大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・ライトノベルセレクト・229〔詫びに来た8月〕

2016-08-31 17:06:15 | ライトノベルセレクト
ライトノベルセレクト・229
〔詫びに来た8月〕



 車を洗っていると、後ろで気配を感じた。

 振り向くと、カットソーの上にギンガムチェックのチュニック、足許はジーンズにサンダル姿の女の子。その子がセミロングの髪を風になぶらせながら立っていた。
 目が合うと何か言おうとするんだけど、すぐに言葉を飲み込んで伏目がちになる。三度目に、こちらから聞いた。
「なんか用?」
 仕事柄、明るい印象で言ってしまうので、安心したんだろうか、はにかみながら、その子が言った。
「すみません、わたし8月なんです。お詫びにきました」
 そこまで言うとペコリと頭を下げる。なんだかファストフードの店で、バイトの子が謝ってるような初々しさがあった。え……今なんつった?
「雨ばかりで、気温も上がらずに、ご迷惑ばかりおかけしました。今日で8月も終わりなんでお詫びに……」
 少しおかしい子かと思ったが、とりあえず人間でないことが分かった。
「あ!」
 と思うと、道の真ん中に飛び出しトラックの前に飛び出し、トラックは何事も無かったように、彼女と交差して行ってしまった!

「わたし、あなた担当の8月なんで、他の人には見えないんです」
「オレの担当!?」
「はい、牧原亮介さま」

 と言うわけで、少女姿の8月を助手席に乗せて車を走らせている。

「これで、キミの気がすむわけ」
「いいえ、亮介さんが、わたしのせいでこうむった不利益を取り戻しにいくんです」
 この台詞は、車に乗せる前と、海岸通りの道に入る前にも聞いた。
「不利益こうむった人なんて、他にもいっぱいいるだろ。水害で家族亡くしたり家流されたりって」
「そういうとこには、別の担当者が行っています。ほとんど、ただひたすらお詫びし、お慰めすることしかできないんですけど……」
「オレなら、別に不利益なんかなかったぜ。冷房代かかんなくて助かったぐらいだよ」
「そう言われると辛いです。亮介さんのは、まだ取り返しがつくかもしれません。信じてください」
「ん……でも、8月の割には、もう秋ってかっこうしてるね」
「成績が悪いんで9月も担当することになりましたんで……あ、その道を左です」

 その道は旧道で、海沿いという以外取り柄のない道で、路面も悪く通る車はめったにいない。二キロほど行くと、パンクでもしたんだろうか、若い女性がサイクリング用自転車と格闘しているのが見えた。

「あ、夏美じゃないか!?」
「あ、亮介。どうして……!?」

 気づくと、8月は車を降りて、少し離れたところから、オレたちを見ていた。

 オレは、夏美と二回泳ぎにいく約束をしていた。二回とも台風と大雨で、文字通り流れてしまっていた。別の日に映画とか提案したけど却下だった。タイミングと要領が悪いんだと思っていた。
「こういう太陽の下で、泳いでみたかったんだ……その代わりに海沿いを走りまわっているわけ」
「こんなとこで、修理も大変だろ。自転車ごと乗せてやるぜ」
「ありがと。でもいいの。友達にメールしたら、ここまでサルベージに来てくれるから」
「え、ああ、そうか……」
 夏美は「友達」というところで目を伏せた。その声としぐさで「友達」が分かった。職場で夏美を密かに張り合っている秋元だ。
「じゃ、オレ行くわ……」
「すみません。いいシチュエーション作ったつもりだったんですけど……」
 8月が助手席で俯いた。
「8月のせいじゃないよ。もう一歩踏み出してもよかった……ダメ押しで断られるのが怖かったからさ。そういう男なんだよオレは。どう、もう少しドライブ付き合ってくれる?」
「ごめんなさい、そろそろ9月の用意しなきゃならないから……」
 8月は名残惜しそうにオレのことを見ながら、ゆっくりと消えていった。
 もう一言いえば、別の答えが返ってきそうな予感はした。でも、なんにも言えないオレ。

 まあ、気長に……9月になったら、よろしく。アクセルを踏み込む。暴走……のつもりが小心者、10キロしかオーバーしていない。でも、どこにいたのかパトカーが追いかけて停車を命じている……。

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高校ライトノベル・『私家版・父と暮らせば・1』

2016-08-31 07:02:35 | エッセー
高校ライトノベル
『私家版・父と暮らせば・1』
          


 まるで、連休中の小旅行の日程を決めるように簡単に決まってしまった。

「連休中は、前半と後半が晴れで、中頃は雨降るでえ」
「せやな、ほんでも二十八日は息子アコギのレッスンやしなあ……」
「あんまり先は、天気予報もあてにならんしなあ」
『それでは二十九日ぐらいでいかがでしょうか?』
 そこで、通話口を押さえた。
「姉ちゃん、大丈夫か?」
「睦夫のとこ、よかったら、それでええで」
 何事も早めを好むカミサンの顔が浮かんだ。で、送話口を解放した。
「ほんなら、それでお願いしますわ」
『何時頃お見えになりますでしょうか?』 
「え~十一時ごろ伺いますわ」
『十一時でございますね。承知いたしました。それでは四月二十九日十一時にお待ち申し上げております』

 父の納骨の日が決まってしまった。

 二年前の2011年11月の朝九時頃に姉から電話があった。
「睦夫、じいちゃん(父)心肺停止状態て、施設から電話かかってきた!」
「え、ええ……」
 五分後、再び姉からの電話。
「死亡が確認された。今から出といで」
「う、うん」
 
 一時間かけて、父の介護付き老人ホームについた。

「睦夫、こっち。警察の人と話して」
「大橋睦夫さんですね。わたしN署の○○です」
 鑑識の濃紺の作業服のお巡りさんが、警察のバッジをチラ見させながら、そこだけ非日常になった、父の部屋の前の椅子に誘った。そして、施設の人が発見してから、ここにいたるまでのいきさつを、区切るように説明してくれたが、何も耳には入らなかった。
「おっちゃん、事件性はない。ざっと検分したけど、まぶたの裏にチアノーゼもないし、ほぼ即死やわ……」
 横の刑事が、なれなれしく喋る。その時、別の刑事がやってきた。
「病院は、あきませんわ。昔なんでカルテも……こちらは?」
「ほとけさんの甥ごさんで、本部の一課の主任さんや」
 で、初めて気が付いた。なれなれしい刑事は、十数年ぶりに見る我が甥のなれの果て……いや、立派な刑事になった姿であった。
「詳しい死因は開いてみな分からへんねんけどな、ここか、ここや」
 テレビドラマそのままの呼吸で、所轄の鑑識と入れ替わり、我が甥は胸と頭を示した。
「で、おっちゃんが遺族筆頭やさかい、おっちゃんがウンて言わへんかったら、病理解剖せなあかんねん。この上メス入れたんのはカワイソウやで」
 まるで、刑事のように落ち着いて言うじゃないか……と思ったら、こいつは本物の刑事。わたしも混乱していた。
「とりあえず、じいちゃん見てくるわ……」
 そう言って、わたしは父の六畳ほどの部屋に入った。
 ありきたりだが、眠っているように穏やかな顔で父はベッドに横たわっていた。五十八年間の父との記憶が爆発した。

