大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・セレクト№8『親の離婚から三ヵ月十三時間』

2012-09-30 08:01:29 | ライトノベルセレクト
ライトノベル・セレクト№8
『親の離婚から三ヵ月十三時間』
   


 八月とは言え、風が心地よかった。
 わたしの心は、いまZOOMERに乗って風を切って走っている。
――ZOOMERに乗りたい!
 そうメールすると、吉川先輩は、軽トラにZOOMERを乗せて、家の前まで持ってきてくれた。親切っちゃ親切なんだけど、返すときは先輩の家まで乗っていくって条件。
 これで、互いの家を確認と勘ぐった……しかし、軽トラの荷台には「鈴木鮮魚店」の文字。
「由香も知ってるから……」と、だめ押し。

 で、わたしは大阪城の周りを二周半した。停まると、さすがに汗が噴き出す。

 壮快な汗だけど、どうしてだろう……心がついてこない。

 成城のガキンチョのころ、めずらしくオネダリして買ってもらった自転車を思い出した。
 ドイツ製の高級自転車だった。今の自転車との共通点は、オレンジという車体の色だけ。
 あのときは楽しかった。だから、ゲンチャリに乗ったら楽しいだろうと思っていた。
 あれは、元チチの会社が潰れる前の年。大人たちは、わたしの自転車のお稽古につき合ってくれた。むろん、お母さんも、元チチも……。

 ちょうど大手前で、ガイドさんの説明が聞こえてきた。
「この大阪城は、豊臣秀吉が作った大坂城が、慶長二十年、大坂夏の陣で落城したあと、徳川家康によって、再建されたもので、元の大坂城は、この地中に……」
 埋まっていたんだ……知らなかった。

 そして、気づいた。わたしの心の中にも、もう一人のはるかが埋まっていた。

「ゲンチャリに乗ったら世界が変わるかもな。世界が変わったら、次は自分がどう変わるかだ」
軽トラからZOOMERを下ろしながら言った先輩の言葉が蘇る。
「その言葉二回目!」
「だって、はるかは二人いそうだからな」
「え?」
「ほら、そこ!」
 と、わたしの後ろを指差した。で、後ろを振り返った隙に軽トラを発車させた。窓から、ニクッタラシく振られた手だけが見えた。

 わたしは、スポーツドリンクを一気のみしてZOOMERのアクセルをふかした。
 吹き出す汗は、古いわたしだ。古いわたしは、風がどんどん吹き飛ばしていく……。

 タクラミはZOOMERを買うことから軌道修正。佳作の二万円の賞金じゃ、中古だって買えない。大坂城を後にするころには考えが浮かんできた。

 一度……東京に戻ってみる。

 わたしは、背伸びしていたんだ。物わかりよさげというか、大人ぶって親の離婚を受け入れてきた。でも、それって、親の問題に首突っこんで、それ以上傷つきたくないという怯えにすぎない。大人ぶっているようで、それって、とても子供じみたあきらめに過ぎないんだ。だって元チチ……お父さんは、投げた球を返してきた。視界没の写真。あれは、家族に戻ろうって謎かけなんだ。ここは、わたしが、娘として動かなくっちゃ。
 
 先輩の家へZOOMERを返しにいったころ、考えは決心に変わっていた。
「はるか、なんか緊張してる?」
「う、ううん。どうして?」
「はるかって、緊張すると怒ったような顔になる」
「そう? あ、初めてZOOMERに乗ったから」
「それに、鼻がふくらんでる」
「え?」
「はるかは、心にもないことを言う時って、鼻がふくらむんだぜ。自覚無かった?」
ガレージにZOOMERを入れながら、背中で言った。思わず鼻を手で隠す。
「ハハ、ひかかった。なにか企んでるなあ?」
「さ、さいならあ……!」

 わたしは東京に戻ってみる。お父さんにもう一歩踏み出してもらうために。

 でも問題が残っている。
 たった二つだけど、とても重要な問題が。
 アリバイ工作……そして致命的なのは資金不足。
 わたしの有り金は、佳作の賞金も合わせて三万ちょっと。
 一泊することを考えると、もう三万は欲しい。
 あれこれ考えているうちに眠ってしまった……。


『はるか 真田山学院高校演劇部物語・第14・15章』より
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タキさんの押しつけ映画評17・レガシー/ハンガーゲーム

2012-09-30 06:32:10 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評17
レガシー/ハンガーゲーム


 これは、悪友の映画評論家、滝川浩一が個人的に、仲間内に流している映画評ですが、もったいないので本人の了解を得て転載したものです。

『レガシー』
 先行ボーンシリーズ3作品と同一シリーズ第4作です。 
 ジェイソン・ボーンシリーズを見ている事が最低必要条件、映画の作りはそれを大前提にしている。
 冒頭シーンがアイデンティティの冒頭とシンクロしており、主人公は代わるが同じシリーズなのだと明確にしている。アイデンティティでは嵐の海だったが、今作はアラスカの凍りついた川、主人公アーロン・クロスを演じるジェレミー・レナーが本当に潜っている。嘘もごまかしも無い、さすがに「切れてる役者ジェレミー」 このシーンだけで後に続く2時間が平凡なアクション映画である訳がないと知れる。
 ただ、この後の アーロンが何故 追われる事に成るのかを説明しているくだりが前シリーズを見ていないと少々辛い。
 言葉を替えると、この部分さえ乗り切れば 後は存分に楽しめる作りにはなっている。 さすがにアクション映画の作りに革命をもたらしたシリーズのリ・スタート、その真価は見ていて唸るばかり。格闘は言うに及ばず、各所に出てくる「フリーラン」…これも前半に登場する アーロンがマルタ(レイチェル・ワイズ)の家に侵入する場面、なんら手掛かりの無い壁を まるで見えないハシゴが有るかのごとくに駆け上がる。白眉は後半 マニラの貧民街の屋根の上での逃走、殆どスタントマンを使わずジェレミーが演じている。
 当然カーチェイスシーンも登場、マックイーンの「ブリット」 ハックマンの「フレンチ・コネクション」ハリツキーの「バニシング60」等々 映画界に金字塔と成っているチェイスシーンに新たな1シーンが加わった。
 今回はオートバイ、しかも後ろに女性を乗せての逃走劇、特にアクロバティックなシーン以外はジェレミーが運転しており、なんとレイチェルが後ろに乗っている(ようまぁ保険会社が了解したもんだ、まさか内緒で撮影した訳じゃないだろね) 当然、撮影トリックを駆使しているのだが本物の緊迫感に包まれている。
 実はジェレミー・レナーを見ていると誰か往年のスターを感じるのだが、今作を見てそれがはっきりした、彼はスティーブ・マックイーンを想起させるのだ。そう確信した途端、涙が溢れそうに成ってしまった、後のシーンを見ていて ずっとレナーの顔にマックイーンの顔が重なって見えてしようが無かった位である。
 
 さて、本作のキャスティングの妙は 相手役にレイチェル・ワイズを起用してある事。本作のリアリズムの半分は彼女がしっかり支えている。前作からのキャラクターもしっかり生きているし、二人を追う司令官リック(エドワード・ノートン) も秀逸、これは単なるシリーズ続編なんて物ではない。 原作はラドラムの「暗殺者」なのだが、主人公がジェイソン・ボーンと名乗る記憶喪失の暗殺工作員であるという設定以外まるっきり別物(原作は実在の暗殺者カルロスとの死闘が柱に成っている)だから、元々自由に作られている。それが本作をもってさらに新しい局面を切り開いたと言える。アメリカでもつい最近封切りに成った所なので続編の情報は聞こえてこないが、ラストは続きを意識している。
 そうそう、忘れとりました 今回二人を執拗に追う工作員♯3 ルイス・小沢・チャンチェン、この人 日系なのやら中国系なのやら よう判らんのですが フリー・ランの名手で、最近ちょくちょく見かけます。この人の追跡の仕方も大迫力、この人の名前がクレジットにあれば その映画は要チェックでありますゾ。


『ハンガーゲーム』
 これは、はハイティーン向けのジュビナイルの映画化、日本じゃラノベとか言うんですかね。アメリカでは原作が社会現象と言えるほどのヒットで、映画もそのあおりで今年一発目のメガヒットをかっ飛ばしている。 日本では、なぜか原作発売時に宣伝されず浸透していない。原作はジュビナイルだとはいえ世界観も人物設定もがっちり組まれており、大人の読者をも取り込む力を持っている。さて、通常は原作を先に読まない方がええよってのが通り相場なんですが、本作は絶対読んでから見た方がようござんす。というのがこの映画、完全に読者に向けた作りに成っているからで、細かい心理描写は「皆さんすでにご存知でしょう」になっている。
 映画としてはルール違反だが、言うなればアメリカでそれだけ売れている原作の映画化だって事です。
 こんな作り方が出来るのは「ハリー・ポッター」以来です。映画はそれなりに良く出来てはいますが原作未読だと消化不良になりそうです。主人公の弓が得意なカットニス、演じるのはジェニファー・ローレンス、「ウィンターズ・ボーン」…というよりゃ「Xメン1stジェネレーション」のミスティークと言った方が通りがよいか? 彼女が無茶苦茶嵌り役、もうこの人以外に考えられない。本作に色々と不満を持つ人もおありでしょうが、そんな人もジェニファーの存在には納得出来るはず。
 ただ、原作はカットニスの一人称で語られ、彼女の心が右に左に揺れるのを詳しく描いている。映画ではそれが伝わってこない。「皆さんすでにご存知でしょう」って作り方になっているってのは主にこの部分で、アメリカ国内向けにはそれで良いかもしれないが、輸出するにはあまりにも配慮に欠けているのではないか。とは言えそこそこ楽しめる作りには成っているので、原作を読んでおけばかなりカバーできる。
 文庫二冊ですが、所詮ジュビナイル、活字中毒者なら半日もあれば余裕のヨッチャンで読破出来る。さほど「絶対見に行け~」って訳ではないがオススメ作ではある…かな? 原作第二部も発売されているが、これが何たることか、第一部からすると信じられん程出来が悪く、ほんまにガキ向け小説に堕している……しかも、ストーリーの重要設定に矛盾まである、まぁ これは翻訳ミスの可能性もあるし、第三部(11月発売)を読まんとわかりませんが……結末はもう殆ど読めとります。
 本シリーズは第二作でどう繋ぐかが肝になりそうです。それによってはシリーズ三作で大化けする可能性もあると思われるんですが…現状、レンタルディスクでええんでない?としかいえませんねぇ。
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高校ライトノベル・セレクト№7『親の離婚から三ヵ月』

2012-09-29 14:24:46 | ライトノベルセレクト
ライトノベル・セレクト№7
『親の離婚から三ヵ月』
   


 わたしはいつも通り、一人で夕食をすますと(確認しときますけど、大阪に来てから土日を除いて、夕食は一人なの。もっとも、材料とレシピは用意してくれている。逆に言うと、お母さんは、平日は志忠屋のマカナイで昼夜の食事をとっている。で、栄養管理にうるさく。このごろタキさんは「オカンみたいや」とぼやいている。同感って、わたしには本当の「オカン」なのだから始末が悪い)ちょっとした親孝行にと、ビールを冷蔵庫に入れた。

 そしてボンヤリと月をながめて……って、べつにオオカミ女になったりはしないのでご安心を。
 気がつくと、マサカドクンが正座してなにやらケータイを打つ真似をしている……よく見ると、マサカドクンがちょっと変だ。
 今まで、ぼんやりした凹凸でしかなかった顔立ち。そこに三つの点のようなものがにじみ出している……目と口……?
「マサカドクン」
 下の方の点が、ビビっと震えた。
――ウ、ウ、ウ……。
「マサカドクン……!?」
――ウ、ウ、ウ……。
「マサカドクン、ちょっと立ってみて」
――ウ。
 立ち上がったマサカドクンは少し背が高く……いや、頭が小さくなって四頭身ぐらいになっている。長いつき合いだけど、こんなことは初めてだった。
――ウ。
 マサカドクンがケータイを示した。
 それだけで意味が分かった。
「元チチにメールしろって……!?」
――ウ。
 ウスボンヤリしたマサカドクンの顔を見ているうちに心が飛躍した。
 乙女先生→乙女先生のお母さんの介護→ワーナーの家族愛映画→スミレとカオルの心の交流→失われたうちの家族→元チチ……。
 三ヶ月封印していたメールを元チチに打った。
「はるかは元気だよ」と、一言。そしてカオル姿の写メを添付した。


「ビール飲みたーい!」
 汗だくでお母さんが帰ってきた。
「冷やしといた」
 パジャマ姿に歯ブラシの娘が、顔を出す。
 ドアを開けるなり、母子の会話。
「サンキュー、親孝行な娘を持ったなあ♪」
 このシュチエーション、まんまビールのCMになりそう。

「グビ、グビ……グビ……プハー!」
 お風呂上がりに極上の笑顔!
「ゲフ!」
 色気のないスッピンでゲップ……CMになりません。
 でも、一日の終わりが機嫌良く終われるのはめでたいことであります。
「今日、乙女先生が来たわよ」
「え……」
「大橋さんと、トコちゃんもいっしょだった」
「なに、その組み合わせ?」
「乙女先生のお母さん、介護付き老人ホームに入ることになった」
「そうなんだ……」
「だいぶためらってらっしゃったけど……」
 二本目の缶ビールを、この人はためらいもなく開けた。
「そのために、先生とトコさんが来たのか」
 わたしは麦茶のポットを取り出した。
「うまい具合に、乙女先生の家の近所に新しいのができて、見学の帰りに志忠屋に寄って、思案の結果ってわけ。わたしはタキさんとカウンターの中で聞いてただけだけどね。どうしても姥捨ての感覚が残っちゃうのよね」
「だろうね……オットット」
 注いだ麦茶が溢れそうになった。
「トコちゃんが言うの『介護ってがんばっちゃダメなんですよ。介護って道は長いデコボコ道なんです。がんばったら、介護って長い道は完走できません。この道は完走しなきゃ意味ないんですから。施設に入れるんじゃないんです。利用するんですよ。ね、先生』って……大橋さんもね、ご両親、施設に入れ……利用してらっしゃるの。知ってた、はるか?」
「……ううん」
 先生のコンニャク顔が浮かんだ。そういう事情とはなかなか結びつかない。
「あの人の早期退職もそのへんの事情があるのかもね……はるか」
「ん……?」
「お母さんのこと手に負えなくなったら、はるかもそうしていいからね」
 と、飲みかけのビールを置いた。
 そんな……と、思いつつ、ある意味、とっくに手に負えないんですけどね……と、麦茶を一気飲みした。
「ゲフ……」
麦茶でもゲップは出るんだ。

 ベッドに潜り込もうとしたら、メールの着メロ。

……元チチからだ!

