大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・133「真面目に下見・1」

2020-05-31 13:14:51 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)

133『真面目に下見・1』朝倉美乃梨   

 

 

 T駅の改札を出てロータリーに向かう階段を降りると、驚いたことにお迎えが来ていた。

 

 南河内温泉の法被を着て温泉の小旗を持った、ちょっと髪の毛が寂しい番頭さん。

「わざわざお迎え有難うございます、予約しておいた朝倉です」

「あ、おいでなさいませ。どうぞ、車の中へ」

 温泉のロゴの入ったワンボックスに収まる、直ぐに発車……と思ったら、番頭さんは小旗を振りながら走り出した。

 何事かと思ったら、もう一つ出口があったようで、五人連れの女子学生風といっしょに戻ってきた。どうやら、他にもお客が居たんだ。

「では、出発いたします」

 六人の客を乗せて走り出す。

「すみません、後ろに追いやったみたいで」

 わたしの横に座ったボブの似合う子が頭を下げる。

「いいえ、学生さん?」

「はい、おひとりですか?」

「ええ」

 あなたも学生さん? とは聞いてこなかった。

 半年とは言え、教師をやっていると『らしさ』が身に付いたのかもしれない。一泊の、それも下見なんだ。同宿の人に気を使うこともないわよ。

「朝倉先生、夕食は承っていたのですが、気を付けなければならない食材とかございますか?」

「え、ああ、特にアレルギーとかはありませんから」

 簡単に済ませた予約だから確認が遅れたんだろうけど、先生の敬称は余計だ。

「あ、先生だったんですか?」

 ボブ子さんが笑顔を向けてくる。

「ええ、こんど生徒を連れてくるんで、下見に」

「あ、そうなんだ。高校ですか?」

「あ、はい」

 それから、前のシートの四人も話に加わる。ボブ子さんとポニ子(ポニーテール)さんが教職をとっていて、この春に教育実習を済ませたところだったので、いろいろと質問される。

 まあ、同宿のよしみ。半分は社交辞令と和やかに話しているうちに、和泉山脈麓の宿に到着。

 まだ半年にしかならないと言うと「え、そうなんですか!?」「なんか、ベテランに見えます!」とか驚かれる。

 驚かれるということは……実年齢よりも……歳食って見えるってこと?

 

 正体がバレてしまったので、宿の駐車場に着くと、ロビーに至るまでの動線を確認。スロープとか、玄関ロビーの段差とか。千歳の事があるからね。

「朝倉さん、送迎の車、折り畳みの車いすなら後ろから載せられるそうですよ!」

 ポニ子さんが教えてくれる。

 抜かっていた、まずは車いすが載せられるかどうかが問題なんだ。千歳は普段は電動を使っている。

 あ、でも、なんで千歳の事知ってるんだ? あ、自覚無いけど話しちゃったんだっけ?

「朝倉さん、入浴用の車いす完備しているそうなんで、あとで試してみません?」

 モブ子さんがフロントで確認してくれてご注進。

 優雅に温泉に浸ろうかと思っていたんだけど、なんだか真剣に下見しなければならなくなってきた(;^_^A

 

 

☆ 主な登場人物

 小山内啓介     二年生 演劇部部長 

 沢村千歳      一年生 空堀高校を辞めるために入部した

 ミリー・オーエン  二年生 啓介と同じクラス アメリカからの交換留学生

 松井須磨      三年生(ただし、四回目の)

 瀬戸内美晴     二年生 生徒会副会長

 朝倉美乃梨    演劇部顧問

 

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あたしのあした08『もう一人のあたし・2』

2020-05-31 06:30:00 | ノベル2

08『もう一人のあたし・2』      


 

 ついこないだまで、合わせ鏡で自分のお尻を見ても平気だった。

 それも、単にお尻を見るだけじゃなくて、お尻の穴が見えるかどうかを観察していた。
 それが、浴室の鏡に自分の裸が見えただけでドギマギしている。

 とても変だ。

 学校じゃ、いじめのボスである横田智満子を、ほんの一瞬で凹ませた。
 あたしに対するいじめは、あっけないほど簡単に解決した。そう、自分自身で解決したんだ。
 これも、今までの自分からは考えられないことだった。

「恵子、お行儀が悪い」

 晩御飯を食べようとしたら、お母さんに注意された。
「え……うっそー?」
 椅子の上で胡坐をかいている自分に気づいてビックリした。
「退院してから、ずっと胡坐だわよ」
「言ってくれたらいいのに」
 ひょっとしたら学校でも胡坐だったんじゃなかったかと、少し狼狽えた。
「元気になってくれたのが嬉しくて、ね、『ま、いいか』だったんだけどね、ちょっと目につくから」

 お母さんは不安だったんだ。あたしの元気が一過性のもので、ちょっと注意したことで、あたしの鬱がぶりかえさなかと。

 なんたって、自殺未遂から四日しかたっていないもんね。
 お母さんが胡坐を注意したということは、それだけあたしのことを安心したということなのだから、嬉しくはある。
 お母さんを安心させて、嬉しく思うなんて……小学校の運動会以来だなあ。
 くすぐったく思っていると、新聞の記事が目についた。

 春風さやか議員乱脈疑惑は秘書の仕業!

 乱脈な政務活動費・二重国籍に疑惑を持たれていた春風さやか衆議院議員の潔白を示す資料が発見される……。

 記事は続いていた。

――風間秘書は親の代からの秘書で、わたしの女房役というよりは、文字通り親同然でした。風間秘書から見ると、わたしは未熟で、気が気ではなかったのだと思います。ですので、わたしに分からないように違法なことも含めて世話を焼いてくれた結果だったと思います。むろん、それに気づかずにいたわたしに問題があったことは事実ですので……――

 春風さやかって、病院のエントランスで見かけた人だ。そして……。

「議員秘書の風間さんて、あたしを救けてくれた人だよね……」
 食卓のおかずにお箸を伸ばしながら記事の残りを目で追った。
「ご飯食べながら新聞読むのも、どうかと思うわよ」
「え、ああ、ごめんなさい」
 そう謝りながら、新聞から目が離せない。
 風間さんが可哀そうという気持ちと、これでいいという気持ちがせめぎ合っている。
 というより、春風議員の疑惑は秘書の風間さんがやったことであると新聞も締めくくっているのに、あたしは信じていない。
 てか、なんで新聞の政治欄なんか読んでんだ、あたし?
 あたしは、お漬物を小気味よく噛み砕く。
「恵子、あなた奈良漬食べるようになったの?」
「え……?」
 口の中にあるのが、大の苦手な奈良漬であることに気づいた。

 あたしってば、ほんとうにどうしたんだろう……そう思いながら、二つ目の奈良漬に手を伸ばしていたのだった。
 

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メタモルフォーゼ・9『受売神社の巫女さん』

2020-05-31 06:21:50 | 小説6

メタモルフォーゼ

9『受売神社の巫女さん』        

 

         


 あたしを、こんなにしたのは優香かと思った……。

 だって、優香が自転車事故で死んだのと、あたしが男子から女子に替わったのはほぼ同じ時間。
『ダウンロード』は優香が演りたがっていた芝居で、優香は、よくYou tubeに出てる他の学校が演ったのを観ていた。
 しかし、それは一人芝居で、あれを演ろうとすれば当時発言権を持っていたヨッコ達をスタッフに回さなければならず、ヨッコ達は、そんなことを飲むようなヤツラじゃない。自分は目立ちたいが、人の裏方に回るのなんかごめんというタイプだ。

 あたしは、訳が分からないまま部活を終えて、気がついたら受売(うずめ)神社の前に来ていた。鳥居を見たら、なんだか神さまと目が合ったような気になり、拝殿に向かった。
 ポケットに手を入れると、こないだお守りを買ったときのお釣りの五十円玉が手に触れた。
「あたしのナゾが分かりますように」
 が、手を合わせると替わってしまった。
「うまくいきますように」
 なぜだろう……そう思っていると、拝殿の中から声がかかった。

