大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・乃木坂学院高校演劇部物語・106『エピロ-グ』

2018-02-07 06:17:09 | はるか 真田山学院高校演劇部物語

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・106   


『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』姉妹版


 この話に出てくる個人、法人、団体名は全てフィクションです。

『エピロ-グ』

「おつかれさま」

 の声が六つした。

 そう、たった今ハルサイの新生乃木坂学院高校演劇部の『I WANT YOU』の幕が下りたのです。
 わたしは初めて、孤独を感じることができた。現実では味わったことが無いほどの孤独を。地上げ屋の三太が最後に言う。
「なになんだよ、なぜなんだよ、ここまでの粘りは……もう、もう、知らねえからな!」
 都ばあちゃんが最後まで、土地を売らなかったのは、人とのキズナを信じたから、信じたかったから。キズナがお金で取引されることを善しとしなかったから。そこには人が人であることの尊厳をなし崩しに失わせる抗(あらが)いがたいものへの孤独な戦いがあった。

 これを教えてくれたのは水島さん。

 消えていくことで、その孤独さと崇高さを教えてくれた。
 そこへの方向を示してくれたのは上野百合へと変身をとげたマリ先生。
 マリ先生は、乃木坂学院高校演劇部が崇高な神殿であることを知っていた。だから責任をとった。一見投げ出したようにして、タヨリナ三人組に任せたんだ。
 そして、その血脈は……たとえて言うなら、あの談話室に人知れず掲げられていた校旗のようなもの。
 だから、わたしは自分を校旗のようなものに置き換え……あの孤高な孤独が表現できたんだ。

 さあ、バラシ! 

 バラす道具はなにもありません。照明も地明かりのツケッパ。
 長年のクセで、舞台に集まったけど、何もすることがない。
「乃木坂さん、幕間交流お願いします」
 フェリペの司会の子がせっついている。
 そのとき、初めて気づいた。まるでカーテンコールのような拍手が湧き上がっていることに!

 舞台前に六人の部員が並んだ、言わずと知れた潤香先輩(学年はいっしょだけど)里沙、夏鈴、わたし、そして、新入の一年生が二人。

 この男女二人の新入部員が来たときはビックリした。
 男の子は水島クン、女の子は池島さんというの。
 むろん下の名前はちがうわよ。ってか、水島さんは下の名前は分からずじまい。
 でも、たった二人の新入部員だけど気だてのいい子たちです。

 観客席の前は、オナジミさんでいっぱい。

 はるかちゃんや上野百合さん。陸上自衛隊の人たちまで居たって言えば見当がつくと思います。あ、それから忠クンもコンクールのときとおなじような感動した顔で……後で手間かかりそうなのよね。
 そうそう、部室は追い出されておりません。三月三十一日に峰岸先輩が一日だけ部員になってくれましたから。

「それでは、乃木坂学院高校演劇部の上演について幕間交流を始めたいと……」
 思います。を言う前に、競り市のように手が上がりました。
 最初は自衛隊の大空さん、それから十人は数えました。
 もう、みんな誉め言葉ばっか。

――誉めて、誉めて、誉めちぎって、ちぎり倒してちょうだい!

「じゃ、最後お一人様にさせていただきます」
 司会の子に、指されて立ち上がったオジサン……どこかで見たことあるなあ?
 このオジサンだけが、けなしたのよね!
「……というところに、感情のフライングがありました。台詞はちゃんと中味を聞いてリアクション。芝居は演ずるのではなく、いかに受け止めるかです。仲まどかクン」
 このオジサンは、はるかちゃんのクラブの元コーチ。
 そんでもって、あつかましくも、無遠慮にも、無頓着にも、無神経にも、無分別にも、無鉄砲にも、不作法にも、不躾にも、不細工にも、この物語の作者でありました。

 この、クソオヤジ!!

 言い忘れるとこだった。例の宝くじ、潤香先輩が三等賞の百万円!
 で、わたし達は……四等賞の十万円!
 ウフフ、作者のクソオヤジは、わたし達のはハズレにするつもりだったのよね。
 でも物語も、このあたりにくると、作者の意図しないことも起こっちゃうんです。
 わたしたちは、これで火事で焼けちゃった照明器具を買いました。
 めでたし、めでたし……え、忠クンとはどうなったかって?

 それは……作者の意図さえ超えた。二人だけの、ヒ、ミ、ツ。



  『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』 完

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高校ライトノベル・乃木坂学院高校演劇部物語・105『第二十一章 受け継がれるもの・3』

2018-02-06 06:51:03 | はるか 真田山学院高校演劇部物語

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・105   


『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』姉妹版


 この話に出てくる個人、法人、団体名は全てフィクションです。

『第二十一章 受け継がれるもの・3』


 話しはちょっと戻るけど、三月十日は、乃木坂さんがいなかった。

 明くる日には平気な顔でやってきたんで、すぐに忘れちゃったんだけど、三月十日は東京大空襲の日。乃木坂さんの命日でもあるし、大事なあの人、マサカドさんと言おうか、三水偏の彼女と言おうか、その大切な人の命日でもあったんだもんね。
 乃木坂さん自身の平気な顔は――それには触れないでほしい――という意思表示だと思ってわたしたちも、聞かないことにした、やっぱ成長したでしょ。

 潤香先輩は、ロケの日、がんばりすぎて、二日ほど寝込んでいたけど、梅の花が満開になったころから、時々稽古を覗きにきてくれるようになっていた。

 そして……それは、桜の蕾が膨らみ始め、新入生たちの教科書や、制服やらの引き渡しの日に起こった。

 稽古場の同窓会館にいても、新入生たちの満開のさんざめきが聞こえてくる。
 その日は、理事長先生と潤香先輩が稽古場でいっしょになり、乃木坂さんは、バルコニー近くで、静かに、しかし厳しい目で稽古を見ていた。

 クライマックスのシーンで、それは起こった。

 都ばあちゃんが、地上げ屋の三太にも、三人の子供たちにも見放され、一人お茶をすする中、突然脚と腰に走る痛み。遠く聞こえる若き日のなつかしの歌。
 

 埴生の宿も わ~が宿 玉の装い羨まじ……♪

 都ばあちゃんの最後が迫る。登場人物がみんな……といっても都ばあちゃんを入れて三人だけど、「埴生の宿」の合唱になる。都ばあちゃんは最後の力をふりしぼって、最後の一節を唄う。

「……楽しとも……頼もしや……🎵」

 そこで、見えてしまった。乃木坂さんの体が透けてきているのを……。

「乃木坂さん!」

 おきてを破って叫んでしまった。一瞬乃木坂さんは「だめじゃないか」という顔になり、そして……気がついた。
 自分にその時がやってきたことを……。
「あ、あなたは……」
 潤香先輩にも見えてしまったみたい。
「水島君……」
 理事長先生は、驚きもせずに、静かに、そして淋しそうに乃木坂さんの本名を呼んだ。
「高山先生……先生は、ご存じだったんですか」
「三月の頭ごろからね……この歳になるととぼけることだけは上手くなるよ。本当は、イキイキとした君の姿を見られて、とても嬉しかったんだ」
「……僕の役割は、もう終わっていたんですよ……それが、この子達と居ることが楽しくて、嬉しくて……つい長居をしすぎたようです」

