大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・新希望ヶ丘青春高等学校物語・55『風立ちぬ・いざ生きめやも』

2019-05-10 06:11:14 | 青春高校

希望ヶ丘青春高等学校物語・55  

『風立ちぬ・いざ生きめやも』     

 

 

 その男は暗い決心をした……こいつのせいだ。そして、これは千載一遇のチャンスだ。

「ほんとうにありがとう。新曲発売になったら、よろしくね!」
 そう言って、栞たちメンバーはバスに乗り込もうとした。
「すみません。せっかくだから記念写真撮ってもらっていいですか!?」
 元気のいい声がいっせいにした。ここまでは織り込み済みである。

 いわばカーテンコール。

 メンバーと生徒たちがグラウンドに集まって集合写真。それからは気に入ったメンバーと生徒たちで写真の撮りっこ。
「どうも、ありがとう。がんばってくださいね!」
 そんな言葉を五度ほど聞いて、瞬間、栞は一人になった。
「ごめん、鈴木君」
 めずらしく苗字で呼ばれて、笑顔で栞は振り返った。

 その直後、栞は、顔と、思わず庇った右手に激痛を感じた。
「キャー!!」
 痛さのあまり、栞は地面を転がり回った。左目は見えない。やっと庇った右目には、自分のコスから白煙が上がり、右手が焼けただれているのが分かった。そして、白衣にビーカーを持って笑っている男の姿が。
「バケツの水!」
 スタッフで、一番機敏な金子さんが叫び、三人ほどに頭から水をかけられた。その間に、他のスタッフが、ホースで水をかけ続けてくれた。
「その男捕まえて! 救急車呼んで! 警察も! これは硫酸だ、とにかく水をかけ続けろ!」
 金子さんは、そう言いながら自分もホースの水に打たれながら、コスを脱がせてくれた。
「栞、右の目みえるか!?」
「……はい」
 そう返事して、栞は気を失った。

 気がつくと、時間が止まっていた……走り回るスタッフ、パニックになるメンバーや生徒たち。
 救急車が来たようで、救急隊員の人が、開き掛かけたドアから半身を覗かせている。
 パトカーの到着が一瞬早かったようで、白衣の男は警官によって身柄を拘束されていた。

 その男は……旧担任の中谷だった。

 噂では、教育センターでの研修が終わり、某校で、指導教官がついて現場での研修に入っていると聞いていた。それが、まさか、この口縄坂高校だったとは。
 中谷は、憎しみの目で栞を見ていた。栞は、思わず顔を背けた。本当は逃げ出したかったんだけれど、金子さんが、硫酸のついたコスを引きちぎっているところで、それが、カチカチになっていて身を動かすこともできない。時間が止まるって、こういうことなんだと、妙に納得しかけたとき、フッと体が自由になった。
「イテ!」
 勢いでズッコケた栞はオデコを地面に打ちつけた。

「ごめんなさい先輩……」

 数メートル先に、さくやがションボリと立っていた。
「さくや、喋れるの……って、さくやだけ、どうして動いているの?」

「時間を止めたのは、わたしなんです」
「え……」
「もう少し早く気づいていたら、こうなる前に止められたんですけど。マヌケですみません」
「さくや……」

 そのとき、ピンクのノースリーブのワンピを着た女の人が近づいてきた。

「あ、さくやのお姉さん……」
「ごめんなさいね、栞さん。とりあえず、そのヤケドと服をなんとかしましょう」
 お姉さんが、弧を描くように手を回すと、さやけき音がしてヤケドも服ももとに戻った。
「これは……」
「わたしは、学校の近くの神社。そこの主、石長比売(イワナガヒメ)です。この子は妹の木花咲耶姫(コノハナノサクヤヒメ)です。この春に乙女先生が、お参りにこられ、その願いが本物であることに感動したんです。そして、わたしは希望を、サクヤは憧れをもち、人間として青春高校に入ったんです」
「先輩や、乙女先生のおかげで、とても楽しい高校生活が送れました。本当にありがとう」
 さくやの目から涙がこぼれた。
「時間を止めるなんて、荒技をやったので、もうサクヤは人間ではいられません。青春高校ももう少し見届けたかったんですけど、もう大丈夫。校長先生や乙女先生がいます。学校はシステムじゃなく、人です。だから、もう大丈夫……じゃ、少し時間を巻き戻して、わたしたちはこれで」

 お姉さんとさくやが寄り添った。そして時間が巻き戻された。

「ウ、ウワー! アチチチ!」

 オッサンの悲鳴がした。

 ビーカーの破片が散らばり白い煙と刺激臭がした。どうやら白衣のオッサンが、硫酸かなにかの劇薬をビーカーに入れて、転んだようである。幸い薬液が飛び散った方には人がいなく、コンクリートを焼いて、飛沫を浴びた中谷が顔や手に少しヤケドを負ったようで、大急ぎで水道に走っていった。
「おーい、MNBはバスに乗って!」
 金子さんに促され、メンバーは別れを惜しみながら、バスに乗った。
「だれか、残ってませんか……?」
 栞は思わず声に出した。
「みんな、隣近所抜けてるのいないか?」
 そう言って、金子さんは二号車も確認に行った。
「OK、みんな揃ってる!」
 バスは、口縄坂高校のみんなに見送られて校門を出た。

 栞は、横に座っている七菜に軽い違和感を感じた。同じユニットの仲間なんだから、そこに居たのが七菜でおかしくはない。
「七菜さん、行きもこの席でしたっけ?」
「うん、どうかした?」
「ううん、なんでも……」

 その日から、MNBのメンバーからも、希望ヶ丘高校の生徒名簿からも一人の名前が消えた。そして、その違和感は、栞の心に微かに残っただけで、それも、いつしかおぼろになっていった。

「風たちぬ いざ生きめやも」

 そう呟いて、栞は今日も一人、部活と思い定めたMNBへの道を急いだ……。


 希望ヶ丘青春高等学校物語 第一部 完

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高校ライトノベル・新希望ヶ丘青春高等学校物語・54『風立ちぬ』

2019-05-09 06:11:20 | 青春高校
希望ヶ丘青春高等学校物語・54   
『風立ちぬ』                   


 
 紫陽花が人知れず盛りを終えたころ、夏がやってきた。

 あれだけ、冷温が続いた春は、いつのまにか蝉の声かまびすしい夏になってきた。さくやはMNBではパッとしなかったが、それでも選抜のバックコーラスやバックダンサーをさせてもらえるようになり、楽屋では自称「パシリのさくや」とニコニコと雑用をこなし、メンバーからはかわいがられていた。

「ジャーン、この中に、当たりが一本は必ずあります!」

 スタッフの分を含めて、四十個のアイスを保冷剤をいっぱい入れてもらって、さくやが買ってきた。むろん制服姿で、宣伝を兼ねている。こういうパシリでは、制服でMNBということが分かり、ファンの人たちから声を掛けてもらえるので、さくや本人はいたって気に入っていた。

「あ、わたし、当たり!」
 
 七菜が嬉しそうに手を挙げた。
「ラッキーですね、すぐに当たりのもらってきます!」
「いいよ、さくや、これは縁起物だからとっとく」
「そうですか、それもいいですね。じゃ、サインしときゃいいんじゃないですか。七菜さんのモノだって」
「ハハ、まさか、それ取るやつなんかいないでしょう」
 聖子が、アゲアゲのMNBを代表するかのように明るく言った。
「いいえ、神さまって気まぐれだから、運がどこか他の人にいっちゃうかも。栞さんとか」
 近頃、ようやく栞に「先輩」を付けなくなった。言葉も全国区を目指して標準語でも喋れれるようにがんばっている。大阪弁は、その気になればいくらでも切り替えられる。今までずっと、それで通していたんだから。

 昼からは、バラエティーのコーナーである「学校ドッキリ訪問」のロケに府立口縄坂高校にバスを二台連ねて行くことになっていた。
 口縄坂高校は、府の学校改革のフラッグ校と言われ、近年その実績をあげている。そのご褒美と学校、そして府の文教政策の成果を全国ネットで知らせようと、府知事がプロデューサーの杉本と相談して決めたことである。一部の管理職以外は、午後からは全校集会としか伝えられていなかった。

 そこへ、中継車こみで三台のMNB丸出しのバスやバンがやってきたのだから、生徒たちは大騒ぎである。
「キャー、聖子ちゃ~ん!」
「ラッキーセブンの七菜!」
「スリーギャップス最高!」
 などと、嬌声があがった。
 とりあえず、メンバーは楽屋の会議室に集合。生徒たちは、いったん教室に入った。研究生を入れた総勢八十人のメンバーは、三人~四人のグループに分かれ、各教室を回った。カメラやスタッフは、三チームで各学年を回った。

「わたし、希望ヶ丘高校なんで、こんな偏差値が十も上の学校に来るとびびっちゃいます!」
 教壇で友子が、そう切り出すと、生徒たちからは明るい笑い声が返ってきた。その中に微妙な優越感が混じっていることを、友子もさくやも感じていた。
「MNBで、オシメンてだれですか?」
「トモちゃん!」
 如才ない答が返ってくる。あとは適当なクイズなんかして遊んだ。クイズといっても勉強の内容とは関係ないもので、当たり前の答はすぐに出てくる。
「これ、なんて読みますか?」
「離れ道!」
「七十九点!」
 友子は、わざと評定五に一点だけ届かない点数を言ってやった。案の定その子は、かすかにプライドが傷ついた顔をした。
「MNBじゃ、なんて読む、さくや?」
「はい、アイドルへの道で~す。首、つまりセンターとか選抜への道は、遠く険しいってわけです」
「この、しんにゅうのチョボは、私たち一人一人です。その下は、それまで歩んできた道を現しています。だから、このチョボは、今まさに首=トップにチャレンジしようとしているんです。そうやって見ると、この字は、なんだか緊張感がありますよね。わたしたちはアイドルの頂点を。あなたたちはエリートの頂点を目指してがんばりましょう!」

 教室は満場の拍手。友子は笑顔の裏で、少し悲しいプライドのオノノキのように聞こえた。

 それから、講堂に全生徒が集まって、ミニコンサートになった。この口縄坂高校は、プレゼンテーションの設備が揃っていて、講堂は完全冷暖房。照明や音響の道具も一揃いは調っていた。まあ、これが学校訪問が、こんなカタチで実現した条件でもあるんだけれど。

