大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・トモコパラドクス・100『一寸法師のキーホルダー』

2017-05-21 06:28:14 | トモコパラドクス
トモコパラドクス・100 
『一寸法師のキーホルダー』
        

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかし反対勢力により義体として一命を取り留めた。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 久々に女子高生として、マッタリ過ごすはず……今度は、忘れかけていた修学旅行!


 胸のポケットでゴニョゴニョするものを感じて、思わず笑ってしまった。

「どうしたの、鈴木さん?」
 ノッキー先生が、チョ-クの手も休めずに聞いた。ノッキー先生は篠田麻里子と同い年だが、しっかりもので、笑い声だけで生徒個人を特定できる。
「すみません、思い出し笑いです」
 とっさに、そう言いつくろうと、みんなもクスクス笑い出した。
「みんな、だいぶ鈴木さんの『思いだし』に興味がありそうね?」
「はい!」
 まっさきに妙子が応え、みんなも表情で同意を示した。
「じゃ、差し支えがなかったら、鈴木さん。その『思いだし』手短に説明してくれる?」
「え、あ、はい……」

 今さら胸ポケットでゴニョゴニョなんて言えないので、ゆうべ見た夢の話をした。

 義体である友子は、夜の間、最低のセキュリティーを残して、CPUをスリープにする。すると、その日の体験やら、今までに経験したメモリーが整理され、モノによっては頭の中で、こんがらがったまま再生されることもあり、それが夢のようになる。
「夢なんです。夕べ見た」
「ホー、どんな夢?」
 ノッキー先生まで、興味を持ち始めた。
「まさか、Z指定の夢だったりして」
 コーラの炭酸のように刺激的な突っ込みを麻衣が入れる。悪気はないので、一瞬クラスを爆笑にしてしまうが、後に引くことはない。真面目な純子までが目を輝かせている。このまま放っておくと、お調子者の亮介がいらないことを言って、笑いモノにされるだけだ。

「一寸法師の夢をみたんです」

 吹き出す者、身を乗り出す者、さまざまな反応があったけど、ますます興味を持ったことは確かである。半分は、思わず頭のテッペンから声が出たせいだろう。
「一寸法師って、茶碗の舟に箸の櫂?」
「ええ、そうなんですけど、ちょっと違うんです……」

 で、友子は語り始めた。
 
 夢の中の友子は中年のオバサンだった。それが小川のほとりを歩いていて一寸法師に出会ってしまう。お約束の鬼退治を、一寸法師がやると、鬼たちは打ち出の小槌を残して去っていく。
「まあ、打ち出の小槌。これであなたを普通の人間の大きさにしてあげられるわ」
 ところが、一寸法師は、こう言った。
「そりゃ、偏見だ。オイラは、この大きさで十分だと思っている。使うんなら自分のために使いなよ」
「わたしのため?」
「そうだよ。あんたは、お姫さまとは名ばかりで、こんなオバサンになってしまったじゃないか。だから、もう一回若くなるように願ってごらんよ」
 そうして……。

「どうなったの?」

 ノッキー先生が、みんなの好奇心を代表するように聞いてきた。
「あ……それで、おしまいなんです」
 みんながズッコケた。
「すみません。今夜夢の続き見ておきますから」
 すまなさそうに言ったので、また、みんなに笑われてしまった。

 胸ポケットのゴニョゴニョは、なぜか義体である友子にも分からなかった。こんなことは初めてだった。
――なにかあったの?――
 紀香の思念が飛び込んできた。
――ちょっとCPUの中で解析しきれないものがあって。大したことないから――
――……とても大切なことみたい。でも、一人で決断して――
 滝川コウからは、こんな思念が届いた。同じ義体同士として心配してくれている。

 トイレの個室に入ってポケットをまさぐってみた。

 一寸法師のキーホルダーが出てきた。
「いつのまに……」
 メモリーを検索した。修学旅行に行った京都の鴨川、その岸辺に何かが浮き沈みしていて、友子は、それを拾い上げた。
 それが、何であったかという記憶が抜け落ちている。こんなことは始めてだ。
 無意識に一寸法師を握って開いてみると、ホルダーに古い鍵がぶら下がっていた。
「なんの鍵だろう……?」

 不思議に思って、トイレを出て、しばらくいくと、左に折れる廊下があった。学校の施設は全てCPUの中に入っている。理事長先生以外しらない戦時中の防空壕の跡まで知っている。
 でも、この廊下は無い。他の生徒には見えないようで、誰も、その廊下に行かないし、廊下からやってくる者もいなかった。
「行ってみようか……」
 そう呟いて、友子は、角を曲がって、その廊下に進んだ。

「友子!」
 
 紀香は小さく叫んで、壁の中に消えていった友子に声をかけた。
「追いかけちゃいけない」
 コウが紀香の手を取った。
「だって、あんな解析もできないところに」
「よく分からないけど、友子にとっていいことなような気がする」
 コウは男のような言い方をした……もともと退役した義体が、なりゆきで女子高生のナリをしているだけだが。

 友子は廊下の突き当たりまで来た。
 そこには古めかしいドアがあり、一寸法師の鍵で解錠すると、軋みながらドアが開いた。

 ドアから出ると、そこは自分の街だった。振り返ると、そこには電話ボックスがあった。どうやら、そこから出てきたらしい。電話ボックスを開けると、あたりまえだが公衆電話があった。
「あ、鍵……」
 廊下のドアに差し込んだままであることを思い出した。

 トントンと電話ボックスの戸が叩かれた。
「え……」
 予想の三十センチ下に顔が見えた。

 弟の一郎だ。三歳年下の小学六年生。四十二才のオッサンではない。
「姉ちゃん、どこに電話するつもりだったんだよ?」
 ボックスを出ると、ベタベタしながら一郎が聞いてきた。
「あ、ちょっとね」
「あ、どこかのオトコだろ。高校に受かったと思ったら、もうこれだもんな。近頃の……」
「うるさい」
「イテ!」
 懐かしいやりかたで、弟の頭を張り倒した。

 そして、家の前にはもっと懐かしい父と母がカメラを構えて待っていた。

「どうだ、友子、新しい制服の感触は!?」
 友子は、制服が新品の匂いをさせていることに気が付いた。
 そして、直感した。自分は義体ではなく、ここでは、あの忌まわしい事件は起こらないことを。

 友子は、やっと……戻ってきた。

 トモコパラドクス  完 

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高校ライトノベル・トモコパラドクス・99『友子の修学旅行・5』

2017-05-20 06:50:51 | トモコパラドクス
トモコパラドクス・99 
『友子の修学旅行・5』
        

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかし反対勢力により義体として一命を取り留めた。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 久々に女子高生として、マッタリ過ごすはず……今度は、忘れかけていた修学旅行!


#…………神戸、京都

 ビーナスブリッジからの眺めは最高だった。


 大阪湾を隔てて、大阪の街並み、生駒、葛城、金剛の山々。目の前には神戸の街が広がっている。夜になると横浜、函館と並んで100万ドルの夜景と言われるらしい。
「夜に来たかったなあ」
 麻衣がため息をついた。梨香がしきりに、スマホの地図と景色を見比べている。
「なにか探してんの?」
「うん、四代前までは、ここにいたから」
 梨香は華僑の家柄だ、いろいろ日本人には分からない一族の繋がりや、思い出があるんだろう。
「あの洒落たジャングルジムモニュメントみたいなのは?」
 純子の質問。
「あれは、愛の鍵モニュメントじゃ」
 米造ジイチャンの説明では、いつのころからか、このビーナスブリッジに愛のあかしとして鍵を掛けることが流行ったが、多過ぎて美観を損ねるため、鍵かけ専用のモニュメントを作ったということだ。
「なぜ、六甲というか知っとるか?」
 これは全員?である。
「正しくは『むこう』と言った。名残は武庫川などに残っとる」
「むこうって、どこかから見た向こうなんですよね」
 優等生の大佛が良いことを言う。
「さよう、向こうの大阪から見れば、このあたりは向こう側になるじゃろ。こういうところにも、古代の日本の中心地が大阪にあったことが分かる」
 遠望する大阪平野が神々しく見えた。

 その日は、異人館を巡り、神戸の新開地などで、阪神淡路大震災のモニュメントなんか見たけど、震災の時のまま水没状態で保存されているメリケン波止場がショックだった。
「なあに、横浜の山下公園なんか、関東大震災のガレキの埋め立て地の上にできとる」
 この何気ない一言の方がショックだった。