『はるか 真田山学院高校演劇部物語・第14章』より
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高校ライトノベル・セレクト№6『キャリアのトコさん』

2012-09-28 14:38:45 | ライトノベルセレクト
ライトノベル・セレクト№6
『キャリアのトコさん』
   


「あら、映画行ったんじゃないの?」

 お皿を洗う手を止めて、お母さんが聞いた。
「うん、映画だと着替えて行かなきゃなんないし。たまにはお客さんで来ようって。ね、由香」
「こんにちは、おじゃまします」
 わたしは映画をやめて、由香を誘って、志忠屋へ初めて、お客としてやってきた。
「シチューは、もう切れてるけど日替わりやったらあるで。はい、おまち。本日のラストシチュー」
「ごめんね、わたしがラストのオーダーしてしもたから」

 キャリアっぽい女の人が、すまなさそうに言った。

「いいえ、わたしたち日替わりでいいですから」
「はい」
「アフターで、アイスミルクティーお願いします」
「このオバチャンやったら気ぃ使わんでええから」
「気ぃも、オバチャンも使わんといてくれます。」
 と、キャリアさん。
「紹介しとくわ、これがさっき噂してた文学賞のホンワカはるか」
「トモちゃんの娘さん? 今作品読ませてもろてたとこよ」
 もう、お母さんたら。ただの佳作なんだよ、佳作ゥ!
「で、ポニーテールのかいらしい子が、友だちの由香ちゃん。黒門市場の魚屋さんの子ぉ」
「ども……」
 
 カックンと二人そろって頭を下げる。
 もっと、きちんと挨拶しなきゃいけないんだけど、このキャリアさんはオーラがあって気後れしてしまう。 カウンターの中から「よろしく」って感じで、お母さんがキャリアさんに目配せ。

「この、オ……ネエサンは、大橋の教え子で叶豊子、さん」
「トコでええよ」
「大橋先生に習ってらっしゃったんですか?」
「うん、三年間クラブの顧問」
「昔から、あんなコンニャクだったんですか!?」
「プ、コンニャク!?」

 それから、しばらく大橋先生をサカナにして、五人はしゃべりまくった。
 昔は怖い先生だったようだ。部活中に引退した男子部員とケンカして二十八人いた部員が、ケンカし終わったら三人に減ってしまい、やけくそで書いた作品が近畿の二位まで、いったこと。気合いの入っていない稽古ではスリッパを飛ばしていたこと。字は今よりもヘタクソだったこと……など。いずれも今の先生からは「ヘー!?」と「ナルホド」であった。

「どうして、あの先生は、小汚いキャップを被ってるんですか?」
 わたしが聞く前に、由香に聞かれてしまった。
 わたしは、先回りして事情を説明した。
「ちょっと脚色しとるなあ」
 営業中の札を準備中に裏返して、タキさんは続けた。
「あれは、昔、棚橋いう連れと三人で自衛艦の見学にいったんや。ほんなら、棚橋が、船のナンバーと同じ百十六番目の客でな、その記念に棚橋が艦長さんからもらいよってな、それを欲しそうな顔してせしめよったんや」
「なんだ、じゃあ、友だちが死んだってのも……」
「そら、ほんまや。棚橋は、この店の初代のオーナーや。五年前に若死にしよってな。で、オレはこの店受け継いで……」
 しばしの沈黙のあと……。
「先生は帽子を受け継いだんですねぇ……」
 由香は、早手回しにロマンチストになっていた。
「じゃあ、ヤンキースのスタジャンは?」
「あれ、なかなかシブイですよね」
 お母さんが合いの手。
「あいつは、野球がキライやねん」
「ええ!」
 
 と、トコさんを除いた女三人

「阪神が優勝したときにね、この店でみんなで盛り上がって、先生一人ハミゴになってしもて」
 トコさんがクスクス笑いながら言った。
「ハミゴってなんですか?」
「ハミダシッ子いう意味」
 トコさんが、自ら翻訳してくれた。
「で、次来たときにはあれ着とった。シニカルなやっちゃ」
「ヤンキースファンなんて、まずいないでしょうからね」
 と、お母さん。しばらく、大橋先生の棚卸しは、終わらなかった。
 トコさんは、話しているうちに高校生みたくなってきて、というか、わたしたちが慣れちゃって、ちょっと上の先輩と話しているような気になって、メルアドの交換までしちゃった。
「うちの店で、買うてもろたら、サービスさせてもらいますよ」
 由香は、ちゃっかりお店の宣伝。店の写メまで見せてる。
「わ、大きなお店!」
「……の、隣です」
「ハハ、今度寄らせてもらうわ」
「まいど!」
「はるかちゃん、台本見せてくれる」
「はい、これです」
「わあ、ワープロや! 昔は先生の手書きやった」
「そら、読みにくかったやろ」
 タキさんが、チャチャを入れる。
「慣れたら、味のある字ぃですよ。わ、香盤表(こうばんひょう)と付け帳は昔のまんま」
「大橋、エクセルよう使わんもんなあ」
 後ろで、お母さんが笑ってる(お母さんもできないもんね)
「あ、はるかちゃんの、カオル役はお下げ髪やねんね」
「はい。それが?」
「先生、お下げにしとくように言わはれへんかった?」
「いいえ」
「昔、メガネかける役やったんやけど、一月前から度なしのメガネかけさせられたよ。役はカタチから入っていかなあかん言われて」
「そうや、はるか、お下げにしよ!」
 由香が調子づいた。
「うん、やってみよう。はるかのお下げなんて、小学校入学以来だもん!」
 お母さんまで、はしゃぎだした。
 あーあ、わたしはリカちゃん人形かよ……。
「はい、できあがり」
 と、お下げができたとき、トコさんのケータイが鳴った。
「……はい、分かりました。木村さんですね。すぐ行きます。ううん、ええんですよ。こういう仕事やねんか ら。ほんなら、また。あたし木曜日が公休で、月に二回ぐらい、ここにきてるさかい、また会いましょね」
 トコさんは、キャリアの顔に戻って、店を出て行った。

 かっこいい……。

 わたしの網膜には、しばらくトコさんの残像が残った。
「あいつも、損な性分や」
「トコさん、なにしてはるんですか?」
「理学療法士……のエキスパート」
「ああ、リハビリの介助やったりするんですよね?」
「あいつは、訪問で、リハビリもやって、病院勤務もやって、非常勤で理学療法の講師までこなしとる。今日も休みやねんけどな、ああやって言われると、救急車みたいにすっ飛んで行きよる。で、月に二度ほど、ここに来て毒を吐いていくいうわけや」
「今日は、あなたたちが毒消しになったわね」
 と、毒が言った。

『はるか 真田山学院高校演劇部物語・第13章』より
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高校ライトノベル・らいと古典・わたしの徒然草61『まじなひなり』

2012-09-27 08:01:39 | エッセー
わたしの徒然草61
『まじなひなり』
   

徒然草 第六十一段

 御産の時、甑落す事は、定まれる事にはあらず。御胞衣とどこほる時のまじなひなり。とどこおらせ給はねば、この事なし。
 下ざまより事起りて、させる本説なし。大原の里の甑を召すなり。古き宝蔵の絵に、賤しき人の子産みたる所に、甑落したるを書きたり。

 この段は、呪いについてである。
 兼好のオッチャンの時代は、お産にあたって、屋根の上から甑(こしき)をを落とし、安産のおまじないをしたそうで、その(甑)も大原産のものがいい。という話しである。 甑(こしき)とは、土器の蒸し器の事。底に穴が開いており、ここから蒸気を取り入れ上にふたをして米とか蒸した。

 どうやら、昔からのシキタリではなく、この時代、庶民の中で始まり、貴族社会にも浸透した、新しいお呪いである。有職故実(昔のシキタリ)にうるさい兼好のオッチャンには珍しいことである。

 で、今回は、お呪いについて語ることにする。
 お呪いの歴史は古く、旧石器の時代に抜歯や、前歯をノコギリ状に切れ込みを入れるもの、埋葬に当たっては、母胎の中の赤ちゃんと同じように、体を丸めて葬る屈葬をして、死者の生まれ変わりを願ったものあたりに始まりがある。魏志倭人伝の中にも、倭人は、魔よけに、入れ墨(お呪いとして)をしていたとある。
 清少納言も枕草子の中で、恋しい人の夢を見るためには、着物を裏返しに着て寝ればいいと書いている。

 今はどうなんだろう。
 子どもの頃は、怪我をしたら「ちちんぷいぷい」「痛いの痛いの、とんでけ~!」や、「えんがちょ」などが生きていた。『千と千尋の神隠し』でも、釜爺が千尋に「えんがちょ」を切ってやるシーンが出てくる。でも、今の子はやるんだろうか……。
 正月には、初夢で良い夢が見られるように、枕の下に見たい夢の絵を描いておいた記憶がある。
 前世紀には、コックリさんや、「愛国駅から幸福駅行きの切符」などが流行った。わたしも北海道の友人から、昭和六十二年二月一日付のそれをもらって、いまでも大事にしている。清明神社とおみやげ屋さんとがグッズの販売をめぐって争ったことも耳に新しく残っている。
 しかし、ごくローカルなものや、ほんの流行りとしてのものを除いて、お呪いというのは廃れてきているのではないだろうか。
『千と千尋の神隠し』の「えんがちょ」も意味が分からず、ネットの知恵袋で質問している人がいた。「ちちんぷいぷい」も珍しく懐かしいために、テレビのバラエティー番組のタイトルになっている。

 今は、お呪いは後退して、現実的な対処法が流行っている。結婚や就職は、神社などに願掛けに行くよりも、婚活、就活のセミナーなどが流行りである。一部のお呪いは人権上問題があるとされたりして廃れてしまった。まあ、時代の流れであると言えばそれまでであるが、なんだか生活上の潤いを失ってしまったと感じるのは、わたしだけであろうか。

 お呪いというのは、地域の中にコミュニティーが存在していて、年寄りから子供たちへ、子供たちの中でも、年長者から幼い者に伝達されてきたものである。
 だから、お呪いの廃れというのは、日本固有の地域社会が衰退してしまったことの現れではないかと思うのだが、いかがであろう。

 現代社会のお呪いにあたるものは、一見文化的、科学的である。
 たとえば、空気清浄機、空気清浄剤で清潔を保つという「お呪い」である。あれって、大腸菌などの常在菌まで殺してしまって、人間の耐性を落としている。
 携帯電話という神機がある。ここに、メールという「お呪い」が絶えず入ってくる。
――今、何してる?
――どこにいる?
――カラオケ行こうぜ!
いろんなお呪いが、入ってきて、人々は簡単に、このお呪いにかかってしまう。
――今、何してる?――特になにも――じゃ、遊びに行こう。
――どこにいる?――電車の中――じゃ帰りにコンビニで、あれ買ってきて。
――カラオケ行こうぜ!――行く行く(本当は気乗りがしていないのに)
 気弱な現代人は、携帯電話で、お互いにお呪いをかけて、縛りあっているように、わたしには思える。だから、わたしは、携帯電話を持たない。

 日本最大のお呪いは、日本国憲法である。と言ったらお叱りを受けるだろうか。
 日本の国の有りよう(The national polity)を無視して作られた憲法は、日本人の紐帯(結びつき)を崩してしまい。今や、日本の世帯人数は二人を割り込もうとしている。

『日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した』
人間相互の関係を支配する崇高な理想……ちちんぷいぷいから、叙情性と人肌の温もりを抜いたら、こんな言葉になるのであろう。
「ちちんぷいぷい」は、怪我をした子どもの周りに他の子達が集まって「大丈夫やよってに、泣かんとき」と癒しの言葉といっしょに出てくる温もりがあるが、前文は、政党のマニュフェストのように抽象的で温もりがない。
 平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して……に至っては、人類愛の極致であり、宗教の教義としては有効かもしれないが、最高法規としての憲法としては、お呪いとしか言いようがない。
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高校ライトノベル・セレクト№5『親の離婚から二カ月』

2012-09-26 16:20:57 | 小説
ライトノベル・セレクト№5
『親の離婚から二カ月』
   


……わたしは、アルバイトを思い立った。

 それから、しばらく『すみれ』の話と、始まったばかりだけど、密度の高い稽古の話をした。思わぬ長話になった、ココアの窓ぎわで正解。

 栄恵ちゃんも、最初は恐縮ばっかりしていたけど。だんだんノってきてた。
「あたしもできるだけ早く復帰しますね」
「無理しなくっていいよ。そりゃ、戻ってきては欲しいけど、バイトもきついんでしょ?」
「最初はきつかったけど、慣れたら楽しいこともありますよ。それに稼いだお金、全部家に入れるわけやないし、月一ぐらいやったら、ちょっとしたゼイタクできますよ。お買い物したり、ライブに行ったり。だいいち、ケータイ代やら、パケット代気にせんですみますし。そのうちシフト変えてもろて、週三日はクラブ行けるようにします」
「時給いくら……?」
「七百五十円です」
 一日四時間、週に四日働くとして、月に五万は稼げる!
 数学は苦手だけども、こういう計算は早い。

 わたしの頭の中で、ZOOMERが走り、コロンブスの玉子が立った……。


「だめ!」
 パンプスを蹴飛ばすように脱ぎながら、お母さんは宣告した。
 あおりを受けて、わたしのローファーがすっとんだ。

 くだくだしく言っては、言いそびれるか、出鼻をくじかれるか。
 風呂上がり、玄関の上がりがまちでお母さんを待ち受けていた。
 そしてドアが開くやいなや「バイトやる!」と、正面から打ち込んだ。
「だって、みんなやってるよ!」
「いつから、DM人間になったのよ」
「DM?」
「DAって、MIんなやってるもん。の、DM。自主性のない甘ったれたダイレクトメールみたいな常套句」
サマージャケットを放り出す。
「だって……でもさ、わたしがバイトして、少しでも稼いだら、お母さんだって楽になるじゃん」
 神戸のページを開いた旅行案内を投げ出した。
 ブワーっと、エアコンが唸りだした。
 おかあさんが「強風」にしたのだ。室外機の唸りが部屋の中まで聞こえる。
「どんな風に楽にしてくれるわけ?」
 エアコンの吹き出し口の下で、タンクトップをパカパカさせて、胸に風を入れる。
「その分さ、お母さんパートの時間減らせるでしょ、そしたら、その分原稿だって書けるじゃない」
「余計なお世話」
「でも、お母さん、ス……」
「スランプだって、心配してくれるわけ」
「ス……隙間のない生活でしょ。家のことやって、パートに出て、本も書かなきゃなんないし……」
「わたしはこのリズムがいいの。はるか……なんか企んでる?」
「う、ううん」
「あ、ビール冷やすの忘れてた」

 チッっと舌を鳴らして、缶ビールを冷凍庫に放り込むお母さん。

「だからさ……」
「なに企んでるか知らないけど、後にして。とりあえずもう一度、だめ!」
 首を切るように、手をひらめかせて、お風呂に入った。
 わたしは、もともと親にオネダリなんかしない子だった。やり方が分からない。そうだ由香に聞いてみよう!

