なあに大したことは……ない。
ヨンチョ おつな味だねえ……で、本当は何なんだい
赤ずきん 聞かない方がいい……
ヨンチョ そう言われると余計知りたくなる。
赤ずきん 青い狼のミミクソ!
二人 ゲッ?!
赤ずきん もどしちゃだめ! あーもどしちゃった。(王子はかろうじてこらえる)
ヨンチョ おまえが言うから……
赤ずきん ヨンチョのおじさんが聞くから……
王子 シッ! 来るぞ……
赤ずきん ほんとだ……
ヨンチョ え、どこに……?
王子 来た!
ヨンチョ え?……ワッ!

ドラゴンの降下音。一瞬目玉を思わせる光が走る、王子と赤ずきんは左右の藪に、素早く身を隠すが、ヨンチョのみ、ボンヤリ立っていてふっとばされる。脱げ落ちたヘルメットを拾いつつ……

ヨンチョ すまん、あのミミクソまだあるか?
赤ずきん 今度はもどしちゃだめだよ……
ヨンチョ ありがとう(あわてて飲む)
王子 今のはほんの小手調べ、上空を旋回しながら様子を見ている……
ヨンチョ 今度は儂にもわかる……
赤ずきん 王子さま。
王子 心配しなくても、貴重な弾を無駄に使ったりはしない。降りてきたところを二三度ぶちのめしてから、とどめに……
赤ずきん 違うの。王子さまには、もう一つ薬を飲んでもらいたいんです。
王子 今度は何のクソだ?
赤ずきん 違いますよ。お婆ちゃんからもらってきた幸福の薬、敵の打撃を弱める力があります。はい、このポーション!
王子 ヨーグルトみたいな味だなあ……
赤ずきん 天使たちが世界中の母親の愛情を一万人分集めて作ったエッセンスだそうです。
王子 そうか、一万人分の母性愛に守られるわけだなあ。
赤ずきん 王子さまは、この国でただ一人の王位継承者、大事にしていただかねば。
ヨンチョ 来るぞ!

戦闘のBGMカットイン、飛翔音、降下音、光が走る。三人それぞれに剣をふるい、ドラゴンに当たるたびに金属音がする。二三合渡りあうと、ドラゴンは再び上空へ、藪へころがりこむ三人(戦闘を歌とダンスで表現してもいい)赤ずきんは頬を、ヨンチョは腕に打撃を受ける。

王子 大丈夫か?!
赤ずきん ホッペを少し(頬横一線に出血)
ヨンチョ 右腕を少し、大丈夫でさあ……かえって燃えてきましたぜ!
王子 気をつけろ、今度は奴も気がたっている……来たぞ!

再び前に増す飛翔音、降下音、光が走る。激闘。ヨンチョ、赤ずきんは何度かころび、ヘルメットはとび、王子の服にも血しぶきが飛ぶ、前回にも増して激しい打撃の金属音。赤ずきんなど、藪までふき飛び、袖もちぎれ、胸から腕にかけて血しぶきをあび「大丈夫か!?」と王子の声、瞬間の気絶のあと、渾身の力をこめて、ドラゴンに斬りかかる(前の台詞を間奏にして、歌とダンスの処理でもよい)

赤ずきん オリャー!

ザクッと金属に切り込む音がして、王子が鉄砲を放つ。意外に重々しい「ドキューン」という腹に響く音。「キュー」っという悲鳴を残し、また上空へ逃げ去るドラゴン

赤ずきん やった?!
ヨンチョ ……いいや、傷は負わせたが急所は外したようだ……
王子 そのようだなあ……二人とも大丈夫か?
ヨンチョ まだまだ。
赤ずきん 大丈夫よ。

と言いながら二人とも、あちこち服は破れ、血しぶきをあび、あまり大丈夫そうではない(これらの傷、血しぶきは藪に忍ばせた黒子による。歌とダンスの処理なら省略)

ヨンチョ 弾はあと二発です。
王子 わかっている。今度こそしとめてやる!(銃を、目標にあわせつつかまえる)
赤ずきん 来る……!
ヨンチョ 来るぞ……!
王子 わたしにまかせろ!!

戦闘のBGM、カットアウト。腰を据え、今や水平からの攻撃の体制に入ったドラゴンにピタリと照準をあわせる王子。剣を構えながらも、動物的勘で身をよじり、王子にその瞬間を譲る二人。ドラゴンは王子一人を目指し渾身の力でいどみかかってくる。二発連続で発砲する王子。断末魔のドラゴンの叫び。この一連の運動はスローモーションでおこなわれる。わずかに間を置いて通常のモーションにもどると、ドラゴンの突撃してきた、ほとんど水平に近い方向から、大量のマンガ、マンガ雑誌、CD、ゲームソフトなどが、空中分解したミサイルの部品のようにとびこんでくる(CD等は実物を使うと危険なので、銀紙を貼ったボール紙などの代用品が良いと思われる。または、音と演技だけで表現してもいい)

ヨンチョ これは……
赤ずきん これがドラゴンの正体……
王子 マンガ……CDにゲームソフト……
赤ずきん みんな童話の世界の敵……
王子 敵にしてしまったんだ……
二人 ……?
王子 これらは、みな童話の世界から、別れ、自立し、育っていった者たちだ……それが異常繁殖し、ドラゴンとなって、この世界を食いつぶしかけていたんだ。
ヨンチョ とんでもねえ野郎共だ(踏みつける)
王子 よせヨンチョ……ドラゴンに変化したとは言え、もとはわが同胞、兄弟も同然、後ほど、塚をつくり丁重に葬ってやろう。
赤ずきん 王子さま……
王子 おお、こんなに怪我をして……二人ともよくふんばってくれた。
赤ずきん 王子さまこそお怪我は?
王子 大丈夫、みな軽いかすり傷だ……
ヨンチョ おう、あれに……!

花道に白雪があらわれる、怪我は意外にも治りかけていて、額や頬にバンソーコウを残す程度に回復しかけている。

白雪 王子さまーっ! 赤ずきんちゃーん! それに……
ヨンチョ 王子さま第一の家来にして近習頭のヨンチョ・パンサと申します。
白雪 こんにちはヨンチョさん、そしてありがとう。みなさんの御奮闘ぶりは、その丘の木陰から見せていただきました。三度目のドラゴンの突撃の時など思わず目をふせてしまいましたが、御立派にお果たしになられたのですね。
赤ずきん 駄目じゃないか、ちゃんとお婆ちゃんの家に籠っていなくちゃ。
白雪 ごめんなさい、赤ずきんちゃんの話を聞いて、時刻がせまってくると矢も盾もたまらず。それに夜になって体が自由になると、思いの他傷も……ゆうべお婆ちゃんにいただいた薬が効いたみたい、幸福のポーション。
赤ずきん でも、それ古い薬だから、効き目は半分だね、まだ、体のあちこちが痛いでしょ?
王子 そう、お体はしっかりといたわらねば。
白雪 それはこちらが申す言葉ですわ。三人とも、こんなに傷だらけになられて。
赤ずきん 白雪さん……
白雪 御心配ありがとう、でも、もう大丈夫。こんな痛み、薬の力で半分に、そしてこの喜びと感謝の気持ちでさらに半分に減ったわ……今までは仮死状態の心の目でしか王子さまを見ることができなかったけど、やっとこうして、フルカラー、スリーDのお姿として拝見して……バーチャルじゃない、本当の王子さまなのね。
赤ずきん きまってるじゃないか。百パーセント混じりっ気なしの王子さまだよ。
ヨンチョ 戦闘で、ちょいと薄汚れっちまってらっしゃいますがね、なあに一風呂あびて磨き直せば、この百五十パーセントくらいにはルックスもおもどりになります。
白雪 いいえ、このままでも、わたしには十分凛々しく雄々しくていらっしゃいます。これ以上磨かれては、そのまぶしさに目が開けていられなくなります。
王子 姫……
白雪 王子さま……
赤ずきん 行け! 白雪さん!

