大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

坂の上のアリスー05ー『当たり前になっている』

2020-02-29 06:20:33 | 不思議の国のアリス

 坂の上のー05ー
『当たり前になっている』      




「ニイニのこと追い払いたかったんだと思うよ」

 食べ終えた食器をシンクに置きながら綾香が言った。

 前の学校で人を殺した……すみれの言葉の意味が分からなくて、夕飯の時に聞いてみたんだ。

 大事な話をされたとき、綾香はすぐには返事をしない。一度自分の心に落としてから答える。
 時に、その返事は数日後のこともある。だから、他人からは「無視された」と勘違いされることもある。
 本人も分かっていて、日常、たいていのことには即答する。
 即答だから考えてはいない。ボブが良く似合う美少女らしい反応のパターンを持っていて、それを脊髄反射で口にする。
 だけど、脳みそを使って出した答えが的確だとはかぎらない。

 いまの返事なんて、俺の心をえぐるだけじゃねえか。俺はお前に頼まれてすぴかの心配してるだけなんだけどな!

「でも種のない話じゃないと思う」

 洗い終えた洗濯物を洗濯機から出し終えた時に、綾香は続きをポツリと言った。濡れた髪をバスタオルでガシガシ拭きながら。
 これも綾香の癖。深く考えるときには発作的に風呂に入る。
 ま、夕べはかなり蒸し暑かったんで、たんにサッパリしたかっただけなのかもしれないが。
「すぴかって、あんなだから無意識に人のこと傷つけっちゃってさ、それを『殺した』ってエキセントリックに表現したんじゃない?」
「これまでの付き合いで分かんねえのかよ?」
 洗濯機の中を拭きながら返す。これやっとかないとカビの元になる。
「あたしは、すぴかが学校に来れるように雰囲気作ってたの。そんなえぐるようなこと聞くわけないじゃん」
 そう言うと、外面女は乱暴にキャミやら下着を洗濯機に投げ入れる。
「いま洗濯し終えたとこなんだぞ!」
「いいじゃん、つぎ洗う時まで入れときゃ」
「そんなもん、臭くなっちまうだろーが!」
「朝着替えたばかりのだもん、臭くなんかないよ!」
「こら! 鼻先にもってくるんじゃねー!!」

 昼からは一週間分の買い出しのためにスーパーに出かけた。

 二人暮らしになった初めのころは、綾香も付いてきた。
 だけど、どうしてもスーパーで兄妹喧嘩になる。
 綾香は大ざっぱで、なにかにつけて徳用のでかいのをレジカゴに入れたがる。俺は、一応一週間分の献立を考えている。
 で、売り場に並んでいる商品を見ながら微調整。いや、場合によっては献立をガラリと変えることもある。
 一か月もたったころ、飽きたのか俺のやり方がうまくいくことが分かったのか、綾香は付いてこなくなった。

「亮ちゃん」

 清算を終え、レジ向こうのテーブル台で買ったものを袋に詰め込んでいると、聞き覚えのある声がかかった。
「あ、一子」
 一子が、俺の横に並んでカゴの中身をレジ袋に入れる。
「こっちのスーパーに来るなんて珍しいね」
「え、ああ、折り込み広告見てな」
「フフ、このスーパー毎日特売って触れ込みなんだよ」
「あ、そうなんだ」
 知っていた。ただなんとなく気分転換に来てみただけなんだ。
「亮ちゃんて、マイバッグなんだ」
「あ、うん」
 俺んちはレジ袋をもらわないしきたりだ。ガキの頃からこうなんで、当たり前になっている。

 一子は、そのマイバッグを見ながらニコニコしていた。

 

♡登場人物♡

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・55「夏の部活は図書室で(*^-^*)」

2020-02-29 06:10:50 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)55

『夏の部活は図書室で(*^-^*)』   



 部活を図書室でやるようになった。

 文芸部でもないのに、なんで図書室かというと、二つ理由がある。

 一つは、部室に使っているタコ部屋にエアコンが無いから。

 以前使っていた部室棟は戦前からの木造建築で、大阪の酷暑にも耐えられる……とまではいかないけど、暑気払いの工夫があちこちにしてあったらしい。さすがは、ひいひい祖父ちゃんであるマシュー・オーエンの設計ではある。
「ぜんぜんちゃうでーー」
 唯一、部室棟での夏を知っている啓介が言う。なんせ、演劇部は、この春までは啓介一人っきりの演劇部だったんだもんね。
 それで、放課後も冷房が効いている部屋で、なおかつ生徒が自由に使える場所ということで図書室が選ばれた。

 二つ目は、演劇部が静かな部活だから。

 うちの演劇部は、演劇部とは看板だけで、放課後をマッタリとかグータラ過ごしたいというのがコンセプト。人には言えないけどね。
 だから、図書室に居ても他人様に迷惑をかけるようなことはない。

 須磨先輩は、六回目の三年生の貫録、ひたすらエアコンの冷気を浴びて寝ている。
 器用なことに目を開けて寝ている。

「すごいね、須磨先輩」
 千歳に言うと、クスっと笑う。
「傍によって見てみるといいです」
 お言葉に従って、隣の席に移動して様子を見る。
「あ…………」
 声を押えて驚いた。
 なんと、目蓋の上に目のシールが貼ってある。
 多分、自分の目を写真に撮ってプリントアウトしたやつ。ちょっと離れると見分けがつかない。
 でも、こんなことをやるんなら、サッサと家に帰って寝ればいいと思うんだけど、こうまでしても人の中に居たいという気持ちは天晴だと思う。
「いつもという訳じゃないんですよ」
 千歳の解説が続く。
「司書室にいるでしょ」
 手鏡を出して司書室を映して見せる。直接見ては差し障りがあるみたい……

「あ、八重桜……!」

 国語の先生で、たしか図書部長をやってるオバサン先生。
 敷島という苗字があるのに『八重桜』と呼ばれているのには理由がある。
 明石家さんまみたいな反っ歯で、鼻よりも歯の方が前に出ているので『八重桜』。
 分かるわよね、八重桜っていうのは花が咲く前に葉が先に芽吹く……鼻より前に歯が出る……それで、いつのころからか『八重桜』というニックネームが付いている。八重桜先生は、図書室で喋ったり居ねむったりということにやかましい先生であるようなのね。

「あ、え?」

 気づくと机に伏せて本格的に寝ている。
 そっと司書室を見ると八重桜の姿が無い。須磨先輩は居ねむりながらもレーダー波を発しているのか、人知れずGPSを仕掛けたのか、八重桜の出入りを把握しているらしい。
 須磨先輩は、三年生を六回もやっているというツワモノ。なにか八重桜に含むところがあるんだろうなあ。

 千歳は機嫌よく本を読んだり、器用に車いすを操作してパソコンに向かったりして知的好奇心を満たしている。

「千歳って、学校辞めるためのアリバイ入部だったんだよね?」
「エヘヘ、だったんですけどね」
 イタズラっぽく笑う。
「このマッタリ感が捨てがたくって……」
 呟きながらラノベを読んでいる。
 タイトルを覗くと『エロまんが先生』とある。机の上には『冴えない彼女の育て方』『中古でも恋がしたい』なんかも積んである。
 この三つのラノベの共通項は『エロゲ』だったよね?

