キャサリン・M・ヴァレンテ、『孤児の物語 ―硬貨と香料の都にて』

 『孤児の物語 ―硬貨と香料の都にて』の感想を少しばかり。

 “「好きな話ではないけれど、終わりまで聞かないと、気がすまない。その恐ろしい場所の話をしてくれ」” 26頁

 至福の時間。素晴らしい読み応えだった。またここへ来よう、また彼らに会おう…と言い聞かせなければ、さみしくて本を閉じることも出来ない余韻の中。果てなく隣り合わされ結ぼれていく物語をたどりたどり、いったい幾つの不思議や驚きの扉をくぐってきただろう。そこに残された愛と悲しみの続きに、後ろ髪をひかれる思いで。

 「夜の庭園にて」からの続きで、第三・第四の書が語られる。女童の瞼のしみが黒々と浮かびあがり、まず始めに語りだすのは〈七〉と名乗る若者。かつて金剛石の小塔を睥睨する〈薔薇の円屋根〉を誇った都シャドゥキアムは廃れ、ただ貨幣の工場だけが稼働するマロウという街になりはてた。そこで〈七〉は髪のない女の子と知り合い、象牙色の硬貨が何を原料に鋳造されているかを目の当たりにする…。
 「夜の庭園にて」との繋がりも少しずつ見えてくるので、それもまた嬉しい読みどころだった。

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7月3日(水)のつぶやき(読んだ本、『カルトローレ』 再読)

@rinakko 10:36
【カルトローレ/長野 まゆみ】を読んだ本に追加

 再読。5年ぶり。隅々まで大好き。数百年前に《船》に乗り、天空に姿を隠した長寿の集団の失われゆく物語と、伝承による魔よけの丹念な刺しゅうをほどこした布で、身体とタマシイを守る人々の物語とが、優しくひそかに響き合う。その様が本当に素敵で不思議で、うとりうとり…。布や衣装、細密な刺しゅうやクロシェの描写が多いのも、糸偏好きには堪らない。
 語り手のタフィは、かつて《船》に乗っていた若者。救済委員会のプログラムを終え、きび色の沙地の見わたせる土地へと移ってきた。製本組合の奨学金をえた彼は、《船》から回収された日誌の調査を任されたのだが、そこにインクの痕跡はなかった…。
 それこそ繊細な紗のように、解けそうで解けない秘密が物語を包んでいる。その見事なこと。


@rinakko 11:04
今日から新しいノート。きりり。
@rinakko 15:50
雨が近づいてる? 雷も…? と、急いで買い出しを済ませてきた。くるかなくるかな。
@rinakko 16:33
おおお、降り出した!
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6月に読んだ本

