大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

せやさかい・280『卒業式は三日前に終わってた』

2022-02-28 20:09:01 | ノベル

・280

『卒業式は三日前に終わってた』   

 

 

 ちょっとショック

 

 なにがショックかというと、頼子さんが卒業式の連絡をしてこーへんかったこと。

 卒業式と言うても、頼子さんは、まだ二年生やさかいに、頼子さんが卒業するわけやない。

 頼子さんは、在校生代表として送辞を読むということで、如来寺のみんなは真理愛女学院の卒業式を楽しみにしてた。

「あれ、三日前に終わってるよ?」

 パソコンを検索していた留美ちゃんがスクロールの手を停めて振り返った。

「ええ、ほんまあ!?」

 ドタ ガシッ!

 ベッドから飛び降りて、パソコンのモニターにかじりついた。

「ええ、うっそー! ちょっと電話する!」

 秒速でスマホを出して、電話しよう……と思ったら、留美ちゃんの手が伸びてくる。

「ちょ、なにすんのんよー!」

「事情があるんだよ、きっと……」

「なんやのん事情て? うちらは、ただの先輩後輩とちゃうねんよ! 中学入学以来文芸部で苦楽を共にしてきた姉妹同然の仲やねんよ!」

「だからこそよ!」

 いつになく留美ちゃんがきつい。

「え? えと……」

「たぶん、お国のことと関係あるんだよ」

「ヤマセンブルグと?」

「うん、ちょっと待ってね……」

 タタタタタタタタタタ

 留美ちゃんは慣れた手つきでキーボードを叩くといくつかのウェブサイトを開けて比較しだした。

 普段は、のんびりとキーボード叩いてるのに、なんか攻殻機動隊の草薙素子みたいに早くて、怖い顔。

「ヤマセンブルグってNATOに加盟してるんだ……」

「納豆?」

「NATO! 北大西洋条約機構のことよ!」

「ちょ、留美ちゃん、怖い(^_^;)」

「モスクワにもキエフにも領事館置いてる……」

 そこまで言われて、やっと気が付いた。

「ひょっとして、ロシアのウクライナ侵攻と関係あんのん?」

「うん、外交と国防はイギリスに依存してるけど、小国だから対応が難しんだと思うよ……ほら」

 ヤマセンブルグに関するSNSをスクロールすると、日本語ではない書き込みやらがいっぱい出てくる。当然やけど、うちにはチンプンカンプンですわ。

「だんぜんウクライナ支持が多いけど……国の結束を呼び掛ける書き込みが多い」

「うん、そらそやろね……」

「だけど、小国だから、あまり強い自己主張は戒めて……無理もないよね、第二次大戦じゃ翻弄されてたしね……問題は、こういう書き込み」

「えと、英語は……(^_^;)」

「ほら、あちこちにYORIKOとかPRINCESとかHOPEとか……国の結束の為に頼子さんが正式なプリンセスになって欲しいって書き込みだよ」

「そ、そうなんか……」

「きっと、気持ち揺れまくりだよ、頼子さん」

「そうか、卒業式どころやないねんねえ……」

「うん、察してあげた方がいいと思う」

「……せやけど、ちょっと真理愛卒業式で検索してみいひん?」

「たぶん、辞退してると思うよ…………あ、あった……ああ、三年前……五年前」

「今年のは……」

「…………」

「「あった!」」

 

 二つあった。卒業生の保護者が撮ったのと、写真部が撮ったのが。

 保護者のは……削除されてる。

「肖像権とか個人情報とかうるさいからね……」

 しかし、写真部のは準オフィシャルなのか、十分ぐらいに上手にまとめてあった。

『送辞、卒業生、在校生起立!』

 進行の掛け声で、ザザっとみんな起立。さすがは真理愛学院、うちの中学よりもビシっとしてる。

『在校生代表、夕陽丘頼子』

『はい』

「おお、頼子さんや(^▽^)」

「日本名でやったんだね」

「頼子さん、フルネームは長いさかいねえ……ヨリコ スミス メアリー ヤマセン」

「それ、略称だよ」

「え、ほんま!?」

「うん、『ヨリコ スミス メアリー ヤマセン』 というのは、お祈りとかの短縮版でね、国の正式な儀式とかじゃね『ヨリコ スミス メアリー アントナーペ エディンバラ エリーネ ビクトリア ストラトフォード エイボン マンチェスター ヤマセン』って言うんだよ。正式に王女になったら、その頭にプリンセス オブ ヤマセンが付くしね」

「あの、それ、プリンセス付けて、もういっぺん言える?」

「うん『プリンセス オブ ヤマセン ヨリコ スミス メアリー アントナーペ エディンバラ エリーネ ビクトリア ストラトフォード エイボン マンチェスター ヤマセン』」

「あんたも、すごいなあ」

「あ、始まる!」

『春は名のみの寒さもようやく和らぎ……ここに240名の先輩のみなさまは、めでたく卒業の日を迎えられ……』

 後姿やけど、背中に物差しが入ってるみたいにシャンと立って、めっちゃきれいな発音で述べる頼子さんは、なんや宝塚の女優さんみたい。

 いや、あんなバリメイクとかしてへん、なんちゅうかほんまもんです!

「ほんと、きれいで凛々しくって、ほんと男前女子だよね……前の方から見てみたいね……」

 

「ほんまやあ~惚れ直すわあ(๑癶△癶๑)」

「「ゲ!?」」

 声に振り返ると、クソ坊主のテイ兄ちゃんが涎を垂らして立っておりました。

 叩きだしたのは言うまでもありません。

 

 

 

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魔法少女マヂカ・261『復興大廉売だぞ』

2022-02-28 12:18:29 | 小説

魔法少女マヂカ・261

『復興大廉売だぞ語り手:マヂカ  

 

 

 外観に大きな傷跡は見られなかったけど、三越百貨店の内部は、かなりの被害を被った様子。

 と言っても、グチャグチャというわけではない。

 

 売り場の陳列棚やショーケースがまちまちで、中には、応急の修理跡が窺えるものもある。

 壁の剥落やひび割れは大廉売の張り紙などでカバーしているが、覗いた隙間には店員が工夫したのだろう、鶴や花の折り紙や短冊などで隠してあるのが痛々しい。

 しかし、痛々しいなどと感じているのは、魔法少女の眇(すがめ)だろうな。

 何百年も戦ってきたので、観察と状況判断は習い性になっている。

 霧子たちは、人が救護を求めるためにではなく、買い物のたに、ぞめき歩いている様が嬉しいようだ。

「やっぱり、一階二階は生活必需品が多いわね」

 鍋釜の台所用品や、茶碗、小机、筆記用具、救急用品、家庭医薬品、日曜大工道具、電球電灯、靴や草履、理容品などが並べられていて、大勢の人たちが群がって活気がある。

「よく揃えてあるわ」

 霧子の言葉も、単に量の事を言っているのではない。

 震災の前後を行き来しているうちに身に着いた、人と物を見る目なんだ。

 部屋に閉じこもって、寄ると触ると人も物も傷つけていたのがウソのようだ。

「じゃ、上に上がろうか」

 高坂邸は大きな被害が無かったので、復興用の日用品には用事は無い。一巡すると階段で三階まで上がる。

 チーーン

 階段の横はエレベーターになっていて、三階に着いたとたんに音がしたので、なんだか、自分たちの到着を知らせるベルのようで、なんだか可笑しく、JK西郷が吹いて、それにつられてみんなで笑ってしまう。

 たかが、エレベーターのベルで笑えてしまうのは、十代の感性のみずみずしさであるし、それを許してくれる銀座や三越の雰囲気だろう。

 

「あら、衣料品がまとめられているわ」

 

 霧子が驚く。

「呉服や和装用品は四階だったのに……」

「お洋服多いね」

 JK西郷が見かけどおりの子ども言葉で感心する。

「ねえ、再生服の人もけっこういてるよ」

「うちの生地じゃないから、大日本服飾さんのでしょうねえ……」

 そうなのだ、高坂家の再生服に共鳴して、服飾大手メーカーが数社、大規模に再生服の製造を始めたんだ。

「あ、高坂のお嬢様方!」

 見覚えのある眼鏡男が額の汗を拭きながらやってきた。

「あ、大日本服飾の工場長さん」

「はい、帝国衣料さんや武蔵縫製さんたちも共鳴していただきまして、当初の七倍以上の生産になりました」

「工場長さんが、販売やってんのん?」

「生産から販売に力点が移って来まして、それなら、再生服に最初から関わっている者が相応しいという社の方針で」

「あ、そう言えば、工場長さんの服装?」

「あ、工場の作業服です。臨場感がありますし、お客さまにも親しみが感じられると喜んでいただいております」

「いいことですね(^▽^)/」

「お洋服が多いのね、再生服は」

「はい、復興のため、身軽に動くのには洋服がいちばんです。わたしども、ご婦人方にも洋服を広めようと思っております」

「そうね、活発、手軽に動くには洋服よね!」

 霧子が華を膨らませる。

「実は、お客さまから、こんな声がございまして……震災直後の火災の中、洋服の方が助かる確率が高かったと」

「それは?」「なんで?」「どうして?」

 霧子とノンコが興味津々。自分たちで毎日ミシンを踏んだんだものな。

 JS西郷は、まあ、調子のいいブリッコだ。

「その……和装ですと裾の乱れがどうしても(^_^;)」

「ああ、パンツ!」

 JS西郷が無邪気に声をあげるので工場長は顔を真っ赤にした。

「あ、いえ、まあ……」

「工場長、それはいいことです!」

 思わず言ってしまった。

「高層階から非難する時、女性の和装はいけません、白木屋の火災でも……」

「白木屋?」

 いかん、白木屋の火災は、日本最初の高層階火災で、和装の女店員や客が裾を気にして転落死する者が相次いで、それ以来、女性の洋装が広まることになるが、それは昭和七年のことだ。

