大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・せやさかい・030『泳げたあ!』

2019-06-30 12:56:47 | ノベル
せやさかい・030
『泳げたあ!』 

 

 

 プッハーーーー!

 

 顔をあげると田中さん。

 ワァ! ちょ……!!

 言う間もなく、抱き付かれてプールの中へ。水中で一回転して、二人で立ち上がる。

「やった! やったよ酒井さん! 五メートル泳げたよおおおおおおおおおお!」

「え? え? ほんま!?」

「ほんま! ほんま! ほんまあ!」

 ザッブーーーン!

 再び二人で水中に……。

 

 わたしが、生まれて初めて泳げた瞬間。泳げたわたしよりも田中さんの方が感激してる。

 

 金槌……A班に分けられて、四回目の授業で泳げるようになった。

 田中さんは、我がことのように喜んでくれた。自転車に乗れるようになった時に似てる。

 せや、あの時はお父さんやった。瞬間、お父さんの顔がうかんだけど、頬をスリスリして喜んでる田中さんが圧倒的なんで、オボロなお父さんの顔は、田中さんに置き換わってしもた。そう思うと、同じように感激が湧いてきた。

「ありがとう、田中さんのお蔭や。めっちゃ嬉しい!」

「ううん、酒井さんが努力したからよ。わたしは手助けしただけ!」

「ほんまに、ありがとう! これからは師匠て呼ばせてもらうわ!」

「やめてよ、恥ずかしい!」

「師匠、師匠~♡」

 先生も、その場でB班(苦手班)への昇段を許してくれて、お昼を二人で食べることを誓い合った。

 

 せやけど、お昼を二人で食べることはでけへんかった。

 ……田中さんは早退してしもたから。

 

 あくる日、田中さんは欠席やった。

 次の日も欠席で、その次も欠席やったら菅ちゃんに聞こと決心した。

「田中さんは転校することになりました。ご家庭の事情です……」

 それだけ言うて菅ちゃんは、どうでもええ諸連絡の話題に移っていった。

 家庭事情で転校なんて嘘や。いつも生徒の名前は呼び捨てにするのに「田中さん」と呼んだのがしらこい。田中さんが、もう関係ない他人やいう感じにしか聞こえへん。

「ほんなら、朝礼おわり」

 それだけ言うて、そそくさと教室出ていく菅ちゃんを追いかけた。

「先生、待って!」

「なんや、一時間目始まるぞ」

「ちゃうでしょ、田中さん家庭事情なんかとちゃうでしょ、やっぱり、制服切られたからでしょ、いじめとかがあったんでしょ、あったんでしょ……答えてえよ! 答えてくださいよ!」

「…………」

「せやさかい、せやさかい、事件が起こった時に言うたでしょ! ちゃんと調べてて! 調べてくださいて!」

 菅ちゃんは、なんにも言わんと職員室に入ってしもた。わたしも勢いで入ってしもたけど、先生らの困ったような圧を感じて立ちつくしてしまう。

 もう一発「せやさかい」を言うたら、取り返しのつかん言葉が出てきそうで……唇をかみしめて回れ右した。職員室は気遣うような安心したような空気になる、それを背中に感じて階段を上がる。

 階段の踊り場で手すりを握りしめて留美ちゃんが迎えに来てくれてた……。

 

 

☆・・主な登場人物・・☆

  • 酒井 さくら      この物語の主人公 安泰中学一年 
  • 酒井 歌        さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。
  • 酒井 諦観       さくらの祖父 如来寺の隠居
  • 酒井 諦一       さくらの従兄 如来寺の新米坊主
  • 酒井 詩        さくらの従姉 聖真理愛女学院高校二年生
  • 酒井 美保       さくらの義理の伯母 諦一 詩の母
  • 榊原留美        さくらの同級生
  • 夕陽丘・スミス・頼子  文芸部部長
  • 瀬田と田中(男)       クラスメート
  • 田中さん(女)        クラスメート フルネームは田中真子
  • 菅井先生        担任
  • 春日先生        学年主任
  • 米屋のお婆ちゃん

 

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高校ライトノベル・連載戯曲『梅さん⑥』

2019-06-30 07:03:07 | 戯曲
 
連載戯曲『梅さん⑥』  


 
 
ふく: ごめんなさい遅くなって。はい十六人分の署名と捺印(回覧板を渡す)
: ありがとうふくさん、グッドタイミングよ。
: 誰、その人?
: 渚の母方のひいひい婆ちゃん。
: お母さんのひい婆ちゃん? でも、なんで……
: ダサくって齢とってるか?
ふく: このなりとこの齢で死んだからさ。
: でも、歳は無理でも、その服装くらいなんとかしたら。
ふく: ハハ、動きやすくってさ。それに回覧板まわすのにピッタリでしょ。この子が渚? かわいい赤ちゃんだったのにねえ……
: 今でもかわいいよ!
ふく: ごめんね梅ちゃん、美智子がずぼらな育て方しちゃったから。
: 自分の責任よ、もう二十歳なんだから……
: ムッ……でもさ、聞いてよ、お母さんのひい婆ちゃん……梅さん、あたしの体を奪おうとしてんのよ。
ふく: アハハ、そのとおりだね「奪う」ってとこだけで聞いちゃうと変なこと連想しちゃうけど、渚にしてみりゃその通りだもんね。
: ね、でしょ、だから……
ふく: 元締めの決済も終わってるんでしょ?
: ええ、ついさっき。
ふく: じゃしかたないわ、回覧板も回し終わっちゃったし……
: ご覧、わたしを含む十六人の署名捺印。
: 十六人?
: 四代さかのぼると十六人の人間がいるんだよ、渚って子が一人生まれるのに。
 その十六人のやしゃごだからね渚は。その人達の認めをもらってきてもらったの。
 渚の心は初期化し、体はわたしが預かって、まっとうな人生を歩みますって……
 またいずれ、新しい人間として生まれ変わるんだ渚は……
ふく: 悪いようにはしないから。ね、梅さんもついてることだし。そういうこと……じゃ、あたしそろそろ……
: もう?
ふく: うん、内やしゃごの消去に行かなきゃならないから。
: 決まったの!?
ふく: ここに来る前に、元締めからレッドカード……とりつくしまもなかった。
: ……遠いんでしょ、ふくさんとこは?
ふく: 気持ちがね……孫の歳三がドイツ人と結婚しちゃったから……
: マレーネちゃん……だったよね。
ふく: うん、マレーネ・エッセンシュタイン・フクダ、舌噛みそう。
: レッドカードじゃ完全消去ね……
ふく: うん、でもカードの片すみ見て(カードを示す)
: 初期化可、ただし圧縮保存のうえ、百年間は解凍不可……情があるようなないような……
 あたし、最後くらいドイツ語でかましてやろうと思って、急ぎのアンチョコだから自信なくて、聞いてくれる?
: うん。
ふく: エス イスト ツァイト。エス イスト ショーン シュペート!
: もう遅すぎる、時間だよ……まるでファウストね。
ふく: ありがとう、通じるようね……渚ちゃんは百年もかからないからね、それに……
: ふくさん。 
ふく: 用事が済んだら、また戻ってくるわ。じゃ、アウフビーダゼーエン(消える)
: おふくさーん……行っちゃった……
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高校ライトノベル・高安女子高生物語・11〔あたし絵のモデル!〕

