らいちゃんの家庭菜園日記

家庭菜園、家庭果樹栽培及び雑学日記

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神社の御神体

2017-12-29 | 季節

お正月が間近になったので神社に関する事を調べて取り上げています。
今日は神社に参拝しても目にすることができない「御神体」について調べました。

仏教寺院では複数の仏像が安置されている場合もありますが、仏殿の中央に安置されている仏様が御本尊なので、参拝者はこの仏像に向かって手を合わせます。
ところが、神社では何処を見回しても仏像のような神様の姿をかたどったものが見当たりません。
しかし、仏教のご本尊に相当する御神体はあるのです。

御神体は拝殿の奥にある本殿に納められており、周期的に御開帳がある仏教のご本尊とは違って、一般の参拝者は殆ど目にすることができません。
宮司ですら、滅多に見ることはないとも言われています。

では、御神体とはどのようなものなのでしょうか?
ご神体は、元は自然物が主体だったようですが、最も一般的に祀られているのは鏡だそうです。
ただし、神社によって様々なものが御神体となっています。
例えば、剣、勾玉、石、御幣(ごへい:神に捧げるもの)、弓矢など種類はさまざまで、アワビの殻やサメの歯が御神体と言う神社もあるそうです。
時には、神の姿を描いた絵画や彫刻が御神体とされているところもあるようですが、これは仏教の影響を受けて造られたもののようだということです。

その他、山や滝、木などの自然物を御神体としている場合もあります。
例えば、奈良県の大神(おおみわ)神社は三輪山が、和歌山県の熊野那智大社は滝が御神体となっています。
一般的に目にすることが出来ない御神体も、こうした自然物が御神体であれば容易に目にすることができます。

ところで、重要かつ神聖なものである御神体は神様そのものではなく、あくまでも神霊が招き寄せられて乗り移るもの、所謂、依代なのです。
剣や勾玉、樹木や岩石などの御神体は神霊の依代として祀られているのです。
従って、御神体は「依代(よりしろ)」「御霊代(みたましろ)」とも呼ばれています。

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神様へのお供え物

2017-12-28 | 季節

神社やお寺でお馴染みのさい銭箱は、神様に願い事をする時に、或いは祈願成就のお礼として奉る賽物(さいもつ)の金銭を受ける箱ですが、賽物として金銭を奉納するようになったのは、貨幣経済が発達してからのことで、元々は穀物や酒、布、武具などを奉納していました。

神様へのお供え物は、季節ごとの行事や祭りに見られるように、米、野菜、果物、魚介類、菓子、酒など、さまざまな食べ物が供えられていますが、こうした食べ物の中で、最も重要視されたのが米です。

米は神様とかかわりのある行事の際には姿形を変えて登場し、大切な役割を果たしています。
例えば、正月に飾る鏡餅、祭りや神前結婚式で使われるお神酒(みき)、彼岸の時に作るおはぎなど、全て米を原料にした食品です。
更に、弁当の定番になっているおむすびも、元は神様に供えるための食べ物だったと言うことです。

このように神様に米が供えられた背景は、古代の人々は米を神から授けられた穀物だとみなし、そのために大きなパワーを秘めた神聖な食べ物として扱ったからと言われています。
特にその年の最初に収穫した稲には強い力が宿ると考え、最も大切な供物とされました。

ところで神様に供えた食べ物は、行事が終わった後、人間がいただきますが、これを「直会(なおらい)」と言います。
この直会もまた、神事の一部になります。
神様が召しあがった食事には、神様の力が宿ると信じられており、直会にはその神のエネルギーを体に取り込むと言う意味があるのです。

供物は神と人とを繋ぐ存在であり、神棚からの御下がり物のおむすびも餅も、実は有難い食べ物になるのです。

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鳥居をくぐる時の作法

2017-12-27 | 季節

クリスマスが終わり、今年も今日を含めて後5日となりました。
神社や寺院では新年を迎える準備で慌ただしい事と思います。

各ご家庭でも、しめ縄や門松、大掃除などの準備をされていると思いますが、これら新年の準備は12月28日までに終わらせるのが良いとされています。
そして、すす払いは、昔は12月の13日までに終わらせると歳神様が御利益をもってきてくれると言われていましたが、現在では、これも13日~28日頃までに行なうのが主流となっています。
あと6日で新年です。
準備万端整えて、お正月には、歳神様を気持ちよくお迎えしたいものですね。