「あなた、偉いわね」

 神さま……と思ったら、巫女さんだった。
「あ……」
「ごめん、びっくりさせちゃったわね。売り場と拝殿繋がってるの。で、こっち行くと社務所だから」
「シャムショ?」
「ああ、お家のこと。神主の家族が住んでるの。で、わたしは神主の娘。自分ちがバイト先。便利でしょ」
「ああ、なるほど」
「あなた、AKBでもうけるの?」
「え、いえ……あたし……」
「あ、受売高校の演劇部! でしょ?」
「は、はい。でもどうして?」
「これでも、神に仕える身です……なんちゃってね。サブバッグから台本が覗いてる」
「あ、ホントだ。アハハ」
「でも、偉いわよ。ちゃんとお参りするんだもの。こないだお守りも買っていったでしょ?」
「はい、なんとなく」
 なんとなくの違和感を感じたのか、巫女さんが聞いてきた。
「あなた、ひょっとして、ここの御祭神知らない?」
「あ、受売の神さまってことは、分かってるんですけど……」

 詳しくは知りませんと顔に書いてあったんだろう。巫女さんが笑いながら教えてくれた。

 ここの神さまは天宇受売命(アメノウズメノミコト)という。

 天照大神(アマテラスオオミカミ)が天岩戸にお隠れになって、世の中が真っ暗闇になったとき、天照大神を引き出すために、岩戸の前で踊りまくって、神さまたちを一発でファンにした。
 前田敦子のコンサートみたく熱狂させたアイドルのご先祖みたいな神さま。
 あまりの熱狂ぶりに、天照大神が「なにノリノリになってんのよ!?」と顔を覗かせた。そこを力自慢の天手力男神(アメノタジカラオ)が、力任せに岩戸を開けて無事に世界に光が戻った。
 で、タジカラさんはお相撲の神さまで。ウズメさんが芸事の神さま。今でも芸能人や、芸能界を目指す者にとっては一番の神さまなのだ!

 あたしは、ここで二度も神さま(たぶん)の声を聞いた。と……いうことは、神さまのご託宣?

 訳が分からなくなって、家に帰った。
「美優、犯人分かったらしいわね!」
 ミキネエが聞いてきた。ちなみに我が家は、今度の映像流出事件と、その元になったハーパン落下事件は深刻な問題にはなっていなかった。
「イチゴじゃなくって、ギンガムチェックのパンツにしときゃオシャレだったのに」
 これは、ユミネエのご意見。
「しかし、男子の根性って、どこもいっしょね」
 これは、ホマネエ。
「まあ、これで、好意的に受け入れてもらえたんじゃない?」
 有る面、本質を突いているのは、お母さん。

 もう、あの画像は削除されていたけど、うちの家族はダウンロードして、みんなが保存していた。
「あ、なにもテレビの画面で再生しなくてもいいでしょ!」

 と、うちはお気楽だったけど、この事件は、このままでは終わらなかった。

 つづく

 

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新・ここは世田谷豪徳寺・27《尾てい骨骨折・4》

2020-05-31 06:11:02 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺27(さくら編)
≪尾てい骨骨折・4≫       



 

 寝ダメがきかなくなってきた。

 昨日は、アジア大会のライブも諦めて、8時頃にはベッドに入った。で、11時間以上寝たんだけど、眠り足りない。さつきネエの話では、相変わらず寝言みたくゴニョゴニョ言ってるらしいけど、さすがにハッカののど飴を口に入れられることも無くなったが「このまま続くようなら、お医者さんに診てもらったほうがいいよ」と言われる始末。

 授業中の居眠りも常態化しつつあり、数学の先生も何も言わなくなった。尾てい骨は相変わらず痛かったけど、庇いながら寝るすべを覚えたのか、痛さに飛び起きるということも少なくなった。
「放課後、校長室へ行きなさい」
 担任の亜紀ちゃん先生に宣告されたのは、今日の放課後。

 そうか、何も言われないと思ったら、そんなとこまで話は飛躍してんのか……と覚悟を決めた。

 校長室は例の七不思議の偶然でお邪魔して以来。

「いやあ、呼び出してごめんなさいね」
 校長の白波先生は、予想に反して穏やかだった。
「あ、あの、居眠りの話じゃないんですか……?」
「ああ、耳には入ってるけど、あんなのは、あなたの歳ではありがちなことよ。今日呼び出したのは、個人的なお願いがあってのことなの」
 そう言って、先生は御みずから紅茶を淹れてくださった。
「実は、これを聞かせてもらったの」
 校長先生は、パソコンのキーをいくつか叩いた。すると、こないだ音楽の時間に歌っていたあたしの姿が音声入りで再生された。
「あ、これは……」
 マクサが撮った動画だ。
「あまり上手いんで佐久間さんから美音先生のスマホにコピーされて、職員室で話題になってたので、ちょっと取り込ませてもらったの」
 この後、校長先生は意外な話をした。びっくりして椅子の上で飛び上がったら、もろ尾てい骨を打って、びっくりは三倍ほどに増幅して校長先生に伝わってしまった。

 そして、その夕方に校長先生のお家にお邪魔することになった。

「まあ、桜じゃないのお!」

 そう言って校長先生のお母さんが抱き付いてきた。前もって聞いていたので、この「桜」というのはひい祖母ちゃんのことだとは分かっている。いるんだけど、やっぱ、現実にハグされると戸惑いが先に立つ。
 うちのひい祖母ちゃんは佐倉桜子といって、日ごろは呼びにくいので、ただの「桜」と呼ばれていた。音だけで聞くと、あたしといっしょ。で、同じ帝都の女学生なので、校長先生のお母さんは完璧に、あたしをひい祖母ちゃんの「桜」と思い込んでいる。

「聴かせてもらったわよ、見せてもらったわよ、桜とうとうやったのね!」

 ここで解説。

 校長先生のお母さん白波松子さんは、ひい祖母ちゃんの桜子とは親友であったらしい。
 二人が女学生であったのは戦時中。後半は勤労動員に狩り出されて学校どころでは無かったみたい。でも二年生までは、まともに授業をやっていた。
 音楽のテストで、松・桜コンビは『ゴンドラの唄』を歌うつもりでいた。音楽の先生も、時局がら、これが最後の歌唱テストになると思い、曲目は各自の自由にした。で、おしゃまな二人は『ゴンドラの唄』を選んだ。
「そうだったのよ、あなたのひいお祖母ちゃんは、わたしと『ゴンドラの唄』を歌うはずだった……」
 一瞬松子さんは正常になった。
「でもね、ゴンドラの唄って松井須磨子でしょ。築地小劇場でしょ。さすがの先生も、これは許してくれなかった。だから『早春賦』で妥協したのよね。いいお点はいただいたけど、やっぱり『ゴンドラの唄』が歌いたかった、そしたらサクラ、あんた見事にやりとげたのよね。あたし感動しちゃった!」
 この「サクラ」はどちらを指しているのかよく分からない。
「ねえ、桜、生で聴かせてよ。あたしは、もうあのころの声は出ないわ。でも桜はあの時のままなんだもん。ねえ、こっちきて!」
 これは完全に、ひい祖母ちゃんと間違っている。そして通されたのは、地下の防音室だった。

 八畳ほどの地下室に、本物のスタジオ並の機材が揃っていた。

「さあ、唄って桜!」

 松子さんの目は、少女のように輝いていた……。

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あたしのあした07『もう一人のあたし・1』

2020-05-30 06:26:21 | ノベル2

07『もう一人のあたし・1』    


 

 覚めてみると不思議でいっぱいだった。

「じゃ、お望み通り死んでやるわ」

 そう言った時には計算があった。
 きっとクラスのクズどもは、あたしを囃し立てる。
 窓を開けて、飛び降りる仕草をすれば、調子に乗ったクズどもは拍手するだろう。
 で、その中心になるのは、女ボスの横田智満子だ。
 智満子は、ルックスもスタイルも抜群。成績は中の上。運動神経もよくて、なにをやらせても、そこそこにこなせるので、当たり前ならリア充の見本みたいな子だ。

 でも、根性はクソビッチ。
 
 このクソビッチをメンタル的に壊してやれば、他のザコは沈黙するとふんだ。

 鼻の穴に指を突っ込んで自由を奪うことは、とっさに浮かんだアイデアなんだ。
 てか、死んでやる! のあとのことは出たとこ勝負だった。

 出たとこ勝負で行動に出るなんて、それまでのあたしでは考えられないこと。
 そもそも、みんなに囃し立てられて、こんな行動に出られるなんて……それまでのあたしなら、机に突っ伏してゲロ吐いてる。
 そもそも、学校にくるなんてできない相談だった。なにか変だ。

 でも、そんな疑問を持ったのはほんの一瞬。

 イジメを気にしなくていい教室で、放課後までゆったりと過ごした。
 智満子はどうしたかと言うと、あのあと気分が悪くなって保健室へ、で、昼には早退してしまった。
 担任の萌恵ちゃんは――なんかあった――とは思ってるようだけど、ご注進におよぶ者もいないので、なにもなかったことに決め込んでいる。教師としては誉められた対応じゃないけど、ほかの先生も似たり寄ったり。ま、いまのあたしには、学校の事なかれ主義は都合がいい。

 九月の半ばは、まだまだ暑い!