2019-06-30 06:53:50 | 小説・2

高安女子高生物語・11
〔あたし絵のモデル!〕
        


 二つ目の目覚ましで目が覚めた。

 せや、今日から、あたしは絵のモデルや!
 フリースだけ羽織って台所に。とりあえず牛乳だけ飲む。
「ちょっと、朝ご飯は!?」
 顔を洗いにいこうとした背中に、お母さんの声が被さる。
「ラップに包んどいて、学校で食べる!」
 そのまま洗面へ。とりあえず歯ぁから磨く。

「ウンコはしていけよ。便秘は肌荒れの元、最高のコンディションでな」

 一階で、もう本書きの仕事を始めてるお父さんのデリカシーのない声が聞こえる。
「もう、分かってるよ。本書きが、そんな生な言葉使うたらあきません!」
 そない言うて、お父さんの仕事部屋と廊下の戸ぉが閉まってるのを確認してトイレに入る……。
 しかし、三十分早いだけで、出るもんが出えへん……しゃあないから、水だけ流してごまかす。
「ああ、すっきり!」
 してへんけど、部屋に戻って、制服に着替える。いつもはせえへんブラッシングして紺色のシュシュでポニーテールに。ポニーテールは、顎と耳を結んだ延長線上にスィートスポット。いちばんハツラツカワイイになる。
「行ってきま……」
 と、玄関で言うたとこで、牛乳のがぶ飲みが効いてきた。
 二階のトイレはお母さんが入ってる。しゃあないんで一階へ。
 用を足してドアを開けると、お父さんが立ってた。ムッとして玄関のある二階へ行ことしたら、嫌みったらしくファブリーズのスプレーの音。

 いつもとちゃう時間帯なんで、上六行きの準急が来る八分も前に高安駅に着いてしもた。
 めったに利用せえへん待合室に入って、まだ温もりの残ってる朝ご飯のホットサンドをパクつく。向かいのオバチャンが「行儀悪い」いう顔して睨んでる。あたしも逆の立場やったら、そない思うやろなあと思う。
 時々サラリーマンのニイチャンやらオッチャンやらが食べてるけど、これからは差別的な目ぇで見いひんことを心に誓う。

 高安仕立ての準急なんで座れた。ラッキー! 高校生が乗る時間帯やないので、通勤のニイチャンやらオッチャンが見てるような気がする。フフ、あたしも捨てたもんやないかもしれへん。
 どないしょ、鶴橋のホームかなんかで、スカウトされたら!
「あ、わたし、学校に急いでますので……」
 それでもスカウトは付いてくる。なんせイコカがあるから、そのまま環状線の内回りへ。
「怪しいもんじゃありません。○○プロの秋元と言います。AKBの秋元の弟なんです。よかったら、ここに電話してくれない? 怪しいと思ったらネットで、この電話番号検索して。ここに掛けて秋元から声掛けられたって言ったら、全て指示してくれるから。それから……」

 そこまで妄想したところで、電車は、たった一駅先の桃谷に着いてしもた。鶴橋のホームでスカウト……ありえへん。

 学校の玄関の姿見で、もっかいチェック。よしよし……!

 美術室が近くなると、心臓ドキドキ、去年のコンクールを思い出す。思い出したら、また浦島太郎の審査を思い出す。あかんあかん、笑顔笑顔。

「お早うございま……」
「そのまま!」
 馬場先輩は、制服の上に、あちこち絵の具が付いた白衣を着て、立ったままのあたしのスケッチを始めた。で、このスケッチがメッチャ早い。三十秒ほどで一枚仕上げてる。
「めちゃ、スケッチ早いですね!」
「ああ、これはクロッキーって言うんだ。写真で言えば、スナップだね。ダッフル脱いで座ってくれる」
「はい」
 で、二枚ほどクロッキー。
「わるい、そのシュシュとってくれる。そして……ちょっとごめん」
 馬場先輩は、あんなにブラッシングした髪をクシャっとした。
「うん、この感じ、いいなあ」
 十分ちょっとで、二十枚ほどのクロッキーが出来てた。なんかジブリのキャラになったみたい。
「うん、やっぱ、このラフなのがいいね。じゃ、明日からデッサン。よろしく」

 で、おしまい。三十分の予定が十五分ほどで終わる。そのまま教室に行くのんはもったいない思てたら、なんと馬場先輩の方から、いろいろ話しかけてくれる。
 話ながら、クロッキーになんやら描きたしてる。あたしはホンマモンのモデルになった気ぃになった。

 その日の稽古は、とても気持ちようできた。小山内先生が難しい顔してるのも気ぃつかんほどに。

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高校ライトノベル・里奈の物語・10『筒形の郵便ポスト』

2019-06-30 06:44:55 | 小説3

里奈の物語・10『筒形の郵便ポスト』
               


 朝から調子が悪い。

 てか、調子が悪くて目が覚めた。
 身体がドンヨリむくんだように重くて、頭も微妙に痛い……アレが始まったかな?

 引きこもるようになってから、感じが違う。

 身体はもちろん、脳みそまでがラードになってしまったように不快。
 とりあえず運動不足なんだ。
 奈良に居た頃は完全な引きこもりだったけど、今里に来れば、多少は出歩いて良くなると思ってた。

 一昨日は、選挙の投票に行く妙子ちゃんに付いて投票所まで行った。あの三十分ほどが、今里に来て最長の外出。
 あとはせいぜい伯父さんの家の周り。万歩計付けても千歩にもならないだろう。

 トイレでしゃがむと、大きな風船が萎むようなガスが出た。
「そんなオナラすんのは運動不足の証拠やな。ジジムソぉならんとってや」
 おばさんの声がした。
 あたしってば、伯父さんのスリッパ履いてきたんだ!

「アハハ、還暦過ぎるとあちこちだらしななってくるなあ!」
「アハハハ」
 リビングに行くと、伯父さんとおばさんの気遣い……ありがたいんだけど、顔どころか首まで熱くなる。
 でも、朝の連ドラを観ているうちにいつものペースに。NHKは受信料だけの仕事はしていると思った。
「里奈ちゃん、この手紙出してきてくれへんかな」
 お茶を入れながらおばさんが、五十通ほどの手紙の束を持ち上げる。
「ちょっと向こうやけど、三丁目まで行ったら、昔のポストがあるで」
「昔のって、筒形で帽子被ってるみたいな?」
「うん、この近所では、あそこだけや。終戦直後からあるから、ちょっと見ものやで」
 伯父さんとおばさんの気配りが嬉しくって、手紙の束を持って玄関を出た。
 気配りの意味って分かるわよね? 単に運動不足の指摘だったら、素直には聞けない。

