大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・妹が憎たらしいのには訳がある・5『幸子の学校見学』

2018-08-31 17:39:10 | ボクの妹

高校ライトノベル

 

妹が憎たらしいのには訳がある・5

『幸子の学校見学』            



「おい、むっちゃ可愛い子おが体験入学に来てるみたいやぞ!」

 クラスメートで、同じケイオンの倉持祐介。

「ほんとかよ!」
 ボクも人並み程度には、女の子にも関心がある。ちょうど食べ終えた弁当のフタをして、腰を浮かせた。
「もー、ちょっと可愛い思たら、これやねんからなあ」
 これも、クラスメートでケイオンの山下優奈がつっこんでくる。
「そやかて優奈、ビジュアル系のボーカル欲しいて言うてたやないか」

 と、いうことで、祐介の目撃場所であるピロティーが見下ろせる渡り廊下に急いだ。渡り廊下には数人の生徒が、高校生的好奇心、プラス大阪人のスケベエ根性丸出しで、ピロティーを見下ろしていた。ピロティーや、そこに隣接する中庭にいる生徒の多くも、チラ見しているのがよく分かった(ちなみに、大阪人のチラ見は東京のジロジロと変わらない)

 セーラー服のツィンテールが振り返って気が付いた。

「あ、幸子!」
「え?」
「うん?」

 俺の早口は、祐介と優奈には、よく分からなかったようだ。ボクは、一階まで降りて、距離を置いて幸子を睨んだ。

――来るんなら、オレに一言言え。そして、人目に付かない放課後にしろ――

 俺の怨念が届いたのか、幸子は、ボクに気が付くと、駆け寄ってきた。
「お兄ちゃ~ん!(^0^)!」
 完全な、外出用のブリッコモードだった。
「兄の太一です。存在感が薄くて依存心の強い兄ですが、よろしくお願いします」
「ええ! 佐伯の妹か……ぜんぜん似てへんなあ!」
 教務主任で副担任の吉田先生が、でかい地声で呟き、近くにいた生徒たちが、遠慮のない声で笑った。
「多分、うちを受けることになると思いますんで、よろしくお願いします」
 兄として、最低の挨拶だけして、そそくさと教室に戻った。しまい忘れていた弁当箱をカバンにしまっていると、優奈が、いきなり肩を叩いた。
「いやー! 太一の妹やねんてな。ぜったいケイオンに入れてよ。あの子には華がある。ウチとええ勝負やけどな」
 
 うちの学校に限ったことではないだろうけど、大阪は情報が伝わるのが早い。

「あの子、美術の見学に行って、デッサン描いたらメッチャうまいねんて。ほら、これ」
 五限が終わると、優奈がシャメを見せにきた。恐るべき大阪女子高生のネットワーク!
「おい、情報の授業見学してて、エクセル使いこなしたらしいぞ、幸子ちゃん!」
 六限が終わると、祐介がご注進。今度のシャメは、十人ほどの生徒たちを、アイドルのファンのように従えて写っていた……で、マジで、放課後には幸子のファンクラブが出来た。

――サッチーファンクラブ結成、連絡事務所は佐伯太一、よろしく!――

 スマホで、それを見たときは、マジで目眩がした。発起人は祐介を筆頭に数名の知ってるのやら知らない名前が並んでいた。

 その日は、運悪く中庭の掃除当番(広くて時間がかかる)に当たり部活に行くのが遅れた。まあ、マッタリしたケイオンなので、部活の開始時間は有って無きが如く。メインの先輩グループを除いては、テキトーにやっている。それが……。

――なんじゃこりゃ!?――

 いつもエキストラ同然の一年生が使っている三つの普通教室はカラッポで、突き当たりの視聴覚教室が、防音扉を通しても、はっきり分かる賑やかな気配。

 入ってびっくりした。

 先輩グループが簡易舞台の上で、いきものがかりの歌なんかを熱唱し、みんながそれを聞いている。そして……そのオーディエンスの真ん中最前列に幸子が座っている!
 俺は、その異様な空間の中で、ただ呆然と立っているだけだった。

 満場の拍手で、我にかえった。

「どう、サッチャン。ケイオンていけてるやろ!?」
 リーダーの加藤先輩が、スニーカーエイジの本番のときのように興奮して言った。
「はい、とっても素敵でした!」
「どう、サッチャンも、楽器さわってみない?」
「いいんですか?」
 とんでもない。加藤先輩のアコステは二十万以上するギブソンの高級品。ボクたちは触らせてももらえない。
「初めてなんですけど、いいですか?」
「いいわよ、簡単なコード教えてあげる」
 驚きと拍手が同時にした。冷や汗が流れる。
「コードは……スコアの読み方は……」
 小学生に教えるように優しく先輩は教え、幸子はぎこちなくそれにならった……。

 それから十五分後、幸子は、いきものがかりのヒットソングを、俺が言うのもなんだけど、加藤先輩以上に上手く歌った。むろんギターもハンチクなボクが聞いてもプロ級の演奏だった。

「サッチャン……あんた……」

 先輩たちが、驚異の眼差しで見た。
「あ、加藤さんの教え方が、とても上手いんですよ。わたしは、ただ教えてもらったとおりやっただけです」
 可愛く、肩をすくめる幸子。
「佐伯クン、あんたたち、ほんとに同じ血が流れてる兄妹……?」
 加藤先輩の言葉で、みんなの視線がボクに集まった……。

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高校ライトノベル・メガ盛りマイマイ 19『虫除けクビ!』

2018-08-31 06:57:19 | 小説・2

メガ盛りマイマイ 
 19『虫除けクビ!』





 イメチェンしてから噂は二種類になった。

 彼氏がかっこよくなったというものと、かっこいい別の彼氏ができたという二つだ。


 眼鏡とウィッグを替えただけなんだけど、恵美さんが連れて行ってくれたのは東京でも指折りの専門店。
「先々代様から御贔屓のお店で、戦前は宮内省御用達でございました」
 なるほど、実家の応接間に掛けてある先代と先々代の油絵が、両方とも眼鏡のフサフサ頭なのが納得できた。
 俺が五歳の時まで生きていた祖父さんはタレ目のハゲチャビンで、応接間の油絵は別人だと思っていたもんな。

 ま、噂は二種類とも『カッコいい』という形容詞はいっしょなので舞は満足していた。

「噂になるんだったら、これくらいでなくっちゃね」とご満悦であった。

 しかし、噂というのは本人に確認しない限り妄想だ。
 噂は妄想という圧搾空気を入れ続けているようなもんで、こんな風に膨らんだ。

――カッコは良いけど、自転車ってのはどーなんだ?――とグレードアップしてしまった。

「自転車というのはダサダサなんだ……やっぱ、バイクか車でなくっちゃね、わたしには釣り合わない」
 舞の欲望も当初の『虫除け』という目的を逸脱して天井知らずになってきた。
「原チャの免許しかねーぞ」
 簡単だけど、ど真ん中から欲望を潰す呪文を唱えてやった。