白雪、その場で半歩進み、目を閉じ、王子の口づけを待つ姿勢をとる。

王子 白雪姫……(白雪を両手で抱きしめ、口づけの一歩手前までいく)しかし、今のわたしは汗くさい……
三人 ガクッ……
白雪 何を汗くささなど、お気にしすぎです。それこそ殿方の雄々しさのしるし、その軽い塩味こそが男の値打ちと申すもの
赤ずきん がんばれ、塩味王子!
王子 エヘン、オホン……
ヨンチョ 勝負どころでございますぞ、殿下!
王子 ケホン、では……
白雪 どうぞ!

再度いどむ王子! しかし一センチの壁を越えられない……

王子 だめだ……わたしという男は!
白雪 王子さまあァ……
ヨンチョ 殿下ァ……(わが事のように身悶える)
赤ずきん こんなオクテ見たことないよ……
王子 (顔を被って)すまん……泣きたいくらい自分が情けないよ。
白雪 泣きたいのは、わたくしの方でございます。
ヨンチョ ここで口づけなさいませんと、姫は朝にはまた仮死状態におなりになるのですぞ……!
赤ずきん わかった、最後の手段!
王子 何か他の方法が……
白雪 あるの!?
赤ずきん 二人とも、例の一万人のお母さんの心のエッセンスの薬、幸福のポーションを飲んだでしょう?効き目は半分ほどしかないみたいだけど……握手をしてごらんなさい。ほら、二人とも愛しあっているから……握手と言っただけで、外分泌腺を刺激して汗ばんできたでしょ。口づけのかわりになるかもしれない……
王子 握手ぐらいなら……
白雪 少しもの足りないけど……
王子 では、姫、失礼します!
白雪 どうぞ……

握手する二人、赤ずきんはポンプの仕掛けにかかる。

赤ずきん 誓いの言葉を……黙っていちゃあ何の握手だかわかんないでしょ!
王子 なんと言えば……
ヨンチョ じれってえ……
赤ずきん 「愛しています」でいいわよ
王子 ……(息を吸う)
白雪 愛しています、神の御名にかけて、そしてわが命にかけて……愛しています。
王子 うん……あ、愛しています、神の御名と、この名誉と……
白雪 この方々の友情にかけて、愛しています。

この誓いの言葉の途中から、白雪のおなかが膨らみはじめる(白雪のスカートの中に風船が仕込んであり、白雪の背後で赤ずきんが懸命にポンプを押している。工夫は様々)

白雪 あ……ああ、なんということ!?
ヨンチョ おお、なんという神の御技!
白雪 ああ、おなかが、おなかの中に赤ちゃんが……
赤ずきん この薬、オクテのおじいちゃんを口説かせる時に使ったって言ってたけど、ほんとうに、効き目があったんだ!(白々しい。赤ずきんはかなりの役者である)
王子 これは、早く医者を産婆を……誰がサンバを踊れと言った(ヨンチョをはり倒す)そうか、人まかせではいかんのだな、赤ずきん?
赤ずきん そうよ、自分で、自分の愛する者のために行動をおこして!
王子 わかった、わたし自身、城下まで走り医者と産婆を連れてこよう、ヨンチョ、赤ずきん、それまで姫を頼んだぞ!
ヨンチョ アイアイサー!
赤ずきん まかしといてー!
白雪 がんばってね、あなた……



赤ずきん けなげねえ……少しかわいそうな気もするけど……
ヨンチョ ああやって大人になっていかれるんだモラトリアム王子は……
白雪 もういいかしら……
赤ずきん いいわよ、もう峠のむこうまで行っちゃったから。

白雪、手にしていたピンで、おなかを一刺しする、ボンと音がして、おなかの風船が割れる。

白雪 なにか騙したようで気がひける。
赤ずきん 念のためと思ったことが役にたったんだからいいじゃない。
ヨンチョ 儂も事前に話を聞いていなかったら、ぶったまげて怒ったかも知れねえだども、これでいいよ。さっきの戦闘指揮もなかなか立派なもんでがした。お子様の方は、男と女いっしょに暮らしていれば、どうにかなるもんだで。
赤ずきん おじいちゃんの時はうまくいったんだけどね。
ヨンチョ 何十年もたってるんだで仕方のないことさ。なんせ敵の攻撃をやわらげ、傷もやわらげ、オクテの男もやわらげようって欲ばった薬だもんなあ、その分効き目が早く抜けても仕方ねえ。
白雪 王子さまには想像妊娠だったって言えばいいのね?
赤ずきん でも、これでもう朝がきても仮死状態にもどらないはずだよ……気がとがめる?
白雪 ……
赤ずきん 王子さまの手を握ったとき、心が通じたような気がしたでしょ?
白雪 うん……シャイで恥ずかしがり屋で、普段は思ってることの半分も言えず、やりたいことの十分の一もできない……その分良くも悪くも思い込みが強く……これと思うことにはまっすぐで……
赤ずきん まっすぐ白雪さんを愛している。
白雪 手を握って王子さまと目があったとき、一瞬本当に赤ちゃんが……ウッ(口をおさえて、えずくはじめる)こ、これって……ウッ
赤ずきん 効いたんだ! そうか、つわりだよ白雪さん! 白雪さんも傷を治すためにゆうべ 飲んだから、飲んだもの同志手を握って汗を通して効き目が〇.五かける二で一に、元の効き目が出てきたんだ!
ヨンチョ ほ、ほんとけ!?
赤ずきん きっとそうだよ。
白雪 嬉しい……けど苦しい……ウッ……
赤ずきん がんばりな白雪さん。
白雪 うん……がんばる……
ヨンチョ 儂は何を?
赤ずきん 婆ちゃんとオオカミさんに知らせてきて。
ヨンチョ アイアイ……
赤ずきん ごめん、それよりも、王子さまを手伝って二人で、お医者様と産婆さんを背負って……
ヨンチョ アイアイ……
赤ずきん でも、やっぱりお婆ちゃんに……いえやっぱり王子さま……やっぱ婆ちゃん……がんばって白雪さんん……やっぱ王子……やっぱ……

白雪がえずきはじめた頃からハッピーエンドを思わせるテーマFI ここで一気にFUして、キャストと出られるだけの黒子、スタッフが出てきてフィナーレの歌とダンスになり……幕


作者の言葉
ちょっとだけ大人びた童話です。楽しく演じて下さい。そのためには、稽古は多めに装置はシンプルに。ドラゴンの空中分解、役者と息があわないと芝居をつぶします。マンガやゲームソフトは大量に、最低でも五メートルは飛ばして下さい。むつかしい場合は音響と演技だけでもやれます(音響は第二の役者という言葉もあります)白雪のおなかが膨らむ仕掛け、簡単ですが、あなどらず、何度も稽古してください、ふうせん以外の方法もあると思います。とにかくシンプルで確実なものを。花道は「できたら」ぐらいでいいです。
また、全員女子で、宝塚ののりでやっても楽しいと思います、女子校にもおすすめの一品です。


【作者情報】《作者名》大橋むつお《住所》〒581-0866 大阪府八尾市東山本新町6-5-2
《電算通信》oh-kyoko@mercury.sannet.ne.jp
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小規模演劇部用の戯曲脚本『ステルスドラゴンとグリムの森』

2012-03-14 09:15:16 | 戯曲

ステルスドラゴンとグリムの森

大橋むつお






時   ある日ある時
所   グリムの森とお城
人物  赤ずきん
白雪姫
王子(アニマ・モラトリアム・フォン・ゲッチンゲン)
家来(ヨンチョ・パンサ)


幕開くと、夜の森のバス停。表示板と街灯が、腰の高さほどの藪を背景に立っている。街灯の周囲だけがなつかし色にうかびあがり、その奥の森の木々は闇の中に静もっている。時おり虫の声。ややあって、赤ずきんが携帯でしゃべりながら花道(客席通路)を小走りでやってくる。

