大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

かの世界この世界:26『風の向くまま』

2020-07-31 06:12:31 | 小説5

かの世界この世界:26     

『風の向くまま』  

 

 

 わたしには、あるべきものは有って、有ってはならないものは無かった。

 

「……健人だけがカミングアウトしたんだ」

「カ、カミングアウト言うなあ!」

 腕をブンブン振って抗議する健人、エキサイトすればするほど黄色い声になるので何ともおかしい。

「ちょ、慣れるのに時間かかるから、興奮しないでくれる……ハ、ハハハ、ハーーおっかしいよ~」

「おかしくなんかない……」

「さて……」

 右手を上げてウィンドウを開いて、ステータスを確認する。

 

 HP:200 MP:100 属性:?

 持ち物:ポーション・5 マップ:1 所持金:1000ギル

 装備:始りの制服

 

 ポーションがエントリープライズのようだ。使ってみなければ分からないが、ポーションの効き目は250くらいのものだろう。

 いろいろやったRPGの初期回復アイテムの効果がそれくらいだ。

 逆に言えば、ポーションを一回まるまる使っても最大で199しか回復しない(HPは最低でも1は残していないと死亡判定になってしまい、直近のセーブポイントまで戻されてしまう)ので、200というHPが、いかにショボイかが分かる。

 属性は経験値を稼いでコマを進めなければ決められないようだ。

 装備は始りの制服で、たぶん、いま身に付けている学校の制服のことなんだろう。

 攻撃用の武器も防御用の盾やシールドも無いので、システムは分からないが、早く獲得しておいた方がいいだろう。

 マップは『始りの草原』とある。たぶん、今いる原っぱがそうなんだろう。後にも先にも『始りの草原』しかないのは、冒険が進むにつれてマップが増えていく仕掛けになっているんだろう。

「どこに行ったらいいか分からないよ……」

 同じようにウィンドウを開いた健人が、早くも途方に暮れている。

「ヘタレるの早すぎ!」

「わ、悪かったよ」

「とにかく周囲を観察してヒントを探そ……始まったばかりの出発点なんだから、そんなに難しいはずはないよ」

「う、うん……」

 とりあえず立ち上がる。

 当てがあるわけじゃないけど、座ったままだと、気持ちが前向きにならない。

 ノロノロと立ち上がった健人は女の子らしく、制服のあちこちに着いた乾草の欠片をハタハタと掃う。

 乾草の欠片は、わずかに健人の右後ろに落ちていく。

 

 そうか!

 

 わたしは、一掴みの乾草を揉みしだいて粉々にすると「えい!」っと頭上に投げた。

 乾草の粉は欠片よりもハッキリと右後ろに流れていく。

「わかった!」

「え?」

「風の向くままよ!」

 

 草原のあちこちに乾草の山の崩れがある。たぶん、わたし達より先に来た者たちが着地した跡だろう。

 その崩れで乾草を揉みしだいては「えい!」と投げ上げ、風の向きを見失わないようにして進んでいった。

 そうやって百回近く繰り返して、やっと草原の中に伸びる一本の道を発見したのだった……。

 

 

☆ 主な登場人物

  寺井光子  二年生 今度の世界では小早川照姫

  二宮冴子  二年生、不幸な事故で光子に殺される。回避しようとすれば光子の命が無い。

  中臣美空  三年生、セミロングで『かの世部』部長

  志村時美  三年生、ポニテの『かの世部』副部長 

  小山内健人 今度の世界の小早川照姫の幼なじみ

 

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あたしのあした・70『食べ過ぎと奈良漬』

2020-07-31 05:54:38 | ノベル2

・70
『食べ過ぎと奈良漬』       




 ちょっと、食べ過ぎだよ!

 また注意された。


 ベッキーとかノエとかは、二日目で諦めたようだけど、ネッチと智満子は懲りずに注意する。
「ランチとラーメン大盛りはダメだって」
「半分よこしなさい!」
 ネッチは、割り箸を構えて、あたしの横に座った。
「あ、ちょっ……」
 あたしを押しのけ、顔を密着させて、ラーメンをすするネッチ。

 ズズズーーー ズルズルズルーーー

 ラーメンをすする音がこだまし、食堂に居合わせた生徒や先生に注目される。
 英語講師のケントが目を丸くしている。学校でも評判の美少女二人が、大盛りラーメンに首を突っ込んで、盛大なバキューム音をたててラーメンをすすっている姿は相当なカルチャーショックに決まってる。
 智満子が、なにやらケントに耳打ち。すると、ケントはウンウン頷いて、スマホであたしたちを撮影し始めた。
「「ちょ、ちょっと!」」
 さすがに恥ずかしいので抗議の声を上げる。

 ギャップ萌

 というタイトルで動画サイトにアップされて、しばらく評判になるんだけど、これが本題ではない。

 あくる日の食堂では、あたしも学習してメニューを変えた。
「それも愚劣だなー」
 あいかわらず二人の親友には評判が悪い。
「だって、この方がカロリーは低いんだよ!」
 あたしは口を尖らす。
「ランチライス食べてるのって、初めて見た!」
 あたしは、ラーメン大盛りを止めて、代わりにライスに替えた。
 さすがのネッチも前日のラーメンに懲りて手を出さない。ケントは、今日も面白いことがあるんじゃないかと、スマホを手に構えている。
「ライスの横にあるのってチーズの一種?」
「あ、奈良漬。付け合わせに用意したんだけど、不評だってんでもらっちゃった」
 ポリポリといい音をさせて奈良漬を齧る。
「恵子って、奈良漬食べなかったわよね?」
「あ、そう言えば……奈良漬で意地悪されてたっけ……」
 感慨ひとしおだ。不登校になるちょっと前、食堂で意地悪されて、ランチの横に奈良漬をドバドバと積まれたことがある。積まれた本人は忘れているのに、犯人の智満子が覚えている。
 たしかに不登校が直って、いろいろ変化があって、奈良漬も食べられるようになったけど、こんなに食べるのは初めてかも。
「ちょっと保健室いこ!」
 二人に保健室に引っ張って行かれる。

「「どーいうことよ!?」」

 むりやり体重計に載せて、載せた二人が驚いている。
「ちっとも増えてないじゃん!?」
「あれだけ食べてんのに!?」
「どーしてだろうねー?」

 トボケテおいたが、正直自分でも驚いている。

 その日、家に帰って原因が分かった……。

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銀河太平記 序・12『戦死』

2020-07-30 13:13:31 | 小説4

序・12『戦死』    

 

 

 お、俺のソウルを……ダウンロードしろ。

 

 苦しい息の下で、やっとそれだけを言った。

 JQの他は副官のヨイチが居るだけだ。千名の大隊はサカマキ大隊長の指揮で、七千の敵威力偵察部隊の鼻先を掠めにかかっている。敵が次の動きに移るまでは時間が稼げる。

 その後の指揮は俺の頭脳でなければ為し難い。ロボット部隊の行動パターンは将棋の棋譜のように完全に読まれている。

 一か八か、JQにソウルをダウンロードさせ、JQのボディとCPを使わなければ為し難い。

「ソウルをダウンロードしたら、死んでしまう」

「このままでも、俺は……十分と持たない、や、やってくれ!」

「分かった」

 JQは両手で俺のこめかみを挟んだ。微弱な電流が流れて、俺の脳みその保全を図ろうとしている。

「ロボット法なんて無視しろ……か、かかれ」

「死んでも知らないから……」

 意識が飛んだ……目の前にキラキラ光るホールが現れたかと思うと、吸い込まれる感覚がして、本格的にホワイトアウト……してしま……った。

 

「ここからは、わたしが指揮をとる」

 

 副官のヨイチは児玉司令の死亡とわたしの目の光を三秒で確認して、復唱した。

「司令のソウルと確認しました」

「全軍に下令、すみやかに興隆鎮に集結せよ」

「『全軍、すみやかに興隆鎮に集結せよ』、全部隊に伝達します」

 きれいに敬礼を決めると、ヨイチは直近の部隊目指して120キロの速度で走って行った。

 わたしは、司令のテッパチ(ヘルメット)を外すと指先をバリカンモードにして髪の毛を刈る。

 坊主にした司令はわんぱく坊主のようだ、どこか懐かしくて……これはグランマの記憶かな?