「いえ、大日本服飾は先見の明ですね(^_^;)」

「ありがとうございます。三越さまも、月末には全従業員の洋装制服に切り替えられます」

「あ、請け負ったのは工場長さんのとこね?」

「あ、いや、恐縮です(#^_^#)。あ、それでは失礼します」

 頭を掻きながら売り場に戻る工場長を三人笑顔で見送った。

「あの人なら、会社を発展させていくでしょうね」

「ああ……」

「あいまいな返事ね」

「いや、きっとそうさ」

 工場長というのは現場のたたき上げだ。長は付いてもノンキャリア、出世はおぼつかない。

 昭和に入れば戦争の影が忍び寄る、見たところ、工場長は四十に届いてはいないだろう……すると、終戦前後に六十歳、定年を前に苦労する……いや、この時代定年は五十五歳だったか。

 時代を飛んでいると、こういう知識や感覚がボケてくる。

 あ、ずっと工場長で通してきて、名前を知らない。

 こっちの不注意もあるんだろうが、戦前の日本男子は個人の名前よりも役職や職分で働いているところがある。

「ちょっと待っていてくれ、あ、ステッキ返すぞ」

「うん、早くねえ」

 売り場の傍まで行く、案の定、工場長は日報を携帯している。

 悪いが日報を透視して名前を確認。

 田中一郎

 執事長と同姓だ。

 どちらも、書類の書式のように平凡。まるで、日本男子の見本のようだな。

 そのあと、三人で最上階の食堂に行って食事。JS西郷には約束通りお子様ランチを奢ってやろう……と思ったらメニューに無い!?

 そうか、お子様ランチもチョコパフェも昭和にならなければ出現しない。

 仕方がないので、みんな揃ってランチとアイス。

 量が多いので、JS西郷は、むしろ感激。他愛のない奴だ……しかし、お子様ランチもチョコパフェも知っていた。

 こいつ、やっぱり、わたしらの時代の人間か?

「ああ、おいしかったあ(⌒▽⌒)」

 まあ、無邪気に喜んでる。

「それだけ喜んでくれたら、連れて来た甲斐がある」

「ほんと、JS西郷は可愛いなあ~」

「あんたも似たようなもんでしょ」

「アイタ! ステッキで叩かんといてくれる!」

「え?」

「どうかした?」

「ちょっと、ステッキ軽い……」

「ちょっと貸せ!」

 JS西郷の手からもぎ取ると、ステッキはただのステッキにになっている。

 こいつは、難波大助が摂政宮を狙撃するはずだった仕込み銃だったんだぞ!

「どうしよう……すり替えられたあ(꒪△꒪)」

 ちょっとヤバいぞ……。

 

※ 主な登場人物

  • 渡辺真智香(マヂカ)   魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 要海友里(ユリ)     魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 藤本清美(キヨミ)    魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員 
  • 野々村典子(ノンコ)   魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 安倍晴美         日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
  • 来栖種次         陸上自衛隊特務師団司令
  • 渡辺綾香(ケルベロス)  魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
  • ブリンダ・マクギャバン  魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
  • ガーゴイル        ブリンダの使い魔

※ この章の登場人物

  • 高坂霧子       原宿にある高坂侯爵家の娘 
  • 春日         高坂家のメイド長
  • 田中         高坂家の執事長
  • 虎沢クマ       霧子お付きのメイド
  • 松本         高坂家の運転手 
  • 新畑         インバネスの男
  • 箕作健人       請願巡査

 

 

 

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明神男坂のぼりたい・86〔事故のあくる日〕

2022-02-28 07:21:36 | 小説6

86〔事故のあくる日〕 

        

 


 死者こそなかったけど、重傷二人軽傷者八人の大事故だった!

 あの時、あたしの靴紐が切れてなかったら確実に巻き込まれていた。

 重傷の人は、あたしたちの直ぐ後ろを歩いていて、あたしが靴紐直そうとしてしゃがみ込んだところを追い越して前に出たサラリーマンの二人。

 あたしもカヨちゃんも、しばらく動けなかった。

 ほんのちょっとした運命のイタズラで二人は助かった。

 そして目の前で血を流して倒れてる人たち。

 警察を呼ぶ声! 救急車を呼ぶ声! 倒れてる人たちを励ます声! 

 あたりは騒然とした。

 そして、警察と救急車とマスコミが同時に来た……。

 

 あくる朝、お母さんに言われて気が付いた。10人も犠牲者が出たので、ニュースは全国ネットで流れた。なんとスンデのとこで巻き込まれそうになった代表みたいに、あたしとカヨさんがニュースに出てたらしい。それもモザイクなしで。

 覚えてなかった。とにかく、足が震えて、その場を動けなかったところに、ワヤワヤと人が寄ってきたぐらいの記憶しか無かった。

 けっこう喋ってた。事故や、事故前の様子。そして、自分たちがAKR47の研究生だということを……。

「カヨちゃん、覚えてた!?」

 朝だけど、カヨやんに電話した。

『え、アスカ覚えてないの? テレビのインタビュー受ける前に、事務所に電話して許可もらったのアスカだよ』

 電話を切ると、今度はお父さん。

「おい、明日香、三面のトップだぞ『またしても脱法ハーブの惨禍! AKRメンバー危うく難を逃れる!』」

 そのあと、やったことと思ったことは二つだった。

――あれ、助けてくれたの、さつき?――

――感謝しろよ……と言いたいところだけど。あたしにも分からん。出雲阿国じゃないかな?――

 で、カヨちゃんにメールで聞いたら「阿国もさつきさんじゃないかって」と返ってきた。偶然なのか、あたしたちの運の良さなのか……?

 そして、学校に着いてからが大変だった。

「そういう進路にかかわることは、早く、担任に言え!」

 と、ガンダム。

「鈴木さんには幸運の女神さまが付いてるんだわ!」

 宇賀先生は喜んでくれたけど、先生の傷を思ったら複雑な気持ち。

「なんで、アスカは言わないのかな!」

 これは、美枝とゆかり。

「アスカ、アイドルなんだね。事故とスキャンダルはスターの条件だからね!」

 この変な励ましは麻友。

 みんなの質問に共通してたのは、なんでAKR47のこと黙ってたか。

「やっぱり、言っちゃダメってことになってるんでしょ?」「明日香の奥ゆかしいとこなんだな!」「もう、選抜になるんだろ?」

 と、いろいろ言ってくる。

 そういうわけじゃない。

 ガンダムに進路選択迫られて、いろいろ体験入学やら申し込んでる中に、AKRがあっただけ。あたしは、どうも人からズレてる、外れてると自覚。

 関根先輩からも――がんばってんだな。今度のことは無事でなにより!――というメールが来た。

 お礼のメールは打っといたけど、それだけ。

 

 ただね、あくる日は、日ごろ無信心な両親が「明神様にお礼に行こう」と言って、三人で男坂上れたのは嬉しかった。

 巫女さんが恥ずかしそうな顔して「サインもらっていいかなあ」と迫ってきたのにはビックリ。そんでもって「あ、これ社務所のみんなから」と御守りのプレゼント。

「あ、こういうものは身銭切らなきゃ効き目が無いぞ!」

 お父さんは、そう言うんだけど「いえ、これは気持ちですから(^_^;)」と巫女さん。

「じゃ、改めてお賽銭に!」

 お母さんは、なんと諭吉を賽銭箱に投げ込んだ!

 でもって、三人で鳥居横のだんご屋さんに行った。

 ここでも、だんご屋のおばちゃんが我がことのように喜んでくれる。

「ほんと、やっぱり日ごろの信心だねえ、いやあ、男坂をヨチヨチ上がってた子が、こんなに立派になってえ……ねえ、総代さん、明日香ちゃんの応援団つくろうよ!」

 ちょうど居合わせた氏子総代さんに話を持ち掛ける。

 配膳してくれたのはさつきともう一人の新人さん。

 きれいな子だ……

 バシ!

 思わず呟いた亭主をお母さんが張り倒す。

 プっと噴き出す新人さん。

「お国ちゃん」

 さつきがたしなめるので、思わず新人さんを見ると、新人さんの名札には『出雲』とあった。

 

 今日は、あたしの苦手なリズムのレッスンがある。

 タ タン タ タン タン タン………タ タン タ タン タン タン………ムズ!

 五拍子のリズムなんか、だれが作ったんだ! そう思いながらも、歩きながらリズムをとる明日香でありました!