 暑いくせに、校門を出ると走り出した!

「ヒャッホーーーーーーー!!」

 他の生徒や通行人がビックリしてるけど、構わずに、とうとう駅まで走った。
 駅のトイレに駆け込んで、ブラウスのボタン開け、タオルハンカチで腋の下まで、スカートまくってマタグラまで拭きまくる。
 明日からはタオルだな! そして水道でジャブジャブ顔を洗う。
 駅下のスーパーの食品売り場で涼んでから電車に乗った。

 やっぱ、きちんとお風呂に入ろう!

 家に帰ると、身ぐるみ脱いで浴室へ。
「あ…………!?」
 浴室の鏡に自分の裸が映っている……(#^0^#)

 見慣れた自分の裸にドキリとする。

 え、なんで……? なんで、自分の裸をマジマジ見てんの? なんで、顔が赤くなんの!?

 あたしの中に、もう一人の自分がいるような気がしてきた……。
 

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メタモルフォーゼ・8『盗撮の犯人』

2020-05-30 06:15:32 | 小説6

メタモルフォーゼ

8『盗撮の犯人』            

 


 投稿犯は、その日のうちに検挙された。

 隣町のS高校のA少年であった……って、近隣の者は「ああ、あいつか」と分かるぐらいのワルであるが、マスコミがS高のAとしているので、そう表現しておく。
 しかし、これでは読者にはあまりにも不親切なので、第二話であたしが学校から自分の家まで歩いて帰る途中、お尻を撫でていった「怖え女子高生だな……イテテ」のオッサン。あのオッサンの息子と言えば、かなりの「ああ、あいつの……」という理解が得られると思う。

 このAが割り出されたのは、簡単だった。ネットカフェでは帽子とフリースにマスクまでしているが、こんな格好で、長時間街をうろつけば、それだけで不審者だ。そこに目を付けた所轄の刑事は、近所の防犯カメラを総当たりした。
 ネットカフェは、スモークのガラス張りだけども、店に入ってくる影がガラスに映るので、やってきた方向は分かっている。五軒離れたパチンコ屋の前でフリースを着ているところ。三件前のコンビニの前では帽子を、で、こいつはわざわざガラスに顔を写してチェックまでしている。そして、ネットカフェの前の本屋のビデオでは、入店直前にマスクをしているのが確認された。

 バカとしか言いようがない。

 しかし、Aの行為は肖像権の侵害と盗撮映像の流布という民事、せいぜい迷惑防止条例の対象でしかない。
 そう、撮影したのはAではない。Aは誰かから映像を手に入れているのである。
 Aは口を割らなかった。別に男気があってのことではない。

 映像を脅し取ったということがバレるのを恐れたのである。立派な恐喝になるので口を割らないのである。警察は絞り込みに入った。Aの交友関係から受売高校の生徒を割り出せばいいだけの話しだった。

 朝になって、生指に名乗り出てきた。B組の中本という冴えない男子生徒が。

「ぼ、ぼく、脅されたんです。Aに、可愛い子が転校してきたって言ったら、見せろって言われて……で、画像送れって。あんなことに……」
「なるとは思ってなかったなんて、言わせねーぞ、中本!」
 生指部長の大久保先生の一喝は、たまたま廊下……といっても、教室二個分は離れていたあたしたちにも聞こえた。

「B組の中本だ……」
 ホマちゃんが言ったので、四人とも立ち止まってしまった。罵声は続いていた……。
「行こう……」
 あたしは駆け出して、中庭の藤棚の下まで行った。
「ミユ!」
「ミユちゃん!」
 三人が追ってきた。
「大丈夫、ミユ?」

 あたしは混乱して、とても気分が悪かった。なんだかゲロ吐きそう。

 案の定、三限目に生指に呼ばれた。そして中本が謝りたいといっていると告げられた。
「はい」
 混乱していたけど、意識とは別のところが、そう言わせた。
「中本君、あんたに、あそこまでの悪気はないのはないのは分かってる。転校してきたあたしが珍しくって、そいで撮ったのよね。だって、あれは事故だったから」
「う、うん。A組に可愛い子が来たっていうから……」
「誤解しないで、許したわけじゃないから。あそこまでの悪気って言ったのよ……あんたがやったことは卑劣よ。S高のAに画像送ったらなんに使うか、想像はついたでしょ。百歩譲って興味から撮ったとしても、あんな事故みたいな画像なら消去すべきでしょ」
――男だったら、消さないよ――
 進二が囁いた。
「うるさい!!」
 中本は椅子から飛び上がり、大久保先生でさえ、ぎくりとしている。
「ぼ、ぼく、なんにも……」
「あんたが言いうこと目を見たら分かるもん。ハーパンが脱げた後、画面はブレながら顔のアップになったわ。あんたにそれほどのスケベエ根性が無かったのは分かる。でも、どこか歪んでる。S高のAにも、あんたから言ったんでしょ。Aがどういう風に興味を示すか分かっていながら……それって、お追従でしょ? 単なるご機嫌取りでしょ? Aが口を割らなかったのは、あんたのことを脅かしたからでしょ。この事件の、ここだけが恐喝になるもんね。あんたのスマホ見せてよ」
「これは、個人情報……」
「スカしてんじゃないわよ!」

 中本のスマホには、Aのパシリにされていたようなメールが毎日のように入っていたけど、昨日から今朝にかけては一つもない。
「消したのね。そして知ってるんだ、専門家の手に掛かったら、すぐに復元できること。そして、自分はAに脅された被害者になれるって。それ見込んで名乗り出たんでしょ」
「いや、ぼくは……」
「あたし、許さないから。Aもあんたも」
「それって……」
「被害届は取り下げない。せいぜい警察で被害者面して泣きいれなよ。そんなのが通じるほど、あたしも警察も甘くないから。あんたら立派な共同正犯だわよ!」

 それだけ言うと、あたしは生指を飛び出した。共同正犯なんて難しい言葉、どこで覚えたんだろう?

 そのあと、警察が来て、中本と話して任意同行をかけてきた。思った通りの展開。
――そこまでやるか?――
 進二が、また口を出す。
「う・る・さ・い」

 杉村君との稽古は、最初から熱がこもっていた。もう道具さえあれば、明日が本番でもやれる。
『ダウンロード』という芝居は、女のアンドロイドがオーナーから次々にいろんな人格や、能力をダウンロ-ドされ、いろんな仕事をさせられ、最後にオーナーの秘密をダウンロードして、オーナーを破滅させ、アンドロイドが一個の人格として自立していくまでを描いた一人芝居。

 稽古が一段落して思った。

 いまのあたしって、まるでダウンロードした人格だ。

 そこに、やっと仕事が終わった秋元先生が、顔を出した。
「稽古は、順調みたいだな」
「ありがとうございます。おかげさまで」
「ほとんど、今年のコンクールは諦めていたんだ。渡辺が来てくれて助かった。杉村もがんばってるしな」
 先生は、昨日からの事件を知っているはずなのに、ちっとも触れてこない。慰めは、ときに人を傷つけることを知っているんだ。ちょっと見なおす。