「バイト……なんかワケあり?」
「うーん……そうなんだけどね」
「それやねんやったら、正直にわけ言うて、正面からいくしかないやろなあ。小細工の通じる人やないと思うよ、一回しか会うたことないけど。で、わけて何?」
「言えたら、言ってるよ」
「秘密の多い女やなあ」
「で、そっちはどうよ?」
 矛先を変えた。
「言えたら……」
「なによ、そっちも」
「言うたげるわ、まだまだワンノブゼムや!」
「そうなんだ」

……今の、冷たく感じたかなあ。

「吉川先輩の心には、確実に坂東はるかが住んでる!」
「あの……」
「この鈍感オンナ!」
 プツンと音がして、ケータイが切れた。「鈍感オンナ」はないだろう……。

「ビールまだ冷えてないじゃん……!」
 バトルの再開。
「氷でも入れたら」
 これがやぶ蛇だった。
「それって、高校生がバイトやるようなもんよ」
「え、なんで?」
「働くなんて、いつでもできる。ってか、嫌でも働かなきゃなんない。高校時代って、一回ぽっきりなんだよ。それをバイトに時間とられてさ、氷入れたビールみたいに水っぽくすることは許しません。部活とか恋とかあるでしょうが、高校時代でなきゃできないことが。ね、やることいっぱい。ビールは冷たく、青春は熱く!(ここでビールを飲み干した)生ぬるいのはいけません」

 わたしの人生って、そんなに生ぬるくないんですけどね……ZOOMERは土手から転げ落ち、コロンブスの玉子はこけた。

 『はるか 真田山学院高校演劇部物語・第12章』より
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高校ライトノベル・セレクト№5『二度目のデート』

2012-09-24 15:43:02 | 小説
ライトノベル・セレクト№5
『二度目のデート』
   


 それから二日。
 テストの前日だったので、学校は午前中でおしまい。
 由香は、未提出の課題があるので、教室に残っている。待っていても、かえって邪魔になるだろうと思い、先に帰ることにした。
 上履きを、下足のローファーに履き替えて、頭を上げると、吉川先輩が立っていた。
「テスト前で悪いんだけどサ、ちょっとつき合ってくれないかなあ」
「ええ……いいですよ」

 と、答えた二十分後。わたしたちは天王寺公園に来ていた。
 正確には、天王寺公園の奥にある市立美術館のさらに裏にある「慶沢園」

「ウワアー……こんなところがあるんだ!」
 広大な回遊式日本庭園であることぐらいは、わたしの知識でも分かった。
 つい二三分前まで、天王寺駅前の、ロータリーや空中回廊のような歩道橋。そこに繋がる、JRや私鉄、地下鉄の出入り口、百貨店、ファーストフードなどから吐き出されてくる群衆と、その喧噪の中にいたとは思えない。
 東京でいえば、渋谷の駅前から、いきなり明治神宮の御苑に来たようなもんだ。

「もう一週間も早ければ、花菖蒲がきれいに咲いていたんだけどサ。今は、クチナシとか睡蓮くらいのもんかな」
「なんで、こんな所があるんですか?」
 直球すぎて、間の抜けた質問。
「ここは、元は住友財閥の本宅があって、この庭園は付属の庭」
「これが付属……」
「昭和になって、住友家から大阪市に寄贈されたんだ」
「へー……」
 間の抜けたまま、ため息をついた。
「オレ、そういう間の抜けた感動するはるかって好きだぜ」
 誉め言葉なんだろうけど、「感動」の前の修飾語は余計だ。

 回遊しながら、慶沢園のあれこれを説明してくれる。ネットで検索した通りなんだろうけど、ここまでさりげなくやると、もう芸の域。
「舟着き石のむこうが、舟形石、海を見立てた……」
 見立てたところで子ども達の一群が駆けてきた。
「キャハハ」
「おっと……」
 先輩が一瞬遅れ、よけそこなって転んでしまった。
「ごめんなさいね」
 かなたで謝りながら、子供たちを追いかける保育士らしきオネエサンの姿。
 先輩のカバンの口が開いて、中味がぶちまけられている。
 こんなシュチエーション、前にもあったなあ……そう思いながら中味を集める。
 ふと、運転免許証が目に入った……!?
 ふんだくるようにしてソレをカバンにしまう先輩。
「行こうか」
 怒ったように、さっさと歩き出した。

 行き着いた先に四阿(あずまや)があった。
 教室二つ分ほどの広さで、先客は、オバチャンのグループが一組、池を向いた窓ぎわに席を占めていた。
 わたしたちは、反対側の窓辺に席をとった。

「免許証見た……?」
「え、あ……ううん」
「見たんだ……」
 わたしのウソはすぐにバレてしまう。
「ゲンチャリじゃなっかた……ですよね」
「堂々たる、普通免許。去年の夏休みにとった。オレって四月生まれだから」
「生年月日……見えてしまいました」
「車は、横浜のばあちゃんとこに置いてある。たまに戻ったときに乗ってる。腕が鈍るからな。オレはだれかさんとちがって走り屋志望じゃない。車は移動の手段。で、その手段は、さらに大きな人生の目標の手段でしかない」
「走るだけが目的じゃダメなんですか!?」
「最初は、それでいい。世界が変わるもんな」
「じゃあ」
「世界が変わったら、次は自分がどう変わるかだ。そう思わない?」
「う、うん……」

 庭の木々が、何かの前触れのように、サワっとそよいだ。

「どこから話そうか……」
「え?」
「オレって人間、説明がちょっとむつかしい……とりあえず年齢からな」
「なにか、病気でも……?」
「だったら説明は早いんだけど。オレ高校は二校目なんだ。最初の高校は半年で辞めちまった」
「イジメですか……?」
「オレ、軽音に入ってたんだ。そこで目立ち過ぎちゃってサ」
「うちの軽音には入ってませんよね?」
「うちの軽音は、ただの仲良しグル-プ。まあ、どこの学校も似たり寄ったりだけどな。オレ、こんなこと勉強してんだ」
 手帳になにやら書き出した。

「S○X」
 差し出されたページにはそう書いてあった。
「さあ、SとXの間には何が入るでしょう」
 一瞬、口縄坂のことが頭をよぎり、赤くなる。
「バカ、アルファベットの一番目」
「一番目って、A……SAX……サックス?」
「アルトサックス。目標はナベサダ」
「阿部定!?」
 ハンパな文学少女は、似て非なる者を連想し、少し引いてしまった。運良く先輩は、単なる驚きと受け止めてくれたようだ。
「伯父さん、ボストンで、日本料理屋やってんだ。元はNOZOMIプロってとこでプロデューサーやってたんだけどね。趣味が高じて、料理屋。そこで働いて、バークリー音楽大学に入れたらなあって……本気で考えてんだぜ」
 よくは分からないけど、なんだかすごいことを考えていることだけは分かった。
「この免許も、向こうへ行って仕事するためなんだ」
「え、日本の免許証でいけるの?」
「んなわけないだろ。最初は国際免許。でも、それだと一年で切れてしまうから、むこうで、免許取り直す」
「すごいんだ……」
「ほら、あそこに竜の頭の形した石があるだろ」
「え、どこ?」
「ほら、あそこ」
 頭をねじ曲げられた。
「あ、ほんとだ。フフ、受け口の竜だ」
「あれ、竜頭石っていうんだ。で、その奥が竜尾石。その間のサツキの群れが胴体になってる。雲を飲み込んで空に舞い上がろうとしてるみたいだろう」
「なるほど……」
「案外だれも気がつかないんだ。オレのお気に入り」
 これもネット検索……?

「オレは、ああいう人目につかない竜でいたい」
「竜……(ちょっとキザ)」
「なんてね……」

「やあ、オニイチャン、今日はアベックか?」
 オバチャンの集団の一人が、陽気に声をかけてきた。
「あ、どうも。こんにちは……」
「あんた、若い人のジャマしたらあかんがな」
 もう一人のオバチャンがたしなめる。いっせいに全員のオバチャンがこちらにニンマリとごあいさつ。
「……行こうか」

 大池の前までもどった。
「ここには、何度もきてるんですね」
「ああ、サックスのレッスンに行く前とかね」
 にわか勉強のネット検索ではないようだ。
 先輩が、豆粒ほどの小石を池に投げ込んだ。
 小さな波紋が大きく広がっていく。
 アマガエルが驚いて、池に飛び込んだ

「ねねちゃん……クラブには戻らないぜ」
「話してくれたんですね」
「ねねちゃんは、仲良しクラブがいいんだ」
「え?」
「あんな専門的にやられちゃうと、引いちゃうんだって。分かるよ、そういう気持ちは。しょせんクラブなんて、そんなもんだ」
「そんなもん?」
「そうだよ、放課後の二時間足らずで、なにができるってもんじゃない。しょせんは演劇ごっこ。あ、悪い意味じゃないぜ。学校のクラブってそれでいいんだと思う。前の学校じゃ、それ誤解して失敗したからな。で、分かったんだ。クラブは楽しむところだって。もし、本気でやりたかったら、外で専門的なレッスン受けた方がいい。だから、オレは外で専門にやっている。はるかだって本気じゃないんだろ?」
「え?」
「だって、まだ入部届も出してないんだろ」
「それはね、説明できないけど、いろいろあるんです」
「はるかはさ、芝居よりも文学に向いてんじゃない?」
「文学に?」
「うん、A書房のエッセー募集にノミネートされるんだもん。あれ、三千六百人が応募してたんだろ」
「三千六百人!?」
「なんだ、知らなかったのか」
「うん……」
「十人しかノミネートされてないから、三百六十分の一。これって才能だよ」
 言われて悪い気はしなかったけど、作品も読まずに、ただ数字だけで評価されるのは、違和感があった。
「作品読ませてくれよ」
「うん……賞がとれたら」
 タマちゃん先輩のときと同じ返事をした。
「オレ、大橋サンて人には、少し眉唾なとこを感じる」
「どうして?」
「検索したら、いろんなことが出てきたけど。売れない本と、中高生の上演記録がほとんど。受賞歴も見たとこ無いみたい。専門的な劇団とか、養成所出た形跡もないし、高校も早期退職。劇作家としても二線……三線級ってとこ」
「でも、熱心な先生ですよ」
「そこが曲者。オレは、教師時代の見果てぬちっぽけな夢を、はるかたちを手足に使って実現しようとしているだけに見える」
「見果てぬ夢?」
「見果てぬちっぽけな夢」
「それって……」
「あの人、現役時代に近畿大会の二位までいってるんだ」
「へえ、そうなんだ!」
「おいおい、感心なんかすんなよ。言っちゃなんだけど、たかが高校演劇。その中で勝ったって……それも近畿で二位程度じゃな。それであの人は、真田山の演劇部を使って、あわよくば全国大会に出したい。ま、その程度のオタクだと思う」
「……オタク」
 頭の中が、スクランブルになってきた。

「オレたち、つき合わないか……」

「え……」
「お互い、東京と横浜から、大阪くんだりまでオチてきた身。なんか、支え合えるような気がしてサ」
 池の面をさざ波立てて、ザワっと風が吹いた。

 思いもかけず冷たいと感じた。

「わたし、東京のことはみんな捨ててきたから……」
「え?」
 わたしの心は、そのときの空模様のように曇り始めた。にわか雨の予感。
「ごめんなさい、わたし帰る。テスト前だし」
「おい……つきあってくれるんだろ?」
「お付き合いは……ワンノブゼムってことで」
「ああ、もちろんそれで……」
 あとの言葉は、降り出した雨音と、早足で歩いた距離のために聞こえなかった。
 背後で、折りたたみ傘を広げて追いかけてくる先輩の気配がしたが、雨宿りのために出口に殺到した子供たち(さっきの)のためにさえぎられたようで、すぐに消えてしまった。


『はるか 真田山学院高校演劇部物語・第10章』より
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高校ライトノベル・セレクト№4『親の離婚から一カ月』

2012-09-22 16:13:44 | ライトノベルセレクト
ライトノベル・セレクト№4
『親の離婚から一カ月』
   


「はるか、何やってんのよ?」
 
 母上が動かしていた手を止めた。
「役作りよ、役作り」
「ああ、お芝居の中で、ダルマサンガコロンダをやるんだ……」
「あのね」
「じゃなかったら、風呂上がりのドロボウさん?」
「違うよ。美少女アンドロイドよ、美少女!」
「アンドロイド。で、美少女……アハハハ」
「そうゲラゲラ笑うことないでしょ!」
 わたしは、役作りを中断してスポーツドリンクを取りに行った。
「そう、ゲラゲラ、ゲラよ……あ、お母さんにもちょうだい」
「なによ、忙しい人ね。笑ったと思ったら、もう落ち込み? ソ-ウツだよソーウツ」
 グラスを渡しながら、母上の手許を見るとゲラ刷りの束。