「それでは、来校記念に、新曲の紹介をさせていただきます。『風立ちぬ』聞いて下さい」


 《風立ちぬ》作詞:杉本寛   作曲:室谷雄二

 走り出すバス追いかけて 僕はつまずいた

 街の道路に慣れた僕は デコボコ田舎の道に足を取られ 気が付いたんだ

 僕が慣れたのは 都会の生活 平らな舗装道路

 君を笑顔にしたくって やってきたのに 

 君はムリに笑ってくれた その笑顔もどかしい

 でも このつまずきで 君は初めて笑った 心から楽しそうに

 次のバスは三十分後 やっと自然に話せそう 君の笑顔がきれいに咲いた

 風立ちぬ 今は秋 夏のように力まなくても通い合うんだ 君との笑顔

 風立ちぬ 今は秋 気づくと畑は一面の実り そうだ ここまで重ねてきたんだから

 それから バスは 三十分しても来なかった 一時間が過ぎて気が付いた

 三十分は 君が悪戯に いいや 僕に時間を 秋の想いをを思い出させるため書いた時間

 風立ちぬ 今は秋 風立ちぬ 今は秋 ほんとうの時間とりもどしたよ

 素直に言うのは僕の方 素直に笑うのは僕の方 秋風に吹かれて 素直になろう

 ああ 風立ちぬ ああ ああ ああ 風立ちぬ


 スタンディングオベーションになった。
 構えすぎていたのは自分だったかも知れないと思った。
 みんなが笑顔になった。友子もさくやも、自然に笑顔になれた、

 その時までは……。

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高校ライトノベル・新希望ヶ丘青春高等学校物語・53『もらった南天』

2019-05-08 06:10:25 | 青春高校
新希望ヶ丘青春高等学校物語・53  
 
『もらった南天』               

 

 

 中間テストの初日であったが、朝から全校集会になった。

「黙祷!」

 首席の桑田が号令をかけた。さすがに、水を打ったように静かになった。
 一昨日、墓参りのあと、田中教頭が霊園の門前で急死したことを、校長の水野が簡潔に述べたあとである。一分間の黙祷が終わった後、校長は再び演壇に上がり、話を続けた。
「田中教頭先生は、この春に淀屋橋高校から赴任されてこられたところで、赴任以来、本校の様々な問題について、わたしの女房役を務めていただきました。昨年わたしが本校に参りましてより、我が校の改革に邁進してきましたが、今年度に入り、様々な軌道修正をしながら、本格的な改革案を練る作業に入ったところであります。その実務を裏で支えておられたのは、田中先生です。先生を突然失い、わたしは両腕をもがれた思いであります……正直、先生達がやろうとしている改革は、君たちが在学中には実現が難しいほど壮大な難事業であります。時間と、途方もない忍耐力が要ります。先生は、持ち前のモットー『小さな事からコツコツと』を実践してこられました……」
 
 それから、新しい教頭が決まるのには数日かかること、田中教頭は妻子を早くに亡くし孤独な生活を送ってきたが、生徒のみんなを自分の子どものように思っていたことなどを交え、田中教頭の姿を美しく荘厳して話を終えた。

 生指の勘で、校庭の隅のバックネットの裏に生徒の姿を感じて、現場に急いだ。
――こんなときにタバコか――予想は外れた。
 そこには、しゃがみこんで泣いている栞がいた。
「栞、どないしたん……」
「わたし……わたし、人が死ぬなんて、思ってもいなかったんです!」
「栞……」
「学校の改革は必要だと思ってました。だから、進行妨害事件でも、あそこまで粘りました。それが正しいと思っていたから。そして改革委員会ができて、実際の進行役が教頭先生で、苦労されていることも父から聞かされて知っていました。でも……でも亡くなってしまわれるほどの御心労だったとは思いもしなくて、いい気になってMNBなんかでイキがちゃって……なんて、なんて嫌なやつ! 嫌な生徒!」

 次の瞬間、乙女先生は、栞を張り倒した。

「自分だけ、悲劇のヒロインになるんとちゃう!」
「先生……」
「オッサン一人が死ぬのには、もっと深うて、重たい問題がいっぱいあるんじゃ!」
「他にも……」
「いま分からんでも、時間がたったら分かる。さ、もう試験が始まる。教室いき……」
「……はい」
 駆け出した栞に、乙女先生は、思わず声をかけた。
「栞がしたことは間違うてへん。それから……教頭さんのために泣いてくれてありがとう」
 栞は、何事かを理解し、一礼すると校舎の方に戻っていった。

「しもた、シバいたん謝るのん忘れてた!」
 振り返ったが、栞は全て理解した顔をしていたので、もう、それでいいと思った。

 教頭の葬儀には、手空きの教職員が行った。

 職員の受付には技師の立川さんが座っていた。土地柄であろうか、細々とした仕事は明らかに、プロではない地元の人たちが手伝っている。その様子を見ていると、上辺だけではなかった教頭の近所づきあいの良さがうかがえた。
「ほんまに、去年の盆踊りにはなあ……」
「そうそう、正月のどんど焼きでも……」
 家族がいないせいか、ご近所にはよく溶け込んでいたようだ。

 焼香を終わって一般参列者の群れの中に戻ると、喪服に捻りはちまきというジイサンが呼ばわっていた。
「どないだ、米造が丹精した盆栽です。お気に召したんがあったら、持って帰っとくなはれ!」
 半開きにされたクジラ幕の向こうには、全校集会のように盆栽たちが並んでいた。ゆうに、中規模の盆栽屋ぐらいの量があった。とても会葬者だけでさばける量ではない。
「これ、残ったら、どないしはるんですか?」
「あ、わしが引き取ります。ヨネが生きとったころから、そう話はつけたあります。生業が植木屋やさかい、どないでもなりますけどな。どこのどなたさんか分からん人に買うてもらうより、まずは縁のあった人らにもろてもらおと言うとりました。あんさんには、これがよろしい」
 おじいさんは、小ぶりな南天の盆栽を、なんの迷いもなく、慣れた手つきでレジ袋に入れてくれた。

「お棺のフタを閉じます。最後のお別れをされる方は、こちらまで」
 係の人の声に促され、乙女先生は棺の側まで行った。田中教頭は、着任式の印象とは違って、とても穏やかな顔をしていた。
「よかったな、ヨネボン。こないぎょうさん来てもろて。好子さんも碧ちゃんもいっしょやで」
 喪主のお姉さんが、二枚の写真を入れていた。一枚は卒業式の妻子の写真……そして、もう一枚は、なんと乙女さんの娘美玲の制服の写真だった。どうやら、娘さんの碧ちゃんと間違われたようだった。
 乙女さんは、一瞬混乱したが、田中教頭の大阪城での嬉しそうな顔を思い出した。
――これでええ、本人さんは、よう分かってはる――
 傍らに掲げられた府教委の死者への表彰状だけが、そらぞらしかった。

「教頭さん、ああ見えて、なかなか周旋能力の高いひとでしたからね、あとが大変だ。乙女先生、よろしくお願いしますよ……」
 ハンドルを握りながら、校長が呟いた。
 脇道から自転車が飛び出したが、さすがの校長、緩い急ブレーキで止まった。
――あ……!――
 南天が驚いたような声をあげたような気がした。
 ふとレジ袋を見ると、鉢にさした札には、一字で、こう書いてあった。

 碧…………。

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高校ライトノベル・新希望ヶ丘青春高等学校物語・52『教頭 田中米造』

2019-05-07 05:59:51 | 青春高校

新希望ヶ丘青春高等学校物語・52  

『教頭 田中米造』       
 

 

 皮のすり切れた肩下げカバンから、田中教頭は二つの真新しい写真立てを出した。
 

 微かに野鳥の声がしたが、屋内の仏壇式納骨堂だったので、とても微かで、ひょっとしたら幻覚かもしれないと思った。  幅五十センチ、高さ百八十センチ程の納骨式仏壇は、まるで職員室のロッカーのようだ……いや、奥行きが三十センチあるなしの薄さなので、ロッカーよりも貧弱に見えた。 
 

 二十数年前、親類の紹介で見合いして妻といっしょになった。妻は、娘といっしょに下段の納骨スペースに収まってている。 

 事務所で、お経を上げる坊主を付けましょうかと言われたが断った。坊主といっても仏教系大学の学生アルバイトであることは百も招致である。自分で正信偈(しょうしんげ)の小さな経本を持ってきている。子どものお道具箱のような引き出しを開け、鈴(りん)と鈴棒を出し、花生けには妻が好きだった菫の造花を差した。

 「おっと、水だ。もう、ダンドリも忘れてしもたな……」 

 ひとりごちて、田中はママゴトのそれのような湯飲みに水を汲みに行った。
 この仏壇式納骨檀は、妻の祖父の強い勧めで買った。百万もしたが、半分出してやると言われては、断るわけにもいかず購入した。一応真宗の門徒ではあるが、生まれた家が真宗であったというだけである。納骨を済ませたあとは、お参りに来たこともない。三年前十三回忌を済ませたが、もう終わりにしようと思っている。  田中は、これでも仏教系の大学を出て得度も受けている。法名を釋触留(しゃくしょくる)といい、自分ではシャクに障るだと、シニカルに思っている。
 

 帰命無量寿如来 南無不可思議光(きみょうむりょうじゅにょらい なもふかしぎこう)法蔵菩薩因位時 在世自在王仏所(ほうぞうぼさついんにじ ざいせじざいおうぶっしょ)覩見諸仏浄土因 国土人天之善悪 (とけんしょぶつじょうどいん こくどにんでんしぜんまく)……。

 と、やり始めた。教師というのは声が大きい。正信偈も真宗では、基本中の基本である。彼の声明(しょうみょう)は堂内に響き渡り、中には、高名なお坊さんが経を唱えているのかと手を合わせていく年寄りもいた。
 写真は、娘が中学を卒業したときに、卒業式の看板の前で撮った、妻と娘の写真。もう一つは、こないだ乙女先生からもらった制服姿の美玲の写真であった。
 「佐藤先生の娘さん。碧(みどり)と同じ、森ノ宮女学院や。雰囲気が碧そっくりやし、持ってきた。好子、すまなんだな。ほったらかしで……わしは人間は死んだらゼロや思てた。真宗では、このゼロのことを極楽と言う。好子も碧も、そこにいてる。そやさかい墓参りにも来んかった……今日は気まぐれや。お天気もええし、美玲ちゃんの写真もろたんも、なんかの縁。それに学校も問題多いし、これから仕事忙しなる思てな……ハハ、わし、なに言い訳してんねんやろなあ……そや、ただワシは来たいから来ただけや。来たいから来ただけ……」 

 そう言うと、田中は水を飲み干し、仏具を片づけ、写真と造花をカバンにしまった。
 

 田中は、ゆっくりと納骨堂の玄関にもどった。人が少なく、堂内に、やけに自分の足音が響くのに閉口した。

 「タクシー呼びましょか?」 玄関の係員の申し出も断った。 「いや、新緑の中、ちょっと歩きますわ」 そうは言ったが、実のところ、あまりな新緑の輝きに泣き出しそうな自分を見られたくなかったからである。

 ……しばらく行くと、植え込みの陰で人の気配がした、それも、ごく親しい人のそれである。

「……好子……碧……」
「ごくろうさま」  妻が軽く頭を下げた。
「ありがとう、お父さん」  碧が、森ノ宮女学院の制服姿で、ハニカミながら言った。
 「これ、美玲ちゃんの借りたの。制服姿で、お父さんに会えてよかった」 

