大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

せやさかい・155『ギョウザパーティー・2』

2020-06-30 12:52:26 | ノベル

せやさかい・155

『ギョウザパーティー・2』頼子        

 

 

 その時起こったことをきちんと書く文才が、わたしには無い。

 

 その時、如来寺のリビングに居合わせた人たちの一挙手一投足や息遣いまで描写しなければ、このギョウザパーティーの中で起こった奇跡を言い表すことはできないと思う。

 だから、ちょっと散文的。

 海の上に現れた氷山を見て、海の下の姿形を感じて欲しいというくらい無責任なんだけど、その時、そこに感動があったということが伝わればと、キ-ボードを叩きます。

 

 勲子さんは真珠湾攻撃が起こった一週間後に、お父さんの仕事の都合で奉天から大阪に戻ってきた。

 日本に戻るのなら、高等小学校まで過ごした東京が良かったのだけれど、お父さんの仕事の都合とあれば仕方がない。

 女学校の三年で挺身隊に取られて、淀川沿いの軍需工場で働くことになった。

 お父さんが砲兵工廠の技師であったため、勲子さんも電気の知識や工作機械の操作には慣れていたので、一週間後には精密部品の製造工場に回された。当時の軍隊は熟練工が不足していたので、頼子さんの知識と技術は重宝された。

 そこに前後して配置されたのがソフィアというドイツ人の女学生だった。

 ソフィアのお父さんはお医者さんで、娘のソフィアを連れて来日、しばらくしてお父さんは日本人のお母さんと再婚し、大阪の大学病院に勤めていたらしいの。

 お父さんはソフィアに日本国籍をとらせた。おそらく、ナチスドイツに未来は無いと思っての事。わたしのご先祖がイギリスとヤマセンブルグの二重国籍だったことに似ているわ。

 ソフィアさんが精密部品のセクションに回されたのは、軍隊か工場かの判断。やはり白人の女学生が日本人といっしょに作業させるには、いろいろ問題があると思われたんでしょうね。少数だけれど、欧米出身の日本人や二重国籍の人たちは居て、それぞれ苦労していたらしい。

 開戦時に特命駐米大使を務めていた来栖さんの奥さんはアメリカ人で、息子さんは陸軍の航空隊に入り、帝都防空の出撃で事故死して、妹さんたちも日米に分かれて苦労している。

 満州で外国人にも慣れていた勲子さんは、ソフィアさんとも、直ぐに仲良しになった。

 終戦間近い初夏のある日、折からの空襲警報に防空壕を目指して走るソフィアと勲子さん。

 ……結論から言うと、この空襲でソフィアさんはグラマンの機銃掃射に遭って亡くなってしまう。

 それを、勲子さんは自分のせいだと思い込んでいた。

 そのソフィアさんと同名のソフィアは、どうも似ている。

 ギョウザで子供時代の記憶が蘇って、その最中に、その名もソフィアに出くわして、一大感激を発してしまった。

 どうもうまく書けません。

 やっぱり、もう一歩踏み込まなければね。

 ギョウザも焼き上がったので、また、今度ということで。

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お姉ちゃんは未来人・6〔松子ふたたび・2〕

2020-06-30 07:54:35 | ボクの妹

ちゃんは未来人・6 

〔松子ふたたび・2〕   

 

 

 やっぱ竹子には効かないんだ。

 

 お風呂あがって部屋に戻ると、お姉ちゃんが背中で言う。

「……どういうことか説明して」

 お姉ちゃんの横に腰を落として密やかに聞く。

 お姉ちゃんがわたしのプリンを食べてしまった時に詰め寄ったのに似ている……いや、プリンは嘘の思い出だ。

 だって、わたしは一人っ子だ。

 目の前のこいつは、未来からやってきたアンドロイドで、わたしの玄孫がアンドロイド保護法を作るのに寄与する。その玄孫がきちんと生まれるようにわたしを保護しに来たのが半年前。握手会の事件で重傷を負った『松子』はアンドロイドであることがバレるのを恐れて、その場で未来に帰ってしまった。

 当然みんなの記憶や記録を抹消したから、わたしは元の一人っ子に戻ってしまった。

 わたし一人の記憶だけは戻せなかったみたいなんだけど。

 

「どうも、竹子の脳みそはスペックが悪くて、インストールやアンインストールが効かないみたいね」

 人を不出来なパソコンのように言う。

「いまさら、なにしに戻ってきたのよ?」

「あーー傷つくなア、そういう言い回し」

「だって、握手会で死んだし」

「いいのよ、わたしの存在はアンインストールしたし。いまから、竹子の脳みそも初期化する」

「ちょ、待って!!」

 馬乗りになってきた松子を必死で止める。

「初期化しないと、竹子の態度だと、みんな不審に思うから。大丈夫、プリンも竹子が無事に食べられたことにしとくから」

「ちょ、ちょ、そういう問題じゃなくて。なんで、戻ってきたのかってことよ! それも一個年上の女子高生で!?」

「あーーーそっちかあ」

「はなしてよね!」

「あ、それ掛詞ね、放してと話して」

「両方よ!」

「どっちを先にしようか?」

「同時にやって!」

「そーお? もうちょっと竹子の胸揉んでいたかったけど」

「もーーいいかげんにし!……」

 そこで声を落としてしまう。お母さんたちに聞こえたらまずい。

「大丈夫よ、この部屋は完全防音にしといたから」

「もーーどけったら、どーけーー!」

「アハハハ、分かった分かった」

 やっとどかせると、松子は胡座をかいて猫背になって上目遣いになった。

「な、なによ」

「竹子、あんたの性格が悪くなってきてね、このままだと玄孫が生まれても『アンドロイド保護法』を言い出さなくなるのよ」

「え?」

「性格の悪さがDNAに影響を与えてね、玄孫の性格まで変になるのよ」

「そ、そんなの本人の責任でしょ!」

「いや、竹子の責任」

「だ、断定すんな!」

「この時代の言葉で言うと『バグ』なのよ。今度はね、その『バグ』を直しに来たのよ、お姉ちゃんは……」

「ちょ、松子、お、お姉ちゃん……う、うぷっ」

 お姉ちゃんは、再び覆いかぶさってきて、わたしにキスしてきた。

 

 こ、今度は百合ゲーかあああ!?

 

 うぷ……え? なんで気持ちいいの? なんで?

