大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

魔法少女なんかじゃないぞ これでも悪魔だ こ 小悪魔だけどな(≧ヘ≦)!7『ダークサイドストーリー・3』

2024-02-13 16:40:16 | 不思議の国のアリス
魔法少女なんかじゃないぞ これでも悪魔だ こ 悪魔だけどな(≧ヘ≦)!

7『ダークサイドストーリー・3』 
 
 本作は旧作『小悪魔マユ』を改作したものです




 サタン爺ちゃんとミカエルの戦いをべつにして、有史以来初めての「時間よ止まれ、ダブルブッキング事件」から一ヶ月。

 知井子の身長が一センチ伸びた。

 本人はビックリしていたけど一センチなんで、誰にも言わないし誰も気づかなかった。
 落第小天使利恵は、自分の白魔法のなせる技だと思っていけど、ただの自然な成長だった。利恵の思いこみのいきさつについては『3 知井子の悩み』を見てくれよ。

 本題は知井子のことじゃねえ。

 ルリ子たちワルのアミダラ女王パンツに、ことの発端がある。

 マユのイタズラで、ルリ子の仲間の一人のスカートがめくれ上がり、アミダラ女王のパンツが丸見えになったのは言ったろ。

 心を閉ざし、無気力な授業をやっていた片岡先生の心は読めなかったけど、その瞬間、密かに片岡先生がドキリとしたのは分かったぜ。

 しかし、並の男が、こういう状況で感じるドキリとは違ったんだ。

 アミダラ女王に似たブルネット女の顔が一瞬浮かんだんだ。

 ドキッとしたのは、JKのオケツじゃなくて、そのアミダラ女王似の女に対してだったんだぜ!

 そのことが気になって、マユは、階段の踊り場で片岡先生が手にしていた商売道具を滑らせた。さすがに片岡先生も「あ!」と声を上げて、閉ざされた心が、わずかに開いた。

 そこで時間を止めて、先生の心の闇を覗いてみようとしたんだけどよぉ、落第天使の利恵も同時に時間を止めちまいやがった。その差0.01秒。世界はダブって止まってしまった。これがよ、後に天界でも魔界でも「時間よ止まれ、ダブルブッキング」て呼ばれる事件なわけよ。

『またお前らか!?』『やってられんなあ!』

 また担当の悪魔と天使が下りてきて、呆れかえって文句を言いやがる。

「さーせんさーせん」「めんごめんご」

 謝り方が悪かったのかもしれねえ。

『『二人で手を繋いで修復しろ!』』

 担当二人の声も揃った。

「「ええ! こんなやつとぉ!?」」

『そうだ!』

『そして、同時に再起動を!』

『『念じなさい!』』

「「ウゥゥ(-_-;)」」

『『早く!』』

 仕方なく、落第ということで共通している小悪魔と小天使は手を繋いだ。

「「再起動!!」」

 ピッシャァァァァン!!

 ほとんどヤケでやったせいか、すっげー音と光がして無事に世界は


 時間を同時に再起動した。


 それから、一ヶ月。また知井子の身長が一センチ伸びた……だけではなかったぜ。


「今日から、スミス先生の代わりとして赴任された、メリッサ・フランクリン先生です」

 英語科主任の山田先生が紹介した。片岡先生は、月に一度の通院で休んでいる。

「こんにちは。キョウから、みなさんの英会話のベンキョウのオテツダイをするメリッサです。どうぞよろしく」

 前任のスミス先生は、本国の友だちに頼んで買ってもらった宝くじが大当たって。日本円で五億円手に入れていた。

 なんでも、宝くじを買うのに並んでいたら、自分の前に宝くじマニアで何度も賞金を獲得しているキンバリーというオッサンがいることに気づいたのだそうだ。

 キンバリーというオッサンは、宝くじマニアの中ではカリスマと言われている人物。面が割れないように帽子を深々と被って、付けひげを付け、口には含み綿を入れ顔を変えていたので誰にも分からなかった。

 気づくのには理由があった。

 宝くじの行列の脇を、プラダを着込み、濃いめのグラサンをした女性が身を隠すように歩いていた。そして、ヒールを歩道のブロックに引っかけて倒れ込んじまった。

 で、倒れ込んだ先にキンバリーのオッサンがいて、彼女を抱き留めた。

 女性のグラサンが外れて、その顔を見て、オッサンは驚いた。

 女性はオッサンが若い頃からファンであった、名女優のオリビア・ヤッセーだった。

「あ、あなたは!?」

 びっくりした、キンバリーのオッサンの帽子も付けひげも外れて、含み綿も吹き飛んだ。そして、勢いで、二人揃って列から外れて、はみ出してしまった。
 オリビアは、つい二ヶ月前に三番目の夫と別れたばかりでよ。当然パパラッチたちに付け狙われて、このときも三人のパパラッチがカメラを構えた。そして気づいた。

「あ、宝くじのカリスマのキンバリーだ!」

「わたしの車に!」

 キンバリーのオッサンは騎士道精神を発揮して、路肩のパーキングに停めていたTOYOTAにオリビアを乗せて、幹線から外れた裏通りを通り、名女優を逃がしてやった。

 なんで、辣腕のパパラッチをかわせたかというと、キンバリーは、若い頃、映画のカースタントのドライバーをやっていた。一度、オリビアを乗せた車でスタントをやったことがあって、その時から、ほのかな恋心をオリビアに持っていやがった。むろんパパラッチのバイクを撒くなんて屁でもねえ。そんて、TOYOTAが小型で、性能が良かったことも幸いした。やはり、イザというときは日本製!

 ここまでハデにやれば、スミス先生の友だちも気づくわけである。

 で、スミス先生の友だちはキンバリーが外れた順番に立つことになって、本来なら、キンバリーが手に入れるはずであった宝くじを手に入れ、一等の五億円をゲットしやがった。
 それで、スミス先生は、安月給な日本の英語の講師をアッサリと辞め、本国に帰ってしまったというわけさ。

 キンバリーのオッサンは、これが縁で、めでたくオリビアの四番目の夫になった。

 しかし、パパラッチの一人は、キンバリーがスピンをかけて方向転換をしたときに、ハンドル操作を誤り、車線を外れ、対向車線のヒュンダイに激突した。パパラッチは、命は取り留めたものの、腕や脚を骨折。仕事ができなくなり、半年前に買った家のロ-ンが払えなくなり、身重の妻といっしょに夜逃げをするハメになった。

 天使の幸せづくりというのは、どこかにしわ寄せがくるものなんだ、利恵は、そこまでは知らないし責任を持つつもりもねえ。

「似てるわね……」

 メリッサ先生が、やる気になって、髪をまとめてオダンゴにしたとき、ルリ子が呟いた。

 メリッサ先生は、アミダラ女王に似ていた……。



☆彡 主な登場人物
  • マユ       人間界で補習中の小悪魔 聖城学院
  • 里依紗      マユの同級生
  • 沙耶       マユの同級生
  • 知井子      マユの同級生
  • 指原 るり子   マユの同級生 意地悪なタカビー
  • 雅部 利恵    落ちこぼれ天使 
  • 片岡先生     マユたちの英語の先生  

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魔法少女なんかじゃないぞ これでも悪魔だ こ 小悪魔だけどな(≧ヘ≦)!6『ダークサイドストーリー・2』

2024-01-26 14:06:19 | 不思議の国のアリス
魔法少女なんかじゃないぞ これでも悪魔だ こ 悪魔だけどな(≧ヘ≦)!

6『ダークサイドストーリー・2』 
 
 本作は旧作『小悪魔マユ』を改作したものです





 突然時間が止まった( ゚Д゚)。


 チョークを拾い集めている片岡先生も、それを手伝っていた生徒のやつらも、中腰や屈み込んだ姿勢のまま停まってしまった。窓から見える飛行機も空中で止まってやがるし。

「これ、あんたが……?」

「おめえじゃねえのか……?」

「あんたのほうが、一瞬早かったようだけど」

「……良く見ろ、あの飛行機!」

 マユは、窓から見える飛行機を指差したぞ。

「え……ああ」

 利恵も分かったようだ。飛行機は少しブレた写真みたく、かすかに二重になってやがる。

「どうやら、同時に時間を止めてしまったみてえだ。0.01秒マユの方が早かったみたいだけどな」

「みたいね、飛行機のブレてる頭は、ダークサイド色してるもの」

「戻すの大変だなぁ……タイミング合わせねぇと、ブレたままの飛行機がブレたままの飛行場に着陸することになんぞ」

「それって、きっと大事故になる(;'∀')」

「海の向こうじゃ、自由の女神とかが双子になってるかも(;'△')」

「やばいよ……」

「やばいぜ……」
 
 ちょっと説明がいる。

 時間を止める力は天使にも悪魔にもある。複数の天使や悪魔が時間を止めた場合、力の強い方の効果が出るんで、普通はブレるようなことはねえ。

 だけどな、ごくごく、ご~~っく希に、力が同等であった場合、そして時間を止めたタイミングが0.01秒以下であった場合、時間がダブって止まってしまう。それは距離に比例して地球の裏側では、200メートルぐらいのブレになっちまう。
 大昔、若かったころのサタン爺ちゃんとミカエルが戦ったとき、これをやらかしやがった。その時は太陽がダブってしまったらしい。世界各地の神話や言い伝えに「太陽が二つになった」というのがあるのがそれだってよ。

 つまり、落第悪魔のマユと、落第天使の利恵は天地創造以来初の事故をやらかしてしまったみてえだぜ。

「早く修正しないと、またエライサンに大目玉だわよ……」

「ウ……こないだ、校長先生の髪の毛事件やらかしたとこだもんな……」


 二人は、イヤイヤながら手を繋いだぞ。そうしなければ、同時に時間を再起動できねえからだ。


「好きで、手を繋ぐわけじゃないんだからね……」

「あったりまえじゃん!」

「じゃ、いくよ……」

「おお……」

「「3、2、1……GO!!!!」」

 二人の落第生は、目をつぶって互いの神経をシンクロさせて気合いをかけたぜ。


「あんたたちぃ……なにしてんの?」


 階段を降りてきた知井子が不思議そうに聞いた。

 気がつくと、片岡先生も、チョークを拾い集めていた生徒達も、とっくにいなくなっていたぜ。

「な、なんでもないわよ!」

「そ、そう、なんでもねえから!」

 二人は、慌てて手を放したぜ。

 次の便だろうか、空を行く飛行機は無事にダブってはいなかったぜ。


 水道で手を洗いながら、マユは思った。


――あいつの心、意外なほどあたしに似てたかもな――


 手洗いの鏡に写る自分の顔が、落第天使のそれとダブって見えた。

「……あ、あり得ねえ!」

 ピシャリ!!