「いいわよ、あんたじゃ力不足だから」

 その一言で虫除け役から下ろされた。

 舞は克己心というか向上心が強いと言うか、兄の俺から見ても「そこまでやるか!?」というくらいの頑張り屋なんだけど、それが人に向けられると、とんでもなく不遜になって、ジェイソンがチェーンソーを振り回すようにして人の心をズタズタにする。
「虫除けを言い出したのはテメーの方だろ!」
「逆切れ? ウザったいわね。あんたも、もうちょっと自分を磨くってことに気を遣いなさいな。そんな次元の低いところでギャーギャー言うのは、とっても見っともないわよ、人間が小さいわよ」
「んだとー!」
「フン、こんなことでキレないでよ。そのこらえ性の無さで前の学校しくじったんでしょーが」
 俺の心を両断すると、舞は一人で帰っていった。

 それから二日ほど、舞は関根さんと下校している。

 学校で一二を争う美少女コンビ、おまけにどちらもモデルという天下無敵の華やかさ。
――最初から、そーやってりゃよかっただろー――
 俺は、ため息ついて腐るしかなかった。

「隣町の彼氏はフラれたようですね」

 食堂前のベンチででタソガレていると、爽やかな声が降って来た。
「あ、梶山さん」
 虫除けなんちゅうイベントをやらされた、そもそもの原因が俺の横に座った。
「勝手に買ったけど、カフェオレでよかった?」
 原因は冷え冷えの缶コーヒーをくれた。
「あ、すんません」
「食堂の利益は自販機が半分なんです。余裕のある時は協力しなくっちゃ」
 さすいが前生徒会長。気配りと余裕のかまし方がちがう。

 で……なんで俺に話しかけてくるんだ?

「新藤君は芽刈さんの……」

 そこまで言うと、ゆっくりと俺の方を向いて余裕の微笑みをかましてきやがった。

「えと……」
 ひょっとして、俺と舞の関係をみやぶられたか!?
「僕が、彼女に告白した時も、いっしょの屋上に居たよね?」
「え……それは」

 奴は、核心的な一言を言うために、ゆっくりと息を貯め始めた。

 なんだか、周囲の空気を吸いつくされるようで、とても息苦しくなってきた。
 
 

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高校ライトノベル・妹が憎たらしいのには訳がある・4『幸子は佳子ちゃんと友だちに』

2018-08-30 16:45:11 | ボクの妹

 

高校ライトノベル

 

妹が憎たらしいのには訳がある・4

『幸子は佳子ちゃんと友だちに』   



 人はたいていの環境の変化にはすぐに慣れる。

 自他共に認める「事なかれ人間」の俺は、三日目には、幸子の可愛さと、それに反する憎たらしさに慣れてしまった。
 幸子は、家の外では、多少コマッシャクレ少女だが、まあ普通……より少し可愛い妹だった。家のなかでは、相変わらずのニクソイまでのぶっきらぼう。

 六日目に、一度だけお袋に聞いた。ちょうど幸子がお使いに行っている間だ。

「幸子……どこか病気ってか、調子悪いの?」
「え……どうして?」
 お袋は、打ちかけのパソコンの手を休めてたずねてきた。ちなみにお袋は、在宅で編集の仕事をやっている。
「あ……なんてか、躁鬱ってんじゃないけど、気持ちの起伏が、その……少し激しいような……」
「……幸子は、少し病んでるの、ここがね」

 お袋は、ボクの顔を見ずに、なにか耐えるような顔で、胸をおさえた。

「……あ、そういうこと。思春期にはありがちだよね。そうなんだ」
 それで納得しようと思ったら、お母さんは、あとを続けた。
「夜中に症状がひどくなることが多くてね、夜、時々幸子の部屋にお母さんたちが入っているの知ってるでしょ」
 ボクは、盗み聞きがばれたようにオタオタした。
「いや……それは、そんなにってか……」
「いいのよ、わたしも、お父さんも。太一が気づいてるだろうとは思ってたから……」
 そういうとお母さんは、サイドテーブルの引き出しから薬の袋を取りだした。袋の中にはレキソタンとかレンドルミンとかいうような薬が入っていた。

 処方箋を見ると、向精神薬であることが分かった。

「あと……俺が何か気を付けてやること、あるかなあ?」
「そうね……どうしてとか、なんでとか、疑問系の問いかけは、あまりしないでちょうだい」
「う、うん」
「それから、逆に、あの子が、どうしてとか、なんでとか聞いてきたら、面倒だけど答えるように……そんなとこかな」
「うん、分かった」
「それと、このことは、人にはもちろん、幸子にも言わないでね」
「もちろん」
「それから……」
 と、お袋が言いかけて、玄関が乱暴に開く音がした。

「お母さん、この子怪我してんの!」

 幸子が、泣きじゃくる六歳ぐらいの女の子を背負ってリビングに入ってきた。

「お兄ちゃん、大村さんちの前にレジ袋おきっぱだから、取ってきて。それから、大村さんの玄関に、これ貼っといて」
 女の子をなだめながら、背中でボクに言った。渡されたメモには『妹さん預かっています。佐伯』とあった。メモを貼り、レジ袋をとりに行って戻ってくると、幸子は女の子の足の傷の消毒をしてやっているところだった。
「公園から帰ってきたらお家が閉まっていて、家の人を探そうとして転んだみたい」
「大丈夫よ、優子ちゃん。オネエチャンがちゃんと直してあげるからね、もう泣かないのよ……」
 幸子は、まるでスキャンするように優子ちゃんの傷に手をかざした。
「大丈夫、骨には異常は無いわ。擦り傷だけ……」
「はい、傷薬」
 お袋は、手伝うこともなく、薬箱の中から必要なものを取りだして、幸子に渡した。幸子は、実に手際よく処置していく。

 インタホンが鳴った。

「すみません、大村です。妹が……」
「あ、佳子ちゃん、じつは……」
 佳子ちゃんを招き入れ、お母さんが手際よく説明。優子ちゃんも姉の佳子ちゃんを見て安心したんだろう。涙は浮かべていたが、泣きやんだ。
「まあ、幸子ちゃんが。どうもありがとう……わたし、用事でコンビニに行ったら、友だちと話し込んでしもて。それで優子、自分でお家に帰ってきちゃったんや。ごめんね」
「用事って、それ?」
 幸子は、佳子ちゃんが手にしている書類に目をやった。
「あ、わたしドンクサイよって、出願書類コピーで練習しよ思て、十枚もコピーしてしもた」
「佳子ちゃん、どこの高校受けるの?」
「あ、それ、友だちと話ししてたとこ。わたし真田山にしよ思て」

 それがやぶ蛇だった。

 ひとしきりお袋と優子ちゃんの二人を交えた女子会になり、終わる頃には、幸子は大村姉妹と仲良しになり、ついでに受験先も、我が真田山高校に決まってしまった。

 そして、二日後、なんと幸子は真田山高校に単独で体験入学に来た……。

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高校ライトノベル・アンドロイド アン・13『P音を飛ばす』

2018-08-30 14:00:23 | ノベル

アンドロイド アン・13
『P音を飛ばす』

 

 

 アンは音源を飛ばせるらしい。

 

 そう思ったのは昨日の昼休み。

 例のP音で、ときどき弄られるアンだったが、その都度ちょっとだけ頬を染めて(*´艸`*)と笑っている。

 そうすると、周囲もつられてウフフとかアハハになって、それでおしまい。

 こういうことは、意固地になって無視したり知らぬ顔を決め込むとエスカレートするもんだ。

 そういうアンの反応は好感を持たれ、そのぶん動画をアップした者の評判は悪くなる。

 

――悪質だよねえ――削除される前に魚拓とってて加工して再投稿だもんね――も、サイテー――

 

 収まりがつかないのが、采女の取り巻きたち。

 アンが中庭とかを歩いているとヒソヒソと話声がしたり嫌味な笑い声がするようになった。

「いやーね、あれ、早乙女さんの取り巻き達よ」

「顔も見せないで、メッチャムカつく(; ・`д・´)」

 アンよりも、いっしょに歩いてくれている玲奈たちが怒りだす。

 そういうことが四五も回続いた昨日の昼休み。

 中庭を見下ろす三階の渡り廊下からクスクス笑いが聞こえてきた。

「ちょっと、いいかげんにしなさいよ!」

 玲奈がブチギレて渡り廊下に向かって拳を振り上げた。

 すると人の気配と気配の分だけの忍び笑い。

「玲奈、もういいわよ」

「だって、あいつら」

「「「そーよそーよ!」」」

 なんだか刃傷沙汰になりそうな気配になってきた。

 すると、渡り廊下の方から元気のいいP音が立て続けに起こった。

 

 ピーーープーーープププーーブスブスーーーブーーーー!

