軌道エレベーター派

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OEV豆知識(28) 課題・問題その5 兵器転用

2013-07-07 22:20:09 | 軌道エレベーター豆知識
 久々の「豆知識」更新です。今回は、軌道エレベーター(OEV)を兵器として使用する問題について。
 過去の宇宙エレベーター学会(JpSEC)などにおいて、「(軌道エレベーターを兵器として使用すれば)世界の支配者になれてしまう」などという見解が出されたことがあります。考え方は色々あるとは思いますが、私はそのようなことはないと考えます。確かに、軌道エレベーターの軍事利用は可能です。しかし、兵器としては決して割に合う代物ではなく、(経済支配など別の分野は別として)純軍事的に見た時、むしろ弱点になりうるものなのです。この点はこれまでにも指摘してきましたが、総括したいと思います。

1. 軌道エレベーターの兵器転用
 兵器としての使い方でよく言われるのは、単純に質量を持ち上げ、地上に落とすというものです。ようは人工隕石ですね。ほかにも使い方はありますが、ここではシンプルなこの方法に集中して話を進めます。
 具体例としては、高度2万4000km弱のあたりで物体を軌道エレベーターから投下して、低軌道に重なる放物線軌道に乗せ、軌道面シフトする。そして任意の位置で再突入させて地上に落とすというものです。大気圏で2~3割程度減速すると仮定して、秒速約5kmで岩石が地上に衝突した場合、1平方mあたり50万tを超える圧力がかかるとみられます。
 これは一般的な小惑星の衝突スピードの数分の一に過ぎませんが、それでも大変な被害をもたらします。落とす質量が増えればそれだけ被害も大きくなる。このように軌道エレベーターが、本来備わった機能のみで最終兵器級の威力を発揮しうることは紛れもない事実です。

2. 軌道エレベーターは兵器としてあまり役に立たない
 しかし、兵器として使えることと役立つことは別問題であり、威力があるから強い、というものでもない。軌道エレベーターを無敵の兵器とみなす認識には、二つの見落としがあります。

 (1) 軌道エレベーターでなくても、現有兵器で同じことができる
 (2) 反撃に対して弱い

 まず(1)についてですが、軌道上から地上に兵器を投下する──これはスプートニクが打ち上げられた時代から指摘され、事実上可能になっていたことです。たとえば日本のH-2A202標準型は低軌道に約10tの打ち上げ能力を持ちます。半分を軌道修正や再突入の能力に割くとしても、5tのモノを落とせるし、軌道上でくっつける手もあります。3年前からはHTV(こうのとり)を打ち上げてますから、総重量16t近くあるこうのとりに耐熱処理を施した爆弾を満載して、そのまま地上にぶち当ててもいい。我が国でさえ、その気になれば「衛星軌道上からの攻撃」ができる道具をすでに所有しているんですよ。過去には旧ソ連のプロトンKが約21t、米国のスペースシャトルは30t弱もの低軌道投入能力がありました。最近ではこのような兵器の構想まで出てきています。さらに、人類はすでに、文明を何度も滅ぼせるだけの核兵器を、弾道ミサイルや巡航ミサイルの形で1000発以上も保有しています。この現状に軌道エレベーターが加わっても、戦略的な条件が優位になることはない。
 軌道エレベーターはコストが安く済む、というのが売りですが、地上から持ち上げて軌道投入するまでに要する時間を考えれば(軌道エレベーターは何日もかかり、ロケットなら30分未満)、決してコストパフォーマンスは優れてはいない。つまりは、すでにほかの手段があるのに、わざわざ軌道エレベーターを武力に使う理由がない。

