大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

魔法少女マヂカ・220『偵察に行こう!』

2021-06-30 10:11:32 | 小説

魔法少女マヂカ・220

『偵察に行こう!』語り手:マヂカ     

 

 

 高坂家の邸内には、主なもので五つの建物がある。

 

 最大のものは『母屋』と呼ばれる邸宅で、高坂家の者たちが起居する日常の建物であり、外来者との応接、社交の場でもある。

 次に大きいのが、母屋とは渡り廊下で連結されている『宿舎』だ。

 宿舎は、高坂家の使用人たちの建物で、上は田中執事長や春日メイド長、下はクマさんたち平のメイドや執事の生活の場。食堂や浴室も母屋とは別のものが完備しているのはもちろんのこと、使用人用の図書室まで完備しているので、他家の使用人たちからは羨ましがられている。

 その図書室の横には裁縫室というのがある。

 邸内の縫物や繕い物をする部屋で、和裁道具はもちろんのことミシンやアイロン台も完備している。

 単に屋敷の営繕に使われるだけでなく、使用人たちに技術を身につけさせるための教育施設でもある。

 たいていのメイドたちは、花嫁修業を兼ねた奉公なので、高坂侯爵は使用人たちの教育には熱心なのだ。

 クマさんたちのメイド服も、この裁縫室で作られる。業者に発注するよりも安価にできるし、使用人一人一人に合わせたオーダーメイドなので、質も良く、これも他家の使用人たちからは羨望の的。

 着任したての請願巡査の箕作も、着任早々の捕り物で制服を破ってしまって裁縫室の世話になっている。

 

 この三日、その裁縫室からミシンをかける音が絶えない。

 

 ダダダダダ ダダダダダ ダダダダダ……

「なに縫ってるんだろう?」

 学校から帰ると、車寄せに下りたところで気になった。

 クマさんも、この二日は通学の付き添いを休んで裁縫室の仕事に専念している。

 生け垣に隔てられて、音そのものは小さいんだけど、ミシンのリズムが、まるで機関銃のようだ。

「偵察に行こう!」

 203高地の前線視察をする参謀将校のようなことを言って、霧子が歩き出す。

「ええのん?」

 ノンコの腰が引ける。

 家族の者が寄宿舎に立ち入ることは禁止はされてはいないが遠慮することになっている。

 仕事の邪魔になるだけでなく、使用人たちに、いらぬプレッシャーをかけてはいけないと侯爵から戒められているのだ。

「最前線に出なければ、作戦指揮がとれないぞ、陸軍のバカタレ!」

 203高地の督戦に向かった東郷艦隊の幕僚のようなことを言う。

「そうか、我々はセーラー服だから海軍なのだな」

 調子を合わせてやる。

 霧子との付き合いも長くなってきた。この程度の事は臨機応変だ。

 霧子の好奇心や行動力は矯めすぎてはいけない。

 

 生け垣の隙間から覗くと、クマさんだけでなく、邸内のメイドたちが真剣な顔でミシンに向かっているのが見て取れた。

 203高地の上から旅順港のロシア艦隊を発見した幕僚のような気になった。

 日露戦争だと、司令部から『ロシア艦隊は見えるか!?』と電話で聞かれ、幕僚はこう答えるんだ。

『はい、丸見えであります!』

 そうして、旅順港のロシア艦隊は一掃されて、日本は一気に優位な立場になるんだ。

 

「丸見えです、お嬢様方」

 

 振り返ると田中執事長が怖い顔をして立っていたぞ(;'∀')。

 

※ 主な登場人物

  • 渡辺真智香(マヂカ)   魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 要海友里(ユリ)     魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 藤本清美(キヨミ)    魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員 
  • 野々村典子(ノンコ)   魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 安倍晴美         日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
  • 来栖種次         陸上自衛隊特務師団司令
  • 渡辺綾香(ケルベロス)  魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
  • ブリンダ・マクギャバン  魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
  • ガーゴイル        ブリンダの使い魔

※ この章の登場人物

  • 高坂霧子       原宿にある高坂侯爵家の娘 
  • 春日         高坂家のメイド長
  • 田中         高坂家の執事長
  • 虎沢クマ       霧子お付きのメイド
  • 松本         高坂家の運転手 
  • 新畑         インバネスの男
  • 箕作健人       請願巡査

 

 

 

 

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ライトノベルベスト『炊飯器の起動音』

2021-06-30 06:57:19 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『炊飯器の起動音』 





 背中の方で、急に音がしたんでびっくりした。

 危うく食べかけのアイスクリームのカップを落とすところだった。

 大げさだけど、死神が来たのかと思った。

 ジー……ゴー……てな感じ。

 大きな音なら、ここまで驚かない。

 自動車、飛行機、バイク、隣のおばちゃんがお皿を割る音。学校帰りの小学生の嬌声。筋向いのベスの吠える声。

 そういうのは突然でもびっくりしない。したと同時になんの音だか分かるから。

 で、今のは炊飯器が起動した音。

 こないだ買い換えたばかりで、この子の起動音を聞くのは初めてだった。

 前の炊飯器は小学校の6年の時に来た。安物だったせいもあって、起動音が大きく、いかにも「今からご飯炊きます!」って感じだったので驚くどころか、不器用で一途なお台所の仲間って感じだった。

 今度の子は、お父さんの稼ぎも増えたので、ナントカ釜の高級品で、前の子とはケタが一つ違う値段。

 むろん、この子のご飯は美味しい。だけど、今の音はいただけない。小さな音でも正体が分からないから、一瞬死神なんて思ってしまう。

 で、こんなご飯を炊き始める時間にアイスクリームを食べているかと言うと、昼抜きだったけど食欲がないから。

 このまま晩御飯を食べても、そんなには食べられない。お昼も抜いているから、体に良くない。だから、少しお腹に刺激を与えておく。

 テスト後の短縮授業なのに、なんで、こんなに遅くなったかというと、補習を受けていたからだ。

 勉強は嫌い。特に理数は。

  英語は好きだけど、授業は嫌い。[I think therfor i am]は英語のままの方がいい。「われ思う故に我あり」なんて言うと、政治家の演説みたいだ。こないだの英作文で[I love u!]と書いたらペケにされた。[You]を[u]としたのがいけないそうだ。
 だけど、アメリカの若者はYouをuと略して書く。日本語で「おめえ」と言いたいのを「あなた」とあらたまるようなものだ。言葉は生きてこその言葉だ。エイミーはいつも[u]で済ませてくるし、それで通じてる。最初に[You]って打ったら[lazy]とかえってきた。ま、カッタルイてな意味。

 で、今日の補習は英語じゃない。英語はカツカツで50点だったから。

 補習は情報。エクセルとパワーポイントの使い方の実習。

 パソコンなんて、文字が打てて、ブログ書いたり動画サイトにアクセスできたり、チャットができたら、それでいい。

 数学なんて、買い物に行って、お釣りの計算ができたらいい。飛行機の最短コースや燃費の計算なんて、航空料金表見りゃ値段で分かるっつーの。安いのが一番。エイミーもあたしも、そのへんは知ってるから、お互い平気で行き来できる。

 もっと訳わかんないのはCO2の計算。

 マジだけど、地球の温暖化なんてクソまじめに考えてんのは日本だけ。CO2の排出なんて、とっくに利権化してて、日本はいいカモになってるだけなのにね。ま、いいや。アイスクリームの美味しさが炊飯器の音でびっくりして、驚きとともに、頭と舌に焼き付いたから。炊飯器の起動音でアイスの美味しさ実感した人間は、そんなにはいないだろうから。

 今夜は、昨日思いついた詩を広げて短編の小説にすんの。

 エイミーにも送って、向こうの日系の先生に翻訳してもらう。ちょっと聞いてくれる。その元になった詩。

≪恋の三段跳び≫

 ホップ、あなたに恋をして。ステップ、あなたに近づいて。ジャンプ……しても届かなかった。


 短編を10個ぐらい書いて、中編が3本、長編が1本書けたら、人生、それでいい。

 あたしは、長く生きても20歳ぐらいまで。炊飯器が前の子だったころに分かった。お父さん頑張って一桁上の炊飯器が買えるくらいがんばってくれた。だから、あの子があたしを嚇かしたことは黙っていよう。アイスも美味しくしてくれたし。こうやってブログにも書けたし。

 なんの病気かって?