 え、え、ちょ、ちょ~~~~!!

 

 P音と慌てた声を残して取り巻き達の気配が消えた。

 

「ひょっとして、アンがやったのか?」

 食堂の券売機に並んだアンの横顔に聞いた。

「どうだろ、取り巻きさんたちの声がP音になったらと思ったら、そうなっちゃった」

 そう呟きながら、アンはたぬきそばのボタンを押した。

 

 放課後に玲奈から聞いた話では取り巻き達は発する声がP音になるだけでなく、濃厚な臭いまでついているということで、終日口をつぐんだままだったそうだ。

 

 自覚があるのかないのか、同居人の俺としては、ただただ平穏を祈るだけだった。

 

 

 

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高校ライトノベル・メガ盛りマイマイ 18『虫除けなんだぜ』

2018-08-30 06:41:16 | 小説・2

メガ盛りマイマイ 
 18『虫除けなんだぜ』





 当然噂になる。

 毎日放課後になると隣町の有名私学の男子高校生が、それも某人気ラノベのモテ期主人公のようなイケメンが校門の脇で待っているのだ。
 むろん、虫除けに化けたコスプレだが、ちゃんと隣町の学校からの時間を計算して調整している。

 概ね四時前後。

 下校ラッシュが過ぎたころで、程よいオーディエンスが認知してくれるのには最適だ。
 自転車の後ろには、隣町の防犯登録証とその学校の自転車登録証が貼ってある。自転車そのものも隣町で買ったもので、隣町の自転車販売組合のシールも付いている。うちの物見高い生徒が写メっても簡単にはバレない偽装はしてある。

「ね、A組の芽刈さんよ」
「ここんとこ毎日ね」
「お巡りさんも、あの二人乗りだけはお目こぼしだそーよ」
「見とれちゃう~」
「だよね」
「写真とろーか」
「あたし昨日撮った!」


 信号待ちなんかしてると、そんな声が聞こえてくる。

 単なる虫除けなんだけど、舞はまんざらでもない……てか、ちょっと得意になっている。
 なにをやっても一番でなきゃ気の済まないやつなんで、こういう褒め言葉にはゾクゾクしている。
「ちょ、揺するのやめれ」
「だって、ウキウキするじゃん」
 運転中にしがみついたままウキウキされては危なくて仕方がない。

「ちょっと出来すぎてんよな」
「ちょっとな」


 そんな話が聞こえた時は、ちょっとギクっとした。バレたかと思ったからだ。
「やっかみよ」
 舞は気楽だ、自分のやることに間違いはないと思っている。
 
「なんだか昔の韓流ドラマみたくね」
「あ、男の方な」
「今の時代に有りえねー、ありゃポプラ並木とかねーとな」
「ちょっち芽刈さんとは合わねー」


 俺は安心した。こいつらの呟きはやっかみだ、バレてはいない。
 だが、舞は違った。

「ガレージに着いたら停めて」
「なんでだよ」
「いいから」

 俺たちは、学校と家との中間にあるガレージの中で偽装を解いている。
 俺は別の自転車に乗って裏口から出る、むろん変装は解いて一人で家に帰る。
 舞は、ガレージと棟続きになっている三階建てから出て行く、それがいつもの流れだ。
 それが、今日は停めろという。

「ウィッグと眼鏡変えよう」
「なんでだよ」
「有りえねーとかは有りえないのよ」
「あれはやっかみだろが、テスト前の部活禁止期間のサッカー部かなんかだぞ」
「野球部と軽音もいた」
「っても、同じだろが。バレてなきゃ、そいでいいじゃねーか」
「よくないわよ、フェイクでもわたしの彼なのよ。釣り合うものでなきゃなんないでしょーが」
「こんなとこで見え張ってもよ」
「見栄じゃない、プライドよ」
「いいか、これは単なる虫除けなんだから」
「そんないい加減だから、過年度生なんかになんじゃないのよ」
「ん、んだとー!」
「図星突かれて切れるなんてサイテーの屑よ」
「このアマーー!」

 手を上げた瞬間天地がひっくり返った。

「遅くなりました、ま、仲良く兄妹ゲンカですか」
 恵美さんが車のキーを回しながら入って来た。
「恵美さん、いまから原宿……渋谷お願いね」
「はい、承知しました」
「ほら、さっさと来る」
 痛む腰を摩りながらセダンに乗り込む。

 半日かけてウィッグと眼鏡を新調。
 あくる日からはイメチェンの二人乗りで、やっかみ的な呟きをするモブも居なくなり、三日目には俺たちの写真をマチウケにする女子まで現れた。

 大満足の舞だったが、本当の目的である虫除けからほころびが出てきた……。
 

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高校ライトノベル・妹が憎たらしいのには訳がある・3『なんだか変』

2018-08-29 15:37:53 | ボクの妹

高校ライトノベル

妹が憎たらしいのには訳がある・3

『なんだか変』   


 なんか変だった。

 例えて言うなら、ライブの舞台セットの裏側と表側。
 セットの表側は、きれいに飾られ、電飾やらレーザーやらの照明が当てられて、とても華やか。でも裏側にまわると、それはただの張りぼて。ベニヤ板が剥き出しだったり、配線が生ゆでのパスタのようにのたくって薄暗く、まるで建設現場のように素っ気なく乱雑である。
 幸子は、Yホテルで会ったとき、引っ越しでご近所周りをしている時は、明るく可愛い女の子だった。家の中を整理しているときは、お父さん、お母さん、そしてボクたちも忙しく立ち回り、いわばセットの立て込み中のスタッフのように、テキパキと、いわば事務的に動いていた。だから、素っ気なくて当たり前だった。
 
 でも、落ち着いてからの幸子は、おかしかった。

 兄妹とはいえ、平気で上半身裸の姿を晒し「こういう場合、どうリアクションしたらいいと思う?」は無いと思う。それも歪んだ薄笑いで……。

 親父とお袋には、普通の態度だった。

「ウワー、奮発したのね。これ宅配寿司でも高級なやつじゃん!」
「佐伯家の再出発だからな。まあ、これくらいは」
「う~ん、この中トロたまら~ん!」
「よかったら、お母さんのもあげるわ。脂肪が多いから」
「ごっちゃん、遠慮な~く!」
「ハハ、幸子は東京で舌が肥えちまったなあ」
「下も上も肥えてませーん。ナイスバディーの十五歳で~す!」
「そうよ、幸子、ブラのサイズ、この冬からCカップになっちゃったもんね」
「もー、そういう秘密は、家族でも言っちゃいけません!」
「ハハ、友だちにも自慢してたくせに」
「女の子の友だちだもん。でも、お父さんならチラ見ぐらいさせてあげるわよ🎵」
「おい、親をからかうもんじゃないよ」
「ハハ、お父さん赤くなった!」
「アハハハ……」
 
