大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

青春アリバイト物語・1《二つの事の始まり》

2019-12-15 06:46:12 | 小説6
青春アリバイト物語・1
《二つの事の始まり》 



 
「あたしチョー忙しいから!」

 反射的に、この言葉が出てきた。

 後で考えれば、いろんな言い訳ができたんだけど。言ったものは仕方がない。
「え、なにに忙しいの? オレ無理言わないから、会ってくれるのなんか、ごくタマでいいから。とにかく、数ある裕子のボーイフレンドの端っこでいいから。メールなんて二日に一遍くらい。で、返事なんか10回に1回くらいでいいからさ」
「ムリムリ、ってか、明日からバイトやることになってるしー。初めてのバイトだから、他のこと頭に入れる余裕なんてないの。知ってる? 脳みそって1500CCほどあるんだけど、あたしの頭1400CCはバイトのことで、頭いっぱい。見せられるもんなら見せてあげたいくらい!」

 このへんてこな会話の断片で分かると思うんだけど、本日、裕子は生まれて初めてコクられた。

 普段から、付き合ってる子やコクられた子を見てると、本心では羨ましいだけど、なんの準備もなし。それも期末テストの最終日で、気持ちがどっと抜けたとこ。そこにチョーホットに迫られると、とりあえず断ってしまう。
 断りながら、惜しいなあという気持ちもある。相手はこの秋まで在籍してた演劇部の同輩の須藤真一。まあ、中の上といったところ。クラブでは数少ない男子で、裏方から掛け持ちの役者までこなす偉い奴。演劇部にいたころから、所帯持ちのいい旦那タイプだろうと思っていた。

 よーく考えると断る理由なんか思い当たらない。

 急で激しいアプローチってかアタックにたじろいだことと、演劇部への、ある事情から、裕子は拒絶してしまった。
 ええと、場所も良くない。混雑し始めた下足室。周りには知ったのやら知らないのやがいっぱい。みんな知らん顔はしてるけど、興味津々なのは、ついさっきまでの自分の感覚からでも分かる。

「とにかく、バイト。それ終わんなきゃ、なんにも考えられないから。ごめん須藤クン!」

 そう言って下足室を出る。みんなの視線を背中に感じる。明日から気楽な短縮授業と、ノラクラな生活が満喫できると思っていたのに、本気でバイトを探すことになってきた。
「裕子、あんた、なんのバイトやるの?」
 駅のプラットホームで、早耳で、喋りたがりの留美につかまってしまった。
「あ、ちょっと言えないような……」
「あ、短縮授業サボってべったりのバイト? ちょっとオミズっぽかったり?」
「え、あ、その……」
 かくして、返事の出来ない裕子は、本気でバイトを探すことになった……。

「これで5人目だぜ……」

 裕一は、またチーフにため息をつかせてしまった。服部八重の付き人が、また辞めてしまったのである。
 八重は、この夏にAKPを卒業というかたちでお払い箱になった元アイドルの女優である。辞めたころは、事務所も気を使い、アイドル時代の付き人を、そのまま付けたが、元々はAKPシアターの人間なので、事務所の若い子にバトンタッチした。
 が、これが続かない。
 遅刻はするわ、台詞は入らないどころか台本を失ってしまうわ、年上だろうが、ADや付き人には無理難題。並の女優ならとっくに干されている。
 ところが八重の父親はKテレビの大株主。そこそこに売っておかなければ、裕一の事務所など、あっという間に倒産である。
「デビューしたころは、泣き虫で謙虚な子だったんです……」
 中学生だったころから手とり足とり育ててきた子なので、裕一としては情もある。結果として付き人が続かない。付き人とは業界用語で、表向きはマネージャーである。業界の人間なら、このギャップは承知しているが、八重は度を越していた。

「「ああ、どうしよう……」」

 兄の裕一と、妹の裕子は、期せずして同時にため息をついていた。そして、その夜兄妹の利害が一致していることに想いがいたった。

 こうやって、裕子のアリバイト(アリバイのアルバイト)が始まった。
コメント

永遠女子高生・29《塔子の場合・4》

2019-12-15 06:34:43 | 時かける少女
永遠女子高生・29
《塔子の場合・4》
        


 焼き芋が再びのグラビアに繋がるとは思いもしなかった。

「あ、今日も停まってる」
 角を曲がったところで、交差点の向こうに、あの焼き芋屋さんの軽トラを見つけた。
「おじさん、今日も!」
 いちばんオッキイのを買って、ナオタンと半分ずつに。レギュラーサイズ二つ買うよりも安いのだ。
「ハハ、考えたね」
 気をよくしたおじさんは、軽トラック荷台からキャンパス地の庇を伸ばして、その下に折り畳みの椅子を置いてくれた。
 歩きながら食べるのは、やっぱ、どこか恥ずかしい。
 プラタナスと軽トラに挟まれて、程よく隠れているのでノビノビと焼き芋を楽しむことができる。

「ハハ、焼き芋カフェテリアね」

 プラタナスの向こうから声がかかった。
「あ……瀬戸内さん!」
 そこには、ポッペティーンの瀬戸内美晴さんがカメラをぶら下げて立っていた。
「また、撮らせてくれるかなあ?」
「え、またグラビアに載るんですか!?」
 ナオタンの目が活き活きとする。
「あー、今は企画はないんだけどね、あたしのブログとかに使わせてもらおうかと思ってる。だめ?」
「「いいえ、いいえ」」
 焼き芋屋のおじさんや、御通行中のお婆さんとかも入って、数百枚の写真を撮った。

 そして、このブログの写真が雑誌のグラビアよりもヒットした。

 もちろん瀬戸内さんの腕なんだろうけど、あたしたちの写真は「見ていてホッとする」という評判で、あくる春には『ホッと女子高生』のタイトルで写真集になった。

『ホッと女子高生』は『ホッとうこ』の企画に発展していった。

 タイトルから分かると思うんだけど、漢字で書くと『ホッ塔子』になる。つまり、あたしの個人写真集。
 ナオタンも人気があったんだけど「ホッと直子じゃインパクトないもんね」と言って、いつの間にか自分が写ることよりも、マネジメントの方が面白くなってしまった。世話焼き上手なナオタンには向いていたのかもしれない。

 こうして、あたしはモデルと女子大生という二足の草鞋になり、大学卒業のころには女優になってしまっていた。

 正直、女優と言う意識は、さほどには持たなかった。なんというか、ありのままの自分でやってきたように思う。
 一世を風靡したというような女優人生じゃなかったけど、塔子が出ていると、なんだかホッとする……そんな役をもらってばかりだった。これは、マネージャーとしてのナオタンの腕だったと思う。

 97歳になった。

「いい人生だったわ……」
 病室の壁に掛けた写真に呟いた。写真は去年逝ってしまったナオタンのだ。
 あ……写真がぼやけて……また意識がなくなるんだろうか……この一週間、あたしの意識はおぼろになって来た。今度目をつぶったら、もう二度と開くことはないだろうよいう感じはしている。

 廊下の方から人の気配がした。

「……お待たせ」
 一人の女子高生が入って来た。
「……あ………凛子」
「憶えていたのね」
 憶えていたのではない……80年の時間の末に思い出したのだ。

 15分まで待って来なかったので放ってきたことを。

「遅かったじゃない、凛子」
「塔子も直子もがんばりすぎたから……」
「がんばったかなあ…………楽しかったわよ」
「よかった……」
 凛子は、穏やかだけども、とても安心した目になった。

