大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・堕天使マヤ 第一章・遍歴・5《試行錯誤③八年ぶりの帰還》

2018-12-31 07:07:10 | ノベル

堕天使マヤ 第一章・遍歴・5
《試行錯誤③八年前のぶりの帰還》




 ゴミ箱の中に、何枚も同じビラが捨ててあるのに気が付いた……。

「これは……」

 ビラには、八年前に行方不明になった女子大生の写真と、着衣や体の特徴、失踪した時の様子などが書いてある。

 そしてマヤは悟った、その吉岡輝美という女子大生が、もう生きていないこと。そして、その理由。さらに娘が生きていると信じてやまない両親の気持ちを。
 マヤは公園で、ビラから得た全ての情報を幾度となく組みなおしてみた。
 最後の結末の付け方が分からない……でも、輝美という一人娘の生存を信じることをよすがに生きている両親を安心させることが第一だと思った。この結末を考えないで動いてしまうことが、自分が堕天使になってしまった理由であると、漠然と感じた。

 マヤは、そのままの足で、輝美の家に向かった。

 角を曲がると輝美の家というところで姿を変えた。摩耶を少し手を加えるだけで、マヤは吉岡輝美になった。

 輝美になった時に衝撃が走った。母親は輝美を生んだ時の無理で二度と妊娠できない体になってしまった。そして生まれた時から一人娘と決まった娘に、精一杯寿ぎの名前を付けた。

 輝美……輝くように美しい子に育って欲しいという気持ちが籠められていた。

 そのままと言えばそのまま……でも、真っ直ぐな願いと思いの籠った名前であることと、親の愛情が噴きあがるように心に溢れた。
 輝美の情報は堕天使の力で全て分かっていたつもりだったが、こうやって変身してみて初めて分かることもあることを理解した。

 自然に頬が熱くなり、涙が溢れてきた。

「……ただいま!」
 溢れる気持ちのまま、帰還の言葉を口にした。数秒置いて家の奥から気ぜわしく両親が現れる気配がした。

「て、輝美……!」
「八年間、本当にごめんなさい……」

 そう言葉を交わしたきり、数十秒親子は凍ったように立ちつくした。

「輝美、輝美、輝美……!」
 母親は素足で三和土(たたき)に降りて、ただただ娘の名前を呼んで抱きしめた。父は手を一杯に広げ妻と娘を抱きしめた。

「この八年間どうしていたんだ?」
「ほんとうにごめんなさい。お父さんお母さんが、とても心配していたことも、探してくれていたことも知っていました。でも言えない事情があったんです」
「どんな事情があったんだ、分かるように説明してくれないか」
「いいじゃないの今日は、ただ、ここに輝子が生きて戻っていてくれる。それを噛みしめているだけでいいわ」
「ごめんなさい、お父さんお母さん」

 その時、閉め忘れた玄関から声がした。

「吉岡さん、N署の高山です。今朝のビラまきご苦労さまでした」

 高山刑事の接近に気付かなかったのはうかつだったが、すでにマヤの台本はできていた。

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高校ライトノベル・堕天使マヤ 第一章・遍歴・4《試行錯誤②一枚のビラ》

2018-12-30 06:34:41 | ノベル

堕天使マヤ 第一章・遍歴・4
《試行錯誤②一枚のビラ》
       



 N駅で降りると、マヤは自分と同じ背格好の女性を探した。

 いつまでもM高校の制服姿だと補導されかねない時間帯になる。ちょうどバスターミナルから都心の大学に通う女子大生が三人歩いてきた。
 どうやら、左端のフェミニンボブの子の家で、夕べは泊まり込みで遊んでいたようだ。
 すれ違った、ほんの一瞬で、服を取り換えた。
「え、優子、どうしてセーラー服!?」
「え、ええ……どうして!?」
「なんか、マジック? すごいよ、なんかいけてるね」
「うん、案外かわいいじゃん!」

 若い女は気楽である。バッグなどの持ち物がそのままだったので、そのマジックのような現象をいぶかしがりながらも楽しみ、そのまま改札の中に入っていってしまった。
「案外アッケラカンとしてるんだ」
 改めてマヤは、ショーウィンドーに映る自分の姿を見た。
 チノパンに、ピンクのカットソーとタンクトップの重ね着。まあ、量販店で五千円もあれば揃うナリだ。

 駅前のコーヒーショップで、少し考えてみることにした。

 お金は、無人のATMに手をかざすだけで、二十万ほど下ろした。監視カメラには近所の国会議員の秘書の姿を映しておいた。事実ATMは、その国会議員の口座から引き落としてくれた。堕天使にはこの程度のことは朝飯前だった。

 コーヒーとティラミスで一時間近く考えた。

 自分が、何かをやらかして人間界に落とされた堕天使だということしか分からなかった。マヤという名前も、たまたま体をコピーしたのが摩耶という子だったので、それをカタカナで使っているだけだ。名前も使命も分からない。昨夜は摩耶の葬式で佐和を殺した。
 ちょっと考えてみた。特に悪いことだとは思わなかった。摩耶を殺したのは佐和だし、瑠璃の障がいも治してやることができた。佐和の魂は、霊界で再教育され、何年か先に生まれ変わる。ちょっとした人間界の修正をしてやった……そんな気分になった。

 とりあえずは、こんなふうに……やっていくしかない。という結論に達した。

 店を出てしばらく歩くと、身につけている下着が気になった。いくら洗濯してあるとは言え、下着ドロボーが盗んできたものである。

 開きはじめたショッピングモールのランジェリーの店で新品を買い、店をでたところで瞬間的に身に付けた。もとの下着はショップの紙袋に入れてゴミ箱に捨てた。
「おや……」
 ゴミ箱の中に、何枚かの同じビラが捨ててあるのに気が付いた……。

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高校ライトノベル・堕天使マヤ 第一章・遍歴・3《試行錯誤①》

2018-12-29 07:05:51 | ノベル

堕天使マヤ 第一章・遍歴・3
《試行錯誤①》
        


 角を曲がると、二百メートルほど前を素っ裸で歩いている若い女を目撃した。

「ちょっと、どうかしましたか!?」
 田中巡査は、ほどほどの声で女性に呼びかけた。時刻は6時前だったので商店街とはいえ大声を出すのははばかられた。
 腰の拳銃がぶらつくのを手で押さえ、田中巡査は電柱一本分の距離まで近づいた。
 一瞬消えたように見えたが、女が横の路地に入ったことは、土地勘で分かった。

「おい、きみ!」

 角を曲がれば、数メートル先にその女性がいるはずだった。が、代わりにいたのは近所のM高校の女生徒だった。
「きみ、M高の生徒さんだね?」
「はい」
「いま、ここを……その、裸の若い女性が通らなかったかね?」
「いいえ、あたし、この向こうの三丁目から歩いてきたけど、駅に向かうサラリーマン風の人が二人追い越していっただけです」
 その二人なら、ついさっき職質したばかりの男だろう。
「おかしいなあ、たしかに……ま、いいや。しかし早いね、学校に行くの」
「部活なんです。朝練」
「そうか、じゃ、あ、他に怪しい人は見なかったかい?」
「今のところは。人生一歩先には何があるかわかりませんからね。朝からお巡りさんに会うなんて、今の今まで思ってなかったです」
「そりゃそうだ。じゃ、気を付けてね」

 田中巡査は行ってしまった。すぐ横の角のテーラーは、ここらあたりの学校の制服を取り扱っている。ショ-ウィンドウは閉じられていたが、中のM高校の制服を着たマネキンが裸になっていた。

 マヤは駅前まで来ると、服の中がスースーするのが気になった。制服の下は裸のままである。感覚が、少し人間に近くなったようだ。

 駅向こうの団地の方から、薄黒い喜びに満ちたサラリーマン風がやってくるのが分かった。
「なんて、やつだ……」
 そう思うと、マヤは男の方に向かうと同時に田中巡査に、こちらの方に来るようにテレキネシスで誘導した。

 男とすれ違いざまに、少し大きめのビジネスバッグの中のものをいただくと一瞬で身に着けた。

「あ、さっきのお巡りさん。この人下着泥棒!」
「え!?」
 同時に男は、駅に向かって逃げ出した。スイカで改札を抜けようとしたが、なぜかバーが通せんぼをする。男はヤケになって、ビジネスバッグを田中巡査に投げつけたが、バッグは田中巡査をかすめて床に落ち、留め金が外れて中のものがぶちまけられてしまった。
 なんと二十着ほどの女性の下着が花びらのように散らばり、その真ん中で、男は田中巡査に逮捕されてしまった。

 マヤは少し、いいことをしたような気がした。

――あたしは、なにか良いことをするために人間界に来たんだろうか――

 マヤは手を当てるだけで、改札を通り、隣町まで行ってみることにした。

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高校ライトノベル・堕天使マヤ 第一章・遍歴・2《堕天使降臨②》

