大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

魔法少女マヂカ・106『戦いすんで・1』

2019-11-30 13:07:23 | 小説

魔法少女マヂカ・106  

 
『戦いすんで・1』語り手:要海友里 

 

 

 えと……なんだったんだろう?

 

 ポアポアと沈んでいた疑問が浮き上がって来る。

 基地に戻って、北斗の終業作業を終わらせると、調理研のわたしたちは素に戻ってしまった。

 太田道灌さんが双子玉川の竜神討伐を手伝って欲しいと駆けつけてきた時はビックリだったけど、大塚台公園の秘密基地に転送されて、それまで自覚したことのない北斗のクルーの意識と闘志が湧いてきて、VRゲームをやるようなノリと高揚で竜神征伐をやってしまった。

 征伐の大半は、先に駆けつけていたブリンダさんがやっていて、わたしらは、トドメの量子パルス砲をぶっ放しただけ。

 なんだけども、オンラインRPGのギルドメンバーみたく活躍した記憶と高揚感は火照りと共に残っている。

「ま、そういうことだから、これからもよろしくな」

「安倍先生が隊長だったんだあ……(ー_ー)!!」

「ノンコ、変態教師を見るような目でみないでくれる」

「え、あ、いや、そんなつもりは」

「先生は、驚かないんですか?」

「あたしは、司令にリクルートされたときから自覚があるからな」

「先生は、リクルートされたんですか!?」

 清美が目を丸くする。

「あたしは講師とかで掛け持ちばかりやってるでしょ、授業も教えてるし、あんたらの担任のお鉢が回ってきたころに、ここの司令にスカウトされたってわけさ。ま、これで、隠し立てしなくてよくなったから、ま、頑張ってくれ」

『本来の敵はカオスの異世界軍団だが、現在それは休戦状態だ。当面は、うち続く自然災害で覚醒し始めた妖やクリーチャーどもだ』

 ブルーの待機画面だったモニターに来栖司令が現れた。

「司令は来ないんですか?」

『すまん、竜神戦の後始末だ。台風災害が原因で現れたんでな、国交省や関係機関との調整や情報分析などで忙しい、あとは頼むよ安倍隊長』

 それだけ言うと、モニターは、元の待機画面に戻った。

「先生に丸投げしちゃったんだ」

 文句を言ったのは、ノンコ一人だけど、戸惑ったり文句言いたそうなのは、みんなの顔にも現れている。

「司令も大変だな、秘密を守ったままで、ここを維持するのに走り回っておられるんだ。さ、オンとオフの区別が無くなったんだ、ここ一番聞いておきたいことがあったら聞いてくれ」

「ここでの活動は成績に影響するんですか?」

 清美が優等生らしいことを聞く。

 ドンと胸を叩いて安倍先生は答えた。

「もちろんだとも! ここで培った忍耐力や集中力は、学校でも、きっと役に立つだろう!」

「あの……平常点に加算とか?」

「特務師団て教科があればな」

「調査書に書いてもらえるとか、生徒会とかボランティアとか書いてもらえるじゃないですか」

「こんな非合法なこと書けるわけないだろ。そういうことではなく、高校生活を送る上での根性とかに効き目がある!」

「「「……根性ねえ(;^_^」」」

 アハハハ………………

 笑うしかない。

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

乃木坂学院高校演劇部物語・51『 了 』

2019-11-30 07:31:22 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・51   

『 了 』 


 

 案の定、明くる日には電話があった。

 バーコードではなく、校長直々の電話だ。
「先生の責任感と硬い御決意には感服いたしました……」
 以下、延々十分にわたり言語明瞭意味不明の、とても言い訳とは思えない「喜び」のこもった送る言葉を聞かされた。送別会は丁重にお断り、退職に関わる書類などの遣り取りも郵送で済ませてもらえるように、電話を代わった事務長と話しをつけた。

 峰岸クンに電話をした。

 クラブの後始末を頼み、ちょびっと、わたしの裏事情に関わることを聞いたが、とぼけられた。
 代わりに一呼吸おいて、バーコードとの会話を録音していたことを告げられた。
「これを公表させてください。全てが解決します」
「罠だってことは分かっていたの。こうでもしなきゃ、責任もとらせてもらえないもの」
「先生の責任じゃ……」
「小田先輩とのことは濡れ衣。でもね、潤香とまどかを命の危険に晒したことはわたしの落ち度。火事のこともね」
 その後、峰崎クンは一言二言ねばったけれど、わたしの決心が硬いことを知ると、飲み込んでくれた。
 ただ、わたしの退職が決まったその日のうちに、替わりの講師がやってきたことをトドメに言われた時は、一瞬血圧が上がった。さすが峰崎クン、ツボは心得ている。
 しかし、わたしの心の凝りはそれで解れるほど生やさしいものではなかった。

 これでも、まだ、どうしてわたしが易々と罠にかかりにいったか。不思議に思う人がいるかもしれない。それには、こう答えておくわ。
――こうでもしないと、わたしは責任を取ることさえさせてもらえなかったって……なぜ、そうなのか。それは言えません。
 結果的には、命の次に……いいえ、命以上に大切な乃木高演劇部を捨てたか分からないという人がいるかもしれない。
――好きだからこそ捨てたの。乃木高演劇部は私の所有物じゃない。気障な言い方だけど、乃木高演劇部は神の居ます神殿のようなもの。わたしは、それを預かる神官に過ぎない。六年前わたしは山阪先生という神官から、それを預かった。
 もし、乃木高演劇部という神殿に神が居ますなら、たとえ神官が代わろうとも、いつか必ず復活する。貴崎マリという神官がいる間は、前任の山阪先生の時とは全く異なる色に染め上げた。しかし、どんな色に染まろうと、神が居ます限り、それは乃木高演劇部であるはず。

 その神官は、わたしの予想を遙かに超えて早く現れた。神殿を閉じたその時に。

 その後継者を峰岸クンから知らされ、正直わたしは……ズッコケた。
 なんと、その神官……という自覚も無い後継者は、一年生の仲まどかと二人の部員。
 唖然、呆然、わたしが密かに名付け、本人たちもそう自覚してはばからない憚らないタヨリナ三人組……。

 しかし、ズッコケながらも感じていた。この仲まどかという神官は案外ホンモノかもしれない。

 だから、この新生乃木高演劇部に手を貸すべきかという峰岸クンの当然すぎる申し出に、こう答えておいた。
「否(いな)」
 ただ、わたしの中には、まだ迷いがあった。本当の神官は芹沢潤香かもしれない。しかし潤香は意識不明の闇を彷徨っている。とりあえずは見守っているしかない。わたしはすでに神官ではない……それだけははっきりしていたから。
 昨日、理事長から電送写真(普通は写メという)が送られてきた。
「この子たちは、こんなに大きな『幸せの黄色いハンカチ』を掲げて待っております」との電信文(普通メールという)が付いていた。
――この子たちが待っているのは「神」です。この子たちは神官です。そして、わたしは神殿を出てしまった元神官にすぎません――わたしは、そう返事しておいた。
 折り返しご返事が返ってきた。
「了」
 電信文には、この一文字だけが書かれていた。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ファルコンZ:27『アルルカンのアルターエゴ』

2019-11-30 07:23:41 | 小説6
ファルコンZ 27 
『アルルカンのアルターエゴ』   

 
 