 自分の頬を叩いて、マユは手洗いをすませたぞ。

 同じ頃、もう一階上の手洗いで、雅部利恵もゴシゴシ手を洗ってやがった……。



☆彡 主な登場人物
  • マユ       人間界で補習中の小悪魔 聖城学院
  • 里依紗      マユの同級生
  • 沙耶       マユの同級生
  • 知井子      マユの同級生
  • 指原 るり子   マユの同級生 意地悪なタカビー
  • 雅部 利恵    落ちこぼれ天使 
  • 片岡先生     マユたちの英語の先生 





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魔法少女なんかじゃないぞ これでも悪魔だ こ 小悪魔だけどな(≧ヘ≦)!5『ダークサイドストーリー・1』

2024-01-19 15:12:58 | 不思議の国のアリス
魔法少女なんかじゃないぞ これでも悪魔だ こ 悪魔だけどな(≧ヘ≦)!

5『ダークサイドストーリー・1』 
 
 本作は旧作『小悪魔マユ』を改作したものです




 この時間は、いつもこうだ。


 誰も授業を聞いてねえ。


 英語の片岡先生の授業だ。


「……というわけで、接続詞の用法はわかったかなぁ」


 ほんの一瞬、みんなは先生の方を向くが、すぐにそれぞれ勝手な事を始める。

 マンガやラノベを読む奴。ヒソヒソ声で話す奴。スマホを教科書で隠してメ-ルを打っている奴。むろん率先してやっているのはルリ子たちだけどな、マユの友だち、沙耶、里依紗、知井子さえも、この授業の間は内職をやってやがる。
 
 聖城学院は、そこそこの私学で校則も厳しくて授業もちゃんとしている……数人の先生の授業以外はな……その数人の先生の中でも、片岡先生は無視を超えて蔑ろにされて、ワルプルギスの夜のように無秩序だ。

 無秩序というのは小悪魔にとっては望ましい状況なんで、マユは好きだ。

 マユも、この時間は、魔法とも言えないイタズラをして楽しんでるぞ。

 ラノベに熱中すると膝が開いてくるルリ子の取り巻きの一人に、ちょいと指を動かす。足許から風が巻き上がり、スカートがひるがえる。アミダラ女王のパンツが丸見えになる。 

 ルリ子の仲間は、みんなアミダラ女王のパンツらしい。『スターウォーズ』の3Dを見てファンになり、わざわざ輸入雑貨専門のネットショッピングでアメリカから取り寄せたそうだ。その子のアミダラ女王と目が合って、片岡先生は一瞬ドキリとしたが、並の男が感じるドキリとは違った。

 え?

 マユは、少し意外だったぞ。

 メールをやりとりしていた美紀とルリ子のスマホの画面にはいきなりダースベーダーのドアップを3Dで出してやった。

『おまえは、すでに暗黒面に取り込まれた!』

 ダースベーダーが一喝。

「キャーー!」「キャハハ、うっけるぅ!」

 美紀は悲鳴をあげた。が、ルリ子は喜んで嬌声をあげた。

 スカートめくりよりも教室は賑やかになったけど、片岡先生は我関せずと、気のない授業を続ける。

 片岡先生のあまりな無気力さが面白くて、マユは先生の心を覗いてみたぞ。
 
――え……読めねえ――

 マユに見えた先生の心は具体性のない闇だ。闇と言ってもダースベーダーのような力はねえ。

 普通の人間の心を覗くと、散文的な不満や、不安や、欲望が見えてくる。それが、先生の心からは見えてはこねえ。

 ちょうど四時間目の授業だったんで、授業が終わったあと、マユは先生の後をつけていった。

「マユ、食堂……フグッ(;'×')」

 呼びかける知井子の口にチャックをした。知井子は友だちとして親切で言ってくれてるんだけどな、お楽しみの邪魔になったら容赦はねえ。

 廊下を歩く片岡先生の心は空虚だ……闇じゃねえけど、濃い雨雲の中みてえに気持ちの悪い空虚さ。

 階段の踊り場で、ちょっと魔法をかけたぞ。

 ガチャガチャガチャ……

 片岡先生の手からチョーク箱やえんま帳やらが滑り落ちて、階段を下の階まで落ちていった。

「あ、ああ……」

 さすがに、片岡先生は声をあげ、オデコに手をやってため息ついて階段を下り、ノロノロと商売道具を拾い集めようとした。階段の下にいた生徒たちがそれを手伝いやがった。

 一瞬、片岡先生の心にイメージが浮かんだ。

 それは、一人のブルネットの若い女性……スッピンのアミダラ女王に似てる。

「はい、先生」

 最後のチョークを拾い上げたのは、落第天使の雅部利恵だったぞ……。



☆彡 主な登場人物
  • マユ       人間界で補習中の小悪魔 聖城学院
  • 里依紗      マユの同級生
  • 沙耶       マユの同級生
  • 知井子      マユの同級生
  • 指原 るり子   マユの同級生 意地悪なタカビー
  • 雅部 利恵    落ちこぼれ天使 
  • 片岡先生     マユたちの英語の先生 

 


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魔法少女なんかじゃないぞ これでも悪魔だ こ 小悪魔だけどな(≧ヘ≦)!4『ライバル登場』

2024-01-03 07:01:28 | 不思議の国のアリス
魔法少女なんかじゃないぞ これでも悪魔だ こ 悪魔だけどな(≧ヘ≦)!

4『ライバル登場』 
 
 本作は旧作『小悪魔マユ』を改作したものです




「あ~あ、こんなになちまった……」

 里依沙がぼやいた。

「どうして、こうなるのかしらぁ……」

 沙耶もぼやいた。



 ただ、二人のボヤキは原因が正反対。



 横で知井子が笑っている。無邪気に笑うと知井子は意外と可愛い。だけど両手で顔の下半分を隠して笑うので、この可愛さは本人も含め知っているものは、あんまりいない。

 その知井子が、顔の下半分隠さずに笑ったのだから、里依沙と沙耶のコントラストのおかしさは、かなりのもんだぜ。


 いやなぁ、昼休み四人で校舎裏の学年菜園を見にきたんだ。


 以前は学級菜園だった。でもよ、ちゃんと管理できる、つまり根気よく面倒が見られる生徒が減ってきちまったもんで、里依沙たちが入学した年から学年菜園になってよ、希望したら誰でも自由に栽培していいことになった。


 で、里依沙と沙耶の二人は、去年の秋に栽培を始めた。知井子は、土や虫が嫌いなんで、参加しなかった。

 沙耶は手堅く、ソラマメとエンドウ。里依沙は無謀にもイチゴにチャレンジした。

 里依沙の方が、ちょっち面倒見はよかったんだけどよ。この差は、その「ちょっち面倒見がよかった」をかなり超えてるわけよ。

 里依沙のイチゴはたわわに実っているのに、沙耶のソラマメとエンドウはさっぱりの草ぼうぼう。

 マユも、こういうことには疎い。悪魔は栽培なんてめんどくせえことはしねえ。
 それに学期途中(みんなは知らねえけど)から、この聖城女学院に来たんで、それまでのいきさつも分からねえから「こんなもんかいな」と思った。


「ほんとうは朝早く摘まなきゃなんないんだよね」

 知井子が知ったかぶりを言う。

「朝早くなんて来れないじゃん。それに、ほっとくと虫がすぐに付いちゃうからな」

「げ、虫( ゚Д゚)!?」

「今は、奇跡的に付いてないから。今のうちにやるぞ!」

 里依沙の鼻息で方針は決定した。 四人で、イチゴを収穫して家庭科の冷蔵庫で保管してもらうことになった。

 収穫し終えて、校舎裏を回って正門近くのアプローチまで来ると、マユはオーラを感じたぜ。門衛の田中さんだけど、なんだかいつもと違う。

「先行ってて」

 マユは、そう言うと小さい交番みてえな門衛詰所に向かったぜ。

 田中さんは、パソコンのモニターを見ながら考え込んでいた。

「どうかしたぁ、田中さん?」

 マユが尋ねると、田中さんはすぐにエスケープキーを押し、門衛のモードに戻って、笑顔を向けてきた。

「いやぁ、まずいところを見られてしまったね。気候のせいだろうか、少しボンヤリしてしまった」

 田中さんは頭を掻いたけど、その残留思念が今まで点いていたパソコンの画面の残像といっしょにマユの頭に焼き付いたぞ。


 マユは並のJKじゃねえ、「小」は付いても悪魔だからなぁ。


「うん。なんだか心配ごとがあるように見えた」

「ハハ、自衛隊じゃボンヤリするときはムツカシイ顔をする。こんなふうにね……」

 田中さんは実演して見せた。マユは女子高生らしく笑っておいた。

「いかん、いかん防衛機密だからね、今のは」

「ハ、田中陸曹長どの!」

 マユは、おどけて敬礼した。

 田中さんは、生徒の一覧表を見ていた。雅部利恵(みやべりえ)という生徒の……で、違和感を感じていたんだ。


 田中さんは職務熱心で、全職員と全生徒の名前と顔を覚えている。

 そう、顔と名前は……。


 しかし、この雅部利恵という生徒については、クラスや学籍番号、そして住所や緊急連絡先、本人のメアド、さらに左胸に小さなハート形のホクロがあることまで分かっている。

 門衛は、職務柄、マル秘の職員や生徒の情報をパソコンで見ることができる。
 しかし田中さんは、たった今まで、それを見たことがねえ。生活指導部から回ってきたクラス毎の顔写真を見て覚えたんだ。むろんパソコンの個人情報には、胸のホクロまでは載ってねえ。もちろん田中さんは、生徒の更衣室を覗くようなことはしねえしな。


 マユは、田中さんの残留思念で利恵の教室を見にいくことにしたぜ。


 利恵は、活発そうなポニテ。沙耶も似たようなポニテなんだけど、ちょっと違う。ポニテの結び目が高くて、襟足の生え際から結び目のとこがキリっとしてて緩みがねえ。前髪もきれいにパッツンしててフワフワ。

 窓ぎわの席で片ひじついてボンヤリ空を見てて、微妙にアンニュイでエモい。

 マユは、そっと意識を集中して利恵の心を読んだぜ……が……なにも読めねえ!?

