大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

やくもあやかし物語・76『鏡に映して見ることは構わないんだ』

2021-04-30 09:35:03 | ライトノベルセレクト

やく物語・76

『鏡に映して見ることは構わないんだ』    

 

 

 転校して来て一年を超えて、学校の中で知らない場所はほとんどない。

 入ったことが無いところは校庭の隅にある変電室とか、旧正門(染井さんと愛ちゃんが居る通用門)脇の旧守衛室、他に倉庫とかね。普通に生徒が出入りするところはたいてい足を踏み込んでいると思う。

「じゃあね……体育館に行ってみよう」

 教頭先生の言葉には――小泉さんは行ったことが無いだろうけど――というニュアンスがあった。

 そういうことってあるでしょ?

 どこそこに行こうって人が言う時には、三つのパターンがある。

 その場所を二人とも知っている。その場所を片方しか知らない。その場所を二人とも知らない。

 でしょ?

 教頭先生の「……体育館に行ってみよう」は「……」の部分に「小泉さんは知らないだろうけど」というニュアンスがあった。

 ――体育館ですか?――という気持ちは浮かんだけれど、口にもしないし目で問いかけることもしなかった。

 だって、昼休みの職員室だよ。他の先生もいっぱいいるし、用事があって来ている生徒もいるしね。「はい」と小さく言って、教頭先生のあとに続いた。

 

 教頭先生は体育館のフロアーには入らずに、横の階段を上がっていく。

 ああ、ギャラリーに行く階段?

 ギャラリーに上がるのは初めて。上がってみると、いつも使っているフロアーが眼下に見えるんだけど、なんだか別の学校に来たみたいな気になる。

 パチン

 教頭先生がスイッチを入れるとギャラリーの後ろの方が明るくなる。

 意外に広いんだ。

 ギャラリーなんて踏み込んだこともないし、今みたいに照明も点いていないし、意識の外にある。

 階段状のベンチの前が、駅のプラットホームほどの空間になっていることに新鮮な驚きがある。

「ダンス部とかが使っているんだよ。フロアーじゃ、他のクラブと邪魔になるからね」

 そう言いながら、先生はキャスター付きの姿見を調整している。

「姿見ですか?」

「うん、普段はカバーをかけて裏返しにしてあるんだけどね……ダンス部とかが使っているんだ……」

 そうか、自分のポーズとか動きとか確認するためだ。フロアーに置いていたら危ないものね。

「よし、こっちに来て」

「はい」

 先生に習って、姿見の前に斜めに立つ。

 開け放ったギャラリーの窓の向こう、本館の四階部分と屋上が映っている。

『階段室の上、給水タンクの横を見てごらん』

『はい』

 蟹歩きすると給水タンクが見えて……ビックリした!

 まっくろくろすけと言うかスライムというか、牛ほどの大きさのフニフニした真っ黒けなのが、そよいでいるような、呼吸をしているような感じでうずくもっている。

 有機ELD画面の黒い部分のように真っ黒で、縁の方はグラデーションになって周囲の景色に溶け込んでいる。

 巨大なまりものようにも、神さまがインクをこぼしてできたシミのようにも見える。

『詮索はしない方がいい。正体は分からないけど、とても悪いものだと思う。学校や、二丁目断層の妖たちも、あいつには関わりたくない様子なんだよ』

『そ、そうなんですか(;'∀')』

『鏡に映して見る分には影響は無いようなんだがね、それも、あまりやらない方がいい。映して見ているのに気付いたら災いがあるような気がするんだよ』

『は、はい、分かりました……』

『ぼくは学校でしか見たことがないんだけどね、時々、鏡にも写らないことがある。たぶん、学校の外に出ているんだと思うよ。きみは僕よりも見えるようだから、くれぐれも気を付けた方がいい』

『はい、分かりました……』

 教頭先生は、小さくため息をつくと、姿見にカバーをかけて元の場所に戻して電気のスイッチを切った。

 体育館の前で先生と分かれると、昼休みも残り五分ほどになっていて、急いで教室に戻ったよ。

 

 

☆ 主な登場人物

  • やくも       一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
  • お母さん      やくもとは血の繋がりは無い 陽子
  • お爺ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
  • お婆ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
  • 教頭先生
  • 小出先生      図書部の先生
  • 杉野君        図書委員仲間 やくものことが好き
  • 小桜さん       図書委員仲間
  • あやかしたち    交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け

 

 

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ライトノベルベスト『重力シンパイシー』

2021-04-30 06:14:53 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『重力シンパイシー』   




 否定形のアイデンティティ。

 簡単に言えば、自分は普通のナニナニではない。という「ない」というところにアクセントのあるアイデンティティ(自己意識)の持ち方で、青年期に特徴的なものである。

 上の二行は、本屋さんで『青年心理学』というラノベの表紙が付いた本から、斜め読みで得た知識。

 あたしは、人と同じ事が大嫌い。道を歩いていて、前の人と歩調が合ったりすると、もう気持ちが悪い。街で、同じ服装の女の子に出会ったりすると「こんな子と同じファッション感覚!?」とイヤになる。
 だから、流行りモノには手を出さない。必ず同じ服装、同じ物を持った子に出会うからだ。

 学校では、制服をきちんと着ている。一見矛盾に思われるかもしれないけど、今時規定通りの着こなしをしている子なんていないから、キチンとしている方が断然珍しい。

 こんなあたしがアイドルグループの一員だと聞いたら、腰を抜かされるかもしれない。むろん、まだ研究生だけどね。
 アイドルグループというのは、メンバーがみんな同じように見えるけど、実はコスが部分的に微妙に違ったり、フリも全体を通してみると、全員違う箇所がある。ウソだと思ったら動画サイトで確認してください。

 そんなあたしが、一番気に入らないのは、電車なんかでカーブを曲がったり、加速・減速の時に、みんなが重力に支配されて、同じ方向に体が傾いてしまうこと。
 なんだか、目に見えない魔力で、みんなと同じにされているようで気持ちが悪い。まあ、重力には勝てないから仕方ないと諦めてはいる。

 ある日、レッスンのために電車に乗ったとき、他の乗客以上に重力にシンクロしている男子高校生に出くわした。急カーブを曲がるときに足をふんばるタイミング、息の詰め方までいっしょだ。
 三日続いたので車両を替えてみたが、やはり居る。四回替えても居るので、こいつはストーカーかと思ったが、別に、あたしを見つめるわけでも近づく訳でもない。降りる駅も一つ手前だから、いわゆるストーカーの範疇には入らない。

「お前は、重力心配しいやなあ(^▽^)」

 シアターの改装で、珍しく土日が休みになったので、田舎のオジイチャンのところに行った。オジイチャンが好きなこともあるけど、オジイチャンはクールなんだ。
 オジイチャンは、観光筏流しの船頭をしている。川の流れでできる重力に果敢に抵抗している。本人は「受け流す」と言っているけど、とにかくカッコイイ。

 で、あたしは二日間で、重力に抵抗(受け流す)する方法を学んだ。

「お前は、お母さんと違って勘がええわ
。男やったら、ええ筏師になるのになあ」
 と、惜しんでくれた。

 そして街に帰って、電車に乗った。電車の中で、見事に重力に抵抗できるようになった。他の人のように無様に、重力に流されることが無くなった。むろんヤツとシンクロすることもなくなった。ヤツは、ガラスに映るあたしの姿でも見て居るんだろう。合わない体の動きに、なんだか焦っているようで面白かった。

 あたしが降りる一つ手前の駅でヤツが降りる時に一瞬目が合った。初めて見るヤツの目は寂しげだった。

 なぜだか、胸がキュンとした。

 あたしは否定形でしか、アイデンティティーを持てなかった。でも、否定形であるということは……相手を意識していることであり、さらにえぐって考えれば「好き」と言ってもいい気持ちなんだ。

 やつは、重力への反応でシンパシーを持とうとしていたんだ。ただ、それだけ。ただそれだけだけど、それって人間関係の始まりなんだ。重力シンパイシーのあたしは、ただ逆らっていただけなんだ。

 あたしは、なんだか、とても大事なものを失ったような気がした……。

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真凡プレジデント・68《空飛ぶ消防車》

2021-04-30 05:59:05 | 小説3

 レジデント・68

《空飛ぶ消防車》   

 

 

 びっくりしたぁ?