 それは内緒。コメントもトラックバックもいいです。あなたなりに、そうなんだ。と思ってもらえたらいいです。

 ではエンターキーを押します。読んでくれてありがとう。

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コッペリア・39『波乱の緊急保護者説明会!』

2021-06-30 06:44:48 | 小説6

・39

『波乱の緊急保護者説明会!』  




「顔を撮ってもらってもけっこうです」


 咲月も栞も、並み居る報道陣に宣言した。

 神楽坂高校二年生の異例な学級増とクラスの再編成は、神楽坂の教職員の思惑を超えて全国のマスコミが注目することとなった。

「今回の学級増とクラスの再編成は、あくまで生徒の利益を考えてのことです」

 校長はポーカーフェイスで言いきった。

「学級崩壊もなく、あたりまえに進行し始めた学年を解体して、現状を変更する必要はあるんですか?」

「学級数が多くなれば、一クラス当たりの生徒数が減ります。それだけ行き届いた教育が出来ると考えました。それに新学期が始まって間が無いからこそ、実現できることなんです。40人学級は、そういう精神に基づいて決められております。どうかご理解いただきますように」

 校長は、良くも悪くもセオリー通りの答えをした。校長は緊急保護者会を、こう締めくくった。

「二学年は、転校生などがあり、都の学級編成基準も40人以下をもって構成するとあります。あくまで、子どもたちのためです」

 そう答えた組合の分会長には、たちまち矛盾を突かれた。

「ということは、わたしが転校してきて咲月が留年したのが悪かったんですね」

「そういうことじゃない」

「だって、学年途中のクラス替えなんて、みんな驚いています。やっと友だちもできて、そんな子たちはクラス替えになることを嫌がってます」

「あの……これ、クラス替えに反対するクラスの署名です。クラスの大半の32人が署名してくれました」

 咲月は、ざら紙で作った署名簿をカバンから取り出した。

「みんな嫌がってるんです。この、嫌なクラス替えが強行されるのは、転校生のわたしと留年生の咲月が悪い。わたしと咲月が悪かったって説明しなきゃいけないんですか」

「いや……それは……」

「新しいクラスの編成基準はなんですか?」

 咲月が質問する。

「シャッフルしたうえで、本校の学級編成基準に照らして作りました。成績や、体格、男女比、それに同一姓はなるべく離すというような条件です」

「ということは、各クラスは、元のクラスが、ほぼ均等に分けられたということですね」

「ええ、そうなりますね」

「それは、おかしいです。栞と二人で調べてみました。新しいクラスは、元のクラスの者が2/3以上。残った1/3をかき集めて、もう一クラスが作られています」

 こういう事情で、栞と咲月の存在はクローズアップされ、インタビュー。

 で「撮ってもらって結構ですよ」に繋がる。

「あたしたちは、こんな混乱になるなんて聞いていませんでした。先生方がおっしゃる内容では、あたしたちが、この学年に入ったために学級の再編成がおこなわれるように聞こえます。心外です」

 栞が簡略にまとめると、咲月が引き受けて、過激に締めくくった。

「理不尽な変更ですが、これ以上の混乱は望みません。適応するように努めます。ただ、これが学校と先生たちの本質だということを分かってください」

 咲月はAKPの研究生だということがすぐに分かったので、咲月は仮名にされ、顔にはモザイク、声も変えられた。

 インタビューと事のあらましは保護者会の前に流された。

 保護者たちは、説明会のときにはみんな事情を知っていて、ほとんど学校への糾弾会になってしまった。

「うちの娘が言うことの方がよっぽどまともだ。あんたら間違ってるよ、数さえ合わせたらいいってのは、あんたらが大っ嫌いなむかしの軍隊の員数合わせと同じだ。もっと血の通った学校にしてもらわなくっちゃな!」

 大家さんは、名目上の孫娘であることも忘れて、唾をとばして力説した。

「そうだそうだ!」

「生徒をダシにして、楽すんじゃねえよ!」

 教師と言う人種は、基本的に役人である。まして背景には都の40人学級編成の条例がある。ますますカタクナになっていく。

 そこに、栞を先頭に、生徒たちが10人ほどなだれ込んできた。

「君たちには関係ない!」

 分会長は激昂した。

「生徒が主人公だって、いつも言ってるじゃないですか。あたしたちが一番影響を受けるんです。なんで、あたしたちが参加しちゃいけないんですか!?」

 保護者席から盛大な拍手がおこり、テレビ局は混乱に乗じてカメラを持ち込んだ。

「すでに、今朝から新しいクラスに編成替えになりました。これでもとに戻したら、一層の混乱と不信を招きます。悔しいけど、このままでいいです。ただ、このことで起こる予期できる、そして予期できない問題を含んで、責任は、全て学校にあります!」

 栞の現状分析と、明快な論理展開に颯太は目頭が熱くなった……一瞬栞の顔が、人形では無く、可憐で高潔な女子高生のそれに見えた。

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銀河太平記・053『マス漢大使館前・2』

2021-06-29 09:33:22 | 小説4

・053

『マス漢大使館前・2』扶桑道隆   

 

 

 わたしは、天狗党の加藤恵です。

 

 そう言うと、大使館の屋根の上に出現したホログラムは緒方未来の擬態を解いた。

 身の丈四メートルもあるホログラムなので感が狂うが、実物は小柄な少女なのだろう。

 戦闘服に付属した装具が少し大きい。バックルやボタンやフックはサイズに関わらず同じ大きさだから、そこからおおよその身長や体格が推測できる。

「155センチ45キロといったところです」

 胡蝶が類推値を言う。いつもながら、打てば響く奴だ。

『昨日、西方の古戦場でミイラ化した兵士の遺体が五体発見されました。いずれもマース戦争時代のもので、状況からマス漢軍の捕虜になった兵士たちだと推量されます。三体が男性兵士、二体は女性兵士で、全員手足を結束され、分隊長と思われる曹長の遺体には首がありません。女性兵士は二体とも下半身の衣類を付けていません。とても、リアルではお見せ出来ませんので、イメージのホログラムで示します……』

 うわあ……

 群衆たちから声が上がる。 

 ミイラは古典ゲームのポリゴン画像のような粗さだが、周囲の風景は18Kの鮮明さ。周囲の風化した兵器や、ミイラたちが埋められていた露頭の質感がリアルで、数十年前に起こった惨劇を想像するには十分なものだ。

『マース戦争のころのものとは言え、この残虐行為は記憶しておかなければなりません。そのために、当時の最高責任者であったソウ大統領の首を吹き飛ばしまし……た……W#$&~#””』

