大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

メタモルフォーゼ・13『祝県中央大会優勝!』

2020-06-04 06:23:56 | 小説6

メタモルフォーゼ

13『祝県中央大会優勝!』    

 


 信じられない話だけど、中央大会でも最優秀になっちゃった!

 本番は予選の一週間後で、稽古は勘を忘れない程度に軽く流すだけにしていた。それでも、クラスのみんなや、友だちは気を遣ってくれて、稽古に集中できるようにしてくれた。

 祝勝会は拡大した……ややオヤジギャグ。だってシュクショウでカクダイ。分かんない人はいいです(笑)

 校長先生が感激して会議室を貸してくださり、紅白の幕に『祝県中央大会優勝!』の横断幕。
 学食のオッチャンも奮発してビュッフェ形式で、見た目に豪華なお料理がずらり。よく見ると、お昼のランチの揚げ物や唐揚げが主体。業務用の冷凍物だということは食堂裏の空き箱で、生徒には常識。
 でも、こうやって大皿にデコレーションされて並んじゃうと雰囲気~!

「本校は、開校以来、県レベルでの優勝がありませんでした。それが、このように演劇部によってもたらされたのは、まことに学校の栄誉であり、他の生徒に及ぼす好影響大なるものが……」
 校長先生の長ったらしい挨拶の最中に、ひそひそ話が聞こえてきた。
「あの犯人、みんな家裁送りだって……」
「知ってる。S高のAなんか、こないだのハーパンの件もあるから、少年院確定だってさ」
「どうなるんだろうね、うちの中本なんか?」

 中本は、ちょっとカワイソウな気もした。もとはあたしのことに興味を持ってスマホに撮った。好意をもって見ているのは動画を見ても分かった。道具を壊したのもAに言われて断れなかったんだろう……って、なんで同情してんだろ。あの時は死んでも許さない気持ちだったのに。

 これが、女心とナントカなんだろうか。あたしも県でトップになって余裕なのかな……そこで、会議室の電話が鳴り、校長先生のスピーチも、ひそひそ話も止まってしまった。

「マスコミだったら、ボクが出るから」

 電話に駆け寄った秋元先生の背中に、校長先生が言った。
「はい、会議室です。外線……はい、校長先生に替わります」
 会議室に喜びの緊張が走る。
「はい、校長ですが……」
 校長先生がよそ行きの声を出した。
「……なんだ、おまえか。今夜は演劇部の祝勝会なんだ、晩飯はいらん。何年オレのカミさんやってんだ!」
 そう言って、校長先生は電話を切ってしまった。
「校長先生、県レベルじゃ取材は無いと思います」
「だって、野球なら、地方版のトップに出るよ!」
「は……演劇部ってのは、なんというか、そういうもんなんです」

 祝勝会が、お通夜のようになってしまった。なんとかしなくっちゃ。

「大丈夫です、校長先生、みんなも。全国大会で最優秀獲ったら、新聞もテレビも来ます。NHKだってBSだけど全国ネットで中継してくれます!」
「そうだ、そうよ。美優なら獲れるわよ。みんな、それまでに女を磨いておきましょ!」
「男もな!」
 ミキが景気をつけてくれて、それを受けて盛り上げたのは……学校一のイケメン、倉持先輩だった。

「あの……これ、予選と中央大会のDVD。おれ、放送関係志望だから、そこそこ上手く撮れてると思う。みんなの前じゃ渡しづらくってさ。関東大会の、いや全国大会の参考にしてくれよ」
 倉持先輩が、昇降口を出て一人になったところで声をかけてきた。
「あ、あ……どうもありがとうございました!」
「いいっていいって、美優……渡辺、才能あると思うよ。じゃあ」
 あたしは、倉持先輩が、校門のところで振り返るような気がして、そのまま見ていた。
 振り返った先輩。あたしはとびきりの笑顔で手を振った。

 好き……というんじゃなくて、あたしの中の女子が、そうしろと言っていた。

「恋愛成就もやっとるからね、うちの神社は……」
 突っ立っていたあたしを追い越しながら、受売神社の神主さんが呟いた。そのあとを普段着の巫女さんがウィンクしていった。

 あたしは真っ赤になった。でも、好きとか、そういう気持ちではなかった。

 そういう反応をする自分にドギマギしている別の自分が居るんだ……。

 

 つづく 

 

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メタモルフォーゼ・12『オトンボのミソッカス』

2020-06-03 06:14:55 | 小説6

メタモルフォーゼ

12『オトンボのミソッカス』      

 


 最優秀賞 受売(うずめ)高校 大橋むつお作『ダウンロ-ド』!

 嬉しいショックのあまり息が止まりそうだった。なぜか下半身がジーンと痺れたような感覚。
 え、なに、この感覚? こんなの初めてだよ……!?

 あ、おしっこをチビルってのは、こんなのか……括約筋にグッと力を入れて我慢した。

 賞状をもらって壇上で振り返ると、秋元先生はじめ、助けてくれた人、心配してくれた人たちの拍手する姿が目に入り、ニッコリしながらも目頭が熱くなった。
 それから閉会式の間、あたしは嬉しい悲鳴をあげながらもみくちゃにされていた。

「あ、剣持さんが来てる……」

 ホマの声で、みんなが一斉にそっちを見た。
 あたしでも知っている三年生で一番のナイスガイと評判の倉持健介……さんが来ていた。ユミがスマホを出してシャメろうとした。
「チッ……!」
 シャメる前に、他校の女子生徒が三人来て取り巻き、その子達がチヤホヤしだした。倉持さんは慣れた笑顔であしらいながら出口に向かった。女の子達が後に続く。
「ま、もてる人だから、オッカケの子たちの義理で来たんだろうね」
 クラス一番モテカワのミキでさえ、倉持さんは別格のようだった……。

 家に帰ると、みんな、それぞれにくつろいでいる。

 お母さんはルミネエといっしょにミカンの皮を剥きながらテレビドラマを見ている。
 ミレネエは、お風呂から上がったとこらしく、パジャマ姿にタオルで頭くるんでソファー。やっぱ、テレビが気になるよう。頭を左右に振りながら「見れねえ」とシャレのようなグチを言ってる。親と姉が邪魔でテレビが見づらそう。
 レミネエは、我関せずと自分の部屋でパソコンらしい。キーボ-ド叩く音がしている。
「ただいま。コンクールで最優秀とった……」
「やっぱ、エグザイルはいいわ。犬の娘が結婚するわけだ」
「進一兄ちゃんも、ここまで努力したら、トバされずにすんだのかもね……あ、美優帰ってたんだ。ただいまぐらい言いなよ」
「言ったよ」
 女子になったころは珍しくて、うるさいほどに面倒みてくれたけど、もう慣れたというか飽きたというか、進二だったころと同じく空気みたいになってしまった。ま、いいけど。
「先にお風呂入っていい?」
「うん」が二つと「どうぞ」が一個聞こえてきた。
「じゃ、お先……」

 着替え持って、脱衣場でほとんど裸になったときにミレネエが、入浴剤の匂いをさせ、なにか喚きながら、あたしをリビングに引き戻した。
「美優の学校大変だったんだね、侵入者に演劇部の道具壊されたって、で、犯人掴まったそうだよ!」
――今朝、受売高校に侵入し、演劇部の道具などを壊した容疑で、S高校の少年AとB、それに同校の少年が、侵入と器物損壊の容疑で検挙されました――
「大変だったんだね、美優……美優、なにおパンツ一丁で。あんた女の子なんだから……」
「ちょ、ちょっと!」
 テレビが、続きを言っていた。
――なお、受売高校演劇部は、この御難にもかかわらず、地区大会で見事最優秀を獲得いたしました――
「美優、やったじゃん! なんで言わないのさ!?」
「言ったわよ、ただ今といっしょに……あの、寒いんで、お風呂入っていい?」
「さっさと入っといで!」
 と、引っぱり出してきたミレネエが……言うか?
「上がったら、お祝いしよう!」
「ほんと!?」
 あたしは、急いでお風呂に入った。しかし女子になってから、お風呂の時間が長くなった。
 お風呂から上がると、祝勝会は、すでに始まっていた。改めて乾杯はしてくれたけど、話題は、いつの間にか、職場、ご近所のうわさ話になった。

 やっぱ、あたしは男でいても女になっても、オトンボのミソッカスに変わりはないようだ。

 つづく

 

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メタモルフォーゼ・11『メタモルフォーゼの意味』

2020-06-02 06:07:08 | 小説6

メタモルフォーゼ

11『メタモルフォーゼの意味』       

 


 ショックだった、道具がみんな壊されている……!

 コンクール本番の早朝、道具を搬出しようとしてクラブハウスの前に来てみると、ゆうべキチンとブルーシートを被せておいた道具は、メチャクチャに壊されていた。秋元先生も、杉村も呆然だった。
「警察に届けた方がいいですよ」
 運送屋の運ちゃんが親切に言ってくれた。
「ちょっと、待ってください……」
 秋元先生は、植え込みの中から何かを取りだした。

 ビデオカメラだ。

「昨日『凶』引いちゃったから、用心に仕掛けといたんだ」
 先生は、みんなの真ん中で再生した。暗視カメラになっていて、薄暗い常夜灯の明かりだけでも、しっかり写っていた。
 塀を乗り越えて、三人の若い男が入ってきて、道具といっしょに置いていたガチ袋の中から、ナグリ(トンカチ)やバールを出して、道具を壊しているのが鮮明に写っていた。

「先生、こいつ、ミユのこと隠し撮りしていたB組の中本ですよ!」
 手伝いに来ていたミキが指摘した。
「そうだ、間違いないですよ!」
 みんなも同意見だった。
「いや、帽子が陰になって、鼻から上が分からん。軽率に断定はできない」
「そんな、先生……」
「断定できないから、警察に届けられるんだ」

 あ、と、あたしたちは思った。ウチの生徒と分かっていれば、軽々とは動けない。初めて先生を尊敬した。

 先生は、校長に連絡を入れると警察に電話した。
「でも、先生、道具は……」
「どうしようもないな……」

 みんなが肩を落とした。

「ボクに、いい考えがあります」
「検証が終わるまで、この道具には手がつけられないぞ」
「違います。これは、もう直せないぐらいに壊されています。他のモノを使います」
 杉村が目を付けたのは、掃除用具入れのロッカーと、部室に昔からあるちゃぶ台だった。
「ミユ先輩。これでいきましょう」

 学校には先生が残った。警察の対応するためだ。

 あたし達が必要なモノをトラックに積み、出発の準備が終わった頃、警察と新聞社がいっしょに来た。あたしはトラックに乗るつもりだったけど、状況説明のために残された。
「うちは、昼の一番だ。現場検証が終わったら、タクシーで行け」
 先生は、そう言ってくれたが、お巡りさんも気を遣ってくれ、ザッと説明したあとは、連絡先の電話番号を聞いておしまいにしてくれた。

 会場校に着いて荷下ろしをすると、杉村はガチ袋から、金属ばさみを出してロッカーを加工した。裏側に出入り出来る穴を開け、正面の通風口を広げてミッションの書類が出てくるように工夫してくれた(どんな風に使うかは、You tube で見てね)

 リハでは、壊された道具を使っていたので勝手が違う。道具をつかうところだけ、二度確認した。

 あたしは舞台上で五回も着替えがあるので、楽屋に入って、杉村と衣装の受け渡し、着替えのダンドリをシミュレーションした……よし、大丈夫!