 遺髪をポケットに収めると、ジェネレーターを放電させて司令の遺骸に照射。二十秒で灰にした。

 

 興隆鎮に戻ると、すでに部隊の八割が終結を終えている。

 

「この身はJQであるが、ソウルは児玉司令である。十分後に命令を下す。警戒を怠るな!」

 敵は混乱している。

 日本軍は国境で待ち受けていたかと思うと、奉天を包囲。そして、たちまちのうちに興隆鎮に撤退したのだ。

 行動原理が軍隊の常識から外れ過ぎている。児玉司令の履歴と古今東西の戦闘記録を検索して予想を立て直しているに違いない。

 十分もすれば、また威力偵察をかけてくるか、自軍の損失を抑えるため砲撃を加えてくるだろう。

 敵よりも早く行動しなければならない。

「司令、東京から機密電であります」

 ヨイチが差し出した通信文には恐れていたことが記されていた。

『明日の日の出は無し』

 陛下が崩御された。

 この分かりやすい機密電は、ほぼ同時に敵も察知して、天皇崩御時の日本軍の行動を探っていることだろう。検証すればいい、明治このかた天皇崩御の時に戦争をやっていたことは無い。

 腹は決まった。

 

「全軍、わたしに続け!!」

 

 一万のロボット部隊は一本棒になり、120キロの最大戦速で奉天に突撃した。

 奉天を目前にして、これは関ヶ原の島津軍の部隊行動に似ていると思った。

 二千に満たない島津軍は、西軍敗北が決まった瞬間に桃配り山の家康本陣に突撃、家康の心胆を寒からしめた上で戦場を離脱。島津軍は主将島津義弘を護りつつ、二十名ほどが、からくも薩摩に帰りついた。この時の島津軍の火の出るような吶喊に恐れをなし、幕府は幕末に至るまで手出しすることができなかった。

 

 この島津軍同様、日本軍ロボット部隊は98%が壊滅したが、混乱した漢明国は南北の国境まで後退。

 北方に逃げた漢明軍はロシア軍によって武装解除され、南に逃げた部隊は人間の指揮官が残っておらず、作戦行動をとるのに時間がかかり、あくる日に日本軍の新勢力が展開するに及んで身動きがとれなくなり、八十年続いた国ぐるみ滅んでしまった。

 

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かの世界この世界:25『あるはずのモノ ないはずのモノ』

2020-07-30 07:35:02 | 小説5

かの世界この世界:25     

『あるはずのモノ ないはずのモノ』  

 

 

 バフッ! グニュ!

 

 二つの衝撃が同時にやって来た。

 うつ伏せに落ちた前の方がバフッ! 背中側がグニュ!

 一瞬わけがわからないが、コンマ五秒くらいで爽やかな香ばしさが鼻孔をくすぐり、露出した手足にチクチクあたるものがあって、乾草の上に落ちたと分かる。

 背中側のグニュ! 重さがあるので健人が重なっているんだと見当はつくんだけど、感触が変だ。

「ちょっと、健人……」

 反応がない、落下のショックで気絶しているようだ。

 しかし、下敷きにされた方がしっかりしていて、わたしをクッションにした健人が気絶しているのは面白くない。

「ちょっと、どいて!」

 払いのけるようにして起き上がると、意識のない健人はサワサワサワと軽やかな音をさせて乾草の山から転がり落ちてしまった。

「もう、だらしのない……ウワーー!」

 乾草の頼りなさにバランスを崩し、フワフワと転げ、今度はわたしが健人の上に重なった。

 

 ムニュ

 

 不可抗力で健人の胸を掴んでしまった……しまったんだけど、この感触?

 上体を起こして、あいかわらず気絶中の……健人?

 さっきみたいにセーラーの上が捲れ上がってるんだけど、そこから半分顔を出した膨らみはブラの分?

 こいつ、イミテーションのオッパイまで付けてんのか?

 まじまじ見ると、ブラからはみ出ている部分は明らかにシリコンなんかの偽物じゃない。

「ちょ、ちょっと、健人!」

「ウ、ウ~ン」

「目、覚めた?」

「え、あ、テル……」

 変だ。

「健人、大丈夫?」

「う、うん、高いとこ苦手だから、ちょっと気が遠くなってしまって……」

「その声……」

「ん?」

「まるで女の子じゃないの!」

「え、ええ?」

 びっくりして、わたしの顔を見る健人。

 その顔の造作は、幼いころから馴染んだ健人に間違いないんだけど、顎や首筋のラインが微妙に違う。

「胸触ってみ……ばか! わたしのじゃない! 自分のだ、自分の!」

「え、あ……あ……ああ!?」

 

 自分の胸を掴んで驚愕した健人は、次の瞬間、股間に手を伸ばして泣きそうな顔になる。

 

「ど、どうしよう……無いはずのものがあって、有るはずのものが無くなってる! 無くなってるよ~!」

「しっかりしろ! わたしが守ってやるが、うろたえているだけじゃ何もできないぞ!」

「テル……なんだか男っぽい」

「え、ええ?」

 

 わたしは、おそるおそる胸と股間に手をやった……。

 

☆ 主な登場人物

  寺井光子  二年生 今度の世界では小早川照姫

  二宮冴子  二年生、不幸な事故で光子に殺される。回避しようとすれば光子の命が無い。

  中臣美空  三年生、セミロングで『かの世部』部長

  志村時美  三年生、ポニテの『かの世部』副部長 

  小山内健人 今度の世界の小早川照姫の幼なじみ

 

 

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あたしのあした・69『智満子んちの表札』

2020-07-30 05:58:29 | ノベル2

・69
『智満子んちの表札』         




 あーーーーこんぐらがってきたあーーーー!!

 雲母祭りが終わったあと、市役所の裏側でサイレンサー付きのマシンピストルで撃たれるハメになった!
「ごめん、やっぱ巻き込むわけにはいかない」
 そう言って、ショートヘアにイメチェンしたきららさんは去って行った。
 市役所の裏庭、それも雲母市のビッグイベント『雲母祭り』が終わった直後に祭りのヒロイン雲母姫と、その侍女が撃たれたというのになんのリアクションも無い。

 これは騒がない方がいい。

 直観でそう思った。
 だから、あくる日からは普通に学校に通った。

「「よく食べるわねぇー」」

 智満子とネッチの声が揃った。
「そっかなー」
 そう言いながらラーメンのスープを飲み干す。
「そーよ。ランチのデザートに大盛りラーメンてどーかと思うわよ」
「スープまで飲み干しちゃって、2000キロカロリーはいってるよ」
「どれどれ……」

 ウキャ!