「わたしを助けてくれたの……あなた……あなた、なんでしょ?」

 潤香先輩が、ささやくように言った。
「君は、こんなことで死んじゃいけない人だもの……僕は、昔、助けたくても助けられなかった人がいる。自分の命と引き替えにすることさえ出来なかった……みんな、最後は、こう思ったんだ。自分は死んでも構わない。その代わり、他の誰かを生かして欲しい……親を、子を、孫を、妻を、夫を、教え子を、愛しい人を一人だけでも……みんな、そう思って、身も心まで焼き尽くされて死んでいったんだ」
 わたしは、カバンから、あの写真を取りだした。

「この人だったんでしょ。乃木坂さん……水島さんが守りたかったのは、苗字の上の字が三水偏の女学生。ねえ水島さん」

「……そうだよ。あの時は、他の仲間に申し訳なくて言えなかった。今、ここに居る仲間は喜んで許してくれる。その子は、十二高女の池島潤子さん。潤子の潤は……」
「わたしと同じ……?」
「そう……不思議な縁だね」
「潤いを人に与える良い名前だよ」
「水島さん。下のお名前も教えてください。わたし一生、あなたのことを忘れません」
「それは、勘弁してくれたまえ。僕たちは『戦没者の霊』で一括りにされているんだ。こうやって、君達と話が出来ることも、とても贅沢で恵まれたことなんだよ。苗字を知ってもらったことだけで十分過ぎるんだよ。高山先生、こんな何十年も前の生徒の苗字、覚えていただいていて有難うございました」

「もう歳なんで下の名前は……忘れてしまった。でもね、僕は時々思うんだよ……この歳まで生かされてきたのは、君達の人生を頂いたからじゃないかと」

「先生……」
「だとしたら、そうだとしたら、僕はそれに相応しい……相応しい仕事ができたんだろうか」
 水島さんは、仲間の承諾を得るようにまわりを見渡し、ニッコリとした笑顔で大きくうなづいた。
「ありがとう、水島君。ありがとう、みなさん」
 空気が、暖かくなってきたような気がした。水島さんの体がいっそう透けてきた。

「それじゃ……」

 と、水島さんが言いかけたとき、バルコニーの外の桜がいっせいに満開になった。最初、水島さんに会ったときの何倍も、花吹雪は、壁やガラスも素通しで談話室に入ってくる。
 気づくと、壁に紅白の幕。理事長先生の後ろには金屏風、日の丸と校旗も下がっている。
「これは……」
 と言ったのは、水島さん。わたしは思った、ここにいる大勢の水島さんの仲間がはなむけにやった演出だ。
「ありがとう、みんな……先生、最後に一つだけお願いがあります」
「なんだい、僕に出来ることなら……」
「『仰げば尊し』を唄わせてください。僕は唄えずに死んでしまいましたから、最後にこれを……」
「では、僕たちは『蛍の光』で送らせてくれたまえ」
「僕には、もう、そこまで時間が残っていません」
 水島さんの手足は、消え始めていた。
「じゃ、じゃあ、みんなで唄おう!」
 理事長先生は、ピアノに向かった。  

――仰げば尊し我が師の恩 教えの庭にも早幾年(はやいくとせ) 思えば いと疾し この年月 今こそ別れめ……いざ さらば――

「さらば」のところでは、もう水島さんの声は聞こえなかった。そして、桜も金屏風も紅白幕も、日の丸も消えてしまった。

 でも、校旗だけがくすんで残っていた。

 いえ……最初からあったんだけど、だれも気がつかなかった。何ヶ月もここを使っていながら。
 そして……悔しかった。わたしたちだれも『仰げば尊し』を完全には唄えなかった。ちゃんと水島さんを送ってあげられなかった……わたし達は、この歌を教えてもらったことがない。
 でも、歌の心は分かった。
 それを忘れるところまでわたし達のDNAは壊れてはいなかった。その心が少しでも水島さんに届いていればと願った。

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高校ライトノベル・乃木坂学院高校演劇部物語・104『第二十一章 受け継がれるもの・2』

2018-02-05 06:28:58 | はるか 真田山学院高校演劇部物語

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・104   


『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』姉妹版


 この話に出てくる個人、法人、団体名は全てフィクションです。

『第二十一章 受け継がれるもの・2』


 めずらしく柚木先生が、慌てて稽古場にやってきた。

「たいへんよ、ハルサイの公演が早くなっちゃった!」
「「「「えーー、どういうことですか!?」」」」」

 四人は声をそろえて言った(むろん乃木坂さんの声は、柚木先生には聞こえない)

「会場のフェリペがね、設備の故障で、五月には工事に入るんで一ヶ月前倒しだって!」
「ええ、そんな……」
「間に合うかなあ……?」
「……なんとかしょう!」
 乃木坂さんが言った。
「なんとかなる?」
「だれと、しゃべってんの?」
 うかつに乃木坂さんに言った言葉を先生に聞きとがめられた。
「あ、二人に言ったんです。里沙と夏鈴に。で、間をとって二人の真ん中に……はい」

 その日から稽古は百二十パーセントの力が入った。

 乃木坂さんの演出にも熱がこもってきた。

「君たちの演技は形にはなっているけど、真情がない。地上げの仕事への熱意が偽物だ。都婆ちゃんの子ども三人は、狡猾だけど、そうなってしまった人生の背景が感じられない。悪役は、ただ凄めばいいというものじゃないんだ。それに都婆ちゃんの孤独感というのはそんなものじゃない。他に迎合せず、孤高のうちにも孤独を貫き通す覚悟、そして、その覚悟をも超えてやってくる真の孤独の凄まじさ、それが出なくっちゃ!」
「はい……」

 乃木坂さんの指摘は的確だけどキビシイ。だてに何十年も幽霊やっていない。
 三人はうなだれる。

「君達の人生は、まだ浅い。理解しろと言う方が無理なのかもしれない」
「だって、無理だよ。分かんないものは、分かんないもの」
 夏鈴が正直に弱音を吐く。
「馬鹿、そんなことを言っていたら、殺される演技や殺す演技は誰も出来ないことになるじゃないか!」
「そう、それは……そうなんだけどね」
「……ごめん、つい感情的になってしまった。もっと分かり易く言わなくっちゃね」

 それから乃木坂さんは根気強く、かみ砕いて教えてくれた。

 たとえば、寂しさというのは、目の下の上顎洞という骨の空間から、暖かい液体が口、喉、胸、腹、脚を伝って地面に吸い込まれるイメージを持つこと。老人の腰は曲がるんじゃなくて、落ちる(後ろに傾く)ものなんだということ。で、そのバランスをとるために上半身が前傾し、膝が曲がる。そして、そのいくつかは、はるかちゃんがビデオチャットで教えてくれたことと同じだった。

 分からないことがもどかしかった。孤独を、淋しさと置き換えてみた。

 ひいじいちゃんとのお別れ。これはガキンチョ過ぎて、分からない。
 中学の卒業……卒業してからもたびたび行ってたので、このイメージも希薄。
 忠クンとの、空白の一年。いつでも、その気になれば会えるという、開き直ったお気楽さがあった。
 はるかちゃんの、突然の引っ越し……これは心の底に残っているけど、去年のクリスマスで、再会。この傷は、完全に治ってしまった。