 本番は、どうなるかと思ったけど、直前に秋元先生も間に合ってホッとした。なんといっても照明と効果のオペは、先生がやるのだ。イザとなったら、照明はツケッパで、効果音は自分の口でやろうと思っていた。

 幕開き前に、あたしの中に、何かが降りてきた。優香なのか受売の神さまなのか、ノラという役の魂なのか、分からなかったが、確実に、あたしの中に、それは降りてきていた。

 気がつけば、満場の拍手の中に幕が下りてきた。

 演劇部に入って、いや、人生の中で一番不思議で充実した五十五分だった。『ダウンロ-ド』は一人芝居だけど、見えない相手役が何人もいる。舞台にいる間、その相手役は、あたしにはおぼろに見えていた。そして観てくださっているお客さんとも呼吸が合った。両方とも初めての体験だった。

――ああ、あたしは、このためにメタモルフォーゼしたのか――

 そう感じたが、あたしのメタモルフォーゼの意味は、さらに深いところにあった……。

 つづく

 

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メタモルフォーゼ・10『フォーチュンクッキー』

2020-06-01 06:10:30 | 小説6

メタモルフォーゼ

10『フォーチュンクッキー』       

 

『ダウンロード』という芝居は、メタモルフォーゼ(変身)するところが面白い!

 そう、思って稽古を重ねてきたが、どうやら違うところに魅力があると感じだした。ノラというアンドロイドは、いろんな人格をダウンロ-ドしては、オーナーによって派遣され、大昔のコギャルになったり、清楚なミッションスクールの女生徒になったり、五歳の幼児三人の早変わりをしたりして、オーナーと持ちつ持たれつの毎日。
 そんな日々の中で「自分の本来のパーソナリティーはなんだろう?」と、その自己発見の要求が内面でどんどん膨らんでいくところに本当の面白さがあると思うようになってきた。

 You tubeで、九州の高校が演っているのを見て思った。

 ダウンロードされたキャラを精密にやっていく間に、時々「本当の自分」を気にする瞬間がある。
「キッチン作ってよ。あたし自分で料理するから!」
 という欲求で現される。そこにこだわってみて、誇張していくと、俄然芝居が面白くなってきた。
 コンクールの三日前ぐらいになると、信じられないけど、稽古場にギャラリーが出来るようになった。いわゆる入部希望の見学ではなく、美優の稽古そのものを目当てに来る純粋な見学者なのである。
 クラブを辞めたヨッコ達には、少し抵抗があったけど、ヨッコ達は、良くも悪くもクラブに戻る気はなく、他のギャラリーと同じように楽しんでいる。他にも、ミキや、その仲間。ヒマのある帰宅部の子なんかが見に来るようになり、最後の二日間はゲネプロ(本番通りの稽古)をやっているようなものだった。

 最終日の稽古には、受売(うずめ)神社の巫女さんと神主さんまで来た。
「神さまのお告げでした」
 巫女さんは、口の重い父親の神主に代わってケロリと言った。
 そして、芸事成就の祝詞まであげてくださった。

 祝賀会やろう!

 ミキの提案で、稽古場が宴会場になった。あらかじめいろいろ用意していたようで、ソフトドリンクやらスナック菓子。コンビニのプチケーキまで並んだ。なんだか、もうコンクールで優勝したような気分。一番人気は受売神社の巫女さん手作りのフォーチュンクッキー!
「え、神社がこんなの……いいんですか?」
 意外にヨッコが心配顔。
「これは、元々日本のものなのよ。辻占煎餅(つじうらせんべい)という名前で神社で売ってたの。それが万博でアメリカに伝わって、チャイナタウンの中華料理屋で出すようになったのよ」

「へー」と、みんな。

「神社でも出せば、ヒットすると思いますよ」
 ユミが、提案した。
「うん、でも保健所がウルサクって。中にお神籤が入るでしょ。それで許可がね」
 世の中ウルサイモンだと思った。
 巫女さんが、頭数を数え人数分だけ紙皿に盛った。
「さあ、みんなとって!」
 あちこちで「大吉だ!」「中吉よ!」などの声が上がった。ちなみに、あたしは末吉『変化は試練なり、確実に前に進むが肝要。末には望み叶うべし』と、あった。

 素朴な疑問が湧いた。あたしの望みってなんだろ?

 コンクールは中央大会も含めて二週間で終わる。そのあと、当たり前なら「進二に戻りたい」なんだろうけど、そう単純にはならない。
 あたしは、死んだ優美の思いを受け継いでいるのかもしれず。下鳥先生の言うように乖離性同一性障害かも知れず、そうなると、統合すべき人格がいるのだけども、いまは美優でいることが自然だ。体だって完全に女子になってしまい、それに順応している。
 そして、頭の片隅にあるのが受売神社の神さまのご託宣。

 ま、末吉なんで、目の前のことをやろう。

 最後は、みんなで『恋するフォーチュンクッキー』を適当なフリでやってお開き。
「すごい、ミユ、カンコピだったわよ!」
 AKBファンのホマが感動した。
「そのままセンターが勤まる!」

 あたしはサッシーか……。

「おれ、凶だった……」
 秋元先生がバツが悪そうに言った。
「凶って、百に一つぐらいしかないんですよ」
 巫女さんが感心していた。

 備えあれば憂いなし、道は開ける……と、むすんであった。

 

 つづく

 

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メタモルフォーゼ・9『受売神社の巫女さん』

2020-05-31 06:21:50 | 小説6

メタモルフォーゼ

9『受売神社の巫女さん』        

 

         


 あたしを、こんなにしたのは優香かと思った……。

 だって、優香が自転車事故で死んだのと、あたしが男子から女子に替わったのはほぼ同じ時間。
『ダウンロード』は優香が演りたがっていた芝居で、優香は、よくYou tubeに出てる他の学校が演ったのを観ていた。
 しかし、それは一人芝居で、あれを演ろうとすれば当時発言権を持っていたヨッコ達をスタッフに回さなければならず、ヨッコ達は、そんなことを飲むようなヤツラじゃない。自分は目立ちたいが、人の裏方に回るのなんかごめんというタイプだ。

 あたしは、訳が分からないまま部活を終えて、気がついたら受売(うずめ)神社の前に来ていた。鳥居を見たら、なんだか神さまと目が合ったような気になり、拝殿に向かった。
 ポケットに手を入れると、こないだお守りを買ったときのお釣りの五十円玉が手に触れた。
「あたしのナゾが分かりますように」
 が、手を合わせると替わってしまった。
「うまくいきますように」
 なぜだろう……そう思っていると、拝殿の中から声がかかった。

「あなた、偉いわね」

 神さま……と思ったら、巫女さんだった。
「あ……」
「ごめん、びっくりさせちゃったわね。売り場と拝殿繋がってるの。で、こっち行くと社務所だから」
「シャムショ?」
「ああ、お家のこと。神主の家族が住んでるの。で、わたしは神主の娘。自分ちがバイト先。便利でしょ」
「ああ、なるほど」
「あなた、AKBでもうけるの?」
「え、いえ……あたし……」
「あ、受売高校の演劇部! でしょ?」
「は、はい。でもどうして?」
「これでも、神に仕える身です……なんちゃってね。サブバッグから台本が覗いてる」
「あ、ホントだ。アハハ」
「でも、偉いわよ。ちゃんとお参りするんだもの。こないだお守りも買っていったでしょ?」
「はい、なんとなく」
 なんとなくの違和感を感じたのか、巫女さんが聞いてきた。
「あなた、ひょっとして、ここの御祭神知らない?」
「あ、受売の神さまってことは、分かってるんですけど……」

 詳しくは知りませんと顔に書いてあったんだろう。巫女さんが笑いながら教えてくれた。

 ここの神さまは天宇受売命(アメノウズメノミコト)という。

 天照大神(アマテラスオオミカミ)が天岩戸にお隠れになって、世の中が真っ暗闇になったとき、天照大神を引き出すために、岩戸の前で踊りまくって、神さまたちを一発でファンにした。
 前田敦子のコンサートみたく熱狂させたアイドルのご先祖みたいな神さま。
 あまりの熱狂ぶりに、天照大神が「なにノリノリになってんのよ!?」と顔を覗かせた。そこを力自慢の天手力男神(アメノタジカラオ)が、力任せに岩戸を開けて無事に世界に光が戻った。
 で、タジカラさんはお相撲の神さまで。ウズメさんが芸事の神さま。今でも芸能人や、芸能界を目指す者にとっては一番の神さまなのだ!

 あたしは、ここで二度も神さま(たぶん)の声を聞いた。と……いうことは、神さまのご託宣?