 そのとき、先生に呼び出されて、遅れてきた子が席に着いてお弁当を広げた。

 慌ててたんだろう、タコウィンナーが箸から滑って飛んだ。

 ツルン

 そして、前の席で首を伸ばしてお喋りしていた子の襟から背中に入りそうになった。小悪魔の悲しさ、マユは、そのささやかな不幸にビビっと快感を感じたぜ。

 ところが、タコウィンナーは命あるもののようにUターンして、我が身の不運に口を開け、絶望の淵に九十九パーセント落ちかけていたその子の口にスッポリ入ってしまった。

 ゴクンと、思いのほか大きな音をさせて、その子はタコウィンナーを飲み込んでしまった。まわりの子たちが気づいて、彼女を見つめ、その子は、いま飲み込んだタコウィンナーのように赤くなった。

――いかが、出昼マユさん――

 雅部利恵は言った。唇も動かさずマユだけに聞こえる声で……。


 六時間目は、避難訓練だった。


 大半の子たちは、まじめに避難訓練していたけど、ルリ子たちは、小声で喋りながらチンタラチンタラ。後ろを歩いていたマユたちはいい迷惑。
 で、マユは指一本動かして、ゴミ箱の中にあったバナナの皮をルリ子の足許に転移させた。

「ヒエー!」

 見事にルリ子はひっくり返り、そのルリ子を受け止めたルリ子の取り巻きたちも犠牲になった。ルリ子はアミダラ女王のパンツを穿いていることが判明。ルリ子の感覚が古いのか新しいのか分からなくなる。
 あのアミダラ女王がスリーディーとかで見えたら新しいんだろうけど、もう一度確認しようとは思わねえ。
 ま、とりあえず趣味が悪いことは確か。そして、少し可愛げがあるところが憎たらしかった。

 全生徒の避難は五分ちょっとで終わって優秀な成績であると消防署の人から誉められた……ところまでは、よかった。

 気をよくした校長先生が、延々と喋るのには閉口した。先生というのは偉くなればなるほど話がヘタ。マユは、ついイタズラ心で校長のカツラを吹き飛ばしてみたぜ。

 シュ

 みな一瞬アゼン( ゚Д゚)。

――ざまあみろ!

 そう思った瞬間、校長の頭の髪は復活。

 ホワ

――え、そんな……。

 そう思って、もう一度吹き飛ばそうとしたけど、校長の髪は風になびくだけだ。

 雅部利恵のオーラを感じた。

――ち、あいつか!?

 で、マユは、木枯らしの魔法をかけた。校長の髪は軽々と風に吹き飛ばされる……すると、すぐに校長の髪は元通りのフサフサに。

――こいつめ!

 マユは、再び校長の髪を吹き飛ばす。するとすぐにフサフサに……そんなことをくり返しているうちに、校庭のみんながざわつき始めた。しかし、もう意地の張り合いになったマユと利恵は汗をかきながら白と黒の魔法の掛け合いになっちまった!

 シュ ホワ シュ ホワ シュッホッ シュホシュシュホシュシュホシュシュホシュシュホシュシュホシュシュホシュシュホシュホ!

 あまりの早さに、人間たちには、校長の髪が半透明のように見えちまって、ある種の納得をした。

 校長先生の髪は薄くなりはじめてきたんだ……長い付き合いの教頭先生でさえ、そう思った。

「マユ、なに汗かいてんの?」「マユ、指がケイレンしてるわよ」

 知井子と沙耶が心配げに言った。

 同じようなことを利恵もクラスの仲間から言われている。

――くそ、これで勝負っ!――

 マユと利恵は同時に念じてしまった!


 ボン! 


 何かが爆発したような音がして、それは起こった。

 校庭や校舎がイチゴ畑とハゲ頭の地肌のマダラという異様な光景となり、育毛剤とイチゴの混ざった表現しがたいニオイに満ちてしまった!


 結果的には集団幻覚ということになった。マユのお目付役である悪魔と、利恵のお目付役である天使が降臨して来て同時に魔法の修正をやったからな。

 そんで二人とも説教されて、二人の成績をEマイナスからFに落としやがった。

 そして、これからは互いに干渉しないように約束をさせられちまったぜ。


☆彡 主な登場人物
  • マユ       人間界で補習中の小悪魔 聖城学院
  • 里依紗      マユの同級生
  • 沙耶       マユの同級生
  • 知井子      マユの同級生
  • 指原 るり子   マユの同級生 意地悪なタカビー
  • 雅部 利恵    落ちこぼれ天使  
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魔法少女なんかじゃないぞ これでも悪魔だ こ 小悪魔だけどな(≧ヘ≦)!3『知井子の悩み』

2023-12-25 13:46:26 | 不思議の国のアリス
魔法少女なんかじゃないぞ これでも悪魔だ こ 悪魔だけどな(≧ヘ≦)!

3『知井子の悩み』 
 
 これは旧作『小悪魔マユ』を改作したものです




 黒板の前、知井子が頬を赤く染めてピョンピョン跳びはねてやがる。

 べつに、嬉しいことがあってハイテンションになっているわけじゃねえ。


 今日の知井子は日直で、授業が終わったあとの黒板を消してるんだ。と言っても黒板が消えるわけじゃねえ。正確には、黒板にチョークで書かれた文字や図を消してるんだ。

 英語ではerase the blackboardっていう。eraseという言葉そのものが「文字などを拭い消す」っていう意味。黒板そのものを消すという魔法のような意味はねえ。カタカナで書くとイレイズな。消しゴムなんかイレイザーだからな。イギリスじゃイレイザ。なんか魔女の名前みてえでかっこいいと思うぞ。

「あら、かわいい。ウサギさんみたいじゃん」

 アハハハハハハハハハ(ᵔᗜᵔ*) (ᵔᗜᵔ*) (ᵔᗜᵔ*) 

 ルリ子が言うと、取り巻きたちがいっせいに笑う。

 ルリ子たちはスマホ事件以来、それまでにもまして人をイジルようになった。つくづくひねくれた女どもだとマユも思うぜ。

「知井子、代わろうか?」

 里依紗が、見かねて声をかけた。

「いいよ、わたしの仕事だから!」

 知井子が、かわいい意地を張った。

 知井子は背が低い。同年齢の女子の平均より10センチは低い。また、彼女の名前も背の低さを連想させる。バラエティーなどで大阪弁が流行っているんで――ちいーこ( ´艸`)――中学では名前にひっかけてイジられてやがった。

「わあ、小ぃーこ!」

 別に知井子の両親は、娘のコンプレックスになると思って付けた名前じゃねえ。知恵が井戸から湧き出るような子になって欲しいと思ってつけたし、「チイチャン」という愛称も、小学生のころまではカワイイ響きで、本人も気に入っていたんだ。中学に入ってからは、「チイチャン」という子どもっぽい愛称は、本人の意志で禁止になった。それからは「チーコ」と呼ばれるようになったが「小ぃーこ」の意味が付くとは思わなかったらしい。

 知井子はよく耐えてきたぜ。褒めてやってもいい。

 でもな、知井子は自分のダメなところは、みんな自分の身長のせいにしている。

 体育の成績が悪いのも、男の子にモテないのも、ちょっぴり根性が悪いのも背が低いからってな……。

 知井子のために言っておくけど、本人が気にするほど知井子は根性ワルじゃねえ。

 中学のとき、友だちとディズニーランドに行ってよ、自分一人子ども料金で入れたことに罪悪感を感じていたくらいだからな。

 マユは、小はつくけど悪魔だからな、あくまでも悪魔的には理解は出来る。

 あ、今のはシャレじゃねえからな!

 悪魔ってのは、元々は天使だった。知ってっか?