 コクピットに、アルルカンが実体化していた……。
 
「それは、アルルカンのアルターエゴよ!」
「分身……これが?」
「違うよ。これがオリジナルさ。いま船ごと蒸発したのがアルターエゴ(分身)さ。けっこう気に入っていたのにね」
 まるで百歳のお婆さんだった。
「もう、二三体アルターエゴを作っておけば、こんな無様な姿を晒すこともなかったんだけどね。まさか王女様自らお出ましになるとはね」
「わたしは、予備役だけど軍人なの。ベータ星の危機は見過ごさないわ」
「その正義感が命取りだね……この船も、わたしの船のようにしてやる……」
「させるか……」
 
 マーク船長は、ワープスイッチをCPUとのリンク無しに入れた。目的地を入力していないワープは、亜空間に投げ出される。つまり、現実世界ではない宇宙の狭間に。
「どないや、これで、この船を破壊したら、バアサン、元の世界には戻れなくなってまうで」
「もともと戻ろうなんて気はないよ。水銀還元プラントもダウンロードの最中。アルターエゴを作り直すには、あたしの残り時間は少なすぎるからね……ただ、あんたらを生かしておいちゃ気が済まないんでね……」
 
 ビューン バシッ!
 
 耳障りな音がした。
 コスモスが自分のコスモエネルギーを破壊モードに変換。アルルカンにぶつけ、はじき返された音だ。
「残念だったね、コスモス。シールドを張ってあるんでね」
「残念……」
 その言葉を残して、エネルギーを使い果たしたコスモスは棒のように倒れてしまった。
 そして、船がビリビリと振動し始めた。
「この船には意志があるんだね。破壊の思念に抵抗している……」
「そうさ、破壊される前に、あんたの命の灯が消える」
「舐めちゃいけないよ、このアルルカンを……!」
 アルルカンの思念が、さらに強力になり、船は悲鳴に似たきしみ音をたてる。
「くそ……!」
「あと二十秒も持たないだろうね、へへへ……」
 そして、船のきしみが分解寸前に達したとき、いきなりアルルカンの首が飛んだ……!
 首が無しアルルカンがドウと倒れると、その背後には意外な人物がコスモセーバーをはね上げた姿勢で立っていた。
 
「マグダラ……」
 
 そう、それは、女宇宙海賊のマグダラであった……。
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

永遠女子高生・14・《京橋高校2年渡良瀬野乃・5・ひょっとして・4》

2019-11-30 07:14:44 | 時かける少女
 永遠女子高生・14
《渡良瀬野乃・5・ひょっとして・4》         




 今年の2月の末日は29日だ。

 カレンダーで確認すると、なんだかいいことが有りそうで嬉しくなった(#^.^#)。
「あーあ、春は明日からかーー」
 語尾をカラスみたいに伸ばして妹の菜々。いっしょに玄関に出たら、カラスの菜々にローファーを踏んづけられた。
「ク…………!」
 春の到来を一日伸ばされたことと相まって、2月29日の奇跡の予感は吹っ飛んでしまった😢。

 きのう秀一から思いがけなく電話をもらった。会って話がしたいというので、ずっとドキドキしている。

 特別なことなんか起こりっこない……そう思いながらもときめいてしまう。
 夕べは念入りにお風呂に入って、念入りにシャンプーとリンスをした。下着も無意識に新しいものを用意して――あたしって、なに考えてんだろ――と自己嫌悪。
「あ、そうだ!」
 ベッドに入って思いついた。スニーカーじゃダメだ、ローファーにしなくっちゃ!
 で、夜の夜なか、玄関で大捜索。入学式で履いて以来のローファーは、高い靴収納の一番上の箱の中。二度と履くことなど無いだろうと突っ込んだままなので、取り出すときに棚の上の靴箱を全部落として、家族の顰蹙をかった。

 踏みつぶされたローファーの形を整え、おニューの白ハイソの足を収める。

「行ってきまーす!」の声がひっくり返る。
「今日はおにぎり齧り付かへんのんか?」
 タバコ屋のお婆ちゃんが、あいさつ代わりのツッコミ。
「オホホホ、やだあ、お婆ちゃま」
 東京弁のブリッコに、お婆ちゃんの口がポカンと開く。
 駅に向かって、電車に乗るまで、あちこちのショーウインドウや鏡などに自分の姿を映す。
「うん、イケてる。あたしって、やることやれば、かなり清楚な女子高生なんだ……ただ、髪の毛がなあ……」
 ここんとこ調べた結果、顔の造作からロンゲが似合うと思い込んでいる。
 引っぱっても伸びるわけではないのだが、ついツンツン引っ張ってしまう。
「あ、ああー!」
 引っぱり過ぎて3本ほど毛が抜けてしまう。

 そんなこんなで、欠点ばかりに目がいったまま学校に着く。

「ごめん、今日は用事があるの」
 またしても東京弁をかまして、愛華に気持ち悪がられる。
「どないしたん、ノノッチ……?」
 ジト目の愛華を、わけもなく下足室まで送る。
「気持ち悪いなあ……用事があるんやろ? なんであたしを送るのん?」
「あ、いや、それは……バイバイ!」
「バイバイ」
 校門まで行って、愛華が戻ってくる。
「ノノッチ、なんか分からへんけど、落ち着きや……今日のノノッチは、いつもの5割増しぐらいには可愛らしいから!」
 今度こそ、愛華を見送って回れ右、約束の場所に向かう。

 藤棚の下に秀一がいる……姿を見ただけで赤くなる。手と足がいっしょに出てしまうので、調整のためにスキップする。

 ドテ!

 ……脚が絡んでこけてしまった……。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小悪魔マユの魔法日記・110『その後のAKR47・4』

2019-11-30 07:06:41 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・110
『その後のAKR47・4』    



――人に話してしまった。もう、このマユのアバターには居られないだろう。

 拓美は思ったが、「これでいいんだ」と言う自分が芽生え始めていることに気づいた……。

 潤は、一時危篤に陥いり、医師たちの懸命な治療のお陰ということになっていたが、拓美との会話で、頭上に迫っていたあの世を回避して、一命を取り留めた。回復も早く、四日目には、ベッドに身を起こしてみんなと話ができるようになった。

――AKR47、仲間を救う命の連携!――

 特に拓美の処置が絶賛され、潤の両親からも感謝され、マスコミからも賞賛を受けた。ただし、アバターの出昼マユとして。

「はい、みんな、こっち向いて!」
「はーい!」
 ベッドの潤を真ん中に、入りきれるだけのメンバーが入って写真が撮られ、カメラが回った。
 十分という時間制限で、マスコミが取材を許されたのだ。
「時間がないので、わたしが決定を言います」
 会長の光ミツルが手を上げた。
「実際の活動は、退院後の復帰からになりますが、潤を加えた新ユニットを結成します」
 病室のみんなから、歓声があがった。
「ユニットの名前は、三つ葉のクローバー」
 黒羽ディレクターが、続けると、みんながズッコケた。あまりに平凡……。