2018-12-28 06:37:51 | ノベル

堕天使マヤ 第一章・遍歴・2
《堕天使降臨②》
        


 ドライアイスの霧が噴き出して棺の蓋がゆっくりと開き、やがてガラリと音を立たてて、蓋は祭壇を壊しながら床に落ちた。

 溢れだしたドライアイスの中から、摩耶が一糸もまとわぬ姿で立ち上がった。
「摩耶……生き返ったのか!?」
 騒然とした斎場の中で、摩耶の父が叫び、瑠璃は不自由な声で驚きと喜びの声をあげた。
「佐和……あんたは許さない」
 そう言いながら摩耶が祭壇から降りてくると、佐和は、腰を抜かすことも無く、斎場を飛び出し、必死で逃げた。
 摩耶は、背の高さほどの空中を滑るように飛んで佐和を追いかけた。

 斎場の向かいは道路を挟んで、私鉄の線路が走っている。佐和は線路伝いに逃げるしかなかった。

 数百メートル行ったところで踏切になり、ちょうど遮断機が下りはじめたところだった。
「え、あたし、勝手に体が……」
 佐和は、自分の意志に反して、遮断機をくぐり、幅数センチの線路を枕に……ではなく、細いベッドにして仰向けに横たわった。
「た、助けて! いったいどうなってんの!!?」
 これが佐和の最後の言葉だった。

 後から追いかけてきた大人たちの中から担任が機転を利かして非常スイッチを押したが間に合わなかった。
 新宿行きの特急電車は非常ブレーキを軋ませながら、佐和の体を二十メートルほど通り越し停車。
 佐和の体は、体の正中線を圧潰し、形を留めていたのは両手両足だけだった。

――まだコントロールが効いていない。少し巻き戻そう――

 佐和の姿をしたものは、時間を五分ほど巻き戻した。

 棺から摩耶の姿をしたものが現れた。手際よく祭壇を覆っている布を身にまとうと、静かに語り始めた。
「摩耶を心臓マヒにして殺したのは、そこの佐和。身をもって購ってもらおうか」
 摩耶の姿をしたものは、佐和を指さし心臓を掴むようなしぐさをし、それを握りつぶした。
「ウ……」
 と言ったきり、佐和は仰向けに倒れてしまった。
「まだ、こいつの体の機能は死んでいない。脚と言語に関わる機能を瑠璃に移そう……ハッ!
 瑠璃は、一瞬体をビクっとさせると、車いすから立ち上がって叫んだ。
「ダメ、こんな形で人を殺しちゃ。あなたは摩耶の姿をしているけど、摩耶じゃない。力があるなら、摩耶と佐和を元にもどして!」
「よく見抜いたわね瑠璃……そう、あたしは摩耶の姿はしているけど摩耶じゃない。あたしは堕天使……カタカナでマヤとでも呼んでもらおうかしら。心配しなくても摩耶は行き返るわ、あたしは二十四時間かけて摩耶の姿をコピーした。コピーし終わった摩耶は、このあと生き返る。佐和は当然の報い……あたしは堕天使マヤ。それじゃ、あたしのことはきれいさっぱり忘れてちょうだい。

 一瞬閃光が走り、斎場の全員が目をつぶった。再び見開いたときには、それまでのことは忘れていた。
 棺から、ゆっくりと摩耶が起きだすと、一瞬の間を置いてどよめきと歓呼の声。
 佐和が一人死んでいるのが発見されたのは数分後、本人も周囲の者も気づかないうちに車いすから立ち上がった瑠璃によってであった。

 堕天使マヤは、こうして人知れず降臨した……。

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高校ライトノベル・堕天使マヤ 第一章・遍歴・1《堕天使降臨①》

2018-12-27 07:13:26 | ノベル

堕天使マヤ 第一章・遍歴・1
《堕天使降臨①》
        


 これほど上手くいくとは思わなかった。

 殺したという意識さえ湧いてこない。

 摩耶のことは最初から気に入らなかった。
 もともと偏差値41という都下でも最低クラスのS高校に来るような奴じゃない。摩耶は気弱な瑠璃が熱心にS高校を勧めるので来たのだ。

 そのイイコちゃんぶりが気に入らなかった。

 摩耶に痛手を与えるのには、瑠璃をイジメるのが手っ取り早かったが、学校も瑠璃のことには気を付けていたし、摩耶は勘が良く、イジメを仕掛けても、事前に察知して、そのほとんどをかわしてしまう。
 一度トイレの個室に仲間といっしょに籠って、摩耶が瑠璃の付き添いでやってきたところを四人で襲ったが、たった二十秒で四人ともノサレてしまった。おまけに足腰立たなくなった無様な姿を写メに撮られて脅迫される始末だった。

「今度のことは先生たちには言わないわ。その代り、今度こんなことをやったら、この写メばらまいてやるから……いいわね佐和!」

 手下三人は這う這うの体で逃げてしまい、佐和は股関節をしたたかにやられて、しばらく起き上がることもできず、床の水が制服を通してパンツにまで浸みてきたころに、ようやくトイレから這い出してきた。

 この件があってから、手下どもにも睨みが利かなくなった。佐和は知恵を巡らし、援交で親しくなったテレビ局の美術のオッサンに相談した。オッサンは風采は上がらないが、作る小道具はハリウッドからも注目されるほどの者だった。オッサンは未成年を相手にしてしまった後ろめたさから、絶品の小道具を用意してくれた。

 その日は病院に寄ってから瑠璃が登校する日だったので、摩耶は、下足室で瑠璃がお父さんに連れてこられるのを待っていた。

 上手い具合に下足室には誰もいなかった。

 瑠璃の到着が遅れたので、もう始業の鐘がなっている。
――ちょっとした事故で、到着が遅れます――
 瑠璃のおとうさんからのメールは、想像力の強い摩耶を不安にさせていた。
――なにかあったんだろうか――
 そう思った瞬間、下足ロッカーの向こうから、何かが投げ込まれた。

 ビシャ!

 嫌な音をさせて落ちてきたのは、ザクロのように割れた瑠璃の生首だった!

 ウッ………………!

 摩耶は、悲鳴を上げる暇も無く、その場に倒れこみ、そのまま息絶えてしまった。

 警察の所見は若年性の心臓発作だった。
 ただ詳しいことは病理解剖してみなくては分からない。摩耶の両親は嘆き悲しんだが、病理解剖は拒否した。

 そして、いま葬儀会館で通夜の真っ最中である。
――ツイテいたんだ、あたし――
 ソラ涙を流しながら、佐和は焼香の順が回ってくるのを待っていた。作り物の生首は直ぐに回収し、佐和の悪戯はバレていない。ほんとうは脅かすだけのつもりだった。摩耶が無様に驚いてひっくり返った時の写真か動画を撮れればいいと思った。じっさい摩耶が昇降口の簀の子の上にあおむけに倒れた写真は撮ってある。むろん、摩耶がショックで頓死してしまったので、フォルダーに保存したままでSNSはおろか、仲間内にも流してはいない。この葬式を無事に躱せば、全てが終わる。

 それは親族焼香の途中で起こった。

 にこやかな摩耶の遺影が一瞬憤怒の表情に変わり、棺の隙間から大量のドライアイスの霧が吹きだした!

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高校ライトノベル・ライトノベルベスト『おいでシャンプー』

2018-12-26 14:10:47 | ライトノベルベスト

ライトノベルベスト
『おいでシャンプー』



「摩耶です、よろしくね」

 その一言で、その人は、うちの同居人になった。
 若すぎる…………それが、最初の印象だった。
 
 お父さんは四十六歳。お母さんは……居ないってか、覚えてもいない。わたしが二歳になる直前に亡くなった。それ以来、お父さんは、男手一つでわたしを育ててくれた。
 中学のころは、イッチョマエに反抗期ってのもやってみた。塾の帰りに友だちと喋って遅くなり、お父さんが心配して迎えに来て、「遅くなるならメールぐらいよこせよ」の一声をシカトして、一晩帰らなかった。ま、その程度には。
「今日から、洗濯物、お父さんとは別にするから」
「あ……ああ、いいよ」
 お父さんは平気な感じで言った。でも、その時手にしたスポーツ新聞は上下が逆さまだった。
 洗濯物を別にすると言っても、洗濯はわたしの係だ。小学五年の冬から、わたしが、自分で言い出してそうした。
「お父さんも、たいへんだろうから」
 というのが表面的な理由だけど、わたしは、なんとなく予感があった。そろそろアレが始まる。アレが始まることは、光子伯母ちゃんが説明してくれていたし、学校でも、女子だけを集めての健康学習でも習っていた。だから、予防線を張って、自分がやるって言った。予想は当たって、アレはお父さんの盆栽の梅がほころぶころにやってきた。でも、あのころは、お父さんのパンツをいっしょに洗うことに抵抗はなかった。
 ただ、中学に入ると、友だちが、冷やかされていた。
「え、あんた、まだお父さんのといっしょに洗濯してるの!」
 で、わたしは別に洗濯することにしたのだ。
 だから、自分のはナンチャッテ反抗期。でも、学校での付き合いなんかでは――わたしも反抗期――と、思えて気が楽。