 ホログラムが乱れる。大使館側がジャミングをかけたのだろうが、二三秒で回復すると、それ以上に乱れることはない。天狗党のデジタル技術が優れている証拠なのだろう。

『なにを昔のことにこだわってと思われるかもしれませんが、現状は、マース戦争のころよりも格段に技術が進歩した分、隠蔽され、ひどいものになってきています。その、ひどい現実は、火星各地で進行しているのみならず、母星である地球も含めて深刻化の道をたどっています。われわれ天狗党は幕府を支持するものですが、状況の変化次第では独自の革命の道を進みます。扶桑のみなさん、天狗党は、まもなく本格的な闘争に入ります。常に情報を提供し、双方向の革命を目指します。今日はお騒がせしました。扶桑国内における実力行使は、これを最後に当面控え、広報活動に専念します。わたしたちは幕府と扶桑将軍を支持し共に進むものであります。ご清聴ありがとうございました』

 少女らしく一礼すると、ホログラムはドットを荒くして消えていった。

 交差点の西側に扶桑高校の諸君がいることには気づいていたが、知らないことにして、愛馬の盛さえ残したまま城に帰る。子ども残りに馴染んだ裏道を通って半蔵門を目指す。

「一本やられたな。あれでは、幕府が関与していたと勘ぐられかねない」

「申し訳ありません、甘い状況判断でした」

「城を飛び出したのはわたしだ。胡蝶が詫びることではない」

「はい、しかし……」

「胡蝶」

「はい」

「北町奉行所に行く。酒井と服部に来るように手配してくれ」

「「承知」」

 声が二つしたかと思うと、斜め後ろから隠密局の服部が現れる。

「「え!?」」

 胡蝶と共に驚く。

 独自に動いているつもりだったが、どうも、腹心たちにはお見通しのようだ。

 頼りになるような、恐ろしいような……思った時には、もう伊賀忍者末裔の姿は無かった。

 

※ この章の主な登場人物

  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥
  • 森ノ宮親王
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首

 ※ 事項

  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信

 

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ライトノベルベスト『同じ空気』

2021-06-29 06:41:14 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『同じ空気』  

       


 

 同じ空気を吸うのもイヤ!

 一美は、そう言うと思い切りよくドアを開け、その倍くらいの勢いで車のドアを閉めた。

 拓磨は、酸欠の金魚みたいな顔をしたが、追ってこようとはしなかった。

「おれ、今度転勤なんだ……」

 ついさっきの、拓磨の言葉が蘇った。

「え……どこに?」

 そう聞いたときには、もう半分拒絶していた。

「大阪支社に」

 この答には、吐き気すら覚えた。

 あたしは大阪が嫌いだ。

 学生時代のバイト先の店長が大阪の人間で、何かというとセクハラされた。

「まあ、メゲンと気楽にいきいや」

 最初に仕事で失敗したとき、そう言って慰めてくれた。

 わたしは大阪弁の距離感の近さが嫌いだったけど、この時の店長の言葉は優しく響いた。

 でもあとがいけない。肩に置いた手をそのまま滑らして、鎖骨からブラの縁が分かるところまで、撫で下ろされた。

 鳥肌が立った。

 狭い厨房ですれ違うときも、あのオッサンは、わざとあたしの背中に体の前をもってくる。

 お尻に、やつの股間のものを感じたとき。わたしは自分の口を押さえた。押さえなければ営業中のお店で、わたしは悲鳴をあげていただろう。

「パルドン」

 オッサンは、気を利かしたつもりだろう、大阪訛りのフランス語で、調子の良い言葉をかけてきた。

 もともと吉本のタレントが東京に進出し、ところかまわず、大阪弁と大阪のノリで麗しい東京の文化を汚染することに嫌気がさしていた。

 で、そのバイトは半年足らずで辞めた。

 先日アイドルグループの拓磨のオシメンの子が「それくらい、言うてもええやんか」と、下手な大阪弁で、MCの言葉を返すのを見て。拓磨にオシヘンを強要したほどである。

 こともあろうに、その拓磨が、大阪に転勤を言い出す。

 とても許せない。

 夕べ夢に天使が現れた。で、こんな嬉しいことを言ってくれた。

「明日、あなたの望むことが、一つだけ叶うでしょう……♪」

 で、あたしは、今日のデートで、拓磨がプロポーズしてくるものと一人決め込んでいた。

 それが、よりにもよって、大阪転勤の話である。

 拓磨とは、大学の、ほんの一時期を除いて、高三のときから、七年の付き合いである。

 そろそろ結論を出さねばならない時期だとは、両方が思っていた……多分。

「あたしと、仕事とどっちが大事なのよ!」

 そういうあたしに、拓磨は、ほとんど無言だった。気遣いであることは分かっていた。

「一度口にした言葉は戻らないからな」

 営業職ということもあるが、日常においても、拓磨は自然な慎重さで言葉を選び、自分がコントロールできないと思うと、口数が減るようになった。

 でもダンマリは初めてだ……。

 せめて後を追いかけてくるだろうぐらいには思っていた……のかもしれない。

 一美は、港が一望できる公園から出ることができなかった。出てしまえば、この広い街、一美をみつけることは不可能だろうから。

 一美自身、後から後から湧いてくる拓磨との思い出を持て余していた。

 拓磨とつきあい始めたのは、荒川の土手道からだった。

 当時のあたしはマニッシュな女子高生で、同じクラスの拓磨と、もう一人亮介というイケメンのふたりとつるんでいた。

 そう、付き合いなどというものではなかった。いっしょにキャッチボールしたり、夏休みの宿題のシェアリングしたり、カラオケやらボーリングやら。ときどき互いの友だちが加わって四人、五人になることはあったが、あたしたち三人は固定していた。

 そんなある日の帰り道、拓磨の自転車に乗っけてもらったら、急に拓磨が言い出した。

「おれたち、同じ空気吸わないか?」

「え、空気なんてどれも同じじゃん。ってか、いつも同じ空気吸ってるじゃん」

「ばーか、同じ空気吸うってのはな……」

 ウッ

 拓磨の顔が寄ってきて、唇が重なった。

 で、あいつはあたしの口の中に空気を送りこんできた。

 あたしは、自転車から転げ落ちてむせかえった。

 ゲホゲホ ゲホ

「大げさなんだよ。どうだ、おれの空気ミントの味だっただろう?」

「そういうことじゃなくて……」

 あとは、言葉にならなくて涙になった。

「一美……ひょっとして、初めてだった?」

「う、うん……」

「ご、ごめんな……」

 そんなこんなを思い出していたら、急に拓磨のことがかわいそうになってきた。

「拓磨……」

 一言漏れると走っていた。

 車は、さっきと同じ場所にあった。でも様子が変だ……。

「拓磨!」

 拓磨は、運転席でぐったりしていた。

 一美は急いで車のドアを開けた。

「う、臭い!」

 車の中は排気ガスでいっぱいだった。

「な、なんで、どうして!?」

 すると、頭の中で天使の声がした。

『だって、言ったじゃない「同じ空気を吸うのもイヤ!」って』

「そんな意味じゃ無い!」

 一美は救急車を呼ぶと、一人で拓磨を車から降ろして人工呼吸をはじめた。中学で体育の教師をやっている一美に救急救命措置はお手の物である。

――いま、あたしたち、同じ空気吸ってるんだから、がんばれ拓磨!――

 拓磨の口は、あの時と同じミントの香りがした……。

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コッペリア・38『栞のぐち』

2021-06-29 06:17:18 | 小説6

・38

『栞のぐち』  



 一度入った組合を辞めることは難しい。


 教師の3/4は、大学を出て直ぐに教師になっている。で、右も左も分からないうちに、共済組合に入るのと同じような気楽さで教職員組合に入ってしまう。組合が生徒や教師の福利厚生のためでなく、特定の政党の下部組織のようになっていることに気づいたころには、さまざまなしがらみが出来て辞めにくくなる。