 ルシファーとかサタンとかデーモンとかな。みんな元々は天使だ。

 みんな真面目に天使やってたんだけどよ、なんか違うなあって感じてよ、意見言ったら「天使のくせに生意気だあ!」「神に逆らいやがって!」とか言われてよ、天国から蹴落とされたんよ。

 だからな、堕天使とか言うわけよ、世間はな。

 どう意見が合わなかったとかのイキサツ言ってると、それだけで、文庫一冊分くらいにはなっちまって話が進まねえから、おいおいとな。

 いろいろ魔法は使うけどよ(A級魔法は禁止されてっけどな)魔法少女じゃねえからな。魔法少女はよ、カッコつけて、すぐに月とか神さまとかに代わってお仕置きとかするけどさ、思い違いとかミスとか多くってよ、けっこう尻ぬぐいとか大変なんだぜ。

 だからな、魔法少女じゃねえから、そこんとこよろしくな。

 知井子が「アレも出来ない、コレも出来ない」と思っているのは身長のせいなんかじゃねえ。全てのことに消極的で、やる前から諦めてしまうからだ。

 友だちとしてマユは、知井子の背を高くしてやりてえよ。そして人並みに、いろんなことにアタックして欲しいよ。こんな黒板消しで意地を張ったり、身体測定のときに、人知れず5ミリほど背伸びしたりしないでさ。

 単に背を伸ばしてやって済む話じゃねえと思う。

 それにだいいち、マユは、人の背を適度に伸ばせるほど魔力をコントロールできねえ。へたに魔法をかけたら、知井子をスカイツリーと同じ身長にしてしまいかねねえしな。


 知井子は、次の時間、ずっと授業を聞くふりをして、白紙のノートをじっと見つめてやがった。もし、知井子にマユほどの魔力があればノートに穴が開くくれえに……。

 強い集中力だったんで、マユはちょっとだけ知井子に魔法をかけてやったぜ。

 自分の願いが、はっきりした夢として見られるような一種のバーチャルリアリティーの催眠術だ。バーチャルだけどよ、この魔法で見られる夢は、自分の実力や、道徳観を超えて見られるようなものじゃねえんだ。

 たとえば、ルリ子たちをブタにしてやりたくてもできないようになっている。あくまでも本人の潜在能力の範囲でしか見ることのない夢なんだ。


 ……気づくと、知井子は交差点に立っていた。


 こころなし目の前の信号機が低く見える。あたりを見渡すと、たいていの人の頭が、自分と同じ高さにある。

 いや、知井子の頭が人と同じ高さになっている。

「世間って、こんなに見晴らしのいいものなんだ!」
 
 知井子は、交差点を渡ってケンタの前のカーネルおじさんの人形と背ぇ比べをやってみた。ちょうどいいバランスだ。ついこないだまでは見上げていたカーネルおじさんの口元が、自分の目の高さぐらいにある。

 知井子は、スマホを出してカーネルおじさんの身長を調べてみた。

 身長173センチ……と、いうことは……。

「うそ、165はあるってことじゃん( ゚Д゚)!?」

 ショ-ウィンドウに映る自分は、ディズニーランドを大人料金を払わなければならないスガタカタチだった。

「そうだ!」

 知井子は、あたりを見渡した。どうやらアキバのあたり。以前ため息ついてあきらめた店に直行した。そこは、ちょっと高級なゴスロリの店。以前きたときにも見たけど、ショ-ウィンドウに飾ってあるそれは、自分が着ると「まるで、小学校の学芸会」だった。

 でも、今見たら、ガチイケそう。値段は並のゴスロリよりもヒトケタ高かったけど、財布の中身を見ると、それを買っても、半分残るくらいのお金が入ってる!

――もう、買うしかないっしょ(^▢^)!

 ノースリーブのワンピとブラウスのセットを買った。

 店の試着室で着替えると、店員さんも驚いて宣伝用にと写真を撮ってくれた。スマホにそのまま送ってもらって自分で確認。

 ホオオオオ(・o・*) 

 ため息ついて、そのまま街に出た。

 あたりを歩いているヒラヒラのゴスロリじゃなくって、シックって言うのかなぁ、二十世紀初頭のイギリスのお嬢さんのように見えたぜ。髪も気づくと、それに相応しいウィッグ……じゃなくて自分の髪の毛で、緩やかにカールしてて、子どもの頃あこがれたドールみたいだったぜ。

「ねえ、キミお茶しない?」

 イケメンくずれのお笑いタレントのようなオニイサンが声をかけてきた。

 多少くずれていてもイケメン。知井子は人生で初めて、男に声をかけられた。ディズニーランドでスタッフのオニイサンが「迷子になったの?」と声をかけてくれたのを例外としてな。

 しかし、本能的に「こいつはダメだ」と思った。

「いいえ、けっこうです」

 知井子は、『プリティープリンセス』のアン・ハサウェーのアミリア王女のように断った。しかしオニイサンはしつこく付いてきた。いいかげんウンザリしたところで声がかかった。

「きみ、ちょっとしつこいんじゃないか」

 え?

 三十分後、知井子は声の主の事務所にいたぞ。プロダクション小城といって、AKRのメンバーの何人かが所属している、業界でも新人発掘に成果をあげているところだ。

 そして、数ヶ月後、知井子はAKRとよく似たユニットの結成メンバーのセンターになって、ユニットごと、その年の新人賞に選ばれた!

「どうですか知井子さん。デビューわずか五ヶ月で新人賞をとった感想は!?」

「ハ? え、えと、えと……(;'∀')」

 MCにそうふられ、答えようとして過呼吸になりかけたときに目が覚めた。

 知井子が、夢を見ながら本当に過呼吸になりそうになったので、マユは魔法を解いてやったぜ。


 そんで、ビックリしたぜ!


 知井子にこんな潜在能力があるとは思っていなかった。

 言ったろ、この夢の魔法は潜在能力の範囲でしか見れねえってよ。

 キリリ

 少しカチューシャが締まって、声が出そうになった。どうやら小悪魔としては道を踏み外しかけている。でも、またカチューシャは緩んだ。

 あれ?

 グラウンドで体育をやっている中から、誰とまでは分からないオーラを感じたぜ。錯覚……錯覚とか思い込みが多いってデーモン先生に怒られたのを思い出す(-_-;)。
 
 次の休み時間、知井子は黒板の上の方は素直に里依紗に頼んで消してもらった。ルリ子たちは少し囃し立てたけど、里依紗と沙耶に睨まれて口をつぐんじまった。

 窓辺に寄ってグラウンドを見ると、とっくに体育は終わってて誰も居なかったぜ。


 
☆彡 主な登場人物
  • マユ       人間界で補習中の小悪魔 聖城学院
  • 里依紗      マユの同級生
  • 沙耶       マユの同級生
  • 知井子      マユの同級生
  • 指原 るり子   マユの同級生 意地悪なタカビー
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魔法少女なんかじゃないぞ これでも悪魔だ こ 小悪魔だけどな(≧ヘ≦)! 2『るり子の新型スマホ』

2023-12-18 06:27:24 | 不思議の国のアリス
魔法少女なんかじゃないぞ これでも悪魔だ こ 悪魔だけどな(≧ヘ≦)!

2『るり子の新型スマホ』 
 
 これは旧作『小悪魔マユ』を改作したものです



「やあ、おはよう」


 今朝も門衛の田中さんが、いつものように挨拶してくれた。

 田中さんは元自衛官。五十五歳の定年で、この聖城女学院の門衛さんになった。だれに対してもキチンと顔を向け、目を見て挨拶してくれる。地獄の門番ケルベロスを連想する。もっともケルベロスは首が三つもあるので、大勢やってくる人間どもの顔を見逃すことはねえけどな。

 田中さんは、たった一人で、首も一つなのにケルベロスをやってのけているぞ。

 ウワサだけど、田中さんは千二百人いる生徒や教職員の顔と名前を全部覚えているらしいぜ。一度チャンスがあったら、ゆっくり話がしてみたいと、マユは思っているぞ。

 だけどな、マユは、転校というカタチで人間の世界にやってきて間がないんだ。魔界の補習のためにやってきているんだ。あまり余計な時間はとりたくねえ。さっさとやることをやって魔界に戻りてえのが本音ってとこだ。


 教室に行くと、いつものように、半分くらいの生徒が来ていた。


「おはよう、里依紗」

「あ、おは……」「おは……」「お……」


 里依紗のそっけない返事。沙耶と知井子も簡単すぎる挨拶しか返ってこねえ。事情は聞かなくても分かっている。この三人は、昨日、骨髄性の難病で休職中の恵利先生の家に行ってきやがったんだ。

 マユが写メにちょっとした細工をしたのが嬉しくて。ただ送信すればいいだけのそれを、わざわざ電車に乗って、恵利先生に会いに行った。で、赤ちゃんの清美ちゃんにも対面しやがった。


「「「チョーかわいい!」」」


 女子高生のボキャ貧な感嘆詞も恵利先生は嬉しかった。

 恵利先生の嬉しさには、二つの理由がある。

 教え子がわざわざやってきてくれたことと、持ってきてくれた清美ちゃんの写メだ。

 画面にタッチすると十七歳になった清美ちゃんの姿になるように魔法がかけてある。それも見るたびに、微妙に表情なんかが変わるようになっていて、見飽きることがねえ。

 そして、なんと言っても、赤ちゃんはかわいいもんだ。で、つい長居してしまい、遅く帰宅した里依紗たち三人は、宿題ができてなかった。

 で、三人はホームワークシェアリングをやって、分担したのを写しあっている最中ってわけだ。

 三人の必死の形相にマユは、小悪魔らしくほくそ笑んだぜ。


 ウワアアアアアアアア!