 三十過ぎから、男手一つで子どもを育てることの大変さは、顔にこそ出さなかったけど分かっている。

「新しいお母さんができるわよ」
 光子伯母ちゃんから、そう告げられたときは正直ショックだった。お父さんから直接聞いてもショックなんだろうけど、最初に光子伯母ちゃんから言われたことが寂しかった。
 でも、その週末に焼き肉食べながら、お父さんから、改めて言われたときは、わりに平気で聞くことができた。

 そして、その日がやってきた。

「摩耶です。よろしくね」

 どう見ても若すぎる。おずおずと歳を聞くと。
「三十二。でも、他の人には内緒ね。それと、わたしのこと、無理にお母さんなんて呼ばなくていいからね」
「……じゃ、摩耶さん」
 早手回しに摩耶さんが言ってくれて、少しホッとした。
 でも、表面はともかく、心の中では、お母さんどころか家族としてもしっくりこない。
 摩耶さんも、家の中を自分色に染めるようなことはしなかった。家具や水回りの配置など、そのままにしてくれていた。
 摩耶さんがやってきて初めて三人で買い物を兼ねて食事に出かけた。買い物を終えて駐車場に戻ったところで、クラスメートのノンカに出会った。
「おーい、真由!」
 ノンカは親友なんだけど、気配りがない。こういう無防備な状況で声かけるか……。
「あら、真由のオトモダチ?」
「あ……親友のノンカ」
「あ、榊原紀香です、真由の親友やらせてもらってます……」
 ノンカは、キョウミシンシンの顔むき出しで、わたしたちを見た。
「妹が、お世話に……わたし真由の姉の摩耶。姉妹っても腹違いなんだけどね」
「お、おい、摩耶」
 お父さんも、さすがにビックリ。ノンカは目を丸くした。
「ハハ、う~そ。ほんとは新しいお母さんなの。なりたてのホヤホヤ、ほら、ノンカちゃん、こっちから見て、湯気がたってるでしょ!」
「ほんとだ……!」
「まさか……」
 わたしも、ノンカと並んでみた。
「……なーんだ、カゲロウがたってるだけじゃん」
「ハハ、ばれたか」
 摩耶さんは、そんな風に、自然に、わたしたちの中に溶け込んできた。

 ある日、摩耶さんはお風呂椅子を買ってきた。
「ジャーン、カワユイでしょ!」
 それは、ほのかなピンク色で、ハートのカタチをしていた。
「ええ、それに座ってシャンプ-とかすんのかよ!?」
 お父さんがタマゲタ。
「これは、女子専用。お父さんは、今までのヒノキのを使ってください」

 わたしは、摩耶さんが来てから、お風呂椅子は使っていなかった。それまでは、お父さんと共用のヒノキのを平気で使っていたけど。わたしは摩耶さんのお尻が乗っかったお風呂椅子に自分のお尻を乗せる気にはならなかった。別に摩耶さんのことが生理的に受け付けないということではなかった。
 お父さん×摩耶さん×わたし=あり得ない……になってしまう。
 お父さんと摩耶さんは夫婦なのだから、だから、当然男女の関係にある。で、同じお風呂椅子にお尻を乗っけることができない。わたしは、摩耶さんが来てから、お風呂マットの上に座ってシャンプ-とかしていた。
 
 摩耶さんは、どうやら、それに気づいていたらしい。

 わたしはグズなので、お風呂は一番最後になることが多い。その晩、お風呂に入ると、ハートのお風呂椅子に使った形跡がない。まあ、買ってすぐなんで、摩耶さん忘れたのかと思った。
 でも、明くる日も、その明くる日も使った形跡がなく、なんだか、わたし専用のようになってしまった。

 その数週間後、わたしは恋をしていた。むろん片思い。彼は二か月前、転校してきて、わたしが所属する軽音に入ってきた。バンドが違うので、話をすることなんかなかった。そいつは敬一っていうんだけど、すぐにケイとよばれるようになった。

「あ、ごめんケイ」
 新曲のスコアを取りに部室に入ったら、練習の終わったケイが上半身裸で汗を拭いているところだった。
「男の裸なんか気にすんなよ」
 制服に着替えて、ケイは爽やかな笑顔で部室から出てきた。ケイはな~んも気にせず、白い歯を見せて笑って、下足室の方へ行く。後にはメンズローションと男の香りが残った。
――なんだ、あの爽やかさは――
 これが始まりだった。そのケイに、こともあろうにノンカが想いを寄せてしまった。
「わたし、ケイのこと好きだ!」
 堂々と、わたしに言った。
「真由も好きでしょ?」
「いや、わたしは……」
「ホレホレ、顔に、ちゃんと書いてある。ね、お互い親友だけど、これはガチ勝負しようね!」

 で、グズグズしているうちに勝負に負けた。今日ノンカが校門でケイと待ち合わせして帰るところを見てしまった。

「どうかした?」
 家に帰ると、摩耶さんが、ハンバーグをこねながら聞いてきた。
「い、いや、なんでも……」
「そう……じゃ、使って悪い。シャンプーの中味詰め替えといてくれないかなあ。紫のがわたしの、イエロ-が真由ちゃん用。わたし、こんな手だから。お願い」
 摩耶さんは、ハンバーグをこね回して、ギトギトになった手を見せて、笑った。一瞬魔女だと思った。

「アチャー……」

 オッサンのような声をあげてしまった。
 シャンプーをしようとお湯で髪を流し、手を伸ばした定位置にシャンプ-が無かった。
 詰め替えたときにボンヤリしていたんだろう。わたしってば、自分のシャンプーを高い方の棚に置いてしまった。
 立ち上がれば、直ぐに手が届くんだけど、ハート形のお風呂椅子はプラスチック。立ち上がって座り直せば、冷やっこくなる。そんなものほんの一瞬のことだ……そう思っても、今日の失恋で心にヒビが入っている。こんなことでもオックウになる。
 で、そのシャンプーを見上げた一瞬にお湯が目に入り目をつぶってしまった。

――おいで、シャンプー!――

 理不尽なことを思った。
「あ……」
 目を開けると、自分のシャンプーが目の前の下の棚にある。
――見間違い?――
 まあ、目の前にあるので、深く考えずに使った。で、不覚だった。
「これって、摩耶さんのシャンプー……詰め間違えたんだ」
 摩耶さんのシャンプーはナンタラピュアというもので、わたし的には香りがきつい。ほんとに今日はついてない。

「別に詰め間違えてないわよ」
 めずらしく、わたしの後にお風呂に入った摩耶さんが、髪を乾かしながら言った。
「え、うそ……」
 念のため、風呂場にいって確かめてみたら、たしかに、それぞれのシャンプーが入って、定位置に置かれていた……しかし、自分の髪から漂う香りは、摩耶さんのナンタラピュアであった。

 そして、明くる日、学校で奇跡が起こった。

「真由、シャンプーとか変えた?」
 ケイが、理科実験室前の廊下ですれ違いざまに声をかけてきた。
「あ、ちょっとあってね……」
 二人の後ろでじゃれ合っていた男子がロッカーを倒してしまった。理科のロッカーなのでかなりの重量がある。
「危ない!」
 ケイは、わたしをかばうようにして、廊下を転げた。

 気がつくと、二人抱き合って廊下に倒れていた。そして、ケイのクチビルが、わたしのホッペにくっついていた。
「あ……痛あ……」
 わたしは足を捻挫していた。ケイが肩を貸してくれて、保健室まで連れていってくれた。
 痛かったけど、とても嬉しかった。廊下の向こうの方でノンカが「負けた」という顔をしていた。

「今度倒れるときは、クチビルが重なるといいわね」
 その日は、ケイが自転車に乗せて家まで送ってくれた。で、ドアを開けた瞬間摩耶さんから、この言葉が出た。
「え、どうして……」
「あ……学校から電話あったから」

 そして数か月後、ケイとわたしは自他共に認めるカップルに。
 
 摩耶さんのことは、やっと言えるようになった。

「お母さん……」

 そして、お風呂椅子は、お母さんも使っているよう。シャンプーは、その日次第で中味が違う。でも――おいで、シャンプー――と思うと、思った通りのシャンプーになっている。
 ほとんど、このお母さんは、魔女じゃないかと思ってしまう……。


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高校ライトノベル・トモコパラドクス・100『一寸法師のキーホルダー』

2018-12-26 06:51:34 | トモコパラドクス

トモコパラドクス・100 
『一寸法師のキーホルダー』
        

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかし反対勢力により義体として一命を取り留めた。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 久々に女子高生として、マッタリ過ごすはず……今度は、忘れかけていた修学旅行!