 思い出した……凛子は、あの家に住んでいたんだ。

 あたしたちは戦っていたんだ、この時代に足場を置いて、時空を超えて戦っていた。
 3人のうち2人が犠牲になって踏みとどまらなければ、世界が滅んでいた。
「凛子が生き延びたら、どこかのパラレルで、あたしたちを生かしてくれたらいいからね……泣かないで凛子、じゃ、いくよ」

 凛子は約束を守って、17年に満たなかったあたしたちに人生の続きを見せてくれたんだ。

 ありがとう…………凛子。
 
コメント

Regenerate(再生)・11≪幸子のセンチメンタルジャーニー・1≫

2019-12-15 06:22:51 | 小説・2
Regenerate(再生)・11
≪幸子のセンチメンタルジャーニー・1≫
  


「ハハ、また幸子に擬態してんのすか?」

 カーテンを閉めながら、ドロシーが笑う。
 帝都大の女子寮は夏休みになって、半数ほどが帰省。バイトや就活に忙しい上級生たちがわずかに残っている。部屋に残っている者たちは、暑さに耐えきれずエアコンをフル稼働させてしのいでいる。中には冷房代を節約するため、互いに部屋を行き来して、電気代の節約に努めている者もいた。詩織とドロシーは並の人間ではないのでエアコンなど点ける必要はないのだが、並の人間でいるためにエアコンを点けている。
 ベラスコたちは、ドロシーと詩織の存在には気が付いていない。存在を確信しているのは幸子のことだけだった。ただ、成田空港や帝都大など、不審な痕跡のあるところは、不定期なスキャニングを繰り返している。ベラスコの中にも慎重派がいるようだ。

「幸子になっていると、おぼろげながら分かってくるの……幸子はガイノイド(女性型アンドロイド)じゃないみたい。幸子には人間だったころの記憶が残っている……擬態していると、外形だけじゃなく、心の中までがリジェネされていくみたい」
「んだか。すたども、もうそろそろ9時だす。出かけねばなんね」
「分かった」
 二人は帝都大の女学生らしくバイトにいそしんでいる……ように見せかけるために、週に五日、教授のラボに資料整理のバイトとして通っている。

「先生、幸子には人間としての記憶があるんです」
 教授は一瞬パソコンのキーを叩く手が止まった。
「ほう……では、幸子はガイノイドではないということかね?」
「ええ、サイボーグのようです。それもかなり高等な技術でサイボーグにされています」

 教授は正直に驚いた。幸子がサイボーグであることにではない。擬態しただけで幸子の内面まで再生してしまう詩織の能力の高さに。しかし、それはおくびにも出さない。

「それが不思議なんです……」
「なにがだね?」
 教授は平気な顔をしながら、幸子のプロフを呼び出し暗号化してドロシーのパソコンに送った。ドロシーは鼻歌を歌いながら暗号を解凍していく。二人とも詩織に対しては思念をブロックしている。
「幸子の記憶は1980年代なんです」
「ほう……その根拠は?」
「あたし、日本航空の123便に乗っていました」
「1985年(昭和60年)8 月12日月曜日18時56分に、御巣鷹山に墜ちたジャンボジェットかね?」
「はい。その時、すでにこの高校二年生の姿でした。他の記憶は断片になりすぎて復元に時間がかかりそうです」

 教授は、今の幸子に擬態した詩織の音声を分析。意志の固さを数値で感じた。

「よかろう。ここに幸子に関するデータがあるが、これは解凍しない。詩織自身が、幸子として記憶を取り戻してきなさい。ただむやみに幸子に擬態しないように。いいね」
「はい」
「それと、ドロシーは連れて行かないように。山形弁のアメリカ人なんて目立ってしかたがない」
「ムゥ……」

 ドロシーが、顔を赤くして言葉を飲み込んだ……。
コメント

乃木坂学院高校演劇部物語・66『雪が左から右に降っている』

2019-12-15 06:11:49 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・66   
『雪が左から右に降っている』 

 

「お互いに、ここまで言うてしもうたんだ。もうワシから言うことはない。彦君とお二人には申し訳ないが、今日のところは諦めてください。大雪の中、済まんことでした」

 お祖父ちゃんが頭を下げた。

「貴崎先生、この高山彦九郎、乃木高の門はいつでも開けておきますからな」
「校門は八時半閉門と決まっておりますが……」
 バーコードのトンチンカンにみんなが笑った。
「ありがとうございました……」
 わたしは、そう言って、その場で見送るのがやっとだった。

 雪が左から右に降っている。

 と……いうわけではなく。ただ単に、わたしが右を下にして寝っ転がっていただけ。

 ゆっくりと起きあがる……当たり前だけど、雪は上から下に降っている。
 ちょっと感覚をずらせると、自分が空に昇っていくようにも感じる。
 昼過ぎに潤香の病室でも同じように感じた。
 ほんの、三時間ほど前のことなのに、今は、それを痛みをもって感じる。
 夕闇が近く、庭灯に照らし出され、いっそうそれが際だつ。
 まるで無数のガラス片が落ちてきて、チクチクと心に刺さるよう。
 物の見え方というのは、自分の身の置き所だけでなく、心の有りようでこんなに違う。

「お嬢さま」

 驚いて振り返ると、峰岸クンが立っていた。
「なあに?」
「あの、お申し付けの年賀状です」
「あ、そうだったわね。ありがとう……あのね」
「はい、お嬢さま」
「その……お嬢さまって呼び方、なんとかなんない?」
「じゃあ……先生っていう呼び方になれるようにしていただけますか」
「ハハ、それは無理な相談だな……あ、年賀状こんなに要らないわ」
「書き損じ用の予備です」
「わたしが書き損じするわけ……あるかもね。ありがとう」

 わたしが、たった三枚の年賀状を書いているうちに、峰岸クンは暖炉の火を強くしてくれていた。温もりが心地よく伝わってくる。
「ひとつ聞いてもいいですか」
 温もった分、距離の近い言葉で聞いてきた。
「なあに……?」
 わたしは、三枚目まどかへのを……と、思って笑ってしまった。
「思い出し笑いですか?」
「ううん。三枚目がまどかなんで、自分でおかしくなっちゃって」
「え……ああ、確かにあいつは三枚目だ」
 少しの間、二人で笑った。
「で、質問て……?」
「どうして、苗字が貴崎と木崎なんですか?」
「ああ、それはね戦争で区役所が焼けちゃってね。新しく戸籍を作ることになって、お祖父ちゃん、書類の苗字のところを平仮名で書いたの」
「どうして、そんなことを?」
「当然、係の人に聞かれるでしょ。で、係の人がどう対応するか試したの」
「ハハ、オチャメだったんですね」
「で、キサキさん、このキサキはどんな字なんですか。と、聞くわけ」
「ハハハ、それで?」
 暖炉の火が頃合いになってきた。
「で、普通のキサキだよって答えたら木崎と書かれてそのまんま。あとで本籍と照合して区役所が気づいたんだけど、間違えたのは役所の方だって、係争中。だから、どっちでも構わないの」
「でも時効があるんじゃないですか?」
「時効が近くなると、訴訟をし直すの。まあ、お祖父ちゃんが生きてるうちは両方ね」
「ハハ、そういうところは血統ですね」
「で、キミのことはどっち。峰岸クン? 佐田クン?」
「峰岸でけっこうです。その方が呼びやすいでしょ」
「じゃ、それでいくわ。その代わり、お嬢さまは止してちょうだい」
「ううん……ま、成り行き次第ってことで」
「ま、いいでしょ。じゃ、わたし自分の家に戻るわ」
「では、お車を……」
「自分の足があるから……」
 で、玄関まで行くと、峰岸クンの先代の西田和子が車のキーをチャリチャリさせながら待っていた。
「ご無沙汰いたしておりました。マリお嬢さま」