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明神男坂のぼりたい・85〔カヨちゃん〕

2022-02-27 07:33:45 | 小説6

85〔カヨちゃん〕 

      

 


 正直きつい、最初の山だと思う。

 なにがって? AKRと学校の両立。
 
 あたしは、アイドルになりたくってAKRに入ったわけやじゃない。なんというか、その場その場の「負けられるか!」って気持ちで、ここまで来てしまった。


 一週間たって、そのへんのオメデタイところがシンドサになって表れてきた。

 責任の半分はさつきのせい。

 知らない人のために解説。

 さつきとは神田明神の平将門さんの娘で五月姫のこと。

 この春から、あたしの心の中に居候してる、大きな声では言えないけども怨霊のカテゴリーに入る女の子。世間的には滝夜叉姫で通ってる。気まぐれなやつで、最近はだんご屋のバイトをやっていて何日も存在を感じないときと、ウザイほどにしゃしゃり出るときがある。AKRのオーディションの自由課題の時に出てきて、心の隙間から呟いて派手に東京音頭をやらせた。で、どうやら女子高生と東京音頭のギャップが決め手になったらしいんだよ。

 他の子は、アイドルまっしぐら。レッスンはきついけど、みんな嬉々としてやってる。やっぱりちがうんだよねえ……そう思ってるうちは、まだメンバーの友達はいなかった。

「鈴木明日香さん?」

 くたびれ果てて、中央通を南に歩いてるところを後ろから声をかけられた。

「はい……」
「ハハ、やっぱり、あたしのことは覚えてないか?」

 その子は、うちの後ろを自転車押しながら歩いてた。

「ごめん。物覚えの悪いたちで」
「白石佳代子。佐藤さんのあとだったのよオーディション。東京音頭のあとだったからやりにくかったわ」

 そう言いながら、顔は笑ってる。

「アスカて呼んでいいかしら? あたしのことはカヨでいいから」
「えと、じゃあ、カヨちゃんでいい?」
「え、あたしだけちゃん付け?」
「単なるゴロ。カヨちゃんの方が言いやすい。アスカはちゃん付けたら、微妙に長い」
「じゃ、アスカ」
「なにカヨちゃん?」


 女子高生のいいところは、呼び方がしっくりいっただけで、メッチャ距離が縮まるとこ。


「アスカは、おもしろいアイドルになると思うよ」
「ありがとう。あたし正直バテかけてるから」
「アスカは、負けん気あるけど欲がないからね」

「え?」

 カヨちゃんの的確な言葉にびっくりした。

「カヨちゃんて、どこの子?」
「中央通の西ひとつ入ったとこ」
「え、ジャンク通り? アキバの地元?」
「うん、ちっこい電子部品屋の娘。最近は、ネット通販とオタクに食われて客足ばったりだけどね」
「ネット販売はやってないの?」
「やってるよ。売り上げの半分はネット。だけど、先は見えてる。オタクに食われてんだったら、オタクを食ってやろうと思ってAKR受けたの。スタジオまで自転車で通えるし、ジャンク通りからアイドル出たら絶対ウケルし!」

 そこで思い出した。カヨちゃんは、あたしの後でお腹に響くようなゴスペル歌ってた子だ。

「そだ、思い出した。あのごっついゴスペル……カヨちゃんだったんだ!」
「アスカの東京音頭ほどじゃないけど」
「ううん、なんか憑物がついたみたいだった」
「ハハ……ほんとに憑いてるって言ったらびっくりする?」
「……それは」

 言葉に詰まった。なんせ、あたしがそうだから。

「あたし、出雲阿国(いずものおくに)が付いてんの。あんたは?」

「五月姫……」

「え?」

「あ、ちょっとマイナーっぽいかな。平将門の娘で滝夜叉姫って言うんだ(だんご屋のバイトは伏せた)」

「ちょっとググってみるね……ちょっと自転車お願い」

「え、あ、うん(^_^;)」

「え……別名滝夜叉姫……これって、怨霊(;'∀')?」

「えと、最後は浄化されてっから(^_^;)」

「ああ……なるほど、よさげな画像もあるねえ」

「ちょっとわがままなとこあるけどね」
「ああ、分かるう、いっしょいっしょ!」

 この飛躍した共感は、互いに憑物が憑いてる者同士の嗅覚からだと思う。

 プツン

 その時、あたしの靴の紐が切れた。

「あ、切れちゃった」

 その場にしゃがんで、切れた紐をつなぎ直し、カヨちゃんは自転車止めて付き合ってくれた。

 キキキーーーー!! ドン! ドドン!

 そのとき、後ろから来たRV車が、歩道に乗り上げて、あたしたちのすぐ前を通って、通行人を次々に跳ね飛ばしていった!

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銀河太平記・096『45分の休憩』

2022-02-26 16:35:57 | 小説4

・096

『45分の休憩』 加藤 恵    

 

 

「作業機械が頭取を務めることなど認められません」

 部下の報告を受けて、及川はキッパリと言った。

 及川は、島の各地に担当の部下を向かわせて、いろいろ調べまわっているんだ。

 そして、僅かでも瑕疵があれば、それをタテに島の自治と、採鉱事業を潰そうとしている。

「いいですか、わが国には銀行法という法律があるのです。銀行法では頭取をはじめ銀行業務に携わる者は人間とロボットに限られています。単なる作業機械は頭取はおろか、銀行業務そのものに着けんのです」

 及川の言葉を静かに聞いていた主席の首が、ゆっくりと兵二に向いた。

「同志本多」

「なんでしょう、主席?」

「銀行とは、便宜上付けた通称、いわば屋号のようなものだ。銀行法に縛られることはないと思う。業態を頭に冠すれば及川氏の誤解も解けると思うが」

「ならば、両替屋というのはどうでしょう?」

 さすがは扶桑幕府出身(^▽^)/

「それいいね、『おぬしも悪よのう、越後屋』って感じ」

「たしかに、両替ならば免許も不要で問題はありませんが、銀行ではないのですから、与信、貸付、投資などの業務は一切行えませんが」

「固いなあ、及川氏は。西ノ島は日本国の領土だけれども、これまで日本政府の世話になったことは一度も無い。他国で言えば自治領です。高度な自治権を認められて当然と考えますが」

「おっしゃる通りですが、パルス鉱石は戦略物資でもあるのです。戦略物資法並びにパルス鉱石法によって、採掘、及び選鉱地域においては完全に日本国の法の支配を受けることになっております。ちなみに、わが国には自治領という法概念は存在しません」

「同志本多、あとは頼むよ。これ以上聞いていてはフートンの指導者として看過できない悶着になりそうだ」

「しかし、鉱山責任者の同席がありませんと折衝になりません」

「氷室同志がいるではないか。彼なら、わたしのように気短な発言もしないだろう」

 主席は、そう言うと頭を掻いて食堂を出て行った。

「議長!」

 そう呼ぶと、ちょっと嫌な顔をしたけど、素直に発言を認めてくれる。

「なんでしょう、加藤君」

「この会議では記録係に徹するつもりだったけど、大事な提案をします。いいですか?」

 社長はアルカイックスマイル、及川も微笑みを浮かべているが、眼鏡を押し上げた指先に官僚的不遜さが垣間見える。テーブルを横に並べた結界の向こうには傍聴席、最初は満席だったけど、不規則発言などで兵二に退席を命じられて、半分ほどになっている。壁際には及川の随員と部下たちがいるが、こいつらは完全に無機質な小動物の置物のようになっている。まあ、日本の公務員としては必須の属性なんだろうけどね。厨房の中ではお岩さんがフライパン持ったまま腕組みしてる。終わったら、みんな仲良く飯を食え!だろうね。

 

 そのみんなの視線が、わたしに集中する。

 

「30分の休憩をとりましょう!」

 バカみたいだけど、誰も休憩をとろうなんて発想はなかったみたい。だからこそ、休憩しなくっちゃね。

「却下」

「え、なんで!?」

「30分じゃ足りない、45分だ」

「え、はんぱ」

「学校の昼休みは45分だ。なにか食べたら話も進むだろう。お岩さーん、麺類ぐらいならできるでしょ?」

「おう、まかしといて!」

「では、ただいまより45分間の休憩とします」

 それまでアルカイックスマイルだった社長が、こちらを見ながらクスリと笑った。

 

「待ってください!」

 

 サンパチが銀行業務に就いているために、慣れないバイクに乗ろうとしている主席を呼び止めた。

「おや、書記交代ですか、同志加藤」

「45分の休憩です」

「ハハ、小学校のお昼休憩みたいだね」

 主席も分かっているようだ。

「お任せになっていいんですか?」

「いいさ、この島のいいところは『信』だよ。島を三人の頭(かしら)でまとめて行こうとなった時、僕はね『仁・義・礼・智・信』でやって行こうと言ったんだけどね、氷室社長は、こう言ったんだよ『ぼくは三つ以上言われると、かならず一つは忘れる。それを五つでは多すぎるよ。一つにしよう』って。それで、村長の意見も聞いて『信』一つにしたのさ」