 

 スカイツリーを超えたところでビッチェはハンドルを手放して、こっちを向いた。

「ハンドル……」

「ここまで来ればオートなの、ポンコツだから発車と停車はマニュアルになっちゃうんだよ。じゃなくて、今の状況?」

「じゅうぶんビックリ。消防車が空飛んでるんだもん、てか、なんで消防車?」

「郵便自動車タイプもあるんだけどね、わたしの担当がこれだから」

「なにの担当?」

「お迎えの担当」

「……ああ」

 

 半年ちょっと前の12月、我が家はいろいろあって恒例のクリスマス会ができなかった。その埋め合わせのドッキリかと思った。サンタさんは夏には弱いだろうから、孫だかひ孫だかのビッチェがお迎えに来たんだ。あとから思うと突拍子もないことなんだけど、思ってしまった。

 

「サンタの孫と思われたのは初めてだ」

 口には出していないのに伝わっている。

「え……じゃ」

 夢かと思った。夢ならなんでもありだ。

「ちょっと近い……消防車は英語でファイアトラック。直訳すると火の車ね。火の車ってのは……」

 ビッチェが右手を上げると、フロントガラスがパソコンの画面見たくショートカットのアイコンがいくつも現れた。

 火の玉のようなアイコンにタッチすると、ゲゲゲの鬼太郎の一コマみたいなのが出てきた。

 鬼たちが、火で燃え盛る牛車……と言っても雅やかなものじゃなくて、鉄格子の檻に車を付けたようなの。

 その中には……ドラえもん!?

 鉄格子を揺さぶって、ドラえもんが泣き叫んでいる。あ、このドラえもん?

「そう、真凡を拉致監禁した奴。あいつ、地獄送りなんだ」

「ドラえもんの姿で?」

「本人の希望でね、ゴルゴ13が希望だったんだけど、みっともなく泣き叫んでいるゴルゴ13じゃ、著作権に関わるんで」

 火の車は、鬼たちに急き立てられ、あっという間に彼方に走り去った。

「ん?……ということは、この消防車も地獄行き?」

「そうなんだけど、そうでもない……やっぱ表現が難しいなあ……あ、もう着いちゃうから、あとはエマちゃんに聞いてくれる」

「エマちゃん?」

「さあ、着くよ、シートベルト締めて!」

 

 下降したかと思うと、消防車は富士山の火口目がけてジェットコースターのように突っ込んでいった。

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問
  •  柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
  •  北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
  •  福島 みずき   真凡とならんで立候補で当選した副会長
  •  伊達 利宗    二の丸高校の生徒会長
  •  ビッチェ     赤い少女
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かの世界この世界:183『淡路の浜でたこ焼きを』

2021-04-30 05:31:26 | 小説5

かの世界この世界:183

『淡路の浜でたこ焼きを』語り手:テル   

  

 

 

 やればできるものだ。


 ケイトの言う通り、右足を出して、それが沈まぬうちに左足を進め、左足が沈まぬうちに右足をという具合に交互に進めて行くと、背後のオノコロジマはアメノミハシラ共々霞の向こうに滲んで消えた。

「これは、淡路島を抜かしてしまって四国に着いてしまったかもしれない!」

 ちょっと興奮気味なイザナギは浜辺の砂をキュッキュッと踏みしめながら陸に上がっていく。

「ヤッタア(^▽^)/」

 無邪気なケイトは自分の水上歩行術が上手くいったので、足を痙攣させ肩で息をしながらも嬉しそうだ。

 セイ!

 小さく掛け声をかけえてジャンプすると、ヒルデは空中で一回転して地形を確認する。

 ズサ

「わるいがイザナギ、ここはまだ淡路島の南端だ。西の方、水道の彼方に四国の陸地が見えたぞ」

「そうなのか?」

「ああ、生まれて間もない世界なので、グラフィック的に言えばポリゴンが足りないのだろう。アメノミハシラは描写が凝っているから、必要なポリゴンが桁違いで切らざるを得なかったんだろうな」

 そう言えば、アメノミハシラは最初こそ寸胴の電柱のようだったけど、イザナギ・イザナミが国生みするころには、青々と葉を茂らせて巨木のようになっていた。あの描写がテクスチャでなく、木肌の凹凸、葉の一枚一枚を造形していたら、その負荷はテラバイト単位になっていただろう。安易に背景の壁紙にしてしまわないところに、この国を作っていく姿勢が現れているような気がする。

「なんだ、そうかあ……」

 現実を知ったテルが、ヘナヘナと砂浜に膝をついてしまう。

「よし、先はまだ長い。オノコロジマでは水も飲まずに出てきてしまった、ここで食事休憩にしよう」

「すまんな、イザナギ」

「いやいや、わたしの都合に付き合わせているんだしな。それに、こまめに食事休憩をしていれば、自ずと土地々々の産物を使うことになるだろうし、この国の発展にもつながると思う」

「そうか」

「じゃ、お言葉に甘えておこうか」

「うんうん(^▽^)」

「では、こんなもので……えい!」

 イザナギが指を一振りすると屋台が現れた。

「ええと、これは……」

 自分で出しておきながら、何の屋台か分からずにイザナギはインタフェイスのようなものを出してマニュアルを読みだした。

「たこ焼きのようだな……」

「「たこ焼き!?」」

 わたしとケイトはパブロフの犬のようにヨダレが湧いてくる。

「たことは……」

 北欧の戦乙女いは馴染みのない食べ物なので、いぶかし気にマニュアルを覗き込む。

「こ、これはデビルフィッシュではないか!?」

「デビル……?」

「ク、クラーケンだぞ!」

 思い出した。ヨーロッパでは、ごく一部を除いてたこを食べる習慣がないんだ。

 その名もデビルフィッシュ、悪魔の魚と名付けて恐れられている。その巨大魔物はクラーケンと言って海上の船さえ襲って海中に引きずり込むと言われている。

「いや、これは美味しいから(o^―^o)」

 ケイトが寄って来ると、早くもまな板の上にタコが実体化してウネウネと動き始めている。

「ヒエーーー!」

 あっという間にヒルデは淡路島の真ん中あたりまで逃げてしまう。

「あ、悪いことをしたかな(^_^;)」

「いやいや、作り始めたら匂いに釣られて出てくるよ、さっさと作っちゃおうよ!」

 たこ焼きモードに入ったケイトは不人情だ。

「じゃ、焼こうか!」

 イザナギが拳を上げると、たちまちタコは賽の目切りのユデダコになり、ボールの中には薄力粉を溶いた中に山芋が投入されて攪拌される。 

 やがて鉄板も程よく加熱されて、油煙を立ち上らせてきた。

「いくぞ!」

 ジュワーーーー!

「「おお!」」

 鉄板の穴ぼこに柄杓で生地が流される! 思わず歓声が出てしまう!

「よし、タコ投入!」

「イエッサー!」

 嬉々として賽の目切りのタコを投入するケイト、わたしは、言われもしないのにネギとキャベツと天かすと紅ショウガを手際よく投入というか、ばら撒く。

「テルもなかなかの手際だな」

「あ、去年の文化祭で……」

 そこまで言うと、去年、冴子といっしょに文化祭のテントでたこ焼きを焼いたことがフラッシュバックする。

 そうだ、二人の友情を取り戻すためにも頑張らなくちゃ。

 こんどこそ。

 しかし、ここは試練の異世界。目の前のミッションに集中しよう!

 ミッションたこ焼き!

 やがて、一クラス分くらいの穴ぼこでグツグツたこ焼きの下半分が焼き上がると、三人首を突き合わすようにして揃いの千枚通しでたこ焼きをひっくり返す。

「ちゃんと、バリの部分は中に押し込んでからね!」

「うん、このパリパリのバリが美味しいんだよね(^#▽#^)」

「なんだか、黄泉の国遠征も楽勝のような気がしてきた!」

 たこ焼きというのは、やっぱりテンションが上がる。

 でんぐり返しも二度目に入るころには、タコ焼きを焼く匂いが淡路島中にたちこめて、いつの間にかヒルデも涎を垂らしながら戻ってきた。

「この香ばしい匂いがたこ焼きというものなのか?」

「ああ、食べたら世界が変わるよ」

「そ、そうか……」

 ジュワ!

「あ、鉄板の上にヨダレ垂らすなあ!」

 ケイトが真剣に怒る。

「す、すまん」

 こんなヒルデとケイトを見るのも初めてだ。

「よーし、こんなもんだろ!」

 腕まくりしたイザナギは手際よくフネのトレーにたこ焼きを入れて、わたしがソースを塗って、ケイトが青ノリと粉カツオを振りかける。

「「「できたあ!!!」」」

「おお、食べていいのか!?」

「う……」

 返事をしようと思ったら、すでに手にした爪楊枝で真ん中の一個をかっさらったかと思うと、瞬間で頬張るヒルデ。

 さすがはオーディンの娘! ブァルキリアの姫騎士!