 その数分間の記憶は、きれいに頭からぬけている。

「おっちゃん、どないする?」
 甥が静かに問いかけてきた。
「病死……納得」
 わたしの、その言葉で全てが動き出した。所轄のお巡りさんは無線で、わたしに話した倍のテンポで連絡を取り始めた。
「一時に検死のお医者さんが来ます。そのあと死体検案書ができますんで、取りに……」
「わしが、全部やりますわ」
 と、甥が言う。
「あ、そうですね。ほんなら、そういうことで」

 あとは、よくできた芝居のようにダンドリがよかった。甥は検死を待って、タクシーで死体検案書を受け取り、市役所に死亡届を出してくれた。
 介護ヘルパー一級の姉は、かねて契約していた葬儀屋さんに電話、約束の三時にはピタリとお迎えの車がきた。
 父はシュラフに入れられ、ストレッチャーに縛着されて、施設のお年寄りが三時のお八つを食べている横を、まるで本番中の舞台裏で道具の転換をやるように正確に、静かに、見事に搬送車に載せられた。助手席に乗るとすぐに車は発車した。施設の人たちは一礼すると、すぐに建物の中に戻った。役者やったら見切れるとこでハケたらあかんやろ。と、ついダメ出ししたくなる。

 葬儀会館に着いてからは、営業のおばちゃんとの駆け引きである。

「家族葬、一本で」
 まるで、飲み屋の注文である。
「そのご予算ですと……」
 タブレットに入力して、さっと見積もりを見せる。メガネを忘れたことが悔やまれた。細かい数字がまるで見えない。ただ大きな数字で「総計」と書かれた字だけは見える。予算を二割もオーバーする。
 あちこち削って、やっと予算に収まる。ただ祭壇の細目が見えなかったことが、あとで悔やまれた。
「ぼんさん呼んだら、いくらかかりますか?」
 おばちゃんは黙ってVサインをした。二十万ということである。
「あ~ 親類が坊主なんで、そこ頼んでみますわ」

 電話をすると二十分で飛んできてくれた。わたしの従弟である。

「むっちゃん、直で言うてくれてよかったわ。こういうとこ通すと、ひどいとこは四割キックバックで持っていきよる」
 そこからは、二日興業の芝居のようであった。総議会館の人たちは、まことに丁寧と手慣れの間で葬儀を運んでくださった。

 そして葬儀の一切が終わった。

 意識したわけではないが、わたしは戯曲にしろ小説にしろ、種別ではコメディーの部類に入るものを書いている。最後でずっこけた。
「タクシーをお呼びしましょうか?」
 葬儀会館のオバチャンが言ってくれた。

 うかつに、わたしもカミサンも、息子も、通夜から、ここに至るまで自転車であった。

 息子の前カゴに父の骨箱を。カミサンの前カゴには仏具。そして、わたしの前カゴには収まりきれない祭壇のキット。見かねたオバチャンがペットボトルのお茶を四本持ってきてくれて、息子の前カゴに入れてくれた。
「これで、なんとか揺れんですみまっしゃろ」
 三日間世話になった葬儀会館の人がアクセントは別にして、むき出しの河内弁で喋ってくれた唯一のことばであった。

 重くかさばる祭壇をハンドルに結びつけ、歩くような速度で家路につきながら考えた。十年以上施設で過ごさせた父。季節が一回りするぐらいは家に置いてやろう。

 そうして、父の骨箱を目の前に、遺影を真横の壁に掛けて、一年有余の『父と暮らせば』が始まった。

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タキさんの押しつけ読書感想・『ホビット』映画化に先立って

2016-08-31 06:23:02 | 読書感想
タキさんの押しつけ読書感想・
『ホビット』映画化に先立って


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


これは、悪友の映画評論家・滝川浩一氏が個人的に『ホビット』映画化に先立って読み散らかした読書感想を仲間内に流した物ですが、映画鑑賞にあたって、お役に立てればと、本人の了解を得て転載したものです。



 前に読み返したのが「指輪物語」の映画化前だから、かれこれ10年以上前になる。
 今回 「ホビット」が映画化されるのでまたひっぱり出して読み返した。 日本での創刊は1951年、 もう60年になる。


 確か、「指輪物語」を発表しようとしたが、あまりの長大さに出版社が二の足を踏み、プレ編を童話仕立てにして出したのが本作だったと思う。
 トールキンの創作の原動力は、イギリスに神話の無きを悲しんでの事、当時 同じ大学の教授であった C・S・ルイス(ナルニア国物語の作者)と共に書き始めた。文学者であると共に言語学者でもあったトールキンは、ストーリーを錬るのと同時に「エルフ」や「ドワーフ」の言語を作ったり、各種族の詩や歌(作曲もやった)を作ったり、本編には書き込まない「世界創世神話」をも作っていた。

 ルイスの方は、ナルニア著述にあたって そこまでアンダーラインを引かなかったようだ。アスランがルーシー達の世界では違う名前で呼ばれている(キリスト)と さっさと裏を割っている。

 さて、「ホビット~行きて帰りし物語」は早々にベストセラーとなり「指輪~」出版の背中を押す事と成るのだが、今回再読して、その世界観のまとまり方に改めて気づかされた。
 作家は、その処女作に 後に続く数々の作品の総てを詰め込んでいるものだといわれる。物書き各位におかれては異論もおありだろうが、私の読書経験からすると十分に首肯できる。ましてや「ホビット~」はトールキンの気か遠くなるような未整理草稿の上に成立している。これ以後、「指輪物語第1部~旅の仲間」に修正が入ったかどうかについては記憶が不確かなのだが、ホビットから指輪1の間は密接緻密に繋がっていて 些かの齟齬も無い。そして「指輪~」で語られる膨大な物語のエッセンスをプレ冒険談として語り尽くしている。まさにトールキンの総てがここにあると言って差し支えないと断言できるのである。
 
 トールキンは、世界を三千年を一区切りとして、三つの三千年紀を語っている。

唯一神がまず天使を生み、天使達との合唱の内に世界が創世されていく。この時、不協和音を出した天使が悪魔となり、もともと繋がっていた神界と地上を引き離す原因となる。悪魔を滅ぼさんと地上に残った天使達は後のエルフ達の先祖となる。悪魔対天使の戦で悪魔は滅ぼされるが、その一番弟子と一部眷属はしぶとく残り、この弟子が 後に魔法の指輪を作り、悪魔族対エルフ・人間連合の大戦争となる。
 この戦いもエルフ・人間側の勝利となるのだが、この時 指輪を破壊しなかった為、悪魔の弟子を完全には滅殺できず、後に禍根を残す事となる。
 
記憶が定かではないが、確か 悪魔対天使の戦いまでが第一の三千年紀で、悪魔の眷属との戦争が第二の三千年紀の二千五百年、この時 とあるホビットが指輪を偶然拾い 山深くに隠れてから五百年、この間に彼は怪物ゴラム(瀬田貞二訳ではゴクリと名付けられている)へと変身してしまう。

 世界創世から第二の大戦争までの五千五百年の話は、トールキンの死後 彼の子息が膨大な草稿を整理して「シルマリルの物語」として出版している。その後の五百年に関しては「指輪物語 第三部~王の帰還」巻末補講に触れられている。