「平凡すぎやしませんか?」

 事務所に場所を移した記者会見で、ベテランの芸能レポーターが声を上げた。
「平凡だからです。ちなみに、他のメンバーは、桜井知井子、矢頭萌。合計三人のユニットです。AKRの中でも、平均的な力の三人です。三つ葉のクロ-バーのように平凡だが、可憐で可能性を秘めています」
「将来、力がついたら、四つ葉のクローバーと改名することを宣言しておきます」
 光ミツル会長と黒羽ディレクターが、簡潔に説明した。
「なお、デビュー曲の作詞は、仁和明宏さんにお願いして、快諾を得ております」
「現在、申し上げられるのは、ここまでです」
「もっと詳しくお願いしますよ!」
 芸能レポーターが食い下がる。
「できたら、説明しますがね。ぼく達も、まだ、ここまでしか決めとらんのです」
「あとは、そこでびっくりしている、知井子と萌に感想聞いてやってください」
 そう二人に振って、光と黒羽は会長室に向かった。

――間もなく列車が通過しますので、白線の後ろにお下がり下さい――

 会長室の白線は特別製で、駅の構内アナウンス、そして列車の通過音やホームの振動まで再現できるようになっている。窓ぎわのスリットからは、列車の通過に見合った風が「バン!」と吹き出した。
「あいかわらず、こんなので遊んでるのね」
 仁和が、風に髪をなぶらせながら背中で言った。
「あんたから電話をもらってタマゲタよ。かれこれ二十年ぶりだもんな」
「そうね、黒羽クンが、まだ駆け出しのADだったもんね」
「とりあえず、仁和さんの言うとおりにやったけど、これでいいんだね?」
「ええ、取り越し苦労かもしれないけど、みんなの役に立てればって、そう思って」
「しかし、いいんですか。仁和さんはオモクロとも専属の契約なさってたんじゃ……」
 黒羽がADに戻ったように、お茶を淹れながら言った。
「ハハ、ミツルクンも、敵に塩を送ってるじゃない。オモクロとか、神楽坂24とか」
「ハハ、敵も適当に強くなってもらわなきゃ、面白くないからな」
「あいかわらずね。でも、わたしのは、もっと真面目。人の魂に関わることだから……」
 そう言って、仁和は、おもむろに香をたき始めた。
「で、本当なのかい、このAKRが……」

 拓美には、そこまでしか聞き取れなかった。仁和のたいた香が結界になって、感じ取ることができなくなっていた。
 しかし、会長室の三人からは悪意めいたものは感じなかった。それどころか、暖かいいたわりの気持ちさえ感じられた。そして、そのいたわりは、入院している潤に向けてのものだけでないことも気づいた……。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

乃木坂学院高校演劇部物語・50『 罠 』

2019-11-29 07:10:16 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・50   
『 罠 』 

 
 
 罠だとは分かっていた。

 理事長に会った明くる日に、バーコードに呼び出された。
 放課後の校長室。
 校長室というのは、どこでもそうだけど校長の個人的なオフィスというだけではない。
 普通教室ならまる一つ分のスペースには、校長用の大きな机と、指導要録なんかの重要書類の入った金庫。それに、応接セットを置いても、半分のスペースが残る。そこには大きなテーブルが十数個の肘掛け付き椅子を従えて鎮座している。運営委員会など、学校の重要な小会議が開けるようになっている。
 校長や教頭が、保護者や教師に「折り入っての話し」をする時にも使われる。
 バーコードは、その折り入ってのカタチでわたしを呼び出した。

「失礼します」
 ノックと同時に声をかける。ややマナー違反だが構わないだろう。
「どうぞ」
 返事と同時にドアを開けた。
 バーコードは、わざとらしく観葉植物のゴムの木に水なんかやっていた。観葉植物の鉢の受け皿には、五分目ほども水が溜まっていた。 罠にかける緊張から、水をやりすぎていることにも気づかない。分かりやすい小心者だ。
「いやあ、お忙しいところすみませんなあ」
 バーコードは鷹揚に応接のソファーを示した。
 バーコードが座ったのは、いつも校長が座る東側のソファー。背後の壁には歴代校長のとりすました肖像画や写真が並んでいる。バーコードが、初代校長と同じポーズで座っているのがおかしかった。
「実は、この度の件、早く決着させておこうと思いましてね。いや、今回の度重なる事故は、先生の責任ではないことは重々承知しております。校長さんも気の毒に思っておいでです。今日は校長会で直接お話できないので、くれぐれも宜しくとのことでした」
「緊急の校長会なんですね。定例は奇数月の最終土曜……来週三十日が定例ですよね」
「え……あ、いや。なんか都合があったんでしょうな」
――そちらの都合でしょうが。
「申し上げにくいことですが、今回の件につきましては、残念ながら、くちさがない噂をする者もおります……」
――だれかしら、その先頭に立っているのは……。
「で、理不尽とお感じになるかもしれませんが、そういう者たちの気持ちもなだめにゃならんと……なんせ、職員だけでも百人近い大所帯ですからなあ……」
「みなまでおっしゃらないでください。間に入って苦労されている教頭先生のお気持ちも分かっているつもりです」
「貴崎先生……」
「わたしに非がないと思って庇ってくださる先生のお言葉は、身にしみてありがたいと思っています。しかし噂が立つこと自体わたしに甘えや、日頃の行いに問題があるからだと思います。生徒二人を命の危険に晒したことは、やはり教師としての資質の問題であると感じています」
「貴崎先生、そんなに思い詰められなくても……」
「いいえ、やはりこれはケジメをつけなければならないことだと思います。一義的には、生徒を命の危険に晒したこと。二義的には、学校の名誉を傷つけてしまったこと。そして、もう一つ。わたし自身のためにも……ここで、教頭先生のお言葉に甘えて自分を許してしまっては、ろくな教師……人間になりません。どうか、これをお受け取りください」
 わたしは懐から封筒を出して、そっとバーコードの前に差し出した……校長の机の上に不自然に置かれた万年筆形の隠しカメラのフレームに封筒の表が自然に見えるように気を配りながら。

 封筒の表には「辞表」の二文字が書かれている。

 バーコードは、一呼吸おいて静かに、しかし熱意をこめてこう言った。
「いや、これは。あ、あくまでもくちさがない者どもの気を静める為だけの方便でありますから、理事会のみなさんにお見せして、そのあと直ぐに却下という運びになろうかと、どうかご安心して、ご自宅で待機なさっていてください」
「ご高配、ありがとうございます……」
 と言って、わたしも一呼吸置く……バーコードが演技過剰で、カメラに被ってしまう。
 わたしは、腰半分窓ぎわに寄り、臭いアドリブをカマした。
「こうやって、わたしの心は、やっとあの青空のように晴れやかになれるんです……」
「貴崎先生……貴女のお気持ちはけして忘れはしませんぞ!」
 感極まったバーコードはわたしの手を取った(気持ち悪いんだってば、オッサン)
「では、これで失礼します」
 カメラ目線にならないように気をつけながら、わたしは程よく頭を下げた。
 カメラのアングルの中に入っているので、部屋を出るまで気が抜けない。
 ドアのところで振り返り、トドメの一礼をしようとしたら、バーコードが、またゴムの木に水をやっているのが目に入った。
「教頭先生……水が溢れます」
「ワ、アワワワ……」
 と、バーコードが泡を食ったところでドアを閉めた。

 あれだけ、台詞の間を開けてやればビデオの編集もやりやすいだろう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ファルコンZ:26『さよならアルルカン・2』

2019-11-29 07:00:31 | 小説6
ファルコンZ 26
『さよならアルルカン・2』     
 
 
 