「あ、ヒルデ!」 

「うお! ふぁ、ふぁ、ふ……ぁ熱い!」

 見敵必殺の戦乙女の早業が裏目に出た。

「水を飲め!」

 目に一杯涙をためて熱がるが、それでも姫騎士、口から吐き出すと言うような無作法はせずに、イザナギが差し出したペットボトルの水を飲みながら、無事に咀嚼して呑み込んだ。

「ああ、死ぬかと思った……」

「どうだった、ヒルデ?」

 ケイトが身を乗り出す。

「ああ、美味かった。国生みの最初から、こんなものを作るなんて、日本の神話も侮りがたいものだ……」

 ヒルデの真剣な感想に、屋台を囲んだ『黄泉の国を目指す神々の会』は暖かい空気に包まれた。

「さあ、我々もいただこうか」

 四人揃ってたこ焼きをいただく。

 淡路の砂浜で食べるたこ焼きは、なんとも豊かな味わいだ。

 美味しいものを食べると、みんな幸せになるのは嬉しいことだ。ムヘンでは、なかなかなかったことだ。

 大変な旅かもしれないががんばろうという気持ちになった。

 その幸福感のせいか、背後の草叢の気配に気づくのが遅れるわたし達だった……。

 

―― この世界 ――

  •  寺井光子  二年生   この長い物語の主人公
  •  二宮冴子  二年生   不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば逆に光子の命が無い
  •   中臣美空  三年生   セミロングで『かの世部』部長
  •   志村時美  三年生   ポニテの『かの世部』副部長 

―― かの世界 ――

  •   テル(寺井光子)    二年生 今度の世界では小早川照姫
  •  ケイト(小山内健人)  今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる
  •  ブリュンヒルデ     無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士
  •  タングリス       トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係
  •  タングニョースト    トール元帥の副官 タングリスと共にラーテの搭乗員 ノルデン鉄橋で辺境警備隊に転属 
  •  ロキ          ヴァイゼンハオスの孤児
  •  ポチ          ロキたちが飼っていたシリンダーの幼体 82回目に1/6サイズの人形に擬態
  •  ペギー         荒れ地の万屋
  •  イザナギ        始まりの男神
  •  イザナミ        始まりの女神 
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ライトノベルベスト『となりのアソコ・3』

2021-04-29 06:17:12 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『となりのアソコ・3』  




 どうしよう、あたしって、まだ清純なままだ……!

「ほんの200CCでいい。分けてくれないか。むろん喉に噛みついたりしない。この通り消毒用のアルコールもあるし、注射器もある。ボクの注射は痛くないから。なんたって、この数百年ずっとやってきたからね」
「で、でも……」
「頼む。ボクは、まだ耐えられるけど、妻が……」
「奥さんが?」
「うん、妻は、日本にきてから、摂取した血のいいところだけ集めて作った人間なんだ」
「そんなこと、できるの!?」
「イブは、アダムの肋骨から作られた。バンパイアにも、ぼくぐらいになると、それが出来る。それで、なんとか子孫を残そうと思って……現在確認した中で純潔なバンパイアは、ボク一人だけなんだ……ほら、これが妻だよ」

 或角さんは、弁当箱ぐらいの箱を開けた。そこにはリカちゃん人形ほどに小さくなった奥さんが眠っていた。

「これ以上小さくなると命に関わる。奈月くん、頼むよ」
 顔色も悪く箱の中で眠っている奥さんを見ていると断れなくなってきた。
「じゃ、200CCだけ……」
「ありがとう!」
「はい、どうぞ!」
 駐車嫌いなあたしは、顔を背けて、右腕をさしだした。そのまま十秒ほどたった。
「まだですか?」
「いや、もう頂いたよ」
 見ると注射器の中には、ちょうど200CCと書かれたところまで血が入っていた。
「いつの間に……」
「言ったろ、注射の名人だって。蚊が刺したほどにも感じなかっただろ?」
 そう言いながら、或角さんは、箸ほどの細さの奥さんの腕に注射していった。200CCなんて、この小さな体に入るんだろうかと思ったけど、魔法のように血は全部入っていった。
「これでいい……効き目が現れるのには少し時間がかかるけどね。その間安静にしとかなくっちゃいけないんだ。もう少しいいかな?」
「う、うん。他には誰も居ないから」
「ありがとう……この街なら大丈夫だと思って越してきたんだけどね……真っ当そうに見えるのは表面だけ。十六歳以上で純潔な子なんて、ほとんど居やしない」
「そんなに、Hしまくってはいないと思いますよ……」
「処女でもね、いろいろ健康食品やら、サプリメント使ってたりするとダメなんだ」
「そうなんだ」
「それと、除菌剤とか空気清浄機とかね……あれもダメ。ほら、むかし塩って専売公社の独占で100%NACLだったじゃない。あれって、ミネラルとかなくって、本来の塩とは呼べないものだったんだよ」
「ああ、なんだか分かる気がする。うちはそんなの使ってないし、塩だって赤穂の塩つかってるし」
「今時めずらしいお家だって感心してたんだよ。でも、お隣だろ。奈月くんには手を出さないでおこうって、こいつと、いつも言ってたんだ」

 そのとき、奥さんが「う~ん」と伸びをして起きあがった。まるで生きてるリカちゃん人形。

「あ、気が付いたんだ。やっぱ奈月くんの血は効き目が違う!」
「200CCぐらいでよかったら、毎日でもどうぞ」
「ありがとう、奈月くん」
だめよ、それは
 奥さんの声は、小さくなったせいか初音未来みたいに甲高い声だった。
輸血してもらって分かったの。あたしたちが頂いて良いような血じゃないわ
「だって、こんなに具合が……」
良すぎるの……」

 奥さんは、旦那さんに耳打ちした。

「え、そうだったのか……これは失礼した。ボクたちは、他の街を探すよ」
 或角さんは、そう言うと奥さんといっしょに窓から飛び出した。
「待って!」
 追いかけて、窓から外を見ると、大きいのと小さいのと二匹のコウモリが、遠くへ飛び去っていった。

 また、隣が空き家になった。アソコのひび割れは、もう無くなってしまった。

 あたしは、お父さんの勧めで、えごま油や菜種油も飲むようになった。
「これ、本当に体にいいね」
「だろう。お父さんの家の秘伝だからね」
「……あ」
「なんだい?」
「なんでも」

 あたしは思い出した。お父さんは養子で、旧姓を鍋島っていうんだった……。

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真凡プレジデント・67《クシャ》

2021-04-29 06:01:21 | 小説3

レジデント・67

《クシャ》    

 

 

 あれ?

 

 道の向こうを歩いているのは……なつき・綾乃・みずきの生徒会……みずきさんの陰に……え? わたし?

 

 たった今、退院して……うん、迎えの車は角の向こうのはず?

 体重が10キロ減った他に異常は無いし、体もピンピンしてるから「いいよ、一人で帰れるから」と返事した。

――ごめんね、明日の朝一番で戻らなきゃいけないから――

 お母さんは済まなさそうに、うん、電話の向こうでスマホを挟むようにして手を合わせてる姿まで浮かんできて、思わず笑ってしまった。

 たった二日の入院だったし、拉致されるっていう異常事態だったし、お母さんは無理して戻ってきてくれた。

 警察やら病院、マスコミの対応もみんなやってくれて、夕べ……今朝の未明まで付き添ってくれたんだ、一人で帰るくらいなんでもない。

 急なことなんで、なつきたちにも知らせていない。

 

 逃げ水が見える。

 

 あまりの暑さに、地表近くで空気が屈折して、あたかも水があるように見えてるんだ。

 その逃げ水に紛れて、四人連れはゆらゆら揺らめきながら朧になって消えていく。

 この距離で消えてしまうということは、やっぱ幻なのかもしれない。

 

 えと、二つ目の角……二つ目の……ヤバイ、行き過ぎるところだ。

 

 クシャ

 

 足許を見ると、バラバラになったセミの抜け殻。

 たとえ抜け殻でも踏んづけたと思うと気持ちが悪い。

 でも、死骸でないだけましかな、あちこちに落ちてるし。気を付けよう、踏んづけないように。

 

 俯いた視界の上に赤い圧を感じて視線を上げる。

 

 消防自動車……?     

 

 疑問符が付いたのは、ちょっとレトロな消防自動車だったから。

 ボンネットって言うんだろうか、昔のトラックみたくノーズの長いやつ。

 ビックリしていると、ドアが開いて赤ずきんが下りてきた。

 赤ずきんと言うのは印象で、頭巾なんかは被ってなくて、赤のTシャツに赤のミニスカ。

 小気味のいいポニテの丸顔、ちょっと気の強そうな黒目がクリクリしているのが可愛いんだけど、クリクリ動いているというのは、上から下まで、わたしを観察しているからだ。

 

「おまたせ、あなたが真凡ね」

「え、あ……うん」

「助手席に乗って、すぐに出発だから」

「え?」

「はやくはやく」

「う、うん」

「あたし、ビッチェ。よろ~」

 

 握手しながらアクセルを踏むと、ブルンと身震いして消防自動車は動き出した。

 シートに背中が押し付けられる。

 坂道を上っているのかと思ったら……え?

