らいちゃんの家庭菜園日記

家庭菜園、家庭果樹栽培及び雑学日記

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グロリオサ

2016-06-26 | 

鉢植のグロリオサの花が咲きました。

グロリオサはアフリカ、熱帯アジアが原産の半つる性多年草で、日本には明治の末頃に入ってきたようです。
1980年代になってから栽培が盛んになり、高知県では観賞用の球根の商業栽培が行われているそうです。

・これがグロリオサです。


「グロリオサ」は、ユリの仲間で、 炎が輝き、燃え盛るように咲く花姿が特徴です。
グロリオサの名前はギリシア語のグロリオサス(栄光ある・名誉ある)に由来します。
英語の「グローリー(Glory:栄光、誉れ)」と、ほぼ同義で、 英名はGlory Lily(栄光のユリ)、あるいはFlame Lily(炎のユリ)と呼ばれることもあります。
和名はキツネユリといい、これは花の姿をキツネに見立てたもので、他にも「ゆりぐるま(百合車)」という別名があるようです。



花は枝先に下向きに咲き、花弁が波打つように反り返り、雄蕊と雌蕊が目立つ独特な姿をしています。
蕾は下向きにつきますが、花が開くに従って花びらが上に反り返り、花弁の波打ちも大きくなります。
雌しべは6個の雄しべの中心から1㎝ほど伸びた後、直角に左に曲がって伸びています。


グロリオサは、葉の先端部分が長く伸びて巻きひげ状となり、他の物に絡みついて生長します。

・葉先の巻きひげが手を繋いでいます。(写真中央です。)



「お詫び」
  いつも当ブログにアクセスいただきありがとうございます。
  所用のため、明日から4~5日の間ブログの書き込みを休ませていただきます。(少し長引くかも知れません)

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袰(ほろ)

2016-06-25 | 趣味

「母」と「衣」からできた「袰」、この漢字、何と読むのでしょうか?
タイトルに振り仮名を()書きしている通り、この漢字は「ほろ」と読みます。

「袰(ほろ)」は「母衣」「幌」「保侶(保呂)」「母蘆」とも書き、用途は矢や石などから防御するための甲冑の補助武具で、兜や鎧の背に巾広の絹布をつけて風で膨らませるもので、後には旗指物(はたさしもの:背旗)の一種ともなりました。

NHKの大河ドラマをご覧の方はご記憶があると思いますが、6月12に放送された第23回「攻略」の中で、堺雅人さん演じる真田信繁が黄色い袋のようなものを背負っていました。
実はこれが「袰(ほろ)」なのです。

・大河ドラマ第23回「攻略」の中で、堺雅人演じる真田信繁が背負っている「袰(ほろ)」です。


「袰(ほろ)」は平安末期には5幅ほどの布帛(ふはく)で長くなびかせるように作られていましたが、室町時代からは内部に籠(袰串:ほろくし))を入れて風をはらんだように作り、指し物として用いられました。
織田信長は近習から精鋭を選抜して、この袰を着用した黒袰衆と赤袰衆を編成しましたが、豊臣秀吉もこれを習って黄袰衆と赤袰衆を編成したと言われており、ドラマでは堺雅人演じる真田信繁が黄袰衆として黄色の袰を背負って演技していたものです。

初めてお目にかかる難しい漢字の「袰(ほろ)」、そしてその用途など、ドラマを見ていても未知に遭遇して結構楽しめるものです。
なお、この「袰(ほろ)」と言う字は、広辞苑では「母衣(ほろ)・幌」になっていますが、テレビで紹介していた漢字が「袰」だったので、この記事は「袰(ほろ)」で統一しました。

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「伺う」と「窺う」の使い分け

2016-06-24 | 雑学

昨日のブログで、「つかぬことをうかがいます」について書きましたが、記事を書く時、「うかがう」の漢字が「窺う」か「伺う」のどちらだったか迷いました。
パソコンで変換したところ「窺う」が出てきたのですが、どうも違うような気がしたので、結局「伺う」を使用して記事を書き上げたのですが、その後、この使い分けについて調べてみました。

広辞苑では次のように説明しています。
・「伺う」・・・①(神仏又は目上に対して)宣託又は指図等をいただきたいと申し出る。
       ②「聞く」「尋ねる」「問う」の謙譲語。
       ③訪問するの謙譲語
       ④「ご機嫌を伺う」の意味から大勢の人の相手をしてお話をする。

・「窺う」・・・①のぞいて様子を見る。そっと様子をさぐる。
       ②ひそかに付け入るすきを狙う。時期の到来を待つ。
       ③見て察知する。
       ④手掛かりを求めて調べる。
       ⑤一応心得ておく。