 ボクは、この食事の間、ほとんど会話には入っていけなかった。

「幸子、ムラサキとってくれよ」
「…………」
 幸子は笑顔をさっと引っ込め、例の歪んだ笑顔でボクを見た。

「ムラサキって醤油のこと」
「分かってる……はい」

 幸子は、まるで犬にものをやるように……いや、ゴミ箱に投げ入れるような無機質さで、ムラサキの魚型チュ-ブを放ってきた。それも、ボクの手許三センチのところにピタリと。そして、ボクと始めかけた会話など無かったように、続きを始めた。

「で、敦子ったら、敦子って、東京の友だちなんだけどね……」
「そりゃ、びっくり……」
「ハハ、年頃の女の子って……」
「ハハ、オレも苦労しそう……」
「だーかーらあ……」
「アハハハ……」

 その夜、トイレに行こうとしたら、お風呂に入ろうとしていた幸子と廊下で出くわした。

「お風呂……覗くんじゃないわよ」
 今度は、歪んだ笑顔なんかじゃなくて、無機質な真顔だった。スニーカーエイジで機材を間違えて置いたときにとがめ立てしたスタッフのようにニクソかった。
「覗くわけないだろ。昼間のは事故みたいなもんだったけど」
「でも……可能性の問題としてね」
 そう言って、ボクの前を通っていく幸子の手には、着替えやらバスタオルが抱えられていたが、チラッと金属のボンベのようなものが見えた。偶然か、それを察したのか、幸子は縞柄のパンツでそれを隠した。
 トイレと風呂場は隣同士で、脱衣場とトイレ前の洗面とはカーテン一枚で仕切られているだけで、幸子が潔く服を脱いでいく衣擦れの音がモロにした。昼間見た形の良い胸が頭に浮かんだ。

――オレってば何考えてんだ――

 その夜、新しい寝床で寝付けずにいると、隣の幸子の部屋で気配がした。コップを壁にあてて聞いてみる。

「……やっぱ、無理か?」
 父の声だ。
「うん、幸子が拒否……」
 母の声だ。ん、間が空いた……。
「ま、引っ越しとかで疲れがでたんでしょ。とにかくゆっくり眠りなさい」
「はい、ごめん。お母さん、お父さん」
 なんだか、急にボリュ-ムが上がったような気がした。

――なに、盗み聞きしてんのよ――

 幸子のニクソイこえが聞こえたような気がして、ボクは、慌ててベッドに潜り込んだ……。

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高校ライトノベル・メガ盛りマイマイ 17『グッときてしまったからなんだ』

2018-08-29 06:56:16 | 小説・2

 


メガ盛りマイマイ 
 17『グッときてしまったからなんだ』




 真空カマイタチキックをかまされたせいじゃない。

 グッときてしまったからなんだ。

 そりゃあ、真空カマイタチキックは恐ろしい。
 舞が本気で真空カマイタチキックをかましてきたら、ガチで首の一つや二つは飛んでしまう。
 それが耳たぶの端っこが切れただけで済んだのは、舞が手加減していたからだ。
 ブチギレながらもわきまえてやがる。
 
 俺がグッときてしまったのは、夕べの風呂だ。

 右足の靭帯を痛めていたので入浴の介助をやってやった。
 慣れないことというよりも、恥ずかしさからジタバタしやがるので、バランスを崩して兄妹揃って湯船に落ちてしまった。
 その時に見てしまったんだ。

 舞の右足の付け根に赤斑が出ているのを。

 この赤斑は、舞の心がいっぱいいっぱいになったときに現れる。
 ほんのガキだったころに庭の木に上ったことがある。
 舞は、まだ「オニイチャン」とあどけなく慕ってくれていて、なんでも俺のやることを真似していた。
 だから、俺が木に登れば舞も真似して登って来る。

 

 舞の真似は少し変わっている。

 

 普通は、兄貴が上ったあとを付いてくるものなんだけど、あいつは、俺が登っているのよりも大きな木を一人で登り始めた。
「それ以上登ると危ないぞ!」
「まだまだいけるもん!」
 意地を張った舞は、俺のことを見下ろせるところまで登っていきやがった。

 で、下りることが出来なくなってしまった。

 

「お、下ろられるもん!」
 強気で返事はするが、震えているのが俺からでも分かった。
「待ってろ! いま助けてやるから!」
 俺は急いで降りると、舞の木に取りついた。

 その時に見えてしまった、舞の右足の付け根に赤斑が出ているのを。

 いっしょに風呂にも入っていたし、犬ころのように転げまわっていたので、日ごろは出ないということは分かっていた。
 無事に下ろした時には、屋敷中騒ぎになって、そのままになってしまった。
 お婆ちゃんに聞いて分かった。
「あれは、舞がいっぱいいっぱいになると出てくるんだよ」
 赤ん坊のころに喉を詰まらせたときや、屋敷の中で迷ってビビりまくっていたときに(ふだん生活しているところは、屋敷のほんの一部だったので、マジで迷ってしまう)発見された時、風邪をこじらせて高熱を出したときなんかに出ていたらしい。

 だから、俺は引き受けてやった。

「おう、こっちこっち!」

 

 俺は校門を出て直ぐのところで待っていた。

 

 ちょうど下校のピークで、俺の姿はよく目立った。
 目立つはずだ、俺は隣町の有名私学の制服を着でウィッグを被り眼鏡をかけている。
 ほら、こないだモデルの面接を受けに行ったときの姿。舞が短時間で移動できるように俺がアッシーになってやっている。
 いつもは離れたところで待っているんだけど、今回は露出している。
「あ、お待たせーーーーー!」
 いそいそと、手を振りながら舞が駆けてくる。
 ラブコメだったら、完全にフラグが立つところだ。
 恋愛フラグで、みんなにバレバレフラグがさ。で、それを目にした友だちとかヒロインに心を寄せる男どもをヤキモキさせる虫除けフラグがさ。

 そう、俺は梶山に舞のことを諦めさせるために、一芝居を打っている最中なんだ。

 嫌々なんだけどな!
 