 感情の記憶は、その時の物理的な記憶を残しておかないともたないらしい。何を見、何を触って、なにが聞こえたか、その他モロモロ。

 マリ先生が学校を辞めて、乃木坂の演劇部がつぶれたのは記憶に新しいけど、これは、演劇部再建のバネになってしまって、思い出すと活力さえ湧いてくる。

 人間の感情って、複雑だってことが分かる程度には成長しました……はい。

 潤香先輩……これも奇跡の復活で、痛みは遠くなってしまっている。

 われながら、痛いことはすぐに忘れるお気楽人間だと思っちゃいました。

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高校ライトノベル・乃木坂学院高校演劇部物語・103『第二十一章 受け継がれるもの・1』

2018-02-04 06:24:21 | はるか 真田山学院高校演劇部物語

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・103   


『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』姉妹版


 この話に出てくる個人、法人、団体名は全てフィクションです。

『第二十一章 受け継がれるもの・1』

「忠クンさ、自衛隊の体験入隊で、なんか変わった?」
「変わったってか……分かったよな」
「なにが……?」
「それは……」
「自分は、まだまだダメだ。でも、自分が希望の持てる場所はここだ……かな?」
「先回りすんなよ、言う言葉が無くなっちまうじゃないか……」

 ゆりかもめの一群が川面をなでるように飛んでいった、忠クンはそれを目で追う。ゆりかもめは、少し上流までいくと、さっと集団で舞い上がり。それにつれて忠クンの顔は上を向き、遠く彼方を見つめる目……サマになってる。
 そんな彼を、まぶしそうに見るわたし。ますますサマになる。
 すかさずレフ板の位置が変わり、カメラが切り替わる。

 ちょっと説明がいるわね。

 これは、ちゃんとしたテレビの撮影なの。『春の足音』のね……って、別にわたしが主役になったわけじゃないのよ。
 プロディユーサーの白羽さんのアイデアで、毎回番組の最後に『素顔のキャストとスタッフ』というコーナーがあって、二分間、毎回一人ずつ紹介していくわけ。

 やり方は基本その人の自由。この荒川の下町が舞台だから、町の紹介をしてもいいし、他のキャストやスタッフさんとのト-クもOK。順番はジャンケンで決めるの。そのジャンケン風景も撮って流すんだから、この業界の人のやることにムダはありません。

 で、わたしが大久保流ジャンケン術で勝利し、その栄えある第一回に選ばれたってわけ。

 むろん、ただのエキストラなんで、あらかじめ、はるかちゃんが紹介してくれて、わたしが映っている何秒間かが流れて、このシーンになるのね。
 わたしは、無理を言って忠クンを引っぱり出した。
 忠クンの体験入隊は、忠クンの中ではまだ未整理になっている。わたしへの気持ちもね。だから、こうやをって引っぱり出してやれば、いやでも考えるだろうって、わたしの高等戦術。いちおうわたしの彼だから、しっかりしてもらいたいわけ。

 え……「いちおう」……それはね、乙女心よ乙女心。最終章まできて、のらりくらりしてるカレを持った、崖っぷちのオトメゴコロ!!

 分かんない人は、第一章から読み直してください。序章には忠クン出てこないから。
 でも、わたし的には序章から読んでほしいです。

 監督も、高校生の自衛隊の体験入隊がおもしろいらしく、A駐屯地まで行って取材もしてきた。教官ドノをはじめみなさん大張り切りだったみたいだけど、流れるのは、ほんの何十秒。それも大空さんがほとんど。テレビのクルーも絵になるものは心得ていらっしゃるようなのよね。

 で、ゆりかもめを見つめて、なんとかサマになった忠クンは、こう締めくくりました。

「大変なことを、自然にやってのける力……そういう心になれるまで……その、軽はずみな気持ちだけでフライングしちゃいけないんだなって、そう思った」
「ほんと?」
「うん。前さえ向いていたら……今はそれでいい」
「今度、火事になったら、また助けてくれる?」
「それは、もう勘弁してくれよ」
「それって、もう助けないってこと?」
「助けるよ。目の前で、それが起こったら……そういうことも含めて、まず目の前にあることを一つずつやっていこうって。あのゆりかもめだって、最初から、あんなに自由に飛べるわけじゃないだろう」
「……だよね」
「卵からかえって、餌をもらい、羽の筋肉が発育し、親を見ながら飛ぶことを覚えていくんだ」
「そうね……そうだよね。今の忠クン、かっこいいよ」
「ああ、きざったらしい。二度と言わないからな!」  

 しきりに頭をかく忠クン。そして、程よい距離で、まぶしく、そして小さく拍手するわたしをロングにし、荒川の全景に溶け込ませて、お、し、ま、い。

 ほんとのとこ、まだまだ食い足りない。でも、忠クンとしては進歩。番宣でもあるし、「はいオーケー」の声もかかっちゃうし。
「ほんと、かっこよかったっすか!?」と、ヤツは目尻下げちゃうし……。

 オトコって、ほんとまどろっこしい! 

 ゆりかもめに気持ち乗っけて、それで「きざったらっしい」なんて、安物の青春ドラマ。めちゃくちゃショ-モナイって思わない!?

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高校ライトノベル・乃木坂学院高校演劇部物語・101『第二十章 嗚呼荒川のロケーション・5』

2018-02-02 06:12:54 | はるか 真田山学院高校演劇部物語

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・101   

 
『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』姉妹版


 この話に出てくる個人、法人、団体名は全てフィクションです。

『第二十章 嗚呼荒川のロケーション・5』


 ロケのだんどりは、こんなだった。

 クシャミを合図のようにして、役者の人たちが、笑いながらロケバスから出てきた。完全なティーンに化けたマリ……上野百合さんは、クシャミまでは化けきれず、そのギャップに大笑い。特に事情を知っている高橋さんと、はるかちゃんは笑い死に寸前。

 監督さんから、いろいろと指示が出されている様子。そして何度かのカメラテストとリハーサルに一時間ほどかけて本番。
 女の子はみんな女子高生の制服。高橋さんは、いかにもありげな先生のかっこうで、自転車に乗って土手道をやってくる。土手の下では、堀西真希さんと、われらが上野百合さんが、三年生の設定で、ポテチをかじりながら、二年間の高校生活を嘆いている。

 つまり設定は四月で、新学年の始まり。あちこちに造花のスミレやレンゲが何百本。美術さんが忙しそう。お気楽に見てるテレビだけど、頭が下がります。
 そこを本を読みながら、はるかちゃんが土手道を歩いてくる。前から自転車でやってきた高橋さんの先生が、よけそこなって、自転車ごと土手を転げ落ちてしまう(もちろん、落ちるのは人形の吹き替え)

「大丈夫ですか!?」
 と、大阪弁で、はるかちゃんが駆け寄る。
「アイテテ……」
 と、うなる先生。
「ごめんなさい、ついボンヤリしてしもて」
「きみは……転校生の春野……お?」

 先生は、春野さんのバッグからはみ出しているポテチに気づく。同時に春野さんは、先生の自転車の前かごから飛び出したポテチに気づく。見交わす目と目、吹き出す二人。そして、その親密さに気づいて、草むらから立ち上がる堀西真希と上野百合。その二人の手にも同じポテチが……。

 で、二回目のテストのとき、監督さんがわたしたちに目をつけた……。

 わたしたちは同じ制服を着て、はるかちゃんの後ろを歩いてくる、文字通り通行人。で、先生が転げ落ちたあとは、土手から心配げに見ている背景の女学生。

むろん顔なんかロングなんで分からないんだけど、思わぬテレビ初出演! でも、病み上がりとはいえ、やっぱ、潤香先輩って映えるのよね。また、カメラ回っている間平然としている根性もやっぱ、潤香先輩ではありました。