 かくして、祖父と孫二代の車に乗るハメとなってしまった。

 なぜ西田さんの車でなかったか。
 答は簡単、「我が家」では、わたしよりお祖父ちゃんが偉いから。
 でもってお祖父ちゃんは、腰痛持ちのお婆ちゃんのために巣鴨のとげ抜き地蔵に、西田さんの車で行ったわけ。
 なんでとげ抜き地蔵……なんにも知らないのね。
 あそこの洗い観音さまを洗うとね、痛いの痛いのとんでけ~ってことになるの。
 ほんとは本人が行かなきゃだめなんだけど。これも愛情表現というか、お祖父ちゃんの気性。わたしにはコンチキショーだけどね。

 和子のドライビングテクニックはいっそうの磨きがかかっていた。
 でも、これなら宇宙飛行士のテストだって合格だろうという車の中でも、わたしの決心は揺るがなかった。

 貴崎マリは、学生時代までさかのぼって、歩き始めるの。
 自分の道を自分の足で。
 どんな道かって?
 まどかなら「ナイショ」って書くんだろうけど、わたしはヒントを書いておくわね。

 それは、三通の年賀状。理事長、まどか、小田先輩(高橋誠司)に宛てたもの。
 これは、わたしの過去と現在と未来に対しての年賀状でもあったわけ。

 もう一件、潤香……これは年賀状なんかじゃ済まされない。
 事と次第によっては、わたしが一生かかっても関わっていかなければならないことだから……ね。
コメント

せやさかい・104『ミカンの皮を剥く』

2019-12-14 11:10:58 | ノベル

せやさかい・104

『ミカンの皮を剥く』 

 

 

 本堂の外陣(げじん)は教室一個半くらいの広さで畳が敷いてある。

 本堂は庇が深くて天井が高いので、夏場は涼しい。けど冬の寒さはひとしお。

 それでも、お年寄りの檀家さんが訪れては三十分とか一時間とか話し込んでいかはる。中には半日居てはるお婆ちゃんがいてたりするので、暖房は切らされへん。

 電気カーペット、こたつ、石油ストーブが、それぞれ二つづつ。

 こたつと電気カーペットはともかく、石油ストーブは危ないので、おばさんが時々様子を見に来る。

 それが、今日はテイ兄ちゃん。

「檀家周りには行かへんのん?」

「ああ、今日は午前中に二件あっただけやさかいなあ」

 と、お婆ちゃんらにミカン皮を剥いたってる。

「若ボンは、皮剥くのん上手やなあ、皮が切れんと上手に剥きやる」

「きれいに剥けてると、一日ええことがありそうな気になれるしい」

「いやあ、褒めてくれるんはおばあちゃんらくらいですわ」

「今日は土曜日で部活ないよ」

「え、あ、そうか(^_^;)」

 明らかに動揺した様子で、剥きかけの皮が千切れてしもた。

「てんご言うたらあかんがな、さくらちゃん」

「知ってるよ、土曜の午前中は文芸部あるのんは」

 そうなんや、土曜の午前は部活やて決めた。せやけど、おばあちゃんらは、なんで知ってるんや、先週三人で決めたばっかりやのに。

「あんたら、声大きいし(⌒∇⌒)」

 アハハ……気を付けよう(;^_^A。

 

 言ってるうちに留美ちゃんと頼子さんがやってきた。

 

「「お早うございます」」

 二人が挨拶すると、テイ兄ちゃんは、またミカンの皮を失敗する。

 頼子さんは出来た人で、お婆ちゃんらと二言三言会話してから部室に向かう。最初は青い目にブロンドの中学生にビックリしてたお婆ちゃんらやったけど、このごろは「よりちゃん」と呼んで、わたし同様町内の子どもとして接してくれる。お婆ちゃんらも頼子さんも、大したもんや。

 

「昨日はごめんね」

 

 部室のこたつに収まるなり、頭を下げる頼子さん。

 ダミアが心配そうな顔を向ける。わたしも留美ちゃんも一瞬かしこまって、そして膝を崩す。頼子さんはかしこまられるのが苦手。

 ダミアがニャーと首をかしげて、頼子さんは切り出した。

「紀香のお母さんに聞いたの」

 やっぱ、あの足で紀香さんとこへ行ったんや。

「最後の二通は、お母さんが書いた手紙だった……」

「そうなんですか」

 穏やかに言うてるけど、うちらもショック。

「字が書けなくなっても、紀香は手紙を書きたがってね、お母さんは代筆しようかと言うんだけど『良くなったら自分で書く』って……それで、どんなことを書きたいの? って聞くんだよ、お母さん。そういうこと話してれば、励みになるって考えたんだよね。じっさい、手紙の中身話してる時は、紀香、楽しそうだって……」

「それで……亡くなってから、お母さんが書いたんですね」

「字が崩れてたのは……」

「お母さん、左手で書いたんだよ」

 ちょっと嫌な気がした。気持ちは分かるけど、結果的に人を騙してる。

「違うんだよ、右手は早くにダメになって、動かせるのは左手の先だけになってたから」

「紀香さんを……その……宿らせて書いたんですね、お母さんは」

「そうなんだ、だから、書かれてる気持ちは紀香そのものだったんだよ」

「いい話じゃないですか」

 留美ちゃんは、そっと、自然に頼子さんの手に自分の手を重ねた。こういうことを自然にできる留美ちゃんは偉いと思う。

「うん、そうだよね……あ、みかん食べようよ、みかん」

「はい!」

 元気よく返事したけど、こたつの脇の籠のミカンは一個しかない。

「ちょっともろてきます」

 本堂の外陣に行ってミカンをもらう。

 ミカンといっしょにテイ兄ちゃんが付いてくる。まあ、ええか、ちょっとだけやったら。

 

 

 

 

コメント

ライトノベルセレクト『同じ空気』

2019-12-14 06:39:21 | ライトノベルセレクト
ライトノベルセレクト
『同じ空気』                     


 
 同じ空気を吸うのもイヤ!

 一美は、そういうと思い切りよく助手席のドアを開け、その倍くらいの勢いで閉めた。
 拓磨は、ビックリ金魚みたいな顔をしたが、追ってこようとはしなかった。

「おれ、今度転勤なんだ……」
 ついさっきの、拓磨の言葉が蘇る。
「え……どこに?」

 そう聞いたときには、もう半分拒絶していた。
「大阪支社に」
 この答には、吐き気すら覚えた。
 あたしは大阪が嫌いだ。学生時代のバイト先の店長が大阪の人間で、何かというとセクハラ寸前の行為に出てきた。
「まあ、メゲんと気楽にいきいや」
 最初に仕事で失敗したとき、そう言って慰めてくれた。わたしは大阪弁の距離感の近さが嫌いだったけど、この時の店長の言葉は優しく響いた。
 でもあとがいけない。
 肩に置いた手をそのまま滑らして、鎖骨からブラの縁が分かるところまで、撫で下ろされた。鳥肌が立った。狭い厨房ですれ違うときも、あのオッサンは、わざとあたしの背中に体の前をもってくる。お尻に、やつの股間のものを感じたとき。わたしは自分の口を押さえた。押さえなければ営業中のお店で、わたしは悲鳴をあげていただろう。
「パルドン」
 オッサンは、気を利かしたつもりだろうが、大阪訛りのフランス語で、調子の良い言葉をかけてきた。

 もともと吉本のタレントが東京に進出し、ところかまわず、大阪弁と大阪のノリで麗しい東京の文化を汚染することに嫌気がさしていた。で、そのバイトは一年で辞めた。
 先日アイドルグループ子が「それくらい、言うてもええやんか」と、下手な大阪弁で、MCの言葉を返すのを見て。ファンである拓磨にオシヘンを強要したほどである。
 こともあろうに、その拓磨が、大阪に転勤を言い出す。とても許せない。