 窓辺の日当たりの良い席から歓声があがった。


「チョーおいしそう!」

「オタカラスィーツじゃないっすか!」

「でしょでしょ(^▽^)/」


 三番目の声の主は、クラス一番のタカビーの指原るり子。

 こいつは小悪魔のマユがほれぼれするほどに意地が悪い。

 この窓ぎわの特等席も、席替えのときにズルをして、取り巻きどもと占拠したんだ。
 恵利先生がいたら、こんなズルは出来ないんだけど、副担のトンボコオロギこと坂谷のたよりなさに乗じてやりやがった。
 みんな不満に思ってるけど、だれも面と向かって文句を言わねえ。だからマユも干渉はしねえ。これでも悪魔だからなψ(ΦwΦ;)ψ 。


「キャー、このパンナコッタ、ヤバイよ!」

「このティラミスもヤバ~イ!」

 取り巻き連中が、半分お追従、半分本気で、羨ましがってやがる。

「どーよ、8Kの3Dだから、すごくいいっしょ。むろん、このスィーツも帝都ホテルの特製だから、そこらへのスィーツとは比べモノにはならないんだけどねぇ」

 るり子は、最新のスマホで、昨日食べてきた帝都ホテルのケ-キバイキングの写メを見せびらかしてやがる。

「チ、うるさいなあ……」

 知井子が小さく舌打ちした。

「なんか言ったぁ……?」

 取り巻きの一人が、耳ざとく聞きとがめた。るり子の取り巻きたちがいっせいに三人を睨んだ。

 ジロ

「あいつら、いまごろ宿題やってますよ、るり子さん」

「オホホ、ごめんなさいねぇ。そんなとこで、ドロナワで宿題やってるなんて気がつかなくって!」

 るり子がトドメを刺す。

 キャハハハハ(^Д^) (*`艸´)(^▢^) 

 取り巻きたちがいっせいに笑った。知井子が立ちかけたが、里依紗が止める。

――挑発にのったら、宿題できなくなる――

「あら、素敵なスマホじゃない。わたしにも見せてくれる!?」

 マユは満面の笑みを浮かべて、るり子たちに近づいたぜ。

「あら、マユも見たい。どうぞどうぞご遠慮なく」

 背中に里依紗たちの視線を感じながら、マユはるり子たちの輪の中に入っていったぞ。

「このサバランなんて、いけてるのよぉ、ラム酒に漬けた生地使ってるからとても香りもいいの。残念ねぇ、香りはしないけど、3Dの映像で我慢してねぇ」

 るり子が、鼻を膨らませやがる。るり子が得意になったときのクセだ。

「あら、もったいない。このスマホ、匂いも再現できるのよ。知らなかった?」

 マユはカマしてやったぜ。

「ほんと?」

 タカビーだけど、るり子はこのへんは素直……というか単純。

「ちょっとかして……このアプリをダウンロードしてと……」

「「「おお!!」」」

 教室にラム酒の混ざった、サバランの甘い香りが満ちた。

「さすが、ルリちゃんは元華族!」

「あ、それナイショ(;^_^」

 と言いながら、るり子は積極的には制止しなかった。しかし、取り巻き達は「華族」と「家族」の区別がつかず、キョトンとしていた。サバランの甘い香りの中で、しぶしぶという自慢顔でるり子は説明した。

 里依紗たちの怖い顔に、マユはウィンクで応えたぜ。


 るり子のスマホの噂は、昼頃には学年中に広まって、るり子の自尊心は東京タワーのてっぺんぐらいに高くなっちまったぜ。


 そして、それは昼休みのキャフェテリアで起こったぞ。

「ねえ、ルリちゃん。噂聞いたわよ。ちょっと見せてよ!」

 カレーライスをトレーに載せた隣のクラスのタカビーが寄ってきた。ここのキャフェテリアのカレーはよその学校みてえな業務用なんかじゃねえ、自家製で、聖城女学院の名物メニューなんだぞ。

「いいわよ」

 るり子は気前よく、スマホを取りだしてスイッチをいれた。

「またやってる」

 いまいましいので、里依紗たちはキャフェテリアを出て、中庭からガラス越しにそれを見ていた。

 キャーーーーーーー!!

「なんか変だわよ……?」

 沙耶が、ベンチから立ち上がった。キャフェテリアの中は大騒ぎになっていた。

「な、なにがあったのかしら!?」

 立ち上がった三人にマユは説明してやりたい衝動にかられた。

――あのスマホには、仕掛けをしておいたんだ。写したものはちゃんと時間経過した姿と匂いで現れるようにしてあるんだぜ――

 最初に再生したときは、写したときの姿と匂いがしているけど、次に再生したときは、写したときから同じ時間がたったときのそれになって出てくるんだ。

 で、るり子がスィーツを食べてから、十二時間ほどが経過していた……。

 スマホから再生したスィーツたちは、食後十二時間たった状態だ。姿はキャフェテリアの名物に似ていたぜ(๑ ิټ ิ)。
  

☆彡 主な登場人物
  • マユ       人間界で補習中の小悪魔 聖城学院
  • 里依紗      マユの同級生
  • 沙耶       マユの同級生
  • 知井子      マユの同級生
  • 指原 るり子   マユの同級生 意地悪なタカビー
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魔法少女なんかじゃないぞ これでも悪魔だ こ 小悪魔だけどな(≧ヘ≦)! 1『お早うございます』

2023-12-12 00:28:32 | 不思議の国のアリス
魔法少女なんかじゃないぞ これでも悪魔だ こ 悪魔だけどな(≧ヘ≦)! 
本作は旧作『小悪魔マユ』を改作したものです

1『お早うございます』 




 校門をくぐると昇降口に着くまでの三十メートルほどが、ちょっとした森の小道みたいなアプローチになってる。ナラとかブナとかトウヒとかが植えてあって「赤ずきんとか白雪姫とかが歩いていそう」と知井子なんかは言う。赤ずきんと白雪姫が似合うんなら、オオカミだって毒リンゴの魔女だって似合うんだけどな。口に出しては言わねえ。


「お早うございます」

 門衛のオジサンに、つものように朝の挨拶。

「おはよう」

 自衛隊を定年退職した門衛の田中さんは、きちんと姿勢よく挨拶を返してくれる。まだ、生活指導の先生が立つのには早い時間なので気分がいい。

 一度ちょっとしたことで遅刻寸前に登校したことがあるんだけどな。

 コンビニの角を曲がったところから、生活指導の先生たちが、ブタを追い立てるようにセカせているのに出くわしてイヤな思いをした。

 オラァ! 走れぇ! 閉めるぞぉ! 遅刻っ! オラオラ! 

 字にすると、ちょっと下品というていどだけどな。ちかごろの教師は「殺すぞ!」「しばくぞ!」「死ねぇ!」とかの定番の罵声を使えない分、籠められた気持ちがひでえ。 

 地獄の番犬ケルベロスだって、もう少し情があるぞ。もうちょっとでセンコウどもをゴキブリに変えて踏み潰……したらバッチイから、殺虫剤かけて殺してやろうと思ったけどな。補習中でA級魔法は禁止だから、グッと堪えたぞ。

 それから、マユはかなり余裕をもって登校するようにしてる。ブタ扱いもヤだし、つまらないことでキレる自分もヤダし、むろん補修に落ちるのもヤダしな。

 え、なんの補習かって?

 そりゃ、またあとでな。
 

 アプロ-チを半分ほど行くと、左の森の方で楽しげな声がした。

 森っていうのは、正門入った脇に木が固まって植えてあるとこな。外から見える学校のイメージを良くすんのにこさえて、学校案内の表紙にもなってるって聖城学院自慢の森だ。外から見るとアプローチの森と重なって、どっかから『魔弾の射手』の魔弾が飛んできそうな趣かある。

 で、その声が、沙耶と、里依紗と、知井子であることがすぐに分かった。

マユ:「おはよう、なにしてんだ、そんなとこで?」

里依紗:「あ、おはよう」

沙耶:「おはよう」

知井子:「おは~」

 三人は、ちょっとびっくりしたように挨拶を返してきたぞ。

「なんか、楽しいことでもあったのかぁ?」

 互いに顔を見交わす三人。


里依紗:「……マユならいっか」


 里依紗が言うと沙耶と知井子が頷いて、写メを見せてくれる。


マユ:「うお、カワイイじゃん!」

沙耶:「でしょでしょ、でしょ(´;ω;`)!」

 沙耶が、感情移入しすぎて、涙目で言う。

知井子:「ほんと、こんなにかわいいのに……」

里依紗:「可哀そうだ……」


 知井子と里沙のリアクションも変だ。

 写メには、生後五ヶ月ぐらいの赤ちゃんの笑顔が写っている。

「里依紗の隠し子か?」

 バカを言ってみた……いつもならオバカなリアクションが返ってくるのに、シンとしてしまう。

 やっぱ変だ。

「こ、これ、恵利先生の赤ちゃんなんだ……」

 里依紗が、声を震わせる。

マユ:「恵利先生?」

沙耶:「マユが転校してくる前に、お産で休んだ先生。マユは知らないわよね」

知井子:「ほら、これが恵利先生だよ(´•̥ ω •̥` ) 」

 唐突に切り替えられた写メには、赤ちゃんをダッコした幸せ満杯の女先生が写っていた。

「お、聖母子(きらいだけどな)みたいじゃねえか!」

 うちはミッションスクールだから、一番の誉め言葉で例えてやった。

「清美ちゃんていうんだ、この赤ちゃん(^_^;)」

 涙が止まらない沙耶に代わって、里依紗が言う。

 清くて美しい……ますます聖母子だ、クソ!

