らいちゃんの家庭菜園日記

家庭菜園、家庭果樹栽培及び雑学日記

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薩摩守とは

2017-04-30 | 雑学

時代劇を観ていると大岡越前守とか羽柴筑前守など、「国名(地名)」+「守」という官職名をよく聞きます。
この官職名は元々、律令制で定められた国司(朝廷から各国に派遣される行政官=今で言う県知事みたいなもの)の官職名で、官職には、長官が「守(かみ)」、次官は「介(すけ)」、三等官を「掾(じょう)」、四等官は「目(さかん)」があり、朝廷では役所によって字は異なるものの、すべて「かみ・すけ・じょう・さかん」の順になっています。
つまり、越前守であれば「越前の国に派遣された国司の長官」を意味しています。
因みに、軍事部門では「かみ・すけ・じょう・さかん」を「将・佐・尉・曹」と書いたので、明治期以降の軍隊でもこの字に大中少をつけて階級の呼称にしたそうです。

では「薩摩守(さつまのかみ)」と言えば、薩摩の国司のことですよね。
しかし、一般的に「薩摩守」と言えば無銭乗車(無賃乗車)、不正乗車という意味で使われます。
何故でしょうか?

「薩摩守」とは、本来は、薩摩国の国司という職のことですが、「平家物語」に出てくる薩摩守・平忠度(たいらのただのり:平清盛の弟)を只乗り(タダ乗り)に掛け、無銭乗車(無賃乗車)、不正乗車という意味で使われているのです。
広辞苑にも、(薩摩守平忠度を「ただ乗り」に掛けたシャレ)として、
        ①狂言の一。「船賃は」と問われて「薩摩守」と答えた旅僧が、「その心は」と問われて「忠度」と答えられず、無賃渡河に失敗する。
        ②車・船などに無賃で乗ること。また、その人。と説明しています。

平忠度は、当時の優れた歌人でもあったそうです。
その彼は 「さざ浪や 志賀の都は 荒れにしを むかしながらの 山桜かな」(千載集) の一首を残しています。
       意訳: 志賀の都は 荒れてしまったが 長等山(ながらやま)の山桜は 昔のままであることよ
これは「故郷の花」という題で詠まれた歌です。

千載集は勅撰和歌集(天皇の命により撰進した和歌集)なので、朝敵として死んだ平忠度の歌を載せるわけにはいきませんが、その才を惜しんだ彼の師であり、この和歌集の撰者でもあった藤原俊成(ふじわらのしゅんぜい)が、「読み人知らず」として千載集に入れたのだそうです。

平清盛の弟であり、優れた歌人でもあった薩摩守平忠度が、自分の官位が洒落に使われている事を知ったら何と言うでしょうね。
 “私の官職にタダノリして洒落に使うのはいい加減にしろ”とでもいうのでしょうか・・・。

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「歩きスマホ」と「スマホ歩き」

2017-04-29 | 情報

スマホが普及していますね。
若い人たちの間には勿論、60歳以上のシニア層でも4割弱が利用しているようです。

ある研究所の調査によると、シニア(60〜79歳)男女のスマートフォン所有率は38.5%となり、さらにフィーチャーフォン(ガラケー)を使用しているシニアの20.5%が今後、スマートフォンへの買い替えを考えていることがわかったそうです。
2008年7月にはじめてiPhoneが発売され、そこから日本でのスマートフォンの歴史がスタートしましたが、それが8年後の2016年7月にはスマホ利用率は72.2%になっているということです。

このように普及してきたスマホですが、利用マナーを守らない人も増えており、トラブルが後を絶ちません。
歩きながらスマホを操作する「歩きスマホ」や車や自転車を運転しながらの「ながらスマホ」もそうです。
これらは非常に危険です。
マナーを守ったスマホの使用を心掛けてほしいものです。

ところで今日はこの歩きながらスマホを使用する「歩きスマホの」表現について、ネット記事からご紹介します。
「歩きスマホ」を「スマホ歩き」と言う人がいますが、どちらの表現が正しいのでしょうか?
それとも、どちらでもいいのでしょうか?
調べてみると、この二つの表現には違いがあるようです。

記事では、「スマホ子守り」という言葉があって、この表現は、親がどうしても手が離せないときに、子どもにスマホの動画を見せたりして落ち着かせる手法のこと、所謂、スマホを使って子守りをすることを「スマホ子守り」と言うのだそうです。