 担任のミッチャンも同様で、組合を辞めたいのだが、人間関係……これが、辞めたとたんに手のひらを返したように変わってしまうことを数年の教師生活で身に染みて知ってしまった。

 今度の四月に入ってからのクラス替えは、組合の要望に沿って都教委が行ったことであることは、栞にも分かった。

「ねえ、フウ兄ちゃん。なんとかならないの、クラス替え。クラス写真も撮ったし、みんなやっとクラスに馴染んだところなんだよ。そんな時期にクラス替えだなんておかしいよ」

 晩御飯の用意をしながら、栞は颯太に愚痴った。

「これの大本は、栞にある……って言ったらびっくりするか?」

「え、どういうことよ!?」

「栞の転校で、二年の定員が一人増えちまった。で、41人のクラスが一つできちまった」

「あ、うちのクラスがそうだ」

「クラスは40人が基準で、それを越すと、もう一学級増やせるんだ。で、組合は杓子定規に専任教師の増員を都教委に要求。それが年度をまたいで、四月のこの時期に実現した。いわば獲得した権利だから、組合は生徒の利害なんか考えないで二年のクラスを一つ増やした。そういう話だ」

 颯太は事務的に話しているようだが、頭に来ていることは、夕飯の感想を言わないことでも知れた。

 颯太は、必ずナニゲに料理の感想を言う。

 たとえ口に会わなくても言った方が、言わないよりも百倍マシだということを知っている。無関心は憎しみよりもひどいことだということを、颯太も栞も分かっている。

 でも、今夜の無関心は、学校の理不尽さから来ていることだと言うことが、栞にはよく分かった。

「ごちそうさま。よっこらしょっと……」

 プ

 颯太は、立ち上がった拍子にオナラをしてしまった。

 普段ざっかけない喋り方をしていても、そういうところに気を使っていることを、栞は嬉しくも寂しく感じていた。

 でも、この放屁で弛んだ颯太の心から、一つの思いがこぼれた。

――二年の定員が増えたことは、栞だけが原因じゃない。咲月が留年したために増えたことも理由の一つ――

 回りまわって咲月の耳に入ったり、栞が余計な心配をしないために伏せていた。

 颯太の心遣いを嬉しく思う栞だった……。

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やくもあやかし物語・86『シラミ地蔵』

2021-06-28 14:56:21 | ライトノベルセレクト

やく物語・86

『シラミ地蔵』    

 

 

 俊徳丸さん?

 

 ちょっと驚いた。

 俊徳丸っていうのは……いつごろだろう?

 ネットで調べても、室町時代には一般的に知られている。

 太平記でも『弱法師(よろぼうし)』の謡曲で出てくるから、鎌倉? もっと前の平安? 奈良? もっと前?

 とにかく大昔だから、名前も分からない大昔の和服だと思っていた。

 それが、目の前に立っているのは、今風の、どこかの有名私学の男子生徒って感じの制服姿。

 

「アハハ、昔のまんまだったら、みんな目を回すか、通報されるかだからね」

 

「あ……ああ、そうですよね(^_^;)」

 ということは、この俊徳丸さんは、人から見えているんだ。

「うん、姿を消すこともできるんだけどね、普通に溶け込んで道を歩くのには見えていた方がいいんだよ」

「そうなんですか?」

「姿を消していても、霊感の強い人には見えることもあるんだ。ビックリさせたり、事故の原因になったりするからね。普通に見えるようにしている」

「そうなんだ……あ、わたし小泉やくもです。初めまして。あ、イコカありがとうございました」

「どういたしまして、僕の方からお願いしたことだから。ま、とりあえず自己紹介を兼ねて会っておこうということで、よろしく」

「あ……」

 握手の手を伸ばしてきたので、ちょっとたじろぐ。

「あ、そうだ。コロナだったよね(^_^;)」

 菅さんとジョンソン首相みたく、肘をくっつけ合って挨拶する。

「ハハハ、これって、やっぱ、笑っちゃいますね」

「だね。ぼくはコロナなんて関係ないんだけどね。まあ、なにごとも世間に倣っておいて間違いはないよ」

「えと……これが、シラミ地蔵さんなんですよね?」

 カギ型の角の祠を指さす。

「うん、そうだよ」

「意外にきれい……あ、ごめんなさい」

「地元の人たちがきれいにしてくれてるからね……ひょっとして、虱の地蔵だと思った?」

「え、あ、いえ……」

「アハハ、そうか((´∀`))。もしかしたら、虫刺されの薬とかもってきた?」

「え、いや、そんなあ( ´艸`)」

 言いながらポシェットを背中に隠すんだから意味がない。

「『シラミ』っていうのはね、ぼくが四天王寺で乞食をしていたころね。ぼくは、四天王寺には泊まらないで、歩いて高安まで帰っていたんだ」

「通いの乞食さんだったんですか?」

「うん。四天王寺さんは優しいお寺でね。僕たちみたいな乞食が泊まり込んでも、追い出されたりはしないんだけどね。やっぱり、ぼくは高安の人間だし、たとえ住む家を失っても夜になったら帰らなくっちゃって思ってね」

「乙姫さんが、いたからですか?」

「アハハ、それもあるかなあ」

 笑うとかわいい。きっと、乙姫さんだけではなく、ファンが多かったんだろうね。

「それで、夜に四天王寺をたつと、ちょうど明け方に、このあたりに着くんだよ。すると、高安山の向こうから日が昇ってきて、このあたりがほのかに白み始めてね……」

「え?」

「だから、このあたりで白み始めて。それが、とても素敵だから。ね……」

「それで『シラミ地蔵』?」

「うん」

 アハ アハハハハハハ……

 悪いけど笑っちゃう。

 アハハハハハハハハハ……

 すると俊徳丸さんもいっしょになって笑ってしまって。

 いつのまにか、ご近所のお年寄りも集まってきて、いっしょにワハハと笑ってしまう。

「いやあ、俊くん。今日は彼女といっしょなんか(^▽^)/」

「アハハ、まあ、そんなとこです」

「あんた、イケメンやさかいなあ」

「まあ、アメチャンでも食べえなあ」

 アメチャンを二個ずつもらった。

「どうも、いつもありがとう。でも、ちょっと、彼女連れていきたいとこがあるんで、失礼します。ごめんね」

「ああ、そうかいな」

「ええなあ、若いもんは」

「あは、どうも」

「どうも」

 って、どこに行くんだろう?

 

☆ 主な登場人物

  • やくも       一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
  • お母さん      やくもとは血の繋がりは無い 陽子
  • お爺ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
  • お婆ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
  • 教頭先生
  • 小出先生      図書部の先生
  • 杉野君        図書委員仲間 やくものことが好き
  • 小桜さん       図書委員仲間
  • あやかしたち    交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け 二丁目断層 親子(チカコ) 俊徳丸

 

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誤訳怪訳日本の神話・47『これは決定事項です!』

2021-06-28 08:43:01 | 評論

訳日本の神話・47
『これは決定事項です!』  

 

 

「さ、オオクニヌシは引退させたわ。さっさと、中つ国を治めていらっしゃい!」

 アマテラスは、改めて長男のアメノオシホミミに命じます。

 

「…………………」

 

「なによ、その沈黙は?」

「勘弁してよ……ぼくは、この高天原から出たくないよ……」

「んだと!?」

「こ、怖ええ」

「こ、ここまで来んのに、どれだけ人と時間を使ったのか! どれだけ、この母が気をもんだか! 分かってんのか! てめえええええええ!!! それでも、アマテラスの息子かあああああ!!!!」