 三丁目は城東運河の、その向こうの向こう、鶴橋に近いところにある。

「うわー、こんなの奈良にもないよ!」

 ○○さんは、この島で、たった一人の郵便屋さんです……というCMを思い出した。
 

 思ったよりも低い背丈、変色して赤さびが出ているポスト……定年後も働いている昔気質な郵便屋さんに思えた。
 手紙を入れると「ドスン」と手応え。箱型の「バサッ」という感じよりも奥ゆかしい。
 十二枚写メる。あとで伯父さんたちに見せて気配りに応えようと思う。
「ポストといっしょに撮ったろか?」
 びっくりして振り返ると『閉店大売出し』の法被着たオジサンが立っていた。
 オジサンの向こう側には、道路を挟んで靴屋さん。
 店のあちこちに『閉店大売出し』の張り紙。店の中も外も乱雑に靴や靴の箱が積まれていて、いかにも倒産しました的。
「このポストも来月には無くなるさかいな」
「無くなるんですか!?」
「うん、残して欲しいとは言うたんやけどな」
 オジサンは小さくため息をついた。ポストもオジサンも健気に思えた。
「じゃ、このスマホでお願いします」
「よっしゃ、ポストもお嬢ちゃんもベッピンに撮るさかいな」
「あ……」
「うん?」
「あの、こっちから、お店をバックにして撮ってもらえませんか?」
「え……うちの店を?」
「はい、両方とも素敵ですから!」
「そうか……おおきに、お嬢ちゃん」

 ポストと並んで閉店間近の靴屋さんをバック、久しぶりの笑顔で写真が撮れた。

 そいで、伯父さんちに帰ってから、お財布持って靴屋さんに行き、ハイカットのスニーカーを買った。 「ハイカットスニ...」の画像検索結果

 2200円、閉店大売出しにしても安かったよ(^0^)。

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高校ライトノベル・時かける少女BETA・44≪国変え物語・5・美奈と秀吉≫

2019-06-30 06:31:19 | 時かける少女
時かける少女BETA・44 

≪国変え物語・5・美奈と秀吉≫

 
 天正13年(1585年)も、天下が躍進した年である。

 大坂城がおおよその完成を見た。
 五層の大天守が、はるか摂津や和泉からも見え、空気の澄んだ日には淡路からも望むことができた。秀吉の面目躍如の時である。春には秀吉に関白宣下が行われ、秀吉の氏は羽柴から豊臣に変わった。

 豊臣というのは、大そうな氏で、源・平・藤・橘しかなかった朝廷公認の氏に豊臣の姓が生まれたことであって、源氏にも平氏にもなれなかった秀吉のアイデア賞であった。
 なんせ、朝廷が臣に氏を与えるのは、平安時代の清和源氏、桓武平氏以来数百年ぶりのことである。
 そこへもってきて、秋には四国の長曾我部元親が降伏し、四国全域が秀吉になびいた。

 その、四国征伐の軍勢が凱旋してきたのを秀吉は四天王寺まで行列を並べ、自らは臨時の高倉を作らせて出迎えた。

 大坂の民衆は、秀吉と、その軍勢の見事さに驚嘆し、長曾我部軍の田舎くささを笑った。
 確かに、四国の馬は本州の馬に比べ一回り小さく、また具足も粗末でエルフ(長人族)の都にやってきたドアーフ(七人の小人の種族)の軍隊のように見えた。ただ、道頓と美奈の見方は違った。

「飾った田舎もんと、むき出しの田舎もんの違いやな」
「道頓さまは、どちらがお好きですか?」
「どっちも好きや。わしも、河内の田舎もんやさかいな……せやけど、長曾我部はんは負けたのに凄味があるなあ」
 道頓の見立ては正しかった。長曾我部は、後に関が原で西軍について敗れ、安堵された土佐一国を山之内一豊にとられ、家臣のことごとくが武士としては一段低い郷士に落とされた。しかし二百数十年後に、この中から坂本龍馬をはじめとする維新の草莽たちが群がり出てくる。
「関白殿下のお背中が……」
 美奈は、道頓が思いもしないことを口走った。

 美奈の一言で、道頓は美奈をつれて、秀吉の前にいる。

 大坂城の外堀の作事に功があったので、城の完成を祝って呼ばれたのである。
 美奈は付き人として同席を許された。作事に付いている医師が妙齢の女であることを知った上でのことであった。

「道頓、苦労であった。これで城の護りも堅固になった。ついては礼じゃ。あれを持っていけ」
 秀吉は、庭に荷車を引き出させた。荷車一杯に天正小判の箱が山積みになっていた。
「これはご過分な……道頓、関白殿下の豪儀さに言葉もござりませぬ」
 道頓は、平伏すると同時に秀吉の視線が自分の後ろに回ったことを感じた。
「その方が、若い女子でありながら、作事場の医師を務めた美奈か?」
「はい、道頓さまのお引き立てで、なんとか無事に務めさせていただいております」
 顔を上げると、好色そうな秀吉の顔があったが、美奈は一瞬で、その好色さをアンインスト-ルした。
「……不思議な女子よのう。それだけの器量でありながら、女を感じさせん」
「恐れ入ります」
「ハハ、わしも、色を超えて人を見る目ができたということかのう……美奈、そちから見て、わしは壮健に見えるか?」
「恐れながら……お背中に、少し進んだ痛みをお抱えと拝察いたします」
「分かるか!? 長い時間偉そうに立ったり座ったりしていると、背中の真ん中あたりが怠くなり、ひどいときには痛みになる!」
「背骨の骨の間が弱っておられます」
「そうか、直ぐに診てくれ!」

 秀吉はクルリと装束を脱ぎ捨てると下帯ひとつの裸で仰向けになった。美奈は秀吉の隔たりのなさと身軽さを好ましく思った。
――今なら、まだ間に合う――
 そう思った美奈は、この時代にはない医療器具を取り出し、脊髄のヘルニアを一発で治した。

「なんと、あれほどの疼痛が、きれいさっぱり無くなった。すごいぞ美奈。そなたにも褒美をとらそう。そうじゃ、とりあえず、そこの金の高炉を……ん、どこに行った?」
 秀吉が身軽になったからだで、違い棚まで行くと、昨日まで金の高炉が置いてあったところに、千社札のような紙きれが載っていた。

――石川五右衛門参上――

 秀吉の近習たちが騒ぎ始めた。
「アハハ、構わぬ、捨て置け。天下の秀吉のもとに天下一の作事上手と、医師と盗人が揃ったんじゃ。面白い、面白い!」

――これなら間に合う――

 美奈はそう思うと嬉しくなり笑い出した。道頓も鳴り響くような笑い声で、近習や侍女たちも笑い出した。美奈の役割がいよいよ本格的に始まった。
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高校ライトノベル・『はるか 真田山学院高校演劇部物語・51』

2019-06-30 06:20:25 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
はるか 真田山学院高校演劇部物語・51 



『第五章 ピノキオホールまで・12』

 問題は、この四百席の客席をどう埋めるか……。

 本番は平日だから、タキさんやお母さんを呼ぶわけにはいかない。
 吉川先輩は、あの人がわたしをコンサートに呼ばなかったのと同じ理由で呼ばなかった(後で分かったんだけど、由香は声をかけてくれていた)。結局は、由香を含め三人ほどになりそうだ。