 お母さん、原稿こそはパソコンだけど、校正は一度紙にしないとおさまらない。受賞したころは、まだアナログな原稿用紙だったから、その名残ってか、験担ぎ。パソコンに打ち直した後は紙くずになるんだけどね。

「ああ、ゲラか……」
「そう、著者校正」
「もうできてんじゃないの?」
「なんだけどね、なんだか今イチ……これかなあって言葉使っても、時間置いて読むと、しっくりこない。表現を変えると、ただ長ったらしい文章になるだけ。思い悩んでるうちに、これだって思っていたものが、いつの間にかドライアイスみたく、消えて無くなっちゃう……ああ、スランプ!」
「簡単に言わないでよね。このために離婚までしたんでしょ」
「グサ!」
 お母さんはテーブルに突っ伏した……ちょっと言い過ぎたかな。
「……お母さん?」
「そっちこそ、簡単に言わないでよね。このために離婚したのか、離婚したためにここまでやってるのか、二択で答えられるようなことじゃないわよ」
「それって……」

 開き直り……という言葉を飲み込んだ。

「だめねえ、はるかに八つ当たりするようじゃ坂東友子も、たそがれか……」
 バサリ……とゲラの束をテーブルに投げ出した。
 勢いで半分ほどが床に落ちて、散らばった。
「勝手にたそがれないでよね……」
「はいはい……」

 ノロノロとゲラを拾い集める。

「はいは、一回だけ……って、お母さん言ったよ、小さい頃」
「はーい」
「もう……」

 ノロノロとわたしも手伝う。

 ゴツンと音をたてて、二人の頭がぶつかった。
「イテテ……」
 ぶつかり具合なのか、お母さんはケロッとしている。
「大丈夫?」
 人ごとのように聞く。中も外も頭は鈍感なようだ。
「たんこぶができたよ」
「どれどれ……ああ、たいしたことないよ」
 頭に、なにか生ぬるいものを感じた。
「なにしたの?」
「ツバつけといた」
「やだあ、お風呂はいったばかりなんだよ」
「効くんだよ、小さい頃よくやったげた……イタイノ、イタイノ飛んでけえ~」
 と、頭をナデナデ。
 少しだけホンワカした。

「今日、帰ってくるの遅かったけど、デート?」

 こういうことには鋭い。
「ち、ちがうよ」
 反射的にそう言ってしまう。
「だって、今日のお芝居マチネーでしょ。三時には終わってるよ。ブレヒトの『肝っ玉お母とその子供たち』だよね」
「なんで知ってんの!?」
「そこにパンフ置いたまんま」
「あ……」
「まあ、今時ブレヒトでデート、ありえないこともないけど。わたしは、お芝居観た後の待ち合わせだと思うなあ。はるか、ブレヒトの本にしおりはさんだまんま。大橋さんに借りたんでしょ。今はお芝居に首っ丈、アベックで観てたら芝居どころじゃないもんね」
「待ち合わせてたわけじゃないよ……!」
「やっぱしね」

……ひっかかってしまった。

「お相手は、吉川裕也クンかなあ?」
 名前を言い当てられて、なぜだか口縄坂の三階建てが頭に浮かんで、顔が赤らむ。
「な、なにも変なことはしてないわよ」
 なんて答えをするんだ……。
「怪しげなとこ行ってないでしょうね?」
 謎を解き始めた名探偵のように、赤ボールペンを指先でクルリとまわした。
 仕方ないや。わたしは正直に答えた……三階建てに、ビックリしたことを除いて。


『はるか 真田山学院高校演劇部物語・第8章』より

 
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小規模演劇部用戯曲脚本台本『I WANT YOU!』

2012-09-21 17:56:15 | 戯曲

小規模演劇部用戯曲脚本台本

I WANT YOU!



上演される場合は下記までご連絡ください。
【作者情報】《作者名》大橋むつお《住所》〒581-0866 大阪府八尾市東山本新町6-5-2
《電算通信》oh-kyoko@mercury.sannet.ne.jp


時      現代
所      埼京線のとある駅近く
登場人物   Aタバコ屋の婆さん・ B地上げ屋の三太にその他・C幽霊の女学生


幕開くと、役者A.B.Cが平伏している。拍子木が入り三人の口上。

A 東西、東西(とざい、と~ざい) 一座高うはござりますが、口上なもって申し上げます。
まずは御見物いずれも様に御尊顔を拝したてまつり、恐悦しごくに存じたてまつります。
いつにも増してのご贔屓、ご来場、一同、厚く厚く御礼申し上げまする。
ここもと、これよりご覧に供しまするは、
我○○高校演劇部(劇団)一同が、心血そ注ぎ仕立てましたる、
粗忽狂言、歌舞伎、新派、新劇、吉本もどき。
題しまして『アイ、ウォンチュー!』けして、ビートルズ、AKB48には関わりございませぬ。
埼京線の、とある駅下車。徒歩二分三十秒あたりに住まいいたしまする、不動都子婆さん……
不肖わたくしが演じまする。と……。
B 不肖わたくしが演じまする、地上げ屋の三太にその他。
C 同じく、不肖わたくしが演じまするところの、のぶ。
A 揃いましたる三名、猫の額ほどの土地をめぐりましての悲喜こもごもの物語。
もとより、未熟若輩、零細絶滅危惧種の我ら、お見苦しきところ、お聞き苦しきところ行き届かぬ所、
多々ござりましょうが、三名、お芝居の初一念に立ち戻りまして、
お開きまで一所懸命にあいつとめますれば、
ご来場の皆々様も、暖かき育みのお心にてご高覧賜りまするよう。隅から隅まで、ずず、ずいっと!
B (拍子木をチョン)
C 御願い(おんねがい)あ~げ……。
三人 たてまつりまする……。