 

 

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あたしのあした・39『大団円の果て』

2020-06-30 06:03:33 | ノベル2

・39
『大団円の果て』
      


 大団円を祝っているような青空だ。

 水泳の補講は終わったし、あたしたち十三人の結束も戻って来たし、水野先生の濡れ衣も果たせた。
 早乙女女学院の水泳部も……水泳部がタヒチアンダンス部を兼ねているのはビックリだったけど、で、そのタヒチアンダンス部が解散になるのにもビックリだったけど、みんなで拍手して感動のうちに有終の美を飾れたように思う。

 そんな青空を頬杖ついて眺めていたら、萌恵ちゃん先生に声を掛けられた。

「直ぐに会議室へ行って、ほかのメンバーにも声を掛けてね」
 怖い顔して言うと、そそくさと昼休みの教室を出て行った。

 会議室に入ると見知らぬ女の人たちが目に入った。

 きちっとスーツを着た人からラフなジーンズまで居て、年齢も二十代から五十代くらいまでバラケては居るけど、近寄りがたいというオーラは共通している。
「君たちは、そこに座りなさい」
 声で気づいた。校長先生と教頭先生、ドアからはロッカーとかで死角になったところに水野先生がポツンと座っていた。
「この子たちが、水泳の補講に出ていた子たちです。五時間目の授業も迫っていますので、よろしくお願いします」
 教頭先生が念を押すが、気弱く笑った感じで言ってるので効き目はないだろう。

「あなたたち、女性として自覚と誇りを持たなきゃだめよ」

 スーツを着たオバサンが高飛車に言う。
「ご意見いただく前に名乗って頂けませんか」
 こういうオバサンには下手に出てはいけない。直感で、そう思って、きつめに反応した。
「わたしたちは『女性が輝く会』の代表メンバーです。わたしが会長の毒島不二美(ぶすじまふじみ) どうぞよろしく」
 思い出した、民自政権時代有力議員の秘書をやっていたオバサンだ……なんで、そんなこと知ってるんだろ?
「動画もテレビも観ました。とても青春で和気あいあいのように拝見しました。でも自覚無さすぎ! いくら先生とはいえ、気安く触らせ過ぎです」
「あなたたちは青春でいいかもしれないけど、あれじゃ胸やお尻を触らせることを奨励しているようなもんです」
 となりの眼鏡が重ねてくる。
「先生は胸なんか触ってません!」
 ベッキーが涙目になって抗議する。
「あ、別役さんね。あなた男の先生に人工呼吸させて平気なの?」
 ショートカットが目くじらを立てる。
「へ、平気も何も、先生は救けてくれたんです!」
「それ! 自覚無さすぎ! 先生たちにも言ったけど、女の子ばかりの水泳の補講に女の先生が付かないのは問題なの!」

 読めた、この人たちは、ああいうことを断じて許さないんだ。信頼関係の上でもスキンシップは許さないんだ。

「水泳の練習だと言って、水着の女の子の後ろから、こう足をつかんでなんて、完全にセクハラなの!」
 この人たちは、あたしたちの青春がステージアップしたことは頭から無視し、記号としての肌の接触を糾弾しているんだ。
 唇を震わせているベッキーの手を机の下で握りながら言う。
「分かりました、あたしたちは平気だったけど、触ることは正しいことだというメッセージになっちゃいけないということですね」
「あなたがたが平気と言うのも困るんです。そういう神経は間違っているんです」
「この場でにわかには受け入れられませんが、一般的なセクハラ行為に警鐘を鳴らすことにはやぶさかではありません。わたしたちなりに考えてから回答いたします」
「なんだか議員さんか議員秘書みたいな物言いするのね」
 毒島が唇をゆがめる。あたしも驚いてんだけどね。
「でも、意味は明確に伝わったと思います。回答は明日の十八時までにはいたします、毒島さんの連絡先、先生にお伝えください。では、五時間目の鐘が鳴りました、失礼します。みんな行こう」

 あたしたちは、世間というものを学習しつつあるのだった……。
 

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プレリュード・15《ナナまつり》

2020-06-30 05:55:34 | 小説3

リュード・15
《ナナまつり》    



 

「ここにいる女子高生が、卒業式で世にも稀なアドリブ答辞をやった加藤奈菜さんです!」

 MCのオニイサンが言うと、ADさんが手をまわして、スタジオ中の人たちに拍手を強要。人数分プラス音響さんが効果音で水増し。
 わたしは、なに着て行っていいのか分からないので制服を着て行った。先日お母さんから二万円せしめて買ってきた服は、改めて着てみると、まだ身にそぐわないと感じたから。
 
「あの答辞は、いつやることが決まったんですか?」
「式が始まった直後です。教頭先生が横にきて……こられて、頼まれました。予定していた子が、急に体調不良になったとかで」
「実は、その時のビデオがあります。まずVをどうぞ」
 放送局というのはすごいもので、誰かが偶然撮ってた動画を手に入れて、アップにして耐えられるように加工してました。

 あたしは、あのときメッチャびっくりしたんだけど、案外平然と引き受けてるのには、自分でも意外。

「こういうときに、気楽に引き受けられて、あれだけの答辞やっちゃうんだから、十分放送局のアナウンサーが務まるわ。A君、ボンヤリしてたら、司会とられるで」
 報道部のオッチャンが言うて、スタジオが爆笑(これは仕込みやない)大阪人の性で、いっしょに笑ってしまう。
「しかし『身を立て名を挙げ』いうのは、アドリブとは言え、よく出てきましたね」
 評論家のエライサンが大阪弁のアクセントで言う。
 この質問は想定内。教頭先生に頼まれたときに、このくだりが最初に頭に浮かんでた。
「あれは『仰げば尊し』のテーマになってる部分で、立身出世主義だってことで、たいていの公立高校じゃやらないんですよね。加藤さんは、なにか思いがあって?」
「はい、答辞でも言いましたけど、あれは、それぞれの分野で一人前の大人になれいうことで、末は博士か大臣かいうことではないと思うんです。あ、もうちょっと言わせてください。大臣、博士と解釈して反対してる人は、無意識に職業差別してるんやと思います。差別意識がなかったら、この部分で反対は出てこないはずです」
「なるほどね。あたしら芸人も芸能界では色物いうて、長いこと格下に見られてきたもんね」
 Y興行のベテラン漫才師のオバチャン。

「それに、あの『仰げば尊し』は戦前・戦中の軍国教育の権化みたいに思われてますけど、あれは原曲がアメリカの『Song for the Close of School』です。意味はほとんど一緒で、身を立て名を挙げのとこだけが、日本の創意なんです」

「よく知ってるね。ボクもいま言おうとして資料用意してたとこなんですけどね」
 評論家のオッチャンが頭を掻いた。
 あたしは、このことは貫ちゃんに教えてもらって、ネットで確認した。貫ちゃんの笑顔が一瞬頭に浮かんだ。
「それと、加藤さん、最後に言いましたよね。途中で中退していった仲間の事にも思いをいたそうって。あのくだりはよかったなあ」
「近い友達の中にも中退した子がいてるんで、そのことが頭にありました。どんな気持ちでこの日を迎えてんのかなあと」
「なるほどね。なかなか思っていても言えないというか、自分たちのことだけで、なかなか辞めていった子のことまでは頭に、浮かばないもんね。いや、大したことです」

 だいたい、このへんで、あたしの話は終わるはずだった。

「加藤さんね『君が代』については、どう思いますか?」

 ゲストの言いたいこと言いのジイチャン俳優さんが聞いてきた。
「習慣としては定着しつつあるので、いいことだと思います『君が代』は、戦時中のドイツやイタリアの国歌と違って、明治の昔からあります。明治時代をどうとらえるかで受け止め方も変わってくるんでしょうが、アジアで唯一の近代国家を創った日本ととらえたら、誇りに思っていい歌だと思います」
「近代国家って、どういう意味だろ?」
「三権分立の憲法を持って、それに基づい運営されてる国家だと思います」
「いや、大したもんだ!」
 評論家のオッチャンと、言いたいこと言いのジイチャン俳優さんが、えらく感心して、わたしは、そのあとの『名店シェフの家庭料理』のコーナーまでいっしょにさせてもらって、ごちそうになった。

 で、お母さんが録画してたのを観ながらの三月三日の雛祭り。
「今年は、ナナ祭りやなあ」
 と、お母さん。

「アハ、なにそれ?」

 笑ってしまうけど、お母さんの気持ちは素直に嬉しい。

 あのとき喋った中身は、みんな貫ちゃんが考えるきっかけをくれたものばかり。ありがたい友達だと思う。このときは、まだ貫ちゃんへの確かな気持ちは分かっていなかった……いや、分かろうとしなかったのかもしれないんだけどもね。

              奈菜……♡ 

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小説学校時代 24『賃金職員』

2020-06-29 07:56:57 | エッセー

 24 

『賃金職員』  

 

 

 賃金職員という言葉をご存知でしょうか?