「……ですか……あ、いま、三人のことを頭っていいましたよね?」

「うん、めったに言わない。氷室社長がね『山賊みたいだ( ´∀` )』って、それで、普段は使わなくなった」

「そうだったんですか」

「うん、彼には、そういう徳がある」

 うん、わたしも同感だ。

「フートンに戻られるんですか?」

「いや、村に寄って見るよ」

「よかった。わたしも、それをお願いしたくて、休憩にしてもらったんです」

「村長の『信』は尖がりやすい」

「はい……お願いします」

「うん、同志加藤も、すっかり島の住人らしくなったね」

「あ、ありがとうございます」

「君も、素顔が取り戻せるといいね」

「え? あ……」

「ハハ、余計なことを……すまない。じゃ、村長の酒の相手をしてくるよ」

 ババ ブバパパパ パパ……

 主席は、どうやったら、こんな排気音になるんだというような音を響かせて、東のゲートに消えていった。

 

 

※ この章の主な登場人物

  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥              地球に帰還してからは越萌マイ
  • 森ノ宮親王
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首
  • 氷室 以仁             西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩)
  • 村長(マヌエリト)         西ノ島 ナバホ村村長
  • 主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者

 ※ 事項

  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
  • 西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地

 

 

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明神男坂のぼりたい・84〔宇賀先生の復活〕

2022-02-26 07:20:43 | 小説6

84〔宇賀先生の復活〕 

        


 宇賀先生が復活した。

 喜ばしいことなんだろうけど、ちょっとは複雑な気持ち。

 宇賀先生は、今月の初めにグラウンドの線引きを体育委員の子とやっていて、風で飛んできたカラーコーンが顔に当たって何針も縫う大怪我をした。生徒に当たりそうになったのを庇っての大怪我。

 麻衣が「やめた方がいい」と言うのを美枝とゆかりと三人で見舞いに行って後悔した。先生の顔はパンパンに腫れてたんだ。

 昨日は腫れこそは引いてたけど、右のコメカミからほっぺたにかけての傷がとても痛々しい。先生は、その傷を隠そうともせずに、いつものポニーテール。

「ごめん。見てる方が不愉快だと思うんだけど、あたしは隠したくないの……まあ、ちょっとずつ治ってくるから、しばらく辛抱してね……いや、ほんとに。今は整形とかも進んでるから、一年もかけたら元の顔にもどるよ……うん、あたしだって、恋人作って結婚したいしね!」

 少しほぐれた。

 だけど、いつもだったら「ほんとは、もうカレ居るんじゃないの?」「男のお見舞いさばききれないから退院したんじゃね?」とかチャチャ入れるヤンチャたちが黙ってる。先生が精一杯だというのも分かってるし、あの傷は跡が残るいうこと、バカな高二でも分かる。女同士、やっぱりまともには見られないというのが正直なとこ。

 で、先生は、それ以上傷の話題には触れずに授業に入った。授業は気合いが入ってた。平泳ぎ25メートルを五本もやらされてヘゲヘゲ。先生は庇われた体育委員の子に気遣いしてんのがよく分かった。暗くしてたら、その子はいたたまらないもんね。

 いつものようにスッポンポンになって着替えるから麻衣が一番早いんだけど、今日は格別に早かった。

 何かあるなと思って、AMY三人組(明日香・美枝・ゆかり)で見に行った。ちょうど体育の教官室から麻衣が出てきて、宇賀先生が嬉しそうな顔でお礼言ってた。

「「「何か先生にあげた!?」」」

 三人で声をそろえて聞いた。

「なんでもないわよ」

 麻衣らしくもない、ツンとすまして行こうとするから、うちらは呼び留めた。

「正直に言わんとコチョバシの刑だぞ」
「なに、コチョバシって?」

「やった方が早い」

 ゆかりの一言で三人でコチョバシた。

「アハ、アハハ、アハハハ、ウキャキャキャ、ハヘハヘ、笑い死ぬう!」

 麻衣は廊下に転がって、おパンツ見えるのも気にせんと笑い転げた。麻衣は笑い方までラテン系だ。

「言う言うからギブアップ、ギブアップ!」
「なんかブラジルのお土産?」
「にしては、時期が遅い」

「怪我のお守り、神田明神で買ってきたの!」

「麻衣、よく知ってたね!」

「明日香が教えてくれたんだよ」

 ようやく乱れた制服を直しながら麻衣が言うんだけど、麻衣に神田明神のこと言ったっけ?

「あたしが?」
「電車は、降りなかったらどこまで行ってもダダだって。それで駅の案内とかいろいろ見たんだけどね。近場じゃ神田明神が一番の効き目。分かった?」
「あんたは、エライ! その偉さを讃えて、コチョバシ……」
「キャハハ、ギブギブ!」

 コチョバシてもないのに麻友は、笑いながら行ってしまった。

 次のしょーもない数学の時間に考えた。

 麻衣は知らない間に、あたしたちがコチョバシの刑ができるほどに親密になったいうこと。これは喜ばしい。そして見かけからは想像できないぐらいゲラだということ。あの子の見かけの清楚さとラテン系の明るいギャップは、なかなか面白い。

 で、もう一つは反省。麻衣はブラジルから来た子なのに、ちゃんと調べて明神さまに行ってきたんだ。あたしは、朝の挨拶こそはしていくけど、しばらく、キチンとはお参りしてない。

 それに、なんで神田明神のお守り? ブラジルだったら、カトリックなのに……思ってたら、先生にあてられてアタフタ。こっそり答え教えてくれたのも麻衣。

 帰り道、久々にお賽銭入れて、キチンとお参りして帰った。

 

※ 主な登場人物

 鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
 東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
 香里奈          部活の仲間
 お父さん
 お母さん         今日子
 関根先輩         中学の先輩
 美保先輩         田辺美保
 馬場先輩         イケメンの美術部
 佐渡くん         不登校ぎみの同級生
 巫女さん
 だんご屋のおばちゃん
 さつき          将門の娘 滝夜叉姫
 明菜           中学時代の友だち 千代田高校
 美枝           二年生からのクラスメート
 ゆかり          二年生からのクラスメート

 新垣 麻衣        ブラジルからの転校生

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せやさかい・279『ウクライナ』

2022-02-25 16:18:30 | ノベル

・279

『ウクライナ』   

 

 

 いいニュースがあります。

 

 校門を出てガードモードになったソフィーが呟いた。

 校内に居るうちは、同級生モードなので「ねえ、食堂の値上げとかありえなくない?」と、決まってから連絡する担任に友だち言葉で憤っていたのが嘘みたい。

「え、なに?」

「今日の定時連絡はキャンセルになりました」

「え、うそ!?」

「本当です」

「なんで!?」

 二回も聞き直したのは、定時連絡がキャンセルされることはめったにないから。

 で、誰に対する定時連絡というかというと、お祖母ちゃんへの。

 ヤマセンブルグ女王であるお祖母ちゃんは、わたしが日本国籍を捨てず、いまだに正式な王位継承者として名乗りを上げていないから、心配で仕方がない。

 だから、週に二回、決まった時間にスカイプでの連絡を義務付けられている。

 他にも、用事があっても無くっても、なにか気がかりとか思いついたとかで、しょっちゅうかかってくる。

 なんせ、一国の女王陛下で、配下には国の諜報機関なんかも付いていて「ええ、なんでえ!?」ってことまで知っている。

「ヨリコ、二キロ増えたでしょ?」

 なんて、自分でも気づかなかったことを指摘されることもある。

 なんたって、横を歩いているソフィーが諜報部。そのボスがジョン・スミスで、領事館の警備責任者。

 他にも領事館の内外に、そういうのが居て、そういうのが、いろんなルートでわたしのことを報告している。

 

 ま、いいんだけど。

 

 わたし嫌がっているのは、ソフィーもジョン・スミスも知っていて、時々、こういうサービスをしてくれる。

 まあ、諜報部員としてのマニュアルとか手練手管ではあるんだろうけど、根が17歳の女子高生だから、こういう気配りとかにはほだされてしまう。

 いや、じっさい、ソフィーもジョン・スミスもいい人なんだけどね。

「で、なんでキャンセル?」

「ロシアがウクライナに侵攻しました」

「え、昨日は、ロシア軍の撤退が始まったとか言ってなかった?」

「あれはフェイクだったようです。東部だけでなく、南部と北部からも侵攻して、双方に犠牲者が出ています」

「そうなんだ……」

 ヤマセンブルグは小国だけどNATOにも加盟している。いざとなったら他のNATO諸国と歩調を合わせて行動しなくてはならない。

 きっと、今は、国を挙げて情報を収集して対策に大わらわだ。

 君臨すれど統治せずなんて言ってはいられない。そりゃあ、わたしとの定時連絡どころではないよ。

「ちょっと、そこの公園で確認していいですか?」

「あ、うん。わたしも気になる」

 駅への途中の公園で、スマホをチェック。

 抜かりの無いソフィーは棒付きキャンディーをくれて、二人一緒に舐めながら画面をスクロール。

 はた目には、聖真理愛学院の生徒がスマホで遊んでるようにしか見えないだろう。

「…………」

 画面に映し出される光景は凄惨だ。

 キエフの上空を飛び交うミサイル、着弾の爆炎、焼け焦げた軍用車両、破壊された移動式レーダー、幼稚園に飛び込んだミサイルの残骸、キエフから逃げ出す果てしない車列、シェルターで頭を抱えて震える少女、父親が死んだとグチャグチャになった車の前でしゃがみ込む小父さん、熱っぽく、その正当性を主張、あるいは糾弾する国の指導者たち……

「これはまだまだ序の口です……」

 ざっと動画を見ると、信じられない速さでスマホを操作、英語やロシア語、それ以外の外国語のサイトや地図が矢継ぎ早に入れ替わる。

「ロシア軍がチェルノブイリを制圧した……」

「チェルノブイリ……」

 名前ぐらいは知っている。旧ソ連の原発で、原子炉が爆発するという事故を起こし30年以上前に街ぐるみ捨てられたところで、立ち入りが制限されて、実質的に人は住んでいない。

 そんなところを制圧してどうするんだろう?