三人平伏。B突如暴走族になり、けたたましく爆音を叫びながら舞台を走る。

B ブロロロロ――!! パッパラパッパラパッパラパー!! ブロロロロ―!! 
パッパッパラパッパラパッパラパー!!(下手にはける。Cは上手にはけている)
A パッパラパーは、てめえのドタマだ! ほんとにむかっ腹のたつ暴走族だよ。
所轄の警察は何やってんだろうね。
C (上手端に立ち)ドデスカデーン、ドデスカデーン、ドデスカデーン……。
B (下手端に立ち)ドカドカドン、ドカドカドン、ドカドカドン……。
A ああ、最終の快速が大宮行きの普通を追い越しちまった。そろそろ店じまいしようかね.
(無対象で店じまいをする。その間、BCは街の雑踏を表現する)
BC チーンジャラジャラ、チーンジャラジャラ、三番台さま目出度く大出血のお上がりでございます。
チャララ~ララ、チャラララララ~……ピーポー、ピーポー、ピーポー……
ブロロロロ―、ブロロロロ―……ドデスカデーン、ドデスカデーン、ドデスカデーン
(Aが最後に雨戸を閉めると、街の喧噪はピタリと止む)
A さあ、メシ喰って、風呂入って寝るとしようか……あ、その前にノブちゃんに
(数珠をを出し仏壇の前に、同時にBが雨戸を叩く)タバコだったらよそいって、回覧板だったら、
そこ置いといて。郵便受けの上……なんだってんだよ、とっくに店じまいしたってのに……はいはい、
今開けますよ。開けますったら(雨戸を開ける)
B ドデスカデーン、ドデスカ……どうですか、ここんとこ?
A あんた、だれだよ?
B あ、わたくし、こういう……ブロロロロ―……不動都子さん……チーンジャラジャラ……。
A あんた、効果やんのか台詞しゃべんのか、どっちかにしなさいよ。
B では、以下効果を略させていただきます。わたくし、こういう者でございます。
A ……なに、ゴクドウ地所ヤクザフトシ?
B いえ、石道地所、屋久三太。屋久、三太。三でお切りにならずに、屋久と三太を素直にお切りいただいて……。
A どうせ、あたしゃ素直じゃありませんよ。で、その時期はずれのサンタがなんの用だい?
B 実は、お婆ちゃんが所有していらっしゃる、この十五坪の土地のことで……。
A あ、あんた地上げ屋!?
B 人聞きの悪い。都市開発事業でございますよ。
A それを日本語に訳したら地上げ屋になるんだろ? 今時珍しいじゃないのさ。
そうだ、この雨戸にサインしてちょうだいよ、地上げ屋ゴクドウ地所ヤクザフトシ参上ってさ。
テレビのバラエティーが取材にくるかもよ。ほれ、油性ペン。
なんなら、スプレー塗料でも持ってこようか?
B ご冗談を、それに何度も申し上げて恐縮ですが石道地所の屋久三太でございますんで。
まあ立ち話もなんでございますから(中に入ろうとする)
A あっ!(あらぬ方角を指差して、その間に、音高く戸を閉める)ガラガラ、ピッシャーン!
B (気づいて振り返ったところを閉められたので、鼻先を戸に挟まれる)ギャー! 
お婆ちゃん、これはちとひどい……。
A 無理矢理入ろうとするからだよ。なんだよそんなにひどいのかい?
B いえ、ちょいと腫れただけですから。今日のとこはこれで。また出直しますです……イテテテ。
A 待ちなよ。そのまま帰したら後生が悪い、薬つけたげよう。
B いえ、わたし近所ですから……。
A いいから、お入り!(Bをひっぱりこみ、戸を閉める)土地やら、セールスの話はごめんだけどね、
怪我してる者は放っちゃおけないよ。ほら、手をどけなって……あらら~どえらく腫れちまったね。
B 笑い事じゃないですよ。
A ハハ、いま治してあげるからね(救急箱を開ける)
これでも女学校のころは、学徒動員で従軍看護婦の真似事やってたからね、このくらいのものは……。
B 治りますか?
A えい!(腫れた鼻を引きちぎる。悶絶するB)何を気の弱い! 
戦地の兵隊さんのことを思ったら、こんなものかすり傷だよ!
B だ、だって、ヒィー……。
A さあ、あとは、こうやって薬を塗って、絆創膏貼っときゃ十分よ。
B くそう、こうなったら、オレも意地だ。婆ちゃん、土地……。
A の、話だったらご免だよ。
B だけど、お婆ちゃん。ここの町内、みんなうちに土地売って、もう婆ちゃんのとこだけなんだよ。
A よそ様は、よそ様。ウチはウチだよ。
B そのよそ様が、足並み揃えて出ていくのは、みんなうちの条件がいいからなんだぜ。
ほんとに石道地所は良心的に……。
A ゴクドウに良心も正義もあるもんか。
B ゴクドウじゃないよ。石の道と書いてイシミチって読むんだよ!
A 同じ事だよ。お前達みたいな地上げ屋小僧は、みんなヤクザのゴクドウだよ!
B あのねえ……。
A ガタガタ言ってたら、残った鼻もへし折っちまうよ! 
これでも、女学校じゃ、長刀、合気道一番の腕だったんだからね……キエー!!
B ヒエー!(と、退散)
A 根性無し! そうだノブちゃんのこと忘れてた
(数珠を取り出し、念仏を唱える。幽霊のノブちゃんが現れる)
C ……今晩は……今夜はちょっと遅かったじゃないのよさ、ミヤちゃん。
A ごめんね、今、地上げ屋小僧が来ちゃってね。その相手してたら、ちょっと遅くなっちまって。
ほんとにご免よ。
C うん、決まった時間にお経唱えてもらわないと、あたし成仏できないから。
A あと何回?
C 今ので、九万九千九百九十八・五。
A なによ、その八・五ってのは?
C 今日のは遅かったから、効き目半分。
A けちんぼ。
C 決まりだから、仕方ないわよ。
A そうか、しかしいよいよあと一・五回で成仏できるんだねえ。
C 長いことありがとう。
A ほんとに、あんたは生きてるころから、面倒のかけどうしだったわね。
C ほんとにねえ……。
A 遠足に行ったら、お弁当落っことすし、宿題は良く忘れる。学徒動員じゃ、
いつまでたっても包帯も巻けなくって。そのばんたびにあたしが世話してあげて、そのあげくが……。
C もう言わないでよ。
A 言わせてもらうわよ。忘れもしない三月十日の大空襲。
最初はきちんと避難したのに、ノブちゃん、食べかけのお饅頭とりにもどっちゃって……。
C ほんとにね……でも、あの前の日に砂糖の特配があったじゃない。
A 忘れもしないわよ。ノブちゃんがやり残した作業やって、あたし配給に間に合わなかったんだから。
C だからね、だからね……あたしね……。
A なによ?
C は~(ため息)
A なんなのよ?
C それがね……。
A ああ、もうじれったい。あんたのことでしょうがね!?
C あのお饅頭ね……とても甘くておいしくできたのよね……。
A ノブちゃん、食い意地だけは十人前だったもんね。
C そんな、ひどいわ。
A だって、たかが饅頭で命落とすことないでしょうが!
C あのお饅頭ね……とても甘くておいしく……。
A 何度も言うんじゃないわよ……泣かないでよね、幽霊のくせして!
C だって、幽霊が笑ったらおかしいじゃない。
A あのね……!
C 怖いよ、ミヤちゃん。
A 幽霊が生きてる人間怖がってどうするんだよ!
C これはね、言わないままで成仏しようと思っていたんだけどね。
A 言っちまいなよ。
C やっぱ、やめとく……。
A 絞め殺すぞ!
C 死ぬう……。
A とっくに死んでるわよさ。
C あのね、あのお饅頭ね……とて甘くてもおいしく……。
A その次!
C ミヤちゃんに食べさせてあげたくって。
だって、あの日、工場から帰るときミヤちゃん、お腹ならしてたでしょ。
A ノブちゃん……。
C でね、あたし取りに戻ったの。でもね、戻ったら、横丁まで火が回りかけていて足がすくんじゃって。
でね、ミヤちゃんには悪いけど諦めようと思ったの。
A それで間に合わなかったの……。
C ううん、まだ間に合ったのよ。警防団のおじさんが声をかけてくれた。そのおじさんは間に合ったもの。
A それじゃあ……。
C そのあと、わたしんちにも火が回ってきて……。
A どうして、そのとき逃げなかったのよさ!?
C お饅頭が焼けるいい匂いがしてきちゃってさ……。
A は……?
C それで間に合わなくなっちゃってさ……。
A それで、成仏できないってか!?
C うん!
A あんたらしいわ……感動しかけて損しちゃったよ。
C あたし、ミヤちゃんには、本当に感謝してんのよ。
A ノブちゃん。あんたほんとに十万回のお念仏で成仏できんでしょうね?
C うん、閻魔さんがそう言ってたもん。
A お前は、友だちに十万回の念仏唱えてもらわんと、死人の資格も無いって?
C うん。そうじゃないと「お前は、未来永劫この地上を中途半端な霊体でさまよわなきゃならん!」てね。
A そう。じゃあもう一・五回がんばらせてもらうわ。
C ありがとう、じゃあ、これで。
A あら、もう時間なの?
C 明日、またよろしくね。さようなら~……。
A 頼りない子だねえ……しかし、これも縁。腐れ縁だけどね
(手許のベビースポットのスイッチを入れ、しみじみ唄う)
なんせ人手がないもんですからね照明だって自分でやんなきゃなんない……
(唄う)孤独のともしび~ 積む白雪~ 思えば~ いととし~ この年月~今こそ別れめ~……
たまんないよ……ハーックション! 背中がゾクゾクしちゃうよ。
風邪かね、風呂入って寝よう。あちち消したては熱い。
ほんと少人数演劇部は辛いねえ……(切ったベビスポを持って上手に去る)
B コケコッコー……と、今時の都会には珍しくもない欺瞞的な朝がやってきました。
現代社会の忙しさ、毎日の朝に欺瞞もへったくれもあったものじゃございません。
しかし、ここにはセカセカとしながらもどこか昭和の時間が流れる、この界隈。
懐かしの欺瞞もちゃんとヒュ-マンなレーゾンデートル。
つまりアイデンティティー、つまりは存在意義を持っているのでございます。
しかし欺瞞的でも、いや欺瞞的であらばこその人間臭さ。腐っても朝。賞味期限切れでも朝。
全ての始まり。婆あの終わり……トントントン、お早うございます。お婆ちゃん。
不動さん、不動都子さん!
A お早う!(背後に立っている)
B ワッ! なんだ、もう起きてらっしゃったんですか?
A 年寄りの朝は早いんだ。お前さん達のような欺瞞的な朝とは出来がちがうんだよ。
B アハハ、聞いてらっしゃったんですか。
A アハハ、やってくれちゃったんですね。
B ハ?
A ハじゃないよ、一夜のうちにこの町はゴーストタウン。猫の子一匹いやしないよ。
B そうですか、ご町内の慰安旅行かなんか……。
A 慰安旅行に猫まで行くか! 
おまけに黄色いヘルメット被ったオッサンたちがフェンスおっ立てる用意してんじゃないよ。
B ハッハッハッハ、それは手回しのよい。さすが石道地所お出入りの畦道工務店。
A やっぱり!
B しっかり、そうですよ。この町一帯は、全て夕べのうちに我が石道地所の所有地になったんですよ。
この十五坪を除いてね……ねえ、お婆ちゃん。
もうお馴染みの町内の人間はどこにも居らっしゃらないんですよ。
八百屋の重さんも、もんじゃ焼きの滝川さんも。
ゴミの収集日を間違えて、いつもお婆ちゃんに叱られていた福田の嫁さんも。
角ののカオルちゃんも、そこの電柱にいつもオシッコひっかけていたポチも……みいんないません。
寂しい町だあ……ねっ。
A ハッハッハッハ! そんなことで音をあげる都子婆さんだと思っていたのかい。
いいかい、名前のとおり心は不動、住んでるとこが都なんだよ! 
てめえみたいな駆けだしの地上げ屋小僧にビビって出て行くタマじゃないんだよ!
B まあ、そんなにとんがらないで。坪二百万出しますから。しめて三千万。どうですか!?
A 何の話かね?
B だから、坪二百万。しめて三千万で、うちがここを引き取らせてもらって……。
A あたしゃ、ここは出てかないからね。
B しかしねえ、ご町内みんないないんですよ。
なにかあったって言っていくところもないですよ。寂しいなあ……。
A 町内のやつらとはハンチクな付き合いしかなかったから、痛くもかゆくもないよ。
ほら、じゃまじゃま。店開けるじゃまなんだよ。
B 店開けたって、誰も買いににきやしないよ。しませんよ。ねえ、お婆ちゃん。
A かまやしないよ。店開けんのが、おまえさんの言葉じゃないけど、
あたしのアイデンティティー、レーゾンデートルなんだよ。
B タバコ屋の売り上げ無くなったらこまるでしょ。
A 爺さんの軍人恩給と年金で喰っていけるよ。
B でも、夜中に病気にでもなったらどうすんだよ。たちまち困っちまうでしょうが。
A 倒れたときが寿命だって達観してるよ。
あたしらは、そこらの団子だか団塊のガキンチョとはできが違うんだ。
戦地にこそ出なかったけど、あの大東亜戦争を女子挺身隊で、命張ってきた女だよ。
爆弾の音聞いただけでどこに落ちるか見当のついた女学生の生き残りだよ、
自分の命の落ちどころぐらい見当つかなくってどうするんだい。
B え、そんなの分かんのかい?
A 分かっているから、こうやってお天道様おがんでんだよ。
おまえさんたち、爆弾てのはヒュ-、ドカンだと思ってるだろ。ありゃあ、遠くに落ちる爆弾なんだよ。
自分ところに落ちてくる爆弾は、ゴー、シュシュシューって機関車みたいな音がするんだ。
もっともその音を聞いた人間はたいがいおっ死んじまってるけどね。
その音聞いて生きてんだからね、ただの婆あじゃないよ。
なんならおまいさんの命の落ちどころ聞いてやろうかい?(水を撒く)
B おっと、じゃあこっちの落としどころだ、二百五十でどうだい。
A なにい?
B じゃ、二百七十!
A ピシャリ(戸を閉める)
B じゃ、二百八十!
A (タバコ売りの窓から顔を出し)オタンコナス!
B ええい、ぎりぎり、かつかつのとこで二百九十。どうだ!
A オオバカヤロウのドスカタン! ピシャリ!
B あ、あのなあ、婆さん。
A そこ、壁だよ(Bあわてて、壁の外へ。Aは朝食の用意をする)
B ドンドンドン! 婆さん! ドンドンドン! くそ(上手に退場し、再び靴を脱いでAの前に現れる)
A わ! どこから入ってきたんだよ!?
B 裏口が開いてたからさ。
A これだから無対象は困っちまう。ま、そこにお座りな(Bにもご飯をよそってやる)おあがり。
B あ、おれ、朝は食わないんで。
A いっしょに食べなきゃ口きかないよ。ここはあたしの家なんだから。
B わ、わかったよ……ムシャムシャ……
A よしよし、それでいいんだよ。ポリポリ……
B ところで、都子婆ちゃん……ん、これはなんだい?
A ペンペン草のおひたし。
B え……はあ、ところで二百九十万って金額はだね……
A 食べながら、話してくれる。サラサラ……
B だから……ズルズル……ん、このみそ汁の具は?
A おたまじゃくし。
B え!?
A お食べなよ。
B ゴックン、ズルズル……このみそ汁、ジャリジャリして砂みたいだね。
A 砂だよ。
B え!?
A 関東ローム層の赤土さ。それから、そのご飯は、干したウジ虫を水でもどしたもんだよ。
B オエー!
A 吐くんじゃない、飲み込みやがれ! みんな我が家のごちそうなんだよ!
B だって、オエー!
A わかったか!
B え?
A あんたらが、金にもの言わせて土地を取り上げようとしてんのは、
そうやって無理矢理ゲテモノ食わすのと同じことなんだよ。分かったか、犯罪行為なんだよ!
B 何ぬかしゃあがる! それとこれとは話が違わあ。
九分九厘買収できた土地の残りわずか十五坪の土地売り惜しんで、
不当に値をつりあげる方がよっぽど犯罪行為じゃねえか!
A 売り惜しむ……?
B そうじゃねえか、ねばりまくって、駄々こねて、値をつりあげてるんじゃねえか!
A あたしゃね、売らないって言ってんだよ。
B 業腹な婆だな、いったいどこが気に入らないってんだよ。
このご近所、みなさん坪二百万で機嫌よく出ていってくださったんだぜ。
そこを二百九十万までつりあげさせといて、どこに不足ああるってんだよ!
A てめえは、まだ分からねえのか?
B 分からねえよ! なにもヤクザの親分が大豪邸立てようってんじゃねえんだよ。
駅前の再開発やって、ご近所皆様方のお役に立とうって、
お役所も肝いりのありがてえプロジェクトなんだぜ。
完成の暁にゃ、立ち退いていただいた皆さんにも優先的に入っていただいて、
八方めでたく収めようって企画をどうして分かってくれねえのかね!?
A そういうものは、どこかで利権が絡んでんだよ。隣町の再開発だって、できて三年目には閑古鳥だよ。
あたしゃダテに八十いくつまで生きてきたんじゃないからね。
そういう怪しげな開発は焼け跡闇市からバブルまで腐るほど見てきたんだからね。
おまえさんみたいなヒヨッコに言い負かされるタマじゃないんだよ!
B タマだと、婆のくせしやがって!
A ああ、タマだよ。婆のタマぁ、この胸の内よ。なんならとっくりと拝ませてやろうか!?
B だれが婆のしなびた風船みてえな胸がみたいよ。四の五の言ってねえで、さっさと出ていきやがれ!
A たいした、帆下駄たたくじゃねえの。
こっちのタマを拝めねえってえんなら、てめえのタマを見せてみろい!
B く、くそ。見せてやらあ、おいらの逸物見て腰ぬかすんじゃねえぞ!
A ばか、だれが、そんなウズラの卵とウラナリのとんがらし見せろってんだよ。
マーケティングリサーチやら、積算根拠見せろってんだ。
あたしゃね、いまでこそ、タバコ屋の看板婆やってるけどね、
お台場女子出て、都庁の企画科に三十年もご奉公してきたキャリアだよ、
ハンチクなお手盛り資料なんか目じゃないんだからね。
B く、くそ。分からねえ婆だな、もうこうなったら……。
A 上等じゃないのよさ。じゃあ体で教えてもらおうかい。
こう見えても長刀三段、合気道二段、あわせて五段の婆さんだ。覚悟してかかっといで……。
B な、なんだよ。暴力はいけないよ、暴力は。
A (大きく息を吸う)この家の空気はみんなあたしの空気なんだよ……そうだろ?
B ええ?
A 不動都子が、てめえの土地に建てたてめえの家だ。
そん中にあるものは、家具や畳と同じようにあたしのもんだよ。どうだ、違うかい……。
B そ、それがどうしたってんだよ……。
A あたしの空気を吸うんじゃないよ! 鼻をつまんで、口をつむんな……
分からねえのか、このドチンピラ!(背後から、羽交い締めにして、Bの口と鼻を押さえる)
あたしの空気を吸うなったら、吸うな!
B ウグッ……(窒息寸前で解放される)ゼーゼーゼー……人殺しぃー。
A 分かったか。土地も空気も同じもんだよ。本当の意味で譲り合って使うものなんだよ。
それを、てめえたちはカタチだけきれい事言って金儲けの種にしくさって、坪二百九十万……?
B じゃ、じゃあ三百万!
A 絞め殺すぞ!
B ヒエー(上手に消える)
A くそ、もうちょっと説教してやろうと思ったのに。カラカラカラ(店の窓を開ける)根性無しめが! 
ガラガラガラ(戸を開ける)しかし、なんだか久々に体が温もってきたね。
フフフ……さあ、お膳かたづけようかね。麦飯とウジ虫の区別もつかないなんてね、今の若いもんは……。
B (A の息子、欽八)おはよう!
A てめえ、性懲りもなく……!(つかみかかる)
B ど、どうしたんだよ、母ちゃん!?
A 母ちゃん?
B きん、欽八だよ、欽八。母ちゃんの息子の欽八!
A 欽八?
B 久しぶりだからって、間違わないでくれよな。
A なんだか、地上げ屋小僧によく似てるもんだからさ。
B なんだい、それ。ドロボウかなんかかい?
A みたいなもんだけどね。
B 上がらしてもらうよ。ほらお土産、つまんないもんだけどさ。
A なんだい、よりにもよって人形焼きってことはないだろがね。朝ご飯は?
B 食べてきたから、お茶ぐらいでいいよ。
A そうかい、しかし欽八、なんでもどってきたんだね?
B ごあいさつだね……もどってきちゃいけなかったかね。
A んなこたあないけどさ、かれこれ八年になるかね……修学旅行に行くってそれっきりだったもんねえ。
B 言ってくれんなよ。もう古傷なんだからさ。
A 子どもが修学旅行利用して家出する話はあるけどさ。
現役の先生が修学旅行でドロンじゃね、洒落になんないよ。
母ちゃん、大変だったよ。校長先生やら、生徒の親ごさんに頭下げまくってさ。
そのときご挨拶にもってたのがこの人形焼きだよ。
B そうかい、やっぱ親子だ。通じるものがあったんだ!
A なに感動してやがんだ、デリカシーのないヤツだよ。お前って子は。
B 戦後教育ってのにちょいと疑問なんかもっちまってさ……
いやあ、熱血教師も大変なのよ。くたぶれっちまってさ……。
A なにイッチョマエにタソガレてんだよ。あっちこっちに借金作ったあげくの果てじゃないかい。
B そりゃ、言いっこなしにしてくれよ。教師ってのは口じゃ言えねえストレスの溜まるもんなんだぜ。
A ほら、お茶。
B ん……プ! 渋すぎじゃない母ちゃん。
A その渋さが分かんないうちは、まだまだハンチクなんだよ。
B ご近所さん、みんなフェンス張っちまって、立ち退きなのかい?
A ああ、うち以外はほとんどね。
B 母ちゃん、立ち退かねえのか?
A あたりきしゃりき。生まれ育った、この町と、この家。誰が立ち退くもんかい。
B だけどよ。うちの家、お隣と二戸一だから、お隣壊しちまったら、ガタガタになっちまうぜ。
A 大丈夫。女子挺身隊で、たいがいのことには辛抱に慣れっちまったから。
B あのね、女子挺身隊やってても家はガタガタになんの。
A ガタガタになっても気にならないだけの根性があるんだよ。母ちゃんは。
B 根性も歳には勝てねえよ。家のガタガタはともかく、体のガタガタはさ。
A その時ゃ、その時。この歳まで生きたんだ。お迎えの覚悟はとっくについてるよ。
B なあ、母ちゃん。オレ今名古屋に住んでんだけどさ、
しょっちゅう顔見に来るってわけにもいかねえんだ。
な、オレも修学旅行でフケっちまって、やっと人がましい生活ができるようになったんだ。
A それで……。
B 実は、今日わざわざ出てきたってのは、母ちゃんをうちにひきとろうって……
デンワダヨ、デンワダヨ……あ、だれからだろ。
A わかりやすい携帯だね。
B もしもし……なんだ、繋がらねえよ。
A ここ駅前のビルのおかげで、着信はできるけど発信はできないって、ハンチクな圏外なんだよ。
そこのパン屋の前に行ったら繋がるよ。
B 仕方ねえな……(退場)
A 八年もほうっといて、なにしに帰ってきたんだろうね。
B (背後を気にしつつ現れる)お早う、母ちゃん。
A なんだい、もう電話終わったのかい。
B ちがうよ。次男の千三(せんみつ)だよ
A 千三? 目と鼻の新宿に住んでいながら、めったに顔も見せない親不孝者の千三か!?
B そんな言い方ないだろ。今日は母ちゃんのため思って来たんだから。
A 母ちゃんのため?
B 欽八兄ちゃん携帯で呼び出したのオレなんだ。
な、オレもやるだろ。母ちゃん、兄ちゃんはよ、この家売った金狙ってんだよ。
どだい八年もほっぽらかしといて、今さら引き取ろうってってのがおこがましいよ。
A おまえも似たり寄ったりじゃないか。
B オレはまだ七年きゃなんねえよ。なあ母ちゃん、オレ新宿で法律事務所に勤めてっからよ。
土地とかのことよく分かるんだよ。オレならこの土地、バブルん時の八掛けで売ってやるからよ。
オレに任せてくんないかな。
A 母ちゃんはね……。
B いけね、誰か来やがった。(退場。折り返し現れる)
A 欽八か千三か、それともスットコドッコイの地上げ屋小僧か?
B なに言ってんの。娘の昭子だわよ。
A (飲みかけたお茶を吹き出す)昭子!? 
短大卒業したら、それっきり男と駆け落ちして戻ってこないバカ娘の昭子かい?
B バカだけ余計。
A 何しに、戻ってきたんだよ。男に逃げられでもしんだろ。
B ごあいさつね。亭主なら、そこの通りで車で待ってる。
あたしも、やっと所帯もって、おっつかっつだけど、生きてけるようになったからさ。
今までの親不孝詫びて、母ちゃんといっしょに暮らそうと思ってさ。
A またまた……。
B ほんとだって。兄ちゃんたちみたく、ここの土地売ったお金なんかアテにしてのことじゃないんだから。
A よく言うよ。
B ほんとだってば。そりゃ、母ちゃんの方からくれるという分は別だけどね。
心の底の底じゃ、お母ちゃん思う心でいっぱいなんだから。
A あ、パン屋の前で、欽八と千三がケンカしてやんの。勝った方があたしを引き取るって寸法だね。
それ、欽八がんばれ! 千三も負けるんじゃないよ! フレーフレーケンカ!
B そんな、兄ちゃんたちに母ちゃん取られてたまるか!(退場し、ケンカに加わる)
A おお、おお、三つどもえの兄妹ゲンカ。しかし三人、いや、四人ともよく似た顔して……
欲の皮がつっぱると、みんな同じ顔に、
嗚呼(ああ)……なるもんだねえ(チョンと拍子木。見得をる)
さあ、と、かくして今夜もふけちまった。
さあ、今夜もノブちゃんのためにお念仏なと、唱えようか(念仏を唱える。C登場)
C こんばんは!
A どうだい、今夜はちゃんと時間通りだろ。
C ありがとう、アハハ……。
A どうしちゃったのよ、えらく嬉しそうに。やっぱり、あと一・五回で成仏出来るって思ったら嬉しいの?
C そうじゃないの。
A じゃ、どうしちゃったのよ?
C もう、お念仏唱えてもらわなくてもいいの。
A え?
C 実はね……(耳元でささやく)
A ええ、恋人ができた!?
C 声が大きいわよ。恥ずかしいじゃないのよ。
A だって、ノブちゃん。あんた幽霊なんだよ。
C いいじゃない、幽霊だって恋ぐらいするわよ。
A だってさ……。
C ほっといて。
A で、お相手は……
C いっしょに来てもらったの。
A どこに?
C ここに。
A え……え……?
C ここだってばさ。
A どこよ、どこにいらっしゃるのよさ?
C ああ、そうなんだ。同じ幽霊仲間か、
あたしと都子ちゃんみたいに因縁のある人間でなきゃ見えないんだ。ねえ、そうじゃない、トシちゃん?
A トシちゃん!?
C うん。この人トシちゃん。大学の一年生。バイクでこけて頭打って、昨日死んだとこ。
A ちょ、ちょっとノブちゃん。あんた歳いくつだと思ってんのよ、もうとっくに八十超えてんだよ。
C アハハ、そりゃミヤちゃん。あんたの歳よ。
あたしは昭和二十年に死んだから、いまでも十七。そしてトシちゃんは二十歳、ぴったしでしょ。
それでね、あたしたち二人ともハンチクな人生だったから、成仏できないの。
そいで、いっそ二人でこの地上を未来永劫さまよって、愛を育むことにしたの。
だからミヤちゃん、もうあたしのためのお念仏唱えなくってもいいから。
今夜一回唱えたから、あともうほんの0・五回。
ほんのちょっとでもお念仏唱えられただけで、あたしは成仏してしまって、
愛するトシちゃんと別れ別れになっちゃう。だからお念仏は、もうこれっきり。
ね、トシちゃん。じゃ、ミヤちゃん。さようなら……さようなら……(退場)
A ノブちゃーん……ノブちゃーん……ハンチクでもいい、幸せに、幸せになるんだよー
(手を振る。チョンと拍子木。A退場。入れ違いにB登場)
B 朝だ、朝だよ。朝日が昇る。空に欺瞞の陽が昇る! 
その欺瞞の太陽が中天高く差しかかり、やがて西の空に没するころ。
再び、わたくし石道地所の屋久三太はやってまいりました。あの婆と決着をつけるために。
この十五坪の土地にわが社の命運が……いえ、この地上げ屋三太の意地がかかっておるのでございます
……おう、婆さんいるかい!
A なんだい、おまえさんは?
B このツラ見忘れたかい?
A 欽八か千三か昭子か、それともスットコドッコイの地上げ屋小僧かい?
B スットドッコイは止しにしてもらおうかい。
石道地所の、明治この方数えて五代目の、東京生え抜きの地上げ屋の屋久三太よ。
A ああ、あのスットコドッコイの地上げ屋小僧かい。
B そのスットコドッコイ、どっこい、このくれえじゃ、ケツは割らねえよ。
A なんだか、今日は気合いが入ってんね。
B 気合いはおいらの覚悟の程よ。やい、婆。今日という今日は決着をつけてやる。
坪三百万、しめて四千五百万のお宝だ。こいつを懐に収めてきっぱりと出て行きゃがれ!
A なに言ってんだ。ま、こっち上がんなよ。今日はとっくりと膝詰めで話してやるから。
B うるせえ! 今日は、この三太、地上げ屋の意地を賭けているんだ。
ドス!(無対象のドスを抜いて畳に突き立てる。
A ん……なんかやったかい?
B なんかって、ドス!
A ん?
B ドスだよ、ドス!
A ん?
B ドスったら、ドスだよ、ドス、ドス、ドス!
A なんだか安物の舞子さんみたいだね。
B しゃらくせえ、このダンビラが目に入えらねえか!(見得を切る)
A てめえは、理屈が通らねえと思ったら、ダンビラ持ち出して、刃傷沙汰かい!
B 四千五百万で手を打つのか打たねえのか!?
A ダンビラ持ったからって、このあたしに勝てると思ってんのかい……。