 いきなりわき腹をつままれた。
「ちょ、スープ飲んでるのよ!」
「その割に贅肉になってないんだ」
「ひょっとしたら……」
「キャプ! 胸触んなあ!」
「あいかわらずの憐乳だしい」
 とりあえずは弄られる。このままで終わったらイジメられていたころと変わらない。
「海岸で死んでたのは王女様一人だけにされちゃったね」
 智満子なりに調べているようだ。
 智満子の家でお泊り会をやった翌朝、雲母ヶ浜で男女三人の水死体に遭遇した。

――雲母ヶ浜に身元不明の水死体!――

 ニュースに出たのはそれだけだった。ようやく昨日になって――水死体はゼノヴィア公国のシャルロッテ王女!――と発表された。
「男二人の死体は無かったことにされたのよね」
 若草色のプラコップにお茶を入れながら智満子がため息をつく。
「お父さんからのルートでも分からないの?」
 ネッチの瞳も真剣モード。
「この件には関わるなって、いつになく真剣な声で言われた」
 あのお茶目なお父さんが真剣……お風呂で裸同士で遭遇した時の様子からは想像もできない。
「かなりヤバイことが背景にありそうね」
「学校に爆弾予告した犯人も分かってないし……思うんだけど、王女様の事件と爆破予告は連動してるんじゃないかあ」
「ネッチ、鋭いよ。あたしもそうだと思う」
「爆破予告は雲母市始まって以来のことで、警察なんかも、かなり人を割いて警戒したらしいの……これって、王女様のことから目をそらせるためのフェイクなんじゃ……」
「でもね、深入りはしない方がいいような気がする」
 智満子は、そう言いながらスマホの画面を見せた。
「ん……智満子んちの表札じゃん」
「こーするとね……」
 智満子は指を添えて画面を拡大した。
「「え……あ!?」」
 ネッチと二人息をのんだ。

 苗字の「横」と「田」の間に穴が開いている。

「これって……」

「たぶん銃痕、で、あくる日の表札がこれ……」

 あくる日の表札に、その穴はなかった。
 

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せやさかい・160『リボンとかネクタイとか』

2020-07-29 12:10:17 | ノベル

せやさかい・160

『リボンとかネクタイとか』頼子        

 

 

 中高生の胸元はリボンかネクタイと決まっている。

 

 例外は、今どき少数派の学生服。

 詰襟だから胸元の飾りようがない。

 それ以外は男女中高生の胸元にはリボンかネクタイ。

 ところが、このネクタイとリボンは結ぶのが難しい。ヤマセンブルグのメイドや執事は採用された時に徹底的に身だしなみの訓練を受けて、ネクタイとリボンもこれでもかっていうくらい練習させられる。

 メイド長のイザベラさん(エディンバラのヒルウッドに居たでしょ)は、毎朝メイドたちの身だしなみチェックが生甲斐であったりして、リボンの結び方が二ミリズレているだけで雷を落としたりしている。

 ヤマセンブルグやエディンバラに居る時は、リボンのある服装はしないようにしている。イザベラのチェックは王女(暫定だけど)のわたしにも容赦は無くって、二ミリズレてると「殿下ぁ!」と声をかけて直させられるんだよ。そのくせ、お祖母ちゃんの女王に注意したことは一度もない。それを指摘すると「女王の着こなしパターンは47種類あります。陛下は、そのパターンをしっかり守られているのであって、けしてルーズにされているのではありません」と言う。

 なんかえこひいき。

 小声で文句を言うと「ヨリコも女王になれば47種類のバリエーションが楽しめるわよ」とお祖母ちゃん。

 暗にヤマセンブルグの国籍一本にしろと迫って来る。

 ヤマセンブルグに居る時は完全に王女の扱いで、99%の国民の人たちも正式な王女だと思っている。天皇陛下にお会いした時も皇居の宮殿まで連れていかれて、それがテレビ中継されて、国内外ともに、ほとんど正式な王女の認識。

 でもね、日本の宮内庁は、そういうとこはしっかりしていて、お祖母ちゃんが天皇陛下と正式に対面する時には外されて控えの部屋で待たされた。

 オシ!

 人知れずガッツポーズしたんだけど、そういうところはNHKもYTB(読売じゃなくてヤマセンブルクテレビ)も伝えない。

 自衛隊が、海外ではジャパンアーミー(日本軍)と呼ばれる。だれもジャパンディフェンスホースなどという長ったらしい正式名称なんて使わない。

 いつだったか、海上自衛隊の哨戒機が韓国の軍艦にレーダー照射されたときも、哨戒機の機長は「ディスイズジャパンネービー」って呼びかけてたでしょ。英語で海上自衛隊はJapan Maritime Self‐Defense Force。長ったらしくて、とっさには理解されないんでJapan Navyと言う。

 これはお祖母ちゃんの説明なんだけど「だから、暫定的ヤマセンブルグ王女尊称を保持するミス・ヨリコとは呼ばないのよ」という説明は、ちょっと違うと思うんだけどね。

 

「殿下、話が横っちょにいっているようですが……」

 

 え?

 あ、ああ、中高生の胸元だったわよね。

「はい、クス」

 あ、なんかおかしい?

「いいえ」

 だから、ネクタイとリボンよ。中高生には結ぶのが難しいから、最初から結んだ状態で固定してあって、ストラップが付いていて、それを首に引っかけるだけになっているのよ。

 安泰中学も同じで、そうなってるわけ。ま、なんちゃってリボンなんちゃってネクタイなわけです。

「なんちゃっての始まりは御存じですか?」

 始まり? そりゃ、こういうアイデアは日本の文科省とかじゃないの?

「いいえ、ニューヨーク市警から始まったんです」

 え? ニューヨークの警察官てネクタイも結べないほどブキッチョなの?

「いえいえ、格闘した時にネクタイで首を絞められないようにするためです。なんちゃっては強く引っ張れば取れてしまいますから」

 なるほどね、さすがは女王陛下のソフィアね。てか、ニューヨーク市警にも研修に行ってた?

 あ、なんで胸元の話かっていうと、文芸部の新入部員の夏目銀之助くんなのよ。

 スカイプでしか見たことないんだけど、夏目くんのネクタイは、なんちゃってじゃなくて、きちんと結ぶやつ。ニューヨークのお巡りさんなら絞殺されかねないアナログなのよ。

 なんか、とっても珍しい男の子でしょ!

 だから、こんど現物を見に行くって話をしている。

 で、ソフィア、なんでニヤニヤしてるわけ?

「はい、だって殿下、わたしたちの制服もリボンはありませんよ」

 え……あ、ほんとだ。

 うちはミッションスクールである聖真理愛女学院の制服にリボンはないのだ。

 なんでなの?

「それはお昼ご飯の後にしましょう、食堂一杯になってしまいますよ」

 あ、はやく行かなきゃ、ランチ無くなる(^_^;)!