 最終日の京都へは、バスで向かった。

 バスで行くとよく分かる。
 京都という町は、西、東、北を山で囲まれているが南が開けている。
「こんな無防備な場所に千年間も都があったのは、世界史的にも奇跡に近いんじゃ」
「今でも、東京が首都だって法律ないんでしょ?」
 亮介が聞いた。
「ハハ、その通り。しっかり学習しておるのう。日本の都が都城制なのは知っとるだろう」
「はーい!」
 すっかり米造ジイチャンに馴染んだ二十人は小学生のような返事をした。
「秀吉のころに、中国から使いが来てのう。この平安京を見て笑いよった。都城制は中国の都を真似たものじゃが、日本の都には決定的な物が欠けておった。わかるか、そこのハンサム」
 珍しく大佛が口ごもる。
「塀がないんじゃよ。中国は都にかかわらず、大きな街は、みんな高い城壁で囲まれておった」
「あ、ヨーロッパの街なんか、そうですよね」
「秀吉は、見栄っ張りなんで、さっそく、その城壁を作らせた。お土居といってな。今でも京都駅の山陰線のホームの下に遺構が残っとる」
「ああ、あのホームって五百メートル以上あって、日本一長いんですよね」
「さよう。しかし、秀吉が死んだ後、お土居は、さっさと壊された」
「やっぱ、秀吉が作ったからですか?」
「いや、必要ないからじゃ。日本は弥生時代の一時期を除いて、街を外から守るという発想がなかった。日本が世界的に見ても平和国家であった証拠じゃ。そして、都が城壁で囲まれたことは、秀吉の見栄以外には無かった。分かるか諸君?」
 これも、誰も答が出てこなかった。
「古来、天皇家は、民衆と対立したことがない。幕府は倒そうと思われても、天皇家を倒そうとしたものは……おらん。ここから先は、諸君が京都の街で発見したまえ」

 で、京都に着いたら遊びまくって、米造ジイチャンの課題なんか吹っ飛んでしまった。

「ハハハ、その吹っ飛んでしまったところが日本人じゃ。この中で四代以上遡って、ご先祖のことを知っておるのは、梨さんぐらいのもんじゃろ」
「ええ、それもうっとうしいことが、ありますけどね」
「ワハハ、日本も中国も、それで、それぞれいいんじゃ!」

 こうやって、友子たちの修学旅行は終わった……ちょっと困った土産を持って。

 

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高校ライトノベル・トモコパラドクス・98『友子の修学旅行・4』

2017-05-19 06:31:27 | トモコパラドクス
トモコパラドクス・98 
『友子の修学旅行・4』
       

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかし反対勢力により義体として一命を取り留めた。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 久々に女子高生として、マッタリ過ごすはず……今度は、忘れかけていた修学旅行!

#………大阪 


 二日目は新幹線で、京都を飛ばしていきなり大阪に入る。
 ここからは完全に班別行動。付き添いはノッキー先生と、例の米造ジイチャン。
「東海道新幹線は、トンネルが少のうて、景色がいいじゃろ」
 ジイチャンの言葉通り、きれいな富士山が見えた。
「さすが世界遺産、きれいだな~」
 麻衣がため息つきながらシャメっている。
「東海道新幹線は戦前から構想があって、土地だけは買っておいたんじゃ。だからトンネルが少ない。戦争がなきゃ、対馬海峡に海底トンネルを掘って、朝鮮半島から満州鉄道、シベリア鉄道、オリエント急行と繋ぐ壮大な計画があったんじゃ。東京駅で、ロンドン行き一枚! なんてことになったかもしれん」
「へえ~」
 あまりのスケールの大きさに、一同は感心するだけ。

 大阪に着くと、バスでアベノハルカスの最上階に向かった。
「周りをみわたしてごらん」
 言われるままに、最上階を一周した。
「今、目に入っただけが大阪。狭いじゃろ。昔は日本で一番狭い都道府県じゃった」
「今は、ちがうんですか?」
「関空が出来て、香川を鼻の先で抜いて、今は二番目じゃ。しかし、この狭い大阪が、江戸時代まで、日本の経済の中心じゃった」
 そう言われると、なんだか侮れない街に見えてきた。
「下らんという言葉があるじゃろ。あれは大阪近辺から来た商品のことを『下り物』と言ってありがたがった。で、江戸近辺で出来た物は二級品以下といわれ『下らない物』と言った、そこから来た言葉じゃね」
「な~る」
 感心した後は、高島屋前を集合場所にして、自由行動。大阪を体感した。
 食べ物屋さんの多さはハンパじゃない。そして街が騒がしい。大阪の人間というのは、息を吸って吐くときには、必ず何か言葉にしている。なんだか街中で漫才のノリ。
「いやあ、あんたら東京の子!?」
 オバチャンが声をかけてくれる。
「はい、修学旅行です」
「せやろな、ヒカリモン付けてへんし、なりがシューっとしてて、いけてるわ。なあ」
 横のオバチャンに同意を求める。
「シューと言うか、低めの変化球やな。ジャイアンツのノリやな」
「低めは、あんたの背いや!」
「え、うちのせいかいな。ほな、記念にアメチャンあげよ」
 と、漫才しながら全員にタイガースのシマシマ模様のアメチャンを配ってくれた。なんだか、もう生まれたときからの付き合いのノリ。

 吉本の劇場前は、人でいっぱい。ここでもあっちこっちでプチ漫才。NMB48の劇場前にも行った。さすが秋元康のパワー、開演までだいぶあるのに人でいっぱい。
   
「ねえ、お茶しない?」
 微妙にアクセントのおかしい東京弁で声をかけられた。
「え、あたし?」
 口では勝てないので、腕相撲をすることにした。
「負けたら千円ね!」
「そら、高いは、オレの身長170やから、四捨五入して、二百円!」
 仲間の気のよさそうなニイチャンがレフリーになった。側でC組のコウちゃんが笑っている。なんと言っても、友子は義体である。世界チャンピオンとやっても負けはしない。
 あっと言う間に三本勝負で、ニイチャンをやっつけたが、掛け金は百円に値切られた。さすが大阪。立て続けに五人に勝つと人だかりがして、挑戦者が次々に現れる。
 気がつくと、ひっかけ橋の上は阪神が優勝した時みたいに人だかりが膨れ、たまたまロケにきていたテレビ局がロケの方針を変えて中継をしはじめた。
「はい、通行の邪魔になるから、惜しいけど、これが最後の勝負」
 マンモス交番のお巡りさんに言われ、なんと本物のプロレスラーが現れた。
「ネエチャン、負けたら、わしと付き合え」
 この条件が無かったら負けてやってもいいと思ったが、こんなオッサンと付き合うわけにはいかないので、あっさり全勝。
「ネエチャンえらい!」
 あっと言う間に胴上げされてしまった。なんせ友子はスカートである。ええいままよと、ひっかけ橋の上で三十回ほど、胴上げ。念のためミセパンを穿いていて正解と思う大阪の夕方であった。

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高校ライトノベル・トモコパラドクス・97『友子の修学旅行・3』

2017-05-18 06:14:42 | トモコパラドクス
トモコパラドクス・97 
『友子の修学旅行・3』
        

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかし反対勢力により義体として一命を取り留めた。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 久々に女子高生として、マッタリ過ごすはず……今度は、忘れかけていた修学旅行!

#……初日は東京・横須賀!?

 修学旅行の初日は、十班共通で東京だった。

 それも、皇居前広場から始まった。
 なんで東京の学校である乃木坂学院が東京なんだ!?
 みんなに、そんな空気があったが、二重橋の前で班ごとの集合写真を撮ったところから始まった。

 写真の後、全員が集められ、一人の小柄な和服の老人の話を聞いた。
「みなさん、こんにちは。わたしは田中米造といいます。田んぼの中で米を造ると書きます。文字通りのドン百姓のジジイであります」
 不思議なことに、米造ジイチャンの声はマイクも使わないのに、八百人の生徒みんなに聞こえた。
「日本の首都は東京……だと思われています。ところが憲法にも法律にも、東京が首都だとは書いておりません。明治の最初に『江戸を持って東京となす』という太政官符が出されただけです。今みなさん笑いましたね。わたしがトウケイと発音したからでしょう。トウキョウは俗称なんです。国鉄がJRになったとき、山手線をE電などと改称しましたが、誰も使わないので山手線のままになっています……正確にはヤマノテセンと発音します。ヤマテセンと発音するのは地方の方が多く、ちょっと前は、この言い方で江戸っ子かどうかのテストになったぐらいで……」
 と、くだけた話から入っていった。
「日本の首都は、ほんとうは大阪と九分九厘決まっていました」
 意外な展開。
「前島密(まえじまひそか)という青年が大久保利通に手紙を出しました。大阪は放っておいても発展するが、江戸は武士が居なくなれば衰退し、将来の発展を考えれば大阪では狭すぎると。で、例の太政官符になり、明治天皇が『ちょっと行ってくる』ぐらいのノリで東京にきました。だから、京都の人は天皇陛下が京都に来られることを『帰ってきはった』と言います」