 田中は、慌ててカバンの中の写真を見た。卒業写真から二人の姿は消え、美玲は、下着姿で恥ずかしそうにしていた。

 「そんな見たげたら、あかんよ。お父さんのエッチ」 「ほんまに、好子と碧やねんな!」
 「うん、そうよ」

 母子の声が揃って、十五年ぶりに親子三人で笑った。  そして、なにをしゃべるでもなく、親子三人は、霊園の門までの百メートルあまりを歩いた。  門が見えてきたとき、好子と碧が、ニッコリ手を繋いで来た。田中は十五年ぶりに幸せで心が満たされた。
 そして……ちょうど門のところで、田中はこときれた。四十九年の生涯であった。
 

「はあ、なんや、楽しそうに納骨堂から歩いてきはりましてな。ほんで、両脇をニッコリ見たかと思うと、まるで人に支えられるようにゆっくり倒れていかはりましたわ」 

 警備員のオッチャンは、見たとおりに警察官に話した。

 初夏の蒼空を、三つの小さな雲が流れていったことに気づいた人はいなかった……。

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高校ライトノベル・新希望ヶ丘青春高等学校物語・51『デビュー!』 

2019-05-06 05:50:55 | 青春高校
新希望ヶ丘青春高等学校物語・51 
 『デビュー!』         



 朝、校門近くの坂道で、さくやのお姉さんを見たような気がした……。

 しっかり者の栞は、人が気づく前に、こっちから挨拶ができる子である。幼いころに母が亡くなってからは、弁護士の父の足手まといにならないように、子どもながら家事一般はこなしてきたし、父の仕事柄、行儀作法も並の子よりはできるほうである。だから挨拶はされる前にする。これがモットーであった。
 それが「あ」と思ったときには姿が見えなかった。ただ栞のことをニッコリ見つめ皇族の内親王さまのように手を振っていたような気がした。で、気がしたときには姿が見えなくなっていた。

「ねえ、お姉さん、来てた?」

 妹の方は、すぐに目に付いた。下足室で上履きに履きかえようと片脚をあげたところに声を掛けたものだから、さくやはタタラを踏んで、クラスの男の子にぶつかってしまった。
「ごめん、片桐君!」
 さくやは、顔を真っ赤にして謝った。
「あ、ええよ、大丈夫か?」
 片桐君は、優しく肩を支えてくれて、さくやの顔は、さらに赤くなった。
「う、うん大丈夫」
「そうか、ほんなら、お先に」
「はいはい……」
 片桐君を見送って、もう栞のことなど忘れている。
「ちょっと、さくや!」
「あ、栞先輩!」
「あの子……なんなのよ?」
「あ、ただのクラスメートです!」
「そうなんですか……?」
「栞先輩も、新曲頭から抜けへんのんですね」
「抜けちゃ困るわよ、今日本番なんだから!」
 栞も、今日の本番のことで聞くことを忘れてしまった。

「学校生活に影響を与えないって、約束じゃなかったかな?」
 担任代行の牧原先生が、小学生に言うように言った。

「すみません。急にデビューが決まって、本番の日取りは決まっていたんですけど、リハなんかのダンドリが今朝入ってきたもんですから、ご報告が遅れました」
「……ご報告やないやろ。許可願いやろが」
「あ、はい、言い間違えました。よろしく許可願います」
「まあ、しゃあないな。そやけど試験前やいうこと忘れんなよ」
 ハンコをついて、栞が手を出したところで、牧原は引っ込めた。
「あ、あの……」
「榊原聖子のサインもろてきてくれへんか?」
「え……」
「同じユニットやろ。うちの娘が聖子ちゃん好きでな。交換条件や」
「あの、わたし、身分的には研究生なんで、そういうことは……」
「ちぇ、ケチやのう。まあ、手島栞のデビューやったら、しゃーないわの!」
 職員室中に聞こえる声で牧原が言った。
 こう言うときに、弱った顔や、怒った顔をしては負けである。
「ありがとうございました」
 栞は、落ち着いて頭を下げた。

 四時間目が終わり、生指の部屋に入るときは、さすがに胃がキリリときた。
「失礼します。二年A組の手島栞です」
「やあ、栞。いよいよやね!」
 よかった、生指の部屋には常駐の乙女先生しかいなかった。

 リハーサルは、ドライもカメリハも上手くいった。いよいよ本番である。
 こないだ刺身のつまで出たときの倍くらい、念入りなメイクにヘアーメイク。緊張感が増してくる。
「スリーギャップスの船出、円陣組むよ!」
 聖子が、七菜と栞に声を掛ける。
「お願いします」
 七菜と栞が同時に言った。それがおかしいのか聖子がクスっと笑った。
「あんたら、おかしいよ、別にオリンピックの決勝戦じゃないんだから」
「わたし、高校の陸上部入ったらいきなりオリンピック出ろって、そんな心境なんですけど」
「そうなんですか!?」
「アハハ……」
 さすがにベテラン、ほぐすのも上手い。
「じゃ……スリーギャップス、GO!」
 それを合図にしていたかのようにADさんが迎えに来た。

「それでは、本日結成したばかり、MNBの新ユニットスリーギャップスでーす!」
 MCの居中が叫ぶと、エフェクトのドライアイスが、両サイドからシュポっと出て三人そろって、最後の一段で、栞はステップを踏み外した。危うく将棋倒しになるところを居中が支えてくれた。
「なんだ、栞って、冷静そうな顔して意外とドジなのな」
「いや、今のは想定内のズッコケでした」
「栞、ちょっと、真っ直ぐに歩いてみてくれる」
 聖子の機転だ。栞はわざと手と足を同時に出して笑いを誘った。
「ね、緊張なんかしてないでしょ」
「あー、こりゃ気合いの入れ直しだわ」
 三人で、背中のどやしつけあいをやった。
「じゃ、大丈夫ね?」
 角江の声でスイッチが入った。三人は丸いステージスペースに入り、イントロが流れる。
「それでは、本日結成、初公開。スリーギャップスで『そうなんですか!』どうぞ」


 
《そうなんですか!》  作詞:杉本 寛  作曲:手島雄二

 ホ-ムの発メロが鳴る階段二段飛ばしに駆け上がる 目の前で無慈悲にドアが閉まる

 ああチクショー! このヤロー! 思いがけないキミのため口

 駅員さんも乗客のみなさんも ビックリ! ドッキリ! コレッキリ!

 ああ カワイイ顔して このギャップ
 

 あの それ外回りなんだけど

 そうなんですか しぼんだようにキミが呟く

 新学期 もう夏だというのに いいかげん覚えて欲しいな電車の発メロぐらい

 でも 愛しい ピンのボケ方 このギャップ そうなんですか そうなんですか



 昼休みチャイムが鳴る廊下優雅に教室に向かう 開けたドアみんなが起立していたよ

 ええ うそ~! ええ ど~して! 見かけに合わないキミの大ボケ

 クラスメートも教科の先生も ビックリ! ドッキリ! コレッキリ!

 ああ カワイイ顔して このギャップ

 あの 今の本鈴なんだけど

 そうなんですか 他人事みたいキミが呟く

 新学期 もう夏だというのに いいかげん覚えて欲しいな予鈴と本鈴ぐらい

 でも 愛しい ピンのボケ方 このギャップ そうなんですか そうなんですか


 
 照りつける太陽 砂蹴散らして駆けまわる ビキニの上が陽気に外れかかる

 ええ うそ~! なんで今~! 天変地異的キミの悲鳴

 ライフセーバーさんもビーチのみなさんも ビックリ! ドッキリ! コレッキリ!

 ああ キミは飛び込む 波打ち際

 ああ たしかキミはカナヅチなんだけど

 そうなんですか でも助けてとキミが叫ぶ

 夏休み もう真っ盛り いいかげん覚えて欲しいな犬かきとボクの気持ちぐらい

 でも 愛しい こ~の無神経 このギャップ そうなんですか そうなんですか 

 そうなんですよ ボクの愛しいそうなんですよ ボクの青春のそうなんですよ 人生一度のそうなんですよ

 Yes! そうなんですよ!



 歌っている間、栞は、さくやの姉の手の温もりを思い出した。そうあの姿は温もりそのものだった。そう感じると、さっきのズッコケはどこへやら。
 すっかり落ち着いてデビュー曲を歌い上げた栞だった……。
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高校ライトノベル・新希望ヶ丘青春高等学校物語・50『それぞれの週明け』

2019-05-05 05:53:33 | 青春高校
 新希望ヶ丘青春高等学校物語・50  『それぞれの週明け』                  


 トーストをくわえながら、駅まで走っている女子高生なんて、テレビのドラマかラノベの世界だけだと思っていた。

 栞は、現実に、今それをやっていて、自分がドラマの主人公になったような気に……は、ならなかった。
 今日から、中間考査の一週間前である。学年でベストテンの成績をとっていた去年までの栞なら、こんなには慌てない。父子家庭で、早くから主婦業を兼業……正確には、弁護士である父と半分こであるが、半分と言え主婦をやっていることには違いない……ので、物事を計画的とか、順序立ててやることには自信があり、去年まで実態として存在していた演劇部と学業と家事の三人組を相手にするのは、『体育会テレビ』で、プロが芸人さんたちを相手にするよりタヤスイことであった。
 
 でも、今は違う。

 MNB24の研究生になって十日もたたないのに、ユニットを組まされた。その名も『スリーギャップス』 センターを張るベテランの榊原聖子と中堅の日下部七菜、そして駆けだし(現に今もトーストをくわえながら駅まで駆けている)の手島栞の三人。きっかけは、レッスン中に栞が口にした「そうなんですか!」が、グループの中で流行り、プロディユーサーの杉本寛が「今月中に、『そうなんですか!』で新曲をリリースする」と生放送中に宣言した。そのときは、ただの冗談かと思った。そうしたら、一昨日いきなり新曲のスコアを渡され、急遽ユニットが組まれ、何度も言うようだが、ユニット名は『スリーギャップス』 それぞれのギャップの差を楽しもうという、芸能界ではあり得ない、いや、あり得なかった、いや、あってはならないアイデアである。
「ギャップの差は、個性の差である!」
 杉本は、この世界の風雲児である。たとえ思いつきでも、言われたらやるっきゃない!
 正直、杉本の企画が全て当たるわけではない。母体のAKRも神楽坂でも、コケた企画は山ほどある。そして、陰で泣いた……泣くぐらいなら、まだいい。この世界から姿を消したアイドルの死屍累々。
 だから、この『スリーギャップス』は、絶対にコケられない。聖子や七菜はすでにアイドルの地位を不動のものにしている。コケルとしたら駆けだしの栞である。
 栞は、昨日も夜中の十一時までかかって、ボイトレ、新曲の練習、フリの復讐をBスタを独占してやった。そして帰宅してからは、三時前までテスト勉強。

 ああ、二次関数や英単語たちがこぼれていく……そして『そうなんですか!』が頭を巡る。

 
 ホ-ムの発メロが鳴る階段二段飛ばしに駆け上がる 目の前で無慈悲にドアが閉まる

 ああチクショー! このヤロー! 思いがけないキミのため口

 駅員さんも乗客のみなさんも ビックリ! ドッキリ! コレッキリ!

