オフステージ(こちら空堀高校演劇部)
T駅の改札を出てロータリーに向かう階段を降りると、驚いたことにお迎えが来ていた。
南河内温泉の法被を着て温泉の小旗を持った、ちょっと髪の毛が寂しい番頭さん。
「わざわざお迎え有難うございます、予約しておいた朝倉です」
「あ、おいでなさいませ。どうぞ、車の中へ」
温泉のロゴの入ったワンボックスに収まる、直ぐに発車……と思ったら、番頭さんは小旗を振りながら走り出した。
何事かと思ったら、もう一つ出口があったようで、五人連れの女子学生風といっしょに戻ってきた。どうやら、他にもお客が居たんだ。
「では、出発いたします」
六人の客を乗せて走り出す。
「すみません、後ろに追いやったみたいで」
わたしの横に座ったボブの似合う子が頭を下げる。
「いいえ、学生さん?」
「はい、おひとりですか?」
「ええ」
あなたも学生さん? とは聞いてこなかった。
半年とは言え、教師をやっていると『らしさ』が身に付いたのかもしれない。一泊の、それも下見なんだ。同宿の人に気を使うこともないわよ。
「朝倉先生、夕食は承っていたのですが、気を付けなければならない食材とかございますか?」
「え、ああ、特にアレルギーとかはありませんから」
簡単に済ませた予約だから確認が遅れたんだろうけど、先生の敬称は余計だ。
「あ、先生だったんですか?」
ボブ子さんが笑顔を向けてくる。
「ええ、こんど生徒を連れてくるんで、下見に」
「あ、そうなんだ。高校ですか?」
「あ、はい」
それから、前のシートの四人も話に加わる。ボブ子さんとポニ子(ポニーテール)さんが教職をとっていて、この春に教育実習を済ませたところだったので、いろいろと質問される。
まあ、同宿のよしみ。半分は社交辞令と和やかに話しているうちに、和泉山脈麓の宿に到着。
まだ半年にしかならないと言うと「え、そうなんですか!?」「なんか、ベテランに見えます!」とか驚かれる。
驚かれるということは……実年齢よりも……歳食って見えるってこと?
正体がバレてしまったので、宿の駐車場に着くと、ロビーに至るまでの動線を確認。スロープとか、玄関ロビーの段差とか。千歳の事があるからね。
「朝倉さん、送迎の車、折り畳みの車いすなら後ろから載せられるそうですよ!」
ポニ子さんが教えてくれる。
抜かっていた、まずは車いすが載せられるかどうかが問題なんだ。千歳は普段は電動を使っている。
あ、でも、なんで千歳の事知ってるんだ? あ、自覚無いけど話しちゃったんだっけ?
「朝倉さん、入浴用の車いす完備しているそうなんで、あとで試してみません?」
モブ子さんがフロントで確認してくれてご注進。
優雅に温泉に浸ろうかと思っていたんだけど、なんだか真剣に下見しなければならなくなってきた(;^_^A
☆ 主な登場人物
小山内啓介 二年生 演劇部部長
沢村千歳 一年生 空堀高校を辞めるために入部した
ミリー・オーエン 二年生 啓介と同じクラス アメリカからの交換留学生
松井須磨 三年生(ただし、四回目の)
瀬戸内美晴 二年生 生徒会副会長
朝倉美乃梨 演劇部顧問