 エロゲと言えば啓介。

 さすがにノーパソ持ち込んでエロゲをやるわけにはいかないので、一人部室に残ってやっている。
 区切りがいいところまでやっては図書室にやってきて涼んでいる。
 こいつも家で心置きなくやればいいと思うんだけど、この環境でやることが、やっぱり醍醐味のようなんだ。
「いやいや、もう一つ醍醐味があるねんで」
 こっそり理由を聞くとニンマリして言う。
「暑さにバテかけのときにコンビニの冷やし中華を食べる、この美味さは、この環境でないと味わわれへん!」
 そうなんだ、こいつは冷やし中華フェチだった。
「でもね、わたしの髪の毛見ながらヨダレ垂らすのは止めてくんない?」
 こいつは、わたしのブロンドの髪を見て食欲がわくという変態さんでもある。
 髪をブラウンとかに染めたら焼きそばフェチに転向するかなあとか思ってしまう。

 わたしは……というと、部室棟が解体修理されるのを観察している。
 入部したのも、ひいひいお祖父さんが設計した部室棟が生まれ変わるのを、一番のロケーションで見ていたいから。
 図書室からだと、部室ほどにはよく見えないんだけど、冷房の恩恵を考えるとやむなし。

 その解体作業が、この一週間停まったままなんだけど……。
 
 

 

 

 

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ここは世田谷豪徳寺・26《まだやってこない新年》

2020-02-29 05:59:44 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・26(さつき編)
《まだやってこない新年》
      


 


 大晦日の日『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』の作者大橋さんが挨拶にこられた。

 渋谷駅前で自転車に撥ねられ、助けたお礼を言いにこられたのだ。

「どうもありがとう。これから大阪に帰ります。最後に顔見てお礼言いたかっただけです。ほんなら」

 と、あっさり一言だけ言っていかれた。過不足のない大人の対応だと思った。

 で、このあと、別口のあっさりが来た。

「よう、さつきじゃないか!」
 本棚の整理をしていると声をかけられた。
「あ、島田さん……!」
 高校時代、思いを寄せていた修学院高校の島田健二が立っていた。
「昼の休憩いつ? 飯でも食おうや」
 で、あっさり昼食の約束をした、

 いつも程よく空いている、アケボノという洋食屋で待っていた。

 島田さんは、高校時代、名門の修学院高校演劇部の舞台監督をやっていた。やることに無駄が無く、他校の生徒への気配りもできる有能な人だった。二度ほどコンクールの打ち合わせのあとマックに行ったことがある。
「さつきは、思っているより華があるよ。帝都は役者の使い方間違えてる」
 リップサービスかと思ったら、小さいけど分厚いノートを出し、睨めっこをした。
「なんですか、それ?」
「ああ、レパ帳。やりたい芝居が二百本ほど書いてあるの……うん、さつきなら、ざっと見ただけで五本くらい主役張れる芝居がある」
 町井陽子、井上ひさし、木下順二、イヨネスコ、大橋むつお、チェ-ホフ等から、女だけ、あるいは女が男役をやってもおかしくない芝居をたちどころにあげた。
 あたしはメモを取りながら、大した人だと思うと共に、憧れてしまった。

「おれたち、将来付き合うことになるかもしれないな」

 心臓が飛び出るような子とをマックの帰り道に言われ、それっきりになっている。
 そんなトキメキを感じていたのは、ほんの十秒ほど。
「あ、さつき、こっち!」
 奥のシートから声がかかった。大晦日の昼食なんで、ランチで済ます。卒業後のあれこれを喋っているうちに時間が過ぎていく。ほんの数秒スマホをいじっただけで、高校時代の気分にもどしてくれた。
「どう、あの時の将来が来たんだと思うんだけど?」
「え、ああ……」
 直截な言い方に、あたしは赤くなって俯くだけだった。

 アケボノを出てびっくりした。

 二十歳過ぎの女性が、敵意に満ちた目で、あたしたちを睨んでいる。
「メールで打ってきた新しい彼女って、この子ね!?」
「そう、一応合わせてケジメはつけておこうと思って」
「このドロボウネコ!」
 彼女の平手が飛んできて、思わず目をつぶってしまった。
 平手は寸止めで終わってしまった。島田さんの手が彼女の手を掴んだからだ。
「ショックかもしれないけど。こういうのはアトクサレ無くサッサとやった方がいいから」

 あたしは、この舞台進行のようなさばき方がショックだった。

「あたし、仕事あるから」
 そう言って、逃げるようにバイトに戻った。
 なにをしているのか分からないうちにバイトが終わり、家に帰ると、思いかけず自衛隊にいっている惣一兄貴が帰ってきていた。
「よう、さつき……」
 あたしの表情を読んだんだろう、それ以上は何も言わずに、もう食べたはずの年越し蕎麦をいっしょに食べてくれた。まるで寄り添うようだった。
 兄貴って、こんなに良いヤツだったっけ……そう思うと、涙が流れてきた。

 そして、テレビでは名前も思い出せないアイドルが卒業宣言をしていた。

 あたしは、卒業はおろか、2019年が、まだ終わっていない。

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魔法少女マヂカ・133『嵐山トンネル』

2020-02-28 15:00:43 | 小説

魔法少女マヂカ・133

『嵐山トンネル』語り手:晴美     

 

 

 プシューーーーーーー

 

 トンネルに入ったところで北斗は停止してしまった。

「機関オーバーヒート、足回りに固着物あり、しばらく動かせない」

 友里が示したモニターには、釜の部分が真っ赤になった北斗の断面図が出ている。

「出力が戻るまで停車、トンネルの出入り口方向の警戒を厳にしろ」

 北斗のスペックから言うと、京都駅からここまでの戦闘は十分許容範囲なのだが、忍者や牛頭馬頭どもの瘴気は、釜だけでなく足回りも疲労させてしまった。しばらく停車して回復させなければならない。

 クルーたちも慣れたもので、機関や足回りをクールダウンさせながら、嵐山口から二百メートル入ったところで、模範的な停車を決めた。

「瘴気が固着しないうちに除去するぞ」

「「「ラジャー」」」

 友里がツールボックスから瘴気落としのハンマーを取り出して、みんなに配る。

「え? オレもやるのか?」

 ブリンダがプータレるのを目力で押さえ込み、クルーは運転室から飛び出る。

「うちも、手伝わしてもらいますえ」

「気持ちはありがたいけど、その巫女服じゃ」

「ほなら、これで……えい!」

 スピンしたかと思うとウズメは、ちょっと昔の体操服姿になった。胸には『うずめ』と平仮名で書いてある。

「漢字の天鈿女命やと読めしまへんやろ」

「あ、いや、まあ、全員女子だからいいんだけどね(^_^;)」

 体操服と言ってもワンサイズ小さ目なブルマ姿で、同性のわたしが見てもエロい。だれかに似ていると思ったら、アキバでメイドをやっていたころポップなんかで見かけたスーパーソニコだ。

「あたしは、初期設定が天岩戸のあれどっしゃろ……胸乳をば掛き出で裳紐をほとに忍ばし垂れて踊りまくった姿どっしゃろ、どんなコスになっても、こないなりますのんや」

 カンカン カンカン カンカン

 トンネルに瘴気を掻き落とすハンマーの音が響く。

「ウズメさんて、何をした神さまなんですか?」

 ノンコが作業の手は休めずに聞いてくる。調理研の三人は日本神話など習ったことが無いのだ。

「天照大神(アマテラスオオミカミ)が天岩戸にお隠れやした時に、岩戸の前で、ぶっ飛んだダンス踊らしてもろて、天照大神さんを無事にお出ししたんどす」

「えー、どんなダンスなんですかあ?」

「せやかかいに……」

 ウズメは瘴気を掻き落とすハンマーの音に合わせて、天岩戸の下りを説明する。いや、説明というよりは、ワンマンショー、これでは作業がはかどらないと思いつつも見入ってしまう。