二人、にらみ合ったままグルリと舞台を一回りする(Cの付け=板を拍子木大の木で打つ)
そのあと定石どおりの立ち回りの末、AがBの刀を白刃どりにする。

A 見たか、真剣白刃取り!
B フフフ、これがおいらの狙い目よ(Aの脇腹に銃をつきつける)
A おのれ、飛び道具とは卑怯な……。
B さあ、どうだ婆さん、四千五百万持ってとっとと出ていきゃあがれ!
A なにぬかしてんだ。痩せても枯れても不動都子、命捨てても節は曲げないよ。
ひと思いに……あ!(あらぬ方角を指差す。気を取られたBの手から銃を奪い取る)
B ち、ちきしょう!
A 観念しな。汚いマネをした報いだよ。
B くそ婆……。
A 最後に一言礼を言っとくよ。先行き短いこの年寄りに、いい冥土のみやげを作ってくれて。
ドラマチックなフィナーレ、千秋楽。なーに、おまえさん一人行かしゃしないよ。
B ……って、婆さん。
A 出来の悪い子供たちに、ここを残す気はさらさら無いよ。
あたしが死んだあとは、ここはお国に差し上げる。そう遺言状は作ってあるのさ。
頼りなくても、お国はお国……その使いよう、あの世とやらで、じっくり拝ませてもらおうじゃないよ。
B そのよ、婆さん……。
A もうハンチクな話は止しにしようよ。
この拳銃知ってるかい。
南部十四年式拳銃っていってね、女学生のころ憧れていた少尉さんが持ってたのと同じやつさ。
帝国陸軍の三八式小銃と並んで……なんて、お前さんたちに言ったって分かりゃしないだろうけどさ。
B そいつは社長の親父さんがもたしてくれたんだ。なあ、婆さん……。
A ハンチクな話は止しって言ったんだよ……こいつで幕を閉められるって冥加なもんじゃないかい。
社長の親父さんてのは粋なお人だねえ。
B あのね、婆ちゃん、不動さん、不動都子さん……。
A  さあ、覚悟してお念仏でも唱えるんだね。
B 念仏なんて、おいら知らねえょ……。
A なんだ、お念仏も知らないのかい。ったく、今の若いもんは……
こうやって手を合わせてだね、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……。

Cが血相を変えて飛び込んでくる。

C ちょっと、ちょっと、ちょっと、ミヤちゃん!
A あ、ノブちゃん!?
C なんてことしてくれんのよ!
A え?
C あんた、今、お念仏唱えたでしょ!
A あ、ごめんよ!!
C ごめんじゃないわよ。あ、あ、ほら、冥土からのお迎えよ。成仏しちゃうじゃないのよ。
トシちゃんとお別れじゃないのよ! ミヤちゃん……怨めしや~(成仏していなくなる)
A ごめん、ごめんねノブちゃ~ん!
B なに一人で言ってんだ?
A あ、ああ、あんたには見えないんだね。
B デンワダゾ、デンワダゾ……あ、出てもかまわないかい?
A そんなこと言って逃げる腹だろ、パン屋の角までいかなきゃ出られないから。
B 今日は社長から、衛星携帯電話借りてきたから、ここで出られるから。
A じゃ、出な。末期の思い出に、なに口走ってもかまわないけど、男らしくね。
B う、うん。はい、わたしです社長……え? なんですって!? 
もうこの土地に見切りをつける……で……ゴワサン!? すぐ帰ってこい……ちょ、ちょっと社長!
A どうしたんだよ?
B なんだか、上の方でややこしくなっちまってよ。
なんでもここの再開発のために天下りした親会社の重役が逮捕されたとかで、事業は中止だってよ。
A  ……ハハハハ、やっぱり裏ではいろいろあるようだね。
B くそ、会社は大損だそうだよ。
婆ちゃんが売ってくれさえいたら、役所に全部尻持ち込めたんだけどよ。
ここ全部買い切るまでは、うちの会社の持ちもんだしよ……
この不景気、どこ売るってわけにもいかねえしな。
A そいじゃ、おまえさんとこの会社は……。
B 婆さんの知ったこっちゃねえよ……五代続いた地上げ屋も、おいらの代でしめえだねこりゃ。
どうするね、それでも、おいらのタマァとるかい。
A (狙いをつけて)カチリ……ハハ、弾が入ってないよ、この南部には。重さが違うもの。
いただいたときから気がついていたよ。
B 婆ちゃん……。
A まあ、お茶でもお飲みよ。さあ、あんたもこっちきてさ。
B しかし、婆ちゃん。なんなんだよ、なぜなんだよここまでの粘りは?
A ま、これを機会(しお)に時々は話においでよ。大福もあるから、お食べな。
ドッキリしたあとは甘いものが一番だよ。
B 婆さん!
A ズズ――(茶をすする)
B もう、知らねえからな! しかし、しかし、これで済むと思うなよ!(退場)
A (店の電話が鳴り、受話器をとる)プルル。プルル、プルル、ポシャ。
はい、もしもし……なんだい、えらい声で怒鳴って! 欽八か。千三もいっしょかい? 
どうして土地売るの止めたかって? そんなもん母ちゃんの勝手だよ……!
……その金切り声は昭子か!?……母ちゃん、もともとあんたたちのことあてにしてなんかないよ。
母ちゃんは一人で雄々しく生きていくんだよ。
それを、取って付けたみたいに世話するとか、引き取るとか。
そいで土地の話が壊れたとたんに……分かってるよ! 
初手から冷めてるんだよ、うちの親子は。
それを、そんなにいぎたなく罵って、醜くなることないだろうが! 
うるせえ! ヘソ噛んで、豆腐の角に頭ぶつけてくたばっちまいな! ガチャ!
C ドデスカデーン、ドデスカデーン、ドデスカデーン……。
B ドカドカドン、ドカドカドン、ドカドカドン……。
A ああ、今日も最終の快速が普通電車を追い越していく……さ、店じまいにしようかね……ん?
C チョーン(拍子木)……バキバキ……(以下、同じテンポで、続く)
A あの地上げ屋小僧……腹いせに空き家壊してやがる……勝手にしやがれ……ああ、このポンコツめが。
なんてざまだ、精も根も尽き果てるてのはこのことかね……ああ、いたた、
なんだか「桜の園」のフィールスだね……あ、日めくりが昨日のままだよ……
いや、今日はめくったっけ……えーと……そうだ、新聞見りゃ分かるよね(新聞を見る)……
また消費税が上がんのかい。まったく今時のお上のやることは……ええ、また年寄りの孤独死かい。
ツルカメツルカメ……お茶でも……えと……なんのために新聞……
はて、なんのために、あたしゃ立ったんだろ……イタタタ(痛さのあまり横になる)
……せめてラネーフスカヤを気取りたかったね。ハハ、ハンチクだね。
文学的教養が、この期に及んで邪魔をするよ……せめて最後はオリジナルに
(ひときわ大きくチョ-ンと拍子木。ツケが入りA見得を切る)I ……I……I WANT!……I WANT YOU!!

