大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・かの世界の片隅へ:97『伍長一人』

2019-01-14 14:03:57 | 小説5

高校ライトノベル:かの世界の片隅へ:97

『伍長一人』

 

 

 その場は笑って済ませた。

 

 なんと言っても船出だ、不吉なことや不審なことは口すべきではない。

 それに、わたし以外のメンバーもヤコブ伍長に気を許している。ロキとケイトには良い遊び相手、姫も三人が遊んでいるのを冷やかしたりチョッカイを出したりしている。お気に召している証拠だ。テルは渋い顔をしていたが、わたしの目配せで感じてくれたのだろう、いまは四人が遊んでいるのを黙って見てくれている。

 伍長というのは下士官の最下級で実務に長けた者が多い。常に兵たちと日常を共にする兄貴分という感じだ。

 今も、自分で作った知恵の輪やルービックキューブで盛り上げている。船旅の最初に克服しなければならないのは船酔いだ。

 船酔いは船と海の揺れに三半規管が追い付かないことから起こる。防ぐには、その揺れを超えるものに意識を集中させることが肝要だ。戦闘配置になると酔いが収まるのは知られたことだ。

 まさか、船酔い対策に戦争をすることもできない。知恵の輪やルービックキューブに集中させるのは効果的だと思う。それも船酔いが発症する前に集中させなければ効果が無い。巧みに惹きつけているヤコブは部隊においても良き下士官なのだろう。

 そうなのだ、わたしが笑って済ませたのは、軍人としての信頼感こそが基礎になっているのだ。

「今のうちに船内を把握しておこう」

 テルに声をかけて上甲板に下りた。ちなみに普通に言う露天の甲板は最上甲板と呼ばれ最上甲板のすぐ下のところを上甲板と言う。上甲板に下りたところには船内の見取り図が合って、船内の配置と乗船者の部屋割りが分かる。

 テルも同じ思いだと見えて、船内配置図の前で立ち止まった。

「……これではよく分からんなあ」

「キャビンなら左舷の中甲板だが……ひょっとして、ヤコブの部隊か?」

「ああ、世話になっているからな、部隊長に挨拶はしておかなければならんだろう」

「……見あたらんなあ、歩兵部隊がほとんどで……衛生部隊が一個分隊……機甲科も乗っていないぞ」

 

 整備部隊の下士官が単独で行動することなどあり得ない話なのだ……任務によっては機甲科の移動に伴って随伴させられることもあるが、その場合でも四五人の編成にはなるはずで、伍長一人がポツンと乗っていることなどあり得ない。

 

 

 

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高校ライトノベル・かの世界の片隅へ:96『白雪姫と七人の小人』

2019-01-12 13:11:12 | 小説5

高校ライトノベル:かの世界の片隅へ:96

『白雪姫と七人の小人』

 

 

 旅の目的はグラズヘイムに着くことだ。

 

 グラズヘイムにはブリュンヒルデの父である主神オーディンの居城ヴァルハラがある。

 ブリュンヒルデをムヘンの牢獄に繋いだのは、その父である主神オーディン。

 主神オーディンとブリュンヒルデには確執があって、それを解くのが目的のようなのだが、詳しくは分からない。

 もう一つの目的がある。シュタインドルフのヴァイゼンハオス(孤児院)で預かったロキを、その母の元に送り届けることだ。ロキの故郷はユグドラシル(世界樹)の根元にある。この世界の地理には詳しくないが、グラズヘイムとユグドラシルでは方角が違う。

 本来なら夕べノルデングランドホテルで決めるべきだった。

 だが、ブリュンヒルデの子どもっぽい寛ぎかたやタングリスの落ち着きぶりを見ていると「どっちにする?」とは聞けなかった。もとより、わたしもケイトも別の世界の人間なのだからな。

 

「ロキを送り届ける」

 

 いっしょに顔を洗いながらタングリスが一言言ってくれたのは好意なのだと思う。

「安心した」

 一言返事すると、わたしとタングリスは並んで歯を磨いた。洗面の前で横に並んでもタングリスの美しさが匂いたつ。

 同じ朝の光を浴びているのに、タングリスの方が10ルックスほど明るく感じてしまう。

「なにか?」

「すまん、見とれてしまった」

 正直に言った、どんな状況でも、タングリスは言葉を濁すことは好まないだろうと思ったからだ。

「そうか、テルが男であればなあ……いや、わたしが男であってもよかったか。テルもなかなかの女っぷりだぞ」

「「アハハハ」」

 二人で笑ってお仕舞にした。

 二人で軍服に着替えて、みんなを起こす。さすがに軍人で、軍服に着替えると、いつものタングリスに戻った。

 

 大きい分だけボロだなあ

 

 乗船Schneewittchen(シュネーヴィットヘン)は艦齢五十年はあろうかという輸送船だ。

 西部戦線が落ち着いて最初にヴァルハラに戻る便で、千人ほどの帰還兵と物資が積み込まれている。

「おっきい割には乗ってないねえ」

 ケイトが安心したように船を見上げる。

「あちこち痛んで、人が乗りこめるのは半分ほどしかないそうだ」

「シュネーヴィットヘンって、どういう意味?」

「白雪姫」

 一言で済ますと、タングリスはタラップを上っていく。笑ったり呆れたりしながら後に続く。

「毒リンゴ喰らって沈みそう……」

「沈むゆーな!」

「もう一人いたら、あたしら七人の小人だ!」

「ポチは0.1くらいだな」

「おっきさで判断しないで!」

 アハハと笑って、一同でデッキに上がる。ちょうどデリックで四号が釣り上げられるところだ。

 シュルツェンを付けられたので一回り大きく見える。

「かぼちゃの馬車にしては武骨だなあ」

 ロキが知ったかぶりを言う。

「かぼちゃの馬車はシンデレラだろう」

 次の便船が迫っているシュネーヴィットヘンは早々に出港した。

 

 ん、おまえは!?