 アルルカンの特技は、心の先を読むことである。
 人の心も、アンドロイドの行動予測も読めた。
 そして……自分の心さえ。
 
 だから、街角の占い師から、十年の歳月をかけて、地球の銀河連邦大使の地位まで上り詰めた。
 
 そのことは問題ではない。
 
 問題は、アルルカンの欲である。
 
 地球や銀河宇宙のために使おうというのであれば、多少のことは許される。宇宙に完全な善などは存在しない。みな自己保全と、自分だけの成長が……煎じ詰めれば存在目的である。しかし、たいていの者は自己保全と成長が目的であるとしても、表面は銀河宇宙の安定と平和を願っている。いわば擬態である「善」の顔で付き合っているのが銀河連邦である。
 その中で、アルルカンは違った。アルルカンは銀河連邦の覇権を握ろうとしていた。大使というのは、そのための最後の擬態であった。
 
「感じる……アルルカンの心を」
「アルルカンの船には、まだ100パーセクもあるねんで。それで読めるか?」
 クルーのみんなも同じ気持ちだった。
「わたしの、ほとんど唯一の特技です。読むことと隠すこと。ただアルルカンのように先は読めません。今が見えるだけ」
「で、あいつの今の心は……?」
 ファルコン・Zのクルーは、マリア王女……マリア近衛中尉に注目した。
「危険です……ベータ星の水銀還元プラントは設計が盗まれています。設計は、すでに地球に送られ作られ初めています」
「地球の水銀を金に還元するんやな」
「しかし船長。水銀は還元の過程で1/100になります。地球中の水銀を金に還元しても、ロックフェラー級の金持ちになれる程度です」
「……投機に回したら、一時的やけど、地球の経済は大混乱やろな」
「それが、アルルカンの狙いです。その隙に地球の指導者になり、その先は……銀河連邦の支配です」
「銀河連邦の支配!?」
 
 一同が驚いた。
 
「連邦を支配できれば、わがベータ星の水銀もアルルカンの手に金として、盗られてしまいます」
「銀河連邦と言っても、その範囲は半径100光年の球状に過ぎないわ。たかが銀河の10%。その先は未知の宇宙同然。たとえハンパでも連合していなければ、これからやってくる危機には耐えられないわ」
 ミナホが、啓示を受けたように言った。
「ミナホちゃんも、なにか担わされているようね。その洞察力には、すごいオーラがあるわ」
「それより、どないすんねん、アルルカンは!?」
「破壊しましょう、船ごと」
「でも、あの船のバリアーは、コスモ砲でも打ち抜けません」
 コスモスが冷静に言った。
「わたしのソウルを同期させます」
「下手したら、死ぬで!」
「皇位の継承は妹を指名してあります」
「マリア……」
 船長以外のクルーは言葉も無かった。
「わたしも、同期します」
「ミナホ……」
「バリアーは破壊できても、シールドがあります。瞬時に破壊しないと反撃……アルルカン自身が、この船に乗り込んできます」
「ミナホ、お前には重要な任務が……よう分からんけどある!」
「わたしにも、うっすらと分かってきてます。ミナコちゃん、力を貸して」
「え、あたしが!?」
 ミナコが、素っ頓狂な声をあげた。
 マリアと、ミナホ、ミナコが手を繋ぎ、ファルコン・Zをバージョンアップした。
「反重力砲コンタクト、コスモ砲に転換……完了!」
「照準完了まで、5秒、4,3,2,1,ファイア!」
 
 アルルカンが、コスモ砲の発射に気づいた瞬間に、着弾。バリアーもシールドも船ごと一瞬に吹き飛ばされ、蒸発してしまった。
「やったー!」
「しまった!」
 ポチの歓声と、マリアの傷みの声が同時にした。
 
「やってくれたわね……」
 
 コクピットに、アルルカンが実体化していた……。
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

永遠女子高生・13・《京橋高校2年渡良瀬野乃・4・ひょっとして・3》

2019-11-29 06:50:05 | 時かける少女
 永遠女子高生・13
《渡良瀬野乃・4・ひょっとして・3》         



 
 日曜というのはお日様のイメージだ。

 平日だってお日様には当たる。でも平日は、ほとんど教室の中だ。通学路やグラウンドで浴びるお日様には力が無い。
 日曜日のお日様は、たとえ自分の部屋のカーテン越しに入ってくる日差しでも、明るさと温もりが違う。

 野乃は日曜日に、よく散歩をする。

 たいてい近所の大阪城とその周辺。

 外国や地方の人は、わざわざ時間とお金をかけて大阪城に来る。野乃は近所なので、当然タダ。ちょっと得した気分になる。
 姫路城などに比べると、大阪城はつまらないという人がいる。
 父に連れられて、子どものころから馴染んでいる野乃には素晴らしいお城だ。
 なんといっても、お堀と石垣がいい。その深さ、大きさ、高さ、そして戦災や火災によって刻まれた時間が、他の城にはない凄みになっている。緑の深さが凄みに潤いをもたらしている。その凄みと潤いを浮き立たせているのが、お日様の明るさと温もりなのだ。

 でも、今日の野乃は違う。

 本丸のトイレに入ったら、同年配の女の子がギクリとした。
 ギクリとされたのは、ほんの一瞬だけど、野乃には分かった。
――男の子に間違われた……――
 子どものころからパンツルックのショートヘアで男の子に間違われた。高校に入って間違われたのは、これが初めてだ。
――あ~あ――
 凹んだ気持ちで歩いていたら、今度は自分でギクリとした。
 近道しようとして、駐車場を横切った。観光バスが何台も並んでいたので、避けながら歩く。
 一台のバスのお尻から回ってフロントに出た時に、大きなフロントガラスに男の子が映った。
――くそ、自分で自分を男と間違えた!――
 
「でも、一之宮さんは、そこらへんの犬とか猫とかモデルにしたような感じとちゃうかなあ」

 愛華には、そう言ったが、秀一が自分をモデルに少女像を造ったのは、少しは女の子として魅力があるから……かも、と思っていた。
 日曜のお日様は残酷だ。そんな思い込みを、あっさりと蒸発させてしまった。
 野乃は、初めて日曜のお日様を恨めしく思った。

――あたしは、トイレのドア修理がお似合いのオトコオンナやねんな……――

 法円坂を東に下って、森ノ宮につくまで、野乃は何回もため息をついた。
 けたたましくクラクションを鳴らされた。
「あ、すんません……!」
 赤信号に気づかずに横断歩道に踏み込んでしまったのだ。交差点にいる人たちみんなの視線が突き刺さるような気がした。
 居たたまれなくなって、法円坂を逆に上っていく。
 上ってすぐの角を曲がったところで、スマホが鳴った。多分愛華かお母さん……。
「もしもし……」
 ひどいブス声で電話に出る。

――あ、ぼく、一之宮秀一……――

 口から心臓が飛び出しそうになった。
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小悪魔マユの魔法日記・109『その後のAKR47・3』

2019-11-29 06:41:21 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・109
『その後のAKR47・3』     