 三人の心が開いて、ぜんぶ分かった。

「……恵利先生って病気なんだな」

 登校する生徒達のさんざめきが一瞬途絶えたような気がした。

「ん? どうして分かったの……?」

 知井子が不思議な顔をした。

マユ:「あ……なんとなく。だってさ、とっても嬉しい話しなのに、三人とも涙流したり、悲しそうだからなぁ」

沙耶:「そ、そうよね、こんな顔してたんじゃね。ワケありだって分かっちゃうよね」

知井子:「骨髄性ナントカって病気で、あと二年ほどしか生きられないんだ」

里依紗:「妊娠中に分かったんだけど、それでも恵利先生は清美ちゃんを産むことにしたんだよ」

沙耶:「中絶すれば、放射線治療とかもできたらしいんだけど……」

 沙耶が、また言葉につまった。

知井子:「で、やっと心の整理もついたんで、昨日会いに行ったのよさ、三人で」

沙耶:「先生、清美ちゃんが三歳になるまでは生きてられないって……( ノД`)」

知井子:「でも、心はずっと清美ちゃんといっしょだって言うのよさ、先生」

里依紗:「この写メ撮ったあと、先生、ポツンと言ってた……せめて、この子があなた達ぐらいになるのを見届けたかった……って」
 
 生活指導の先生達が、校門に向かい始めた。

 二年の学年担当の梅崎が、チラリとこちらを見た。

「なにやってんだ、そんなとこで! スマホで変なサイト見てんじゃないだろうな。授業中だったら没収だぞ!」

マユ:「始業には、まだ十分あるし」

 梅崎の命を縮めてやりたい衝動に駆られたぞ。むろん、今のマユには、そんな力はない。A級魔法は禁止だしな。

 校門に向かう梅崎の背中に、四人で思い切りイーダ!をしてやった。

「その写メ、マユのに送って」

「いいわよ。ね?」

 里依紗は、沙耶と知井子の顔をうかがった。ボーイッシュだけどこういうさりげないところで、友だちを大事にする里依紗をマユは好きだぞ。

「ほい、チョイ待ってね……」

 送られてきた写メにちょっと手を加えた。

「送り直すよ……ほい」

「どうかした?」

「@マーク出して、二回クリックしてみ」

 トントン

「「「……わあ、なにこれ!?」」」

 里依紗たち三人は、画面に釘付けになった。

「清美ちゃんの十七歳の姿」

知井子:「わあ、カワイイ……ってか、美人なのよさ!」

里依紗:「すごい変換機能がついてんだね……」

沙耶:「あ、もとの赤ちゃんにもどっちゃった!」

 三人は、ちょっぴりしぼんだような顔になった。

「一日一回、十秒間しか見られないんだ。それと、三回コピーしたらコピーガードがかかっちゃうから、必ず最初に恵利先生に送ってあげて」


 そのとき、無情な予鈴が鳴った。

 チャラーンポラーン チャランポラーン……と、マユには聞こえてしまう。


――あの写メ、一回見れば、一日寿命が延びる。そういう魔法がかけられている――


 ギリギリギリ……

 頭のカチューシャがギュっと締まってくる。

 イテ……!

 このカチューシャ、悪魔としてやってはいけないことをすると頭を締め付ける仕組みになってやがる。

 痛みは一瞬だった。

――フフ、魔界としても今のは判断に苦しんだんだな。しっかりしろよデーモン先生、マユは魔界の補習のためにこの世界にきてるんだぞ――


 靴を履きかえるとき、マユが顔をしかめたのに知井子は気づいた。


――チ、お仕置きすんのはいいけど、気づかれっちまうじゃんか!――


 デーモン先生からは返事は無くて、何事もない聖城学院の一日が始まった……。


☆彡 主な登場人物
  • マユ       人間界で補習中の小悪魔 聖城学院
  • 里依紗      マユの同級生
  • 沙耶       マユの同級生
  • 知井子      マユの同級生

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坂の上のアリスー54ー『綾香ちゃんを預かる』

2020-04-18 16:43:19 | 不思議の国のアリス

アリスー54ー
『綾香ちゃんを預かる』(一子)    

 

 

 

 わたしの家に連れてきた。

 

 吉牛の前で話せることじゃないしね。

 まして、あんなに動揺している綾香ちゃんを置いていくこともできない。

 亮ちゃんに電話して迎えに来てもらうわけにもいかなさそうだし。

 

「じゃ、お祖母ちゃんがそう言ったのね?」

「う、うん。いっしょになって新垣の家を守れとかなんとか。家なんか、大人になったらどーでもいいし、そんなクソババアの遺言なんて関係ないっつーの!」

「そうなんだ、だったら、それでいいじゃん。だったら、無視して普通に生活してりゃいいじゃない」

「で、でもさ、気持ち悪いじゃん。法律上は結婚できる従兄が一つ屋根の下にいるなんて、あいつ、すけべで変態だからさ、どうなるか分かんないじゃん。あいつ、変な気起こして襲ってくるかもよ」

「亮ちゃんは、そんなことはしないと思うよ」

「そんなこと、言いきれないじゃん。たとえ、無くったって、もう無理! さっきまでは洗濯物別にするくらいでいけると思ってたけど。あたしのハートのキャパは、そんなに大きくない。吉牛の特盛だって無理だったんだから」

「牛丼はハートには入らないと思うよ」

「物の例えよ、胃袋に特盛は無理だし、ハートにあいつは無理なの!」

「そっか、じゃあ、仕方ないね……」

「ね、しばらくさ……お願い!」

「え、え、なに? 土下座なんかして?」

「しばらく、ここに、一子ちゃんの家に居させてくれないかなあ!?」

「え、あたしの家に?」

「ちょうど、洗濯グッズも買ったとこだし、ここに居るってなったら、あいつも安心だろうし。ね、一子ちゃん!?」

「あ……あ、うん。じゃ、しばらくはうちで預かるって、電話しとくね」

 

 亮ちゃんに電話するまでは、ちょっとだけ半信半疑だった。なにか誤解して思い詰めてるんじゃないかって……でも、電話に出た亮ちゃんは明るく応えていたけど、明るい分、深刻さが伝わって来る。

 

『あ、そうか。一子のとこだったら安心だな。要るものあったら、綾香に、いや、一子でもいいから取りに来てくれ。オレ、これから、もう一度婆さんとこ行ってくるから、来るときは綾香のカギ使ってくれ』

「亮ちゃんは大丈夫? お父さんお母さんには連絡とかした?」

『親は……親の事は、婆さんのとこから帰ってきたら話しするわ。わりいな、一子まで巻き込んじまって。ソレイユ……婆さんが入ってる施設のとこらへんは干し芋が名物だから、土産に買って来るな』

「お土産なんていいから、亮ちゃんも気を付けてね」

『ああ、吉牛の特盛食っていくわ。オレは完食すっから。じゃ、綾香のことよろしくな』

 

 詳しいことは言わない。きっと、目途が付かないことはうかつには言わないって決心なんだ。

 ちょっと可哀そうだけど、気丈に立ち向かっていこうとしている幼なじみが……ううん、なんでもないよ。

 時計を見たら、え? もう夕食の時間だ。

 わたしも、ちょっとアタフタしている。

 

♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

 北村一子      亮介の幼なじみ 

 

 

 

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坂の上のアリスー53ー『食べきれなかった』

2020-04-17 12:32:13 | 不思議の国のアリス

アリスー53ー
『食べきれなかった』(綾香)    

 

 

 特盛……食べきれなかった。

 

 自己嫌悪でお勘定を払う。

 あいつが居たら食べてくれたかなあ……特盛なんて無理だって。食べる前に言ってくれた?

 うっさい、食べれるもん! ハグハグ ハグハグ……モソモソ……ウップ。

 ……ほれ見ろ、食えないんだろ。よこせ、食ってやるから。

 あ、あんたのために残しておいたげたのよ。

 へいへい。

 消えろ亮介!

 

 気分が悪いんで、自販機を探す。

 ストローハット女の人の次、150円入れてボタンを押そうとしたら、目当てのお茶は売り切れ。

 くそ!

「あ、綾香ちゃん!?」

 え!?

 ストローハットが口をきいた……北村一子!

「これ買おうと思ったんだね、よかったらどうぞ。わたし、他のでもよかったから(o^―^o)」

「い、いらない。き、気が変わったから!」

 一子のお茶なんて飲めるか!

 グウァッシャーン!

 自転車に戻って、跨ろうとしたら、弾みで倒してしまって洗濯グッズをぶちまけてしまう。

 ウ……ウウッ。

 こみ上げてくるものを押えたら、めちゃくちゃ涙があふれてくる。洗濯グッズも拾えないで、ハンドル握ったままみっともなく立ちつくしてしまう。

「綾香ちゃん」

 一子が優しく拾ってくれる。

「……はい、これで全部かな」

「う、うん……」

「亮介がどうかした……?」

「あ、あいつ…………ほんとうの、ほんとうの兄貴じゃないんだ!」

「え?」

「あいつとは血のつながった兄妹じゃなかった!」

「ど、どういうこと?」

 

 ウワアアアアアアアアア!

 

 ふたたび爆発したわたしに一子は寄り添ってくれた。

 気が付いたら、一子のお茶を飲んでしまった。

 

♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

 北村一子      亮介の幼なじみ 

 

 

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坂の上のアリスー52ー『洗濯日和』

2020-04-16 12:27:23 | 不思議の国のアリス

アリスー52ー
『洗濯日和』(綾香)    

 

 

 洗濯をして、ちょっと気がまぎれた。絶好の洗濯日和だし。

 

 水に触れていることとか干す時の青空が目に浮かんでくるせいかもしれないし、ドラムの中で回っている洗濯物の洗剤や柔軟剤の香りかもしれない。蛇腹のホースから流れる水が、しだいにキレイになっていくせいかもしれない。水に流すって慣用句があるよね。言えてるなあって思ったりもする。

 それに、あいつが参考書を買いに外に出ているせいかも。とにかく、あいつとは一緒に居たくない……。

 さあ、干すぞ!

 脱水が終わった洗濯物をカゴに入れる。

 つっかけを引っかけて、庭の物干し……で止まってしまった。

 すでに、あいつの洗濯物が干してある。

 ……仕方ない、自分の部屋のベランダで干そう。

 

 回れ右して自分の部屋に。サッシを開けてベランダに出る。

 アチャー……。

 ベランダは洗濯物を干すようにはできていない。

 物干しざお用のフックはあるんだけど、物干しざおが無い。洗濯物用のロープも無いし、洗濯バサミすらない。

 クローゼットからハンガーを取り出して、なんとか干す。

 下着は同様にハンガーなんだけど、部屋の中で陰干しにする。

 これから先の事を考えると、本格的な物干しグッズが必要だ。

 

 よし!