 

 

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かの世界この世界:24『掃除機のスイッチが入ったみたいに』

2020-07-29 06:41:42 | 小説5

かの世界この世界:24     

『掃除機のスイッチが入ったみたいに』  

 

 

 ひょっとしたらと思った。

 

 健人が――屋上! 屋上!――と言うもんだから、わたしの意識は屋上を排除していた。

 昔っからそうなんだけど、意識の底で、健人はヘタレで、言うことやること真逆のスカタンだと決めつけていたのかも。

 

 もし屋上に鍵穴があったら、生まれて初めてだけど、健人に頭を下げよう。

 

 思ったんだけど……屋上階段室のドアの鍵穴は合っていなかった。

「くそ!」

 落胆……でも、鍵は開いていた。

「開いてる!」

 健人は屋上に飛び出したけれど、そこが異世界であるはずもなかった。

 午前九時前の屋上は、この件がなければ昼寝をしたいくらいの穏やかさだ。

「へたり込むのは早い。屋上は広いんだ、もっと探そう!」

「ムギュッ!」

 へたりこんだ健人を蹴ると、あっけなくカエルみたいにのびる。勢いでセーラーの上が捲れ上がる。

「キモ、あんたブラまでしてるの!?」

「うっさい! 見るな!」

 真っ赤になって服装を直す様子から、先行した六人の女子から強制されたんだろうと分かる。

「行くよ!」    

 健人の手を引っ張って、屋上の縁に沿って調べる。

 屋上の縁は金網になっていて、その金網はコンクリートの縁から一メートルほど内側に設えられている。

 金網に沿って走ってみるが鍵穴がありそうなところは見当たらない。

 やっぱハズレ……落胆しかけて最後のコーナーを曲がったところで見えた!

 

 十メートルほど先、コンクリートの縁にドアが立っている。

 

 ドアだけが立っているんだから、開けたとしても、屋上の高さの空中なんだけど、とにかく発見!

「……ドアが逃げてく」

 金網越しの前まで行くと、さっきよりもドアが逃げていて、ドアとコンクリの縁の間には五ミリほどの隙間ができている。

「鍵穴は……」

 鍵を持った手を金網から突き出して鍵穴に迫る……あと一歩と言うところで届かない。

 でも、鍵穴にはピッタリだ!

「金網の外に出よう!」

「で、でも……」

 健人は高所恐怖症だ。

「言ってる場合か!」

 

 金網は一か所だけ開閉できるところがある。そこは……階段室を挟んだ向こう側だ!

 

「こっち!」

 金網の出入り口が閉まっていたら万事休す!

 よかった、開いている!

 腰の引けた健人を引っ張ってコンクリの縁に出る。

 

 !!

 

 金網の内側と外側では、まるで感じが違う。

 足許からお尻に掛けて、ゾゾッと寒気が押し寄せる。健人は、もう震えている。

「金網に掴まりながら付いといで!」

 励ましながら、幅一メートル足らずの縁を蟹さん歩き。

 肝心のドアは階段室の向こう側。

 スパイダーマンでもない限り、階段室の外壁を伝うことはできないので、二百メートル以上の外周を可及的速やかに進む。

「ま、間に合わない……」

「やってみなきゃ分かんない!」

 吹き上げてくる風に服装は乱れまくるが、かまってはいられない。

「走るよ、掴まりながらでいいから!」

「え、ええ!?」

 ビビる健人の手をとり、反対の手で金網に掴まりながら走る!

「イッセーのーで!」

 

 歩くより、ちょっとだけ速い駆け足!

 二分ほどかけ、縁の角を三つ曲がったときには、ドアと縁の隙間は五十センチほどになっていた。

「なんとか行ける!」

 目いっぱい腕を伸ばして鍵を差し込む……回す。

 

 カチャリ!

 

「開いた!」

 ドアを開けると、向こうは草原のようで、草がソヨソヨと風になびいている。

「二人一ぺんには無理っぽい、わたしが先に行くから、付いてくんのよ!」

「う、うん……」

 下手をしたら、わたしだけが飛んで、健人は来ないことも思ったけど、考えている暇はない。

 ドアはジリジリと離れつつあるのだ。

「行くよ!」

 ブィーーン

 その時……ドアの向こう、まるで掃除機のスイッチが入ったみたいな音がする。

「え、なに?」

 ズボ!

 吸い込まれてしまった!

 

 

☆ 主な登場人物

  寺井光子  二年生 今度の世界では小早川照姫

  二宮冴子  二年生、不幸な事故で光子に殺される。回避しようとすれば光子の命が無い。

  中臣美空  三年生、セミロングで『かの世部』部長

  志村時美  三年生、ポニテの『かの世部』副部長 

  小山内健人 今度の世界の小早川照姫の幼なじみ

 

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あたしのあした・68『それどころじゃないんだ!』

2020-07-29 06:25:29 | ノベル2

・68
『それどころじゃないんだ!』    



 いつもなら、ほんの十五分。急ぎだったら十分。

 お喋りしていたらあっと言う間。

 そんな市役所から雲母城址公園までを一時間かけてのパレード。

 今日は、雲母七万石まつりの本番だ!


 この日に備え、立ち居振る舞い歩き方や着物のさばき方まで練習した。
 だけど、かつらを着けたのは本番の今日が初めて。
「これは練習しとくべきだったよね」
 ネッチがぷーたれる。
 確かにかつらの違和感はハンパじゃない。
 カブリモノって言えば小学校の黄色い帽子しか知らないあたしたちにはほとんど拷問だ。
 かつらの下に羽二重というのをする。絹の布きれに紐が付いていて、結髪さんが器用に髪の毛をまとめて、はぶたえの中にしまい込んでくれる。このはぶたえが、これでもかってくらいにきつく縛られる。顔がキリっとして「お、美人になる!」と喜んでいるのは一瞬で、本命のかつらが乗っかると「ぬおーー」なのだ。
 締め付けってか、圧迫感が想像を絶していて、とにかく違和感。
「スターさんとかだったら、オーダーのピッタリサイズなんだけどね、こういうイベントとかは出来あいになっちゃうから……ま、二時間足らずだし、すぐに慣れるわよ」
 結髪さんはお気楽に言う。

「みなさん、今日はよろしくお願いしますね」

 一足早く準備の整ったきららさんが鏡に映る。
「やっぱ、お姫様ですね! なんか大河ドラマの主役みたいです!」
「かつらに見えませんね!」
「ウフフ」
「きららさんは地毛なんですよ」
「「そーなんだ!」」
 やっぱ雲母七万石の末裔、きっときららさんは、この日のために髪を伸ばしたんだと勝手に感動した。

 市役所を十時に出発した行列は一時間かけて雲母城を目指した。

 かつらにヘゲヘゲだったあたしたちも、沿道の人たちの拍手や応援などで元気になってニコニコとパレードできちゃった。
 やっぱり人というのは交流なんだな。がんばる人と声援する人がいて、人間は日ごろの何倍も力が発揮できるんだ。
 パレードのことは、いっぱい感動があるんだけど、終わったあとの大事件を言っておきたいので、そっちから。

「え…………?」

 イベントが終わって、ウントコショっと着替え、鏡に映った人を見てビックリした。
「いまの……ちがうよね?」
「なんか言った?」
 ネッチが聞くんだけど、ありえないので「ううん、なんでも」と返事しておく。
 
 荷物を片付けて、さ、帰ろうかと立ち上がる。

 すると、鏡の横のガラス窓がコツコツと鳴る。
 ひょいと見ると窓の外に、あの人が!
「え、やっぱ!」
「なに?」 
 ネッチが聞くのと、その人が――シー!――と指を立てるのが同時だった。
――ちょっと出てきて――
 口の形であたしを呼ぶ。
「ちょっと出てるね」
 ネッチに言って、その人が居た裏庭に出てみる。

「どうしたんですか、その髪!?」

 今度は確信が持てた。
 それは、あの長い髪をばっさり切ったきららさんだ。
「イベントも終わったし、仕事の都合でね。わたし日本を出るの、だれにも内緒なんだけど恵(ケイ)ちゃんには言っておこうと思って」
 ショートになった髪もそうなんだけど、初めて見るパンツルックが峰不二子みたいだ。
「あ、えと、どうして?」
 間の抜けた質問にきららさんが笑う。
「わたしも分からないの、直感……」
 そこまで言うと、きららさんは跳びかかってきて、あたしを抱えたまま養生中の芝生の上を転げた。

 ズズズズズズズズズ!