赤ずきん ……うん、わかってる。でも朝が早いから、うんやっぱり帰る……ありがとう。婆ちゃんも、近ごろ森もぶっそうだから、オオカミさんにも言ってあるけど、戸締まりとかしっかりね……変なドラゴンが出るから、戸を開けちゃだめよ……え、ああ夜泣き女。それは 大丈夫、人間相手だったら赤ずきん怖くない……もう、そうやって人を怖がらせるんだから……じゃあ、またね、バイバイ(切る)……もうお婆ちゃんたら長話なんだから……最終バス……(時時刻表を見る)わ、出ちゃったかな……わたしの時計も正確じゃないから……排気ガスの臭いも残っていないし、バスはよく遅れるもんだし……大丈夫よね……なんとかドラゴンに、夜泣き女……オオカミさんも婆ちゃん守らなきゃとかなんとか言って、レディを送ることもしないで……本当は自分がビビってるんじゃん……でも、わたしは強い子良い子の赤ずきん、怖くなんか……

間、静寂、虫の声も止む。

赤ずきん ……怖くなんか……

静寂な中から、女のすすり泣く声が聞こえる

赤ずきん ……なに、今の……

森の闇と藪の間に、幽霊のように、顔を手で被って泣いている、立姿の女の影が浮かび上がる

赤ずきん 出たあ!……(舞台の端まで逃げて、ふと思いつく)……って、ひょっとして、そのコスチューム……ひょっとして、もしかして……
あなた白雪姫……?
白雪 (泣いたままコックリする)
赤ずきん あ、あなたって呼び方むつかしいのよね。思わず白雪姫って、呼びすてにしちゃったけど、どうお呼びすればいいのかしら? ユアハイネス? 殿下? 白雪姫様? プリンセス・スノーホワイト、それともシュネー・ビットヒェン?
白雪 ……雪でいいわ。
赤ずきん 雪だなんて、まるでそっ気ない冬の天気予報みたい……
白雪 なら、雪ちゃん。日本で最初の翻訳では雪ちゃんだった。
赤ずきん 雪ちゃん……?
白雪 白雪でもいいわ、同じグリム童話の仲間としては。でも、わたしとしては、より親しみの感じられる雪ちゃんの方が嬉しいんだけど……
赤ずきん ん……でも、それだと対等にわたしのことを呼んでもらった場合、赤ちゃんになっちっちゃうでしょ。年上でもあるし……白雪さんてことで……
白雪 ありがとう、敬意をはらってくれたのね、赤ずきんちゃん。
赤ずきん どういたしまして……でも、その白雪さんが、どうしてこんなところで泣いているの? ひょっとして近ごろ評判の夜泣き女って……
白雪 多分、わたし。このごろ夜になると、こうして泣きながら森をさまよっているから……
赤ずきん 白雪さんて、ゲームで言えばミッションコンプリートの一歩手前、九十九パーセントクリアの状態でしょ?
白雪 はい……
赤ずきん 無事に毒リンゴ食って仮死状態になり、小人さんたちにガラスの棺に入れられて。花屋一件借り切ったぐらいの花に囲まれて、あとはいよいよ待つだけでしょ……その、王子さまがあらわれて……その、いいことすんのが……
白雪 そんな、いいことだなんて……
赤ずきん わたしなんか、せいぜい、おばあちゃんがホッペにキスしてくれるぐらいのもんだからね、子供ってつまんない。
白雪 ……
赤ずきん どうしたの、クリア寸前に邪魔が入ったの?
白雪 いいえ。ちゃんとガラスの棺に納まって、小人さんたちが心の底から嘆き悲しんでくれました。そして小人さんたちがその場を離れたその後に定石通り、白馬に乗った王子さまがあらわれたのです。アニマ・フォン・モラトリアム・ゲッチンゲン王子が……
赤ずきん やったじゃん!
白雪 そして、棺の蓋を開け、熱い眼差しでカップメン一杯できるほどの時間、わたしの顔をご覧になり……そして……口づけをなさろうと……なさろうと……一センチのところまで唇を寄せてこられて……
赤ずきん 寄せてこられて……ゴクン(生つばをのむ)
白雪 そして、溜息をつき、せつなそうに首を左右に振られては帰ってしまわれるの、毎日毎日……だからわたしは生き返ることができず、日が落ちてから、夜ごと幽霊のように森の中をさまよっているの……日が昇れば、またコウモリのように洞窟ならぬ、ガラスの褥(しとね)にもどらねばならない。こんなことが夏まで続けば、わたしミイラになってしまうわ。
赤ずきん どうして……
白雪 どうしてだかわからない。毎朝きまった時間に、あの方の馬の蹄の音が聞こえる……今日こそはと胸ときめかせ、棺の蓋が開けられ、あの方の体温を一センチの近さで感じて、悶え、あがいて……でも、わたしは指一本、髪の毛一筋動かすこともできない。この生殺しのような苦しみを一筋の涙を流して知らせることもできない。七人の小人さんたちも、木陰や藪に隠れて、その様子を見てくやしがり、せつながってくれている。でも体が自由になる夜、小屋にもどるわけにはいかない。小人さんたちにわたしの苦しみを悟られるわけにはいかない。でも、じっとしていては気が狂いそう。いえ、もう狂っているかも知れない。夜な夜な森の中をほっつき歩くようじゃね……いっそ、月明かりをたよりにわたしの方から王子さまのもとへ……もう、はしたない……
赤ずきん はしたない?
白雪 なんて言ってる場合じゃない。はしたないだけなら、とうにこの森を抜け出し、王子さまのお城にむかっているわ。こう見えても、水泳やロッククライミングは一流の腕よ。王子さまの部屋なんかヒョイヒョイっと……でも、何の因縁か、夜、体は自由になっても、この森のいましめから外へ出ることができない、きっとリンゴの毒気が、悪魔と呼応し、この森に、わたしだけをいましめる結界を張ったのよ。
赤ずきん 神さまかも知れないよ。
白雪 神さま、神さまがどうしてこんな意地悪を?
赤ずきん 悲しみとせつなさと……それに育ち始めた憎しみで、ひどい顔になってるよ。神さまでなくとも、そんな白雪さんを人目にはさらしたくなくなるよ……今はお后の魔法の鏡も、気楽に真実が言えると思うよ。
白雪 (コンパクトで自分の顔を見て)ほんと、ひどい顔……
赤ずきん 悲しみとせつなさはともかく、その胸にともりはじめた憎しみを育ててはいけない……憎しみは人を化物にするわ。
白雪 うん……自信はないけど。
赤ずきん 同じグリムの仲間だ、一肌脱いであげる。夜は最終のバスが来るまで話し相手になってあげる。そしてできたら王子さまに会って話もしてくるよ。
白雪 ほんと?
赤ずきん うん、王子さまにも何か事情があるのかもしれないからね……あ、バスが来る(遠くから狸バスの気配)じゃ、それから、変なドラゴンが森に住みつきはじめたから気をつけてね。
 
バスの停車音。ライトを絞り、バス停のかなり手前で停車する。

赤ずきん 何よ、バス停はここよ! ライトまで絞っちゃって!
狸バス (声、狸語でなにやら語る)
白雪 なんて言ってるの?
赤ずきん ドラゴンを避けるためだって……早く乗れって。じゃ、白雪さんも気をつけて!(下手に去る。バスの発車音)
白雪 お願い! がんばってね!
赤ずきん (遠ざかる声で)まかしといて……

いつまでも手を振る白雪。暗転。鳥の声がして朝になる。アニマ王子の洗面所。起きぬけらしく、ガウンの下はトランクスとシャツ姿で洗面台にあらわれる。ジャブジャブと顔を洗った後、家来?が差し出したタオルで顔を拭く。

王子 ありがとう……ん、おまえ!?
赤ずきん シー、お騒ぎになるとためになりません。
王子 なんだおまえ?
赤ずきん 赤ずきんと申します。近ごろ森の中での殿下のおふるまい、ぜーんぶ知ってます。
王子 え……?
赤ずきん 毎朝毎朝、未練たらしく白雪姫のもとに通い、唇一センチのところまで顔を寄せながら、首を横に振るだけで、なーんにもしないで帰ってくること。
王子 おまえ……
赤ずきん はい、今一度申し上げます。グリムの赤ずきんでございます。アニマ・モラトリアム・フォン・ゲッチンゲン王子さま……!