 

 賃金職員とは、三交代を含むフルタイムで働くなど、仕事の内容、責任も正規の職員と同じなのに、「定員外」だという理由で一年未満の雇用契約の更新をくり返し、賃金や労働条件も差別されている職員のことです。 例えば夏季休暇、結婚休暇、育児休暇、介護休暇などを認められず、正規の定員職員より長時間労働となることも珍しくありません。

 検索すると、上記のような説明が出てきました。

 

 え? そんな恐ろしい仕事だったのか!?

 

 わたしは、この賃金職員を三年間やっていました。母校である高校の賃金職員です。

 最初は、図書室司書の産休補助でした。

 卒業後も部活の指導と言えば聞こえはいいのですが、大学がつまらないので、週に四日ぐらいは母校に通っていました。

 そんな中、在学中からお世話になっていた先生や司書の先生が「三月からの三か月だけどやってみない?」と勧められて、就職が決まっていなかったので渡りに船と引き受けました。

 終わりのころになると「保健の統計員の仕事があるけど」と言われ、図書室の隣の保健室で身体測定結果の集計をやりました。

 六月に終わると、他のバイトをしながら再び部活の指導に通いました。

「学校が好きやねんなあ」という評判がたちました。

 あくる年に、再び司書の産休補助の仕事が回ってきて、今度は育児休暇込みでしたので、一年近くやっていました。

 本性は就職浪人でしたので、仕事以外は暇です。

 正規の司書は実習助手なので、勤務時間は8時30分から午後の5時15分までです。

 図書室を利用する生徒は5時になると「そろそろ閉館します」と急き立てられます。

 利用する生徒の半分は図書室を自習室に使っていました。家に帰っても勉強できる環境にない生徒が数十名いました。そのうちの十数人が恒常的に放課後の図書室で勉強しています。

 賃金職員をやりながら部活の指導もやっていましたので、学校には6時過ぎまで居ました。それで、図書室も6時過ぎまで開放していました。

 勉強の区切りがつかない生徒の為に、夏場ですと7時近くまで開けていたこともありました。

 まあ、半分以上は好きで居残っているので、特に苦にもなりません。

 組合的な思考をすると、正職の司書が復帰した時、同様な勤務を求められると困るので、賃金職員といえど、勤務時間はまもらなければならないのですが――生徒の役に立っていことでもあり、好きにさせておこう――ということで、自由にさせてもらえました。

 二度目の臨時司書をやっていた二月ごろでしょうか、いつも最後まで残って勉強していた女生徒が頬を赤らめてカウンターに寄ってきました。

 え、なにごと?

「ありがとうございました。家では勉強できないので、本当に助かりました! お陰様で無事に大学に受かりました!」

 わざわざ、受験結果の報告とお礼に来てくれたのです。

 いつも奥の席で勉強している姿は憶えていましたが、口を利くのも初めてですし、名前も知りません。

 浅はかにも、ちょっと別の想像が頭をよぎったのですが(^_^;)

「よかったね、おめでとう!」的なことを言ってあげたと思うのですが、アタフタして定かではありません。

 自分が、気まぐれ的というか気楽に居残っていたことが感謝されたり、思い違いしたりで、狼狽えたというのが正直なところでした。

「それで、どこの大学に通ったのかなあ?」

「はい、大阪大学です!」

 圧倒されました。わたしが出た大学が大阪の地べたであるとしたら、大阪大学を標高で表せる山はありません。生駒山はもちろんのこと金剛山でも足りません。あっぱれ、富士の山頂でありましょう。

 この間、いろいろ面白い事がありましたが、それは、また稿を改めて。

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あたしのあした・38『ありがとうございました!』

2020-06-29 06:13:38 | ノベル2

・38
『ありがとうございました!』
      

 

 

 ベッキーは沈んでしまった!

 二本目の50メートルを泳ぎ切り、ゴールと同時に気を失ったのだ。

「「「「「「「ベッキー!」」」」」」」

 みんなが叫ぶ、水野先生は直ぐに隣のレーンから潜って沈んだベッキーを抱え上げ、プールサイドに引き上げた。
「オーイ、別役っ!」
 頬っぺたを叩いても意識が戻らないので、先生は慣れた手つきでベッキーの顔を横向きにして水を吐かせた。
「横田、別役の手を握ってやれ!」
 智満子にそう言うと、先生はベッキーの気道を確保し人工呼吸を始めた。

 みんなが見守る中、一分足らずで意識を取り戻したベッキーは爆発したように泣きじゃくって先生にしがみついた。

 ウワーン!

「よくやった、よくやったぞ別役!」
「ほんと、立派に泳ぎ切ったわよ!」
 智満子もベッキーの背中を抱きしめた。
 そのあと、病院に行こうという先生を押しとどめてベッキーが言う。
「その前に、水泳補講の終了宣言やってください」
 あたしたちも賛成だ。嫌々始めた補講だったけど、いろんな人たちに助けられたり叱られたりするうちに、ほとんど自分の生きがいになってしまった。
「よし、じゃ、みんな並べ」
 あたしたちはプールサイドに整列した。
「それでは、これをもって本年度の水泳補講を終わります。みんな、この一か月がんばったことを忘れず、これからも体育の授業に励んでください。そして、快くプールを貸してくださった早乙女女学院のみなさんにもお礼を言おう」
 みんなで、反対側のプールサイドにいる早乙女女学院水泳部の人たちに向かった。
「せーの」
 智満子が、自然にリードする。

「「「「「「「「ありがとうございました!」」」」」」」
「「「「「「「「こちらこそありがとうございました!」」」」」」」」

 早乙女さんたちからもお礼の言葉が返ってくる。
「わたしたちも、これでお終いなので、みなさんと一緒にやれたことで有終の美を飾れました」
 部長の白浜さんの言葉に、あたしたちの頭は?マークでいっぱいになった。
「お終いって……」
「お分かりになっていませんでしたか? わたしたちは水泳部であってタヒチアンダンス部なんです」
 白浜さんが合図すると、タヒチアンダンスの頭のところが流れた。すると、水泳部の子たちは水着姿のままダンスの冒頭部分を踊った。

「「「「「「「「アーーーーー!!」」」」」」」

 タヒチアンのコスと水着とではずいぶん違うので、言われるまで気づかなかった。
「二つのクラブを兼ねるのは、もう限界です。滋賀のコンクールではみなさんに助けていただきましたが、結果は出せませんでした。でも、コンクールよりも、みなさんに観ていただいて感動していただいたことが何よりの収穫でした。これからは水泳部一本になります。心細くはありましたが、これで悔いなく前に勧めます……ほんとうに、ありがとうございました!」
「「「「「「「「ありがとうございました!」」」」」」」」

 あたしたちは心の底からの拍手を送った。姫野女史たち毎朝テレビのカメラが回っていることも忘れて……。

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プレリュード・14《今日から三月!!》

2020-06-29 06:07:34 | 小説3

リュード・14
《今日から三月です!!》       



 

 今日から全国的に三月!!