辞書が示すように、
「伺う」は「聞く、問う、訪ねる」の謙譲語で、用例としては「お話を伺う」「ご都合を伺う」「お宅に伺う」等のように使われます。
一方、「窺う」は「のぞき見る、様子を見る」の意で、「顔色をうかがう」「中の様子をうかがう」「機会をうかがう」「うかがい知る」等のように使用されますが、この漢字は表外漢字(常用漢字表に含まれていない)のため、「うかがう」とひらがな書きにするようです。

この事から、疑問だった昨日のブログ記事の「つかぬことをうかがいます」の「うかがう」は、聞くの謙譲語であることから「伺う」で正しかった訳です。

この2つの同訓異字はもともと同語源ということもあってか、よく混同されるということです。
現在では上記のような使い分けをすると言うことなので再認識したところです。

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つかぬこと

2016-06-23 | 雑学

友達や知り合いと、或いはご近所との世間話などの時、「つかぬ事を伺いますが」と言われたことはありませんか?
若い人たちの間で、この「つかぬこと」という表現を間違えて使用しているケースが多いと言うことです。
そこで今日は「つかぬこと」について調べました。

「つかぬこと」とは、「つまらないこと」でしょうか?それとも「関係ないこと」でしょうか?

調べてみると、「つかぬこと」は「これまでの話の流れとは直接には関係ないこと」という文脈で使われるもので、「つまらないこと」と言うニュアンスで用いるのは本来の使い方ではありません。

日本語の「つく」は、意味・用法が非常に広い動詞で、その一つに「後に続く」とか「随従する」と言う意味があり、「つかぬこと」の場合は、「つく」を否定する形で、[付随しない]という意味から[関係のないこと]を表します。

例えば、次のように使用されます。
A:「Bさん、こんにちは。いつもお元気ですね」
B:「おかげさんで。Aさんも健康には自信がありそうですね。(中略)、 ところで、つかぬ事を聞きますが、Aさん、暫くお目にかかりませんでしたが・・・・・でしたか?」
等のように、前の話とは「関係のないこと」として使われる表現であり、この意味での使用例は江戸時代からあるそうです。
ところが、近年、若い人の間では、これを[つまらないこと]とか「バカバカしいこと」と誤った使い方も多く見られるということです。

某調査会社がウェブ上でおこなったアンケートでは、「『つかぬことをうかがいますが』についてその使い方を聞いたところ、『つまらないことを聞きますが』という意味がある」というのを支持する回答が、若い年代にはやや多かったようです。
おそらく、「愚にもつかないこと〔=ばかばかしい〕」からの連想がはたらいているのではないか言われています。

日本語の中には本来の意味とは全く違う意味で、誤って使われているものも多くありますが、本当の意味を知っている人に誤った使い方の言葉を選んでしまうと、とんでもない誤解をされてしまうことが起こりかねません。
そのような間違いを防ぐ意味からも、言葉の本来の使い方を知っておきたいものです。

「つかぬこと」とは、それまでの話題や状況とは付かない(関係ない)ことという意味で、「だしぬけにこのようなことをお尋ねして恐縮ですが」という気持ちを込めつつ使用される成句です。
誤使用しないように、気をつけたいですね。


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オキシトシン効果

2016-06-22 | 情報

ご覧になった方もおられると思いますが、3週間ほど前のNHKの番組「ためしてガッテン」で素晴らしいホルモンについて紹介していました。
そのホルモンの名前は「オキシトシン」という癒しホルモンです。

体の痛みが驚くほど軽くなったり、認知症の症状がピタリと止まったりするそうで、人は誰でも体内にこのホルモンを持っていると言うことです。
ではどのようにすればその癒しホルモンを出すことができるのかと言うと、それは、親しい人に体に触れられたり、ハグや抱擁、握手などスキンシップを多くする時などに、脳から出てくるということです。

オキシトシンによる癒やし効果は大変大きく、関節の痛みや日ごろのストレスを大きく緩和するそうで、そのためスウェーデンや日本では、痛みやストレスを抱える患者さんを対象に背中などをさすってあげる「タッチケア」を行っている医療機関が多いと言うことです。

オキシトシンが分泌されると、なぜ癒しを感じるのか、それは、脳にあるセロトニン神経が活発に働いて脳の状態が安定し、心に平穏がもたらされ、更に、自律神経を整えてくれる作用もあるため、「癒し」を感じることができるのだそうです。

オキシトシンよる効果とは
1、人への親近感、信頼感が増す。
2、ストレスが消えて幸福感を得られる。
3、血圧の上昇を抑える。
4、心臓の機能をよくする。
5、カップルが親近感や愛着感を持つ
6、絆を深める
7、不安や恐怖を減らす
8、痛みを和らげる
9、社交的になる
等だそうです。

