千早 零式勧請戦闘姫 2040 

32『バブルの森で市長と出くわす』
森の中、逆鱗が現れた宅地に向かう千早と貞治。
「大丈夫かぁ、ズンズン進んでぇ?」
鬱蒼とした森の中は20メートルも入り込むと方角も定かでなくなって、怖気を振るう牧師の息子だ。
「え、ああ、大丈夫よ。前にも来たし、どうってことないわよ」
「ウワ!」
「ちょ、しっかり歩きなさいよ」
「いや、葉っぱや苔やら……下は地面かと思ったら深くてさ」
木に掴まって上げた貞治の右足は、ふくらはぎのところまで濡れ苔がまとわりついている。
「もう、わたしの後ろを踏みしめて歩きなさい」
「お、おう……千早、なんで、スルスル歩けるんだ?」
「え、ああ……巫女の勘よ」
「ええ、保育所や遠足じゃよく行方不明になってたくせに」
「もう、古い話を……あれだって、ちゃんと自分で戻ってきたじゃない」
千早は、小さいころからあれこれ気を取られる性質で、最大で半日行方不明なることもあったが、いつも無事に戻ってきている。
「でもよ……苔の下とか、少し温い感じがするぞ」
「え、腐葉土とかじゃないの」
「おい、湯気が立ってるぞ」
貞治が踏み抜いた穴からは、仄かに陽炎のような湯気が立っている。
一瞬、妖かと思う千早だが――怪しの気配は無いぞよ――ポケットの姫鏡は特段の異常はないと呟いた。
「変だなあ……」
学校にやってきた黒ウサギはフェイントで、バブルの森こそ元凶だとやってきた千早は肩すかしの感じがした。
「あ、あなたたち……」
前の薮が揺れたかと思うと、九尾市の作業服を着たアカリン市長が役人を引き連れて現れた。
「あ、市長さん!?」
「クラブ活動かなんかなの?」
「あ、そんなとこです。こないだは資料館の方に行ったんで、今度はその周辺をと……市長さんは調査ですか?」
「まあね。近々公聴会があるから、念押しの予備調査って感じ」
「あ、それはご苦労さまです」
「慣れてはいるんでしょうけど、気を付けてね、足もと悪そうだから。あまり奥に入っちゃダメよ」
「ハイ」
「じゃ、助役さん、わたしたちも」
「はい、市長」
「失礼します(^_^;)」
ペコリとお辞儀する千早だが、助役が手にしていた地図には、いろいろチェックされていて、書き込まれた数字は森の中の気温や土壌の温度なんだろうと見当をつけた。ほかにも地図記号みたいなものも書かれていて、興味津々の千早だ。
それから少しだけ奥に踏み込み、土壌が異常に暖かいこと、にもかかわらず、妖の気配がしないことを確認して森の外に出た。
駐車場まで戻ると、ちょうど農協の田中さんが車を出すところ。
助手席の新人職員が畏まっているのを微笑ましく見送って家に帰る二人だった。
☆・主な登場人物
- 八乙女千早 浦安八幡神社の侍女
- 八乙女挿(かざし) 千早の姉
- 八乙女介麻呂 千早の祖父
- 神産巣日神 カミムスビノカミ
- 天宇受賣命 ウズメ 千早に宿る神々のまとめ役
- 来栖貞治(くるすじょーじ) 千早の幼なじみ 九尾教会牧師の息子
- 天野明里 日本で最年少の九尾市市長
- 天野太郎 明里の兄
- 田中 農協の営業マン
- 先生たち 宮本(図書館司書)
- 千早を取り巻く人たち 武内(民俗資料館館長)
- 神々たち スクナヒコナ タヂカラオ 巴さん
- 妖たち 道三(金波)
- 敵の妖 小鬼 黒ウサギ(ゴリウサギ)