 立秋はすぎたとはいえ、まだまだ真夏の暑さの中、リハを終えてA駅へ向かう。
「まだまだ暑いなあ」
 乙女先生が豪快に汗をぬぐう。
 ところどころ、並木の下に短い地上での生を終えた蝉がひっくりかえっている。
 気がつかないところで確実に季節は移ろい始めている。そして人の心も。
 かすかな季節の移ろいに気づいて、ちょっと得意になっていたわたしは、その人の心の移ろいにまでは気が回らなかった。
 リハを終えて、大橋先生のダメは一つだけだった。
「稽古は本番のつもりで、本番は稽古のつもりで」
 これは、『ノラ』の稽古に入る前にも言われた。
 まあ、本番を直前に気合いを入れたぐらいのつもりでいた。

 が、そうではなかった……。

 いよいよ本番の日。

 一ベルが鳴ったとたんに、心臓がバックンバックン。
 日頃「あんなもの」と軽くみていたAKB48が偉く思えてきた。
 緊張緩和のために、基礎練でやった脱力をやってみた。呼吸もそれに合わせて穏やかに……なったところで、本ベルが鳴った。
 リハで慣れていたはずなのに、照明がまぶしい。
 そして、まぶしさの向こうの客席にたくさんの人の気配と視線。
 あ、ここで、見慣れた(という設定の)スミレの姿を見て、軽く声をかけるんだ。
「こんにちは……」
 そして、目線はその向こうにある(という設定)桜の並木に。
――まだ咲かないなあ――と、思う。
「え……」
 と、スミレが反応。『ジュニア文芸』を見つけたときと同質のときめきが湧き上がってくる。
 それからは、ほとんど集中できて芝居が流れ始めた。
 宝塚風の歌のところでは、思わぬお客さんからの拍手。タマちゃん先輩は、アドリブでニッコリと頭を下げる。やっぱキャリアの差!
 新川で、紙ヒコーキを飛ばす、クライマックス。
「すごい、あんなに遠くまで……!」
「まぶしい……」
 実感だから言いやすかった(視線の方角にシーリングライト)。カオル(わたし)の身体が透け始め、お別れのときがやってきた。
『おわかれだけど、さよならじゃない』テーマの二部合唱。
「あなたと出会えた、つかの間だーけれど……いつまーでも、いつまーでも……忘れーない……♪」 ソプラノのまま、息の続く限りの余韻。
 感極まって、涙が出る。稽古では出なかった感動の涙が……。
 そしてラスト。
 キャスト全員(といっても三人だけど)で歌って踊って。
 それに合わせて客席から沸くように手拍子!

 もうサイコー!!
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高校ライトノベル・連載戯曲『梅さん➄』

2019-06-29 06:37:11 | 戯曲
連載戯曲『梅さん➄』        



: 短大行ったのも、働きたくないからでしょ。
 だから運良くお父さん必死のコネで就職きまっても不満タラタラ……
 えーと……予測では(ノートを開く)三年目でルックスだけがアドバンテージ男にはまって子供ができて「できちゃった、どうしよう!?」
 男はどういう答えをすると思う? 百パーセントこう言う「君の好きにしたらいいよ」だよ。
: あたりまえじゃん。生む生まないは女の権利だから、男はそう答えるしかないんだよ。
: で、生んじゃったら、事あるごとに「おまえが生むって決めたんだぞ!」と、男は百パーセント渚に責任転嫁するわ。
 そして、子供捨てられるほど不人情じゃないから……
 わたしは、そのへんに可能性を感じて、元締めと最後まで掛け合ったんだけどね。
 元締めはこう言うの。続けるね……その渚に残された顕微鏡で見なきゃわかんないほどの人情、
 この人情が裏目に出て、子供を殺したり捨てたりすることもなくダラダラ虐待寸前の育児。
 その間に離婚と再婚。あげくの果てにパチンコに入り浸り、車に子供を残して熱中症で死なせてしまう…… 
: それでガス自殺でドッカーン……!?
: そう、まだ六七年先のことだから少し誤差はあるけど、大筋はその通り。
 巻き添えは間違いなし、十人から二十人の巾かなあ……
: そんなことしない、ぜったいしない。だって、今話聞いたもん。肝に銘じて忘れないもん!
: 忘れる、必ず忘れる、ぜったい忘れる。思い出してごらん、今までどれだけ約束を破ったり忘れたりしたか……
: ……
: もう忘れたことさえ忘れたか……
: 約束破ったりしないもん。そりゃちっこいことはあったかもしれないけど、人に迷惑かけるような約束忘れたりしないもん!
: ほう……たとえば五年前、高校受験の前の日、谷掛安子さんと受験会場に行く約束をしたよね?
: え……ヤッチンと?
: あんたたち受験の前日、前祝いとか言って、不安解消するために、公園でチューハイ飲んでできあがちゃってさ。
 そこで渚、あんたは谷掛さん、ヤッチンと約束したんだ。三丁目のポストの前で待ち合わせしようねって……
 ヤッチンは覚えていた……だから時間が過ぎてもギリギリまで待っていた。
 先生に言われたとおりその日スマホは家に置いてきて連絡もとれずに……そしてヤッチンは受験会場に間に合わず不合格。
: そんなの、そんな約束……(;゚Д゚)
: したのよ。で、ヤッチンは、そんな約束を信じた自分が馬鹿だったと、渚には一言も言わなかった。
 いい子だね。それが幸いしてか、公立ではいい友達、いい先生にめぐりあえて、今はもうあれはあれで良かったと思っている
 ……いい友達だったのにねえ。渚はただ行く学校がかわったから離れていった子だとしか思ってないだろ?
: そんなことが……
: そうだよ。
: でも、それはアルコールが入っていたから……
: その梅の盆栽、源七が剪定しとくよって、昨日晩ご飯の時、渚にもちゃんと聞いてるんだ。
: 嘘……(;゚Д゚)
: 友達と喋っていて、いいかげんな返事をしたんだよ。
 源七おもしろくなかったろうね、よかれと思って帰りに渡したら、渚にムッとした顔されて……
: 盆栽なんてささいな……(-_-;)
: その些細なことで、ついさっきまでどんな顔してたの……どれだけの人を傷つけたの……
 駅の南口で、女の人と肩がぶつかったろう「このバカヤロー! どこに目ぇ付けて歩いてんだ!」……
 もう忘れちゃったよね。あの女の人、これからお見合いにいくとこだったんだよ、十三回目の……
: ……
: 最後にもう一つ。今わたし達は何の話をしているんだっけ?
: どれだけあたしが人の話を聞いていないか……
: 違う。
: どれだけあたしが知らず知らずの間に人を傷つけてきたか……
: 違う……それはみんな周りの問題だ。根本はもっと違う話。
: ……?
: 渚には夢がないという話。
: どうして夢がなきゃいけないのよ! 夢のない人間なんてゴマンといるよ、
 トコも、サチコも、うちの親だって夢なんてもってないよ。親父なんて万年平社員じゃないか!
: 言葉って難しいね……わかりやすく夢という言葉を使ったんだけど、金持ちや、スターになることだけが夢じゃない。
 ……覚悟って言った方が良かったかな……金持ちになる覚悟、スターになる覚悟、そして大人になる覚悟。
 親から自立し、自分の力で身の丈にあった生活を送り、子供を産んで育てる覚悟……
 それも立派な夢なんだよ……聞いてる、私の話? ロクに人の話も聞かずに人を傷つけてばかり……
 だから、源七がやったみたいに蕾のうちに剪定されるのよ。他の蕾を生かし、木を守るために……