 夕べ夢に天使が現れた。で、こんな嬉しいことを言ってくれた。

「明日、あなたの望むことが、一つだけ叶うでしょう……♪」
 で、あたしは、今日のデートで、拓磨がプロポーズしてくるものと一人決め込んでいた。
 それが、よりにもよって、大阪転勤の話である。
 拓磨とは、大学の、ほんの一時期を除いて、高三のときから、七年の付き合いである。そろそろ結論を出さねばならない時期だとは、両方が思っていた……多分。

「あたしと、仕事とどっちが大事なのよ!」

 そういうあたしに、拓磨は、ほとんど無言だった。気遣いであることは分かっていた。
「一度口にした言葉は戻らないからな」
 営業職ということもあるが、日常においても、拓磨は自然な慎重さで言葉を選び、自分がコントロールできないと思うと、口数が減るようになった。でもダンマリは初めてだ……。

 せめて後を追いかけてくるだろうぐらいには思っていた……のかもしれない。

 一美は、港が一望できる公園から出ることができなかった。出てしまえば、この広い街、一美をみつけることは不可能だろうから。
 一美自身、後から後から湧いてくる拓磨との思い出を持て余していた。
 拓磨とつきあい始めたのは、荒川の土手道からだった。当時のあたしはマニッシュな女子高生で、同じクラスの拓磨と、もう一人亮介というイケメンのふたりとつるんでいた。
 そう、付き合いなどというものではなかった。いっしょにキャッチボールしたり、夏休みの宿題のシェアリングしたり、カラオケやらボーリングやら。ときどき互いの友だちが加わって四人、五人になることはあったが、あたしたち三人は固定していた。

 そんなある日の帰り道、拓磨の自転車に乗っけてもらったら、急に拓磨が言い出した。

「おれたち、同じ空気吸わないか?」

「え、空気なんてどれも同じじゃん。ってか、いつも同じ空気吸ってるじゃん」
「ばーか、同じ空気吸うってのはな……」
 拓磨の顔が寄ってきて、唇が重なった。で、あいつはあたしの口の中に空気を送りこんできた。
 あたしは、自転車から転げ落ちてむせかえった。
「一美、大げさなんだよ。どうだ、おれの空気ミントの味だっただろう?」
「そういうことじゃなくて……」
 あとは、言葉にならなくて涙になった。
「一美……ひょっとして、初めてだった?」
「う、うん……」
「ご、ごめんな……」

 そんなこんなを思い出していたら、急に拓磨のことがかわいそうになってきた。
「拓磨……」
 一言言葉が漏れると、一美は走っていた。

 車は、さっきと同じ場所にあった。でも様子が変だ……。
「拓磨!」
 拓磨は、運転席でぐったりしていた。
 一美は急いで車のドアを開けた。
「う、臭い!」
 車の中は排気ガスでいっぱいだった。
「な、なんで、どうして!?」

 すると、頭の中で天使の声がした。

『だって、言ったじゃない「同じ空気を吸うのもイヤ!」って』

「そんな意味じゃ無い!」

 一美は救急車を呼ぶと、一人で拓磨を車から降ろし、人工呼吸をはじめた。中学で体育の教師をやっている一美に救急救命措置はお手の物である。

――いま、あたしたち、同じ空気吸ってるんだから、がんばれ拓磨!――

 拓磨の口は、あの時と同じミントの香りがした……。
コメント

永遠女子高生・28《塔子の場合・3》

2019-12-14 06:26:29 | 時かける少女
永遠女子高生・28
塔子の場合・3》
        


 女子高生の朝の身支度は10分~20分だそうだ。

 あたしは計ったことは無いけど、2~3分。
 ざっとブラッシングして、前髪を整えるくらい。メイクはしない。唇が荒れているときにリップつけるくらい。
 スキンケアとか眉毛のお手入れなんか、一ぺんもやったことはない。

 言ってみりゃ生成りの女子高生。

 ビジュアル系だとかモテカワだとか意識したことはない。街を歩いていて、他人様に不快がられなきゃ、それでいいと思ってる。
 だから、教室の机につまづいてスネに傷ができてもへっちゃら。ナオタンとお揃いのバンソーコー貼って喜んでいる。

「塔子お、グラビアまるまる1ページだよー!」

 廊下の端からナオタンが突進してきた。
 ポッペティーン今月号の『日差しの中のナチュラル』というタイトルで、あたしとナオタンの写真が載っている。
 先日、マックを出たところで、ポッペティーンの瀬戸内さんが撮った写真だ。
「エー、うっそー!」
 目立つことはヤなんで、階段の踊り場に移動。
「こんなに、オッキク取り上げられるなんて思わなかったねーーー!」
「まるで、売れっ子ドクモじゃん!」
 8ページにわたる『街角ギャル 秋バージョン』特集で、瀬戸内さんたち4人のカメラマンの競作になっている。
 カメラマンそれぞれがキャプションを付けていて、瀬戸内さんのが『日差しの中のナチュラル』になっているわけ。
 
 嬉しかったけど舞い上がることは無かった。

 その日は「すごいじゃん!」「やったね!」とかクラスの子たちに言われたけど、三日もすると忘れられた。
 高校生にとって面白いことは、日替わり定食みたいに目まぐるしい。あたしら自身もテストや進路のことで忙しい秋の本番に突入していった。
 
「贅沢言わなきゃ、推薦入試ってのは無理じゃないけど、修学院女子なあ……」

 進路懇談でのグッスンは厳しかった。
 担任としてはいい加減だけど、進学指導では定評がある。グッスンがウンと言わなければ本当にむつかしい。
 修学院にこだわっているのはナオタンもそうで、理由は卒業後の進路保証がしっかりしているからだ。安定した一部上場企業のOLさんになって、普通の安定した人生を歩みたいという、手堅いと言うか地味と言うか、そういう路線なんだ。

 あたしもナオタンも、校門出たとこで親とは別れて2人でノラクラと下校する。

「安定した普通を得るためには、一ぺんは頑張らなきゃならないのかねぇ~」
「せめて学年の始めに言ってくれりゃ、頑張りようもあるんだけどねぇ~」
 もう2年生の成績は半分がとこ確定している。今から評定を上げようとしたら、4月の倍の努力が要る。
 そんな努力は自信が無いし、やりたくもない。

 あ、焼き芋屋!