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高校ライトノベル・乃木坂学院高校演劇部物語・100『第二十章 嗚呼荒川のロケーション・4』

2018-02-01 06:05:52 | はるか 真田山学院高校演劇部物語

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・100   

 
『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』姉妹版


 この話に出てくる個人、法人、団体名は全てフィクションです。

『第二十章 嗚呼荒川のロケーション・4』


 そして、いよいよはるかちゃんのロケの日がやってきた。

 ロケ先の荒川の土手に朝の九時ごろから、タヨリナ三人組で行ったら、もうロケバスが来て、ADさんやスタッフの人たちが忙しそうに動き回っていた。

 梅の蕾も、まだ硬い二月の末日だけれど、まるで春の体験版のような暖かさだった。
 はるかちゃんは、まだロケバスの中なんだろう、姿が見えない。
 そのかわりロケバスや、撮影機材が珍しいのか、乃木坂さんがウロウロ。わたしたちに気づいても、軽く手を振るだけ。
 やがて、一段下の土手道を黒塗りのセダンが登ってきた。

「あ、あの運転手さん、西田さんだわよさ!」

 夏鈴が手を振ると――おひさ――って感じで、西田さんが手を振った。
 五十メートルほど手前の、下の土手道で、車が停まると、運転席から西田さん。助手席から若い男の人が出てきて、それぞれ後部座席のドアを開けた。
 左のドアからは、高橋誠司……さん。
 右のドアからは、キャピキャピの女の子が出てきて、目ざとくわたし達を見つけて駆け寄ってきた。
「初めまして、まどかに夏鈴に里沙!」
「あ……ども」
 だれだろ……と、考えるヒマもなく、その子はロケバスの方へ。途中で気づいたように振り返って、戻ってきて挨拶した。
「NOZOMIプロの上野百合で~す。よろしくね!」
「上野百合って……?」
「まどかが言ってた新人さん……だよね?」
 里沙が首をひねった。男の人は、荷物を抱えて追いかけていった。
「おはよう、乃木坂の諸君。あの子の正体は分かっても内緒にね」

 高橋さんがすれ違いに、そう言って行った。

「……あ、マリ先生!?」
「うそ……!?」
「もう芸名変えたんだ……」
 体験入隊の時よりもさらに化けっぷりには磨きがかかっていた。赤いミッキーのチュニックにチェックのカボチャパンツにムートンのブーツ。髪はかる-くフェミニンボブ……で、あのキャピキャピ。どうかすると、わたし達より年下に見える。

 そうして、驚くことがもう一つ。

「あ、潤香先輩!」

 潤香先輩が、紀香さんに手をとられながらやってきた。
「マリ先生から連絡もらって」
「上野百合さんだよ」
 さすがに立っているのは辛そうで、折りたたみの椅子が出された。
「ありがとう和子さん」
 それは、西田さんのお孫さんだった。
「お互いの、再出発の記念にしようって。お嬢……上野百合さんの発案なんです」
「わたし、あなたたちに発表したいことがあるの。お姉ちゃん、ちょっと手をかして」
「大丈夫、潤香?」
「うん。この宣言は立ってやっときたいの」
 潤香先輩の真剣さに、わたし達は思わず寄り添ってしまった。

「わたし、この四月から、もう一度二年生をやりなおす」

「それって……」
「出席日数が足りなくて……つまり落第」
「学校は、補講をやって、進級させてやろうって言ってくださるんだけどね、潤香ったら……」
「そんなお情けにすがんのは、趣味じゃないの」
「一学期の欠席がなければ、いけたんだけどね……」
「怒るよ、お姉ちゃん。これは、全部わたしがしでかしたことなんだからね」
「先輩……」
 わたしも胸がつまってきた。
「ほらほら、まどかまで。わたし、この留年ラッキーだったと思ってんのよ。だってさ、あんたたちと、もう二年いっしょにクラブができるじゃないのよさ。それも、これも、まどかや先生のお陰……な~んちゃってね」

 ロケバスの方で、聞き慣れた大きなクシャミが聞こえた。

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高校ライトノベル・乃木坂学院高校演劇部物語・99『第二十章 嗚呼荒川のロケーション・3』

2018-01-31 06:04:49 | はるか 真田山学院高校演劇部物語

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・99   


『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』姉妹版


 この話に出てくる個人、法人、団体名は全てフィクションです。

『第二十章 嗚呼荒川のロケーション・3』


 稽古は順調に進んでいった。なんたって、乃木坂さんが堂々と演出してくれる。

 それまでは、里沙や夏鈴の目を気にしたり、古文みたいなメモを読解しなくちゃならなくって、とっても不便だったんだもん。
 平台は一日一個作ることに決めた。なぜかというと、ちょうど最後の一個を作った明くる日が、はるかちゃんのロケになる。

 そう、みんなで見に行くことに決めちゃった!

 乃木坂さんは、浅草の軽演劇や歌舞伎なんかにくわしくって、型をつけてくれる。最初の口上のところなんか、大向こうから、かけ声をかけてもらうことになった。
 最初は顧問の柚木先生に頼んだだけど、乃木坂さんがイマイチな顔をしている。
 そして、なんと、なんと、理事長先生の耳におよんで、理事長先生がやってくださることになちゃった!

「よ、乃木坂屋! 日本一!」

 などと、二日に一度くらいのわりで来てくださって、声をかけていかれる。
「高山先生もあいかわらずだなあ」
 理事長先生が機嫌よく出て行ったドアに向かって、乃木坂さんがつぶやいた。
「乃木坂さん、理事長先生知ってんの?」
「うん、国史の先生。敗戦の前の年に出征されたんだ」
「あの、乃木坂さん。コクシとシュッセイってなんのこと?」
 夏鈴がソボクな質問をする。
「えと、国史は日本史、出征は兵隊に行くこと。高山先生は沖縄戦の生き残りなんだよ」
「へえ、戦争にいってたんだ、理事長先生……」
「沖縄じゃ、ほとんどの兵隊が戦死した。で、より安全な銃後にいた僕たちも死んだ。その中で生き延びてきたことを重荷に感じていらっしゃるんだ」
「ジュウゴって……?」
「銃の後ろって書くんだ。それくらい辞書ひきなよ。さ、一本通すぞ!」
「……なるほど」
 スマホで「銃後」を検索して、納得してから稽古にかかるわたし達に、苦笑いの乃木坂さんでした。

 この『I WANT YOU』という、お芝居は、歌舞伎、狂言、新派、新劇、今時のコメディー、それに、はやりの女性ユニットのポップな歌と踊りまで入っている。

 最初は楽しそうだと思って、次には、読むのと演るのは大違いということに気づいたころに、自衛隊の体験入隊。がんばろうとリセットができて乃木坂さんの姿が見えるようになって、乃木坂さんの指導よろしく、平台が十枚できたころにはようやくカタチにはなってきた。

 がんばろうとすると、ただ台詞を張って声が大きくなるだけで、芝居そのものは硬くつまらないものになっていく。
 乃木坂さんは、型になるところは見本までやってくれて、らしく見えるようにはしてくれたのよね。
 そこから、あとは台詞を忘れて自然に反応できるようにしろって言うのよね。
 はるかちゃんも、チャットで同じようなことを言う。芝居の中で、見るもの聞くものを探し、それに集中しなさいって。でも、それをやると芝居のテンションが下がってくる。