そこへ家来のヨンチョが、タオルを持ってあらわれる

ヨンチョ 申しわけありません、不寝番のルドルフが居眠っておりましたので、たたき起こそうとしたのですが、いっかな、こいつ起きません。こりゃあきっとゆうべ一晩宿直の者同志でオイチョカブでもしておったのではないかと、叱りつけておりまして……あ、御洗顔は。
王子 ああ、もう済んだ。タオルはこの者から……
ヨンチョ おお、赤ずくめの怪しき奴! 賊か!? 郵便ポストの化け物か!? サンタクロースの孫か!? それとも 王子様のお命をねらう赤き暗殺者か!? いずれにしても生かしてはおけぬ。それへ直れ、十重二十重にいましめて、そっこく……(刀の柄に手をかける)
王子 まてまて、この者は今日よりわたしの近習をつとめる、赤ずきんだ。
ヨンチョ あ、さようで……
赤ずきん よろしく赤ずきんよ。あなたは?
ヨンチョ 近習頭のヨンチョ・パンサである。
王子 着替えがしたい。
ヨンチョ はい、ただちにお召しものを!
王子 ゆっくりでよい。しばらくここで小鳥のさえずりなど聞いていたいのでな、ゆるりと、よいな。
ヨンチョ ゆるりと、アイアイサー!(退場)
王子 ……これでいいか?
赤ずきん さーすが。
王子 赤ずきん、どうしておまえは……
赤ずきん それはね……
王子 わたしは、これでも一国の王子、死んだ兄にはかなわねまでも、武芸一般人より優れておるつもりだ。白雪姫に会う時には特に気を配り、家来共も遠ざけておる。あたりには七人の小人達の忍んだ気配、それ以外に人の気配を感じたことはないぞ。ましておまえのような赤ずくめで隙だらけ、郵便ポストのように気配だらけの者など……
赤ずきん フフフ……顔を洗う時気づかなかったよ。
王子 あれは、いつもそこのヨンチョが……
赤ずきん わたしとヨンチョさん、ずいぶん気配が違うよ。
王子 ……まだ起きぬけなんだヨ!
赤ずきん 言葉が過ぎたら許してね。わたし……生きて泣いている白雪さんに会ったの。
王子 なに……白雪姫が生き返ったと言うのか!?(あまりの驚きに、赤ずきんを部屋の隅まで追いつめる)いつ!? どこで!? どんなふうに!? どうしていらっしゃる、あの姫は!?
赤ずきん 夜の間だけ。知らなかったでしょ……日が昇る頃には、あのガラスの棺にもどって、また夕暮れまで死んでいるの。そして、話を聞いたんです。毎朝のあなたの思わせぶりな訪れを……一センチにまで唇を寄せて……そして溜息をつき、せつなそうに首を振り、帰ってしまわれる。この仕打ちのため、白雪さんの心は悲しみとせつなさに加え、ゆうべは憎しみの芽さえ宿していたわ。
王子 仕打ちとは心外!
赤ずきん 心外はこっちよ、あのまま放っておいたら、いずれ人喰いの化物にでもなってしまうわ。
王子 わたしにも人に言えぬ葛藤があるのだ。しかし、今夜にでも森に出向き、生きているあの人に話をしよう、このまま放っておくわけにもいくまい。
赤ずきん それはやめてください!
王子 どうしてだ!? 夜とは申せ、愛している者が生きているというのに。それに、わたしに会えぬ苦しみゆえに悶え、憎しみの芽さえ育てはじめているというではないか!
赤ずきん だめなんです! 夜の白雪さんは昼間の白雪さんではありません。彼女の暗い内面が彼女の姿をも支配し、神もそれを憐れんでか、森に結界を張り、白雪さんが森から出られぬようにしておられます。おそらく王子さまが入ろうとしても、その結界が遮るはずです。
王子 しかし、おまえは……
赤ずきん わたしは赤ずきん、もとから、あの森とは縁のあるグリムのオリジナルキャラクターです。
王子 ……そうか、オリジナルでないわたしには、その結界が越せぬか……
赤ずきん 元気を出してください。日があるうちは、森の出入は自由です。どうか日のあるうちに……そして白雪さんに口づけを……
王子 それができないのだ!
赤ずきん どうして!? あなたの口づけ一つで、白雪姫の物語は、ミッションコンプリート。最後のピースの一コマが埋められ大団円を迎えられるのに!
王子 わたしにその資格はないのだ。物語をゲームとこころえる者には、それでミッションコンプリートの大団円なのだろうが……それから先、わたしはあの人を妃とし、この王国を、この手で治めていかねばならないのだ。
赤ずきん あなたは、白雪さんが嫌いなの?
王子 愛している、心から。熱い口づけを交わし、あの人をしっかりとこの胸に抱きしめたい。あの人を生き返らせたい。その思いで、この胸は一杯だ。もし切り開いて見せられるものなら、この胸たち割って、この真心を、あの人にもお前にも見せてやりたいぐらいだ!
赤ずきん それならどうして!
王子 わたしには無理なのだ、あの人を生き返らせることはできても……幸福にしてあげることができない……!
赤ずきん どうしてよ!
王子 わたしには兄がいた……アニムス・ウィリアム・フォン・ゲッチンゲン。本当はこの兄が姫と結ばれるはずだった、いわばグリムのオリジナル……兄は幼いころから王たるべく育てられ、また、その素質も十分であった。その兄が昨年、病であっけなく死んだ、グリム兄弟も予想もしていなかっただろう。そして、このわたしに、一生気楽な部屋住の次男坊と決めこんでいたわたしに王位継承権がまわってきた……幸い母は元気だ、当分わたしに王位がまわってくることはあるまい。遠いその日まで、少しずつがんばれば……わたしにも王の真似事ぐらいはできるだろう。だが今はそれに加えて、あんな素敵な人を妃にしたら、わたしには荷が重い……あの人を不幸にする!
赤ずきん 要は自信がない、それだけのこと。
王子 そう簡単に言うな! わたしはチョー理性的に言っているのだ。毎日王子としての公務、加えて帝王学に始まる十を超える学習。あの兄が二十数年かけて身につけたものを、わたしはこの数年で身につけなければならない。本番直前に成りあがった、無名の代役のようなものだ。あの人を生き返らせ妃とすることはたやすい。しかし、あの人にかまっている時間がわたしにはない。毎日あの人の眠る森にたちよるために、わたしは毎日三十分、睡眠時間を犠牲にしている。それでも女王である母は良い顔をせぬ。妻にすれば公務のために何日も、何週間何ヶ月も、言葉一つかけてやれない生活が簡単に想像できる。単に自分の醜い独占欲を満足させるだけだ。そんな人形のような扱いをあの人に強いることは、わたしにはできない。
赤ずきん やっぱり、要は自信のなさ、それだけのことよ。
王子 何度も言うな! あの人を籠の鳥にして、それでいいと言うのか!?
赤ずきん ハー(溜息)見かけはいい男なのにねえ……
王子 兄とは製造元がいっしょだからな。兄は車で言えばレーシング仕様の特別製、それにひきかえ、この僕は、ボディこそ似ているものの全てがノーマル仕様の大衆車、それも型落ちのアウトレット。とても勝負にはならない。
赤ずきん そんなことないわよ。たとえ大衆車でレースに向かなくとも、家族を乗せるファミリーカー、シートが倒せたり、クッションやインテリアがよかったり、そういう人を和ませるスペックは、レーシングカー以上よ。
王子 でも、今はその大衆車がカーレースに出ろといわれてるいるんだ! 華奢なエンジンを無理矢理強化し、軽量化のために内装は剥がされ、ロールバーのパイプが張りめぐらされて、とても人を、それも愛する人を乗せる余裕なんてない。
赤ずきん 何よ、弱虫! やってみもしないで結果なんてわかりはしないわ!