 訳が分からなくなって、家に帰った。
「美優、犯人分かったらしいわね!」
 ミキネエが聞いてきた。ちなみに我が家は、今度の映像流出事件と、その元になったハーパン落下事件は深刻な問題にはなっていなかった。
「イチゴじゃなくって、ギンガムチェックのパンツにしときゃオシャレだったのに」
 これは、ユミネエのご意見。
「しかし、男子の根性って、どこもいっしょね」
 これは、ホマネエ。
「まあ、これで、好意的に受け入れてもらえたんじゃない?」
 有る面、本質を突いているのは、お母さん。

 もう、あの画像は削除されていたけど、うちの家族はダウンロードして、みんなが保存していた。
「あ、なにもテレビの画面で再生しなくてもいいでしょ!」

 と、うちはお気楽だったけど、この事件は、このままでは終わらなかった。

 つづく

 

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メタモルフォーゼ・8『盗撮の犯人』

2020-05-30 06:15:32 | 小説6

メタモルフォーゼ

8『盗撮の犯人』            

 


 投稿犯は、その日のうちに検挙された。

 隣町のS高校のA少年であった……って、近隣の者は「ああ、あいつか」と分かるぐらいのワルであるが、マスコミがS高のAとしているので、そう表現しておく。
 しかし、これでは読者にはあまりにも不親切なので、第二話であたしが学校から自分の家まで歩いて帰る途中、お尻を撫でていった「怖え女子高生だな……イテテ」のオッサン。あのオッサンの息子と言えば、かなりの「ああ、あいつの……」という理解が得られると思う。

 このAが割り出されたのは、簡単だった。ネットカフェでは帽子とフリースにマスクまでしているが、こんな格好で、長時間街をうろつけば、それだけで不審者だ。そこに目を付けた所轄の刑事は、近所の防犯カメラを総当たりした。
 ネットカフェは、スモークのガラス張りだけども、店に入ってくる影がガラスに映るので、やってきた方向は分かっている。五軒離れたパチンコ屋の前でフリースを着ているところ。三件前のコンビニの前では帽子を、で、こいつはわざわざガラスに顔を写してチェックまでしている。そして、ネットカフェの前の本屋のビデオでは、入店直前にマスクをしているのが確認された。

 バカとしか言いようがない。

 しかし、Aの行為は肖像権の侵害と盗撮映像の流布という民事、せいぜい迷惑防止条例の対象でしかない。
 そう、撮影したのはAではない。Aは誰かから映像を手に入れているのである。
 Aは口を割らなかった。別に男気があってのことではない。

 映像を脅し取ったということがバレるのを恐れたのである。立派な恐喝になるので口を割らないのである。警察は絞り込みに入った。Aの交友関係から受売高校の生徒を割り出せばいいだけの話しだった。

 朝になって、生指に名乗り出てきた。B組の中本という冴えない男子生徒が。

「ぼ、ぼく、脅されたんです。Aに、可愛い子が転校してきたって言ったら、見せろって言われて……で、画像送れって。あんなことに……」
「なるとは思ってなかったなんて、言わせねーぞ、中本!」
 生指部長の大久保先生の一喝は、たまたま廊下……といっても、教室二個分は離れていたあたしたちにも聞こえた。

「B組の中本だ……」
 ホマちゃんが言ったので、四人とも立ち止まってしまった。罵声は続いていた……。
「行こう……」
 あたしは駆け出して、中庭の藤棚の下まで行った。
「ミユ!」
「ミユちゃん!」
 三人が追ってきた。
「大丈夫、ミユ?」

 あたしは混乱して、とても気分が悪かった。なんだかゲロ吐きそう。

 案の定、三限目に生指に呼ばれた。そして中本が謝りたいといっていると告げられた。
「はい」
 混乱していたけど、意識とは別のところが、そう言わせた。
「中本君、あんたに、あそこまでの悪気はないのはないのは分かってる。転校してきたあたしが珍しくって、そいで撮ったのよね。だって、あれは事故だったから」
「う、うん。A組に可愛い子が来たっていうから……」
「誤解しないで、許したわけじゃないから。あそこまでの悪気って言ったのよ……あんたがやったことは卑劣よ。S高のAに画像送ったらなんに使うか、想像はついたでしょ。百歩譲って興味から撮ったとしても、あんな事故みたいな画像なら消去すべきでしょ」
――男だったら、消さないよ――
 進二が囁いた。
「うるさい!!」
 中本は椅子から飛び上がり、大久保先生でさえ、ぎくりとしている。
「ぼ、ぼく、なんにも……」
「あんたが言いうこと目を見たら分かるもん。ハーパンが脱げた後、画面はブレながら顔のアップになったわ。あんたにそれほどのスケベエ根性が無かったのは分かる。でも、どこか歪んでる。S高のAにも、あんたから言ったんでしょ。Aがどういう風に興味を示すか分かっていながら……それって、お追従でしょ? 単なるご機嫌取りでしょ? Aが口を割らなかったのは、あんたのことを脅かしたからでしょ。この事件の、ここだけが恐喝になるもんね。あんたのスマホ見せてよ」
「これは、個人情報……」
「スカしてんじゃないわよ!」

 中本のスマホには、Aのパシリにされていたようなメールが毎日のように入っていたけど、昨日から今朝にかけては一つもない。
「消したのね。そして知ってるんだ、専門家の手に掛かったら、すぐに復元できること。そして、自分はAに脅された被害者になれるって。それ見込んで名乗り出たんでしょ」
「いや、ぼくは……」
「あたし、許さないから。Aもあんたも」
「それって……」
「被害届は取り下げない。せいぜい警察で被害者面して泣きいれなよ。そんなのが通じるほど、あたしも警察も甘くないから。あんたら立派な共同正犯だわよ!」

 それだけ言うと、あたしは生指を飛び出した。共同正犯なんて難しい言葉、どこで覚えたんだろう?

 そのあと、警察が来て、中本と話して任意同行をかけてきた。思った通りの展開。
――そこまでやるか?――
 進二が、また口を出す。
「う・る・さ・い」

 杉村君との稽古は、最初から熱がこもっていた。もう道具さえあれば、明日が本番でもやれる。
『ダウンロード』という芝居は、女のアンドロイドがオーナーから次々にいろんな人格や、能力をダウンロ-ドされ、いろんな仕事をさせられ、最後にオーナーの秘密をダウンロードして、オーナーを破滅させ、アンドロイドが一個の人格として自立していくまでを描いた一人芝居。

 稽古が一段落して思った。

 いまのあたしって、まるでダウンロードした人格だ。

 そこに、やっと仕事が終わった秋元先生が、顔を出した。
「稽古は、順調みたいだな」
「ありがとうございます。おかげさまで」
「ほとんど、今年のコンクールは諦めていたんだ。渡辺が来てくれて助かった。杉村もがんばってるしな」
 先生は、昨日からの事件を知っているはずなのに、ちっとも触れてこない。慰めは、ときに人を傷つけることを知っているんだ。ちょっと見なおす。

「先生、この花でよかったですか?」

 宇賀ちゃん先生が、小ぶりな花束を持ってやってきた。
「お金、足りましたか?」
「はい、これ、お釣りです。渡辺さん、がんばってね!」
「はい!」
 でも、花束は早すぎる……と、思った。
「あ、これはね。この春に転校した生徒が亡くなったって……連絡が入ってね」
「保科先輩ですね……」
「杉村、よく覚えてんな。三日ほどしかいっしょじゃなかったのに」
「あの先輩は、一度会ったら忘れません……いつだったんですか?」
「四日前……下校中に暴走自転車にひっかけられてな……」

 四日前……自転車……あの時か、優香が、優香が……。

 気配に振り返った鏡、一瞬自分の姿に優香が重なって見えた。

 つづく

 

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メタモルフォーゼ・7『彼女の悲劇』

2020-05-29 06:20:21 | 小説6

メタモルフォゼ・7
『彼女の悲劇』       
        

 


 これでいいのか?……心の中で声がした。

 進二の声だ。でも体が動かない。金縛りというやつだろう。

 美優の体になって、まる三日目の夜。なかなか寝付けずにいると、こうなってしまった。
――よくわからない。あたしが、進二の双子のカタワレなのか、受売命(ウズメノミコト)のご意志か、とんでもない突然変異なのか……思い詰めるとパニック……にはならないか。あたしって、なんだか、とても天然なんだ。進二は、いまどこにいるの?――

 応えはなかった。

 乖離性同一性障害だとしたら、あたしがいるうちは、出てこられない。金縛りとは言え、出てくるようなら、まだ完全には乖離(多重人格)しきっていないということだろう。
 なにか、よく分からないけど、こうなったのには意味があるような気がする。それが分かって解決するまでは、これでいいじゃん……で、ようやく眠りに落ちた。

 翌朝学校へ行くと、なんだか、みんなの様子がおかしい。男子も女子も、なんだか「気の毒そう」と「関わりにならないでおこう」という両方の空気。

「ちょっと、ミユちゃん!」

 来たばかりのミキちゃんが、お仲間二人と教室にも入らないで、あたしを呼んでいる。

「おはよう、なあに?」
「ちょっとこっち」
 人気のない階段の上まで連れて行かれた。
「ちょっと、これ見て」
 スマホを動画サイトに合わせて見せてくれた。

「あーーー、ヤダー!」

 そこには『彼女の悲劇』というタイトルで、昨日の体育の授業の終わりにハーパンが脱げたところが、前後一分ほど流れていた。
「これって、セクハラよ!」
「肖像権の侵害!」
「ネット暴力よ!」
 もうアクセスが千件を超えている。さすがの天然ミユの自分も怒りで顔が赤くなる。

 一時間目は生指に呼ばれた。むろん被害者として。

「渡辺、心当たりは?」
 生指部長の久保田先生が聞いた。
「分かりません」
「渡辺さん、これは犯罪だわ。警察に被害届出そう!」
 同席した宇賀先生もキリリと形のいい眉を逆立てた。宇賀先生は怒ってもきれいだと感動する。

「ちょっと、しっかりしなさいよ!」

 見とれてしまって――まだ、進二が残ってる――一瞬安心するけど、こういうキリっとしたところが女子に人気だと思いだして、訳が分からなくなる(^_^;)
「あ……でも、これ撮ったのうちの生徒ですよ。誰だか分かんないけど」
「そんなこといいのよ、毅然と対処しなくっちゃ!」
「は、はい……」
「まずは、画像の削除要請。さっき学校からもしたんだけど、確認のため向こうから電話してもらうことになってる。それに本人からの要請も欲しいそうなんだ」
 まるで、それを待っていたかのように電話があった。先生とあたしが、説明とお願いをして、削除してもらうことになった。そして警察の依頼があれば投稿者を特定し、法的措置がとられることになった。