「ヒ、なんか、叔父さんのスサノオみたいだよ(;'∀')」

「そのスサノオに勝ったのが、このあたしだよ! 母さんだよ! スサノオがやってきた時も、母さんはね、鎧兜に身を固めて、高天原の軍勢を引き連れて、体張って守ったのよ!」

「で、でも、結局は、叔父さんにメチャクチャにされたじゃん!」

「身内だからよ! あんただって、最初に『中つ国に行け』って言って断ったときは認めてやったでしょーが! あたしはね、基本、優しい女なの! 太陽神で、母性の象徴で、豊穣の女神で、何事も、平和的にやっていこーというのが、コンセプトなの! だけど、だっけど……仏の顔も三度だぞおおお!」

「魔、ママは神さまだ」

「いま、魔って打ったな?」

「へ、変換ミス」

「心の底で思ってるから出るんでしょーが! オシホミミ、憶えてるぅ? スサノオが高天原を追い出された時のこと……」

「え、ええと……(;゚Д゚)」

「髭と髪をむしって、シバキ倒して、爪を剥いで……」

「ヒイイイイイイイ」

「いま。思うと、あそこもちょん切ってやればよかった。そうすれば、オオクニヌシなんてのも生まれてこなかったんだし」

「アヒャヒャヒャ(;゚Д゚)……」

「おまえは、どうしてやろうかねえ……」

 アマテラスの目が座ってきます。

「あ、あの……ぼくには、子どもがいるんです!」

 

「な、なんだって……( ゚Д゚)」

 

「タカムスヒの神の娘のヨロヅハタトヨアキツシヒメとの間の子でアメニギシクニニギシアマツヒコヒコホノニニギノミコトって可愛い男の子なんです( #´∀`# )」

「アメニギ……?」

「アメニギシクニニギシアマツヒコヒコホノニニギノミコトです(^▽^)/!」

「ジュゲムか」

「アメニギシクニニギシアマツヒコヒコホノニニギノミコト!」

「ニニギにしとけ!」

「ハ、ハヒ……ね、だから、お母さん、いえ、ニニギのお祖母ちゃん(^_^;)」

「お祖母ちゃん、言うな!」

「ハ、ハヒ……だから、ね、ニニギはまだ小さいし、カミさんも仕事しながら子育てしたいって言うし……」

「……………」

「か、母さん……?」

「分かったわ」

「わ、分かってくれた!? ああ、やっぱ、持つべきものは母さんだ(#*∇*#)!」

 

「中つ国には、そのニニギノミコトを送ることにする!」

「そ、そんな……」

「問答無用! これは決定事項です!」

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ライトノベルベスト『61式・6』

2021-06-28 06:18:45 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『61式・6』   




 手際よくパラシュートをたたみ、ジャンプスーツを脱ぐと素敵なオネエサンが現れた。

「ジャンプスーツの下だったんで、あんまりフォーマルな格好でなくてすみません」

 茜色のミニワンピ。ヘルメットを取ると、ブルネットの髪がこぼれるように溢れ出た。仕上げにゴーグルを外すとそこには、あらかじめ知らされていなければ、とても74式(74年生まれの40歳)には見えないハツラツとした笑顔が咲いている。

「蟹江幸子です。こんな席は初めてなもんで、どうぞよろしく。西住陸曹長」

 幸子さんが、握手の手を出した。啓子伯母さんがスカートの裾当たりに注意を喚起した。

「あら、やだ。着慣れないもの着てきたから……」

 ミニのワンピの裾がジャンプスーツのために数センチめくれ揚がり、右後ろの太ももが露わになっていた。同性のあたしがみても、それは健康的にセクシーでいけていた(^_^;)。

「自分こそ、こんな場に慣れておりませんので、官服で失礼します。西住平和陸曹長です」

 文句でも言ったらどうしようかと思ったんだけど、硬いながらもまっとうな挨拶をしてくれたので一安心した。

「すごいですね、ご主人には聞いていたけど、立派な61式ですね」

 つづく言葉は期せずして、お父さんへの間接的な誉め言葉になった。

「レプリカで細部に微妙な違いはありますが、お義父さんが丹精こめられましたので、ほぼ本物です」

「頑丈な装甲、強い大口径の主砲、そして速力。戦車は、この矛盾した三つの要素を兼ね備えなくちゃならない、無骨なわりに難しい兵器ですものね。この61式は、第一世代の戦車としては出色の出来ですね。初期加速(加速性能0-200mまで)が25秒。これは第三世代の現役戦車にも引けを取りませんものね」

「ええ、訓練時でも、坂を下ってくる61式には気を付けろと、普通科では言われたものです」

「それが実戦に一度も使われずに全車退役。素敵なことですね。あたしは戦場カメラマンでしたから、何両も破壊され擱座した戦車を見てきましたが、こうやって無事に退役した戦車を見るとホッとします……あ、レプリカでしたよね。アハハ、あたしってなに感傷に耽ってるんだろ」

「いやあ、そこまで戦場を見てこられたあなたに思って頂けたら、戦車屋の冥利に尽きますなあ」

 お祖父ちゃんが嬉しくなってきた。

「蟹江さんは、なぜ、こんな……」

 さすがにお父さんも言い淀んだ。

「見合いをする気になったか。寄りにも寄って、こんなロートルと……ですか?」

「はい」

「啓子さんのご主人に言われたんです。戦場カメラマンとしても先輩ですけど、人生経験では、もっと先輩。猪田さん、こうおっしゃったんです……」

「あの人がなんて?」

「君はなんのために戦場カメラマンをやってるんだって」

「あたしが、あの人に聞いてやりたいわ」

「あたしは、こう答えました『世界には、こんなところがあるんだ。それを知ってもらうため』って。すると、猪田さんは、こうおっしゃいました『キザに言えば人類のためだね』 あたしは素直に頷きました」

「あの人らしいわね……」

「そのあとの言葉にガツンときたんです『それなら、君には他にやれることがある。それもそろそろ限界。ボクはとっくにダメにしてしまったけど』って」

「あの人が、そんなことを……」

 あたしは、ピンと来た。伯父さんは取材中の怪我が元で、子どもが作れない体になっていた。いろんなやり方で人工授精も試してみたが、うまくいかないまま伯母さんが妊娠には危険な年齢になってしまった。養子も考えたが、伯母さんは、やっぱり伯父さんとの間に生まれてくる子を望んだ。それを踏まえて、後輩の74式の英子さんに忠告したのだ。

「分かりました。お義兄さんの気持ち、幸子さんの気持ち。でも、一つ聞いて良いですか?」

「はい?」

「どうして相手が、自分だったのですか?」

「それは、猪田さんの薦めがあったこと。まず人物について説明を受けました。そして、お写真を見せていただきました。それで、この人ならOKと50%思いました」

「で、現物見てどうだった!?」

 啓子伯母ちゃんが身を乗り出した。

「思った通りの方です。そして、決定打は……」

 幸子さんは、あたしに目を向けた!