2013年6月の読書メーター
読んだ本の数:20冊
読んだページ数:5727ページ

となりの姉妹となりの姉妹の感想
6年ぶりに再読。うとりうとり…こちらもお気に入りの作品。凝った装丁も大好き。物語の始めの方で、兄妹が茶舗で雨宿りをする場面がある。そこの軒端の蜘蛛の巣が、雨水の滴で光りながら網をゆらしつづける…という描写があって、ちょっと暗示的だと思った。主人公の佐保が、家族やとなりの姉妹たちと過ごす春夏秋冬。ここから描かれるその一年をかけ、色々な事柄や人と人の思いがけない繋がりや結び目が佐保たちの知るところとなり(なかなか見えそうで見えてこないけれど)、その時だけの網目模様が織り上げられるのを、見ているような物語だから
読了日:6月28日 著者:長野 まゆみ
ジュリアとバズーカジュリアとバズーカ
読了日:6月27日 著者:アンナ・カヴァン
富士日記〈中〉 (中公文庫)富士日記〈中〉 (中公文庫)
読了日:6月27日 著者:武田 百合子
メルカトルメルカトルの感想
6年ぶりに再読。やっぱり大好き。地図製作が栄えた港町ミロナ。救済院で育ち、高校を飛び級して働き始めたリュスの職場は、古い地図の鎮魂の場でもあるネオ・バロック様式の建物、地図収集館の受付だった。慎ましく淡泊にふるまいながら、やわらかな心を隠して過ごす17歳のリュスに、幾度も胸がきゅん…とする。端整な雰囲気と、少年の健気さ。話の大筋は覚えていたので、記憶がするする解けて絡繰りが見えてくるのを楽しみつつ、忘れていた仕掛けに驚くのも楽しくて! そして、リュスの作る玉子料理(甘くないプディング)の美味しそうなこと!
読了日:6月26日 著者:長野 まゆみ
ゴドーを待ちながらゴドーを待ちながら
読了日:6月26日 著者:サミュエル・ベケット
夜の体験夜の体験の感想
面白いが、期待した以上にくらくらくる。話の展開といい設定といいかなりシュールなので、深読みしようとしたらドツボにはまりそう…と思いつつ。イニシエーションすこぶる過酷だった…。“これまでたぶんきみを失敗させてきたことは、逆にきみを救うようになるだろう。だが、きみは眼がよくなるかわりに、それ以外のすべてのものを失うことになる。” 140頁
読了日:6月25日 著者:マルセル ベアリュ
十蘭ラスト傑作選 (河出文庫)十蘭ラスト傑作選 (河出文庫)の感想
これも満足。とりわけ好きだったのは、「風流旅情記」、「カイゼルの白書」、「青髯二百八十三人の妻」、「信乃と浜路」。
読了日:6月24日 著者:久生 十蘭
生ける屍 (ちくま文庫 て 13-1)生ける屍 (ちくま文庫 て 13-1)
読了日:6月24日 著者:ピーター・ディキンスン
孤児 (フィクションのエル・ドラード)孤児 (フィクションのエル・ドラード)の感想
凄い。凄まじい読み応え。途方もない物語に圧倒された。インディアス探検船団が関心を集めた時代。孤児だった語り手は船に乗り込むが、一人インディオに囚われてしまう。そして、理解しがたい習俗を目の当たりにしながら、長い歳月を過ごすことに。当時15歳だった彼が、軟禁されつつ厚遇を受ける存在にさせられたのは何故なのか…。少年に「デフ・ギー」と呼びかけ、歓心を買おうとしたインディオたちの心のあり様に、60年後の語り手は思惟を巡らす。“覚えているからと言って、それが本当に起こったとは限らない”…という考えを噛みしめながら
読了日:6月20日 著者:フアン・ホセ・サエール
シガレット (エクス・リブリス)シガレット (エクス・リブリス)の感想
とてもよかった。殊の外しっかりと重みのある作品だった。主要人物たちの名前の組み合わせが章題になっていて、表紙の男女そのままに各々がパズルのピースのようでもあり。一つ一つの謎と答えの鎖を手繰っていく。全貌が立ち現われてくるまでの紆余曲折がもどかしいながらも、視点の移っていく手法がよく効いている。「ああ、そうだったの…!」と、思わず声を上げる場面が幾つも待ち受けていた。終盤は意外な展開で、ラストの余韻を纏いつつ初めの章を読み返すと、じわり…感慨が胸に沁みとおる。
読了日:6月19日 著者:ハリー・マシューズ
コペルニクス博士 (新しいイギリスの小説)コペルニクス博士 (新しいイギリスの小説)
読了日:6月17日 著者:ジョン バンヴィル
幻燈辻馬車 下  山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)幻燈辻馬車 下 山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)の感想
初めて読んだ山田風太郎作品。面白かったよう。
読了日:6月14日 著者:山田 風太郎
幻燈辻馬車 上  山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)幻燈辻馬車 上 山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)
読了日:6月13日 著者:山田 風太郎
ボマルツォ公の回想 (ラテンアメリカの文学 (6))ボマルツォ公の回想 (ラテンアメリカの文学 (6))の感想
凄い。素晴らしい読み応え。ボマルツォ公の回想…その膨大な思惟に絡め捕られ、宿命の冷酷に胸が痛み、唯一無二の聖なる森に驚嘆した。名門オルシーニ家の次男として生まれたフランチェスコは、背中に醜い瘤を持っていた。その異形を不敬罪とみなされ、祖母の庇護の下に成長するが、父や兄に虐げられる日々は突然終わる。怪獣聖林の発想に至る道程は、麻の如く乱れる歴史に揉まれた人生だった。何故殺すのか…と苦悩する彼は、その心のあり様も異端で、故に孤独であり続ける。そんな己を見据えつつ、真実を突き詰めていく筆致に最後まで圧倒された。
読了日:6月12日 著者:ムヒカ=ライネス
ナイトランド Vol.2ナイトランド Vol.2
読了日:6月10日 著者:朝松健・友野詳・朱鷺田祐介・立原透耶・鷲巣義明・マット・カーペンター他
ナイトランド 4号 (冬2012)ナイトランド 4号 (冬2012)
読了日:6月7日 著者:ジョー・R・ランズデール,ロン・シフレット,ウィリアム・ミークル,ロバート・E・ハワード,間瀬 純子,ラリー・ニーヴン,朝松 健,高野 史緒
ロスト・シティ・レディオ (新潮クレスト・ブックス)ロスト・シティ・レディオ (新潮クレスト・ブックス)
読了日:6月4日 著者:ダニエル アラルコン
ナイトランド 3号(秋2012)ナイトランド 3号(秋2012)の感想
特集の作品がよかった。「夜の夢見の川」、「死にたくない」が好み。
読了日:6月4日 著者:カール・エドワード・ワグナー,リチャード・マシスン,サイモン・ストランザス,レイ・ブラッドベリ,朝松 健
フランクを始末するには (創元推理文庫)フランクを始末するには (創元推理文庫)の感想
「豚」と「買いもの」、チェスを扱った2篇「エディプス・コンプレックスの変種」、「プレストンの戦法」がとりわけ好きー。表題作もよかった。あ、赤ん坊探偵も。
読了日:6月3日 著者:アントニー・マン
パウリーナの思い出に (短篇小説の快楽)パウリーナの思い出に (短篇小説の快楽)の感想
素晴らしかった。すこぶる好みな短篇集。表題作のみ再読。まず物語の中の現実があり、それから虚構があって…というよりは、その二つが同じ情景の中で二重写しに見えてくる。疾うに輪郭がぶれていたことを、途中まで気付かなかったことに愕然とする。そしていつのまにか、異界を隠していたはずの帳は、目の前でぽっかり開いたままになっていた…とでもいいたくなる、そんな作風に心ゆくまで酔い浸った。愛(なのか、“愛”を纏った妄想なのか…)に背中を押され踏み入った彼らは、こちら側へは戻ってこないのね…と。
読了日:6月2日 著者:アドルフォ・ビオイ=カサーレス