 あの時間、あのアングルで撮影できるのは、いっしょに体育の授業をやっていた、うちのA組かB組の男子だ。女子より数分早く授業が終わっていたことはみんなが知っている。ポンコツ体育館はドアがきちんと閉まらない。換気のために開けられたままの窓もある。携帯やスマホで簡単に撮れる。

 警察の調べは早かった。

 午後には隣町のネットカフェから投稿されたことが分かり、防犯カメラが調べられた。
 しかし犯人は、帽子とマスクをしてフリースを着ているので特徴が分からない。昼休みには、所轄の刑事さんが防犯ビデオのコピーを持ってきて、生指の先生やウッスン先生といっしょに見ることになった。

 直感で、うちの生徒じゃないと思った。

 こんなイカツイ奴は、うちにも、隣のB組にもいない。
 でも、言うわけにはいかない。あたしは一昨日転校してきたばかりの渡辺美優なんだから。さすがにウッスンも「こういう体格の生徒はうちにはいません。ねえ土居先生」 で、隣の担任も大きく頷いていた。ところが、刑事さんは逆に自信を持ったようだ。
「分かりました、予想はしていました。さっそく手を打ちましょう」
 元気に覆面パトで帰っていった。

 六限は全校集会になった。

 みんな予想していたので、淡々と体育館に集まった。あたしは出なくて良いと言われたけど、どうせあとで注目の的になるのは分かっている。なんせ、削除されるまでにアクセスは三千を超えていた。集会に出ている生徒の半分は、あの動画を見ている。なんせ、最後は顔がアップになっていたのだから。

 顔がアップ……あたしはひっかかった。Hなイタズラ目的ならアップにするところが違う。だいいち、あそこでハーパンが落ちたのは事故だよ。

 なにか見落としている……。

 クラスのみんなは気を遣ってくれた。ミキちゃんたちは、なにくれと他の話題で気をそらそうとしてくれたし、ウッスンまでも「早退するか?」と言ってくれた。

 放課後になると頭が切り替わった。コンクールまで二週間だ。稽古に励まなくっちゃ!

 部室に行くと、一年の杉村が、もう来ていた。

「早いね、杉村君!」
「先輩、見てください。一応必要な衣装と小道具揃えておきました」
「え……どうして?」
「昨日台本をダウンロードしたんです!」
「ハハ『ダウンロード』をダウンロードか。座布団一枚!」
「ハハ、どうもです」
「でも、台本はともかく、衣装と小道具は?」
「オヤジが映画会社に勤めてるんで、部下の人がさっき届けてくれたんです。道具は、一応ラフだけど描いてきました」

 それは、もう素人離れしていた。衣装の下のミセパンやタンクトップまで揃っていた。

 人間いろいろ(^^♪……むかし死んだ祖父ちゃんが歌っていた歌を思い出した。

 つづく

 

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メタモルフォーゼ・6『風は吹いている』

2020-05-28 06:13:39 | 小説6

メタモルフォ
『6 風は吹いている』              

 

 


 ミキちゃん、AKBの試験受けたって、ほんと?

 タコウィンナーをお箸で挟んだとき、口が勝手に動いてしまった。
 おまけに「ミキちゃん」って呼んでる。昼休みのお弁当の時間。一瞬しまったと思う。

「うん、中学のとき受けたんだけど、おっこちゃった」
「なんで、美紀ちゃんだったら、あの秋元康さんだって一発だと思うのに!?」
 あたしの、つっこんだ質問に由美ちゃんも、帆真ちゃんも真剣に耳をそばだてている。ひょっとしたら、タブーな質問だったのかもしれない。
「狙いすぎてるんだって」
「それって?」
「簡単に言うと、カッコヨク見せようとしすぎるんだって。それが平凡で、逆に緊張感につながってるって」
「ふーん……難しいんだね」
 あたしは、正直に感心してタコウィンナーを咀嚼した。俗説の「美人過ぎ」とはニュアンスが違う。
「ミユちゃんの、そういう自然なとこって大事だと思うの」
「あ、仲間さんもミユちゃんて呼んでる」
 ユミちゃんが感想を述べる。
「ほんとだ、あたしたちって、なんてっか、愛称で呼んでも漢字のニュアンスでしょ」
「そ、どうかすると、仲間さんとか勝呂さんとか、よそ行きモードだもんね」
「アイドルの条件、知ってる?」
 あたしは急に思いつかなかった。正直に言えば「あなたたちみたいなの」が出てくる。
「歌って、踊れて……」
「いつでも笑顔でいられて……」
「根性とかもあるかも」
「うん、言えてる」
 二人の意見に、ミキちゃんは、おかしそうに笑ってる。

「ねえ、ミキちゃん、なに?」

「根拠のない自信だって!」

 そう言うと、ミキちゃんは、ご飯だけになった弁当箱にお茶をぶっかけてサラサラと食べた。
「ハハ、二人ともオヤジみたいでおもしろ~い!」
 ホマちゃんが言った。それで自分もお茶漬けしてるのに気がついて、ミキちゃんといっしょに笑ってしまった。

 昼からは体育の授業。朝、業者から受け取った体操服を持って更衣室に行く。

 ここもまあ、賑やかなこと。2/3ぐらいの子は、器用に肌を見せないようにして着替える。残りは、わりに潔く着替えている。それでもハーパンなんかは穿いてからスカートを脱いでいる。
 気がつくと、みんなの視線。パンツとブラだけになって着替えているのは自分だけだと気づいて笑っちゃう。
 まだ進二が残っているのか、美優ってのが天然なのか……でも、女子の着替えのど真ん中にいて冷静なんだから、多分美優が天然なんだろう。

 体育は、男子の憧れ、宇賀ちゃん先生だ。で、課題は……ダンス!?

「渡辺さんは、初めてだから、今日は見てるだけでいいわ。他の人は慣らしにオリジナル一回。いくよ!」
 曲はAKBの『風は吹いている』だった。さすがにミキちゃんはカンコピだった。ユミちゃんもマホちゃんもいけてるけど、全体としてはバラバラだった。あらためてAKBはエライと思った。
「じゃ、班別に別れて、創意工夫!」
 あちこちで、ああでもない、こうでもないと始まった。班は基本的に自由に組んでいるようで、あたしはすんなりミキちゃん組になった。

「あー、どうしてもオリジナルに引っ張られるなあ」
 ミキちゃんがこぼす。

「みんな、表面的なリズムやメロディーに流されないで、この曲のテーマを思い浮かべて。これは震災直後に初めてリリースされたAKBの、なんてのかな……被災した人も、そうでない人も頑張ろうって、際どくてシビアなメッセージがあるの。そこを感じれば、みんな、それぞれの『風は吹いている』ができると思うわ。そこ頭に置いて頑張って!」
「はい!」
 と、返事は良かった。

 練習が再開された。しかし、返事のわりには、あちこちで挫折。メロディーだけが「頑張れ」と流れている。あたしの頭の中にイメージが膨らみ、手足がリズムを取り始めた。
「先生。あたしも入っていいですか?」
「大歓迎、雰囲気に慣れてね!」
「はい!」
 と、言いながら、雰囲気を壊そうと、心の奥で蠢くモノがあった。

 二小節目で風が吹いてきた。

 哀しみと、前のめりのパッションが一度にやってきた。気づくと自分でも歌っていた。
――これ、あたし!?――
 そう感じながら、気持ちが前に行き、表現が、それに追いつき追い越していく。心と表現のフーガになった。

 気づくと、息切れしながら終わっていて、みんなが盛大な拍手をしている。
 みんな、見てくれていたんだ……。
「えらいこっちゃ、渡辺さんが、突然完成品だわ……」
 宇賀ちゃん先生が、ため息ついた。

 賞賛の裏には嫉妬がある。あたしの本能がそう言っていた……。

「じゃ、今日はここまで。六限遅れないように、さっさと着替えるいいね。起立!」
 そこで悲劇がおこった。
 あたしは、放心状態で体育座りしながら、壁に半分体を預けていた。で、その壁には、マイク用のフタがあり、そのフタの端っこがハーパンに引っかかっていた。それに気づかずに起立したので、見事にハーパンが脱げてしまった。
「渡辺さん!」
「え……ウワー!」
 同情と驚き、そしておかしみの入り交じった声が起こり、顔真っ赤にしてハーパンを引き上げるあたしは、ケナゲにも照れ笑いをしていた。で、宇賀ちゃん先生も含めて大爆笑になった。

 放課後は、秋元先生(演劇部顧問の)のところへ直行した。

「先生、一度見て下さい!」
「台詞だけ入っていても、芝居にはならないぞ」
 先生は乗り気じゃなかったけど、あたしの勢いで稽古場の視聴覚室へ付いてきてくれた。一年の杉村も来ている。
 準備室で三十秒で体操服に着替えると、低い舞台の上に上がった。

「小道具も衣装もありませんので、無対象でやります。モーツアルトが流れている心です」

ノラ:もう、これ買い換えた方がいいよ、ロードするときのショック大きすぎる!
 