 たった今まで立っていた壁にミシン目のような穴が開いた。
 あたしでも分かった、だれかがサイレンサー付きのマシンピストルで、あたしたちを狙ったんだ! 
 

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かの世界この世界:23『8時58分 わたしのリアル』

2020-07-28 07:13:32 | 小説5

かの世界この世界:23     

『8時58分 わたしのリアル』  

 

 

 

 もう屋上から飛ぶしかないかも……

 

 学校中を捜してもピッタリの鍵穴は見つからず、昇降口の階段でヘタってしまう。

 ヘタってしまうと、さっきまでの勢いはどこかに行ってしまって、わたしの呟きにギクッとする健人。

「もう飛ぶ気も無くなったんでしょ?」

「ん、んなことねー」

 熱しやすく冷めやすい健人、これ以上言うと、このまま家に帰って布団をかぶってしまいそう。

 まあ、互いに呼吸が整えてからだと口をつぐむ。

 

 無人の昇降口に、せわしない二人のブレスだけが際立つ。

 ダイブは、三年に一度、学校で七人だけが許される。

 

 この世界は、わたしが寺井光子として存在していた世界に酷似しているが、根本のところが違う。

 この世界は対応する異世界と対になっていて、異世界が混乱すると、その影響がモロに出る。

 想定外の事故や災害は、異世界の混乱に原因がある。

 想定外の事故や災害の数カ月後に、選ばれた学校に白羽の矢が立つ。

 矢が立つと言っても、本物の矢が飛んでくるわけではない。

 生徒のスマホや携帯にメールの形でやってくる。選ばれた生徒はメールに指示された相手に応諾を伝えたうえで創立記念の日にダイブする。

 応諾を伝える相手は、年によって変わる。

 校長である場合、特定の生徒である場合、先生の誰かである場合もあれば、特定のクラスの掃除用具入れである場合もあり、トイレの便器であったり校庭の桜の木であったりもする。

 ダイブし、異世界で成果を上げれば、成果の出来に従って、こちらの世界の災いが軽減される。

 そして成果を上げたダイバーも、成果に応じた報酬を受けられる……とされている。

 

 されている……というのは、こちらに戻った時には、なにが報酬であったかを忘れるからだ。

 

 健人はスマホのメールに気づくのが遅れた。

――有効期限が切れました。ダイブは六人で行われますが、どうしても参加したい場合は六人の同意を得るか屋上から命を懸けてダイブするか、いずれかの方法でも可能です。その場合でも、リミットは創立記念日の午前九時までとします。あなたの報告相手は幼なじみの小早川照姫です――

 健人は六人に頼み込んだが、ダイブの朝、女装して来ることを条件にされてしまったのだ。

 そして、この昇降口に至っている。

 

 これってなんだ? まるでヘタレ系異世界転生ラノベのプロローグみたいじゃない?

 頭に一冊のノートが浮かぶ……『アイデア帳・1』の表題の下には小早川照姫と一字ずつ色を変えて記名してある……ペンネーム? そうだ、寺井光子のペンネーム……始めて作ったアイデア帳だ。ふと浮かんだアイデアをチマチマと書き連ねた落書き帳……その中に、こういうアイデアがあったんだ。寺井光子の脳内幻想の欠片たち……でも、昇降口でヘタレの健人と並んで息を整えているのは小早川照姫、口から飛び出しそうな心臓、額やこめかみから伝う汗はめっぽうリアルで、唇に垂れてきたのを舌でなぞると、ちゃんとしょっぱい。

 ここは小早川照姫がリアルな世界……え? わたしのリアルは光子……光代? 光姫? 苗字は?

「なんとかしてよ、テル」

「なんとかって、健人の問題でしょうが!」

「だって、テルが引っ張り回すから」

 ムカ!

 張り倒してやりたくなるが、ここは押える。時間がないんだ!

 

「飛び降りなくていいから、いちど屋上に行ってみよう」

「また屋上に?」

「行くよ!」

 ゲシュタルト崩壊している健人の襟首を掴まえて屋上への階段を駆け上がる!

 チラ見した時計は8時58分を指していた。

 もう一つの名前はもう思い出せなくなってしまった……

 

 

☆ 主な登場人物

 

  寺井光子  二年生 今度の世界では小早川照姫

 

  二宮冴子  二年生、不幸な事故で光子に殺される。回避しようとすれば光子の命が無い。

 

  中臣美空  三年生、セミロングで『かの世部』部長

 

  志村時美  三年生、ポニテの『かの世部』副部長 

 

  小山内健人 今度の世界の小早川照姫の幼なじみ

 

 

 

 

 

 

 

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あたしのあした・67『雲母市二大事件!』

2020-07-28 06:08:46 | ノベル2

・67
『雲母市二大事件!』     


 

 

 とんでもないことになった!

 あたしがつまづいた女の人は息をしていなかった。

「こっちもダメ!」

 ネッチとノンコがつまづいた二人の男の人もこと切れているようだ。
「見るんじゃありません! みんな車に戻って!」
 手島さんがビシャリと言った。
 あたしたちは、生まれて初めて水死体を発見したのだ! それも三人も!
 八人もいるので気絶こそしなかったけど、パニックになりかけ。
 息が荒くなり、何人かは口を押えて吐き気を堪えている。手島さんの指示は正しい。
 おろおろよろよろとギャラクシースペシャルに戻りながら、チラっと手島さんをかえりみる。
 手島さんは、気丈にも三人の息を再確認してスマホを取り出したところだ。警察に電話するんだろう。
 たった今まで、恥ずかしがりながら『ラブライブサンシャインごっこ』に付き合っていたとは思えい気丈さだ。
 で、その様子を振り返り振り返りしながらも見ているあたしも、かなり腹が座っているのだろうか。

 日本のセキュリテイーは大したもんだと思う。

 三分後には救急車、三分半後にはパトカーがやってきた。
 みんなはギャラクシースペシャルの中でひっくり返っている。死体に触れたノンコなどは、裸になってシャワー室に籠って体中を洗いまくっている。あたしは、パトカーが来てからは二階に上がり、備え付けのスコープで成り行きを見守った。
「あれ……?」
 目を疑った。
 手島さんが頭を押えながらお巡りさんの質問に答えている。指の間からは一筋血が流れ、救急隊員の人が「大丈夫ですか?」という感じで手島さんの顔を覗き込んでいる。
 そして、ぶったまげたことには、二人の男の人の死体が消えている。

 なにかあったんだ!