 この時、もんぺ姿に防空頭巾を首に回覧板を持った五十代と思しきふくがあらわれる 
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高校ライトノベル・高安女子高生物語・10〔なんや、よう分からへん〕

2019-06-29 06:27:59 | 小説・2
高安女子高生物語・10
〔なんや、よう分からへん〕  


 一昨日と昨日はクラブの稽古やった。

 休みの日の二日連続の稽古はきつい。せやけど、来月の一日(ついたち)が本番。やらんとしゃあない。

 二年の美咲先輩を恨む。

 健康上の理由には違いないけど、結果的には盲腸やった。盲腸なんか、三センチほど切って、絆創膏みたいなん貼っておしまい。三日で退院してきて、大晦日は自分の家で紅白見ながらミカンの皮剥いてた。と、お気楽に言わはる。
「あそこの毛ぇ剃ったんですか?」
 と聞いてウサバラシするのがやっと。今さら役替わってもらわれへんし、南風先生も替える気ぃはあれへん。
 まあ、あたしもいっぺん引き受けて台詞まで覚えた芝居やさかいやんのんはええ。

 せやけど、指導に来てるオッサン……ウットウシイ!

 ウットウシイなんか言うたら、バチがあたる。
 小山内カオルいう演劇の偉い先生。うちのお父さんとも付き合いがあるけど、南風先生は、小山内先生の弱みを握ってる(と、あたしは思てる!)ようで、熱心によう指導してくれはる。
「明日香クン、エロキューション(発声と滑舌)が、イマイチ。とくに鼻濁音ができてへん。学校の〔が〕と小学校の〔が〕は違う」
 先生は見本に言うてくれはるけど、違いがよう分からへん。字ぃで書くと学校の〔が〕は、そのまんまやけど、小学校のは〔カ゜〕と書く。国語的には半濁音というらしい。
「まあ、AKBの子ぉらでもできてへんさかいなあ……」
 あたしが、十分たっても理解でけへんさかいに、そない言うて諦めはった。

 問題は、その次。

「明日香クン、君の志穂は、敏夫に対する愛情が感じられへんなあ……」
 あたしは、好きな人には「好き」いう顔がでけへん。言葉にもでけへん。関根先輩に第二ボタンもらうときも、正直言うて、むりやりブッチギッた言う方が正しい。
 関根先輩が、後輩らにモミクチャにされてる隙にブッチギってきた。せやから、関根先輩自身はモミクチャにされてるうちに無くなったもんで、あたしに「やった」つもりはカケラもない。第一回目では見栄はりました。すんません。
 あと半月で、OGH高校演劇部として恥ずかしない作品にせなあかん。

 ああ、プレッシャー!

 S……佐渡君が学校に来た。びっくりした!
 きっと、我が担任毒島先生が手ぇまわしたんやろ。一瞬布施のエベッサンで会うて、鏑矢あげたこと思い出したけど、あれやない。あんな戸惑った……いや、迷惑そうな顔してあげたかて嬉しいはず無い。毒島先生が「最後の可能性に賭けてみよ!」とかなんとか。生徒を切るときの常套手段やいうことは、お父さん見てきたから、よう分かってる(後日談やけど、ほんまはよう分かってへんかった)

「本当に描かせてくれないか?」

 食堂で、食器を載せたトレーを持っていく時に、馬場さんが、思いがけん近くで言うたんで、ビックリして、トレーごとひっくり返してしもた。チャーハンの空の皿やったんで、悲惨なことにはなれへんかったけど。

「は、はい!」

 うかつに返事してしもた。

 なんで、あたしが……なんや、よう分かれへん。
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高校ライトノベル・時かける少女BETA・43≪国変え物語・4・五右衛門見参・2≫

2019-06-29 06:15:39 | 時かける少女
時かける少女BETA・43
≪国変え物語・4・五右衛門見参・2≫ 


 五右衛門は唐突に現れた。

 美奈が湯あみの最中に、湯屋の梁の上に現れた。美奈は、それが湯屋の近くに寄ってきたときから分かっていたが、子狸かなんぞの小動物だと思っていた。
 その小動物が、闇語りで話しかけてきたのだ。
「不思議な女子だ……」
「あら、子狸じゃなかったのね」
「ほう……闇語りが出来るのか?」

 闇語りとは、忍びの者や老たけた盗人が、口も動かさず会話する術である。並の人間ができることではない。

 次の瞬間、それは、道頓そっくりの顔で湯船に浸かっていた。大胆にも裸の美奈の真ん前である。

「……見れば、ますます不思議だ。こんなにいい女なのに、そそられん。道頓の新手の隠し女でないのは本当のようだな」
「五右衛門さんも大胆なことで……それに大した化けよう」
「ハハ、化けすぎて自分の顔を忘れてしもうた」
「あなたの噂は虚実取り混ぜてあるから、正体が分からなかった」
「おれもな。外堀の作事の道頓が、器量よしの女医者を連れていて、これが、医者としても評判がいい。稼業の合間に拝んでおこうと思ってな」
「ただの盗賊でないことは、気配を感じたときから分かったわ。目に子供のような好奇心しか感じられない。そのくせ、目の奥が企みのない凄味であふれている。で、気持ちの根っこに恨みがある。評判通り長嶋の一向一揆の生き残り……」
「敵に回したら、怖そうだな」
「羽柴さまを、信長公の物まねかどうか見定めているのね」
「ああ、信長と同じなら、とことん邪魔をしてやる」

 瞬間、五右衛門の姿が消えた。下女が湯加減を聞きに来たからである。下女が美奈の返事に満足して去っていくと、また現れた。

「天下は羽柴様が取るわ。信長様と同じようかどうかは分からないけど」
「あの禿げネズミに天下が治まるのか?」
「治まりすぎるほどに。それに信長様のような苛斂誅求(かれんちゅうきゅう)なことはなさらない」
「それはつまらん。オレはただの盗賊に成り果ててしまう」
 五右衛門は、つまらなさそうに湯船の中で放屁した。湯の表面でポカンと大きな泡になって弾けた。不思議なことに柑橘系のいい香りがする。何ともおかしく美優は忍び笑いをした。
「治まり過ぎて、海の外に目が向くのが恐ろしい」
「エウロパやノビスパン(メキシコ)に目が向くのであれば、癪だが悪いことでは無い。オレも海賊には興味がある」
「いえ、なにかとても禍々しい予感がするの」
「……異国との戦(いくさ)か?」
「おそらく……でも、それまでにも、もっと恐ろしげなことも……」
「そうか……あんたとは面白い話ができそうだ。また来るぜ」

 五右衛門は掻き消えるように居なくなった。逃走経路はわかるが、美奈はあえて知ろうとはしなかった。

「美奈はん、なんや今日はええ香りがするなあ」
 久宝寺の堀を渡ったところで、道頓が言った。道頓の目が珍しく好色になった。
「今朝、ゆず風呂にしてみましたの」
「ああ、今年もそないな季節やねんなあ……」

 道頓が、季節の移ろいに思いをいたしている間に、美奈は五右衛門が残していった香りを急いで分解した。
 はるかに八部通り完成した大阪城の甍が、朝日に光った。
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高校ライトノベル・里奈の物語・9『どなたに投票されましたか?』