 消防自動車はゆるゆると空を飛んでいるではないか!

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問
  •  柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
  •  北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
  •  福島 みずき   真凡とならんで立候補で当選した副会長
  •  伊達 利宗    二の丸高校の生徒会長

 

 

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せやさかい・203『非常事態宣言の中のうちら』

2021-04-28 10:55:15 | ノベル

・203

『非常事態宣言の中のうちら』さくら     

 

 

 わたしたちバカになるかも……

 安西さんの最後の言葉がリフレインする。

 

 安西さんいうのは、学年で一番と言われてる才女でベッピンさんのクラスメート。頼子さんが卒業してからは、この安西さんが才色兼備のミス安泰中学!

 クラスメートいうても、教室で一緒やったんは三週間ほど。

 学年はじめなんで、席は『あいうえお順』で、苗字が酒井のわたしの横。サ行のわたしは『あいうえお順』の席やとア行の人がくることが多い。

 頼子さんで耐性の付いたうちは、わりと平気で才色兼備の安西さんと話ができた。

 その安西さんが「わたしたちバカになるかも……」と呟いた。

 ペコちゃん先生が「オンライン授業になります」と宣言したから。

 ペコちゃん先生は学校の決定を伝えただけやから罪は無い。

 学校も教育委員会の決定に従っただけやから罪は無い。

 教育委員会も日本国政府の非常事態宣言に忠実に従っただけやさかい罪は無い。

 日本国政府もコロナの蔓延のために止む無く出した宣言やから罪は無い。

 悪いのはコロナやさかい……ああ、もう! 考えると行き止まりになる!

 

 パンピーのうちは「ああ、もう!」と言うしかないねんけど、才色兼備さんは「わたしたちバカになるかも……」と、一歩進んだ予想を立てる。

 オンライン授業では、やっぱり授業になれへん。

 先生も生徒もモニターの画面越しでは普通の授業の半分ほどしか入ってこーへん。質的にも量的にもね。

 ペコちゃん先生は二日に一回くらいの割で生徒の家を訪れる。

 プリント配るのと回収するため。

 その出で立ちは、ごっついマスクにサバゲー用のゴーグル。カバンの中に入れた携帯用の消毒スプレーを手に吹きかけてからプリントを渡すという念の入れよう。

 それで、きちんと90センチのディスタンスを守って、それでもTwitter二回分くらいのコミニケーションをとっていかはる。一件につき2分くらいやと思う。

――先生も大変なんだ、頭が下がります――

 先生の訪問を受けた安西さんは、わたしにメールをくれる。

 家の人に撮ってもろたんやろ、ペコちゃん先生とツーショットの写真付き。

――いつか、笑って、この写真を見れる日が来るよ。その時の為に面白写真いろいろ残します。酒井さんも面白いの撮れたら送ってください――

 ほんまに行き届いたひとです。

 

 その安西さんはオンライン家庭教師を付けた。

 

――カテキの先生も熱心にやってくださるけど、やっぱり学校のオンラインてアリバイでしかないんだよね。もう十カ月もしたら受験だし、ちょっとがんばります(^▽^)!――

 カテキてなんやろ?

 数十秒考えて家庭教師のことやと見当がつく。いわゆるJKスラング。うちらはまだJCやのに、安西さんは進んでます。

 いやはや、頭が下がります(^_^;)。

 

 うちらの問題は部活。

 

 部活禁止令が出てしもたさかいね。

「去年も夏ごろまでは、こんなだったね」

 コタツを挟んで留美ちゃんとわたし。

 文芸部の本拠地は本堂裏のお座敷。ここは窓が無くて、直接には日が差さへん部屋なんで、四月の末やいうのに、まだコタツが出してあるんです。

 部活禁止やから二年の夏目銀之助は来られへん。ちょっと可哀そうやけどね。

 オンライン授業は、ここで受ける。

 自分の部屋で受けてもええねんけど、オンラインでも授業は授業、部屋を変えた方が切り替えがききます。

 部室いうことは学校の一部いうことやし、気が散るようなものは置いてないしね。

 なんちゅうても、同居人でありクラスメートである留美ちゃんといっしょに授業受けられるいうのんは、このご時世、ちょっと贅沢をしてるみたいで、ポテンシャルが上がります。

 銀之助の発案で、アニメ化されたラノベを読んでます。

 アニメはネットフリックスとAMAZONプライムビデオがあるねんけど、画質はAMAZONプライムの方がええさかい。AMAZONで見てます。AMAZONプライムはテイ兄ちゃんが入ってるんで、部室のテレビでも観られるようにしてもろてやってます。

 けいおん 氷菓 輝けユーホニアム たまこまーけっと 甘城ブリリアントパーク 中二病でも恋がしたい

 四月に入って、原作を読んでアニメを観たものをざっと挙げるとこんな感じ。

 すでに観たことがあるものもあるけど、文芸部であらためて観たり読んだりすると感慨ひとしおやったりします。

『先輩、なにか気が付きました?』

 モニターの向こうで銀之助が得意そうな顔で聞いてきよる。

「え、まあ、ほとんどあんたが推薦したもんやけど、なかなか面白かったよ」

 ラノベもアニメも「ウフフ」「アハハ」「なるほど」「魅せますなあ」という作品ばっかりやった。

「フフ、わたし分かったよ(ΦωΦ)」

 留美ちゃんが得意そうな猫顔になる。

「え、なになに?」

 うち、一人分からへん。

「アニメは全部、京アニの作品だよね?」

「え、ほんま?」

『え、酒井先輩は気が付かなかったんですか?』

「え、あ、あ、ああ、そう言えば……(^_^;)」

 アハハハハ

「わ、笑うな! ええもんはええと分かってんねんやさかい!」

「ごめんごめん、そんなつもりじゃないんだよ、わたしも夏目君も」

『そうですよ、先輩のそういう反応、可愛いですよ(^▽^)/』

「年下の癖にかわいい言うなあ!」

『ハハハ、すみません。じゃ、今週の夏目の推薦はこれです……』

 あらかじめ仕込んであったんやろ、パソコンの画面はアニメのPVに変わった。

 なんや、ぶっとんだロボゲーいう感じのアニメ。

「ガンダム……ちゃうなあ」

「あ、これは」

「留美ちゃん、言うたらあかんで……う~ん……エヴァンゲリオン……でもないなあ……」

 悩んでるうちにタイトルが出てきた。

『フルメタルパニック』

「ロボット戦隊ものか……」

 こういうジャンルのには、ちょっと弱い。それに、見慣れた京アニやないし。

「ううん、これも京アニだよ」

「え、このロボゲーが!?」

 心の声を読んだのか、留美ちゃんが嬉しそうに注釈。

 う、う、う、京アニ恐るべし……

 二人にアハハと笑われてると、スマホの着信音。留美ちゃんのスマホや。

「えと……え…………ええ!?」

 メールを読んだ留美ちゃんの顔色がみるみる青ざめていった……。 

 

 

 

 

 

 

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ライトノベルベスト『となりのアソコ・2』

2021-04-28 08:11:59 | ライトノベルベスト

ライトノベルベスト

『となりのアソコ・2』  




 学校に行くついでにゴミを出すと、電柱の側で隣の奥さんが倒れていた。

「大丈夫ですか、或角さん!?」
「……大丈夫」
 と、一言言って、ほとんど気を失った。あたしは或角さんの玄関のドアを叩いた。
「或角さん、或角さん、奥さんが、奥さんが!」
「しゅ、主人は、出かけて……」
「お、奥さん! 或角さん!」
 側によると、本格的に気を失った。顔面蒼白。ただごとじゃない。あたしはスマホを取りだして救急車を呼び、家にいたお母さんを呼んだ。
「困ったわね、お母さん、これから仕事だし……」
 ちなみにお母さんは、パートでヘルパーをやっている。他の仕事と違っておいそれとは休めない。
「いいわよ、お母さん。あたしが病院まで付いていく」
「そう、じゃあ、なにかあったらすぐにお母さんに電話して。最初の鈴木さんが済めば、あとは代わってもらえそうだから」

「ちょっと重症な貧血ですね」

 お医者さんが、そう言った。旦那さんも駆けつけてきたが、文字通り駆けてきたんだろう、上着も脱いでネクタイも外し、汗みずくだった。
「とりあえず、今から点滴と輸血をします」
「あ、申し訳ありませんが、宗教上の理由で輸血出来ないんです」