番組では、タッチケアの詳しいやり方や、1人暮らしの方でもオキシトシンを出す方法などを紹介しました。
6/1の「ためしてガッテン」にリンクしておきますので、家族間、夫婦間、或いは恋人同士でお試しして見ては如何でしょうか。

・癒しホルモンの驚きパワー
http://www3.nhk.or.jp/gatten/pdf/program/P20160601.pdf


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「お間違い」は間違い

2016-06-21 | 雑学

先日、飲食店で注文した時、「以上でお間違いないでしょうか?」と言われました。
皆さんはファストフード店や飲食店などで若い店員さんにこのように言われたことはありませんか?
私はこの言い方にとても違和感を覚えます。

客が注文をして、その内容を店員が復唱した後に「以上でお間違えないでしょうか」といったシーンによく遭遇します。
店員は丁寧に言ったつもりで「お」をつけて「お間違いない」と言ったつもりでしょうが、これに違和感を覚えるのです。

「お」は丁寧語として使用するものですが、聞き手(相手)の持ち物である場合には付けることができても、話し手(自分)に所属するものだと付けられないのが基本です。
例えば、「きょうはお車でいらっしゃいましたか。」の場合、相手が持っている車を指していることから、まったく問題ありませんが、自分の車で来た時に、「きょうはお車で来ました。」とは言いませんよね。

同じように店員が復唱したあとの「以上でお間違いないでしょうか」は、「私(店員)が復唱した内容に間違いがあるかどうか」を尋ねているつもりの言い方であり、「間違える」かもしれないのは店員の側であって、自分に間違いがあるかどうかを確認するために『お間違い』と言うのは如何なものかと思うのです。
客の中には、「俺が注文した内容に『お間違い』があるとでも言うのか!」と怒ってしまう人もいるかもしれません。

この言い方について、ウェブ上でおこなったアンケートでは、復唱後の「以上でお間違いないでしょうか」を受け入れるのは、若い人に多いということです。
これは、「以上でよろしかったでしょうか」とか「以上で大丈夫でしょうか」といったフレーズが「だめ」だとされたことによって、新たに生まれてきた言い方のようですが、少し注意が必要だということです。

この言い方、「大間違い」とは言えないかもしれませんが、年配者の中には違和感を覚える人も多いのではないでしょうか?

 

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綺羅星の如し

2016-06-20 | 雑学

リタイアする前に12年ほど勤めていた職場は、関西の一流企業の役員方で構成する会員制社交クラブでした。
毎年末には会員及びその家族をご招待し、フランス料理を会食しながらピアノ演奏や歌手の歌などを披露する家族会がありましたが、参加されている皆さまはハイレベルの方々だけあって慣用句の「綺羅星の如し」という表現がぴったりするような、華麗なるご家族の皆さま方でした。

そこで今日はこの「綺羅星の如し」という慣用句についてご紹介します。
皆さまはこの慣用句を「きらぼしのごとし」と続けて読みますか?それとも途中で切って読みますか?

この慣用句は、元々は「綺羅、星の如し」と言う語で、華麗なものの集まっているありさまがまるできらきら輝く多くの星のようだと言う意味から、「そうそうたる立派な人物が一堂に会してずらりと並んでいる様子」を言い表す言葉なのです。

綺羅の「綺」は綾織の絹の意味、「羅」は薄絹の意味であることから、「綺羅」は美しい衣服全般を指します。
この言葉は、きらびやかなことの形容にも用いられ、 美しい衣服で着飾っている人を指し、更に、衣服だけでなく、権力者や優れた人に対しても用いられ、綺羅のように素晴らしいものがまるで空にまたたく星のようにたくさんあるという意味になるのです。
従って読み方は、「綺羅、星の如し」が正しい読み方であり、「綺羅星(きらぼし)」と一語扱いするのは本来誤りとなります。
しかし、最近の国語辞書では、誤用が一般化したようで、「美しく輝く星」として「綺羅星」と独立した単語として用いられる例もあると言うことです。

「綺羅、星の如し」本来の意味をしっかりと認識しておきたいですね。

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「表す」と「現す」と「顕す」

2016-06-19 | 雑学

ブログを書いている時、「表す」と「現す」の使い分けによく迷います。
大体においてパソコンが変換するままに任せているのですが、しかし、正確な区分について知っておく必要があることから、今日はこの使用区分について調べました。

・「表す(あらわす)」は、“心に思っていることを態度や言葉などで示す”という意味があり、「不満を顔に表す」「考えを言葉に表す」「図に表す」「怒りを顔に表す」など、
 更に、”ある特定の意味を伝え示す”という意味もあり、この意味では、「フランス国旗の青は自由を表す」「名は体を表す」などと用います。