 胸のポケットでゴニョゴニョするものを感じて、思わず笑ってしまった。

「どうしたの、鈴木さん?」
 ノッキー先生が、チョ-クの手も休めずに聞いた。ノッキー先生は篠田麻里子と同い年だが、しっかりもので、笑い声だけで生徒個人を特定できる。
「すみません、思い出し笑いです」
 とっさに、そう言いつくろうと、みんなもクスクス笑い出した。
「みんな、だいぶ鈴木さんの『思いだし』に興味がありそうね?」
「はい!」
 まっさきに妙子が応え、みんなも表情で同意を示した。
「じゃ、差し支えがなかったら、鈴木さん。その『思いだし』手短に説明してくれる?」
「え、あ、はい……」

 今さら胸ポケットでゴニョゴニョなんて言えないので、ゆうべ見た夢の話をした。

 義体である友子は、夜の間は最低のセキュリティーを残して、CPUをスリープにする。すると、その日の体験やら、今までに経験したメモリーが整理され、モノによっては頭の中で、こんがらがったまま再生されることもあり、それが夢のようになる。
「夢なんです。夕べ見た」
「ホー、どんな夢?」
 ノッキー先生まで、興味を持ち始めた。
「まさか、Z指定の夢だったりして」
 コーラの炭酸のように刺激的な突っ込みを麻衣が入れる。悪気はないので、一瞬クラスを爆笑にしてしまうが、後に引くことはない。真面目な純子までが目を輝かせている。このまま放っておくと、お調子者の亮介がいらないことを言って、笑いモノにされるだけだ。

「一寸法師の夢をみたんです」

 吹き出す者、身を乗り出す者、さまざまな反応があったけど、ますます興味を持ったことは確かである。半分は、思わず頭のテッペンから声が出たせいだろう。
「一寸法師って、茶碗の舟に箸の櫂?」
「ええ、そうなんですけど、ちょっと違うんです……」

 で、友子は語り始めた。
 
 夢の中の友子は中年のオバサンだった。それが小川のほとりを歩いていて一寸法師に出会ってしまう。お約束の鬼退治を、一寸法師がやると、鬼たちは打ち出の小槌を残して去っていく。
「まあ、打ち出の小槌。これであなたを普通の人間の大きさにしてあげられるわ」
 ところが、一寸法師は、こう言った。
「そりゃ、偏見だ。オイラは、この大きさで十分だと思っている。使うんなら自分のために使いなよ」
「わたしのため?」
「そうだよ。あんたは、お姫さまとは名ばかりで、こんなオバサンになってしまったじゃないか。だから、もう一回若くなるように願ってごらんよ」
 そうして……。

「どうなったの?」

 ノッキー先生が、みんなの好奇心を代表するように聞いてきた。
「あ……それで、おしまいなんです」
 みんながズッコケた。
「すみません。今夜夢の続き見ておきますから」
 すまなさそうに言ったので、また、みんなに笑われてしまった。

 胸ポケットのゴニョゴニョは、なぜか義体である友子にも分からなかった。こんなことは初めてだった。
――なにかあったの?――
 紀香の思念が飛び込んできた。
――ちょっとCPUの中で解析しきれないものがあって。大したことないから――
――……とても大切なことみたい。でも、一人で決断して――
 滝川コウからは、こんな思念が届いた。同じ義体同士として心配してくれている。

 トイレの個室に入ってポケットをまさぐってみた。

 一寸法師のキーホルダーが出てきた。
「いつのまに……」
 メモリーを検索した。修学旅行に行った京都の鴨川、その岸辺に何かが浮き沈みしていて、友子は、それを拾い上げた。
 それが、何であったかという記憶が抜け落ちている。こんなことは始めてだ。
 無意識に一寸法師を握って開いてみると、ホルダーに古い鍵がぶら下がっていた。
「なんの鍵だろう……?」

 不思議に思って、トイレを出て、しばらくいくと左に折れる廊下があった。学校の施設は全てCPUの中に入っている。理事長先生以外しらない戦時中の防空壕の跡まで知っている。
 でも、この廊下は無い。他の生徒には見えないようで、誰も、その廊下に行かないし、廊下からやってくる者もいなかった。
「行ってみようか……」
 そう呟いて、友子は、角を曲がって、その廊下に進んだ。

「友子!」
 
 紀香は小さく叫んで、壁の中に消えていった友子に声をかけた。
「追いかけちゃいけない!」
 コウが紀香の手を取った。
「だって、あんな解析もできないところに」
「よく分からないけど、友子にとっていいことなような気がする」
 コウは男のような言い方をした……もともと退役した義体が、なりゆきで女子高生のナリをしているだけだが。

 友子は廊下の突き当たりまで来た。
 そこには古めかしいドアがあり、一寸法師の鍵で解錠すると、軋みながらドアが開いた。

 ドアから出ると、そこは自分の街だった。振り返ると、そこには電話ボックスがあった。どうやら、そこから出てきたらしい。電話ボックスを開けると、あたりまえだが公衆電話があった。
「あ、鍵……」
 廊下のドアに差し込んだままであることを思い出した。

 トントンと電話ボックスの戸が叩かれた。
「え……」
 予想の三十センチ下に顔が見えた。

 弟の一郎だ。三歳年下の小学六年生。四十二才のオッサンではない。
「姉ちゃん、どこに電話するつもりだったんだよ?」
 ボックスを出ると、ベタベタしながら一郎が聞いてきた。
「あ、ちょっとね」
「あ、どこかのオトコだろ。高校に受かったと思ったら、もうこれだもんな。近頃の……」
「うるさい」
「イテ!」
 懐かしいやりかたで、弟の頭を張り倒した。

 そして、家の前にはもっと懐かしい父と母がカメラを構えて待っていた。

「どうだ、友子、新しい制服の感触は!?」
 友子は、制服が新品の匂いをさせていることに気が付いた。
 そして、直感した。自分は義体ではなく、ここでは、あの忌まわしい事件は起こらないことを。

 友子は、やっと……戻ってきた。

 トモコパラドクス  完 

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高校ライトノベル・トモコパラドクス・99『友子の修学旅行・5』

2018-12-25 06:42:35 | トモコパラドクス

トモコパラドクス・99 
『友子の修学旅行・5』
        

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかし反対勢力により義体として一命を取り留めた。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 久々に女子高生として、マッタリ過ごすはず……今度は、忘れかけていた修学旅行!


#…………神戸、京都

 ビーナスブリッジからの眺めは最高だった。


 大阪湾を隔てて、大阪の街並み、生駒、葛城、金剛の山々。目の前には神戸の街が広がっている。夜になると横浜、函館と並んで100万ドルの夜景と言われるらしい。
「夜に来たかったなあ」
 麻衣がため息をついた。梨香がしきりに、スマホの地図と景色を見比べている。
「なにか探してんの?」
「うん、四代前までは、ここにいたから」
 梨香は華僑の家柄だ、いろいろ日本人には分からない一族の繋がりや、思い出があるんだろう。
「あの洒落たジャングルジムモニュメントみたいなのは?」
 純子の質問。
「あれは、愛の鍵モニュメントじゃ」
 米造ジイチャンの説明では、いつのころからか、このビーナスブリッジに愛のあかしとして鍵を掛けることが流行ったが、多過ぎて美観を損ねるため、鍵かけ専用のモニュメントを作ったということだ。
「なぜ、六甲というか知っとるか?」
 これは全員?である。
「正しくは『むこう』と言った。名残は武庫川などに残っとる」
「むこうって、どこかから見た向こうなんですよね」
 優等生の大佛が良いことを言う。
「さよう、向こうの大阪から見れば、このあたりは向こう側になるじゃろ。こういうところにも、古代の日本の中心地が大阪にあったことが分かる」
 遠望する大阪平野が神々しく見えた。

 その日は異人館を巡り神戸の新開地などで、阪神淡路大震災のモニュメントなんか見たけど、震災の時のまま水没状態で保存されているメリケン波止場がショックだった。
「なあに、横浜の山下公園なんか、関東大震災のガレキの埋め立て地の上にできとる」
 この何気ない一言の方がショックだった。

 最終日の京都へは、バスで向かった。

 バスで行くとよく分かる。
 京都という町は、西、東、北を山で囲まれているが南が開けている。
「こんな無防備な場所に千年間も都があったのは、世界史的にも奇跡に近いんじゃ」
「今でも、東京が首都だって法律ないんでしょ?」
 亮介が聞いた。
「ハハ、その通り。しっかり学習しておるのう。日本の都が都城制なのは知っとるだろう」
「はーい!」
 すっかり米造ジイチャンに馴染んだ二十人は小学生のような返事をした。
「秀吉のころに、中国から使いが来てのう。この平安京を見て笑いよった。都城制は中国の都を真似たものじゃが、日本の都には決定的な物が欠けておった。わかるか、そこのハンサム」
 珍しく大佛が口ごもる。
「塀がないんじゃよ。中国は都にかかわらず、大きな街は、みんな高い城壁で囲まれておった」
「あ、ヨーロッパの街なんか、そうですよね」
「秀吉は、見栄っ張りなんで、さっそく、その城壁を作らせた。お土居といってな。今でも京都駅の山陰線のホームの下に遺構が残っとる」
「ああ、あのホームって五百メートル以上あって、日本一長いんですよね」
「さよう。しかし、秀吉が死んだ後、お土居は、さっさと壊された」
「やっぱ、秀吉が作ったからですか?」
「いや、必要ないからじゃ。日本は弥生時代の一時期を除いて、街を外から守るという発想がなかった。日本が世界的に見ても平和国家であった証拠じゃ。そして、都が城壁で囲まれたことは、秀吉の見栄以外には無かった。分かるか諸君?」
 これも、誰も答が出てこなかった。
「古来、天皇家は、民衆と対立したことがない。幕府は倒そうと思われても、天皇家を倒そうとしたものは……おらん。ここから先は、諸君が京都の街で発見したまえ」