 ああ カワイイ顔して このギャップ
 
 あの それ外回りなんだけど

 そうなんですか しぼんだようにキミが呟く

 新学期 もう夏だというのに いいかげん覚えて欲しいな電車の発メロぐらい

 でも 愛しい ピンのボケ方 このギャップ そうなんですか そうなんですか

 曲の一番にスイッチが入り、駅前で思わずワンコーラス分、ステップを踏んだ。そして歌詞通りになった。
 ホ-ムの発メロが鳴る階段二段飛ばしに駆け上がる。その目の前で無慈悲にドアが閉まってしまった……。


「ええ、今日からこのクラスの仲間になる佐藤美玲さんです。中間テスト一週間前からの転校で、ちょっと大変ですけど、みんなよろしくね。じゃ、佐藤さんから一言」
 美玲は、ゆっくり教壇に立った。制服は他のみんなと違って、イージーオーダー、身にピッタリと合っている。高い位置でポニーテールにしているので、目尻が上がりキリリとした表情には気品と貫禄さえあった。
「ご縁があって、今日からみなさんといっしょに勉強することになりました佐藤美玲です……」
 そこまで言うと、黒板に自分の名前を書こうとしたら、すでに担任が書いてくれていた。
「ちょっと難しい字だけどミレイと読みます。言いにくいからうちの母は略してミレって呼んでます。みなさんも、それでよろしくお願いします」
 オヘソの前で手を組んで、静かに頭を下げた。お母さんに教えられた通りに……暖かい拍手が起こった。

――受け入れられた!――

 そんな喜びが、オヘソのところから湧いてきた。
 前の学校では、正直言ってハブられていた。狭い街なので、噂は子どものころから広まっていた。面と向かって言われたことはなかったが「不倫の子」と陰で言われていることは分かっていた。しかし伯父夫婦は気にする様子は無かった。姪への愛情からではなく、無関心からであった。だから一定以上言われることもない。そして、姿勢も成績もいい美玲は、ハブられるというよりは、近寄りがたい存在として見られることが多くなっていたのだが、それとハブられることとの区別がつくほど美玲は大人ではなかった。
 美玲は、初めて自分を受け入れてくれる学校ができたと思った。
 一礼して上げた美玲の顔は、担任の佐野先生が驚くほど美しかった。本来母親似(乙女さんではない)の美玲は整った顔立ちの子で、それが、その身に溢れる喜びで一杯になったのである。美しさはひとしおで、その日いっぱい、中等部の職員室の話題になった。

「教頭先生、例のものです」
 乙女さんは、お土産の饅頭を置くような気楽さでそれを、教頭さんの机の上に置いた。
 数秒して、教頭さんは、それが何かが分かった。この人には珍しく、プレゼントをもらった子どものように、すぐさま開けると。葉書大ほどのそれを食い入るように見つめた。

「今日の教頭さん、なんだか……その、楽しそうでしたな。あんな教頭さんは初めてだ」
「よっぽどええことがあったんでしょ。そっとしといたげましょ」
「ですね……」
 校長は、片手を挙げると校長室にもどった。
「ああ、チャック閉め忘れてる……ま、ええか」

 乙女さんは、美玲を引き取った判断に間違いはないと思った。それぞれの週明けだった……。

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高校ライトノベル・新希望ヶ丘青春高等学校物語・49『スリーギャップス』

2019-05-04 06:21:08 | 青春高校
 新希望ヶ丘青春高等学校物語・49
『スリーギャップス』     
   


「栞、Bスタジオまで……ほら、急ぐ!」
 
 午前のレッスンが終わって、控え室でお握りを頬張っていたら、鼻に絆創膏を貼ったMNBの専属作曲家の室谷雄二に呼び出された。
「は、はい!」
 お茶でお握りを流し込み廊下に出ると室谷はもうエレベーターの前にいて、エレベーターのドアが開きかけていた。
「うわー!」
 慌てて、エレベーターに乗り込むと叱られた。
「アイドルは、仕事以外では走らない!」
「はい」
 気難しい人だと思った。
「ほら、これ栞のパート」
 ナニゲに渡されたスコアに戸惑っているうちにエレベーターは一階上のフロアーに着き、あと二三歩でBスタジオというところで、室谷の背中にぶつかった。なぜかというと、室谷が急に立ち止まったからである。室谷は勢いでドアに顔をぶつけた。
「イテー! オレ、さっきもぶつけたところなんだよ! なんでMNBは、ガサツな奴が多いんだろうね」
「すみません」
 室谷さんが急に止まるから……と思いながらも、栞もスコアを見てテンパっていた。

 スコアのタイトルは『そうなんですか!』になっていたから。そう、栞の一言で流行ったギャグである。

「失礼します」
 ドアを開けて、さらにテンパッタ! スタジオにはプロディユ-サーの杉本、MNBセンターの榊原聖子、三期生で売り出し中の日下部七菜の、研究生の栞から見れば、雲の上の人間が揃っているのだ。
「室谷さん、また顔ぶつけました?」
 聖子が、おかしそうに聞いた。
「MNBは、そそっかしいのが揃ってるからな」
「室谷ちゃん含めてね」
 杉本が、体を揺すって笑った。七菜も俯いているところをみると同じ目に遭ったんだろう。
「とりあえずスコア見てくれよ」


 《そうなんですか!》  作詞:杉本 寛  作曲:手島雄二

 ホ-ムの発メロが鳴る階段二段飛ばしに駆け上がる 目の前で無慈悲にドアが閉まる

ああチクショー! このヤロー! 思いがけないキミのため口

駅員さんも乗客のみなさんも ビックリ! ドッキリ! コレッキリ!

ああ カワイイ顔して このギャップ
 

あの それ外回りなんだけど

 そうなんですか しぼんだようにキミが呟く

 新学期 もう夏だというのに いいかげん覚えて欲しいな電車の発メロぐらい

 でも 愛しい ピンのボケ方 このギャップ そうなんですか そうなんですか


 昼休みチャイムが鳴る廊下優雅に教室に向かう 開けたドアみんなが起立していたよ

 ええ うそ~! ええ ど~して! 見かけに合わないキミの大ボケ

 クラスメートも先生も ビックリ! ドッキリ! コレッキリ!

 ああ カワイイ顔して このギャップ

 あの 今の本鈴なんだけど

 そうなんですか 他人事みたいキミが呟く

 新学期 もう夏だというのに いいかげん覚えて欲しいな予鈴と本鈴ぐらい

 でも 愛しい ピンのボケ方 このギャップ そうなんですか そうなんですか


 照りつける太陽 砂蹴散らして駆けまわる ビキニの上が陽気に外れかかる

 ええ うそ~! なんで今~! 天変地異的キミの悲鳴

 ライフセーバーさんもビーチのみなさんも ビックリ! ドッキリ! コレッキリ!

 ああ キミは飛び込む 波打ち際

 ああ たしかキミはカナヅチなんだけど

 そうなんですか でも助けてとキミが叫ぶ

 夏休み もう真っ盛り いいかげん覚えて欲しいな犬かきとボクの気持ちぐらい

 でも 愛しい こ~の無神経 このギャップ そうなんですか そうなんですか 

 そうなんですよ ボクの愛しいそうなんですよ ボクの青春のそうなんですよ 人生一度のそうなんですよ

 Yes! そうなんですよ!


「このユニット名は、スリーギャップス」
「スリーギャップス?」
「そう、ベテランと中堅と駆けだしのミスマッチ」
「そう、栞はミス・マッチ」
「マッチですか!?」
「そう、栞の荒削りな馬力と根拠のない自信。こいつで火を付けてみようと思う。今日は曲をしっかり覚えて、明日は振り付け。来週の習慣歌謡曲で発表する」

 かくして、栞のヒョウタンから駒が出た……!
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高校ライトノベル・新希望ヶ丘青春高等学校物語・48『家族写真』

2019-05-03 06:13:08 | 青春高校
 新希望ヶ丘青春高等学校物語・48  『家族写真』              




「こんちわ、クロヤマタヌキの宅配便です!」 

 ドアホンで宅配便のオニイサンを確認すると、美玲は代引きのお金とハンコを持って玄関に出る。
 今度は、カバン一式だった。リュックにも手提げにもなる優れもののメインバッグはAKBの『SO LONG』の持ち道具を思わせるようでカッコよかった。

 思い出が味方にな~る♪

 思わずワンフレーズが口をついて出てしまった。近江八幡の中学で使っていたものは、基本はビニールの手提げで、ストラップを調整することで肩から掛けられるようにもなっていたが、いま手にしている森ノ宮のものはリュック……鏡に映してみると、形がしっかりしていて小粋なランドセル。人工皮革だったけど、緑地に細い赤のラインが入っていてオシャレだ。サブバッグは、同じデザインで、近江八幡の時と同じ手提げにも肩掛けにもできるものだったけど、一見コットンで出来ているように見えて、シックで高級感。見とれているうちにお昼になった。残ったご飯でチャーハンを作っている間も。テーブルに置いて眺めながら作ったので、少し焦げてしまった。

 お焦げの味は、程よいというか、美玲の十三年に近い人生そのもののような感じがした。父親がいない寂しさ、伯父家族への遠慮、それは苦さだった。死んだお母さんは美玲を産むと、大阪の学校を辞めて、もう一度滋賀県の高校の先生になった。何度か転勤したが、美玲が物心が付いてからは、大津や長浜の高校で、いつも帰りが遅く、その間、馴染めない伯父の家に居るのも辛く、学校の図書館や街の図書館で過ごすことが多かった。
 お母さんは、死ぬ三日前に美玲を枕許に呼び「万一のことがあったら、お父さんに連絡を取るように」と言っていた。それから、思いがけず乙女母さんが来てくれるまでは火宅のようなものだった。

 最初に来た教科書を入れてみた。全部入れるとメインバッグもサブバッグもパンパンになったが、美玲には、それが、これからの人生の希望のように思えた。
 午後からは、靴と体操服一式が来た。やっぱり公立中学のときのよりもオシャレで、美玲は着替えてみたかったが、一番楽しみにしている制服が来るかもと思うとおちおちファッションショーをするわけにはいかなかった。