 

 出港して間もなく、四号のハッチから顔を出したのは整備兵のヤコブだ。

「アハハ、わたしが付いて行けば七人の小人になるでしょ!」

 みんなが笑うなか、わたしとタングリスは渋い顔をしたままだった。

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高校ライトノベル・かの世界の片隅へ:95『ノルデングランドホテル』

2019-01-10 12:44:00 | 小説5

高校ライトノベル:かの世界の片隅へ:95

『ノルデングランドホテル』

 

 

 名は体を表さないホテルだ。

 

 ノルデングランドホテルはいわゆるラブホテルだ。お城風の三階建ては三流映画のセットのようにチャッチイ。一見味のある石造り、それも風雪によって風化しかけた趣があるが、手で触れると発泡スチロールに泥絵の具を塗りたくっただけのものだ。

「なんだか遊園地のお化け屋敷のようだな」

「マーケットで出た発泡スチロールを砕いて貼り付けてあるんです、剥がれたら、その都度貼り付けて塗装をしています。こういうところにお金を掛けない分、料金は安いんです、アハハ……」

 頭を掻きながらヤコブが言い訳をする。

「こういうホテルってフロントが無くて、自販機みたいなところからキーが出てくるんだぞ……無機質なところが闇に通じる」

 ブリュンヒルデは意外にツボにはまっているようだ。タングリスは憮然とし、ケイトとロキはワクワク、ポチはロキの肩に掴まったまま動かない。

 

 いらっしゃいませ。

 

 自販機めいたのが喋った!?

 なんと、機械が故障しているようで、パネルの横に鍵束を持ったオヤジが立っているではないか。

「申し訳ありません、二名様と三名様に分かれてのお泊りになります」

「なんでだよ、連絡した時は全員個室だって!」

「すまん、ヤコブ。西部戦線が片付いたんで、大挙して部隊が戻って来ることになって、うちみたいなところにも予約が一杯になってなあ。あ、もしヤコブも泊まることになったら布団部屋に入ってもらうしかないぞ」

「オレは四号の修理がある、みなさん、一晩の事なんで、どうかご辛抱ください。では、鍵をどうぞ」

 二つのキーを渡すとオヤジはスタッフオンリーの部屋に戻っていった。

 

 ロキとケイトにポチで一部屋、もう一部屋をタングリスとブリュンヒルデとわたしで使うことになった。

 

「ふ、風呂がガラス張りだぞ……」

 ブリュンヒルデがたじろいだ。

 女同士、気を使わなくていいじゃないかと慰めるが、元来が姫君、首を縦に振らない。ブリュンヒルデを先に入れて、その間部屋を出ているという選択肢もあるのだが、タングリスは斟酌しようとはしない。

「女同士です、いっしょに入りましょう」

 なるほど、これなら外から見られて恥じらうこともない。

 入ってみると、この種のホテルの仕掛けが気に入るブリュンヒルデだ。風呂からテレビが見れるぞ! オー、泡のジェット噴射で気持ちいい! なんで風呂に滑り台がある? 子どものようで見ていて飽きない。

 タングリスの裸には驚いた。美人でプロポーション抜群なのは分かっていたが、軍人らしく引き締まった身体にきめの細かい肌が微妙にアンバランス。いや、アンバランスと言っても美しさのアンバランス。なんだろう、この見とれてしまう感覚は? そうだ、形容すると「おいしそう」というのがピッタリしてしまう。

「おいしそうという感覚は間違ってないぞ、ハハハ、そんなにうろたえるな」

 ブリュンヒルデが混ぜっ返す。

「先にあがります」

 タングリスがあがると、ガラスの向こうに所在なげなケイトが見えた。肩にポチを載せている。

「あっちでは入りにくいので、こちらの風呂を使わせて欲しいそうです」

 タングリスの解説でケイトが入って来る。なるほど、ロキがいっしょでは入りにくいだろう。

「おー、滑り台もあるし、遊んでいけ🎵」

 ブリュンヒルデはすっかり寛いでいる。

 

 明日はいよいよムヘンともお別れである。海を渡って、いくべき進路は二通り……ま、それは明日考えよう、タングリスもブリュンヒルデも口にはしないのだから……。

 

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高校ライトノベル・かの世界の片隅へ:94『うちの四号はトップナンバー!?』

2019-01-08 13:58:59 | 小説5

高校ライトノベル:かの世界の片隅へ:94

『うちの四号はトップナンバー!?』

 

 

 整備隊のエリアは自走できる故障車両で一杯だ。

 

 無理もない、西部戦線での戦いをピークとして、ようやく小康状態を取り戻したのだ、修理を要する戦車や戦闘車両が大量に戻ってきている。明日になれば、ベルゲパンターに曳かれて自走不能な車両も戻ってきて、これの倍ほどの混雑になるだろう。

 ブリュンヒルデはオーディンの姫だし、タングリスはトール元帥の副官だ。少し無理を言えば健康な戦車に交換してもらえるだろう。整備隊エリアに着くまでにも、撤退してきた戦車がいくらでも並んでいた。しかし、メンバーのだれからも車両交換の声は上がらなかった。シュタインドルフからここまで乗ってきて、みんな、この四号に愛着があるのだ。

「仕方がない、便船を一本遅らせますか?」

 タングリスは、一番不満を言いそうなブリュンヒルデに振った。

「この四号を交換するのも便船を遅らせるのも嫌だ」

 お姫さまは無理を言う。

「この状況なのです。嫌ならば四号を交換するか便船を遅らせるかしか手がありません」

「だって!」

 大尉の軍服のまま口を尖らせると、コスプレの中坊が我儘を言っているようにしか見えない。

「船便を遅らせます」

 口調は丁寧だが、子どもの我儘を断ち切るように言って回れ右をするタングリス。

 

「ま、待ってください!」

 

 引き留めたのは整備隊のテントから飛び出してきたヤコブだ。

「あと一時間ほどで整備に掛かってもらえるように手配しました。便船には間に合いますから!」

「そんなことができるのか?」

「はい、履帯の交換をやって、主砲を75ミリの長砲身に換装、あらたにシュルツェン(車体と砲塔の周りに付ける衝立のような補助装甲)を付けます」

「そこまでやって間に合うのか?」

「はい、あの四号はD型のトップナンバーであります」

「トップナンバー?」

 タングリスが不審な顔になる。

「書類をちょいといじったのです、ご承知おきを……出発までの宿も確保しておきました、地図をどうぞ。自分は作業に立ち会いますので、これで」

 それだけ言うと、ヤコブはウィンクして行ってしまった。

「なかなか気の利くやつだなあ、働きによっては我がリトルデーモンにしてやってもよいぞ」

 ブリュンヒルデは中二病丸出しの喜びようだが、我々には、いささか怪しげに見えないでもないヤコブだ。

「では、宿に向かいますか」

「宿は、どんなところなのだ?」

「ノルデングランドホテルとあります」

「お、なんか豪華そう!」「久々にベッドで休める!」「お風呂に入りたい!」「ご飯も食べたい!」「ご飯会しよー!」

 四号は良い戦車だが、きちんとしたホテルに泊まれるのは嬉しい限りだ、堅物のタングリスでさえ足どりが軽くなっている。

 

 ボーーーーーーーーーーーーーー

 

 港の汽船も、いっしょに喜んでいるように汽笛を鳴らすのだった。

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高校ライトノベル・かの世界の片隅へ:93『ベルゲパンター』