「ここに核爆弾を落としたら、すごく効果的です。犠牲者は極少で済むし、その効果は絶大です」

「まさか……」

 それには応えずに、ソフィーは、すごいスピードで画面を切り替えていく。

 再び、動画に戻る。

 気が付くと、目の前にジョン・スミスが立っている。

「人の気配に気が付かないところまで没頭してはいけない」

「あ……すみません」

「殿下、今日からしばらくは、領事館の車で登下校願います」

 それだけ言うと、公園の前に停めた公用車まで、わたしをエスコートした。

 

 天気予報では、換気も緩んで午後から暖かくなると言っていたけど、快晴の空の下、ゾクリとするような寒さに身が震えた。

 

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明神男坂のぼりたい・83〔あなたたち、歯が痛いの!?〕

2022-02-25 07:10:15 | 小説6

83〔あなたたち、歯が痛いの!?〕 

     


「あなたたち、歯が痛いの!?」

 別に歯医者さんに言われたわけじゃやない。

 レッスンの初日は、AKRのホームページに載せる写真を撮ることから始まった。

「いいこと、みんな笑顔よ。笑顔!」

 そう言われて、みんな笑顔を意識してカメラの前に座った。一応ナリはお仕着せのAKRの制服。

 で、最初の集合写真で、インストラクターの夏木静香先生にカマされた。

 なるほど、みんな笑顔が固いというか、虫歯が痛いのを堪えているような顔になってる。

「いいこと、笑顔ってのは、ホッペの笑筋を使ってほほ笑むの。それと顔の緊張は目じりに出てくるから、目じり中心に顔の緊張をほぐすようにして! だめよ、ちょっとダメ出されたからって緊張してるようじゃ」

 それから、十分かけて笑顔の練習。さすがに互いの顔を見て吹き出すような子はいないし、飲み込みも早い。

「ま、いいでしょ。研究生らしい微笑みにはなってきた。とりあえず、これで撮ろうか……あのね、学校のクラス写真撮るんじゃないんだから、真っ直ぐ向いてどうするの。それぞれ軽く個性が出るようにして、それでいて全体でバランスがとれなきゃ。姿勢は基本的には斜め。それで顔は正面。いくよ。景気づけに『わたしたちAKR47だ!』って、カマしていくよ! 」

「わたしたち、AKR47だ!!」

 パシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャ

 その瞬間シャッターの連写音。

「ま、30枚ばかり撮りましたから、使えるのあると思いますよ」

 プロの仕事は、さすがに早い。

「じゃ、個人写真。順番にいくよ」
「AKR最初の写真。わたしの第一歩はこれでしたって、選抜になった時笑えるような写真いくよ。そう、その時笑えるためには、いま笑えなくっちゃね。さ、元気よく3+4は?」
「ナナア!」
「東京弁でアホのことは?」
「バカア!」

 てな具合に、たえず言葉を発し「あ」母音で終わるような言葉を言わせて連写。その場の空気を大事にしてることが分かる。みんながハイになっている5分ほどで、22人全員の写真を撮り終えた。

 それから、練習着に着替えて、いきなりAKRの代表曲『おもいろクローバー』をみんなでやらされた。いちおうオーディションを通ってきた子たちなので、フリも、曲も頭と体に染みついてる。あたしはうる覚えだったけど、三クール目には完全にいけた。

 あれ……?

 と思ったのは、五回目。

「うん、よかったから、もう一回」

 言葉を変えながら、十五回ほどもやらされてヘゲヘゲになってしまった。

「いい、選抜の子たちは、こんなの立て続けに三時間こなすんだよ。たった十五回、45分でバテてちゃ話にならないわよ。それに見てごらん、各自バラバラでフォーメーションもヘッタクレもなし。分かったわね、今日は自分たちの今を知ってもらいました。次から本格的にやります。まず体力づくり!」

「はい!」

 テンションを上げながら、できてないことをズバズバと指摘。さすがはプロの世界だと思い知らされた。

 そして、学校やら友達のことは急速に頭から抜けて行ってしまった……いや、抜けていくことさえも気づかなかった。
 

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やくもあやかし物語・126『凱旋』

2022-02-24 10:40:42 | ライトノベルセレクト

やく物語・126

『凱旋』 

 

 

 気が付くと、アキバの駅前広場。

 

 屋根付きエスカレーターがアキバブリッジに繋がって、その向こうにUDX。アキバの駅を出たら最初に目にする光景だけど、どれも、ちょっと背が高い。

 と思ったら、わたしは、ベッドみたいなのに寝かされている。

「お目覚めになりましたあ!」

 聞き覚えのある声に目を向けると、ラム、いや赤メイドが量の手の平をメガホンにして叫んでる。

 青メイドが涙ぐんで、その後ろにはティアラを煌めかせてメイド将軍たちが取り巻いている。

 タタタタタ

 焦っているけども品のいい靴落とさせて迫ってきたのは滝夜叉姫。

「お見事!お見事でした! 神田川の蛇に続いて、青龍もやっつけられました。これで、父の将門に巣くっていた業魔を二つも退治されたんです。やっぱりやくもさんのチームは最強です!」

 ガチャガチャ

 金属音がしたかと思うと、こんどは黄金のティアラと甲冑を身にまとった、ひときわ偉そうなメイド将軍だ。

 遠くからだと厳めしいんだけど、迫ってきた顔は、瞳爽やかな、昔懐かしい『ベルばら』のキャラが務まりそうな男前のメイドさんだ。

「メイド王のアレクサンドラだ。アキバ防衛のためとは言え、門前払いを食らわせてしまった。それにも関わらず、果敢にもブルードラゴンに立ち向かい、これを撃破した。その無礼を詫びるとともに、その栄誉を称え、お礼を述べたい。ほんとうにありがとう」

「あ、いえ。無我夢中でした。結果的に将門さまやアキバのみなさんのお役に立てたのでしたら光栄です」

「なんという謙虚! なんという寛容! 貴殿の好意と功績に応えるには足りないかもしれないが、我々の感謝の徴だ、これを受け取ってくれたまえ」

 メイド王が目配せすると、騎士メイドが小さな座布団みたいなものを捧げ持って現れた。

 座布団の上には、ハートの上に飾り文字のMをデザインした勲章が載っている。

「メイデン勲章、アキバ軍事部門の最高栄誉賞だ。これを身に着けていれば、世界中のどこからでもアキバにリープできるし、アキバ軍一個連隊の指揮権が与えられる」

「す、すごい……でも、軍隊の指揮なんて、とてもわたしには」

「ハハハ、やくもには名参謀が付いているではないか」

「え?」

「そのポケットに」

「あ、ああ……」

 ポケットから御息所が顔をのぞかせた。

「わらわにもくれると言うのか?」

「勲章の中には、ささやかだが館がひとつ入っている。日ごろは、そこで過ごせばよいであろう」

「そ、そうなのか? それなら、窮屈なポケットの中に入っていなくても済むんだな」

「いかにも、これからもアキバをよろしくな」

「陛下」

 騎士メイドが、小さく声を掛ける。

「なんだ、騎士メイド?」

「それはメイデン勲章改ですので、もうひとつ機能が……」

「ああ、そうであった。これにはコスプレ機能も付いている。勲章に手を当てて念ずれば、たいていのコスプレができるようになる」

「あ、ありがとうございます」

 どうしよう、コスプレなんて、恥ずかしくってできないけど、まあ、この状況ではお礼を言わなくっちゃね。

 それと、もうひとつお願いして置かなくっちゃ……そう思って胸に手を当てたけど……気配が無い。

「じゃ……えと、もう遅いから、学校もあるし、そそそろ帰ります」

「あ、そうか、やくもには学校もあるのだな」

「あ、それは休みだからいいんだけど、お風呂掃除とか……お爺ちゃん、夕食前にお風呂に入るから」

「おお、それは感心なことだ」

「では、これで失礼します」

 メイデン勲章に手を当てて――お家に帰る――と念ずる。

 

 ……あれ?

