大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

銀河太平記・065『将軍の朝』

2021-09-09 13:55:58 | 小説4

・065

『将軍の朝』扶桑道隆  

 

 

 地平線から昇って来る太陽は、地球のそれよりも一回り小さい。

 

 火星が地球よりも太陽から遠いせいだ。

 しかし、その朝日を太陽系で一番美しいと思う『火星人』は多い。

 地球よりも未熟な大気は、地球よりも鮮やかに太陽光を透過させる。まともな海が存在しないので、水蒸気が少なく、そのぶん太陽光を濁らせないせいでもある。

 その鮮やかな朝日を受けて、愛馬『盛(さかり)』の体から立ち上る湯気が、神馬のオーラめいて見える。

 ロ馬(ロボット馬)なので、汗では無くてラジエーターから放出されるスチームであるにすぎないのだが、扶桑幕府将軍である道隆は、このクールダウンの時間が好きだ。

 

「上さま、今朝は扶桑通信にいたしました」

 

 手綱を騎兵将校にゆだねると、小姓の兵二がA4にプリントアウトした新聞を差し出す。

「ほう、今朝は扶桑通信か」

 わたし(道隆将軍)は、先月から新しい習慣を持った。

 当番小姓にプリントアウトしたニュースを持って来させるのだ。

 どのニュースを選ぶかは小姓に任せてある。

 ニュースなど、ハンベを広げればいくらでも閲覧できる。

 それを、わざわざプリントアウトして持って来させるのは、刺激のためだ。

 紙とインクの匂い、これが情報の原点であろうと、わたしは考えている。どの記事を拾って来るかは小姓自身に決めさせる。

 朝の乗馬が終わって、書院に戻るまでの十分あまりを、そのニュースをもとに小姓との会話に当てる。

 将軍自身のウォーミングアップであり、小姓への教育でもある。

 

「これは、兵二の友人のヒコが作っているんだったね」

「はい、内容はともかく、若者の感性に触れられるかと……」

「ハハハ、ヒコは兵二と同い年だろ」

「住んでいる世界が違います」

 他の者が言えば噴飯ものだが、兵二の言葉には覚悟と覚悟を裏付ける能力と実績がある。兵二もわたし以外には、こういう言い方はしない。

「……小笠原諸島で熱水鉱床が見つかったんだな……西ノ島新島……良くも悪くも日本にとっての『夢の島』になるか……海というのはいいね。なにが隠れているか分からない玉手箱だ」

「はい」

「しかし、日本は国家主権が緩い。気を付けていないと、外国に実質を持っていかれかねない」

「さっそく、漢明系の北大街グループが乗り出してきているようです」

「北大街……孫悟海の企業グループだな」

「漢明系の新興財閥だと理解しております」

「それは、どうだろう……」

「と、申されますと?」

「国籍や民族だけで判断すると、視野が狭くなるよ。孫悟海は一般には孫大人の名で通っていて、日本人の中にも知己が多いと聞く。児玉元帥とも満州戦争以前からの付き合いという噂がある」

「児玉元帥とですか?」

「たしか、ヒコたちも、修学旅行で世話になっていたらしい」

「はい、靖国乙事件(靖国ご参拝の陛下と元帥を天狗党が襲撃した)に居合わせたヒコたちが、いささかの役に立ったという話でした」

「そうだね……兵二」

「はい」

「西ノ島新島を見てきてくれないか?」

「は、探索でありますか!?」

「そんなに眦(まなじり)を上げなくてもいいよ。人とモノを見る訓練だと思えばいい。十年もすれば扶桑は、おまえたち若者が背負って立たなければならないんだからな」

「十年ですか」

「意外かな?」

「扶桑には、まだそうそうたる先輩方がおられますが」

「たしかにね……まあ、そういう意気込みで頑張ってほしいということだね」

「はい、そういうことでありましたら」

「それと、行った先で、こういう者に会ったら連絡をしてくれ」

 手綱を持つ手を変えると、将軍はハンベの映像を呼び出した。

「ミク……いや、ミクに化けていた天狗党の工作員ですね」

「加藤恵と名乗っていた、ミクくんの話ではね」

「西ノ島にいるのでしょうか?」

「まあ、見かけたらでいい」

「しかし、この映像は擬態だと思うのですが」

「わたしは、まだミク君の姿でいると思っている。マス漢大使館に出たホログラムは、まだ、この姿だったしね……ハックション」

 もう一つの理由があったが、それには触れない将軍であった。開けた口は、クシャミを一つすることでごまかした。

「お風邪ではないですか?」

「いや、大丈夫、朝日に刺激されただけだよ」

「承知いたしました。明後日の定期船で行ってまいります」

「うむ、軍の船が使えればいいんだが、わたしの道楽のようなものだからね。そうだ、名目は火星に適した食用植物の採取にしておこう。そっちの方でも人を派遣したいと思っていたからね」

「はい、朝の馬駆けのお世話はどういたしましょう?」

「また、騎兵科にやってもらうよ。そうだ、朝のニュースは、いっそヒコたちに頼もう。うん、いろんなことが一度に動きそうで、ウキウキしてきたな。そうだ、ヒコたちの学校に連絡してくれないか、放課後にでも会って話ができないか打診してくれ。見ろ、今朝の朝日はひと際清々しいぞ……」

「いかにも……」

 ハックション!