 で、京都に着いたら遊びまくって、米造ジイチャンの課題なんか吹っ飛んでしまった。

「ハハハ、その吹っ飛んでしまったところが日本人じゃ。この中で四代以上遡って、ご先祖のことを知っておるのは、梨さんぐらいのもんじゃろ」
「ええ、それもうっとうしいことが、ありますけどね」
「ワハハ、日本も中国も、それで、それぞれいいんじゃ!」

 こうやって、友子たちの修学旅行は終わった……ちょっと困った土産を持って。

 

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高校ライトノベル・トモコパラドクス・98『友子の修学旅行・4』

2018-12-24 06:21:52 | トモコパラドクス

トモコパラドクス・98 
『友子の修学旅行・4』
       

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかし反対勢力により義体として一命を取り留めた。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 久々に女子高生として、マッタリ過ごすはず……今度は、忘れかけていた修学旅行!

#………大阪 


 二日目は新幹線で、京都を飛ばしていきなり大阪に入る。
 ここからは完全に班別行動。付き添いはノッキー先生と、例の米造ジイチャン。
「東海道新幹線は、トンネルが少のうて、景色がいいじゃろ」
 ジイチャンの言葉通り、きれいな富士山が見えた。
「さすが世界遺産、きれいだな~」
 麻衣がため息つきながらシャメっている。
「東海道新幹線は戦前から構想があって、土地だけは買っておいたんじゃ。だからトンネルが少ない。戦争がなきゃ、対馬海峡に海底トンネルを掘って、朝鮮半島から満州鉄道、シベリア鉄道、オリエント急行と繋ぐ壮大な計画があったんじゃ。東京駅で、ロンドン行き一枚! なんてことになったかもしれん」
「へえ~」
 あまりのスケールの大きさに、一同は感心するだけ。

 大阪に着くと、バスでアベノハルカスの最上階に向かった。

「周りを見渡してごらん」
 言われるままに、最上階を一周した。
「今、目に入っただけが大阪。狭いじゃろ。昔は日本で一番狭い都道府県じゃった」
「今は、ちがうんですか?」
「関空が出来て、香川を鼻の先で抜いて、今は二番目じゃ。しかし、この狭い大阪が、江戸時代まで、日本の経済の中心じゃった」
 そう言われると、なんだか侮れない街に見えてきた。
「下らんという言葉があるじゃろ。あれは大阪近辺から来た商品のことを『下り物』と言ってありがたがった。で、江戸近辺で出来た物は二級品以下といわれ『下らない物』と言った、そこから来た言葉じゃね」
「な~る」

 感心した後は、高島屋前を集合場所にして自由行動。大阪を体感した。

 食べ物屋さんの多さはハンパじゃない。そして街が騒がしい。大阪の人間というのは、息を吸って吐くときには、必ず何か言葉にしている。なんだか街中で漫才のノリ。
「いやあ、あんたら東京の子ぉ!?」
 オバチャンが声をかけてくれる。
「はい、修学旅行です」
「せやろな、ヒカリモン付けてへんし、なりがシューっとしてて、いけてるわ。なあ」
 横のオバチャンに同意を求める。
「シューと言うか、低めの変化球やな。ジャイアンツのノリやな」
「低めは、あんたの背えや!」
「え、うちのせいかいな。ほな、記念にアメチャンあげよ」
 と、漫才しながら全員にタイガースのシマシマ模様のアメチャンを配ってくれた。なんだか、もう生まれたときからの付き合いのノリ。

 吉本の劇場前は、人でいっぱい。ここでもあっちこっちでプチ漫才。NMB48の劇場前にも行った。さすが秋元康のパワー、開演までだいぶあるのに人でいっぱい。
 

           

「ねえ、お茶しない?」
 微妙にアクセントのおかしい東京弁で声をかけられた。
「え、あたし?」
 口では勝てないので、腕相撲をすることにした。
「負けたら千円ね!」
「そら、高いは、オレの身長170やから、四捨五入して、二百円!」
 仲間の気のよさそうなニイチャンがレフリーになった。側でC組のコウちゃんが笑っている。なんと言っても、友子は義体である。世界チャンピオンとやっても負けはしない。
 あっと言う間に三本勝負で、ニイチャンをやっつけたが、掛け金は百円に値切られた。さすが大阪。立て続けに五人に勝つと人だかりがして、挑戦者が次々に現れる。
 気がつくと、ひっかけ橋の上は阪神が優勝した時みたいに人だかりが膨れ、たまたまロケにきていたテレビ局がロケの方針を変えて中継をしはじめた。
「はい、通行の邪魔になるから、惜しいけど、これが最後の勝負」
 マンモス交番のお巡りさんに言われ、なんと本物のプロレスラーが現れた。
「ネエチャン、負けたら、わしと付き合え」
 この条件が無かったら負けてやってもいいと思ったが、こんなオッサンと付き合うわけにはいかないので、あっさり全勝。
「ネエチャンえらい!」
 あっと言う間に胴上げされてしまった。なんせ友子はスカートである。ええいままよと、ひっかけ橋の上で三十回ほど、胴上げ。念のためミセパンを穿いていて正解と思う大阪の夕方であった。

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高校ライトノベル・トモコパラドクス・97『友子の修学旅行・3』

2018-12-23 06:40:20 | トモコパラドクス

トモコパラドクス・97 
『友子の修学旅行・3』
        

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかし反対勢力により義体として一命を取り留めた。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 久々に女子高生として、マッタリ過ごすはず……今度は、忘れかけていた修学旅行!

#……初日は東京・横須賀!?

 修学旅行の初日は十班共通で東京だった。

 それも、皇居前広場から始まった。
 なんで東京の学校である乃木坂学院が東京なんだ!?
 みんなに、そんな空気があったが、二重橋の前で班ごとの集合写真を撮ったところから始まった。

 写真の後、全員が集められ、一人の小柄な和服の老人の話を聞いた。
「みなさん、こんにちは。わたしは田中米造といいます。田んぼの中で米を造ると書きます。文字通りのドン百姓のジジイであります」
 不思議なことに、米造ジイチャンの声はマイクも使わないのに、八百人の生徒みんなに聞こえた。
「日本の首都は東京……だと思われています。ところが憲法にも法律にも、東京が首都だとは書いてありません。明治の最初に『江戸を持って東京となす』という太政官符が出されただけです。今みなさん笑いましたね。わたしがトウケイと発音したからでしょう。トウキョウは俗称なんです。国鉄がJRになったとき、山手線をE電と改称しましたが、誰も使わないので山手線のままになっています……正確にはヤマノテセンと発音します。ヤマテセンと発音するのは地方の方が多く、ちょっと前は、この言い方で江戸っ子かどうかのテストになったぐらいで……」
 と、くだけた話から入っていった。
「日本の首都は、ほんとうは大阪と九分九厘決まっていました」
 意外な展開。
「前島密(まえじまひそか)という青年が大久保利通に手紙を出しました。大阪は放っておいても発展するが、江戸は武士が居なくなれば衰退し、それに将来の日本の発展を考えれば大阪では狭すぎると。で、例の太政官符になり、明治天皇が『ちょっと行ってくる』ぐらいのノリで東京にきました。だから、京都の人は天皇陛下が京都に来られることを『帰ってきはった』と言います」

 米造ジイチャンは、この日本的な曖昧さが日本だと言っている。飄々としているが含蓄がある。

「明治になるとき、ま、昔は封建社会から明治絶対主義への移行などとマルクス主義的な説明をムリクリしました。ま、革命なのかもしれません。実は倒される側の幕府の方がお金も組織も軍事力でも勝っていました。人数に例えれば、わたし一人と、みなさんぐらいの差になります。で、勝負したら、このわたしが勝ったようなもんです。まるで魔法です。その後の戊辰戦争を通しても死者は一万人を超えません。幕府の本拠地であった江戸城も一滴の血も流さずに明け渡されました。世界史的にはまるでマジックです。あなたたちは、そのマジックの本拠地にいるわけです。ワハハ」