「どうすりゃいいのよさ!?」

 と、ヤケにになりかけたころに平台は、十六枚全部できちゃった。

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高校ライトノベル・乃木坂学院高校演劇部物語・98『第二十章 嗚呼荒川のロケーション・2』 

2018-01-30 06:33:26 | はるか 真田山学院高校演劇部物語

 まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・98   


『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』姉妹版


 この話に出てくる個人、法人、団体名は全てフィクションです。

『第二十章 嗚呼荒川のロケーション・2』


 その夜、はるかちゃんとビデオチャットをやった。

 主に自衛隊の体験入隊の話で、ウフフとアハハだったんだけど、話が一区切りついたとこで、はるかちゃんが切り出した。

「月末の土日で、例のCMのロケに行くの。荒川でよく紙ヒコーキ飛ばしてたあたり。時間があったら、家の方にも寄るんだけど、こういうのって団体行動だから、よかったら現場に来てよ」
「行く行く。お仲間みんな連れてっちゃうから。で、どんな役者さんが来るのよさ?」
「堀西真希さんとか……」
「え、いま売り出し中の!」
「うん。彼女がメイン。で、高橋誠司……」
「ゲ、あのおじさん!?」
「知ってんの?」
 わたしは(思い出したくもない)コンクールのいきさつを説明した。はるかちゃんは大笑い。
「アハハハ……それから、上野百合……この人も新人さんみたい。同年配だからちょっと安心」
 はるかちゃんたら、すっかりリラックスしてポテチを食べ出した。
「あ、はるかちゃんズルイ」
「スポンサーさんから山ほどもらっちゃったから。う~ん、うまいなあ!」
「こういうこともあるかなって……」

 わたしは、机の上のポテチに手を伸ばした。その拍子に机の上のアレコレを落としてしまった。

「相変わらず、整理整頓できないヒトなんだね、まどかちゃん」
「はるかちゃんに言われたかないわよ……」
 わたしは、ポテチをたぐり寄せ、あとのアレコレを足でベッドの方へけ飛ばそうとして、あれが足先に当たったのに気づいた。
「どうした、ゴキブリでも出た?」
「ううん、薮先生から預かった写真け飛ばしそうになっちゃって」
「ホホ、早手回しのお見合い写真ってか。困ったもんだわね、まどかちゃんには大久保クンが……ね」
「そんなんじゃないよ……」

 わたしは、写真のいきさつを話した。自然にというか、当然乃木坂さんの話しにもなっていく。はるかちゃんのことだから笑ったりはしないだろうけど信じてもらえるか少し心配だった。

「そういうことって、あるのよね……」
 案外、わがことのようにシンミリしてくれた。
「で、これが、その写真なんだけどね……」
 カメラの前に写真を広げて見せた。

「……あ、マサカドさん!?」

「え……はるかちゃん知ってんの?」

 はるかちゃんは、迷っていた……そして、ためらいながらマサカドさんについて涙を堪えながら話してくれた。
 長い話だったけど時間なんか気にならなかった。わたしの中で、乃木坂さんと、写真の三水偏の女学生、そしてマサカドさんのことが一つになった。

 くわしく知りたい人は、はるかちゃんの『はるか 乃木坂学院高校演劇部物語』を読んでください。

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高校ライトノベル・乃木坂学院高校演劇部物語・97『第二十章嗚呼 荒川のロケーション 』

2018-01-29 06:42:47 | はるか 真田山学院高校演劇部物語

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・97   


『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』姉妹版


 この話に出てくる個人、法人、団体名は全てフィクションです。

『第二十章 嗚呼 荒川のロケーション』

「……じつは、僕は幽霊なんだ」

 乃木坂さんが、もったいつけて言っても二人はキョトンとしていた。

「いや……だからね」
 乃木坂さんが、壁をすり抜けても。
「オオ~!」
 乃木坂さんの、奥の手で、周りを一瞬で春にしちゃっても。
「ウワア~!」

 いちおう驚くんだけども、幽霊さんに対する礼を欠いているというか、完全にミーハー。なんだか、マジックショーのノリになってしまった。

「喜んでくれるのは嬉しいけども、なんかね……」
 乃木坂さんは、頭をかいた。
「カッワイ~!」
 と、夏鈴。
「これで稽古中の、まどかの不信な言動のわけが分かった」
 と、大納得の里沙。
「そうだ、トラックから材木降ろさなきゃ。乃木坂さん手伝って!」
 わたしまで、あたりまえのように言っちゃった。

 材木運びじゃ、乃木坂さんの取り合いになった。だって乃木坂さんが見えるのは、わたしたち三人だけ。材木屋のオニイチャンも手伝ってくれるかなあと期待したんだけど、次の配達があるんで荷下ろしだけ。
 三人で運ぶと何往復もしなくちゃならない。かといって、乃木坂さんが一人で運んじゃ、材木の空中浮遊になって大騒ぎになっちゃう。 で、乃木坂さんは介添え役。で、乃木坂さんに介添えしてもらうとチョーラクチン。で、取り合いになるわけ。

 運び終わると、制服のあちこちに木くず。

「やだあ、冬休みにクリ-ニングしたとこなのに」
「じゃ、これはサービス」
 乃木坂さんが指を鳴らすと、ハラハラと木くずが落ちていく。
「わあー、きれいになった。コーヒーの染みまで落ちてる!」
 わたしは素直に喜んだんだけど、夏鈴がセコイことを言う。
「ねえ、こんなことができるんだったら、平台とかもチョイチョイと……」
「ばか、それじゃ訓練にならないでしょうが、訓練に」
「自衛隊でも習ったでしょうが、敢闘精神よ、敢闘!」
 三バカのやりとりをにこやかに聞いていた乃木坂さんは、暖かく言った。
「普通には手伝うよ。木を切ったり、釘を打ったり」
 

 それから、タヨリナ三人組と幽霊さんとの共同作業が始まった。
 

 ジャージに着替えるときに、夏鈴が聞いた。
「ひょっとして、着替えるとこなんか見てなかったでしょうね?」
「ないない、最初のは事故だったけど」
「最初のって、なによ?」
 やっぱ、花柄は見られていたんだ……もういいけどね。

 男手が入ると、作業効率が違うのよね。ためしに三六(さぶろく)の平台一枚だけ作るつもりだったけど、一時間で三枚もできちゃった。
 その作業の間、わたし達はしゃべりっぱなし。女を三つくっつけたら姦しい(かしましい)だもんね。って、これは乃木坂さんの感想。さすが旧制中学。
 でも、こうやってしゃべっていると、里沙や夏鈴に乃木坂さんが見えるようになったのが、理屈抜きで分かってくる。わたし達も、乃木坂さんも同世代だし、同じ演劇部。それに自衛隊の体験入隊も新学期に入ってからの稽古もずっといっしょだった。同じ空気を吸い……これひゆ比喩だからね。乃木坂さんは空気は吸いません。解説がつまらない? スイマセン。で、同じ感動を感じて、互いに近しくなってきたからなのよね。

 でも、これが思いもかけない結果になるとは……だれも想像できませんでした。

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高校ライトノベル・乃木坂学院高校演劇部物語・96『第十九章 女学生の写真・7』