 最初の台詞が出てくると、あとは自然に役の中に入っていけた。
 先生と杉本が息を呑むのが分かった。演っている自分自身息を呑んでいる。
 これは、やっぱり優香だ。そんな思いも吹き飛んで最後まで行った。
「もう、完成の域だよ。あとは介添えと音響、照明のオペだな」
「それ、ボクがやります!」
 杉村が手を上げて、演劇部の再生が決まった。

 帰りに、受売(うずめ)神社に寄った。
 ドラマチックなことが続いて、正直まいっていたんだ。
「こんなんで、いいんですか、神さま……」
 もう、声は聞こえなかった。
「いまの、こんなんと困難をかけたんですけど……」
 神さまは、笑いも、気配もせず。完全に、あたしに下駄を預けたようだ。

 明くる日、とんでもない試練が待っていることも、受売命(うずめのみこと)は言ってくれなかった。

 

 つづく

 

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メタモルフォーゼ・5『序列がハイソになった』

2020-05-27 06:18:32 | 小説6

メタモルフォゼ・5
『5 序列がハイソになった』              

 

 


 美優って名前は、あんたが女の子だったら付けようと思っていたんだよ。

 昨日、帰りの電車の中で、お母さんがしみじみと言った。
 半分は同様にしみじみとし、半分はいい加減だと感じた。 

 ウチの女姉妹は、上から留美、美麗、麗美。これに美優ときたらまるで尻取りだ。
「一字ずつで、みんなが繋がってるだろ。いつまでも仲の良い姉妹でいてほしくてさ」
「あのう……」
「うん?」
「なんでもない……」
 あたしは(受売神社にお参りしてから、一人称が『あたし』になった)単に呼びやすいからだろうと思った。でも車内にいる受売高校の男子が、こっちを意識しながらヒソヒソ言っているので、視線を除けて俯いてしまった。

 帰りに、当面の衣料とノートを買った。教科書は転校した優香が未使用のまま学校に置いていった奴を、指定されたロッカーに入れてある。体操服はネームが入っているので、業者に発注した。明日は体育が無いので、ノープロブレム。

 家に帰ると、あたしの女性化にいっそうの磨きがかかったので、三人の姉にオモチャにされた。四回ヘアースタイルを変えられ、けっきょくは元のポニーテールがいいということになり、ルミネエとミレネエがメイクしようと言って迫ってきたが、高三のレミネエが、取りあえずリップの塗り方だけでいいということで収まった。
「お母さん、ミユのブラ、サイズ合ってないよ」
 どうやら、あたしはレミネエより発育が良さそうだ。
「ね、今度の休みにさ、四姉妹で買い物にいこうよ」
 お母さんが買ってくれたのは、取りあえずだったので、キチンとしたのを買おうということで、話がついた。
 さっそくネットで検索したりで大さわぎ。
 トドメは、お風呂に入るときのむだ毛処理。いくら姉妹でも屈辱的!

 朝は、自分でブラッシング、キッチンで新品の弁当箱を渡された。食器棚の進二時代の弁当箱が、なんだか抜け殻のように思えた。
 制服は、優香の保科の苗字が、渡辺に変えられていた。

「ええ、ご家庭のご都合で、今日からうちのクラスの仲間になる渡辺美優さんです。みんなよろしくな」

 ウッスンが、紹介してくれて教壇に。みんなの視線を感じる。みんな知った顔なのに発しているオーラがまるで違うので、戸惑う。女子の大半は頭の中で、点数を付け、男子は、女子のランキングを考えている顔だった。
「渡辺美優です。二学期の途中からですけど、よろしくお願いします」
 短い挨拶だったけど、反響は凄かった。この学校に入って、こんなに拍手してもらったことは初めてだ。
 席は、昨日までの進二のそれ。窓側の前から三番目に移された。

 進二の転校がウッスンから簡単に説明されたが、これには誰も反応しない。ちょっと寂しいってか、進二が可愛そうになった……で、進二を客体化している自分にも驚いた。

 進二は、成績は中の上ってとこで、授業はノートをきっちりとる程度。で、試験前にちょこっとやってホドホドの成績。ノートを書いて驚いた。字が完全に女の筆跡で、たいていの女子がそうであるように、字がきれい。教科書の図版を見ていろいろ想像している自分にも驚いた。
 例えば、日本史で元寇を見ていると、鎌倉武士の鎧甲の美しさに目を奪われ、資料集の鎧の威し方の違いをメモったりする。紫裾濃(むらさきすそご)なんてオシャレだなあと思う。ワンピでこの配色なら、相当日本的な女子力が無いと着こなせないと感じる。
 現代国語の宮沢賢治では挿絵の『畑にいます』という賢治のメモを見て、淡々と春の東北の景色を感じてしまう。あたしって空想家なんだなあと感心したりする。

 授業に来る先生のほとんどが、呼名点呼で、あたしの姿に驚くのはサゲサゲだった。職員朝礼で、あたしの「転校」の話は出ているはずなのに、みんなろくに聞いていないんだ。
 トイレは気を付けていたので男子トイレに行くような失敗は無かった。しかし、休み時間の女子トイレが、こんなに騒がしいとは思わなかった。
 でも、クラスで一番美人の仲間美紀にトイレで声を掛けられたのには驚いた。今まで、口をきいたことがない。噂では中学のときAKBの試験を受け「美人過ぎる」ことで落ちたらしい。

「お昼、いっしょに食べよう」

 ということで、昼は仲間美紀を筆頭に町井由美、勝呂帆真の美人三人組といっしょにお弁当を開いた。これで、あたしの女子の序列がハイソになったことを周りの視線と共に意識した。

――二年A組、渡辺美優さん、保健室まで来て下さい――

「失礼します」

 保健室に入ると、三島先生がにこやかに出迎えてくれた。
「保健の記録書書かなきゃならないから、ちょっと計らせて」
 で、上着を脱いだだけで、身長、座高、体重、視力、聴力の測定をした。
「これ、既往症とか、子どものころの疾患、アレルギーとかあったら家で書いてきて。うん、それだけ……あ、困ったことがあったらいつでも来てね」
 三島先生がウィンクした。三島先生は分かってくれている。先生の味方ができたのは嬉しかった。

 放課後は、自然に部室に足が向いた。

 で、部室は閉まっていた。

「あたしって、何してんだろう……」
 そう思いながら、職員室の秋元康先生のところに足が向いた。
「秋元先生、二年A組の渡辺です。演劇部に入りたいんです」
 自分ではない自分が喋った。
「演劇部、昨日で解散したよ」
「え……?」
 と、言ったわりには驚いていない。
「浅間って男子が転校。君と入れ違いの男子、目立たないやつだったけど、クラブの要だったんだな。みんな……一年の杉村って男子は残ってるけど、辞めちまった。一人じゃなあ……」
「あたしが入ったら二人になります。やりたい本があるんです」
 え、なに言ってんだろ!?
「『ダウンロード』って一人芝居があります。これならやれます、もう台詞も入ってますし」

 あたしは、こうして急遽演劇部に入ることになった。

 で、気がついた。『ダウンロード』は優香がやりたがっていた芝居だった……。


 つづく

 

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メタモルフォーゼ・4・一人称が「あたし」になった

2020-05-26 05:57:22 | 小説6

メタモルフォゼ・4
一人称が「あたし」になった      

        


 レミネエが貸してくれたのは、ギンガムチェックのワンピースだ。

「やだよ、こんなシーズン遅れのAKBみたいなの!」
「同じ理由で、進……美優に貸すんだって」
「どうせなら、パンツルックにしてよ。Gパンかなんかさ」
「まあ、先生に診てもらうまでの辛抱。下鳥先生に診てもらったら、案外簡単に治るような気がする。あんたら姉弟を子どもの頃から診てもらっている先生だから」

 確かに下鳥先生は名医だ。オレの髄膜炎も、早期に発見して危ないところを助けてもらった。でも、この突然の変異は治療する以前に、信じてもらえないだろう。

 家を出たところで、向かいのオバサンに掴まってしまった。
「お早うございます、浅間さん、親類の子? 可愛いわねえ」
「ええ、姉の子で美優って言いますの。いえね、進二と国内交換留学で……ええ、最近流行らしいですのよ」
「美優です。よろしくお願いします」
「こちらこそ。そのギンガムチェック似合ってるわね。そうだ、ちょっと待っててね」
 オバサンは家の中に入っていった、入れ違いにマルチーズのケンが出てきて、さかんに尻尾を振る。昨日の朝までは、ボクを見ては吠えていたバカ犬だ。
「まあ。ケンたら、カワイイ子には目がないんだから。これ付けてみて……」

 あっと言う間にポニーテールに、あつらえたようにお揃いのギンガムチェックのシュシュをさせられた。

「由美子が、なんかの景品でもらったんだけど、恥ずかしいからって、そのままになってたの。ウワー似合うわ! で、美優ちゃん。上のお名前は?」
「え、あ……渡辺です」
「渡辺美優、まるでAKBみたいね!」

「うちの姉ちゃん渡部だわよ」
「でも、名前が美優で、とっさに苗字聞かれたら渡辺になっちゃうよ」
「あんた、足が外股……」
 で、下鳥医院に着いた。

 さすがに下鳥先生で、最初こそ、ビックリされたものの直ぐに理解してくれた。

「血液型もいっしょだし、何より手相がいっしょだもんね」
 ルミネエが手相に詳しくなったのは、この先生のせい。先生は「手相を見て上げる」と言っては注射をする。だから、ボクの手相の記録も持っている。
「奥さん、進二君を孕んだときに、遺伝子検査表持ってきたでしょう、二回も」
「ええ、高齢出産だったもんで、心配で二カ所の産婦人科で……それが?」
「今だから言うけど、最初の性染色体は♀だたのよ。それが二度目は♂だった」
「え……!?」
「推測だけど、進二君は二卵性の双子だった。それが、発育のごく初期に♀の方が♂に取り込まれ、それが、何かの刺激で♀の因子が急に現れた」
「そんなことって、あるんですか?」
「双子じゃないけど、そういう両性の因子を持って生まれてくる子は時々いるの。でも、体の変化は、こんなに早くはないわ。ま、きわめて、きわめて希な解離性同一性障害……」
「なんですか、それ?」
 フライングして、ボクが聞いた。
「多重人格。しんちゃんの場合は、体の変化が先に起こって、心が後に現れるのかも……医学的には、そうとしか理論づけられない」
「先生、それで診断書書いてください!」
 お母さんが叫んだ……。


「……というわけなんです先生」

 先生と言っても、下鳥先生ではない。我が担任のウッスンこと臼居先生である。で、ここは校長室。従ってウッスンの隣りにはバーコードの校長先生が座っている。

 ボクは、ここで一つ学習した。大人は書類に弱い。下鳥先生の「疑解離性同一性障害」の診断書はテキメンだった。目の前の怪異を書類一枚で簡単に信じた。

「生徒には、転校生と説明しましょう。元に戻れば、元々の浅間進二君が帰ってきたことにして。それで行きましょう」
「運営委員会にかけなくていいですか?」
「教務部長と保健室の三島先生にだけは事情説明しておきましょう」
「しかし、長引くと……」
「わたしが責任をとります。生徒の利益が第一です。伏線をはります。今から校内を見学してください。臼居先生、付き添いよろしく」
「はい、では、こちらに」
「臼居先生」
「は?」
 校長先生は、ズボンを揺すり上げる仕草をした。ウッスンは腹が出ているので、すぐに腰パンになる。

 校長室前の姿見を見て驚いた。ボクの、美優の人相が微妙に違う……。

「お母さん、顔が変わってきた……」
「……目尻や口元が……気にしない、なんとかなるよ先は!」
 お母さんが、思い切り背中をどやした。お母さんの不安と頑張れという気持ちがいっぺんに伝わった。
 勝手知ったる学校を、物珍しく歩くのには苦労した。で、生徒のみんながジロジロ見て行くのには閉口した。途中で「やってらんねえ!」という顔のヨッコに出会った。ボクがいないので部活も苦しいんだろう。
 五メートルほどで目が合った。びっくりした顔をしている。

「マジ、カワイイ……」

 昨日自分が引き回した進二だとは分かっていないようだ。でも、この姿形カワイイのか?
「もう、このへんでけっこうです」
 みんなの視線が痛くて、もう耐えられなくなった。ウッスンはクソ正直に学校の隅から隅まで連れて行くつもりだ。もういい!