「先生、この花でよかったですか?」

 宇賀ちゃん先生が、小ぶりな花束を持ってやってきた。
「お金、足りましたか?」
「はい、これ、お釣りです。渡辺さん、がんばってね!」
「はい!」
 でも、花束は早すぎる……と、思った。
「あ、これはね。この春に転校した生徒が亡くなったって……連絡が入ってね」
「保科先輩ですね……」
「杉村、よく覚えてんな。三日ほどしかいっしょじゃなかったのに」
「あの先輩は、一度会ったら忘れません……いつだったんですか?」
「四日前……下校中に暴走自転車にひっかけられてな……」

 四日前……自転車……あの時か、優香が、優香が……。

 気配に振り返った鏡、一瞬自分の姿に優香が重なって見えた。

 つづく

 

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新・ここは世田谷豪徳寺・26《尾てい骨骨折・3》

2020-05-30 05:58:49 | 小説3

ここ世田谷豪徳寺・26(さくら編)
≪尾てい骨骨折・3≫    



 

 目が覚めると、世界はハッカの香りに満ち満ちていた。

 覚めきるにつれ、香りの元が自分の口だと分かって驚いた。さつきネエがニヤニヤしている。

「ちょっと、あたしに何かした?」
「え、覚えてないの?」
「なんのことよさ?」
「さくら、寝言でのど飴くれって言ってたんだよ」

 さつきネエの話では、あたしは寝ながら口をパクパクやっていたらしい。で、のど飴と言ったらしい……。

「あら、声もどったのね」
 今度はお母さんに言われた。
「え、そんなだったのあたし?」
「覚えてないの?」
「え、ああ、ううん」
 いいかげんな返事をしたが、実のところ、昨日の秋分の日の記憶が飛んでいた。若年性健忘症……にしては、それ以前の記憶はしっかりしている。尾てい骨が痛いことや、そのために数学の先生に誤解されたこと。そいでひい祖母ちゃんが夢の中に……そうだ、ここから記憶があいまいだ。

 今日はレイア姫の勝負パンツを穿いている。と言っても放課後怪しげなことをするためではない。今日は苦手な音楽の歌唱テスト。まあ、人並みに歌えればいいと思って、歌は教科書の『若者たち』と決めている。ただ江戸っ子の見栄っ張りで恥はかきたくない。当たり前程度には歌えて、尾てい骨に響きませんようにとの願いから。

 で、音楽のテストの時間になった。

「じゃ、次、佐倉さくらさん」
「はい」
 腹はくくっている。
「曲目は?」
「ゴンドラの唄……」
 と言って自分でも驚いた。どこへ行ったのだ『若者たち』は!?
「えらく、渋い曲ね、先生弾けるかなあ……」
 ほんの少し考えて音楽の美音先生が前奏を奏で始めた。

 いのち短し 恋せよ乙女 あかき唇 あせぬ間に 熱き血潮の 冷えぬ間に 明日の月日は ないものを
 
 いのち短し 恋せよ乙女 いざ手をとりて かの舟に いざ燃ゆる頬を 君が頬に ここには誰れも 来ぬものを

 いのち短し 恋せよ乙女 波にただよう 舟のよに 君が柔わ手を 我が肩に ここには人目も 無いものを

 いのち短し 恋せよ乙女 黒髪の色 褪せぬ間に 心のほのお 消えぬ間に 今日はふたたび 来ぬものを


 美音先生もクラスのみんなもびっくりした。一番びっくりしたのはあたしだった。
 こんな歌は聞いたこともないし、唄ったこともない。

「すごいいわよ、佐倉さん。ちょっと待っててね……」
 先生はデスクのパソコンを操作して森昌子さんの『ゴンドラの唄』を流した。
「すごい、先生、もう一度歌ってもらって録画していいですか?」
 マクサが言った。気が付いた、順番から言えば佐久間マクサの方が先なんだけど、あたしが先になったことに誰も不審に思っていない。マクサは、どうやら気づいているようで、あわよくば自分の番が回ってこないうちに時間を終わらせようという腹だ。

 いつもなら、こんなズルッコ許さないんだけど、あたしは自分でも歌いたい気持ちになっていた。

「じゃ、もう一回やってもらおうか!」

 こんどはアップテンポで前奏が始まった。

 これが奇跡の始まりだった……。

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せやさかい・149『月島さやか先生』

2020-05-29 13:36:27 | ノベル

せやさかい・149

『月島さやか先生』         

 

 

 二年三組やということは分かってる。

 

 担任は月島さやか先生。

 この四月から先生になったピッカピカの新任!

 学校は六月一日からやけど、課題やらプリントやらがあって、それを持ってきてくれはった。

 ポニテをスィートスポット(顎と耳の線を延長したところで結う)にキリリと決めて、白のブラウスに黒のタイトスカート。うっすらとオデコに汗をにじませて、山門の前でキョロキョロしてはる。

「あ、ひょっとして月島先生ですか!?」

 詩(ことは)ちゃんと本堂の掃除をしてて、障子の隙間から見えたんで、ころけるように階(きざはし)を下りて声をかける。

「あ、酒井さくらさん!?」

「はい、酒井さくらです!」

 お互いマスクからはみ出そうなくらいに口を開けてご挨拶。

 マスクしてると、しっかりはっきり言わんと通じひんさかいね。

「酒井さんとこてお寺さんやねんね、なんや、境内に入ったら涼しい感じ」

「あ、広いだけです。すみません、山門のとこはお寺の看板しかないさかい」

「いいわよ、念のため所番地を確認してただけだから。わたしの家も神社だから親近感よ」

「あ、そうなんですか!」

「あ、あんまり近寄らないで、ソーシャルディスタンス(n*´ω`*n)」

「あ、あ、そーですね、すんません!」

 

「さくらちゃん、リビングの方にお連れしたらあ」

 

 本堂の縁に正座して詩ちゃんが庫裏の方を指す。

「せやね、すみません、つい話し込んで(;^_^A」

「うん、いいの、まだまだ周るお家があるから。えと、お姉さん?」

 ペコリと頭を下げながら月島先生。

「あ、従姉です」

「従姉の詩です。ほとんど姉妹ですけど」

「あ、そうなんだ。こんど酒井さんの担任をすることになりました、月島です」

「ごていねいに、せめて、本堂の中でも。冷房はしていませんが天井が高いですから」

「あ……じゃあ、お参りを兼ねて」

 

 さすが神社の娘さんらしく、阿弥陀さんにきれいな合掌をしはる。

 

「お母さんにもご挨拶しなきゃなんだけど……」

「あ、母は……」

「いいのいいの、今日は……はい、課題持ってくるのが仕事だから。一日の登校日に持ってきてください」

「ありがとうございます」

「詩さん、きれいな人ねぇ」

「はい、自慢の従姉です!」

「あ、笑うと似てるわね」

「嬉しいです、そう言われると!」

「ハハ、わたしも先生のなりたてだから、よろしくね。阿弥陀さま、やさしいお顔ねえ……長年信仰されてると、錬られてくるものがあるんでしょうねえ」

「そうなんですか?」

「そうよ、ああいう微妙な笑顔はなかなかできないわよ……どう?」

 先生は、右手をチョキにして口角を吊り上げて見せる。

「あ、ペ…………」

 ポニテのキリリが不二家のマスコットみたいになった。

「アハハ、ペコちゃんみたいだと思ったでしょ?」

 そう言うと、ペロッと舌を出して目玉と一緒に右側に寄せる。ますますペコちゃん。

「アハハ、子どものころから言われてるんやけど、先生になってもペコちゃんじゃねえ。今のは内緒よ」

「そうなんですか?」

「えへへ、今日は元気な笑顔が見れて、先生も元気出ちゃった! じゃ、次のお家に行くから、詩さんにもよろしく」

 荷物を持つと、女生徒みたいな軽やかさで本堂を出て、自転車に跨り、歯磨きのコマーシャルみたいな笑顔を見せて、もう一度「じゃ!」と一声残して行ってしまった。

「あら、もう、お立ちになった?」

「あ、うん、まだまだ周らならあかんみたいで」

「そうだよね、お仕事なんだから」

 

 詩ちゃんと二人、本堂の座って、詩ちゃんがお盆に載せてきた麦茶を頂いたのでありました。

 いよいよ本格的に新学期! いや、新学年の始まりです!