「ウズメさんて、アキバでメイドやってもナンバーワンになれそう♪」

「メイドどころか、アイドルだってできそう(^^♪」

「ちょっとR指定だけど🎶」

 クルーたちものってくる。

「あたして、そっち方面の神さまでもあるんどすえ(^▽^)/」

 そうだ、車折神社というのは芸能の神さまでもあるんだ。

「でもさ、てか、だったらさ、天岩戸とかいうの開けたのなら、千曳の岩もどうにかなるんじゃない?」

 サムが、確信的なことに思い至った。

「え、あ、黄泉比良坂(よもつひらさか)にあるやつ? 軽いもんどすえ(⌒∇⌒)」

「じゃ、手伝ってもらったら?」

「あ、岩どけるだけやったら」

「「「「「「ほんと!?」」」」」」

「へえ、太秦ではご迷惑かけましたよってに」

「あ、じゃ、急いで瘴気落とそう!」

「千曳の大岩どしたら、黄泉比良坂まで道つけますよ」

「そんなことができるのか!?」

「女子の細腕やさかいに、蒸気機関車通すほどのは無理どすけど、うちの他に二人ほどテレポさせるくらいには」

「じゃ、わたしとブリンダが行く!」

 正魔法少女の二人が手を挙げた。

 

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ここは世田谷豪徳寺・25《え、うそ……!?》

2020-02-28 06:40:43 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・25(さくら編)
《え、うそ……!?》   



 

 歳のわりに『なごり雪』が好きだ。

「東京で見る雪は最後ね」と さみしそうに きみが呟く……

 なんてフレーズはたまらない。歌い出しのとこも好き。

 汽車を待つ君の横で ぼくは時計を気にしてる 季節はずれの雪が降ってる……

『なまり歌』の鹿児島弁バージョンを聞きながら、兄貴と明菜さんの品川の別れのシャメを見ている。
 アツアツで入れたココアがすっかり温くなって、薄い膜が張っている。

 あたしは、なんとかシャメから恋人同士の別れの情感を汲み取ろうとしたんだけど、数十枚撮ったどれを見ても、情感の情の字もない。
 さみしそうに呟くこともなく、時計も気にしない。「さようなら」がこわくて俯くこともなくヘラヘラする兄貴。なんとも絵にならない。
 どう見ても、いつも出会っている知り合い同士が、何気ない会話をしているようにしか見えない。

 スマホを置いてココアを飲む。薄皮がキモイが一気に飲み込む。
「アチッ!」
 思ったより、中は、まだ熱かった。と、閃くものがあった。
 さみしそうに呟くことも、時計を気にすることもないほど、この二人の想いは熟している。だから妹にも、それとなく見学させた。
 平然とした態度の中には意外に熱いものが隠れているのかもしれない!

 暖かいココアと共に胸を満たすものがあった。

「ちょっと、じゃま」

 お母さんが、洗濯物のカゴを持って、あたしを跨いで行った。
 あたしの部屋は三階の六畳だけど、ベランダの物干しと直結していて、今みたいにタイミングが悪いと、お母さんに跨がれてしまう。それに、元々和室だったとこをフローリングの部屋にしたので、ドアなどという気の利いたものは無い。襖のような引き戸なので、音楽なんか聴いていると気配に気づかないこともある。

 ベチョ。

 足首に冷たい感触……目を向けると、お風呂で下洗いした自分のおパンツが転がっている。きちんとカゴに押し込んでいなかった自分が悪いんだけど、どうにも胸くそが悪い。

「渋谷に映画観にいってくる」

――いいご身分ね――
 背中で、そう言ってるお母さんをシカトして、おパンツを洗濯機に放り込むと、ピンクという以外に可愛げのない機能性だけのブルゾン羽織って家を出る。なんとなくだけど『パラサイト』を観る気にはなっている。

 豪徳寺のホームに立つと、いきなり腕をつかまれた。
「え……?」
 そのままホームのベンチに座らされたかと思うと、そいつはジャケットの襟を立て、毛糸の帽子を目深にした。
「四ノ宮クン……!」
「シ……後ろは見ないで!」
 そう言って、ヤツは馴れ馴れしく腕を、あたしの肩に回してきた。
 背後の階段から、二三人の人間が急ぎ足で駆け上がってくる気配がしたが、言われたようにシカトして、直後にやってきた電車に乗った。
「あ……!」
 ドアが閉まると同時に、発見されたようで、三人のオジサンとオニイサンがこっちを見送っている。ナリからしてマスコミ関係の人と見当がついた。
「なにか、やらかしたの?」
「世間には暇な人もいるんだ」
 あたしが、渋谷に映画を観にいくんだと言ったら、ヤツも付いてくると言う。料金を出してくれるというので、アッサリOK。

 が、渋谷の改札を出たところで、アウトだった。

「四ノ宮忠八さんですね!?」
 マイクを持ったレポーター風のオバサンを先頭に、カメラさん、音声さん、その他が待ちかまえていた。
「なに、この人たち?」
「すまん、巻き込んじまった」
「元華族の四ノ宮さんが、お家を出られたというのはほんとうなんですね!?」
「横の女性は!?」

 訳の分からないあたしであった……。

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坂の上のアリスー04ー『なにやってんだあ……』

2020-02-28 06:30:24 | 不思議の国のアリス

坂の上のー04ー
『なにやってんだあ……』  



 

 夢里すぴかは美少女だ。

 ボキャ貧なので、そうとしか言えない。


 ごく普通の高校生を自認する俺としては、そういうベタな感想しか出てこない。
 綾香に「すぴかを学校に来させる」約束をしたこともあり、普通以上の観察になってしまう。
 すぴかは綾香と同じくらい、女子の平均よりやや小柄で華奢な体つきからは「体育苦手」が読み取れる。でも完全な運動音痴というのではなく、球技などの集団競技は拒否。だけど長距離走などのストイックな種目なら、そこそこなんじゃないかと思う。綾香のサポートがあったとは言え、呼吸停止で救急車で運ばれ、いかほどもなく学校に来るんだから、並以上の体力はあるんだろう。
 ロングの髪はよく手入れされていて、切れ長の割に大きな瞳によく似合っている。……似合ってはいるんだけど不愛想というか表情が無い。整った顔立ちをしている分、これでは周囲から「冷たい女」と思われてしまいだろうなあ。
 制服の着こなしは、学校案内の見本みたいに普通なんだけど、ウーーーーン…………他の女子とはちがう。
 うまく言えないけど、何十人かの女生徒に混じっていても、すぐに「あれがすぴか」と分かってしまう何かがある。制服の仕立てが違うのかすみれの個性なのか……ま、出会いが出会いだったので、俺の思い込みかもしれないけどな。

 ラッシュ時間の駅みたいに混んでいる食堂でも、その姿は目に入ってきた。

 なにやってんだあ……。

 大盛りラーメンのスープを飲みながら心配になってくる。
 カウンターへの列に入らないで、食券を握りながら立ちつくしているすぴかが目に入った。
「高階、俺のドンブリ頼むわ」
「え、ああ……」
 事態を飲み込めない親友にドンブリ預けて、列の向こう側に回って声を掛ける。
「夢里さん」
 相談室で「すぴかちゃん」と呼ぶと俯かれたので苗字で呼ぶことにした。
「あ……お兄さん」
 光のない目を向け、一昔前の合成音声のような声で応える。
「ひょっとして、今から昼飯?」
「……ええ」
「綾香は?」
「……先生に呼ばれて……さっきまで一緒だったんだけど」
「そっか、ここに立っていたんじゃ食いっぱぐれる。いっしょに並んでやるよ」
「あ……でも……」
 どうやら男と並ぶのは抵抗があるみたいだ。俺は目についたもう一人の親友に目配せした。
「なーに、亮ちゃん?」
 北村一子(きたむらいちこ)、いまだに俺のことを「亮ちゃん」呼ばわりする幼なじみ。ま、いずれ詳しく。
「妹の友だちの夢里さん。ちょっといっしょに並んでやってくれないかなあ」
「うん、いいよ」
 一子は、それだけで納得して並んでくれた。
 
 コーヒー牛乳飲みながら様子を見た。

 一子はすぴかが蕎麦を買って席に着くまで付き添ってくれた。

 すぴかが座った席は、入り口に近い端っこ。
 一子を探してるんだろう、控えめにキョロキョロ。スマホでなにやら確認すると上品に食べ始めた。
 すぴかが食べていると、食堂の蕎麦も宮内庁御用達みたいに見えてくるから不思議だ。
 食べ終わると、どこに待機していたのか、一子が現れ一言二言話して食器返却口に付き添った。

 俺は偶然を装って、食堂外のベンチに腰掛けてすぴかを待った。

「おう、食べ終わったか?」

 待ち伏せ丸出しの声を掛けてしまった。一子のようにはいかない。案の定、すぴかは肩に力を入れてしまった。
 それでも、人一人分の距離を開けては歩いてくれる。
「え……えと、なんでこの時期に転校してきたのかな?」
 言ってしまってマズイと思った、ストレートすぎる。

「……前の学校で人を殺してしまって」

 え!?