2019-06-29 06:03:18 | 小説3
里奈の物語・9
『どなたに投票されましたか?』


 
 
 妙子ちゃんの声で目が覚めた。

「あ……帰ってたんだ」
「選挙行くんだけど、ついてくる?」
「え……うん」

 怖気が先に立ったけど、ここは奈良の地元じゃないから付いていくことにした。
 うざったく絡みついてこなければ、人間には興味があるほう。

「忙しいみたいね、新しい会社」
 小さな横断歩道の赤信号で律儀に立ち止まり、聞いてみた。
「うん、良くも悪くも即戦力。里奈ちゃんの相手できないでごめんね」
「ううん、そんなことない! お店に出ててもおもしろいから」
 指が千切れそうなくらいに、広げた手を振った。
「あ、青になった」
 ホタホタと渡って公園を斜めに横断、チラホラと投票所の小学校に向かう人たちといっしょになる。
「年配の人が多いね」
「若い人は、どうしてもねえ……」
「フフ、妙子ちゃんだって若いのに」
「ハハ、もう気分はオバサンやなあ」

 従姉妹同士の気楽さで……というよりは、妙子ちゃんの気楽さで、ずっと喋りっぱなし。気づいたら投票所の中。

「あ、付き添いだから……」
 顔を赤くして、出口に向かう。
 前のオジサンが投票済み証の前を素通り。
「あ、忘れてますよ」
 一枚つかんで渡そうとする。
「おおきに……二枚あるさかい、一枚どうぞ」
「あ、ども……」
 勢いで受け取ってしまう。流れのままにグラウンドに出ると声を掛けられた。
「どなたに投票されましたか?」
 いかにも放送局というオネエサンがマイクを向けている。
「え、ああ、市長は〇さんで、知事は△さんです」
 テレビでよく見かけた○さんと△さんの名前を挙げる。ちなみに二人とも嫌い。嫌いだからこそ名前を憶えてしまった。

 でも、とっさに口に出るのは……やっぱ、ひねくれ者なのかもしれない。

「ハハハ、おもしろいなあ!」
 妙子ちゃんに笑われる。
「でも、有権者に間違える? あたし、そんな年上に見えるのかなあ」
「そら、投票所の出口から出てきて、投票済みの紙切れ持ってたら間違われちゃうって」
「あ、そか……」

 流されやすく、その場しのぎの性格を反省……。
 
 でも、今夜の開放速報は楽しみになった。
 
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高校ライトノベル・『はるか 真田山学院高校演劇部物語・50』

2019-06-29 05:54:49 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
はるか 真田山学院高校演劇部物語・50 

 

『第五章 ピノキオホールまで・11』


 その日を皮切りに、稽古は激しくなっていった。

 しかし、あの日わたしが個人的に受けたような稽古は無かった。立つキッカケ、立ち位置、振り向くタイミングなどが何度も試され、修正を加えられた。

 固有のクセも直された。

 タロくん先輩は肩や目に出る過剰な力み。
 タマちゃん先輩は自然と開いていく膝、トチった時に出る「また……」という口癖。でも直った。これでもう誰かさんに「マタちゃん」などとは呼ばせない。
 わたしは、集中力。集中力が途切れるとぼんやりとした笑顔になってしまう。つまり「ホンワカ顔」を禁止された。
 演技中に集中すべき対象は全て検討のうえ指示された。台詞や道具(無対象が多いのだけど、慣れっこになっていたので苦にはならなかった)役としての過去の記憶。
 なんだかお人形さんになったみたいだけど、言われたとおりにやってればテンションも上がりラクチンだったので誰も文句は言わない。
 二曲の挿入歌も、N音大から届いた楽譜を元に正確な二部合唱になった。
 そして、休憩時間は少し長くなった。
 休憩の間に、先生は演出ノートを整理し、わたしたちは自主的に演技の調整。
 それも終わったら山野先輩のギターで、勝手に唄ってリラックス(これがコンクールでは生きてくる)していた。
 そうやって、厳しくも楽しい稽古が二週間続き、本番三日前のリハーサルをむかえた。

「わあ、大きなホール!」感動と怖じ気が同時にきた。

 タマちゃん先輩と、タロくん先輩は去年も出ていたので平気だった。
 山野先輩もびっくりなんだろうけど、さすがは少林少女。泰然自若。
 わたし一人が「わあー!」「広い!」「すごい!」「ヤバイ!」などを連発。大橋先生はニヤニヤと、乙女先生は少し怖い顔でわたしを見ていた。
 このピノキオホールは兵庫県のA市が持っている演劇専用のホールで、付属の劇団まであるんだ。
 大阪には、これに似たS会館が有ったが、知事の事業仕分けのために取りつぶされていた。
 A市は大阪に近いこともあり、出場校の半分近くが大阪の学校だった。
「みんな持ち込みの道具多いですね、今の学校なんか大道具立てただけで……」
 終わってしまった。
 次ぎの学校は、やたらと照明に凝っていて吊り込みとシュートで持ち時間の半分を使ってしまい、道具も 半分ほどしか飾れなくて、役者は登退のキッカケを確認しただけ。

 いよいよ真田山、わたしたちの番! 舞台監督のタロくん先輩は、誰よりも張り切っていた……わりには仕事がない。

 道具は、三六の平台(劇場が持ってる基本道具で、畳一枚の大きさで、高さが十二センチほどある)を二枚重ねたのが二つっきり。照明も地明かりだけなんで、なんの調整もなし。音響だけは持ち込んだMDの音量調整をやったけど、これも合わせて五分で準備完了。ゆうゆうと一本通せた。
 ただ、タマちゃん先輩の宝塚風の歌になったとき、ミラーボール(あとで名前を知った)が回って、光の雨みたくきらめいたのには驚いた。
 あらかじめ、学校の体育館のフロアーで実寸で二度ほど稽古していた。だから演技的に戸惑うこともなかった。
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高校ライトノベル・魔法少女マヂカ・037『千駄木女学院・1』

2019-06-28 13:55:55 | 小説
魔法少女マヂカ・037  
 
『千駄木女学院・1』語り手:マヂカ  
 
 
 
 
 日ごろは東口で事足りる日暮里駅を西口から出る。  「日暮里駅西口」の画像検索結果
 
 ガーゴイルに頼まれ神田明神の巫女さんに念を押されて千駄木女学院にブリンダを訪ねるためだ。
 用件そのものはウザったいのだが、風景は懐かしい。
 夏目漱石、森鴎外、樋口一葉、石川啄木、若山牧水……二葉亭四迷なんてのもいたっけ。
 みんな、わたしの散歩仲間だった。気まぐれに話したことがヒントになって、みんなイッチョマエの文学者になった。
 しょせん、あんたは坊ちゃんだと言ってやったら、それをまんまタイトルにして『坊ちゃん』をものにした漱石。
 軍人なら、そのテーマは止せと忠告してやったが『ヰタ・セクスアリス』を書いてしまった森鴎外。
 早く医者に掛かれと忠告したのに二十四で結核で逝ってしまった樋口一葉。むろん魔法で治してやる事もできたんだが「魔法みたいに治っちまったんじゃ、面白みがね……」。一葉、いや、夏子はわたしが魔法少女だということを知っていたのかもしれない。もう十年生きていれば五千円札では終わらなかっただろう。
 生意気で泣き虫だった石川啄木を思い出したところで谷中銀座に差しかかる。
 全国に、なんちゃら銀座という商店街は多いが、谷中銀座ほどしっくりくるところはないだろう。しかし、谷中銀座は終戦後できたものだ、それを懐かしく思うのは、ここが質のいいノスタルジーを醸し出しているからだろう。
 