では「歩く」場合はどうでしょうか?
前記の「スマホ子守り」に当てはめると、
・「スマホ歩き」は「スマホで歩く」となり、両足にスマホを履いて歩くと言うことで、実際にはあり得ない表現だそうです。
一方、
・「歩きスマホ」は「スマホを使うこと」の一形態であることを示す表現で「歩きながらのスマホの使用」になるので、表現としては問題ないのだそうです。

日本語は「右側主要部規則」を持つ言語なので、大事なこと、本質的なことは「右側(つまり「後ろ」のほう)」に表示されます。
「スマホ子守り」は右側の「子守り」が「主要部」であり、「この行動は『子守り』の一形態であって、そのための手段がスマホだ」ということを表しています。
例えば「逆立ち歩き」も、逆立ちという手段をとった「歩き方」の一形態と言うことになり、「スマホ歩き」という表現も、歩くための手段として「スマホ」を利用していることになるのだそうです。
従って、「スマホを使うこと」の一形態であることを示す表現は「歩きスマホ」が正しく、「スマホ歩き」の表現は言い間違いだと言うことです。

以上、ネット記事からご紹介しました。

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「最も○○の一つ」

2017-04-28 | 雑学

ネットを調べていたところ、自分が日頃使用している次の表現が間違っている記事を見つけました。
皆さまもよくお使いになるのではないかと思いますが、その表現とは、「最も○○の一つ」という表現です。

例えば、「道頓堀は大阪で最も人気のある観光地の一つです」とか「刺身は私が最も好きな食べ物の一つです」などの「最も○○の一つ」という表現は、英語の「one of the most …」の翻訳によって日本語にもたらされたものだと言われています。

しかし、日本語の「最も」は「いちばん」とか「最高に」、「第一にすぐれて」などの意味があり、これらは一つしかありえないことを表現している言葉なのです。
従って「最も好きなものの一つ」と言うことは、他にも「最も好きなものがある」と言っているのであって、「いちばん」とか「最高に」のものが複数あると表現しており日本語としては間違っていると言うものです。
指摘されてみると確かに違和感がありますよね。

では、この場合どのように表現すればいいのでしょうか?
この例では、「道頓堀は大阪では特に人気のある観光地の一つです」とか「刺身は私が大好きな食べ物の一つです」のように表現すれば無難のようです。

日頃、何気なく使用している日本語ですが、中には間違って使用していることがありそうですね。



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窮鼠猫をかむ

2017-04-27 | 時事

北朝鮮は一昨日の25日に、朝鮮人民軍創建85年の記念日を迎え、日、米、韓、中国などの関係諸国は核実験やミサイル発射などの挑発行為に出るのではないかと警戒していましたが、そのような事実は確認されませんでした。
代わって東部で大規模な砲撃訓練を実施したようですが、この事は、トランプ政権がシリアへのミサイル攻撃を実施したことに対して一定の抑止効果があったのかも知れません。
もし、アメリカと北朝鮮が戦闘状態に突入したならば、アメリカの圧倒的有利は衆目の一致するところです。
しかし、それが分からないのか、それとも分かっていても国民に対するメッセージのために強がりをみせなければならないのか、北朝鮮はアメリカを刺激し続けています。
もし、巨像に対して戦いを挑めば北朝鮮はそのまま崩壊への一本道を歩むことになります。

諺に「窮鼠(きゅうそ)猫をかむ」があります。
北朝鮮はこの諺のように巨像に対して一泡吹かそうとしているのかも知れませんが、所詮そこまでであり、致命的な事は出来ないでしょう。日韓には大きな損害が生じるかもしれません。
北朝鮮が大人しく国連安保理の決議を守ってくれれば一番いいのですが・・・。

さて、今日は「窮鼠猫をかむ」の諺について調べました。
窮鼠猫を噛むとは、絶体絶命の窮地に追い詰められれば、弱い者でも強い者に逆襲することがあるというたとえで、追い詰められたネズミが逃げ場を失ったとき、必死で猫に噛みつくことがあるということです。