2019-01-06 15:34:20 | 小説5

高校ライトノベル:かの世界の片隅へ:93

『ベルゲパンター』   「ベルゲパンター」の画像検索結果

 

 

 ポチは鞍部の向こうを指さしている。

 

 キュロキュロと履帯の音がしてくる、四号よりも重厚な音……五号戦車パンター。

 しかし、鞍部を超えて姿を現したのは、ポチの言う通り変なのである。

 車体こそは精悍なパンターだが、その上に砲塔は無く、木の箱のようなものとクレーンが載っていて、傾斜した全面装甲の上には二号戦車の主砲である20ミリ機関砲が付いている。

「ちょうどいいところに」

 タングリスがホッとした表情で道の真ん中に出て手を振った。変なパンターは鞍部に乗り上げたところでため息をつくような音をさせて停車した。

「……どうかしましたか?」

 ハッチも開けずに操縦手席から眼鏡の兵隊が顔を出した。

「すまん、プラグがヘタって動けなくなったんだ、予備があったら分けてくれないか。なんなら、ノルデンハーフェンの整備隊まで牽引してくれてもいいんだが」

「ハ……はい、喜んで!」

 一瞬の間があって、眼鏡は変なパンターを四号の近くまで寄せると、状況確認のために下りてきた。眼鏡は小柄な奴で襟には伍長の階級章が付いている。

「わたしは遊撃偵察隊のタングリスだ、船の時間に間に合わせたいので急いでくれるとありがたい。ん? そっちは貴様一人か?」

「はい、西部戦線の戦闘が終了したので、急いでベルゲパンターで向かうところであります。回収作業には現場の戦車兵が協力してくれますので、急いで車だけでもと先行しておるのです」

 どうやら変な奴は、ベルゲパンターという戦車回収車のようだ。

「伍長、おまえの名前は?」

 ブリュンヒルデが偉そうに聞く。多彩な乗員にたじろいだようだが、姿勢を正して答えてくれる。

「第七機甲師団、第一戦車回収隊のヤコブ伍長であります」

「ごくろう、なんとかなるか?」

「はい、路上の作業では時間もかかりますし、プラグの予備も数が揃いません。修理隊まで牽引させていただきます」

「そうか、では、みんなで手伝おう」

 タングリスが目配せするとブリュンヒルデが下りてきて偉そうに指図する。

 戦車の牽引と言うのは自動車のように簡単にはいかない。車載のワイヤーロープを下ろすだけでも四人がかり、そいつをベルゲパンターのお尻と四号の前方にあるフックに掛けるのだが、車体のフックとワイヤーロープを繋げるE型金具一個だけでも12キロの重量がある。フックに掛け終ると二本のワイヤーロープのテンションを均一にするために回収車の方を動かして微調整。無事に終わるのに三十分近くかかってしまった。

「ベルゲパンターの方が空いているので、何人か向こうにいきませんか」

 タングリスが提案すると――仕方がないなあ――という顔。で……なんと、タングリスを除く全員が移動した。

 みんな子どものようにベルゲパンターが珍しいのだ。

 四号をけん引しながら鞍部を超えると、前方から護衛のパンターに引き連れられたベルゲパンターとトラックがやってきた。

「ラッキーだなヤコブ!」「オー、早々と」などと言いながらヤコブの仲間たちが追い越していく。

 元来が真面目な照れ屋なのか、少年のように頬を染めるヤコブが可愛く思える。

「やっぱ、オープントップは気持ちいいなあ!」

「空気おいしい!」

「なんか、いろいろ積んでるねえ!?」

「あんまりはしゃぐな」

 ケイトやロキに注意しながらも、いちばん面白がっているのはブリュンヒルデだ。

「お、プラグの予備が四ダースもあるぞ」

 目ざとく発見したのもブリュンヒルデだ。

「あー、そんなところにありましたか!」

 ヤコブの顔がいっそう赤くなった……。

 

 

 

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高校ライトノベル・かの世界の片隅へ:92『ノルデンハーフェンを目前に』

2019-01-04 12:14:49 | 小説5

高校ライトノベル:かの世界の片隅へ:92

『ノルデンハーフェンを目前に』

 

 

 世界そのものが生き物なんじゃないかと思うようなニオイがしてきた。

 

 街道には街道の、草原には草原のニオイがした。

 でも、それは土のニオイであったり、草いきれや花の香という、世界の中に存在しているもののニオイにすぎない。

 しかし、海のニオイというのは圧倒的で、もう世界そのものの体臭のように迫って来る。

 かと言って目の前に海が広がっているわけではない。

 ムヘン最大の港町であるノルデンハーフェンは眼前の峠と言うのも気が引ける街道の鞍部を超えたところで見えてくるらしい。

 この世界に来て海を見るのは初めてだ。

 ムヘン川にもエスナルの泉にも水はあったが、こんなに圧倒されるようなものではなかった。

 

 ガクンガクン

 

 歯車の咬み合わせが悪くなったような音をさせたかと思うと、つんのめるような感じで四号は停まってしまった。

 ブルン ブルン……ブルン ブルン……

 タングリスがイグニッションを掛け直すが、一瞬身震いするだけで四号のエンジンはストップしてしまう。

「エンジンの具合が悪いのか?」

「どうも、この四号は海が嫌いなようです。潮の香りがしてきたとたんに故障のようです」

 そう言うと、タングリスは操縦手ハッチを開けて車外に飛び出した。車体をめぐる音で後ろのエンジンハッチに向かったことが分かる。

「ロキ、操縦席にまわれ、ケイトとテルは手伝ってくれ」

 ブリュンヒルデは車長らしく指示するとキューポラから飛び出した。

「ムー、わたしは?」

 指示のなかったポチが一人前にむくれる。

「ポチは上空で警戒に当たれ、それでいいよね、タングリス?」

 ロキが咽頭マイクを喉に押し付けて聞くと――ああ、それでいい――とレシーバーからタングリスの声。ポチは「わかった!」の一声を残して、四号の上空へ飛び上がっていった。

「キャブレターか点火プラグか……」

 タングリスはトラブルの原因を絞り込んで調べ始める。

「我が魔力をもってすれば一瞬で直せるであろうが、安直な解決は先々への禍根になるやもしれず、残念だが見守っておることにするぞ」

「残念がらなくてもけっこうです、二人一組になって足回りのチェックをお願いします。ゲペックカステンの中に点検用のハンマーが入っていますから」

「そ、そうか、しかたあるまい」

「ブリュンヒルデ、休む気満々だっただろ」

「うっさい!」

 ケイトに指摘されると、手にした野戦用レーションをハンマーに持ち替えて目配せする。

「はいはい」

 その成り行きで、わたしはブリュンヒルデと、ロキはケイトと組んで四号の左右に分かれて点検を始めた。

 