 米造ジイチャンは、この日本的な曖昧さが日本だと言っている。飄々としているが含蓄がある。

「明治になるとき、ま、昔は封建社会から明治絶対主義への移行などとマルクス主義的な説明をムリクリしました。ま、革命なのかもしれません。実は倒される側の幕府の方がお金も組織も軍事力でも勝っていました。人数に例えれば、わたし一人と、みなさんぐらいの差になります。で、勝負したら、このわたしが勝ったようなもんです。まるで魔法です。その後の戊辰戦争を通しても死者は一万人を超えません。幕府の本拠地であった江戸城も一滴の血も流さずに明け渡されました。世界史的にはまるでマジックです。あなたたちは、そのマジックの本拠地にいるわけです。ワハハ」

 それから、私たちは大小十五台のバスに分乗して東京をあとにした。

 三分の一が、横須賀の戦艦三笠に向かった。案内役は、まんま田中米造さん。
「いま見ればチャッチイ船ですが、これを日本は六隻しか持っていませんでした。日本海海戦の時は四隻に減っていました。その、たった四隻の戦艦を中心に連合艦隊を組み、ほとんど倍のバルチック艦隊をやっつけました。世界の海戦史上唯一の完全試合でした……」
 田中さんが舳先の方を指差すと、三百に近い生徒たちから、どよめきがおこった。
「田中さんやるね……これ、イリュ-ジョンだわ」
 滝川さんが呟いた。
 友子は、麻衣の脳にシンクロさせて、そのイリュ-ジョンを見た。

 敵艦隊六十隻が間近に迫り、敵弾が巨大な水柱をあげ、あたりに落ちる。
「長官、まだですか!?」
 参謀の声に東郷長官は答えない。
「距離9500!」
 測距士官が叫ぶ。中には被弾する艦も出てきた。三笠の至近にも弾が落ちる。露天艦橋の上は水浸し、至近弾の破片で負傷する者もいる。
「距離8000!」
 東郷は、高く右手を挙げ左に振った。
「左舷160度、とーり舵!」
 艦長が、それをうけ、航海長は舵手に命じた。
 これにより、東郷の艦隊は敵艦隊の頭を押さえ、すれ違いの戦いから同行戦に持ち込み、圧倒的な命中率で、バルチック艦隊を壊滅させた。
「日本は、この日露戦争をやるのに国家予算の五倍の借金を外国からしました」
「でも、この戦争は勝ったんでしょ?」
 社会科好きの男子が聞いた。
「野球は何回までありますか?」
「あ、九回です……」
「そう、この戦争は、それを五回で止めたようなもんです。勝った状態でアメリカがタオルを投げるように外交で確約をとっていました」
「じゃあ……」
「そう、綱渡りのような戦争でした」
 イリュージョンは、刺激が強くならないように、半透明になり、音は1/5程に絞られていた。

 この戦争のあと、日本は国策を誤る。勝ったと誤解したのである。最大の資金提供者であった欧米のユダヤ人に見返りを与えることをせず、少しずつ日本は世界の反感をかい、孤立の道を進んでいく。
 その完全試合の三笠の艦上にいても、戦闘は悲惨だった。二百人近い兵士が死に傷ついていった。
 乃木坂学院の生徒は、明治という時代。そこに奇跡のように咲いた日本という国を感じた。そして、勝った側でも、こんなに悲惨な戦争というものを田中イリュージョンで知った。

 その夜泊まったホテルからは、横須賀港が見渡せた。田中さんに教えられ、第七艦隊と海上自衛隊の区別も付き、現代日本の置かれている立場をなんとなく理解した。

 そして、大方の生徒は、イリュ-ジョンの影響でうなされた……。
 

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高校ライトノベル・トモコパラドクス・96『友子の修学旅行・2』

2017-05-17 06:13:03 | トモコパラドクス
トモコパラドクス・96 
『友子の修学旅行・2』
       

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかし反対勢力により義体として一命を取り留めた。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 久々に女子高生として、マッタリ過ごすはず……今度は、忘れかけていた修学旅行!

#……渋谷の奇跡

==赤ん坊の命が惜しければ、修学旅行に行くな!==


 強烈な思念が、二人の義体のCPUにこだました……!

 久々に現れた、未来からのスナイパーだ。それもかなりの手練れであることは、思念の強さに表れていた。武器も目に見えるものはナイフしか持っていない。おそらく、こちらが攻撃の思念を持っただけで人間の百倍……それ以上の反射神経で赤ん坊のすみれの命を奪ってしまうだろう。
 うかつに義体としてのセンサーを切ってしまったことを後悔する友子だった。義体としては大先輩の滝川は、怯えて、ヘタレ顔になって……本当に怯えている!

――どうすりゃいいんだろう!?――

 そう思った瞬間、女は赤ん坊ごと消えてしまった。
「え……」
「どうしたの、友子?」
 妙子が、声を掛けてきた。
――今のは、ボクが片づけておいた――
 滝川の思念が伝わってきた。

「さっきの、どうやって始末したの。なんなの、さっきのヘタレ顔は?」
「攻撃の思念には素早く反応するけれど、それ以外は並の義体よ。だから普通に……」
 滝川は、擬態している女子高生、滝川コウの声で答えた。
「普通に?」
「怖いと思うの」
「そんなの思ったら負けじゃん」
「怖いと思ったら、どうなる?」
「逃げたくなる……かな」
「ピンポ~ン。逃げるの、あいつが現れる一秒前に……で、現れたところで分子分解」
「そんな手があったんだ……」
「トモちゃんには、まだ無理よ。攻撃の思念が先に出てしまうから。あたしたちみたいな海千山千にならなきゃ、この手は使えない」
「なるほど……でも、すみれちゃんは?」
「あれはダミーよ。峰子ちゃんから預かったときに、あたししか分からない識別コードを埋め込んでおいたから」

 友子は面白くなくなってきた。自分が、まるで駆けだしのペーペーのように思えてくる。

「ハハ、むくれないの。キャリアが違うもの。化けるほど義体をやって身に付いたテクニック。あ、あのお店可愛いのが揃ってる!」
 ミーハーのように、滝川は小ぶりな洋品店に入っていった。

 いきなりバイト店員の女の子の思念を感じた……と思ったら、思念の世界で、その子と二人きりになってしまった。

「初めまして、あたし高科美花っていいます。大橋作品の『秋物語り』に出てきます。よろしく」
「あ、鈴木友子です。あのシリーズは終わったのよね」
「でも、あたしたちは、作者が書いていないところで生きてるんです。シリーズの中じゃ、渋谷のガールズバーでバイトしてたけど、今は週二で、このお店でも働いてんの」
「学校は?」
「週に三日だけ行ってる。乃木坂学院みたいないいとこじゃなくって、都立のテキトーなとこだから、出席日数だけ足りてりゃいいの」
「いま検索したんだけど、あなたって、韓国に戻って、いろいろ考えたのよね」
「さすが義体のトモちゃん。なんでも検索しちゃうんだ」
「本名は、呉美花(オミファ)さん。帰化するかどうかで悩んだんだよね、で、考えた末に……」
「ハハ、あたし考えんの苦手。思った通りに行動して感じたまま生きてるの。むつかしく分析とかすると、あたしのことは分からないわよ。だって、自分自身よく分かんないだもん。秋物語り・28『それぞれの秋・4』読んでもらったら、すこしは分かる……かな?」

 友子は、すぐに検索した。美花って子は、けっきょく結論を出していない。でも、マッタリした清々しさがある……不思議としか言えなかった。

「どうもありがとうございました」
 美花ちゃんが、商品の入った袋と、レシートを渡してくれた。
 どうやら思念の世界にいる間に買い物をしてしまったようだ。
「賢いチョイスでしたよ。これなら制服のローファーでもいけるから。修学旅行に靴二足はお荷物でしょ」
「そうね、あなたのアドバイス参考になったわ。ありがとう」

 友子は、襟付きロンT、バルーンスリーブのザックリブラウス、サス付きスカートというやんちゃカジュアルとトラディッシュ風の中間の物を買った。

「どう、ちょっとした予行演習だったでしょ」
「今の、滝川さんが?」
「ハハ、渋谷の奇跡よ」
 滝川は、お気楽に先に行った。

「下見だけって言ったのは、誰だっけ?」

 そうイジラレたけど、みんな何かしら手に入れた渋谷ではあった……。   

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高校ライトノベル・トモコパラドクス・95『友子の修学旅行・1』

2017-05-16 06:15:19 | トモコパラドクス
トモコパラドクス・95 
『友子の修学旅行・1』
       

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかし反対勢力により義体として一命を取り留めた。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 久々に女子高生として、マッタリ過ごすはず……今度は、忘れかけていた修学旅行!