 交差点の向こうに焼き芋の軽トラが停まっている。タイミングよく青になった信号を渡って直行。
「嬉しそうな顔して買ってくれるんだねえ、おじさんも嬉しいからオマケしとくよ」
 おじさんこそ商売がうまい、50円負けてくれたんだけど、調子に乗っておっきい方を買ったので、けっきょく50円高くついてしまった。とうぜん食べるのも大変なので、みっともないように裏の生活道路を通る。
「ん、どーかした?」
 焼き芋を齧りながら振り返ったので、ナオタンが「あれ?」っと思った。
「こっちがわさ……もう一軒家があったような気がするんだけど……」
 道の両側は似たような一軒家が続いているんだけど、南側と北側では家の数が違う。少ない南側に、もう一軒あったような気がして気持ちが悪い。
「このへん建売だからさ、業者が違ったら建坪とかビミョーに違うんじゃない?」
「……そっか」
 
 釈然としなかったけど、とりあえずは大きすぎる焼き芋を食べることに集中したのだった。

 秋はたけなわになろうとしている。

 
コメント

Regenerate・10≪鈴木先生との再会・2≫

2019-12-14 06:19:08 | 小説・2
Regenerate・10
≪鈴木先生との再会・2≫
       


 違うと思った。

 鈴木先生を人間じゃないと確信した。スキャンの結果に反するが、詩織の頭脳の奥で、そうアラームが点滅した。
 確信と同時に行動していた。押し出されきる寸前に「鈴木先生」の襟首を掴み、そのままの勢いで車道の僅か3ミリの窪みで足を突っ張り、巴投げに「鈴木先生」を投げ飛ばした。投げ飛ばしつつ、膨大な量の思念を送った。「鈴木先生」からは未整理のままのビジョンが情報として反射してきた。本物の鈴木先生の居所が分かった。

「鈴木先生」の体は、10トントレーラーの前5本のタイヤに轢かれ、人間の体とは思えないくらいに粉砕され、急ブレーキをかけたトレーラの下で無残に散らばった。血しぶきが押しつぶしたトマトケチャップのチューブから噴き出るように飛んできた。辛くも避けきったが、歩道を歩いていたオバサンにもろにかかり、オバサンは悲鳴を上げて、その場に尻餅をついた。

「大丈夫だっだすか!?」

 タカミナに擬態したまま、ドロシーが聞いた。
「本物の鈴木先生は閉じ込められてる。行こう!」
「わがっだ!」
 現場に背を向けたとたん、千切れた「鈴木先生」の右腕が飛んできて幸子に擬態した詩織の首を掴もうとした。
「あぶねえ!」
 振り向きざまに、ドロシーが叩き落とし足で踏みつぶした。

「先生、大丈夫ですか?」

 詩織は体育館の倉庫の中で、マットにグルグル巻きにされていた鈴木先生を助けた。鈴木先生は、脱水症状を起こし意識不明だった。
「体温が40度近いだす。緊急冷却せねば!」
 二人で先生の腋の下と股の付け根を手で押さえ冷却した。二人の手はマイナス10度になり、急速に鈴木先生の体温を下げた。下げながら詩織は鈴木先生の声で、保健室の先生に電話をかけた。
「すぐに保健室の先生が来る。見つかるとややこしいから、逃げよう」
「ええんが、やっと会えた先生だべさ」
「他の人に見られたら、手に負えなくなるから」
 体育館入り口の方で人の気配がした。二人は急いで体育館のギャラリーにジャンプし、駆けつけた先生たちに助けられる鈴木先生を確認して、学校を後にした。

「やっぱり、こいつらは義体だな」

 ラボに戻って、メモリーを見せると、教授が断定した。
「体表面は生体組織だが、中身はカーボン骨格のロボットだ。トレーラーで轢かれたぐらいでバラバラになるようなシロモノ。B級品だな。奴らも、そうそう最先端の義体は使えんようだな」
 教授がモニターを切り替えると、秋葉原高校横のトレーラー事故のテレビ放送をやっていた。
 運転手は、女性が空中を飛んできて、トレーラーで踏みつぶしたと証言しているが、その直後に都の清掃車がやってきて、現場をきれいに掃除していってしまった。警察が来て調べたが、洗い流された路面からも、歩道で血しぶきを浴びたオバサンからもルミノール反応は出てこなかった。オバサンに飛び散った液体は一見血液のようだが、成分がまるで違った。
 そして、車載カメラにも、この事件を撮影したという通行人のスマホからも映像は消えていた。
「やつらも、まだ万全の体制が組めているわけではないようだ。今のうちに我々も手を打たねばな……」
 教授は、ラボのモニターやコンピューターを見ながら、なにやら操作を始めた。
「なかなかハカがいかん。ドロシー手伝え」
 ドロシーは、頭脳を教授とシンクロさせながら、操作を手伝った。詩織は、その間幸子になって、回線を通さずに鈴木先生のスマホに電話を掛けた……そんな能力が今まで無かったことなど気にもならなかった。

 詩織の覚醒はさらに進んでいく……。
コメント

乃木坂学院高校演劇部物語・65『目付』

2019-12-14 06:09:15 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・65   
『目付』 


 

「……という訳で、ご両人がビデオを編集して理事会にかけ、貴崎先生のご決心が硬いと判断したわけなんです。理事の方に放送関係の方がおられましてな、編集の仕方が不自然だと申し出られ……むろん元のメモリーカードの情報は消去されておりましたが、パソコンにデータが残っておりました。このお二人がやったこととは言え、監督責任はわたしにあります。この通りです。この年寄りに免じて、許してやってもらえませんかな」
 理事長が頭を下げた。
「お二人には罪はありません。最初から罠……お考えは分かっていましたから」
「貴崎先生……」
 理事長は驚き、お祖父ちゃんは苦い顔。校長と教頭は鳩が豆鉄砲食らったような顔になった。

「こうでもしなきゃ、責任をとることもできませんでしたから……理事長先生が祖父の名前を口にされたときに予感はしたんです。祖父が介入してくると」
「そりゃ違うぞ、マリ。ワシは確かに乃木高の運営に関わってはおる。それは親友の高山が困っておったからじゃ」
「いや、恥を申すようですが。乃木高の経営は、いささか厳しいところにきておりました。文科省の指導に乗らんものですからなあ」
「いや、そこが彦君の偉いところだ。今の文科省の方針で学校を経営すれば、品数だけが多いコンビニのようになる。なんでも揃うが、本物が何一つない空疎な学校にな」
「しかし、貧すれば鈍す。倉庫の修繕一つできずに火事まで出してしまった」
「あれは、わたしの責任です。他にも責任をとらなければならないことが……これは、わたしの考えでやったことです。校長、教頭先生は、いわば逆にわたしが利用したんです」
「マリ、ワシはおまえが責任をとって辞めることに反対などせん。その点、彦君とは見解が違うがの」
「え……じゃあ、なんであんな見え透いたお目付つけたりしたの!?」

 その時、当のお目付がお茶を運んでやってきた。

「失礼します」
「史郎、ここに顔を出しちゃいかんと……」
 お祖父ちゃんがウロタエるのがおもしろかった。
「旦那さまには内緒にしてきましたが。お嬢さまは、とっくに気づいておいででした」
「マリ……」
 お祖父ちゃんは目を剥いた。校長とバーコードは訳が分かっていない。理事長は気づいたようだ。
「君は、演劇部の部長をやっていた……峰岸君だな」
「はい。本名は佐田と申します。入学に際しては母方の苗字を使いましたが」
「顔はお母さん似なんだろうけど、雰囲気はお父さんにそっくりなんだもん」
「入部して、三日で見抜かれてしまいました」
 峰崎クンのお父さんは、佐田さんといって、お祖父ちゃんの個人秘書。
 元警視庁の名刑事。ある事件で捜査の強引さをマスコミに叩かれて辞職。その人柄に惚れ込んで、お祖父ちゃんが頼み込んで個人秘書になってもらった。峰岸君は、そのジュニアだ。
 お祖父ちゃんの周囲は、こういう峰岸くんのお父さんのような変わり種が多い。
 あの運転手の西田さんも……ま、それは、これからのお楽しみということで。
「峰岸クンの前任者は、卒業まで分からなかったから。ちょっと警戒してたしね」
 ちなみに、前任者は運転手の西田さんのお孫さん。堂々と西田の苗字で入学、演劇部じゃ、いいバイプレイヤーだった。
 卒業式の前日に首都高を百キロの大人しいスピードで走っていたら、うしろからパッシングされてカーチェイス。レインボーブリッジの手前で、一般道に降りてご挨拶。
「あんた、なかなかやるわね……」
「あんたこそ……」
 サイドウィンドウを降ろして、こっちを向いたその顔が彼女……西田和子だった。