 ビックリマークが二つも付くのは、いつもの三月と違うからです。宿題の無い丸ゝ自由な一か月ちょっとの始まりです。
 小中学校にも似たような期間はあったけど、せいぜい一週間ちょっと。こんな贅沢な一か月は、人生で、そんなには無いと思います。

 わたしは、この期間を、あえて予定で埋めていません。

 卒業旅行の話やら、バイトの口が無かったわけじゃないけど、わたしは、あえてこの一か月をフリーハンドにして、徒然なるままに過ごそうと思っています。その日その日、その時その時に思いつたこと、してみたいと思たことに使います。
 予定で決まっているのは、月末に貫ちゃんが東京に行くのを見送りにいくだけです(鈴木貫太郎、詳しくは第9回の《あべのハルカス ハルガスミ》を読んでください)

 ところが、昨日から異変があります!

 卒業式のアドリブ答辞は、前回書いた通りなんですけど、誰かが、これを撮っててユーチューブに流していたんです。あたしは全然知らんかったけど、直美がメールで教えてくれた。
「ほんまかいな!?」
 そう思いながら、ユーチューブを開いたら『感動のアドリブ答辞!』いうタイトルで全編出てた。アクセスは五百を超えてました。
――ほんとうに、アドリブ?――
――感動しました!――
――考えさせられました――
 感動のコメントのオンパレード。顔から火の出る思いでした。中には――身を立て名を挙げは、アナクロの時代錯誤やろ――という、どうしょーもない市民派か左翼か、性別も分からない書き込みもあったけど、とにかく青天の霹靂いうのは、こういうことだろうと思います。
 わたし的にはすごいことなんだけど、冷静に考えると五百ぐらいのアクセスは、そう珍しいことでもないんで、ほうっておいた。

 すると、今朝、例の一キロジョギング(第五回《1キロの長さ、2キロの重さ》)をやってると、外環のそばで、テレビのクルーが居た。なんか交通事故でもあったのかなと思っていたら、マイク持ってるオネーチャンが、カメラと音声さんを引き連れて、わたしに寄ってきた。

「失礼ですが、加藤奈菜さんですか!?」

 で、わたしは、ローカルだけど、全国的に有名なバラエティー番組に出ることになってしまった。ユーチューブのアクセスは一万に迫ろうとしていた。
――奈菜、やっぱりあんたはすごい! 走り去る後ろ姿もすごかった――
 どういう意味や? 昼二時からの放送だったので、チャンネルを押してみた。インタビューを受けて走り去るわたしが映っていたけど、画面の真ん中にお尻もってくることないと思う。それに、気づかなかったけど、無意識に道端の犬のウンコをかわしてるとこなんか、我ながら、ジョギング慣れしてきたと思う。
 で、MCのニイチャンの最後の言葉にたまげた。
「ええ、なお、この元気印の加藤奈菜さんには、明日スタジオに来ていただくことになっております」

 聞いてないよ!

「ああ、あんたが図書館行ってる間に放送局から電話あったから返事しといたで」

 お母さんが、焼き芋の皮を剥きながら気楽に言う。
「ちょっと、お母さんね」
「なに?」
 そのお気楽さに、気持ちも萎えてしまう。
「半分ちょうだい」
 反射的に日常会話の中に逃げ込んでしまう。十八年間の親子の呼吸は、いかんともしがたい。

――奈菜ちゃん、君の人生は、僕や奈菜ちゃん自身が思てるより面白いのんかもしれへんなあ!――

 貫ちゃん、お前もか……あたしはシーザーの心境やった。

                  奈菜……♡

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オフステージ・138「野球部マネージャーの川島さん」

2020-06-28 15:08:50 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)138

『野球部マネージャーの川島さん』小山内啓介 

 

 

 一時間絞られた上に反省文を書かされて、やっと「帰っていい」と許可が出た。

 

「ジャンケンしろ」

 

 え、なんで?

 田淵も同じ表情をしている。生指部長の大久保先生が『そんなこともわからんのか?』という顔をして付け加える。

「一緒に出たら、またケンカするかもしれんだろうが」

「「あ、ああ」」

 声が揃って、それじゃと向き合う。

「「最初はグー! ジャンケンホイ!」」

 出したのは互いにパー。

「「あいこで、しょ」」

 今度はチョキ同士。

「「あいこで、しょ!」」

 今度はグー同士。

「「あいこで、しょっ!」」

 今度もグー同士。

「おまえら、ほんとは仲良し同士なんとちゃうんか?」

「「それはない!」」

 そのあと、二回やってやっとケリが付いた。

 田淵が先に出て、一分後にタコ部屋を出ることを許される。

 

 出て、驚いた。帰り支度をした生徒たちがゾロゾロ降りてくるのだ。

 おいおい、まだ五時間目が終わったとこだろーが……あ、そうだ、PTA総会があるとかで、六時間目はカットだった。

 教室経由で部室に行こうと思ったが、昼飯がまだだ。回れ右をして食堂に向かう。売れ残りのパンかうどんでも食って部室に行こう。

 ご飯系は売り切れなのでラーメンの大盛りをトレーに載せて奥の席に着く。

 箸立てに手を伸ばすと、放課後の悲しさ、割り箸が一つもない。

 ンガー

 怪獣みたいな唸り声をあげて配膳カウンターまで割り箸を取りに行く。

「はい、割り箸」

 おばちゃんがニッコリ笑って割り箸をくれる。愛想のいいおばちゃんだ。

 なぜか、おばちゃんの視線を感じながら席に戻る……え、向かいに美人の女子が座っている。

 あ、評判の野球部マネージャー、三年の川島さんだ。

 

 目が合うと、川島さんは招き猫のような仕草をして、前に座れと微笑みを返してくる。

 言われなくても座る、そこにはオレの大盛りラーメンがあるんだからな……て、川島さんの前にも大盛りラーメンがアンパン付きで置いてある。他のテーブルから調達したのか、ちゃんと割り箸は添えてある。

「さっきは、うちの田淵君が迷惑かけたわね、ごめんなさい」

 姫カットの前髪をハラリとさせて頭を下げる。

「え、あ、いや……」

 演劇部で女子の免疫はできているはずなのに、いきなりのことにおたついてしまう。

「あ、やっぱ、野球部はマネージャーでもしっかり食べるんですね(*´ω`*)」

「え? いやだ、わたしじゃないわよ。田淵君、こっち!」

 田淵も――ひっかけられた!――という顔をして観葉植物の横に立っていた。

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小説学校時代 23『中庭』

2020-06-28 08:35:48 | エッセー

 23 

『中庭』  

 