「それは、わたしが……」
 
 拓美は、言い淀んでしまった……。

 潤が、困ったような、すがりつくような目で見ている……拓美は、一呼吸すると決心して語り始めた。
「わたし……マユじゃないの」
「え……?」
 
 あとの言葉が続かなかった。

 これを言ったら拓美は、もうマユのアバターの中には居られないような気がした。ドアの通風口のスリットを通して、病院の微かな日常音が聞こえてくる。患者や病院関係者の足音、密やかな話し声、ストレッチャーや車椅子の音、それは現実の時間が確実に流れていることを拓美に教える。

「わたしは、浅野拓美。幽霊よ……」

「え……」
「わたし、AKRの最終オーディションの前に、交通事故で死んだの。でも、死んだことに気づかなくて、最終選考のオーディションまで来てしまって……そこで、マユちゃんに見破られてしまって、やっと自分が死んでいることに気づいたの……まだ、驚かないでね、話は、まだまだなんだから」
 潤は、どう受け止めていいか分からずに、動揺した目で、拓美を見ている。
「マユって子は……特殊な能力があって、それに気づいて見破った。で……一度は諦めたんだけど……諦めるって、あの世に逝くってことだけどね。わたし、どうしてもアイドルになりたかった。自分の力と運を試したかった。そうしたらマユは、自分の……この体を貸してくれたの」
「し、信じられません。マユさんは、クララさんなんかと同じ一期生で、わたしたちの憧れでした。急に別人だなんて……」
「わたしの本当の姿を見せてあげる」
 拓美が、部屋の姿見を指差した……そこには、マユのアバターではなく、拓美本来の姿が映っていた。
「こ、これが拓美さん……」
「そう、AKRは、本当は48人。わたしに関する記憶は、マユが全て消し去って、わたしに、この体を貸してくれた。だからAKRは47なのよ」
 潤は、マジマジと、姿見の拓美本来の姿と、マユのアバターに入った拓美の姿を見比べた。
「拓美さん、本来の姿の方が可愛い……」

 遠く離れた神楽坂のスタジオで、マユの今のアバターである仁科香奈がクシャミをした。さすがの小悪魔も、このクシャミの理由までは分からなかった。

「ありがとう潤」
「……でも、マユ……拓美さん、どうして、こんな話してくれたんですか?」
「なにか刺激的な話をして引き留めておかないと、潤は、向こうへ逝ってしまうから」
 
 潤は、初めて気がついた。自分の頭の上に、かすかな光の渦が来ていて、自然に自分が、そこに引き込まれつつあることに……放っていれば、階段を上り、屋上に出て、その渦の中にまきこまれていったであろうことを。

「わたし、死ぬところだったんですね」

「そう……あの光の渦に飲み込まれてね。そうでなきゃ、わたしみたいに、死んだことも自覚しないで、この世をさまよっていたわ」
「ありがとうございます」
「いいの、これで潤は、死なずにすむ。念のため、このマユのアバターの力を少し分けてあげるわね……」
 
 拓美は、自分の胸に手をやると、握り拳ほどの光の玉を潤の胸に押し当てた。潤はホワっと体が温まるのを感じた。頭の上の光の渦は、小さく、遠くなっていってしまった。

「もうこれで潤は生き返る。さあ、自分の体に戻りなさい」
「はい」
「それと……わたしが拓美だってことは、しばらく黙っていてね。人に知られてしまったら、わたしは、もう、このアバターに憑いていることができなくなるから」
「絶対言いません。だって、拓美さんが、命がけで助けてくださったんですから」
「ほらほら、わたしは拓美じゃなくてマユ。AKR創立以来の選抜メンバー出昼マユなのよ」
「は、はい。マユさん!」
 元気よく返事をすると、潤はゴムひもで引っ張られたように、自分の体に戻っていった。

――人に話してしまった。もう、このマユのアバターにも長くは居られないだろう。
 拓美は、そう思ったが、「これでいいんだ」と言う自分が芽生え始めていることに、初めて気づいた……。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

せやさかい・098『クソ坊主と阿弥陀さん』

2019-11-28 15:58:12 | ノベル

せやさかい・098

『クソ坊主と阿弥陀さん』 

 

 

 発見はあった。

 留美ちゃんは中島みゆきが好き、お酒が入ると歌が上手くなる。

 

 この発見から導き出される結論は。

 歌のテストには、お酒を飲んで中島みゆきの歌を唄えば合格間違いなし。

 しかし、中島みゆきの歌を唄うのはともかく、学校でお酒を飲むわけにはいかへん。

 それに、間違ってテイ兄ちゃんのコークハイを飲んでしもたとは言え、お酒を飲んでしまったことにショックの留美ちゃん。

 

「ああ、もうこの世の終わりだよ~( ノД`)」

 嘆くのもむべなるかな……。

 

 この件について、いちばん反省、もしくは落ち込まならあかんのはテイ兄ちゃんや。

 不可抗力とは言え、未成年、それも十三歳の女子中学生にお酒を飲ませたんやから!

「留美ちゃん、意外とお酒に強いねんなあ」

 留美ちゃんは、ほんの十分ほど気絶と言うか寝てしもたんやけど、目が覚めてペットボトルのお茶を一気飲みしたら、だいぶマシになって、帰りの車に乗ってもヘッチャラやった。

 なんも考えんとコークハイ作ってしもたテイ兄ちゃんやったけど、帰りの運転を考えて飲むのんはやめてた。やめてたからこそ、留美ちゃんは自分のコーラと間違うて飲んだんやけどね。

 それに、留美ちゃんのヘッチャラいうのは体調のことで、ほんで、心配かけたらあかんという健気さからやからし。

 せやから、あとで電話した時の留美ちゃんは、正直に落ち込んでたんや。

「まあ、音楽のテストやろ、なんとかなるで」

 他人事みたいに言いながらおっぱん(仏さんに供えるごはん、おぶくさんともいう。夕方にお供えして夜にはお下げする)を片付ける。

「もう、気楽に言うてさかいに」

 これが留美ちゃんと違て、頼子さんやったらテイ兄ちゃんの反応は違てたと思うぞ。

「まあ、心配やったら、阿弥陀さんにお願いしとくんやなあ」

「阿弥陀さんが受け合うてくれはるんは極楽往生だけや、世俗の願い事は効き目ないやろが」

「いやいや、ここ一番は別やと思うで。檀家のお年寄りなんか、みんなお願いしていかはるで」

「そんなん……」

「ナマンダブ ナマンダブ ちょっとさくらの願い事を聞いてってください」

 ご本尊に手ぇ合わせるテイ兄ちゃん。

「ほら、阿弥陀さんにこっち向いてもろたから、お願いしとき」

 それだけ言うて、テイ兄ちゃんは庫裏のほうへ戻っていく。ええかげんな坊主や。

 こないだの見返り阿弥陀さんが思い出される。

 うちの阿弥陀さんは、最初から前向いてはるけど、なんや、あたしのことを見てくれてはるような気がしてきた。

 座って手を合わせる。

「クソ坊主が、へんなこと言うてすみません。せやけど、できることならお願いします……ナマンダブ ナマンダブ……」

 

『わかった、なんとかしたげよ』

 

 え!?