 学校からの帰り受売(うずめ)神社が目に入った。夕べ転んだ時に聞いた声を思い出した。
「お母さん、お参りしていこう」

 不思議なんだけど「元に戻して」じゃなくて「無事にいきますように」と祈っていた。
「まあ、頑張りい~な」
 そんな声が頭の中で聞こえた。お母さんに聞こえた気配がないので、何も言わなかった。
「あたし、お守り買ってくる」

 お守りを買って、一人称が「あたし」になっていることに驚いた……。

 つづく 

 

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メタモルフォーゼ・3・呑み込みは早いんだけど……

2020-05-25 06:17:00 | 小説6

メタモルフォゼ・
呑み込みは早いんだけど……            

 

 

 留美アネキが会社帰りの姿で近寄ってきた……。

「オ、オレだよ、進二だよ……!」

 押し殺した小さな声でルミネエに言った。

「え、なんの冗談……?」
 少し間があってルミネエがドッキリカメラに引っかけられたような顔で言った。オレはここに至った事情を説明した。
「……だから、なんかの冗談なのよね?」
「冗談なんかじゃないよ。ここまで帰ってくるのに、どれだけ苦労したか!?」
「ねえ、進二は? あなた進二のなんなの?」

 オレは疲れも吹っ飛んで怖くなってきた。実の姉にも信じてもらえないなんて。

「だから、オレ、進二! ルミネエこそ、オレをからかってない? どこからどう見ても女装だろ?」
「ううん、どこからどう見ても……」
「もう、上着脱ぐから、よく見ろよ、これが女の……」
 体だった……ブラウスだけになると、自分の胸に二つの膨らみがあることに気づいた!

 小五までいっしょに風呂に入っていたことや、ルミネエが六年生になったときデベソの手術をしたこと、そして趣味でよく手相を見てもらっていたので、門灯の下で手相を見せ、ようやく信じてもらった。

「進二、下の方は?」
「え、舌?」
「バカ、オチンチンだよ!」
 ボクはハッとして、自分のを確認した。
「この状況に怯えて萎縮してる」
 すると、やわらルミネエの手がのびてきて、あそこをユビパッチンされた。小さい頃、男の子は、今は就職して家を出てる進一アニキしかいなかったので、油断していると三人の姉に、よくこのユビパッチンをされて悶絶した。それが……痛くない。

「よく見れば、進二の面影ある……」

 お母さんが、しみじみ眺め、やっと一言言った。ミレネエとレミネエは、ポカンとしたまま。

 この真剣な状況で、オレのお腹が鳴った。

「ま、難しいことは、ご飯たべてからにしよう!」
 お母さんが宣言して、晩ご飯になった。お母さんには、こういうところがある。困ったら、取りあえず腹ごしらえ、それから、やれることを決めようって、それでうちは回ってきた。

 女が強い家なんだ。

「進二、学校から歩いて帰ってきたから、汗かいてるだろ。ちょっと臭うよ」
「ほんと? う、女臭え……!」
 我ながらオゾケが走った。この汗の半分は冷や汗だ。
「進二、食べたら、すぐにお風呂入ってきな。それからゆっくり相談しよう」
「お風呂、お姉ちゃんがいっしょに入ってあげるから」
「え、やだよ!」
「あんた、髪の洗い方も分かんないでしょ」
「わ、分かってるよ。昔いっしょに入ってたから」
「子どもとは、違うんだから。お姉ちゃんの言うこと聞きなさい!」
 矛盾することを言っていると思ったが、入ってみて分かった。女の風呂って大変。
「バカね、髪まとめないで湯船に入ったりして!」
 ルミネエが短パンにタンクトップで風呂に入ってきた。後ろでミレネエとレミネエの気配。
「バカ、覗くなよ!」
「着替え、置いとくからね」
「下着は、麗美のおニューだから」
「え、あたしの!?」
「だって……」
 モメながらミレネエとレミネエの気配が消えた。お母さんの叱る声もする。

「進二……完全に女の子になっちゃったんだね」

 シャンプー教えてくれながら、ルミネエがため息混じりに言った。オレは、慌てて膝を閉じた。

「明日は、取りあえず学校休もう。で、お医者さんに行く!」
 風呂から上がると、お母さんが宣告した。
 寝る前が一騒動だった。ご近所の人との対応は? お父さん進一兄ちゃんへ報告は? 急に男に戻ったときはどうするか? 症状が続くようならどうするか? などなど……。
「もう寝るから。テキトーに決めといて」
 眠いのと、末っ子の依頼心の強さで、下駄を預けることにした。

 朝起きると、みんな朝の支度でてんてこ舞い。まあ、いつものことだけど。

「なによ美優、その頭は?」
「美優?」
「ここ当分の、あんたの名前。じゃ、行ってきまーす!」
 レミネエが、真っ先に家を飛び出す。0時間目がある進学校の三年生。
「あたし二講時目からだから、少し手伝う。髪……よりトイレ先だな、行っといで」
 トイレで、パジャマの前を探って再認識。オレは男じゃないんだ。
 歯を磨いて、歯並びがオレのまんまなので少し嬉しい。で、笑うとカワイイ……こともなく、歯磨きの泡を口に付けた大爆発頭「まぬけ」という言葉が一番しっくりくる。

「じゃ、がんばるんだよ美優!」
「え、なにがんばるのさ?」
「とにかく前向いて、希望を持って。じゃ、いってきまーす!」
 ルミネエが出かけた。

「ちょっと痛いよ」
 朝ご飯食べながら、ミレネエにブラッシングされる。
「こりゃ、一回トリートメントしたほうがいいね」
「……ということで、休ませますので」
 お袋が受話器を置く。

 オレはどうやら風をこじらせて休むことになったようだ。

「ああ、眠いのに、なんだかドキドキしてきた」
「その割に、よく食べるね」
「それって、アレのまえじゃない?」
「え……?」
「ちょっとむくみもきてんじゃない?」
 そりゃ、体が変わったんだから……ぐらいに思っていた。
「あんた、前はいつだった?」
「おかあさん、この子昨日女子になったばかりよ」
「でも、念のために……」

 お母さんと、ミレネエが襲ってきた。で、ここでは言えないような目にあった(^_^;)。

 ただ、女って面倒で大変だと身にしみた朝ではあった。

 

 つづく 

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メタモルフォーゼ・2・歩いて帰る!

2020-05-24 06:21:44 | 小説6

メタモルフォ

・歩いて帰る!             

    

 幸い秋の日はつるべ落とし。駅までは気にせずに歩けた。

 

 でも、駅の明るい照明が見えてくると足がすくんだ。女装の男子高校生なんて、へたすれば変態扱いで通報されるかもしれない。
 それよりも、このラッシュ時、満員のエスカレーター、ホーム、車両。ただでも人間関係を超えた距離で人が接する。絶対バレる!

 家の最寄り駅まで三駅。歩けば一時間近くかかる……。

 でも、オレは歩くことにした。

 近くに、このあたりの地名の元になった受売(うずめ)神社がある。その境内を通れば百メートルほど近道になる。鳥居を潜って拝殿の脇を通れば人目にもつかない。

 あ……!

 石畳の僅かな段差に躓いて転倒してしまった。
「気いつけや……」
「すみません」
 とっさの事に返事したが、まわりに人の気配は無く、常夜灯だけが細々と点いていた。幻聴だったのか……こういうことには気の弱いオレは真っ直ぐ神社を駆け抜けた。

 神社を抜けると、このあたりの旧集落。そして団地を抜けると人通りの多い隣り駅に続く。カーブミラーや店のショ-ウィンドウに映る自分をチラ見して、なるべく女子高生に見えるようにして歩いた。
 演劇部なので、基礎練習で歩き方の練習がある。その中に女の歩き方というのがある。
 全ての女性に当てはまるわけではないけど、一般に一本の線を踏むように歩く。足先は少し開くぐらいで、歩幅が広いほどハツラツとして明るい女性に見える。思わず春の講習会のワークショップを思い出し、それをやってみる。スピードは速いけど人目に付く。
 かといって、縮こまって歩くと逆の意味で目立ってしまう。

 役の典型化という言葉が頭に浮かぶ。その役に最も相応しい身のこなしや、歩き方、しゃべり方等を言う。今は一人で歩いているので、歩き方だけに気を付ける。過不足のない歩幅、つま先の角度。胸は少しだけ張って、五十メートルほど先を見て歩く。一駅過ぎたあたりで、なんとなく感じが掴めた。二駅目では、そう意識しないでも女らしく歩いている自分をおかしく感じる。
 
 スカートの中で内股が擦れ合う感覚というのは発見だった。

 女というのは、こんなふうに、いつも自分を感じながらってか、意識しながら生きてるんだ。

 クラブの女子や、三人の姉の基本的に自己中な生き方が少し理解出来たような気がした。

 ヒヤーーー!