2018-01-28 06:17:09 | はるか 真田山学院高校演劇部物語

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・96   


『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』姉妹版


 この話に出てくる個人、法人、団体名は全てフィクションです。

『第十九章 女学生の写真・7』    


 薮先生に話すと元気がもどり、昼から学校に行った。

 生活指導室で入室許可書をもらうと、市民派の先生に嫌みを言われた。
「自衛隊の体験入隊なんかに行くからだ……な、なんだよ」
 わたしは、恐い顔で先生を睨みつけていることに気がついた。

 教室に行くと、さんざ冷やかされた。

 インフルエンザを除いて無遅刻無欠席のわたしが欠席の連絡。それが、午後から、お気楽お元気に登校したものだから、恋煩いが一転オトコの心をゲットしたとか、親が危篤だったのが一転良くなったとか、自衛隊で食べ過ぎてお腹痛になったのが出すモノ出したら元気になった(これは夏鈴がたてたウワサ)とかね。

「まどか、今日から道具作りやるわよ!」

 里沙が、鼻を膨らませて言った。
「え……『I WANT YOU』に道具なんか無いでしょ?」
「予算よ、予算。来月中に執行しないと生徒会に没収されんの。だからさ、まだ公演まで余裕のあるうちに、平台とか箱馬とか作っちゃおうと思ったわけ」
「むろん、稽古もやるわよ。その前にテンション上げるのにいいと思ったのよさ」
 腹痛デマ宣伝の犯人が言った。
「自衛隊でやった、五千メートル走とか壕掘りとか、今思うと、けっこう敢闘精神湧いてくんのよね。で、どうせやるなら将来の役にも立って、予算の消化にもなる道具作りが一番と思ったわけなの!」

 放課後、里沙も夏鈴も掃除当番なんで、わたしは一足先に稽古場の談話室に行った。

「やあ、今日は早いんだね。まどか君一人?」
 バルコニー脇の椅子に座った乃木坂さんは、もう幽霊って感じがしない。それだけ馴染んじゃったのよね。
「あの二人は掃除当番。二人が来る前に見てもらいたいものがあるの」
 わたしは例の写真を見せた。乃木坂さんは面白そうに、表紙と、和紙の薄紙をめくった。
 乃木坂さんの顔が一瞬赤くなったような気がした……でも。
「……僕と同じ時代の子だね」
「ひょっとして……!?」
「……別人だよ。この子も可愛い子だけど、世の中いろんな可愛さがあるんだね。当たり前だけど」
「……そ、そうだよね。あの爆撃じゃ十万人も亡くなったんだもんね。ごめん、変なの見せて」
「ううん、いいよ。同じ時代の子だもの、知らない子でも懐かしい……あ、里沙君と夏鈴君が来る」
「なにやってんのよさ、道具つくるんだから材木運び。もう材木屋さんのトラック来てるからさ!」
 ドアを開けるなり、夏鈴が眉毛をつりあげた。
「さっき、言ったとこ……」

 里沙がフリーズした。夏鈴も視線が、わたしから外れている。

「その人……」
「だれなのよさ……」

 里沙と夏鈴に乃木坂さんの姿が、初めて見えた瞬間だった……。

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高校ライトノベル・乃木坂学院高校演劇部物語・95『第十九章 女学生の写真・6』

2018-01-27 06:23:39 | はるか 真田山学院高校演劇部物語

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・95   


『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』姉妹版


 この話に出てくる個人、法人、団体名は全てフィクションです。

『第十九章 女学生の写真・6』    

 というわけで、初めて学校に欠席連絡を入れた。

 ひいじいちゃんの忌引きで休んで以来。

 あ、それと例のインフルエンザ。
 

 コンクールの明くる日だって、乃木坂をダッシュして間に合ったんだ。

 とりあえず、十一時ぐらいまで横になった。ようやく起きあがれるようになったので、薮医院に行った。いつもなら歩いても十分とはかからないんだけど、二十分近くかかってしまった。

「さっき、忠友が来たとこだぜ」
「え、忠クンも……?」
「ああ、とりあえず点滴してやったら、少し元気になって帰っていったけど、学校は休めと言っておいた」
「忠クンも、わたしみたいに……?」
「見かけはな。しかし、あれは精神的なもんだ。体験入隊で自分の想いと現実のギャップを思い知ったんだろうなあ……それに、不寝番やらされて何かあったみたいだな」
「あ……」
「まどか、なにか知ってんのか。忠の野郎、何も言いやがらねえ」
「あの……」
「じれってえなあ、今時のガキは!」
「イテ……!」

 思い切りブットイ注射をされた。

 まさか、それに自白剤が入っていたわけではないだろうけど、気持ちが軽くなってきた。
 ガキンチョのころから、ここに来ると注射が仕上げで、それが終わると気が楽になり、たいていの病気は吹っ飛んでしまった。まあ、条件反射かもね。

「……なるほどな、乃木坂君てのから、そんな話しを聞かされたんだ」
「先生、素直に信じちゃうんですか?」
「ああ、昔は時々あったもんだよ、そんな事が。親父が体壊してしばらく、船を下りてるうちに、ミッドウェーで船が撃沈されっちまってさ。その晩、親父がここで何人かと話していたよ。むろん俺には親父の声しか聞こえなかったけどな……三月十日の大空襲もひどかった。十万人が焼け死んじゃったけど、ほとんどは身元も分からないまま戦没者の霊で一括りさ。そりゃあ思いを残して残ってるやつも大勢いるだろうさ。幸か不幸か、俺は、そんなのが見えねえ体質なんだけどよ。信じるよ、そういうことは」

「先生はさ、その空襲の時はどうしていたんですか?」

「さあ……ただ逃げ回っていたことしか覚えてねえな……人間てのはな、めっぽう怖ろしい目に遭っちまうと記憶がとんじまうものなんだ、そうしねえと神経がもたねえからな。で、いろいろ逃げ回って、てめえの家は焼け残っちまうんだもんな。皮肉なもんさ……そうだ、これを預かってくれねえか」
 先生はレントゲン写真を入れる黒い袋から表装された一枚の写真を取りだした。写真には早咲きの梅を前と後ろにして一人の女学生が写っていた。
「駅前で写真屋をやってた進ちゃんて同級生と逃げ回っていてよ。そいつが最後まで後生大事にもってた写真なんだ。いっしょに手紙が入ってたんだけど、無くなっちまって、その写真の主がなあ……胸の名札がちょうど梅の花と重なって苗字の三水偏きゃ分かんねえ。制服は第十二高女ってことは分かるんだけどね、まあ、なんとかは藁をも掴むってことで、一度その乃木坂君に見てもらえないかい」

 先生は、もう休診にしてしまった。わたしのシンドサが伝ってしまったようだ。

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高校ライトノベル・乃木坂学院高校演劇部物語・94『第十九章 女学生の写真・5』

2018-01-26 10:01:31 | はるか 真田山学院高校演劇部物語

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・94   


『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』姉妹版


 この話に出てくる個人、法人、団体名は全てフィクションです。

『第十九章 女学生の写真・5』    

 横丁を曲がるまで心配だった。

 何かって……決まってるじゃん。

 あれよ、あれ、ジジババのコスプレ。

 顔から火の出る思い。で、尻に帆かけて出かけて……って慣用句で合ってたっけ。文才のあるはるかちゃんなら、こんな時でもぴったしの表現が浮かぶんだろうけど、ラノベに毛の生えた程度のものっきゃ読まないもんだから……でも、はるかちゃんに教わってシェ-クスピアの四大悲劇とか、チェーホフの何本かは読んだけど、後が続かない。これも根気が続かない江戸っ子の習い性。ええい、ままよ三度笠横ちょに被り……これ、おじいちゃんがよくお風呂で唸ってる浪曲じゃんよ!