 ギャラクシースペシャルと浜辺の間には岩場や防潮堤があって、ギャラクシースペシャルの一階部分からは見えなくなっている。
 車の中でヘゲヘゲになっている間に異変があったんだ。
 やがて、頭に包帯を巻いた痛々しい姿の手島さんがお巡りさんに支えられながら戻って来た。
「手島さん、何があったんですか!?」
 二階から駆け下りてきて、ドアが開くのももどかしく聞きただした。
「あなたたちの姿が見えなくなって、後ろからガツンとやられてね、気が付いたら男の人二人の死体が無くなっていて、救急隊員の人に助けられたの。えと、お巡りさんが、あなたたちからも事情を聞きたいということなので協力してあげて」
「そろそろ救急車に戻りましょう、頭だから、早急に検査しないと」
「はい、あとはお願いします。車の運転は手配しておくから心配しないで、では……」
 それだけ言うと、手島さんは一瞬気を失った。でも、すぐに持ち直し、「大丈夫です……」を繰り返しながら、自分で救急車まで歩いて行った。

 亡くなった女の人はゼノヴィア公国の王位継承第一位のシャルロッテ王女だということが分かった。

 お忍びで来日していたということ以外は何もわかってはいなかったけど、明らかに大事件! スキャンダル!
 あ、それから、学校を大騒ぎにした爆弾予告は予想通り、悪質な悪戯であったようで、なにも起こらなかった。

 小さな地方都市である雲母市は、二つの事件で大騒ぎ。

 それ以上大ごとになることはなかったが、あたしは胸騒ぎが止まらなかった……。

 

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かの世界この世界:22『鍵穴はどこだ!?』

2020-07-27 06:44:34 | 小説5

かの世界この世界:22     

『鍵穴はどこだ!?』  

 

 これが……!?        「鍵イラスト フ...」の画像検索結果

 

 涙を拭いながら、わたしの手の平を見つめる健人。

 そのまま手洗いソープのCMに使えそうなほどきれいで整った手に感心したのでもなく手相に運命を見たのでもない。

 わたしの手の平に載っている、なんの変哲もない真鍮製の鍵に感動しているのだ。鍵に触ろうとした指はまだ涙にぬれている。こういう感情と好奇心の起伏は子供なんだけど、健人の憎めない所でもある。

「真鍮の鍵って珍しいよ」

「そう言えば……」

 いまどき真鍮製の鍵なんて、昭和、それもアルミサッシとか無い時代の木造二階建ての校舎の窓とか、住宅の玄関とか、木製ロッカーとかでしかお目に掛かれない。

 アニメとか昔の映画とかで観る感じ。何の変哲もないと感じたのは、自分のイメージ。ラノベや小説を読んだりプロット立てる時の鍵は、こんなイメージだ。わたしの感覚ってリアルとはちょっとズレているかも。

 例えて言うなら、サザエさんちの玄関の鍵という感じ。

 実用本位に作られていて、鍵穴に入ってシリンダーのメス鍵を回す部分はシンプルなEの形をしている。

 Eの背中の部分は長さ五センチほどの真鍮の柄になっていて、親指と人差し指で握るところは……スライムのシルエットの形。スライムの口にあたるところに直径三ミリほどの穴が開いていて、ひもを付けたりフックに掛けておいたりするようになっている。その先っぽのEからスライムの部分まで装飾らしいところは一つもない。

 このダイブの鍵を、わたしが持っていることには説明がいるんだけど、健人は、その余裕をくれないだろう。

 

「これで、どこを開けるんだ?」

「しっかりしてよ、異世界の扉に決まってるでしょうが」

「でも、この鍵に合う扉って……」

 健人の戸惑いはもっともだ、実用品として、こんな鍵は見たこともないだろうから。

「言い伝えでは、身の回りというか、周辺の鍵穴の一つが、これに合うように変身してるって」

「ということは、学校の中だな!」

「たぶん!」

 

 教室を飛び出して学校中の鍵穴に当たってみた。

 ところが、学校の鍵穴は、下のイラストの感じ。そっけないマイナスかイナヅマ型だ。

     高校ライトノベル・かの世界の片隅へ:21『鍵穴はどこだ ...    

 真鍮の鍵の鍵穴はこけし型と言うか前方後円墳型だ。

      「鍵穴イラスト ...」の画像検索結果

 ニ十分ほどかかって学校中の鍵穴にあたってみたが、これに合う鍵穴は一つもなかった……。

 

 

 

☆ 主な登場人物

  寺井光子  二年生 今度の世界では小早川照姫

  二宮冴子  二年生、不幸な事故で光子に殺される

  中臣美空  三年生、セミロングで『かの世部』部長

  志村時美  三年生、ポニテの『かの世部』副部長 

 

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あたしのあした・66『雲母ヶ浜を走る』

2020-07-27 06:05:36 | ノベル2

・66
『雲母ヶ浜を走る』   



 

 ……これが無きゃいい人なんだろうけど。

 智満子のお父さんは無邪気な人だ。
 家にお客さんが来て、お客さんたちが陽気に楽しんでくれるのが無上の喜びという幼児のような心の人。

 だから何億円もするギャラクシースペシャル(キャンピングトレーラー)を買って、あたしたちに提供してくれたりもした。
 昨日の温泉ビックリ事件も、あたしたちが寝静まったと思ってお風呂に入っていたんだ。それを知らずに二度目のお風呂に入ってビックリ!
 智満子は、そんなお父さんを頭ごなしに叱って、まるで親子が逆転したみたいだった。
 智満子には悪いけど、こんな無邪気なオジサンはめったにいるもんじゃない。爆弾事件で儲けものの二日目、今日はどんな事件を起こしてくださるのか、ちょっと楽しみであったりする。

「社長は、朝一番からのお仕事なので、今日のみなさんのお相手は、この手島が承りました」

 朝のダイニングで、朝食の指示を飛ばしながら手島さんが宣言した。
 どうやら智満子の言いつけのようで――これでいいのだ――という顔つきをしている。
「ちなみに、朝食の献立は社長がお立てになり、お味噌汁と玉子焼きは社長がお作りになられたものです」
「わー、智満子のお父さんてすごいんだ」「いい香り」「おいしそう」「旅館の朝食みたい」
 朝食は自炊で、せいぜいトーストに目玉焼きくらいに思っていたので、みんなゴキゲンだ。
「チ、朝はパン食なんだけどなー」
 智満子一人がケチをつける。
「う、この玉子焼き……」
 玉子焼きにかぶりついたネッチが目を見張った。

「「「「「「「「「「ん?」」」」」」」」」

 みんなが注目し、ハッとした智満子が玉子焼きを口に放り込んだ。
「なまっちろい味……ごめん、お父さん関西風にしてる!」
「関西風?」「どれどれ」「あたしも」
 みんなお箸を玉子焼きにすすめる。
 関東の玉子焼きは甘い。それに慣れた口には、とても新鮮な驚きだ。
 みんなは美味しくいただいたんだけど、智満子一人だけ機嫌が悪い。
 ひょっとして、家庭での智満子は、まだ反抗期なのかもしれない。