 とんでもない答えが返ってきた。

 

♡登場人物♡

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・54「地区総会・6」

2020-02-28 06:08:19 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)54

『地区総会・6』   


 

 啓介君の気配は彼に似ていた。

 六年前の地区総会で同じような気配の男子が居た。

 北浜高校のN君。

 コンクールに臨む各学校の抱負や近況を述べることになったんだ。
 硬い事務的な話ばかりになったので、I女学院の議長が気を利かせたのだ。
「北浜高校のNです、いい芝居を創りたいと思いますが、やっぱり『意あって言葉足らず』みたいな作品になることが多いと思います。高校生なんだからという言い訳はしたくないんですけど、言葉足らずの底にある『伝えたいもの』『表現したかったもの』に着目して、お互い前向きな気持ちで、お互いの芝居を観ていきましょう!」
 というようなことを言った。要は『お互い長い目で観ていこう』ということで、来るべきコンクールの詰まらなさを前もって言い訳したようなものだった。
 
 時に言葉は『何を言ったか』ではなくて『どんな風に言ったか』が大事な時がある。

 N君は歯磨きのコマーシャルのように爽やかだった。
 あまりに爽やかな言い回しで『この人は正しいんじゃないかしら』と思ってしまった。
 ルックスも、オタクっぽい男子が多い中で、程良い文武両道的なたくましさと歯磨きのCM的な爽やかさ。

「空堀高校の松井さんですね」

 地区総会が終わって帰り道、環状線に乗る先輩たちとも別れて、二つ目の角を曲がったところで声を掛けられた。
 後を付けてきたと言うんじゃなくて、一本向こうの道から来たら、たまたま出くわしたという感じ。
 そのまま地下鉄に乗って、堺筋本町で別れるまでに携帯番号の交換までやった。

 意気投合した。

 そんなN君と付き合いが始まって、よその地区コンクールや本選の芝居をいっしょに観に行ったりした。

 どの学校の芝居を観ても、例の『長い目で観て行こう』の精神で、わたしでは気づかないような見どころや長所を言ってくれる。
 優しい前向きな人だなあと、それを包容力のように思って、十六歳のわたしは時めいてしまった。

「合評会があるから観ていこう」

 本選のプログラムが終わると、彼は、わたしを誘った。予選でも合評会はあるんだけど、N君が誘ってきたのは初めてだ。
 正式には『生徒交流会』という合評会、審査結果が出るまでの時間つぶし的なものなんだけど、半分以上の観客や出場校が残っていて、高校生らしい熱気が溢れていた。
 興味深いってか、アレっと思ったのは、本番の芝居より合評会が面白いかったこと。
「お疲れさまでした」という挨拶で始まる評はどれも暖かかった。

 四校目で「あれ?」っと思った。

 正直、箸にも棒にも掛からない芝居で、客席は真冬の朝のように冷え切っていた。
 でも、合評会は暖かいままだ。間延びした芝居を「緩やかなテンポ」、言葉足らずで伝わらない台詞を「無駄が無く含みのある台詞」、姿勢の悪い演技を「等身大のリアルさ」と称賛している。正直気持ちが悪い。

 雰囲気に乗れないまま審査終了の知らせが入って合評会は終わった。

「芝居というのは一期一会なんだということを頭に置いて作らなきゃいけない」
 審査員の一人が苦言を呈した。
 柔らかい苦言だったと思う。要は「詰まらない芝居ばかりだった」ということだ。
「創作劇ばっかりというのはどうなんだろ。戯曲というのは軽音やブラバンの演奏曲にあたるよね、軽音やブラバンが創作曲でコンクールに出るってことは有りえません。ちょっと考えていいんじゃないかな」
 同感と思ったら、N君が手を上げた。

 「北浜高校のNです、いい芝居を創りたいと思いますが、やっぱり『意あって言葉足らず』みたいな作品になることが多いと思います。高校生なんだからという言い訳はしたくないんですけど、言葉足らずの底にある『伝えたいもの』『表現したかったもの』に着目して、お互い前向きな気持ちで、お互いの芝居を観ることが大事なんじゃないでしょうか」

 歯磨きCMの中井貴一を思わせる喋り方に観客席の半分くらいから拍手が湧いた。

 地区総会での彼をグレードアップしたような感じに、わたしは思ってしまった。
 N君は、爽やかに発言して、暖かく受け入れられるのが嬉しいんだ。
 N君を残念に思った。

 それからいろいろ分かった。

 分かったから、その後の近畿大会のお誘いは断った。
 そして携帯を機種変するのに合わせて番号を変えた。
 それっきりN君とは会っていない。

 そのN君と啓介君が被った。なんで?

 ああ、喋る前に髪をかきあげる癖がいっしょなんだ。
 ただ、啓介君は緊張のあまりからで、N君のはポーズなんだと、六年後の、この一瞬で理解した。
 なんだか小さな可笑しみが沸き上がってくる。
 同じ仕草のあと、啓介君は言った。

「たぶんコンクールには上演校としては参加できませんけど、分担された仕事はやらせてもらいますので、よろしくお願いします」

 正直な発言に、我知らずコクコクと頷いてしまった。
 

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せやさかい・127『お雛さん・3』

2020-02-27 16:13:18 | ノベル

せやさかい・127

『お雛さん・3』         

 

 

 

 あの角を曲がったら自分の家というとこで声をかけられた。

 

 振り向くと…………え?

 

 お雛さんが立ってた。

 巫女さんみたい、白の着物に緋の袴、お雛さん独特のロン毛……ほんでもって、眉毛が無くて、ほんのり微笑んだ口の中は真っ黒……お歯黒や。

 三人官女の三方や!

「こなたさんにお伝えしときたいことがおざりますのじゃ」

「こなた?」

「はい、あなた、こなたのこなたさん」

 三方は「あなた」で向こうの方を、「こなた」でうちのことを指した。つまり、こなたはうちのこと?