 思わず裏声で悲鳴が出た。
 通りすがりの自転車のオッサンが、お尻を撫でていった。無性に腹が立って追いかける。
 オッサンは、まさか中身が男子で、追いかけてくるとは思わなかったんだろう。急にスピードを上げ始めた。
「待てえええええええ!」
 裏返った声のまま叫んだ。オッサンはハンドルがふらついて転倒した。
「ざまー見ろ!」
「怖え女子高生だな……イテテ」
 オッサンは少し怪我をしたようだけど、自業自得。気味が良かった。ヨッコや姉ちゃんたちの嗜虐性が分かったような気がした。

 やっと三つ目の最寄りの駅が見えてきた。尻撫でのオッサンを凹ましたことと、ウォーキングハイで、なんだか気持ちが高揚してきた。

 最寄りの駅は、準急が止まるのでそれなりの駅前の規模がある。人や車の行き来も頻繁。ここはサッサと行ってしまわなくっちゃ。そう思って駅に近づくと、中央分離帯で大きな荷物を持ってへばっているオバアチャンが目についた。信号が変わって、荷物を持とうとするんだけど、気力体力ともに尽きたのか動くのを諦めてしまった。こんな町でも小都会、この程度のお年寄りの不幸には見向きもしない……って、普段の自分もそうかもしれないが、駅前全体が見えている自分には、オバアチャンの不幸が際だって見えてしまう。

「オバアチャン、向こうに渡るのよね?」
「え、ああ、そうなんだけど……」
 
 しまった、オバアチャンが至近距離で自分のことを見てる……ええい、乗りかかった船。オバアチャンの荷物を持って手を引いた。
「どうもありがとう。タクシーが反対方向なもんでね」
「あ、そうなんだ」
 タクシーはすぐに来た。で、タクシーに乗りながらオバアチャンが言った。
「ありがとねえ、あんたならAKBのセンターが勤まるわよ!」

 AKBのセンター……矢作萌夏か!?

 まあ、オバアチャン一人バレても仕方ない。感謝もしてくれたんだし。
 そして、早くも身に付いた女子高生歩きで我が家に向かった。

 で、我が家の玄関。

 せめてウィッグぐらいは取らなきゃな。カチューシャ外してウィッグを掴むと……痛い。まるで地毛だ。

「……進二の学校の子?」

 上の留美アネキが会社帰りの姿で近寄ってきた……。

 

 つづく 



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メタモルフォーゼ 1・『負けたら女装』 

2020-05-23 06:25:56 | 小説6

メタモルフォ

1・『けたら装』          

 

 


 ここまでやるとは思わなかった!

 ツルツルに剃られた足がヒリヒリする。なけなしの産毛のようなヒゲまで剃られた。
 なによりも、内股が擦れ合う違和感には閉口した。

 なんというかクラブのディベートに負けてオレは女装させられている。

 ワケはこうだ。コンクールを目前にして、わが受売(うずめ)高校演劇部の台本が決まらない。そんな土壇場に、やっと顧問の秋元先生が書き上げた本にオレはケチを付けてしまったのだ。

 他の部員は、先生の本がいい(本当のところは、なんでもいいから、とにかく間に合わせたい)ので、反対はオレ一人だった。
 
 オレが反対したのは、作品がウケネライだからだ。これが喜劇のウケネライなら、多少凹んだ本でも反対しない。

 でも、タイトルも決まっていない秋元先生の本をざっくり読んで、このウケネライはダメだろうと思った。

 震災で疎開した冴子。冴子は必死で津波に抗っているうちに妹の手を離してしまう。妹はそのまま流されてしまった。それが、冴子のトラウマになり、疎開先で妹の姿を見るようになる。むろん幻だ。
 妹の幻が無言で現れはじめてから、ある男の子と仲良くなって、疎開先で少ない友だちの一人になる。やがて、その子にも妹の姿が見えていることが分かる。
「実は、ぼくは幽霊なんだ。交通事故で死んだんだ。冴子ちゃんに見えているのが幽霊か幻か、ぼくには分からない。でも、これは言える。冴子ちゃんが妹を殺したんじゃない。震災も交通事故も事故死ということでは、ぼくも冴子ちゃんの妹も変わらない。だから、そんなに気に病むことはないよ」
 そう言うと、男の子と妹はニコニコしながら、消えていく……ファンタスティックな大団円。

 オレが反対したのは、交通事故と、あの震災で死んだのは……うまく言えないけど。違うと思ったからだ。
 秋元先生の本は、最初に和解によるカタルシスがあって、そのための材料としてしか震災を捉えていない。だから読み終わって後味が悪かった、これが反対の理由。

 カタルシスを得んがためのウケネライはダメだろうと思った。そのために震災をもってくるのはもっと悪い。

 また、変な験担ぎかもしれないけど、秋元先生はフルネームで秋元康という。そうAKBのドンと同姓同名。で、去年も先生の本で県大会までいった。「作:秋元康」のアナウンスではどよめきが起こったぐらい。
「まあ、みんなで話し合えよ」
 先生は、そう言って職員室に戻ってしまった。
 で、ディベートみたくなって、「負けたら女装して、女子の場合は男装して、校内一周!」と言うことになった。
 で、6:2で負けてしまった。
 勝ったのは全員女子。もう一人の杉村という男子はガタイがデカく、用意した女子の制服が入らない。それに一年生なのでおとなしくオレが引き受けることになった。

 オレにはこういうところがある。いちおう自己主張はしてみるものの、もうダメだと思うと、焼けたフライパンに載せた氷のように自分を失ってしまう。五人姉弟の末っ子で、十二も年上で早くから家を出た兄の進一を除いて上三人が姉という環境のせいかもしれない。
「ひとのせいにしないでくれるう!」
 姉たちに言われては引っ込んでしまう平和主義のせいかも。

 で……こういうとき、女子というのは残酷なもので、目に付くむだ毛は全部剃られてしまった。髪もセミロングのウィッグ。カチュ-シャまでされて、もう、どうにでもしてくれという気持ち。

「あ、これって優香のじゃん……」
「当たり前じゃん。自分のって貸せないわよ」
 ヨッコが言うと、杉村以外、みんなが頷く。

 上着を着せられるとき、身ごろ裏の名前で分かった。優香は、この春に大阪に転校。制服一式をクラブに蝉の抜け殻のように置いていった。身長は同じくらいだったけど、こんなに適うとは思わなかった。
「あたしが後ろから付いていく。ちゃんと校内回ってるの確認」

「「「「トーゼン!」」」」

 女子の声が揃った。

 部室を出て、いったんグラウンドに出て、練習まっさかりの運動部員の目に晒される。

「そこのベンチに座って」
 意地悪くヨッコが言う。チラチラ集まる視線。自分でも顔が赤くなるのが分かる。
「次ぎ、中庭」
 あそこは、ブラバンなんかが至近距離で練習している。正直勘弁して欲しかった。
 でも、中庭のブラバンは秋の大会のために、懸命なパート練習の最中で、女装のオレに気づく者はいなかった。同級の鈴木がテナーサックスを吹きながらスゥィングしていた。

「後ろ通る」

 ヨッコは容赦がない。
 鈴木の後ろは桜の木があって、隙間は四十センチも無かった。

 あに図らんや、やっぱ、鈴木の背中に当たってしまった。
「ごめんなさい!」
 頭のテッペンから声が出た。
 鈴木は怒った顔でこちらをみて、そして……呆然とした。後ろで、ヨッコが笑いをかみ殺している。
「次ぎ、食堂行ってみそ……」
「え……」

 こんなに食べにくいとは思わなかった。

 髪がどうしても前に落ちてくる。ソバを音立てて食べるのもはばかられた。ここでも帰宅部やバイトまでの時間調整に利用している生徒が多く、視線を感じる。中にははっきりこっちを見てささやきあっている女生徒のグループもいる。
「カオルちゃん、食べにくそうね」
 ヨッコがニタニタ笑いながら、前髪を後ろでまとめてくれる。これは断じて親切ではない。完全なオチョクリである!
「次ぎ、職員室」
「ゲ!」
 どうやらヨッコは、仲間とスマホで連絡を取り合い、仲間は分からないところから観賞して、指示を出しているようだ。

 職員室の前には芳美が待っていた。

「部室閉めたから鍵返してくれる。荷物とかは、あの角で他の子が持ってるから」
「さあ、行って」
 ヨッコが親指で職員室のドアを指す。芳美がノックして作り声で言う。
「演劇部、終わりました。鍵を返しにきました」
 部室の鍵かけは教頭先生の横にある。なるべく顔を伏せていくんだけど、ここでも惜しみない視線を感じる。
 なんとか終わって「失礼しました」と、囁くような声で言う。で、ドアを開けると、なんと顧問の秋元先生。
「うん……?」
 万事休す。ヨッコたちはカバンとサブバッグだけ置いて影も形もない。
 秋元先生は、幸いそれだけで職員室に入った。
 
 もうトイレで着替えるしかない。

 男子トイレに入ろうとすると、まさに用を足している三年生と目が合う。きまりが悪くなって、今は使っていない購買部の横に行く。
 そこで気がついた。カバンまで優香のと替えられていた。

 そして、あろうことか、オレの制服が無かった……!?

 つづく

 

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乙女と栞と小姫山・53『風立ちぬ・いざ生きめやも』 

2020-05-22 06:25:14 | 小説6

乙女小姫山・53
『風立ちぬ・いざ生きめやも』    

 

 

 

 男は暗い決心をした……こいつのせいだ。

 そして、これは千載一遇のチャンスだ。

「ほんとうにありがとう。新曲発売になったら、よろしくね!」
 そう言って、栞たちメンバーはバスに乗り込もうとした。
「すみません。せっかくだから記念写真撮ってもらっていいですか!?」

 ハーーーーイ!