 それから、私たちは大小十五台のバスに分乗して東京をあとにした。

 三分の一が、横須賀の戦艦三笠に向かった。案内役は、まんま田中米造さん。
「いま見ればチャッチイ船ですが、これを日本は六隻しか持っていませんでした。日本海海戦の時は四隻に減っていました。その、たった四隻の戦艦を中心に連合艦隊を組み、ほとんど倍のバルチック艦隊をやっつけました。世界の海戦史上唯一の完全試合でした……」
 田中さんが舳先の方を指差すと、三百に近い生徒たちから、どよめきがおこった。
「田中さんやるね……これ、イリュ-ジョンだわ」
 滝川さんが呟いた。
 友子は、麻衣の脳にシンクロさせて、そのイリュ-ジョンを見た。

 敵艦隊六十隻が間近に迫り、敵弾が巨大な水柱をあげ、あたりに落ちる。
「長官、まだですか!?」
 参謀の声に東郷長官は答えない。
「距離9500!」
 測距士官が叫ぶ。中には被弾する艦も出てきた。三笠の至近にも弾が落ちる。露天艦橋の上は水浸し、至近弾の破片で負傷する者もいる。
「距離8000!」
 東郷は、高く右手を挙げ左に振った。
「左舷160度、とーり舵!」
 艦長が、それをうけ、航海長は舵手に命じた。
 これにより、東郷の艦隊は敵艦隊の頭を押さえ、すれ違いの戦いから同行戦に持ち込み、圧倒的な命中率で、バルチック艦隊を壊滅させた。
「日本は、この日露戦争をやるのに国家予算の五倍の借金を外国からしました」
「でも、この戦争は勝ったんでしょ?」
 社会科好きの男子が聞いた。
「野球は何回までありますか?」
「あ、九回です……」
「そう、この戦争は、それを五回で止めたようなもんです。勝った状態でアメリカがタオルを投げるように外交で確約をとっていました」
「じゃあ……」
「そう、綱渡りのような戦争でした」
 イリュージョンは、刺激が強くならないように、半透明になり、音は1/5程に絞られていた。

 この戦争のあと、日本は国策を誤る。勝ったと誤解したのである。最大の資金提供者であった欧米のユダヤ人に見返りを与えることをせず、少しずつ日本は世界の反感をかい、孤立の道を進んでいく。
 その完全試合の三笠の艦上にいても、戦闘は悲惨だった。二百人近い兵士が死に、あるいは傷ついていった。
 乃木坂学院の生徒は、明治という時代。そこに奇跡のように咲いた日本という国を感じた。そして、勝った側でも、こんなに悲惨な戦争というものを田中イリュージョンで知った。

 その夜泊まったホテルからは、横須賀港が見渡せた。田中さんに教えられ、第七艦隊と海上自衛隊の区別も付き、現代日本の置かれている立場をなんとなく理解した。

 そして、大方の生徒は、イリュ-ジョンの影響でうなされた……。
 

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高校ライトノベル・トモコパラドクス・96『友子の修学旅行・2』

2018-12-22 06:40:21 | トモコパラドクス

トモコパラドクス・96 
『友子の修学旅行・2』
       

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかし反対勢力により義体として一命を取り留めた。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 久々に女子高生として、マッタリ過ごすはず……今度は、忘れかけていた修学旅行!

#……渋谷の奇跡

==赤ん坊の命が惜しければ、修学旅行に行くな!==


 強烈な思念が、二人のCPUにこだました……!

 久々に現れた未来からのスナイパーだ。それもかなりの手練れであることは、思念の強さに表れていた。武器も目に見えるものはナイフしか持っていない。おそらく、こちらが攻撃の思念を持っただけで人間の百倍……それ以上の反射神経で赤ん坊のすみれの命を奪ってしまうだろう。
 うかつに義体としてのセンサーを切ってしまったことを後悔する友子だった。義体としては大先輩の滝川は、怯えて、ヘタレ顔になって……本当に怯えている!

――どうすりゃいいんだろう!?――

 そう思った瞬間、女は赤ん坊ごと消えてしまった。
「え……」
「どうしたの、友子?」
 妙子が、声を掛けてきた。
――今のは、ボクが片づけておいた――
 滝川の思念が伝わってきた。

「さっきの、どうやって始末したの。なんなの、さっきのヘタレ顔は?」
「攻撃の思念には素早く反応するけれど、それ以外は並の義体よ。だから普通に……」
 滝川は、擬態している女子高生、滝川コウの声で答えた。
「普通に?」
「怖いと思うの」
「そんなの思ったら負けじゃん」
「怖いと思ったら、どうなる?」
「逃げたくなる……かな」
「ピンポ~ン。逃げるの、あいつが現れる一秒前に……で、現れたところで分子分解」
「そんな手があったんだ……」
「トモちゃんには、まだ無理よ。攻撃の思念が先に出てしまうから。あたしたちみたいな海千山千にならなきゃ、この手は使えない」
「なるほど……でも、すみれちゃんは?」
「あれはダミーよ。峰子ちゃんから預かったときに、あたししか分からない識別コードを埋め込んでおいたから」

 友子は面白くなくなってきた。自分が、まるで駆けだしのペーペーのように思えてくる。

「ハハ、キャリアが違うもの。化けるほど義体をやって身に付いたテクニック。あ、あのお店可愛いのが揃ってる!」
 ミーハーのように、滝川は小ぶりな洋品店に入っていった。

 いきなりバイト店員の女の子の思念を感じた……と思ったら、思念の世界で、その子と二人きりになってしまった。

「初めまして、あたし高科美花っていいます。大橋作品の『秋物語り』に出てきます。よろしく」
「あ、鈴木友子です。あのシリーズは終わったのよね」
「でも、あたしたちは、作者が書いていないところで生きてるんです。シリーズの中じゃ、渋谷のガールズバーでバイトしてたけど、今は週二で、このお店でも働いてんの」
「学校は?」
「週に三日だけ行ってる。乃木坂学院みたいないいとこじゃなくって、都立のテキトーなとこだから、出席日数だけ足りてりゃいいの」
「いま検索したんだけど、あなたって、韓国に戻って、いろいろ考えたのよね」
「さすが義体のトモちゃん。なんでも検索しちゃうんだ」
「本名は、呉美花(オミファ)さん。帰化するかどうかで悩んだんだよね、で、考えた末に……」
「ハハ、あたし考えんの苦手。思った通りに行動して感じたまま生きてるの。むつかしく分析とかすると、あたしのことは分からないわよ。だって、自分自身よく分かんないだもん。秋物語り・28『それぞれの秋・4』読んでもらったら、すこしは分かる……かな?」

 友子は、すぐに検索した。美花って子は、けっきょく結論を出していない。でも、マッタリした清々しさがある……不思議としか言えなかった。

「どうもありがとうございました」
 商品の入った袋とレシートを渡してくれた。
 どうやら思念の世界にいる間に買い物をしてしまったようだ。
「賢いチョイスでしたよ。これなら制服のローファーでもいけるから。修学旅行に靴二足はお荷物でしょ」
「そうね、あなたのアドバイス参考になったわ。ありがとう」

 友子は、襟付きロンT、バルーンスリーブのザックリブラウス、サス付きスカートというやんちゃカジュアルとトラディッシュ風の中間の物を買った。

「どう、ちょっとした予行演習だったでしょ」
「今の、滝川さんが?」
「ハハ、渋谷の奇跡よ」
 滝川は、お気楽に先に行った。

「下見だけって言ったのは、誰だっけ?」

 そうイジラレたけど、みんな何かしら手に入れた渋谷ではあった……。   

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高校ライトノベル・トモコパラドクス・95『友子の修学旅行・1』

2018-12-21 06:38:42 | トモコパラドクス

トモコパラドクス・95 
『友子の修学旅行・1』
       

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかし反対勢力により義体として一命を取り留めた。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 久々に女子高生として、マッタリ過ごすはず……今度は、忘れかけていた修学旅行!