「さようでおじゃります」

「えと、おたくは、ひょっとして、お母さんの?」

「さいどす。歌さんは、婚約しやはった時に、わたしを守さんに預けなはったんどす」

「え、お父さんに?」

「さいだす」

「あ、でも、お父さんにあげたいうことは、あたしの家に居てんとおかしいんちゃう? あたし、三方さん見たことないよ」

「それは、守さんが、いろいろとご用件をお言いつけにならっしゃいましたから。不本意ではごわりましたけど、お家を離れることが多ございましたさかいに」

「そうなんや……あ、とりあえずうちにおいでよ。本堂の裏の部室に、お仲間のお雛さん飾ったあるさかにに!」

 フレンドリーに手を伸ばすと、三方さんは、滑るように後ろに下がった。よう見ると、足が地上五センチくらいのとこで浮いてる。

「お気持ちは嬉しいんどすけど、阿弥陀様のお近くに伺えるような身ではおざりません」

「そんな、寂しいこと……」

「かような路上でお待ち受け申しておりましたのは、さくらさんにお伝えしとかならあかんことがあるさかいどす」

「伝えとかならあかんこと……?」

「お家にお戻りやしたら、さるお方のお便りがおじゃります。いささかお辛いお便りでおじゃりまするが、こなたさまへのお便りは末吉と思召されませ。末は西に沈んだ日輪が、あくる朝には必ずご陵さんから上って来るみたいに明るうなりますよってに、どうぞ、この三方をお信じになっておくれやす」

「は、はい」

 思わず頭を下げてしもたんは、お歯黒の眉ナシの怖気からか、どこかご託宣めいたところに、真実っぽい響きを感じたからか。

 気が付いたら、家の山門の前に立ってた。むろん三方さんの姿は無い。

 

「さ、さくら! えらいこっちゃ!」

 

 玄関を入ると、テイ兄ちゃんが墨染めの衣のまま奥から跳んできた。

「どないしたん?」

「どないもこないも、ヤマセンブルグが、ヤマセンブルグが、日本を渡航禁止にしよった!」

「え、ええ!?」

 リビングに行くと、毎朝テレビのアナウンサーが『新型コロナウイルスの為に日本への渡航を禁止する国が続出』というニュースをやってた。

 新たに五か国が日本への渡航制限のリストに加えてて、その中でもヤマセンブルグは全面渡航禁止になってる。

「そればっかりやないねん……」

 テイ兄ちゃんは、慣れた手つきでスマートテレビをネット検索に切り替えて、新型コロナウイルス関連のニュースサイトに回した。

『先ほどもお伝えしましたが、ヤマセンブルグ公国のスポークスマンは、ヤマセンブルグ王家の第一皇位継承資格者である、ヨリコ王女が新型コロナウイルスに感染したと伝えました。王室広報担当者によりますと、王女は昨日より不調のご様子で、立ち眩みと発熱を……』

 え、ええええええええ!

 足元の床がグニャグニャになっていくような気がして立っておられへんようになってしもた!

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ヘアサロン セイレン ・7『丸みショート』

2020-02-27 12:52:37 | 小説4

ヘアサロン セイレン・7
『丸みショート』
        

 

 

 一瞬の気後れで恵に決まってしまった。

 

 高階先生は年に数回受講生の肖像画を描く。

 受講生とのコミニケーションを図るとともに、ご自身の技量を上げるためだ。

 先生は、決まって横顔を描く。

 横顔にこそ人間が現れるとおっしゃる。

「ほら、女性の優しさとか美しさって、かなりのところオデコに出るんです。男と違って、女性はオデコのカールが優しいんです。それを表現するには横顔がいいですしね。白骨死体が見つかった時はオデコのラインで性別を見分けたりするくらいなんですよ、言ってみればRデコ、ま、そういう魅力を描きたいんですね」

 興味深くおっしゃってるけど、わたしは、こうだと思ってる。

 前から描くと、モデルが緊張してしまう。モデルにはリラックスしてもらいたいし、いろいろコミニケーションをとるにしても、先生のお顔がもろに視界に入らない方が話しやすい。そういう気配りから横顔をお描きになるんだと思う。それに、Rデコは白骨の性別鑑定に使われるほど普遍的だけど、絶壁はね……。

 で、横顔に自信のないわたしは、一瞬遅れてしまう。

 わたしは父親譲りの絶壁頭なのだ。

 父は、そこそこの男前なのだけど、この絶壁頭の為に横顔が、ひどく残念なのだ。

 子どものころに母の三面鏡で遊んでいて、生まれて初めて自分の横顔を見て愕然とした。父とそっくりの絶壁頭!

 以来、好んで帽子をかぶって誤魔化すようになった。少し阿弥陀に被ると絶壁が隠せるからだ。

 中学と高校で男の子が寄ってきた。でも、続かなかった。ちょっと仲良くなって、横顔を晒してしまって、男の子たちは引いて行ってしまった。

 だからね……もういいんだ。

 完成した恵の横顔は素敵だった。教室のみんなが先生とモデルの両方を褒めたたえた。

 ま、いいや。

 先生は素敵だけど。天皇陛下と同い年。わたしも、憧れとかじゃなく現実的な彼氏をね、考えなくちゃだからね。

 

 その先生が、半年お休みになることになった。ヨーロッパにスケッチ旅行に出かけるんだ。唐突だったけど、前からおっしゃってたと恵は言う。何事にも気後れするわたしは、ろくに話も聞いていなかったようだ。

 

 代わりに、半年の間来られるのが、なんと、先生の息子さん。先生をそのまま若くした感じ。

「若先生も、肖像画描くのかなあ!?」

 恵は、初日から時めいていた。

 どこまで本気かは分からないけど、こういうのには付いていけない。

 

 教室からの帰り道、日ごろは通らない道を通って駅に向かった。

 

 あ……美容院。

 気づくと同時に、お店のガラスに映る自分に目が行った。

 ちょっと伸びているし、しょぼくれた印象。三月も美容院に行っていないことに思い至った。店内に先客が居る様子もない。

「すみません、短くしてください」

「承知しました」

 細身の美容師さんは、クダクダ聞くこともなく仕事にかかる。いつの間にか流れているのも、わたしの好きなモーツアルトだ。

 落ち着くと、美容師さんの胸には『睡蓮』のネームプレート。さっきまでは男性だと思っていたけど、この優しい感じは女性かもしれない。鏡に映る睡蓮さんの横顔はきれいな才槌頭。やっぱ、Rデコとバランスを保つには、ある程度後頭部が発達していないとみっともない。

「人の魅力は様々でしてね、こうやって、魅力のお手伝いが出来ることが、美容師の面白いところです。どんな人にも魅力はね、あると思うんですよ、で……こうやれば、どうですか?」

 え?

 なんということ、絶壁の後頭部が三センチほども張り出して、とってもかっこいい!

「え? え? どうしてえ?」

 慣用句だけど自分が自分でないようだ!

「丸みショートっていうんです。襟足の方をベリショ(ベリーショート)にして、後頭部にボリュームを持たせるんです」

「すごい、本当に後頭部が張り出したみたい!」

「フフ、実はね……」

 睡蓮さんは右手で自分の後頭部を押えて見せてくれる。

「あら?」

「アハハハ」

 睡蓮さんは、わたしといい勝負の絶壁だった。

 

 このお店は贔屓にしよう!

 

 一週間後、若先生は、初めての肖像画に渡しを選んでくださった。

 ところが、若先生の絵は横顔じゃなかった。ちょっと左斜め前から見た肖像画だった。

「ぼくは、このアングルが好きなんです」

 そうおっしゃった。

 でも、その左斜め前から見ても、カッコいい後頭部は分かった。

 とっても嬉しかった。

 

 睡蓮さんにお礼を言おうとお店を探す。たしか『セイレン』だった……が、見つからない。

 

 三か月たって、そろそろ髪を切ろうと……と思ってもセイレンは見つからなかった。

 でもね、髪質が変わったのか、髪は伸びても後頭部の髪のボリュームは残ったまま。手で触ると相変わらず絶壁なんだけど「それはそれで、いいんじゃない」と若先生は言う。

「おぼえてる?」

「はい、もちろん!」

 今日は、初めて若先生との食事だ。

 階段を下りると、踊り場に鏡。生まれかわったようなわたしが写っていて、思わずサムズアップするわたしだった。

 

 

 

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坂の上のアリスー03ー『相談室のドアが開いた』

2020-02-27 06:21:02 | 不思議の国のアリス

坂の上のー03ー
『相談室のドアが開いた』   


 

 

 三時間目が終わって呼び出し状をもらった。エッチャン先生からだ。

 エッチャンは綾香といっしょに救急車に乗って行ったので、病院とかでの説明を兼ねた事情聴取だと思った。人工呼吸の件は去年のことも含めて触れられたくないので、俺としても念を押しておくのにちょうどいい。