 現在 日本語訳では、未発表草稿の内から 比較的まとまった逸話を集めた。「知られざる物語(全二巻)」が発行されている。イギリスではトールキンの遺稿総てを整理し 全十巻の本がある。知る限り未だ邦訳はされていない筈で、今回の映画化によって日本語訳が出版されるかもしれない。トールキンフリークとしては涎を垂らして待っているのだが……。

「指輪物語 第三部」で主なる登場人物達はこの世を去り、新たな三千年紀が 今度は人間の世紀として始まる…今は その第三の三千年紀の終末期と捉えられる。さて人間は無事に第四の三千年紀を迎えられるのだろうか…というのがトールキンの含みである。

 翻訳者の瀬田氏に対して何の含みも無いが、ただ、宗教的考察に欠けるきらいがある。訳自体も少々古くなっているので改訂訳を望みたい所。さらに言うと、ホビットがウサギの人格化ではないかと指摘されている。ホビット~ラビットで、至極当然な連想であるがトールキン自身それに言及してはいない(筈である) 瀬田さんは岩波文化人であって、どうしても唯物的思考のお人と思われる。
 イデオロギー・フリーでなおかつ宗教的教養のある人の訳で読みたいものである。いやなに、私が自在に英語を操れれば良いのですがね…………アハハハ。
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タキさんの押しつけ映画評・20『今更踊る4/I am No.4』

2016-08-30 06:00:00 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評
『今更踊る4/I am No.4』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


これは悪友の映画評論家、滝川浩一クンが個人的に流している映画評ですが、おもしろいので、本人の了解を得て転載したものです。


☆踊る大捜査線4

 昨日、今更ながら見て来ました。本作を見て 「良かった」 「感動した」……当然いらっしゃるでしょう。全くOKです、理解できます…そういう方々、以下を読むと気分が悪くなります。ここで このメールを消去しちゃって下さい。

 さぁて、何なんやろねぇこんな映画を平気で公開出来る神経が解らん。CX系の仕事に触れる時、その昔「夢工場」ってぇイベントに行って感じた怒りがふつふつと蘇る…中途半端、ごまかし、騙し、引っ掛け……お台場のビル 爆破したろかい〓〓
 大体「踊る~シリーズ」は テレビ番組は まだ面白く見れたが劇場版はイマイチ(違う?) 3作目なんざ単なる同窓会だし、こんなもんテレビ特番で十分、それをCMで騙して強引に商売にしちまう根性が気に入らない〓
 今作も青島が倒れるシーンに銃声を重ねて予告を流した。ひでぇ騙しで 全く関係ない〓
 画面に本筋とは全く関係ない小ネタ、小芝居が入るのはいつもの事ながら、本作は過剰、しつこすぎてイラつく、早い話が邪魔。芝居だけならまだしも小道具にも仕込み多数…煩わしいにもほどがある。
 この流れの行き着く先がFinalと銘打ちながら 後1本位は作れる含みに成っている。 警察庁の長官・次官の首が飛んでシリーズの締めに成るのだが、この辺のテリングは弘兼健治の「課長 島耕作」のパクリじゃないか、脚本の君塚もCX御一統さん、さもありなん。警察庁No.1と2の首を飛ばすなら製作・亀山と監督・本広の首も飛ばせば良い…ちゅうかCXが飛べよ!
 最大譲歩して、亀山・本広は1年かそこら一切の仕事から手を引いて休めよ。脚本・君塚も含めて この三人にまともな作品は一つも無い、織田裕二はさっさとこのトリオから離れた方が良い、今後のキャリアを考えたら そうする事は絶対必要。CXも「騙してでも客を集めれば勝ち」ってぇ体質を改めなければ またいつぞやみたいに落ち込んでしまうぞ〓〓〓

☆I AM No.4
 
 wowowでやっていたので事はついでと見てしまった。
 善玉宇宙人が地球に居て、悪玉宇宙人に追い掛けられているという…まぁよう有りがちな話、例に拠ってアメリカの田舎町が舞台、なぁんも新しい仕込み無し、それでいてラストはシリーズ化したいスケベ心むきむき。まぁアメリカで大ズッコケしているし 日本でも殆ど無視されたので、よもや続編は無いとおもいますがね。プロデューサーは「トランス・フォーマー」のマイケル・ベイ、この人こんなんしかよう作らん。さすがに阿呆のガキヤンキーもそこまでは踊らんかったようでありますなぁ。ええとこテレフィーチャーならどないかなったかもしれんが、新人使ってこのストーリーでヒットさせようなんざ…なんぼ「トランス・フォーマー」を当てたからって 舐めすぎとりまんなぁ。
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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・19『アウトレイジ・ビヨンド』

2016-08-29 06:05:30 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評
『アウトレイジ・ビヨンド』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


 これは、悪友の映画評論家滝川浩一が、身内仲間に個人的に送っている映画評ですが、もったいないので本人の了承を得てアップロードしたものです。


 なんだ 馬鹿やろう! 今時のヤクザが こんな単純な訳ゃねえだろが。
 
 それに いきなり出てくる外国人フィクサーってな何なんだよぉ。大友(たけし)がなんぼか自由に動ける言い訳じゃねぇか。片岡(小日向)が知らねえってのはおかしいじゃねぇか。大体が中途半端なんだ。
 何さらしとんじゃ ボケィ!
 脚本も演出も たけしが一人でやっとるんじゃ、こんなもんで上等やろがい! それより、関西の会が「花菱会」っちゅう名前なんはどないやねん! アチャコかっちゅうんじゃ ボケィ!……。
 
 と言う、まぁ、お話でござりました。役者さんは気持ち良さそうに、実にノビノビと演ってはります。特に西田敏行なんてなアドリブ連発、一番気持ちよさそうに演ってはります。
 ある意味、どうしようもない閉塞状況にある日本のガス抜きを狙ったギャグ映画とも言えそうですが、残念ながら半歩足らずです。
 ギャグとリアルのギリギリラインを狙ったんでしょうが、結局 前作と同じように役者の力で助けられてはいるものの設定が甘すぎて、ストーリーテリングもご都合主義。
 バンバン殺される割には陰惨なイメージにならないのだが、もう少し説得力が欲しい。ここまで見え見えで警察が動かないはずが無い。アイデアとしては面白い(但、使い古しやけどね)、後は発展のさせかたでもっと面白くなるはず…少々残念、原案たけしで脚本は切り離した方が絶対良かった。
 ただ、今回 大友の悲しみが表現されており、前作に比べてこの点は評価出来る。
 結局、何をどう足掻こうともヤクザの泥沼から抜けられない大友の姿を描けなければ本作の意味は無い訳で、さて それをリアルバイオレンスに仕立てたとのたまうが…それこそ悲しいかな コメディアンたけしの魂はどこかで笑いに繋げてしまう。
 問題はたけし自身にその自覚が無い事なんだと思う。それにしても、石原(加瀬亮)の処刑シーンには大笑いしそうになった。最高のブラックギャグでした。
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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ書評・のぼうの城

2016-08-28 06:10:12 | 読書感想
タキさんの押しつけ書評
 のぼうの城


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


 これは、友人の映画評論家の滝川浩一が個人的に仲間内に流している書評ですが、もったいないので、本人の了解を得て転載したものです。

ハードカバー発売時、目には留まったんだけど手にはしなかった。
 おそらくは同じように目に留まった “ど(「石弓」を現す字が出てこない)”がイマイチだったのが原因かと……来月映画公開されるのでまぁ読んどこかいと思って読み出したら、これがなんとも良い!