「なあマリ、こうして彦君も、校長教頭も来てくださったんだ。そろそろ曲げたヘソを戻しちゃくれんかね」
「乃木高に戻れってことですか……それをやったら、『明朗闊達、自主独立』乃木高建学の精神に反します」
「ごもっとも。しかし……」
 理事長の言葉をさえぎって、わたしは続けた。お祖父ちゃんがもっとも嫌がる言い方。
「校長先生、式日の度におっしゃいますね。『明朗闊達』であるためには後ろめたくあってはならない。『自主独立』であるためには、責任の持てる人間でなくてはならない。生徒に要求されるんです。教師には言わずもがなであると思います」
 校長と教頭はうなだれた。理事長は、じっと見つめている。お祖父ちゃんは顔が赤くなってきた。
「わたしは、これでもイッパシの教師なんです……」
「イッパシの教師だと。つけあがるなマリ!」
「なんだってのよ。お祖父ちゃんの知ったこっちゃないわよ!」
「今度の二乃丸高校も自分の才覚で入ったと思っとるだろ。この彦九郎が、八方手を尽くしてお膳立てをしてくれたからこそのことなんだぞ!」
 
 ……心臓が停まりそうになった。

「淳ちゃん……」
 理事長が、間に入ろうとした。
「ワシは、マリを木崎産業の三代目にしようとは思わん。社長の世襲は二代で十分だ。しかしマリにはイッパシの何かにはなって欲しい。その為に付けた目付じゃ……しかし、今のマリはイッパシという冠を付けるのには、何かが足らん」
「お祖父ちゃん、わたしだってね……」
「二乃丸じゃ、演劇部員を半分にしちまったってな。今は……」
「五人です。そのうち三人が年明けには辞めます」
 峰崎クンが答えた……わたしにはコタエた。
 しばらく問答が続いた。
コメント

漆黒のブリュンヒルデ・015『ひるでの誕生日』

2019-12-13 15:11:59 | 小説7

漆黒のブリュンヒルデ・015

『ひるでの誕生日』 

 

 

 ガラにも無く余韻に浸っている。

 

 この異世界に来て三日目、祖父母が誕生日を祝ってくれたのだ。

 この三日、二人とは挨拶以上の会話はほとんどなかった。

 学校でもコワモテの前生徒会長で、話しかけてくるのは福田芳子だけだ。父オーディンが設定に手を抜いたのかと思ったりしたが、今夜の祖父母は饒舌だった。

「最初は戸惑ったのよ、生まれたって言うから、おじいちゃんと二人、矢も楯もたまらずに飛行機に乗ってベルリンまで行ったのよ。生まれたばかりのひるでは、色白の、とっても清げな赤ちゃんで、これがわたしの孫だって、最初は実感できなくてね」

「そうだったの?」

「ああ、オレもばあさんも胴長短足の平たい顔。しずく(母)も一筆書きで描いたようなうりざね顔。それが、教会のフレスコ画に描かれた赤ちゃんのように色白で彫りの深いベッピンさんだ」

「ハハ、赤ちゃんにベッピンさんもないでしょ」

「あるのよ、まるでマリアに抱かれた赤ちゃんのキリスト」

「ハンス(ドイツ人の父)に言われて、やっと抱っこしたら、ねえ……」

「おれたちの顔見て、ニッコリ笑ってくれて……なあ、婆さん」

「匂いがするのよ、赤ちゃんの匂いが。それが、赤ちゃんの時のしずくといっしょで、ああ、わたしたちの孫なんだって実感できたのよ。ほんと、ベルリンまで行って正解だったわ」

「それでも、オレはどこか気後れしたんだが、しずくが耳打ちしてくれたんだ『この子、お父さんと同じ出べそなの』ってな」

―― で、出べそ!? ――

 ひそかに狼狽えたぞ。この世界に転移して三日、風呂にも入ったが出べそには気づかなかった。いや、デフォルトなので意識しなかっただけか(;'∀')? 思わずへそのあたりをさすってしまった。

「わたしは気にしたんだけどね、しずくもハンスも平気だし、成長すれば普通になるってお医者様もおっしゃったとかで。実際、うちに来て幼稚園に上がるころにはお医者様の言うとおりになったしね」

 な、なんだ、そうだったのか。

 それから、写真を出したり、わたしが幼稚園や小学校だったころの作文やら図工の作品やらを出してきて、深夜まで語り明かした。

 全て、わたしが、この世界に転移するについて作られた情報ばかりだ。

 この老夫婦……お祖父ちゃんお祖母ちゃんにとって、ひるでという孫娘は生きる希望であるにちがいない。

 かりそめの祖父母と孫娘だが、この愛情には応えなければならないと思った。

 バースデイプレゼントのリュックは三日前に不可抗力で見てしまっているので、驚いてあげるのに苦労するかと思ったけど、十分感動した後だったので、素直に喜ぶことができた。

 

 ひるでぇ、もう遅いからお風呂入ってしまってぇ。 

 階下から祖母の声、時計を見ると日付が変わりそうだ。

「うん、いま入る!」

 

 湯船に浸かって、念のため確認する。よしよし、出べそじゃなかった。

 お腹を撫でながら思った。祖父母には孫娘はおろか、一人娘のしずくもいないのだ。みんな、わたしが転移するために創られた設定だ。設定だが、孫娘のわたしを思う気持ちに嘘はない。

 あの二人には孝養を尽くさねばと思う。

 ヘクチ!

 我ながら可愛いクシャミが出た。

 ん?

 湯船の中をうかがうと、戻ってしまっていた……出べそが!

コメント

永遠女子高生・27《塔子の場合・2》

2019-12-13 07:08:19 | 時かける少女
永遠女子高生・27
塔子の場合・2》        

 
 
 廊下側から2列目一番後ろの机が、やっと片づけられた。

 プールの授業の後、あたしがぶつかって怪我をしたので、ナオタンがグッスンに抗議。
 無精者のグッスンも、生徒が怪我したとあっては放ってもおけず、やっと片づけたのだ。
 ナオタンは、面倒なことが嫌いで、たいていのことはケラケラと笑って済ます子だけど、ここは言っておかなきゃというところではキチンと言う子だ。あたしがボンヤリして体育の授業に遅れそうになった時もそうだったし、今度の机のこともそうだ。

 そんなナオタンが嬉しくって、お礼をすることにした。これもナオタンがきっかけを作ってくれたことなんだけどね。

「マック、上げ潮だね」
 スマホでなにやら見ていたナオタンが言う。
「ああ、ポケモンGOとタイアップしたんでしょ?」
「それ、もう古いよ。セットメニューをチョー安くしてさ、薄利多売で売り上げ伸びてるみたい」
 ナオタンのスマホを覗き込むと、バリューランチと銘打ってビッグマックとドリンクのセットで400円になっていた!