 コンクールですっかりとんでいたが、来週から修学旅行である。

 乃木坂学院も、以前は他の学校同様に海外が流行った。イタリア、ドイツ、オーストリアなどを一週間かけて回っていた。
 しかし、他の私学も同様な修学旅行をやり出すと、新鮮みがなくなってきた。

「韓国、中国をまわろう!」

 団塊の世代の先生が言い出したこともあるが、理事長が反対した。
「マスコミに乗せられて、生徒に贖罪旅行をさせるつもりですか」
 組合を中心とした先生達が、こぞって理事長に反対の直訴に及んだが、見事に論破されてしまった。
「反日に凝り固まった国に行っても得るものはありません。広くアジアに目を向けようということには賛成です。先生方の中で、韓国、中国以外の国にお説があるならうけたまわりましょう」
 だれも答えられる教師はいなかった。逆に、バングラディシュ、台湾、ベトナム、パラオなどについて理事長は語り出した。社会科の教師よりも博学で、かつ噛んで含めるように説明した。
「国旗当てクイズをやりましょう」
 理事長はアジア数カ国の国旗を見せた。信じられないことに全問正解の教師はいなかった。
「この日の丸に似たのが、バングラディシュとパラオです」
「あ、いま言おうと思っていたところです」
「それは失礼。では、パラオの黄色のマルが、なぜ左に少しだけ寄っているかご存じですか?」
「それは……」
「日本に遠慮されたそうですよ。ベトナムなどにも学ぶべきものがありますが、いかんせん。これらの国々には、修学旅行を受け入れる下地がない。で、どうですか、いっそ国際的に外国人の視線で考えてみては?」
「そ、それは良いことです」
 組合の先生達は、うっかり賛意を表してしまった。
「それでは、日本にしましょう」
 で、決まってしまった。

「……というわけで、君たちは日本の原点を見極めるために、関西に行きます。コースは十通り、抽選の結果を各担任の先生からしていただきます」
 修学旅行担当の先生から全員に、決定したコースのパンフレットが渡された。なんと全員が希望通りのコ-スだった。大は八十人から、小は二十人までのコースだった。
 これには、理事長の巧みな誘導があるのだが、気づくものは居なかった。

 今週いっぱいは、二年生の放課後は、修学旅行の準備が優先される。使い方は各自の自由であるが、帰ってから総合学習の一環としてレポートが課されているので、そうそう手抜きもできない。

「ま、レポートは任しといて」

 友子の一言で、友子の班は、放課後を旅行準備の買い物にあてた。
 言うまでもないが、友子の班は、クラスのお馴染みが全員いた。男子は亮介、大佛。女子は麻衣、妙子、純子、梨花。それに急遽コンクールの赤ちゃん事件から入ってきたC組の滝川コウが入っていた。
「いい、今日は下見ね。慌てて買ったら損するから。ま、どーしてもって人は止めないけどね」
 で、八人は、好きな者同士バラバラに行動した。
「ね、友子は、やっぱ自由時間の私服中心に見るのよね?」
「あの……滝川さんの女子高生って、やっぱキモイんですけど」
 滝川は、とっくに退役した義体で、本性は着やせはするがムキムキのオッサンである。
「しかたないでしょ。すみれちゃんのことでこうなっちゃったんだから」
 友子は、見てくれだけで滝川に接することに決めた。外見は女子高生に擬態しているので、記憶を眠らせてしまえば違和感はない。

――でも、この記憶って、消せないのよね!――

 その気になれば、渋谷中のお店の商品情報など簡単に検索できるのだが、今日は、あくまで人間の女子高生、それも修学旅行前のルンルン気分で来ているので、義体としての能力はカットしている。たまには並の女の子として、悩んだり迷ったりしてみたい。
 滝川も同様らしく、義体としての思念は感じなかった。

 しかし、そこが落とし穴だった。敵は、どういう手を使ったのか、若いシングルマザーに擬態して、すみれを抱っこして、何度も思念を送りながら、友子と滝川に接近していた。気づいた時は、抱っこしたすみれに、ナイフを突きつけていた。むろん人には見えないようにして。

==赤ん坊の命が惜しければ、修学旅行に行くな!==

 強烈な思念が、二人の義体のCPUにこだました……!
 

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高校ライトノベル・トモコパラドクス・94『すみれの花さくころ・3』

2017-05-15 06:42:50 | トモコパラドクス
トモコパラドクス・94 
『すみれの花さくころ・3』
 

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかし反対勢力により義体として一命を取り留めた。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 久々に女子高生として、マッタリ過ごすはず……いよいよ演劇部のコンクールの中央大会だ!


 ノッキー先生がドアを開けると、楽屋の真ん中に、赤ん坊が寝かされていた……。

「なに、この赤ちゃん……!?」
 赤ちゃんは、照明のミラーボールをくるんでいた毛布に、だっこ型ネンネコに収まって大事にくるまれていた。
「手紙が付いている」
 ノッキー先生が、ネンネコの中の手紙に気づいた。

『訳あって育てられなくなりました。乃木坂学院の「すみれの花さくころ」は予選のときから観て感動しました。このこの名前は「かおる」といいます。そうです、お芝居の中に出てくるかおるちゃんと同じ名前なんです。勝手なお願いですが、このお芝居の関係者の方に育てていただけないでしょうか。わずかですが、当面の養育費も入れさせて頂きました。まことに勝手なお願いですが、よろしくお願いします』

「先生、ネンネコノの中にこれが」
 妙子が差し出した封筒には、思わぬ大金が入っていた。
「……二百万円、帯付きで入ってる」
 捨て子なんだろうが、その捨て方、同封された金額の大きさに、みんなは驚いた。

 友子と紀香には、捨てた人間は、分かっていた。部屋に残留思念が残っているし、赤ちゃんの記憶の中にも母親の姿と名前が焼き付いていたから。
――まだ学校の近くにいるわ――
――分身を置いて、見つけにいこうか――

「わたしに心当たりがあります」

 入り口に、乃木坂学院の制服にチェンジした滝川浩一がいた。むろん女子高生のままである。
――みんなに暗示をかけて――
 友子と紀香は、滝川が送ってきた情報で、みんなに暗示をかけた。
「まあ、C組のコウじゃない。見に来てくれてたのね」
 紀香が調子をあわせた瞬間に、みんなは二年C組の滝川コウという女生徒だと思いこんだ。はるかとまどかは、現役ではないので、制服だけで、そう思っている。
「じゃ、赤ちゃん連れて行きます」
「大丈夫?」
 ノッキーが先生らしく心配した。
「大丈夫です、うちにも赤ん坊いますから。じゃ、二人も付いてきて」
 滝川の後ろに、人間に擬態したポチとハナがついていった。
「頼もしい姉弟ね」
「乃木坂学院にも、あんな子がいたんだ」

 はるかと、まどかが感心した。

「ちょっと待ってくれる、有栖川さん」
 学校の前、地下鉄の駅へと続くフェリペ坂で、滝川はにこやかに有栖川峰子を呼び止めた。
「あなた……乃木坂の……」
「滝川コウ。それから、乃木坂は都立高校。あたしたちの学校は下に学院が付くの」
 制服と、学院へのこだわりで、峰子は、すっかり滝川が乃木坂学院の生徒だと思いこんだようだ。
「立ち話もなんだから、ここで、お話しない?」

 滝川が指差したところには、喫茶フェリペが……むろん他人には見えない。

「……そう、あの赤ちゃんは、そういう運命のもとに生まれたのね」
 滝川は、峰子の思念から、状況は全て掴んでいたが、峰子自身に整理させるために、時間をかけて話をさせた。

 ある面、スキャンダルであった。峰子は、事も有ろうに先生を愛してしまったのである。

 文芸部というマイナーな部活の顧問と生徒という立場であった。峰子の読書意欲は強く、顧問の先生が勧める何十冊という本を片端から読んでしまった。読書欲の原動力は顧問の先生への憧れであった。それが原動力であるがゆえに、二人の距離は急速に縮まり、去年の秋に二人は一線を越え、子を宿してしまった。
 峰子の家は、旧華族の家系で、豊かさと同量の厳しさがあった。峰子は、わざと両親といさかいを起こし、乳母の家から学校に通うようになった。親も乳母の家であり、峰子の気持ちも一過性の反抗とタカをくくっていた。
 顧問の先生とは、峰子が無事に子どもを産んで、学校を卒業したあと、退職して峰子といっしょになるつもりであった。幸い、九州の学校につてがあり、そこに就職し、峰子と子どもを養うつもりであった。
 子どもは、男女どちらでもおかしくない「薫」という名前を考えた。