この時、ヨンチョが衣裳を持ってあらわれる

ヨンチョ 御衣裳をお持ちいたしました。
王子 ごくろう。

以下着替えをしながら、ヨンチョが慣れた手つきで介添えする。

赤ずきん 愛しているならやってごらんなさいよ!
王子 シー、話はそこまでだ。
ヨンチョ わたしのことならお気づかいなく。小鳥のさえずりは聞こえても、殿下の大事なお話は耳に入らなくなっております。それが近習と申すもの。でも、いざという時はお役に立ちますぞ。申すではありませんか。遠くの親類よりも、近習の他人とか、ウフフ……
二人 ズコ(ずっこける)
王子 ギャグは言う前に申告するように。おまえのダジャレは心の準備がいる。
ヨンチョ ……
赤ずきん そんなに落ち込まなくても……
ヨンチョ 深刻になっております……わかります? 申告と、深刻……アハハ(二人、よろめく)
王子 いいかげんにしろ(着けかけた剣で、ポコンとする)
ヨンチョ 僭越ながら、森へのお通いは、殿下にとって大事大切な御日課と存じます。殿下が森におられる間、森の入口で邪魔の入らぬよう、しっかと目を配っております。心おきなく御考案の上、そろそろ御決断を……
赤ずきん 王子さま……
王子 うん?
赤ずきん 王子さまは、自分でやらなきゃならないことばかり気にかけているわ。
王子 どういうことだ?
赤ずきん 愛しあっているならフィフティーフィフティー、白雪さんにも、変化と努力を求めなければ。そう、王子さまが懸命の努力をなさっているなら、きっと喜んで、我慢もし、努力もするはずよ。夫婦というものはいつもそう、病める時も貧しき時も互いに助けあい……結婚式で神父さまもそうおっしゃるじゃない。彼女は、その苦労をきっと進んで受け入れると思うわ。
王子 ……そうだろうか?
赤ずきん そうよ。王子さまが期せずして、ファミリーカーからレースカーへの変貌をとげざるを得ないのなら、チャンピオンにおなりなさい! キング・オブ・ザ・レーサーに! そして白雪さんは……
ヨンチョ レースクイーンに! よろしゅうございますぞ。ハイレグのコマネチルックに網タイツ、大きなパラソルを疲れたレーサーにそっと差しかけて、ひとときのくつろぎを与える……
王子 レースクイーンか……
赤ずきん もう! 変な方向に期待を膨らませないでください! ヨンチョさんも! 白雪さんは、見かけ華やかなレースクイーンよりも、ピットクルーのチーフをこそ望むでしょう。レース途中で疲れはててピットインした王子さまを、他のクルー達を指揮し、みずからも油まみれになり、限られた時間の中で、タイヤやオイルを交換し、ガソリンを注入し、チューニングをして、再びレースに復帰させる。白雪さんは、その立場をこそ望み、見事にこなしていくと信じます。美しい人形のような妃としてではなく、油まみれの仲間として彼女を愛してやってください……王子さま。
王子 仲間としてか……ありがとう赤ずきん、迷った山道で道しるべを見つけたように気持ちが軽くなった。よし! このこと、この喜びを決心とともに母上に申し上げ、その足で森へ急ぐぞ。二人とも、それまでに馬の用意を……!
ヨンチョ 馬は何頭用意すればよろしゅうございますか?
王子 おまえの名前ほどに……(いったん去る)
ヨンチョ 俺の名前ほどに……どういう意味だ?
赤ずきん ばかだね。ヨンチョだから四丁、つまり四頭という意味でしょ。王子さまとヨンチョさんとわたしの分……そして白雪さんの分!
ヨンチョ なるほど、おめえ頭いいな。
赤ずきん グリムの童話で主役を張ろうってお嬢ちゃんよ、頭の回転がちがうわよ。

王子が再びもどってくる。

王子 すまん、馬の数は、おまえの兄の名前の数ほどに修正だ!
ヨンチョ と、申しますと
王子 わたしは姫と同じ馬に乗る。鞍もそのように工夫しておけ、では……(緊張して額の汗をぬぐう)まず母上から口説かねば……(去る)
ヨンチョ 女王さまは難物だからな……しかし同じ馬に肌ふれあい互いのぬくもりを感じあいながら……これはやっぱりレースクイーンだべ。

王子再々度もどってくる。

王子 バカ、変な想像をするな(ゴツン)
ヨンチョ あいた!
王子 今度こそ行くぞ、母上のもとへ……!

王子上手袖へ、ヨンチョがそれに続くとファンファーレの吹奏、ドアの開く音。

ヨンチョ 皇太子殿下が朝の御あいさつにまいられました!
女王 (声のみ、ドスがきいている)おはいり……モラトリアム……
王子 (うわずった声で)お、お早うございます母上……

ヨンチョをともない上手袖へ、ドアの閉じる音。

赤ずきん 王子さま、がんばって……!(手にした王子のガウンを抱きしめている)

暗転、フクロウの声などして、夜の森のバス停が浮かび上がる。花道を、携帯でしゃべりながら赤ずきんがやってくる。

赤ずきん ごめん、今日はそういうわけで遅くなる、行けないかもしれない。どうしてもつきとめておきたいの、だから婆ちゃんごめんね(切る) 何よ、てっきり白雪さんを連れてもどってくると思ったのに、もどってきたのは、いつもどおり王子一匹! 白雪さんはどうしたの? あの眉間によせたシワはなんなのよ!? 聞いてもちっとも教えてくんないし、ヨンチョのおっさんもあてになんないし……白雪さーん……白雪さーん……と、ここにも姿が見えない。棺は空だったし、きっと森の中にいるはず、小人さんたちのところにいるはずもないし心配だなあ……白雪さーん!

花道に、腕をつり、杖をつきながら、傷だらけの白雪があらわれる

白雪 赤ずきんちゃーん……
赤ずきん あ、白雪さん……どうしたのその怪我は!?(白雪をたすけ、舞台へもどる)何があったの、誰に何をされたの!?
白雪 (泣くばかり)
赤ずきん 泣いてちゃわからないよ。とにかく大丈夫だからね、わたしがついているから。携帯もあるし、いざとなったらお婆ちゃんもオオカミさんもいるからね。ね、どうしたの?
白雪 あの、あのね、ドラゴンがあらわれてね……まだ夕陽が沈みきっていないのにあらわれて、ようやく動けるようになり始めたわたしを襲ったの。今日は側にあった棒きれで追い払ったけれど……明日は殺されてしまうわ……(泣く)
赤ずきん 大丈夫、わたしがついているから、ドラゴンだろうが何だろうが、指一本触れさせやしないんだから……
白雪 ありがとう……今はあなただけが頼り……小人さんたちにもあんな姿は見せられない。心配して、怒ってドラゴンに立ち向かうでしょうけど、とても小人さんたちの手に負えるしろものじゃない。逆に返り討ちにあって全滅させられてしまうわ。
赤ずきん 大丈夫、今夜はおばあちゃんの家に匿ってもらうわ……今朝、お城に忍び込んで、王子さまと話をしたのよ。
白雪 え、お城まで行ってくれたの?
赤ずきん 言ったじゃないか、まかしといてって。水泳とロッククライミングは、白雪さんだけの専売特許じゃないのよ。
白雪 赤ずきんちゃんもやるんだ……
赤ずきん あたりまえよ、友だちじゃないか! 王子さまは真面目な人だったよ。ただ真面目すぎて……
白雪 真面目すぎて……?
赤ずきん 口づけをして救けてあげることはやさしいけども、その後、白雪さんを幸福にできないって。
白雪 どういうこと、他に好きな人でも……
赤ずきん そんなのいないよ。あの人も白雪さんのことが大好きだって!
白雪 だったら
赤ずきん 王子さまは、去年お兄さんを亡くしたの。それで王位第一承継者の皇太子になってしまって、今そのための勉強と訓練が大変なんだって……
白雪 それはわかるわ、わたしも違う王家とはいえ王族の一人。皇太子とそれ以下の並の王子とは、その自由さが天と地ほどに違う……だけど、それを考えても、この仕打ちと言ってもいいおふるまいは理解できない。たとえ王子さまがどんなにお忙しく、お辛くても、それを分かち合ってこその夫婦……いえ、まだ口づけも誓言も交わしあっていないから夫婦とは言えないけども。将来を許しあった恋人としては当然の覚悟、そうでしょ。
赤ずきん そうだよ、それを、朝の一番鶏が時を告げる前からお城に忍び込み,宿直の二人を薬で眠らせて、王子さまが目覚めると同時に説得したわ。病めるときも貧しきときにも互いに助けあい、王子さまが帝王学を学ばれ、懸命の努力をなさっている間、きっと喜んで我慢も努力もされるはず。たとえ何日も顔を会わせなくても、たとえ夜遅く帰ってベットにバタンキューでも、きっと白雪さんは耐えて王子さまを支えてくれるはず。そう懸命にお伝えしたら、そこは賢明な王子さま、女王さまに朝の御あいさつに行かれるころには、ジュピターのように雄々しく……とまではいかないけども……ちゃんと白雪さん救出を神聖な使命とお考えになるようになったわ。わたしを近習の一人として森の入口まで、他の御家来習といっしょの供をするようにお命じになったくらいよ。
白雪 信じられないわ……今朝の王子さまは、いつにも増して、険しい御表情でひざまづいて、わたしの顔をいとおしそうにご覧になって、何やらつぶやかれるばかり。棺の蓋を開けようともなさらずに立ち去ってしまわれた。ごめんなさい……一瞬ではあるけれども、あなたの約束を疑りもした。でも、やはり一日や二日の説得ではあの方の心を動かすことはできないのだと、あきらめ……いえ、気長に待つことにしたの……でも、あのドラゴンののさばりよう……気長に待つうちに、日干しのミイラになる前に骨にされてしまいそう……
赤ずきん しっ! 伏せて、何か邪悪なものが……