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ローラン・ビネ、『HHhH(プラハ、1942年)』

 『HHhH(プラハ、1942年)』の感想を少しばかり。

 “ずっと前から、僕は彼に敬意(オマージュ)を捧げようと思っていた。” 8頁 

 素晴らしい読み応えだった。ヒムラーの右腕であり、〈第三帝国でもっとも危険な男〉〈金髪の野獣〉と怖れられた、大量虐殺の首謀者ハイドリヒを狙う暗殺計画…と、まず題材に魅力があるのは言うまでもない。とても興味深い上に、初めて知ることばかりがみっちりと詰まった内容だった。けれど私は何といっても、まさかこんな〈小説〉を読むことになろうとは予想だにしなかったので、読み始めてしばしで驚嘆し、それがじわじわと賛嘆の思いに変わり作品にひき込まれたことが、一等忘れがたい。
 つまりこれは、疾うにこの世になく自己弁護できない人物を、“操り人形のように動かすことほど破廉恥なことがあるだろうか!”という考えに立脚して書かれた歴史〈小説〉…なのだ。ところがそこに、作者自身の葛藤(想像してしまう…!)が絡まってくるのが何ともいえない妙味で、思わずにやりとしてしまう場面もところどころ。
 そしてパラシュート部隊の登場から先は、作者の思い入れも相俟って目の離せない展開となり、のめりこみめりこみ読み耽ったことよ。とりわけ時空を飛び越えて二人の青年パラシュート部隊員に憑依する件は、兎に角圧巻(息も吐けないよ…)。

 余計な肉付けをしない上で〈金髪の野獣〉を浮き彫りにさせていく筆致、プラハの街に焦がれる思い、なぜこの本を書くのか…という問いとその答え。どれもがずしりと胸に迫った。

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