 “のぼう”ってのはデクノボウの事、時は戦国の再末期 秀吉の北条攻めが舞台である。
 北条方の一枝城「忍城(おしじょう)」守兵500人対秀吉方 石田三成・大谷吉継以下20,000人。この忍城守護のトップが“のぼう様”こと成田長親(なりたながちか)。
 デカい身体をしているが武術・体術からっきし、城代の倅ながら 城下の村をうろつき百姓仕事を手伝いたがる。それがまともに出来るならまだしも、麦踏み程度の作業にも失敗する。 百姓にしてみれば有り難迷惑も良いところで 本人にメンと向かって「のぼう様は手を出さんで下され」と言い放つ。言われた長親、悲しそうではあるが一向に怒る気配なし。
 
 さて、この話 れっきとした史実であり、成田側、石田側はたまた公式の戦記にもはっきり記載されている。江戸期の書物には 公方に逆らった者として、必要以上に石田三成を貶めた書き方がされているが、戦闘があった当時のリアルタイム資料が五万と残っている。 本作の面白さは、合戦のスペクタクルと、“のぼう様”が本当に馬鹿者なのか稀代の将器かトコトン最後まで解らないというこの二点。
 時にハラハラ、時に爆笑(こっちの方が多い)しながら最後まで一気に読ませる。作中 長親が内心を吐露する部分は一切ない。その場に一緒にいる人間の評価が示されるだけで、読者にも全く判断が付かない形になっている。一読、隆慶一郎の何作かが浮かんだが…隆さんの作品にも この小田原攻めを扱った部分は多くあるのだが、また違った趣の小説である。
 映画では この“のぼう様”を野村萬斎が演じる、さほどの巨漢ではない彼が いかなる“のぼう様”振りを見せるのか、今からムズムズしている。
 他の配役も、なる程なあ~と思わせるのだが…ただ一点、石田三成が上地雄輔ってのが引っかかる。さて上地君、大化けして大向こうを唸らせる事が出来るか、彼にとってはキャリアの分かれ目になるとおもいます。本の内容にはあまり触れませんでしたが、面白いのは保証致します。是非とも御一読ありたい!
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タキさんの押しつけ映画評18・レガシー/ハンガーゲーム

2016-08-27 07:28:18 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評18
レガシー/ハンガーゲーム


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ

 これは、悪友の映画評論家、滝川浩一が個人的に、仲間内に流している映画評ですが、もったいないので本人の了解を得て転載したものです。

『レガシー』

 先行ボーンシリーズ3作品と同一シリーズ第4作です。 
 ジェイソン・ボーンシリーズを見ている事が最低必要条件、映画の作りはそれを大前提にしている。
 冒頭シーンがアイデンティティの冒頭とシンクロしており、主人公は代わるが同じシリーズなのだと明確にしている。アイデンティティでは嵐の海だったが、今作はアラスカの凍りついた川、主人公アーロン・クロスを演じるジェレミー・レナーが本当に潜っている。嘘もごまかしも無い、さすがに「切れてる役者ジェレミー」 このシーンだけで後に続く2時間が平凡なアクション映画である訳がないと知れる。
 ただ、この後の アーロンが何故 追われる事に成るのかを説明しているくだりが前シリーズを見ていないと少々辛い。
 言葉を替えると、この部分さえ乗り切れば 後は存分に楽しめる作りにはなっている。 さすがにアクション映画の作りに革命をもたらしたシリーズのリ・スタート、その真価は見ていて唸るばかり。格闘は言うに及ばず、各所に出てくる「フリーラン」…これも前半に登場する アーロンがマルタ(レイチェル・ワイズ)の家に侵入する場面、なんら手掛かりの無い壁を まるで見えないハシゴが有るかのごとくに駆け上がる。白眉は後半 マニラの貧民街の屋根の上での逃走、殆どスタントマンを使わずジェレミーが演じている。
 当然カーチェイスシーンも登場、マックイーンの「ブリット」 ハックマンの「フレンチ・コネクション」ハリツキーの「バニシング60」等々 映画界に金字塔と成っているチェイスシーンに新たな1シーンが加わった。
 今回はオートバイ、しかも後ろに女性を乗せての逃走劇、特にアクロバティックなシーン以外はジェレミーが運転しており、なんとレイチェルが後ろに乗っている(ようまぁ保険会社が了解したもんだ、まさか内緒で撮影した訳じゃないだろね) 当然、撮影トリックを駆使しているのだが本物の緊迫感に包まれている。
 実はジェレミー・レナーを見ていると誰か往年のスターを感じるのだが、今作を見てそれがはっきりした、彼はスティーブ・マックイーンを想起させるのだ。そう確信した途端、涙が溢れそうに成ってしまった、後のシーンを見ていて ずっとレナーの顔にマックイーンの顔が重なって見えてしようが無かった位である。
 
 さて、本作のキャスティングの妙は 相手役にレイチェル・ワイズを起用してある事。本作のリアリズムの半分は彼女がしっかり支えている。前作からのキャラクターもしっかり生きているし、二人を追う司令官リック(エドワード・ノートン) も秀逸、これは単なるシリーズ続編なんて物ではない。 原作はラドラムの「暗殺者」なのだが、主人公がジェイソン・ボーンと名乗る記憶喪失の暗殺工作員であるという設定以外まるっきり別物(原作は実在の暗殺者カルロスとの死闘が柱に成っている)だから、元々自由に作られている。それが本作をもってさらに新しい局面を切り開いたと言える。アメリカでもつい最近封切りに成った所なので続編の情報は聞こえてこないが、ラストは続きを意識している。
 そうそう、忘れとりました 今回二人を執拗に追う工作員♯3 ルイス・小沢・チャンチェン、この人 日系なのやら中国系なのやら よう判らんのですが フリー・ランの名手で、最近ちょくちょく見かけます。この人の追跡の仕方も大迫力、この人の名前がクレジットにあれば その映画は要チェックでありますゾ。