「失礼します」

 入った相談室にいたのは、メッチャ怖い顔をした妹の綾香だ。

「ちょ、座って」
「あんだよ?」
「唐沢先生にお願いしたの、ニイニには知っておいて欲しいことがあるから。すぴかと今朝のこと。そこじゃ遠い、もちょっと傍に来て」
「俺も、お前にゃ聞きたいことがある」
 テーブル挟んだ筋向いから、パイプ椅子一つ隔てた隣に移動。綾香は、その一つ空けたパイプ椅子に尻を移してきた。

「ち、近い……」

 綾香と三十センチ以内に近づくのは小学校以来。どうも落ち着かない。
「あの子、夢里すぴかって言って、つい二週間前に転校してきたばかりなの」
「転校生か?」
 六月の転校は珍しい、ちょっと驚いた。
「ワケありらしいんだけどね、そのことはいい、あたしにもよく分かんないから。すぴか、二回来ただけで引きこもっちゃってさ。それで、今朝あたしが連れてきたってわけ」
「お泊りってのは、あの子のとこだったんだな?」
 普通なら順番として「なんでお前が?」になるんだろうけど、お節介なのは兄妹共通の性癖なので、この質問になる。
「うん、ほっとくと本格的に引きこもっちゃう。期末テストも目前だしね」
「でも、それがどうして血まみれ……いやトマトジュースまみれの呼吸停止になってんだよ」
「めっちゃ緊張してたのよ。学校までは、あたしが漕いで二人乗り。すぴかにすれば、心の準備が整わないうちにワープしたようなもんなのよ、だから学校に着いたら、真っ青になって心臓バックンバックン。やおら、カバンからトマトジュースを取り出した……トマトジュースはね、すぴかのHP回復の必須アイテム。一気飲みしてるうちにぶっ倒れたの」
「で、お前が人工呼吸してたのか」
「うん」

 俺は怖気をふるった。綾香の一見美少女らしさは見かけ倒しで、炊事洗濯はおろか絆創膏一つまともに貼れやしない、人工呼吸なんてもってのほかだ。

「でさ、ニイニに言っておかなきゃならないことがあるんだ」
 熱中した時の癖で、綾香は片膝立てて迫ってくる。
「片膝立てるのはやめれ、パンツが見える」
「うん、すぴかはさ、こんなことがあったんじゃ、もう学校には来れないんじゃないかと思うんだ……」
 綾香は恥じらうこともなく膝を下ろしたが胡坐になって貧乏ゆすりを始める。まるでオッサンだけど、綾香が神経を集中した証拠でもある。こうなると何を言っても無駄。女装した弟だと脳内変換する。
「朝にも言ったけど、ニイニが人工呼吸したのは絶対の秘密! すみれが知ったら悶絶して、呼吸どころか心臓まで停まってしまう。いいわね!」
「お、おう、そりゃ、俺の方からも願うところだ」
「それから、すぴかを学校に戻すの、最後まで付き合ってね。もう、あたしの手には余るところまできてっから」
「お、おう」
「じゃ、指切りげんまん!」
 ずいっと手を伸ばして、俺の指に無理やり自分の小指を絡めてくる。

「「指切りげんまん、嘘ついたら、針千本のーます!」」

 小学校以来十年ぶりで兄妹の仁義をきった。
「でよ、なんで俺を90分も早く学校に来させたわけ? やっぱ、あれは性質の悪いいたずらだったのか?」
 この梅雨時に、学校まで全力疾走させたことを問いただした。
「それは……ひょっとしたらニイニのレジェンドになるかもって」
「は、どーゆーことだよ?」
「ニイニって、普通ってかオーディナリーじゃん。成人する前にさ、一個ぐらいレジェンドになるタネ? そーゆーもんがあってもいいかなって、妹からの愛よ」
「はー、俺を自分の登校時間に合わせたなあ? そんで万一の時には、俺が助け船出せるよーに?」
 どうやら、俺は綾香の掌の上で踊らされていたようだ。
「ま、とにかくすぴかを学校に来させること。時間がたてばたつほど……」

 その時、きしみながら相談室のドアが開いた。

「し、し心配かけたわね、た、たったたった今、夢里すぴかは、ふ、復活したからね」

 夢里すみれがトマトジュースを手に、真っ青な顔で震えながら立っていた。

 

♡登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・53「地区総会・5」

2020-02-27 06:06:22 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)53

『地区総会・5』   



 六年前の地区予選はI女学院で行われた。

 地下鉄I駅の階段を上がると四車線を挟んで緩やかな坂道、坂道の向こうにチャペルの尖塔が覗いている。
 坂を上りはじめると、ディンド~ンディンド~ンとタイミングよく鐘が鳴る。
 見え始めた学院は年季の入った緑の中に校舎が静もっていて、その校舎群を従えるようにチャペル。
「あのチャペルが会場なのよ」
 先輩がよそ行きの言葉遣いで教えてくれる。

 なんだか映画の中の登場人物になったような気がした。
 それだけで胸がときめく十六歳の女子高生だった。

 チャペルに行きつくまでに「お早うございます」の挨拶を十回はした。
 学院の生徒さんたちも、ジャージのロゴで分かる他校の部員さんたちもハキハキと挨拶を返してくれる。
「すみません、みなさんのお名前書いていただけると嬉しいです。お友だちになりたいですから」
 受付の生徒さんに奉加帳みたいなノートを示される。

 空堀高校演劇部の下に、一年生 松井須磨。

「わ、素敵なお名前ですね」
「え、そですか?」
「下に子の字が付けば新劇の女王ですね」
 顧問と思しき先生がパンフを渡してくれながらニッコリ笑う。
 松井須磨子どころか新劇という言葉も知らなかったわたしは、でも、言葉とロケーションの雰囲気でポーっとしてしまった。

 チャペルに入ると一学年四百人くらいは優に入る大きさでビックリ。

 着くのが早かったのか、緞帳は開いたままで、一本目の学校の仕込みが行われていた。
 キビキビ働く部員さんたち、トントン組み上がっていくシンプルな舞台装置。
 あーー、わたしは演劇の中にいるんだ!
 頬っぺたと目頭が熱くなってきて狼狽える。
 空堀高校も、ちゃんと加盟が間に合って参加できていたらどんなによかっただろーと悔しくなる。

 え、これで始まるの?

 開会を伝えるアナウンスがあって――あれ?――と思った。
 四百人は入ろうかという会場は……二十人ほどしかお客さんが居ない。
 地区代表の先生と生徒代表の挨拶、審査員の先生の紹介があって、最初の学校が始まった。

 え………………………………うそ?

 びっくりするほどつまらない。

 声は聞こえない、表情は見えない、ストーリーも見えない、観客の反応はない……。
 一週間前にあった文化祭のクラス劇の方がよっぽど面白かった。

 ま、こんな学校もあるわね。

 気を取り直して、残り五校も観たんだけど、ことごとくつまらない。
 比較しちゃいけないんだろうけど、ネットで観たダンス部や軽音、ブラバンの方がパフォーマンスとして格段に面白い。
 オレンジ色のユニホームで有名な京都のブラバンを観たのは、ディズニーランドの動画を観ているところだった。
 行進しながらのステップがいかにもディズニーテイストで、最初はディズニーランドのパフォーマンスかと思った。
 それが、現役の高校ブラバンと分かってビックリしたのは中三の秋だった。
 それからダンス部や軽音なんかを見まくって、高校生の凄さを認識して憧れると同時に――わたしには無理――そう思っていた。
 
 だから、駅からここまでのロケーションと、高校の部活へのリスペクトで、期待値はマックスになっていた。
 だから、置いてけぼりになったようにショックは大きかった。

 もう一つ「あれ?」があった。

 出場校全てが創作劇だ。

 ああ、そいいう地区なんだと納得して、二週間後府大会を観にいった。
 ちゃんとした市民ホールだった。
 でも、キャパ八百余りの客席が埋まることはなかったし、出場校の作品に感動することもなかった。
 観客席は時々反応していたけど、着いていけない、この子たちはオタクなんだと思った。
 