 コンクールですっかりとんでいたが、来週から修学旅行である。

 乃木坂学院も、以前は他の学校同様に海外が流行った。イタリア、ドイツ、オーストリアなどを一週間かけて回っていた。
 しかし、他の私学も同様な修学旅行をやり出すと、新鮮みがなくなってきた。

「韓国、中国をまわろう!」

 団塊の世代の先生が言い出したこともあるが、理事長が反対した。
「マスコミに乗せられて、生徒に贖罪旅行をさせるつもりですか」
 組合を中心とした先生達が、こぞって理事長に反対の直訴に及んだが、見事に論破されてしまった。
「反日に凝り固まった国に行っても得るものはありません。広くアジアに目を向けようということには賛成です。先生方の中で、韓国、中国以外の国にお説があるならうけたまわりましょう」
 だれも答えられる教師はいなかった。逆に、バングラディシュ、台湾、ベトナム、パラオなどについて理事長は語り出した。社会科の教師よりも博学で、かつ噛んで含めるように説明した。
「国旗当てクイズをやりましょう」
 理事長はアジア数カ国の国旗を見せた。信じられないことに全問正解の教師はいなかった。
「この日の丸に似たのが、バングラディシュとパラオです」
「あ、いま言おうと思っていたところです」
「それは失礼。では、パラオの黄色のマルが、なぜ左に少しだけ寄っているかご存じですか?」
「それは……」
「日本に遠慮されたそうですよ。ベトナムなどにも学ぶべきものがありますが、いかんせん。これらの国々には、修学旅行を受け入れる下地がない。で、どうですか、いっそ国際的に外国人の視線で考えてみては?」
「そ、それは良いことです」
 組合の先生達は、うっかり賛意を表してしまった。
「それでは、日本にしましょう」
 で、決まってしまった。

「……というわけで、君たちは日本の原点を見極めるために、関西に行きます。コースは十通り、抽選の結果を各担任の先生からしていただきます」
 修学旅行担当の先生から全員に決定したコースのパンフレットが渡された。なんと全員が希望通りのコ-スだった。大は八十人から、小は二十人までのコースだった。
 これには、理事長の巧みな誘導があるのだが、気づくものは居なかった。

 今週いっぱい、二年生の放課後は、修学旅行の準備が優先される。使い方は各自の自由であるが、帰ってから総合学習の一環としてレポートが課されているので、そうそう手抜きもできない。

「ま、レポートは任しといて」

 友子の一言で、友子の班は、放課後を旅行準備の買い物にあてた。
 言うまでもないが、友子の班は、クラスのお馴染みが全員いた。男子は亮介、大佛。女子は麻衣、妙子、純子、梨花。それに急遽コンクールの赤ちゃん事件から入ってきたC組の滝川コウが入っていた。
「いい、今日は下見ね。慌てて買ったら損するから。ま、どーしてもって人は止めないけどね」
 で、八人は、好きな者同士バラバラに行動した。
「ね、友子は、やっぱ自由時間の私服中心に見るのよね?」
「あの……滝川さんの女子高生って、やっぱキモイんですけど」
 滝川は、とっくに退役した義体で、本性は着やせはするがムキムキのオッサンである。
「しかたないでしょ。すみれちゃんのことでこうなっちゃったんだから」
 友子は、見てくれだけで滝川に接することに決めた。外見は女子高生に擬態しているので、記憶を眠らせてしまえば違和感はない。

――でも、この記憶って、消せないのよね!――

 その気になれば、渋谷中のお店の商品情報など簡単に検索できるのだが、今日は、あくまで人間の女子高生、それも修学旅行前のルンルン気分で来ているので、義体としての能力はカットしている。たまには並の女の子として、悩んだり迷ったりしてみたい。
 滝川も同様らしく、義体としての思念は感じなかった。

 しかし、そこが落とし穴だった。敵は、どういう手を使ったのか、若いシングルマザーに擬態して、すみれを抱っこして、何度も思念を送りながら、友子と滝川に接近していた。気づいた時は、抱っこしたすみれに、ナイフを突きつけていた。むろん人には見えないようにして。

==赤ん坊の命が惜しければ、修学旅行に行くな!==

 強烈な思念が、二人のCPUにこだました……!
 

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高校ライトノベル・トモコパラドクス・94『すみれの花さくころ・3』

2018-12-20 06:36:42 | トモコパラドクス

トモコパラドクス・94 
『すみれの花さくころ・3』
 

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかし反対勢力により義体として一命を取り留めた。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 久々に女子高生として、マッタリ過ごすはず……いよいよ演劇部のコンクールの中央大会だ!


 ノッキー先生がドアを開けると、楽屋の真ん中に、赤ん坊が寝かされていた……。

「なに、この赤ちゃん……!?」
 赤ちゃんは、照明のミラーボールをくるんでいた毛布に、だっこ型ネンネコに収まって大事にくるまれていた。
「手紙が付いている」
 ノッキー先生が、ネンネコの中の手紙に気づいた。

『訳あって育てられなくなりました。乃木坂学院の「すみれの花さくころ」は予選のときから観て感動しました。このこの名前は「かおる」といいます。そうです、お芝居の中に出てくるかおるちゃんと同じ名前なんです。勝手なお願いですが、このお芝居の関係者の方に育てていただけないでしょうか。わずかですが、当面の養育費も入れさせて頂きました。まことに勝手なお願いですが、よろしくお願いします』

「先生、ネンネコノの中にこれが」
 妙子が差し出した封筒には、思わぬ大金が入っていた。
「……二百万円、帯付きで入ってる」
 捨て子なんだろうが、その捨て方、同封された金額の大きさに、みんなは驚いた。

 友子と紀香には、捨てた人間は、分かっていた。部屋に残留思念が残っているし、赤ちゃんの記憶の中にも母親の姿と名前が焼き付いていたから。
――まだ学校の近くにいるわ――
――分身を置いて、見つけにいこうか――

「わたしに心当たりがあります」

 入り口に、乃木坂学院の制服にチェンジした滝川浩一がいた。むろん女子高生のままである。
――みんなに暗示をかけて――
 友子と紀香は、滝川が送ってきた情報で、みんなに暗示をかけた。
「まあ、C組のコウじゃない。見に来てくれてたのね」
 紀香が調子をあわせた瞬間に、みんなは二年C組の滝川コウという女生徒だと思いこんだ。はるかとまどかは、現役ではないので、制服だけで、そう思っている。
「じゃ、赤ちゃん連れて行きます」
「大丈夫?」
 ノッキーが先生らしく心配した。
「大丈夫です、うちにも赤ん坊いますから。じゃ、二人も付いてきて」
 滝川の後ろに、人間に擬態したポチとハナがついていった。
「頼もしい姉弟ね」
「乃木坂学院にも、あんな子がいたんだ」

 はるかと、まどかが感心した。

「ちょっと待ってくれる、有栖川さん」
 学校の前、地下鉄の駅へと続くフェリペ坂で、滝川はにこやかに有栖川峰子を呼び止めた。
「あなた……乃木坂の……」
「滝川コウ。それから、乃木坂は都立高校。あたしたちの学校は下に学院が付くの」
 制服と、学院へのこだわりで、峰子は、すっかり滝川が乃木坂学院の生徒だと思いこんだようだ。
「立ち話もなんだから、ここで、お話しない?」

 滝川が指差したところには、喫茶フェリペが……むろん他人には見えない。

「……そう、あの赤ちゃんは、そういう運命のもとに生まれたのね」
 滝川は、峰子の思念から、状況は全て掴んでいたが、峰子自身に整理させるために、時間をかけて話をさせた。

 スキャンダルであった。峰子は、事も有ろうに先生を愛してしまったのである。

 文芸部というマイナーな部活の顧問と生徒という立場であった。峰子の読書意欲は強く、顧問の先生が勧める何十冊という本を片端から読んでしまった。読書欲の原動力は顧問の先生への憧れであった。それが原動力であるがゆえに、二人の距離は急速に縮まり、去年の秋に二人は一線を越え、子を宿してしまった。
 峰子の家は、旧華族の家系で、豊かさと同量の厳しさがあった。峰子は、わざと両親といさかいを起こし、乳母の家から学校に通うようになった。親も乳母の家であり、峰子の気持ちも一過性の反抗とタカをくくっていた。
 顧問の先生とは、峰子が無事に子どもを産んで、学校を卒業したあと、退職して峰子といっしょになるつもりであった。幸い、九州の学校につてがあり、そこに就職し、峰子と子どもを養うつもりであった。
 子どもは、男女どちらでもおかしくない「薫」という名前を考えた。

 そして、先生は我が子の顔を見る前に交通事故で亡くなってしまったのだ。

 三か月のちに子どもが生まれた。「薫」は女の子らしく「かおる」としたが、その子にも峰子にも将来がなくなってしまった。このままでは両親にも知れてしまう。悲観した峰子は、一時自殺さえ考えた。
 そして、そこで出会ったのが、乃木坂学院の『すみれの花さくころ』であった。

『すみれの花さくころ』は命と希望を明るく描いた作品である。それが最優秀に選ばれたとき、峰子は、この人達に託してみようと思った。幸い中央大会の会場は自分の学校である。

「分かった。わたしが責任を持つわ」
 滝川は、二年C組の滝川コウとして引き受けた。女子高生が赤ちゃんを預かる不自然さは、峰子自身の思い入れと、滝川の暗示によって受け入れられた。
「もう一度、かおるちゃんに会っておく?」
「会えるの!?」
「入ってらっしゃい」
 滝川は、ポチとハナを呼んだ。当然擬態化した姿である。
「はい、だっこしたげて」
 ハナは、不器用にだっこしていた赤ん坊を峰子に渡した……。

 そのころ、フェリペでは、審査結果が発表され『すみれの花さくころ』が最優秀に選ばれていた。

――聖骸布の次は赤ん坊。で、オレしばらく女子高生で母ちゃん。よろしくな!――

 滝川の、ヤケクソとも楽しみともとれる思念が送られてきた。


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高校ライトノベル・トモコパラドクス・93『すみれの花さくころ・2』

2018-12-19 07:00:23 | トモコパラドクス

トモコパラドクス・93 
『すみれの花さくころ・2』
       

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかし反対勢力により義体として一命を取り留めた。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 久々に女子高生として、マッタリ過ごすはず……いよいよ演劇部のコンクールの中央大会だ!