「悪いわね、なんだかオネダリしたみたいで」
 
 そう言いながら、ナオタンはビッグマックにかぶりついた。
「ううん、ナオタンがいろいろ言ってくれたことで助けられてるもん」
「あ、それって性分なのよ。あとでお節介だったなって反省することの方が多いもん……ハムハム……あの机だってさ、もうちょい早ければ、塔子怪我しなくてすんだでしょ」
「でもね、こんな怪我よりも、ナオタンがグッサンに掛け合ってくれたこと、とっても嬉しかったから」
「ハハ、そっか。怪我してなきゃ有難みも薄いってことだね……でも、そのすねの傷残ったりしない?」
「モデルさんとかになるわけじゃなし、どーってことないわよ」
「そーだ、せめてさ……」
 ナオタンは通学カバンをガサゴソすると、かわいい絆創膏を出して貼ってくれた。
「ハハ、救急車になってる(^^♪」
「うん、塔子って、こういう可愛いのもお似合いだし……そーだ!」
 ナオタンは、閃いて、自分のすねにも同じように貼った。
 なんだか、とても仲良し同士って感じで嬉しくなった。

 嬉しさのまま外に出ると、シャッター音が聞こえた。

「ごめんなさい、勝手に撮ったりして」
 Tシャツにカメラを2台もぶら下げたオネーサンが、恐縮していた。
「あ、あの……」
「わたし、ポッペティーンのカメラマンで……」
 出された名刺には『ポッペティーン専属カメラマン瀬戸内美晴』とあった。
「なんだか、お2人、とってもいい感じにフレンドリーだから。よかったら、この続き撮らせてもらえるかなあ?」
「え、あ……」
「いいですよ、いい記念になるじゃん!」
 あたしは尻込みしたけど、ナオタンはちょうどいい友情記念に思った。
 で、2人とそれぞれの1人撮りを数十枚やってもらって、自分たちのスマホでも撮ってもらった。

 ほんとうにいい記念になった。そして、記念は次への大きなステップになっていく……。
コメント

Regenerate・9≪鈴木先生との再会・1≫

2019-12-13 07:00:58 | 小説・2
Regenerate・9
≪鈴木先生との再会・1≫ 


 
 
 
 アキバでの偶発ライブは1000人を超えたあたりで訳が分からなくなった。

 もともとマユユとタカミナに擬態した詩織とドロシーがノッテしまって始まったのである。最初のうちこそ「キャーAKBだ!」「タカミナだ!」「マユユだぜ!」で騒いでいたが、ステージもマイクも無いので、後から来るものは何が何だか分からずに、ただただ騒いでいる。
「そろそろ潮時」
「了解」
 で、詩織とドロシーは帽子を目深に被って熱狂の中から抜け出した。警察の規制が入るのと入れ替わりのタイミングだった。

 都立秋葉原高校。

 詩織は幸子の感性で、その看板を見た。
「じゃ、行ってくる。できるだけ短時間で済ませてくるから、このへんうろついて待ってて」
「散歩には、ちこっと暑いけど、いいだす。んだども、詩織の視覚とシンクロすどぐね」
 シンクロ、すなわち詩織が見聞きしたことがドロシーの頭脳でも感じられることで、人間業ではないが、もう、この程度のことは不思議に思わなくなっている詩織である。

 校舎に入るまではマユユの擬態でいたが、廊下を歩いているころには幸子に擬態し終えていた。擬態の能力は向上して、着ている服も変形させて、学校の制服になっている。
「よし、上出来」
 階段の踊り場の鏡で姿を確認して、職員室を目指した。

「幸子、どうしたのよ。渋谷で何か事件に巻き込まれたみたいだけど、三日も音沙汰が無いんで先生心配してたのよ!」
 抱き付きそうな勢いで鈴木先生。
「すみません。渋谷じゃ巻き込まれかけましたけど、運よくかわせました。新聞が書きたててるような大立ち回りなんかじゃないんです、安心してください。あれ、脱法ドラッグやってた人たちが暴れちゃって」
「ああ、そんな解説もあったわね」
「そんなこんなで、直ぐに先生にもお話しできなくて」
「でも、無事でなによりだったわ」
「ちょっと事情があって、寮にも戻れなくって、先生にもご心配かけました」
「事情はゆっくり聴くとして、とにかく無事で何よりよ。ここじゃなんだから、相談室にでも行こうか?」
 言い終わる頃には職員室のドアを開けていた。冷房の効いた職員室から廊下に出るとムッとするような暑気が襲ってきた。
「まあ、短縮中だから、勉強にはあんまり影響でないけど。これからは、ちゃんと来られるんでしょ?」

「……今日は、お別れに来たんです」

 詩織は、幸子として事情を説明した。むろん鈴木先生を安心させるための嘘である。詩織は幸子が東北の方で養女ななると言った。ほとんど出任せであるが、頭の中では、これを正当化するだけの段取りを組み立てながらである。詩織は自分のことをバカだとは思っていなかったが、こんなに頭の回転がいいとは思っていなかった。M機関の人材養成は大したものだと思った。
 相談室は、あいにく使用中だったので、鈴木先生は食事をごちそうしようと言ってくれた。
「アキバの近くに、美味しいお蕎麦屋さんができたの。ちょっと歩くけどいいよね?」
「はい。歩きながらでもお話はできますから」

 200メートルほど歩いたころ、ドロシーの思念が飛び込んできた。

――気を付けて、37度もあるのに鈴木先生汗一つかいてねえだす――
 
 詩織は、CTモードで、鈴木先生をスキャンした。しかし結果は人間そのものだった。念のため数十秒後のビジョンも見てみたが、鈴木先生は転校の手続きなどについて話している姿しか浮かんでこなかった。
「ああ、さすがに暑いわね……」
 汗もかかずに鈴木先生が言った。少し目が虚ろな気がした。
「先生、冷房の効いた職員室にずっと居たからじゃないですか?」
「かもしれない。でも、大丈夫よ……」
 そう言いながら、鈴木先生は詩織に倒れこんできた……人間とは思えない圧力で。車道に押し出されそうになった。
 
 車道はちょうど10トントレーラーが驀進してくるところだった!
コメント

乃木坂学院高校演劇部物語・64『我が家』

2019-12-13 06:37:22 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・64   
『我が家』  


 

 七年ぶりの「我が家」が見えてきた。

 遠くから見ると林のように見える。
 やや近づくと、木の間隠れに地味な三州瓦の屋根が見えてくる。
 側によると、幅二十センチ、高さ三メートルぐらいのコンクリートの板が二センチ程の間隔を開けて並べられ、それが塀になっている。
 コンクリートといっても、長年の年月に苔むし、二センチの間隔が開いているので威圧感はない。
 二センチの隙間から見える「我が家」は適度に植えられた木々によって、二階の一部を除いて見えないようになっている。
 わたしが生まれる、ずっと前に建てられた「我が家」は、なるべく小さく、なるべく目立たないことをコンセプトに、ひっそりと周りの景観に溶け込んでいる。
 ガキンチョのころに、関西から著名な歴史小説家が、出版社の企画でお祖父ちゃんと対談しにきたことがある。
「まるで蹲踞(そんきょ=偉い人の前で、しゃがんでする礼)した古武士のようですなあ……」
 そう言われたことが、ひどく嬉しかったみたい。
 何にでも興味のある少女であったわたしは、偶然を装ってその人に挨拶をした。
「お孫さんですか?」
 一発で正体がバレてしまった。
「おちゃっぴいですわ」
 お祖父ちゃんは、一言で片づけようとした。でも、その人はわたしの顔を見てしみじみと、こう言った。
「おちゃっぴいでけっこう。いろんなことに興味をお持ちなさいな。お嬢ちゃんは、とても賢そうな目をしていらっしゃる。賢い人というのは一つのことに囚われすぎることが多い。せいぜい、お喋りしまくって、多少抜けた大人におなりなさい」
 その後ろで、お祖父ちゃんが大笑いしていた。
 おおよその意味は分かったけど、できたら、その人に会って、もう一度話してみたかった。
 でも、その人は十数年前に亡くなられた。

 そんな思いに耽っていると、入り口の前についた。
「我が家」は、その規模の割に門が無い。
 間口二メーターほどの入り口。その上に申し訳程度の屋根がついているところ門と言えなくもないけど。小学生十人ほどを集めて質問したとする。
「これは何ですか?」
「はーい、出入り口でーす!」
 その程度のもの。
 車は専用の入り口がある。五メートルほどの塀が電動で動く仕掛けになっている。
 ここから家の中にも入れるが、「我が家」は、入り口から出入りすることがシキタリになっている。