 阿弥陀さんがしゃべった。

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

乃木坂学院高校演劇部物語・49『メリークリスマス……』

2019-11-28 06:49:38 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・49   
『メリークリスマス……』 


 

「わたし、八月に一度戻ってきたじゃない」
「うん、あとで聞いて淋しかったよ。分かってたら、クラブ休んだのに」
「あれは、わたしのタクラミだったの。だれにも内緒のね……旅費稼ぐのに、エッセーの懸賞募集まで応募したんだよ」
「さすが、はるかちゃん!」
「でも、わたしって、いつも二等賞以下の子だから」
「乃木坂でも準ミスだったもんね。じゃ二等賞?」
「フフ……三等賞の佳作。賞金二万円よ。これじゃ足んないから、お母さんがパートやってるお店のマスターにお金貸してもらってね。むろんお母さんには内緒でね」

 はるかちゃんは、二つ目のミカンを口にした。さっきより顔が酸っぱくなった。

「帰ったお家に黄色いハンカチは掛かってなかった……」
「じゃ……」
 わたしもミカンを頬ばった。申しわけないほど甘かった。
「機械と油の匂いが……うちは輪転機とインクの匂いだけど、しなかった。その代わりに……あの人がいた」
 はるかちゃん、遠くを見る目になった。その隙にミカンをすり替えてあげた。
「あの……その……」
「今は、うまくいってるよ……当たり前じゃない、そうでなかったらここに戻ってこられるわけないでしょ。今は秀美さんのこと東京のお母さんだと思ってる」
 はるかちゃんは涙目。でも、しっかり微笑んでる。
「ところで、まどかちゃん。あんた演劇部うまくいってないんだって?」
 すり替えたミカンは、やっぱ酸っぱかった。
「二十九人いた部員……四人に減っちゃって」
「乃木坂の演劇部が、たったの四人!?」
「潤香先輩は入院中。で、残りの三人はわたしと、二階で寝てるあの二人……」
「そうなんだ……やっと、おまじないが効いたみたい。甘くなってきた」

 はるかちゃんのミカンが甘くなったところで、ここに至った経緯を、かいつまんで話した。相手がはるかちゃんだったので心のブレーキが効かなくなって、涙があふれてきた。

「そう……まどかちゃんも大変だったのね」
「マリ先生は辞めちゃうし、倉庫も焼けて何にも無しだし……部室も、年度末までに五人以上にしなきゃ出てかなきゃなんないの」
「そうなんだ……でも、やってやれないことはないと思うよ」
「ほんと……?」
「うん。だって、うちのクラブね、たった五人で府大会までいったんだよ。それも五人たって、二人以外は兼業部員と見習い部員」
「ん……兼業部員?」
「うん。他のクラブや、バイトなんかと掛け持ちの子」
「じゃ、見習い部員てのは……?」
「わ・た・し」
「はるかちゃん、見習いだったの?」
「うん、わたしは夏頃から正規部員になりたかったんだけど、コーチが頑固でね。本選に落ちてやっと正規部員にしてもらったの」
「なんだか、わけ分かんない」
「でしょうね。語れば長いお話になるのよ……ね、これからはパソコンとかで話そうよ。カメラ付けたらテレビ会議みたく顔見ながら話せるし」
「うん。やろうやろう……でも……」
「ハハ、自信ないんだ。ま、無理もないよね。天下の乃木高演劇部が、実質三人の裸一貫だもんね」
「うん、だから今日はヤケクソのクリスマスパーティー」
「でも、まどかちゃんのやり方って、本質外してないと思うよ」
「ほんと?」
「うん。今日みんなで『幸せの黄色いハンカチ』観たのって大正解」
「あれって、さっきも言ったけど、テーブルクロス洗って干してたら、理事長先生に言われて……」
「意味わかんないから、うちのお父さんからDVD借りて……で、感動したもんだから。あの二人にも観せようって……でしょ?」
「うん、景気づけの意味もあるんだけどね」
「次のハルサイの公演まで、五ヶ月もあるんでしょ?」
「うん、上演作品決めんのは、まだ余裕なんだけどね。それまで何やったらいいのか……」
「今日みたくでいいんだよ。お芝居って、演るだけじゃないんだよ。観ることも大切なんだ……お芝居でなくてもいい、映画でもいいのよ。いい作品観て自分の肥やしにすることは大事なことなんだよ。だって、そうでしょ。野球部やってて、野球観ないやつなんている? サッカーの試合観ないサッカー部ってないでしょ」
「うん、そう言われれば……」
「演劇部って、自分じゃ演るくせに、人のはあんまり観ないんだよね」
 コンクールでよその学校のは見てたけど、あれはただ睥睨(へいげい=見下す)してただけだもんね。
「芝居は、高いし。ハズレも多いから今日みたく映画のDVDでいいのよ。それと、人の本を読むこと。そうやってると、観る目が肥えるし。演技や演出の勉強にもなるのよ。それに、なによりいいものを演りたいって、高いテンションを持つことができる!……って、うちのコーチの受け売りだけどね」
「じゃあ、今日『幸せの黄色いハンカチ』観たのは……」
「うん、自然にそれをやってたのよ。まどかちゃん、無意識に分かってたんだよ!」
「はるかちゃん……!」

 二人同時にお盆に手を出して気がついた。

 ミカンがきれいになくなっていること。ふたりとも口の周りがミカンの汁だらけになっていること……二人で大笑いになっちゃった。
 はるかちゃんがポケテイッシュを出して口を拭った。
「はい、まどかちゃんも」
 差し出されたポケティッシュにはNOZOMIプロのロゴが入っている。
「あ、これってNOZOMIプロじゃない」
「あ……あ、東京駅でキャンペーンやってたから」
 その時、はるかちゃんの携帯の着メロが鳴った。
 画面を見て一瞬ためらって、はるかちゃんは受話器のボタンを押した。
「はい、はるかです……」
 少し改まった言い方に、思わず聞き耳ずきん。
「え……あれ、流れるんですか……それは……はい、母がそう言うのなら……わたしは……はい、失礼します」
 切れた携帯を、はるかちゃんはしばらく見つめていた。
「どうかした……?」
「え、ああ……まどかちゃん」
「うん……?」
「相談にのってくれるかなあ……」

 この時、はるかちゃんは、彼女の一生に関わるかもしれない大事な話しをしてくれた。ポケティッシュは、東京駅でのキャンペーンなんかじゃなかった。
 ひたすらびっくり。まともな返事ができなかった。
 ただ、ミカンの柑橘系の香りとともに、わたしの一生の中で忘れられない思い出になった。


 はるかちゃんが三軒となりの「実家」に帰ると、入れ違いに兄貴が帰ってきた。

「だめじゃないよ、雪払わなくっちゃ」
「あ、ああ……」
 兄貴は、意外と素直に外に出て、ダッフルコートを揺すった。いつもなら一言二言アンニュイな皮肉が返ってくるのに。
「兄ちゃん……」
 兄貴は、なにも答えず明かりの消えた茶の間に上がって、そのまま二階の自分の部屋に行く気配。
 兄貴らしくもない、乱暴に脱ぎ捨てた靴。
 それに、頬にクッキリと赤い手形……。
 兄貴は、どうやらクリスマスデートでフライングしたようだ。

 再建が始まったばかりのわたしたちの演劇部。フライングするわけにはいかない。

 一歩ずつ、少しずつ、しっかりと歩き出すしかないんだ……。
 兄貴が閉め忘れた玄関を閉めにいく……表は、東京では珍しい大雪が降り続けていた。

「メリークリスマス……」

 静かに、そう呟いた……忠クンの顔が浮かんで、ポッっと頬が赤らむ。
 それを聞きとがめたように、遠くで犬が吠えた。
 わけもなくウロタエて、わたしは身震い一つして玄関の戸を閉めた……。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ファルコンZ:25『さよならアルルカン・1』