 

 ちっともリープできる気配が無い。

「ハハハ、念じて効果があるのはアキバに来る時で、戻る時は、あちらのエスカレーターからなのだよ」

 メイド王が、アキバブリッジのエスカレーターを指した。

「アハハ、なんだ、そうだったんだ(^_^;)」

「あと十体の退治が残っていますが、まずはお身体を休めてください」

 滝夜叉姫も優しく言ってくれる。

「「やくもさま、やくもさま」」

「あ、なにかなアカアオさん」

「こんど神田明神にお越しの時は……」

「よろしければ、この駅前広場で、お出迎え……」

「「いたします」」

「次には、馬車で」

「うん、ありがとう」

 馬車ということは、それだけ、将門さんも滝夜叉姫も回復しますよっていう決意表明だから、とても嬉しい。

「じゃあ、みなさん、失礼します」

 エスカレーターが上って行くと、アキバのメイドさんやメイド将軍、メイド王、滝夜叉姫、アカアオメイドさんたちが集まって手を振って名残を惜しんでくれる。

 そして、エスカレーターが上がっていくにしたがって風景はおぼろになって、一瞬真っ白くなったかと思うと、次には明るくなってエスカレーターは終わりになった。

 振り返ると、家の門の前だった。

 

☆ 主な登場人物

  • やくも       一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
  • お母さん      やくもとは血の繋がりは無い 陽子
  • お爺ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
  • お婆ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
  • 教頭先生
  • 小出先生      図書部の先生
  • 杉野君        図書委員仲間 やくものことが好き
  • 小桜さん       図書委員仲間
  • あやかしたち    交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け 二丁目断層 親子(チカコ) 俊徳丸 鬼の孫の手 六畳の御息所 里見八犬伝 滝夜叉姫 将門 アカアオメイド アキバ子 青龍 メイド王

 

 

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明神男坂のぼりたい・82〔迷ってるヒマもない〕

2022-02-24 05:39:41 | 小説6

82〔迷ってるヒマもない〕 

 


 迷ってるヒマもなかった。

 なにがって、AKR47のこと。

 とにかく目の前の競争には負けたくない。その気持ちだけでオーディションを受けてきた。2800人が応募して、100人だけが書類選考に残って28倍の競争に残ったことになる。さらに100人のオーディション合格者から選ばれるのは20人だけ。それに合格したのは140倍の合格率に残ったいうことで、数で言うと、1780人の子を蹴倒して抜かしたことになる。

 大学の入試で、ここまで高い倍率はない。クラスの子たちが騒いでる進学レベルの話とは次元が違う。かろうじて麻友が言ってるアナウンサーの倍率がこれに近いけど、それは、これから大学に入って三年ぐらいになったときの問題で、まだ夢物語と言っていい話。

 だけど心は正直揺れた。研究生になれただけでアイドルになれると決まったものじゃない。これから厳しいレッスンと競争が待っている。

 AKR47は年に二回研究生をとる。合計40人。その中で、将来選抜メンバーに入れるのは二三人。そこから漏れたら、ただのコーラスライン。正直ビビる。

 美枝、ゆかり、麻衣なんかには相談しようかと思ったけど、半分自慢になりそうなので、言えない。で、ホントのホントは関根先輩に話したかった。相談じゃない。傍に寄り添っていてほしかったけど、これは、さらに実行不可能。

 で、じっくり考えて迷う暇も無く、合格発表の48時間後には入所式。

 いつになく口数の少ないあたしに、美枝たちはなにか言いたげだったけど、放課後、御茶ノ水まで歩いて電車に乗った。アキバで降りるのには早すぎて山手線に乗り換えて一周してしまう。

 6時から入所式。母親同伴いう子がほとんど。一人で来ているのはあたしぐらいのもの。ちょっと気持ちが軽くなった。

 ところが、合格者の席に座ってる子が22人いた。募集は20人だよ、なんで?


「オーディション合格おめでとう。祝福の言葉は、これだけです。ここから君たちの競争が始まります。だから、言うべき言葉の99%は『がんばれ』です。気が付いた人がいるかもしれないけど、ここには22人の合格者が居ます。そう、定員より二人多い数です。この意味は二つ。一つは、今回の受験者の水準が高く20人に絞り込めなかったということ。もう一つは研究生の平均一割が正規のメンバーになるまでに脱落していきます。その分を見込んだこともあります。AKR47そのものが、他の姉妹グループとの競争の中にあります。力のないものは、個人であれ、グループであれ、没落していくのが、この世界の常識です。学校ではないことを肝に銘じてください。学校では努力を評価しますが、この世界では努力は当たり前。大事なものは結果です。早ければ三か月。遅くとも半年で結果を出してください。一年たって結果が出ない人は先が無いと思ってください。以上。あとは研究生担当の市川が事務的な説明をおこないます」

 みんなの顔が引き締まった。さすがに勝ち残った子たちなので心細そうな子は一人もいない。
 

 レッスンは、月二回の休み以外、平日は2時間、休日は6時間。レッスン用の衣装は無し。と言って裸と言うわけではない。各自がレッスンに相応しいナリをしてくること、で、そのナリも評価のうちになるということ。レッスン料や所属費はとらないが、毎月あたしたちには一人当たり二十万円近いお金がかかっているらしい。

 そして、最後に合格書と保護者の承諾書が配られた。たったA4二枚だけど、めちゃくちゃ重かった。そして、良くも悪くも、あたしの人生を左右する運命の書類だった……。

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明神男坂のぼりたい・81〔麻衣とあたしの意外な展開〕

2022-02-23 07:00:33 | 小説6

81〔麻衣とあたしの意外な展開〕 

      


「あたし、テレビ局」

 麻衣が涼しい顔で言う。

 まるで、ユニクロのバーゲンで、お目当てのバーゲン品掴んだみたいな気楽さだった。

 この土日は、みんなオープンキャンパスとかの下見に行った子が多いようで、朝から「どこいった?」いうような話題に花が咲いてた。しかし、所詮は二年の一学期。そんな切迫感はないけど、その分新しいテーマパークに行ってきたような無邪気な興奮があった。


 美枝とゆかりは同じ大学の経営学部。これは手堅いOL志向……と言っていいのか、適当に余白を持ちながら実質フリーハンドで二十代を生きていこという、手堅いともお気楽とも言える進路選択。

 だいたいが学校や自宅から歩いて行けたり、定期で行ける範囲。とりあえずは、オープンキャンパスが珍しくって行ったというのが多い。一見意識高い系に見えるけど、学校の進路指導の成果だろうね。学校のミドルネームのグローバルは伊達じゃないってとこかな。

 そんな中で、あたしと麻衣だけが毛色が違う。むろんAKRのオーディションに行ったなんて言わない。成り行きで受けたオーディションだし、そのときは「負けるか!」いう気持ち満々だったけど、思い返せば、その場の空気。行列があったら、とりあえず並んでみようというJKの好奇心。並んで間に合ったら、とりあえず、それで満足。バーゲンなんかでは、このノリで、いらないものを買って後悔することが多い。

 それに特技でやった東京音頭はウケたけど、アイドルの特性からはズレてる。ファッションショーで、円周率を、とめどなく言いながら歩いたようなもので、人はおかしがったり珍しがったりはするけど、ファッションの評価にならないのといっしょ。それに、あれをやらせたのは、だんご屋のバイト休んで付いてきたさつき。それもただのイチビリ。とても人には言えないよ。だから人には「どこにも行ってないよ」と答える。

 麻衣も同様。テレビ局というのは学校じゃないからオープンキャンパスはやってない。大学生向けの就職見学に紛れて遊んでいたらしいし。

 例外は、他にもいた。ワールドカップをずっと見続けてた男子。もうサムライジャパンは負けたんだからと思うんだけど、当人同士は真剣で、外国同士の試合でも熱が入って、とうとうケンカになった(^_^;)。
 高二にもなってガキっぽいと思っていたら、手が出始めた。委員長の安室くんが止めようと立ち上がりかけたところに、麻衣がすごい剣幕で二人の男子を罵りはじめた。どのくらいの剣幕かというと、日本語とちがってスペイン語で、身振りも完全なラテン系、最後は仕上げに二人をはり倒して教室を出ていった。

「どうしちゃったの、麻衣?」

 麻友は水飲み場で頭から水を被っていた。アニメだったら猛烈な湯気のエフェクト入れるところだろうと思うぐらいに凄かった。

 誰かが職員室に言いに行ったので、ガンダムが飛んできた。

「いったい、何があったんだ!?」

「なんにもありません。ただ、サッカーのことぐらいでケンカしてる男子のバカさかげんが我慢できなかっただけです」

 水浸しになった麻衣はブラウスまで水びちゃで、ブラジャーが透けて見える状態だった。南ラファがバスタオル持ってきて、やっと自分の姿に気がついたみたいで、女の子らしく顔を赤くしていた。

 麻衣は、ただのイチビリや隠れヤンチャクレとはちがう。なにか心に傷を持ってるんだと感じた。だけど、軽々しく聞けるものでもないと思った。

 麻衣の展開でびっくりして、その日の学校は終わったけど、家に帰ったらあたしの番だった。

 

 AKRのオーディションに合格してしまった……!

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鳴かぬなら 信長転生記 60『市の堪忍袋は破裂寸前』

2022-02-22 14:49:49 | ノベル2

ら 信長転生記

60『市の堪忍袋は破裂寸前』信長  

 

 

 ギギギギ……

 歯ぎしりの音まで聞こえ始めた。市の堪忍袋は破裂寸前だ。

 相手は百余りの輜重部隊、俺ひとりが逃げるのは造作ないことだが、切れた市を連れていては難しい。

 目玉を左右に二ミリ動かせて観察。

 左翼がやや薄い。瞬間に二人を倒せば道は開ける。

 市が付いてこなければ……目の前の曹素を倒すしかない。曹素を倒せば、市は付いてくる。

 決めた!