 けっきょく奥さんは点滴と、増血剤を処方されて、夕方まで安静ということになった。

 学校は二時間目から間に合った。どこでどう間違って情報が伝わったのか、あたしが急病で救急車で搬送されたと伝わっていて、あたしが授業中の教室に入ると、どよめきがおこった。
 しかし、我がクラスメートながら、なんと健康的で、噂好きなことであることか。
 一見真っ当そうな女子高だけど、裏では結構いろんなことをやっている。昔と違ってただの耳年増ということだけじゃない……て、Hなこと想像した人は、もう前世紀のオッサン。
 むろん、そっちの方で体験済みやら、研究熱心な子もいるけど、健康や美容に気を付けて、サプリメントを試したり、中にはエステに通っている子や、プチ整形やってる子もいる。まあ、あたしみたいにオリーブオイル飲んでる子はいないだろうけど。

 奥さんが倒れてから、或角さんちは静かになった。もう、窓を開けても、アソコから物音もしなければ、コウモリが出入りすることも無くなった。
 いつの間にか、バラの季節も終わり、紫陽花が顔色を変えるようになってきた、ある晩のこと……。

 人の気配で、目が覚めた。

 一瞬の恐怖。その晩、お父さんは出張。お母さんは、ヘルパーの泊まりだった。
「ごめん、起こしてしまったね」
 ため息混じりに、そう言ったのは或角さんのご主人だった。
「ど、どうして或角さん……!」
「あ、要件を言う前に、事情を説明しとくね。ま、したって夜中に女の子の部屋に忍び込むなんて、とんでもないことなんだけど、まあ、聞いてくれるかい?」
「え、ええ……」
 その時の或角さんは、なんだか、とてもくたびれていた。

「実は、僕はバンパイアなんだ」

「アンパイア……野球の?」
 思わぬズッコケに、或角さんは可笑しそうに、でも力無く笑った。
「いい子だ、奈月くんは……あんまり日本語にしたくないけど、吸血鬼」
「じぇじぇじぇじぇ!」
「アルカードって、英語のスペルでAlucard。これ、デングリガエすと……」
「D・r・a・c・u・l・a……Dracula(ドラキュラ)!」
「そう、由緒あるバンパイア一族のみに許された隠し姓」
「そのドラキュラさんが、何を……!?」
「あ、半分は想像の通り。奈月くんの血を分けてもらいに来たの。あとの半分は間違い。別に奈月くんは吸血鬼になったりしないから。あれは、単なる伝説」
「あ、でも、あたし晩ご飯ギョウザだったから」
「ニンニクも平気」
 あたしは、せっぱ詰まって机に手を伸ばしシャ-ペン二本で十字を作った。賢いことに、机の照明をつけたので、ちょうど十字の影がもろに或角さんに被った。
「それも平気」
「もう!」
「実は、この街なら、清純な血液に不足ないと思って越してきたんだけどね……アテが外れたよ」
「純潔な乙女の血じゃなきゃ、だめなのね」
「それは……ビンゴ」

 どうしよう、あたしって、まだ清純なままだ……!

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真凡プレジデント・66《退院と時をかけるまあちゃん》

2021-04-28 06:52:04 | 小説3

レジデント・66

《退院と時をかけるまあちゃん》    

 

 

 脳波は戻ったけど、10キロの体重は戻らない。

 

 しかし、他に異常は無いので週に一回の通院を条件に退院することになった。

 両親は間に合わないので、生徒会の三人が付き添ってくれる。

「ケーキバイキングは延期になったからね」

 なつきが嬉しそうに言う。

「やっぱ、みんなで行かなきゃね」

「四人揃っての方がおいしいもんね」

「あ、すみません、荷物くらい持ちます」

 ロビーに来てくれた綾乃とみずきさんが手荷物をかっさらう。

「いいよいいよ、こういうときくらい甘えていいわよ」

「すみません」

「他人行儀だわよ」

「ちょっと痩せたんじゃない?」

「あは、ダイエットになったかな(^_^;)」

「羨ましいなあ、ケーキいっぱい食べられるわよ」

「あたしもダイエットするから、ケーキバイキングは月末にしようよ」

「なつきは、うんと食べて縦に伸びなきゃ」

「あたしは、まだ育ちざかりなんです!」

 

 三人とも気を引き立てようとしてバカな話ばかり、事件のことには触れないようにしてくれているんだ。

 ありがたいことだと思う。

 たった二日間のことだったけど、病院を出た時の空気はとても爽やか。

 子どものころ亡くなったお祖母ちゃんちに行って、お姉ちゃんや従兄妹たちとかくれんぼした時のことを思いだした。

 奥座敷の押し入れの布団の間に潜り込んだわたしは、影の薄い子だったせいか誰にも見つけてもらえなくって、そのまま寝てしまった。お姉ちゃんは従兄妹たちと蝉取りに出かけてしまい、わたしが発見されたのは、お祖母ちゃんが、子どもたちが寝る布団を出そうと押し入れを開けて、よっこらしょっと布団を出した時。

 お祖母ちゃんの「あれ?」って声と、押し入れの中まで届いた西日で目が覚めた。

 お祖母ちゃんの「あれ?」は『この子誰だったっけ?』という響きがあった。「……あ、お祖母ちゃん」と目が覚めると声で分かって「ああ、まあちゃん(お祖母ちゃんは真凡じゃなくて、愛称の『まあちゃん』で呼んでくれてた)かくれんぼしてて寝ちゃったんだねえ(^▽^)。さあ、もう晩御飯だから、表の座敷に行きな」と押し入れから出してくれた。

 長い弓型の縁側を通って母屋に、ちょっと前に夕立があったのか、庭の苔や木々は葉っぱに露を宿してつやつやし、空気がとても爽やかだった。

 そう、あの時の爽やかさに似ている。

 どこかで、ヒグラシの鳴く声が聞こえたような気がした。母屋に向かう縁側ではヒグラシの鳴く声がしていたのを思い出して、母屋への縁側から見た田舎のイメージが今までになく鮮明になった。

 子ども心にも、ひょっとして、わたしてばリープした……?

 テレビで女子高生がタイムリープするドラマが高視聴率をとっていて、そのドラマの事が頭に浮かんで時めいた。

 わたしは、現実によーく似た異世界に飛ばされたのかもしれない……。

『時をかけるまあちゃん』なんてタイトルが浮かんで、ひとりワクワクしていたっけ……。

 

「あ、タクシーー来たよ」

 みずきさんが、病院のゲートに差し掛かったタクシーに手を上げる。

「ちょっと窮屈だけど、四人揃っての方がいいよね」

 綾乃の提案にみんな賛成。

 タクシーのトランクに荷物を入れると、卒業旅行のノリでシートに収まる。

 病院のゲートを出て、四車線の道路に入るためにグッと旋回。

 

 一瞬、向こう側の歩道を歩いているのが目に入った。

 もう一人のわたしが、ゆるゆると歩いているのが……。

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問
  •  柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
  •  北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
  •  福島 みずき   真凡とならんで立候補で当選した副会長
  •  伊達 利宗    二の丸高校の生徒会長

 

 

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誤訳怪訳日本の神話・37『ヌナカハヒメとスセリヒメ』

2021-04-27 09:46:08 | 評論

訳日本の神話・37
『ヌナカハヒメとスセリヒメ』  

 

 

 越の国はヌナカハヒメの館、その門前に立って、ヤチホコノカミ(オオクニヌシ)は歌を詠みます。

 最初、返事は返って来ませんが、何度か門の中に歌を投げ入れている(ヌナカハヒメの従者が取り次いだのか)うちに返事が返ってくるようになり、ヤチホコノカミは邸内に招じ入れられていい仲になります(n*´ω`*n)。

 しばらくは越の国に留まって楽しく暮らしたと記紀神話にはあります。

 ヤマガミヒメ、スセリヒメと数えて三人目の妻です。

「この調子で、もっと妻を増やしなさい!」

 ヌナカハヒメが言ったかどうかは分かりませんが、ヤチホコノカミは西日本のあちこちに出かけては妻を増やします。

 ヤチホコノカミ(オオクニヌシ)はヤチホコ(沢山の武器)を背景に西日本のあちこちを従えます。

 武力を背景にしていますが、力ずくという感じではなかったんでしょうねえ。

 地方の神々を妻にする(きちんと地方の神々を祀る)ことで信用を得て行ったのだと思います。

「越の国だけじゃなくて、山の向こうの、そのまた向こうの湖の国にも行って、豊かで平和な暮らしを広めてあげてください。わたしたちには子供も生まれましたし(^▽^)/」