 

 

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あたしのあした06『チャイムが鳴った』

2020-05-29 06:31:18 | ノベル2

06『チャイムが鳴った』      

 

 

 四カ月ぶりの学校はよそよそしかった。

 よそよそしさにもいろいろある。

「信じてたわよ、あなたなら、きっと復活するって! あ、でもね、無理はしないようにね。しんどかったり辛かったりしたら、いつでも言ってね」
 担任の杉村萌恵先生は、登校すると直ぐに職員室に呼んで、声を掛けてくれた。
「ありがとうございます」
 とは答えておいたけれども、なんとも味気ない。
 だって、職員室には教頭先生をはじめ他の担任やら教科の先生やらが二十人以上いる。萌恵先生の台詞は、他の先生に聞かせるためのものだ。
 あたしが、また不登校になったりトラブルに遭っても、きちんと声はかけました。というアリバイなのだ。伊達に不登校をやっていたんじゃない。オタメゴカシな大人の態度は肌感覚で分かってしまう。

 教室に行くと、クラスメートの視線が突き刺さる。

 覚悟はしていたけど、かなりウザイ。

 ちょっと前のあたしなら、萌恵先生のオタメゴカシとクラスメートのウザイ視線でリバースしていただろう。

 でも、電車に飛び込んで助かったあたしは、なにか吹っ切れて腹が座っていた。

「もう、来ないと思ってたのに」
「電車に跳び込んだら、ふつう死ぬよね」
「死にぞこないなんだ」
「死ねばよかったのにさ」
「死ねば楽になるのにね」
「死ねぇ」
「そうよ、死は唯一の救済なのにね」
「キモ! こっち見てる!」
「こっち、見んな!」


「ウダウダコソコソ言ってんじゃないわよ!」

 生まれて初めての大声あげて立ち上がった。
 みんなが一瞬だけひるむ。
 でも、直ぐに数を頼んでニヤニヤ笑いだす。

「あたしは死んだ方がいいの? どーよ、関根・皆川・古田・渡辺・伊藤・木下・森・藤田・横田にその他! どーなのよ!?」

 タメ口にびっくりしてるけど、数を頼んでのニヤニヤ以外は返ってこない。予想はしてたけどね。

「じゃ、お望み通り死んでやるわ」

 あたしは、ガラリと教室の窓を開け、窓枠に身を乗り出した。
 あたしの背後で拍手が起こる。
「おめでとう、今度こそ成功するように祈ってるわ!」
 ボスの横田智満子が囃し立てる。
「横田智満子、あんた、死は唯一の救済って言ったわよね」
「そ、そうよ、死んだら楽になるじゃん」
「楽になれるのね」
「そ、そうよ、だから……なによ!?」

 あたしは、智満子の傍に寄った。

「そんなに楽になれるのなら、あたし一人じゃもったいないわ。あんたもいっしょに楽になろうよ!」
 あたしは智満子の鼻の穴に指を突っ込んで窓際まで引っ張って行った。

「キャーーーーー!!」

 窓辺まで来ると、脚を掴んで手すりを軸にして窓の外に智満子をぶら下げた。智満子は、かろうじて膝の裏側で手すりにひっかかっている。
「楽になれるんだから、怖がることはないでしょ? ほら、みんなも、あたしにだけ拍手したんじゃ不公平でしょ……拍手!」
 当然だけど、だれも拍手なんかしない。
「拍手しろよ!」
 睨みつけてやると、パラパラと拍手。
「しみったれた拍手してんじゃないわよ! ほら、智満子からも頼みなさいよ!」
「みんな、は、拍手、拍手よ~(´;ω;`)ウゥゥ」

 
 拍手はしだいに大きくなっていき、あたしへのイジメは割れんばかりの拍手の中で終わってしまった。

 キーンコーンカーンコーン~🎵キーンコーンカーンコーン🎵

 チャイムが鳴った。

 なにかが始まったようにも終わったようにもとれる音色で、長く余韻を引いて耳に残った。 

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メタモルフォーゼ・7『彼女の悲劇』

2020-05-29 06:20:21 | 小説6

メタモルフォゼ・7
『彼女の悲劇』       
        

 


 これでいいのか?……心の中で声がした。

 進二の声だ。でも体が動かない。金縛りというやつだろう。

 美優の体になって、まる三日目の夜。なかなか寝付けずにいると、こうなってしまった。
――よくわからない。あたしが、進二の双子のカタワレなのか、受売命(ウズメノミコト)のご意志か、とんでもない突然変異なのか……思い詰めるとパニック……にはならないか。あたしって、なんだか、とても天然なんだ。進二は、いまどこにいるの?――

 応えはなかった。

 乖離性同一性障害だとしたら、あたしがいるうちは、出てこられない。金縛りとは言え、出てくるようなら、まだ完全には乖離(多重人格)しきっていないということだろう。
 なにか、よく分からないけど、こうなったのには意味があるような気がする。それが分かって解決するまでは、これでいいじゃん……で、ようやく眠りに落ちた。

 翌朝学校へ行くと、なんだか、みんなの様子がおかしい。男子も女子も、なんだか「気の毒そう」と「関わりにならないでおこう」という両方の空気。

「ちょっと、ミユちゃん!」

 来たばかりのミキちゃんが、お仲間二人と教室にも入らないで、あたしを呼んでいる。

「おはよう、なあに?」
「ちょっとこっち」
 人気のない階段の上まで連れて行かれた。
「ちょっと、これ見て」
 スマホを動画サイトに合わせて見せてくれた。

「あーーー、ヤダー!」

 そこには『彼女の悲劇』というタイトルで、昨日の体育の授業の終わりにハーパンが脱げたところが、前後一分ほど流れていた。
「これって、セクハラよ!」
「肖像権の侵害!」
「ネット暴力よ!」
 もうアクセスが千件を超えている。さすがの天然ミユの自分も怒りで顔が赤くなる。

 一時間目は生指に呼ばれた。むろん被害者として。

「渡辺、心当たりは?」
 生指部長の久保田先生が聞いた。
「分かりません」
「渡辺さん、これは犯罪だわ。警察に被害届出そう!」
 同席した宇賀先生もキリリと形のいい眉を逆立てた。宇賀先生は怒ってもきれいだと感動する。

「ちょっと、しっかりしなさいよ!」

 見とれてしまって――まだ、進二が残ってる――一瞬安心するけど、こういうキリっとしたところが女子に人気だと思いだして、訳が分からなくなる(^_^;)
「あ……でも、これ撮ったのうちの生徒ですよ。誰だか分かんないけど」
「そんなこといいのよ、毅然と対処しなくっちゃ!」
「は、はい……」
「まずは、画像の削除要請。さっき学校からもしたんだけど、確認のため向こうから電話してもらうことになってる。それに本人からの要請も欲しいそうなんだ」
 まるで、それを待っていたかのように電話があった。先生とあたしが、説明とお願いをして、削除してもらうことになった。そして警察の依頼があれば投稿者を特定し、法的措置がとられることになった。

 あの時間、あのアングルで撮影できるのは、いっしょに体育の授業をやっていた、うちのA組かB組の男子だ。女子より数分早く授業が終わっていたことはみんなが知っている。ポンコツ体育館はドアがきちんと閉まらない。換気のために開けられたままの窓もある。携帯やスマホで簡単に撮れる。

 警察の調べは早かった。

 午後には隣町のネットカフェから投稿されたことが分かり、防犯カメラが調べられた。
 しかし犯人は、帽子とマスクをしてフリースを着ているので特徴が分からない。昼休みには、所轄の刑事さんが防犯ビデオのコピーを持ってきて、生指の先生やウッスン先生といっしょに見ることになった。

 直感で、うちの生徒じゃないと思った。

 こんなイカツイ奴は、うちにも、隣のB組にもいない。
 でも、言うわけにはいかない。あたしは一昨日転校してきたばかりの渡辺美優なんだから。さすがにウッスンも「こういう体格の生徒はうちにはいません。ねえ土居先生」 で、隣の担任も大きく頷いていた。ところが、刑事さんは逆に自信を持ったようだ。
「分かりました、予想はしていました。さっそく手を打ちましょう」
 元気に覆面パトで帰っていった。

 六限は全校集会になった。

 みんな予想していたので、淡々と体育館に集まった。あたしは出なくて良いと言われたけど、どうせあとで注目の的になるのは分かっている。なんせ、削除されるまでにアクセスは三千を超えていた。集会に出ている生徒の半分は、あの動画を見ている。なんせ、最後は顔がアップになっていたのだから。

 顔がアップ……あたしはひっかかった。Hなイタズラ目的ならアップにするところが違う。だいいち、あそこでハーパンが落ちたのは事故だよ。

 なにか見落としている……。

 クラスのみんなは気を遣ってくれた。ミキちゃんたちは、なにくれと他の話題で気をそらそうとしてくれたし、ウッスンまでも「早退するか?」と言ってくれた。

 放課後になると頭が切り替わった。コンクールまで二週間だ。稽古に励まなくっちゃ!