急速に拍子木の音たかなり、A大見得を切るうちに幕。

【作者の言葉】
ほとんど演技だけが勝負の芝居です。演劇の三要素は「観客、戯曲、役者」です。それ以外の道具、音響、照明は余技として排除しました。拍子木は正確には「き」と言います。パソコンでは出てこない字です木偏に斤で斤の縦棒にチョンがつきます。「付け」は、動画サイトなどで、歌舞伎の「荒事」の芝居を見てください。必ず出てきます。演技のごまかしのきかない芝居ですが、みっちりと稽古して楽しく演ってください。

 
 
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タキさんの押しつけ読書感想『あなたへ』『黄金を抱いて飛べ』『岳飛伝』

2012-09-19 22:53:58 | 読書感想
タキさんの押しつけ読書感想
『あなたへ』『黄金を抱いて飛べ』『岳飛伝』


これは悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に流している読書感想ですが、面白いので、本人の了解を得て転載したものです

☆あなたへ
 読み終えました。店のお客さんから「映画より良かったよ」といわれてたんで、読んでみようかなと思ったのですが…妙に分かり易く書かれていて、まさに不注意に映画を見ていたら見落とすような所をやけに詳しく書いてあるし、映画とは違った所でショートカットしてある。
 ただ、映画では極めて短いセンテンスの手紙が妻からもたらされるのですが、本には割と長めな文面になっている。
 文庫本「あなたへ」は誤解の仕様のない一本のはっきりした物語で、まぁこれはこれで感動的ではあるのですが、なんかこじんまりとまとまっとるなあっちゅう感じであります。これがあれだけ色々感じた映画の原作なのかと思うと、少々拍子抜けの感が否めない……ちゅうことはです。
 ひょっとして「映画が原作を超えたんかい?」…うっそ~!! マァジですかい!……と思ったのも束の間、本作は映画脚本のノベライズでした、チャンチャン。  
 
 
☆黄金を抱いて飛べ
高村薫の「黄金を抱いて飛べ」も本日読了。 高村のデビュー作で、来月映画公開されます。大阪を舞台とした銀行
 強盗物ですが、計画、調査、手法がやけに緻密に書かれているのと同じ位、メンバーの一人一人が至極丁寧に描かれています。映画キャスティングは判っているのて、ああ こいつは浅野やな とか思いもってよんどったんですが、さて 主人公の「幸田」をやるのが「妻夫木聡」なんだよなあ……。
 いやいや、妻夫木聡が下手だと言ってるんじゃないんですが、あまりにもイメージと違うキャラクターなので、一体どう演じるのか…興味深いやら怖いやら、頼むから変に原作をいじってなきゃええんですがねぇ~。


☆岳飛伝
「岳飛伝」二巻 終了しましたが、実史でいくと岳飛と榛魁(字忘れた シンカイ)が金に対する開戦・否戦で決裂して暗殺されるまでどう考えても二年ほどしかないんですが、どうも一冊当たり1~2ヵ月位のスピードなので下手したら10巻以上になるんかなと思いますわ。その後も梁山泊が存続するとしたら、やっぱり蒙古の侵攻が次の話になる。さあ、誰を主人公にするんでしょうねぇ。実は、楊令が女真族の女に生ませた息子ってのがいて、金軍のウジュツが養子にしとります。
 こいつなんですかねぇ? はたまた、元帝国になっても梁山泊はなんらかの形で残るのか? そういやチンギス・ハンの後継者フビライの子の内 チャゴタイ・ハンは確か養子だったとおもうんですが、話はこの辺まで続いていくんですかねぇ、どうせなら榛容なり胡延凌なりの子供が日本に逃げて来て世良四郎三郎の先祖に成るとか、アハハハハそれじゃ隆慶一郎ですかい。いずれにせよ、このサーガシリーズ、何処までいくんでしょうねぇ……。

 ところで、今ハタと気づいたんですが……明日から読む本がねぇぞ! ぎゃ~どないしょう~~!
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高校ライトノベル・セレクト№3『最初のデート』

2012-09-16 16:08:35 | ライトノベルセレクト
ライトノベル・セレクト№3
『最初のデート』
   


「あ」
 振り向くと、吉川裕也がニコニコとイケメン顔で立っていた。
「もう、側にいるんだったら直接声かけてくださいよ」
「だって、怖い顔して歩いてんだもん。声かけづらくってサ」
「考え事してたから……ヘヘ」
 急場しのぎのホンワカ顔になる。
「デートしようぜ」
「デート、今から?」
「うん、今から。だって前から言ってただろう」
「う、うん」
「それとも、なんか先約でもあるのか?」
「ないない、ありませんけど……」
「じゃあ、決まり。これから大阪の原点を見にいこう」
「大阪の原点?」


 四天王寺の山門の前、西に向かって四車線の坂が下っている。
 西に傾き始めたお日様が、晩春の空をホンワカとにじませ、街全体が、パステル画のように縁取りを柔らかくしている。
「これが大阪の原点サ」
「ここが?」
「この山門から、向こうの松屋町通り(マッチャマチドーリ)にかけてを逢う坂と書いて、逢坂。それが大阪の地名の元になった。もっとも昔はこんなに広い道じゃなかったけど」
「そうなんだ。大阪って、名前のわりに坂のない街だと思ってました。だって、昔は土偏の坂だったのに」
 乏しい知識を総動員して背伸びする。
「昔はこのあたりが海岸線で、このあたりから見える夕陽がとてもきれいなんで、ここから北の方を夕陽丘っていうんだ。新興開発の分譲地みたいな名前だけど、ナントカヶ丘って地名じゃ、ここが日本一古いんだ」
 博学ぅ、さすが生徒会長……。
「ここから北の方角にかけて、七つの坂があって、天王寺七坂っていうんだ。ちょっと歩くけどいいか?」
「は、はい」

 それから二人で北に向かい、少し行って愛染坂を下る。
 途中に愛染堂。
 かわいい山門をくぐると、境内は意外に広い。
 正面の金堂には愛染明王。「愛」の字がついてるわりには、全身真っ赤。手が六本もあり、憤怒のお顔。正直おっかない。解説通り、愛欲を悟りに昇華させるのにはこれくらいのおっかなさがいるんだろうなあ。悟りに昇華できなかった母と元チチが頭をよぎる。
 奥に行くと多宝塔、大阪市で最古の建築物で、秀吉さんが造ったらしい。こんなものが街中に平然とあるとは、大阪もあなどれない。
 金堂の前に戻ると、向かって左に哲学の石。二人で座ってみる……なんだか賢くなったような気がする。
 右に、腰痛封じの石……これは後日お母さんに教えてあげよう。
 クルリと振り返って、吉川先輩が指をさす。
「あれが愛染かつら。桂の木にノウゼンカツラが絡んでいて、恋愛成就のご神木なんだぜ。夏になるとオレンジ色の花がいっぱい咲くんだ」
「へえー、すてき……」
 ちょっとトキメク。
「願掛けしてみようか……」
「え!?」
 おおいにトキメク……同時にとまどった。
 気づくと、周りに三組ほどのカップル。
 オジャマ虫になりそうなので境内を出る。

 さらに坂を下ると右手に大江神社のワッサカした木々が覆いかぶさっている。
 左はS学園。環境いいー……。

 松屋町通りに出て少し北へ、バイク屋さんが並んでいる。思わず陳列されたゲンチャリに目が行く……ホンダのお気にりが目につく。おお……東京じゃ、二十万はする。二割は安い。荒川の土手をホンダのZOOMER走っている自分の姿が浮かび、歩調がゆるむ。伯父さんの「花言葉」は、ゲンチャリのツ-リングの魅力を伝えてきていた。
「バイク好きなの?」
「え、ああ、ゲンチャリの免許だけ持ってんの。身分証明にね」
「乗ってみるといいよ。自転車と同じ。世界が変わるよ」
 見透かされてる……のか、誰でも考えることは同じなのか……。
「わたし、こないだ世界が変わったばかりだから」
「あ、そうだな。東京から来たばっかだよな。大阪にまず慣れなくっちゃな」
 わたしのハグラカシさらっと受け流す。

 自然な優しさと感じてしまった……。

「こっち、曲がるよ」
 大通りから、東に上る可愛い坂があった。「口縄坂」と石碑が立っている。
 口縄坂は幅二メートルくらい。途中でクニって曲がっていてそれが蛇みたく見える。口縄って、古い大阪弁で蛇のこと……って、今までの分も含めて吉川先輩の説明です。
 淀みなく、過不足なく、七坂とその周辺についてあれこれ解説してくれる吉川先輩。
 なんだかテレビの旅行番組みたい(ヘヘ)

 口縄坂を登り切ったところには『夫婦善哉』で有名な織田作之助の文学碑があった。織田作は、まだ読んだことがない(アセアセ……)
「これ、織田作の文学碑」
 サラっと指さす吉川先輩。
 わたしなんかよりずっと読書家なのかなあ……(もう、冷や汗)

 ゆるりとSの字になった二車線の学園坂を下ると、道沿いの石垣の上にOJ学園。
 ここも環境がいい。Y高校とは雲泥の差。ま、有名私学らしい。公立じゃ勝負になんないよね。
 部活のさんざめきが、かすかに木霊して降ってくる……なんだか青春ドラマの一コマみたい(……フンイキ~)
 切り通しの石垣の隙間には、早くも紫陽花が、密やかに蕾を付け始めていた。

 ふたたび松屋町通りに出て、少し北上。源聖寺坂を上る……小ぢんまりとしたお寺が続く。
 新幹線で素通りしただけだけど、京都ってこんな感じだろうか。お茶のコマーシャルにこんなシュチエーションがあったっけ……フフフ、黄八丈に桃割れの髪にしたくなってきた(江戸時代の町娘の姿よ♪)

 振り返ると、大阪の街並みに夕陽が美しく落ちていく。
 さすがに、四回も坂の上り下り。うっすらと額に汗、自然に顔が下を向いてしまう。
「少し休もうか」
「うん……」
 と、顔を上げたら……数秒かかった。
 目の前の三階建てが……その種のホテルだってことに。


『はるか 真田山学院高校演劇部物語』第7章より
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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評『天地明察』

2012-09-15 20:08:28 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評
『天地明察』


これは、悪友の映画評論家滝川浩一が、個人的に身内に流している映画評ですが、面白いので、本人の承諾を得て転載したものです。


 今、まさに原作を読もうとしている人は本を閉じていただきたい。
 既に読んだ人は…無無無無~ 柱に頭ぶつけるなりして(???)忘れて下さい……。
 無理だよ~ 悪かぁないんですけどねぇ。こらぁ生殺しってか、尺足らずってか……ただ、後10分やそこらあってもどないもならん、せめて後1時間……て事は3時間半 「七人の侍」や「赤ひげ」クラス。
 緻密に書かれた原作に息づく登場人物達(殆ど総て実在)を命有るリアルな存在としてスクリーンに描くには せめてその位の尺は必要だった。

 映画は本と違って「画」で見せるという手法をフルに活用、さすがわ滝田監督、見事な手腕と言える……のだが、残念! 時間が無さ過ぎた。どうしてもショートカットして流さざるを得ない。人物が薄い、周囲が薄いと算哲の人物像も薄くなる。残念です、面白く見ましたけど、見たかった映像では無かった。本作は、原作の読書体験が強烈だったので自分の中に完璧なイメージがありました。それとのギャップが大き過ぎました。こういう場合はもう一度読み返すとええんですが、現状宿題山積みなのでいつになるやら、しばし 欲求不満と付き合いますわい。
 本作には、原作者がカメオ出演しています。さりげなくしているおつもりのようですが、なんせ長身・男前、目立つ目立つ…映画に納得出来ていればこんなお遊びも楽しめたんでしょうけどねぇ。男女入れ替わりの「大奥」がまた作られるそうです、こんなクソ映画を作る予算が有るなら本作をもっと重層な作品に出来ただろうに、残念無念!
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高校ライトノベル・巨大プリンの作り方!(^#0#^)!

2012-09-14 20:38:11 | エッセー
巨大プリンの作り方!(^#0#^)!

 ああ、しんど~

 パソコンを叩き疲れると、You tubeを見ます。
 
 その中で、AKB48に関するものがけっこうあります。
 AKB48の曲のキーワードには、おじさん世代にもビビっとくるものが時々あります。ギンガムチェック、ポニーテール、カチューシャなど、これは、昭和28年生まれのわたしが聞いても懐かし~。それも、ごくごく子どもの頃にラジオなどから耳に入ってきた言葉です。
 例えば、最新のギンガムチェックで頭に浮かぶのは『オズの魔法使い』でジュディーガーランドのドロシーが着ていたのが、このギンガムチェックの胸付きのスカートです。色も水色で、AKB48の衣装によく似ています。
 そして、見ていると、たまたまAKBのメンバーが「巨大プリン作り」に挑戦している画像に出くわしました。わたしはファンと言うほどではないので、メンバーの名前と顔が一致しないのですが、いつもセンター付近にいる、いわゆる選抜メンバーです。
 彼女たちは、数時間かけて数千個の玉子を割り、大量の牛乳と砂糖を入れてかき混ぜて、容器に移します。

 それが、なんとドラム缶!