『ハンガーゲーム』

 これは、はハイティーン向けのジュビナイルの映画化、日本じゃラノベとか言うんですかね。アメリカでは原作が社会現象と言えるほどのヒットで、映画もそのあおりで今年一発目のメガヒットをかっ飛ばしている。 日本では、なぜか原作発売時に宣伝されず浸透していない。原作はジュビナイルだとはいえ世界観も人物設定もがっちり組まれており、大人の読者をも取り込む力を持っている。さて、通常は原作を先に読まない方がええよってのが通り相場なんですが、本作は絶対読んでから見た方がようござんす。というのがこの映画、完全に読者に向けた作りに成っているからで、細かい心理描写は「皆さんすでにご存知でしょう」になっている。
 映画としてはルール違反だが、言うなればアメリカでそれだけ売れている原作の映画化だって事です。
 こんな作り方が出来るのは「ハリー・ポッター」以来です。映画はそれなりに良く出来てはいますが原作未読だと消化不良になりそうです。主人公の弓が得意なカットニス、演じるのはジェニファー・ローレンス、「ウィンターズ・ボーン」…というよりゃ「Xメン1stジェネレーション」のミスティークと言った方が通りがよいか? 彼女が無茶苦茶嵌り役、もうこの人以外に考えられない。本作に色々と不満を持つ人もおありでしょうが、そんな人もジェニファーの存在には納得出来るはず。
 ただ、原作はカットニスの一人称で語られ、彼女の心が右に左に揺れるのを詳しく描いている。映画ではそれが伝わってこない。「皆さんすでにご存知でしょう」って作り方になっているってのは主にこの部分で、アメリカ国内向けにはそれで良いかもしれないが、輸出するにはあまりにも配慮に欠けているのではないか。とは言えそこそこ楽しめる作りには成っているので、原作を読んでおけばかなりカバーできる。
 文庫二冊ですが、所詮ジュビナイル、活字中毒者なら半日もあれば余裕のヨッチャンで読破出来る。さほど「絶対見に行け~」って訳ではないがオススメ作ではある…かな? 原作第二部も発売されているが、これが何たることか、第一部からすると信じられん程出来が悪く、ほんまにガキ向け小説に堕している……しかも、ストーリーの重要設定に矛盾まである、まぁ これは翻訳ミスの可能性もあるし、第三部(11月発売)を読まんとわかりませんが……結末はもう殆ど読めとります。
 本シリーズは第二作でどう繋ぐかが肝になりそうです。それによってはシリーズ三作で大化けする可能性もあると思われるんですが…現状、レンタルディスクでええんでない?としかいえませんねぇ。
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タキさんの押しつけ読書感想『あなたへ』『黄金を抱いて飛べ』『岳飛伝』

2016-08-26 06:40:06 | 読書感想
タキさんの押しつけ読書感想
『あなたへ』『黄金を抱いて飛べ』『岳飛伝』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


これは悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に流している読書感想ですが、面白いので、本人の了解を得て転載したものです

☆あなたへ

 読み終えました。店のお客さんから「映画より良かったよ」といわれてたんで、読んでみようかなと思ったのですが…妙に分かり易く書かれていて、まさに不注意に映画を見ていたら見落とすような所をやけに詳しく書いてあるし、映画とは違った所でショートカットしてある。
 ただ、映画では極めて短いセンテンスの手紙が妻からもたらされるのですが、本には割と長めな文面になっている。
 文庫本「あなたへ」は誤解の仕様のない一本のはっきりした物語で、まぁこれはこれで感動的ではあるのですが、なんかこじんまりとまとまっとるなあっちゅう感じであります。これがあれだけ色々感じた映画の原作なのかと思うと、少々拍子抜けの感が否めない……ちゅうことはです。
 ひょっとして「映画が原作を超えたんかい?」…うっそ~!! マァジですかい!……と思ったのも束の間、本作は映画脚本のノベライズでした、チャンチャン。  
 
 
☆黄金を抱いて飛べ

高村薫の「黄金を抱いて飛べ」も本日読了。 高村のデビュー作で、来月映画公開されます。大阪を舞台とした銀行強盗物ですが、計画、調査、手法がやけに緻密に書かれているのと同じ位、メンバーの一人一人が至極丁寧に描かれています。映画キャスティングは判っているのて、ああ こいつは浅野やな とか思いもってよんどったんですが、さて 主人公の「幸田」をやるのが「妻夫木聡」なんだよなあ……。
 いやいや、妻夫木聡が下手だと言ってるんじゃないんですが、あまりにもイメージと違うキャラクターなので、一体どう演じるのか…興味深いやら怖いやら、頼むから変に原作をいじってなきゃええんですがねぇ~。


☆岳飛伝

「岳飛伝」二巻 終了しましたが、実史でいくと岳飛と榛魁(字忘れた シンカイ)が金に対する開戦・否戦で決裂して暗殺されるまでどう考えても二年ほどしかないんですが、どうも一冊当たり1~2ヵ月位のスピードなので下手したら10巻以上になるんかなと思いますわ。その後も梁山泊が存続するとしたら、やっぱり蒙古の侵攻が次の話になる。さあ、誰を主人公にするんでしょうねぇ。実は、楊令が女真族の女に生ませた息子ってのがいて、金軍のウジュツが養子にしとります。
 こいつなんですかねぇ? はたまた、元帝国になっても梁山泊はなんらかの形で残るのか? そういやチンギス・ハンの後継者フビライの子の内 チャゴタイ・ハンは確か養子だったとおもうんですが、話はこの辺まで続いていくんですかねぇ、どうせなら榛容なり胡延凌なりの子供が日本に逃げて来て世良四郎三郎の先祖に成るとか、アハハハハそれじゃ隆慶一郎ですかい。いずれにせよ、このサーガシリーズ、何処までいくんでしょうねぇ……。

 ところで、今ハタと気づいたんですが……明日から読む本がねぇぞ! ぎゃ~どないしょう~~!
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高校ライトノベル・学校時代・08『不法投棄を見つけた場合』

2016-08-25 10:11:04 | 自己紹介
学校時代 08『不法投棄を見つけた場合』

 昔のゴミ捨てはゴミ箱ごと集積場に持って行った。

 ちなみに学校の話である。

 取っ手が付いていたように思うのだが、木製だったか金属製だったか、記憶は定かではない。
 とにかく、ゴミ箱を集積場まで持っていき、ゴミを捨てた後、ゴミ箱は教室に持って帰った。
 労力という点では、その後のゴミ袋時代の倍はかかった。
 
 このゴミ捨てを嫌がるものはいたが、無精をかましてゴミ箱を放置してくる者は居なかった。

 教師になった昭和の50年代、ゴミ捨ては黒いビニール袋になっていた。
 ゴミ箱を教室に持って帰る手間がいらず、労力としては半分になった。
 またビニール袋なので、ゴミ箱そのものに触ることが無いので、かなり清潔になった。

「必ず、ゴミ捨て場(集積場)まで持って行けよ」

 学年はじめのゴミ捨てには、この注意をした。
 気を抜くと、すぐに不法投棄をされる。
 空き教室や、階段のゴミ箱、植え込みなどに不法投棄される。

 不法投棄を見つけた場合。

 事を荒立てずに、自分で捨てに行く先生と、不法投棄したクラスを突き止め、そのクラスの担任に返す先生とが居た。
 クラスを突き止めるには、ゴミ袋の中身を調べる。
 ゴミの中には、小テストや返却プリントが入っていることが多い、それが無い場合でもクラスを特定できるものは大抵入っていて、その証拠を二つ以上見つけてゴミ袋に貼りつけておく。
 で、たいていの担任は、あくる日に不法投棄した生徒に捨て直させる。

 正直手間ではあるが、こういうことをやっておくことが学校の秩序維持に繋がってくる。

「やー、やっぱりセンセのクラスきれいなあ」
 去年担任していたヤンチャクレが、教室を覗き込んで呟いた。
 ガサツでアナーキーな学校だったけれど、生徒は秩序と平和を望んでいる。
 迫り方はいろいろだし、迫るレベルもまちまちだけど、担任が自分の力量いっぱいにやっていれば、いつの間にか納得している。