 それからの六年間、演劇部に籍はあるけど、一回も部活には行ってない。

 地区総会は『今年度のコンクール』の話になって来た。
 議長は、一校ずつ指名して、今年の抱負を言わせている。
 昔のことに意識が飛んでいたわたしは、順番が回ってきて立ち上がった啓介の雰囲気にビックリした。

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ここは世田谷豪徳寺・24《四日目のさくら》

2020-02-27 05:47:22 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・24(さくら編)
《四日目のさくら》   



 二日と三日はグータラな正月だった。

 大晦日から元旦にかけては、恵里奈とまくさの三人で、初詣のハシゴをやった。家に帰ってからは一日寝ていた。夕方に起きてトイレに行ったら、兄貴を感じてしまった。
 便座に無防備で座っていたところを開けられたことじゃなく、便座の蓋がスーっとゆっくり閉まったときに。
――ああ、惣一兄ちゃんが直したんだ。と、シミジミ感じた。

 夕方帰ってきた兄ちゃんは、パソコンで、なにやら調べていた。

 新幹線の時刻表と博多駅の構造を調べている様子だ。
「博多にでもいくの?」
「攻撃するためには、敵の情報を知るのが肝心だからな……」
 それ以上は機密という顔をしてしまったので、あたしは、後出し分の年賀状を書いた。友だちが少ないので年末に出したのは十枚ほどだったけど、三枚番外のがあった。今の担任と中学の担任の先生。そして、白石優奈。

 二日の朝は、兄貴はふらりと近所を散歩するようなナリで出て行った。あたしはバイトに行くお姉ちゃんといっしょに家を出た。第一目標は年賀状を出すことだったけど、ポストが駅前にしかないので、ついでに渋谷にでも出てみようと、定期、お財布、スマホの三点セットを持っている。
「ねえ、あれ兄ちゃんじゃないの?」
 デニーズから、ジャケットにマフラーだけという軽装の兄ちゃんが出てきたのをあたしは目ざとく見つけた。
「ちょっと、年賀状は?」
「行った先で出す」
 そう言って、兄貴を追跡することにした。

 兄ちゃんは、渋谷で山手線に乗り換えた。

 お姉ちゃんと別れたあたしは、品川駅までの切符を買って、あとをつける。
 予感は当たって、兄貴は品川駅で降りて新幹線のホームに向かった。急いで入場券を買って後に続く。
 前から三番目の乗り降りマークのあたりで、新聞を広げ始めたので、あたしは大胆にも隣の乗り降りマークのところで、兄貴の背中を視野に入れつつ立ちんぼした。

 五分ほどすると、明菜さんがキャリーバッグを引きずりながらやってきた。

 明菜さんは、驚いた様子もなく、兄貴の後ろに立つと、頭をポコンとした。なんだか、約束していたカップルみたいに見える。
 一言二言話すと、スマホを出して、アドレスの交換をしている様子。
 それから、電車が来るまで十分足らずだった。二人は、ほとんど喋らないどころか顔も見合わせない。入ってきたのぞみのドアが開くと、やっと二人は向き合って、握手だけ。明菜さんが乗り込み、発車すると、のぞみの姿が見えなくなるまで兄貴は見送っていた……。

 そして、二日後の四日。再び品川の駅に兄貴といる。ただし横須賀線のホーム。

「さくら、付けてくるの、ヘタッピーだよな」
「え……?」
「渋谷から分かってたよ。品川じゃ、さくらが入場券買うの待ってたんだぞ」
「そりゃ、兄ちゃん、人が悪いよ!」
「ちょっと早いが、男と女の有りようの観察をやらせてやったんだ。感謝しろよ」
「兄ちゃん、自衛隊に入って人が悪くなった」
「ばか、思慮深くなったんだ。昔のオレなら、渋谷でさくらのこと追い返してるよ。観察と分析、全てのことの要諦だ。おまえも、もう半分女だ、スマホで撮った明菜の顔とか、よく見て勉強しろ」
 新聞丸めたので、頭をポコンとされた。我ながら軽い音がする。
「今度戻ってきたら……夏かもしれない。父さん母さん頼んだぞ……それから、さつきのこともな。シャト-豪徳寺の東大生は悪い奴じゃない。まあ、歳の離れた友だち程度の気持ちでつきあっとけ」
「え、なんで……」
「観察と分析。とにかくさくらは人間関係ヘタクソだから、勉強しとけ。じゃあな」
「まだ、電車来てないよ」
「兄妹で映画みたいに見送られるのはごめんだ。早く帰って冬休みの宿題をやりましょう。英語がまだ残ってんだろ」
 なんでもお見通しの兄貴だった。

 取っ組みあいで胸に触れた兄貴の手の感触。無慈悲に開けられたトイレのドア。そして二日前、明菜さんを見送った兄貴の姿……そして、スマホに写った明菜さんの表情。かなわない……しみじみと思った。

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ジジ・ラモローゾ:017『コビト19』

2020-02-26 11:24:45 | 小説5

ジジ・ラモローゾ:017

『コビト19』  

 

 

 コビト19というのが正しいそうだ。

 

 武漢肺炎が分かりやすいんだけども、地名で呼ぶと後々地域的な差別感情に繋がるからいけないんだそうだ。

 マスコミでは新型コロナウイルス。

 むかしスペイン風邪というのが流行ったんだけど、これはスペインが感染源ではないらしい、なんでもスペインの王様でも罹っちゃったんで、そう呼ばれたとか。スペイン可哀そう(´;ω;`)ウッ…

 

 

 『ジージのファイル』

 現職のころ二回インフルエンザに罹ったよ。

 学校の先生というのは、休むと授業に穴が開く。その日に三時間授業があったら150人近い生徒が自習になるんだ。

 昔は、生徒は、文字通り自習してくれてた。教室で予習復習したり、読みかけの本を読んだり。図書室とかで過ごすのも自由だった。

 でも、時代が進むと、自習時間中に無断で校外に出たりするのが問題になった。校外に出てもお昼の弁当やパンを買いに行くぐらいなんだけど、世間は、授業時間中に生徒が学校の外に出ていくことを好まない。まあ、中には喫煙する奴とか制服のまま雀荘に行くような猛者もいたんだけどね。

 だから、ジージが先生になったころは、自習になると他の先生が自習監督に行くんだ。ちゃんと自習課題を持ってね。例え自習でも、生徒は監督しておかなければならないというのが社会の常識になってきたんだね。

 自習にすると、生徒は窮屈だし、他の先生には迷惑をかけるし。試験前だったりすると授業進度も気になるしね。

 だから、少々体調が悪くったって休めなかった。7度ちょっとの熱なら風邪薬呑んで授業をしたね。

 でも、いま思うと、生徒には迷惑だったと思うよ。だって、教壇に立ってデカい声で授業していたら唾とかが飛んじゃうからね。でかい声でなくっても、吐く息には細かい水蒸気が含まれているらしくて、エアロゾルとか言うらしいんだけど、こいつは結構長い時間空気中に漂ってる。それで、みんなにうつしちゃうんだ。

 インフルエンザだったら、もう真っ青だよ。同僚の先生にも「学校くんな!」と怒られる。

 でもねが続くけど、インフルエンザでも休めない時があった。

 二年生の担任をやっていて、修学旅行とぶち当たった時だ。担任は修学旅行には絶対付いて行かなきゃならないからね。

 病院で点滴打って、しこたまマスクと薬をもらって行くんだ。

 それで、不思議と重篤になることもなかったし、ひとにうつすことも無かった。

 いま思うと、ずいぶん無茶なことだったと思うよ。

 うん、無茶をやるから、教師と言うのは寿命が短い。

 教師の寿命は『七五三』と言うんだ。七五三というのは退職後の寿命のことだ。

 平で七年、教頭で五年、校長だと三年しか余命がないんだとか。

 ハハハ、でもジージは長生きするよ。ジジが成人式で振袖着るの見たいからね。

 

 

 ジージ、七五三は当たってないよ。

 だって、ジージは平の先生だったのに、教頭先生みたいに五年で死んじゃうんだもんね。

「ジジ、あんたの学校で武漢肺炎出たって!」

 お祖母ちゃんがリビングで叫んでる。

 お祖母ちゃん、コビト19が正しいんだよ……あれ?