この諺の出典は、「塩鉄論・詔聖(紀元前81年)」からです。
この本は漢の昭帝の時代に賢人を集めて編纂した経世実用の書で、道徳論でなく、現実に実社会で生活するための知恵がいろいろ集められています。
原文は「死すれば再びは生きず、窮鼠猫をかむ」となっていて「死にものぐるいになっている鼠は、死んだらもう生きかえることはないのだと、最後の力をふりしぼって戦う」と述べているのです。
「窮」という字は、ものごとのギリギリのところを示し、穴の最も奥のところをいいます。

一方で、「窮鳥懐に入れば猟師も殺さず」という諺もあります。
これは「追い詰められて行き場を失った鳥が猟師のふところのなかに飛び込んできたときは、その猟師は自分に助けを求めてきたことを哀れんで殺しはしないものだ」といっているのです。
この場合も、「窮」は逃げ場が絶たれている状態を表しています。

更に、「一寸の虫にも五分の魂」と言う諺もあります。
どんな小さな虫でも、それなりの根性があり、意地があるのだといっているのです。
弱少の集団でも、団結すれば思わぬ力を出すことがあることはもちろんですし、弱者はそれなりに生きるための手段をもっているものですから、強者の弱点をつくことがあります。

「相手を逃げ場のない所に追い込んではならない」という点については「孫子の兵法:九変篇」のなかで一つの項目として取り上げられています。
これは、逃げ道を作っておいてから攻撃すれば、味方の損害を最小限にして敵を全滅させられると教えています。

北朝鮮には韓国との統一という逃げ場が用意されています。
諺2番目の「窮鳥懐に入れば猟師も殺さず」を選んでもらい、大人しくアメリカの懐に飛び込んでもらいたいものです。

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頭と匹の使い分け

2017-04-26 | 雑学

動物を数える時の数量呼称に「匹」と「頭」がありますが、この使い分けはどのようになっているのでしょうか?

「数え方の辞典」によると、鳥類を除く動物一般は「匹」で数えます。
ただし、その中でも人間が抱きかかえられない大きさのもの、実験動物や盲導犬のように人間の役に立つものは「頭」で数える傾向があります。
学術論文などで研究対象となる動物は、種類に関係なく「個体」で数えます。
と説明しています。

日本では、昔は犬や猫から牛や馬に至る大小の全ての動物を「匹」で数えていました。
この数量呼称は明治まで続いたようです。
この動物の数量呼称が「匹」と「頭」で使い分けるきっかけになったのは英語が関係しているということです。

英語では家畜の馬と牛を数えるときには「head(ヘッド)」という単語を使っていました。
その理由は、放牧した馬や牛が戻ってきた時、確認のため数えるのですが、馬や牛の場合は頭を見て数えていたのだそうです。

日本では、明治になって外国語としての英語教育が導入されると「head」は「頭」と直訳されました。 
それ以降、日本では牛や馬を始め、それより大きい動物を数える時には「頭」で数えるようになり、それより小さい動物は匹で数えることになったと言うことです。

但し、冒頭にも書きましたが、小さい動物でも実験動物や盲導犬のように人間の役に立つもの、例えば実験用のマウスは非常に小さいですが実験に使う貴重な動物なので、「頭」で数えるのだそうです。

要は、大きさと人間の役に立つものかどうかで判断するようです。

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あきんど

2017-04-25 | 雑学

天下の台所「大阪」は昔から商業が盛んであり、「商人の街」とも言われています。
その大阪では商人の事を「あきんど」と言います。
商人が何故「あきんど」なのか、今日はその語源や由来について調べました。

「商人(あきんど)」は、商いをするために収獲期の秋にやってくる人を指して「秋人(あきびと・あきひと)」と呼び、秋に行われる 「物」の流通を「秋なう」 と言ったのが語源とされています。
平安中期の辞書『和名抄』には「あきひと」が商人の意味で掲載されているそうであり、これが次第に「あきゅうど」、更に「あきんど」と転訛し現在の読みになったようです。

その 「あきなう」 「あきんど」 に「商」の字が使われるようになったのは、紀元前11世紀に、帝辛の代に周によって滅ぼされた(殷周革命)殷の別名「商」に由来します。

中国の最古の王朝である殷は自らを「商」と称していました。
その殷が周によって滅ぼされると殷(商)の人々はあちこちに散って物売りをして暮らしました。
彼らは店を構えたわけではなく、各地を渡り歩きながら物を売って生計を立てていたそうです。
「商の人(殷の人)」は物の売買に長け、殷王朝が滅んだ後も支那各地で活躍して経済を発展させたといわれています。
このため商売は「商の人」の手に握られ、物の売買を職業とする人自体を「商人」と呼ぶようになったのだそうです。
そこから、「商」は「物の売買」を意味する漢字として使われ始め、日本語の「あきんど」にも当てられたと考えられているということです。