 谷中銀座を突っ切るとよみせ通りに差しかかる。
 南に折れて電柱二本分で西へ、不忍通りを超えると日暮里から数えて三つ目の坂道、上がったところが大聖寺藩の屋敷……いや、今は須藤公園、どうも新旧の記憶がごっちゃになる。
 公園脇の坂を上がると千駄木女学院のはずだ。
 そう思って角を曲がると、女子高生が下りてくる。坂の上が千駄木女学院なのだから不思議は無いのだが、制服が違う。なにより気配が人ではない。
 物の怪、妖(あやかし)の類なのだが、害意はまるで無いのでシカトする。
 物の怪、妖にしてはションボリして生彩がないのだが……いやいや、関わってろくなことはない。
 
 校門を入ると、特別教室棟の美術教室から気配がする。むろんブリンダの気配だ。
 以前のような挑戦的なものではなく、わたしが道に迷わないように標(しるべ)として発したオーラだ。
 
「こんにちは」
 
 穏やかに挨拶すると「すまん、呼び立てて」と、少し気弱そうな返礼。
 ひょっとしてブラフか!?
 思わず尻を押えてしまった。前回は、すれ違いざまにパンツを抜き取られたからな。
「よせよ、ほんとに困ってるんだ。わたしのところにも来栖一佐が来たんだ」
「え……特務師団の?」
「あ、そこで妖の女子高生に会わなかったか?」
 
 話が、あちこちに飛びそうなブリンダだった……。
 
 
 
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高校ライトノベル・連載戯曲『梅さん④』

2019-06-28 06:35:07 | 戯曲
連載戯曲『梅さん④』     
 


: やしゃご?
: 孫の孫……その梅をくれた源七はわたしの孫よ。
: ……って、源七じいちゃんのおばあちゃん!?
: 知らなかったでしょ、四代前に梅って若死にした娘がいたことなんか。
 女学校卒業と同時にお見合い、そして二月ちょっとで結婚。一年後に雪が生まれて……
: 知ってる。雪ってひいばあちゃんの名前、あたしが三歳の時まで生きてたんだ。
: 雪は難産でねえ……色の白い、それはそれは可愛い赤ちゃんだった。
 でも産後の肥立ちが悪くて、わたし産後三月で死んじゃったんだ……
 亭主はすぐ後添え、再婚しちゃったから、早かった早かった忘れられちゃうのが……
: ねえねえ、だったらひいひい婆ちゃん……
: ひいひい婆ちゃんてのはよしてくれる。わたし、渚と変わらない年齢で死んじゃったんだから。
: じゃあ、なんて呼んだら?
: 名前でいいわよ。
: ウメちゃん。
: ん……梅さんくらいにしとこう。
: じゃ、梅さん。お願い! 助けて! そのピストルみたいなので撃たれて消されたり、初期化とかされんのは……
: 渚さん、ほんとうに人の話聞いてないわね。
: え?
: あなたは特別にこの懐剣で……
: 痛いよそんなの、あたし痛いのダメなの。今でも自分の腕に注射されんの見れない人なんだから。
 ね、だから……
: 話をお聞きなさい!
: はい……
: これは、あなたの魂と身体を切り離すために使うの。こんなふうに
 (渚の目の前で懐剣を一振りする。ぐにゃりとくずおれる渚。梅、切り離された魂に向かって話しかける)
 ね、痛くもなんともないでしょ……まあ、そんなに怒らないで。今のは実験、すぐにもどしてあげるから。
(目に見えない魂と、体の端を結びつける)
: ……ああ、びっくりした! 
: わかった?
: わかんないよ、切れちゃった心と体はどうなるのよ?!
: 心は初期化する。
: え、あたしがあたしでなくなっちゃって、どこかで生まれなおすわけ?
: そう、そして体はわたしがあずかる。
: あずかる?
: わたしが明日から、良い子の渚になって一生懸命生きてあげるから安心して。
: それはどうもありがとう……って安心なんかできないよ! だって、あたしの体だよ! 
 お願い、明日っからいい子で生きていくから。
: その歳じゃ矯正のしようがないのよ。元締めの最終チェックも済んだし。
: そこをなんとか……お願いお願い、お願ーい!
: ……何をどう言えばいいんだろう……渚さん。
: はい。
: たとえば、その親からもらった体を、いわば我々御先祖さまからもらった体を、
 いわばわれわれ御先祖さまから命とひきかえみたいにしてもらった体を、渚たちはどうしてんの? 
 髪はブリ-チと染髪の繰り返し、耳やらおへそに穴を開けるのはまだしも、不摂生な生活はもう限界。
 まともに生きても五十代で、シミとシワとうすら禿。
: ハゲ!?
: いじりすぎると、女でも禿になるのよ。体もガタきちゃってるし、六十代の半ばでくたばっちまう状態なんだよ。
 渚、もう五人と男性経験があるでしょ。
: え、あたしって、そっちの病気?
: さあね、……でも、わたしが渚になったら一番にお医者さんにいくわ。
: トホホ……
: だいたい渚、あんた人生に夢持ってないでしょ? 
 いいこと、これが一番の問題なんだよ。夢のもてない人間は、自分で自分の躾ができない……親の責任もあるけどね。
 人間は夢があるから、夢のために勉強し、勉強の中で自らを躾け、友達を増やし、大人になっていくんだよ。
 二十歳にもなったら、心の芯のところではわかってなくっちゃ……
: だって……


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高校ライトノベル・高安女子高生物語・9〔布施の残り福〕

2019-06-28 06:21:40 | 小説・2
高安女子高生物語・9
〔布施の残り福〕
       


 
 休みの日に家に居てるのは好きやない。
 
 住まいとしての家には不足はあらへん。二十五坪の三階建てで、三階にあたしの六畳の部屋がある。
 
 お母さんは、学校辞めてから、テレビドラマをレコーダーに録って、まとめて観るのが趣味。半沢直樹やら相棒やら映画を録り溜めしたのを家事の合間に観てばっかり。で、家事のほとんどは洗濯を除いて二階のリビングダイニング。
 
 お父さんは自称作家。
 
 ある程度名前は通ってるけど、本が売れて食べられるほどやない。共著こみで十何冊本出してるけど、みんな初版第一刷でお終い。印税は第二刷から10%。印税の割合だけは一流作家やけど、初版で終わってたら、いつまでたっても印税は入ってけえへん。劇作もやってるから上演料が、たまに入ってくるけど、たいてい高校の演劇部やさかい、高校の先生辞めてから、やっと五十万あったかどうか。で、毎日一階の和室に籠もって小説書いてはブログで流してる。どうせお金になれへんねんやったら、この方が読者が付く言うて。
 