 

 校舎の無い学校はありません。

 プールもたいていの学校に備わっています。

 

 無さそうで、けっこうあるのが中庭が備わっていない学校です。

 

 中庭とは、校舎と校舎に挟まれた空間で、花壇やベンチ噴水付きの池や藤棚、ブロンズなどのオブジェが付属した憩いの場です。

 昼休みや休み時間は生徒の姿が絶えません。中庭はプールや体育館と同じくらい必要な施設だと思っています。

 中庭が無い学校というのは、校舎と校舎の間の空間が無い学校です。

 

 昔の大都市の小学校は、工程を囲んで『コ』の字や『L』の字に校舎が配置されているところが多くありました。

 花壇や生け垣は、校舎に沿って配置されるので、生き物係の活躍の場は校舎の縁でした。運動場側にも花壇が作られたりはしますが、基本的に校舎から運動場に出るための通過の場所で、憩いの場という感じにはなりません。

 校舎裏は塀と校舎に挟まれた長細い空間なので落ち着きませんし、管理が行き届きません。高校ではコンクリートで固めてしまって自転車置き場にしているところもあります。

 第二次ベビーブームの子たちが高校生になる八十年代に一棟式校舎が流行りました。

 並の校舎の倍ほどの幅があり、たいてい四階建てです。

 校舎の中央を幅広の廊下が貫いていて、廊下の南側が教室、北側に職員室や準備室が配置されています。

 一棟式の校舎の面白さは改めて書きたいと思います。

 一棟式の学校は、本校舎以外の主な建造物は体育館とプールしかありません。

 体育館やプールに挟まれた空間は中庭には不向きです。体育館のごっつい壁やプールの塀では雰囲気がありません。

 七十年前後に高校にも学園紛争の波が押し寄せた時、全学集会は体育館で行われましたが、不定期の生徒集会は中庭で行われました。

 真ん中に池があり、池の周囲には一学年くらいの人数が収まるプロムナードがあります。

 ここに大型ハンドスピーカーを持ち出した○○高校反戦反帝連合(連盟?)のメンバーが出てきて、アジ演説的スピーチを始めると、プロムナードに生徒たちが集まります。両側が校舎なので、校舎の窓にも人が集まり、ときに鈴なりとなって、中庭は絶好のパフォーマンス空間になります。

 年配の先生が「マリリンモンローがジョーディマジオと日赤病院に来た時みたいやなあ」とおっしゃたのが印象的でした。

 演説だけではもたないので、ギターを持ち出して、みんなで合唱し始めます。

『友よ』『翼をください』『今日の日はさようなら』『ウイシャルオーバーカム』とか、当時流行ったフォークソングというかプロテストソングというかを下校時間を過ぎた七時くらいまでやっていました。行き届いた学校で、中庭には水銀灯が二基備わっていて、その照明が、また雰囲気なので、ちょっとしたカルチェラタンでありました。

 回を重ねるにしたがって、演説の時間が減っていき、中庭はみんなで歌うための『歌の広場』になっていきました。

 大規模なものは半年ほどで衰退しましたが、 数人から十数人の『歌の広場』は、その後も続いていきました。

 これが、グラウンドや体育館、昇降口の前では続きません。

 中庭には、そういう雰囲気がありました。

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あたしのあした・37『ゴール!!』

2020-06-28 06:21:29 | ノベル2

・37
『ゴール!!』
      


 タンタンタンタンタッチャラタンタンタン! タンタンタンタンタッチャラタンタンタン! タンタンタンタンタッチャラタンタンタン! タンタンタンタンタッチャラタンタンタン! タンタンタンタンタッチャラタンタンタン!

 ダンス部のタヒチアンダンスから始まった。    

 どうせ適当に編集されてしまうんだろうから、補講を一つのライブとしてとらえ楽しくやろうと考えたのだ。

 惜しくも飯館女子に破れたけれども、早乙女女学院のタヒチアンダンスはスゴイ!
 クラシックダンスで言えばプリマドンナになるんだろうか、真ん中で一人だけオレンジ色の髪飾りとパレオを付けた子が一段と映えている。初めて観た時は、ただただ圧倒されてただけだけど、今回は少し余裕を持って鑑賞ってか、あたしたちも参加することができる。

 そーーーー参加なんだよね!

 浸かっているプールの水面がさざ波だっていると思ったら、補講女子たちが無意識に腰を振っている。
 ま、これくらいのノリがいいじゃん! と、あたしもいっしょに腰を振る。
 すると、いつの間にか智満子がセンターになってみんなをリードし始めている。
 あたしがフルボッコしてから欠席がつづき、復帰してからは、どこか遠慮がちだった智満子。
 それが、ごく自然に突き抜けてセンターに居る。
 そう言えば、このプールで初めてタヒチアンダンスに接したとき、感動のあまり爆発したみたいに大泣きしていたっけ。
 
 ステージ上のダンスがクライマックスになり、プリマドンナがジャンプして決めポーズになる。

 割れんばかりの拍手が起こって、ドッボーン!!

 あたしの後ろで派手な水音がした。
 なんと、みんながシンクロよろしく智満子をリフトアップしたのはいいけど、素人の悲しさで智満子を落っことしてしまったのだ。
 ステージとプールのそれぞれのフィニッシュに盛大な拍手が再び起こった。

 それからあたしたちの補講になった。

「今日は、水泳補講の最終日だ。フォームを直した後、五十メートル競泳をやるぞ!」
 水野先生が宣言した。
 今日は、それぞれの技量に合わせて自分で泳ぐ者、ペア同士でフォームを修正する者、まだ先生に手取り足取りしてもらう者に分かれた。
「別役、蹴りがちがう蹴りが!」
 ベッキー始め三人の子がいちばん遅れていて、足を掴まれて修正されたり太ももを叩かれたりしている。最初険しい目で見ていた姫野女史も、陽気な中にも真剣な補講に目の角を柔らかくしていった。プールサイドではダンス部と入れ替わった水泳部の子たちが応援をしてくれている。

 そして、いよいよ仕上げの競泳になった。

 十三人いるので、三組に分かれて発進する。
 慣れた順にいくのかと思ったら、そのへんはバラバラだ。
 折り返したころには上りと下りで少し混乱したけど、もう途中で足を着いてしまう者はいなかった。
 最後にベッキーが残ってしまいヘロヘロになりながらゴールを目指し、やっとゴールに着くと先生から「三分二十秒!」と声がかかった。タイムを言ったということは、泳ぎ切ったことが認められたということだ。やったー!