「こら、また不法投棄したやろ!」とゴミ袋を突き付ける。

「俺とちゃうわ!」
 開き直られるのは、気分で怒ったり、それまでの指導にムラがあったりした場合だ。
「あ、バレてしもた?」
「バレバレじゃ!」
「しゃーないなあ((n*´ω`*n)」

 こういう風にいけば、入院しない程度のストレスで一年が過ごせた……。

 ちなみに、教師一年目は、三月で入院し夏休みいっぱいベッドの上で過ごした。
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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評17・『天地明察』

2016-08-25 06:08:52 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評17
『天地明察』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


これは、悪友の映画評論家滝川浩一が、個人的に身内に流している映画評ですが、面白いので、本人の承諾を得て転載したものです。


 今、まさに原作を読もうとしている人は本を閉じていただきたい。

 既に読んだ人は…無無無無~ 柱に頭ぶつけるなりして(???)忘れて下さい……。
 無理だよ~ 悪かぁないんですけどねぇ。こらぁ生殺しってか、尺足らずってか……ただ、後10分やそこらあってもどないもならん、せめて後1時間……て事は3時間半 「七人の侍」や「赤ひげ」クラス。
 緻密に書かれた原作に息づく登場人物達(殆ど総て実在)を命有るリアルな存在としてスクリーンに描くには せめてその位の尺は必要だった。

 映画は本と違って「画」で見せるという手法をフルに活用、さすがわ滝田監督、見事な手腕と言える……のだが、残念!
 時間が無さ過ぎた。どうしてもショートカットして流さざるを得ない。人物が薄い、周囲が薄いと算哲の人物像も薄くなる。残念です、面白く見ましたけど、見たかった映像では無かった。本作は、原作の読書体験が強烈だったので自分の中に完璧なイメージがありました。それとのギャップが大き過ぎました。こういう場合はもう一度読み返すとええんですが、現状宿題山積みなのでいつになるやら、しばし 欲求不満と付き合いますわい。
 本作には、原作者がカメオ出演しています。さりげなくしているおつもりのようですが、なんせ長身・男前、目立つ目立つ…映画に納得出来ていればこんなお遊びも楽しめたんでしょうけどねぇ。男女入れ替わりの「大奥」がまた作られるそうです、こんなクソ映画を作る予算が有るなら本作をもっと重層な作品に出来ただろうに、残念無念!
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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ読書感想『光圀伝』

2016-08-24 06:14:21 | エッセー
タキさんの押しつけ読書感想
『光圀伝』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


これは悪友の映画評論家、滝川浩一が私的に仲間内に流した読書感想ですが、読んで為になる……かは、ともかく、面白いので、本人の承諾を得て転載したものです。

 凄いなぁ この人の書く本の中には間違い無く息吹がありますねぇ。司馬遼太郎や隆慶一郎とは違う息吹を感じます。
 それにしても、信じがたい程の文章巧者です。まるで水戸光圀が生きて目の前に佇んでいるように感じます。『天地明察』の時にも思ったけど、主人公がまだ何者でもなく、己が道を懸命に求めている前段・中段が圧倒的に面白く、人生に結果がでる後段はさっさと流してあります。

 仕方がないとは思います。その頃には安井算哲にしても水戸光圀にしても実史にはっきりと刻み込まれ、フィクションの筆が入る余地が無くなりますからねえ。ただ、本書には光圀隠居後に一つの事件が入り(これが実際に有った事なのかどうか、浅学にして知りませんが…こういう事実は有ったんでしょうねぇ)、 これが後の水戸藩の運命に符合する書き方に成っています。結構分厚い一冊なんですけど、二冊に分けて、この事件をもっと詳しく書いて欲しかったなぁ…う~ん、冗長になるかなぁ。
 『天地明察』では、日本神道の説明に相当紙幅を割いていましたが、今回それに当たるのは「儒教(朱子学)」です。しかし、今回は直接の説明ではなく、光圀の生き方、彼が下す選択の行方を通して語られます。
 時として、苛斂誅求(かれんちゅうきゅう)な態度として現れ、また とてつもない悲しみの噴出として語られる。電車の中で読んでいて、思わず泣きそうになった事再三でした、ヤバイヤバイ。
 思ったのは、日本は儒教国じゃありませんが、形を変えて日本人の血肉になっているんだということで、一つ一つが自然に納得出来るってか、自分の中の収まるべき所にキッチリはまります。 なにも日常「これは“義”だ、“忠”だ」と考えているわけではありませんが、そんなご大層な事ではなく極自然な感覚として、儒教・道教的な考え方、受け入れ方が日本人にしみこんでるんでしょうね。

  一読、強烈にお勧め。「天地明察」未読ならまずそちらからどうぞ。
 「ハンターゲーム」第一部も読みました、今月末に映画が有りますが、すでにアメリカでは大ヒットをかっ飛ばしています。所謂ジュビナイルですけど、充分大人の読者にも訴えますよ。
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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評16・『デンジャラスラン』

2016-08-23 06:26:50 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評16・デンジャラスラン

この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


この映画評は、友人の映画評論家滝川浩一が個人的に、仲間内に流しているものですが、もったいないので本人の了解を得て転載しているものです。


 ストーリー良し、演技良し、アクション良し、で…文句なしオススメ!! 

 と言いたい所ながら、お馬鹿さんには薦めません。今回も何人か映画館におりました、エンドタイトル流れてるのに「え~? どないなったん? なんでやのん?」 とデカい声で……嗚呼、せめて小屋を出るまで我慢できんのですかねぇ…また、隣で解説しているアンチャンが途方もない事を大声で語ってるし…頼むからさっさと消えておくれでないかいってんです。
 
 元凄腕のCIA工作員(D・ワシントン)現在プロの情報屋、取引でケープタウンにやってきた。まず、なんで南アフリカなんだ? と思う。原作無し、オリジナル脚本らしく、撮影のしやすさからなのか? よう判らんのですが、フロスト(ワシントン)は国家反逆者扱いなのでアメリカは論外、段々判ってくる情報のヤバサからしてヨーロッパも論外? ちゅう事は、この選択は妥当なのかな?
 いきなり強烈な攻撃を受け、フロストはわざと領事館に出頭、CIAに引き渡されてセイフハウス(本作の原題)に監禁される。
 このセイフハウスのキーパーがマット(R・レイノルズ/リミット/グリーンランタン)という新人。秘密の筈のセイフハウスも急襲され、マットとフロストは二人で逃げる…ちゅうお話し。
 まさに「デンジャラス・ラン」 なので、この邦題もええかいなとは思うが、少々ベタでダサく感じる。確かに、この経験を通して一級品の工作員に育って行くマットの姿を見ていると、良く出来たロードムービーのムードもあるのだが、一見後のイメージとしては、原題“SAFE HOUSE”の方がビタッとくる。まぁ そら ええとして、毎度D・ワシントンの出演作品に外れ無し、ほんまに何をやらせてもリアルであります。
 フロストは人心掌握のプロという設定なので、逃走中も何やかやとマットに語りかける。これが切実な本心なのか、マットをコントロールしようとしての言葉なのか判然としない。これをD・ワシントンがやると異様に怖い。
 もう一人の主人公マットを演じるR・レイノルズも巧い!ストーリーの進行に従って顔付きが徐々に変化していく。こういう芝居、難しいんです。メイクアップで作るのはほんとうに外面の一部分、人間の内面が変化する様は俳優の仕事…とは言えこれの出来る人はそうはいません。これも毎度ながらアメリカの層の厚さには唖然であります、凄い!
 ストーリーは重層構造で、単純に善悪を分けられない。敵味方の区別も最期まで解らない。ただ、最期の落ちは「やっぱり そうなりますか」の所謂“アメリカの正義”落ち。“グリーンゾーン”のマット・デーモン…と言ってしまうとバレますかね、幕切れには多少クレーム有りです。
 アクションは誠にリアル、殴られた痛みが伝わってきます。当然、安全対策は取ってあるはずですが、「ここ 怪我したんじゃないか?」と思えるシーンがゴロゴロしている。
 007やジェイソン・ボーンのアクションに慣れていると本作のアクションには胸が詰まる。監督のダニエル・エスピノーサはまだ35歳の若さ、これまた楽しみな監督の登場です。この映画は男達の挑戦と喪失の物語を飲み込んだ上質のアクション・サスペンス、ちょっと古くなりますが、C・イーストウッドの「許されざる者」の真逆…うわぁ、これが判って貰える人…いないやろなぁ、ちゅうか例が古い。失礼いたしました。