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高校ライトノベル・妹が憎たらしいのには訳がある・2『タイトルに偽りなし』

2018-08-28 16:07:36 | ボクの妹

妹が憎たらしいのには訳がある・2
『タイトルに偽りなし』
   


 タイトルがおかしい。

 前回読んだ人はそう思うかもしれない。

『妹が憎たらしいのには訳がある』と題しておきながら、八年ぶりの妹を、こう描写している。
 
 すっかり変わって可愛くなった妹の幸子が向日葵(ひまわり)のようにニコニコと座っていた。

 可愛くのみならず、ニコニコとまで書いている。
 でも、タイトルに偽りはない……。

 妹の幸子は、喋りすぎるでもなく、静かすぎることもなく、自然な会話の中でニコニコしていた。

 八年前、ボクが東京の家を出るとき、まだ七歳の幸子は、電柱三つ分ぐらい泣きながら追いかけてきた。

「おにいちゃーん、行っちゃやだー!!」
 転んで大泣きする幸子を見かねて、ボクはタクシーを止めてもらった。
「幸子、大丈夫か!?」
「だいじょばない……おにいちゃん、ファイナルファンタジー、まだクリアーしてないよ。いっしょにやるって言ったじゃないよ、言ったじゃないよ……」
 そう言って、幸子は手を開いた。小さな手の上にはプレステ2のメモリーカードが載っていた。
 メモリーカードには、やりかけのファイナルファンタジーⅩ・2のデータが入っている。
「さちこ……さちこ一人じゃ、できないよ。おにいちゃんといっしょじゃなきゃできないよ!」
「がんばれ、幸子。やりこめば、きっとできる。あれ、マルチエンディングだから、がんばってハッピーエンドを出せよ。がんばってティーダとユウナ再会のハッピーエンド……そしたら、またきっと会えるから」
「ほんと……ほんとに、ほんと!?」
「ああ、きっとだ……!」
 そう言って、ボクは幸子にしっかりとメモリーカードを握らせ、その手を両手で包んでやった。
「がんばれ、幸子!」
 包んだ手に、幸子の涙が落ちてくるのがたまらなく、ボクは幸子の頭をガシガシ撫でてタクシーに戻った。
 バックミラーに写る幸子の姿が、あっと言う間に涙に滲んで小さくなっていった。

「コンプリートして、ハッピーエンド出したよ」

 幸子は、黒いメモリーカードをコトリとテーブルの上に置いた。
 八年前の兄妹に戻り、ボクは、ほとんど泣きそうになった。

 Yホテルのラウンジの、ほんの一時間ほどで、我が佐伯家の空白の八年は、埋められた……ような気になっていた。

 それから一週間後、ボクたちは、新しい家に引っ越した。お母さんとお父さんは、それぞれ東京と大阪のマンションを売り、そのお金で、中古だけど戸建ての家を買った。5LDKで、ちょっとした庭付き。急な展開だったけど、ボクには本気で家族を取り戻そうとする両親の心意気のように感じられ、久々にハイテンションになっていた。
 大ざっぱに家具の配置も終わり、ご近所への挨拶回り。
「今日、越してきました佐伯です」
「よろしくお願いします」

 向こう三軒両隣、みなさんいい人のようだった。特に筋向かいの大村さんは、幸子と同い年の佳子という子がいて、なんだか気が合いそうな気がした。

 夕食は、宅配のお寿司をとった。

「一時間ほどかかりますが」と言っていた宅配のお寿司が、四十分ほどで着いた。
「おーい、幸子、お寿司が……」
 幸子の部屋のドアを開けて、ボクも幸子もフリーズした。
 幸子は、汗をかいたせいだろう、トレーナーも下着も脱いで、着替えの真っ最中だった。
「あ……」
「こういう場合、どうリアクションしたらいいと思う?」

 幸子は、裸の胸を隠そうともせずに、歪んだ薄ら笑いを浮かべて言った。

 ボクが見た、妹の初めての憎たらしい顔がそこにあった……。

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高校ライトノベル・メガ盛りマイマイ 16『洒落にならねーーー!』

2018-08-28 06:54:21 | 小説・2

 


メガ盛りマイマイ 
 16『洒落にならねーーー!』




 舞は救急車で病院に運ばれた。

 俺に真空カマイタチキックをかましたからだ。


 真空カマイタチキックは、去年、まだ中学生で東京ドームと同じ広さの実家に住んでいたときに身に着けた荒業なんだ。
 親父は健康のためにいろんなスポーツをやっているが、その一つが少林寺拳法だ。
 先生は中国人の孫悟海老師。
 二十代にしか見えない体の上に七十歳くらいのシワクチャ顔が載っている化け物爺さん。
「お父上よりも才能がある!」
 そう見込んで舞に稽古を付けようとした。

「それなら、一番の奥義を教えて!」

 孫老師は眉毛一つ動かして驚いた(孫老師は、けして驚いた顔をしないので、眉毛一つ動かしたというのは大変な驚きなんだそうだ)。
 そして舞の体を頭のてっぺんからつま先まで触って、奥義の伝授に耐えられるかどうかを確認した。
 舞が他人が体を触るのを許したのは後にも先にもこれっきりだったので、俺も親父もブッタマゲタ。

「よろしかろう」

 老師は一言呟くと、半日かけて孫流少林寺の奥義を教えた。
「優秀な弟子でも十年の経験が無ければ教えぬ技です、わずか半日で習得したのは驚異の極み。よろしいか、習得したとはいえ、どこかに無理がある。けして本気になって使ってはいけませんぞ」

 つまり、下手に使えば、自分の体も痛めてしまうという忠告だった。

 で、救急車を呼ぶくらい身体を痛めてしまったのだから、俺にかました真空カマイタチキックは、思い切りの本気だった!

 洒落にならねーーー!

「本気でやったら、あんたの首飛んでたよ。今度やったら、ほんと首飛ばしてしまうから」
 安静を条件に帰って来た舞は、シラっと恐ろしいことを言う。
「でも、結果的には自然な形でキャンセルできたじゃねーか」
「あ、うん……」
 梶山とのデートは救急車が学校にやってきたことでチャラになっていた。

「えと……お風呂に入りたいんだけど」
 晩飯後の洗い物をしていると、後ろから声が掛かった。
「あ、今から沸かすわ」
 シンクの上の湯沸かしボタンを押す。

 

――お風呂のお湯を沸かします――

 

 給湯システムが優しいオネエサンの声で反応する。
 考えたら、俺に優しく語り掛けてくれるのは、湯沸かしとパソコンのナレーターくらいかもしれない。

 

「じゃなくって」
「ん?」
「じん帯痛めてるから、湯船に浸かれないってか……」
「つ……だから恵美さんに来てもらおうかって言ったんだ」
 大げさにするのは嫌だと言って、実家の方には連絡していないのだ。
「わーった、一人でなんとかする!」
「待て!」
 
 この上怪我をひどくされてはかなわないので入浴の介添えをしてやることにした。

「水着とか着てりゃ済む話だろーが!」

 

 俺は安眠用のアイパッチをさせられた。汗まみれの体に水着を付けるのは気持ちが悪いということで、舞はいつもの通り。

 

「湯船に浸かるときだけだから……ヘリに腰掛けるから、首に掴まらせて……そいで、わたしの右足を持って」
「こうか……」
「ちょ、どこ触ってんのよ!」
「す、すまん」
 なんとか重心を確保して、ソロリと舞を湯船に誘導する。
「ちょ、胸押し付けないで!」
「だって、重心が……」
「「あ、ああーーーー!!」」

 ザッパーーーーン!!