「こんなにいいお嬢さんをお育てになって、あたしにとっての、何よりの確証です!」

 幸子さんは、大きな笑顔をあたしに向けると、いきなりハグしてきた。

 こうして、61式のお父さんと、74式の幸子さんは結ばれました。

 で、この話にはオマケがついています。

 なんと、アリバイであったはずのあたしと、武藤先輩の婚姻届も同時に受理されてしまったこと。なにかのミスか故意か。ま、どっちにしろあたしたちも異存はありませんでした。

 ただし、世間への公表と実質的な結婚生活は、あたしが卒業してからという条件付きではありましたが……。

 61式 完 

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コッペリア・37『ケセラセラ・2』

2021-06-28 05:53:18 | 小説6

・37

『ケセラセラ・2』  



 瀬楽さんは、それからずっとセラとして生きてきた。

 割り切れはしなかったけど、真央の幸せのためには、これもいいと思った。

 一年後、セラさんは海外まで行って本当の女になった。セラさんはローゼン、そしてメイゼンも掛け持ちし、両方の店の看板になった。

 かなり……と言っていい稼ぎがあったが、このボロアパートに住んでいる。

 男を捨てたことに、一人っ子として両親への呵責があったのだ。

 瀬楽の家を身代限りにした詫びに、毎月かなりの仕送りを送っている。また、将来若さを失った時のためにお金も貯めていた。マスコミからの引きも当然あった。なんせ若いころのはるな愛を超えるぐらいの美しさと明るさ。そして時折見せる陰。それが魅力になり、望めばセラの生活はさらに豊かになったはずである。

 うまく説明はできないが、セラは、それを望まなかった。

「夕べ、お店がはねてから、ママの知り合いのクラブに行ったの。店のオーナーの喜寿のお祝いにね……」

 言葉で語りもしないのに、栞にはちゃんと伝わっている。それを不思議にも思わないでセラは続けた。

「偶然だけど、田神俊一が来ていた……普通のクラブだったから、女の子と間違えたのよね……話のはずみで田神はスマホを出してマチウケを見せてくれた『家内と娘なんだ』それは……真央じゃなかった。あたしカマをかけてやったの『田神さんて、初婚じゃないでしょ』 あっさり認めた。性格の不一致で最初の嫁さんとは一年で別れたって……」

「そんな……」

「え、どういうことよ!? って思った。むろんおくびにも出さずにニコニコしてたけどね。でもアパートに帰って一人になったら最悪で、このザマ」

「真央さんのことは……」

「今日お店に行く前に調べておこうと思って。むろんあたしがするんじゃないわよ。探偵さんに頼むつもり……なんだけどね」

「……怖いんですね」

「お見通しね……ね、背中に一発ドンとかましてくれない。栞ちゃんから勢いもらったら前に進めるかもしれない」

 栞は、後ろ向きになったセラさんの背中を両の掌でドンとした。

 学校は、結局昼から行った。というか、気づいたら学校に居た。

 セラさんのことを考え、自分の至らなさを実感した。セラさんの苦悩どころか、セラさんがニューハーフであることも気づかなかった。

 栞は人の心が読めると思っていたが、本人が心の奥にしまい込んでいることは分からないことを実感した。

「え、どういうことよ!」

 六時間目のホームルームで、思わず叫んでしまった。

 ミッチャン(担任)が、とんでもないことを言ったからだ。

「明日から、二年生は一クラス増えます。そのために二年生はクラス編成をやり直します。明日下足室に新しい学級編成表貼っておくから、新しい教室にいくこと」

「え、なんで!?」

「みんなのためです。学校の教員配当が一人増えたんで、より少ない人数でクラスができるようになりました。机の中のものは出しておくようにね!」

 ミッチャンは分かりやすい人だ。

 四月の下旬にクラス替えをやるなんて、なんのプラスにならないことを分かっていた。

 分かって、それでも言っている……。

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鳴かぬなら 信長転生記 11『スコーンとジャム』

2021-06-27 13:02:07 | ノベル2

ら 信長転生記

11『スコーンとジャム』   

 

 

「利休、そのボブヘアーの下はつるっぱげか?」

「あら、どうして?」

「利休と言えば坊主頭」

「ホホ、坊主は信玄君もそうじゃない」

「信玄は、毎朝、小姓に剃らせていた」

「知っていたのか、信長?」

「ああ、情報網は張っていたからな」

「さすがは信長だな」

「フフ、川中島で一騎打ちの時は、小姓たちも出払って、禿げ頭がカビが生えたようになっていたわね」

「一騎打ちの時は兜を被っていたぞ」

「直前まで、兜を脱いで汗を拭いていたじゃない(^_^;)」

「謙信、なんで、それを!?」

「歴史に残る一騎打ちよ。信玄が準備できるまで待っていてあげたのよ」

「そ、そうなのか!?」

「信玄の頭が生禿で、産毛がそよいでいたなんて、歴史の本に書かれたくないでしょ」

 アハハハ ワハハハ ホホホ

 茶会の席は、暖かい笑いに満ちた。

 

「利休のように転生しても同じ道を進む者はいるのか?」

 俺は、二つある疑問の一つを投げかけた。

 

「さあ、どうでしょう? 転生した人を全部知ってるわけじゃないし、わたしのお茶も変化しつつあるし」

「そうだな、天下の利休が紅茶を淹れてるんじゃからな」

「信玄がクリスチャンになるようなものね」

「儂も、クリスマスとかバレンタインは好きだぞ」

「紅茶だけじゃないわ、今度は、ジョギングの後にお茶会をやってみようと思うの」

「それは面白いかもしれないわね」

「儂はビールがいいなあ」

「信玄君は、お酒控えた方がいいわよ」

「つれないことを言うな、利休」

「自分が女子高生だってこと忘れてるでしょ」

「膝が開いてるわよ、信玄」

「ワハハ、まだスカートには慣れないんでな」

 美少女の親父言葉はそぐわないのだが、この信玄坊主は、そこがえも言えぬ味になっている。

 転生というもの、取りあえずは面白い。

 

「茶うけのスコーンが焼けました」

 

 お!?

 

 不覚にも驚いてしまった。

 古田(こだ)とスコーンの出現が唐突だったからだ。

 スコーンは、焼き立ての香ばしい匂いがしている。近くで焼いていたのなら匂いがしてくるはず。

「ホホ、オーブンを風下に置いていたのよ。いい匂いだけれど、早くから匂いが立ち込めたら気を取られてしまうでしょ」

「おお、さすがは利休の弟子だ!」

「話の邪魔にならないように、気配も消したのね」

「そうか、頭の汗を拭く間、待ってくれていた謙信と同じだな」

「いい弟子を持ったな、利休」

「褒められちゃったわよ、古田(こだ)さん」

「恐れ入ります。スコーンは、こちらのジャムを……」

「塗るんだな(⌒∇⌒)」

「信玄、まだ説明の途中よ」

「よいではないか、一つくらい……うん、そのまま食べても美味しいぞ。ビールのあてにいいかもしれん!」

「ジャムは塗るのではなく、載せるようにしていただき、紅茶を含んでいただければ、美味しさが引き立ちます」

「そうか、では、さっそく」

 ジャムは、一人ずつ意匠の違う器に入れてあり、飾り気のない銀のスプーンが付いている。

 俺のは、ガマガエルがユーモラスに口を開けている意匠の焼き物だ。

「ホホ、信長君のがいちばん沢山入っているようね」

「そうなのか?」

「いえ、たまたまです、たまたま……」

「なかなかゆかしい。古田(こだ)さん、あなた、なかなかの粋人ね」

「恐れ入ります」

「この、ジャムとスコーンの塩梅は絶妙だな!」

「信長、儂のジャムも食っていいぞ」

「い、いいのか( ゚Д゚)、信玄!?」

「ああ、一番おいしいと思う者が一番多く食べればいい」

「ホホ、そんなの譲っても、アルコールは出しませんからね」

 

 菓子と甘いものに目が無い俺は、もう一つ、肝心の事を聞き忘れた。

 まあ、今が美味しければ、いいか。

 

☆ 主な登場人物

  •  織田 信長       本能寺の変で打ち取られて転生してきた
  •  熱田敦子(熱田大神)  信長担当の尾張の神さま
  •  織田 市        信長の妹(兄を嫌っているので従姉妹の設定になる)
  •  平手 美姫       信長のクラス担任
  •  武田 信玄       同級生
  •  上杉 謙信       同級生

 

 

 

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せやさかい・214『キングダム』

2021-06-27 09:00:24 | ノベル

・214

『キングダム』頼子      

 

 

 あ、ニキビ!