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飛んで籠にいる畑のカラス

2017-04-24 | 家庭菜園

町役場からアライグマの捕獲器を借り受けて1年になりました。
知人から捕獲器の借り受けができることを聞き、畑に仕掛けたものですが、この間の捕獲実績はアライグマ3匹と、2匹のイタチでした。
先日、その捕獲器に思いもよらない獲物が入っていました。
何と、カラスではありませんか。
こんな小さな捕獲器に野鳥が、それも体長のあるカラスが入るとは、これぞ「飛んで火にいる夏の虫」ならぬ「飛んで籠にいる畑のカラス」と言ったところです。
これほど見事に諺を実証してくれたカラス君に主演野鳥賞を与えたいと思います。

・これが自ら檻に入ったカラスです。


カラスには毎年エンドウや落花生などの被害を受けていたのですが、一昨年からは胡瓜やナスを始めとする実物野菜や果樹にも被害を受けるようになりました。
この事は「カラスの野郎」と題して、弊ブログでも取り上げたところです。

先日、その憎っくきカラスが捕獲できたのです。
これを使わない手はありません。
早速、仲間のカラスに見せしめにするために、捕獲器に入ったカラスを一日中、空中から見える畦道に置いておきました。
何羽かのカラスが檻の傍に来てはカラス語で何やら話しかけている様子でしたが、如何ともし難く、そのまま飛び去っていました。
カラスには可哀そうだけど、懲らしめのため傍を歩いて脅したり、何度も檻をたたいて怖がらせた後、一晩留置いて、翌日の夕方に放してやりました。

次の日、畑に行くとカラスの鳴き声はなく姿も見えません。
一体どうなっているのでしょう。
捕獲したカラスの見せしめ効果があったのか、それとも一時的なものなのか。
いずれにしても、このままカラスの飛来がなくなればいいのですが・・・。



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木偶の坊

2017-04-23 | 雑学

「木偶の坊」、これは何と読みますか?
今ではあまり使われていないと思いますが、「でくのぼう」と読みます。
先日、某テレビの出演者が使っていたので書き留め、その言葉の由来を調べました。

「木偶の坊」を広辞苑で調べると、①人形。でく。くぐつ。
                     ②役に立たない人、また、気転が利かない人をののしっていう語。と説明しています。

辞書が示すように、木偶の坊は、気の利かない人や役立たずの人を罵しる言葉ですが、これは、元々は平安時代の「くぐつ」という木彫りの操り人形のことを指し、本来の意味は人形(操り人形)なのだそうです。
そして、役に立たない人、気の利かない人、人のいいなりになっている人などを"罵る語"として使われるようになったのは、木の人形を無能な人に喩えたことによるもの、又は人形が手足のない木の棒のようなものであったことからとされています。

最近ではこの言葉は殆ど使われていない事から、この言葉を知らない人も増えていると言うことですが、それでも時たま使われることがあるので、記憶に留めておいて頂ければ、と思います。

ちなみに、人形が「木偶の坊」と呼ばれるようになった語源は、その昔、「でくるぼう」とも言われたことから「出狂坊(でくるひぼう)」を語源とする説や、「手くぐつ」が訛った「でくるぼう」から「木偶の坊」になったとする説などがあるそうです。

この「木偶の坊」と言う言葉は相手をののしる悪い意味合いなので、余り使いたくない言葉ですね。

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忠犬ハチ公

2017-04-22 | 雑学

今や東京の最大の観光スポットと言えば渋谷のスクランブル交差点とその傍に設置されている「忠犬ハチ公像」ではないでしょうか。
You TubeやTVニュースで観ているとその人気ぶりがよく分かります。
スクランブル交差点では歩きながら写真を撮ったり、もろ手を挙げて歓声をあげたりしており、忠犬ハチ公像の前でも記念写真を撮っている観光客が後を絶ちません。
昨日の4月21日はその「忠犬ハチ公像」が設置された日で、今年で83年になります。
そこで今日は「忠犬ハチ公」について調べました。

・忠犬ハチ公像の前で記念写真を撮る観光客です(You Tubeより)