 二人の間には建沼河男命や建御名方神(たけみなかたのかみ)=諏訪大社主神などが生まれています。

「え、いいの?」

「わたしのところだけが平和では申し訳ないです。あなたはスサノオノミコトからウツクシタマノカミの名もいただいているのですから」

「あ、それ忘れてたけど、めちゃくちゃイケメンの男って意味なんだよなあ(〃´∪`〃)」

「いいえ、魂までも美しい……」

「そ、そう? じゃ、じゃあ行ってみようかなあ(^_^;)」

 鼻の下を伸ばしてヤチホコノカミはあちこちに足を延ばして妻を増やしました。

 タキリヒメ(アマテラスがスサノオの剣を嚙み砕いて生まれた女神)、カムヤマタテヒメ、トトリノカミ(鳥取県の語源になった)などがそうですね。

 収まらないのがスセリヒメです。

「おい、ヤチホコ! オオクニヌシ! オオナムチ! いや、アシハラシコオ!」

「あのう……なんと呼んでくれてもいいんだけどね、そのアシハラシコオってのは日本一の不細工男って意味だから、ちょっと傷つく……」

「ふん、アシハラシコオで十分よ! それに、シレっと意訳してんじゃないわよ! シコオってのは不細工なんて生易しい意味じゃないわよ、一円玉ってことよ、一円玉!」

「え、なにそれ?」

「これ以上は崩せないって意味よ! それくらいに醜いって意味よ!」

「アハハ、うまいうまい(^▽^)/」

「笑ってごまかすなああ!!」

「ほんと、お父さん(スサノオノミコト)の直感は正しかったわよ、ほんと日本一のクズよ! あんたは!」

「いや、だから、これはね、ヌナカハヒメも言ってるけど、世の中を平和にするためなんだよ。うん、世界平和のためなんだよ。いや、ほんと、タケミナカタノカミが生まれてこなきゃ信濃国とも上手くいかなかったし、トトリノカミが生まれなきゃ『鳥取県』の名前も無かったわけだしさ」

「そいうことをシレっと言ってしまえる男なのよ! あんたみたいなのがいるから日本の男の浮気が停まらなくなんのよ!」

「いい加減にしろ!」

 ヤチホコノカミはスセリヒメに背を向けて馬の鐙に足を掛けます。

「いいえ、やめないわ! 今度は、ヤマトに行くつもりでしょ!? お願い、ヤマトだけはやめて!」

「うっせえ! ヤマトで待ってる女(ヒト)がいるんだ!」

「ヤマトに行ったら、今度は、あんたが呑み込まれるから、お願い、わたしのヤチホコ……」

 スセリヒメは手綱と鐙に手をかけビクともしません。

 手綱と鐙に掛けた手からは血が滲んでいます。父のスサノオによく似た黒目がちの瞳からは滂沱の涙が溢れ、涙の川となって道を隠してしまいます。

「……わかった、わかったよスセリヒメ。もう、どこにも行かないよ、この出雲で静かに暮らすことにしよう」

「そうよ、わたしのアシハラシコオ……」

 こうして、ヤチホコノカミは、やっと出雲に腰を落ち着けました。

 スセリヒメが最後にアシハラシコオと呼んだので、ヤチホコは、それ以上にはモテることもなくなり、大国主命として落ち着きました。

「でも、やっぱり心配!」

 スセリヒメは、亭主が浮気の虫を起こさないように、出雲大社だけは日本一の美しい巫女さんで揃えましたとさ……。

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ライトノベルベスト『となりのアソコ・1』

2021-04-27 06:28:44 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『となりのアソコ・1』  




 となりのアソコが気になってしかたがなかった。

 アソコとは、となりの東側、三階部分の屋根の下、一ミリほどの亀裂。軒下から斜めに十センチほどのところで、外から見ただけでは絶対に分からない。少し強い雨が降った後、うっすらと亀裂の形に水が染み込んだ跡が出る。雨がやんで半日もすると消えてしまうし、表の通りからは分かりにくいせいか、もう何カ月もそのままになっている。あたしの三階の部屋からは、お隣りの壁まで一メートルほどなのでよく分かるんだ。
 きっと、家の中は水が柱や壁づたいに染みこんで家を傷めて居るに違いない。注意してあげたいんだけど、やりようもない。

 だって、となりは一年ちょっと前から空き家だから。

 その空き家に購入希望者が来た、若い夫婦だった。
 頭金に貯金を使って、あとは三十年ローン。そんなとこかな……と、思った。
 言ってあげようかな……と、思ったけど、不動産屋さんにしてみれば営業妨害になる。
 それに、中に入って、ちょっと気を付けて見れば、すぐに雨漏りの跡なんかが見つかって分かってしまうだろう。
 あたしは、そう独り決めして、なにも言わなかった。

 ところが、その夫婦は、二回下見に来たあと、その家を買ってしまった!

 この日曜日には、四トンの引っ越しトラックに、ちょっと足りない程度の家財道具を運んで、いそいそと引っ越してきた。
「となりに越してきました、或角(あるかど)です。どうぞよろしく」
 その晩には、故郷の特産品だというチョコレートを持って引っ越しの挨拶にきた。
「珍しいお名前ですね。或角さん……」
「失礼だぞ、お名前のことなんか」
 苗字に興味を持ったお母さんを、お父さんがたしなめた。
「ああ、ボク帰化してつけた苗字なんです。もともとはアルカードって、当て字です」
「ホホ、そう言えば、ご主人なかなかのイケメンでいらっしゃる」
「いえいえ、こちらのお嬢さんこそAKBにいてもおかしくないほど、可愛くっていらっしゃいますよ」
「ほんと、柏木由紀に似てらっしゃるわ」
「あ、てかSKEの松岡菜摘に似てるなあ」
 言われたあたしはドギマギして、それどころではなくなった。
「すみません。あたしたち、夫婦揃ってアイドル好きなもんで(^_^;)」

 で、壁のヒビは言えなくなってしまった。

「ね、お母さん、あの壁、ヒビ入ってるでしょ?」
「そお……光の加減で、そう感じるだけじゃない。なんかあったら、或角さん自身が不動産屋さんに言うわよ。奈月、あんまり人の家のこと言うんじゃないわよ」
 お母さんに言ってみたけど、一言のもとに却下。
 ま、常識的に考えれば、お母さんの言う通りだし。あたしの目の錯覚かもしれないと納得。奥さんは、可愛い人だったけど、なんてのか、一目では覚えられない可愛さ。日本人の二十代の女の人のいいとこ取りをしたら、こうなるって感じ。ご主人は阿部寛に似た、やっぱ外人さん。だけど、日本で生まれたのか、育ちが長いのか、物腰が日本人で、言われてようくみなければ分からない。ま、美男美女の夫婦であることには違いない。

 困ったことが、二つ起きた。

 一つは、隣の或角さんちの……その……気配が感じられること。その……若い夫婦でしょ。で、夜の気配が、なんちゅうかもろ聞こえちゃう。女子高生のあたしには刺激強すぎ!
 で、その気配が、アソコから聞こえて来るような気がする。以前住んでいたのはガキンチョが二人もいる田中さんだったけど、兄妹ゲンカが夫婦ゲンカに発展したけど、ご主人が怪我をして救急車が来るまでは気が付かなかった。
 ま、それだけ、互いに遮音性に優れた建て売りではある。

 季節がら、エアコンつける時期でもないし、網戸ぐらいで寝たいんだけど、窓を閉めて寝ることにする。それでもなんとなく気になるのは、あたしが、そういうHな妄想をしたくなる年頃のせいかもしれない。

 寝不足か……と、お父さんに言われてしまった。

「いろいろ考える年頃なの」
 そう言うと、ちょっと考えてから、こんなことを勧めてくれた。
「オリーブオイルを飲むと、よく眠れるよ」
「え、オリーブオイル!?」
「ああ、ギリシャ人なんか、よくやってるって。まあ、最初はコップ1/4ぐらいからやってみな」
 言われて飲んでみると、これがいけた。するっと喉に入って油っぽさがない。おかげでグッスリ眠れるようになった。

 そうそう、もう一つ気になること。五月下旬並の暖かさだった日、家に帰ると、部屋がムッとしていたので、窓を開けた。爽やかな風が吹き込んで良い気持ち。で、そのまま夕方に。
 夕飯を終えて、開けっ放しの窓。アソコから気配がした……て、Hな気配じゃなくて、なにかが居る気配。

 そっと、窓から覗くと、大きくなったアソコのひび割れから二匹のコウモリが飛び立っていった。

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真凡プレジデント・65《体重は何キロありましたか?》

2021-04-27 06:04:38 | 小説3

レジデント・65

《体重は何キロありましたか?》    

 