 朝食を終え、朝のアレコレをすますと、みんなでギャラクシースペシャルに乗り込んだ。

 健康的に雲母城の外周をジョギングしようかということになっていたんだけど、雲母城なら来週の雲母祭りでも行くので智満子の提案で雲母ヶ浜に行くことになった。
「天気はいいですが、波が高いので気を付けてください」
 手島さんは忠告するが、海辺というのは波打ち際が面白い。
 真冬なんだけど、あたしたちは靴も靴下も脱いで波打ち際を走った。
「この爽快なシチュエーションはなんなんだろう?」
「坂本龍馬になった気がする!」
「あたしたち女だよ」
「う~ん……」
「ね、ラブライブサンシャインて、こんな感じじゃね?」
「そーだよ、女子高生八人が制服の裸足で海岸に並んで、学園アイドルの結成を誓うんだ!」
「それって沼津の浜辺だよ」
「おんなじ太平洋岸だよ」
「アバウトすぎ~」
「あれって九人だよ、あたしたち一人足りない」
 几帳面なノエが不足を言う。
「手島さーん、こっち来てくださーい!」
 手島さんを呼んで、無理くり九人にした。
「わたしは、ちょっと無理があるような……」
 手島さんが照れる(〃▽〃)ポッ
「みなさん走ってみません? 身体が温まるし、そのほうが青春て感じがしません?」
「そーだよ! こういう時、アニメって、たいがい走るじゃないよ」
 ベッキーがいいことを言う。
「よーし、あたしが先頭行くから、みんな付いてくるんだよ!」
 智満子が先頭になって走り出した。

 智満子  いーちにーいちに 
 
皆    そーれ! 
 わたし  にーにーにに 
 皆    そーれ! 
 ノッチ  いちに 
 皆    そーれ! 
 ベッキー にーに 
 皆    そーれ! 
 ノエ   いちにさんしにーにさんし 
 皆    ファイトーーー! ヨシ! 


 運動部のノリで五分ほど走ると、みんな頬っぺたがリンゴみたくなってきて、吐く息もSLみたいで面白い。

 わ!!

 不覚にも、なにかに足が引っかかって転んでしまった。他にもネッチとノンコがつまづいた。
「ちょ、なにかあるよ」
 ノンコが、つまづいたところの砂をかき分けた。

「ギョ、ギョエー!」

 ノンコが悲鳴を上げた。
「ひ、人が倒れてるよ!」
「「こっちも!」」
 三人は砂に埋もれた男の人二人と女の人につまづいていた。
 三人とも生きているようには見えない。

 あたしがつまづいたのは、とても綺麗な女の人だった……。
 
  
 

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かの世界この世界:21『レベル・3 経験値・5 HP・55 MP・55』

2020-07-26 06:19:42 | 小説5

かの世界この世界:21     

レベル・3 経験値・5 HP・55 MP・55  

 

 

 ドッシーーーーーン!!

 

 いまどきアニメでも使わないような擬音が鳴り響いてぶつかった。

 アイターーー!!

 これまたガルパンの知波単学園の戦車隊長が吶喊直後に撃破された時のような悲鳴が上がった。

「ごめんなさい、急いでたもんだから」

 スカートを掃いながら立ち上がって絶句した。

「け、健人! なに女装してんのよ!?」

「イ、イテーなあ……くそ、食べかけのトーストがあああああ、邪魔すんなよテル!」

 砂まみれのトーストの半分を投げ捨て、ズレたボブのウィッグを直しながら健人は行ってしまった。

「なによ、意地も誇りもないってかあ!」

 ドラゴンボールの敵役みたく仁王立ちしたわたしは小早川照姫(こばやかわてるき)と名乗るようだ。

 前回は三十年前の世界にデフォルトの自分で飛び込んだんだけど、今回は寺井光子に上書きされた人格だ。

 砂ぼこりを掃って、健人の後を追うころには、テル、小早川照姫の人格に成りきっていた。

 視界の左上はインターフェイスのようで。レベル・3 経験値・5 HP・55 MP・55と表示されている。

 

 他にもいろいろ表示があるが、先を急がなきゃならない。

 

 健人はつまらない賭けをしやがった。

 マヤのグループとどっちが先にダイブするかで賭けたんだ。

 マヤのグループは揃って成績優秀の上、スポーツも、それぞれ運動部の部長が務まるくらいの奴ばっかり。

 タイマンならまだしも、一対七、あっさり負けを認めれば恥をかくだけで済んだのに、マヤの挑発に乗ってしまいやがった。

 

 これ着て八時までに登校したら一緒にダイブさせてやるわよ。

 

 そう言って投げ出された女子の制服。

 恥ずかしい真似はやらせない! たとえ遅れてダイブすることになっても見っともない真似はさせない!

――馬鹿な真似はしねーよ――

 メールの返事に安心はしたけど、馬鹿な真似の意味がわたしとは違うんじゃないか?

 予感がして寄ってみたら、このざまだ。

 

 馬鹿はよせ……

 

 祈りながらの学校へ。

 昇降口を二階へ上がってすぐの教室に入ると、誰も居ない教室の真ん中に健人は立ちつくしていた。

「なんちゅー格好なのよ」

「るっせー」

 汗みずくの崩れた女装が痛々しいを通り越して不潔で惨めったらしい。

「テルとぶつかってなきゃ……」

「人のせいにすんな」

「あいつらだけじゃ勝てっこないし、俺が一人ダイブしたってどれほどのこともできゃしねーよ」

「ただのゲームに、なんでそこまでムキになんのよ」

「テルには分かんねーよ」

 そう言うと、健人は背中を見せて後ろのドアから出て行こうとした。

 あーーーイライラする奴だ!

「どこにいくのよ」

「屋上からダイブする。地上スレスレで飛べば追いつくかもしれない」

「99パーセント死ぬよ」

「俺なら行ける」

「止してよ、創立記念日の学校で女装のまま墜落死するなんて!」

「…………!」

 

 キーーーンコーーーンカーーーンコーーーン……キーーーンコーーーンカーーーンコーーーン……

 

 健人が抗弁しようと息を吸ったところでチャイムが鳴った。

 健人の目からホロホロと涙の粒が落ちていく。

 どうやらチャイムがタイムリミットの合図であったようだ。

 

 分かった、わたしが付いて行ってやるから。

 

 無意識にポケットから出したのは……ダイブの鍵だった。

 

 で、ちょっと待って。この設定って、中学の時にプロットの状態で放り出したラノベの設定に似ている。ヘタレの幼なじみを異世界の中で鍛え直すって物語……その冒頭の部分に似ている。

 えと、このあとどうなるんだったっけ? 幾百と書いたプロットやアイデア、中には途中で挫折したのもあって、この先の展開が思い出せない……だめだ、チャイムがリフレインのキンコンカンコンを打ち始めた!

 ダイブの鍵。

 ……とても危険なものなんだというアラームが神か悪魔だかの啓示だかが頭の中で明滅している。

 

☆ 主な登場人物

  寺井光子  二年生 今度の世界では小早川照姫の人格が上書きされる

  二宮冴子  二年生、不幸な事故で光子に殺される

  中臣美空  三年生、セミロングで『かの世部』部長

  志村時美  三年生、ポニテの『かの世部』副部長 

 

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あたしのあした・65『智満子んちの温泉』

2020-07-26 05:45:45 | ノベル2

・65
『智満子んちの温泉』   



 

 雲母学院に爆破予告!

 テレビでもネットでも、このショッキングなニュースがトップだ。
 昼間、雲母戎で出会った萌恵ちゃん先生も水野先生も硬い表情でニュースや動画に出ていた。校長先生が出張で不在なため、教頭先生が陣頭指揮を執ってとっているんだけど、なんといっても教頭、実質はベテランの先生方が動いているので、ニュースにしろ動画にしろ露出が多い。

「ま、どうせイタズラだろうから、明日一杯で平常に戻るさ。それよりも、せっかくの臨時休校、楽しい一日にしよーぜ!」

 智満子は、お泊り会を実りあるものにしようと絶好調になった。

 智満子の家はお屋敷なんだけど、並のお屋敷ではない。

 なんと、家の中に温泉がある!