「先生、ゴール直前で足を着いてしまいました。もう一回やらせてください」

 ベッキーは正直に言ってしまった。
 そこまでしなくても……先生もあたしたちも、そう思った。
「みんなきちんとやったんです。あたしもやっておきたいんです」
 ベッキーの目は真剣だ。
「だてにお尻や太もも叩かれたんじゃないんです。叩いたんじゃないんです。でしょ……先生?」
「よし、別役、もう一度五十メートル!」
「はい!」

 ベッキーは飛び込みこそできなかったが、合図とともに静かに泳ぎだした。なんだかドーバー海峡を泳ぎ切るみたいに真剣だ。

 先生も一レーンを離れ、見守るように泳ぐ。
 一分を過ぎたところでターンした。一瞬見えたベッキーの顔は、それまでのパシリのベッキーではなかった。隣りに座っている智満子が自分のことのようにくちびるを噛んでいる。あたしは、この十三人が仲間に成りつつあると感じた。
 残り十五メートルのあたりから声援があがった。
 あたしたちだけじゃなく早乙女の水泳部もテレビのクルーの人たちも、まるでオリンピックの決勝のように声援してくれている!

 そして


 ゴール!!

 いつもの倍ほどの大声で宣言した先生の声は少し震えていたように感じた。

 ベッキーやったー!

 みんなも叫んだ。

 ところが、ベッキーはゴールタッチをしたまま沈んで、浮かび上がってこなかった……。
 
 

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プレリュード・13《嗚呼感動的卒業式》

2020-06-28 06:13:18 | 小説3

リュード・13
《嗚呼感動的卒業式》    



 

 今日のタイトルは、ちょっと難しい『ああ、感動の卒業式』と読みます。

 なんで、こんな中国の新聞のタイトルみたいに書いたかというと……まあ、読んでください。

 昨日の予行演習はチョロかった。やたらに起立・礼・着席の繰り返し。
 そして、成績表やら、同窓会入会の書類、学級費の清算(ただし書類だけ、お金は銀行振り込み。生徒がネコババせんように学校も考えています)その他細々とした書類をもらっておしまい。

 そして、今日は晴れて卒業式。

 正式には『卒業証書授与式』というらしい。なんだか、国語で言われた「無駄な言葉を積み重ねて感動を薄くする」の見本。『卒業式』と漢字三文字で書いた方が、感動的だと思う。
 U学院は私学なので、やたらと来賓が多い。その来賓の半分くらいが退屈この上ない祝辞を読む。分かる? 言うのではなくって読むの! ただでもオッサンらの話は退屈極まりないのに、それをダラダラ何人もにも読まれたら、これは拷問に等しい。予行では「ここで誰それさんの祝辞」と先生が言うだけだけど、今日はリアルにオッサンらが読む!

 総勢で2000人入る体育館はいっぱいだった。卒業生はもちろん、在校生代表で二年生の選抜(この子ら、ほとんど座ってるだけのエキストラ)保護者の皆さん方。あたし個人的には、高校にもなって卒業式にくることはないと思う。十八といったら選挙権だってある。経済的に依存してるいう以外は、もうほとんど大人だと思う。

 まあ、個人の自由だから、仕方がない……それにしても数が多い。卒業生の数より多いかもしれない。

 予行が無かったら、多少の感動はあったかもしれないけど、中身分かってるから気持ちが重い。
「ただ今より、令和元年度卒業証書授与式を行います。全員起立!」
 教頭先生のことばで、2000人が立つ気配。立つというささやかな行動でも2000となると迫力がある。

 さあ、立ったり座ったりの本番……と思っていたら、鳩がこそこそ近寄って来るみたいに、教頭先生が、あたしの横に来た。

「ちょっと、来て」
 目立たんように、会場の奥へ。そこで、とんでもないことを頼まれた。
「答辞読むYさんが、体調不良で保健室行ってしもた。加藤さん、代わりにやってくれへんか?」
「え、あたしがですか!?」
「うん、あんた一昨日学校に来て、思い出に涙してたて、校長さんらが言うてるねん。あんたの思いでええから、三分間ほど喋ってもらえへんやろか?」
「あ、あのう……」
「ほな、頼んだで!」
 ろくに返事も聞かんと教頭先生は行ってしまった。

 在校生代表の送辞は、もう始まっていた「桜の花の香る三年前の四月に、先輩方は期待に胸を……」と、棒読みを始めていた。で、あっと言う間に、終わってしまった。
「卒業生答辞、加藤奈菜!」
 まるで、あらかじめ決まってたみたいに大きな声で教頭先生。

「……一昨日、わたしは一人で学校に来ました。それは、ほとんど衝動でした。予行、卒業式とあわただしく高校生活に幕を下ろす前に、わたしなりに、この三年間を噛みしめておきたかったからです。こんな衝動は、小学校でも中学校でも思うことはありませんでした。これは、わたしが、それだけ大人に近づいたことと、学校生活への愛着が大きいからです。そういう愛着の持て方ができるほどに成長したからです。これは、わたし一人の力で勝ち取ったものではありません。諸先生方、保護者の方々、そして卒業されていった諸先輩がたの薫陶があったればこそのことだと、一昨日思い出がいっぱい詰まった学校の中庭でしみじみ感じました。正直全てが上手くいった三年間ではありません。先生を困らせたり、友達と仲たがいしたり……その多くは、今日の感動、みなさんの暖かく、かけがえのない思い出に昇華していきました。でも、そんな感傷だけでは済まないことも、まだまだあります。なにも今日でなくてもいいんです。時間をかけて、お詫びをし、感謝をしていけばと思います。そして、それは、ただの言葉であってはいけません。U高校の卒業生として、恥ずかしくない行動で示さなければなりません。あえて卒業式では長く封じられてきた言葉で表現します『身を立て名を挙げ、やよ励めよ』であります。この言葉は俗な立身出世を言ったことばではありません。一人前の大人として、世に立つことだと思います。一日本国民として、また、人によっては二つの祖国を背負い、迷いながらも前に進んでいくことだと思います。具体的に申しますと進学先、就職先で、留学で本校に来たものは自分の国で、足手まといになりながらも自分を育てていくことだと思います。間違いながら進んでいきます。間違いから学び、新しい自分を、おおげさに言えば世界をつくっていきます。先生方や保護者の皆さん方も、そうやって今日の自分と家族、街、国、世界を創ってこられたことと拝察いたします。一つ気がかりなことがあります。入学した時よりもわたしたちの人数は二十人ほど減っています。みんなそれぞれ事情があって、この学校を去っていきました。わたしは、その一人とはいまだに親交があります。三年間を同じ学び舎で全うすることはできませんでしたが、この人たちも大事な仲間です。場所は違いますが、同じ人生、いっしょに進んでいきたいと思います。最後になりますが、三年間、わたしたちを見守ってくださった先生方、学校の職員関係者の方々、保護者のみなさんに満腔の感謝の意をささげ、答辞とさせていただきます。令和二年、卒業生代表・加藤奈菜」

 よくもまあ、これだけの口から出まかせを言えたもんです。我ながら立派な元演劇部!