 バランスを崩して、兄妹そろって湯船に落ちてしまった。

 アイパッチが外れてしまって十年ぶりに一緒に湯船に浸かってしまった。

「コラー、目ぇつぶれーーー!」

 舞の注文は、ちょっと手遅れだった……。
 

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高校ライトノベル・妹が憎たらしいのには訳がある・1『再会』

2018-08-27 12:26:39 | ボクの妹

妹が憎たらしいのには訳がある・1
『再会』
    


「土曜日、お母さんと会うからな」

「え………………………………?」


 これが全ての始まりだった。

 俺は、どこと言って取り柄も無ければ、欠点もない(と思ってる)、ごく普通な高校生である。
 通っている高校も偏差値58の府立真田山高校。クラブは、どこの学校でも大所帯の軽音楽部。特に軽音に関心が高いわけじゃない。中三の時、友だちに誘われて、ちょっとだけアコステをやり、校内の発表会に出た。
 バンドというだけで注目だった。どっちかって言うと、そういうのは苦手。ボクは、ただ習ったコードをかき鳴らしていただけ。本番でも五カ所ほど間違ってしまった。とてもアコステをマスターしたとは言えない。でも、観客の生徒はみんなノリノリだった。友だちのボーカルが多少イケテル感じはしたけど、素人のボクが見ていても、ハンパなモノマネに過ぎなかった。

 だから高校に入るまで、そういうのとは無関係だった。中学のアレは、義理ってか、押し切られたとか、まあ、そういう範疇のものだ。

 高校で軽音楽部に入ったのは、とにかく人数が多く、適当にやっていれば、学校の居場所としては悪くないから。
 実質は十人ほどの上級生が独占的にやっていて、ボクたちはエキストラみたいなもんだ。

 でも、それでよかった。

 やったことと言えば、伝統の「スニーカーエイジ」に出場した先輩の応援にかり出され舞洲アリーナで弾けたぐらい。

 そう、一般ピープルと言うかモブして観客席で群れているのが性に合っている。

 だから、入部したときに組まされたメンバーも、そういう感じで、ケイオン命ってんじゃなくて、お友だち仲間というベクトルが強い。お友だちというのは、互いに深いところでは関わらない。他愛のない世間話をするぐらい。
 スニーカーエイジの授賞式で先輩と目が合って「おめでとうございます」と言った時、先輩は俺の名前が出てこず、曖昧な笑顔をしていた。こういうことにガックリ来る人もいるだろうけど、俺は名もないモブであることにホッとした。

 俺は、そういうヌルイ環境が心地よかった。

 さて、本題。

 ボクの両親は、ボクが小学二年の時に離婚した。

 原因はお父さんの転勤だった。

 なにか仕事で失敗したらしく、実質は大阪支店への左遷だった。ずっと東京育ちだったお母さんは、大阪に行きたがらなかった。そして、それよりも左遷されて、自信やプライドを失ってしまったお父さんに、お母さんは嫌気がさしてきたようだった。
 で、あっさりと離婚が決まり、俺はお父さんに引き取られ大阪に来た。一つ年下の妹はお母さんが引き取り、我が家は、あっさりと大阪と東京に別れてしまった。

 それ以来、お母さんにも妹にも会っていない。妹が四年前交通事故で入院した時、お父さんは一度だけ、日帰りで会いに行った。
「大したことはなかった」
 その一言だけで、お父さんは二度と東京にいかなかったし、当然俺も東京には行っていない。
 それが、今朝、ドアを開けて出勤しようとして、まるで天気予報の確認をするような気軽さでカマされた。

「この土曜日、お母さんと会うからな」
「え………………………………?」

 俺は、人から何か頼まれたり命じられたとき、とっさに返事ができない。

 一拍おいて「うん」とか「はい」とか、たいてい同意してしまう。小学校の通知票の所見には「穏和で、友だち思い」と書かれていた。要は事なかれ主義の、その場人間。お父さんに似てしまったんだと思う。この時は、「うん」も聞かずに、お父さんはドアを閉めてしまった。だからだろう、初めて乗ったリニア新幹線の感動も薄かった。

 そして、その土曜、Yホテルのラウンジ。

 目の前に、八年前と変わらないお母さんが座っていた。
 そして、その横には、すっかり変わって可愛くなった妹の幸子が向日葵(ひまわり)のようにニコニコと座っていた。


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高校ライトノベル・メガ盛りマイマイ 15『真空カマイタチキック!』

2018-08-27 07:12:05 | 小説・2

 高校ライトノベル・メガ盛りマイマイ 
 15『真空カマイタチキック!』




 気楽にやればいいじゃないか

 アドバイスとしては間違っていないと思う。

 お友だちとして付き合う。
 そういう括り方で付き合いを承知したんだ。
 だからデートという誘い方をされたら、ちょっと引いてしまうのは理解できる。
 
「でもなあ、男と女が付き合うってのは恋愛フラグが立ったってことことなんだぜ。看板はどうあれ誘われて当たり前じゃねえか」

「だって……」

「嫌ならOKしなきゃよかったんだ。もともと断ること前提だったろ、コクられそうになったら、俺が電話して中断させるって段取りだったじゃねえか」
「だって、断ったら傷つけちゃうじゃんか。同じ学校に居て傷つける傷つけられたなんて嫌じゃん」
「難しく考えすぎなんだよ。何度かデート……いっしょに出かけてさ、やっぱピンとこないってことで自然に解消しちまえばいいことじゃねーか」
「そんなのできないよ、相手が気持ち持ってくれて、いっしょに出かけて退屈とかのフリできないよ、ピンとこない真似なんてできないよ」
「それって、梶山とデートしたら面白いってか、舞自身も乗り気の予感ってことじゃねーのか?」
「え、あ、うん……梶山さんのSNSとかネットに流れてる評判とか、すごくイイってか、素敵だとか思うよ」
「だったら付き合っちゃえばいいじゃねーか」
「ダメなんだよ、最初は、時々の学校の帰りとか月一の休日デートとか……でも、時々が毎日になり月一が毎週とかになっていくの目に見えてる」
「付き合うって、そういうことだろ」
「他のことができなくなってしまう、いまやってることってどれも止めるわけにはいかないから」
「ま、そーだろーけど、この際、整理したらどうなんだ。七つも部活やった上に生徒会に、こないだからはモデルの仕事もだろ」
「それは、わたしの今のキャパでやっていける。どれも、自分自身が努力すればいいことだから。でも、付き合うってのは人間相手なわけだから、予定とかマニュアル通りにはいかない……それに、わたしブキッチョだし」
「あーーーーーーー」
 それは分からんでもない。メールの返事を打つだけでも一晩掛かる奴だ。
「ま、とりあえずは用事があるってことにしとけ」

 もう朝礼のチャイムが鳴りそうなので暫定的な結論にしておいた。

 朝礼が終わると、舞は机の下で隠すようにしてメールを打っていた。目が合うと真っ赤な顔で睨まれたが、とりあえずは解決したようだ。

 手術に臨む前の外科医のような手洗いを廊下で待っていると、舞からメールが来た。
「んだよ……」
 今日の舞はしつこすぎる。
 学校では、俺と舞はただのクラスメート。兄妹だってバレるようなことはするなというのは、そもそも舞が言いだしたことなんだぞ。
「え……うそだろ?」
 メールには突拍子もない提案が書かれていた。

――んなこたーお断りだ!――

 返事を打つと、斜め後ろの女子トイレから殺気を感じた。
 ヤバいと思った時には、後頭部に風が吹き、見慣れた足先がマッハ2の速度で視界の隅を横切った。
「次はまともにヒットさせる」
 必殺仕掛人の脅し文句のようなことを言って舞は遠ざかっていく。

「すまん待たせた……新介、その耳どうした?」
「ん?」

 触ってみると左の耳たぶから血が流れている。

 くそ、舞のやつ、真空カマイタチキックを仕掛けてきやがった!