 横丁を曲がると、そこは雪国だった……なんか間違ってるよね。

 でも、いつもの我が町、我が家がそこにありました。はるかちゃんの「東京の母」秀美さんにも会ったけど、ごく普通なのよね。

「あら、まどかちゃん、お帰りなさい」
 で、これは家の中に入ってからだな……と、見当をつけ、深呼吸した。

「ただ今」
「お帰り」

 当たり前のご挨拶。おじいちゃんもおばあちゃんも、いつもの成りでご挨拶。
「タバコ屋のおたけ婆ちゃんに『無粋だね』って言われたのが応えたみたい。なんせジイチャンの寝小便時代も知ってる、元深川の芸者さんだったからな」
 狭い階段ですれ違う時に兄貴が言った。すれ違う時に胸がすれ合った。
「まどかでも、ちゃんと出るとこは出てきてんだな」
「なによ、兄ちゃんこそメタボに気をつけなよ!」
 ハハハ……と、兄貴は笑って行っちゃった。これって言い返したことになってないよね。
 自分の部屋に入ると、思わず横向きになって自分の姿を見るまどかでありました。

 その夜、スゴイ夢を見た。

 正確には、スゴイ夢を見た余韻が残っているだけで、中味は覚えていない。
 起きあがろうとしたら、まるで体が動かない。金縛りでもない、指先ぐらいは動く。
 でも、寝床から起きあがろうとすると、身もだえするだけで体が言うことをきかない。
 時間になっても起きてこないので、お母さんがやってきた。

「まどか、どうかした?」

「……体が……重くて、動かない……」

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高校ライトノベル・乃木坂学院高校演劇部物語・93『第十九章 女学生の写真・4』

2018-01-24 19:29:21 | はるか 真田山学院高校演劇部物語

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・93   

 これは前出の『まどか 乃木坂学院演劇部物語』の初稿です。紛失していたもが出てきましたので再掲載しました。

『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』姉妹版


 この話に出てくる個人、法人、団体名は全てフィクションです。

『第十九章 女学生の写真・4』         

 乃木坂さんの「手助け」もあって、わたしの班は西田さんの班の次の二等賞!

 企業グル-プのみなさんは、お気の毒に、また腕立て伏せ。
 教官の皆さんは拍手してくださったけど、例の教官ドノはいささか首をひねっておられました。どう見てもか弱い女子高生四人(「マリちゃん」はにせ者だけど)が、現役の自衛隊員並の時間で、教則通り……ってか、昔の日本陸軍式の壕を掘ったんだから。

 得意技の女子高生歓喜(とにかく、「ウソー」「マジ」「ヤダー」「キャハハ」の連発)でゴマカシて昼食。

 昼食は、なんと炊事車がやってきた。二トンぐらいのトラックなんだけど、荷台のところに、二百人分一度に作れるというキッチンセットが入ってんの。荷台の壁をはね上げると、そのまま庇になって、荷台の下からは二十人分の食卓と椅子が出てくるという優れもの。
 メニューは、焼きそばの上に焼き肉がドーンと載っかってんの。それに豚汁のセット。昨日のカツ丼といい、うな重定食といい、自衛隊はド-ンと載っけるのが好きなよう。むろんわたし達もね♪

 わたし達は、炊事車の椅子に予備の折りたたみの椅子を出してもらって、全員いっしょに昼食。これが体験入隊最後の食事……たった二日間だったけど、なんだか、とっても仲間って感じがした。教官の人たちも、企業グル-プさんたちも。

 いっしょに走ったり、行進したり作業をしたり。西田さんにはずいぶん助けてもらったけど、基本は自分たちでやった。わたしは部活の基本と同じだと思った。乃木坂さんは、そんなわたし達を、ちょっと羨ましげに見ていた。

 見ていたというと、やはり教官ドノの視線を感じる。これはおっかなかった。
 忠クンのことは気になったけど、アカラサマに見たり話しかけるのははばかられた……って、そんな浮ついたことじゃなくって、昨日からの忠クンの心の揺れに対してはハンパな言葉はかけられなかった……のよね。

 食事が終わりかけたころ、演習場の林の中から戦車が二台現れた!

「ワー、戦車だ!」「カッコイイ!」「一台でもセンシャなんちゃって!」
 思えば小学生並みのはしゃぎようでありました。
「あれは、戦車ではない」
 西田さんが呟いた。里沙がメモ帳を出した。
「八十九式装甲戦闘車ですね、通称ライトタイガー。歩兵戦闘車」
「よく知ってんね」

 西田さんが驚いた。メモ帳を覗き込むと、『陸上自衛隊装備一覧』の縮尺コピーが貼り付けてあった。さすがマニュアルの里沙。

 で、昼からは、そのソウコウセントウシャってのに乗せてもらって、演習場を一周。見かけのイカツサのわりには乗り心地はよかった。ただ外の景色が防弾ガラスの覗き穴みたいな所からしか見えないのには弱りました。
「変速のタイミングが、やや遅い」
 西田さんは、自分で操縦したそうにぼやいておりました。

 宿舎に帰ると、企業グル-プさんの部屋から、悲鳴があがった。

「なんだよ、これは!」「こりゃないだろ!」「たまんねえなあ!」
 続いて教官ドノの罵声。
「おまえ達が、満足に寝床の始末もできんからだ。やり直し!」
「企業グル-プさん、ベッドめちゃくちゃにされてたよ……」
 夏鈴が偵察報告をした。
「こういうことは連帯責任。クラブも同じだからね」
 一瞬「マリちゃん」がマリ先生に戻って呟いた。

 その後、解隊式があって、修了書とパンフの入った封筒をもらった。

 中隊長さんが短いけどキビキビした訓辞をしてくださった。団結力と敢闘精神という言葉を一度だけ挟まれていた。大事な言葉の使い方を知っている人だと感じた。
 忠クンが感激の顔で、それを聞いていたのでほっとした。

 私服のジャージに着替えると、宿舎の入り口のところで、教官ドノが怖い顔をして立っていた。
「これを……」
 サッと小さなメモを渡された……これって……だめだよ、わたしには忠クンが……。
「貴崎マリさんに」
 なんだ、わたしをパシリに使おうってか……でも、頬を染めた教官ドノの顔は意外に若かった。ウフフ。

「ウフフ」

 不敵な笑みを浮かべ「マリちゃん」は完全にマリ先生にもどった。
 帰りの、西田さんのトラックの中。みんな、ほとんど居眠りしている。わたしは、タイミングを待って、教官ドノのメモを渡した。その結果が、この不敵な笑みなのよね。

「まどかにも、大空さんから」

――演劇部がんばってください。公演とかあったら知らせてください。都合が着いたら観させていただきます。わたしのカラーガードもよかったら見に来てください。 真央

 助手席では運転をお孫さんに任せた西田さんが手紙を読んで神妙な顔。封筒にはA師団の印刷……きっと夕べのことなんだろうと思った。 前の空席には乃木坂さんが座っていて、静かにうなづいた。
 空は、申し分のない日本晴れ。夕べ降った雪は陽炎(かげろう)となり、その陽炎の中、トラックは、東京の喧噪の中へと戻っていきました。

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高校ライトノベル・乃木坂学院高校演劇部物語・92『第十九章 女学生の写真・3』