 部室に行くと、一年の杉村が、もう来ていた。

「早いね、杉村君!」
「先輩、見てください。一応必要な衣装と小道具揃えておきました」
「え……どうして?」
「昨日台本をダウンロードしたんです!」
「ハハ『ダウンロード』をダウンロードか。座布団一枚!」
「ハハ、どうもです」
「でも、台本はともかく、衣装と小道具は?」
「オヤジが映画会社に勤めてるんで、部下の人がさっき届けてくれたんです。道具は、一応ラフだけど描いてきました」

 それは、もう素人離れしていた。衣装の下のミセパンやタンクトップまで揃っていた。

 人間いろいろ(^^♪……むかし死んだ祖父ちゃんが歌っていた歌を思い出した。

 つづく

 

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新・ここは世田谷豪徳寺・25《尾てい骨骨折・2》

2020-05-29 05:58:31 | 小説3

新・ここ世田谷豪徳寺25(さくら編)
≪尾てい骨骨折・2≫    



 

 昨日の学校はさんざんだった。

 教室の席に座る時は、家での体験があるので、尾てい骨を庇うように座れる。
 だけど授業中にノートをとろうとして顔を上げた拍子に姿勢が真っ直ぐになって、もろに尾てい骨に響く。
 さすがに家にいるときのように気軽に叫んだり唸ったりはできず、その分表情になる。

「佐倉、おれの授業、そんなにつまんないか?」

 数学の先生は、三度目に目が合ったときに言われた。
「いえ、そんなことはありません」
「……だったらいいんだけどな」
 で、授業の後半、ムズイ数学の公式の説明のときに、またやらかした。論理的な思考が苦手なんで、説明はじっくり聞かなければ全然わからない。で、つい身を乗り出したところで、まともに尾てい骨に響いた。

「……!!」

 声にこそ出なかったけど、痛みはマックスで、我ながら怒った顔のようになったと自覚した。

「あのなあ、佐倉、数学なんてつまんねえよ。教えてる自分でもそう思うよ。数学なんて、買い物に行った時にお釣りの計算出来りゃ十分だ。微分なんて微かに分かったでいいし、積分なんて分かった積りでいいんだ。要は数学を通じて、論理的な説明に慣れるようにすることが重要なわけ。分かるか? そうすれば将来結婚しようかなって相手に出会った時に、惚れた晴れたってこと以外に互いの所得や月々の経費、ローンの計算なんかがきちんとできるわけさ。そうすりゃ、つまらん家庭争議なんか起こさずにすむんだよ! いいか、佐倉……」

 そのお説教の最中に、悪気はないんだろうけど「だいじょうぶ?」という気持ちで、マクサがシャーペンでお尻をつついてきた。

「ウググ……!!」
「あ、ひょっとして、こんな愚痴こぼすおれのことバカにしてんだろ! いいよ、どうせお前らは、おれのこと……おれのこと……今日は、もうこれでおしまいだ!!」

 八分も早く数学が終わってしまった。ちょっとクラスは騒ぎになった。「先生、昨日彼女と一悶着あったんだよ」「え、フラれたとか!?」「フラれるってことは、フッテくれる彼女がいたってことでしょ」「でも、さっきのさくら……」「やっぱ」「変だよ……」「思う?」「思う」「…………」

 マクサや恵里奈が聞いてきたのなら「うるさい、あんたたちに関係ない!」と開き直れるんだけど、あろうことか、由美と吉永さんというクラス一番と二番の清純真面目コンビニ聞かれたから、つい喋ってしまった。
「じつは……」

「「え、尾てい骨骨折!?」」

 クラスのみんなに知られてしまった。

 二人に悪気はない「骨折」というところにアクセント感じて共感の叫びをあげただけ。恵里奈はジョバレだけあって、尾てい骨骨折のなんたるかを知っているんだろう。こいつも悪気なく爆笑。とんだ人気者になってしまった。
 で、二時間目以降は、例の睡魔と尾てい骨の痛みが交互にやってきて、まさに地獄の一日だった。

 夢を見た。夢の中にあたしに似た女学生が出てきた。制服はスカートが長めだったけど、同じ帝都だ。

――あなただれ……?――
――佐倉桜子よ――
――え…………?――
――あなたのひいばあちゃん――
――え、ひいばあちゃんが、どうして、そんな若い格好で……?――
――実はね……――

 なんだか長い物語を聞かされた。で、最後にとんでもないことを頼まれた。

 おかげで、今日もねだめカンタービレになってしまった……。

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小説学校時代・03 大人扱い・2

2020-05-28 15:35:50 | エッセー

小説 

03 大人扱い・2   


 

 もう40年前もむかしになりますでしょうか、一年間に三人の生徒が自殺したことがありました。

 一件は異性との交際を反対されて、もう一件は不登校の果て、三件目の原因は不明です。

 三件目が起こった時、さすがに新聞社の車が学校を取り巻きました。
 三件の自殺に関連は無いように思います。が、この年齢の多感な心理からくる連鎖であったかもしれません。

 しかし、その土壌の、ある成分は共通だと思いました……大人扱い。

 生徒がなにか悩んでいる気配があっても、教師が積極的に関わりを持とうとすることは無かったように思います。「いつも通りで、自殺の気配など無かった」「いつもは普通の子で、こんな飛躍をするとは思わなかった」というのが先生たちの大方の反応だったように記憶しています。
 ここでいう「いつも」と言うのは、日常、あまり生徒と関わろうとしない先生たちの「いつも」です。

 朝礼をやる習慣も六限終了後の終礼もありません。必要な時は昼休みと五限の間に担任が行って一分に満たない昼礼で諸連絡の伝達があるだけです。掃除に付き添うこともありません。月曜と木曜にあるホームルームも担任不在ということが多かったように思います。

 先生たちと生徒の接触の場は、生徒会活動、部活、生徒と教師のサロン(改めて取り上げます)などでした。帰宅部でコミニケーション苦手な生徒は懇談の時ぐらいしか先生と話す機会はありませんでした。

 あの頃の先生は1時間目と6時間目の授業を嫌がりました。

 遅く来て早く帰りたいからです。

 わたしが初めて、週11時間の非常勤講師をやった時、教務から受け持ち時間の希望を聞かれました。
 わたしは学校大好きニイチャンだったので「特に希望はありません」と答えました。
 数日後いただいた時間割表は、見事に1時間目と6時間目で埋まっていました( ´艸`)。つまり1時間目に授業をやったら6時間目までありません。

 大学を出たばかりで、授業内容に自信のなかったわたしは、空き時間で教材研究や教案が作れるので苦にはなりませんでした。

 一か月もすると、わたしを常勤講師だと思い込む先生ばかりになった。

 常勤講師と云うのは、担任業務が無い以外は正規の先生と同じです。分掌の仕事もあれば、会議にもでなければなりません。

 非常勤講師にとってはオフである定期考査の日に家にいると「試験監督入ってるから出てこならあかんがな」と教務の先生から電話が入って来ました。当時非常勤講師が試験監督をすることはあり得ません。常勤講師と勘違いされていました(;^_^A

 三学期に別の高校で休職者が出て非常勤講師の掛け持ちをすることになりました。

 午前中の授業を終えて次の学校に行こうとすると、年配の先生に呼び止められた。

「あんた、こんな早よ帰ったらあかんやろ?」
「え……次の学校の授業なんですけど」
「……え?」

 当時の教職員組合はストをやりました。

 ストの朝「出勤されている先生方、視聴覚教室にお集まりください」と放送が入ったので、非組の先生たちといっしょに視聴覚教室に向かいました。
「今朝は授業が成立しません、ご出勤されている先生方で全教室を周って頂き、出欠点呼をお願いいたします」
 教務部長からお達しがあり、わたしも出席簿を持って2クラスほどの出欠確認に行きました。生徒の校内生活の点検確認ができるのは専任の教師に限られます。厳密な言い方をすれば、わたしが取った出欠点呼は無効とまでは言いませんが、ちょっとイレギュラーです。