 そして(2)ですが、何より肝心なのは、軌道エレベーターは、武力攻撃に対して極めて脆弱であるということです。ピラーがぶっち切れれば一巻の終わりであり、高度3万6000kmを超えて伸びる構造物を、地上から隙間なく防衛するなどということは事実上不可能です。
 ミサイルや航空機、キラー衛星や高高度ロケットなどで同時攻撃などされようものなら、既知の技術では防ぎ切れるものではなく、戦略型潜水艦のように隠密行動をする兵器から攻撃を受けたら仕返しもできません。さらに期間を区切らなければ、高度・軌道傾斜角ともにランダムな軌道上に、回避や迎撃不能なほどたくさんの機雷をバラまいておけば、過去の豆知識で述べたようにいずれは軌道エレベーターにぶつかります。デブリが激増してしまいますが、敵がエレベーターから隕石落とす以上、なりふり構っていられません。いずれにせよ、捨て身になって戦力を集中し、こうした手段を多面的に駆使すれば、軌道エレベーターを制圧や倒壊させることは難しくありません。

 だから、仮に軌道エレベーターの所有者が、1度でも隕石投下によって大量虐殺などしようものなら、世界じゅうの国々の反発と恐怖心を買い、それを脅威とみなす国家群が多国籍軍のように徒党を組み、大攻勢を招くことになるでしょう。下手をすれば核の報復を誘いかねない。
 もちろん、軌道エレベーターを壊したら壊したで、倒壊によって彼我ともに多大な被害を被るでしょうが、見過ごしていたらどのみち同じような目に遭うんですから、捨て身になって反撃することでしょう(ちなみに倒壊についての考察はこちら)。軌道エレベーターは、捨て身の攻撃にはまず勝ち目はありません。
 結局、最終兵器というものは、実際に撃ち合えば双方壊滅する、だから結局使えない。果たしてそれは戦力均衡・にらみ合いによるバランスへと移行する。冷戦時代の軍事情勢を支配した、いわゆるMAD(相互確証破壊)の状態です。軌道エレベーターも、結局はこの仕組みの中に組み込まれることになるでしょう。
 以上のことから、兵器というものは次の三つの条件のいずれかを満たさなければいけないという命題が導き出せます

 (1) 反撃を回避できる機動性や隠密性を持つ
 (2) 自己を守れるだけの十分な防衛力を持つ
 (3) ミサイルのような使い捨てにする

 軌道エレベーターはこのいずれにも当てはまりません。すなわち、決して兵器として割にあう代物ではないのです。


3. 軌道エレベーターを有することは、弱点にほかならない
 このように、純軍事的に見た時、軌道エレベーターを有することは優位に立つことはなく、むしろ弱点を抱えることにほかなりません。軌道エレベーターを建造する主体が誰にせよ、戦争やって勝てるどころか、逆に軌道エレベーターがある故に、戦争回避に努めなければならなくなります。建造時に「決して兵器利用はしません」と誓約し、数々の協約を結び補償を与えるなどして、外交上の保険をかけなければなりません。
 あとは、狂信的な権力者やテロリストなどが軌道エレベーターを掌握し、武力行使する可能性はあるかも知れませんが、湾岸戦争時のイラクよろしく袋叩きにあって、軌道エレベーターも命も失うことになるでしょう。テロに関しては安全保障というより保安上の問題でもあるだけに、軌道エレベーターの存在は「そこを突かれたらマズい」というアキレス腱に等しいのです。
 軌道エレベーターに絡んで、当座懸念される兵器転用のされ方というのは、関連するスピンアウト技術の軍事利用でしょう。ピラーの素材となるであろう炭素系素材は実に多様な用途を持っていますし、リニア技術やレーザー発振機などは、レールガンとか衛星搭載兵器につながる可能性がありますから。

 最後に、軌道エレベーターが登場するSF作品が増えてきても、兵器として利用するストーリーが非常に少ないことに考えを及ぼして欲しいと思います。作家たちは、兵器利用したらどのような展開になるかシミュレートし、あまり使いでのあるガジェットではないことを理解しているのだと思います。兵器としての用途自体はほかにもあるのですが、それはアイデアノートなどで別途紹介していきたいと思います。ここまで読んでくださり、誠にありがとうございました。

 今回のまとめ
 1. 軌道エレベーターは兵器として使用できる
 2. しかし兵器としてはコスパが悪く、反撃されたら勝ち目はない
 3. そのため、軌道エレベーターを所有することは、軍事的にはむしろ弱点となる
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