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銀河太平記 序・6『興隆鎮』

2020-06-27 15:09:19 | 小説4

序・6『興隆鎮』    

 

 

 それから立て続けに二度の襲撃を受けたが軍服の焼け焦げを増やすだけで乗り切れた。

 

「敵は態勢を整える前に行動に出ています」

 三度目の戦闘には興隆鎮の駐屯地から駆け付けた捜索隊が加わり、状況見分を終えた部隊長が付け加えた。

「JQが加わったのを知って、敵も焦ったんだな」

「はい、JQは10式の特装体として認識されますから、奇襲攻撃の前兆と捉えたのかもしれません」

「すみません、ご迷惑をおかけしました(-_-;)」

 JQは初心な女学生のように恐縮する。敷島博士はJQにいくつものパーソナリティを仕込んでおいたようだ。よく混乱しないものだと感心する。見分作業中の隊員たちのサーチがJQに向けられるのをハンベが知らせてくれる。

「おい、カルチェタランのプリマに失礼だろう」

「習い性なもので申し訳ありません。貴様ら、そこらへんで止めておけ。駐屯地へ戻ります」

「おう」

 全員の馬をクルーザーに変換して、興隆鎮の駐屯地を目指した。

 平時において馬は四つ足だが、戦時には脚を収納して反重力走行のクルーザー変態する。部隊ぐるみのクルーザー変換は国際慣例で戦争状態に入ったことを意味する。

「まるでお浄土に突撃していくみたいですね」

「死に急いでいるとも言えるかもしれんがな」

 興隆鎮は奉天の西にある村落で、地平線に没しようとしている日輪の方角だ。

「敵は、さらに西方。わたしたちよりも死に急いでいるとも言えます」

『今次の戦いは「死に急ぎ事変」と名付けられるでありましょう』

「こら、個人的会話をサーチするんじゃない」

 ワハハハハハハハ

 捜索隊の隊列に笑いが満ちる。全員が八式・十式を中心とするロボット部隊だが、無駄が多いというか、どうにも人間臭い。

「フフ、大昔の馬賊みたい」

 JQが笑う。

 しかし、この人間臭さも、俺の振舞いにロボットたちが適応しただけなんだがな……それに、今次の戦いは部隊長が言うような『事変』の規模には収まらないかもしれない。

 

 興隆鎮日本軍守備隊駐屯地

 

 五つの言語で書かれた営門に入ったのは、日没の三分前だった。

 小学校の敷地ほどのところに五つの建物があるきりで、名前の通りの、せいぜい大隊規模の駐屯地で、とても万余の兵士が屯しているようには見えない。

 二十三世紀初の大戦争が間もなく起ころうとしていた。

 

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お姉ちゃんは未来人・5〔松子ふたたび・1〕

2020-06-27 08:44:17 | ボクの妹

ちゃんは未来人・5 

〔松子ふたたび・1〕   

 

 

 

 東大出て教師なんてありえなくない?

 そーだよ、それも法学部だよ、法学部!?

 

 文句を言っているのはマコとヨッコだ。

 社会の佐藤先生の不満をぶちまけている。

 今週に入って、佐藤先生は板書をしなくなった。

 模造紙に板書の内容を書いたやつを黒板に張り付けて「十分で書いて、書けたら説明するから」と言って廊下に出てしまう。

 十分たつと戻ってきて五分ほどで説明して次の模造紙を張って再び廊下へ、これを三回繰り返して授業が終わるのだ。

「黒板くらい書けっつーのよ!」

「マコ、チョークの粉が嫌だとか言ってなかった?」

「あー、教卓の前になった時言ってたよね!?」

「あー、そーゆーハナシじゃなくって!」

 おちょくってはいるけど気持ち的には分かる。佐藤先生のやり方は明らかに手抜きだし、生徒の事をバカにしている。もともと説明も下手な先生だったけど、ルーズになってから一層熱が感じられなくなった。

 あーそーだねえ うんうん 言えてる わかるー 

 適当に相槌打っておくんだけど、まあ、いいじゃんと思ってるんだ、わたしは。

 佐藤先生は東大の法学部を出ている。普通なら財務省とか裁判官とか銀行とかに就職して上級国民になるんだろう。それが、しがない公立高校の教師。それも生徒や同僚の先生から疎まれたりバカにされながらだもんね。

 佐藤先生は職員室でもシカトされてる。先生が授業から戻って席に着くと、それまで近くに座っていた先生たちが居なくなる。偶然かと思ったら毎回そうなんだ。職員室に用事で行った生徒が言ってる。佐藤先生が居ない時は「東大の法学出てるのにねえ……」的な陰口を叩いている。

 だったら注意してあげればと思うんだけどねえ、へんな悪口ばかり言って「イヒヒ」とか「グヘヘ」とか笑っているってやりきれない。笑っている先生たちも国公立のいいとこや慶応・早稲田の出身だったりする。わたし自身、のんびり平和に日々が過ごせればノープロブレム。ノートさえとっていればスマホを見たり居眠りし放題の佐藤先生の時間をラッキーだとさえ思っている。

 松子姉ちゃんが消えて三か月。わたしは堕落している。

 佐藤先生の事はほんの一例。以前は着替えてから食べていた朝食をパジャマのまま食べたりとかね、それを眉を顰めるだけで文句言わないお父さんを軽蔑したりとか矛盾だらけのだらけぶり。

 忘れていた掃除当番をマコが思い出させてくれて、かったるい掃除当番をこなすと、ゴミ捨てジャンケンにも負けてしまう。

 なんかムカつくので、渋谷で一時間近く回遊してから家に帰る。

 

 ……っだいま。

 

 だるい帰宅の挨拶。近ごろは「おかえり」の返事も返ってこない。お母さんも堕落しているっぽい。

 ガチャ!

 閉めたばかりの玄関ドアが開いてビックリ!

「ただいま! あ、おかえり、竹子!」

 松子姉ちゃんが立っている。

 わたしと同じ制服着て、リボンは一個上の三年の学年色で……。

 

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あたしのあした・36『まあ、ご謙遜を!』

2020-06-27 06:32:34 | ノベル2

・36
『まあ、ご謙遜を!』
      

 

 床の間を背に座って収まりのいい女子高生なんてめったに居ない。

 でも、目の前の早乙女女学院の制服姿は、もともと座敷の一部であるかのように馴染んでいる。
「早乙女女学院水泳部部長の白浜洋子と申します、本日はご都合をつけていただきありがとうございました」
 着物を着ていたら、そのまま時代劇のお姫様が務まりそうな慇懃さで頭を下げた。三つ指を突くっていうんだろうか、こんなきちんとした挨拶は将棋の有段者でしかお目にかかれない……って、なんで、あたしが将棋の有段者を知っているんだ?
「お約束通り田中さんをお連れしました、それでは……」

「「あ」」

 あたしは白浜さんといっしょに声を上げた。察しは付くが、のっけから二人にされてはかなわない。
「関根さんもいらしてください、ほんとうならみなさんにお詫びしなければならないことなのですから」
「あ、そうなんだ……じゃ」
 ネッチは上げかけたお尻をふたたび落ち着けた。
 ネッチも制服姿なんだけど、さすがは安政六年創業のお茶屋の娘。あたふたしながらも様になっている。