2018-01-23 19:51:57 | はるか 真田山学院高校演劇部物語

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・92   


『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』姉妹版


 この話に出てくる個人、法人、団体名は全てフィクションです。

『第十九章 女学生の写真・3』         

 この日は、トラックに乗って演習場に行った。

 西田さんのとちがって七十三式大トラ。新型らしいけど乗り心地は、西田さんのクラッシックな方がいいのは、ドライバーのテクニックかなあ……なんて思っていたら、いつの間にか一般道に出ていた。後ろから、ノーズが凹んだポルシェがついてきている。
――よくやるよ。おまえら、何が悲しくって自衛隊なんかやってんだ――てな顔したアベックが乗っていた。
――お、自衛隊にもカワイイ子いるじゃん――なんて、思ったんだろう、女の子に携帯でポコンとされてやんの。

 でも、二人ともニヤツイテ感じ悪~なの。
 一番後ろに座ってた西田さんが、ヘルメットを脱いで、ポルシェに向かってニターっと笑った。とたんにポルシェは運転がグニャグニャになり、ガードレールに左の横っ腹を思い切りこすって停まった。
「今度は廃車だな……」
 西田さんは小さく呟くと、ヘルメットをかぶり直した。

 演習場に着いた。一面雪の原野で、チョー気持ちいい!

「まずは、演習場を一周ランニング。小休止のあとテント設営。壕掘りを行う」
「オッチ、ニ、ソーレ!」
 雪の進軍が始まった。昨日の五千もきつかったけど、雪の上のランニングもね……と思ったら、案外楽に行けた。やっぱ慣れってスゴイってか、自衛隊の絞り方がハンパじゃないのよね。
 走り終わると、みんなの体から湯気がたっているのがおもしろかった。

「では、テントの設営にかかる。各自トラックから機材を取り出す……」
 教官ドノは、ここで西田さんと目が合って、言い淀んだ。
「教官。ただ命じてくださればよろしい。『かかれ』が言いにくければ『実施』とおっしゃればよろしい」
「テント張り方用意……実施!」
 教官ドノのヤケクソ気味の号令で始まった。支柱を立てて打ち込む。その間支柱を支えていることを「掌握」 支柱をロ-プで結びつけることを「結着」という。

 企業グル-プさんは手間取って、規定時間をオーバーしてしまった。

「腕立て伏せ、用意!」
 あらら……お気の毒。と、同情していたら、大空助教が宣告した。
「では、乃木坂班は、これより壕掘りにかかる。各自円匙(えんぴ)用意!」
「エンピツ!?」
 夏鈴が天然ボケをかます。大空助教が吹き出しかけた。
「円匙とはシャベルのことである。用意、実施!」
 大空さんも、西田さんを相手に「かかれ!」とは言いにくそう。

 結局、このカワユイ大空助教の「命令」が、一番きつかった。むろん夕べの不寝番は別にしてね。
 気がついたら、乃木坂さんがいっしょに壕を掘っていた。
「これ、よくやらされたんだ。校庭の土は硬くてね。それに比べれば、ここは何度も掘ったり埋めたりしてるから、楽だよ」
「あのね、乃木坂さん……」
 ひとりでに動いているとしか見えない円匙を隠すのは大変でした……はい。

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高校ライトノベル・乃木坂学院高校演劇部物語・91『第十九章 女学生の写真・2』

2018-01-22 19:37:16 | はるか 真田山学院高校演劇部物語

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・91   



『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』姉妹版


 この話に出てくる個人、法人、団体名は全てフィクションです。

『第十九章 女学生の写真・2』         

 障害走路場の前で、西田さんは棒立ちになってしまった。

 十二三人の兵士が、障害物走をしている声と音がする。しかし、降り積もった雪にはその痕跡はない。かけ声とリズムが、今の自衛隊のそれとは微妙に違う……これは、西田さんが若い、入隊したばかりのころ教官だった、旧軍時代からの叩き上げの人達のそれであった。
 西田さんは、黙って直立不動の姿勢をとり、静かに敬礼をした。

 急に警笛(ホイッスル)が鳴り響いた。

 一人でいるのに耐えられなくなった、忠クンがやってきて、あまりの怖ろしさに警笛を吹いてしまったのだ。
 直ぐに、本職の不寝番や、当直の警務隊の人たちがやってきた。
「これは……」
「どうしたことだ……」
 みな、懐中電灯で、あちこち照らしてみるが降りしきる雪の中光は遠くまでは届かない。何人かが、奥の方まで見にいった。

 やがて中隊長がやってくると、声と物音……いや、気配そのものが消えて無くなってしまった。
「いったい、何があったんだ。当直責任者、状況報告!」
 みな、金魚のように口をパクパクさせるだけで、なにも言えなかった。
「自分が、ご説明いたしましょう」
 西田さんが前に出た。

 話しは連隊長まで知ることとなり、ぼんやりながら、事のあらましが推測された。

「あのかけ声、呼吸は自衛隊のものではありません。自分が現役であったころの旧軍出身の先輩たちのそれでありました」
 西田さんのこの証言が決め手になった。
 A駐屯地は、終戦まで陸軍の士官養成のための教育機関があった。終戦の四ヶ月前に、近くの軍需工場を爆撃した米軍の爆弾が外れてここに落ち十二名の犠牲者を出した。彼らはまだここに留まったままで、昼間の西田さんと教官ドノとの壮絶な障害走競争に触発されて現れたのではないかと考えられた。むろんほとんどは西田さんの推測ではあるけれど、連隊長は納得し、同時に関係者には箝口令(口止め)がしかれ、簡単ではあるけれど慰霊祭がもたれることになった。

「そう言えば、昨日は建国記念の日でありましたな」
「いかにも、昔で言えば紀元節。因縁かもしれませんなあ……あ、自分らに不寝番を命じた……もとい。勧めた教官ドノにはご寛恕のほどを」

 ということで、教官ドノは中隊長からの譴責(叱りおく)処分ということになった。

――だから、これは内緒だよ。まどか君。
――で、そこまで詳しいってことは、乃木坂さんもいっしょに遊んでたんじゃないの?

 乃木坂さんは、あいまいな笑顔を残して消えて、わたしは爆睡してしまいました。

 朝は起床ラッパで目が覚めた。寝ぼけまなこで着替え終わると、ドアをノックして西田さんが入ってきた。
「あと五分で、日朝点呼。それまでにベッドメイキングを」
 三分で済ませ、西田さんのチェック。夕べはほとんど寝てないだろうに、元気なおじさん。

 朝食もいつもの倍ほど食べて、課業開始!

 営庭に集合しおえると、ラッパが鳴って『君が代』が流れた。みんな気を付けして日の丸に敬礼。わたしたちも不器用ながらそれに習った。昨日の五千メートル走のあとに『君が代』が鳴っていたような気がするんだけど、あの時はバテバテで、気づかなかった。西田さんを含め誰も強制しなかった。
 まだ一日足らずなんだけど、小さく言って仲間、大きく言って国というものをちょこっとだけ感じちゃった。わたし達の前で乃木坂さんが、まるで班長のようにきれいな敬礼を決めていた。カッコイイと思った。その時点で国民意識なんかどこかへ行っちゃった。

 ま、女子高生ってこんなもんです。

 この時、わたしの横にいる忠クンに元気がないことに気づいた。そして乃木坂さんに向けた視線の延長線上にあの教官ドノが居たことには気づかなかった……のよね。

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