 今度は主従のクシャミが揃ってしまった。

 

※ この章の主な登場人物

  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥
  • 森ノ宮親王
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首
  • 孫悟海               孫大人と呼ばれる漢明系の商人

 ※ 事項

  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信

 

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ライトノベルベスト『走れナロス!』

2021-09-09 06:31:37 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『走れナロス!』   

 




 ナロスは激怒した。必ずかの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。

 作者が、この最初の一行を思いついたときに、わたしは生まれ、その運命が決められた。

 

 わたしは、ギリシャのとある街の石工として設定された。固い友情を持つナロスの友としては、これほど相応しい仕事はないからだ。

 もとより、わたしに石工としての技術も職業意識もない。

 その証拠に、作者は石工に関する描写をどこにもしてはいない。

 ただ、硬い意思と固い石をかけたオヤジギャグだ。

 兵庫県豊岡市のユルキャラの玄さんのことが、ひどく羨ましく感じられる。ユルキャラ相撲ではクマモンやバリーさんに簡単に負けてしまったが、彼は愛されるために存在しているのだ。

 それに引き換え、わたしは、ナロスの偽善に満ちた友情、ひいては作者の身勝手な責任回避、自己欺瞞の象徴であるナロスの引き立て役としての役割を与えられ、作品の終わり頃に付け足したように、命を救われる。実際作者の心情の中では殺されているに等しい。

 その欺瞞の引き立て役のわたしは、名乗るのもおこがましい……。

 作者は、見栄っ張りであった。

 ある日、作者は、僅かばかりの原稿料が入ったのに気を大きくして、友人を沢山連れて、温泉に遊びに行った。芸者やコンパニオンのオネエチャン、ふと立ち寄ったスナックのオネエサンなどを呼んで、連日のバカ騒ぎ。

 五日目の朝に、宿の番頭が、みんなの部屋を訪れて、こう言った。

「あのう……酒屋やスナックへの支払いもございますので、とりあえずここまでのナニを……」

「ナニとはなんだ!?」

 作者は、酒臭い息を吐きながら、そう毒づいた。

 友人達は、あまりに剣呑な言いように一瞬氷りついた。

 番頭は、穏やかにかみ砕いた物言いをした。

「はい、もう五日目になりますので、取りあえず、ここまでのお会計を済ませて頂ければと存じまして……」

「そうか、勘定か」

「は、ま、有り体にもうしますと……」

「そりゃそうだ、人間はカンジョウの動物だからな。理性だとか、知性だとか、品性だとか言いながら、基本のところでは、カンジョウの動物なんだよ!」

「は、わたくしには、難しいことは分かりませんが、左様でございましょうね」

「よし、分かった。いくらなんだい?」

「はい、夕べまでの分を計算いたしますと、このように……」

 番頭は、オズオズとお会計書を差し出した。

 作者は、じっとそれを見つめた。

「……酒が抜けてから、勘定するから、ちょっと待ってくれたまえ」

「は、はい、それでは、よろしくお願い申し上げます」

 作者は、うなだれた。場の空気が再び氷りついた。

「おいT……大丈夫なんだろうな」

「ああ、大丈夫さ。ただ、少し足りない……」

「少しって……?」

「まあ、心配すんな。近所に知り合いの先生がいる。ちょいと拝借してくるから、少しばかり待っていてくれ」

 そういうと、作者は宿のドテラ一枚に下駄履きという、ほんのご近所にいくような出で立ちで宿を出た。

 宿の番頭も友だちも、ほんの小一時間あれば戻ってくるだろう。そう思っていた。

 作者は、昼になっても、夕方になっても帰ってこなかった。

 なんせ、スマホも携帯も無い時代である。友人達は、心当たりに電話したが、ようとして作者の居所は分からなかった。

 けっきょく残された友人達は、十日ばかり宿でこき使われて、やっと放免された。

「あなたがたも、お友だちは選ばなくっちゃ」

 番頭の言葉に、友人達は頭を掻くだけであった。

 半月ほどして、作者の居所が知れた。さっそく友人達は作者に詰め寄った。

「ひどいじゃないか、俺たちがどんなに待って、どんな 目にあったか分かるかい!?」

 作者は、うつむいたまま、こう言った。

「君たちは、たかが待つ身じゃないか。君たちに待たせる者の苦悩が分かってたまるか……」

 とんでもない言い訳であることは、作者自身分かっていた。自己嫌悪さえしていた。

 その自己嫌悪を、作者は『走れナロス』を書くことで癒した。

 癒しであるために、ナロスは美しい。

 ほんの申し訳程度、氾濫した川を渡ることに苦労したり、たまたま通り合わせた山賊を、王の刺客と思いこんでやっつけ、体力を消耗し、「もう間に合わなくてもいい」と思わせたりした。

「この三日、一度だけ君を疑ったことがある」

 石工としての描写はおろか、ナロスとの友情の描写さえないわたしに、そんなことを言わせ、ナロスに殴らせている。むろん、ナロスも途中で、心情を吐露し、わたしに殴らせている。

 似たような設定が『紅の豚』の終盤にあるが、あの男らしさとカタルシスは、この作品には無い。

 作者自身、こんな友人関係はあり得ないことを承知で書いている。あり得ないのだから、作者の真情の中では、わたしは磔になって殺されている。

 殺されているのに生きていることにされ、半世紀もの間、わたしは小学校の教科書にも載り続けた。

 わたしは玄さんが羨ましい。

 みんなナロスの話はオボロでも、その名は国民の大半が知っている。だから。いまだにテレビのCMに使われたりする。ネットで検索しても750000件も出てくる。わたしの名は、僅かにグーグルで100000件。奴の1/7にも満たない。

 そんな、わたしの名はセロヌンティウス……このブログを閉じたとたんに忘れられてしまうだろう。

 

 

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