 そして、先生は、我が子の顔を見る前に交通事故で亡くなってしまったのだ。

 三か月のちに子どもが生まれた。「薫」は女の子らしく「かおる」としたが、その子にも峰子にも将来がなくなってしまった。このままでは両親にも知れてしまう。悲観した峰子は、一時自殺さえ考えた。
 そして、そこで出会ったのが、乃木坂学院の『すみれの花さくころ』であった。

『すみれの花さくころ』は命と希望を明るく描いた作品である。それが最優秀に選ばれたとき、峰子は、この人達に託してみようと思った。幸い中央大会の会場は自分の学校である。

「分かった。わたしが責任を持つわ」
 滝川は、二年C組の滝川コウとして引き受けた。女子高生が赤ちゃんを預かる不自然さは、峰子自身の思い入れと、滝川の暗示によって受け入れられた。
「もう一度、かおるちゃんに会っておく?」
「会えるの!?」
「入ってらっしゃい」
 滝川は、ポチとハナを呼んだ。当然擬態化した姿である。
「はい、だっこしたげて」
 ハナは、不器用にだっこしていた赤ん坊を峰子に渡した……。

 そのころ、フェリペでは、審査結果が発表され『すみれの花さくころ』が最優秀に選ばれていた。

――聖骸布の次は、赤ん坊。で、オレしばらく女子高生で母ちゃん。よろしく!――

 滝川の、ヤケクソとも楽しみともとれる思念が送られてきた。


※『すみれの花さくころ』はYou tubeでごらんになれます。下記のURLをコピーして貼り付けて検索してください。またはYou tubeで「大橋むつお」で検索してください。

第一話:http://www.youtube.com/watch?v=g41BYxG69ZE

第二話:http://www.youtube.com/watch?v=yHz6QHQkf3Q

第三話:http://www.youtube.com/watch?v=B_NVBydXL5M

第四話:http://www.youtube.com/watch?v=ItJpVtCcxMQ


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高校ライトノベル・トモコパラドクス・93『すみれの花さくころ・2』

2017-05-14 06:43:17 | トモコパラドクス
トモコパラドクス・93 
『すみれの花さくころ・2』
       

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかし反対勢力により義体として一命を取り留めた。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 久々に女子高生として、マッタリ過ごすはず……いよいよ演劇部のコンクールの中央大会だ!


 たとえ短い文章であっても、手紙はメールの何倍も暖かい。

 はるかとまどかの手紙はまさにそうだった。
『東京に居ながらロケで観にいけませんでした。予選最優秀のお知らせありがとう。そしておめでとう! 中央大会は必ず観にいきます。がんばってください。 坂東はるか  仲まどか』

 そして、中にはすみれの押し花が入っていた。ありがたい先輩たちだと感激した。

 秋晴れの空の下。ドーンと花火は上がらなかったが、フェリペ学院の講堂と言うよりは、多目的ホールで東京高校演劇の中央大会が開かれた。
 乃木坂学院の出番は、大ラスだった。
 乃木坂学院は、少人数だけども、演劇部では伝統校だ、キャパ600あまりの会場は満席だった。
「はるかさんとまどかさん、調光室から観ていてくれてる!」
「二人ともアイドル女優だもんね。あそこまで届く芝居にしよう!」
 そして、観客席には、友子の弟で父ということになっている一郎と妻の春奈。豆柴のハナは人間の女の子に擬態させて連れてきている。早いもので十歳くらいのお下げの女の子。もう生後七ヶ月だから、擬態させると、これくらいになる。
 ハナの横には十五歳くらいの少年がいた。一瞬だれかと思った。
――ポチの擬態だよ――
 滝川の思念が飛び込んできた。
 で、とうの滝川は、あろうことか女子高生に擬態していた。
――そーいう、趣味だったんですか?――
 と聞くと、
――これが一番目立たないから――

 なるほど、観客の七割以上は、女子高生だ。でも、中には家族なんだろう、幼児を連れた人や、赤ちゃんをあやしながら観ているOGらしき人。お年寄りもチラホラ。別に女子高生しなくてもと思っていたら、開演のブザーが鳴った。

 友子演ずるすみれが、図書館帰り、新川の土手を歩いていると、浮遊霊のかおると出くわす。
 かおるは、東京大空襲で亡くなって以来、ずっとここいらあたりを浮遊している。
 かおるは、霊波動の適うすみれにずっと声を掛けてきたが、すみれには聞こえないし、見えもしなかった。
 だが、今日は図書館で借りた本が触媒になって、初めてすみれは、かおるが見える。

 かおるは、宝塚歌劇団を受けたく、その宝塚の楽譜を取りに戻って死んでしまったほどの宝塚ファンである。
 で、かおるは、すみれに頼み込む。
「お願い、あなたに取り憑かせて。そしたら、すみれちゃんを宝塚のスターにしてあげる!」
 でも、進路を決めかねているすみれには、もう一つピンと来ない。
 けっきょく、かおるは無理強いしてもだめだと悟り、二人で新川の土手に紙ヒコーキを飛ばしにいく。
 そこで、かおるに運命の瞬間。体が消え始める。
 幽霊は、人に取り憑くか、生まれ変わるかしないと、やがては消え去っていく。まさに、その瞬間がやってきた。
「かおるちゃん、わたしに取り憑いて、わたし宝塚受けるから!」
「だめよ、本心から願っているわけじゃないのに、そんなこと……」

 そこで、奇跡がおきた。川の中で消えようとしているすみれの幽霊ケータイが鳴り、ゴーストジャンボ宝くじに当選し、人間に生まれ変われることになる。

 観客は、ここまで、新旧二人の女学生の友情と別れに涙するが、かおるの生まれ変わりと、二人の友情にカタルシスを覚える。
 そして、ラストのどんでん返しで、会場は暖かい空気に包まれ、バックコーラスにダンスも入って……中央大会に向けて、ダンス部とコラボして加わってもらった。

 そして、満場の拍手の中、幕が下りた。

「やったー!」
「思い残すこと無い。やるだけやった!」
 お手伝いのクラスのメンバーも加わり、大感激!
 楽屋前に戻ると、はるか、まどかの両先輩も待ってくれていた。
「おめでとう、最高の出来だったわ!」
「わたし、自分が演ったときのこと思い出しちゃった!」
「ありがとうございます、先輩!」
「ここじゃ、目につくわ。楽屋に入りましょう」
 ノッキーこと、柚木先生が、楽屋の教室の鍵を出した。

「あら、開いてる……」

「あ、すみません。最後にメイクの崩れ直しに入って、閉め忘れました!」
 妙子が、赤い顔をして叫んだ。
「もう、気をつけてよ……」

 ノッキー先生がドアを開けると、楽屋の真ん中に、赤ん坊が寝かされていた……。


※『すみれの花さくころ』のラストシーンはYou tubeでごらんになれます。下記のURLをコピーして貼り付けて検索してください。
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高校ライトノベル・トモコパラドクス・92『すみれの花さくころ・1』

2017-05-13 06:27:17 | トモコパラドクス
トモコパラドクス・92
『すみれの花さくころ・1』 
   

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかし反対勢力により義体として一命を取り留めた。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはず……聖骸布問題も解決。いよいよ演劇部のコンクール!


 聖骸布問題を解決させて東京に戻ると、滝川に、こう言われた。

「三人で頑張って、聖骸布問題は片づいたけど、お楽しみも終わってしまったね」
「え……」
 友子も紀香も、一瞬ポカンとした。そして思い出した。

「アアアアアアアア……!!!」

 そう、楽しみにしていた演劇部のコンクール予選が終わってしまっていたのである。
 むろん、分身を残してあったので、予選は無事に最優秀賞をとって終わった。
「よかったね、頑張った甲斐があったね。ちょい役だったけど、大感激。中央大会も頑張ろうね!」
 妙子一人が感激している。
 むろん、分身の記憶は自分たちの記憶でもあり、感激でもあるのだが、実際に舞台に立っていないと、微妙に寂しい。

 本番は、裏方で、クラスの有志が「お手伝いさん」として活躍してくれた。
「ありがとう、亮介がいなかったら、もっと立て込みに時間かかった!」
「感謝感謝、麻衣、みんなのお弁当作ってくれて!」
「大佛クンの照明、シンプルでバッチリだった!」
「純子、衣装頑張ってくれたね!」
「梨香、トラックの手配ありがとう!」
「アズマッチ先生。舞台に立っていても、先生の応援分かりました!」
「ここまで、やってこれたのは、柚木先生の顧問として、また担任としてのお陰です!」

 目を潤ませながらのお礼に、おさおさ怠りはなかった。が、やっぱ虚しい。

 その日は、部室で、いまどき珍しいアナログテレビをモニターにして、記録のビデオを観た。
「貴崎先生が、お辞めになってから、初の快挙よ……!」
 柚木先生の目が潤んでいる。
「貴崎先生って……」
「わたしの前の顧問の先生。すごい先生、生徒もすごかったけど。ああ、むろんあなた達もね!」
「あたし、この本読んで泣けました」
 妙子が、そっと本を示した。