・「現す」には、“見えなかったものを外に出して見えるようにする、持っている力をはっきりと出す”という意味があります。
 例えば、「姿を現す」、「正体を現す」、「頭角を現す」「全貌を現す」などと用いられます。

・「顕す(あらわす)」には、「善い行いなどを広く世間に知らせる」といういう意味があります。
 「功績を世に顕す」「徳を顕す」などと用います。

これら3つの「あらわす」に共通しているのは、「出す」という意味ですが、それぞれ出すものが違います。
・「表す」は、気持ち、意味
・「現す」は、姿、能力
・「顕す」は、善行、徳
このように憶えておくと、迷うことはないのではないでしょうか。

 

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忸怩

2016-06-18 | 雑学

「忸怩」。
難しい漢字ですよね。何と読むのか分かりますか?
「じくじ」と読みます。
テレビで、政治家や会社の役員方が謝罪会見で「忸怩たる思いです」と発言されているのを聞かれた事があると思います。

では「忸怩(じくじ)」とはどのような意味でしょうか?
広辞苑によると、恥じ入るさま。「内心ーたるものがある」と説明しています。
更に、漢字辞典を引くと、「忸(じく)」にも「怩(じ)」にも「はじる」という意味があり、「深く反省して恥ずかしいと思っている様子」を言い表す言葉となっています。

ところが、この言葉を誤用しているケースが多く見られます。
言葉の響きから、「ぐじぐじ悩む」と誤用したり、他の行いに対して腹立たしいという誤用も目立つようです。
更に、「ふんまんやるかたない様子」の意味で使われることがあるようですがこれも誤りです。

私たちは「忸怩たる」という言葉を日常的に用いることは余りないかもしれませんが、改まった場や文書などで使うときに「悩む」「腹立たしい」と誤用してしまうと、かえって恥ずかしい思いをしてしまうことにもなりかねません。

「忸怩たる思い」、その本当の意味は、「自ら恥じ入る気持ちに駆られること。またはそのような感情。「忸怩」(じくじ)は自分の言動を恥じること 」です。
今、この成句を一番使って欲しい人、それは舛添東京都知事ではないでしょうか。

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中年の星

2016-06-17 | 時事

昨日、大リーグ・マーリンズのイチロー選手が金字塔を打ち立てました。
イチロー選手は、15日(日本時間16日)のパドレス戦に「1番・右翼」で先発出場し、初回に捕手への内野安打を放ち、日米通算4256安打として、ピート・ローズの持つメジャー通算最多安打記録に並び、さらに9回には右翼線への二塁打を放って4257安打の新記録を達成したのです。

彼は現在42歳です。多くの選手はこの年齢になると、体力も気力も身体的能力も衰えていくため、現役を引退していますが、イチロー選手は引退どころか益々輝いており、正に「中年の星」と言ったところです。
次なる目標はあと21本に迫った大リーグ通算3000安打だと思いますが、これも時間の問題でしょう。
中年の星がより一層耀きを増すことを期待したいと思います。

さて、イチロー選手を「中年の星」と書きましたが、失礼だったでしょうか?
ご本人は「中年」とは思っていないかもしれません。
そこで中年について調べてみました。

広辞苑では中年とは、青年と老年との中間の年頃。40歳前後の頃。壮年。と説明しています。
ウィキペディアでも、中年(ちゅうねん)とは、成人として中くらいの年齢、即ち壮年期を過ぎたころから高年期の域に入る前までを指す。一般的には青年と老年の中間で、約40代ごろから50代前半を指す事が多いと説明しています。
一方、1998年度の国民生活白書「中年-その不安と希望」では中年世代を、おおむね40代 ~ 50代と定義づけているようです。
また、厚生労働省の一部資料(健康日本21など)では次のように記されています。
・幼年期  0 -  5歳、
・少年期  6 - 14歳、
・青年期15 - 30歳、
・壮年期31 - 44歳、
・中年期45 - 64歳、
・高年期65歳 -
という区分をしたものもあり、壮年期の定義も一定しないということです。

これらの定義からすると、イチロー選手は中年に該当するようです。
これまで中年期とは、老いと死に向かって衰えていく時期という否定的なニュアンスでとらえられてきましたが、人生80年となった現代では、中年期は第1の山の尾根であると同時に老年期に向かう第2の山の出発点でもあります。
よって、中年期は新たな価値観にそって自分自身を作り上げていく充実の年代とすべき期間となります。
飽くなき挑戦を続けているイチロー選手は真にそれを実践している紛れもない「中年の星」です。

「中年の星」イチロー選手よ、益々耀いてくれ!

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