 

 歯を磨きだして発見した。

 まあ、高校二年なんだからニキビぐらいはできる。

 でもね、わたしの美意識に反するので気を付けている。

 

 一昨日の晩から『キングダム』いハマってしまったせいだ。

 

 わたしは、実質的にヤマセンブルグ公国の王位継承者。

 学校では夕陽丘頼子だけれど、もう一つヨリコ・スミス・メアリー・ヤマセンという名前を持っている。

 ニ十二歳までに国籍を選ばなくてはならない。

 お祖母ちゃん(女王)の陰謀で、ほとんど――わたしは王女――という自覚を持っているんだけど、一年前までは、それほど思い詰めることも無かった。

 コロナ(お祖母ちゃんは中〇ウィルスとはっきり言う)のお蔭で、一年前から領事館住まい。

 ここにいると、完全に王女様。

 廊下や階段を歩いていても、わたしが通ると道が開けられる。語尾には「ユア ハイネス」なんて付いたりする。返って来るお返事には「イエス、マム」がぶら下がっている。

 まあ、いいか……という気にはなってきているんだけどね。

 それが!

 わたしは王女にならなければならないぞ!!

 握った拳を天に向かって突き上げた(ウルトラマンの変身ポーズに似てる)!

 

 事情は、こうなのよ。

 

 さくらが、昔のオリンピック(最初のロサンゼルスオリンピック)の水泳平泳ぎで銀メダルを取った前畑選手に凝った。

 唐突なんだけど、さくらは、いつも唐突なんで気にしてはいられない。

 それで、YouTubeで検索して感動したついでに、プライムビデオでアニメを観ていたらハマってしまったんだって。

『キングダム』

 キングダムっていうのは、春秋戦国時代、信という奴隷の少年が秦王朝の王様を助けながら大将軍になって行くって壮大なドラマ。

 王様って、若いころの秦の始皇帝。

 それまで、七つの国に分かれていた中国を、初めて統一したって人。

 統一したから、敬称は『王』ではなくて『皇帝』なんだよ。

 皇帝というのはエンペラーで王様や女王よりも偉い。

 今の世の中で、自他ともにエンペラーを名乗れるのは、日本の天皇陛下だけ。

 天皇陛下は、一昨年、お祖母ちゃんといっしょに宮中に呼ばれた時に、遠目にだけどお目にかかった。

 正直、緊張したよ(;^_^A

 エリザベス女王だって、一歩引きさがって敬意を表される存在!

 信が奮い立って、一生と命をかけてお仕えしたのが、始皇帝なわけ!

 

 で、そのアニメを金・土の二晩かけて観てしまった。

 

 若き秦国王政(せい)は、秦以外の中国の王国の合従軍に包囲され、王国は函谷関を守り切らなければ国を失うところまで、追い詰められている。

 やっと、千人の部隊長になった信は、重傷を負いながらも八面六臂の大活躍!

 さくらは、信の大ファンなんだけど。

 わたしは、若き国王の政にシンパシー。

 

 国の重さを感じてしまった。

 

 国を失うと、人々はバラバラになって、バラバラになった人々の多くは命を落とし、生き残った僅かな人たちも世界中に散ってしまって辛酸を味わうことになる。

 夕べね、うっかりお祖母ちゃんとスカイプで話してしまった。

 こんな、おもしろいアニメがある!

 って、お祖母ちゃんに自慢したのよ。

「観てるわよ」

 こともなげに言って、お祖母ちゃんは鼻を膨らませた!

 でもって、部屋の本棚にカメラを向けると、本棚にはコミックの『キングダム』がずらりと並んでいるのよ!

 く、くそばばあ(-_-;)!

 あ、思っただけで口にはしてないから。

 

 今日は日曜日でもあるし、朝のアレコレが済んだら、ニキビ退治のためにも、ちょっと横になろうと思う。

 でも、目をつぶるとスマホの着信音。

 さくらのやつだ。

「……もしもし」

『頼子さん! 木村重成のお墓見に行こう!』

 ……予定が狂ってしまった。

 

 

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ライトノベルベスト『61式・5』

2021-06-27 06:16:53 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『61式・5』   

 




「どうだ、これで文句はなかろう!」

 お祖父ちゃんは、バシンと婚姻届をテーブルに叩きつけた。

 喫茶ヒトマルは日曜が閉店日だったので、自衛隊退役准尉の祖父ちゃんのバシンは、平手でホッペを張り倒したように店内に響いた。

 空にはのんびりと遠くにヘリコプターの爆音だけがして、いっそう日曜の静寂を醸し出す。

 婚姻届とは、61式のお父さんを説得するためにお祖父ちゃんが、啓子伯母ちゃんといっしょになって作ったハッタリ……であることは言うまでもない。

「こんなものは、自分は知りませんし、認めもしません!」

 お父さんもハッキリ言う。

「平和(ひらかず)君。君が認めんでも、この婚姻届は法的に有効じゃ。あとは立会人二人の署名があれば5分で市役所に持っていける。幸い隣は警察署。立会人には不足は無い」

「今日は日曜です」

「ワハハ 婚姻届、死亡届、出生届は日曜でも受け付けて居るわ。ロートル准尉とバカにするなよ。それぐらいは世間の常識じゃ!」

「し、しかし、高校生で結婚だなんて……だいいち栞はともかく、武藤君は法定年齢に達していないでしょ」

「よく見たまえ。武藤君は4月2日生まれ、堂々たる18歳。要件は満たしておる」

「まあ、学校があるから、とりあえず入籍だけして、あとはなるようになるでしょ。あたしが責任持つわ」

「ざ、在学中に同棲だなんて、お父さんは認めんからな!」

「同棲なんかじゃないわよ。ちゃんとした結婚生活よ」

 あたしも調子に乗ってきた。

「で、ものは相談じゃ。わしは長幼の序というものを大事にする。父親である平和君が独身であるのに、娘の栞が嫁に行くのは順序が逆じゃ。そこで、まず平和君が片づかなきゃな」

「じ、自分は……!」

「照れくさいのは分かる。しかし、このままでは君は実戦経験がないまま、男としても退役せにゃならん。これも栞の母親で、わしの娘である一美が早く逝ってしまったせい……父親としても責任を感じておる」

「一美への義理立てなら、もう十分よ。栞をここまで育ててくれて、その栞ちゃんも進一君と結婚。まさに後顧の憂いなしでしょ」

 結婚とか、婚姻とか言われるたびに、胸がドッキンする。武藤先輩も頬っぺたを真っ赤にしている。

「ま、取りあえず会うだけ会ってみてくれ。年寄りの顔をたてると思って」

「しかし、いまお返事しても、相手の方のご都合も……」

「それはついておる……」

 お祖父ちゃんは、やおらスマホを取りだした。

「こちらブラボーワン、橋頭堡を確保。作戦実施、オクレ!」

 お祖父ちゃんの一言で、のどかなヘリコプターの爆音が近くなった。

「みなさん、お見合い相手がやってこられます!」

 庭で待機していたチイちゃんが叫んだ。みんなで庭に出てみた。

 ヘリから出てきたピンク色のパラシュートみたいなのが花のように開いたかと思うと、おとぎ話のように揺らめきながら降りてきた……。

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コッペリア・36『ケセラセラ・1』

2021-06-27 06:01:37 | 小説6

・36

『ケセラセラ・1』  



 