 たとえ短い文章であっても手紙はメールの何倍も暖かい。

 はるかとまどかの手紙はまさにそうだった。
『東京に居ながらロケで観にいけませんでした。予選最優秀のお知らせありがとう。そしておめでとう! 中央大会は必ず観にいきます。がんばってください。 坂東はるか  仲まどか』

 そして、中にはすみれの押し花が入っていた。ありがたい先輩たちだと感激した。

 秋晴れの空の下。ドーンと花火は上がらなかったが、フェリペ学院の講堂と言うよりは、多目的ホールで東京高校演劇の中央大会が開かれた。
 乃木坂学院の出番は、大ラスだった。
 乃木坂学院は、少人数だけども、演劇部では伝統校、キャパ600あまりの会場は満席だった。
「はるかさんとまどかさん、調光室から観ていてくれてる!」
「二人ともアイドル女優だもんね。あそこまで届く芝居にしよう!」
 そして、観客席には、友子の弟で父ということになっている一郎と妻の春奈。豆柴のハナは人間の女の子に擬態させて連れてきている。早いもので十歳くらいのお下げの女の子。もう生後七ヶ月だから、擬態させると、これくらいになる。
 ハナの横には十五歳くらいの少年がいた。一瞬だれかと思った。
――ポチの擬態だよ――
 滝川の思念が飛び込んできた。
 で、とうの滝川は、あろうことか女子高生に擬態していた。
――そーいう、趣味だったんですか?――
 と聞くと、
――これが一番目立たないから――

 なるほど、観客の七割以上は、女子高生だ。でも、中には家族なんだろう、幼児を連れた人や、赤ちゃんをあやしながら観ているOGらしき人。お年寄りもチラホラ。別に女子高生しなくてもと思っていたら、開演のブザーが鳴った。

 友子演ずるすみれが、図書館帰り、新川の土手を歩いていると、浮遊霊のかおると出くわす。
 かおるは、東京大空襲で亡くなって以来、ずっとここいらあたりを浮遊している。
 かおるは、霊波動の適うすみれにずっと声を掛けてきたが、すみれには聞こえないし、見えもしなかった。
 だが、今日は図書館で借りた本が触媒になって、初めてすみれは、かおるが見える。

 かおるは、宝塚歌劇団を受けたく、その宝塚の楽譜を取りに戻って死んでしまったほどの宝塚ファンである。
 で、かおるは、すみれに頼み込む。
「お願い、あなたに取り憑かせて。そしたら、すみれちゃんを宝塚のスターにしてあげる!」
 でも、進路を決めかねているすみれには、もう一つピンと来ない。
 けっきょく、かおるは無理強いしてもだめだと悟り、二人で新川の土手に紙ヒコーキを飛ばしにいく。
 そこで、かおるに運命の瞬間。体が消え始める。
 幽霊は、人に取り憑くか、生まれ変わるかしないと、やがては消え去っていく。まさに、その瞬間がやってきた。
「かおるちゃん、わたしに取り憑いて、わたし宝塚受けるから!」
「だめよ、本心から願っているわけじゃないのに、そんなこと……」

 そこで、奇跡がおきた。

 川の中で消えようとしているすみれの幽霊ケータイが鳴り、ゴーストジャンボ宝くじに当選し、人間に生まれ変われることになる。

 観客は、ここまで、新旧二人の女学生の友情と別れに涙するが、かおるの生まれ変わりと、二人の友情にカタルシスを覚える。
 そして、ラストのどんでん返しで、会場は暖かい空気に包まれ、バックコーラスにダンスも入って……中央大会に向けて、ダンス部とコラボして加わってもらった。

 そして、満場の拍手の中、幕が下りた。

「やったー!」
「思い残すこと無い。やるだけやった!」
 お手伝いのクラスのメンバーも加わり、大感激!
 楽屋前に戻ると、はるか、まどかの両先輩も待ってくれていた。
「おめでとう、最高の出来だったわ!」
「わたし、自分が演ったときのこと思い出しちゃった!」
「ありがとうございます、先輩!」
「ここじゃ、目につくわ。楽屋に入りましょう」
 ノッキーこと、柚木先生が、楽屋の教室の鍵を出した。

「あら、開いてる……」

「あ、すみません。最後にメイクの崩れ直しに入って、閉め忘れました!」
 妙子が、赤い顔をして叫んだ。
「もう、気をつけてよ……」

 ノッキー先生がドアを開けると、楽屋の真ん中に、赤ん坊が寝かされていた……。


※『すみれの花さくころ』のラストシーンはYou tubeでごらんになれます。

 https://youtu.be/ItJpVtCcxMQ

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高校ライトノベル・トモコパラドクス・92『すみれの花さくころ・1』

2018-12-18 06:33:29 | トモコパラドクス

トモコパラドクス・92
『すみれの花さくころ・1』 
   

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかし反対勢力により義体として一命を取り留めた。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはず……聖骸布問題も解決。いよいよ演劇部のコンクール!


 聖骸布問題を解決させて東京に戻ると、滝川にこう言われた。

「聖骸布問題は片づいたけど、お楽しみも終わってしまったね」
「え……」
 友子も紀香も、一瞬ポカンとした。そして思い出した。

「アアアアアアアア……!!!」

 そう、楽しみにしていた演劇部のコンクール予選が終わってしまっていたのである。
 むろん、分身を残してあったので、予選は無事に最優秀賞をとって終わった。
「よかったね、頑張った甲斐があったね。ちょい役だったけど、大感激。中央大会も頑張ろうね!」
 妙子一人が感激している。
 むろん、分身の記憶は自分たちの記憶でもあり、感激でもあるのだが、実際に舞台に立っていないと、微妙に寂しい。

 本番は、裏方で、クラスの有志が「お手伝いさん」として活躍してくれた。
「ありがとう、亮介がいなかったら、もっと立て込みに時間かかった!」
「感謝感謝、麻衣、みんなのお弁当作ってくれて!」
「大佛クンの照明、シンプルでバッチリだった!」
「純子、衣装頑張ってくれたね!」
「梨香、トラックの手配ありがとう!」
「アズマッチ先生。舞台に立っていても、先生の応援分かりました!」
「ここまでやってこれたのは、柚木先生の顧問としての、また担任としてのお陰です!」

 目を潤ませながらのお礼に、おさおさ怠りはなかった。が、やっぱ虚しい。

 その日は、部室で、いまどき珍しいアナログテレビをモニターにして、記録のビデオを観た。
「貴崎先生が、お辞めになってから、初の快挙よ……!」
 柚木先生の目が潤んでいる。
「貴崎先生って……」
「わたしの前の顧問の先生。すごい先生、生徒もすごかったけど。ああ、むろんあなた達もね!」
「あたし、この本読んで泣けました」
 妙子が、そっと本を示した。

『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』

「あたしたも読んだわ。泣けて笑えて……それで、頑張ろうって気になれたんです!」
「ノンフィクションだけど、デフォルメがあると思ってたんです。でも、その通りでしたね……」
「一学期に、坂東はるかさんと仲まどかさんが来てくれたじゃない」
「二人とも、眩しい女優さんでしたね……」
「あなたたちとは、ほんの二三年しか違わない……現役のころは、あなたたちみたいだったわよ」
「ほんとですか!?」
「坂東さんは、転校しちゃったんで、厳密にはうちの卒業生じゃないんだけどね」
「ああ、ご両親の離婚で、大阪の真田山学院に行ったんですよね。そうだ、坂東さんは、そっちの学校で、この『すみれの花さくころ』やって、惜しくも本選でおっこちゃうんですよね」
 そう言うと。妙子はロッカーからファイルを出してきた。

『まどか 真田山学院高校演劇部物語』

 と書かれたブットいファイルだった。
「こっちは、まだ出版されてないんでウェブで検索してプリントアウトしたんです」
 何度も読んだんだろう、ファイルに手垢がついている。
「やだ、きれいな手で扱わなくっちゃ」
「やあね、それだけ何度も読んだのよ!」
 妙子が真剣に言うのがおかしかった。

 友子も紀香も義体なので、両方とも知っている。義体のCPUは、あらゆるネット上の情報とリンクしているからだ。
 でも、妙子が羨ましくなった。ネットで検索し、発見、プリントアウト、そして時間を掛けて読み込み、ジンワリと実感していく。アナログな人間であるからこそ味わえる感動であるからだ。

 友子も紀香も演技した。

「ふうん、こんなのがあったんだ。あたし先に読んでいい?」
「紀香先輩、それはないでしょ!」
「じゃ、ジャンケンだ!」
 三回勝負で、友子は紀香に譲った。ちょっと虚しい。そこにアズマッチ先生が息を弾ませながらやってきた。

「速達、坂東はるかと、仲まどかのお二人から!」

 これには、リアルに驚き、喜べた……。


※ 『すみれの花さくころ』You tube  https://youtu.be/xoHJ-ekEnNA

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