 戦車の点検はSLのそれに似ている。目視で異常がないかを見ながら柄の長いハンマーであちこちを叩いていくのだ。

 

 カンカン カンカン

 四号の左右で小気味いい音が響く。

 しかし、四号の足回りは音の割には良くなかった。

「履帯のピンがヘタって切れそうなのがあるなあ」「転輪のボルトが欠損してるのがある」「履帯も新旧取り混ぜ……限界のがある……」

 真剣に見ると、あちこち心もとない箇所が発見される。その間にタングリスは十二個のプラグを全部外し、半分以上が寿命であるとため息をついた。

「この路上では修理しきれないなあ……」

 タングリスを囲んで、みんなが腕を組む。タングリスというのは、こんな苦境にあっても美しい奴だ。眉間に刻まれた皴でさえチャームポイントに見えてしまう。

 

 むこうから、変なのが来るよーーーー!

 

 上空でポチが叫んだ。

 

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高校ライトノベル・かの世界の片隅へ:91『ポチの帰還』

2018-12-30 13:37:19 | 小説5

高校ライトノベル:かの世界の片隅へ:91

『ポチの帰還』

 

 

 気が付いたらヨタヨタと飛んでいる……たぶん東に向かって。

 

 バシュっと絡めとられて、いっしゅん振り返ったら、エスナルの泉ほどの口を開けたイソギンチャクみたいなのに呑み込まれそうになっていた。臭い息がモワ~モワ~絡めとるように襲い掛かってきて、もうダメだ!

 そして、どのくらいか意識が無くなって、気が付いたらヨタヨタと飛んでいるんだ……。

 右手にムヘン川が見えているから東に向かっていることは間違いない。

 廃墟と焼け野が原の間を幾つかの曲がりくねった道が走っている、大方は、平和であった頃の町や村、あるいは畑の道であったんだろうけど、こう荒れ果ててはよく分からない。その中の一本がムヘン街道で、その街道のどこかに四号が身を潜めているはず……探すと、他の道とゴッチャになって混乱する。

 えと……えと……えと……また気が遠くなってきた。

 懐かしい鉄と油の匂い……ハッと我に返って飛び起きる!

 ゴチン!

 真っ白い天井に頭を打つと、馴染んだ手が包むようにして助け上げてくれる。

「あ、気が付いたか!?」

 四号の車内、わたしは通信機の上のベッドに寝かされていた。ロキがウエスの布団で包むようにして介抱してくれている。

 助かったんだ……

「おっと、もう気絶すんなよ」

「ロキ! ロキ! 怖かったよー!」

「もう大丈夫だ、よくやったな。ヨタヨタ飛んできたかと思うと四号の真上でピタッと停まって落っこちてきたんだぞ」

「ロキが受け止めてくれたの?」

「ああ、だいぶ前から、ポチが帰って来る気がしてさ。砲塔の上で待ってたら、ちょうど広げたオレの手の中に落ちてきたんだ」

「そ、そーだったんだ……ロキ、なんで上半身裸なの?」

「ああ、受け止めた時、ポチの臭いが移っちまってな」

 見ると、開け放ったハッチから、アンテナに括り付けてはためいてるロキの上着が見えた……上着の下には見覚えのある小さい服が……あ、わたしの服だ!?

「おまえ、犬の口の中みたいにドロドロで臭かったから洗ったんだ」

 タングリスが横顔のまま言う。わ、わたしってば素っ裸だ!?

「新しい服も縫ってるから、元気になったら着てみなさいよ」

 ケイトとテルが狭い車内でなにか縫ってる。

「あ、ロキ、見るなあああ!」

 慌てて、ウエスの布団を身にまとう。

「おまえ、そんな人間の女の子みたいな反応すんなよ」

「そうだぞ~、気絶してるおまえを、ロキは甲斐甲斐しく洗ってくれたんだぞ~」

 自分でも分かるくらいに真っ赤になる。

「うそだよ、男はあっち向いてろって、女子のみんながやってくれたんだ」

「しかし、だんだん人間らしくなっていくなあ……ところで、西部戦線はどうだった?」

「あ、そ-だ」

 まだ生々しい感覚が残る戦線の情報を伝える。みんな、それまでのオフザケを止めて真剣に聞いてくれる。

「人とクリーチャーの融合か……」

「新しい局面ですね」

 ブリュンヒルデとタングリスが見かわす。

「トール軍とレジスタンスとクリーチャー……それに、人とクリーチャーの融合体か」

「四巴(よつどもえ)だな」

「しかし、そのおかげで、街道は平穏なんだ。一気にノルデンハーフェンを目指すぞ!」

 ブリュンヒルデが拳を上げて、四号は動き出した。

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高校ライトノベル・かの世界の片隅へ:90『ポチの退屈・3』

2018-12-28 13:10:28 | 小説5

高校ライトノベル:かの世界の片隅へ:90

『ポチの退屈・3』

 

 

 赤がクリーチャー、白がレジスタンス。

 

 そのはずなのに、高度を下げると赤と白の区別が無くなってピンク色になってきた!

 ピンク色んて聞いてないよ!

 むろん、仮想デスクトップのマップ上のことなんで、なんだろうと実際に眼下の戦場に目を落とす。

 

 え? えええええええええ!?

 

 クリーチャーとレジスタンスの兵士が融合してとんでもないことになってる!

 シリンダーと兵士が融合して、シリンダーのお尻みたいな体に人間の手足が生えているという分かりやすいものから、唇に手足が付いたもの、目玉に手足がついたもの、鼻に手足が付いたものなんかが混じっている。

 メスシリンダーは大きいだけあって、一度に何十人という兵士を取り込んで巨大なムカデのようになっている。それがのたうち回ってトール軍の戦車や自走砲をなぎ倒している。

 戦車などは裏返しにでもならない限り戦闘力を失わないようで、ほとんどゼロ距離射撃でメスシリンダーの横腹を破裂させ、血や肉やらなにやら分からないものをまき散らし、その撒き散らされたものは毒でもあるのか、トール軍の兵士がのたうち回って苦しんでいる。

 目を転じると、すぐに対策を立てたトール軍部隊が防毒マスクを着けて風上に回り込む運動を始めている。抜刀隊が一斉に走り出し融合していないシリンダーを見つけては両断していく。

 風に乗ったプレパラートたちが疾風のように勢いをつけて抜刀隊に襲い掛かる! さすがの抜刀隊もイナゴの群れのようなプレパラートに切り刻まれて明けに染まっていくものが続出。

 ところどころにフィギュアのように突っ立っている兵士……ゴーグルが外れてメデューサに石化されてしまっているんだ。衛生兵が命懸けで近づいて金の針を打っている。

 見覚えのある……あ!? ペギーのおばさんが戦場を駆けまわりながら、なんと商売をしている!