 

 待てっ!

 

 踏み出そうとしたとき、森の向こうから声がかかった。

 曹素が嫌な顔をして振り返る。

 ドドドドドド

 蹄の音が轟いたかと思うと、朱具足に統一した騎兵の一群が迫って来る。

 具足の色と、蹄の勢いは信玄の赤備えに似ているが、先頭の大将は女だ。

「わたしの近衛兵になんの御用か……お兄ちゃん?」

 お、お兄ちゃんだと?

「お、お前の近衛だというのか?」

「ああ、そうだよ。酉盃で採用したばかりで、すまん……名前はなんであったかな?」

 瞬間、躊躇していると副官が耳打ちした。

「そうそう、職丹衣(しょくにい)と妹の市(しい)であったな。豊盃で編入させる予定だったが、いやいや、朝駆けしてきてよかった。あやうく同士討ちになるところだった。まだ、編入前で陣中作法も教えていない。なにか無礼があったのなら、将たるわたしの責任だ。この通り謝るよ、ごめん(*´人`*)!」

「あ、いや、そっちから謝られてはな(;'∀')」

「それにしても、お兄ちゃん、朝っぱらから商人のナリで隊商の真似とは、これも訓練なのかい?」

「あ、ああ、そうだ(;'∀')。敵地に入れば擬装して輸送任務にあたることもあるからな。そのための訓練だ」

「なるほど、隠密の輸送訓練なんだ。だったら、途中でもめ事なんか起こしてちゃダメ……かな?」

「あ、いや、なに……夕べ、不埒な兵が酒の勢いで女にイタズラした者が居ると聞いてな。そこに、不用心な女二人を見つけて、親切心から注意してやろうと思ったら……」

「そっかそっか、ちょっとした行き違いなんだね。ごめん、やっぱあたしの早とちりか。テヘペロ(๑´ڡ`๑)」

「そ、そうだ。まあ、よく躾けておくようにな」

「女にイタズラした兵にもね……」

「いくぞ、みんな!」

 回れ右して、曹素たちはゾロゾロと酉盃に戻って行った。

 ニコニコの笑顔で見送る赤備え。振り返ると鬼の形相……かと思いきや、相変わらずの笑顔で馬を寄せてきた。

「どうだい、ほんとうに曹茶姫(そうさき)の近衛になっちまわないかい? 君たちなら娘子憲兵ではもったいない」

「え、えと……」

「職市(しょくしい)、いや、シイちゃん。きみの困った顔はいいねえ。ごめん、いきなりじゃ困るよね。その気になったら、わたしの本営まで来て。そうだ、豊盃の通行手形を渡しておこう」

 茶姫が目配せすると、副官が、馬を下りて手形を渡してくれる。それも「どうぞ(^▽^)」って言ったし。

「時間があれば、このまま豊盃に戻るんだけどね。バカ兄貴のことも心配なんでね。まあ、夕方には戻るさ。ああ、森を抜けると、ちょっとした崖になっていて、いい風が吹いている……じゃあね」

 ピシリ

 五騎同時に鞭を当てると、軽やかな蹄の音をさせながら酉盃に駆けて行った。

 崖の手前で連絡用の紙飛行機を飛ばすと、姉妹二人で寝っ転がって、この先のことを考えた。

 見上げた空……腹が立つほど、ゆっくりと雲が流れて行った。

 

 

☆ 主な登場人物

  •  織田 信長       本能寺の変で討ち取られて転生
  •  熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
  •  織田 市        信長の妹
  •  平手 美姫       信長のクラス担任
  •  武田 信玄       同級生
  •  上杉 謙信       同級生
  •  古田 織部       茶華道部の眼鏡っこ
  •  宮本 武蔵       孤高の剣聖
  •  二宮 忠八       市の友だち 紙飛行機の神さま
  •  今川 義元       学院生徒会長 
  •  坂本 乙女       学園生徒会長 
  •    曹  茶姫       曹軍女将軍
  •  曹  素        曹茶姫の兄

 

 

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明神男坂のぼりたい・80〔オーディション〕

2022-02-22 07:02:16 | 小説6

80〔オーディション〕 

        
    

 100人ほども居る!

 AKR47のレッスン室前の廊下から、突き当りの階段の踊り場までちっこい折り畳みの椅子が並んでて、その椅子と同じ数だけの女の子が、お喋りもしないで行儀よく座っているのは奇観だった。

 ざっと見渡して、あたしより年上は、ほとんど居ない。中には、どう見ても小学生という子もいて、ティーンの女の子の見本市。

 これは三つ前の77の話を読んでもらったら分かるんだけど、お父さんとお母さんがガンダムに言われてやった、オープンキャンパスの申し込みに紛れてた一つ。

 今はパソコン一つでなんでもできる。「高校生進路」で検索して、あっちこっちに申し込んだ中の一つ。犯人はお父さん。進路希望を「演劇関係」と書いたもんだから、AKRだったら手っ取り早いし、書類選考に残るかどうかで、可能性も分かるという、オッサンらしい浅はかさ。

 けれど、書類選考に残ったということは、書類上とは言え、勝負に勝ったいうこと。応募は2800人もいたと言う話だから、2700人は蹴倒したことになる。あたしの頭脳回路では、これを受けなかったら「もったいない」という七文字の単語に行きつく。

 で、後先も考えないで実技選考オーディションに来たというわけ。

 自分で見えるとこを見渡しても、絶世の美少女から、吉本受けたほうがいいのにという子まで居て、見ばの点では、あたしは平均どころ? この中から最高でも20人しか合格できない。あたしは、その倍率だけで燃えてきた。

 AKRのオーディションは「動きやすい服装」とあるだけで、なんにも書いてない。チノパンにTシャツいう子が多かったけど、中には宝塚と間違ってレオタードいう子もいる。あたしは学校のジャージとTシャツ。なんせ家から15分のとこだから、近所をジョギングするようなナリになる。

 課題は「当日会場で発表」とあるだけで、なんにも書いてなかった。さすがに東京屈指のアイドルグループだけのことはある。

 五人ずつが会場に呼ばれる。あたしは八番目の席にいるから、第二グループになる。


「これって、なんの順番ですか?」

 つい、いらんことを聞いてしまう。

「コンピューターが無作為に選んだだけ。先着順いうのも面白くないからね」

 担当のおにいさんは、いいかげんな返事をして、最初の5人を中に入れた。二十分ほどしてその子らが出てきて入れ違いにあたしらが呼ばれる。

 八番だから、てっきり三番目かと思ってたら、のっけに呼ばれた。

「志望理由はなんですか?」

 いきなり聞かれた。

 相手に気持ちの準備をさせずに、生の姿を見ようという、この業界らしい対応の仕方。だから考えずに応えた。

「負けたくないからです」

「何に負けたくないのかな?」

「全てです。オーディション受けてる仲間にも、オーディションの先生たちにも、周りの期待からも、日本中のアイドルグループにも……そしてで自分にも」

 あたしは、演劇部のエチュードで課題をふられたノリになっていた。難しくは役の肉体化という。あたしは典型的なオーディション受験者という役を与えられて、それを即興でやってる感じ。なんだか自分の一生が、この一瞬にかかってるような気になっていた。あたしは世界で一番のオーディション受験者!

「じゃ、課題の歌唱テストいきます。どうぞ」

 質問は、この一つで、すぐに一曲歌わされた。条件はAKRグループの曲であること。これはチョロかった……けど、後になったら、なに歌ったのか忘れてしまった。

 次が戸惑った。

「なにか得意なことを一分間で見せてください」

「あ、えと……と……」

―― 東京音頭! ――

 この一瞬の戸惑いの隙を狙ったようにさつきがしゃしゃり出て、勝手に「東京音頭!」と言わせる。

「と、東京音頭!やります」の「ます」では、もう体がリズムを取っている。

 は~あ 踊り踊るな~ら ちょいと東京音頭 よいよい♪

 石神井の盆踊りで憶えたフリが自然に出てくるんだけど、オーディションで東京音頭はあり得ねえ!

 さつき、だんご屋のバイトはどうした!?

 花の都~の 花の都の真ん中で や~っとな それ よいよいよい(^^♪

 オーディションの先生たちも、すぐにノッて手拍子。ギターとパーカッションのニイチャンが合わせてくれて、なんと3分もやってしまった!