「あ、まだこんなの掛けてんの!?」

「はい、無頓着なようにも思えますが、旦那さまのこだわりと心得ております」
 西田さんが、入り口を開けてくれた。
 こんなものとは、表札のこと。わたしが小学校の図工の時間に作った木彫りの表札。
 その表札は「貴崎」とはなっていない。
「木崎」……となっている。


「やあ、お邪魔しております」
 教室二つ分ほどのリビングには意外な人たちが揃っていた。今の声が理事長。
「そ、その節は……」
「ま、ま、まことに申し訳なく……」
 最初のが、校長先生。
 後の方が、バー……教頭先生。むろん乃木坂学院高校のね。
「直立不動にならないでください。どうぞお掛けになって……」
「いえ、先生のお許しを得るまでは……」
「いやあ、このお二人がどうしてもと、おっしゃるんでご同道いただきました。ま、お二人ともお掛けになって」
「いえ、いえ、やはり貴崎先生の……ね、校長先生」
「そんな、目上の方を立たせたままじゃ、わたしが座れません」
「いや……しかし」
「度の過ぎた謙譲は追従と同じですよ。いや、それ以下だ。ご両人はまだ自分でなさった事の意味が分かっておられん!」
 珍しく、理事長が色をなした。
「まあ、落ち着けよ彦君」
「やあ、すまん。俺としたことが」
 そこで、わたしが座り、やっと二人も座ってくれた。
コメント

せやさかい・103『さくらは秘密が苦手』

2019-12-12 12:25:57 | ノベル

せやさかい・103

『さくらは秘密が苦手』 

 

 

 三谷紀香さんは一年も前に亡くなってる。

 

 え? ほんなら、あの持久走の事書いてた手紙は?

 ミステリーと言うか怪談めいてる(≧∇≦)やんか!

 思わず手を合わせて、ナマンダブナマンダブ……。

 頼子さんには言わんほうがええでえ……阿弥陀さんが言うたような気がした。

 はい、言わへん方がええと思います!

 

 阿弥陀さんに誓ったんやけど、不自然に視線がさまようわたしに、頼子さんも留美ちゃんも―― なにか隠してるやろう ――と疑われ、あくる日の部活で、たった五分で喋ってしもた(^_^;) 

 そうなんだ……。

 ダージリン一杯を飲む間は黙ってた頼子さんやったけど、最後の一口を飲んで宣言した。

「ちょっと行ってくる」

 そのまま、本堂を抜け、トトトっと小気味よく本堂前の階段を下りると、ローファーをつっかけて行ってしもた。

「かかと、踏んづけてたわよ」

 頼子さんは行儀のええ人で、かかとを踏んづけて靴を履くようなことはせえへん。

「なにかが滾って(たぎって)るんだよ、頼子さんの中で」

 留美ちゃんは的確に表現する、さすがは文芸部。

 わたしは、ただただ―― どないしょ ――が頭の中で渦巻いてる。

 

 部活は五時半までと決めてるんやけど、この日は六時になっても終わられへん。

 頼子さんが帰ってこーへんから。

 

「心配なこっちゃなあ」

 テイ兄ちゃんが豚まんを蒸かして持ってきてくれる。口ぶりから、頼子さんがローファーのかかと踏んですっ飛んで行ったことも知ってる感じ。

 いつもやったら「このロリコンがあ!」くらいカマシてやるんやけど、大人しく豚まんをいただく。

 剥いだ豚まんの紙が乾いてそっくり返ったころ、スマホに電話がかかってきた。

『ごめん、今日は、このまま帰るね。あなたたちにも話さなきゃいけないんだけど、ちょっと気分じゃないの、ごめん』

 こっちの返事も聞かんと電話は切れた。

 頼子さんに置いといた豚まん、包んでるラップの中に水滴がいっぱいついてる。

 ダミアが、ニャーと鳴いて気が付いた。頼子さん、カバンを残したままや。

 ラインで教えてあげよと思たら、逆に頼子さんのメールが入ってきた。カバンは明日の部活まで置いといてほしいとある。

「持ってってあげんでもええんか……」

 ダミアを抱っこしたテイ兄ちゃんは、ちょっと残念そうやった。

 

コメント

Regenerate・8≪幸子の記憶≫

2019-12-12 06:55:04 | 小説・2
Regenerate・8
≪幸子の記憶≫  



 
 詩織は不思議だった。

 夜寝ているときや、お風呂に入っているとき、無意識に幸子に擬態している。でも、まだ擬態をうまくコントロールできていない。ただ人が居るところでは擬態はしない。無意識に敵のベラスコに発見されるのを警戒しているんだろうと思う。
 不思議は擬態のことではない。どうやら自分には特殊な能力と役割があるようで、その能力はM機関の目的のために使わなければならないこと。

 それは理解できた。

 不思議なのは、幸子には、この一年より以前の記憶がないことである。擬態すると幸子の記憶も思い出す……というよりはインストールという言葉の方がしっくりくる。
 幸子は、一年前新宿の西口で倒れているところを発見された。すぐに救急車で病院に運ばれたが、病院で気づいた時には記憶が無かった。
 言葉遣いから東京の人間であろうと思われた。幸子は「朝日新聞」を「あさししんぶん」と発音する。またら抜き言葉を使わないことなどから、しつけのしっかりした家庭で育ったように感じられた。
 しかし、そういう女の子の捜索願は出ていなかった。また、身に着けていた物や、持ち物からも身元や出身を特定されるものは何もなかった。
 で、三か月後、身元不明のまま児童施設に引き取られ、推定される年齢から都立高校に編入された。成績は抜群で、その秋の期末試験では主席になった。友達は少なかった。そつなく付き合ってはいたが、同学年の者とは話も趣味も合わなかった。
 幸子の古風と言ってもいい立ち居振る舞いや、学習意欲、意欲に伴った成績は教師たちからは好感が持たれた。

「鈴木先生にだけは、お別れ言っておかなきゃ」

 幸子に擬態した時に、詩織は、そう思った。しかし幸子に擬態していては、直ぐにベラスコに発見されてしまう。

 で、詩織は、もう一人擬態できるように努力した。
「なに、はっちゃけてんのす?」
 ヘッドホンで、AKBの曲を聴いているといつのまにか、ノリノリになってしまって、ピロティーにいる他の学生もクスクス笑っている。
「あ、お勉強、お勉強。ちょっと来て、ドロシー」
「なにしたんだす?」
 おかしがるドロシーを、空いているゼミ教室の一つに連れ込んだ。
「好きなアイドルとかに絞ったら、擬態のレパートリーも増えるんじゃないかと思って」
 そう言うと、詩織はヘッドホンの片方をドロシーに渡して、AKBのヒット曲をかけた。
「あ、フォーチュンクッキーだ!」
 二人でノッテいるうちに、詩織は渡辺麻友に、ドロシーは高橋みなみに擬態してしまった!
「いけてるよ、これ。さっそくだけど付き合って」
 マユユの姿かたちで、タカミナそっくりのドロシーに頼んだ。

 二人は、野球帽を目深に被って、幸子が通っていた高校を目指した。しかし、最寄りの秋葉原に来たのがまずかった。

 くだんのフォーチュンクッキーが大音量で流れていた。

 二人は知らぬ間にリズムにノッテ歌って踊ってしまった。アキバでAKBの看板が踊っていれば集まるなと言う方が無理である。あっという間に若者たちが集まって集団路上パフォーマンスになってしまった。
コメント