 おばさんの商魂はすごいなあと感心するだけなんだけど……なんだか気分が悪くなってきた。

 戦場のむごたらしさには慣れているというか、自分自身シリンダーの変異体なので、こんなのは平気のはずなのに……目がくらくらして、冷や汗が流れて、手足がしびれてくる……。

 そうなんだ、人とクリーチャーの融合が嫌なんだ、見ていられないんだ。

――ポチ、もういいぞ、かえってこい!――

 ロキの声が頭の中で響いて我に返った。

 ロキの声が、ここまで聞こえるってありえないから、空耳に決まってるんだけど、わたしの中の何かが限界だって言ってるんだと思う。さ、帰らなくっちゃ……

 気づくと、飛び方もフラフラになって、いつ地上に墜ちてしまうかもしれない、墜ちたら、ここは戦場だ!

 揉みくちゃになって踏みつぶされてしまう!

 シュッ!!

 鞭のような触手が伸びてきたのを危うく躱す! 次のが来たら避けきれない! そのままの勢いで戦場を離脱する。

 

 はやく戻って戦況を報告しなくっちゃ!

 

 でも、意識が朦朧と……途切れ途切れになっていく……。

 

 バシュ!

 

 や、やばい、なにかに絡めとられてしまった! いやだ! 人とクリーチャーの融合体なんかああ!!

 

 

 

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高校ライトノベル・かの世界の片隅へ:89『ポチの退屈・2』

2018-12-27 11:39:13 | 小説5

高校ライトノベル:かの世界の片隅へ:89

『ポチの退屈・2』

 

 

 この身体になって世界が広がった。

 

 なんせ、シリンダーだったころってゆーか、今もシリンダーなわけで、カテゴリー的にはシリンダーの変異体なんだろうけど、この自由さとときめきは格別なんだ。

 十三四歳の女の子のナリはしてるけど、身の丈は25センチ。てっきり30センチはあるかと思ったんだけど、だって、みんな1/6サイズのフィギュアみたいだって言ってる。1/6サイズのフィギュアって30センチくらいあるもん。

 そういうことにしとけばいいのに、ロキは退屈まぎれに、わたしの身長を測った。

「あ、25センチ!」

 大きな声で言うもんだから、四号の車内のみんなが「ヘー」とか「ホー」とか言って納得してしまった。

 ま、いいけどね。狭い四号の中でも25センチの身長ならスイスイらくちんに移動できる。

 ロキが車載通信機の上にベッドを作ってくれた。四号を整備するときに使うウエスってゆう布キレを適当に縫い合わせただけのベッド。ここだと通信手のロキと操縦手のタングリス、両方の顔が見える。人間だったら、こんな間近に、たとえ親しくあっても人がいるというのは落ち着かないかもしれないけど、わたしは嬉しい。

 もっともタングリスは無口なんで、もっぱら、お喋りしたりチョッカイを出し合ったりするのはロキだ。厳密にはご主人様になるのかもしれないけど、気分は相棒だね。

 寝返りうつと、タングリスの横顔。

 胸もおっきいし、めちゃくちゃ美人だ。ブリ(本人が嫌がるんで面と向かってはブリュンヒルデと正確に言う)にだけは丁寧な言葉を使う。丁寧なんだけどきびしい。あんまし遊んでくれないから苦手。ロキはツンデレなんだと言うけど、まだデレたところは見たことがない。

 人型になったら飛べないかもしれないかと心配したけど、しっかり飛べる。普通の人間は飛べないから、飛べる自分は人の形をしていても、やっぱ本質はシリンダー? まあ、ブリもケイトもテルも戦闘の時は飛んでるから、あんまり深くは考えないでおこう。

 こんなことをポワポワ考えるのは気分よく空を飛んでいるからだ。

 タングリスに言われて西部戦線の偵察。ムヘン街道に戻った時は砲撃とかがあって、さぞかし北上したらドンパチの真っ最中と覚悟したら、四号の北上と共に戦線は西の方に行ってしまったらしい。

 

 ピピピピ ピピピピ

 

 識別信号機がアラーム。

 ポチっと目の前をクリックすると、仮想デスクトップが出てくる。

 3Dのマップに三種類のドットがせめぎ合っている。

 青が味方のトール元帥軍。赤がクリーチャー。白がレジスタンス。

 赤はとても少ない。その少なくなった赤を取り囲んでいる白と青がせめぎ合っている。

 レジスタンスたちは、闇雲にクリーチャーを討伐するんじゃなくて協調しようとして、トール元帥軍と衝突している。

 その関係が、そのままマップに現れている。

 

 全体としては青のトール元帥軍が赤と白をせん滅する寸前に見える。でも戦線は一進一退で、ほとんど膠着しているようだ。

 これから、どう動くのかは、もうちょっと近づいてみないと分からない。

 

 よーし、もうちょっと下りてみるか。

 

 わたしは、静かにゆっくりと高度を下げていった……。

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高校ライトノベル・かの世界の片隅へ:88『ポチの退屈・1』

2018-12-25 11:09:23 | 小説5

高校ライトノベル:かの世界の片隅へ:88

『ポチの退屈・1』

 

 

 ノルデンハーフェンへ北上する街道は曲がりくねっている。

 