 とうとう、その日に制服は来なかった。けれどお父さんもお母さんも早く帰ってきてくれた。
「なんや、制服はまだか……」
 お母さんは、美玲と同じテンションでガックリしていたが、お父さんは落ち着いていた。
「少し、補正をお願いしたからな、時間がかかるんだろう」
 森ノ宮での、お父さんを思い出した。
「メジャーを貸してください」というと、お父さんは美玲の体のあちこちを計りだした。親でなかったらセクハラだと思うような計り方だったが、既成の七号サイズでは、線の細い美玲では合わないところがあり、業者に電話で補正の注文を付けていた。
「いやあ、これから大きくなられますから」
 という業者のアドバイスに、父は、こう答えた。
「大きくなったら、また買い直します!」
 その補正で遅れていると言いながら、じゃ、お父さんは、なぜ、こんなに早く帰って来たのだろう……?
「あんたも待ち切れへんねやろ」
 乙女お母さんが、お父さんを冷やかした。 
「管理職は、遅までおったらええ言うもんとちゃうねん!」
 と、なぜか意地になっていた。

 そして、昨日、美玲は、朝から新品の教科書を読んだりしていたが、さすがに成績優秀な美玲も、ちっとも中身が頭に入ってこなかった。昼に、またチャーハンをこさえていると(美玲が作れるのは、これしかない)宅配便がきた。喜んで玄関に出ると宅配屋さんは、A4の段ボールの袋を置いていった。宛名は美玲、注文主はお母さんだった。開けてみるとラノベが出てきた『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』という、大橋むつおという人の作品だった。あまり上手いとは思えない表紙絵に、かえって新鮮さを感じて、読み出した。序章だけで止めておこうと思ったら、面白くてうかつにものめり込んでしまった。
 そして、お母さんが帰ってくるのと、宅配屋さんが来るのがいっしょになった。お母さんは、その日は遠足で、帰ってくるのが早かったのだ。
「ミレちゃん。来たよ、来たしい!」
 賑やかにお母さんが、制服の箱を開けながらリビングに入ってきた。

――わたしと忠クンは……二人、あらかわ遊園で、この半年にわたる物語を振り返り、そっと栞をはさんだところです――

 ふけっていた余韻は、ふっとんでしまった。乙女さんは、美玲をさっさと裸にして、制服を着せた。これも親でなければセクハラである。

「「うわー!」」

 同じ言葉が、母子の口から出た。亭主の補正注文が功を奏して、美玲はまるでアイドルの制服姿だった。で、それをシャメに撮ると亭主に送ってやった。

――直ぐ帰る――

 そのメールが着いて、きっちり四十五分後に正一が帰ってきた。
「うわー、やっぱり生で見るとちゃうなあ!」
 とりあえず、娘の制服姿に大感激したあと、正一は、亭主として夫婦のイッチョウラを出すことを命じ、一家で正装し終わると車を出した。
「あんた、写真屋さんには予約入れたんのん?」
「転入試験の日に予約入れた!」
「お父さんも、やるー!」

 写真屋のスタジオに入ると、美玲は迷った。言い出しかねているのである。乙女さんが気づいた。
「美子母さんやろ……?」
「は……はい」
「写真屋さん、ちょっとお願い」

 三人の新品親子の前に、小さな台が置かれ、美子お母さんのお骨の入ったリップクリームは可愛く花で飾られた。
 それから、美玲一人の立ち姿も別に撮られ、それは四枚増焼きされ、それぞれ違った色のフレームに収められた。
 美玲は幸せだった。まるで昼間読んだラノベの主人公まどかのような感じで、人生の一ページに栞が挟まれたような気になった。

 その夜、予期せぬ電話が手島弁護士から掛かってきた。
『美子さんの遺産なんですが、生命保険だけは受取人が娘さんになっていまして、これだけは受け取ってください』
「しゃあないなあ」
 そう思いながら、これは実の母である美子さんの、美玲への餞別であるような気がした……。 
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高校ライトノベル・新希望ヶ丘青春高等学校物語・47『春の大遠足』

2019-05-02 06:17:31 | 青春高校
 新希望ヶ丘青春高等学校物語・47  
『春の大遠足』             


 水野校長の発案で遠足は連休が終わってからになった。

 一年生だけは、学年でまとまって遠足にいく。学年としての一体感を持たせたいという、これも校長の発案であった。職員は嫌がったが、校長が、とうに絶滅した宿泊学習の復活を持ち出す気配だったので、この線に落ち着いた。
 もっとも、一体感をもって学校を改革しようという意思のかけらもない教職員にはなんの効果もなかった。
 ただ、先月の栞の『進行妨害事件』で、府教委やマスコミから叩かれた時には、ささやかではあるが、学校が前向きな姿勢を持っている証左であると評価された。しかし、このことは教職員には伝えていない。「恩着せがましい」と思われるのが分かっていたからである。
 二三年生は、クラスごとに行き先を決める。現実には幾つかのクラスが、示し合わせて同じところに行くので、学年としては三つぐらいのコースになる。

 栞のクラスは嵐山に決まった。

 一般的に嵐山への遠足は阪急嵐山の駅にに着いたあとは記念写真だけをクラス単位で撮って自由行動にするからだ。
 別に単独行動で悪さをしようなどという不埒な考えはないが、学校や先生が決めたコースを羊のように引っ張り回されるのがイヤなだけである。担任の湯浅も、若い頃に奈良国立博物館を遠足の目玉にしたところ、たった一分でスルーされてしまい、それ以来、遠足はルーチンワークと心得て、生徒が行きたい場所に行かせている。
 そして、なにより一年生が、全学年そろって嵐山なので、男子は一年生のカワイイ子を探し、お近づきになるチャンスである。女子は、あちこちにある甘い物屋さんや、桂川のほとりでのんびりしたい。と意見が一致した。

 一言で言えば、師弟共々の息抜きなのである。

 教師たちは、昼には、共済の保養施設で、そろって嵐山御膳というご馳走を食べることに話がきまっていた。本来監督責任があるので、あまり誉められたことではないのだが、同行の教頭も、見て見ぬふりをする。
 乙女先生は、この際、教頭とゆっくり話がしてみたかった。大阪城公園でのことがあって以来、教頭を見る目が変わってきた。娘さんの話などうららかな五月の風の中でしてみたいと思ったのである。

――先輩、どこに行くんですか?――

 さくやからメールが来た。
 栞は、気のあったクラスの女の子たちと大覚寺から大沢の池方面を目指している。一応メールで答えておいたが、大覚寺は嵐山の駅からかなりあり、地理に詳しくないと、ちょっとむつかしい。まあ、遠足。適当にやるだろうと、放っておいた。

「え、どうしてさくやが!?」

 大覚寺の門前まで来ると、さくやが一人でニコニコと立っていた。
「わたしも、こっちの方に来てましてん」
 まあ、いいや。邪魔になる子でもないし。そう思う……前に、さくやは連れてきた友だちみんなに仲良くアメチャンを配っていた。
「このサクちゃんも荷物の多い子やねんな」
 クラスメートの美鈴が、さくやの背中を見て言った。
「同じクラブですから」
「ええ、遠足の日に学校帰って部活すんのん!?」
「これでも演劇部は厳しいんです。ねえ、先輩?」
「そ、そうよ」
 MNBに入っていることは、内緒にしてある。記者会見などやっているのだが、おもしろいもので、あの画面に映っていたのが、クラスの栞であるとは、まだ誰も気づいてはいない。いや、気づいていても、あえて騒がない。よく言えば大人の感覚のあるクラスではあった。
 お寺そのものには興味がないので、五百円払って入ろうとは思わず大沢の池のほとりでお弁当にした。

「えい!」

 残ったご飯粒を丸めて、池に投げると、まるで待ってましたという感じで錦鯉が跳ねて食べてしまった。
「うわ、今のんきれいに撮れたわ!」
 美鈴が、絶好のシャッターチャンスで鯉を撮っていた。
「うわ、ほんま」
「きれいなあ」
 などと言っていると、後ろから声がかかった。

「よかったら、君たちの写真撮ってあげようか」

 振り返ると、いかにもプロのカメラマンという感じのオジサンが声をかけてきた。
「お願いできます」
 栞は、物怖じせずに頼んだ。
「じゃ、まず君たちの携帯で。おい、レフ板」
 すると、助手のようなニイチャンたちがレフ板を持ってきた。
「うわー、本格的!」
 瞬くうちにみんなのスマホに写真が撮られた。
「じゃ、最後にオジサンのカメラで……」
 さすがはプロで「はい、チーズ」などとはやらない。世間話をしているうちに連写で何枚も撮ってくれた。
「はい、こんな感じ」
 オジサンは、モニターを見せてくれた。すると、なんと後ろに、スターの仲居雅治と中戸彩が映っていた。
「きゃー」
「うわー」
「本物や!」
 女子高生たちは大喜びした。仲居と中戸は気さくに握手やサインをしてくれた。
「お願いがあるんだけどな……ここは仲居君頼むよ」
 オジサンが振った、それも仲居君と親しげに……!

 というわけで、栞たちはテレビドラマのエキストラになった。

 最初は、仲居と中戸たちとすれ違ったり、追い越したり、背景のガヤになったり。そのうちにカメラマンのオジサンが言った。
「ねえ、栞ちゃんだったっけ」
「はい」
「ちょっと、中戸君と絡んでくれないかな」
「……え!?」

 中戸が水色のワンピで、駆けてきて栞とぶつかる。
「あ、すみません」
「ごめんなさい」
 これだけだったのが、監督とカメラマンのインスピレーションで膨らんでしまった。

「ねえ、大里さん待って!」
 女子高生ぶつかる。はずみで恭子のバッグが落ちて、中のものがぶちまけられる。
「すいません、うち、ボンヤリやから」
「ううん、ボンヤリは、あたしの方。ごめん、手伝わせちゃって」
「いいえ、おねえちゃん、イラストレーターやってはるんですか」
「うん、あいつ……大里のバカ野郎!」
 恭子の目から涙。女子高生の目、キラリと光る。
「あのオッチャンですね」
「うん。でも、もういいの」
「ええことありません、ちょっと待って、大里さん! 大里のオッサン!」
「ちょ、ちょっと、あなた」
「捕まえてきます!」
 女子高生は、一筋近道をして、大里を発見。
「見つけた! もう逃がさへんよって……」
 女子高生の顔アップ、迫力におののく大里。

 ここまで、ほとんどアドリブで、カットが増えた。

  そして、これが、しばらくして問題になるとは思いもせずに栞たちは集合場所へと急いだ……。
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高校ライトノベル・新希望ヶ丘青春高等学校物語・46『美玲の転入試験』

2019-05-01 06:52:47 | 青春高校
希望ヶ丘青春高等学校物語・46
 『美玲の転入試験』  
     



 美玲の転入試験は、大阪城の天守閣が見える応接室で行われた。

 美玲は、ほんの四日前の大阪城でのことが思い出された。

 新しいお母さん(乙女さん)は、ほんの気晴らしのつもりで連れて行ってくれた。むろん広々とした大阪城公園は気晴らしになった。生まれてすぐに近江八幡に行った美玲は、お城と言えば、遠足で行った彦根城しか知らない。彦根城は国宝ではあるが小さな平山城。どちらかというと、山の中の閉鎖性を感じさせたが、大阪城は石垣や櫓はいかついけど郭や広場が広くて野放図な開放感に満ちていて、美玲は好きになった。