『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』

「あたしたも読んだわ。泣けて笑えて……それで、頑張ろうって気になれたんです!」
「ノンフィクションだけど、デフォルメがあると思ってたんです。でも、その通りでしたね……」
「一学期に、坂東はるかさんと、仲まどかさんが来てくれたじゃない」
「二人とも、眩しい女優さんでしたね……」
「あなたたちとは、ほんの二三年しか違わない……現役のころは、あなたたちみたいだったわよ」
「ほんとですか!?」
「坂東さんは、転校しちゃったんで、厳密にはうちの卒業生じゃないんだけどね」
「ああ、ご両親の離婚で、大阪の真田山学院に行ったんですよね。そうだ、坂東さんは、そっちの学校で、この『すみれの花さくころ』やって、惜しくも本選でおっこちゃうんですよね」
 そう言うと。妙子はロッカーからファイルを出してきた。

『まどか 真田山学院高校演劇部物語』

 と書かれたブットいファイルだった。
「こっちは、まだ出版されてないんでウェブで検索してプリントアウトしたんです」
 何度も読んだんだろう、ファイルに手垢がついている。
「やだ、きれいな手で扱わなくっちゃ」
「やあね、それだけ何度も読んだのよ!」
 妙子が真剣に言うのがおかしかった。

 友子も紀香も義体なので、両方とも知っている。義体のCPUは、あらゆるネット上の情報とリンクしているからだ。
 でも、妙子が羨ましくなった。ネットで検索し、発見、プリントアウト、そして時間を掛けて読み込み、ジンワリと実感していく。アナログな人間であるからこそ味わえる感動であるからだ。

 友子も紀香も演技した。

「ふうん、こんなのがあったんだ。あたし先に読んでいい?」
「紀香先輩、それはないでしょ!」
「じゃ、ジャンケンだ!」
 三回勝負で、友子は紀香に譲った。ちょっと虚しい。そこにアズマッチ先生が息を弾ませながらやってきた。

「速達、坂東はるかと、仲まどかのお二人から!」

 これには、リアルに驚き、喜べた……。


※ 『すみれの花さくころ』You tube http://www.youtube.com/watch?v=ItJpVtCcxMQ をコピーして検索してください 

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高校ライトノベル・トモコパラドクス・91『絶崖の聖杯・2』

2017-05-12 06:48:39 | トモコパラドクス
トモコパラドクス・91
『絶崖の聖杯・2』
    

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであった……さて、今回のターゲットが絞り込まれてきた。


 三人は、もう一度T町にテレポし、それを……発見した。

 二人のミイラ化した遺体だった。肉屋の冷凍庫に入れられていたので、町の空気中のカツブシ的な臭い粒子は、ごく微量で、しかも拡散していたので、発見に時間がかかった。
「ひどい……まだ十代の女の子よ」
「勘が鋭いというだけで殺されたのね、あたしたちが居場所を感知出来なくするためだけに」
「奴も焦っているんだろう。ここに隠すまでに悩んでいる。だから臭いの粒子が飛び散ったんだ」

 三人は数秒間、演算……いや、考えた。そして互いをシンクロさせると元のカッパドキアにテレポした。

 司教たちの居所は、すぐに分かった。最初に居た崖庇の数キロ北で血の臭いがしたのだ。

 そこは渓谷の崖の洞窟のあたりからしてきた。
 この洞窟にたどり着くことも出来ずに渓谷に落ちたT町の人が二百人ほど谷底に落ちて死んでいた。
 洞窟の中に入ると、様々なトラップがあった。あるものは落とし穴に落ちて亡くなり、ある者は壁から突き出した無数の槍で串刺しにされたのだろう。体中に開いた穴から血を流し朱に染まって命の灯を消していた。そして、その先には、地獄の番卒でも目を背けたくなるようなトラップと、その犠牲者たち。
 そういうトラップが、機能しなくなるまで死体の山を築き、さらに、その奥に数人に減った人の気配がした。

 一番奥の広い岩の広場では、千人に近いT町の住人が亡くなっていた。遺体のそばにはいろんな杯が転がっていた。
 そう、ここは聖杯の広間なのである。

 千に余る聖杯が並んでいたのであろう。その中に本物は、ただ一つ。他の聖杯はニセモノで、それに満たされた水を飲んだものは……いや、実験台に飲まされた者は、ことごとく血反吐を吐いて死んでいたのだ。

「お、お前達は天使か……二千年にわたり、世の人々を苦しみの底に追いやった、まがまがしき神の僕(しもべ)どもか!」
 友子、紀香、滝川の三人は、無意識に天使に擬態していた。いや、あやまてる司教のゴルゴダ教団を誅するために三人の義体をして天使ならしめたのかもしれない。

 司教の傍らには、十数人の人間が居た。一人は、あのモーテルのオヤジ。他は町の最後の生き残りの人たち。マインドコントロールされているのだろう、みんな目には生気が無かった。そしてその手には、それぞれ聖杯が……。
 そして、二人と司教の間には車椅子に乗った少女と、その母親がいた。この三人は聖杯を手にしてはいなかった。

「みなさん、その聖杯は、捨てなさい。いずれもニセモノです」
 ミカエル似の天使が言うと、町の人たちは杯を取り落とした。しかし目の光は、まだ戻ってこない。
「司教、その子が、あなたの娘ですね。そして横の女性が、あなたの妻だ」
「違う! この子は神の子だ。この女は、その神の子の母。新しきマリアだ。この神の子は病んでいる。放っておくと、あと一月と肉体はもたない。この子は、この現世で肉体を成長させ、永遠の若さと命を授かり、本当の神の御教えを、人々に伝えなければならない。その為には真の聖杯に満たされた聖水を飲まねばならない」
「そのために、町の人たちに試させたのですね……」
「聖骸布の全てが手に入っていれば、こんな手間はいらなかった。手に入らなかった聖骸布を取り戻すのには時間がない。そこで、こんなに大勢の信者が犠牲にならなければならなかった」
「司教、あなたは聖職の身にありながら子をもうけた。それを罪と感じ、その子を神の子と思いこんでしまった」
「違う。この御子こそが神の子なんだ。わたしは、その神の子を護持する僕(しもべ)にすぎない」
「なら、残る聖杯は、三つ。司教、あなたと、その妻である女とで試すがいい。もし外れたとしても、残った一つが真実。その子の命は助かるであろう」
「ぬ、ぬぬ……」

 三つの聖杯が、浮かび上がり、司教の目の前で空中に漂った。

 母親が、マインドコントロールされているにもかかわらず、その一つを手に取った。
「それも偽物!」
 ガブリエル似の天使が指差すと、偽物の聖杯は、粉々に砕け散った。
「さあ、残りは一つ。司教……あなたが選びなさい」
 ラファエル似の天使が迫った。

 司教は、数秒迷い、叫び声をあげて逃げてしまった。

 司教の娘は、元の姿にもどった、友子たちによってナノリペアを投与され、病巣は取り除かれた。
 そして、しばらくすると、残った者達のマインドコントロールも解けていった。
 司教は死んだのか、その力を失ったのか分からなかったが、友子たちは、あえて、その後は追わなかった。

 壊滅寸前になったT町は、残った十数名の人たちで、ゆっくりと回復していくであろう。

 母と娘はS市を離れ、ニューヨークの雑踏の中で静かに暮らし始めた。その後の母子のことも、三人は調べないことにした……。

 聖杯は、真贋の二つが残ったが。その在りかは、永遠に封印された……。

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高校ライトノベル・トモコパラドクス・90『絶崖の聖杯・1』

2017-05-11 06:37:57 | トモコパラドクス
トモコパラドクス・90 
『絶崖の聖杯・1』
        

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであった……さて、今回のターゲットが絞り込まれてきた。


 かすかに気配が残っていた、T町三千人のテレポの形跡が……。

 町の人間の中には、超能力と言うほどではないが、勘の良い者が1/1000ほどの確率でいる。その二三人の思念が、テレポさせられた先を暗示していた。トルコのカッパドキアの一点を意識の最後に残していたのだ。他の人間は、どこに行くのかも分からずに、なにが起こったのかも分からないままテレポさせられていた。

 滝川、紀香、友子の三人は、カッパドキアのそこにテレポした。

 カッパドキア……古代のカルスト大地に作られた、古代交易の中継点として栄えた都市の跡である。背の低い灌木の群れがチラホラあるだけで、住居に適した木材が無く、古代のカッパドキアの人々は、石と日干し煉瓦で家や城壁を作っていたが、ペルシアの進出と共に寂れ、岩山に穴を穿ち、それをもって住居としていた。
 それは、古代的というよりは、宇宙の別の星にある文化遺跡を思わせるものがあった。実際にスペースファンタジーのロケに使われることも多く、そういうところは観光地化され、様々な国の観光客で賑わっていた。

