鳴かぬなら 信長転生記
てっきり南の大森林から潜入するものと思っていた。
三国志の長城は大森林と付かず離れずのところを東西にのびている。
長城にはいくつかの関門があって、人の行き来がある。
その、人の行き来に紛れて三国志の領内に潜入するのが普通だ。
しかし、ここへきて俄かに関門の警備が厳重になり、なにに化けようと関門からの潜入は不可能という知らせが生徒会からもたらされた。
ひょっとして偵察隊の派遣は中止か?
決まったことを覆すのは性分に合わない。しかし、妹の市は、気持ちがいっぱいいっぱいだ。
昨日、市に詰め寄られた敦子が「ちょっと、あの子ヤバイわよ」とこぼしていた。
敦子は、あれでも熱田大神の化身。それがヤバイというのだから、とても偵察隊の任務など務まらないだろう。
市の代わりには織部か武蔵にやらせればいいだろうと思った。
しかし、俺と市の兄妹編成も出発にあたっては変更は無い。
生徒会は、俺たちが紙飛行機に乗って越境を果たすことに変更した。
「間もなく、南風が5ノットを超えます」
織部が時計と風速計の両方を見ながら神妙に声をあげる。
決定したのは生徒会だろうが、技術的な立案者は、この御山の南斜面、織部と並んで上昇気流を読んでいる二宮忠八だ。
二人乗りの紙飛行機が存在しているのは、目の前にそれが見えていても不思議なのだが、忠八は、こう見えても飛行神社の祭神なのだ。神としての力を振り絞れば、これくらいのことはやってしまうのだろう。
この神業が扶桑に迫った危機感からなのか、市への想いからなのかは分からないが、文字通りこれに乗るしかない。
ここで中止になれば、世間はどう思う。
織田兄妹ラッキー! あるいは 織田兄妹命拾い! 妹と共に胸をなでおろす信長!
けして進んで引き受けた役目ではないが、そんな人を見下げた同情心などごめん被る。
たとえ、墜落して命を落とし、再び本能寺の変をやり直すことになろうと、俺はこの道を進む。
「お兄さん」
「俺は、お前の兄ではない」
「す、すみません。信長さん」
「なんだ?」
「こ、これを市さんにお渡しください」
忠八の手には、飛行神社の朱印が押されたメモ帳のようなものが載っている。
「メモ帳か?」
「いえ、飛行神社のお御籤用の紙片を閉じたものです」
「いよいよ神頼みなのか(-_-;)?」
「いえ、偵察の報告とか……なにかお困りのことが起きましたら……」
「どこかの神社の木の枝に結んでおけか?」
「いえ……紙飛行機にして飛ばしてもらったら、ぼくのところに飛んできます」
「そうなのか?」
「はい、いちおうは……」
「そうか、おまえも、いちおうは神さまであるか」
「ハ、ハヒ(;'∀')」
どれだけ役に立つのかは分からないが、こいつは掛け値なしの善意なのだろう。
「うん」
頷いて妹に渡してやる。
「なに!?」
「尖がるな、忠八からの心遣いだ」
「う、うん」
市もいっぱいいっぱいなんだろう、怒ったような顔を向けておしまい。
それでも通じたようで、忠八は頬っぺたを真っ赤にして頭を掻いた。
「風速6ノット!」
織部が叫ぶ。
「いくか」
「お、おう」
兄妹二人して、紙飛行機に跨る。
手をかしてやると、市の手は異様に冷たい。緊張が頂点に達しているんだ。
「信玄! 謙信! 頼んだぞ!」
「おお!」
「任せておけ!」
手を挙げた二人の鞍にはロープが繋がれて、この紙飛行機に繋がっている。
「コンタークト!」
三成が懐中電灯を左右に振って、噛まされていたチョーク(車止め)が外される。
「発進!」
その一言だけが仕事の今川生徒会長が号令をかけ、後ろで控えていた乙女生徒会長と利休が機嫌よく手を振って、見送りに来ていた学院と学園の生徒たちが、それに倣う。
ハッ!!
信信コンビが馬に鞭を当てる。
ビン!
一瞬の唸りを上げると、紙飛行機はグンと機首を上げて、夕闇迫る扶桑の空に舞い上がった!
「パージ」
声を掛けると、コクンと頷いてレバーを引く市。牽引ロープが蛇のように落ちていく。
グウーーーーーン
さらに勢いを増して、紙飛行機は大森林の向こうに垣間見える三国志の長城を目指した。
☆ 主な登場人物
- 織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生
- 熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
- 織田 市 信長の妹
- 平手 美姫 信長のクラス担任
- 武田 信玄 同級生
- 上杉 謙信 同級生
- 古田 織部 茶華道部の眼鏡っこ
- 宮本 武蔵 孤高の剣聖
- 二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
- 今川 義元 学院生徒会長
- 坂本 乙女 学園生徒会長