「忠犬ハチ公の謂れ」
忠犬ハチ公は秋田犬で、飼い主は東京・渋谷に住んでいた東大教授・上野英三郎さんだそうです。
愛犬家の上野さんは出かける時には渋谷駅までハチを連れて行ったそうです。
しかし、ハチを飼い始めた翌年の1925年(大正14年)、飼い主の上野さんは授業中に脳卒中で亡くなりました。
上野さんの死後も10年間、ハチは毎日渋谷駅改札口で主人の帰りを待ち続けました。
この出来事が人々に感銘を与え、「忠犬ハチ公」と呼ばれるようになったそうです。

そして、その忠実さを称え1934年(昭和9年)4月21日、渋谷駅前にハチ公の銅像が設置されました。
その除幕式にはハチ自身と300人もの著名人が参加して盛大に行われたそうです。
生存中に自らの像が作成・設置されたハチは除幕式の翌年の1935年(昭和10年)3月8日に病死しました。
この時、ハチ公像の周囲は花環で埋まり、大勢の人々が集まってハチの死を哀れんだそうです。

なお、現在のハチ公像は戦後1948(昭和23)年に再建された二代目だと言うことです。

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ショウガ栽培

2017-04-21 | 家庭菜園

大阪では今週に入って日中の最高気温は20度前後、最低気温も10度以上の暖かい日が続いています。
地温が15度以上にならないと発芽しないと言われているショウガは、このくらいの暖かさになって植え付けが始まります。
そこで我が家では、先日ショウガの植え付けを行ったので、久しぶりに菜園の話題を取り上げます。
栽培方法はネットで調べ、それに沿って植え付けました。

「栽培方法」
栽培方法をネットで調べると概ね次のようになっていました。
1.種ショウガ・・・ショウガ栽培は、種ショウガの良し悪しで初期育成が決まるそうなので、充実した種ショウガを購入することが大切のようです。
           表皮がみずみずしく、色・ツヤが良く、しっかりした芽がついている種ショウガを選びます。
2.畑の準備・・・・1カ月ほど前に石灰とケイ糞を混和して畝を作っておきます。
           ショウガは有機質豊かで保湿性に優れた土壌でよく育ちます。
3.種生姜の準備・・芽を2~3個つけた種生姜を50g前後に分割します。
4.植え付け
   ・60㎝幅の畝の中央に深さ15㎝くらいの溝を掘り、堆肥と化成肥料を施します。
   ・その上を覆土し、株間30cm、芽が出る方を上に向けて置き、倒れないように土に強く押し付けます。
   ・ショウガの植え付け適期は気温が高くなる4月中旬〜5月上旬、地温が15度以上になってから行います。
5.植え付けた種生姜の上に4~5㎝覆土します。深植えはよくないので土をかけすぎないように気をつけます。
6.植え付け後、水遣りを忘れないようにします。
7.この後、5月下旬から20日おきぐらいに2~3回追肥をして土寄せをします
8.乾燥に弱いので夏には水遣りと敷き藁が欠かせないようです。

・これがホームセンターで購入した種ショウガです。


栽培方法「4」の植え付けに従って畝の中央に深さ15㎝の溝を掘り、化成肥料と発酵鶏ふんを施肥しました。

・ショウガの植え付け適期は気温が高くなる4月中旬〜5月上旬です。地温が15度以上にならないと発芽しないようです。


肥料が隠れるように覆土した上に、株間30センチで種ショウガを植え付け、株間に化成肥料を施肥しました。


土を戻して畝を作り直し、たっぷりと水遣りを行った畝を黒マルチで覆います。
ショウガは地温が15度以上でないと発芽しないようなのでマルチをしました。
穴が開いているのは、昨年イチゴで使用したマルチを再利用しているためです。



この後の管理は以下の通りです。

「この後の管理」
・追肥と土寄せを夏までに計3回行います。
 1回めは草丈15cmくらい、2回目は草丈30cmくらい、3回目はさらに1か月後に。
 ショウガは地中の下にまっすぐ根を伸ばしていくので、追肥は株元に施します。
・ショウガは乾燥を嫌うので、夏は株元にワラや刈草でマルチして土の乾燥を防ぎます。
 また、適度な日陰を好むため、真夏の強い日差しがある時期は、日除けをして直射日光から守ります。
・収獲は10月下旬から11月中旬の予定です。

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