楽園の泉
アーサー・C・クラーク/山高昭訳(1979年 早川書房)
軌道エレベーター(本作では「宇宙エレベーター」のため、以下この表記に従います)を取り上げた初の本格長編SFであり、その 概念の普及に比類ない貢献をしました。宇宙エレベーターに深くかかわるようになったのはこの作品がきっかけだったという人は世界中にいる ことでしょう。宇宙エレベーター支持者ならこれを読まずして何を読む、と言える必読の書です。
あらすじ ジブラルタル海峡横断橋を実現させた地球建設公社の技術部長モーガンは、それまでの実績を背景に、かねてからの理想だった宇宙エレベーターの建造に挑む。多くの困難に直面しながらこれを乗り越え、彼は老いた自分に残された時間を宇宙エレベーターの実現に捧げる。
この作品でモーガンは、赤道上の架空の島、タプロバニー島(クラーク氏の自宅のあったスリランカがモデル)の山頂に宇宙エレベーターを建造しようと挑みます。
静止衛星からケーブルを繰り出して地上でキャッチし、これを頼りに物資を輸送して完成させていく技術的プロセスや建造の意義、将来はリニアエレベーターを 導入し、電流回生によって上りエレベーターの電力の大半を下りが賄うアイデア(静止軌道の外側ではこの関係は逆になる)など、宇宙エレベーターに期待され る機能や役割を、物語を楽しみながら習得でき、わかりやすい入門書としても役に立ちます。
構想の紹介もさることながら、ドラマも秀逸で、タプロバニー島に空中庭園を築いた古代の王の物語を交錯させながら、時に叙情的に、時にリアルに物 語が進みます。エレベーターの建設予定地が宗教団体の聖地になっていて、立ち退き訴訟で敗訴し挫折するモーガンを、意外な展開が待ち受けているエピソード は感動的で、「おお!」と膝を打ちます。クラーク氏のほかの著作とリンクする描写もあるので、併せて読むと一層楽しめるかも知れません。
老いてなお衰えぬ気骨を発揮し、宇宙エレベーター建設に残された人生を賭けるモーガンの情熱には心打たれます。ご存じの通り、クラーク氏は昨年3月に亡くなられました。モーガンの姿を、晩年まで宇宙エレベーターを扱った新作小説や専門書の執筆に関わった、クラーク氏自身の生き様 に重ね合わせる読者も多いことでしょう。
「楽園の泉」は、それまで学者だけの知識だった宇宙エレベーターを初めて一般に広め、大きな転機をもたらした歴史的作品であり、多くの読者に宇宙 エレベーターの基礎知識を植え付けた開眼の書となったはずです。構想普及の草分けとなった氏の多大な功績に敬服します。宇宙エレベーターに興味のある人だ けでなく、知ることを楽しむ心を持つすべての人にお勧めできる1冊です。