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魔法少女マヂカ・260『銀座四丁目』

2022-02-21 12:15:38 | 小説

魔法少女マヂカ・260

『銀座四丁目語り手:マヂカ  

 

 

 魔法少女の勘なのかもしれない。

 

 ジタバタしても始まらないと思うのだ。

 来月起こるであろう虎の門事件、ファントムのクマさん誘拐事件。

 どちらも下手に動けば取り返しがつかなくなる。ここは、落ち着いて構えるべきと魔法少女の勘は言う。

 史実では、犯人は一人で発砲直後、すぐに掴まって摂政の宮は御無事だ。

 しかし、戦艦長門を史実よりも早く日本に戻したことで、数十名の被災者が乗組員の救助活動で助けられ、皮肉なことに、虎の門事件を起こすメンバーが含まれていた。

 虎の門事件は単独犯ではなく、数名、あるいは、それ以上の人数による共同犯行になってしまう。

 一人でも取り逃がせば取り返しがつかない事態になる。

 

 クマさんを誘拐したファントムは人ではない。

 トキワ荘で漫画家たちがものした何万何百万の創作物……おそらくは、その中でも日の目を見なかった作品や登場人物の気が凝って具現化したもの。それが時空を超えて出現したものだ。

 そいつは、わたしや霧子の前にたびたび姿を変えて現れた新畑が関与、あるいは、やつの本体なのではないかという気がしている。

 ならば、この大正時代に留まっていて解決する問題でもない。

 が、いまのわたしには令和の時代に戻るすべがない。

 

 というわけで、今日は、みんなで銀座に足を運んでいる。

 

 高坂家のみんなが震災復興の元気のもとになればと作った再生服(カーテンやテーブルクロスで作った服)を着て、銀座で開催されている『震災復興大廉売会』に来ている。

「ここに立っていると、ほんとうに復興したような気になるわねえ」

 昨日まで気を落としていた霧子だが、四丁目の交差点まで来たところで、すこし元気になった。

「あれ、ゴジラが壊した時計塔やんか(^▽^)/」

 ノンコが無邪気に指をさす。

「そうだが、この時代にゴジラはないぞ」

「あ、せやったせやった(^_^;)」

 銀座四丁目と言えば、服部時計店と三越百貨店だ。

 どちらも、大正モダニズムを代表する建物で、先の大震災でも大した被害を受けることもなかったので、復興が早く、この震災復興大廉売会の中心になっている。

「しばらく雰囲気を満喫していようか……」

 誰に言うともなく霧子が漏らす。

 令和の時代なら、女三人、四丁目の交差点に突っ立っていては通行の邪魔になるばかりだが、大廉売会で賑わっているとはいえ、人通りは令和の半分ほどでしかない。

「ごめんあそばせ」

 気取ったあいさつで追い越していく女たち、再生服どころか、欧米最先端のファッションに身を包んでいる。

 ひざ丈スカート、ルーズなワンピース、クロッシェ(釣鐘型の帽子)の下は、思い切ったショートカット。

「うわあ、クラシックぅ!」

 ノンコが正直な感想を呟くと、ごめんあそばせがジロっと睨んでいく。

「あ、そか、あれがモダンやねんね」

「ノンコの感性おもしろい」

「いや、単にモダンとクラシックを取り違えただけだと思う。なあ、ノンコ」

「アハハ、うち、英語苦手やから(* ´艸`)」

「ああいう子たちをモガって言うんだ」

「モガ? なんか、美味しそう」

「モダンガールのことよね?」

「おお、霧子は知ってるんだな」

「うん……徳川さんたちが読んでた雑誌にね」

 声を潜めて言うのがおかしい。この時代でモガというのは不良少女と同義語だ。

「あ、来た来た!」

 ノンコが服部時計店の向こうを指さした。

「まあ、あの子ったら!」

 霧子もビックリする。

 向こうからやって来るのはJS西郷だ。

 若草色のワンピにストローハットは可愛いのだが、なぜか、ほとんど身の丈ほどもあるステッキを握っている。

 なんだか、子どもが仙人の真似をしているようで、珍妙なのだが可愛い。

「いやあ、待たせてごめんね」

 四丁目の交差点で立ち止まっていたのは、こいつと待ち合わせるためでもあったのだ。

「ごきげんよう、木村屋さんのお嬢ちゃん」

「ごきげんよう、霧子おねえさま。はい、お約束のシベリア。お家に帰ったらお召し上がれ」

「まあ、ありがとう。真智香さんからも噂は聞いていたわ」

「わたしのこと? シベリアのこと?」

「両方よ。さ、まずはお待ちかねのお子様ランチに行こうか?」

「うわーい!」

「食べる前から喜んでもらって、光栄だわ」

「うん、真智香さん。くたびれたから、これ持ってぇ」

 ズイっとステッキを押し出す。

「なんやのん、そのステッキは?」

「アハハ、ちょっと真智香さんから頼まれてたものよ」

「よし、預かろ……」

 受け取ったステッキは、予想の三倍は重たい。

―― 大助からかっぱらってきた ――

―― ダイスケ? ――

「お子様ランチのあと、チョコパフェも食べた~い(^▽^)/」

「まかせてちょうだい~」

 ダイスケが難波大助であると思い至るのに数秒かかった。

 大助こそは、虎ノ門で摂政の宮を狙撃した犯人。

 大助が使った凶器は、ステッキ型の仕込み銃だったぞ。

 本来ならば、これで事件は未然に防げたはずだ。

―― チョコパフェの恩義。あとは頼んだよ ――

 楽しそうに三越に入って行く三人に続いていくわたしだった。

 

※ 主な登場人物

  • 渡辺真智香(マヂカ)   魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 要海友里(ユリ)     魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 藤本清美(キヨミ)    魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員 
  • 野々村典子(ノンコ)   魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 安倍晴美         日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
  • 来栖種次         陸上自衛隊特務師団司令
  • 渡辺綾香(ケルベロス)  魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
  • ブリンダ・マクギャバン  魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
  • ガーゴイル        ブリンダの使い魔

※ この章の登場人物

  • 高坂霧子       原宿にある高坂侯爵家の娘 
  • 春日         高坂家のメイド長
  • 田中         高坂家の執事長
  • 虎沢クマ       霧子お付きのメイド
  • 松本         高坂家の運転手 
  • 新畑         インバネスの男
  • 箕作健人       請願巡査

 

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明神男坂のぼりたい・79〔麻衣の機嫌が悪い……〕

2022-02-21 06:56:32 | 小説6

79〔麻衣の機嫌が悪い……〕 

        


 おはようというとスマホが飛んできた!

 とっさに「なにをもったいない!」と、真剣スマホどり。

「どうしたの?」

 反射的に声をかける。教室の空気が割れかけのガラスみたいになってる。

 新垣麻衣が泣き崩れて、副委員長の南ラファがなだめ、他の者は凍り付いている。

――なかなかの呼吸だ――と、だんご屋定休日のさつきが合いの手を入れる。

「スマホにあたってもラチあかないよ。南さんの?」

「ううん、麻衣の。スマホの画面見て」

 友だちの麻衣とは言え、人のスマホ――いいの?――という気持ちで麻衣に目線を送る。泣いてるけど否定しないということは承諾のサイン。画面にはウィキペディアの「渋谷カーニバル」の項目が出てた。5秒で読んで意味が分かった。

―― 毎年10月に、渋谷で開かれていた『渋谷フェスティバル』のイベント。今年度は中止の方向 ――

「ああ、そうなんだ……」

 関係機関の財政難と道路工事の関係やら諸般の事情で今年度の開催は見送られたと書いてある。


 思い出した、渋谷フェスティバルは、前の都知事のころに廃止になっていた。今はパレードのカーニバルだけが残っていた。あたしも小さいころに保育所の仲間と観に行ったことがある。もっともマナブくん(関根先輩)のことが気になって、パレードそのものは、よく見てない。

 お祭りというと神田明神が頭にあるから。廃止になったことも、よく覚えてなかった。

 そして、もう一つ思い出した。一昨日のプールの更衣室で「今年の渋谷カーニバルには出るから、観に来てよ!」言ってたことを。

 麻衣は、パッと見では清楚な女子高生だけど、中身はバリバリのラテン系。一昨日のプールでは、いかんなく、そのラテンぶりを発揮していた。

「そうだ、こういうイベントって、あちこちでやってるから問い合わせてみたら?」

 登校してきた美枝が気を利かして提案した。

「ありがとう、みんな。あたしの発作的なカーニバル熱に付き合ってくれて」

 朝礼が始まるころには、さすがに麻衣は落ち着いた。だけど納得したわけじゃない。クラスのみんなの友情的な対応が麻友を落ち着かせたんだ。

 麻衣応援活動は、一時間目後の休憩時間に検索したり問い合わせたりするとこから始まった。

 結論はすぐに出た。

「東京近辺は見当たらないねえ」美枝が冷静な声で言った。こういう手配と、行動力は美枝が、やっぱり一番。ラブホのときもそうだったしね。

 麻衣は、表面張力ギリギリのとこで、自分を保ってた。なんとかしてあげなきゃ!

 

「そうだ、人がしてくれないんだったら、あたしたちでやればいいんだ!」

 

 美枝が飛躍した……。

 うまい具合に二時間目の先生が来るのが5分遅れたので、南ラファと中尾美枝の二人が教壇に立って決めてしまった。

「文化祭でリオのカーニバルやろ!」

 勢いというのは恐ろしいもので、その場の熱気で決まってしまった。あたしたちの2年3組は全校で一番早く文化祭の取り組みが決まってしまった。まだ、文化祭の公示も始まってないのに!

 家に帰ってから、小さな疑問が湧いた。

 麻衣のサンバ好きはよく分かる。なんといってもブラジルの子だしね。そのわりにはサッカーに興味が無い。こないだから始まってるワールドカップも、あの子の口からサッカーの話題が出たことがないよ……。

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