 お父さんは、去年還暦やった。
 
 見果てぬ夢いうたらかっこええけど、どことなく人生からエスケープしてるような気ぃがする。せやから、先生辞めてから五年にもなるいうのに、精神科通うて薬もろてる。まあ、両親のことは他でも言うとこあるさかい、あたしに関わるとこだけ言う。
 あたしは、たった三人の家族がバラバラなんがシンキクサイ。まさか家庭崩壊するとこまではいけへんやろけど、家庭としての空気が希薄や。
 で、あたしは用事を作っては外に出る。明日と明後日はクラブの稽古がある。取りあえず今日一日や……で、布施のエベッサンに行くことにした。
 
 大阪のエベッサン言うたら今宮戎やけど、あそこは定期では行かれへん。よう知らんし、知らんとこいうのは怖いとこと同じ意味。あたしは、基本的には臆病な子。
 
 それに、もう一つ目的がある。けど、今は、まだナイショ。
 
 休日ダイヤの電車て、あんまり乗れへんよって、高安で準急に乗り損ねて各停。山本で一本、弥刀で二本通過待ちして二十分かかって布施へ。
 
 八尾よりショボイけど、布施も堂々たる都会。まあ、高安を基準に考えたら、たいていのとこが都会。
 で、今日は人出がハンパやない。駅の階段降りたとたんにベビーカステラやらタコ焼きの匂いがしてくる。露店に沿って歩いてみたかったけど、いったん別のとこにハマってしまうと、本来の道に戻られへん性格。せやから、脇目もふらんと布施のエベッサンを目指す。
 
 商売繁盛で笹持ってこい 日本一のエベッサン 買うて、買うて福買うて~
 
 招き歌に釣られて商店街の中へ、小さな宝石店のところで東に曲がると布施のエベッサン。
 まずは、手水舎(ちょうずや)で作法通り左手から洗い、右手、口をすすいで拝殿へ。気ぃつくとたいがいの人が、手ぇも洗わんと行ってしまう。あたしはお母さんから躾られてるんで、そのへんは意外に律儀。お賽銭投げて、まずは感謝。いろいろ不満はあるけど感謝。これもお母さんからの伝授。それから願い事。芸文祭の芝居が上手いこといきますように、それから……あとはナイショ。
 それから、熊手は高いんで千円の鏑矢を買う。これがあとで……フフフ、ナイショ!
 福娘のネエチャンは三人いてるけど、みんなそれぞれちゃう個性で、美人から可愛いまで揃ってる。こんなふうに生まれついたら人生楽しいやろなあと思う。
 ふと、馬場さんに「モデルになってくれないか」言われたんを思い出す。あたしも捨てたもんやないと思う。同時に宝石店のウィンドに写る自分が見える。ふと岸田 劉生の麗子像を思い浮かぶ。
 
――モデルはベッピンとは限らんなあ……――
 
 そう思って落ち込む。
 
 北に向かって歩いていると、ベビーカステラの露店の中で座ってるS君に気づく。学校休んで、こんなことしてんねんや……目ぇが死んでる。
 
「佐渡君……」
 
 後先考えんと声をかけてしもた。
「佐藤……」
 こんな時に「学校おいで」は逆効果や。
「元気そうやん……思たより」
 佐渡君は、なに言うたらわからんようで、目を泳がせた。あとの言葉が出てこうへん。濁った後悔が胸にせきあがってきた。
「これ、あげる。佐渡君に運が来るように!」
 買うたばっかりの鏑矢を佐渡君に渡すと、あたしは駆け出した。近鉄の高架をくぐって北へ。あとは足が覚えてた。
 
「ええやんか、たまには他人様に福分けたげんのも」
 
 事情を説明したら、お婆ちゃんは、そない言うてくれた。
 
「かんにん、お婆ちゃん」
「なんや世も末いうような顔してたから明日香になにかあったんちゃうかと心配になったで」
「たまにしか来えへんのに、世も末でかんにん」
「まあ、ええがな。明日香、案外商売人に向いてるかもしれへんで」
「なんで?」
「ここやいうときに、人に情けかけられるのは、商売人の条件や」
 お婆ちゃんは、お祖父ちゃんが生きてる頃までは、仏壇屋で商売してた。子どもがうちのお母さんと伯母ちゃんの二人で、結婚が遅かったから、店はたたんでしもたけど、根性は商売人。
 
「ほら、お婆ちゃんからの福笹や」
 
 お婆ちゃんは諭吉を一枚くれた。
 
「なんで……」
「顔見せてくれたし、ええ話聞かせてくれたさかいな」
 
 年寄りの気持ちは、よう分からへんけど、今日のあたしは、結果的にはええことしたみたい。
 
 チンチンチン
 
「これ」
 
 景気づけにお仏壇の鈴(りん)三回叩いたら、怒られた。
 
 ものには程というもんがあることを覚えた一日やった。
 
 
 
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高校ライトノベル・里奈の物語・8『空飛ぶ鉄瓶・2』

2019-06-28 06:09:34 | 小説3
里奈の物語・8『空飛ぶ鉄瓶・2』


 日本で一番狭いのは香川県。

 でも、本当は大阪府。

 海を埋め立てて関空ができて香川を抜いた。だから、デフォルトの面積では大阪が最狭。

 その最狭が眼下に広がっている。なんだか超大型の観覧者に乗って、遊園地を見下ろしているぐらいに可愛い狭さ。

「わー、広い!」
 その子が、真逆に感動した。
「え、広いの?」
「うん、広いよ。今までいたところが狭すぎるってこともあるけど」
「あなたって……」
「さあ、行くよ!」
「うわ!」

 はてなの鉄瓶は、急降下して大川に、大川の上空を遡って淀川に、そして淀川を北東に遡っていく。
 
「うわー、すごいすごい!」       「生駒山系」の画像検索結果

 その子に聞きたかったことも忘れて景色に見とれた。
 北摂の山々が左側に、生駒山系が右側に迫ってきて、二つの山並みの隙間、その向こうに京都の街並みが見える。
「うわっ!」
 京都に突っ込む寸前で、はてなは90度以上右に急旋回! 左にこぼれそうになったあたしを、その子が支えてくれる。
 はてなは生駒山系の頂上をなぞるように飛んでいく。

「わたし、空を飛ぶのは初めてなの」
「え……もう何回も飛んでるみたいに見えるけど?」
「こうして飛べるのは、里奈ちゃんのおかげ」
「あたしの……?」
「一人ぼっちでいるのを助けてくれた。だから、こんな広い世界を見ることができる。わたしがいた場所は、こんなに広い世界に繋がっているんだ」
「あたしが助けたの?」
「とっても……とっても……」
「とっても……?」

 その子は、とっても感動している。でも「とっても」のあとは言葉にしてくれない。
 あたしは、人が、こんなに感動しているところを見たことが無い。あたしは、その感動に感動した。
「そっか、素直に感動していればいいんだよね」
 その子が小さく頷いた。あたしも頷く。
 頷いた分だけ、視界が揺れる……え、揺れが止まらない……グラっときた!

「痛ったーーーーーーーーーー!」

 ベッドから落ちて目が覚めた。
 伯父さんに植え替えてもらった菊が、机の上、はてなの鉄瓶の横で萎れきっていた……。 


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