「鳥居」
ところで、初詣に行かれる神社には鳥居があります。
この鳥居は基本的に2本の柱と2本の横木によって構成されるシンプルな構造になっていますが、そのベースになっているのは「神明(しんめい)鳥居」と「明神(みょうじん)鳥居」と呼ばれる2種類です。
その違いは、直線的で質素なスタイルが神明鳥居で、曲線を用いているのが明神鳥居です。
普段は何気なくその下をくぐり抜けているかも知れませんが、鳥居は俗世界と聖域を分ける神社の門なのです。
従って鳥居をくぐることは、聖域に入ると言うことから決められた作法があります。

「鳥居をくぐる時の作法」
・帽子は必ず取ること。
・鳥居をくぐる前は軽く一礼する。この礼のことを神道では「一揖(いちゆう)」といい、一揖とは、浅いお辞儀を一回することをいいます。
 なお、「揖」は浅いお辞儀
      「礼」は30~45度の角度のお辞儀
      「拝」はおよそ90度のお辞儀
・立つ位置は鳥居の中央より左で、くぐるときは左足から踏み出します。
 参道を進むときは参道の中央を進んではいけません。参道の中央は「正中」といって、神様が通る道なので、我々が通るところではないのです。

・左が神明鳥居、右が明神鳥居です。


「狛犬」
もう一つ神社でお馴染みのものに狛犬があります。
狛犬は参道や拝殿の前に一対で置かれている神獣の像で、片方が「阿(あ)」の形に口を開き、もう一方は「吽(うん)」と口を結んでいます。
その狛犬には魔除けの意味があると言われていますが、しかし、最初から神社にいたわけではありません。
当初は宮中の魔除けのために使われていたものが、平安末期になって神社を守るようになったということです。

狛犬のルーツは遥か遠く、インドやメソポタミアに遡ります。
これらの地域では、王を守護するためにライオンの像を置く風習があったようです。
それが中国に渡って獅子に変化し、朝鮮半島を経由して日本にも伝わったとみられていますが、獅子に馴染みのなかった日本ではこの神獣をイヌと捉えたようであり、そこから狛犬と言う名になったようです。

「絵馬」
更に、絵馬を奉納することがあると思いますが、絵馬には干支や縁起物などが描かれる事もあり、馬だけではありません。
それなのに何故、絵馬と言うのでしょうか?
実は、古代には生きた馬を神社に奉納していたようです。
それが木製や紙製の馬になり、やがて板に描いた馬に変化して行きました。
つまり、絵馬は生きた馬の代わりに神へ捧げる品っだと言う意味を持っているということです。

初詣で神社にお参りする時、参考にして頂けたら幸甚です。

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手帳の始まり

2017-12-06 | 季節

スーバーの文具売り場や本屋さんに行くと来年の手帳や卓上日誌がたくさん並んでいます。
最近ではスマホやパソコンでスケジュール管理をしている人が増えているようですが、手帳もまだまだ人気のようであり、毎年、色々な手帳が販売されています。
手帳はアナログではあるものの、使いこなせれば非常に便利なツールであることから、その市場は衰えるどころか、年々微増していると言うことです。

この手帳ですが、その始まりは産業革命期のイギリスのようです。
調べてみると、現在のような記述スペースを日付で分割した手帳が初めて市販されたのは、1812年のロンドンです。
きっかけは、ロンドンの金融街で働くビジネスマンが文具店に「商品の在庫や帳簿の記録を書きとめたい」との声が寄せられたことから、店主のレッツが会社を起こし、手帳を製品化して販売しました。
売れ行きは上々で、たちまち広まり、今も世界で愛用されていると言うことです。

日本では江戸時代、検地に当たった役人が携えていた帳簿を「手帳」と呼んでいました。
1868年(明治元年)に警察手帳や軍事手帳が刷られていますが、今の手帳は1879年(明治12年)、大蔵省印刷局がフランスの日記を参考に、列車の時刻表や年齢早見表等のデータも盛り込んだ「懐中日記」を作ったのが最初と言われています。

戦後は民間企業などが年始などに社員や顧客に配る習慣が根付き、各社で手帳が作成され、配布されました。
これは正月を大切に考える日本独特の文化からのようです。

日本能率協会によるとスマホで日程管理をする人でも、大切な予定は手帳に書く人が多いそうです。
近年、経費節減などの取り組みから手帳の配布を取り止める企業も増えていますが、それでも、国内の手帳の生産数は1億冊程度で推移しているということです。
スマホが普及しても、手帳人気は依然として衰えていないようですね。

