堕天使マヤ 第一章・遍歴・5
《試行錯誤③八年前のぶりの帰還》
ゴミ箱の中に、何枚も同じビラが捨ててあるのに気が付いた……。
「これは……」
ビラには、八年前に行方不明になった女子大生の写真と、着衣や体の特徴、失踪した時の様子などが書いてある。
そしてマヤは悟った、その吉岡輝美という女子大生が、もう生きていないこと。そして、その理由。さらに娘が生きていると信じてやまない両親の気持ちを。
マヤは公園で、ビラから得た全ての情報を幾度となく組みなおしてみた。
最後の結末の付け方が分からない……でも、輝美という一人娘の生存を信じることをよすがに生きている両親を安心させることが第一だと思った。この結末を考えないで動いてしまうことが、自分が堕天使になってしまった理由であると、漠然と感じた。
マヤは、そのままの足で、輝美の家に向かった。
角を曲がると輝美の家というところで姿を変えた。摩耶を少し手を加えるだけで、マヤは吉岡輝美になった。
輝美になった時に衝撃が走った。母親は輝美を生んだ時の無理で二度と妊娠できない体になってしまった。そして生まれた時から一人娘と決まった娘に、精一杯寿ぎの名前を付けた。
輝美……輝くように美しい子に育って欲しいという気持ちが籠められていた。
そのままと言えばそのまま……でも、真っ直ぐな願いと思いの籠った名前であることと、親の愛情が噴きあがるように心に溢れた。
輝美の情報は堕天使の力で全て分かっていたつもりだったが、こうやって変身してみて初めて分かることもあることを理解した。
自然に頬が熱くなり、涙が溢れてきた。
「……ただいま!」
溢れる気持ちのまま、帰還の言葉を口にした。数秒置いて家の奥から気ぜわしく両親が現れる気配がした。
「て、輝美……!」
「八年間、本当にごめんなさい……」
そう言葉を交わしたきり、数十秒親子は凍ったように立ちつくした。
「輝美、輝美、輝美……!」
母親は素足で三和土(たたき)に降りて、ただただ娘の名前を呼んで抱きしめた。父は手を一杯に広げ妻と娘を抱きしめた。
「この八年間どうしていたんだ?」
「ほんとうにごめんなさい。お父さんお母さんが、とても心配していたことも、探してくれていたことも知っていました。でも言えない事情があったんです」
「どんな事情があったんだ、分かるように説明してくれないか」
「いいじゃないの今日は、ただ、ここに輝子が生きて戻っていてくれる。それを噛みしめているだけでいいわ」
「ごめんなさい、お父さんお母さん」
その時、閉め忘れた玄関から声がした。
「吉岡さん、N署の高山です。今朝のビラまきご苦労さまでした」
高山刑事の接近に気付かなかったのはうかつだったが、すでにマヤの台本はできていた。