 立ち上がったら、部屋が回ってる……うそ、罹った?

 こないだ電撃家庭訪問しにきたA先生とB先生の顔が浮かんだ……バタン。

 

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坂の上のアリスー02ー『マウストゥーマウスの人工呼吸』

2020-02-26 07:03:10 | 不思議の国のアリス

坂の上のー02ー
『マウストゥーマウスの人工呼吸』   



 

 

 振り向いた綾香の口は真っ赤だ! 倒れている女子生徒も口から胸元にかけて真っ赤に染まっている!

「お、おまえは吸血鬼だったのかあ!!?」

 俺を90分早く起こした悪戯にブチギレている場合じゃない。いきなりホラーRPGのフラグが立っている!
 このまま吸血鬼と化した妹に血を吸われて、始まったばかりの物語はサイテーのバッドエンディング!?
「ヒ、ヒエー!!」
 き〇たまが体にめり込むほどの恐怖を感じて、俺は踵を返した。

 ムンズ!

 まだ7・8メートルはあったであろう距離を跳躍して、綾香は俺のズボンの裾を掴んだ。
 吸血鬼の運動スキルはハンパねえ! 昔やったバンパイアゲームの吸血シーンを思い出す。
「違うんだって! 人工呼吸をやってんの!」
「じ、人工呼吸?」
「もう一分ほどやってるんだけど、息戻ってこない!」
 綾香の目は逝ってしまっている、ガキのころにコンプリート寸前のゲームデータを消しちまった時みたいだ。
 一瞬哀れを催したが、全然安心はできない。
「でも、その口の周りの血……」
「バ、バカ! これはトマトジュースだよ! そんなことより人工呼吸やってよ! ニイニこういうの得意じゃんか!」

「先生とか、ひとを呼べよ!」

「んなの間に合わない!」

 一瞬去年のことがフラッシュバック。

 で、気づいたら女生徒にマウストゥーマウスの人工呼吸をしている。

 気道確保が出来ていなかったか鼻をつまむのを忘れていたか、女生徒の鼻からは泡だったトマトジュースが溢れている。
 俺は必死で人工呼吸を続けた。

「ウ、ウーーーーン」

 一分にも一時間にも感じられる時間が過ぎて、女生徒の呼吸が戻って来た。
「自発呼吸にもどった。綾香、救急車を呼べ!」
「うっさい! もう呼んだ!」
 人の命を俺に預けた安心だろう、いつものツンツンに戻って吐き捨てた。
 救急車のサイレンが聞こえてくると、綾香は前を向いたままの忍び声で言う。
「いい、人工呼吸したのはあたしだからね。いい気になって自分がやったなんて思うんじゃないから」
「なっ…………」
 こいつの理不尽には慣れっこだが、一瞬ムッとする。
 でも、女の子にマウストゥーマウスの人工呼吸をやったことが学校に広まるのもごめんだし、この子も知ったらショックにちがいねー。

「なっ……」以下は飲み込んで置く。

 救急車には綾香とエッチャン先生が乗っていった。エッチャンは、たまたま早く出勤した流れで付いて行ってしまった。なにかと的外れに口やかましいセンセだが、こういうところは憎めない。

 ドン!

 救急車を見送っていると背中をドヤされた。
 振り返ると時代錯誤の道着姿の薫ちゃんが立っている。
 薫ちゃんというのはカワユゲな女の子ではなく、ムクツケキ体育の教師で閻魔生活指導部長の桜井薫だ。
 国民的リア充男を目指す俺は、従順なうすら笑顔になる。

「見てたぞ、りっぱな救急救命だった。あのときもそうだったけどな……」

 俺の黒歴史をポツリと言う。それ以上言われたくないので「ハア……」とあいまい返事。

 このときキッチリ言わなかったツケがくるとは思わない俺だった。
 


 ♡登場人物♡

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・52「地区総会・4」

2020-02-26 06:54:33 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)
52『地区総会・4』   




 六年前のことを思い出していた。

 アベノハルカスが完成したり消費税が8%になった年だ。
 初めて携帯電話を持つことを許されて、わたしは大阪府立空堀高校に入学した。

 十五歳の女の子には目まぐるしい新時代の幕開けだった。

 だから、わたしは演劇部に入ったんだ。

 それまで人前で喋るなんてもってのほかで、中三の春に担任の気まぐれでHR一時間丸々使って自己紹介を強要した時は、あと三人で自分の番という時にお昼御飯がリバースしてきた。
 口を押えて、幸いにも教室の隣にあったトイレにダッシュ。
 いつも大人しいわたしが突然飛び出したので、担任もクラスメートもチョービックリしてた。
 胃の中のものを全部吐き出して教室に戻ると「大丈夫か松井?」と担任がクラス全員の前で聞く。

 そっとしといてよ。

 担任の無神経さに腹が立ったので、思わずこう返した。

「大丈夫です、ほんの悪阻(つわり)ですから」

 教室が凍り付いた。

 愛読書のラノベを真似して、ほんの冗談のつもりで言ったんだけど、それまで冗談なんか行ったことのないわたしは、その足で早退させられ、あくる日には保護者共々呼び出された。
 お父さんは変な人で「きわめて個人的なことなのでお話しできません、しばらく休ませます」と突っぱねた。
 半月たって復帰すると、みんな腫れ物に触るような扱いになった。
 おかげで苦手な体育は見学になったし、ウザイだけの修学旅行にも行かずに済んだ。
 この件でボッチが確定してしまったけど、もともと群れることを良しとしない私には苦ではなかった。

 こんなわたしだったけども、2014年というのは輝かしい。

 きっかけは入学式後のオリエンテーションだった。

 人権なんとか委員長の肩書で演壇に立ったのは八重桜こと敷島だ。なんだか与党を追及する女野党党首のように見えたのは白のスーツ姿だけではなかった。
 このオバサンが「外国籍の人は、ぜひ本名宣言を!」とぶち始めた。
 クラスには中一で一緒だったHさんが居た。Hさんは八重桜の演説に酔ってしまい、それまで使っていた通名を捨ててしまいそうになった。
「だめだよ、そんな簡単に決めちゃ!」
 中学での数少ない知り合いだったので、わたしは真剣に止めた。わたし学校は嫌いじゃなかったけど信用はしていない。学校や教師の言うことは、都合よく解釈や利用するものだと思っている。まして入学したばかりの高校、どこまで信用出来て利用できるか見届けるのには時間がかかる。
 Hさんは、中一の時の薄い付き合いにも関わらず真剣に説得するわたしに好感を持ってくれて「せやね、もうちょっと考えてからでも遅ないわね」と思いとどまってくれた。
 こんなわたしだけど、拙い説得で思いとどまってくれたことが嬉しくて、2014年の後押し気分もあって演劇部に入ってしまった。

 あの年も地区総会にやってきて、コンクールやら講習会のあれこれが議題に上がっていたのを思い出した。

 コンクールに出たいと、演劇部に関しては初心なわたしは熱望した。

 でも、連盟加盟が遅れた空堀はコンクールへの参加資格が無かったんだよね……。
 

コメント
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