しかし、フロストはこの情報を誰に売るつもりだったんだろうか。そこまで持って行けば、もっと深い作品に成った……と思うんですがぁ、重苦しく成っちまいますかねぇ。
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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・15『最強の二人』

2016-08-22 07:00:30 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・15
『最強の二人』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ

 この映画評は、わたしの友人で映画評論家のタキさん(滝川浩一)が個人的に、仲間内に回しているものですが、面白くてもったいないので、タキさんの了解を得て、転載しているものです。

 久し振りのフランス映画、本作はフランス歴代3位の大ヒット作で、ドイツを始めヨーロッパ各国でもヒット。セザール賞主演男優賞を授与されている。
 パラグライダー事故で全身不随になった富豪フィリップが介護人の面接をしている。黒人ドリスはその面接を受けに来たのだが、端から採用される気はなく 失業保険金を受け取るための書類にサインが欲しいだけだった。しかし、数多い応募者の中から採用されたのはドリスだった。
 かくしてシニカルな富豪と、粗野で無教養な黒人青年のコンビが誕生、一切噛み合わないこの組み合わせがやがて奇跡を生み、二人は強い絆で結ばれていく……というストーリー。

 これは実話がベースであり(ドリスのモデルは黒人ではない) ご両人共に健在である。
 しみじみ人生を語る映画を撮らせればイタリア人がNo.1であり、人生を謳歌する映画はフランス人が上手い。本作は確かに名作であると思う、見ていて胸の真ん中がほんのり暖かくなってくる。ただ、パンフレットには「大爆笑」 「涙が溢れる」 などと最大級の讃辞が踊るが…ちょっと待った!
 
 各シーンは微笑ましくはあるが「大爆笑」には遠い、「涙が溢れる」どころか これじゃ泣けない。ヤバイ!俺の感性が鈍くてこの作品の良さが理解できないのだろうか……で、知り合いのフランス人に聞いてみた所、彼女も、その友人達も「良い映画だとは認めるが、何故ここまでヒットしたのかは理解の外だ」との返答。良かった、とりあえず私の感性だけがおかしい訳ではなさそうだ。
 では、どこに問題が有るのか…「最高の人生の見つけ方」をご覧に成っているだろうか。ジャック・ニコルソン(富豪)とモーガン・フリーマン(自動車工)は共に末期癌で余命短い。この全く境遇の違う二人が、それぞれ人生でやり残した事を命あるうちにやり尽くそうと旅に出る…っていう話で、本作のベース実話を参考にしたんじゃないかと思えるほどなのだが、この作品こそが「大爆笑」と「溢れる感動」というに相応しい。あなたが未見であるなら衷心から一度ご覧になることをオススメします。

 さて、フランス映画とハリウッド映画の間には、製作作法(哲学ともいえる)、映画文法に大きな隔たりが有る。また、フレンチとヤンキーの観客の好みも違う。ただ、この違いは昔から有るのだが、古くは「望郷」(ペペル・モコ/ジャン・ギャバン主演)や「ヘッドライト」から一連のフィルム・ノアール、「パリのめぐり逢い」などのクロード・ルルーシュ、最近ではリュック・ベッソン作品にはもっと観客を引きつける工夫がされている。本作はこれらとは系譜を異にする…いわば「潜水服は蝶の夢を見る」と同じジャンルと見るべきなのかもしれないが、各シーンの作りから判断するに「潜水服~」よりはハリウッド映画に近い作りになっている。 ならば、本物の感動実話をベースにしながら、この乾いた感覚は何なんだろうか。
 要するに感情移入する一歩手前でシーンが切れているのだが、ハリウッド作品のように「感動の押し売りはしない」って事にしては、「ほんの後一歩」の所まで作り込んである。役者が巧すぎて演出意図以上に味わいが出てしまっているとも考えられる。 思うに、実在のモデル達をリスペクトするあまり、ドキュメンタリー性に拘り過ぎたかってのが、当たらずとも遠からずなんだと思う。ただ、作りは間違いなく輸出を意識しているので、ならば娯楽性にもう少し気を使った方が良かったんじゃないかと思われる。 この辺りに男優賞は取れても作品賞は逃がしている原因があるのだろう。

 こんな書き方をしておいて 今更の感はあるが、感動のお薦め作品である事は間違いない。
 ここからは余談であるが、本作の原題は「INTOUCHABLS」 パンフレットにはなぜか英語で「UNTOUCHABLS」とある、いずれも形容詞で「触れてはならない」 「触れることが出来ない」と言った意味だが、フランス語の場合、この形容詞が複数形(語尾に“S”が付く/フランス語では主語が複数形だと それに掛かる形容詞も複数形になるらしい)になると、名詞扱いになって、いわゆる インドの「不可触民」を指す言葉となる。思えば英語のほうも、FBIエリオット・ネスのドラマのタイトルであり、マフィアを指す表現であり その裏には「穢れた奴ら」が隠喩として隠されている。 主人公二人に掛かる形容詞だから複数形であり、名詞形としてドリスとフィリップの階級(カーストに引っかけてある)を暗喩し、そして まさにこの二人の友情には何人たりとも触れるべからす、とまぁトリプルミーイングなタイトルなのだと考えるのは深読みのし過ぎだろうか。フランス人の間にも同じように考える人がいるそうである。余談でござる。 アッハ、ここまでお読みいただいたアナタ、長々とご苦労様でございましたぁ。
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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評14・『プロメテウス』

2016-08-21 06:14:57 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評14
『プロメテウス』