 そこで出会った青春高校の教頭先生は、いま正に美玲が受けようとしている森ノ宮女学院の試験を合格し、その制服姿をお祖父ちゃんお婆ちゃんに見せに行く途中で事故で亡くなった。
 美玲は、実のお母さんが亡くなって、血の繋がったお父さんと、なさぬ仲の乙女お母さんに引き取られ、その直前まで森ノ宮女学院への転入試験の説明を受けていた。
 なんだか運命的なものを感じ、美玲は、この試験に受かり、あの教頭先生の娘さんの分まで、幸せになろうと思った。

 でも、一つ未解決な問題が残っていた。夕べは危うく、お母さんに知られてしまうところだった。

 その話を、お父さんに電車の中で話そうとしたが、お父さんはやんわりと、――その話はあとにしよう――という顔になって、今ここに座っている。
「それでは、国語から始めます」
 係の先生が静かに開始を告げた……。

 その間、お父さんの正一は、出張で空き部屋になっている校長室で待った。堂島高校の教頭であることは、とうにばれているので、森ノ宮の教頭が、挨拶を兼ねて話に来ている。

「……公立も、なかなか大変ですなあ」
 私学と府立の違いはあっても、教頭同士、通じ合うものがあった。
 正一は乙女さんから聞いた青春高校の田中教頭の娘さんの話をした。
「ああ、その子なら覚えていますよ。三月の半ばぐらいでしたね。川西の方で交通事故があって、女の子の方がうちの制服を着ていたんで警察からの連絡で、所轄署まで行きました……そうですか、そのときのお父さんが青春高校の先生でしたか。あの子は米子って、ちょっと古風な名前でしたが、理事長のお母さんと同じ名前でしてね。もう合格通知も出て、クラスも決まっていましたから、職員一同の意向で生徒名簿には載せました。卒業式でも名前を読み上げようとしたんですけど、お父さんが固辞なさいましてね……そうか、まるで米子ちゃんが生き返ってやり直してくれるみたいで嬉しいですね」
「いやあ、試験に受かってからの話です……」
 それから正一は、自分の身の恥を話した。教頭は、それも暖かく受け止めて聞いてくれた。

 そして三時間後、国・数・英の三教科の試験を終えて美玲が校長室に入ってきた。

「美玲、おつかれさま!」
「なんとか全力は出し切れました……なんか、いろんな人が応援してくれてるみたいで、落ち着いてやれました」
 まだ、慣れない娘は、他人行儀なしゃべり方ではあったが、真情の籠もった物言いで父に報告した。

「佐藤さん、合格ですよ」

 三十分ほどもすると、教頭が、若い職員を連れて嬉しそうにやってきた。
「優秀な成績です。非の打ち所がないですわ。ほな、事務的なことは、この木村君から聞いてください。おめでとう佐藤美玲さん」
「は、はい!」
 しゃっちょこばった美玲を大人たちの暖かい笑いが包み込んだ。

 最後に不思議なことが起こった。

 乙女さんは仕事中なので、メールを打った。それを見ていた職員の木村君が「記念写真を撮りましょう」ということで、美玲のスマホで父娘が並んだところを撮ってもらった。

 その写真に、美玲と同学年ぐらいの森ノ宮の制服を着た女の子が映り込んでいた。

「これは……いや、こんな時間帯に、こんな場所に生徒がいるわけないんですけどね」
「これ、米子ちゃんだ。だって、こんなに嬉しそうにニコニコしてる」
「そうやな」
 撮り直しましょうかという木村君を丁重に断って、父娘は、難波の宮公園に向かった。

 大極殿の石段の上に座った。

「……夕べ、庭に埋めよとしてたんは、亡くなったお母さんのお骨やろ」
「え……なんで?」
「だいたい察しはつく」
「わたし……アルバムの背中のとこに隠して持ってたんです」
 リップクリームの入れ物に入れたそれを、ポケットから出した。
「お父さんにも見せてくれるか?」
 少しためらったあと、それを父の手に預けた。軽く振ってみるとカサコソと儚げな音がした。
「これが、美子か……」
「火葬場で、お骨拾いの時にもめたんです。分骨するせえへんて」
「分骨?」
「本家のオッチャンが、うちの墓にも入れるいうて骨壺もって用意してはって……」
「なんで本家が?」
「お母さんの退職金、預金、生命保険、合わせたら、けっこうなお金になるんです」
「ムゲッショなことを」
「それで、もめてる隙に、お母さんの右の人差し指のお骨、ハンカチで取ったんです」
「右手の人差し指?」
「わたし、乳離れの遅い子で、お母さんのオッパイの代わりに右手の人差し指吸うてたんやそうです。粉薬が苦手やったんで、薬はこの指につけて飲ませてくれました。泣いて帰ってきたときは、この指で涙拭いてくれたんです……そやから、そやから。わたし……」
「美玲……」
 正一は娘を抱きしめた。
「お母さんのために、もう、これは手放さならあかん思たんです。それが一日延ばしになってしもて」
「それで、夕べ、庭に穴掘ったんやな」
「……はい」
「これは、美玲が持っとき。こんな大事なもん粗末にしたら、乙女オカン怒りよるで……家庭平和のためにも持っときなさい」
「はい」
「この難波の宮も大阪城も、見えてるその下に、もう一つの難波の宮、大阪城があるねん。そんで、大阪の人間は、つっこみで大事にしてるんや。乙女オカンは、生粋の大阪、それも岸和田のオバハンや。両方大事にせんかったら、お父さんでも手えつけられんぐらい暴れよる」

 その時、美玲のスマホが鳴った、乙女さんからだ。

――おめでとう!!――

 盆と正月と、クリスマスにホワイトデーまで来たような喜びようだった。

 電話を切ったあと、例の記念写真を乙女母さんに送ろうとすると、例の映っていた女の子が満面の笑みのうちに影が薄くなって消えていってしまった……。


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高校ライトノベル・新希望ヶ丘青春高等学校物語・43『美玲の連休』

2019-04-30 06:44:12 | 青春高校
新希望ヶ丘青春高等学校物語・43
 『美玲の連休』    
    


 

 

「そんな立派なのいいです」

 美玲は遠慮のしっぱなしである。この連休は美玲の部屋の調度を整えるのに、亭主の正一も乙女さんも、熱中のしっぱなしでなのだ。
 初日にベッド、机、本箱を買った。いずれも贅沢なものではなかったが、気品と堅牢さを兼ね備えた国産の木製のものが選ばれた。本箱などは、親の経験が前面に出て、二段スライド式で、文庫なども含めると五百冊は入るだろうというものが二つ用意された。
「これに全部入るだけの本読んでたら、わたしお婆ちゃんにになってしまう……!」
 思わず、成り立ての親は笑ってしまった。
「ミレは今まで、図書館の本で済ましてたやろ」
「はい、自分の本置いとくスペースもなかったから、机の上の教科書以外は図書館でした」
「月に何冊くらい借りてた?」
「そんなに……八冊くらいです」
「ハハハ、それに12掛けてみい」
「96冊です」
「で、十年で、ほとんど千冊になる」
「そんなん、図書館で借りますよってに」
「本はな、年齢と共に倍に増えていく。ウチの経験でも旦那の経験でも。むろん図書館で借りるいう姿勢は、ええこっちゃ。そやけど、中には自分のもんにして何回も読まなあかん本もギョウサンあるからな。うちらは、若い頃、お金と場所の問題で、自分のもんにせんと済ました本がギョウサンある。あんたには読んでもらいたい。あんた……そこで何してんのん?」
「本箱に合うカーテン探してんねん!」
 教師の地声は大きい。少し恥ずかしくなった美玲であった。

 三日目の今日は、仕上げの電化製品である。とりあえず美玲専用のテレビとパソコンを買った。思春期に入った美玲のために、将来を見据えて、独立した空間を提供してやることで、このにわか父母は懸命であった。そして三日前には、ただの空き部屋でしかなかった七畳半ほどの空間に揃い始めた家具たちは、あきらかに、にわか父母の期待と愛情をあらわしていた。

「せや、スマホ買うたげなあかんわ!」

 量販店の出口で、乙女さんが叫んだ。半径十メートルの人たちが振り返るような声で、美玲は嬉しいよりも恥ずかしく、恥ずかしい以上にびっくりした。
「アホやな、それが一番最初やろが!」
 亭主も負けない大きな声で答えた。
「携帯は、高校になってからでええて……」
「美子さんが言うてたんやな」
「は……はい」
「その判断は間違うてない。そやけどミレちゃんは大阪に来たばっかりや。うちら……お母さんも、お父さんも仕事で手えいっぱいや。万一の連絡手段のために持っとき。な……」
「は、はい……」
 美玲はハンカチを出して、涙を拭った。
「あほやな、こんなことで泣かれたら、うちまで……お嫁にやるとき泣きようがないやないの」

「続きは家でやってくれるか!」
 これも、必要以上に大きな地声で亭主が叫んだ……。

 美玲が、風呂上がり、リビングにも来ないで、狭い庭に行った。長風呂だったので湯当たりでもしたのかと思っていたが、いささか長いので、乙女さんはそっと覗いてみた。
 美玲は、何かを手に持ったまま、背中を向けて立っていた。

「ミレちゃん」

 美玲はギクっとして、手にしていたものを背中に隠して、こちらを向いた。
「ご、ごめんなさい。なんでもないんです!」
 そう言うと、美玲は、そのまま自分の部屋に閉じこもってしまった。庭の片隅には小さな穴とスコップが残されていた。
「ミレちゃん、どないしたん……?」
 乙女さんは、静かにドアの外で聞いてみた。
「すみません。今夜は一人にしてください……ごめんなさい……お母さん」
 もう一言言おうとした乙女さんの肩に亭主の手が置かれた。
「明日の転入試験は、オレが付いていくわ……」
 亭主の語尾には、それまで、そっとしてやってくれという意思が籠められていた。
 もう二十年近い夫婦である。明日は任せてみようと、乙女さんは思った……。
 
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高校ライトノベル・新希望ヶ丘青春高等学校物語・42『そうなんですか!』

2019-04-29 06:17:06 | 青春高校
新希望ヶ丘青春高等学校物語・42
『そうなんですか!』       



 

 

「そうなんですか!」

 三宅プロディユーサーの言葉に五期生のみんなが湧いた。栞一人赤くなった。

「そうなんですか!」は、連休のレッスンで、栞が思わず言った言葉で、MNBの五期生の中で、ギャグとして定着し、昨日は選抜メンバーがテレビの生放送でウケて、すぐに変化球の「うそなんですか!」
が、生まれ、MNBのギャグとして、定着の兆しである。