 

 

 人間の体と言うのは不思議だ。

 

 危機的状態になると脳から麻薬的な物質だったか信号だったかが発信されて痛みや恐怖を緩和するらしい。

 お姉ちゃんがMCをやった特集番組で言っていた。

 災害に遭った人が瓦礫に埋もれて、助けられたのが72時間後。ふつう36時間~48時間が限度で、誰もが助からないと思っていて。救助隊もほとんど遺体捜索のつもりだったのが無事に発見される。

 助けられた本人は72時間の憶えがなく、せいぜい24時間の感覚だったとか。

 つまり、ほとんどの時間、脳から発せられたものによって、いわば冬眠状態のようになっていて助かったのだ。

 

「72時間たったんですか……」

 

 救助された時、朦朧とした意識の中で、そう聞いたそうだ。

 実際は23時間あまりだった。

 生徒会の三人が車の特徴を覚えていて、警察は慎重に捜査。

 途中、車を乗り換えたので手こずったそうだが、今の時代、あちこちに防犯カメラ、それに行き交う車には車載カメラがついている。

 わたしが拉致されたニュースがテレビやネットで流れて、多くの人が情報を提供してくれた。

 でもって、乗り換えた車の特定も進んで、発見に至ったということらしい。

 

 フリーアナウンサー田中美樹の妹の田中真凡さんが誘拐される!

 

 そういうキャプションで世間に知れ渡った。

 なつきが撮ってくれた写真が公開された。上から下までお姉ちゃんの服で固めて、頭には毎朝テレビのキャップを被ったのが。

 世間の興味は、田中美樹 の妹の 田中真凡

 半分の人たちは田中美樹が誘拐されたと思ったらしい。

 だから、こんなに情報提供がなされ、23時間と言うスピード発見になった。

 毎朝テレビは、世間の怨嗟の中に潰れて行ったが、看板女子アナ田中美樹の人気は絶大だと再認識させられた。

 

 ミイラになることも、オモラシすることもなく救助されたわたしは、それでも23時間を確認した後意識を失った。

 

「体重は何キロありましたか?」

 念のための検査でお医者さんに聞かれる。お医者さんでも答えるのは恥ずかしい。

「あ、えと……53キロくらいです」

「……だよね、健康診断でも、そうなってるよね」

 知ってるんなら聞かないでほしい。

「体重がなにか……」

「もう一度体重計に乗ってもらえます」

「は、はい」

 おそるおそる足を載せる。

「やっぱ、42キロだね……違う体重計を使ってみよう、あ、それじゃないほう」

 看護師さんが手にしたデジタルをキャンセルして、お医者さんが指差したのはレトロなアナログ体重計というよりはハカリだ。

 そっと足を載せる。

「……42キロです」

 キッパリと看護師さん。

「きみ、載ってみて」

 言われた看護師さんは、一瞬嫌な顔をしたが、きちんとハカリに乗る。

「……62キロ……、狂ってないよね?」

「お昼を食べてなければ61キロです」

 可愛く見栄を張った看護師さんだけど、それには構わずに、わたしを見た。

「怖い目に遭って体重が減ることは、ままあることなんだけど、それでも10キロはありえないなあ」

 

 わたしって、10キロも減った?

 

 そのあと、女医さんに交代して体の隅から隅まで調べられた。

「この体格なら50キロは無いとおかしい……」

 数分腕を組んだ女医さんは、なにか思い立ったようで、ポンと膝を叩いた。

「ちょっと、脳波を計ってみましょう」

 

 ラグビーのヘッドギアみたいなのを被らされて脳波を計ることになった。

 

「この脳波計おかしい、ちょっと……」

 女医さんは看護師さんに目配せ、看護師さんは――またか――という顔をしながらヘッドギアを装着。

「やっぱ、正常だ……」

「どこがおかしいんですか?」

 思い切って聞いてみた。

「あのね……見た方が早いわね」

 女医さんは、レシートのロールに似た計測用紙を示してくれる。

 素人目にも分かった。

 脳波を表すグラフが二重になっている。

 つまり、二人分の脳波がダブっているように見えるのだった!

「いや、二人分の脳波よ」

 女医さんはキッパリと言い放って腕を組んだ……

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問
  •  柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
  •  北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
  •  福島 みずき   真凡とならんで立候補で当選した副会長
  •  伊達 利宗    二の丸高校の生徒会長
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魔法少女マヂカ・209『逢魔が時の張り紙お化け』

2021-04-26 09:00:32 | 小説

魔法少女マヂカ・209

『逢魔が時の張り紙お化け』語り手:マヂカ     

 

 

 黄昏色に染まる上野公園のあちこちから炊飯の煙が上がる。

 避難民の数が多いので、官や慈善団体の炊き出しでは間に合わずに、あちこちで夕食の準備が始まるのだ。

 火の用心には悪いのだけど禁止するわけにはいかない、公的な炊き出しが間に合わないんだ。火の始末の指導に学生ボランティーアはテントを離れている。

 

 大正十二年の九月は令和の時代よりも秋は早い。

 地表は昼間の残暑に温められてボランティーアの学生たちの額には汗がにじんでいるが、地表数十メートルのところには秋の空気が掛け布団のように蟠り、炊飯の煙を留めてしまって、あたかも上野公園の上に霞の蓋をしたようになっている。

 その霞の蓋も不忍池を舐めるように差し込む夕日のために茜に染まっていたが、ノンコやブリンダと簡易夕食の食後のお茶を頂いているうちに、逢魔時の妖色に変わってきた。

「ちょっと、妖しい空気になってきてしもたわね……」

 半日、子どもたちの遊び相手をしていたノンコも、子どもたちが、それぞれのテントやバラックに戻ってしまうと、火照りが覚めて妖色の霞に怖気を振るう。

「ここは幕末の上野戦争の激戦地だったのだろう?」

「ブリンダ、上野戦争なんて知ってるの?」

「ああ、いちおう千駄木女学院の生徒だからな、日本史の授業で習った。彰義隊の少年たちが大勢死んだ。会津の白虎隊と並んで有名な悲劇だ」

「そうだね、もともと上野の山を開いたのは百二十歳まで生きたと言われる化け物坊主の天海大僧正だしね」

「て、てんかい?」

 暗示にかかったノンコが眉をヘタレさせて寄って来る。

「うん、一説によると天王山の戦いで敗れた明智光秀が死なずに生きていて坊主になって、家康に匿われていたものとか、関東一の化け物が人に化けたものとかいう噂がある。まあ、そういう化け物じみた奴じゃなきゃ、江戸の鬼門に寺を建てて江戸の厄除けになろうとは思わなかっただろうね」

「江戸の厄除けって……神田明神じゃ」

「あれは、関東全域の総鎮守だ。まあ、神田明神にしろ天海大僧正にしろ、妖を封じるのには妖をもってするしかないという家康の知恵なんだろうがな」

「じゃ、じゃあ……」

「まして、大震災の後だ……」

「なにかあるかもしれないぞ……」

「ひええええええ」

 わたしもブリンダも意地が悪い、怖がりのノンコをつい弄ってしまう。

 お嬢様の霧子なら「そんなに人を脅かすものじゃないわよ」とか言って止めるのだろうが、夕食を済ましてからは、疲れが出たのだろう、救援物資の山に寄り掛かって居眠りしている。

「ちょ、ちょっと、あれ……なに!?」

 怯えたノンコが道の向こうを指さした。

「「うん?」」

 ブリンダと目を凝らしてみると、公園南口に通じる石段を紙屑の山が上がって来るのが見えた。

「か、紙くずお化けええええええ!!」

 腰を抜かしたノンコが四つん這いになってわたしの後ろに回り込む。

「あれは、張り紙の山だぞ!」

 見覚えがある、公園の南口に尋ね人の張り紙が重ね貼りになったのがあった。

 もともとあったオブジェなのか、ボランティーアが用意した掲示板なのか、行方不明の身内を想う気が凝り固まって、ちょっと化け物じみた感じになっていた。

 その化け物が、のっしのっしと歩いて来て、わたしたちのテントを目指すように進んでくる。

「ここで戦いになったらマズいぞ」

「不忍池の方に誘導しよう、ノンコは霧子を庇って隠れてろ」

「う、うん」

 ノンコが霧子を庇っているのを見届けて、ブリンダと二人で表に飛び出し、化け物を前後から挟んだ。

 すると、化け物は左右から伸びた手のようなものを回して、首のあたりの張り紙を観音開きにした……。

「おのれ!」

「やるか!?」

 ブリンダと二人、後ろに撥ね飛んで姿勢を低くする。

 わたしの手には風切丸、ブリンダの手にはエクスカリバーが具現化している。

 化け物が身じろぎ一つしても、前後から打ち込める体勢になった。

「ちょっ、待っちょくれ」

 化け物が口をきいた……え……この訛は?