この春(2016年5月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ

 これは悪友の滝川浩一氏が個人的に仲間内に流している映画評ですが、もったいないので、本人の許諾を得て転載しているものです

 アッハッハッ こうりゃ 強烈に賛否が真っ二つになりますなぁ。

 あっと、その前に、リドリーには トニー・スコットのお悔やみを申し上げます。さぞや気落ちされておられるでしょう。ご冥福をお祈りいたします。
 
 さて、映画ですが……う~ん、ちょっとストーリーに凝り過ぎましたねぇ。記念すべきエイリアンⅠの前段のエピソードになるので、矛盾しないように考え抜かれているようで、デカいミスが二つ(これは絶対容認しかねる)、 小さな疑問符のつくのが四つほどおます。さて、あなたのカウントだと幾つになるんでしょうねぇ。ただ、まぁええ根性してるなあとは思います。
 この映画、規模の割に全米での稼ぎがあまり良くなかったんですが、見ていて即判りました。本作は中西部及び南部の 所謂バイブルベルト地帯では上映出来ません。進化論を学校で教えただけで豚箱行きの州で、ハッキリ人類をつくったのは宇宙人だなんぞという映画を上映できる訳がない。こいつは端から全米公開出来ない前提で作られている。後は全世界公開でどれだけ稼ぐかですけど今のところ数字不明です。
 SF映画としてはええ線行ってるとは思いますが、先に書いたようにミスも有るんでそこが気に掛かる所。
 これから見る人の邪魔にならない程度に言うならば…まず、テクノロジーの進化度合いにチグハグがある。もっとも、エイリアンⅠは、ノストロモ号が貨物船だったので、ここまでのオーバーテクノロジーには無縁だったと言えそうです。しかし、Ⅱにおいては軍隊の出動に成っているので、この矛盾にはひっかかる。Ⅲは物語世界が先祖返りしているので無視するとして、会社がその後も存続しているので、人類起源か最終絶滅生物兵器エイリアンか、どちらを優先しているのかってえ問題が出てきます。こらあ、プロメテウスⅡかエイリアンⅤでも作らないと決着が着きません。
 私なんかはかえって今後どうなるのかワクワクするんですが、見た人みんながそう思ったかと言うと、結構怒っている人が多いんですよねぇ。何がそんなに気に入らんかったかって確認すると、これまたバラバラなんで…今更ながらSF映画ってなぁ難しいもんであります。この辺りを敢えて無視すれば、私なんかは良く出来た作品だとおもうんだよねぇ。  
 
 それにつけても3Dはどないかしてほしい。今日も字幕スーパーを見ようとしたら3Dしかなかった。未確認だが、本作は後からコンピューター処理で3Dにしてあるとおもわれる。こんな程度の画像を見せられて別料金を盗られるのは絶対に承服出来ない。ほんまにええ加減3Dはやめてほしい。バイオハザードⅤの3D予告をやっとりましたが、Ⅳの時と同じで「飛び出す映画」です。ほんまにええ加減にせえへんかったらスクリーンに火ィつけるよ!ガルルルル
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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評13・『あなたへ』『るろうに剣心』

2016-08-20 06:06:54 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評
『あなたへ』『るろうに剣心』


この春(2016年5月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


これは友人の映画評論家タキさんが、個人的に仲間内に流している映画評ですが、深さ、趣、面白さは、もったいなく、本人の了解を得て転載しているものです。


『あなたへ』
 
 高倉健さん、ええねぇ~80越えてるのに、立っているだけで絵になります。

 歩いている姿はヤッパリご老人なんだけど、黙って立っていたり座っているだけで「高倉健」です。
「単騎、千里を走る」がもう6年前なんですねぇ。後何回、この人の「いずまい」「佇まい」をみれるんでしょうねぇ。
 映画館は爺ちゃん婆ちゃんで満タンでした。今時の20代は「残侠伝」も「番外地」も知らんでしょうから仕方ないけど、我々年代も少なかった。60年安保から全共闘世代とお見受けする。「止めてくれるなおっ母さん、背中の桜が泣いている」の世代ですねぇ。ちゅうことは、これで正解なんですかねぇ、昭和28年生まれは所詮 学生運動乗り遅れ組ですからねぇ。
  映画 映画~ 正直、さほど感動的な内容じゃありません。というより、敢えてそういうバックシーンを切り捨ててあります。初老の刑務官と童謡歌手が結婚し、妻が先に死に その死後「遺骨を故郷の海に散骨してほしい」との遺書が届く。
 この夫婦が出逢うまで 彼らの人生に何があったか、ほんの僅かに言及されるだけ。15年の夫婦生活も 何げない風景が追憶されるだけである。夫は、極短いセンテンスの2通の遺書に込められた妻の真意を測りかねながら、妻の故郷へと旅をする。
 ご想像通り 旅の途中で出逢う人々との交歓から 次第に理解の糸口を掴んでいく。身も蓋も無い言い方をすれば「人間、皆 別々な時間を生きている」ということで…さて健さんは それが判った上で 亡き妻と どう別れるんだろうか、という内容です。
 例によって健さんはあんまり芝居していません…というより、そのまんま「ドキュメンタリー高倉」です。それに合わせ脇役陣が演技するのですが、ビートたけしが、健さんの向こうを張ってノープラン芝居をしています(何ちゅう奴っちゃ) しかし、ここは脚本が先読みしていて絶妙なキャラクター設定にしてあり、観客には大受けでありました。(どんな設定かは教えね~) 佐藤浩市はもうちょっと老けないと設定上無理があるんですが、それだとバレてしまうので これはこれでええのかな?
 健さんが 大滝秀治さんの仕事をベタほめしているのですが、見ていて「なるほど」と納得、健さんより6歳年上ですが、全く違う道を来た二人が、ほんの短い台詞のやり取りで人生を演じきる、こういうシーンに出逢うと 本当に日本人で良かったなあと実感します。

『るろうに剣心』

 アクションは確かに良く出来ていますが、こらぁ早回しの「香港カンフー」ですわいな。

 それもその筈、アクション監督/谷垣健治、この人が作ると全部そうなる。カンフー映画にハンドカメラを持ち込んで、変則方向から撮ったシーンを合成(ジェイソン・ボーンシリーズのあれですわ)したらこういう画になる。それなりに迫力はあるんですが、凄い映像・新しいアクションを見た…とは言えません。しかし、本作の問題点はここじゃない。
 大沢監督は「原作に忠実にではなく、誠実に作った」と言っている。この人が言うのならその通りなんだと思います。私、原作は未見ですが、本作の問題点は、総て原作に有ると断言しちまいます。
 世界観が薄っぺら過ぎるんです。原作者はあんまり歴史に敬意を払っていない…というより知りません。実在した斎藤ピンだとか山県UFOとか出てきますがおそらく名前を知っている程度でしょう。主人公の「不殺の誓い」の象徴として逆刃刀ってのが出てきますが……笑止!刃など無くとも日本刀で頭殴られたら即あの世行きです。
 いやいや、これは時代劇に良くある設定で そんな些末を言うとる訳ではないのです。つまり、一事が万事この調子 今時 少女漫画でも武器の扱い・設定には結構こだわりがあります。しかるに本作はまるで先祖返りの少女漫画。まぁ、絵柄と連載当時女の子のファンが多かったってあたり、さもありなんです。未読漫画が映画化されると、即 本屋で大人買いになるんですけど、今回はパ~スですわ。佐藤タケルンと武田エミリンのファンの方にはオススメいたしますです。
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