 

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高校ライトノベル・アンドロイド アン・12『P音』

2018-08-26 14:11:20 | ノベル

アンドロイド アン・12
『P音』

 

 

 今度は動画だった。

 

 ほら、食堂で早乙女采女(さおとめうねめ)って美少女三年生がやってきてアンにいろいろ話したろ。

 なんでも采女さんの知り合いがスーパーに居て、エスカレーターでオタオタしてるアンを写メってネットで流した。

 一応、そのお詫びってことだったけど、直後にアンの後ろを通った女子がズッコケて、トレーに載っていたものがひっくり返った。なぜかコショウが載っていて、コショウの灰神楽がたって、もろに被ったアンはクシャミを連発。

 その情けない姿を十秒ほどが動画に撮られている。

 クシャミを堪えようとして、堪えきれずに――グフッ!――と噴いてしまい、涙と鼻水が爆発してしまった。

 瞬間的に腹圧が急上昇して、PU~~~と可愛いP音を発してしまったんだ。

 

 写メの時は赤沢が教えてくれたんだけど、動画を発見したのは町田夫人だった。

 

「こんな動画許しちゃダメよ!」

 回覧板のついでに「こんなのが出回ってるわよ」と教えてくれて「削除依頼をしよう!」との励ましに続き、こっちの返事も待たずに、その場で運営会社に電話してくれた。

「「ありがとうございます」」

 二人でお礼は言ったけど、不安だった。

 こういうやつらは反応すればするほどカサにかかってエスカレートしてくるもんだ。

 町田夫人の義侠心が裏目に出ないことを祈った。

 

 アハハハハ

 

 たいして興味もないアジア大会の中継を観ているとキッチンの方でアンの笑い声。

 また感電して狂っちまったか!?

「ほら」

 振り返ると、鼻先にスマホが突き付けられる。

 例の動画。今度は目の所に申し訳程度の目隠しが施され、P音の所はリフレインするように加工されていた。

「こ、こいつーーー!!」

 さすがの俺も血が逆流した。

「スレも面白いよ~」

 

 HEこき女! 笑い死ぬ~! HHHHHHHHHHHHHH~ こえ~~ 8888888888 よく撮った!

 撮ったやつサイテーー! サイテー言いながら見てるし! ただの生理現象 WWWWWWWW 削除削除!

 挙げた人削除しなさい、天誅が下ります! るせー! 目隠ししてるしー! 魚拓とったし~

 

「通報する!」

「いいよ、ほっといて。飽きたらやめるだろうし」

「しかし、再生回数1000超えるぞ」

「ほっときゃいいのに……」

 

 通報してから気が付いた。

 アンはアンドロイドだ。

 それも、よくできたアンドロイドで、人間同様に食事はするが100%エネルギーに変換してしまう。

 だから、その……排泄するということがないし、P音を発することもない。

 それに呼吸することもないから、グフ! という具合に鼻水を爆発させることもない。

 

 アンのやつ何のために?

 

 そう思って再び振り返ると、拳銃を持つような手をした。

 PU~

 なんと口からP音を発しやがった!

 

 

☆主な登場人物

 

 新一    一人暮らしの高校二年生だったが、アンドロイドのアンがやってきてイレギュラーな生活が始まった

 アン    新一の祖父新之助のところからやってきたアンドロイド、二百年未来からやってきたらしいが詳細は不明

 町田夫人  町内の放送局と異名を持つおばさん

 町田老人  町会長 息子の嫁が町田夫人

 玲奈    アンと同じ三組の女生徒

 小金沢灯里 新一の憧れ女生徒

 赤沢    新一の遅刻仲間

 早乙女采女 学校一の美少女

 

 

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高校ライトノベル・メガ盛りマイマイ 14『舞は両手で顔を覆って泣き出した』

2018-08-26 07:00:10 | 小説・2

高校ライトノベル・メガ盛りマイマイ 
 14『舞は両手で顔を覆って泣き出した』

 


 俺に聞くなよ

 目を合わさずに呟くように返事した。


 はた目には、すれ違っただけにしか見えなかっただろう。
 俺は振り返ることなく階段を下りて食堂に向かった。俺の数歩後ろには、トイレから出てきて追いつこうとしている武藤が居る。
 武藤はイカツイ柔道部だが、保健衛生的な潔癖症がある奴で、トイレを出る時には手術前の医者かというくらいきっちりと手を洗う。だから、昼飯前の連れションでも俺に後れを取る(あ、俺が全然手を洗わないってことじゃないからな)
 昼飯前がいつも連れションというわけでもないしな。
「柔道部の今後についてアドバイスが欲しい」
 俺を勧誘したいという下心見え見えのフリなんだけど、逃げてばかりでは友人関係にヒビが入る。
 俺は、なにごとも波風立てず平穏無事に生きて行こうという模範的高校生なんだ。

「おい、芽刈さん、なにか言ってなかったか?」

 廊下で追いついた武藤が横並びになりつつ聞いてくる。

「え、あ、歌でも口ずさんでたんじゃねーか」
「にしては真剣そうだったけど」
「芽刈さんは多忙だからな、関根さんに誘われてモデル業も始めたって噂だし」
「ああ」

 舞がモデルになったというのはバレている。

 だれかがネットで見つけたらしいんだけど、舞自身のイカシタ雰囲気が、学校関係者をして大いに首肯せしめた。担任のみくるちゃんなどは「えー、今まではモデルじゃなかったの!?」とラブライブサンシャインのキャラみたく目をきらめかせて驚いていた。

 俺は、こういう驚き方をするみくるちゃんを不覚にも可愛いと思ってしまった。

「でもモデルだったら歌か?」
「声優とモデルってのはオールマイティーでなきゃやってけないんだぞ、お前の筋肉脳みそじゃ理解できないかもしれないけどな」
「はー、そういうもんか……」
 武藤は無邪気に感心した。潔癖症はともかく、こういう無邪気なところは好ましい。

「あ、新藤君、先生が呼んでる!」

 角を曲がったら食堂というところで舞と鉢合わせ。
 こいつ、校舎をぐるっと回って待ち伏せしてやがった。額に汗を浮かべ息を切らしてやがる。

「え、すぐに?」
「うん、わたしも付いていくから、ね」
 
 ウ……とちくるって俺の手を握りやがった。

「すまん、ちょっと行ってくる」

 羨ましそうな武藤の視線を感じながら俺はひかれるまま職員室への階段を上がった。
 で、職員室の前は素通り……予感した通り生徒会室に拉致られた。

「こんなことしたら、目立っちまう……」

 意見しようとしたら、舞の目は涙に潤んでいた。
 生徒会室に連れ込まれたらローキックかハイキックかと覚悟していた俺は戸惑ってしまう。
「どうしよう、どうしたらいい?」
 この狼狽え方から、梶山のことだと見当がついた。
「落ち着け、落ち着いて問題を整理しろ」
「だって、デートしてくれって言われちゃったよ!」
「デート?」
「困るよ困るよ!」

 そう言うと、舞は両手で顔を覆って泣き出した。

 この狼狽えぶり、兄の俺でも半分分かって半分は分からない。

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高校ライトノベル・メガ盛りマイマイ 13『バッカじゃないの』

2018-08-25 06:48:18 | 小説・2

 