 ドラム缶の容量は、たしか200リットル。つまり200キログラムの巨大プリンを作ろうというのです。
 玉子は80度で固まりはじめます。で、彼女たちはサウナに持っていきます。サウナの室温は、軽く100度を超えます。そこでAKBのメンバーは3時間以上もサウナの中で、ドラム缶のプリンが固まるのを待ちます。むろん全員汗だく。近頃のアイドルはきついなあ……と、おじさんは同情しました。

「なんでー!」

 プリンは固まりません。メンバーはテンパって声をあげました。専門の学者先生に聞くと……。
「空気は、熱の伝導率が低く、サウナでやると数十時間はかかる」
 そう言われ、彼女たちはガックリきます。
「でも、水だと、熱の伝導率は空気の20倍あるから、お湯でやったらできるかも」
 先生のアドバイスで、試しにお湯を沸かし、指を、ちょっと漬けてみると「アチチ!」と、たしかトモチンが悲鳴。それでお湯が有効であろうと銭湯に持ち込み、湯船にドラム缶を入れ、みんなでボイラー室でがんばり、またも汗だくになり、最初32度ほどしかなかったお湯を80度まであげてがんばりました。

 そしてスタジオに持ち込んで、ドラム缶の蓋を開けると、見事に200キログラムの巨大プリンができあがりました! 人間、やれば、たいていのことはできるもんだと思いました。

 そこで、わたしは、熱伝導率という言葉で閃きました。
 人間や組織も、それぞれ熱伝導率が違います。人から熱(意見や情報など)を加えられても、熱伝導率の悪い人や組織には、容易には伝わりません。これが本題です。

 わたしは、長年、高校演劇に関わってきました。特に大阪の高校演劇とは44年の関わりになります。大阪の高校演劇は、軽音やダンス部などに押されて、近年あまり振るいません。
 それについて原因を分析して、折に触れてサイトで問題提起もしてきましたが、大阪の高校演劇は熱伝導率が低く、なかなか理解をしていただけませんでした。
 組織の活動が安定しているときは、熱伝導率が低くても構わないのです。どっしりと我が道を行かれればよいと思います。しかし、この低迷期にあっては、この熱伝導率の低さは仇になります。

 大阪の高校演劇の問題は、異常に多い創作劇、芝居の基本である(観客・戯曲・俳優)への対策の鈍さに主原因があります。特に戯曲が問題で、「創作劇を大切にする。創作劇が多いのは大阪の誇りである」というスタンスに連盟は立っておられます。
 現実的には、創作劇の粗製濫造になり、高校演劇の関係者でない者が観ると、いささか難解、退屈なものになってしまい、その観客動員は、本選においてさえ軽音のスニーカーエイジの10%ほででしかありません。
 OMS戯曲賞という戯曲賞が創設されました。僭越ではありますが、これが、わたしが鳴らしてきた警鐘への連盟の答えであると感じています。OMSという権威付けをして、大阪の創作劇にハクを付けるおつもりなのでしょう。中味の伴わない賞は、長期的に見て、賞を出す側も、もらう側も権威を失ってしまいます。
 まだ、最初の募集に入られたばかりの賞なので、これ以上の論評は控えます。
 ただ、相対評価で、なにがなんでも受賞作を選定するのではなく、「受賞対象作品無し」の絶対評価で臨んでいただきたい。とだけ申し上げておきます。

 以下は、この8月に行われた、高校演劇の全国大会の結果です。資料は大阪府高等学校演劇連盟のオフィシャルサイトから転載させていただきました。

 
8月12日(日)

本日、全国大会(富山大会)が終了しました。審査結果です。

最優秀賞 青森県立青森中央高等学校「もしイタ~もし高校野球の女子マネージャーが青森の「イタコ」を呼んだら」

優秀賞 神奈川県立大船高等学校「新釈 姨捨山」

    千葉県立八千代高等学校「日の丸水産(HINOMARU FISHERY)~ヒミコ、日野家を語る~」

    岐阜県立岐阜農林高等学校「掌(たなごころ) ~あした卒業式~」

 以上、国立劇場にて、8月25日(土)26日(日)優秀校公演。

創作脚本賞 タカハシナオコ(千葉県立八千代高等学校)

      「日の丸水産(HINOMARU FISHERY)~ヒミコ、日野家を語る~」

舞台美術賞 作新学院高等学校


 一目して、大阪、いや近畿は、どこの賞にも入っていないことがお分かりになるでしょう。
 近畿大会では、そこそこに観客席を沸かしておられました。わたしは、高校演劇ではなく演劇として観ていました。最優秀をとった某高校の演技に見るものがありましたが、あとは嘆息するばかりでした。劇作家として、こういう本の作り方は無いだろうと感じるものもあり、幕間交流で発言したり、コメントコーナーで感想を書いたりしましたが、かなりの反発をいただきました。
 でも、その結果は、上記の通りです。
 結果は、早くに知っていましたが、書きように困っていました。で、AKBの巨大プリン作りに引っかけて書いてみたのですが……やはりストレートになってしまいます。

 個人的には、熱伝導率のいい人間でいたいと思います。息子が軽音楽部なので、息子が聞いているJポップ、ポップロックなどは聞くようにしておいますが、これが、なかなかであります。ビーズ、キンキキッズ、カンジャニ、ミスチル、サザン、いきものがかり、ゆず、コブクロ、ザピローズ、スキャンダル、東京事変、ザイエローモンキー、モンキーマジック、モンゴル800、レミオロメン、Xジャパン、すきますいっち、ラルカンシエル、ウーバーワールド、マンオクロック、オレンジレンジ、GLAY、ゴールデンボンバー、miwa、西川貴教、なおと・インティライニ、福耳、西野カナ……。悲しいかな、アラ還のオッサンは、なにを聞いても同じに聞こえてしまいます。
 息子は、特に軽音の技量に優れておるとは感じておりません。しかし、勉強の10倍、時間にして一日4時間ぐらいは、楽器を触ったり、上記のアーティストの音楽に浸っております。こと軽音にかんしては熱伝導率が高くなるはずです。
 オッサンであるわたしは、20分が限度。人間、伝わってくる熱の種類によって熱伝導率には違いがあるようです。
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高校ライトノベル・セレクト№2『親の離婚から一週間』

2012-09-14 14:28:41 | ライトノベルセレクト
ライトノベル・セレクト№2
『親の離婚から一週間』
   


 引っ越しして、まずやったことは、ネットの環境をソフト面でもハードってか、アナログな部分でも整えること。
 お母さんのメシの種だからしかたがない。
 つまり生活環境的には、テーブル、机、ベッドくらいのもんで他のものはほとんど整理されていない。かなりの家財を荷ほどきしてないし、東京の家に残したままのものも多い。

 この未整理ぶりには、かすかな期待があった。
 離婚は衝動的なもので意外と簡単に元の鞘に収まるんじゃないかって……。
 しかし、そんなハカナイ期待を抱き続けていては、いつまでもゴミ箱のようなところで暮らさなくてはならない。
 仕方なくわたしは、オレンジ色の愛車で、ホームセンターと我が家を三往復した。
 ほんとうは、ゲンチャリが欲しかった。免許は、去年の誕生日がきて、すぐに取っていた。
 でも、前の学校は、ゲンチャリに乗ることを禁止していたし、買うお金もなかった。
 情報だけは伯父さんから「Z情報」としてアレコレPCに送ってもらった。じっくり考えよう。
 ゲンチャリに乗ったら世界が広がるだろうな……自転車に、初めて乗れたときみたいに。

自転車に乗れたのは四歳の時。
 小学四年の時に『サイドカーに犬』という映画を観た。その映画の中で、押しかけお母さんのヨーコさんが、押しかけられた薫(小学四年になっても自転車に乗れない)に言う。
「自転車に乗れると世界が変わるよ、大げさじゃなく、ほんとに」
 そう、ほんとに変わるはずだった。父さんの会社が倒産しなければ……。

ハハ、おやじギャグだ。トウサンの会社がトウサンしなければ。
 
なんて笑った拍子にペダルを踏み外しカクンとなって、車道にはみ出し、クラクションを鳴らされた。
 車のお尻に思い切りイーダをしてやろうと思ったけど、スモークガラスのベンツなので止めた。


 だいたい一回に自転車で運べる量はたかがしれている。仕方のない話なんだけど、三往復目の帰りにはくたびれ果てて、玉串川のほとりで小休止という状態。

 玉串川。良くわかんないけど、いいとこだ。
川幅四メートルほどの小川ではあるが、川とその沿道はよく整備されている。川の両岸には、それこそ「視界没」の桜並木。今は葉桜だけど、満開の時はスンバラシイだろうなあと思って、川面に目を落とす。
ゆるゆると流れる川には、鯉だとか鮒だとかが、流れに逆らってかわいく群れている。
 
川面に映るわたし。
 セミロングの髪がタラーっと顔を覆って、お化けみたい。
 ポッケからゴム(シュシュなどというカワユゲなものではありません)を出してヒッツメにしてみた。
 いくぶん明るくなるが、やはり暗い印象……。

「しっかりしろ、はるか!」
 小声で自分を励ます……。


『真田山学院高校演劇部物語・4』より
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高校ライトノベル・らいと古典・わたしの徒然草60『芋頭といふ物を好みて』

2012-09-13 15:42:49 | エッセー
わたしの徒然草 第六十段
『芋頭といふ物を好みて』


 この六十段は、やや長いが、要約するとこうなる。
 仁和寺の真乗院に、盛親僧都(じょうしんそうず)という、変わり者の坊主がいた。
 芋頭(いもがしら)という里芋が大好きで、年中こればかり食べている。師の坊さんが亡くなったとき、少しばかりの貯えを、この坊さんに残したが、それも全部芋頭の食い代にするような坊主である。
 そして行儀が悪い。お経を唱えるときも、病気でひっくりかえっていても、この芋頭を食べながら。法事に呼ばれても、皆が揃わないうちに、さっさと食べ始め、食べ終わると挨拶も無しで帰ってしまう。人に適当にあだ名をつける。それがふるっている。
「しろるうり」
「『しろるうり』て、なんでんねん?」
 人に聞かれると、こうだ。
「そんなもん知らん。もし、『しろるうり』いうもんがあったら、そうやねんやろ」
 と、下手なコントのボケのように取り留めがない。
 と言って、破戒僧でもない。 姿よくて、力強く。書、学、論、全てに優れ、寺でも重く扱われていた。

 この段は、普通、こう解釈されている。能力や才能に長けた者は、多少の奇行(イカレた言動)があっても大目にみてもらえる。

 わたしの住まいの近くに、かつて今東光(こんとこう)という怪僧がいた。横浜の船長の息子として生まれ、日本プロレタリア映画同盟の委員長をやったりしたが、いろいろとあった後、天台宗の坊主になった。わたしの近所の天台院という無住のお寺の住職になり、そこに住み着いていた、インチキ坊主を叩き出した。
 叩き出したのはよかったけども、檀家は三十軒しかないという貧乏寺。檀家まわりに行くときの袈裟もないので、風呂敷を肩で結んでごまかした。賭け事、ケンカも大好きで、河内の風土が体にあって、河内を舞台にした小説『悪名』などを残している。
 近所の流行らない床屋に行ったとき、女将さんに頼まれた。
「オッサン(和尚さんの意味で、いわゆるオッサンとはアクセントが違う。ちなみに、大橋さんも、つづまると、オッサン)なんか、流行りそうな店の名前、考えとくれやす」
「おう、まかしとけ」
 で、数日後、墨痕鮮やかに『美人館』と、書いてやってきた。昭和二十年代の話しであるが、今でもこの床屋さんは健在である。
「人間死んだら、どこへ行くんですか?」と、聞かれれば、こう答える。
「知らねえよ、張り倒すぞ」
「じゃ、極楽は?」
「それも行ったことねえから、分かんねえ」
「髪が薄いんですが……」
「髪の毛有る奴見ると、ああ、むさっくるしいだろうなって、同情しちゃうね」
 というあんばい。
 しかし、『お吟さま』で直木賞をとり、後年は国会議員になったり、中尊寺の貫主になった。瀬戸内晴美が出家するときには、自分の法名春聴から一字をとり寂聴とした。

 教師の話をしよう。
 昔の教師は、生徒の目から見ても、教師は玉石混淆(良いのも悪いのも混ざっている)であった。
 生徒は、独特の勘で、それを見分け、玉の先生からは得難い影響を受けた。以前書いた和気史郎先生などは、その典型であった(分からない人はネットで検索してください。瀬戸内寂聴をして「狂気と正気の境目に立つ画家」と、言わしめた) そんな先生が、公立の学校に平気な顔で普通に教え、偉大な影響を生徒達に与えた。古くは宮沢賢治、夏目漱石も教師であった。夏目漱石は、鼻毛を抜いて、鏡に植え付けたり、子どもをタンスの上に上げ「そこから飛び降りなさい!」と命じたりし、奥さんから、よく叱られていたそうだ。
 わたしのひい祖父さんは尋常小学校の先生をやっていたが、人が通らない田んぼの間や、野原を通って学校に通い、いつのまにか細い道になった。
 村の人達は、その奇行をおかしがり、ひい祖父さんの名前をつけて侍従道と名付けた。
 わたしは、現職中、同僚や生徒から「変な先生」と言う意味のことを時々言われた。
 何が変だったのかは、よく分からない。ただ、授業で心がけていたことは、井上ひさしさんの、この一言。
――難しいことは面白く……この後に、面白いことはより深く。と続くが、深くなったことはない。ときどき話題がスベッテ、白けることも度々だった。これをもって「変な先生」と言われていたとしたら、かなり同情的な意味においてであろう。

 昔の教師は安月給な分、気楽であった。
「一学期、まことにご苦労様でした。明日からの夏休み、どうか、ゆっくりとご休養ください」
昔の校長が、終業式のあと、先生たちに言った言葉である。今の教師は夏休みでも定刻に出退勤しなければならない。
 昔の教師は、情熱のある人は、部活や補習。中には自主的に生徒を連れて体験学習をやった人もいた。むろん怠け倒して、休んでいる人もいた。
 今は、形式的に教師を縛る。IDカードで出退勤を管理され、パソコンを使って、常にレポートや、報告書を求められ、免許さえ十年おきに更新しなくてはならない。
 確かに管理は行き届くようにはなった。
 しかし、学校は官僚機構のようになり、先生は玉石共にいなくなった。

 今学校にいるのは教育職の公務員だけである。
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