二人身をひそめる。バサバサと音をたてて、ドラゴンが梢の高さほどのところを通り過ぎる気配がする(音と光で表現)

白雪 ……今の見えた?
赤ずきん ううん、気配だけ。多分ドラゴン。
白雪 そう、ドラゴンよ。夕方わたしを襲った時も、半分体が透けていたけど、とうとう……
赤ずきん ステルスになっちまいやがった。よほど気をつけないと、不意打ちをくらってしまう。この分では狸バスも……
白雪 どうしよう……
赤ずきん 仕方ない、今夜はわたしも婆ちゃんちに……

携帯を出そうとすると、下手よりかすかなパッシングと間の抜けたクラクション。

赤ずきん 狸バス、あんなところに隠れていたんだ……(狸語が返ってくる)え、今日は特別に婆ちゃんちまで送ってくれる? じゃ、白雪さんを送ってもらって、それから、ちょこっとだけ婆ちゃんと話して、それからお城まで……オッケー?(狸語)え、そのかわりしばらく休業? 仕方ないわねえ、あんなぶっそうなドラゴンがいたんじゃねえ……(白雪に)婆ちゃんに薬をもらおう、よく効くの持ってるから。じゃタヌちゃん、お願いね!(狸エンジンの始動音)

二人、下手の狸バスに行くところで暗転、小鳥たちの朝を告げる声で明るくなる。花道を、王子を先頭に、ヨンチョが続き、赤ずきん遅れて駆けてくる。

王子 だから何度も言ったろう、その場で気持ちが変わったのではない。姫の女性としての尊厳を守るために、わたしはあえて我慢をして……
赤ずきん なにが尊厳を守るよ、白雪さんの気持ちはズタズタよ。
王子 それを乗り越えて自分で行動を起こさねば、一生わたし、つまり男性に従属せねばならなくなる。男の口づけを待って生命をとりもどすなど、女性を男の玩具とし、その尊厳を汚すものだ。わたしに出来ることは、男とか女とかを越えた人間としての地平から「がんばれ、めざめられよ!」と叫び続けることだ。
ヨンチョ 王子は叫ばれた!
王子 「がんばれ、めざめられよ!」
ヨンチョ 「がんばれ、めざめられよ!」
赤ずきん ……それが何やらつぶやかれるってやつね。それ、自分の考えじゃないよね。
王子 わたしのの考えだ!
ヨンチョ 王子さまのお考えである!
赤ずきん 影響されたわね……女王さまに? 朝の御あいさつに行ってから変だもん。
王子 ……参考にはした。しかし自分の考えではある。
ヨンチョ 御自分の考えではある! とおおせられた。
赤ずきん うるせえ!
ヨンチョ おっかねえ……
赤ずきん 家来にバックコーラスしてもらわないと自分の考えも言えないの!? 女王にちょこっと言われただけでコロッと考え変わっちゃうの!?
王子 ……
赤ずきん わたし、昨日は自分の説得力に自信持ったけど、とんだピエロだったようね。さようなら、時間かかるけど別の王子さま探すわ。そして白雪さんの怪我はわたしが治して見せる!
王子 待て! 姫は怪我をしているのか……!?
赤ずきん ええ、森のドラゴンが成長し、夜と昼のわずかな境にも居座るようになり、ガラスの棺からよみがえろうとして、まだ低血圧のところを襲われた。心配はいらない、全治一ヶ月程度の怪我よ。それにこれからは、わたしたちグリムの仲間で白雪さんを守るから……じゃ、さよなら!
王子 待て、待て、行くな……行くなと申しておるのだぞ!(ヨンチョに)赤ずきんをつかまえろ!
ヨンチョ アイアイ(サー……と動きかける)
赤ずきん (花道の途中で立ち止まり)バカヤロー! そんなことも家来に言わなきゃできないのかよ!
王子 ……すまん、わたしの悪い癖だ……頼む、もう一度もどってきてはくれないか?

階段(花道のかかり)まで進み、手をさしのべる

赤ずきん その手は、白雪さんのためにとっておいてあげて(舞台へもどる)
王子 わたしは何をすれば……
赤ずきん 自分で決めて!
王子 何をすればいいか、今言おうとしたんだ!
赤ずきん そう……ごめん……
王子 わたしはドラゴンを倒す! で……どうしたらいい?
赤ずきん そうでしょ、けっきょく人に聞かなきゃ何もできない……
王子 すまん……
赤ずきん やっかいな相手です、成長してステルス化したため、ほとんど姿が見えません。それに、ほとんど夜にしか現れませんから、戦いは困難が予想されます。とどめには、銀の鉄砲に銀の弾……それも正面から急所を狙うか、戦いで弱ったところをしとめるしかありません。
王子 やろう! 銀の鉄砲なら母上のものがある。弾は鉛しかないから、急いで造らせよう。
赤ずきん 待って。並の銀の弾では効果は半分以下。製造から三十年以上たったもので、できたら神の祝福の籠った弾が望ましいんです。昔わたしを救けてくれた狩人のおじさんがそう言ってました。
王子 それはちょっとむつかしいぞ……
ヨンチョ なら、これを……兄のサンチョがお守りがわりにくれた銀の弾です。サンチョの御主人様が神の祝福をうけられたもので、四百年はたっていますで……
赤ずきん ありがとうヨンチョのおじさん。
王子 すまん、この礼はいずれ……
ヨンチョ いずれと言わずに今すぐに。
王子 なに? 抜け目のない奴だ、いくら欲しい?
ヨンチョ なあに、わたしもいっしょに戦わせて下さい。これが条件でさ。
王子 こいつ、わたしに仕えて初めて気の利いた台詞を吐いたな!
赤ずきん もともとはわたしのアイデアなんだからね!
王子 赤ずきん!
ヨンチョ 決まった! 
王子 三人寄れば文殊の知恵も団体割引!
赤ずきん 成功疑いなし!
ヨンチョ 合点!
王子 それじゃあ、実行は今夜、月のアルテミスが、太陽のアポロンと睨みあうころに。
二人 おお!
王子 では、作戦の成功を祈って!(剣を抜く)……一眠りしておこうか、(二人ズッコケる)おまえたちも、夜の戦いにそなえて眠っておけ(去る)
ヨンチョ アイアイサー
赤ずきん ヨンチョさん、もう少し打ち合わせをしておこう、仮眠はそれから。
ヨンチョ 合点だ、今眠らなくても、今夜が永遠の眠りの始まりになるかもしれないからな……

二人、王子とは反対側に退場。暗転。虫たちの集く声して、なつかし色に明るくなる。例の森のバス停前をめざして、主従あらわれる。バス停には「運休」と書いた紙が貼ってある。