2019-11-28 06:34:01 | 小説6
ファルコンZ 25
『さよならアルルカン・1』     
 
 
 
 ターベの反乱は四:六で、反星府軍の旗色が悪くなったところで終わった。
 ベータ星内のもめごとは、ある程度のところまでいくと国王がタオルを投げる。けして片方を殲滅するところまではやらない。
 
 長年のベータ星の歴史の中で、ベータ星人が身につけた知恵である。
 最初は、母星のガンマ星と同じく共和制をとっていたが、争い事が絶えず、その度に多くの犠牲者を出し、星府の方針もコロコロ変わり、ガンマ星につけいる隙を与えてしまった。それが今のガンマ星との戦争になっている。
 
「ラムダ将軍。あなたが、このベータ星を思う気持ちは、わたしも星府も同じなのです。やり方が違うのです。わたしたちは、あくまでベータ星とガンマ星の共存を……将軍は、禍根を断つためにガンマ星との決戦を主張しています。そこだけが違うのです」
「わたくしは……」
「ベータ星を繁栄させることで、手を取り合いましょう。ベータ星人同士が戦って、ベータ星の若者の命を危険に晒すことは避けましょう」
「殿下……」
 
 これで一件落着である。
 
 王室という権威が間に入ることによって、敗北した者も誇りを失わずに済む。そして、いくらかの意見を勝った方が飲み、丸くおさめるのである。
 こういう権威のあり方が優れていることは、地球でも、タイや日本で立証されている。
 
 今回の場合、問題は、ガンマ星であった。
 
 どうやら、ガンマ星は、ベータ星の水銀還元プラントに興味があるようだった。副産物としてできる金のことを嗅ぎつけ、それを我がモノにせんと虎視眈々の様子である。
 
「先帝ご葬儀に臨席された地球の大使が……」
「承知しています、将軍。手は打ちつつあります。ほんのしばらくわたしに任せてください。そして、それがダメなら、星府と話し合い、必要な処置を講じてください」
「しばらくとは……?」
「僭越であるぞ、ラムダ」
「よいのです、ゼムラ大臣。一週間と思ってください。おそらくうまくいくと思います。成否いずれにせよ、これは国王としては越権になります。記録には残さないでください」
「殿下は、まだ女王に即位されておられません。王女の行動記録は、今までとったことがございません」
「ありがとうゼムラ大臣。では、三日は連絡をとりません。万一のときには帝室典範にのっとり妹のアンに皇位を」
「殿下……!」
 大臣と将軍が同時に声と腰を上げたが、王女は笑顔で、それを制した。
 
「本気ですか、王女!?」
 
 マーク船長が悲鳴のように声をあげた。
 
「この三日間は、ただのマリアと思って。あなたたちと力を合わせなければ、この銀河の危機は救えません。そう、たった今から、わたしは予備役のマリア中尉です」
「中尉? 王族の人間なら、訓練中に大尉にはなっているんじゃ……」
「内緒だけど、シュミレーション戦闘で、間違えて味方の一個大隊を全滅させちゃったの。で、頑固なラムダ将軍が、大尉にしてくれなかったの。成功したら大尉にしてもらうわ。みなさんよろしく!」
 ミナコたちクルーは驚いたが、マリア王女……マリア近衛中尉は、さっさと自分の荷物をキャビンに運び入れた。
 
 さよならアルルカン作戦が始まった……。
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

永遠女子高生・12・《京橋高校2年渡良瀬野乃・4・ひょっとして・2》

2019-11-28 06:24:10 | 時かける少女
 永遠女子高生・12
《渡良瀬野乃・3・ひょっとして・2》         


 

 ホームセンターが好きというわけではない。

 ただ、芸術大学で舞台美術を教えている父に連れられて、子どものころからホームセンターには行っていたので、並の高校生よりは詳しい。
「へー、すごい、一発で見つけたなあ!」
 迷わずにドアノブのユニットを見つけると、愛華が感心した。
「ドアノブのバックセットいうたら、60ミリ厚がスタンダードやさかい、感心するようなもんとちゃうし」
「そのバックセットとか、厚がどうたらいう時点ですごいよ」

 ドアノブに感心されたことには忸怩たる思いがあったが、親友の賞賛は素直に受けておく。

 賞賛は、した方もされた方も気分がいいもので、どちらが誘うということもなくハンバーガショップに入る。
「「ハンバーガーセット、クーポン券で!」」
 と、声が重なったのに笑い転げてしまった。オーダーを受けたスタッフも笑っている。
「こういうとこは、気が合うなあ(#^.^#)」
 友情を新たにしながら、ハンバーガーに齧りつく。

「あの二人は、別れたいう噂やったんやけどなあ……」

「二人て?」
 分かってはいるけど、とぼけておく。
「一之宮さんと里中さんやんか」
「ああ、さっき校門で見かけた二人?」
「というか、一之宮さんは、ノノッチをモデルに少女像造った人やんか」
「あ、そうやったっけ」
「うん、あの話は、ビックリポンやったなあ……って、ノノッチもっとビックリしてええんとちゃう?」
「でも、一之宮さんは、そこらへんの犬とか猫とかモデルにしたような感じとちゃうかなあ」
 自分で言いながら寂しくなる。
「うーん……かもしれんなあ、ゴミとして捨てられるまでほっといたんやからなあ」
「けど、持って帰らはったんやんか」
「そやなあ……って、もしかしたら?」
 ズズーっとシェイクを啜って、野乃はごまかした。
「ノノッチ、シャンプーは、その奈菜ちゃんが買うてきたやつがええよ。香りが、とってもええさかい」
 愛華はシェイクの蓋を開けて、ズルズルと飲み干し、ガリガリと氷を噛み砕く。
――愛華は、こんなことをやっても可愛い。あたしがやったら、猿やて言われそう――
 寂しく思う、野乃であった。

「よし、ドア直ったよ」

 家に帰ると、ジャージに着替えて、直ぐにトイレのドアを直した。
「けど、お母さん、ユニットの中のバネが錆びて、折れてた。たまたま、あたしが触った時に壊れたんやさかいにね」
「いや、ほんま。やっぱりバブルのころにできた家やから、手抜きやったんやろか?」
「念のために、油スプレーしとくわね」
 しゃがみ込んで、スプレーオイルを吹きかけておく。
「なんや、そうやって作業してる姿はお父さんそっくりやねえ」
「…………」
 野乃は凹んだ。
 
 父は好きだが、まるで男のようだと言われたのと同じ。
 むろん母に悪気はないが、無意識であるからこそ凹んでしまう……。 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小悪魔マユの魔法日記・108『その後のAKR47・2』

2019-11-28 06:17:52 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・108
『その後のAKR47・2』    



「わたし、付いていきます!」

 有無を言わせぬ力で拓美は宣言した。潤の魂と体は、まだ完全には重ならず、二重にぼけて見えた。予断を許さない状況であった……。
 

「心臓の僧帽弁に異常があるので、緊急手術をおこないます」
 医師は冷静かつ真剣な表情で告げた。
「こないだの健康診断では、問題無かったんですが……」
 駆けつけた黒羽ディレクターは、呆然として呟いた。
「並の検査では分かりません。負荷心電図をとらなきゃ分からないしろものです。おそらく今まで自覚症状がないんで、本人も気が付かなかったんでしょう。いま心臓外科の先生にきてもらっている最中です。到着次第オペにかかります」

 三十分後に緊急手術が始まった。
 
 黒羽ディレクターの他に、会長の光ミツル、潤のご両親もあつまり、手術室の前で固唾を呑んで待っていた。
 オペが始まって、一時間ほどしたころに、なんと潤が、ボンヤリと手術室から現れた。

――潤……!