 で、三宅プロディユーサーの「そうなんですか!」は、急遽決まった五期生のテレビ初出演を伝えたところ、みんなが「嬉しいです!」と、大感激したので、三宅がかましたギャグなのである。むろん、大いにウケタ。

 統括プロディユサー杉本の肝いりで、こどもの日の特番生番組に、ガヤではあるが五期生の出演が急遽決まったのである。
 開場は、舞洲アリーナだった。ここは、高校の部活の王者に位したケイオンでも、予選を通過し、本選グランプリでなければ出られないところである。それが、ついこないだまで廃部寸前だった青春高校の演劇部だった栞とさくやが出ているのである。校外清掃で謎の一億円を見つけたことといい、まだ知らぬことではあるが、乙女先生に美玲という娘ができたことといい、青春高校の、この一週間は、まことに目まぐるしい。
 この生番組は、こどもの日にちなんで、ちびっ子そっくりMNBが出たり、東京、名古屋、博多の系列グループの結成当初の、いわばグループにとっての「子供の時代」にあたる曲が次々に披露された。

 そして、番組途中のトークショーでは「そうなんですか!」の連発になった。
「このMNBグル-プを作ろうとなさった、動機はなんなんですか杉本さん」
 MCの芹奈が振る。
「いや、ほんの出来心で……」
「そうなんですか!」
 と、芹奈が応える。会場は大爆笑になってしまう。というようなアンバイで、最後には杉本プロディユーサーが困じ果てて叫んだ。
「だれだよ、こんなの流行らせたの!? 話が、ちっとも前に進まないよ」
「そうなんですか!」
 もう、観客席も含めて大合唱の大爆笑になった。
「ほんと、だれ? 怒らないから手をあげて!」
 栞は、怖くて手もあげられなかったが、みんなの視線が、自然に集まってくる。そして、イタズラなスポットライトが栞にあたり、栞は、しかたなく手をあげた。
「おまえか、手島栞!?」
「いや……そんな悪意はないんです」
「あって、たまるか。栞、ちょっと『二本の桜』の頭歌ってみ」
「え、あ、はい……」
 直ぐにイントロが流れ、栞は最初のフレーズを歌った。

《二本の桜》
 
 春色の空の下 ぼくたちが植えた桜 二本の桜
 ぼく達の卒業記念
 ぼく達は 涙こらえて植えたんだ その日が最後の日だったから 
 ぼく達の そして思い出が丘の学校の


「うん、研究生としては上手いな」
「ありがとうございます」
「ばかだなあ」
「は?」
「こういう時に『そうなんですか』をかまさなきゃダメだろうが!」
「え、そうなんですか!」
 ひとしきり会場の爆笑。
「こうなったら、栞には責任とってもらいます」
「え、ええ……!」
「今月中に『そうなんですか!』を新曲としてリリースします。むろんセンターなんか張らせないけど、この曲に限って選抜に入れます」
「え、ほんとですか!?」
「杉本寛に二言はありません!」
 会場や、メンバーから歓声があがった。栞は、ただオロオロとしていた。進行妨害事件以来縁のある芹奈アナウンサーが声をかけた。
「栞ちゃん、今のお気持ちは。ひょっとしたら、あなたのデビュー作になるかもしれませんね」
「え、そうなんですか! あ、あわわ」
 また、笑いになった。
「もういい、自分の席に戻れ」
「はい」
 なんだか分からないうちに事が運び、栞は席に戻った。そして、すぐに、次のゲストに呼び戻された。
 栞との対談以来、栞のファンになった梅沢忠興先生である。ただ栞は研究生の身であるので、リーダーの榊原聖子のオマケとして、後ろに控える形ではあった。
「榊原さんにとって、MNB24ってのは、どんなものなんですか」
「わたしも二年前までは高校生だったんですけど。なんだか、いい意味で、このMNBがもう一つの学校だったような気がします」
「飛躍した聞き方するけど、学校って何?」
「う~ん、生きる目的を教えてくれて、いえ、気づかせてくれて、仲間がいっぱいできるところですね」
「うん、言い方はちがうけど、そこの『そうなんだ』と、基本的には同じ事だね。どう、榊原さんにとって、こういう後輩の存在は」
「いやあ、栞ちゃんとは、先生と彼女が対談したときにいっしょしたじゃないですか。まさか、それが、後輩になって入ってくるとは思いませんでしたね。栞ちゃん」
「はい!」
「あなた、ほんとうに高校二年なの?」
「あ、ハイ!」
「ハハ、今日は手島さんの方がカチンコチンだな」
「ハハハ、だって仕方ないですよ。いきなり杉本先生にあんなこと言われて。ねえ」
「は、はい!」
 栞は、もう冷や汗タラタラである。
「栞ちゃん。汗拭いた方がいいわよ」
「は、はい、でも……」
 ハンカチ一枚持っていない栞であった。
「スタッフさん。タオルお願いします」
 聖子が気を利かした。しかし投げられたタオルは、少し方向がズレて、栞は思わずジャンプしてひっくり返ってしまった。ミセパンとは言え丸見えになってしまい。栞はあわてて立ち上がりアップにしたカメラに困った顔をした。
「君たちに、一つ言葉をあげよう」
 梅沢先生は、一枚の色紙を聖子に渡した。
「声に出して呼んでみて」
「騒(そう)……なんですか」

 この意図せぬ梅沢の一字が、しだいに現実になっていく栞、そして青春高校であった……。


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高校ライトノベル・新希望ヶ丘青春高等学校物語・41『田中教頭の娘』

2019-04-28 06:14:41 | 青春高校
希望ヶ丘青春高等学校物語・41
 『田中教頭の娘』       
   


 田中教頭は、イタズラを見つかった小学生のようにうろたえた。

「アッチャー!」
 乙女先生は、教頭のあわてぶりを、親しみをこめた感嘆詞で現した。
「先生、スーツが汚れます!」
 美玲は、ポケットからティッシュを取り出すと、取り落としたアイスで汚れた教頭のズボンを拭き始めた。
「いや、いいよいいよ。クリーニングに出すから」
「せやけど、直ぐに、ちょっとだけ拭いとくだけで、ちゃいますよ」
 美玲はハンカチを濡らし、固く絞ると、もっとも被害の大きかった右の膝を丹念に、ポンポンと叩きだした。
「ミレちゃん、なかなかのダンドリの良さやな」
「はい、母に……あの、習ってましたから」
「せっかくやから、教頭先生、三人でアイス食べなおしましょ」
 乙女先生も、これまた見事な早業で、地面に落ちたコーンとアイスをティッシュで拾い上げると、ついでのように、傍らのゴミ箱にシュート。そのストライクを見届けもせず、バイトのニイチャンにアイス三つをオーダー。
「ミレちゃん、一人で持てへんさかい、てっとうて」
「はい」
 まだ二日目の親子とは思えない連携と、仲の良さで、アイスを三つ手に持った。
「教頭先生、こっちの方が景色よろしいよ」
 そう言って、乙女先生は、教頭を西の丸庭園が望める石垣の上に誘った。

 ここなら、教頭の涙を人に見られることはない……。

「あ、目にゴミが……」
 実に分かり易いゴマカシ方で、教頭は、目の涙を拭いた。
「出張のお帰りですか?」 
「はあ、昼食を兼ねまして……いや、食欲がなくて、こんなもので……いや、どうも、ごちそうさまです」
「アハハ、急に声かけてしまいましたよってに」
 最初の一口で、豪快にアイスを吸引した。
「佐藤先生のお嬢さんですか?」
「はい、成り立てですけども。美玲といいます。今度、森ノ宮女学院に転入させよと思いまして」
「この時期に?」
「アハ、いずれ分かるこっちゃから言うときます。この子は、うちの亭主の子ですけど、わたしの血は入ってません。そやけど水は血より濃いと言いますよって。もう三日も、うちの水飲んでるから、うちの娘です」
 ぽっと上気した美玲の顔を横目で確認し、教頭の涙の核心をついた。
「教頭先生にも、お嬢さんがいてはったんですよね……」
「……美玲ちゃんと、同じ年頃でした」

 乙女先生は、着任式での教頭の、あまりの暗さにピンと来るものがあって、十数年前の事件を思い出し、仕事仲間のネットワークで調べておいた。最初は、相手の弱みを掴んでおくつもりでやったが、調べて同情した。教頭が校長になれない最大の原因は酒癖の悪さだった。

 

 ただ、それには背景があったのだ。

――思た通りや……。乙女先生はため息をついた。

 教頭先生の奥さんとお嬢さんは、十数年前の交通事故で亡くなっていた。ちょうど三学期の終わりごろで、まだ平の教師で、新一年の学年主任に決まっていた田中教頭は、宿泊学習の準備と入学式の国旗掲揚でこじれていた職員間の人間関係の調整やら、遅れ気味の仕事の準備に忙殺されていた。
 そこで休日、田中の妻は娘を車に乗せてドライブに出て事故を起こし、親子揃って帰らぬ人になった。
「親父とお袋に、新しい中学の制服姿を見せにいくんだって、そりゃあ、嬉しそうでした。事故を起こしたときは、まだ入学前の制服を着ていたんで、その中学の先生方も病院に来られましてね……入学前に制服なんで、わたしはお詫びしましたが、『いや、こんなにうちの学校を愛して頂いて、嬉しく、そして残念でなりません』そうおっしゃってくださいました。だから、今でも、こんなつまらないものを持ち歩いてます」
 教頭は、定期入れの中から四つ折りにしたそれを出した。

『合格通知書 田中留美 森ノ宮女学院中等部』……とあった。

「入学式じゃ、ちゃんと『田中留美』って呼んでくださいましてね……佐藤先生、美玲ちゃんの制服姿の写真ができたら、一枚いただけませんか。親ばかと言われるでしょうが、なんとなくの佇まいが、留美と似ているんですよ」
「はい、必ず」
 正直、仕事ぶりからバカにしていた教頭だったが、見なおす思いがした。
「じゃ、そろそろ学校に戻ります。どうぞ、良い連休を」

 淡いつつじの香りの中、教頭は片手をあげて、学校に戻っていった……。
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高校ライトノベル・新希望ヶ丘青春高等学校物語・40『森ノ宮女学院』

2019-04-27 06:45:45 | 青春高校

新希望ヶ丘青春高等学校物語・40

『森ノ宮女学院』  

 

 桑田先生は、臨時の入室許可書を作ることにした。

 理由は一つ、いや二つ、乙女先生が今日も休みなのである。

 乙女先生が、転勤してから、物の置き場所が変わった。それまで雑然としていた生活指導室を、徹底的にきれいにし、物品の置き場所を合理的にしたのだ。

 むろん乙女先生は、それについて説明もしたし資料も配った。しかし、みんなろくに話を聞いていない。それに、遅刻者に対する入室許可書は常駐の乙女先生が一人でこなしていた。で、携帯でありかをを聞くのも業腹で、首席という沽券にもかかわる(と、自分では思っている)ので、自分で作ることにした。