 そもそもが自然に発展した地域だからだ。

 ムヘンブルグから南はトール元帥の聖戦の折に延長された軍事道路であり、軍事敵機能性のゆえに直線が多い。

 かつては、街道沿いにいくつもの町や村や耕作地が広がっていたのだが、無残に瓦礫か焼け野原になっている。

 瓦礫や焼け野原なので、視界を遮るものに乏しく、曲がりくねった道の様子がよく分かる。

 平和で盛んだったころは、カーブを曲がるごとに変化する街の様子や景色が旅の無聊を慰めてくれたものだが、こうも荒れた景色が見通せては辛いものがある。

「タングリス、わたしが幽囚の身であった間に荒れ果てたものだな。堕天使の筆頭とは言え、この荒れようには凹んでしまうぞ」

「はい、しかし、戦線は北西の方に移ったようで行程は楽になりました」

 まあ、エスナルの泉からの帰り、ムヘン山地を通り抜ける緊張感に比べれば楽なものだ。Cアラーム(クリーチャー警報機)の電源は入れてあるが、なんの反応もない。

「……ちょっと退屈なの」

 ハッチの縁に顎をのせ、しみじみとポチがこぼす。

 車内ではケイトもロキも居ねむってしまい、年かさのテルは相手をしてくれず、人型に変身して間もないポチは退屈で仕方がない様子だ。

「ならば、我がリトルデーモンとして、我の肩でも揉め」

「やだ、リトルデーモンじゃないもん」

――それなら、わたしが任務を与えましょう――

 ヘッドセットを通してタングリスが提案する。

「なに? おもしろいこと!?」

 ポチは車内に潜り込むと、直接タングリスに聞きに行った。数秒すると操縦席のハッチが開いてポチが元気よく飛び出した。

「じゃ、行ってくるね!」

「お、おう」

 四号の上で一回転すると、ポチは遠雷のような砲声がくぐもる西の空に飛び立っていった。

「なにを命じたんだ?」

――ちょっと、戦線の動きに気になるところがあるので調べさせようと思いました。好奇心いっぱいのポチには向いていると思いました――

――大丈夫かい、敵と間違われて撃たれたりしないか?――

 テルが心配する。

――味方識別信号チップを持たせてやった――

「そ、そうか、わたしも同じ気持ちだった」

――そうですか――

 そ、そーだ! いちおう、わたしがコマンダーなんだからね、そ、それくらいは思うわよ!

 いつの間に目覚めたのか、ケイトとロキが車内で笑った……ちょっとムカつく。

 

 

 

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高校ライトノベル・かの世界の片隅へ:87『ヒュルルルル……』

2018-12-24 12:06:08 | 小説5

高校ライトノベル:かの世界の片隅へ:87

『ヒュルルルル……』

 

 

 

 往路が散々だったので山地に入ってからはみんなピリピリした。

 峠を越えるたびに緊張し、藪から小鳥が飛び出しては車載機銃を向け、夕陽の傾きで岩肌が照らされては「クリーチャー来襲!」と75ミリ砲を撃ちまくった。没する寸前の太陽が一瞬で雲を茜に染めた時など、メスシリンダーや融合体の出現と狼狽して、みんな有りっ丈の魔法攻撃を食らわしてしまった。おかげでみんなMPが乏しくなって、夜道を四号の前照灯を頼りに歩いてMPを回復させる始末だ。こんどペギーに会ったらエーテルを中心に補充しなければならないと思った。

 寝不足になりながら無辺街道にたどり着くと、人や車両の往来が乏しくなっていた。

 エーテルの補給をと財布を取り出していたのだが、ペギーの出店も取っ払われていた。

「あんたら……失礼しました大尉殿、どこの戦車隊ですか?」

 南下してきた軍用トラックに誰何された。ドライバーは輸送部隊の女軍曹で、面構えと体格に似合わない高い声でなければオッサンと間違うところだ。

「独立遊撃隊だ、ムヘン山地の警戒から戻ってきたところだ。あんたらは?」

「北で大規模な作戦行動が始まります、それで輸送車両は後方に戻しているんです。あと二三台来れば、それも終了です」

「作戦とは、クリーチャーの掃討戦か?」

「それもあります……それ以上は申せません」

「レジスタンスか」

「ノルデン鉄橋で装甲列車が擱座したことを受けてのことらしいです、北に向かわれるのでしたらお気を付けて」

「ああ、そうするよ」

「では、失礼します」

 軍曹は敬礼するとトラックを発進させた。助手席には工兵の操縦徽章を付けた一等兵が乗っているのが不思議だったが、尻を振りながら、かなりの高速でデコボコ道を遠ざかっていく。迅速かつ確実に戻るには一等兵の技量では心もとないのだろう。

 ヒュルルルル………かん高い音が降って来る!

「みんな車内へ! ハッチを閉めて!」

 叫ぶと、タングリスは四号を全速後退させた。

 

 ドッガーーーーーーーーーン!!

 

 つい今まで四号が居たところに大口径砲弾が着弾、車内の我々はもみくちゃになった!

「すまない町長、これから先は自力で戻ってくれ。我々はノルデンハーフェンを目指す、ローゼンシュタットに立ち寄る余裕もなし、同行してもらうには危険が大きすぎる」

「大丈夫さ、タングリス大尉。若いころはマラソンでならしたもんだし、エスナルの泉で十分回復したしな」

「ああ、じゃあ、水と二食分の食糧だけ持って行ってくれ」

「ありがとう、それじゃ、また平和になったら寄ってくれ。殿下、みなさん、ご無事で、失礼します!」

 町長は軽々と四号を下りると、西に向かって駆け出した。

「タングリス、くるぞ!」

 

 ヒュルルルル……

 

 着弾の前触れに、タングリスはアクセルを踏み込み四号をまっしぐらに北に向かって走らせた。

 

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高校ライトノベル・かの世界の片隅へ:86『エスナルの泉の秘密』

2018-12-23 13:16:15 | 小説5

高校ライトノベル:かの世界の片隅へ:86

『エスナルの泉の秘密』

 

 

 ここがエスナルの泉でしたか……

 

 すっかり元気を取り戻したミュンツァー町長がしみじみと言う。

「ムヘン街道から東へはめったに行かないので……むろん、エスナルの泉は初めてです」

 石化してからここまでの記憶は無いので、テルとタングリスが説明してやったが、さすがに町長を務めるだけのことはあって理解が早い。テルもタングリスもここまで来るまでの苦労は語らない。

 わたしならいっぱい言うぞ、町長の事がなければ、ムヘン街道で北進して、今頃はノルデンハーフェンから船に乗っているところだった。

「しかし、ここまで来るにはご苦労があったんじゃないですか? 町の外に出ただけでクリーチャーに出くわすようになりましたし、ましてムヘン街道の東は魑魅魍魎の世界と言われています」

「こうやってみんなが揃っているのが答えだ、あまり気になさるな」

 くそ、タングリスは、こういうところで大人だ。

「その妖精さんは?」

「ああ、ロキが連れていたシリンダーの変異体です」

「ヘンタイじゃないもん!」

 聞き違えたポチが文句を言う。みんな穏やかに笑ったりして! くそ、シリンダーのくせに可愛じゃないか!