「瀬楽、面会人だぞ」 

 先輩のバーテンダーに言われて、瀬楽はグラスを拭く手をタオルで拭い、厨房を出ようとした。

「ああ、裏の通用口。開店すぐだから手短にな」

「どうも、すみません」

 男としては華奢な瀬楽だったので、ビールケースや什器が散在する狭い廊下を器用にすり抜けて通用口に向かった。

「……なんだ、真央じゃないか」

「ちょっと、話しいいかな?」

「開店前だ、手短にな」

 真央が、ちょっとたじろいだような顔をした。瀬楽は優しく言いなおした。

「アパートの権敷やら、最低の家財は買わなきゃな。真央とオレのためなんだ。だから手短に」

「あ……実は、その話なんだけど」

 瀬楽は嫌な予感がした。

 元々勘と言うか気配りの利くたちで、最初の一言を聞いただけで、たいてい人の本音はわかってしまう。

 しかし、次の展開は瀬楽の予想を超えていた。

 路地の向こうから、瀬楽とはまったく正反対の体育会系の男がやってきた。

「俊一、あなたはあとで……」

「いや、やっぱ、これは、オレから話しておくのが筋だ」

 この二言で、瀬楽は真央の心が離れ、雄太という体育会系に移ったことを理解した。

「真央を自分に譲ってほしい」

 俊一という男は、話しの核心だけを言って、あとは、ただ頭を下げた。真央は、いつに変わらぬお喋りで、する必要もない俊一の話を補足した。

「幸せに……」

 主語も目的語もない一言を言うのが精一杯だった。半年かけて作った生き甲斐と人生の目標は一分足らずで崩れてしまった。

 いつものように、バイトの仕事はこなした。だれも瀬楽に起こった人生の大問題に気づく者はいなかった。

 ただ、看板近くにやってきたローゼンのママだけは気づいた。

「瀬楽ちゃん、看板になったら、うちのお店においでよ。このままだと、あんたダメになっちゃうよ」

 具体性はないがママの言葉は核心をついていた。瀬楽は真央との生活のためだけに大学も辞め、バイト一筋にやってきたのだ。

 ママの言う通り、このままではワンルームのアパートまでも帰れないかもしれない。

「これが……ボク?」

 ローゼンのママは、店のメイクルームで、瀬楽を着替えさせメイクをしてくれた。

 鏡の中には、清楚なボブの女の子がいた。

「よし、思ったより上出来。あたしに付いてきて」

 ママは、まだ開いているメイデンに連れていった。

 メイデンはママが、その道の極みを作るために半ば趣味でやっているニューハーフの店である。顧客は会員制で少ないが、真っ当で目の肥えた客とスタッフが揃っている。

 ママは、臆面も無く「あたしの娘。やだ、余計なことは聞かないでね」と、店の一角に座らせておいた。娘であることは誰も信じなかったが、素人の本物の女の子であると思われた。

「どう、しばらく別の人間になって、クールダウンしてみない」

 瀬楽がセラになった瞬間であった。

 

 

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かの世界この世界:193『舟をこぐ』

2021-06-26 09:14:59 | 小説5

かの世界この世界:193

『舟をこぐ』語り手:テル   

 

 

 

 平家が乗り捨てた舟がありますよ。

 

 岡山に渡る舟に困っていると言うと、与一は海辺まで案内してくれる。

「与一ですから、余りものを見つけるのはうまいんです(^_^;)」

 自虐的なんだけど、与一が言うと、なんだか和む。

「平家の大半は舟で逃げてしまいましたが、討ち死にした者や四国の内陸に逃げた者もいますからね、舟は余っています」

 大型の船は源氏が輸送用に接収しているが、十人程度が乗る舟は結構残っている。

「では、お気をつけて」

 自分の事は聞かれるままに話してくれた与一は、こちらの事情は、ほとんど聞くこともなく、穏やかに送り出してくれた。

 

「わたしが漕ぎます」

 

 命ぜられたわけでもないのに、タングニョーストは舟の後ろに回って漕ぎ始める。

「背嚢持ちましょうか?」

 ケイトが申し出るが、ゆるく首を振って、こう言う。

「いいや、こうやって担いでいると、タングリスと話しているような気になれるから」

 グイっと艪を握る手に力が入る。背嚢の中の骨もカサリと音を立てて、超重戦車ラーテを二人で操縦していた時のような感じになる。

 ムヘンの流刑地で出会ったのが、ずいぶん昔の事のように思われる。

 その、ずいぶん昔から、タングリスとタングニョーストは、永遠のバディーなんだろう。

 

 瀬戸の海は夕凪、小さな舟だけど、ほとんど揺れることもなく進んで行く。

 あまりの穏やかさに、みんな寡黙だ。

「ふふ、ケイトが舟をこいでいるよ」

「え?」

 イザナギさんの言葉にヒルデの頭に『?』が立つ。

「コックリコックリ居ねむるのを『舟をこぐ』って言うんだよ」

 説明してやると、タングリスと見比べて納得するヒルデ。

「なるほど、艪を漕ぐのに似ているな」

「はは、うまいこと言いますね」

 また、カサリと音がして、タングリスも笑ったようだ。

「北欧の海とは、まるで別物だな」

「これでは、エーギルもポセイドンも棲みようがないでしょう」

「そうだな、あいつらは、荒海でなければ窒息してしまうだろう。もし、やつらを連れてくるとしたら、武器は取り上げなければならないな」

「そうですね、あんなフォークの親玉みたいなの持って泳ぎ回られたら、この穏やかさは台無しです」

「海は海神(わだつみ)という子に任せているのですが、恥ずかしがり屋で、まだ姿を見せません」

 恥ずかしがりの神さまで間に合う海はありがたいなあ……と思っているうちに、舟は岡山の宇野に着いた。

 

 児島湖を右に見て少し行けば岡山は目と鼻の先だ。

 

 峠を越えると、なんだかヤケクソで呼ばわっている子どもの声が聞こえてくる

「なんだ、あいつは?」

 ヒルデが眉を寄せる。

 ヒルデは、ヤケクソとかミットモナイが頭に付く奴は嫌いなのだ。

 

「お供になるやつ、絶賛大募集! 三食昼寝付き! 経験者優遇! だけど、未経験者でも優遇すんぞ! 給料は岡山名物のキビ団子! 定員に達し次第締め切りだぞ! 早いもん勝ち! もう! だれかいねえかああああああああ!!」

 それは、ヤケクソでお供を求めている桃太郎だった……。 

 

☆ 主な登場人物

―― この世界 ――

  •  寺井光子  二年生   この長い物語の主人公
  •  二宮冴子  二年生   不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば逆に光子の命が無い
  •   中臣美空  三年生   セミロングで『かの世部』部長
  •   志村時美  三年生   ポニテの『かの世部』副部長 

―― かの世界 ――

  •   テル(寺井光子)    二年生 今度の世界では小早川照姫
  •  ケイト(小山内健人)  今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる
  •  ブリュンヒルデ     無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士
  •  タングリス       トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係
  •  タングニョースト    トール元帥の副官 タングリスと共にラーテの搭乗員 ノルデン鉄橋で辺境警備隊に転属 
  •  ロキ          ヴァイゼンハオスの孤児
  •  ポチ          ロキたちが飼っていたシリンダーの幼体 82回目に1/6サイズの人形に擬態
  •  ペギー         荒れ地の万屋
  •  イザナギ        始まりの男神
  •  イザナミ        始まりの女神 
コメント
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