 白浜さんが切り出した話はこんな具合だ。

 あたしたちの水泳補講がとても和気あいあいとしていていたので、とても微笑ましく、部員の一人がスマホで撮影してSNSで流してしまい、その動画は本人の思いに反してセクハラととられて炎上してしまった。撮った本人もパニックになり、動画は直ぐに削除したのだけど、すでにコピーされてしまって流されてしまった。撮影した本人に謝らせたいが、テレビ局が取り上げたりして騒ぎが大きくなってしまい、非常に落ち込んでいる。
「……ですので、取り急ぎわたしがお詫びにまいった次第です」
 白浜さんは二度目の三つ指を突いた。
「あの……」
「つきましては、わたしどもの方から放送局に連絡を取り、補講のほんとうの様子を伝えたいと思います」
「白浜さん、あたしに考えがあります」

 あたしは毎朝テレビの姫野さんに提案したことを話した。

「それ、いいと思います!」

 白浜さんは、初めて高校生らしい笑顔になって賛同してくれた。早乙女とうちの両方が言い出せば上手くいくにちがいない。
「そうだ、あたしたちが、こんなに和気あいあいになったのはタヒチアンダンス部のお蔭でもあるんです!」
 あたしはネッチといっしょになって、タヒチアンダンス部との出会いや滋賀県でのコンクールの話をした。
「それ、タヒチアンダンス部も加えることはできないかしら?」
 白浜さんが膝を乗り出した。
「……え……そうなんですか!?」
 意外なことを聞いた。そして、あたしのアイデアは、グッと現実味を帯びて成功の確信へと変わっていった。

「あの、ネッチと白浜さんの繋がりって、どういうところからなんですか?」

 話がまとまると、穏やかに微笑みあっている二人が気になって訊ねた。
「関根さんは、わたしのお茶の師匠なんですが……」
 あたりまえのことを、今さら、なんだというような顔で言う白浜さん。
「え、ほんとう、ネッチ!?」
「教えてんのはお母さんよ、あたしは介添えってか助手やってるだけだから!」
「まあ、ご謙遜を!」

 アハハ、ウフフと笑う二人であった。

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プレリュード・12《アナ雪、アナとナナ》

2020-06-27 06:25:10 | 小説3

リュード・12
《アナ雪、アナとナナ》    



 

 一昨日から『アナ雪』を三回も観た。

 わたしは映画館が苦手。痴漢が出るから、観客、特にガキのマナーは最悪……ほかにも理由はいくつかあるけど、これが一番耐えられない。

 上演時間中ずっと座っていなくちゃならないこと!

 わたしは、本を読むにしろテレビを観るにしろ、じっとしてるいうことができない。あぐらかくのはもちろんのこと、直ぐに横になってしまう。そして、何やらスナック出してきてはホチクリ食べながら観たり読んだり。
 将来、いつか、だれかと結婚することになるんだろうけど、直さないと三日で離婚だろうなあ。

 で、アナ雪を観ると、アナの起き抜けの素晴らしいこと。髪はボサボサ、よだれ垂らして、始末の悪い髪の毛の端が口の中に入ってる。あれには親近感。
 別にアナの起き抜けに親近感感じるために三回も観たわけじゃない。

 戴冠式の感じ方がどうちがうか、直美と話題になったから。

 姉のエルサは、人前に出るのが大嫌い。魔法の力がバレるのを恐れている。
 妹のアナ王女は、久々にお城の門が開かれて、ハイテンションの開放感。で、初対面のハンス王子と婚約までしてしまう。

 そして、戴冠式ならぬ卒業式に、どんな印象を持つか、アナ雪への親近感で感じてみようという企て。

 むろんアナ雪自身いい映画だし、あたしのご贔屓ジブリの『風たちぬ』を抜いてアカデミー賞獲ったことへの興味もあった。
 映画そのものは素晴らしかった。
 ディズニー特有の強引さは目についたけど、アナの一貫した前向きで、思考と行動が止まらないところ、それでいてどこか大きく抜けてるとこに助けられて、あれだけの飛躍がありながら観客を感動させる力はすごいと思った。

――アナ雪はすごい! 特にアナ王女の魅力はディズニーキャラの中でもピカイチ!――と、直美にメール。
――アナと奈菜は相似形。そこに気いついて欲しかった? で、卒業式は?――と、直美から返事。
――忘れてた。ちょっと考えるから待って――

 で、わたしは行動に出た。

「こんな時間から、制服着て、どこいくのん?」
「ちょっと、確かめに」
「なにを?」
「ちょっとね」

 卒業の実感を確かめに学校まで行くとは言えなかった。ふつう、ここまでする奴はいない。やっぱアナのタイプか?
 制服は、明後日の卒業式のためにクリーニングのしたてだから、新品に近い感じがする。
 入学式の朝、緊張しながら歩いたのを思い出す。これは人並み。
 電車から見える景色は見慣れたものだから、特に感慨なし。
 最寄りのU駅で降りる。登校時間と違うのでU学院の生徒はわたし一人。

 学校までの道のりは……緊張感が蘇ってきた。

 やっぱり、わたしなりに新鮮な気持ちだったことを思い出す。しかしアナみたいに期待に溢れてたわけではない。いっしょに歩いてる新入生の子たちとうまくやっていけるだろだうか、勉強と違って人間関係をね。
 あたしは入試の日こそ、周りの子たちが、自分よりも偉いように思えたけど、入学式の日は芋に見えた。多分身に合わないピカピカの制服を着てたせい。中学でもそうだけど、制服いうのは採寸したときよりもワンサイズ大きい。それが、今ではピッタリサイズ。肉体的には発育したのがよく分かる。
 男子は、特にアホに見えた。ニキビ面が段違いに可愛い子に身の程も知らずに告白しに行くみたいで……。

「あの、在学中の思い出を確認に来ました」

 守衛さんにそう言うと、えらい感激してくださった。大人が高校生を見る目は、まだまだノスタルジックだと思う。
 1・2年は授業中なので、校舎の外とはいえ邪魔にならないように、静かに歩く。
 校門を抜けて下足室へ。下足箱にはラブレター……なんか入ってるわけがない。
 こればっかりは、くたびれた上履きに履き替える……これが違和感。それまで、辛うじてあった新鮮な緊張感が、一気に日常の感覚に引き戻される。

 思い切って購買部で新品の上履きを買う。ここでも思い出確認の説明。また、購買のオバチャンが感動。

 そんなんじゃないんです。なけなしの思い出の中から、なんとか原石みたいなとこだけを拾おうとしてるだけ。
 教室の前を避けて、校長室、事務室、職員室、放送室の前を通って中庭へ。

 で、思い出した。

 ここで演劇部の勧誘を受けた。数人立っていた中で、いちばんかっこよかったのが、あのO先輩。覚えてる? 3のUFO劇団の下りで出てきたインチキ演劇のO先輩。
 あのころは、素敵な演劇青年に見えた。あれが間違いのもと。演劇部自体がいいものに思えて入部してしまった。そして、貴重な高校一年と二年の途中までを演劇部に持っていかれた。

 悔し涙が溢れてくる。

「おい、なにを……ああ、三年の加藤か。三年は休みやろ、なに……加藤、おまえ泣いてんのか?」

 なんか言おうと思うたら、生活指導のS先生。後ろに守衛さんと購買のオバチャン。そして間の悪いことに校長先生まで。守衛さんが何か一言……どうやら、みんな美しい誤解をしてる。

「あたしはアナじゃなくって、ナナです!」

 ……言えるもんなら言いたかった。

         ……奈菜♡ 

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