「シリンダーの変異体とは創世記に書かれている以外には、トール元帥の聖戦に二つほど例があるだけです、いずれも幼生のうちに心が通い合い、その上に共に激戦を経験しなければならないとか……どうも大変なご迷惑をかけてしまったようです」

「頭を上げられよ、こうして全員無事なのですから」

「ハハハ、そうですね。わたしも良い体験をしました、こうして泉の恩恵にこうむるとは……トール元帥の聖戦では、傷ついた神々や兵士がここで傷を養ったとか、幼いころに司祭のお説教で……うる憶えですがな」

「しかし、泉の効能はともかく、景色の良いところですね。周囲の木々や岩など専門の庭師が設計したような美しさだ」

「たしかに……」

 町長はタングリスやテルと共に泉を見はるかす、なんだか、温泉のCMにそのまま使えそうな風情だ。

「……いかん、ここを直ぐに離れなければ!」

「どうしたんです!?」

 なにかに怯えたように町長は後ずさり「早く逃げて!」と叫んで山への道を駆けだした、放っておくわけにもいかず、我々は町長を追って山道を峠の向こう、泉が見えなくなるところまで逃げた。

 

「こ、ここまで来れば大丈夫でしょう……」

 泉で石化が解けた町長は、効果が効きすぎて陸上選手並みの脚で駆けてきたのだ、追いかけた我々も息が荒い。

「ど、どういうことなんだ、町長?」

 目が回りそうだったが、タングリスとテルばかりじゃ面白くない、苦しい息を堪えて聞いた。

「殿下、エスナルの泉というのはクリーチャーの一種なんです!」

「「「「「クリーチャー!?」」」」」

「はい、傷ついた者を癒すのは、癒したうえで形のいい木々や岩石に変えて、自分の身を飾るのが習性なのです。心地よさにグズグズしていると、ご覧になったような岩や木々に変えられてしまいます」

「そうだったのか!?」

「危ないところだったんだな」

「ん? ロキの鼻……」

 なんとロキの鼻はピノキオのように木になって伸び始めているではないか!

 セイ!

 テルがすかさずソードを抜いて木になったところを切り落とした。

「えーと……お礼を言わなくっちゃならないんだろうけど、オレの鼻は、もうちょっと高くなかったっけ?」

「いやいや、そんなもんだ。さ、日も暮れる、みんな四号に戻るぞ」

 

 五人乗りの四号に六人はギュウギュウだったが、なんとか乗り込み、一路無辺街道を目指して走り出した。

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高校ライトノベル・かの世界の片隅へ:85『エスナル温泉か!?』

2018-12-22 12:01:38 | 小説5

高校ライトノベル:かの世界の片隅へ:85

『エスナル温泉か!?』

 

 

 三十秒で乾いてしまった。

 

 ほら、町長の重しが取れた反動で、着いたばかりのエスナルの泉に飛び込んでしまった。

 とっさのことに黒魔法を使うことも出来ずに濡れネズミになって岸に上がった。

 さすがに、ガキンチョのロキも、箸が転んでも笑う年頃のケイトも気の毒そうな顔をしている。タングリスは「申し訳ありません!」とタオル代わりに上着を脱いでわたしを拭こうとし、テルは乾燥魔法がないかとウィンドウを開くし、ポチは頭上でぐるぐる飛び回って、ささやかな風圧で乾かそうとしてくれた。

 その下僕たちのアクティビティーとは関係なく、クシャミ一つする間もなく乾いてしまったのだ。

「まるで、アルコールが揮発していくみたいだ!」

 アルコールの揮発なら気化熱を奪われ寒くなるのだが、それもない。いや、少しはある、石化した町長をボルガの船曳みたいに引っ張ってきて汗みずくだったのが、すっかり爽やかになってしまっている。

「これは乾燥ではなく、泉のエスナの効果なのですよ!」

 タングリスが閃くと同時に胸を張る。

「すまん、もう上着を着てくれ」

 上着を脱いで胸を張ると、タングリスの形のいいバストが強調されて面白くない。

「じゃ、わたしたちも飛び込もう!」

「そうだ、汗びちゃだしね!」

 ロキとケイトが思いつくと同時に泉に飛び込んで他の者も続く。

 なんだか楽しそうなので、わたしももう一度浸かってみる。

 あ~あ~極楽極楽~🎵 

 温泉状態になってしまった。じっさい、泉の周辺は形のいい岩や、盆栽のように枝ぶりのいい木々があって、湯気さへ立ち上っていれば完璧な温泉の風情なのだ。

 

 けして町長の事を忘れていたわけではない。

 

 しかし、あまりの心地よさに、もう少し……もう少し後でもいいだろうと思ってしまう。

 ……みんな……町長さんを……町長さんを……直してあげなきゃ……

 ポチが耳元で囁いているのに気付いたときは、日が傾きかけていた。

「みんな、さっさと上がって! 町長の石化を解くぞ!」

 真っ先にタングリスが上がって、みんなを促した。

 泉の効果だろうか、誰言うともなく町長を担ぎ上げて泉に浸けた。

 石化していた時間が長かったせいか、解けだすのに一分近くかかった。

「よし、もう大丈夫だ。我々は先に上がろう。浸かり過ぎていると上がれなくなってしまうぞ」

 ロキは少しムズがったが、ポチに叱られながら上がって、みんなで町長の回復を待った。

 

「おや……なんで服を着たまま風呂に入っているんです?」

 

 石化の解けた町長は、そう呟くとスルスルと服を脱ぎ始めた。

「町長、脱ぐな、ここは温泉じゃない! 聞こえてない……ロキ、町長を止めてこい!」

 ロキが飛び込んで、背中を蹴り上げて、やっと町長は正気に返った。

「あ、あ、みなさん!?」

 町長は前を隠しながら、やっと上がってきた……。

 

 

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高校ライトノベル・かの世界の片隅へ:84『ボルガの船曳』

2018-12-21 12:03:31 | 小説5

高校ライトノベル:かの世界の片隅へ:84     

 

『ボルガの船曳』   

 

 

 まるでボルガの船曳だ。

 

 オーディーンの娘にして堕天使筆頭たるブリュンヒルデが……なんでこんなことをせねばならんのだあああああ!

 わたしのツインテールを二股の四つに分けて、それを我が下僕ともリトルデーモンとも呼べる者ども、タングリス、テル、ケイト、ロキに持たれ……ま、それは見ようによっては我が魔力、我が威光にひれ伏す者どもを導いているようにも見える。

 しかし。

 その麗しき二股ツィンテールの上に石化した町長を載せて引っ張っている姿は、まるでボルガの船曳だ!

 知っているか、ボルガの船曳!?

 帝政ロシアのころ、ボルガ川を遡上する船を引っ張っていた人間たち。

 数人から数十人の人足たちが、船の舳先から延ばしたロープを牛か馬のように肩や頭に掛けて、お頭の音頭に合わせて――エイコーラ エイコーラ もーひとーつエイコーラ――って船を川上に引っ張っていくんだ。あの奴隷みたいにこき使われたボルガの船曳を彷彿とさせる姿だ!