 

 自転車に跨ってスーパーを目指す。

 あ、こーゆーのってホームセンターか!? 角を曲がったところで思いつく。

 ハンドルをグリンと回して国道沿いのホームセンター。

 

 洗濯ハンガーはプラスチックだと思っていたら、なんと、アルミ製のがある。それも、洗濯物を引っ張るだけで取り入れられるスグレモノ!

 いっしょに洗濯機に放り込んでおくと洗濯物が絡まないカラマーズってボールみたいなの!

 ジャケットとかセーターを型崩れさせずに洗うためのネット!

 雨とか花粉とかから洗濯物をガードする携帯温室めいた御守りガード!

 

 あれこれ買うと、けっこうな量なんだけど、新しい生活のためだと思うとヘッチャラだもんね。

 駐輪場に戻ると隣接する駐車場に屋台が出ているのに気付く。

 ドレドレ……(o^―^o)

 たこ焼き、焼きそば、ホットドッグ、クレープ(^^♪

 なんだか縁日みたい。親子連れとかが列を作っている。美味しそうで楽しそうだから、つい並んでしまう。

 二つは食べたかったけど、荷物があるし、クレープだけで我慢してサドルに跨ってムシャムシャ。

 真夏の青空、その下で食べるなんて何年振り……ほんの子供のころ家族そろって海に行って以来。

 遠くに富士山が見えたから湘南……二本柄の付いたアイス、大きいのは食べきれないだろうって、それ買ってもらって、あいつと分けた。ちょびっとだけ、大きい方をくれたんだっけ。

 あのアイス、なんて言ったっけ?

 ウ……なんで鼻の奥がツンとすんのよ!

 ハグ!

 残ったのをいっぺんに頬張ってペダルを踏み込む。

 信号渡っていい匂い……牛丼だ。

 

 特盛ッ!

 

 カウンターに腰かけた勢いで注文してしまう。

 ま、いいじゃんか! さっきはクレープ一個で我慢したんだからさ!

 牛丼は別腹よッ!

 

♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

 北村一子      亮介の幼なじみ 

 

 

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坂の上のアリスー51ー『自分のは自分で洗うから』

2020-04-15 11:18:58 | 不思議の国のアリス

アリスー51ー
『自分のは自分で洗うから』    

 

 

 自分のは自分で洗うから。

 

 あくる朝の第一声がこれだ。

 ここ何年も「おはよう」なんて口にしたことが無くって、たいてい黙って朝飯食って、それぞれ好きなことをする。

 学校があるときは、それぞれの都合と好みで家を出る。むろん学校に着くのはバラバラの別々で、校内で顔を合わせても口をきいたりはしない。

 すぴかが共通のお知り合いになってからは(好き好んで知り合いになったわけじゃないからな、いきさつを知りたかったら、1~3のバックナンバーを読んで欲しい)すぴかのために、何日か一緒に登下校するはめになっちまって、何人かには兄妹だって知られてしまったけどな。それでも、校内でうっかり声をかけた時には張り倒されたり、回し蹴りを喰らったり。

 その妹様が「自分のは自分で洗うから」ときやがった。

 一時、自分で洗っていたことはあるが、三日もすれば平気で俺にパンツも洗わせていた。

 それが思い詰めた顔で「自分のは自分で洗うから」ときやがった。

 ソレイユのくそばばあのせいだ。

「実はね…………おまえたち二人は兄妹じゃないんだよ……」

 なんて、とんでもないことを言いやがった。

 オレは、亡くなった伯父さんの子で、子どもは生まれないと思っていた両親が生まれたばかりの俺を引き取って実子として届け出、一年後に綾香が生まれたってふざけた展開だったってさ。

 これはボケ老人の戯言かと思ったら、ご丁寧にビデオレターまで残してやがった。

――いとこ同士は結婚できる……知ってるよね? お祖母ちゃんの最初で最後のおねがい(なんと姿勢を正して手を合わせやがった)二人で結婚して新垣の家を守ってください。この通りです……――

 

「あ、ありがとう」

 

 心臓が停まるかと思ったぜ!

 朝飯作って、食卓に並べてやったら、目こそ合わせねえけども、ボソッと礼を言いやがった。

 愛情とか親しみとかから来る「ありがとう」じゃねえ、俺とは距離をとるって気持ちの「ありがとう」だ。他人行儀ってやつだ。

 ほら、離婚した夫婦が、いや、元夫婦が、他人言葉の敬語で話すってやつだ。

 て、おれたち、元兄妹ってか?

 ああ、俺まで混乱してどーすんだ!

 それほど、くそばばあの――二人で結婚して新垣の家を守ってください――の戯言を意識してるってことだ。

 こういう場合、どんな言葉をかけても逆効果だろ。

 綾香は、見かけのツンツンからは想像もできないけど、根っこのところでは気弱で真面目なやつなんだ。

 

「ちょっと、参考書買って来るわ」

 

 我ながら下手くそな口実つけて家を出た。

 親に電話を掛けて、真偽を確かめんのと文句を言うためだ。

「ち、いつまで不通なんだよ」

 公園のベンチに座るまでに四回かけたけど、五回目にも応答がない。

 きっと怖い顔をしてるんだろう、俺の足元に転がってきたボールを取りにきたガキがブルって行ってしまった。

 仕方ない……万一の時にはここに掛けろと言われている○○さんのところに電話を掛ける。

 

『はい、亮介君だね』

 

 二回コールしただけで○○さんが出た、それも、ハナから俺の電話だと承知している。

「は、はい、新垣亮介です。万一の時は○○さんに電話しろと父から言われていましたので、ご無礼を承知でお電話しました」

『そうだろうね、今はまだ全てを言うわけにはいかないが、君のご両親は御無事だ。ただ、連絡の取れないところに居られる。生活費は、今まで同様に振り込まれるから心配はいらない。それは保証するよ。いずれ、わたしからも連絡する。では……』

 一方的に切られてしまった。 

 

♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

 北村一子      亮介の幼なじみ 

 

 

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坂の上のアリスー50ー『ビデオレター』

2020-04-14 06:14:47 | 不思議の国のアリス

アリスー50ー
『ビデオレター』    

 

 

 実はね……実は……ね……コーー

 

 核心に触れようとして、再びダースベーダーに戻って、お祖母ちゃんは眠ってしまった。

「おまえたち二人は兄妹じゃないんだよ……」

 衝撃的な一言をノッケにかまして、本題に入る前に眠っちまうなんてねーだろ、クソババア!

「しかたありません、こちらに。田中さんあとお願いします」

 担当さんはお祖母ちゃんの事を看護師さんにお願いして、俺たちを小会議室みたいな部屋に案内した。

「こういう時のためにビデオレターを残しておられましたので、ご覧になってください」

 あらかじめ起動させてあったのかプレイヤーは直ぐにお祖母ちゃんの映像を流した。

 

―― これを観ているということは、直にきちんとは話せなかったんだね。ま、この方が間違いなく伝えられるから、辛抱して聞いておくれ。実はね、亮介はわたしの長男、亮介にとっては伯父さんの子どもなんだよ。その伯父さん夫婦は外国で事故に遭って亡くなったんだ。伯父さんの奥さんのお腹には赤ちゃんが居て、なんとか赤ちゃんだけは助けることができた。なんとか臨終に立ち会えた亮太(親父)と美幸さん(お袋)は赤ん坊を実子として届け出て亮介と名付けたんだ。美幸さんはお医者から子供ができない身体だと言われていたんで、二人は運命だと思ったんだね、実の子のように育てたんだよ。そして運命の悪戯なんだろうかね……一年後には諦めていた赤ん坊を授かった……それが綾香。二人が仲のいい兄妹に育ってとても嬉しく思ってる……――

 ここまで来て映像はポーズになった。

「続き、ご覧になりますか?」

 担当さんがリモコンのポーズボタンを押したのだ。

 正直、あまりのことに頭も気持ちも追いつかない。左側からの圧を感じる……綾香が俺を睨んでいるのだ。

「お祖母ちゃんが元気になってから、また聞き直そう!」

 立ち上がると綾香が睨みながら腕を掴んでくる。

「きちんと……最後まで観よう」

「お、おう、おまえがいいんなら」

「では、続けます」

 

――従兄妹同士は結婚できる……知ってるよね? お祖母ちゃんの最初で最後のおねがい(なんと姿勢を正して手を合わせやがった)二人で結婚して新垣の家を守ってください。この通りです……――

 

 それから五分ほど映像は続いたけど、ろくに頭には入ってこなかった。

 

 お祖母ちゃんは目を覚まさなかった。

 

 夕方まで待ったが、これ以上待ってはその日のうちに帰れなくなってしまうので、ちょうど明けになった担当さんの車に乗せてもらい、最終の一本前の電車で家路についた。

 

 

♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

 北村一子      亮介の幼なじみ 

 

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坂の上のアリスー49ー『ソレイユ』

2020-04-13 07:04:58 | 不思議の国のアリス

アリスー49ー
『ソレイユ』   

 

 

 フランス語で太陽を意味するソレイユという名前の割には和風だ。

 

 なんでも、ここいら一体の古民家とか、古民家一歩手前くらいの空き家を解体した廃材を利用して建てられたらしい。

 でも、一見和風なんだけど、内部は二階建てマンション風で、居住者も介護者も快適に過ごせるようにできている。

「もともと新垣さんの肝煎でできたんですよ」

 首からIDぶら下げた担当さんがサラリと言う。

「え、どこの新垣さんですか?」

「いやだな、お二人のお祖母さんの新垣綾さんですよ」

「「えーーーー」」

 兄妹そろって間の抜けた声が出た。

 お祖母ちゃんがソレイユに入ったときはまだ子供だったんで、いきさつなんかはまるで知らない。

 ソレイユのつくりも、なんだか和食のファミレスみたいだくらいに思っていた。

「ちょっと、待っていてください」

 担当さんはサロンのようなところに案内してくれて、しばし待つように言って先に行ってしまった。

 アポなしで来たもんだから、まずはお祖母ちゃんの様子を見に行くんだろう。

 元気でいてくれという気持ちと、元気だったらこちらのことなんか完無視で喋りまくられる鬱陶しさの両方がある。

 こういうところには慣れないのか、お祖母ちゃんの馬力を思い出したのか、綾香は大人しくお茶を飲んでいる。

 