  もう一つの理由は、学校全体の緩みであった。

 栞の『進行妨害受難事件』以来、生徒は学校を不信……とまでは言わないが、軽く見るようになった。で、遅刻者が日に十人を超えるようになり、今朝は連休の狭間ということもあり、九時の段階で二十人を超えた。で、遅刻者を外で待たせ、パソコンで制作したのである。やはり、一日校外清掃のパフォーマンスをやったぐらいでは、一時学校の評判は取り戻せても、基本的な解決にはならない。
 

 そのころ、乙女さんは、美玲を連れて、私立森ノ宮女学院の学校見学にきていた。

 身分は公務員としか明かしていない。乙女さんの目は、まず学校の外構に注がれる。外周の道路や、校舎の裏側の汚れよう……おそらく業者を入れて定期的な掃除をやっているのだろう、完ぺきであった。教室の窓の下。公立では黒板消しクリーナーの整備に手が回らず、掃除当番の生徒達は、窓の下の壁に叩きつけて、黒板消しをきれいにする。そこまでを学校に入るまでにチェック。そして学校に入る前に、娘である美玲のチェック。今日は近江八幡で通っていた公立中学の制服を着ているが、夕べ長すぎる上着の丈と、袖の長さを補正してやり、靴下は純白、靴はローファーの新品。髪は夕べ風呂でトリートメントし、今朝は入念にブラッシング、完ぺきに左右対称のお下げにし、前髪は眉毛のところで切りそろえてやった。
 

「よし!」
 

 門衛のオジサンに来意を伝えると、あらかじめ連絡してあったので、教務の先生が出迎えに来てくれた。

「学校は、いま授業中やから、美玲、くれぐれも静かにね」

 相手の教師が言う前に、娘にかました。

「はい」と美玲も、言われたとおり手を前に組んで応えた。

 廊下、階段などを鋭くチェック。彼方に見える校舎で行われている授業は気配で感じた。授業の良い意味での緊張感あり、こっそり窓の隙間からこちらを伺っているような生徒はいなかった。

 ちょうど休み時間が被るように廊下で立ち話をし、休憩中の生徒や先生も観察した。授業が終わった開放感はあるが、それぞれの教室では次の授業に向けて移動や準備をする子が多く、あまり無駄話の声が聞こえない。

「申し訳ありません、応接室が塞がっているもので、職員室の応接コーナーで……」

 乙女さんはラッキーと思った。教師の日常がうかがえる。

 ――住みにくそう――

 乙女さんは、教師の直感で、そう思った。

 教師の机の上にほとんど物が置いていないのである。これは個人情報の管理や、風通しのいい職員関係とかいうお題目の下でよくあるパターンである。空席の机上のパソコンもフタが閉じられ、節電という名目で、情報管理には、かなりうるさい学校と見た。

「で、本校に転入をご希望ですとか……?」

 敵は、いきなり核心をついてきた。

「書類を出せば、分かってしまうことなので、あらかじめ申し上げさせていただきます」

「はい」

「事情がございまして、この子は近江八幡の親類に預けておりましたが、預けました親類宅で不祝儀なことが起こり、十分にこの子の面倒を見て頂けなくなりました。私どもも、この春に移動後、案外余裕が持てることが分かりましたので、急遽この子を引き戻すことにいたした次第です」

「失礼ですが、その点、今少しお話いただければ……」

「もうお気づきとは思いますが、わたし先生と同職です」

「あ、学校の先生でいらっしゃいますの?」

 「はい、この三月まで、わたしは朝日高校、主人は伝保山高校におりました」

「え、朝日と、伝保山!」

 この学校名には効き目があった。両校とも府立高校の中では困難校の横綱である。

「で、今は、わたしが希望ヶ丘青春高校。主人が堂島高校ですので、いえ、わたしたち、正直教師生活、定年までドサ周りやと思てましたよって、ガハハハ」

「は、はあ」

「いや、賑やかな声で失礼しました」

 あとは転入試験にさえ受かってしまえば問題なし。今は学校に提出する書類で、ややこしい人間関係や、家族問題が分かるようなものは無い。相手が考える前に栞の父が揃えてくれた書類をテーブルに揃えた。

「ほんなら、そちらさんの書類を」

 相手は、慌てて転入学に必要な書類を持ってきた。乙女さんは慣れた手つきで、五分ほどで書き上げた。

「ほんなら、転入試験は、連休明けということで、ご連絡お待ちしております」

 有無を言わさず決めてしまい、学校を後にした。
 

「わたし、何も言うとこなかったですね」

「せやな、あんだけ練習したのにな。時間早いよって大阪城でも寄っていこか。ここのアイスはうまいねん」

 そう言って、森ノ宮口から大阪城公園に入ると、ベンチに見慣れたオッサンがたそがれていた。
 

「教頭先生……」

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高校ライトノベル・新希望ヶ丘青春高等学校物語・39『乙女先生の休暇』

2019-04-26 06:24:14 | 青春高校
新希望ヶ丘青春高等学校物語・39
 『乙女先生の休暇』            
   


 鳥インフルエンザに罹ったとまで噂が立った。

 それほど乙女先生が仕事を休むのは珍しい。
「ご家庭の事情です」
 教頭の田中は、昨日の午後から十回は人に言っている。
 教頭も、転勤後わずか一カ月で、乙女先生が学校には無くてはならない存在になっていることを認めざるを得なかった。しかし、いったいなんの家庭事情なのか、教頭にも分からなかった。で、鬼の霍乱から、家庭不和、あげくは鳥インフルエンザまで噂がたってしまった。
 生指部長代理の桑田など、遅刻者がやってきても叫ぶしかなかった。
「入室許可書は、どこにあるんやあ!?」

 昨日は午前中授業があったので、それが済むと、銀行へ行って、幾ばくかのお金を下ろして、我が家へと急いだ。
「ごめん、一人で心細かったやろ。さあ、忙しいで。まずは腹ごしらえ!」
 乙女さんは、牛丼のお持ち帰りを、テーブルにドンと置いた。
「心細くなんかなかったです。パソコンでネットサーフィンやってましたから」
 ふと目をやったパソコンの画面には、民法の親権について書かれたブログが出ていた。それには気づかないふりをして学校の話をオモシロオカシク話してやり、美玲かすかに笑ったりした。栞やさくやが絶好の話の種で、MNBの研究生をやっているというと正直な興味を示した。
「よっしゃ、今日のシメはそれでいこ!」
 乙女さんは、亭主に電話し、午後六時には学校を出るように厳命した。そして芸能事務所に勤めている卒業生に電話し、なんとかMNBの今日のチケットを三枚無理矢理確保した。

 それからの数時間、乙女さんは楽しかった。古巣の岸和田に行き、実家に寄りたい気持ちはグッと抑えて、ゴヒイキの小原洋装店にいき、美玲のよそ行きを二着注文。プレタポルテの普段着を三着買った。しかし、今時の子、もっとラフな服も必要だろうとユニクロに寄ることも忘れず。上下セットで三着買って、フィッテイングルームで着替えさせ、靴も同じフロアーの靴屋でカジュアルなパンプスに履きかえさせた。欲を言えば美容院に連れて行ってやりたかったが、先のことを考えて、明日以降の課題とした。

「おう、美玲……!」
 我が娘の変わりように、MNB劇場の前で、亭主は驚いた。
「そんなに見ないでください、恥ずかしいです」
 美玲は、乙女さんの陰に隠れてしまった。

 ショーが始まると、美玲は夢の中にいるようだった。自分と年の変わらない女の子達が、こんなにイキイキと可愛く歌って踊っていることに圧倒されてしまった。
――こんな世界があったんだ――
 帰りの握手会では、迷わずチームMのリーダー榊原聖子のところへ行った。
「よ、よかったです!」
「ありがとう」
 たったこれだけの会話だったけど、美玲は、なんだか、とても大きな力をもらったような気がした。

「ミレちゃん、よっぽど嬉しかったんやろね、右手ずっと見てるよ」
「え?」
 気配に気づいたんだろうか、美玲は、帰りの電車の中で、夢の途中にいるような上気した顔でこちらを見た。

「意外と簡単でしたよ」

 その晩、手島弁護士が電話してきた。
「養育費の総額を言うとおとなしくなりました。問題は、相続権の放棄だけです。これだけは一応お話してからと思いまして」
「はい、美子さんの分も、そちらのお家の相続権も放棄……その線でお願いします」
「分かりました、明日中に書類を揃え、連休明けに処理しましょう。あと美玲ちゃんの学校を……あ、こりゃ、釈迦に説法でしたな」
「では、よろしくお願いします」
 その夜、昨日とはうってかわって明るくMNBの話などをする美玲であった。
「ミレちゃん、水差すようやけど、ちょっとこの問題やってくれるかなあ」
「え、テストですか?」
 美玲の顔色が変わった。
「どないしたん?」
「このテストに落ちてしもたら……」
「え……?」
 乙女さん夫婦は顔を見合わせた。
「……いいえ、なんでもないです」
 美玲は必死の形相でテストに取り組んだ。その間、乙女さんはパソコンで、なにやら検索し、亭主は新聞を読むふりをして、娘とカミサンを見比べていた。
「一ついいですか?」
「なんだい?」
 亭主は、よそ行きの声を出した。
「新聞が、上下逆さまですけど……」
「ぼ、ボクは逆さまでも読めるんや」
「へー!」
 純な美玲は、まともに感心した。乙女さんは、お腹が千切れるくらいおかしかったが、涙を流しながら笑いを堪えた。
 美玲は、一時間ちょっとで、英・国・数・英の四教科を仕上げた。
「あんた、数・英」
 亭主と二人で採点した。美玲は俯いて震えていたが、採点に熱中している二人の教師は気づかなかった。
 さすがに現職の教師で、十分ほどで採点を終えた。乙女さんの目は輝いていた。
「ミレちゃん……」
「は、はい……」
「あんた、天才やで。なあ、あんた偏差値70はいくよ」
「いいや、75はいくだろう」
「あの……わたし、この家に居てもいいんですか?」
「え……?」
「そのテストに落ちたら、もう、この家に置いてもらえないんじゃないかと、心配で、心配で……」
 美玲の目から。涙がこぼれた。
「アハハハ、なに言うてんのよ。これは、ミレちゃんにどこの学校いかそうかと思うて……学力テスト」
「な、なんや、そうやったんですか……中学校に入学テストなんかあったんですか?」
「ミレちゃんには、テストのいる中学に入ってもらいます!」

 それから、夫婦は、徹夜で、私立の中高一貫校を捜した。公立高校の教師である二人は、自分の子供を行かせるなら私立だと決めていた……。
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