王子 あのバス停だな、赤ずきんとの待ち合わせは?
ヨンチョ ちょいと早く来すぎたようで……
王子 気の早いアルテミスが山の上で頬杖ついて、この勝負を見物しているぞ。
ヨンチョ アポロンが西の山から片目だけ出して見物してござる。さても物見高い兄妹どもじゃ。
王子 お、あの赤いフードは?
赤ずきん ごめん、遅くなっちゃった。
ヨンチョ 大丈夫、まだ数分は昼の世界。しかしひやひやさせた分、何か土産があるんだろうな?
赤ずきん するどいねヨンチョのおじさん。
王子 なんだそれは?
赤ずきん 狼のマックスからもらってきたんだ。飲むと感覚が狼と同じくらいに鋭くなるんだよ。
ヨンチョ なんだかハナクソのような……
赤ずきん そんなもんじゃないよ、ちょっとくせがあるけどね(苦しそうに飲む)
王子 なあにハナクソでさえなければ……(飲む。とりつくろってはいるが気持ち悪そう)なあに大したことは……ない。
ヨンチョ おつな味だねえ……で、本当は何なんだい
赤ずきん 聞かない方がいい……
ヨンチョ そう言われると余計知りたくなる。
赤ずきん 青い狼のミミクソ!
二人 ゲッ?!
赤ずきん もどしちゃだめ! あーもどしちゃった。(王子はかろうじてこらえる)
ヨンチョ おまえが言うから……
赤ずきん ヨンチョのおじさんが聞くから……
王子 シッ! 来るぞ……
赤ずきん ほんとだ……
ヨンチョ え、どこに……?
王子 来た!
ヨンチョ え?……ワッ!

ドラゴンの降下音。一瞬目玉を思わせる光が走る、王子と赤ずきんは左右の藪に、素早く身を隠すが、ヨンチョのみ、ボンヤリ立っていてふっとばされる。脱げ落ちたヘルメットを拾いつつ……

ヨンチョ すまん、あのミミクソまだあるか?
赤ずきん 今度はもどしちゃだめだよ……
ヨンチョ ありがとう(あわてて飲む)
王子 今のはほんの小手調べ、上空を旋回しながら様子を見ている……
ヨンチョ 今度は儂にもわかる……
赤ずきん 王子さま。
王子 心配しなくても、貴重な弾を無駄に使ったりはしない。降りてきたところを二三度ぶちのめしてから、とどめに……
赤ずきん 違うの。王子さまには、もう一つ薬を飲んでもらいたいんです。
王子 今度は何のクソだ?
赤ずきん 違いますよ。お婆ちゃんからもらってきた幸福の薬、敵の打撃を弱める力があります。はい、このポーション!
王子 ヨーグルトみたいな味だなあ……
赤ずきん 天使たちが世界中の母親の愛情を一万人分集めて作ったエッセンスだそうです。
王子 そうか、一万人分の母性愛に守られるわけだなあ。
赤ずきん 王子さまは、この国でただ一人の王位継承者、大事にしていただかねば。
ヨンチョ 来るぞ!

戦闘のBGMカットイン、飛翔音、降下音、光が走る。三人それぞれに剣をふるい、ドラゴンに当たるたびに金属音がする。二三合渡りあうと、ドラゴンは再び上空へ、藪へころがりこむ三人(戦闘を歌とダンスで表現してもいい)赤ずきんは頬を、ヨンチョは腕に打撃を受ける。

王子 大丈夫か?!
赤ずきん ホッペを少し(頬横一線に出血)
ヨンチョ 右腕を少し、大丈夫でさあ……かえって燃えてきましたぜ!
王子 気をつけろ、今度は奴も気がたっている……来たぞ!

再び前に増す飛翔音、降下音、光が走る。激闘。ヨンチョ、赤ずきんは何度かころび、ヘルメットはとび、王子の服にも血しぶきが飛ぶ、前回にも増して激しい打撃の金属音。赤ずきんなど、藪までふき飛び、袖もちぎれ、胸から腕にかけて血しぶきをあび「大丈夫か!?」と王子の声、瞬間の気絶のあと、渾身の力をこめて、ドラゴンに斬りかかる(前の台詞を間奏にして、歌とダンスの処理でもよい)

赤ずきん オリャー!

ザクッと金属に切り込む音がして、王子が鉄砲を放つ。意外に重々しい「ドキューン」という腹に響く音。「キュー」っという悲鳴を残し、また上空へ逃げ去るドラゴン

赤ずきん やった?!
ヨンチョ ……いいや、傷は負わせたが急所は外したようだ……
王子 そのようだなあ……二人とも大丈夫か?
ヨンチョ まだまだ。
赤ずきん 大丈夫よ。

と言いながら二人とも、あちこち服は破れ、血しぶきをあび、あまり大丈夫そうではない(これらの傷、血しぶきは藪に忍ばせた黒子による。歌とダンスの処理なら省略)

ヨンチョ 弾はあと二発です。
王子 わかっている。今度こそしとめてやる!(銃を、目標にあわせつつかまえる)
赤ずきん 来る……!
ヨンチョ 来るぞ……!
王子 わたしにまかせろ!!

戦闘のBGM、カットアウト。腰を据え、今や水平からの攻撃の体制に入ったドラゴンにピタリと照準をあわせる王子。剣を構えながらも、動物的勘で身をよじり、王子にその瞬間を譲る二人。ドラゴンは王子一人を目指し渾身の力でいどみかかってくる。二発連続で発砲する王子。断末魔のドラゴンの叫び。この一連の運動はスローモーションでおこなわれる。わずかに間を置いて通常のモーションにもどると、ドラゴンの突撃してきた、ほとんど水平に近い方向から、大量のマンガ、マンガ雑誌、CD、ゲームソフトなどが、空中分解したミサイルの部品のようにとびこんでくる(CD等は実物を使うと危険なので、銀紙を貼ったボール紙などの代用品が良いと思われる。または、音と演技だけで表現してもいい)

ヨンチョ これは……
赤ずきん これがドラゴンの正体……
王子 マンガ……CDにゲームソフト……
赤ずきん みんな童話の世界の敵……
王子 敵にしてしまったんだ……
二人 ……?
王子 これらは、みな童話の世界から、別れ、自立し、育っていった者たちだ……それが異常繁殖し、ドラゴンとなって、この世界を食いつぶしかけていたんだ。
ヨンチョ とんでもねえ野郎共だ(踏みつける)
王子 よせヨンチョ……ドラゴンに変化したとは言え、もとはわが同胞、兄弟も同然、後ほど、塚をつくり丁重に葬ってやろう。
赤ずきん 王子さま……
王子 おお、こんなに怪我をして……二人ともよくふんばってくれた。
赤ずきん 王子さまこそお怪我は?
王子 大丈夫、みな軽いかすり傷だ……
ヨンチョ おう、あれに……!

花道に白雪があらわれる、怪我は意外にも治りかけていて、額や頬にバンソーコウを残す程度に回復しかけている。

白雪 王子さまーっ! 赤ずきんちゃーん! それに……
ヨンチョ 王子さま第一の家来にして近習頭のヨンチョ・パンサと申します。
白雪 こんにちはヨンチョさん、そしてありがとう。みなさんの御奮闘ぶりは、その丘の木陰から見せていただきました。三度目のドラゴンの突撃の時など思わず目をふせてしまいましたが、御立派にお果たしになられたのですね。
赤ずきん 駄目じゃないか、ちゃんとお婆ちゃんの家に籠っていなくちゃ。
白雪 ごめんなさい、赤ずきんちゃんの話を聞いて、時刻がせまってくると矢も盾もたまらず。それに夜になって体が自由になると、思いの他傷も……ゆうべお婆ちゃんにいただいた薬が効いたみたい、幸福のポーション。
赤ずきん でも、それ古い薬だから、効き目は半分だね、まだ、体のあちこちが痛いでしょ?
王子 そう、お体はしっかりといたわらねば。
白雪 それはこちらが申す言葉ですわ。三人とも、こんなに傷だらけになられて。
赤ずきん 白雪さん……
白雪 御心配ありがとう、でも、もう大丈夫。こんな痛み、薬の力で半分に、そしてこの喜びと感謝の気持ちでさらに半分に減ったわ……今までは仮死状態の心の目でしか王子さまを見ることができなかったけど、やっとこうして、フルカラー、スリーDのお姿として拝見して……バーチャルじゃない、本当の王子さまなのね。
赤ずきん きまってるじゃないか。百パーセント混じりっ気なしの王子さまだよ。
ヨンチョ 戦闘で、ちょいと薄汚れっちまってらっしゃいますがね、なあに一風呂あびて磨き直せば、この百五十パーセントくらいにはルックスもおもどりになります。
白雪 いいえ、このままでも、わたしには十分凛々しく雄々しくていらっしゃいます。これ以上磨かれては、そのまぶしさに目が開けていられなくなります。
王子 姫……
白雪 王子さま……
赤ずきん 行け! 白雪さん!