 元気のいい声がいっせいにした。ここまでは織り込み済みである。いわばカーテンコール。

 まずは、メンバーと生徒たちがグランドに集まって集合写真。それからは気に入ったメンバーと生徒たちで写真の撮りっこ。
「どうも、ありがとう。がんばってくださいね!」
 そんな言葉を五度ほど聞いて、わずかの間栞は一人になった。
「ごめん、鈴木君」
 めずらしく苗字で呼ばれて、笑顔で栞は振り返った。

 その直後、栞は、顔と、思わず庇った右手に激痛を感じた。
「キャー!!」
 痛さのあまり、栞は地面を転がり回った。左目は見えない。やっと庇った右目には、自分のコスから白煙が上がり、右手が焼けただれているのが分かった。そして、白衣にビーカーを持って笑っている、その男の姿が。
「バケツの水!」
 スタッフで一番機敏な金子さんが叫び、三人ほどに頭から水をかけられた。その間に、他のスタッフが、ホースで水をかけ続けてくれた。
「その男捕まえて! 救急車呼んで、警察も! これは硫酸だ、とにかく水をかけ続けろ!」
 金子さんは、そう言いながら自分もホースの水に打たれながら、コスを脱がせてくれた。
「栞、右の目みえるか!?」
「……はい」
 そう返事して栞は気を失った。

 気がつくと、時間が止まっていた……走り回るスタッフ、パニックになるメンバーや生徒たち。
 救急車が来たようで、救急隊員の人が、開き掛かけたドアから半身を覗かせている。
 パトカーの到着が一瞬早かったようで、白衣の男は警官によって拘束されていた。

 その男は……旧担任の中谷だった。

 噂では、教育センターでの研修が終わり、某校で、指導教官がついて現場での研修に入っていると聞いていた。それが、まさか、この口縄坂高校だったとは。

 中谷は、憎しみの目で栞を見ていた。栞は、思わず顔を背けた。本当は逃げ出したかったんだけど、金子さんが、硫酸のついたコスを引きちぎっているところで、それが、カチカチになっていて身を動かすこともできない。時間が止まるって、こういうことなんだと、妙に納得しかけたとき、フッと体が自由になった。
「イテ!」
 勢いでズッコケた栞はオデコを地面に打ちつけた。

「ごめんなさい先輩……」

 数メートル先に、さくやがションボリと立っていた。
「さくや、喋れるの……って、さくやだけ、どうして動いているの?」

「時間を止めたのは、わたしなんです」
「え……」
「もう少し早く気づいていたら、こうなる前に止められたんですけど。マヌケですみません」
「さくや……」

 そのとき、ピンクのワンピースを着た女の人が近づいてきた。

「あ、さくやのお姉さん……」
「ごめんなさいね、栞さん。とりあえず、そのヤケドと服をなんとかしましょう」

 お姉さんが、弧を描くように手を回すと、ヤケドも服ももとに戻った。

「これは……」
「わたしは、学校の近くの神社。そこの主、石長比売(イワナガヒメ)です。この子は妹の木花咲耶姫(コノハナノサクヤヒメ)です。この春に乙女先生が、お参りにこられ、その願いが本物であることに感動したんです。そして、わたしは希望を、サクヤは憧れをもち、人間として小姫山高校に入ったんです」
「先輩や、乙女先生のおかげで、とても楽しい高校生活が送れました。本当にありがとう」
 さくやの目から涙がこぼれた。
「時間を止めるなんて、荒技をやったので、もうサクヤは人間ではいられません。小姫山ももう少し見届けたかったんですけど、もう大丈夫。校長先生や乙女先生がいます。学校はシステムじゃない、人です。だから、もう大丈夫……じゃ、少し時間を巻き戻して、わたしたちはこれで」

 お姉さんとさくやが寄り添った。そして時間が巻き戻された。

「ウ、ウワー! アチチチ!」

 オッサンの叫び声がした。

 ビーカーの破片が散らばり白い煙と刺激臭がした。どうやら白衣のオッサンが、硫酸かなにかの劇薬をビーカーに入れて、転んだようである。幸い薬液が飛び散った方には人がいなく、コンクリートを焼いて、飛沫を浴びた中谷が顔や手に少しヤケドを負ったようで、大急ぎで水道に走っていった。
「おーい、MNBはバスに乗って!」
 金子さんに促され、メンバーは別れを惜しみながらバスに乗った。
「だれか、残ってませんか……?」
 栞は思わず声に出した。
「みんな、隣近所抜けてるのいないか?」
 そう言って、金子さんは二号車も確認に行った。
「OK、みんな揃ってる!」
 バスは、口縄坂高校のみんなに見送られて校門を出た。

 栞は、横に座っている七菜に軽い違和感を感じた。同じユニットの仲間なんだから、そこに居たのが七菜でおかしくはない。
「七菜さん、来るときもこの席でしたっけ?」
「え、たぶん……どうかした?」
「ううん、なんでも……」

 その日から、MNBのメンバーからも、希望ヶ丘高校の生徒名簿からも一人の名前が消えた。そして、その違和感は、栞の心に微かに残っただけで、それも、いつしかおぼろになっていく。

「風たちぬ……か、そろそろ夏かな」

 そう呟いて坂道を曲がった。

 校門の前には登校指導の乙女先生が叩き売りのように「おはよう!」を連呼している。

 小姫山の、いつもの朝が始まる……。


 乙女と栞と小姫山 第一部 完

 

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乙女と栞と小姫山・52『風立ちぬ』

2020-05-21 05:49:57 | 小説6

 乙女小姫山・52
 『風立ちぬ』     

          


 紫陽花が人知れず盛りを終えたころ、夏がやってきた。

 あれだけ冷温が続いた春は、いつのまにか蝉の声かまびすしい夏になってきた。さくやはMNBではパッとしなかったが、それでも選抜のバックコーラスやバックダンサーをさせてもらえるようになり、楽屋では自称「パシリのさくや」とニコニコと雑用をこなし、メンバーからはかわいがられていた。

「ジャーン、この中に、当たりが一本は必ずあります!」

 スタッフの分を含め四十個のアイスを保冷剤をいっぱい入れてもらって、さくやが買ってきた。むろん制服姿で、宣伝を兼ねている。こういうパシリでは、制服でMNBということが分かり、ファンの人たちから声を掛けてもらえるので、さくや本人はいたって気に入っていた。

「あ、わたし、当たり!」
 
 七菜が嬉しそうに手を挙げた。
「ラッキーですね、すぐに当たりのもらってきます!」
「いいよ、さくや、これは縁起物だからとっとく」
「そうですか、それもいいですね。じゃ、サインしときゃいいんじゃないですか。七菜さんのモノだって」
「ハハ、まさか、取るやつなんかいないでしょう」
 聖子が、アゲアゲのMNBを代表するかのように明るく言った。
「いいえ、神さまって気まぐれだから、運がどこか他の人にいっちゃうかも。栞さんとか」
 近頃、ようやく栞に「先輩」を付けなくなった。言葉も全国区を目指して標準語でも喋れれるようにがんばっている。大阪弁は、その気になればいくらでも切り替えられる。今までずっと、それで通していたんだから。

 昼からは、バラエティーのコーナーである「学校ドッキリ訪問」のロケに府立口縄坂高校にバスを二台連ねて行くことになっていた。
 口縄坂高校は、府の学校改革のフラッグ校と言われ、近年その実績をあげている。そのご褒美と学校、そして府の文教政策の成果を全国ネットで知らせようと、府知事がプロディユーサーの杉本と相談して決めたことである。一部の管理職以外は、午後からは全校集会としか伝えられていなかった。

 そこへ、中継車こみで三台のMNB丸出しのバスやバンがやってきたのだから、生徒たちは大騒ぎである。
「キャー、聖子ちゃ~ん!」
「ラッキーセブンの七菜!」
「スリーギャップス最高!」
 などと、嬌声があがった。
 とりあえず、メンバーは楽屋の会議室に集合。生徒たちは、いったん教室に入った。研究生を入れた総勢八十人のメンバーは、三人~四人のグループに分かれ、各教室を回った。カメラやスタッフは、三チームで各学年を回った。

「わたし、小姫山高校なんで、こんな偏差値が十も上の学校に来るとびびっちゃいます!」
 教壇で栞が、そう切り出すと、生徒たちからは明るい笑い声が返ってきた。その中に微妙な優越感が混じっていることを、栞もさくやも感じていた。
「MNBで、オシメンてだれですか?」
「しおり!」
 如才ない答が返ってくる。あとは適当なクイズなんかして遊んだ。クイズといっても勉強の内容とは関係ないもので、当たり前の答はすぐに出てくる。
「これ、なんて読みますか?」
「離れ道!」
「七十九点!」
 栞は、わざと評定五に一点だけ届かない点数を言ってやった。案の定その子は、かすかにプライドが傷ついた顔をした。
「MNBじゃ、なんて読む、さくや?」
「はい、アイドルへの道で~す。首、つまりセンターとか選抜への道は、遠く険しいってわけです」
「この、しんにゅうのチョボは、私たち一人一人です。その下は、それまで歩んできた道を現しています。だから、このチョボは、今まさに首=トップにチャレンジしようとしているんです。そうやって見ると、この字は、なんだか緊張感がありますよね。わたしたちはアイドルの頂点を。あなたたちはエリートの頂点を目指してがんばりましょう!」

 教室は満場の拍手。栞は笑顔の裏で、少し悲しいプライドのオノノキのように聞こえた。

 それから、講堂に全生徒が集まって、ミニコンサートになった。この口縄坂高校は、プレゼンテーションの設備が整っていて、講堂は完全冷暖房。照明や音響の道具も一揃いは調っていた。まあ、これが学校訪問が、こんなカタチで実現した条件でもあるんだけれど。

「それでは、来校記念に、新曲の紹介をさせていただきます。『風立ちぬ』聞いて下さい」


 《風立ちぬ》作詞:杉本寛   作曲:室谷雄二

 走り出すバス追いかけて 僕はつまずいた

 街の道路に慣れた僕は デコボコ田舎の道に足を取られ 気が付いたんだ

 僕が慣れたのは 都会の生活 平らな舗装道路

 君を笑顔にしたくって やってきたのに 

 君はムリに笑ってくれた その笑顔もどかしい

 でも このつまずきで 君は初めて笑った 心から楽しそうに

 次のバスは三十分後 やっと自然に話せそう 君の笑顔がきれいに咲いた

 風立ちぬ 今は秋 夏のように力まなくても通い合うんだ 君との笑顔

 風立ちぬ 今は秋 気づくと畑は一面の実り そうだ ここまで重ねてきたんだから

 それから バスは 三十分しても来なかった 一時間が過ぎて気が付いた

 三十分は 君が悪戯に いいや 僕に時間を 秋の想いをを思い出させるため書いた時間

 風立ちぬ 今は秋 風立ちぬ 今は秋 ほんとうの時間とりもどしたよ

 素直に言うのは僕の方 素直に笑うのは僕の方 秋風に吹かれて 素直になろう

 ああ 風立ちぬ ああ ああ ああ 風立ちぬ


 スタンディングオベーションになった。
 構えすぎていたのは自分だったかも知れないと思った。
 みんなが笑顔になった。栞もさくやも、自然に笑顔になれた、

 その時までは……。

 

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