 こんなことをやるなら、父オーディンに命ぜられたままムヘンで幽囚の身であった方がよっぽどマシと思う。

 並のツィンテールならば、バリバリと頭の皮ごと持っていかれてしまっていただろう。

 

 エイコーラ……エイコーラ……

 

「その歌唄うなあああ!」

「自然と出てきてしまう」

「ジト目こわ~い」

「ジト目とはなんだ! この体勢で振り返ることもできないんだぞーー!」

「背中でジト目が分かるしい」

 ケイトとロキが好き放題を言う。タングリスは気づかないふりをして、テルは笑いをこらえているのも癪に障る。

「峠を越えました、木の間隠れに泉が見えます!」

「わ、分かってる……」

 タングリスの言いようは、子どものころにお八つを欲しがってむずかるわたしをなだめた婆やにソックリだ。

 くそ……無性にお腹のすく性質で、お昼を食べて三十分もするとお八つを欲しがるわたしに「ほら、あの時計の針が五センチも下がればお八つでございますよ」となだめおった。

「五センチとはどのくらいじゃ?」

「ほんの、これくらいでございますよ」

 そう言って指を広げて見せおった。あの時の婆やのオタメゴカシを思い出してしまう。

「ブリ、がんばれ! がんばれ、ブリ!」

 人間の姿になったポチが、目の前を飛びながら励ます。

 ポチは健気なもので、その三十センチにも満たない体に紐を町長の首と自分の肩に結び付けて引っ張っている。

 この健気さがなければ、右手の先をハエたたきにして叩き落しているところだぞ!

「がんばれ、ブリ!」

「ブリブリゆーな! 我はオーディンの娘にして堕天使の筆頭たるブリュンヒルデなるぞおおお!」

「あ、MPが戻った!」

 ケイトが嬉しそうに叫ぶ。ケイトのMPは歩くと回復するようだ。

「町長をリペアしながら行けるじゃないか!」

「それなら四号を持ってこいいいいい」

「四号を取りに戻っている間に泉にたどり着けます」

 タングリスは容赦がない……クソ!

 

 そうしてニ十分。ようやくエスナルの泉についた。

 

「姫の御髪を戻してさしあげろ」

 タングリスの一声で、石化した町長を下ろし、頭皮ごと抜ける寸前の髪を解放してくれた。

「ウ、ウワーーーー!」

 姫! ブリ! ブリュンヒルデ! みんなが叫ぶ!

 急にツインテールの負荷が無くなったので、わたしは、前のめりのまま泉に突進して飛び込んでしまった。

 

 ドッポーーーーン!

 

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高校ライトノベル・かの世界の片隅へ:83『エスナルの泉を目前にして』

2018-12-20 12:42:46 | 小説5

高校ライトノベル:かの世界の片隅へ:83     

 

『エスナルの泉を目前にして』

 

 

 やっぱり無傷では済まなかった。

 

 ミュンツァー町長の体には縦に亀裂が入っていて、今にも二つに割れてしまいそうになっている。

「エスナルの泉まではもたないなあ」

 エンジンを止めて操縦手ハッチから出てきたタングリスはため息をつく。

「わたしがリペアをかけてみよっか……」

 オズオズと手を上げるケイトにみんなが注目する。

「リペアレベルを見せてみろ」

「えと……こんなだよ」

 ケイトが開いたウィンドウにはキロリペアとある。

 リペアには、キロ、メガ、ギガ、テラ、ペタとある。つまり、ケイトの使えるリペアは一番下の単位だ。

「これじゃ、十五分に一回はリペアしないともたないな」

「しかたない、エスナルの泉に着くまでは町長さんに張り付いてるよ」

 ケイトは砲塔後部のゲペックカステンの上に身を晒し、一人後ろ向きに座って町長に付き添うことになった。

 

 山一つ回り込めばエスナルの泉が見えてくるところで、妙な音がし出した。

 シュッ……シュッ……シュッ……

 

 砲塔側面のハッチから身を乗り出すと、ゲペックカステンの上でケイトが焦っている。

「どうした?」

「だめだ、MPが足りなくてリペア出来ない」

 音は、ケイトが白魔法を空振りする音だったのだ。

 ガクン ブロロロ…………

 軽く前のめりになって四号が停車した。タングリスが気づいてゆっくりと停めたのだ。

「エーテルはないのか?」

「使い果たしてしまったよ、さっきの戦いで」

 ケイトはみんなのHPを回復させるためにケアルやケアルラを使いまくっていたのだ。

「こんなときに限ってペギーは現れないのだなあ」

 ブツブツ文句を言いながらブリュンヒルデは砲塔の上に立って遠くを捜すふりをする。

「そんな見える範囲ににはいないぞ」

「ムヘン街道で商売繁盛だったからな……」

「ブリねえちゃんのエスナは使えないのか?」

「我がMPは、とうにからっけつだ」

「仕方がない、ここから歩く」

 タングリスが路上に飛び降りた。

「歩くのかあ?」

「町長は四号の振動にはたえられないでしょう」

「しかし、町長をどうやって運ぶ?」

 石化した町長は、とても一人でオンブできるようなものじゃない。

「姫の御髪を使います」

「わ、わたしの髪の毛!?」

「はい、姫の髪は玄武を怯ませ足止めをする力があります。その強さなら石化した町長でも運べます」

 乗員一同の目がブリュンヒルデに集中する……。

「ハ、ハハハ、何を言う! その玄武との戦いで、我がツインテールはロキと変わらぬショートヘアになっておるではないか、こんな短い髪で何ができると言うのだ!?」

「失礼します」

 一言言うと、タングリスはブリュンヒルデの両足首をムンズと掴んだ。

「な、なにをする!」

「ごめん!」

 タングリスはブリュンヒルデの両足首を掴んだまま、ヘリコプターのローターのように振り回し始めたではないか!

「ヒエーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

 呆気に取られて見ていると、しだいにブリュンヒルデの髪が伸び始め、三十秒ほどしたころには三メートルほどの長さになった。

「すごい、遠心力で戻してしまった!」

「戻し過ぎだぞ、これでは、半分以上引きずってしまうではないか……」

「このようにします。姫を先頭に、残りの者は後ろに回ってくれ」

 言われたままにすると、ブリュンヒルデの髪を四つの束に分けてそれぞれに持たせた。

「なんなんだ、これは?」

「みな、ショックに備えよ!」

 そう言うと、ゲペックカステンに括り付けてあった町長を下ろして四本の綱のように伸びた髪の上に横たえた。

「ウオ! ちょ、ちょ、ちょーーーーーー!」

「これも修行! さ、行くぞ!」

 

 ブリュンヒルデを先頭に、その髪を荷車のようにして、我々は山一つ向こうまで迫ったエスナルの泉を目指した。

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