 三人がテレポしたのは、そんなカッパドキアの辺境で、ふだん人の立ち入ることも希な渓谷地帯であった。

「地質的に不安定なところね」
「カルストだからな。石灰岩が多くて浸食がすすんでいる……あ、危ない!」
 紀香も友子も同時にジャンプして、隣の岩山に着地した。滝川だけが、上空を漂い、崩れたばかりの岩庇を見つめていた。
「なにしてんの、こっちにきたら?」
「おかしいと思わないか。いくらカルストとは言え、あんなに大きな岩庇が、いきなり崩れたんだ……」
「かすかに感じる。あの岩庇の上に大勢の人間が乗っていたんだ」
「その重みで……トラップ?」
「そこまでは、分からないわ。気配を徹底的に消している」
「三千人分もの人の気配を?」
「多分、聖骸布の力だろ」
「集団テレポもね」
「こう痕跡もなにもなくっちゃ、分からないわね」
 
 三人は途方にくれた。

 感覚を研ぎ澄まし、あたりの気配を伺ったが、ウサギなどの小動物や蛇の気配まで拾ってしまい際限がなかった。
「ね、微かだけど、カツブシみたいな微粒子を検知したわ」
 紀香の一言で、三人はカツブシの正体をさぐりに、岩山をいくつか飛び越えた。

「なんだ……」

 それは、死んでカラカラに乾き、ミイラになったヤギの死体だった。
「今日は、ここで野宿だな」
「待って……T町では、ここへの残留思念が残っていたわ。それは感覚の鋭い人が何人かいたからよ。それが感じられないということは……」
「あたしたちが、追跡できないように始末した?」
「殺せば、死臭がする。おれ達の嗅覚はハゲタカの百倍はある」
「あ……」
「水道局長の殺され方……」
「ミイラ化すれば、死臭はしないわ!」
「でも、さっきのヤギみたいなのは、キリがないわ」
「水道局長とヤギのミイラじゃ、微妙に成分が違う」
「そうね、服や持ち物も同時に乾燥させるから、その成分が違うのよ!」

 三人は、水道局長のデータを基に、あたりを検索した。

「あった、三時の方角!」

 行ってみると、ワンピースを着せられたヤギとキツネのミイラだった。
「敵も読んでいるなあ」
「こうなりゃ、中型動物のミイラ、全部当たるしかないわね」

 五体目でビンゴだったが、ミイラがない。

「ミイラをテレポさせたんだ!」
「だとしたら、手の打ちようがないわね」
「もし、おれ達が、これをやるとしたら、どうする?」
「原子分解する。それだと絶対に分からないから」
「聖骸布は、トモちゃんが一部を引き裂いたんで、完全な力がないんだ。だとしたら……」
「テレポさせやすいのは、元の場所!」

 三人は、もう一度T町にテレポし、それを……発見した。

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高校ライトノベル・トモコパラドクス・89『S市Bブロックから』

2017-05-10 06:27:03 | トモコパラドクス
トモコパラドクス・89 
『S市Bブロックから』
        

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであった……さて、今回のターゲットが絞り込まれてきた。


 Bブロックとは、名前の通りB級の住宅街だった。

 百坪ほどの敷地に、四十坪ほどの似たような住宅が並び、半分近くが長引く不況で売りに出されていた。遠目には閑静な住宅街だったが、中に入ってみれば、荒廃しかけたアメリカそのものだった。

「あの家よ」

 ジェシカ(紀香)が指差す通りに、ジャック(滝川)はハンドルを回した。その家は、わずかに生活感があり、庭の芝生も程よく刈られて、程よく手入れされていない。アプローチや玄関前には枯れ葉やゴミが散見され、ここの住人が、あまり、ここでの生活に熱意がないことが伺われた。

「中に人は居ないな」
「でも、ついさっきまで居た気配がするわ」
「ワケありね……」

 かけられた鍵を難なく開けて、三人は家の中に入った。
 一階のリビングは、義体の力がなくても分かる。ついさっきまで人が居た温もりが残っていた。
「三人居たな……ほんの十分ほど前までだ。二階に一人。いったん、ここで話して、この玄関から出て行っている」
「部屋に残っている、残留思念を探ってみましょう」
 ジェシカが読み始めた。
「待って……」
「そうだ、なんか怪しい。これだけの痕跡を残しながら、読まなければ分からない残留思念……おれたちなら、読まなくても見えて当然だ……」
「これ……トラップかも」
 ミリー(友子)は、ソファーを一撫でして、玄関を指差した。
 
 三人は、家を出てブロックの端まで戻った。

「じゃ、読んでみるわ」
 とたんに、その家は前後左右の空き家を巻き込んで吹っ飛んでしまった。
「バリアーを張れ!」
 直後大量の中性子の洪水が襲ってきた。
「……今の、まともに受けていたら、あたしたちも危なかったわね。まして家の中に居たんじゃ」
「今のは、何をダミーにして読んだ?」
「ソファー……下手に義体のコピーなんか置いてきたら、リンクしているオリジナルまで影響を受けるところだったわ」
「どの程度の影響?」
「CPUが破壊されていただろうな」

 ミリーは瞬間読み取れた情報を二人に送った。あの家に住んでいたのは、中年の女と、若い女……おそらくハイティーン。で、親子。父親は……なんと、あの司教!
 ただ、司教は自分の娘だとは思っていない……なんと神の子であると思っている。三人のCPUは、司教が強烈なパラノイアであるという結論を出していた。その司教が聖骸布を持っている。

 出てくる結論は……何が起こるか分からないということだった。

「水道局。もうテレポで行くぞ!」
 司教は、もう、このS市には居ない。義体であることを隠す必要もない……というか、とうに三人の正体は分かってしまっている。これも聖骸布の力だろう。

 まず局長室に行ってみた。局長は瞬間にフリーズドライにされたように死んでいた。ジャックが腕を持ち上げると朽ち木のように崩れてしまった。
「ひどい、実の弟を……」
「あの司教の力は計りしれんな」
「T町への送水管を!」
 浄水装置のある建物に行き、送水管を調べた。何も出てこなかった。
「おかしい、確かに、あのモーテルの水はおかしかったのに」
「友子、他の送水管を調べろ」
「もう、あたしが調べた。平均的なアメリカの水道水よ。洗濯には使えても飲み水には適さない」
「T町のは、純粋な水。東京の水道よりきれい……ん……だんだん水質が悪くなる……他のといっしょになった」
「証拠を隠滅した直後だったのね」
「T町に戻るぞ!」

 T町は、たった今まで人が居た気配。モーテルのオヤジの部屋で、電子レンジが任務終了の「チン」を鳴らしていた。かすかにビーフの良い香りがした。ジョッキの中のビールは、まだ盛んに泡を立てている。

「くそ、どこもかしこも一歩先をいかれてる!」

 滝川が、珍しくいら立ちを顕わにした。それがT町で唯一の人間的な気配だった……。
 

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高校ライトノベル・トモコパラドクス・88『S市司教の秘密・2』

2017-05-09 06:41:50 | トモコパラドクス
トモコパラドクス・88 
『S市司教の秘密・2』
       

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであった……さて、今回のターゲットが絞り込まれてきた。


 司教は、涙を流していた……わがことのように。

「海を越えたドイツとはいえ、わたしと同じ司教が、このようなことをしたとは信じられません」
「現時点での、司教としてのお言葉が伺いたいのですが?」

 記者の質問には、こう答えた。

「このドイツの司教の話は、まだ、みなさんたちからの情報しかありません。バチカンでは独自に調査中であります。わたしとしては……これが誤解であり、ドイツの司教の試練であればと願います」
 記者達は、しばし黙り込んだ。このS市は敬虔なカトリックの街であり、大方の市民がこの司教の言葉を待っている「カトリックは揺るぎない」と。
 なんせ『ハリーポッター』でさえ、反キリスト教的であると上映が自粛されたほどの街である。また司教が言葉少なに述べた言葉にも、悲しみとバチカンへの信頼しかなかった。一瞬今度の事件の犯人は、そのドイツの司教ではないかと、友子でさえ思ったほどだ。

 ベテランの記者が、締めくくるように、最後の質問をした。

「では、このS市の司教として、できることはなんでしょう?」
「祈ることだけです。わたしはS市の司教に過ぎません。法王様のように世界の平和を祈るのには、まだ修行も試練も足りません」
「正直な、お言葉に感銘いたします。では、司教様は何をお祈りになりますか?」
「わたしという小さな穴を通して神の光が届く限りの人たちの平穏と救いを祈ります」
「ありがとうございました」