 高校ライトノベル・メガ盛りマイマイ 
 13『バッカじゃないの』



 バッカじゃないの

 三流芸人のすべったギャグに思わずツッコミを入れるように、舞は鼻を鳴らした。


 兄妹そろって遅刻しないように、朝の七時になるとテレビが点く。
 時計代わりに点いているテレビなので、俺も舞も真剣には観ない。

 それでもニュースとかバラエティーで人の声が聞こえると、知らずに耳を傾けている。
 特に舞は敏感で、ジュースを飲んだり、トーストを焼きながら反応している。
 反応しているのは瞬間だけで、トーストに乗っけたスクランブルエッグが落ちでもしたら「フギャー!」とネコ科の悲鳴を上げて、次の瞬間には忘れている。
 
 都議選が終わった時も「バッカじゃないの」だった。

 ちょっと興味が湧いたので「なんでバカなんだ?」と聞いてみた。
「この厚化粧、豊洲はバイオハザードみたく言ってたんだよ、それが豊洲移転だよ。東京都民もバッカじゃん」
 むつかしいことは分からない俺だが、女性都知事をスゴイと思っていたので凹んでしまう。
「こいつ、もっとバカ!」
 開票終了後の記者会見に出てこない蓮舫にはニベも無かった。
 小池都知事の会見がダラダラ続いていると、もう意欲を失った。連呼される小池というワードは舞の脳みその別のところを刺激した。
「あーー小池屋のポテチ……」
 そう呟くと、財布を掴んでコンビニに突撃した。

 で、今朝の「バッカじゃないの」である。

 ワイドショーのMCは夕べ観ていた『メガ盛り早食い女子選手権!!』に出ていた女子高生が急死したことを伝えていた。
 急性ナンチャラ症という病名は付いていたが、要は大食いがたたっての突然死だ。
 テレビ画面の中の女子高生の姿がフラッシュバックする。
 スカートのホックはおろかファスナーまで下ろし、限界が近くなるとOLチャレンジャーの真似をしてピョンピョンジャンプ。
 その衝撃で落ちそうになったたスカートを、大股開きでつっぱりながら食い続けた。
 壮絶な挑戦だった。最後の方は観ているだけで気分が悪くなった。
 でも、俺は「バッカじゃないの」にはならない。
 いま思うと、あの女子高生は美人とか可愛いという範疇の子ではなかった。崩しようのないブスというわけじゃないが、そういうカテゴリーは中学の時に諦めて、お調子者とかファニーとかいうカテゴリーの中にレーゾンデートルを求めていたように思う。

 

 学校という村に溶け込むのは、大人が思っているよりは何倍も難しい。
 死ぬ思いまでして、いや、事実死んでしまったんだけど、明るくひょうきんにメガ盛りに挑戦していた彼女には、言い知れぬ闇とか黒歴史があったんだろう。
 俺自身、前の学校をしくじって過年度生として高校をやりなおしているので分かってしまう。

「遅刻するよ!」

 蔑んだような目で急き立てる。もう慣れっこだけど嬉しくもない。
「わーってる」
 我ながら不機嫌な返事をして、食器を重ねて流しへもっていく。
 ザッと水で流してビルトインの食洗機へ収める。流しに放置していては、帰宅して台所に入った時に鬱になる。

「待たせたな」

 リビングへ戻ると、玄関に向かったはずの舞がソファーに胡座くんでスマホと格闘している。
「んだよ」
 敵はムスッと顔を上げる。
「どーしよ、また梶山のメール!」
 不機嫌そうな顔は、声とは裏腹に上気している。
「おはよう、今日も元気で! とか返事しとけ」
「え、あ、うん」
 意外に素直に従う。
「適当にニコニコを変換して打っとけ」
「え、あ……(*^▽^*)でいいかな?」
 
 ディスプレーをズズイっと見せる舞は、ちょっとだけだが可愛いかった。
 

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高校ライトノベル・メガ盛りマイマイ 12『メガ盛り早食い女子選手権!!』

2018-08-24 06:35:30 | 小説・2


 高校ライトノベル・メガ盛りマイマイ 
 12『メガ盛り早食い女子選手権!!』




 観ているだけで気持ちがわるい。

 総重量五キロのカレーライスとチャーハンとカツ丼。
 カメラが切り替わると保健室にある特大洗面器みたいな鉢にてんこ盛りのチャーシュー麺、天ぷらそば、カレーうどん。
 他にもパスタやハンバーグ、たこ焼にお好み焼きにフルーツパフェ等々。
 テーブルに載っている食い物がことごとくメガ盛りだ。

 それを五人一組、それが十組五十人の女の子で早食い競争をやろうという、とんでもない番組だ。

『メガ盛り早食い女子選手権!!』

 五十人の女の子は、いずれも可愛く、とても大食いをするようには見えない。
 それがMCが打ち鳴らしたゴングを合図に食いだしたのが十分前。途中を編集しているので、実際には三十分が経過している。
 大汗をかき目を白黒させながらもパッカー車みたいに掻っ込んでいる女子大生。
 スカートのホックどころかファスナーまでくつろげている女子高生。
 二分おきにジャンプして、少しでも胃の中身を落とし込んでいるOL。
 OLが巻き返してきたので、女子高生が真似してジャンプ。するとくつろげていたスカートが落ちてしまうが、反射的に股を開いて落下を防ぎ、左手で庇いながら右手で食べ続ける。
 中には真っ青になって足を投げ出し、あえいでいる子もいる。これはドロップアウトかと思いきや、がぜん復活して食べ始める。
「いやぁ……すごいっすね……」
 ゲストの関取が――すごいものを見てしまった――てな感じでため息をついている。関取が観ていても、女子のメガ盛り早食いは凄まじいようだ。
 
 なんで気持ち悪くなりながら観ているかというと時間待ちなんだ。

 梶山の「友だちになろう」という申し出に「うん」と返事をしてしまって、舞は機嫌が悪い。
 傾いた機嫌を戻すため、美術部で自画像の傑作をものし、漫研では滞っていたテキストの打ち込みをやっつけ、グラウンドでは制服のまま100メートルを12.3秒の記録を出した。いらついた気持ちをなだめる為だけに。

 で、なだめきれずに――今日はありがと 今夜話がしたい 舞――なんてメールを寄越してきやがった。

 言っちゃあなんだが、妹から真剣な相談なんかされたことがない。
 だから、妙に緊張してしまって「お風呂あがったら話聞いて」の言葉に「お、おう」と返事して、時間待ちにテレビを点けたら『メガ盛り早食い女子選手権!!』をやっていたというわけだ。

 ……にしても長い風呂だな。

 俺たちが住んでいる別宅は無駄に広い。延べ床面積が二百平米以上と、並の住宅の四軒分ほどもある。
 離れたところに居ると、丸で気配を感じない。
 四十人のメガ食い女子が脱落したところでリビングに向かった。しびれが切れたというやつだ。

 舞はロングの髪をターバンみたいなタオルで包んで、ソファーの上で腹這いになっていた。

「上がったんなら、上がったって言えよ」
「うっさい……」
「うっさい?」
 俺はソファーを迂回するようにして舞の顔が見えるところまで移動した。
 舞は腹ばいでスマホを睨んでいる。
「俺を待たして、なにやってんだ」
「梶山からメール」
 風呂上りだけでは説明できないほど顔を赤くして返事を打っている。打ったと思ったら削除して打ち直し……その繰り返しをやっている。

「あーーーもーなんて返事したらいいのか分かんないよーーーーー!」

 もんどりうって舞はソファーから落ちてしまう。
 パジャマの上がめくれ、タオルのターバンがほぐれる。

 フワーっと風呂上がりの匂いがして、俺は、そのまま自分の部屋に引き上げた。
 

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