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年賀状の句読点

2017-12-05 | 季節

早いもので、今年もあと3週間余りを残すのみとなりました。
12月のこの時期は年賀状の準備でお忙しい事と思います。
皆さまは年賀状はお済みになりましたか?
未だの方は早めに準備しましょうね。

ところで、既にお気づきの事と思いますが、年賀状にはその文面に句読点がありません。
一般の文章では句読点をつけるのに、なぜ年賀状にはつけないのでしょうか?
調べてみると、次のような理由が言われています。

「毛筆の名残から」
日本は元々毛筆の文化で、句読点を打つことはありませんでした。
昔の文書などを見ると分かるように、歴史的には句読点を打たない文化でした。
今でも縦書きで筆を利用する場合は句読点を打たないことが一般的であることから、毛筆の名残りであるとする説。

「相手に敬意を払う」
そもそもなぜ句読点が根付いたのでしょうか。
識字教育が進んでいく中で、句読点は「どんな人にでも読みやすいように」という意図をもって普及していきました。
しかし、元々「教養のある人は句読点がなくても理解できていた」のです。
句読点の「読みやすいように」という気遣いは、解釈のしようによっては「あなたは句読点がないと読めませんよね」という「失礼」をはらんでしまうのです。
従って、相手への敬意を払うためにも句読点は打たない方が無難という説。

「区切りをつけない」
「お祝い事や喜ばしいことは続いた方が良いので区切りをつけない」とする説もあります。

なお、マナーとして句読点を打たないのは、年賀状だけでなく、賞状や証書、挨拶状、感謝状、招待状などもそうです。
慶事には句読点を打たないと覚えておくといいですね。

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小春日和

2017-11-29 | 季節

大阪地方は暫く寒い日が続いていましたが、昨日は最高気温が19.2度で風もなく暖かい一日でした。
この時期のこのような天気を「小春日和」と言いますが、なぜ、初冬のこのような天気を「小春日和」と言うのでしょうか?

「小春(こはる)」とは、旧暦10月の異称であり、「日和(ひより)」とは、空模様、天候、よい天気、晴天の事を言います。
そこで暦をめくってみると、昨日は旧暦の10月11日であり、確かに「小春」でした。
そして天気は快晴で暖かく、いい日和だったことから、紛れもない「小春日和」の一日でした。

このように小春日和とは、晩秋から初冬にかけて日に日に寒さが厳しくなる中、穏やかで暖かな日和のことをいいます。
広辞苑でも、「小春(こはる)」とは、(暖かで春に似ているからいう)陰暦10月の異称。冬の季語、と説明し、
        「小春日和」は、小春の頃の暖かいひより。と説明しています。

ところで、日本では初冬のこのような天候を「春」になぞらえますが、外国では「夏」と言う表現を使用しています。
例えば、
・アメリカでは「インディアン・サマー」
・イギリスでは「セント・マーチンの夏」
・ドイツでは「アルトワイベルゾンマー(老婦人の夏)」
・ロシアでは、「バービェ・レート(婦人の夏)」
・フランスでは「サンマルタンの夏」
等です。

初冬の暖かさは夏の暑さとは随分違いますが、日本人と外国人では暖かさの感じ方が違うようですね。



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管を巻く

2017-11-06 | 季節

先日、前の現役時代の同僚から、来月中頃に6~7名で忘年会を開催したいとの連絡がありました。
このメンバーとは毎年忘年会を開いているのですが、気心の知れた、人のいいおじさん、おばさんたちで、遠慮も要りません。
毎年、たわいない話に座が盛り上がります。

でも、酒が入ると、くどくど管を巻く人が一人います。
言い出したら引きません。時には言い争うこともあります。
そんな人ですが、酒が覚めると「そんな事を言ったか?」と、けろっとしています。憎めない人です。

参加する殆どの人は70歳以上のご老体ですが、みんな元気です。
元気な秘訣は、くどくど喋ることかも知れません。

ところで、酒を飲んで同じ事をくどくど言うことをなぜ「管を巻く」と言うのでしょうか?
「くだを巻く」とは、既に説明したように、酒に酔って取り留めのないことをくどくど言うことですが、この慣用句は江戸初期にはすでに同じ意味で使われていたそうです。
そして、その語源には諸説あるようです。
その一つは、機織(はたおり)で使う道具、糸車の"管"が元になっていると言う説です。
「くだ(管)」とは機織りで糸を紡ぐときに用いる軸のことで、それを「糸繰車」に差して糸を巻くと「ぶうんぶうん」と単調な音がでます。
管巻きの音や糸を巻く動作が延々と続くことが、酒に酔って同じことを繰り返し、くどくど言う人の姿に似ていることから、「管を巻く」と形容されるようになったと言う説です。
他には、くどくて煩わしいことをいう『くだくだしい』が由来ではないかとする説もあります。

いずれにしても、酒の席で管を巻くのはほどほどにして、楽しい忘年会であって欲しいですね。

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ハロウィン

2017-10-31 | 季節

今日10月31日はハロウィンです。
皆さんはハロウィンはどのような行事なのかご存知でしょうか?