 温泉というだけでもビックリなんだけど、温泉旅館並みに広くてデカい!
 ギャラクシースペシャルでも分かる通り、智満子のお父さんはデカくて派手なことが好きなんだ。見ようによってはスノッブなんだけど、際どいところでイヤラシサを感じないのは、できるだけ社員さんやお客さん、時にはご近所の人などを招いて楽しんでもらう。そうやって、人が楽しんでいるのを見るのが無上の楽しみという明るさがあるからだろう。

 みんなでお風呂に入って、背中の流しっこ。

 女の子というのは同性同士でも肌の露出は嫌がるんだけども、あたしたちは二カ月余りプールの補講仲間だったのでスッポンポンでもヘッチャラ。
「ねー、脱衣かごの中にパジャマが入ってるよ?」
 最初に上がったベッキーが、脱衣所のドアから首だけ出して報告した。
「え、パジャマ?」
 智満子が前も隠さずに脱衣所に、他の六人も「なんだなんだ?」とあとに続いた。
「わ、みんなお揃いのパジャマだ!」
「お、でも、ちゃんとネームが入ってる!」

――どうだい、お気に召したかな?――

 急にオッサンの声がした!
 みんな慌てて上やら下やらをタオルで隠す。
「ちょ、お父さん、なんのつもりよ!?」
 智満子の反応で、声の主が智満子のお父さんであると知れた。
――心配するな、手島君に言われて目隠ししてマイクを握っている――
――社長、あとはわたしが……――
 ドスンガタンと音がして、秘書の手島さんに替わった。
――風呂上りも同じジャージでは気の毒だと、社長が用意したものです。持って行ったのはわたしですから、どうぞご心配なく――
――わたしにも喋らせ……い、痛い、痛いよ手島……――
――では、これで館内放送切ります、みなさんごゆっくり、ちょ、社長!――
 またドスンガタンと音がして、プツンと館内放送が切れた。

 ちょっと驚いたけども、おニューのパジャマに着替えて、その夜のガールズトークは絶好調だった。

「あら、みんな寝ちゃったんだ」
 キララTDK(キララタヒチアンダンスクラブ)の話と、雲母祭りの腰元役をやる話を智満子としているうちに、ほかのみんなは寝てしまった。智満子もあたしも、それぞれ自分の道でやっていけそうなことが分かって嬉しかった。
「さ、寝る前にもう一遍温泉に浸かろうか?」
「そうね、あたし明日のことを手島さんと確認してから入る」
「いっしょに行こうか?」
「いいわよ、直ぐに済む。朝、みんなで行ってみたいところがあるから、その確認だけ」
 ということで、一足先にお風呂場に。

 階段を下りたところでスマホが鳴った。きららさんからのメールだった、旅行に行っていて年賀状の返事が出せなかったことのお詫びやら、雲母祭りへの意気込みなんかが書かれていた。メールありがとうございました……とだけ打つつもりが思わぬ長文になり、発信すると急いでお風呂に向かった。
 浴室に入ると、浴槽の湯気の中に白い影が見えた。どうやら智満子に先を越されたようだ。
「好きな時に温泉に入れるって、ほんと幸せね」
 あたしは智満子と背中合わせになるように浴槽に浸かった。
「さっき話してた雲母姫のキララさんからメールが来たんだけどさ、やっぱ、前向きでアグレッシブな人っていいよね」
 雲母祭りに参加できることで、大げさに言えば人生が変わりそうなことを、智満子に語り掛けた。

「あー、ごめん、遅くなっちゃった」

 え、智満子がドアを開けて浴室に入って来た。
「え、じゃ、あたしの後ろは?」
「いやあ、すまんすまん、声を掛けるきっかけを失ってしまってねえ」
 ザブザブと水音を立てて立ち上がったのは、声で覚えていたからよかったものの、智満子のお父さんであった。
 けしてワザとじゃないんだろうけど、お父さんは、あたしの目の前で立ち上がり、智満子に叱られた。

 前くらい隠して欲しかった……。
 

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銀河太平記 序・11『威力偵察』

2020-07-25 10:42:08 | 小説4

序・11『威力偵察』    

 

 

 

 壮大なハッタリだ。

 

 たった一万の兵で十万の漢明兵が籠る奉天を包囲しているのだ。

 パルス系観測機器が使えないとは言え、敵は、ほぼ正確に我が方の勢力を把握しているだろう。JQ風に表現するなら厚さ一ミリ、超薄皮のシュークリームだからな。

「いえ、0.1ミリです」

「そ、そうか(^_^;)」

 敵もバカではないから、俺の癖や日本軍の戦歴を熟知している。

 おそらく、三百年前、日本軍が奉天に籠ったロシア軍に対し日本軍が行った『奉天包囲戦』意識するだろう。日本軍はロシアの半分に満たない勢力でロシア軍を包囲した。

 包囲戦は敵の三倍の兵力が無くてはできないのが常識だ。ロシアのクロパトキンは、その常識に囚われ、果敢に戦うことなく破れてしまった。

 二十三世紀の今日は日露戦争ではない。パルス系の兵器や観測機器が使えないからと言っても、敵の情報は、ほぼ筒抜けだ。99%は彼我共に情報を掴んでいる。

 だが、残りの1%に敵は不安をいだく。児玉が包囲したのは勝算があるに違いない、勝算が無ければ、こんな無謀なことはやらないはずだとな。クロパトキンのことは知っているはずだが、日露戦争三百年後の今日、日本軍がやるとは思わない。壮大な伏兵があるとか、日本本土からの奇襲がある、あるいは、奉天市民の中にスリーパーが居て、体内に戦術核を仕込んでいてゲリラ的な攻撃に出てくるとか。恐怖の想像力はマンチュリアの草原よりも広くなっているに違いない。

 実はなにもない。

 敵の妄想を広げておけば、ひょっとしたら活路が開けるかもしれない。栄えある日本軍としてみっともないことは出来ない。その二点だけで、日本軍史上最大のハッタリをかましているにすぎないのだ。

「敵に威力偵察の様子あり!」

 斥候の報告が上がってきた。

「規模は?」

「一個旅団、七千ほど」

 威力偵察だけで日本軍の全勢力に匹敵する。

「後退しつつ応射!」

 まともにぶつかるわけにはいかない、一個旅団相手にアクロバットをやるしかない。

「一個大隊だけ付いてこい! 敵をかき回す!」

「やっぱり、わたしがウマ?」

「すまん、指揮官先頭が日本軍の伝統だからな」

 不足顔のJQに肩車をさせる。時速100キロは出るR兵部隊を人間の足では指揮できない。

「死ぬかもしれないわよ」

「敵もパルス系の兵器が使えない、そうそう命中はしない」

 パルス系が使えないということは、戦闘にしろ通信にしろ三百年前に戻ったのも同然で、赤外線照準もできない。全てがアナログに戻ってしまうのだ。

「吶喊(とっかん)!」

 号令をかけると、やっと千名の大隊を率いて突撃。

 JQは、マッハの速度で飛んでくる銃砲弾を避けながら進んでくれる。どうやら横須賀に記念艦展示されている『こんごう』のイージスシステムほどの能力がありそうだ。

 しかし、俺は調子に乗り過ぎていたのかもしれない。

 ビシ!

 JQの処理能力を超えた一発の弾丸がビンタのような音をさせて俺のアーマーを貫いてしまった。

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