 話が逸れかけてきました(^_^;)。

 生徒への対応としての「大人扱い」は、非常勤であるわたしへの対応と近似値であったのではと思います。

「非常勤講師の試験監督はあり得ないと思うんですが」
「え……君が非常勤講師やて思てへんかった!」

「〇〇が自殺しました」
「え……〇〇が自殺するなんて思てへんかった!」

 この項つづく

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魔法少女マヂカ・156『壬生 オモチャの城・2』

2020-05-28 12:10:04 | 小説

魔法少女マヂカ・156

『壬生 オモチャの城・2』語り手:マヂカ     

 

 

 脊髄反射というのがあるよね。

 

 熱いものに触れた時、思わずで手を離して耳たぶを掴むような。なにかに躓いた時、思わず手を突いて身を庇うような。ボールが顔面に飛んだ時、思わず目をつぶってしまうような。

 人が緊急事態に陥ったとき、身体が脳みその指令を待つことなく脊髄神経の反射だけで回避行動とることを云う。

 目とか耳とかの感覚器官から危険情報が脳みそに伝わって、それから脳みそが対処法を選択して回避していてはとっさに間に合わないからだ。

 だから脊髄反射の発動を表現すると『思わず』という枕詞が付く。

 魔法少女にも脊髄反射がある。脊髄魔法と言ってもいい。

ドッカーーーーーーーーーーーーーン!!

 いきなりの衝撃が来て、その脊髄魔法を使ってしまった。

 

 緊急脊髄魔法、空蝉の術!

 

 セミの抜け殻のように自分の抜け殻だけを吹き飛ばし、敵が抜け殻に気をとられているうちに敵の足許や懐近くに忍び寄って、敵の息の根を止める。あるいは遁走する。

 わたしは敵の足元に這い寄った。

 這い寄れニャルカさん! いや、這い寄れマジカ! 

 なんかパクリっぽい……行ってる場合か! 今は緊急事態なんだ!

 

 映せの術のため一肌脱いでしまったので、ちょっと描写を憚られるような姿になって、敵を見上げる。

 

 シロの母親が言った通り、敵の足はコンクリートの下駄を履いた鉄骨のトラス構造だ。

 あまりに下から見上げたので、微かに見え隠れする首のあたりを確認することは出来ない。

 しかし、この佇まいは紛れもなく東京タワー。

 春日部の送電鉄塔が化けた銀龍や赤白龍でも、あれだけの苦戦を強いられたのだ。

―― 足を狙っては手間取るばかり、一気に首に迫ろう! ――

 決めると行動は早い。

 セーーーーーーーーーーイッ!

 跳躍すると、猿(ましら)の如く鉄骨を蹴って上を目指す。

 トラスを構成する鉄骨は、守備という点では無類の強さを発揮するが、敵に攻撃の足場を与えるという点では、大きな弱点だ。

 セイ セイ セイ セイ セイ セイ セイ セーーイッ!

 たちまちのうちにメインデッキ(第一展望台)を過ぎてトップデッキ(第二展望台)に迫る。

 ユオーーーン ヤオーーーン ヤンユヨーーーン

 タワーは身をよじって、振り落とそうとするが、大きな図体では機敏さに欠ける。

―― わたしを足許に転がしたのが間違いだったわね ――

 トップデッキに手を掛けると同時に風切丸を抜いて、息つく間もなく薙ぎ払う!

 

 トップデッキから上が消し飛んだ!……と思った。

 

 しかし、あまりにも手応えがない。

 確かに、首を刎ねたよな?

 数秒呆気にとられていると、再び首であるるアンテナ部分が現れた。

「小癪なあ!」

 渾身の力で、さらに一閃! 一閃! 一閃!

 一閃した直後の二三秒、首は姿を消すが、すぐに回復する。

 おかしい、回復力があるとしても、切断した首は吹き飛ぶか、転げ落ちるかするはずだ。

 ユヨーーーン!

 一塊のトラスが、生き物のように伸びて、わたしを薙ぎ払おうとする。

 セイ!

 あれは?

 跳躍して分かった。

 トップデッキの四隅から光が伸びて、ホログラムのように像を結んでいるのだ。

「クソ!」

 旋回しながら降下して、四隅の光源を粉砕する。

「やっぱりホログラム!」

 では、こいつの首は?

 一秒に足らない混乱、敵は思いもかけない反撃に出た。

 膝を屈するようにして、敵の背丈が低くなっていくのだ。

 グゴゴゴゴゴ…………

 メインデッキのトラスにしがみ付いたまま足許を窺う。

 ポリゴン崩壊?

 足元は、無数のポリゴンに変換されて崩れていく……のではなかった、ポリゴンたちは、数多の戦車に変身して、砲身をあり得ないほどの仰角にとって、わたしを狙い始めたのだ!

 くそ、させるか!

 上りの十倍の速度で駆け下り、足もとに群がる戦車たちに切りかかる。

 シュパ シュパ シュパ

 トップデッキから首を狙ったほどではないが、手ごたえが薄い。

 仮にも戦車、いかに風切丸が名刀とは言え、鋼鉄を切るのだ、それなりの手ごたえがあるはず。まるで、プラスチックを切っているように緩いのだ。

 ゴゴゴゴゴゴ……

 空から地響き?

 

 アア!

 

 タワーが一気に崩壊し始めた。

 ポリゴンに分裂したように見えるが、単なるポリゴンではなく、一つ一つの単位が質量を持っている。

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!

 圧倒的な数と速度と脊髄魔法も間に合わず、圧倒的なそれに魔法少女は声をあげる間もなく埋もれていく。

 なにを客観描写しているんだ……それに埋もれて自嘲してみるが、東京タワーを構成していたそれは、天文学的な数、層となって、わたしの身じろぎさえ奪っていく。

 くそ、七十五年の眠りから覚めて一年あまり、カオスやバルチック魔法少女たちとの決着もつけずに、神田明神の期待にも何一つ応えられないまま果てるのか……。

 クソオオオオ!

 吠えた口の中に、たちまち、それが、それらが入り込んでくる。

 これはヤバイと観念しかける自分がもどかしい。

 わたしは……魔法少女マヂカなのだ……ぞ……

 

 

 

 

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あたしのあした05『春風さやか……だよね?』

2020-05-28 06:22:19 | ノベル2

05『春風さやか……だよね?』      

 

 

 その人はICUのガラスの向こうで眠っていた。

「風間さんていうんだ。あの人が救けてくださったのよ……」
 

 風間さんが救けてくれなかったら、今頃はあなたのお葬式だよ……と、看護婦さんの言葉は続いただろう。

 救けてくれた人がいるのを知って、無理を言って連れてきてもらった。

 いつものあたしからは考えられない積極性だと、自分でも思った。

「ありがとう、風間さん……」

 さすがに、ひとこと呟くようにお礼を言うのがやっとだ。
「さ、お礼も言えたんだし、そろそろ行こう」
 お母さんが気遣って耳元で囁く。
「あたし、お花買ってくる」
 肩にかかったお母さんの手を振り払うようにして振り返った。
「気持ちは分かるけど、花の持ち込みは禁止されてるのよ」
「え、どうしてですか?」
「衛生上の問題なの」
「花は汚いんですか?」
「もう、恵子!」

 いつになく食い下がるあたしを、お母さんがたしなめる。
 お母さんが、たしなめるなんて何カ月、何年ぶりだろう。あたし自身戸惑っているけど、おくびにも出さずに畳みかけた。

「なぜ、お花はいけないんですか?」
「花自体にばい菌やバクテリア付いているし、替えるのを忘れたら水もすぐに腐っちゃうしね」
「じゃ、そういうお花でなきゃいいんですね」
「でもね……」
「大丈夫よ、看護婦さん。あたし行ってくる」

 病院を出ながら「あれ?」っと思った。看護婦さんなんて言い方はしたことが無かった。看護師さんだよね……?