ハロウィンとは、元々は、10月31日に秋の収穫を祝う、又は悪霊を追い払うというケルト民俗の宗教的な意味合いのある行事なのです。
ただし最近では宗教的な意味合いは薄れ、カボチャをお化けの形にくりぬいた「ジャック・オー・ランタン」といわれるものを飾り、仮装した子供たちがTrick or treat!といいながら近所をまわりお菓子を貰うお祭りになっています
また大人や子どもに関わらず、仮装をして楽しむイベントになっています。
なお、ケルトとは、5世紀頃までアルプス以北のヨーロッパの大部分とバルカンまで広く居住していた多民族で、現在はアイルランド・スコットランド・ウェールズ・ブルターニュなどに散在しています。

「ハロウィン」とは、
ハロウィンの起源は、2000年以上も遡ります。
昔、ケルト民族の宗教の一つにドゥルイド教というものがあり、その儀式の一つのサウィン祭という秋の収穫を祝い、悪霊を追い払う祭りが起源といわれています。

古代ケルトでは一年の終わりが10月31日とされ、この日は日本のお盆のように死者の霊が家族に会いに来るといわれていたのです
ただ日本のお盆と違い、精霊や悪霊も一緒に来てしまうと信じられていたのです。
その悪霊は
家畜や作物に悪い影響を与えたり、供をさらったりするといわれていたことから、悪霊たちを驚かせて追い払うために、仮面をかぶったり、魔除けの焚き火をしたりしたと言われています。
そこから今の仮装をする習慣が生まれたというわけです

ケルト民族は、後にキリスト教のカトリック系の民族に侵略されてしまいます。
カトリック教は
11月1日を聖者の日と定めていたため、前夜である10月31日を聖者の英語HallowからHalloweenと言われるようになったそうです。
それがキリスト教の文化圏にだんだんと広がっていき、時代を経て現在のハロウィンになりました。

「ジャック・オー・ランタン」とは、
ジャック・オー・ランタンとは、カボチャに目や口など形抜いてくりぬいていき、その内側にロウソクを立てて灯した提灯のことで、ハロウィンのシンボルとして有名です。
カボチャにはお守りとしての意味があり、カボチャの提灯は悪霊から守る番犬の役割があるそうです
またカボチャのロウソクは、日本のお盆のように親族の霊の目印という意味合いもあると言うことです。
この提灯を作る風習は、イギリス地方が始めたようですが、最初はカブを使って作っていました。
それがカボチャを使うようになったのはアメリカに渡ったとき、アメリカにはカブは一般的ではなく、カボチャがたくさんあったからだそうです。

ジャック・オー・ランタンの名前の由来はアイルランドの物語が由来
だと言われています。
「物語」とは、
昔、ジャックというケチで乱暴者で人を騙してばかりの男がいました。10月31日のその日もジャックは酒場で飲んだくれていたところ、地獄からやってきた悪魔がジャックの魂を取ろうとしました。
ジャックは魂を取られないために悪魔を騙して辛い目に遭わせ「魂を取らない」と約束させました。
そんな彼も年を取り、息を引き取りますが、日頃の行いから天国には行けず、地獄の門をたたいたところ、そこにはその悪魔が待ち構えていたのです。
「約束通りお前の魂はとれない。だから地獄にも入れない。」
そう言い放たれたジャックの魂は行き場を見失い、あの世とこの世の狭間を彷徨うことになりました。
暗い暗いその道中を照らすために与えられた火をジャックはカブの中に入れて提灯を作ったのでした。

この物語から、悪魔をだまして追い払ったジャックの象徴としてジャック・オー・ランタンがつくられたということです。
このような言い伝えからカブの提灯は亡くなった方のシンボルとなり、悪霊を追い払うものとして使われてきたそうです。
いつしかそれがアメリカへと伝わりましたが、アメリカではカブは一般的ではなかったので、身近で大量に収穫できて、中身をくりぬいて提灯にしやすいカボチャが一般的になったのだそうです。