「さ、西郷さん!?」

 張り紙の観音開きが全開になって現れた顔は、久しぶりの西郷隆盛の銅像だった。

 

※ 主な登場人物

  • 渡辺真智香(マヂカ)   魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 要海友里(ユリ)     魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 藤本清美(キヨミ)    魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員 
  • 野々村典子(ノンコ)   魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 安倍晴美         日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
  • 来栖種次         陸上自衛隊特務師団司令
  • 渡辺綾香(ケルベロス)  魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
  • ブリンダ・マクギャバン  魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
  • ガーゴイル        ブリンダの使い魔

※ この章の登場人物

  • 高坂霧子       原宿にある高坂侯爵家の娘 
  • 春日         高坂家のメイド長
  • 田中         高坂家の執事長
  • 虎沢クマ       霧子お付きのメイド
  • 松本         高坂家の運転手 

 

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ライトノベルベスト〔2元1次連立方程式・2〕

2021-04-26 06:05:12 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

〔2元1次連立方程式・2〕  




 この日は違った。

 気づいたらシャコタンのローリング族みたいな車が二台歩道まで乗り上げて、ボクらの前後を塞いだ!

「よう、なかなかマブイねーちゃん連れてんじゃんかよ」
 二台のシャコタンから、スタジャンやらジージャンやら怪しげに羽織った四人の悪たれが下りてきた。
「な、オレの勘あたったろ。オスはしょぼいけどメスはいけてるって」
 一番ブ男の反っ歯が言った。
「こりゃ、走りは中止して、パーティーにするか……」
 ブタッパナが同調した。
「お前ら、それでもローリング族の看板しょってるつもりかよ」
 リーダーらしい細目がニンマリ笑いながら言う。
「そうさ、戦の前だ……」
「だって、兄貴、こんなマブイのに、もったいないっすよ」
「だから戦の前に、ネーチャンに精力つけさせてもらうのよ」
 男たちが、ジリっと前後から寄ってくる。細目が不二子の手をとろうとしたとき、不二子の回し蹴りが細目の顎に炸裂し、旋回し終えたところで、ブタッパナの鳩尾に拳をめり込ませていた。

「拓馬、逃げて!」

 ボクは動けなかった。不二子一人を置いて逃げられないという気持ちと、怖さがないまぜになって体が動かない。
「拓馬、早く逃げて、110番して!」
 ようやく意味を理解して、スマホを出し、前の車のボンネットに足をかけようとしたら……天地がひっくり返った。反っ歯に足払いをかけられたと気づいたときには、右手が捩じりあげられていた。
「味な真似してくれんじゃねーか」
「それ以上やると、このタクマの腕がへし折れるぜ」
「ウ……ッ!!」
 細目が、不二子の手を摑まえ、後ろ手に捻りあげた。
「だれかー!!」
 思いっきり叫んだが、産業道路の騒音にかき消される。そして腕が折れる寸前まで、捩じられる。
 ボクも不二子も猿ぐつわをかまされ、手足を縛られて、二台の車の後部座席の床に放りこまれた。

 車が急発進した。もう足かけ五年も通っていてこんなことは初めてだ。何かが狂ってる。

「おい、今のうちに薬打っちまいな。ラリっちまったら、なにしたって分んねえからな」
「あいよ」
 注射器を取り出す気配がする。

 何かが間違ってる。

 何かが今日違ったんだ。

 ボクは必死で考えた……そうだ、今日の塾は阿倍野先生が休みで代講の佐藤先生だった。そしていつもの2元1次連立方程式をやっていないことに気付いた。溺れる者は藁をつかんで沈んでいくのかもしれないけど、ボクはかけてみた。x+y=a 2x+4y=bのaとbに8と16という数字を代入してみた。塾に入った時に初めてやらされた2元1次連立方程式だ。

 答えはすぐに出た。x=3 y=5だ!

 すると不二子を乗せた前の車がバナナの皮を踏んだみたいにスリップし、ボクが乗せられた車が、そこへ追突しした!

 二台とも、車はうんともすんとも動かなくなり、誰かが110番してくれたんだろう、パトカーまでやってきてボクと不二子は事なきを得た。
 解放されて気が付いた。2元1次連立方程式というのは鶴亀算なんだ。阿倍野先生の2元1次連立方程式は、そうだったんだ!

 帰りの無事を期するためのおまじないだったんだ。鶴亀、つるかめ、ツルカメ……。

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真凡プレジデント・64《真凡の絶体絶命・2》

2021-04-26 05:48:48 | 小説3

レジデント・64

《真凡の絶体絶命・2》    

 

 

 犯人は自分のアバターが『ゴルゴ13』ではなくて『ドラえもん』だと気づいて、めちゃくちゃ機嫌が悪くなった。ひょっとしたら、このまま発見されることもなく死んでしまうんじゃないかと心配になる(;゚Д゚)。

 どうやら冷房が効いているようなので、熱中症になることはないだろうけど、このまま、なにも飲めず食べることも出来なかったら……人間飲まず食わずでも一週間は生きられると何かで読んだ。

 でも、今は、凄いストレスだ。

 手と足を縛られて芋虫のように転がされて、冷房……ってことは空気が乾燥している。

 水分を摂らずにいたら、この乾燥状態では三日はもたないだろう。

 何か月も放置されて、ミイラみたくなって発見される。あまりに変わり果てた姿にDNA鑑定しなければ身元が確定できなかったり?

 いや、豊洲の冷凍庫じゃないんだから、冷房と言うのは、やがては切れるか切られるか。

 目が慣れると、どうやら使われなくなった写真スタジオ……的な?

 

 あ、でも、冷房が切れたら、この灼熱の季節。エアコン以外には換気もされていない様子、数時間もすれば40度くらいには室温が上がってしまうだろう。

 熱中症間違いなしだ。

 気だるさや頭痛から始まり、やがて意識がもうろうとして死んでしまう。たぶん半日くらいは苦しんで死ぬんだろうなあ。

 でも、今のところ冷房は効いている……いや、効きすぎている。

 寝転がらされている上に部屋は換気されていないので、いわば冷気の底にいるかっこうだ。

 リノリウムらしき床の下は、おそらくコンクリート。今や寒いと言っていい冷気は数十分後には拷問になっていくだろう。

 

 う……

 

 出かける前にトイレに行かなかったことを思い出す。

 ヤバイ……そうだ、お通じもこの二日ないんだ💦

 思い至ると、三日ぶりの〇意を感じる。

 グヌヌ……ヤバイヤバイ。

 自分の身から出たモノにまみれたあげくに熱中症のグダグダになって発見されるって真っ平だ!

 

 そ、そうだ、気をそらすんだ!

 

 なにか他の事を考えて、気をそらすんだ!

 すると犯人の言葉が浮かんだ――姉に似すぎているんで、お前自身の印象が薄いんだ――

 これは、ひょっとして真実なのかもしれない。

 子どものころから、お姉ちゃんは目立つ子だった。

 可愛くって、どこか天然で、でも、いざという時はシャキッとしていて、周囲の大人たちからも愛されていた。

 なまじ、顔のパーツが似ているもんで、人は、わたしの顔を思い浮かべるとお姉ちゃんの顔になってしまい――はて、妹の真凡はどんな顔だったっけ?――ということになってしまったのではないだろうか。

 だから、こうやってお姉ちゃんに間違われて拉致されてしまった。

 そうだ、これからは、もっと自分を磨かなければならないんだ! 自分の感性を研ぎ澄まさなきゃならないんだ!

 研ぐという言葉から、包丁が砥石で研がれているところが浮かんだ。

 包丁は、数十回研がれると水を掛けられて、研ぎ具合を見られながら、さらに水を掛けながら……ああ、水を思い浮かべると床と冷気の冷たさがひとしおになっていくよ~💦

 せっかく64回目を迎えた連載も、これでお終いか……主人公が死んで終わりになるラノベって、ちょっとルール違反……いや、あいつならやりかねない……いえ、ごめんなさい! 作者の事は信じていますから、なんとか……もっと活躍しますから……そこをなんとか……ああ、ああ……目の前が暗くなってき……た…………

 

☆ 主な登場人物

 田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生

 田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ

 橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き

 藤田先生     定年間近の生徒会顧問

 中谷先生     若い生徒会顧問

 柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス

 北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲

 福島 みずき   真凡とならんで立候補で当選した副会長

 伊達 利宗    二の丸高校の生徒会長

 

 

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