――見えた?――
――大勢の市民の顔が……なにか?――
――ひっかかるの。今あの司教の頭に浮かんだ人たちの……――
――顔が?――

 驚いたことに、この司教は、数秒間の間に十万人近い人の顔を思い描いていた。そして、その一人一人から情報を読み取ることができた。むろん司教はコンピューターではないので、司教自信は意識はしていないが、一度頭に入ったものであるなら、友子のCPUはそれを読み取ることができる。

「なかなかの人格者のようだな」
 ジャック(滝川)でさえ、そう思った。
「ま、弟の水道局から当たってみましょうか」
 ジェシカが提案してきた。もう思念でなく、声に出している。

――待って、もうすぐ分かる――

 ミリー(友子)は、一見脈絡なしに並んでいる市民の人たちが気になった。普通、人間は、人や物事を関連づけて覚えていく。例えば家族毎、友人のグループ、地域、職業別に。個人の情報を何万通りにも組み合わせ、関連性を導き出そうとしたが、いくらやっても出てこない。同じことをジャックもやっているようで、寡黙になった。

 そこに夕暮れ時の秋の突風が吹き、街路樹の葉が、一斉に舞い散った。

「ハハ、一瞬枯れ葉の流れが鳥に見えた。あたしってロマンチストだな」
 ジェシカが脳天気に言う。
「分かった!」
 ミリーは思わず声を上げた。
――情報を分析しても、なにも出てこないはずよ。あの司教が思い描いたひとたちの映像情報を、そのままロングにしてみて!――
――うん……あ、これは!?――

 沢山の人の姿が、ただのドットになり、その集合が一人の少女の顔になった。

――強い愛情を感じるわ――
――神の子……?――

 司教のイメージは、神の子であった。

――もう一つ分かった!――

 それは三人同時だった。文章化した個人情報をロングで見ると、S市の、Bブロックの地図になり、一軒の家が赤くマークされていた。

――ここだ、いくぞ!――

 ジャックは、司教に悟られないように、レストランまで戻り、車で戻ってきた。
「さあ、乗って」

 糸口の先が見えてきた。車はプラタナスの枯れ葉を巻き上げながら、Bブロックへと急いだ。
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高校ライトノベル・ライトノベル・トモコパラドクス・87『S市司教の秘密・1』

2017-05-08 06:31:40 | トモコパラドクス
トモコパラドクス・87
『S市司教の秘密・1』
        

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであった……さて、今回のターゲットが絞り込まれてきた。

 ドイツの司教が贅沢三昧で非難されている。

 S市に向かう車の中で、そのニュースを聞いた。自分の住居に何十億円も使い、インドの貧民街視察のための飛行機にファーストクラスを使うなど、司教にあらざる振る舞いにバチカンは対応に追われている。という内容だった。

「中世ヨーロッパじゃあるまいし、こんなのが今時いるんだな……」
 ジャック(滝川)は、S市へのルート66を走りながら呟いた。
「……あら、他の放送局でも同じことを言ってる」
 ジェシカ(紀香)がチューナーを回しながら言った。
「このあたりはカトリックが多いから関心が高いのよ」
 ミリー(友子)は、そう言いながら、少し違和感を感じていた。

 S市に入って、最初に見つけたレストランで食事をしていると、奥の席で聖職者の略服を着た老人が、助祭一人を相手につつましく食事をしているのに気づいた。
「今まで気づかなかった」
「静かに食事をされているんだ、邪魔しちゃいけないよ」
「そうよ、ミリー。あなたもしずかにお上がりなさい」
――でも、あの二人、なんの思念も感じない――
――聖職者だ、そういう人もいるさ――

 三人が食事を終えかけると、十数人のマスメディアと思われる男女が、ドカドカと入ってきた。

「デイリーSのトンプソンです。司教、シカゴの大司教座での様子はどうだったんですか?」
 これを皮切りに、各メディアがそれぞれに口を開いた。
「みなさん、ここはレストランです。他のお客さんもいらっしゃいます。どうか教会の司祭館でお待ちください、あと……五分でみなさんのお相手をいたします」
 穏やかに司教が言うのでメディアの人間は、ゾロゾロと教会に向かった。少しあって食事を終えた司教と助祭は、ミリー(友子)達にも頬笑みを残して、教会へと向かった。
「ドイツの司教とは大違いだな、マスコミの連中も大人しい」
「人徳のある司教さんのようね。お供もひとりだけだったし」
――でも、少し変。平穏で澄み切った心しか感じない――
――聖職者としても?――
――メディアの人から読めたけど、司教の弟は、このS市の水道局長――
――水道水の成分がおかしいって言ってたな?――
――T町の水は100%このS市から買ってる――
――少し調べてみるか――

 三人はレストランを出ると、プレスの人間に変態して教会の司教館を目指した……。

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高校ライトノベル・トモコパラドクス・86『アメリカA郡T町・2』

2017-05-07 06:49:15 | トモコパラドクス
トモコパラドクス・86 
『アメリカA郡T町・2』
        

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであった……さて、今回のターゲットが絞り込まれてきた。


「ママ、お湯が出ないよ」

 ミリーはモーテルのシャワーを使って人並みに文句を言った。 
「あなた、お湯が出ないって」
「こんな田舎のモーテルだ。もう少し流してごらん」
「だって、もう三分も流してるわよ」
「しかたないなあ……」
 父のジャックが腰を上げた。
「キャ、黙って入ってこないでよ!」
 ミリーは慌てて胸を隠して父に抗議した。
「呼んだのはミリーだろ。で、隠すんならバスタオルにしな。丘の上しか隠せてないぞ」
 ミリーは慌ててバスタオルを身にまとい、バスから出た。
「……こりゃ、元がいかれてるな」
「他の部屋のバス使えないかしら」
「他の部屋もいっしょだよ。ちょいとオヤジと掛け合ってくる」
「トレーラーのシャワーは使えないの?」
「修理が終わらなきゃ無理だ。もっとも修理屋のシャワーを使わせろって、手はあるけどな」

 無駄口を叩きながら、ジャックは事務所に行った。

「こないだ修理したとこなんだけどな……」
 モーテルのオヤジは、太った腹を揺すりながら、給湯器に向かった。
「修理って、オヤジさんがやったの?」
「ああ、車の燃費が良くなっちまってさ。こんな田舎のモーテルに泊まる奴は、そうそう居ないもんでな……こりゃ、またプラグがいかれたかな……」
「ちょっといいかな……あ、こりゃ、規格があってないよ」
「そうかい、ちゃんと規格の奴を発注したんだがね」
「給湯器、昔は部屋ごとにあったんだろう?」
「ああ、効率が悪いんで、十年ほど前に替えたんだ」
「こいつは、その部屋ごとだったころのしろもんだ……」
「そうかね……」
「ねえ、ジャック。早く直らないかしら。ミリー風邪ひいちゃうわよ」
 ジェシカが様子を見に来た。娘をダシに、自分も早くシャワーを使いたいのだろう。
「ああ、今なんとかするよ」
「そう、じゃ、お願いね」
「……奥さん、美人だね」
「いやあ、怒ると手が付けられない。ちょっと触るけどいいかい?」
「あんた、直せんのかい?」
「一応、電子部品のエンジニアなんでね……このサーキットを殺して……ま、一応は使えるかな」
「え、もう直ったのかい?」
「温度感知センサーを殺した。お湯の温度設定が出来なくなるが、水と調整すりゃ、なんとかなる」
「昔のアナログだな」
「ま、それを売りにするのもいいんじゃない。ただし、温度管理はお客様の責任において設定してくださいって買いとかなきゃ。訴えられるかもね」
「そりゃ、かなわない」
「ま、うちはオレがついてるから。部品は早く発注しとくんだね」
「ああ、そうするよ。ミスター」

 自然にミリーは鼻風邪をひいて、声がおかしい。日が傾く前に、となりのS市に夕食をとりにいくことにした。給湯器の件があったので、モーテルのオヤジがワゴンを貸してくれた。
「昔は、晩飯ぐらい出したんだけどね、客が減っちまってからはね。まあごゆっくり……ガス代はいいよ。元々うちはガス屋が本業だからな」

 ぼくとつだが、人なつっこく、オヤジは手を振った。

――なにか、掴めたかい?――
――水の成分が変だった。微量だけど精神安定剤に近いのが……これがデータ――
――そっちは?――
――ケータイの電気のパルスが、ちょっと。変化が早いんで解析しきれてないけど――
――ちょっと大がかりな仕掛けがあるかもな――

 この間の、三人の会話は「風邪がどうの」「トレーラーレースがどうの」という中身でしかない。盗聴されている恐れもあるので、滝川、友子、紀香の会話はあくまでも親子三人の会話であった。

 まだ、聖骸布の真実にいたるのには時間がかかりそうだった……。

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