「Trick or treat」とは、
ハロウィンでは子供たちが仮装してTrick or treat!(トリック オア トリート!)といいながらお菓子をねだるのですが、その習慣はアメリカから始まったといわれています。
このTrick or treatには色々な説があるようですが、そのうちの一つに発音のよく似たトリック(イタズラ)とトリート(お菓子)を語呂合わせの言葉遊びとして使用したという説があり、その意味は「お菓子をくれないとイタズラしちゃうぞ」です。

このようにハロウィンには、元々宗教的な意味合いがあるのですが、日本ではイベントの一つとして、すっかり定着した行事となってきました。
皆さんもハロウィンには仮装したり、部屋を装飾したり、おいしい料理を食べたりして楽しんでは如何でしょうか?

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台風の当たり年

2017-10-26 | 季節

一昨日、台風22号がフィリピンの東の海上に発生し、今週末には再び日本に接近する恐れがあるとのことです。
先日は21号が近畿地方を始め各地に多大な被害をもたらしましたが、追い打ちをかけるように22号が再び接近、或いは上陸するとなると、更に甚大な被害が予想されます。

今年発生した台風は22個と年平均の26個よりは少ないのですが、上陸件数は既に4個が上陸しており、年平均の3個を上回っています。
もし、22号が上陸するようであれば5個目となり、年平均を上回る台風上陸の年となりそうです。

気象庁のホームページによると、台風は60年間(1951~2010年)の平均で年間約26個発生し、昭和26年(1951年)以降の台風の発生数の最多は昭和42年(1967年)の39個、最少は平成22年(2010年)の14個となっています。
また、年平均上陸数は約3個(2.85個)で、記録によると、台風の過去最多上陸記録は平成16年(2004年)の10個となっています。
マスコミはこのような年を「今年は台風の当たり年」と表現したり、私たちも会話の中でついそのように言ってしまいがちですが、実はこの表現は間違いなのだそうです。

そこで「当たり年」という言葉を調べてみました。
広辞苑には「当たり年」として、収穫や利益の多い年。転じて物事が思うようにうまく行く年。縁起の良い年。と説明しています。
辞書が示すように「当たり年」は農作物の収穫が多い年、または良いことが多くて幸運な年のことをいう言葉なのです。

つまり、当たり年という言葉はプラスの意味を持つ言葉であり、台風のような災害を伴う否定的な言葉への使用は相応しくありません。
台風がぶつかってくるというイメージがあるので、つい「当たり年」という表現を使ってしまうのかも知れませんが、気をつけたい言葉ですね。

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一雨一度

2017-09-26 | 季節

昨日の大阪地方は12日ぶりに最高気温が30度を超えた暑い一日でした。
しかし、この時期のお天気言葉には「一雨一度」があります。
この漢字は「ひとあめ いちど」と読み、雨が降るごとに気温が1度くらいの割合で低くなるという意味です。

その理由は、10月から11月にかけては移動性高気圧と低気圧とが約1週間の周期で日本付近を交互に通ります。
従って、ならしてみると、1週間に1回くらいの割合で雨が降ることとなり、気温は1度くらい下がると言うものです。

雨を降らす原因である低気圧の後ろ側には北から冷たい空気が流れており、低気圧が通過した後は大陸から冷たい空気が日本付近に流れ込んで気温が下がります。
こうして雨が降るごとに気温が少しずつ下がって秋が深まっていくのですが、この秋の気温の移り変わりを、1回雨が降る毎に気温が1度下がるとして、「一雨一度」と呼ぶことがあるということです。

実際、大阪の月別平均気温をみると、9月が25.0度、10月は19.0度で1ヶ月間に6度下がり、更に11月は13.6度と5.4度下がっています。
1週間に一度の雨とすれば、毎週平均して1度から1.5度くらいの割合で下がっていることになり、「一雨一度」と言うこの言葉は、平均気温からも裏付けられているようです。

暑い夏から秋への季節の変わり目となっているこの時期、気温の低下に人の体が慣れないことがあります。
人が気温の差に慣れるには 3日ほど必要だそうです。
寒くなったからといって、すぐに血管の収縮などが対応できる訳ではないので、 着る物や食事、休養などを十分とり、小まめに調整して体調不良を起こさないように十分注意する必要があります。

「一雨一度」と秋が深まっていきます。
風邪などひかないように十分気をつけていただきたいと思います。

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