「あ、太陽がある」

 

 お茶を飲み干そうとした綾香が、中庭の上に太陽のオブジェが吊るされているに気づいた。

「……お祖母ちゃんがつくったんだ」

 中庭の銘板を指さすので、湯呑を持ったまま見に行く。

「……中庭全体が新垣綾さんの作品なんだ」

「お祖母ちゃんて偉い人なんだ……」

 オブジェを挟んだ向こう側に部屋が連なっているようで、担当さんが看護師さんらしき女の人と真面目な顔で話している。

 俺たちの姿を捉えたんだろう、担当さんは笑顔に切り替わって、中庭を半周してやってきた。

 

「ご体調がすぐれないんですが、お伝えすると喜んでいらっしゃいましたので……すみません、十分に限ってお会いしてください」

「「は、はい」」

 わざわざ出向いて十分とは気持ちが萎えるが、不調とあっては仕方ない。

 

「なんだか、会うのが怖くなってきた」

 ここへきて尻込みするのは可愛いとさえ言えるんだけど、担当さんや看護師さんの態度からはビビらざるを得ない空気がある。

「「こんにちは……」」

 蚊の鳴くような声で入ると、お祖母ちゃんはベッドで横になって酸素吸入のマスクを着けて、微かにシューゴーとダースベーダーを思わせる呼吸音がする。

「こ、これって……」

「ちょっと肺機能が落ちているんで……」

 看護師さんが語尾をあやふやにする。

 眠っているようなので声が掛けられない。

「たった今まで起きてらっしゃったんですけどね……」

 そう言いながら看護師さんはお祖母ちゃんの耳元に顔を寄せる。

「新垣さん、お孫さんが見えましたよ……」

 お祖母ちゃんはウッスラと目を開け、俺たちに顔を向ける。弱弱しくはあったが、喜んでくれているのははっきりわかる。やっぱ、血の繋がりか。

「亮介……綾香……こっちへ」

 点滴の痕だらけの腕を伸ばしてオイデオイデをする。ほんと断末魔のダースベーダーだ。

「や、ひさしぶりお祖母ちゃん」

「お祖母ちゃん……」

「二人とも大きくなって……積もる話はあるけど、最初に大切なことを言っておくね」

「な、なんだよ祖母ちゃん」

 俺は声かけるのがやっとだったけど、綾香はごく自然にお祖母ちゃんの手をとった。

 基本こいつは甘えん坊なんだと思い出す。

「実は、あんたたち二人には大事大切な話なんだよね……」

「「な、なに?」」

 

「実はね…………おまえたち二人は兄妹じゃないんだよ……」

 

 俺も綾香も、一瞬呼吸が止まった。

 

♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

 北村一子      亮介の幼なじみ 

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坂の上のアリスー48ー『綾香が付いてきた理由』

2020-04-12 06:20:33 | 不思議の国のアリス

アリスー48ー
『綾香が付いてきた理由』   

 

 

 お祖母ちゃんが入っているのはソレイユという介護付き有料老人ホームだ。

 

 この種の施設らしからぬ名前だが、まあ中の上といった感じの、一見マンション風。

 俺んちからだと、電車を二回乗り換えてバスに乗って二時間近く。

 

 二回目の乗換駅で飯を食う。

 

 むろん駅中なんだけど、駅中的なチープさはない。けっこう雰囲気のある洋食屋で、なかなか美味しいものを出してくれる。

〔海老フライとドライピラフ クリームカレー添え〕というのが看板メニューで、子どものころに食って以来、俺も綾香も気に入っている。

 ドーナツ形に盛ったドライピラフの真ん中に大振りのエビフライが載っているというか突っ込んである。でもって、ドライピラフにはクリームカレーがペチョリと掛けてあって、崩して食べるもよし、少しずつ別々に頂くもよし。

 綾香はエビフライにクリームカレーを付け、大振りのエビフライをボリボリ尻尾の先まで食べてからピラフに掛かる。

 子どもの頃は、口の周りをクリームだらけにしてお袋にゴシゴシと口を拭いてもらっていた。

 いまは、さすがにクリームだらけになることはないが、満足そうにエビフライを平らげ、ニマニマとピラフに取り掛かっている。

 しかし、子どもじゃあるまいし、駅中の看板メニュー目当てに来るような綾香ではない。

 

 実を言うと、綾香は一瞬迷った。ほんの一秒ほど。

 

 綾香はお祖母ちゃんを好きじゃない。

 両親は揃って放任主義だ。未成年の俺たちを置いて、いつ帰って来るとも知れない仕事に行ってるくらいだもんな。

「魚の子じゃあるまいし、もちっと構っておやりな」

 お祖母ちゃんは、いつも言ってた。

 だからと言って、俺たち兄妹がお祖母ちゃんを好きというわけでもない。

 箸の上げ下ろしからガキ同士のケンカの仕方まで口を挟むクソ婆あ! 鬱陶しい存在だった。

 六年の時に要介護になってソレイユに入所した時は正直ホッとした。

 

「綾香は付いてこないんじゃないかと思ってた」

 

 バスを降りて、つい綾香に振った。

 振るつもりはなかったんだけど、田舎の空気を数呼吸してなにかがほぐれたんだろう。

 だから返答を期待してるわけじゃない。いい空気吸って吐いた空気に想いが乗っかっただけだ。

「昔はもっとよかった」

 綾香の返答も言葉的には意味はない、やっぱり田舎の空気に癒されているという緩みがある。

 ただ、こいう性格なんで、トゲのある言葉になる。

 でも十五年も兄妹をやっているので――昔はもっとよかった→今だっていい――という意味であることは、田舎道を歩く足の軽やかさでも分かっている。日ごろの綾香はツンツンとダラダラの二通りの歩き方しかしない。

 もう秋が近いのか、目の前を二匹のトンボがよぎってホバリングしている。

「おお」

 ヒンガラ目になって驚く綾香。

 なんだか、子どものころに虫取りに行った時のような気分になった。

 あのころは、トンボを掴まえる俺を尊敬のまなざしで見る可愛い妹だった。

「取ってやろうか」

「だめだよ、トンボにだって自由はあるんだから」

 あいかわらず否定の返事しか返ってこないが、いつになく穏やかだ。

 いつも、こういう感じだったら、いい妹なんだが……そう思って綾香の後ろを歩く。

 ポニテにして露わになった首が思いのほか細いと感じた。

 

 

 

♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

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坂の上のアリスー47ー『お祖母ちゃんの見舞いにいくぞ』

2020-04-11 06:30:40 | 不思議の国のアリス

アリスー47ー
『お祖母ちゃんの見舞いにいくぞ』   

 

 

 風呂場の大惨事やら形容動詞の使い方やらで……ま、それで満身創痍になったこともあるんだけどな。

 

 お祖母ちゃんの見舞いにいくぞ。

 

 たった一言が言えなかったのは俺の臆病さなのかもしれない。

 気ままな奴なので、十中八九鼻を鳴らして嫌な顔をすると思っていた。

「なんで、このクソ暑い時にクソババアの見舞いになんか行かなきゃならないのよ!」

 綾香の反応は言う前から想像がつく。

 ラノベとかだったら、お祖母ちゃんてのは優しいものと決まっていて、困っている時には励ましてくれたり助けてくれるものと相場が決まっている。

 ドラえもんのエピソードでお祖母ちゃんの事が出てくる。泣き虫でいじめられっ子ののび太を優しく抱きしめてくれる。

「フン、有りえないんですけど」

 小学生の時、ゲオで借りてきたドラえもんのDVDを観て、綾香は吐き捨てた。

「黒猫でもあやせでもいいけど、麻奈美は絶対ありえない!」

 オレイモの四回目で綾香はテレビに向かって中指を立てやがった。

 桐乃が兄の京介をいたぶるところでは歓声を上げて、そこだけリフレインさせては腹を抱えて喜んでいた。

 最終回近くで、桐乃と恭介が兄妹でありながら惹かれあっていると分かった時にはテレビにリモコンを投げつけた。

 

 綾香はお祖母ちゃんのことが嫌いだ。たぶん大っ嫌いだ。

 

 嫌いな理由と嫌いになったいきさつを書けば、たぶん夏休みが終わってしまう。

 荒れ狂う綾香には慣れっこなんだけど、俺は、あいつの口からお祖母ちゃんを罵る言葉を聞きたくない。

 俺は、身内が身内をディスるのは嫌なんだ。古い奴と言われるかもしれないけど、家の中は穏やかなのに限ると思っている。

 だから、両親の都合で兄妹二人の暮らしになる時も何にも言わなかった。エアメールが来て――お祖母ちゃんの見舞いに行ってこい――と言われても、俺はクソ真面目に悩んでいる。

 ちょっと二日ほど出かけてくるぞと言って一人で行けば、どれだけ楽か分かってる。

 でも、両親は兄妹そろってを望んでいるし、お祖母ちゃんも二人そろった顔を見たがっているんだろう。

 

 エアメールがきて五日目、俺は切り出した。

「夏休み中にお祖母ちゃんの見舞いに行くからな」

 意思がハッキリ伝わるように、また、やつの飛び蹴りを躱せるように腰を落として斜めに構え、距離二メートルで宣告した。

 一瞬ピクリとし、ゆっくり振り返る綾香。俺はほとんど逃げる体勢になった。

 

「いくいく! ぜったいいく!」

 え? え? 

 俺は逃げ腰のまま驚いた。

 

 

♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

 北村一子      亮介の幼なじみ 

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