 拓美には分かった。その潤は肉体から抜け出した魂である。

 潤は、しきりに父や母に話しかけているが、むろん反応は返ってこない。潤は困った顔で、黒羽や会長にも声をかけるが、結果は同じである。
――潤。
 拓美は、心で呼びかけた。
――あ、マユ先輩!
 潤は、マユのアバターに入った拓美をマユだと思っている。
――ここじゃ話せない、わたしに付いてきて。
――はい。
「ちょっと、外の空気にあたってきます。なにかあったら、すぐに呼んでください」
「ああ、ここまで、がんばってくれたんだからな、マユ、少し休んでこい」
 黒羽ディレクターが優しく言った。黒羽は、もともと気の付く優しいディレクターであったが、新妻の美優に死なれてからは、仕事の上の優しさではなく、人間として、本当の意味で優しくなった。

 マユは、潤を空いている倉庫のような部屋に連れていった。

――え、外に行くんじゃないんですか?
「驚かないで聞いてね……潤、あなたは死にかけてるの」
――そんな、冗談言わないでくださいよ。こんなに元気にお話してんのに。
「スタジオで倒れてからのこと、覚えてる?」
――あ……気が付いたら、ここに居ました。廊下にお父さんやみんながいるのが分かって……でも、みんな真剣な顔しちゃって、気づいてくれなくて……で、マユ先輩が声をかけてくださったんです。
「落ち着いて聞いてね」
――……はい。
「潤、あなたは死にかけてるの。ここにいる潤は魂。体の方は、手術室にいるのよ。あっちの方を見てご覧なさい」
――手術室……。
「壁を何枚も素通しで見えるのはなぜ?」
――ほんとだ……。
「魂や幽霊になってしまうと、見たいものや意識したものしか見えなくなるの」
――あの手術台の上に寝てるのは……わたし!?
「そうよ、残酷だけど、これが現実。今の潤は、生と死の間をさまよっているの。潤は自覚も無かったんだけど、心臓に欠陥があったの、それがレッスン中に出ちゃったの。で、救急車で運ばれて緊急手術の最中」
――そんな、わたし死んじゃうんですか……。
「言ったでしょ、今は、その境目だって。放っておけば、潤の魂は体から離れすぎて、戻れなくなって死んでしまう。だから、わたしが呼び止めたの」
――あ、ありがとうございます……でも、マユ先輩は、どうして分かるんですか。そんなことや、わたしのこと?

「それは、わたしが……」
 
 拓美は、言い淀んでしまった……。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

乃木坂学院高校演劇部物語・48『大雪のクリスマス』

2019-11-27 06:08:38 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・48   
『大雪のクリスマス』 


 

 松竹の富士山がド-ンと出て映画が始まった。やっぱ五十二型は迫力が違う。

 網走刑務所の朝から幕が開く。
 健さん演じる島勇作。彼の葛藤の旅路がここから始まるのだ。
 網走駅前で、ナンパし、されている欣也と朱美に出会い、旅は三人連れになる。
 互いに、助け、助けられ。あきれ、あきれられ。泣いて、笑って。そうしているうちに三人の距離は縮まっていく。
 そして、勇作を待っている……待っているはずの(いつか、欣也と朱美という二人の若者の、観客の願望になる)妻との距離が……。
 そして、見えてきた……夕張の炭住にはためく何十枚もの黄色いハンカチが!
 それは約束のしるし、あなたを待ち続けているという妻の心にいっぱいの愛情のしるし!
 エンドロールは、涙でにじんでよく見えない……。
 バスタオルがあってよかった、ティッシュだったら何箱あっても足りないもん。


 そのあと、二階のわたしの部屋でクリスマスパーティーを開いた。
 むろん、はるかちゃんも一緒。
 六畳の部屋に四人は窮屈なんだけど、その窮屈さがいいのだ。
 あらためて、はるかちゃんに二人を、二人にはるかちゃんを紹介した。もう互いに初対面という感じはしないようだ。同じ映画を観て感動したってこともあるけど、わたし自身が双方のことを話したり、メールに書いていたりしていた……。
 クラブのことはあまり話さなかった。いま観たばかりの映画の話や大阪の話に花が咲いた。
 同じ日本なのに文化がまるで違う。例えば、日本橋という字にしたら同じ地名になる所があるんだけど、東京じゃニホンバシと読み、大阪ではニッポンバシ。むろんアクセントも違う。
 タコ焼きの食べ方の違いも愉快だった。東京の人間は、フーフー吹いて冷ましながら端っこの方からかじっていくように食べる。大阪の人間は熱いまま口に放り込み、器用に口の中でホロホロさせながら食べるらしい。それでさっき、はるかちゃん食べるの早かったんだ。はるかちゃんは、すっかり大阪の文化が身に付いたようだ。
 それから、例の『スカートひらり』の話になった。このへんから里沙と夏鈴は聞き役、わたしと、はるかちゃんは懐かしい共通の思い出話になった。

「あ、寝ちゃった……」
 小学校のシマッタンこと島田先生の話で盛り上がっている最中に、里沙と夏鈴が眠っていることに気がついた……。


 二人にそっと毛布を掛けて、わたし達は下に降りた。
 茶の間では、さっきの宴会の跡はすっかり片づけられ、おばあちゃんとお母さんがお正月の話の真っ最中。お父さんは、その横で鼾をかいていた。おじいちゃんは早々に寝てしまったようだ。
「遅くまですみません」
「ううん、まだ宵の口だわよ。あんたたちもこっちいらっしゃいよ」
 お母さんが、炬燵に変わった座卓の半分を開けてくれた。
「あの、よかったら工場で話してもいいですか?」
「構わないけど、冷えるわよ」
「わたし、工場の匂いが好きなんです。わたしんち、工場やめて事務所になっちゃったでしょ。まどかちゃんいい?」
「うん、じゃ工場のストーブつけるね」
 わたしは工場の奥から、石油ストーブを持ってきて火をつけた。
「あいよ……」
 おばあちゃんが、ミカンと膝掛けを持ってきて、そっとガラス戸を閉めてくれた。

「懐かしいね……この機械と油の匂い」
「……はるかちゃん、ほんとに懐かしいのね?」
「そうだよ。なんで?」
「なんか、内緒話があるのかと思っちゃった」
「……それもあるんだけどね」
 はるかちゃんは、両手でミカンを慈しむように揉んだ。これもはるかちゃんの懐かしいクセの一つ。このおまじないをやるとミカンが甘くなるそうだ。
「……う、酸っぱい」
 おまじないは効かなかったようだ。
「フフ……」
「その、笑うと鼻がひくひくするとこ、ガキンチョのときのまんまだね」

 半年のおわかれが淡雪のように溶けていった。溶けすぎてガキンチョの頃に戻りそう……。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする