くノ一その一今のうち
トックン……トックン……
心(地下戒壇)の闇の中で自分の心臓の音だけが際立つ。
闇の向こう、たった今まで老忍の多田さんが身をもって隠していた風穴が露わになった。
その向こうは、さらに奥行きを感じさせる。目を凝らせば先の方では微かに灯りの灯る隧道になっているような気配。
心臓の音は忍びの臆病虫の声だ。
単なる怖れではない。この先に踏み込めば命にかかわる。それを告げる忍者の本能的なアラームなんだ。
ここへ来るにあたっては、まあやはもちろんのこと、課長代理にさえ告げていない。
上忍の課長代理なら夜明けまでには気付くだろうが、今ではないだろう。
でも、頭の別のところでは、これが埋蔵金の正体や、その行方、背景を見届ける最後のチャンスだと呟く者がいる。
ク…………足が動かない。
目覚めたとはいえ、ついこないだまでは冴えない女子高生だった。半端ではない怖れが忍者の思考を鈍らせる。
ん?
胸の谷間が熱くなる、反射的に手を当てる…………魔石だ。
ペンダントにしている魔石が熱を持っている。
忍の素養に目覚め、風魔一族の棟梁『その一』の名と共に引き継いだ風魔の魔石。
それがわなないて熱を発している。
これは、魔石の警告? いや、そうじゃない。魔石は――進め――と言っている。
ほんとうにそうか? 臆病虫が逡巡させる。
だけど…………これって、なにかに似てる。
そうだ、ゲーム機を買って内蔵ストレージが足りなくなることを予想して、外付けのハードディスクを付けた。
ゲームがいっぱいになって、いよいよ外付けがフル回転した時の、あの熱の持ち方に似ている!
ブーンと唸りを上げ、手をかざせば「お前はドライヤーか!?」と思うくらいの熱を発して、でも、格段に面白いゲームの世界を広げてくれた、あの外付けHD!
魔石とは、風魔忍者の秘密や能力が刻まれていて、必要に応じて忍者本人にインストールさせる外付けHDだったんだ。
そして、たった今、この先の変異に対応するだけの力が付いたんだ。
そう思い定めると、恐れも迷いも吹き飛んで、前に進んだ!
ほとんど闇の隧道。しかし、先の方では灯りの灯った空間があるようで、そこから反射や照り返しを繰り返したささやかな薄明かりが滲み出て、訓練された忍者にはさほどの苦にはならない。
二キロも走っただろうか、気の流れが変わった。
文字通り空気の流れと、いつの間にか魔石を通じて自分が放っている気。
その気が、前方向だけではなく、数十メートル先では下に流れ落ちている。
!!?
前方向だけに気を取られていたら見落としていただろう、幅五メートルはあるだろう谷が口を開けている。
セイ!
一息で飛び越える。
チラ見した谷に特別の仕掛けは無かったが、隧道とは違って人の手が入っておらず、岩がむき出しで、転落すれば忍者でも命はない。
そういう谷や横穴が随所にあって、いちいち立ち止まっていてはキリが無く、おおよその見当で突き進んでいく。
やがて、甲府城のそれよりも数倍大きな石室に出た。
構造も甲府城のものと同様で、多数の枕木が並んでいて、直前まで相当の重量物が置かれていた形跡がある。
…………まだ運び出されて間がない。
ということは、先の方では、まだ運び出しの最中!?
よし、現場を押えよう!
数倍と思った石室は、まだまだ先があって、進むにしたがって明らかになっていく。
信玄の埋蔵金とは、どれほどのものなんだ?
それに、これほどの金塊を運び出しているというのに、まるで音がしない。
おそらくは小分けにしてあるのだろうけど、相当の数と重量だ。機械の音、あるいは、運び出す人間の声や物音がするはずだ。
四つ目のブロックを過ぎたところで見えた。
まだ運び出されていない金塊の箱。
え? ええ!?
我が目を疑った!
なんと、金塊の箱が床から背の高さほどのところに浮遊したかと思うと、数秒のうちに形がおぼろになって。次々に消えていく。
いや、違う。
それは、ゲームの中で人や物が転送される様子に似ている。消える寸前にゆるくスパークするように光るのだ。
停めなきゃ!
しかし、どうやって!?
「やはり、決着を付けなきゃならないようだね」
金塊の山から再び多田さんが現れた……それも、五人の仲間を連れて!
☆彡 主な登場人物
- 風間 その 高校三年生 世襲名・そのいち
- 風間 その子 風間そのの祖母(下忍)
- 百地三太夫 百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
- 鈴木 まあや アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
- 忍冬堂 百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
- 徳川社長 徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
- 服部課長代理 服部半三(中忍) 脚本家・三村紘一
- 十五代目猿飛佐助 もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者