白雪、その場で半歩進み、目を閉じ、王子の口づけを待つ姿勢をとる。

王子 白雪姫……(白雪を両手で抱きしめ、口づけの一歩手前までいく)しかし、今のわたしは汗くさい……
三人 ガクッ……
白雪 何を汗くささなど、お気にしすぎです。それこそ殿方の雄々しさのしるし、その軽い塩味こそが男の値打ちと申すもの
赤ずきん がんばれ、塩味王子!
王子 エヘン、オホン……
ヨンチョ 勝負どころでございますぞ、殿下!
王子 ケホン、では……
白雪 どうぞ!

再度いどむ王子! しかし一センチの壁を越えられない……

王子 だめだ……わたしという男は!
白雪 王子さまあァ……
ヨンチョ 殿下ァ……(わが事のように身悶える)
赤ずきん こんなオクテ見たことないよ……
王子 (顔を被って)すまん……泣きたいくらい自分が情けないよ。
白雪 泣きたいのは、わたくしの方でございます。
ヨンチョ ここで口づけなさいませんと、姫は朝にはまた仮死状態におなりになるのですぞ……!
赤ずきん わかった、最後の手段!
王子 何か他の方法が……
白雪 あるの!?
赤ずきん 二人とも、例の一万人のお母さんの心のエッセンスの薬、幸福のポーションを飲んだでしょう?効き目は半分ほどしかないみたいだけど……握手をしてごらんなさい。ほら、二人とも愛しあっているから……握手と言っただけで、外分泌腺を刺激して汗ばんできたでしょ。口づけのかわりになるかもしれない……
王子 握手ぐらいなら……
白雪 少しもの足りないけど……
王子 では、姫、失礼します!
白雪 どうぞ……

握手する二人、赤ずきんはポンプの仕掛けにかかる。

赤ずきん 誓いの言葉を……黙っていちゃあ何の握手だかわかんないでしょ!
王子 なんと言えば……
ヨンチョ じれってえ……
赤ずきん 「愛しています」でいいわよ
王子 ……(息を吸う)
白雪 愛しています、神の御名にかけて、そしてわが命にかけて……愛しています。
王子 うん……あ、愛しています、神の御名と、この名誉と……
白雪 この方々の友情にかけて、愛しています。

この誓いの言葉の途中から、白雪のおなかが膨らみはじめる(白雪のスカートの中に風船が仕込んであり、白雪の背後で赤ずきんが懸命にポンプを押している。工夫は様々)

白雪 あ……ああ、なんということ!?
ヨンチョ おお、なんという神の御技!
白雪 ああ、おなかが、おなかの中に赤ちゃんが……
赤ずきん この薬、オクテのおじいちゃんを口説かせる時に使ったって言ってたけど、ほんとうに、効き目があったんだ!(白々しい。赤ずきんはかなりの役者である)
王子 これは、早く医者を産婆を……誰がサンバを踊れと言った(ヨンチョをはり倒す)そうか、人まかせではいかんのだな、赤ずきん?
赤ずきん そうよ、自分で、自分の愛する者のために行動をおこして!
王子 わかった、わたし自身、城下まで走り医者と産婆を連れてこよう、ヨンチョ、赤ずきん、それまで姫を頼んだぞ!
ヨンチョ アイアイサー!
赤ずきん まかしといてー!
白雪 がんばってね、あなた……



赤ずきん けなげねえ……少しかわいそうな気もするけど……
ヨンチョ ああやって大人になっていかれるんだモラトリアム王子は……
白雪 もういいかしら……
赤ずきん いいわよ、もう峠のむこうまで行っちゃったから。

白雪、手にしていたピンで、おなかを一刺しする、ボンと音がして、おなかの風船が割れる。

白雪 なにか騙したようで気がひける。
赤ずきん 念のためと思ったことが役にたったんだからいいじゃない。
ヨンチョ 儂も事前に話を聞いていなかったら、ぶったまげて怒ったかも知れねえだども、これでいいよ。さっきの戦闘指揮もなかなか立派なもんでがした。お子様の方は、男と女いっしょに暮らしていれば、どうにかなるもんだで。
赤ずきん おじいちゃんの時はうまくいったんだけどね。
ヨンチョ 何十年もたってるんだで仕方のないことさ。なんせ敵の攻撃をやわらげ、傷もやわらげ、オクテの男もやわらげようって欲ばった薬だもんなあ、その分効き目が早く抜けても仕方ねえ。
白雪 王子さまには想像妊娠だったって言えばいいのね?
赤ずきん でも、これでもう朝がきても仮死状態にもどらないはずだよ……気がとがめる?
白雪 ……
赤ずきん 王子さまの手を握ったとき、心が通じたような気がしたでしょ?
白雪 うん……シャイで恥ずかしがり屋で、普段は思ってることの半分も言えず、やりたいことの十分の一もできない……その分良くも悪くも思い込みが強く……これと思うことにはまっすぐで……
赤ずきん まっすぐ白雪さんを愛している。
白雪 手を握って王子さまと目があったとき、一瞬本当に赤ちゃんが……ウッ(口をおさえて、えずくはじめる)こ、これって……ウッ
赤ずきん 効いたんだ! そうか、つわりだよ白雪さん! 白雪さんも傷を治すためにゆうべ 飲んだから、飲んだもの同志手を握って汗を通して効き目が〇.五かける二で一に、元の効き目が出てきたんだ!
ヨンチョ ほ、ほんとけ!?
赤ずきん きっとそうだよ。
白雪 嬉しい……けど苦しい……ウッ……
赤ずきん がんばりな白雪さん。
白雪 うん……がんばる……
ヨンチョ 儂は何を?
赤ずきん 婆ちゃんとオオカミさんに知らせてきて。
ヨンチョ アイアイ……
赤ずきん ごめん、それよりも、王子さまを手伝って二人で、お医者様と産婆さんを背負って……
ヨンチョ アイアイ……
赤ずきん でも、やっぱりお婆ちゃんに……いえやっぱり王子さま……やっぱ婆ちゃん……がんばって白雪さんん……やっぱ王子……やっぱ……

白雪がえずきはじめた頃からハッピーエンドを思わせるテーマFI ここで一気にFUして、キャストと出られるだけの黒子、スタッフが出てきてフィナーレの歌とダンスになり……幕


作者の言葉
ちょっとだけ大人びた童話です。楽しく演じて下さい。そのためには、稽古は多めに装置はシンプルに。ドラゴンの空中分解、役者と息があわないと芝居をつぶします。マンガやゲームソフトは大量に、最低でも五メートルは飛ばして下さい。むつかしい場合は音響と演技だけでもやれます(音響は第二の役者という言葉もあります)白雪のおなかが膨らむ仕掛け、簡単ですが、あなどらず、何度も稽古してください、ふうせん以外の方法もあると思います。とにかくシンプルで確実なものを。花道は「できたら」ぐらいでいいです。
また、全員女子で、宝塚ののりでやっても楽しいと思います、女子校にもおすすめの一品です。

上演の際は、下記までご連絡ください。
【作者情報】《作者名》大橋むつお《住所》〒581-0866 大阪府八尾市東山本新町6-5-2

《電算通信》oh-kyoko@mercury.sannet.ne.jp
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