銀河太平記・066
火星を出る時には姿を変えようと思っていた。
それが、何度やっても緒方未来の姿を解除できない。
「もう、元の人相忘れちまったっす」
シキシマが憎まれ口を言う。
天才ロボット学者の孫のわりに、なんの閃きもないシキシマがイッチョマエなことを言うが、こんなクソガキを言い負かしても憂さ晴らしにもならない。
下手に興奮させて、着陸に失敗されては元も子もない。
「……絡んでくんなきゃつまんないんですけどぉ」
「操縦に集中して、アナログで飛んでるんだから」
「それ、正しくないっす。このマイドはアナログでしか飛べねえっす」
「家に帰るまでが遠足だって、小学校で習わなかった?」
「大丈夫っす、今年は、まだ事故ってないし、西ノ島は家じゃないし。恵さん送ったら、またムーンベースまで戻るから、道半ばだから……あ、よけい気を付けなきゃいけないのか」
「そうよ」
「しかし、緒方未来でしたっけ? そのアバターもなかなかっすね。恵さんて分かってなかったらアプローチしたかも」
「冗談でも言わないでよ。おかげで、火星からは正規の交通手段は全てNGで、ムーンベース経由で、月からまる二日もかけて飛んでくるハメになってるんだから」
「仕方ないっす、ステルスだけが取り柄のマイドなんすから」
「だぁかぁらぁ、慎重に着陸してよね。ここで事故っても救難信号も出せないんだからね」
「恵さん、トイレ行ったっすか?」
「さっき行った」
「ちがうっす、大の方」
「なに聞くのよ!?」
「トイレタイム短いから、大の方は我慢してんのかなって」
「答えられるか、そんなこと! あんただって、短いでしょ!」
「早メシ早グソは得意技で、じいちゃんも、これだけは褒めてくれたっす」
「ああ、そ……ね、着陸の座標は合ってるんでしょうね」
「だいじょ……あ、ズレてる……修正っと……」
「ちょ、もう、ギア出してるわよ!」
「あ、間に合わねえ!」
「おい!」
「どっか掴まって!」
ガシャン! ギギギ……ギク……
とても嫌な音をさせて、マイドは着地。
案の定、ギヤを破損。
さすがは東大阪の記念碑的パルス船なので、飛行することに問題は無かったが、このままではムーンベースに戻った時に着陸ができない。
「悪いけど、一人で直してね。こんなとこでグズグズしてるわけにはいかないから」
「大丈夫っす、エマージェンシーロボ積んでるっすから」
言いながらトランクからロボを取り出すシキシマ。
まあ、これでも敷島博士の孫なんだ、なんとかするだろ。
「じゃあね」
岩場を抜けて、周回道を目指す。
ピピ
周回道に出たところで、ハンベが鳴る。
シキシマからの、短距離通信だ。
やっぱり、修理の手が足らない……だったら無視!
画面を開くと、現在位置から最短で利用できるトイレが三つ点滅していた。
※ この章の主な登場人物
- 大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
- 穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
- 緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
- 平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
- 姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
- 扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
- 本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
- 胡蝶 小姓頭
- 児玉元帥 地球に帰還してからは越萌マイ
- 森ノ宮親王
- ヨイチ 児玉元帥の副官
- マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
- アルルカン 太陽系一の賞金首
※ 事項
- 扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
- カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
- グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
- 扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信