 深く考えている間は無かった。病院の筋向いに花屋さんが見えてきたのだ。

「アーティシフルフラワーありますか?」
 聞いたこともない言葉(造花という意味)がスルっと出てくるので、またビックリ。
「あ、お見舞いですね。はい、取り揃えておりますよ」
 花屋のオネエサンが、自然な笑顔で対応してくれる。

 サンプルを見ながら、五分ほどで花束を作ってもらった。
 店を出ると、看板に「アーティシフルフラワーあります」の文字が見えた。あたしは知らないうちにこの文字を見ていたんだろうと納得し、淀みなく注文が出来たのも、オネエサンの客あしらいがうまいからだと思った。

 病院のエントランスに戻ると、御供を連れた女の人が急ぎ足で出てくるのとすれ違った。

 あれって……春風さやか……だよね? 民権党の代表になったばかしの。

 え……でも、どうして民権党なんて知ってるんだろう……そういうことにはぜんぜん知識も興味も無かったのにさ……。
 

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メタモルフォーゼ・6『風は吹いている』

2020-05-28 06:13:39 | 小説6

メタモルフォ
『6 風は吹いている』              

 

 


 ミキちゃん、AKBの試験受けたって、ほんと?

 タコウィンナーをお箸で挟んだとき、口が勝手に動いてしまった。
 おまけに「ミキちゃん」って呼んでる。昼休みのお弁当の時間。一瞬しまったと思う。

「うん、中学のとき受けたんだけど、おっこちゃった」
「なんで、美紀ちゃんだったら、あの秋元康さんだって一発だと思うのに!?」
 あたしの、つっこんだ質問に由美ちゃんも、帆真ちゃんも真剣に耳をそばだてている。ひょっとしたら、タブーな質問だったのかもしれない。
「狙いすぎてるんだって」
「それって?」
「簡単に言うと、カッコヨク見せようとしすぎるんだって。それが平凡で、逆に緊張感につながってるって」
「ふーん……難しいんだね」
 あたしは、正直に感心してタコウィンナーを咀嚼した。俗説の「美人過ぎ」とはニュアンスが違う。
「ミユちゃんの、そういう自然なとこって大事だと思うの」
「あ、仲間さんもミユちゃんて呼んでる」
 ユミちゃんが感想を述べる。
「ほんとだ、あたしたちって、なんてっか、愛称で呼んでも漢字のニュアンスでしょ」
「そ、どうかすると、仲間さんとか勝呂さんとか、よそ行きモードだもんね」
「アイドルの条件、知ってる?」
 あたしは急に思いつかなかった。正直に言えば「あなたたちみたいなの」が出てくる。
「歌って、踊れて……」
「いつでも笑顔でいられて……」
「根性とかもあるかも」
「うん、言えてる」
 二人の意見に、ミキちゃんは、おかしそうに笑ってる。

「ねえ、ミキちゃん、なに?」

「根拠のない自信だって!」

 そう言うと、ミキちゃんは、ご飯だけになった弁当箱にお茶をぶっかけてサラサラと食べた。
「ハハ、二人ともオヤジみたいでおもしろ~い!」
 ホマちゃんが言った。それで自分もお茶漬けしてるのに気がついて、ミキちゃんといっしょに笑ってしまった。

 昼からは体育の授業。朝、業者から受け取った体操服を持って更衣室に行く。

 ここもまあ、賑やかなこと。2/3ぐらいの子は、器用に肌を見せないようにして着替える。残りは、わりに潔く着替えている。それでもハーパンなんかは穿いてからスカートを脱いでいる。
 気がつくと、みんなの視線。パンツとブラだけになって着替えているのは自分だけだと気づいて笑っちゃう。
 まだ進二が残っているのか、美優ってのが天然なのか……でも、女子の着替えのど真ん中にいて冷静なんだから、多分美優が天然なんだろう。

 体育は、男子の憧れ、宇賀ちゃん先生だ。で、課題は……ダンス!?

「渡辺さんは、初めてだから、今日は見てるだけでいいわ。他の人は慣らしにオリジナル一回。いくよ!」
 曲はAKBの『風は吹いている』だった。さすがにミキちゃんはカンコピだった。ユミちゃんもマホちゃんもいけてるけど、全体としてはバラバラだった。あらためてAKBはエライと思った。
「じゃ、班別に別れて、創意工夫!」
 あちこちで、ああでもない、こうでもないと始まった。班は基本的に自由に組んでいるようで、あたしはすんなりミキちゃん組になった。

「あー、どうしてもオリジナルに引っ張られるなあ」
 ミキちゃんがこぼす。

「みんな、表面的なリズムやメロディーに流されないで、この曲のテーマを思い浮かべて。これは震災直後に初めてリリースされたAKBの、なんてのかな……被災した人も、そうでない人も頑張ろうって、際どくてシビアなメッセージがあるの。そこを感じれば、みんな、それぞれの『風は吹いている』ができると思うわ。そこ頭に置いて頑張って!」
「はい!」
 と、返事は良かった。

 練習が再開された。しかし、返事のわりには、あちこちで挫折。メロディーだけが「頑張れ」と流れている。あたしの頭の中にイメージが膨らみ、手足がリズムを取り始めた。
「先生。あたしも入っていいですか?」
「大歓迎、雰囲気に慣れてね!」
「はい!」
 と、言いながら、雰囲気を壊そうと、心の奥で蠢くモノがあった。

 二小節目で風が吹いてきた。

 哀しみと、前のめりのパッションが一度にやってきた。気づくと自分でも歌っていた。
――これ、あたし!?――
 そう感じながら、気持ちが前に行き、表現が、それに追いつき追い越していく。心と表現のフーガになった。

 気づくと、息切れしながら終わっていて、みんなが盛大な拍手をしている。
 みんな、見てくれていたんだ……。
「えらいこっちゃ、渡辺さんが、突然完成品だわ……」
 宇賀ちゃん先生が、ため息ついた。

 賞賛の裏には嫉妬がある。あたしの本能がそう言っていた……。

「じゃ、今日はここまで。六限遅れないように、さっさと着替えるいいね。起立!」
 そこで悲劇がおこった。
 あたしは、放心状態で体育座りしながら、壁に半分体を預けていた。で、その壁には、マイク用のフタがあり、そのフタの端っこがハーパンに引っかかっていた。それに気づかずに起立したので、見事にハーパンが脱げてしまった。
「渡辺さん!」
「え……ウワー!」
 同情と驚き、そしておかしみの入り交じった声が起こり、顔真っ赤にしてハーパンを引き上げるあたしは、ケナゲにも照れ笑いをしていた。で、宇賀ちゃん先生も含めて大爆笑になった。

 放課後は、秋元先生(演劇部顧問の)のところへ直行した。

「先生、一度見て下さい!」
「台詞だけ入っていても、芝居にはならないぞ」
 先生は乗り気じゃなかったけど、あたしの勢いで稽古場の視聴覚室へ付いてきてくれた。一年の杉村も来ている。
 準備室で三十秒で体操服に着替えると、低い舞台の上に上がった。

「小道具も衣装もありませんので、無対象でやります。モーツアルトが流れている心です」

ノラ:もう、これ買い換えた方がいいよ、ロードするときのショック大きすぎる!
 
 最初の台詞が出てくると、あとは自然に役の中に入っていけた。
 先生と杉本が息を呑むのが分かった。演っている自分自身息を呑んでいる。
 これは、やっぱり優香だ。そんな思いも吹き飛んで最後まで行った。
「もう、完成の域だよ。あとは介添えと音響、照明のオペだな」
「それ、ボクがやります!」
 杉村が手を上げて、演劇部の再生が決まった。

 帰りに、受売(うずめ)神社に寄った。
 ドラマチックなことが続いて、正直まいっていたんだ。
「こんなんで、いいんですか、神さま……」
 もう、声は聞こえなかった。
「いまの、こんなんと困難をかけたんですけど……」
 神さまは、笑いも、気配もせず。完全に、あたしに下駄を預けたようだ。

 明くる日、とんでもない試練が待っていることも、受売命(うずめのみこと)は言ってくれなかった。

 

 つづく

 

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